2012.05.09

草間彌生の最新作に200%KOされた!

3829_2     ‘わが永遠の魂 花園にうずもれた心’(2009年)

3828_2        ‘神をみつめていたわたし’(2011年)

3830_2     ‘愛はとこしえ 朝が来た。’(2005年)

3831_2      ‘愛はとこしえ 河のながれ’(2006年)

埼玉県近美で現在行われている‘草間彌生展’(4/14~5/20)をみてきた。この美術館はしばらく行ってなかったから、北浦和駅を地図で再確認して電車に乗った。JRの原宿からだと池袋と赤羽で2回乗り換えがあるから結構時間がかかる。

館の入り口は赤の水玉模様一色、この演出なら中はもっと楽しいだろうと思って2階へ上がった。今回はチラシがなく、作品については最近制作されたものが並ぶのだろうとアバウトの予想。それは当たったが、目の中に入ってきた作品106点のインパクトの大きさは半端ではない。草間彌生は今年83歳、超怪物アーチストの生み出した作品に200%KOされた。

2009年にはじまった‘わが永遠の魂’シリーズは140点をこえという。このなかから47点が飾られている。マドリードのソフィアセンターとかパリのポンピドーなどの一級の近現代美術館をまわる回顧展に出品されているのもこの最新シリーズなのだろう。

作品の多くに登場するのが図案化された横顔、そして目。また靴のような意外なモチーフもある。最も惹かれたのは‘花園にうずもれた心’。赤と緑の大きな花びらが強く印象に残り、上の無数の小さな赤い点を短い黒の線でつないだ模様が画面をひきしめている。

最新作の自画像3点のなかで強烈に吸い込まれたのが‘神をみつめていたわたし’。女性は神を崇めているときの表情が一番美しい。どうでもいいことだが、瞬間的に楠田枝理子を連想した。

黒白の‘愛はとこしえ’50点も時間をかけてみた。横顔にはいろいろなヴァリエーションがあり、それを円をつくるように並べたり斜めに配置して動きをつくっている。お気に入りは‘朝が来た’。顔だけでこれほどハットさせる構成が生まれてくるのだから、クサマの造形感覚はやはり並みではない。

全体の作品をみていくなか、ふとフンデルトヴァッサーの絵が思い出された。親和性の高いのは‘河のながれ’とか‘女たちのつどい’。このフォルムに色をつけると二人の絵は似てくる。

何年か前東近美で草間彌生の回顧展があたっとき電飾ルームを体験したが、今回は2度も部屋の中へ入った。平日だからすぐ入れたが、土日は大変だろう。作品を見終わったあと寄ったショップでは草間グッズがよく売れていた。いまやその人気はうなぎのぼり。マドリード、パリでも同じことが起こっているにちがいない。

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2012.05.08

‘芸術新潮5月号’をお読みになった?

3823_2     ‘芸術新潮5月号 大特集 まだ村上隆が、お嫌いですか?’

3825_2     村上隆の‘五百羅漢図 玄武’(2012年)

3824_2     ‘五百羅漢図 朱雀’

3827_2     ‘五百羅漢 白虎’

美術雑誌を定期購読する習慣はないが、‘芸術新潮’だけは関心のある作家が特集されたとき手に入れている。新聞広告に載った5月号にはすごいタイトルがついていた。‘まだ村上隆が、お嫌いですか?’

これにはおもわず笑った。こんないわれ方をするところをみると、日本には世界にはばたくアーチスト、村上隆を嫌な奴だと思っている美術ファンが大勢いるということだろう。だが、そういう反村上派ではない者にとっては、この大特集はじつに有難い。

現在、カタールの首都ドーハで村上隆の大規模な回顧展が開かれており(2/9~6/24)、そこに全長100mの‘五百羅漢図’が展示されている。この話は1月の新聞記事で知り(拙ブログ1/18)、完成した作品がどんなものか興味深々だったが、日本での展示は期待できないため関心が薄れていた。

そこへ5月号がでた。村上隆は好きな作家なのに図録とか関連の美術本が一冊のないので、この特集が図録代わりになると思い喜び勇んで本屋へ向かった。雑誌を手にとるまで村上隆の回顧展が今ドーハで行われていることはまったく頭から抜けていた。

みたかった‘五百羅漢図’がドーンと折込の形で紹介されている。これは奇想天外の大漫画。漫画本なら手のひらのサイズで人物や生き物が動き疾走する世界を楽しんで終わりだが、天地3メートル、横100mの大キャンバスに物語が展開していくとこれは見る者の体全体をつつみこむアートに変容する。漫画チックな描写であっても、これだけの数の羅漢と朱雀や獅子などを幽谷の山水世界や宇宙を背景に描きこめば唯一無二のアート空間になる。

展覧会ツアーも募集しているが、そこまで前のめりにはならない。‘五百羅漢図’を日本で展示するという情報はまだ入ってこない、村上隆は日本の子どもたちにこの絵をみてもらいたくないのだろうか?

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2012.01.18

村上隆の‘五百羅漢図’は日本で公開されない?そりゃーないよ

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昨日の朝日新聞の‘オピニオン’に現代アーティスト村上隆のインタビュー記事が載っていた。興味深い内容だったので今日はそのことを少し。

村上隆は今、東日本大震災後の日本をテーマにした全長100mの‘五百羅漢図’を制作しており、これをカタールの首都ドーハで2月9日に開かれる個展に展示するという。カタール政府が日本との国交樹立40周年の記念イベントとして村上隆の大規模な個展をやってくれるとのこと、それは作家にとってはいい話にちがいない。

注目したいのはそのあとの予定、この‘五百羅漢図’は日本で公開されるのだろうか?村上隆は‘観光立国を目指すカタールには、世界中から人が集まる。3.11のメモリアルな作品として、一人でも多くの人に見てほしい’と語っているが、これが日本で展示されるかどうかについてはなにもふれてない。

日本での展示があると信じたいが、直感としてはこの作品の受け皿となる美術館や美術スタジオはこの度もないような気がする。インタビュー記事を読めば、日本の美術館と村上隆の相性が極めて悪いことはおおよそ察しがつく。

07年にLAなどで大回顧展(拙ブログ07/12/22)を開いた世界の村上隆は日本の例えば、東近美とか東京都現代美、国立新美の学芸員など鼻にもかけないという感じ。作品は日本にある村上隆の工房カイカイキキでせっせと制作され、その作品は日本の美術ファンの前には姿をみせず、皆海を渡っていく。村上隆のファンとしてはなんとも切ない話。

現代アーティストで惹かれているのは草間彌生、村上隆、奈良智美、束芋、そして若くして亡くなった石田徹也。今年は草間彌生の回顧展が埼玉県近美(4/14~5/20)で、そして奈良智美展が横浜美(7/14~10/14)で開催される。

‘世界でトップを取る’と意気込む芸術家、村上隆の‘五百羅漢図’を展示する場所として期待したいのが、会場の広い国立新美。この作品が大震災にあった当の日本でみれないとなるとコンテンポラリーアート界の見識が問われる。世界で名の売れているアーティストを日本にとりこまないでどうする。

志の高いアートディレクターや学芸員はいるはず、是非実現に向けて動いてもらいたい。

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2012.01.09

二度目のミヤケマイの個展‘膜迷路’!

3416_3     ミヤケマイの‘知恵の実’(2011年)  C 繁田諭

Bunkamura Galleryで開催されている現代アーティスト、ミヤケマイの個展‘膜迷路’(12/23~1/12)をみてきた。この作家の個展をみるのは二度目。08年横浜高島屋の美術画廊であった‘ココでないドコか’(拙ブログ08/6/26)のときと同様、楽しい気分になった。

ミヤケマイが08~09年パリ国立美術大学大学院に留学していたことは知っていたが、そこで吸収したものがこれからの作品にでてくるのだろう。この作家の掛軸にはだいぶ目が慣れてきた。10点くらいあったなかで興味深いものが2点あった。

ひとつはこれまでみたことのない雲中供養菩薩。顔には丸い菊の花がぺたっと貼られているから顔なし菩薩になっている。そして腹のあたりで清涼飲料水の瓶をかかえている。そのときは気がつかなかったが、帰りの電車のなかでこの顔の菊とマグリットの絵が重なった。

つい最近訪問したマグリット美でも山高帽子を被った男性の顔の前にパイプが描かれた絵をみたばかり。ミヤケマイは大胆にも菩薩さんの顔を菊の花で消しちゃった。この作家にこんなシュールな感覚があるとは思ってもみなかった。参りました!

もう一点長くみていたのは存在感のある菩薩の半身像がミヤケマイオリジナルの淡い太線と琳派的な文様で描かれ、銀の箔がその背景に、そして上部にぼかされた色面がみられるもの。人物の配置とか余白のとりかたがじつに上手いのでじっとみてしまう。

なかに置いてあった最新作品集‘膜迷路’(12年1月 羽鳥書店)をパラパラみていて、とてもいいなと思った作品がGalleryの外に展示されていた。‘知恵の実’、右上にイヴが食べてしまった禁断の実、リンゴが描かれその対角線上の左の隅っこにはおかっぱ頭の少女が顔を半分だけみせている。画面の中央に書かれているのは老子の言葉。知識が増えると明るくなるという意味。知識に対する西洋と東洋の考え方を絵のなかで融合している。

これからもミヤケマイの作品を追っかけたい。

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2011.08.21

草間彌生の世界巡回展がみたい!

2981

2982     ‘かぼちゃ’(1999年 松本市美)

昨日の正午頃、たまたまBSプレミアムにチャンネルをまわしたら草間彌生を特集した美術番組をやっていた。7/16に放送されたときはあまり乗り気でなくパス。これはその再放送だが、見終わったあとは番組に引き込んでくれたミューズに手をあわせた。

番組のタイトルは‘世界が私を待っている、前衛芸術家草間彌生の疾走’、1部、2部あり全部みると3時間になる。そのなかに興味深い情報がいくつもあった。現在、欧米で
YAYOI KUSAMAの人気が上がっているという。

そこでビッグな4つの美術館の共同企画により草間彌生の世界巡回展が今年から来年にかけて行われることになった。スタートはマドリードのソフィア王妃アートセンター。そのあとパリ、ロンドン、NYで開催される。

★ソフィア王妃アートセンター:5/10~9/18
★ポンピドゥーセンター:10/10~12/1/9
★テート・モダン:2/8~5/20
★ホイットニー美:未確認

草間彌生の回顧展は一度東近美(04年10月)で体験した(拙ブログ05/6/22)。画像はそのときの図録の表紙。そのあとはどこかのアートフェアで最新作を数点みた程度だから、世の中に大勢いる草間ファンのようにKUSAMAワールドにつつまれているわけではない。

でも、回顧展やアートフェアでみたかぼちゃの絵が大変気に入っている。黄色の地に大小の黒の点々で造形されたこの大きなかぼちゃはオブジェとなって、国内ではベネッセアートサイト直島とか病院とか、海外では台湾の農業研究所の施設などに設置されている。パリのグランパレで行われた世界的なアートフェアには最新作のオブジェが展示されていたが、その人気は高くすぐ買い手がついた。

この世界巡回展のために草間は100点新作を制作した。82歳にしてこの創作エネルギーは驚異的。そのうち16点が展示されたソフィアでは、感想を聞かれた若い女性は‘これを描いた作家は40歳くらいじゃない’と言っていた。誰だってこの絵を80歳をすぎた女性が描いたとは思わない。草間彌生はやはり規格外の大アーティスト。

ホイットニー美の日程がわからないが、NYへでかけてみたくなった。

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2011.07.07

もっと見たいリキテンスタインの名画!

2823_2        ‘クリスタル・ボウルのある静物’(1973年 ホイットニー美)

2824_2        ‘溺れてゆく少女’(1963年 MoMA)

2826_2     ‘見てよ、ミッキー’(1961年 ワシントンナショナル・ギャラリー)

2825_2     ‘軍備’(1961年 グッゲンハイム美)

モダンアーティストのなかでいかにもアメリカ的な作家というとホップアートのアンディ・ウォーホル(1930~87)とロイ・リキテンスタイン(1923~1997)。ともに現代アートに新しい風を吹き込んだ天才作家だが、好みはリキテンスタインのほう。といっても、その作品(拙ブログ08/5/19)を数多く体験しているわけではない。

NYにある近代美術館(MoMA)やグッゲンハイムを前回訪れたのは93年、随分ごぶさたしている。だから、今この2館とホイットニー美にある近現代アートの傑作にすごく飢えており、手持ちの美術本から必見作品のリストアップをぬかりなくやっている。

リキテンスタインの作品でとても惹かれているのがホイットニー美にある‘クリスタル・ボウルのある静物’。みててじつに楽しくくなる果物たちである。静物画で最も好きなセザンヌのリンゴの絵とは趣がまったく異なるが、その強い吸引力に差はない。この美術館では6年前府中市美にやってきた‘窓辺の少女’(05/10/7)のこぼれるような笑顔をまたみてみたい。

MoMAにあるのが泣き顔の少女。でも、この‘溺れてゆく少女’の記憶はだいぶ薄い。だから、再会をはたし目に焼きつけたいのだが、一つ気になることがある。現在のMoMAは昔とは展示空間が変わり、作品のみせ方も変わっているはず。となると、リキテンスタインの絵はちゃんと飾ってあるだろうか?

そう思わせるのは08年ワシントンナショナル・ギャラリーを訪問したとき、必見リストに入れていた‘見てよ、ミッキー’が姿をみせてくれなかったから。現代アートはどんどん新作が登場するから、名画でも古典絵画や印象派などと比べて定番扱いされる期間が短くなる傾向がある。

ナショナルギャラリーでは展示作品は頻繁に変わるらしいから、MoMAやグッゲンハイムでも同じような展示方法をとっているかもしれない。前回のグッゲンハイムでは‘軍備’に縁がなかった。‘溺れてゆく少女’は一度みているのに対し、これは未見の絵。だから、展示してあることを祈るばかり。

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2010.05.30

石田徹也全集ー出版記念および五周忌展!

1582    ‘みのむしの睡眠’(1995)

1583    ‘救出’(2003)

1584    ‘配達’(1999)

5月19日の朝日新聞に5年前31歳の若さで亡くなった石田徹也の記事が載っていた。それによると、最近、求龍堂から作品217点を収録した‘石田徹也全作品集’
(8500円)が刊行され、また五周忌展が銀座1丁目のギャラリーQで5/17から5/29まで開かれているという。関心の高い画家なので見逃すわけにはいかない。5/27に作品12点をみてきた。

ギャラリーめぐりをする習慣がないので、ギャラリーQがすぐには見つからない。で、近くの画廊の人にサンクスの隣のビルにあることを教えてもらった。画廊に入るときはいつもどぎまぎする。3階の部屋は想像していた以上に狭い。ギャラリーGはこの業界でどんなポジション?まあ、そんなことはどうでもいい。すぐ、見るぞ!モードに入った。

12点のうち半分は過去2回体験した回顧展(拙ブログ07/11/1508/11/14)でお目にかかった。初期の絵は明るい色が多いが、‘みのむしの睡眠’(1995)は気に入っている。小さい頃、みのむしを見つけ殻をやぶることはよくあった。そのみのむしに若い丸坊主のサラリーマンがなって公園のベンチで寝ている。みのむしのフォルムをハンモックにダブらせるところは並みの才能ではない。

‘救出’(2003)の別ヴァージョン2点(ともに2000)もみているが、これに最も惹かれる。消防士と幼児が乗るワゴンの背景の部屋は白い煙に包まれ、消防士の緊張した表情が心を打つ。このころ描かれた人物には不安な感情や孤独感がストレートにでているのに、この絵にはそういう心情から離れて幼い頃の純なところに戻りたい気持ちがかいまみられる。

石田徹也の絵のなかには切断された首とか胴体がすっとでてくるのでドキッとする。でも、それは比類のないシュールさで表現されているので、怖いとか寒々するいう感情のレベルをこえた深い芸術的な表出のように思えてくる。今回はじめてみた‘配達’
(1999)は大好きな‘回収’と同じタイプの絵。

全集が手に入ったのは大きな収穫。いつかまた回顧展が開かれることを期待している。

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2009.12.11

束芋にズキン!パート3 断面の世代展

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楽しみにしていた‘束芋 断面の世代展’(12/11~3/3)が横浜美術館ではじまった。若手現代アーティストで誰が今、注目の作家なのかほとんど知らないが、3年前に出会った束芋(たばいも)の創作活動にはすごく関心がある。

といっても、この小柄な作家の映像インスタレーションを体験したのは原美の‘ヨロンヨロン展’(拙ブログ06/8/7)と今年1月、ギャラリー小柳であった‘ハウス展’(1/12)の2回のみ。だから、束芋に再接近していることにはならないが、新作がでたら全部みたいという気持ちは強くもっている。

今回、出品されているのはアニメーション映像5点。館に入って真正面のところに‘団地層’があり、2階の会場に4点がインスタレーションされている。いずれも新作。

最初の部屋にずらっと展示してあるのは映像無しの‘悪人’。これは新聞小説‘悪人’の挿絵原画。シュルレアリスムはライフワームだから、こういうシュールなイメージが濃厚に漂う絵には夢中になってしまう。少ない鑑賞体験だが、束芋は石田徹也とともに世界レベルで通用するシュルレアリストと確信している。ダリやマグリットが束芋の作品をみたら裸足で逃げるにちがいない。

ハッとするのがいくつもでてくる。列車から出てくる手、手や波とか女の髪と水流のダブルイメージ、手と足の融合体、日本そばで輪郭された女性の顔、、束芋の豊かなイメージ力はまさに自在に展開していくという感じ。なかでも足をとめてじっと見入ったのが女の長い髑髏首が何人かの手で閉めつけられている場面(上の画像)。

また、日常よくみるものが意表をついて変容するのも大きなサプライズ。パソコンの画面からでてきた女の髪が電話線に変わったり、携帯電話から連続する波が吹き出しのようにでている。また、便器からでてくる手やネクタイが川の流れになったりするのにもギョッとする。

こうした絵が作品を見る前入り口でお会いしたあのアーティストぽくない気さくな女性の頭の中から生み出されたのである。見た目の印象と心の中が違うところがおもしろい。まったくこの束芋という作家はとてつもない才能をもっている。

この作品のあと大型映像インスタレーションが4点続く。‘油断髪’(真ん中)、‘団断’、‘ちぎれちぎれ’、‘BLOW’(下)。‘油断髪’はまず暖簾とかカーテンをイメージさせる女性の髪の毛が正面にどんと映しだされる。そのうちお馴染みのモチーフである大きな手が登場し、髪を掻き分けむこうの風景をみせる。明かりがつき、花瓶がでてくる。

最後は長い髪が激しくゆれ動く波に一変し、部屋にあった机やら置き台が大洪水に遭遇したみたいにどんどん流されていく。真ん中はこの場面。この構成は‘ハウス’にちょっと似ている。

‘団断’は‘にっぽんの台所’タイプの作品。上中下3つのスクリーンに上から見下ろした団地の部屋がでてくる。少しずつスクロールして何の変哲も無い部屋に入れ替わっていく。じっとみていると、左の部屋では事件が進行中。ここに住んでいる若い女性は不条理にもトイレの水で顔を洗っている。

‘変な女だな!’とみていると次の場面では血に染まったベッドがでてくる。あの女はどうやら手首をカミソリで切ったようだ。隣の若い男はそんなことが起こっているとはつゆ知らず、裸で風呂のなかに消えていく。隣り同士でも交わりもなく個を生きている都会生活の断面が毒味を効かせて表現されている。

今回最ものめりこんだのが‘BLOW’。束芋がこの作品で表現しているのは個の内側から外に向けて発散されるもの。登場するモチーフはくねくね曲がる背骨、四方に出る木の枝、湧き出る泡、大きく咲いた花、キノコ、手や足の指。ちょん切られた手や足の指は束芋作品には頻繁に登場する。

下は足の指先から花がでてくるところ。普通の発想では思いつかない変容だから、ちょっと戸惑う。この作品で束芋はお得意の指や髪の毛など目に見えるものと愛とか憎しみといった目に見えないものの内面性を、映像と音の効果をミックスさせて象徴的に表現している。表層とはちがった個の根っこにあるものが現れたような気がした。

束芋の作品はいつも胸にズキンとくる。2,3年ごとにこれを味わいたい。

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2009.10.15

だまされて楽しく、変容マジックに酔わされるエッシャーの絵!

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横浜そごう美で開催中の‘迷宮への招待 エッシャー展’(10/10~11/16)を見てきた。6月にあった‘だまし絵展’(Bunkamura、拙ブログ6/14)でエッシャーの版画の代表作‘昼と夜’(06/12/30)と再会して、またエッシャー熱が高まっていたら、タイミングよくハウステンボス美の所蔵品と遭遇することになった。

作品は120点あまり。回顧展を2回経験するとその画家に限りなく近づけるから、Bunkamuraの回顧展で見なかった作品にサプライズがあることを期待して会場を進んだ。とくに惹き込まれたのが上の‘魚とうろこ’と真ん中の‘爬虫類’。

エッシャーの絵が見てて楽しいのはスタートはただの四角や三角や菱形がだんだん形を整えて、鳥や魚や爬虫類に変容するところ。‘魚とうろこ’はその変容のプロセスがほかに作品と比べるとちっと複雑で画面に動きがある。

原始状態は真ん中の右と左にある銀杏の葉っぱがいっぱいあるようにみえるところ。そこから白と黒の魚が進む方向を逆にしてだんだん、うろこをつけ体も大きくなっていく。こういうメタモルフォーゼを見るときは最初は白なら白の形に集中して見ないとダメ。ほわんと白も黒もみているとイメージが混乱、変容のマジックに酔えない。この絵は見慣れてくると魚のリズミカルで曲線的な動きにかなり痺れてくる。

‘爬虫類’は息を呑んで見てしまう。ノートの紙にデッサンされたワニがごそごそ体を動かして、本物のワニになってそこから出てくるのである。そして、本の上にあがり、小瓶になかに入ったりしてぐるりと一周し、またノートの中に戻っていく。この変容の繰り返しは本当におもしろい!

平面と立体の組み合わせは並みの発想からは生まれてこない。エッシャーはやはりスーパーエッシャー。‘出会い’もこれと同じタイプのもので、じっくり見ると惹きこまれる。見てのお楽しみ!

下の‘上昇と下降’(部分)は‘滝’とともにエッシャーのだまし絵のなかではだまされて楽しい絵。時計周りに歩く男たちは永遠に続く登り階段を進んでいる感じ。一方、反時計周りに歩く男たちは下り続けるようにみえる。これはありえない構造なのだが、ぱっとみると‘それもありだよネ!’と思えてくるから不思議。エッシャーは階段をあいまいにしたり、角をアバウトにつなげて不思議なイメージを取り去っている。

また、‘ベルベデーレ(物見の塔)’や‘版画画廊’もなんだか変な感じなのだが、じっとみていると‘このままみていればいいや’となる。お気に入りの‘昼と夜’もあったし、エッシャーワールドを存分に楽しんだ。ますますエッシャーの絵にのめりこんでいく。

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2009.04.04

アートフェア東京2009はこんなに楽しかったの!?

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東京国際フォーラムで昨日からはじまった‘アートフェア東京2009’(4/3・4・5)を見てきた。現代アートに注ぎ込む鑑賞エネルギーは今のところ大きくないので、このフェアに特別関心があったというのではない。足を運んだのは榎俊幸さん(ブログ・絵ノローグ)が出品されている最新作を見るため。だから、これを見たら、さっと帰るつもりだった。

ところが会場に足を踏み入れたら、そうもいかなくなった。2年前経験した‘東京コンテンポラリーアートフェア2007’(東京美術倶楽部、拙ブログ07/11/25)とまったく同じ雰囲気で、楽しい作品が結構ある。よくわからないのが、二つのアートフェアの関係。別のもの?それとも東美倶の07年の次が今回のフェア?

早速、彩鳳堂画廊のブース(B17)へ急いだ。榎さんのブログで見ていた作品‘翼竜図屏風’(上の画像、部分)やお馴染みの‘鳳凰’の新ヴァージョンなどがあった。‘翼竜’は恐竜のイメージ。大きく口をあけた顔はまるで生きているようでちょっと怖い。小さい子供がみると泣きだしてしまいそう。鱗の質感描写が実にリアルで、広げた翼のボリューム感や曲がり具合、首や胴体のふくらみに見入ってしまう。

表面の鱗は網干文のような感じだが、その一つ々の菱形の大きさをすこしずつ変えて厚みや丸みをつくっているので、この竜の筋肉がイチローの肉体のようにしなやかで強靭なものにみえてくる。加山又造のトポロジー感覚の流水文にも驚かされるが、榎さんの描くこの竜もまったくすごい。今回あらたに登場した‘獏’もぐっとくる。日光東照宮にある獏とはまた違う榎流の‘獏’。見てのお楽しみ!

真ん中の絵は画廊たづ(C01)にあった平子真理さんの‘お猿でござる’。この日本画家はこれまで知らなかったが、この絵にとても魅せられた。猿の生き生きとした動きに目が釘付けになる。出品作4点は全部、金箔の地。そこにペンギンとか猿、ラクダが描かれている。

おもしろいのが‘ペンギンのサッカー’。ペンギンにサッカーをさせるという発想に感心させられる上に、ペンギンが腰をかがめたり、短い足をあげたりする姿がとても力強くシャープ。何かの縁かもしれない、この画家の名前を胸に刻んでおこうと思う。

ほかで足がとまったのは昨年個展を見た瀧下和之(08/9/5)のユーモラスな鬼たち(新生堂C08)とミズマアートギャラリー(F03)にでていた山口藍の‘はなすことはこのやまほど’。

山口藍には惹きつけられる。酒井抱一の‘四季花鳥図屏風’(陽明文庫)を借用して、ここにキャラクター化した裸婦を何人も描いている。抱一ばりに品よく描かれた花や流水と目が大きく平べったい顔をした女の子が違和感もなく溶け合っている。不思議な魅力をもった山口藍の作品はフルマーク。

現代彫刻にハッとさせられるのがあった。下の天野裕夫作、‘手工神’(椿近代画廊E05)。作家の名前は全然知らないが、これを見て瞬時に以前見たシュヴァンクマイエルの作品(05/10/31)を連想した。これの衝撃度はかなり大きい。今回思わぬ発見がいろいろあったので、来年は開催時期をしっかりチェックすることにした。

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