2008.05.04

その二 ヤン・ファン・エイク  クラナハ  ブリューゲル

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メトロポリタンにある古典絵画で一番のサプライズが上のヤン・ファン・エイク作“磔刑、最後の審判の二連画”。豊かな色彩と目が点になるくらい精緻な描写に息を呑んで見た。ワシントン・ナショナル・ギャラリーで魅了された“受胎告知”(拙ブログ4/10)に漂う厳粛さとは異なり、ここには重いモチーフが描かれている。とくに右の“最後の審判”に度肝をぬかれた。

目にとびこんでくるのが縦長の画面中央で足を大股開きにし、腰をかがめるようにしてこちらを見ている骸骨。両足の下には地獄に落ちた罪人が数えきれないくらい沢山描かれている。逆さ吊りにされ、顔を苦痛でゆがめている者、悪魔や怪獣に襲われ悲鳴をあげている者。地獄絵ならではのおぞましい光景なのであまり長くは見てられない。

骸骨の上にいる大天使ミカエルの背中からでている羽根は“受胎告知”のように鮮やかなレインボーカラー。その姿がなかなかカッコいいので思わず見蕩れてしまった。そして、ミカエルの右側の海辺の描写にもびっくり仰天。遠くまで打ち寄せる波が実に細かく描かれている。海がでてくる最後の審判の絵ははじめて見た。ヤン・ファン・エイクのこんなすごい絵があるのだから、流石、MET!

真ん中はクラナハ(1472~1553)の“パリスの審判”。クラナハはこの主題を繰り返し描いており、現在、国立西洋美術館で開催中の“ウルビーノのヴィーナス”(3/4~
5/18)にもウフィツィ所蔵のものが出品されている。ギリシャ神話では、ヘラ、アテナ、アフロディテの三女神のなかから天界の美人No.1を決める大役を仰せつかったパリスは羊飼い、そして神々の使者としてパリスに審判を仰ぐ役目のヘルメスはたくましい若者のはず。

ところが、この絵ではパリスは騎士、ヘルメスは老人の姿で描かれている。クラナハはこの場面を神話の世界ではなく、当時の服装で再現しているのである。これは日本の浮世絵師、鈴木春信が得意とした見立絵と同じ発想。いかめしく硬いイメージの強い男に対し、三女神はルーベンスの裸婦像と較べれば健康度はぐっと下がり、なまめかしくてエロティック。

見事パリスの心を捉えたのは誰か?それは真ん中で左上のまるまる太った息子のキューピットのほうを指差しているアフロディテ。パリスにとって、ご褒美にもらうすればアフロディテが約束してくれた美女ヘレネが一番うれしい。美の女神はそのことをよく知っている。でも、パリスにとっていいことはトロイの国にとっては最悪。で、あのトロイ戦争が起こってしまう。

下は再会を楽しみにしていたブリューゲル(1525~1569)の“穀物の収穫”。ブリューゲルはボスとともに大好きな画家。この絵はゴッホの“イエローパワー”を彷彿とさせる黄金色の小麦に魅せられる。画面のなかにはきつい刈り入れの仕事をしているところと木陰で休息をとるところが対照的に描かれている。

視線が集まるのが大の字になって眠りこけている男。よほど疲れているのだろう。ブリューゲルの風景画の魅力は巧みな構図と中景、遠景をていねいに描き込む広々とした空間描写。小麦畑の向こうにみえる緑の草地や木々のところに目をやると子供が二人いた。ルーベンスはブリューゲルの風景画をこよなく愛していたという。ほんとうに心の安まる名作である。

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2008.02.27

その三 ヤン・ファン・エイク  ボス  デューラー

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ヤン・ファン・エイク(1390~1441)やファン・デル・ウェイデンの絵を仔細にみればみるほど、その細密描写に強い衝撃を受ける。上のファン・エイク作“宰相ロランの聖母”は前回の鑑賞とは比べものにならないくらい、じっくり見た。

聖母のひざに座り寄進者ロランに祝福を与えている幼児キリストはダ・ヴィンチやラファエロが描く赤ちゃんタイプのキリストとは違い、どういうわけか大人のような顔つきをしている。見入ってしまうのがキリストが右手に持っているガラスの球体と天使が捧げもっている聖母の冠。透明なガラスを通る光の感じと装飾飾りを一杯つけた冠の質感描写に驚かされる。ちょっと気になるのが天使の体。小さすぎるのである。この大きさだと聖母からは相当離れてないといけない感じ。あまりに小さいので、大きな冠が持てるのだろうかと余計なことを心配する。

3つのアーチの向こうに描かれている風景がこれまたすごい。真ん中に赤い帽子を被り杖を持っている男と胸壁から向こうを眺めている男がみえる。なんだか漫画にでてくる人物のよう。また、面白いことに左の方に孔雀が2羽いる。どうして、ここに孔雀なの?川に架かる石橋に目をやると、橋を渡る人々が赤や白の小さな点々で描かれている。なんとも細かな描写!水面が白く光る川にはゴンドラ風の舟が数隻、人を乗せて航行し、蛇行する川の先には霞がかったうす青の山々が広がっている。

ファン・エイクの絵は中景や遠景の細密描写をじっくり鑑賞するのが楽しみの一つだが、今回はひとつの作品にあまり時間をかけられないので、仔細に見たのは日が当たる川と遠景の山まで。右の聖堂や左の緑に囲まれた町の様子まで見やる余裕がない。リストの中にメモしていたポイントはしっかり目に焼きつけたので絵の前から離れた。

下は対面を楽しみにしていたボス(1450~1516)の“愚者の船”。今回ボスの絵はナショナル・ギャラリーにあった“茨冠を戴くキリスト”とこの絵の2点を見ることができた。昨年プラドで見た“快楽の園”や“阿呆の治療”(拙ブログ07/3/21)がまだ鮮明に体の中に染み込んでいるから、“愚者の船”を見るとあのボスワールドの扉がすぐ開く。

変な構造をした船のなかでは修道士と修道女、農民たちが飲めや歌えの乱痴気騒ぎの真っ最中。リュートで伴奏をつける修道女と同じように大きく口をあけて思いっきり歌っている修道士は愛の園における男女のカップルを象徴している。板の台においてあるサクランボを載せた皿と船べりから垂れた金属性のぶどう酒の瓶は淫欲の罪を示す。

この絵で表現しているもう一つの罪は大食。淫欲と大食は修道院における悪徳の代表とされていたから、ボスはこの絵で不道徳な修道士や修道女を糾弾しているのである。葉をつけた木のマストの縛り付けられたガチョウの肉を切る農民や右の方で吐いている男、そして大きなスープ用のさじを持った男も大食の罪を犯している。前はこんなワクワクドキドキする絵がここにあることすら知らなかった。絵画とは長く付き合っていくものである。

ドイツの画家の絵で印象深いのが下のデューラー(1471~1528)の“エリンギウムをもつ自画像”とクラナッハの“風景の中のヴィーナス”、ホルバインの“エラスムス”。デューラーの自画像は3点あるが、この花をもっているのは一番最初の作品で、2作目がプラドにある絵(07/3/24)。女性のような美しさをもった若者である。毎度この絵の前では立ち尽くしてしまう。

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2008.02.05

その四 ヤン・ファン・エイク  ホルバイン  ルーベンス

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昨年プラド美術館でみたファン・デル・ウェイデンの“十字架降下”の衝撃があまりに大きかっため(拙ブログ07/3/22)、ナショナルギャラリーとルーヴルではこの画家とヤン・ファン・エイクの作品をしっかりみようと心に決めていた。ナショナルギャラリーにはこうした北方絵画の巨匠たちの作品がいくつもあるが、なかでもヤン・ファン・エイクの“アルノルフィニ夫妻の肖像”(上の画像)、ウェイデンの“読書するマグダラのマリア”がとびぬけていい。

05/8/29でも取り上げたヤン・ファン・エイク(1390~1441)の上の絵とは久しぶりの対面。何度みても左のイタリア商人の顔は好きになれないからあまりみないが、妻が着ている滑らかな衣装の緑や目が光っている犬、キラキラするシャンデリア、カーペットのスリッパなどは釘付けになってみた。

さらに、前回は関心のもちようもなかった部屋の背後の壁にかかった鏡についても、そこに映ったこちら側の光景をかすかではあるが確認した。鏡の表面の光沢感、窓から射し込む光が反射する部分の描写はまさに神業的。光沢のある油彩の性質を最大限に引き出す技法にはほとほと感心する。ファン・エイクが描いた肖像画2点、“ターバンを巻いた男”(自画像)、“若い男の肖像”は思っていたのとは異なり小さな絵だった。

真ん中はドイツのアウグスブルク生まれの画家ホルバイン(1497~1543)の代表作、“大使たち”。これはナショナルギャラリー自慢の絵である。93年から96年にかけて徹底した修復がなされたお陰で今では制作当時の色彩が蘇った。後ろのカーテンの緑が二人の男(左側はフランス人外交官で大使としてロンドンに滞在、右側はその友人のフランス教会使節)の黒と茶色の衣服を引き立て、堂々とした肖像画になっている。前見たときも印象深かったが、今回も立ち尽くしてみた。

そして、二人の男の足元に横たわる白い影の正体もちゃんと見とどけた。前はここにドクロが描かれているとはまったく知らず、“立派な肖像画だな!”で終わっていた。が、今は絵の知識がつき、この白い影が“アナモルフォーズ”(歪んだ遠近法)によって描かれたドクロだということがわかっている。で、絵の右端から見る角度を微妙に変え、ドクロをみた。手元の画集にはドクロがはっきり映っているが、自分の目にはこの70%くらいの精度でしかみえなかった。ベストポジションがあるのだろう。

この絵にはもうひとつ仕掛けがある。それは左上のカーテンの陰に小さく描かれたキリスト像。“ドクロ”が描かれているのはこの絵の主題が“メメント・モリ(死を想え)”だから。この絵が掛かっていた部屋は右手に出口があったそうだ。このため、去り際にこの絵を見ると、ドクロと左上のキリスト像が目に焼きつくようになっているという。死の影をこういう形で表現するのだから、ホルバインはものの肌触りや質感を画布から浮き立たせる卓越した描写力だけでなくその精神、知力もハイレベル。

バロックの巨匠、ルーベンス(1577~1640)の絵は大きな美術館ではどこでも大作が沢山飾ってあるが、ここもその例にもれず、“マルスから平和を守るミネルヴァ”、“ステーンの城の見える秋の風景”などの傑作が目白押し。そのなかで人気の高いのが下の“シュザンヌ・フールマン”。マネかルノワールが描いたのかとみまがうばかりのすばらしい女性画である。はじめて見たとき大きな瞳、透き通るように美しい肌の輝きに仰天した。宗教画や神話の一場面を劇的に描いた大作の多いルーベンスのなかではひときわ目立つ肖像画の傑作である。言葉を失い、しばし眺めていた。

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2007.03.21

プラドで超人気のボス

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美術館に入ってすぐ向かったのが1階のボスの絵がある部屋。前回、ボスの傑作、上の“快楽の園”はしっかり見たものの、この美術館が所蔵する世界一のコレクション(6点)のうちほかの絵のことはすっかり記憶から消えてしまった。“快楽の園”に満足しすぎして、ほかの作品はもう感動の大きな袋のなかに入る余地がなかったのか、あるいは展示してなかったのかもしれない。

で、3度目のプラドではこのリカバリーに多くの時間を割いた。お目当ての一枚が真ん中の“乾草車”。そして、もう一点、第二のボスと呼ばれたブリューゲルが描いた“死の勝利”。予定ではこの2点と“快楽の園”をみて、次のターゲットに向かうはずだったが、あと3点ボスの作品があった。下の“阿呆の治療”と“東方三博士の礼拝”、そして“聖アントニウスの誘惑”。これらの絵がプラドにあったことをおぼろげながら思い出し、連鎖反応でもう1点“七つの大罪”もよみがえってきたが(これで6点)、これは展示してなかった。ボスの絵が想定外に多くなり、テンションがぐぐっと上がった。作品にあんまり近づくので監視員に二度も注意される始末。

ベラスケスやゴヤの絵よりも、ボス(1453~1516)が超想像力を使って描いた奇妙な世界を堪能するためにわざわざプラドを訪れる人は結構いるのではないだろうか。特に人気のある“快楽の園”の前では大勢の人が熱心に鑑賞している。ボスの作品は現在、大半がスペインに所蔵されている。ここの6点はフェリペ2世のコレクションだったもの。ボスは生地、ネーデルランドの町スヘルトーヘンボス(今のオランダ南部)で絵の制作に励んだが、最初の頃、ほとんどの人はボスをただの“怪物や幻獣の創造者”にすぎないと考えていた。

16世紀中頃この悪魔的な絵を収集したのがスペイン人ゲバラで、この男の死後、フェリペ2世(1527~1598)がそのコレクションを引き取った。29歳で国王になったフェリペ2世は21歳の頃はじめてスペインを離れ、ドイツ、イタリア、ネーデルランドに長期滞在した。そのときボスを発見する。1584年に完成したエル・エスコリアル宮殿(マドリード郊外)にあるこの王の私室はあまり広くない質素な部屋だったが、ここでボスの絵を楽しんでいたといわれる。

“快楽の園”は保存状態がとてもよく、色彩の美しさに感動する。三連画の中央に表現されているのが官能的な地上の快楽、人間の罪深い所業の数々。そして、左翼には原罪を表すイブの創造の場面が、右翼には罪に対する罰としての地獄の光景が描かれている。ここに登場するほそっとした姿の裸の人間はところどころで植物や動物、卵などに変身する。美しくもあり、不条理でエロティシズムにあふれる世界だ。
地獄の画面の真ん中に大きく描かれた“樹木人間”にドキッとする。2隻の船の中に木の形をした脚を入れ、後ろは穴のあいた卵の形をしている。幅広の帽子の下からこちらを見ているのはボス自身であろうか。日本の地獄絵でもそうだが、罪人は獄卒の悪魔から種々の刑をうける。男がハープの弦にはりつけにされたり、龍が巻きつくリュートに縛りつけらりたりしている。細部までじっくり観てボスが伝えようとする寓意や象徴を解き明かせれば面白いが、今回は残念ながら時間的余裕がない。

真ん中の“乾草車”も“快楽の園”と同じ三連祭壇画。描かれたのは“乾草車”のほうが先。この絵はエル・エスコリアル宮殿にもうひとつのヴァージョンがあるらしい。巨大な乾草車が広大な風景のなかを右のほうへ横切っていく。怪物が車を引っ張り、後ろから教皇や皇帝、王といった世俗の権力者たちが馬に乗って進む。荷車の横が騒がしい。よくみると、民衆は乾草を我先に引き抜こうとし、喧嘩までし始めている。絵のテーマであるフランドルのことわざ“この世は乾草の山であり、だれもがありったけをつかみ取ろうとする”に即納得する光景である。乾草車は現世の財産を表し、世の中こぞってそれに同行するが、乾草車はやがて右の地獄へと転がっていく。

下の“阿呆の治療”は滑稽な絵。絵の外枠に“先生、わたしのあたまから石を取り除いて下さい。わたしはルッベルト・ダスと申します”と書かれている。当時、愚かなのは頭の中に愚かしさの石があるからで、それをとれば馬鹿も直るという迷信を信じる人がいた。で、外科医はそのお馬鹿さんの頭を切り裂く手術をし、金を儲ける。絵はこれを絵画化したもの。

石を取り出す手術といえば、ボスの時代、いかさま行為の代名詞だった。オランダの文学では超お馬鹿さんを表すときにこのルッベルトの名を使っていたという。不思議なのは外科医と尼僧の頭に漏斗や本をおいていることや治療してもらってるお馬鹿さんの頭から取り出しているのは石ではなく、花であること。いかさま医師はカモからお金を巻き上げるには仲間と組んで手の込んだ演出をする必要があったのだろう。

今回の鑑賞でボスの代表作の7割を見たことになる。大収穫のプラド美術館見学であった。

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2005.08.29

ファン・エイク

1534月、ベルギーのゲントでファン・エイクが描いた“祭壇画、神秘の子羊”を見て、西洋絵画に対する見方が変った。

古典絵画では、これまでイタリア・ルネサンスのダビンチやラファエロらの作品を中心に見ていたので、どうしてもこれらの絵から出てくる磁力のほうが強く、ファン・エイクの絵に惹きつけられることはなかった。

だが、ゲントの神秘の子羊を見たときの衝撃はマグニチュード7くらいであった。
驚かされるのは鮮やかな色彩と凄く細密に描かれた草花、そして人々が着ている
衣装や飾り物の高い質感。この神秘の子羊を見るためにわざわざゲントを訪れ
る美術愛好家が沢山いるというのがよく分かる。ファン・エイクの最高傑作を見た
という充実感がまだ抜けないでいたら、昨日の新日曜美術館でこの画家の
詳しい解説をしてくれた。

取り上げられた絵は右の“アルノルフィーニの結婚”(部分)。サブタイトルは“密室
のトリック”。この絵は昔、ロンドンのナショナル・ギャラリーで見た。右の妻の着て
いる衣装の緑が強く印象に残ってるのだが、イタリア・ルッカ出身の夫、アルノル
フィーニのちょっと気持ち悪い顔がダメで、あまり見ず、他の絵に向かったのを
かすかに覚えている。同じファン・エイクの作品ならルーブル美術館にある“ロラン
の聖母”やドレスデン美術館所蔵の“三連祭壇画”に魅力を感じる。

“アルノルフィーニの結婚”で描かれてるものは夫妻を除いてみな何かの象徴だ
という。例えば、犬は忠誠を表すとか。イコノロジー(図像解釈学)の権威、パノフス
キー(ユダヤ系ドイツ人)がこの象徴を体系的に分析したらしい。面白かったのは
ファン・エイクが新たにはじめた油絵具の使い方、3つの遠近法、光の表現。
この絵を見るとフェルメールの室内画を連想する。絵を描くとき、いろいろ構想し
たフェルメールのようにファン・エイクも早描きで驚異的な細密描写を生み出している。
今、北方美術の天才画家、ファン・エイクの絵が頭のなかに大きく入り込んでいる。

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2005.04.28

ボス

58ベルギー王立美術館にはボスの面白い絵がある。右はリスボンにある“聖アントニウスの誘惑”を忠実に模写した作品。プラド美術館にある“快楽の園”と同じ三連画。

聖アントニウスは紀元前3世紀、エジプト北部の富裕農民であったが、20歳頃全財産を失い、砂漠に隠遁する。聖人として105歳まで生きている。

この絵は隠遁してから15年、悪魔からの誘惑に悩まされた聖アントニウスの姿
を3連画で表している。左翼は地獄に拉致され、同僚に連れ戻されるところ。前景
には意識を失い仲間に抱えられて橋を渡るアントニウスが描かれており、上の空
では魔物たちに投げられたアントニウスのまわりを怪物たちがうるさく飛び回って
いる。

中央のパネルでは、邪悪な悪魔に取り憑かれ幻覚に悩まされる聖人が墓の前
の壇上でこちらに顔を向けている。聖人のまわりには人間やグロテスクな化け物
の姿をした魔物が一杯。ボスの時代、悪魔と天罰は実在し、魔女が力をふるい、
反キリストが出現してこの世を悪で満たすだろうと思われていた。現在の目でみる
と、奇怪な怪物や魔女の形がどう考えても想像の範囲を超えてるような気がする
が、ボスが生きた15世紀後半にはそれほどの驚きではなかったのかもしれない。

一つ〃の場面を解釈するのには相当の知識を要するので、専らグロテスクな怪物
の姿を追っかけた。中央画の右端をみると大きな鼠の上に下半身が蜥蜴の尻尾
をした女が赤ん坊を抱いている。これは何を意味してるのだろうか?

03年、ウイーンの美術アカデミー絵画館でボスの“最後の審判”に出会い、今回は
リスボンに行かなくてこの“聖アントニウスの誘惑”を楽しんだ。ブリュッセルでの
大きな収穫。

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2005.04.27

ブリューゲル

57ブリューゲルの絵を一番多く所蔵しているのはウイーンの美術史美術館であるが、ベルギー王立美術館にも4点ある。これがルーベンスとともに古典部門の目玉となっている。

展示コーナーは広く取られ、父の作品を模写した息子の作品も一緒に飾られているので美術史美のブリューゲル室にいるような気になる。

図録でみて是非見たかった“反逆天使の失墜”、“イカロスの墜落”と“ベツレヘ
ムの戸籍調査”。そしてもう一枚、“スケートをする人々”があるのだが、これは
貸し出し中であった。ボスの絵をみるような反逆天使はいくらみてても飽きない。
人間よりもトカゲやらグロテスクな魚、ムール貝などを見ているほうが面白い。
怒ったふぐのように丸くなって口を大きくあけてる魚をみて思わず笑ってしまった。

一見牧歌的な風景画にみえるのが右の“イカロスの墜落”。前景の右に腰を降
ろす漁師の前に足が海面から突き出ている。これがイカロス。この絵はブリュー
ゲルがギリシャ神話の話を扱った唯一のものとされている。天から落ちてきた
イカロスには何の関心もないかのように画面手前では農民が狭い土地を耕して
いる。その下には羊飼いと羊の群れが通りすぎる。

海面の緑が印象的で遠景にある町や白い岩は水面に浮かんでるように見える。
ブリューゲルの構図のとりかたは歌川広重の描き方と似ている。ウイーン美術
史美にある“サウロの回心”が広重の東海道五十三次、日坂とよく似てるので
驚いたことがある。

イカロスはクレタ島の迷宮を造った名工ダイダロスの息子。二人はダイダロスが
作った翼を蝋で身体につけ大空に舞い上がり、迷宮を脱出するが、イカロスは
気分が舞い上がって、あまり太陽に近づくなという父親の忠告を忘れてしまう。
やがて蝋が溶けて海に墜落し、溺れ死ぬ。

当時この話は愚かにも身体や地位の向上を野望する者の運命の譬え話として
理解されてたようだ。ブリューゲルのこの絵は人間の愚行を象徴している。

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2005.04.22

ゲント 神秘の子羊

52ファン・エイク兄弟が描いた“神秘の子羊”をゲントの聖バーフ大聖堂でみた。この絵には前々から関心があった。

この絵が幾度となくベルギーから離れ、数奇な運命をたどったということに興味がそそられるだけでなく、15世紀前半、フランドルではじまった油絵の最高傑作となると是非とも本物を観たくなる。

数奇な運命の極めつけは第2次世界大戦の末期、ナチスの手元にあった
神秘の子羊が寸前のところで爆破を逃れたこと。ヒトラーは1939年頃から
美術館建設を計画し、ヨーロッパ中から美術品を強奪してくる。神秘の子羊も
1942年、南ドイツのノイシュバンシュタイン城に運ばれる。

ドイツ敗北の色が濃くなった1944年、連合軍の爆撃をさけるため、この祭壇
画はオーストリアのアルトアウスゼー塩坑に移される。なぜここが選ばれた
かというと坑内は温度も湿度も一定し、保存に適していたため。1945年4月、
米軍が迫ってきたのでドイツ軍は塩坑全体を美術品もろとも爆破しようとし、
爆弾を運び入れる。このとき、オーストリア人の坑夫がひそかに爆弾を外に運び
出し、再び塩坑道が爆破されないように自分たちの手で坑道の入り口にダイナ
マイトを仕掛け、坑道をふさいだという。こうして、神秘の子羊は守られた。

バーフ大聖堂の中に入るのは無料だが、神秘の子羊を見るにはお金がいる。
20人も入れば一杯の礼拝堂にこの絵はある。門外不出。祭壇画は観音開き
になっている。中央のパネルの真ん中には祭壇が置かれその上に神の子羊
イエス・キリストが立っている。制作されたのは1432年。570年くらい経ってる
のになお鮮やかな色が残っている。

油絵の魅力をこれほど感じさせる絵はない。光沢をもった絵肌の質感に驚かされ
る。聖職者が着ている服装の赤、子羊の周りの木々、草花の緑、遠くに描かれた
山々の青に心が揺さぶられる。草花は写実的に細かいところまで描かれている。
ボッテイチェリの春にでてくる花をみるよう。

30分くらい近くに寄ったり、左右に動いたりしてじっくりみた。15世紀に写実的な
細密描写の絵があったとは。ダビンチのモナリザより70年前にこんな傑作がフラ
ンドルの地で制作されていた。絵画史への理解が一歩前進。

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