2008.01.20

川端龍子名作展 龍子が描いた神仏

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半年ぶりに龍子記念館(大田区、入館料200円)へ出かけた。今、開催されている所蔵展“龍子が描いた神仏”(作品数20点、1/4~5/6)にはまだみてなかった3点があったから、これで図録に掲載されている作品120点はすべて見たことになる。見終わるのに3年かかった。

龍子の絵の虜になって久しい。定期的にここを訪問しているのは大きな絵が見れるから。近代日本画のなかで大作のイメージの強い画家は川端龍子、東山魁夷、奥田元宋、平山郁夫。龍子を除く3人が描くのは自然の風景だが、龍子は風景だろうが、人物だろうがなんでも大きな画面に描く。

今回展示されているのは神仏を描いたもの。上は入ってすぐのところにドンと飾ってある“やすらい”。これが最後まで残っていた大作。地面に座ってくつろいでいるのは孔雀明王で、まわりには長い羽尾をした孔雀が5羽いる。本来の孔雀明王図は東博蔵の国宝(拙ブログ05/7/4)のように明王は孔雀に乗っているはずだが。

龍子はこの絵についてこう語っている。“孔雀に騎乗した孔雀明王図は、平安時代以来から多く密教の本尊仏として巧作され来たった名作を寺々で拝見するのであるが、第一印象として感じることは、千年近くも孔雀の背に端座され来たった明王様も、乗せている孔雀を考えても、さぞや窮屈におわしましたことであろう。一寸休養をお取り遊ばされませ・・・と軽い気分での制作である”。

普通の人間にはなかなか思いつかない発想である。この創作態度は今、人気の現代アーティスト、山口晃の作品、“うま図 2004”(07/8/20)や大作“渡海文殊”となんら変わらない。シュルレアリスム流のダブルイメージを使った“御来迎”(07/2/7)や孔雀に囲まれる明王図を生み出す龍子の豊かな想像力には舌を巻くばかりである。

下は紺地に金泥で行者道の本尊、蔵王権現の姿を描いた“一天護持”。これはお気に入りの絵。見るたびに惹きつけられるのが紺地に映える金泥の描線の輝き。多くの仏画を見てきたが、インパクトの大きさでは国宝の“五大力菩薩像”や“五大尊像”に決して負けてない。この絵は“行者道三部作の二”で、一の赤鬼と青鬼にハットする“使徒所行讃”、三の“神変大菩薩”も一緒に展示してある。

この美術館もしばらくお休みできるかなと思っていたら、5月の特別展“川端龍子と修善寺展”(5/17~6/15)を案内されたので、また出かけることになりそう。

拙ブログは1/21~31、お休みします。

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2007.11.04

宋元仏画展

51神奈川県立歴史博物館では現在、“宋元仏画展”(10/13~11/25)を開催中。

開館40周年を記念する特別展なので、集められた作品(47点)は質が高く見ごたえがある。

展示替えのため2回出向いたが、もう一度みることになりそう。今は真ん中の展示期間(10/30~11/11)で、最後の展示は11/13~25。

目に前にある中国の仏画は一度みている国宝“十六羅漢図”(北宋、京都・清涼寺)など2,3点を除いて初見のものばかり。見慣れている日本の仏画と較べるとあまり変わらないのもあるが、やはり宋、元の匂いがする。画題としては“十六羅漢図”が多く、全部で13点ある。また、円覚寺蔵の“五百羅漢図”が2点でている。

今回のお目当ては“十王図”。南宋時代の陸信忠作(終了)と元時代に描かれた右の陸仲淵作(展示中)。ともに重文で奈良博が所蔵している。画面全体が暗くて何が描いてあるのか見分けるのがシンドイ作品が多いなか、この2点と陸信忠の“仏涅槃図”(奈良博、終了)は群をぬいて色が鮮やかなので、細部までじっくり見ることができる。色の調子はちょうど“京都五山展”(東博)にでていた陸信忠の“十六羅漢図”や明兆の“五百羅漢図”と同じ。

陸仲淵の十王図は現存する3点の2点が今飾られている。十王は冥府で亡者を裁く十人の王で、初七日から3回忌までの忌日に一人ずつあてられる。今回の2点はよく知られる“閻魔王”(五七日)と右の七七日の“泰山王”。陸信忠の“十王図”(4点)に較べて、地獄での責め苦の場面がばっちり描かれている。怖い獄卒は亡者をいじめ放題。蛇が放つ炎で煮えたぎる釜のなかに男が放り込まれ、その上では針の山につき出され、手をバタバタさせている。

何点もある“十六羅漢図”で興味深く見たのが羅漢の濃い眉毛。なかでも称名寺蔵品はどの羅漢も奇怪な風貌をしており、眉毛がグロテスクなほど超ロング。こんな個性豊かな羅漢図は見たことがない。次回の期待は国宝の十六羅漢図(会期中6点)の残り2点。どんな羅漢だろうか、楽しみである。

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2007.09.22

美麗 院政期の絵画展 その二

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“美麗 院政期の絵画展”で感心したことがある。それは料金。後期を見る際、前期の
1000円の半券を出すと500円で入場できる。この料金システムを知ってもらうため、大きめの表示板をつくっているので、こちらも半券は失くさないようにしっかりとっておこうという気になる。多くの美術ファンに傑作を観てもらおうという姿勢が料金設定にも現れており、美術館に対する好感度がます。

半券をみせても100円しか割り引いてくれない東京のサントリー美などとはエライ違い。また、図録の値段が1500円と安いのもいい。図録代を含むトータルの支出が
3000円というのは大変有難い。鑑賞コストは安く、展示品の質は超一級。理想的な展覧会である。いくら感謝してもしきれない。

この特別展に駆り立てた一番の作品は上の“釈迦金棺出現図”(国宝、後期展示、京博)。95年の“日本仏教美術名宝展”で見逃して以来、12年かかってやっと願いが叶えられた。この間、この絵を見る機会は数回あったが、どういうわけか縁が無かった。

大規模な仏教絵画の展覧会があるとき、展示される定番の傑作が3点ある。前期にでた“仏涅槃図”(金剛峯寺)、上の絵、そして“阿弥陀聖衆来迎図”(有志八幡講十八箇院、拙ブログ05/8/25)。いずれも国宝。“釈迦金棺出現図”は大画面の絵で、制作された時期は1086年の“仏涅槃図”よりすこし後らしい。釈迦の臨終に間に合わなかった母、麻耶夫人(まやぶにん)のために、釈迦が神通力を使って復活し、説法する場面が描かれている。

大きな金棺より上体をおこした釈迦が放射状の円光背を負い、右下でひざまずく顔の大きい麻耶夫人のほうへ体を傾けている。涅槃図には必ず釈迦の遺品、衣、鉢、錫杖(しゃくじょう)が描かれるが、仏鉢は沙羅双樹に掛けられ、衣は金棺の前の机に、そして錫杖は麻耶夫人がしっかり持つ。釈迦を取り囲んでいる会衆(参集者、菩薩、仏弟子、俗人、女人、八部衆、動物など)は目をかっと開いてこの奇跡をみている様子がひしひしと伝わってくる。

画面全体が茶色で埋め尽くされているが、衣の赤、青、緑、白がまだよく残り、釈迦や麻耶夫人の着衣に施された精緻な截金文様にも惹き込まれる。釈迦の肉身が柔らかく感じられるのは絵絹の裏から白を塗り(裏彩色)、表から白と黄色を塗っているから。

絵巻物は過去何度も観ている作品が多いが、見てて楽しくなる傑作ぞろいなのでとても気分がいい。そのなかでお気に入りは“華厳宗祖師絵伝”(全期間、高山寺、06/6/12)。善妙が変身した巨龍が義湘の乗る船を支えて大海原をざんぶりこ々進む場面は波の描写がすばらしく、おもわず見入ってしまう。このほかにも、物語の展開が面白い“信貴山縁起絵巻”、“伴大納言絵巻(上巻)”、“粉河寺縁起絵巻”があるのだから、仔細にみると時間がいくらあっても足りない。

そして、美しい装飾経として評価の高い“平家納経”(厳島神社)や“扇面法華経冊子”(四天王寺)が目を楽しませてくれる。下は“平家納経”の“厳王品”の見返。経文から射してくる光に向かい、二人の女房が合掌している。銀地に散らされた赤や黄色、青の蓮花、汀に遊ぶ鷺、扇子は現代にも充分通用するほどモダンなデザイン。平安時代に生きた人々の豊かな感性にただただ感服するばかり。

日本美術の真髄がぎゅっと詰まった院政期の絵画。一生の思い出になる展覧会であった。

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2007.09.21

美麗 院政期の絵画展 その一

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奈良博で行われている“美麗 院政期の絵画展”の前期(9/1~17)と後期(9/19~30)を見てきた。サントリー美の屏風展で少し紹介したように、これは十年に一度クラスのすごい展覧会なので、どうしても見逃すわけにはいかない。

ボランティアで作品の解説をしていた方の話しが興味深かった。なんでもこの展覧会は定年でお辞めになった前館長の最後の大仕事のようで、これまでの運営で他館やお寺との間にできた豊富な人脈をフル活用して95年にあった“日本仏教美術名宝展”を彷彿とさせる傑作を目一杯集めてきたとのこと。

会期中に展示される作品は全部で125点。うち国宝が49点。残りも大半が重文。仏画、絵巻物で有名なのがびっくりするくらい出ている。お陰で95年のとき展示替えで見逃した作品をほぼリカバリーし、追っかけていたのにも対面することができた。で、今はすばらしい仏画や絵巻物の余韻に浸っている。傑作があまりに多いので、2回にわけて感想を述べてみたい。

院政期というのはご承知の通り、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけてのころ。白河上皇が1086年に院政を開始し、その後、鳥羽、後白河、後鳥羽と続く。この院政期に美麗な仏画や平家納経などの装飾経、地獄絵、伴大納言絵巻などの傑作が数多く制作された。名品が切れ目なく続くので感動の総量はとてつもなく大きい。

見所のひとつは仏画。最初に飾ってある大きな“五大力菩薩像”からはじまり美術本に載っている代表作がぞくぞくでてくる。これは圧巻。1086年に制作された“仏涅槃図”(前期で終了)は涅槃図の最高傑作。追っかけていた“十二天像”(6点)は前期に展示された色の鮮やかさと綺麗な顔が印象深い“帝釈天”を暫しうっとりしてみていた。

仏画には装飾的な金箔や截金(きりがね)が施されているが、金が一番残っているのが“孔雀明王像”(東博、全期間展示、拙ブログ05/7/14)。ほかの名品と見比べてみても、この截金の精緻さは際立っている。今回最も心を打ったのが12年ぶりに再会した上の“十一面観音像”(奈良博、全期間)。ボストン美からやってきた“馬頭観音像”(全期間)の蓮華座にみられる桃色の照暈(てりぐま)同様、十一面観音の肉身部に施された強い朱の暈取りに目を奪われる。暈取りと斜め向きの姿勢で立体感をだしているので、彫像をみているような気分になる。

仏画のなかで会期中6点みられるのが白象に乗るお馴染みの“普賢菩薩像”。後期に展示される“普賢延命菩薩像”(京都・松尾寺)は昨年、東博の国宝室に登場した。菩薩より白象のほうの目がいくのはこの“普賢延命菩薩像”と象の体に金の飾りを沢山つけている鳥取・豊乗寺蔵の“普賢菩薩像”(前期で終了)。

仏画とともに収穫が多かったのが後白河院のときに描かれた地獄絵。下の“地獄草子”(奈良博、前期)、後期展示の東博の“地獄草子”(06/3/17)、“沙門地獄草子”(5点、五島美ほか)、“餓鬼草子”(東博前期05/12/12、京博後期)、“病草子”(6点、京博ほか)、“辟邪絵(へきじゃえ)”(奈良博05/5/11、全期間)など代表作がほとんどある。

とくにいつか見たいと願っていた下の奈良博蔵“地獄草子・鉄鎧所(てつがいしょ)”が目の前に現れたので、夢中になってみた。昨年の“大絵巻展”(京博)のとき展示替えでみられなかったから喜びもひとしお。これは罪人が獄卒の鬼に捕まえられ鉄の臼(うす)で人肉ミンチにされるところ。右の赤い鬼は骨を処理しながら嬉しそうに笑っている。

恐怖心をうえつけるにはこれ以上ないというほど怖い顔をした鬼のとなりにユーモラスな鬼も描く。日本では、12世紀後半、豊かな想像力をもつ絵師がこんな面白い絵を描いていたのである。

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2007.09.01

旅展の熊野那智参詣曼荼羅

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旅展の後期(8/23~9/30)をみるため、また三井記念美術館を訪れた(前期は拙ブログ7/19)。展示作品55点のうち、後期だけの8点に800円を払うのは割が合わないのだが、下の“熊野那智参詣曼荼羅”と“伊勢参詣曼荼羅”がどうしてもみたいからいたしかたない。

で、この二つと東海道の宿場風景をコミカルなタッチで描いた広重の“東海道五十三次細見図会・神奈川&程ヶ谷”を30分くらい楽しんでひきあげた。

熊野三山(本宮大社、那智大社、速玉大社)は一度行ったことがあるから、“熊野那智参詣曼荼羅”に対する親しみがグッとます。だが、那智の滝をみたのは随分前なので、滝や大社、お寺がこの絵のような配置になっていたかどうかはあやふや。

興味深い描き方があった。右上の滝に赤い炎が三つ描かれている。これはなぜ?山伏に先導されて進んでいく参詣者の白装束がよく目立つため、参詣の順路がイメージしやすい。注目して見たのは鳥居の前に描かれている補陀落渡海(ふだらくとかい)の場面。この頃、補陀落信仰があった。これは海のかなたにある常世の国にいくと、不老不死の理想郷があるという信仰。常世の国に旅立つことを“補陀落渡海”といった。死を覚悟の上での旅である。

舟の四方に鳥居をめぐらせているのが渡海船で、渡海上人が乗り込むと釘を打って外に出られないようにした。積み込まれるのは30日分の食糧と油だけ。実際、これを実行した者が867年から1722年の間に25人いる。平清盛の嫡孫の維盛(これもり、
1184年)、補陀落山寺の歴代の上人など。同行者を含めると100人以上が海に消えたという。

この熊野那智参詣曼荼羅は今で言うと“観光ポスター”だった。これを使って全国で熊野参詣をセールスしたのが“熊野比丘尼”。平安時代の末期以降、熊野詣の主役になった武士や富農に彼女たちはこの曼荼羅を見せながら、“ほら、見てごらんなさい、上皇、貴族、武士、庶民まで沢山の人が来ているでしょう。参れば、あなたも極楽浄土に行けますよ!”と勧誘した。

熊野詣をはじめたのは皇族や上流階級。宇多法皇が907年に皇族として最初に参詣した。上皇、法皇、女院の参詣記録によると、もっとも多く詣でたのは後白河法皇で33回、2位が後鳥羽上皇の29回、3位は鳥羽上皇23回。

今回、後鳥羽上皇の4回目の熊野詣(1201年)に随行した藤原定家が記した上の“熊野御幸記”(国宝)が全期間、展示されている。現代語訳を読むと、一行の総行程600キロ(往復)は相当きつかったことが窺がわれるが、本宮に到着する直前に定家は“感涙禁じ得ず”と書いているから、熊野三山への参詣が現代に生きるわれわれには測ることができないほど大きな喜びであったのだろう。

この展覧会で参詣曼荼羅をいくつもみれたのは大きな収穫だった。

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2007.08.31

京都五山 禅の文化展 その二

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二度目の“京都五山 禅の文化展”(東博、7/31~9/9)はお目当ての作品を見逃さずにすむ⑤期(8/28~9/2)にした。こういう国宝や重文が沢山展示される展覧会では展示時期の関係で見れない作品がでてくる。これは仕方がないので、どうしても見たい作品を優先して後期の会期を選んだ。

最初の鑑賞(拙ブログ8/8)で展示のレイアウトがインプットされているから、今度は四章“五山の学芸”からスタートした。水墨画の名品がぞくぞく登場する。出品作を全部見たとすると、日本にある水墨画の名画は雪舟、雪村を除きだいたい見たことになるのでないだろうか。そのくらいいいのが揃っている。

⑤の作品で足が止まったのをあげてみると。如拙の“墨梅図”、“渓陰小築図”、岳翁蔵丘の“山水図”、周文の“十牛図”と“四季山水図屏風”。なかでもお気に入りが“墨梅図”。縦長の細い画面で見る者の心をとらえるにはこういう描き方が一番だなと思わせる絵である。画面の上のほうから弓なりになった枝が何本も垂れ下がり、そこに咲いた白い梅の花がその緩やかな曲線のフォルムを際立たせている。枝ぶりに美が感じられる絵はそうない。

次の五章“五山の仏画・仏像”にはお目当ての絵、吉山明兆作、“五百羅漢図”(東福寺)があった。45幅のなかから六幅が展示されるが、⑤では三幅のみ。下はその一枚。京博で一度見たときびっくりしたのが色調の強さ。背景のこげ茶色の岩や松の木とは対照的に、羅漢たちが身につけた袈裟の赤や緑がなんとも鮮やか。そして、視線が集中するのが羅漢たちの上にいる大蛇。大きく開いた口の中で羅漢が瞑想しているのに目が点になると同時に、胡粉で彩色された鱗の白に強い衝撃を受ける。

鎌倉の円覚寺にある五百羅漢図でも、狩野一信が描いたもの(東博)でも、大蛇の口のなかに羅漢が描かれているから、これは伝統的な図様なのであろう。4年前、東博であった“鎌倉 禅の源流展”に中国の絵師が描いた五百羅漢図(大徳寺蔵)が五幅でていた。明兆の絵も円覚寺のもこれを参考にして描かれたというから、いつか大徳寺所蔵の全82幅をみてみたい。

インパクトのある五百羅漢図のあとは、軽く流す感じで、一章、二章に戻り、肖像彫刻や頂相(ちんぞう、禅僧の肖像画)をみてまわった。これまで数回対面している上の“夢窓疎石像”は好きな肖像画。目元がすっきりした顔は冷静沈着でとても頭がよさそうにみえる。今年は京博で“藤原道長展”、東博で“京都五山展”。お寺シリーズはまだ続くのだろうか?

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2007.07.19

三井記念美術館の旅展

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三井記念美術館で開催されている“美術の遊びとこころ 旅展”(7/14~9/30)は思った以上に楽しい展覧会だった。副題はー国宝“一遍聖絵”から参詣図・名所絵、西行・芭蕉の旅までー。このように“旅”をキーワードにすると、小さな印籠から日記、参詣曼荼羅、横長の屏風絵、浮世絵風景画などいろいろな美術品が結集する。

嬉しいのは名所絵。サントリー美術館の“水と生きる展”に展示されている作品とここにあるものを同時にみると、一気に日本にある名所絵の通になれること請け合いである。サントリー美の屏風“厳島天橋立図”、“厳島三保松原図”、“四天王寺住吉大社図”、“近江名所図”に対して、ここでは前期7/14~8/18に、“富士曼荼羅図”(重文)、“天橋立・富士三保松原図”、“松島図”、後期8/23~9/30に“一遍聖絵 富士の霊峰”、“熊野那智参詣曼荼羅”、“伊勢参詣曼荼羅”、“厳島・鞍馬図”が見られる。

チラシをみて喜んだのが上の“富士曼荼羅図”(部分、伝狩野元信筆、富士山本宮浅間大社蔵)。この絵は昨年、静岡県美の展覧会に出たが、日程が合わず見る機会を逸したのに、幸運にもリカバリーできた。期待にたがわぬ見ごたえのある絵で、元信の手が入っているというだけあって、人物や浅間神社などの描写はかなり上手。

上は富士山の入った上半分。頂上をめざし松明をもってジグザグ登っていく参詣者の一生懸命さがひしひしと伝わってくる。単眼鏡でみていると、なんだか自分も一緒に登っているような気分になる。山頂には三体の仏像がみえ、山の左右には紫雲、瑞雲に囲まれるように日・月が描かれている。この絵で眼中を支配するのが水平方向にたなびくうす青の“すやり霞”。“すやり”は素槍で、まっすぐな槍のこと。下の田子の浦から上の富士山まですやり霞を積み重ねることで、山頂までの距離感や空間の奥行きを表わしている。

“一遍聖絵”には縁があり、今回で五度目。京博でいちど全巻じっくり見て、この絵のすばらしさが体のなかにしみこんでいるので、目をこらしてみた。後期の楽しみは“富士の霊峰”。今回はお目当ての“富士曼荼羅図”のほかにあとふたつ楽しい絵があった。下の英一蝶の“大井川渡し図”(個人)と歌川広重の“東海道五十三次細見図会”(神奈川県立歴史博物館蔵)。こんな思わずほほが緩むような絵と遭遇できたのが嬉しくてたまらない。

“大井川渡し図”では、右の場面が笑わせる。二人の人足に担がれた武士の足の裏を刀を持っている男がくすぐっている。こういうときにしか武士にわるふざけ出来ないから、人足はさぞかし面白いだろう。よくある光景を切り取ってみせる英一蝶の絵心に脱帽である。

広重のこの道中絵ははじめてみた。手前にクローズアップした人物を5、6人配置し、背景に宿場の風景を描いている。全部で10図あるらしく、今回6点展示される(2点ずつ3回にわけて)。“日本橋”に登場する田舎から江戸見物にきたお上りさんの表情が実にいい。見てのお楽しみ。

この美術館の企画力の高さが遺憾なく発揮されたいい展覧会であった。

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2007.07.08

棟方志功の華厳譜

918鎌倉にある棟方板画美術館の展示は龍子記念館同様、年2回のみ。

ここを定期的に訪問するようになってもう3年になる。だから、館の図録に載っている作品でまだお目にかかってないのが少なくなり、二回り目のものが出てきた。

拙ブログ05/9/5で紹介した“飛神の柵”は何回見ても魅せられる。今回の12点にはこの絵のほかにもお馴染みの代表作がある。初期の作品、“華厳譜”と“釈迦十大弟子”。これは豪華な展示である(12/16まで。ただし、7/31~8/21は夏期休館)。

棟方志功は展覧会に出品した“大和し美し”が審査員だった柳宗悦、濱田庄司の目に偶然入ったのがきっかけになり、あらたな版画の道を進むことになった。“華厳譜”は柳や河井寛次郎らの示唆を得て、この展覧会から半年後に制作された作品。棟方が33歳のころである。21点は華厳経を題材にして描かれているが、お経に出てくる仏に不動とか風神などの密教的な仏や神を加え、棟方流の“華厳”の世界を仕立てている。

柳宗悦はこの絵に感動し、河井寛次郎への手紙に“大作で又傑作だ。<大和し美し>より一段といい。まだ、無駄や荒々しいところはあっても素敵なものがある。その或るものは古版画に比してひけめはない。今時これほど本能的な作者は類がない”と書いている。柳が鋭く指摘しているように、中にはごちゃごちゃした構成のため、仏の姿がぱっと捉えられないものもある。でも大半は目や鼻がくっきり大きく描かれた仏さんや神さんの表情や手とか体の動感表現に心を揺すぶられる。

何回もこの絵を見るなかで、いつもぐっとくるのが右の“風神の柵”。人気の高いこの絵や“不動明王の柵”は単独でも裏彩色して販売された。棟方はこの“風神”のように人の動きを横からストップモーション的に捉えるのが本当に上手い。“華厳譜”の2年後に描かれた“善知鳥(うとう)版画巻”にもスピーディに走る坊さんや女がでてくる。

久しぶりに見た色つきの“宇宙頌”を楽しんだ。これは棟方がはじめて手がけた天井画で、青龍(東)、白虎(西)、朱雀(南)、玄武(北)の四方守護神が東西、南北の二神ずつ双幅の形式で描かれている。今回ちょっとした発見があった。目のなかに飛び込んでくる四神の白い顔をよくみると、眉毛でも瞳でも線や点の模様として表現されている。そして、鼻の両側の頬には装飾的な丸い輪がある。

この描き方は幻想画家、シャガールが人間や動物の体の一部に別のものを描きこむ(千葉市美のシャガール展:6/19)のと同じやり方。二人の絵は赤や緑など色彩が鮮やかなところも似ている。絵はやはり余計な情報は入れず、自由に見るのが一番。次回の展示は来年の1/8からなので、ここへ来るのはだいぶ先になる。

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2006.12.22

06年感動の美術品・ベスト10! その二 人物

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1回目で女性を単独で描いた絵画や彫刻および日本の美人画や観音様を取り上げたので、2回目はこれ以外の人物画や彫像のベスト10。宗教画や神話や歴史を主題にした作品をひとくくりにした。今年最も熱くなった作品は以下の通り。

 その二 人物ベスト10!

★“ポンペイの秘儀荘”(5/15):ポンペイ遺跡(4月)

★“死せるキリスト”(5/2):マンテーニャ、ブレラ美術館(4月)

★“聖愛と俗愛”(5/22):ティツィアーノ、ボルゲーゼ美術館(4月)

★“聖マタイの召命”(5/21):カラヴァッジョ、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会(4月)

★“プロセルピナの略奪”(5/17):ベルニーニ、ボルゲーゼ美術館(4月)

★“山越阿弥陀図”(上):禅林寺、東博平常展(9/26~10/22)

★“五百羅漢図”(2/21):狩野一信、東博特集陳列(2/14~3/26)

★“仁王捉鬼図”(11/19):狩野芳崖、揺らぐ近代展(11/7~12/24、東近美)

★“武士”(11/18):小堀鞆音、小堀鞆音展(10/21~12/3、明治神宮文化館)

★“原爆の図”(6/11):丸木位里・俊、丸木美術館(5月)

追っかけている仏画のなかで、昨年の“阿弥陀二十五菩薩来迎図”(国宝、知恩院)に続き、東博国宝室で“山越阿弥陀図”を観れたのは大きな喜びである。東京でこの絵にお目にかかれるとは思ってもいなかった。臨終間際の者が阿弥陀図から実際にたらされた五色の糸を手にしっかり握り締め、極楽浄土行きを祈ったのかと思うと感慨深かった。慈悲深い阿弥陀如来の姿と白い雲に乗った観音菩薩と勢至菩薩の綺麗な顔に心を打たれる。

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2006.07.10

マンダラ展と村上隆

431結構な頻度で出かけている展覧会の大半は期待通りの満足が得られているが、たまには下調べ不足で失敗するケースもある。

埼玉県立近代美術館で7/8から開幕した“マンダラ展”(9/24まで)は、砂絵マンダラの実演があるというので期待していた。で、僧侶による実演がはじまる午後1時にあわせて、時間調整をして入館し、展示されている絵画や彫刻をさらっとみて、さあ、お目当ての砂絵をみようとスタンバっていた。

だが、4,5人の僧侶はなかなか描きはじめない。定規とコンパスで下描きの線や円弧を引いてるだけ。どうやらこの砂絵マンダラの制作過程を全く勘違いしていた。TVでマンダラ図が鮮やかな赤や緑で形づくられていくのをみて、下絵を描かず、いきなりどんどん描いていくものと勝手に想像してたのが間違いのもと。

初日は下絵づくりで次の日から彩色していくようだ。よくみると、材料の色のついた砂はどこにもおいてない。係りの人に確認しなかったが、2日目から彩色にはいり、7/16に完成するのだろう。僧侶のまわりを取り囲んで今か々と制作が始まるのを待っていた大勢の人も状況がつかめたようで、ぽつぽつとその場から消えていった。

砂絵は観れなかったので、展示物からなにか収穫がないかともう一度みた。すると、面白いことに村上隆が“芸術起業論”で論述していた興味深い考えを裏付ける仏画に出会った。それは右の“法界語自在文殊図”(部分)。この展覧会は2部構成で最初にマンダラ世界に住む仏や神をグループ分けして、絵や彫刻でみせ、次のコーナーでネパール、チベットで描かれたマンダラ(=仏たちの住む宮殿)絵を展示している。この仏画は20世紀、ネパールで制作されたもの。この絵のどこに注目したかというと、真ん中にいる文殊菩薩の複数の顔と8本の腕。

村上隆の作品、沢山の目をもつかわいいキャラクター“メメクラゲ”がどういう風にして誕生したかが本のなかにでてくる。これがなかなか面白い。村上は水木しげるの漫画“ゲゲゲの鬼太郎”の大ファンで、とくに体中に目を持つ“百目”という妖怪キャラクターがお気に入り。家に百目ダンボールの紙に夜行塗料のついた置き物があり、複数の目が自分を睨み続けているような気がしたという体験から、村上は“多数の目を並べると人を見つめ続ける圧迫感を与えることが出来る。西洋美術の技法は三次元の世界を二次元に表現するという錯覚を生み出しているが、多くの目も錯覚を生み出せると”気づく。で、この多数の目でスーパーフラット(=超二次元的)の概念を表現したのが“メメクラゲ”。

この話しを右の絵と関連づけてみると、複数の顔や胴体からでた何本もの腕がでた大小の文殊菩薩が多数の目になっている。画面は二次元だが、たしかに遠近感があり、大きな空間のなかに自分がおり、見つめられているように錯覚する。これまで、村上隆がいうような視点でこうした仏画を見たことはなかったが、目からうろこが落ちた。

砂絵が見れず惜しいことをしたが、千手観音や文殊菩薩の絵と村上隆のスーパーフラットが結びつくという予想もしなかった鑑賞体験となった。なお、砂絵の公開制作は7/16(日)まで(10時~17時半)行われる。ご参考までに。

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2006.03.30

東博地獄劇場 四幕

346京博で“最澄と天台の国宝展”をみたときは、お目当ての“六道絵”(ろくどうえ)の細かい描写がよく見えなかったので、今回は単眼鏡を使ってじっくりみた。六道絵の展示は前期(3/28~4/16)のみ。

目がいい人でもガラスケースの向こうにある全15幅に描かれた一つ々の場面をはっきり瞼の中におさめるのは難しい。そこで、単眼鏡がとらえたディテールも含めて東博地獄劇場 四幕の主要な場面をすこし詳しく紹介したい。が、この手の話は気持ちが悪い(大半の人はそうかもしれない)という方は遠慮なくパスしていただきたい。前回書いた六道絵の記事は拙ブログ05/11/2

★閻魔王庁図:一番下のところでは、首にはめ板をされた女の罪人が獄卒の鬼に追い立てられている。母親のあとを裸の赤ん坊と体を縄で縛られた男がついていく。その左には同様の格好をさせられたのが二人いる。真ん中では男が大きな鏡に生前の悪行(殺人)を見せられて、顔をひきつらせている。鏡の横の台にのせられた生首(殺された人間の)が目をかっと開いて罪人をにらみつけてるところは迫力がある。

★等活地獄(とうかつ):ここは生き物を殺した者が落ちる地獄。怖いのは上半分。左の方では二人の鬼が罪人を刀で切りさき、その隣の鬼は骸骨の骨をさらに打ち砕いている。下の門外では、ちょっと暗くてよく見えないが、岩山の隙間に罪人を入れ、鬼たちは両側から力いっぱい押し、圧殺している。こりゃーたまらない!

★黒縄地獄(右、こくじょう):生き物を殺し、盗みを働いた者が落ちる。苦しみ度は等活地獄の十倍。地獄絵のなかで最も凄惨な場面。炎の下では、板の台にのせられた男の腹のあたりに鋸の歯をあて、二人の鬼が“イチニー、イチニー”と楽しそうに轢いている。血がどくどくと流れ落ちる。その上の方で、罪人の頭から足のほうにかけてなにか黒い糸のようなものを張っている。何をしているのかというと、男の体を切り刻むため、熱い鉄の墨縄で体に墨うちをしてるところ。この場面は右の画像を拡大するとよりはっきり見える。

★阿鼻地獄(あび):父母、徳者を殺したり、真理を否定し、因果の道理を認めず、殺生、盗み、邪淫などをした者が落ちる地獄。ここでの責め苦は想像を絶する。左のほうには獄卒に口を大きく開けられ、熱鉄の玉を呑まされる罪人がおり、右では竹に縛り付けられた男は舌を引き抜かれて、目ん玉が飛び出しそうになっている。最も罪深い者が落ちる極悪の地獄のためか、刑を執行するここの獄卒はほかとはちがう鬼の怪物。頭の上にまた顔が3つあったり、お腹にも顔をある。そして、画面のなかで赤い炎が描かれる割合が一番多い。

★衆合地獄(しゅうごう):生き物を殺し、盗みをし、淫欲にふけって善業に励まなかった者が落ちる地獄。城門の外の悪見処では、生前、他人の子供をいじめたため、自分の子供が鬼に陰部を鉄の錐(きり)で突き刺されるのを見せられて苦悩する男や、逆さずりにされ肛門に銅の湯を注ぎ込まれて苦しむ罪人などが描かれている。

獄卒がでてくるのはこの5点だけ。残りは正視できる?“人道不浄相”を除けば、心拍数が上がることはない。だが、“譬喩経所説念仏功徳”(ひゆきょう)では左上の屋敷のなかに生首がいくつか転がっているのでびっくりしないように。

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2005.11.03

知恩院の早来迎

2082ヶ月くらい前、京博のHPで知恩院が所蔵する“阿弥陀二十五菩薩来迎図”(早来迎、国宝)が平常展にでてくることを知り、すぐ京都行きを計画した。

仏画の国宝をひとつ々つぶしているが、この早来迎は待ちに待った作品。仏画のコーナーは、ほかにも“山越阿弥陀図”(京博蔵、国宝)が出品されるなど来迎図のてんこ盛り。来迎図の名品、2点を前にして、心臓がばくばくしてくる。

来迎図は仏の世界と現世との交信を劇的に表した絵で、阿弥陀如来が死者を
お迎えに来る場面が描かれている。平安時代に描かれた来迎図と較べると、
浄土宗や浄土真宗の新仏教が誕生し、浄土思想の広がった鎌倉時代の来迎図は、
お迎えに動きが加わり、横向きの阿弥陀如来に変ってくる。右の“阿弥陀如来
二十五菩薩来迎図”では、阿弥陀如来は笙、琴、琵琶などを奏でる25の音声菩薩
たちを従え、雲に乗って往生者(右下)のもとへ西方極楽浄土から一気にすべり
降りてくる。

体をくの字にした菩薩の姿や白が印象的な雲のウエーブの様子がそのスピード
感をよくあらわしている。図録でみて動きのある来迎図だなと感心していたが、本物
でそれを実感した。眼下の景色は満開の桜。桜を添えるというのは、桜が無常感
の象徴として使われてたためであろう。すぐに西行の歌、“願わくは花の下にて春
死なむ”を連想する。

京博蔵の“山越阿弥陀図”には往生者はでてこない。阿弥陀如来は、二つの山の
裾野が交わるあたりの向こう側から6人の菩薩を従えて、上半身を現すのみで、
それより手前に来る気配がない。静的な来迎図である。同じ山越阿弥陀図で次の
ターゲットとしているのが京都、禅林寺にあるもの。当時、死にゆく者を北枕にし、
西方に置かれた山越阿弥陀図の阿弥陀如来の手からは実際に、青、赤、黄、白、
黒の五色の糸がたらされていた。その時の二つの穴が残っている。死が近づいてい
る人間は必死にその糸を握り、ただただ極楽浄土に連れていってもらうことを
祈ったのである。

来迎図を見るのは、いつか、現世から離れていくときのリハーサルのためではなく、
美術品としての仏画に魅せられてるだけなのだが、家に帰ると、隣の方から“お
迎えが来たときの心の準備が出来たでしょう”と言われた。なお、この平常展
は11/13まで。

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2005.11.02

六道絵

207先週の新日曜美術館で現在、京都国立博物館で開催されている“最澄と天台の国宝展”(10/8~11/20)を紹介していた。

京都行きはここの平常展に展示される知恩院所蔵の“阿弥陀二十五菩薩来迎図”(国宝)を観ることが主目的で、企画展の方はお目当ての美術品、2,3点だけをしっかり見ようという腹づもりだった。この展覧会は来年、3/28~5/7、東博でも見られるので、今回は軽く目を
慣らす程度で済まし、沢山でている作品の数々はそのときじっくり鑑賞しようという
のが2ヶ月前考えたトータルプランだった。

ただ、一点気になることがあって、10月中に訪問しておきたかった。理由は右の
“六道絵”(ろくどうえ)の展示が10月で終了するため。六道絵(国宝)は全部で
15幅あり、一堂に展示するのは32年ぶりのことらしい。過去、一部の地獄絵を
見たことはあるが、全部を見る機会はこれを逃すともうずっと先になる。日本美術
の展覧会では別の会場に巡回する際、展示内容が変ることがよくある。確認し
てないが、東博で六道絵が同じ期間そして全部展示されるかどうかわからない。
期間は短くても構わないが、全点でないときは悔いが残る。これを所蔵しているの
は滋賀の聖衆来迎寺なので、京博だけの特別出品ということも充分考えられる。
で、2週間前に出かけ、保険をかけておいた。

六道絵は六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天)を輪廻転生し、苦悩や悲惨、
恐怖を存分に味わってる人間たちの姿を描いた絵。源信(げんしん)が著した“往生
要集”(985年)の中で描写されてる六道の情景を人々がイメージし易いように
ビジュアル化したものである。源信の唱えた分かりやすいキャッチフレーズ、“厭離
穢土、欣求浄土(おんりえど、ごんぐじょうど)。地獄を避け、浄土へ行こう”を実現
するため、極楽との対極にある地獄の実相を見せることで救済をはかろうとした。

浄土を渇望させるには地獄は怖ければ怖いほうがいい。地獄の番人、鬼にのこぎ
りで体を真っ二つに切られたり(黒縄地獄)、口を無理やり開けさせられて、火で
焼かれた丸い鉄の玉を入れられたり(阿鼻地獄)、する残酷なシーンが緻密に描か
れている。絵とはいえあまり長くはみていられないのが右の“人道不浄相”(部分)。
野辺に捨てられた美しい女性の腐乱した死体がカラスや犬、狼らに食いちぎられ、
その下には骨がある。凄惨な光景である。上のほうにも死体が転がっている。
現世のはかなさをあらわすのにこれ以上の絵はない。

赤い炎が何箇所にも描かれ、罪人が鬼から様々な拷問を受けているお馴染みの
地獄絵が一番のお目当てなので、細かいところまで見ようとするのだが、暗い色調
とガラスケースの向こうにあるため、なかなか輪郭がつかめない。東博では単眼鏡
を買って見る事に決めた。この絵はもう一回じっくりみようと思う。

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2005.08.25

模写・模造と日本美術展

150東京国立博物館、平成館2階の向かって右側では現在、“模写・模造と日本美術展”が開かれている(9/11まで)。

この展覧会がはじまったのは知っていたが、平常展の方に関心が高く、模写展はパスしてきた。が、模写展が遣唐使展と連動しているので、ここもぐるっと見てきた。

事前情報が全く無かった分、驚きも大きかった。模写や模造する人が古今のビッグ
ネーム。かれらの手になる絵画、仏像、工芸品の忠実な模写・模造は出来栄えが素晴
らしく、原本を見た気分になる。コピー品をつくる目的は作者の技術向上、創造の
心得を原本に学ぶところにあるかもしれない。観る側にとってはなかなかお目にか
かれない原本の雰囲気を模写により味わえるというメリットがある。今回このメリットを
感じた作品がいくつもあった。

例えば、ボストン美術館が所蔵してる“平治物語絵巻”の模写。3点ある平治物語絵巻
のなかでも最高傑作といわれるのがこの絵。燃え上がる炎の迫力をいつか見た
いと願っていたが、模写ではあるが思いもかけず実現した。また、前田青邨らが手が
けた“高松塚古墳壁画”にも感動した。本物の壁画は関係者しかみれないのだから、
模写がみれるのは有難いこと。画技の高い前田青邨の模写なので、本物と変らないと
思ってみた。

そして、追っかけていた仏画、右の“阿弥陀聖衆来迎図”(国宝)に出会った。描き方
が上手いのか模写が気にならない。来迎図は臨終が近い人のもとに阿弥陀が来迎し、
浄土の世界に連れていく姿を描いたもの。中央の阿弥陀如来とその周辺の僧と供物を
持つ菩薩は一つの雲上に乗っている。前に、先導する観音菩薩と勢至菩薩。来迎の
タイプはいくつもあり、知恩院のものは往生する人を画中に描き入れている。

この模写は下村観山らの制作であるが、同志の横山大観は雪舟の山水図を、菱田春
草は仏画の一字金輪像を描いている。こうした過去の名画を再生する技を持っている
ところが凄い。絵画だけでなく、正倉院宝物の螺鈿作品など工芸品にも圧倒される。
模写・模造ということが表記されなければ、間違いなく本物と思ってしまう作品が多か
った。こんなお宝の展覧会を危うく見逃すところだった。

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2005.07.14

国宝 孔雀明王像

Scan10050東京国立博物館の国宝室に今、仏画の“孔雀明王像”が展示してある(7/31まで)。この前はここに白い象の上に乗った“普賢菩薩像”がでていた。これらの仏画の傑作を見たのは10年ぶり。

仏画に惹かれるようになったのは1995年、奈良国立博物館で開館100年を記念して開催された“日本仏教美術名宝展”に出会ったため。この時、全国の寺院、博物館から代表的な仏画が沢山出品され、その多くが国宝であった。

期間毎に展示替えがあったので、その全部を見ることはできなかったが、観音像、菩薩像、不動明王、阿弥陀図、涅槃図、十六羅漢像の名作を釘付けになって見た。以来、国宝の仏画を美術鑑賞のリストに加えている。

ここで見逃した作品も一部はその後開かれた展覧会、例えば、03年にあった
“空海と高野山展”などでリカバリーの機会があり、済みマークがついている。
でもまだ、“山越阿弥陀図”(京都、禅林寺)、“阿弥陀二十五菩薩来迎図”
(京都、知恩院)、“釈迦金棺出現図”(京博)、“阿弥陀聖衆来迎図”(有志八幡
講十八箇院)などの傑作(いずれも国宝)が残っている。見終わるには何年
もかかりそう。

東博にでている右の“孔雀明王像”は平安時代、12世紀の作。通常、明王像は
怒りの姿をとるが、この孔雀明王は柔和な姿の菩薩相をしている。これは、
優雅な姿をしながら毒蛇を食べる孔雀の力を神格化したからだと言われている。
最近、截金師(きりかね)、江里佐代子(えりさよこ)の展覧会をみたので、孔雀
の羽一本一本まで表す精緻な截金文様に注目してみた。孔雀だけでなく、明王
の衣装やアクセサリーにも極細の金箔が丁寧に貼られている。画面一杯に真
正面向きの明王と孔雀を描く曼荼羅的な構成が見事。

東博にはまだ国宝“虚空蔵菩薩像”、“千手観音像”がある。これらも早めに見
たいものである。

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2005.05.11

国宝 辟邪絵

68横浜市にある県立金沢文庫は今年、開館75周年になるという。これを記念して4/21から奈良国立博物館の名宝展を開催している。会期は6/5まで。

美術館の隣には池に朱塗りの太鼓橋がかかる称名寺がある。美術品と寺を一緒に楽しめる。横浜にも鎌倉の気分を味わえる所があった。周りが住宅地のため、美術館まで車は一方通行で入れない。グルグル廻って、800mくらい下の駐車場に車を入れ、
そこから10分歩いた。

この展覧会のお目当ては鎌倉時代(12世紀)に描かれた国宝辟邪絵
(へきじゃえ)。たまたま見た新聞の文化欄に展覧会が紹介され、この
絵が解説されていた。奈良国立博物館は作風が同じでちょっと怖い
絵、地獄草子も所蔵している。

95年、この博物館の開館百年を記念して日本仏教美術名宝展が開か
れた。彫刻、仏画、工芸品の名品がこれでもかというくらい出品され
ていた。しかし、会期中に展示換えがあり、当日は地獄草子、辟邪絵は
なかった。以来、この2点を追っかけている。その1点が金沢文庫という
思わぬ美術館で観れるのだからたまらない。

辟邪絵は当時は絵巻であったが、現在は断簡として掛幅装にになって
いる。辟邪絵は人間に危害を加える邪悪な鬼などの類を辟(さ)け除
いてくれる色々の善神を描いた絵のこと。善神は例えば天刑星、神虫、
鐘馗、毘沙門天であったりする。今回でてるのは天刑星と神虫。

中国の古い話を解説文で理解しながら目の前のグロテスクな絵にじっと
見入る。右の絵は名宝展から待ち望んでいた作品。8本の足をもった
昆虫の化け物みたいなのが神虫(しんちゅう)。典拠ははっきりしないが
諸々の鬼を大量に食うらしい。蚕を神虫と呼び、霊異のある虫とする
観念が奈良時代には中国から伝わってることから、蚕と結びつける説も
あるという。

8本の足は鬼を捕まえ、鋭い歯をした口のなかに入れようとしている。
鬼を退治してくれる有難い神様なんだけど、姿があまりに異形でオドロ
オドロシイため、鬼よりもっと怖い悪魔をイメージしてしまう。口の周りや
地面に飛び散る血の赤が鮮明なのに驚く。

浮世絵師歌川国芳の版画に大きな蜘蛛をやっつけるのがあるが、この
神虫の比ではない。ボスが快楽の園を描いたのは16世紀のはじめ。
これよりもっと前の12世紀、日本には地獄草子、餓鬼草子、辟邪絵が
あった。

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