2015.06.24

見慣れた星の光景!

Img_0002     アンリ・ルソーの‘眠るボヘミアン’(1897年 MoMA)

Img     マグリットの‘アルンハイムの領地’(1962年)

Img_0003     有元利夫の‘流れ星’(1984年)

Img_0001     ヴァロットンの‘ロキレックの風景’(1902年)

2013年NYで久しぶりにMoMAを訪ねたとき、以前と比べ作品に対する観客の注目度がだいぶ変わっていた。時代の変遷とともに人々の好みも変わるということをまざまざと見せつけていたのはアンリ・ルソー(1844~1910)。‘眠れるボヘミアン’と大作‘夢’の前には大勢いの人がおり、画面の隅から隅まで食い入るようにみていた。

25年前はじめてこの美術館に来たときとは大違い。当時はルソーはこれほどの人気はなかった。ところが、今はこのファンタジックな画風が若い人たちにおおいに受けている。NYのような大都市に住んでいると‘眠れるボヘミアン’に描かれているような空にきれいな星が輝く夜の砂漠地帯にひょいと飛んでいき、少し離れたところからこの怖くないライオンと呑気に眠っている女性をながめていたい気持ちになるのかもしれない。

マグリット(1898~1967)が描いた‘アルンハイムの領域’にはヴァージョンが数点ある。これは空に星が描かれているもの。マグリットのシュールさが魅力的に感じられるのは作品のなかにすっと入っていけるから。確かにこの絵では大きな鳥と岩山がダブルイメージになっているが、突起した岩の部分がこのようななにか別の見慣れたものにみえることはよくあること。マグリットだけが特別な感覚をもっているわけではない。

小さい頃空にできる雲の形をみて人物とか動物をいろいろ重ね合わせて想像をふくらまることがあったが、マグリットはそんな心をずっと持ち続けている画家、ダリのように夢をみたりミロのように空腹になって幻覚をみるようなことまではせず、自然を素直にみつめ意表をつくモチーフの組み合わせによって別の形のシュールさを表現してきや。

38歳の若さで亡くなった有元利夫(1946~1985)には星を描いた作品が3点ある。そのものずばりの‘流れ星’、‘土星’、そして‘七夕の夜’、いずれも天国に召される1年前の作品。お気に入りは‘流れ星’、幾筋もひかれた黄金の線が流れ星のイメージをかきたてる。

昨年三菱一号館美ですばらしい回顧展があったヴァロットン(1865~1925)も星座を描いている。ロキレックはブルターニュ地方の小さな港町、一見すると子どもが描いたような感じもするが、白い壁が印象的な家の向こうにきらめいている星々がロマンチック。

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2014.02.10

ビッグなオマケ アンリ・ルソーのジャングル画!

Img_0001     ルソーの‘トラとバッファローの戦い’(1908年)

Img_0002     ピカソの‘画家の妹ローラ’(1899~1900年)

Img_0003     馬遠の‘松渓観鹿図’(南宋時代・12~13世紀)

Img_0004     相阿弥の‘山水図’(室町時代・15~16世紀)

クリーブランド美展で雪村の龍虎図とともに期待値の高かったのがアンリ・ルソー(1844~1910)のジャングル画。この絵を日本画の里帰りに同行させてくれるのだから、真のおもてなしの心があらわれている、本当にエライ。

今回西洋絵画はルソーの‘トラとバッファローの戦い’、モネの‘アンティーブの庭師の家’、モリゾの‘読書’、そしてピカソ(1881~1973)の‘画家の妹ローラ’。この美術館が西洋絵画を何点所蔵しているのかは知らないが、前回モディリアーニの‘女の肖像’とかモネの‘アンティーブ’、ゴッホの‘サン・レミのヴィクトル・ユーゴー大通りの道路工夫’といったいい絵が公開され、さらにこの4点がやって来たから、ひょっとするとコレクションの核になる作品は相当数みたことになるかもしれない。

‘トラとバッファロー’はMETにある絵に描かれたライオンが口のまわりに血糊をべったりつけ獲物を食べている光景と比べると緊張感はなく、トラもバッファローも冷めたような目つきをしている。強く印象に残るのが画面全体をおおう木や草の緑、この微妙に色調の変わる緑の色彩表現がルソーのジャングル画の最大の魅力。奥のほうに視線を伸ばしたり丁寧に描かれた手前の細い草一本々を釘付けになってみていた。

ピカソの女性の絵はピカソがパリにでる前に住んでいたバルセロナで描かれたもの。モデルは妹のローラ、その強い目力がとても気になる。じつはこの絵より美術本に載っている青の時代の作品‘人生’を密かに期待していたが、これはダメだった。

オマケには中国絵画も3点入っている。思わず足がとまったのは南宋の画家馬遠(生没年不詳)の‘松渓観鹿図’、松の枝ぶりをこのようなフォルムにし、これに蛇行しながら流れる川を絡ませる画面の構成はなんとか思いつくような気がするがそう簡単ではない。斜めの構図のバリエーションは無限にあるからそこから無駄なものをそぎおとしてやっと人目みていい風景画だなと感じさせるものができあがる。こうして馬遠独自の様式が生まれた。

室町時代の足利将軍に仕えた同朋衆の一人、相阿弥(?~1525)が米友仁に影響されて描いた‘山水画’にも魅了された。もこもことした形の山々がゆったりした気分にさせてくれる。みているとすぐに京都の大仙院にある‘瀟湘八景図’を思い浮かべた。

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2013.12.24

アンリ・ルソーワールドの魅力!

Img_0004     ‘カーニバルの夕べ’(1886年 フィラデルフィア美)

Img      ‘夢’(1910年 NY MoMA)

Img_0002 ‘詩人に霊感を与えるミューズ’(1909年 モスクワ プーシキン美)

アメリカは美術大国だから美術館が所蔵する西洋絵画のなかにはヨーロッパを訪問するより充実した鑑賞体験だったなと思わせるものがある。その一つがアンリ・ルソー(1844~1910)。

08年にシカゴ美やワシントンナショナルギャラリーなどを訪問したが、そのときはルソーとはまったく相性が悪かった。だが、今年は大収穫、9点もみることができた。うち初見は5点。上々のヒット率だったので満たされた気分が1年中続いていた。

そのなかで最も心に響いたのはフィラデルフィア美でみた‘カーニバルの夕べ’、この絵のことは何年も前から知っていたものの、所蔵するのは遠い存在の感じがするフィラデルフィア美。このため、どうしても‘夢の絵画’になってしまう。その夢がようやく叶えられた。西洋絵画の鑑賞というのはやはり長い旅にでるようなもの。夢を持ち続けて本当によかった。

ルソーの作品でもう1点すごく感激したものがある。20年ぶりにみた大作‘夢’、NYのMoMAにはこの絵ともうひとつ有名な‘眠るボヘミアン’がある。前みたときはまだルソーに開眼してなかったためか、眠る女性の横におとなしくしているライオンばかりが気になり、‘夢’の印象は弱かった。

ところが、今回は‘夢’に200%KOされた。このジャングル画の人気は相当なもの、絵の前には大勢の人たちがいる。じっくりみて確信した。‘夢’がオルセーにある‘蛇使いの女’とともに最高傑作であることを。ルソーの技術、色彩感覚、構想力すべてがこの絵に結実している。

今年は日本の展覧会でもルソーのビッグな作品をみることができた。横浜美で開催されたプーシキン美展に出品された‘詩人に霊感を与えるミューズ’、こんないい絵と日本でお目にかかれるのだからたまらない。手が異様にデカいミューズのモデルはアポリネールの恋人ローランサン、ここでは本人と似ているかどうかは問題ではない。ルソーは小柄なローランサンを量感豊かな芸術の女神に変身させた。

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2013.04.01

グッゲンハイム美はもっと大きくなかった?

Img_0002_2     グッゲンハイム美の外観は巨大なカタツムリ

Img_0005     ピサロの‘ポントワーズの風景’(1867年)

Img_0001_3     ゴーギャンの‘村の男と馬’(1891年)

Img_2     アンリ・ルソーの‘フットボールをする人々’(1908年)

日本へ帰る日の午前中は自由行動、月曜日は多くの美術館が閉まっているが、グッゲンハイム美はやっているので10時の開館にあわせてホテルを出た。前来たのは20年前だから、覚えているのは巨大なカタツムリを思わせる外観だけ、館内のレイアウトについてはまったく記憶にない。

ドアが開き意気込んで入ったが、なにかシーンとしている。先週まで‘黒と白のピカソ’という企画展を開催していてそのあとかたずけと次の展覧会の準備のため、中央の吹き抜けをとり囲んでいる螺旋状の回廊はクローズ中で横にある展示室も2室しかみれないという。拍子抜けした!リストには追っかけ画がいくつも書き込んであるというのに、、展示してある作品はわずか19点。20分で終わってしまった。

想定外の事態になったのだが、みたい度の強い絵がこのなかに運よく入っていたので半分の満足は確保された。その一枚がピサロ(1830~1903)の‘ポントワーズの風景’、印象派に画風が変わる前の作品で大作。メトロポリタンでも同じ年に描かれたものをみたが、仮に2点のうちどちらか1つをさし上げると言われたら、躊躇なくここにあるものをいただきたい。いったん左に曲がって先のほうで右のほうへむかっていく道には何人いるか数えてみたら9人いた。本当にいい絵をみた。

2点飾られていたゴーギャン(1848~1903)は1点は2010年にテートモダンであった回顧展でお目にかかったが、この‘村の男と馬’は初見。ピサロ同様、リカバリーを願っていた作品に出会えたのはラッキーというほかない。15点展示されている2階のこの部屋の記憶が消えているのだが、もっと広い部屋だったようなイメージがある。ところが、この美術館はそれほど大きくないことがだんだんわかってきた。巨大なカタツムリの外観によって大きな美術館のイメージができあがっていたのかもしれない。

特◎の絵が目の前に現れた。それはアンリ・ルソーの‘フットボールをする人々’、これで一気にニコニコ顔になった。ルソーに引き込まれるにつれ、いつかグッゲンハイムにあるこの絵をみたいという思いが強くなった。それがようやく実現した。視線が集中するのはやはり真ん中でボールを手から放している男。そして、下をみると心もとない表現が目に入る。なんとも貧弱な足!まるで中国人の纏足のように細い。

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2013.02.12

ナショナルギャラリー(3) 大収穫のアンリ・ルソー!

Img_2     アンリ・ルソーの‘猿のいる熱帯の森’(1910年)

Img_0004_2     モディリアーニの‘ジプシー女と赤ん坊’(1919年)

Img_0002_2     ゴッホの‘麦わら帽子を被った若い農婦’(1890年)

Img_0003_3     ダリの‘最後の審判の秘蹟’(1955年)

海外の美術館めぐりをするときはいつも重点鑑賞画家を決めている。今回熱い思いを寄せていたのはアンリ・ルソー、ハドソンリバー派、オキーフ、ポロック、ロスコ。はたして、ポロックは期待の半分だったがほかの画家は大きな満足が得られた。

ワシントンでみたルソー(1844~1910)は‘猿のいる熱帯の森’、‘熱帯のジャングル’、‘岩の上の子ども’の3点、必見リストにはもうひとつ初期の作品‘森の中の逢引き’を入れていたが、これはダメだった。ほかの美術館でもみたルソーを先走っていうと全部で8点、うち追っかけ画は4点。08年のときはどこへ行ってもルソーがみれずまったく嫌になったが、この度はミューズはとても優しかった。

ルソー作品のなかで魅了されているのはやはり熱帯のジャングルを描いたもの。全点制覇を目標にしているが、アメリカにはこのタイプの絵がいくつもあるので一歩々進みたい。ナショナルギャラリーにある2点は動物たちが争う場面ではなく、ともに猿の群れが緑豊かな森のなかで平和に暮らす様子が描かれている。‘猿のいる熱帯の森’の構成はなかなか巧み、赤い草花と白や黄色の花びらが斜め平行的に配置され、猿たちはこれとクロスするように右の奥にむかう斜めのライン上に描かれている。

モディリアーニ(1884~1920)の‘ジプシー女と赤ん坊’にようやく会えた。この絵を画集でみてから久しいが、いつも戸惑うのが赤ん坊の頭、どこにあるの?本物を前にしてもこの謎は解けなかった。目の鋭さがジプシー女の気性の激しさを表している。今回モディはこの絵のほかにスーチンを描いたものなど3点飾られていた。こんなにモディがあったとは!コレクションの数の多さに感心する。

昨日紹介したゴーギャン同様、ゴッホ(1853~1890)はそれほど熱くなってない。手元のゴッホ全集で4点をマーキングしていたが、みれたのは‘麦わら帽子を被る若い農婦’と‘オリーブ摘み’。‘若い農婦’はゴッホは亡くなった年に描かれた作品、絵の存在を知ったのは前回ここを訪れたあとなので期待していた。ゴッホ特有の燃えるような色ではないが、柔らかいうすピンクからこの女性の心根の良さがうかがわれ大変魅せられた。

ダリ(1904~1989)が51歳のとき制作した大作‘最後の晩餐’が展示されているのは東館の2階、この東館の中を動き回るのは3回目なのだが展示空間の記憶がどうもあやふや、5年前も同じようなところをまわったはずなのに、‘最後の晩餐’には出くわさなかった。所蔵作品が多いので定期的にローテーションしているのだろうか。

それはともあれ念願の絵に対面できて嬉しい限り、時間の関係で長くみれなかったがキリストの上で両手を大きく広げる男の上半身を目に焼き付けこの場を離れた。

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2010.08.29

もっと見たいアンリ・ルソーの名画!

1896_2       ‘カーニバルの夜’(フィラデルフィア美)

1894_2       ‘フットボールをする人々’(NY,グッゲンハイム美)

1895_2       ‘岩の上の少年’(ワシントン、ナショナル・ギャラリー)

1897_2        ‘飢えたライオン’(部分、バーゼル、バイエラー財団美)

今年国内の美術館で開催される展覧会は西洋絵画が大当たり!印象派、ポスト印象派、素朴派のアンリ・ルソー、そしてブリューゲル。どれをとってもワクワクする展覧会なので、アートフルマインドは常時プラトー状態にある。

こういう名画に多く出会えるときは絵画に対する感じ方、見る力はだいぶ上がったような気になる。これまでの鑑賞体験を振り返ってみると、絵画への思い入れはリニア的に大きくなったのではなく、ステップ関数のようにエポック的な展覧会に遭遇するたびにぴょんと跳ね上がったという感じがする。

また絵画との親和度だけでなく、大展覧会は特定の画家に開眼する、そんなきっかけをつくってくれる。さしむき今年はルノワール、マネ、ルソー、ドガ、ゴッホかもしれない。一気に好きになり、画集に載っているほかの名画への鑑賞欲がこれまで以上に強くなる。

ルソー(1884~1910)の‘蛇使いの女’と‘戦争’(拙ブログ6/12)が国立新美に展示されるだけでも200%サプライズなのに、TASCHEN本に大写しで載っている‘赤ん坊のお祝い!’(8/10)が世田谷美にやってきてくれた。この赤ん坊の絵をみるためにスイスの小さな街ヴィンタートゥールまではとても行けないから、嬉しくてたまらない。今、その余韻に浸っている。

と同時に、次のターゲットに心は向かっている。2年前、アメリカの美術館へ出かけたとき、ルソーが多くの美術ファンに愛されていることを思い知らされた。シカゴ美蔵の‘滝’とワシントン・ナショナル・ギャラリーにある‘岩の上の少年’と‘猿のいる熱帯の森’はいずれも貸し出し中で展示されてなかった。ルソーの絵は世界中の美術館から引っ張りだこなのだろう。

計画中の2回目のアメリカ美術館めぐりにはそのリカバリーも当然入っている。今、最も見たいのはまだ訪問してないフィラデルフィア美にある‘カーニバルの夜’。これは有元利夫が‘一人の夜’(8/12)を制作するにあたって参考にした絵。驚くのはここにはもう2点ルソーがあること。3年前日本にやってきた‘陽気な道化たち’と‘ピンクの服の少女’。対面が待ち遠しい。

NYのグッゲンハイムは17年前に体験したが、体のおもしろい動きが目をひく‘フットボールをする人々’をどういうわけかみたという実感がない。もうひとつの‘砲兵たち’はよく覚えているから、展示してなかったのかもしれない。その残念な思いをずっと持ち続けている。‘カーニバルの夜’同様、期待値は高い。

今年の2~5月、スイスのバーゼルにあるバイエラー財団美でルソーの回顧展が開かれた。その目玉作品が‘飢えたライオン’。クリーブランド美蔵の‘虎と水牛の戦い’によく似ており、すごく惹きこまれる。いつか遭遇できることを夢見ていたい。

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2010.08.10

アンリ・ルソーの‘赤ん坊のお祝い’と対面!

1825_2     アンリ・ルソーの‘赤ん坊のお祝い!’

1826_2        ゴッホの‘郵便配達人 ジョセフ・ルーラン’

1827_2         ホードラーの‘自画像’

1828_2          シスレーの‘朝日を浴びるモレ教会’

アンリ・ルソーの期待の絵をみるため、世田谷美へでかけた。8/7からはじまった‘ザ・コレクション・ヴィンタートゥール’(10/11まで)は美術館にとっては相当気合の入る展覧会のようで、東急田園都市線・用賀駅からは美術館直通のバスが特別に運行されている(平日は30分、土日は15分間隔)。

館内にはびっくりするくらい子供がいる!?8月中、小中学生は無料とのこと。この盆休みには親子連れがふえそう。この展覧会のチラシを手に入れたとき、ヴィンタートゥールはコレクターの名前?美術館名?なんかはっきりしなかった。じつはスイスにある街の名前。チューリッヒの北東25km、人口10万の小さな街である。

スイスのジュネーブに若いころ住んでいたことがあり、チューリッヒにもクルマででかけたことはあるが、そのころは美術に今ほど熱が入ってなかったから、ここからそう遠くないところに美術ファンには名の知れた美術館があることは知る由もない。

その美術館が改築のため、しばらくお休み。で、コレクションのうち90点が日本ではじめて公開されることになった。チラシに載っている絵のなかで、とりわけ気になるのがルソー(1844~1910)の‘赤ん坊のお祝い!’。この絵にすごく惹きつけられたが、手元の美術本にはなかった。が、昨年10月に購入した小学館の週間‘西洋絵画の巨匠・ルソー’にこれが大きく紹介されていた。

本物は期待に違わぬいい絵だった。ルソーの絵には今、国立新美に展示されている‘蛇使いの女’のようなジャングル画のほかに、画面の中央に人物を馬鹿デカく描くものがある。これまで体験したこのタイプの絵は‘人形を抱く子供’(オランジュリー)と‘女の肖像’(オルセー)の2点。

おもしろいのは‘赤ん坊のお祝い’も‘人形を抱く子供’も大人の目つきをしていること。‘赤ん坊’は足元の草、白や赤の花びらがかなり丁寧に描かれており、後ろに立つ木の葉っぱも裏表を緑に濃淡をつけて表現している。そして、感心するのが画面の構成。赤ん坊は左手を横にあげて色鮮やかな赤、黄色、青の衣装をつけた大きな人形をもっているが、そのデブっとした体と人形の間に木を配置している。さらに、白い服にはさんだ花の隣にクリスマスツリーのような三角形の木を描いている。構成といい精緻な描写といい、絵の完成度はかなり高い。

ゴッホ(1853~1890)の‘ルーラン’は‘赤ん坊’とともにこの展覧会の目玉作品。背景の黄色に郵便配達人の青の制服がとても映える。‘オルセー美展’には‘星降る夜’、‘ウジェーヌ・ボック’、‘アルルのゴッホの寝室’が出品され、ここには‘ルーラン’、そして秋には国立新美の‘ゴッホ展’にまた傑作がやってくる。日本にいながらゴッホの名画を何点も鑑賞できるのだから、これほど幸せなことはない。

想定外のサプライズはホードラー(1853~1918)の‘自画像’。このスイス人画家は気のいい親父さんという感じ。2年前、幸運にもオルセーでホードラーの回顧展に遭遇した(拙ブログ08/2/22)。そこに自画像が5点でており、そのひとつに再会したと思った。が、家に帰って図録を確認すると別の絵。ホードラーは同じ1916年にもう1点制作していた。

印象派はゴッホのほかにモネ、ルノワール、シスレー、ピサロ、ゴーギャンもあったが、最も心に響いたのはタイトルの通り光の描写がすばらしいシスレー(1839~1899)の‘朝日を浴びるモレ教会’。

あまりみる機会のないドニやヴァロットンらナビ派の絵に出会ったのは収穫だったが、今回感動の袋を大きく膨らませてくれたのはなんといってもルソーの赤ん坊の絵。どうか、お見逃しなく!

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2010.06.12

アンリ・ルソーの‘蛇使いの女’がやってきた!

1642_2    ルソーの‘蛇使いの女’

1641_2    ルソーの‘戦争’

1639_2    シャヴァンヌの‘貧しき漁夫’

1640_2           ルドンの‘目を閉じて’

有名な画家だと、画家と絵がセットになってイメージされる。アンリ・ルソー(1844~
1910)というと、すぐ‘蛇使いの女’と‘眠れるジプシー女’(NY、MoMA拙ブログ09/9/6)を思い浮かべる。その‘蛇使いの女’が日本でやってきた。‘眠れるジプシー女’のほうは93年上野の森美であった‘MoMA展’に展示されたから、夢のような展示が二度も実現したことになる。‘待てば海路の日和あり’である。

今回の公開がすごく印象深いのは‘蛇使いの女’の隣に‘戦争’があること。ともにルソーの豊かな想像力が存分に発揮された作品だから、じわじわと神秘的で不思議な空気が漂うルソーワールドに嵌っていく。蛇は苦手だが、2年前現地でみたとき同様(08/2/21)、何匹いるか数えた。うん、5匹。

女の吹く笛の音色に誘われて右の木からするすると近づいていく蛇をみていると、だんだん呪術的な世界に絡めとられていくようで緊張してくる。蛇の上には枝にとまった鳥が3羽おり、また左にも大きな鳥がいるのだが、どうしても視線は蛇と女と明るい月に集中する。

‘戦争’はじっくりみると怖い絵。とくにギョッとするのが両端のカラスが赤い血に染まった肉片を食べているところ。テーマが戦争の悲惨さだからこういうシーンがでてくるが、ルソーは残虐的な場面は得意中の得意。緑の熱帯風景ではトラと水牛が闘っていたり、黒人が豹に襲われたりする。だから、この戦争の絵でも手足の一部が無くなっている死体をごろんと横たわらせている。

シャヴァンヌ(1824~1898)の代表作‘貧しき漁夫’が日本でみれるのもすごいこと。2年前、この象徴主義の画家に開眼した(08/2/20)。この絵は表面に油気が感じられないので、最初の印象は弱い。でも、しばらくその無駄なところをそぎ落とした静かな画面をみていると、倹しく生きるこの漁師一家の姿に心打たれ、この絵は一生忘れないだろうなという気になる。

ルドン(1840~1916)は2点でているが、‘目を閉じて’は前回現地でどういうわけか展示されてなかったので収穫の一枚。ルドンは画業の前半、黒一色で一つ目小僧やクモのような変てこな絵を描いていた。が、この絵以降は作風をからっと変え、鮮やかな色彩を多用するようになる。これはその過渡期の作品で、瞑想する女性の肩から上だけを描いており、画面いっぱいにモティーフを神秘的に描く前のスタイルがまだ残っている。

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2006.11.04

世田谷美術館のアンリ・ルソー展

535_1現在、世田谷美術館で行われている“アンリ・ルソー展”(12/10まで)は10/7に開幕してからしばらくの間、行くかパスするかで迷った。

展覧会の情報を入手したときから、展示内容の詳細が判明するまでは海外の美術館から例えば、オルセーとかMoMAなどから代表作を何点かもってくるのだろうと期待をふくらましていた。が、途中から出品作は国内にあるルソーの絵だけということがわかったので、急速に関心度が小さくなった。

国内にある作品なら、これを主催する世田谷美術館の“サン=ニコラ河岸から見たサン=ルイ島”、“フリュマンス・ビッシュの肖像”などは既にみているし、東近美の“自由の女神”、ブリジストンの“牧場”、大原美の“牛のいる風景”、ひろしま美やポーラ美にある作品もお目にかかっている。で、アクセスの悪い世田谷美へ駆り立てるものが体の中になかなか涌いてこなかった。

それが出かけることになったのはチラシに使われている右の“熱帯風景、オレンジの森の猿たち”が気になったからである。このルソーの絵を象徴的に表す文化記号はひょっとするとすごくいい作品ではないかと予感した。果たして、イメージしていた以上にグッとくる絵だった。個人が所有しているものらしい。今回出品された17点のなかではベストではなかろうか。制作された1910年はルソーが亡くなった年だから、NY・MoMAが所蔵する代表作のひとつ、“夢”などと同様、亡くなる直前の作品ということになる。

国内でこういうルソーらしい名品に会えるなんて夢にも思わなかった。足を運んで本当によかった。森の草花や葉を表現した緑のグラデーションと沢山あるオレンジの色が鮮やかに溶け合い、そして茶色の毛をした猿と茶褐色の幹を観る者にくっきり印象づけている。緑の葉や花は実際より大きく、様式化されて描かれているので、装飾的で生い茂った感じがよく伝わってくる。

世田谷美蔵の“サン=ルイ島”に“フリュマンス・ビッシュの肖像”を重ねると代表作、“私自身、肖像=風景”(1890、拙ブログ7/23)と似た絵になる。前々からこの2点は日本にあるルソーの絵では一番いいかなと思っていたが、こうやって他の作品と一緒にみるとその感を強くする。

この展覧会にはルソーの作品のほかにルソーに影響された日本人画家の作品が沢山でている。これほど多くの作家がルソーから霊感を得ていたとは知らなかった。稗田一穂が描いた“豹のいる風景”(拙ブログ05/12/22)に驚いたが、今回みた“そよ風”も目を楽しませてくれた。松本竣介の大作、“立てる像”はこれまでルソーの絵との関連でみたことはなかったが、たしかによく観ると異常なまでに大きい若い男の後ろには小さな犬や帽子をかぶった向こうむきの男がいる。

岡鹿之助や有元利夫の絵がルソーに霊感を得て制作されたことは明らかなのだが、日本のシュルレアリストと違って、コピー画という印象がそれほどなく、作品に作家独自の個性が充分感じられるのは、われわれが日本画の平面的な構図に目が慣れているからかもしれない。はじめは行くのに躊躇したが、出かけてみると結構収穫の多い展覧会だった。

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2006.07.23

アンリ・ルソーの私自身、肖像=風景

296昨日の人気TV番組、“美の巨人たち”は面白かった。

登場した画家は素朴派のアンリ・ルソー。そして、画家が描いた絵のなかで焦点の当たった一枚の絵は右の“私自身、肖像=風景”。

この絵は03年、中欧を旅行した際、訪問したプラハ国立現代美術館でみたことがあるので、どんなアートエンターテイメントになるのか興味深々であった。

街の中心からちょっと離れたところにあるプラハ国立現代美術館の自慢はルソーのこの絵とチェコ出身の巨匠、ミュシャ(拙ブログ04/12/5)と抽象画家、クプカ(04/12/6)の作品。とくにルソーの“私自身、肖像=風景”は代表作としてつとに有名なので、この絵の前に立ったときは感激した。

とにかく不思議な絵である。真ん中に頭の帽子から服、靴まで黒ずくめの画家(=ルソー)がすっくと立っている。この髭づらの男、誰かに似ている。すぐ、映画“道”や“その男 ゾルバ”にでていた名優、アンソニー・クイーンを思い出した。背景の風景で目がいくのが橋の手前の万国旗が飾られた帆船。その旗のなかにどういうわけか日の丸やそのヴァージョンらしきものが4つみえる。

橋のむこうに描かれたエッフェル塔は旗と一部がかぶってることもあり、それほど目立たない。それより船の前、セーヌ岸を散歩している二人の姿に目がとまった瞬間、心臓がフリーズする。“ナニー、この小さい人物は!”画家と2人の大きさはまるで“ガリバーと小人”。両者の間の距離をおもわず目測していると、この絵が目の前の風景を描いているようで実はファンタジックで不思議な世界を表現した絵であることがじわじわとわかってくる。この絵にみる人間の大小の不思議さは現在、プライスコレクション展に出品されている“白象黒牛図”(長澤芦雪)における牛と子犬、象と鳥で味わうびっくり度より数倍のインパクトがある。

このへんてこな感じが体を支配するようになると、右に描かれている気球や白い雲への関心は薄くなる。気球ははっきりと覚えているが、雲のイメージは残ってない。番組のなかで雲について面白い話しがでてきた。美術評論家の海上氏によると、ここに描かれた雲は当時あった日本地図の本州を模写したものであり、その中にある太陽は歌川広重が“本郷”という風景画(1840年頃)のなかに描いた太陽を真似たものであるという。この説明は100%納得できる。これで、帆船の旗のなかに日の丸などが目立つ理由がわかった。

ルソーは浮世絵の平面的な表現方法が気に入ったのだろう。無邪気に、もっと自由に絵を描きたいルソーにとって、遠近法をきっちりいう伝統的な西洋画より日本の浮世絵のような描き方のほうが合ってたのかもしれない。村上隆がいうスーパーフラット(超二次元的)はもうこの頃からはじまっていたともいえる。アンリ・ルソーと風景画の歌川広重がこんな風につながっていたとは。いい番組を見た。

なお、06年後半展覧会情報にも載せたが、世田谷美術館で“アンリ・ルソー展”
(10/7~12/10)が開催される。

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