2009.06.13

横浜そごうのレオナール・フジタ展

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横浜そごうで昨日からはじまった‘レオナール・フジタ展’(6/12~7/21)を見た。展覧会の情報を手に入れたとき、内容は昨年11月上野の森美でみたものと基本的には同じであることを電話で確認した。

最初はパスのつもりだったが、途中で藤田嗣治が日本に戻ってきたとき描いた大作がいくつか出品される(上野では展示無し)ことがわかったから、ダブりを覚悟で出動することにした。

上野であったのが全国興行パートⅠ(最後のせんだいメディアテークでの公開が6/7に終了)とすると、これは展示の構成は変えず出品作をマイナーチェンジしたパートⅡ。横浜の後、3ヶ所に巡回する。
・松坂屋美:8/1~9/13
・ベルナール・ビュフェ美:9/19~12/25
・大丸ニュージアムKOBE:2010/1/8~1/28

展示の目玉である‘構図’(上のライオンと犬)と‘闘争’(Ⅰ・Ⅱ、拙ブログ08/12/7)を再度じっくりみた。‘ライオンのいる構図’はこれで三度目の鑑賞だが、毎回感心するのは樽やライオンの木の檻にみられる木目の質感描写。筋肉質の男性や豊満な肉体をもつ裸婦が灰色の陰影をつけて彫刻的に描かれているのに対し、お得意の猫は柔らかい毛やでれっとしたポーズが猫そのもの。

お目当ての日本で描いた大作は5点ある。喫茶店‘銀座コロンバス’の天井画(6点、迎賓館蔵)のうち、今回展示されたのは‘野あそび’と‘葡萄の収穫’。3年前、東近美で行われた回顧展のときには‘母と子’、‘天使と女性’があった。もう3点は真ん中の‘野あそび’(志摩観光ホテルクラシック蔵)と‘ノルマンディーの春’(関西日仏学院)と‘優美神’(聖徳大学)。

長く見ていたのは流行の衣装を着た6人の女性と女の子を前景に大きく描いた‘野あそび’。こういう絵はなかなか見る機会がないから貴重な体験である。実は最も期待していたのは何年か前見たウッドワン蔵の‘大地’(2/3)だったが、残念ながら再会はならなかった。

下は上野の森美でもでていた‘花の洗礼’(パリ市立近代美)。三美神を思わせる長身の女性でも上から綺麗な花をまき散らしている天使でも、顔つきは皆同じ。おでこがでていて目と目の間がひろく、丸い瞳はなぜか横によっている。

この冷たいようで可愛らしい顔に惹かれている。それはそれは綺麗な花々に祝福されたら、三美神は少しは頬をゆるめてもいいはずだが、この顔で通すところがいい。日本の美を象徴的に表現する花を三美神とコラボさせて、藤田はこんな魅惑的な絵を描いた。素直に嬉しくなる。

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2009.02.03

奈良美智はレオナール・フジタの子供の絵に刺激を受けた?!

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今日は最近読み終えた林洋子著‘藤田嗣治 作品をひらく 旅・手仕事・日本’(名古屋大学出版会、08年5月、上の写真))のことをすこし。林洋子さんは現在、京都造形芸術大学の准教授で、その前は東京都現代美術館の学芸員をやっておられた。

この美術史家はこの本ではじめて知った。昨年、上野の森美で開催された‘レオナール・フジタ展’(拙ブログ08/12/7)を鑑賞したあと、この本を図録と一緒に購入したのは、本の情報を少し前に入手した際、よく書けていると高く評価されていたから。
511頁もある大著であるが、うわさ通りのとてもいい本だった。

美術史の研究では男性よりは女性の方がいい成果をあげているのではないかと思うことが多いのだが、林さんも一流の美術史家。西洋画で世界的に名の通った日本人画家、藤田嗣治について、日本の研究者がこんな立派な本をお書きになった。本当にすばらしい!読んだあと、収穫がどっさりあることは請け合い。いくつかあげてみると。

1.藤田の画業の変遷が多くの作品を使ってわかりやすく説明されている。

2.日本人、藤田がパリにいるとき、日本に帰って来たとき、またフランスに戻ったとき、日本の文化、絵画とどう向き合い、日本をどう表現したかがこと細かに書いてある。

3.藤田は欧州、アジア、中南米、アメリカと旅した。その多文化の経験が作品にどう表出しているかを鋭く切り込んでいる。

4.作品の分析を軸にしているので、藤田の画技のこと、‘乳白色の下地’の秘密、大作壁画‘構図’、‘争闘’の制作過程、藤田が影響を受けた西洋絵画などについてかなり詳しく知ることができる。

5.藤田が愛した女性、仲がよかった日本人画家や外国人画家、またパトロン、作品が展示されたパリと東京の画廊、開催された展覧会といった話がもれなく、実にていねいに書かれている。

過去経験した2回の回顧展(06/4/4)やほかの美術館で対面した作品で疑問に思っていたことや、これまで知らなかったことがこの本でわかった。その小さなサプライズをいくつか。

・以前、笠間日動美で大きな絵‘家族(室内、妻と私)’を見たとき、どうしてこんないい絵がここにあるのか?だったが、その理由がわかった。藤田が日本に一時帰国した際、個展を開いたところが日動画廊だったのである。

・日本にいるとき描かれた‘ブラジル珈琲店の壁画’は今、サイズが縮小された‘大地’となって、ウッドワン美におさまっている。実はこの絵をある展覧会で見たのだが、購入した図録に図版が載ってなかったのですっかり忘れていた。

・シカゴ美で藤田の作品に遭遇し、びっくりしたが、そのシカゴ出身でパリに住んでいた富裕なアメリカ人女性を描いた絵が紹介されていた。これはアメリカの美術館で公開されている唯一の藤田作品。

真ん中は藤田が最晩年に描いた子供の絵、‘朝の買物’。06年の回顧展に出品された。これや隣にあった‘小さな主婦’が大変気に入っている。女の子は額が広く目がすこし吊り上っている。そしてもっとも惹かれるのが子供らしくないところ。この絵を見たときすぐ、下の奈良美智が描く女の子を思い出した。

まったくの想像だが、奈良智は藤田の女の子を見た?! で、藤田のDNAが奈良智に受け継がれたと勝手に妄想し、二つの絵を響き合わせている。

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2008.12.07

レオナール・フジタ展

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一人の画家の画業については回顧展を2回くらい体験すると、だいたいイメージできるようになる。だから、上野の森美で現在開催されている‘レオナール・フジタ展’
(11/15~09/1/18)は楽しみにしていた。06年、東近美であった‘藤田嗣治展’(拙ブログ06/4/4)からまだ2年半しか経ってないのに、またフジタの作品をまとまった形でみれるのだから、幸運な時の巡り合わせである。

だが、フジタの絵にそれほどのめり込んでない方は前回出品された絵が何点もでてくるので、パスしてもよかったかなという気分になるかもしれない。例えば、前回大変魅せられたパリ市近代美術館が所蔵する作品、愛らしい子供の絵‘アージュ・メカニック’、‘フランスの富(48図)’、宗教画‘礼拝’、‘キリスト降誕’、‘磔刑’、‘キリスト降架’、‘黙示録(七つのトランペット)’、‘黙示録(四騎士)’、‘黙示録(新しいエルサレム)’が再登場している。また、国内の美術館がもっている作品も図録をみると同じものがいくつも出品されている。

‘藤田嗣治展’は東近美、京近美、広島県美の3か所を巡回したが、この度は北海道近美、宇都宮美、上野の森美、福岡市美(09/2/22~4/19)、せんだいメデイアテーク(4/26~6/7)で展示される。出品作は今回も似たようなものだから、2年前にスタートしたフジタ展興行がちょっとお休みして、またはじまったと思ったほうがわかりやすい。

出し物の変更で一番大きいのが1928年に制作された幻の大作、‘構図’(ライオンと犬)と‘闘争’(Ⅰ・Ⅱ、エソンヌ県議会蔵)。この縦横3メートルの4点のうち、‘ライオンのいる構図’は2年前やってきた。‘犬の構図’は描かれた1年後の1929年、日本で展示されたらしいが、‘闘争’の2点は本邦初公開である。長いこと行方不明だったこれらの絵は92年に発見された。痛みがひどかったが、02~07年に本格的な修復が施され漸くもとの姿に戻った。その大作が目の前にある。

‘構図’のほうはさらっとみて、初見の‘闘争’の前に長くいた。上は‘闘争Ⅰ’。裸の男たちが2人または3、4人で取っ組み合いをしている。‘闘争’とタイトルがついているから、互いに激しく火花を散らして戦っている様子をイメージしていたが、顔の表情はそれほど怒りや憎しみに満ちているわけでもなく、オリンピック競技のレスリングの試合をみている感じ。バックをとったり、背負ったり、手を十字に固めたりしている。一番目立つのは真ん中で棒を持ち両足を大きく広げている男。股の下にいる犬も男と同じ方向をじっと見ている。その左では2匹の犬が人間同様、喧嘩の真っ最中。

ここでは女はただ男たちの戦いを不安げに眺めているだけだが、隣の‘闘争Ⅱ’では男に首を絞められたり、足を思いっきり引っ張られる女が数人いる。フジタはミケランジェロの‘最後の審判’に想を得てこの大作を描いたようだが、‘最後の審判’の地獄にいる人々の絶望的な姿や苦悩の形相にくらべると男女の顔や肉体にはそれほど張りつめたものは窺えない。

‘闘争’という題がぴったりなのが真ん中の猫の戦い。展示されていたのはよく東近美でお目にかかるものの別ヴァージョン。二つは構図がほとんど同じで、この色なし
(1932、松村謙三コレクション)のほうが東近美のもの(1940)より先に描かれている。猫の戦いが2点あったとはまったく知らなかった。

収穫はこの絵と下の‘イヴ’(1959、ウッドワン美)、そして‘聖母子’(1959、フランス個人蔵)。‘イヴ’では美しい裸婦の背景に動物たちが沢山描きこまれている。象、カバ、マントヒヒ、キリン、蛇、ダチョウ、ペリカンなどなど。じっとみているとイヴが女ターザンに思えてきた。

これで、フジタの作品には済みマークがつけられる。サントリー美大賞をとった林洋子氏の著書‘藤田嗣治 作品をひらく’(名古屋大学出版会)を読んでみたくなった。

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2008.05.19

名古屋市美術館のモディリアーニ展

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現在、名古屋市美術館で行われている“モディリアーニ展”(4/5~6/1)を存分に楽しんだ。感想を書く前にまず、名古屋のあと巡回する美術館のことにふれておきたい。
★姫路市立美術館:6/8~8/3
★岩手県立美術館:8/12~10/5

名古屋市美術館が開館20周年を記念する企画展にモディリアーニの回顧展を選んだのはわかりすぎるくらいわかる。なにしろここにある“おさげ髪の少女”(下の画像)は代表作のひとつに数えられる名作。だから、館の目玉作品として常日頃展示しているこの少女に感謝をこめて、世界中から名作のお仲間を集めてきたのだろう。作品は油彩30点、水彩・素描30点。少女もさぞかし満足しているにちがいない。

日本で西洋画家の一級の回顧展を開催するのは容易なことではない。国立西洋美術館とは美術館の規模がちがう名古屋市美が世界的に名の通ったモディリアーニの作品をこれほど多く集めてきたのはもう大快挙!拍手々。

上は追っかけていた“髪をほどいた横たわる裸婦”。これを所蔵しているのは大阪市近美準備室。大阪市近美はなかなかできずお気の毒だが、準備室がこれまで購入した西洋画の質はびっくりするほど高い。この裸婦も自慢の作品。画集に載っている代表的な裸婦図を見較べてみて、見たい度NO.1はこれとミラノの個人蔵となっている“バラ色の裸婦”。

その絵が目の前にあるのだから、体が熱くなる。大きな目をした女はティツィアーノの“ウルビーノのヴィーナス”(拙ブログ4/11)と同じポーズをして、こちらをじっと見つめている。息を呑んでみた。隣のアントワープ王立美からやってきた“座る裸婦”がまたすばらしい。その目の迫力は“横たわる裸婦”と変わらない。

着衣画で心を打つのが気の強そうな性格がすごく伝わってくる“アルマイサ(アルジェリアの女)”(ルートヴィッヒ美)、真ん中の“召使いの少女”(オルブライト=ノックス美)、そして下の“おさげ髪の少女”。“召使いの少女”は作品中一番大きな絵で、縦1.53mある。目に瞳が描いてない女性は退屈な気持ちになり、絵に引き込まれないが、この少女は瞳がなくてもぐっと向かい会える感じ。これは目が大きく描かれているから。

豊富な資金と高い鑑識眼をもったアメリカ人コレクターが集めたモディリアーニの名作が現在、シカゴ、ワシントンナショナルギャラリー、メトロポリタン、オルブライト=ノックス、MoMA、グッゲンハイムなどにおさまっている。その名作のひとつが楽しめるのだから、これほど嬉しいことはない。

名古屋に住んでいたとき見たことのある“おさげ髪の少女”と再会したのも感慨深い。半開きの口から白い歯がみえる少女の顔が実に生き生きしている。髪の毛、椅子の背、後ろのドアに使われた茶色と肌の色、衣服の赤の配色がいい感じで、見ててとても愛着を覚える。

ここでとりあげた作品以外にも魅了されるのがいくつもある。満足度200%のすばらしい回顧展だった。名古屋市美に感謝!

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2008.04.07

国立新美術館のモディリアーニ展

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アメリカの美術館めぐりで使った名画必見リストに入れていたモディリアーニの作品は3点。ルノワールやドガなどほかの画家に比べると少ない。が、お目にかかれたのは昨日紹介したシカゴ美蔵の“ジャック・リプシッツ夫妻”1点のみだった。一番みたかったワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵で画集に載っている“赤子を抱くジプシー女”とシカゴの“ポンパドゥール夫人”はなかったし、一度みたことのあるメトロポリタンの“ホアン・グリス”も展示されてなかった。

ひょっとすると、国立新美術館で行われる“モディリアーニ展”(3/26~6/9)に貸し出されるからお休みなの?この回顧展は国内では過去最大規模という情報がインプットされていたから、勝手に想像を膨らましてしまった。これがそもそもの大間違い。日本に帰って早速出かけたが、想像していた質の高い作品はあまりなくがっかりした!

最大規模というから、パリのポンピドー、あるいはNYのMoMA、グッゲンハイムの所蔵とか個人蔵で画集に載っている名作が2,3点でてくるかなと期待する。が、海外からの作品はあることはあるがいまひとつグッとこない。油彩61点、素描94点の大半が個人蔵。これも多くは日本にあるものだろう。素描はさらっとみるだけで油彩に期待してどんどん進んだら、極めつきの目玉作品に遭遇することなく出口付近まできた。

“ええー、これくらいのものしかないの?!しかも、1年前、Bunkamuraであったモディリアーニと妻ジャンヌの物語展に出品されたものがいっぱいあるじゃない!!”。ずばり、昨年Bunkamuraの展覧会をみられた方は行かないほうがいい。展示されている作品の質はアベレージをすこし上回っているから、展覧会自体にダメだしをするつもりはないが、よその美術館で1年前に展示した作品をまたごそっと飾るというのはどういう神経をしているのだろうか?国立と名のつく美術館がやることではない。

厳しいコメントはこれくらいにして、Bunkamuraへ出かけられなかった人のために、作品の情報をいくつか。初見でお気に入りの作品は上のモディリアーニ様式の原点のような彫刻っぽい“大きな赤い胸像”、下の大きな目が可愛い“若い娘の肖像”。再会したもので魅せられるのはアサヒビールの大山崎山荘美術館でみた“少女の肖像”、Bunkamuraに出ていた“赤毛の若い娘(ジャンヌ・エピュテルヌ)”、本人の雰囲気をよくとらえている“ジャイム・スーチン”、赤い頬と背景のこげ茶色が印象深い“女の肖像”、“肩をあらわにしたジャンヌ・エピュテルヌ”(拙ブログ07/4/17)。

チラシに使われている横向きの“ジャンヌ・エピュテルヌ”は意外と小さな絵で、それほど感激しなかった。今回国内にあるモディリアーニのいい作品はかなりここへ集まっていると思うが、残念なことに名古屋に住んでいたとき市立美術館でみた“おさげ髪の少女”は出品されなかった。ここにあるのと“少女”を較べてみると、国内では“少女”が一番いいように思えてきた。いつか再会したい。

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2007.12.12

青山ユニマット美術館のシャガール

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どこかの美術館に置いてあったチラシに誘われて青山ユニマット美術館を訪れた。ここは半年前、はじめて行ったところ。平常展示と企画展の2本だけになっており、現在は印象派の作品が特別展示されている(10/16~08/4/20)。チラシにあったルノワールの“授乳する母親”(1886)を見るため、早足で2階まで降りた。

が、画集TASHENで見たイメージと異なっていた。ルノワールは1886年に妻のアリーヌが長男のピエールに乳を飲ませるところを何点か描いている。本に載っている米国のセント・ピーターズ・バーグにあるファイン・アーツ美術館蔵もここの作品と同じかどうかはわからないが、ずいぶん薄い色調である。期待したルノワールの明るい色ではなかった。

画集にでている作品をこの美術館はもっているのかと色めきたったが、ブリジストン、ポーラ、山形美にあるものと較べると半分の感動しか得られなかった。印象派の巨匠の絵といっても全部が全部、心にヒットするわけではないから、こういう不完全燃焼の鑑賞もある。この絵は忘れて、来年Bunkamuraで開催される“ルノワール+ルノワール展”(2/2~5/6)にオルセーからやってくる“田舎のダンス”(1883)に期待しよう。これは200%楽しませてくれる真打中の真打。

一緒にでているモネ、セザンヌ、ドガの作品は足が止まるほどではなかった。ということで、今回は上の階にある常設展示の作品でOKとした。上はシャガールの初期の作品、“酒飲み”(1911)。下はここの絵ではなく、群馬県立近代美術館が所蔵している“世界の外のどこへでも”(1915)。

見るとわかるように2つの絵には宙を飛ぶ首や二つにカットされた顔がみえる。シュールな絵を見るのが絵画を見る楽しみのひとつだから、体はすぐ反応する。“世界の外のどこへでも”とくらべ緊張を強いられるのが“酒飲み”。明るい黄色と赤の対比が目を惹き、透明感のある画面なのに、男が手に鋭利なナイフを持ち、横向きの頭の目が正面を見ているので、不思議なシュールさに遊ぶというよりはこの酔っ払いの狂気性に体は引き気味。

隣に飾ってある館自慢の“ブルーコンサート”(拙ブログ07/6/17)は日本にあるシャガールの作品ではトップクラスの名画。これを目に焼きつけたから、ここの鑑賞はひとまず終わり。

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2007.08.03

秘蔵の名品 アートコレクション展 その二

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過去3回のアートコレクション展で大きな満足が得られたのは西洋絵画ではなく、日本画のほう。だから、今回も鏑木清方の“雨月物語”が見れれば、あとの作品はオマケでそれほど期待してなかった。

ところが、最初の西洋絵画(43点)にびっくりするようないい絵が4,5点あった。思わず、“ビッグネーム画家のこんないい絵が日本にあったの?!やはり日本は美術大国だな”と心のなかでつぶやいた。この展覧会はいつも図録はつくらず、300円の小さな図版入りのパンフレットを販売している。ここにサプライズの絵が全部載ってないので、一部しか画像をお見せできない。

上はチラシに使われているモディリアーニの“ポール・アレクサンドル博士の肖像”。昨年あたりからモディリアーニの作品によく出会う。女でも男でもアーモンド形の目した瞳がないあのモディリアーニ独特の人物像ばかり。この男性肖像画は体が細長い点はいつもの調子だが、顔はデフォルメされてなく、ごく普通の人物像。チラッとみえるうす青の袖と襟がアクセントとなって黒衣装を引き立て、立派な髭をたくわえた赤い顔には威厳が感じられる。

この絵以上にサプライズなのが藤田嗣治の“猫の教室”(個人蔵)。隣に飾ってある“力士と病児”(大日本印刷蔵)は昨年あった大回顧展(東近美)でみたが、これはなかった。教室の床や机の木肌の質感表現に驚かされるとともに、表情豊かにそして、ユーモアたっぷりに描かれた先生猫や生徒猫に釘付けになる。

生徒たちはちょっとすました顔の先生の話は聞いてなく、でれっとした猫もいれば、意地悪そうな目をした猫もいる。鳥獣戯画を連想させるこの魅力的な絵に遭遇したのは大きな喜びである。こんないい絵を個人が持っていて、回顧展にもでてこない。展覧会の名前の通り、まさに秘蔵の名品。見てのお楽しみ!

サプライズはまだ続く。シャガールの大きな絵“緑の太陽”にKOされた。シャガールが人生の後半に制作したものは日本の美術館もたくさん持っているが、絵の魅力はそれほど高くない。が、1968~71年に描かれたこの絵は太陽の緑、背景の橙色、馬に乗る女の赤と白の衣装など強い色調が鮮やかで、対象も細部までしっかり描かれている。これも千葉市美術館であったシャガール展に登場しなかった。一体誰が所蔵しているのだろうか?

日本人画家の洋画部門(36点)では、下の佐伯祐三の“パレットを持つ自画像”や萩須高徳の“リオン風景”、北村民次の“女医”に魅了された。佐伯祐三がこんなに惹きつけられる自画像を描いていたとは!今年のアートコレクション展は3つの部門がそれぞれ輝いていた。忘れられない鑑賞体験になりそう。

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2007.07.27

横浜そごうのキスリング展

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エコール・ド・パリ派の画家で展覧会がよく開かれるのはなんといってもシャガール。断トツに多い。これに較べるとキスリング(1891~1953)の回顧展はお目にかかったことがないから、昨日から横浜そごうではじまった“キスリング展”(8/26まで)は興味深々といったところ。

今回の作品62点はスイスのジュネーブにあるプティ・パレ美術館のコレクションが中心になっている。関心の的はどのあたりからあのキスリング独特の女性像になるのかという点。初期の作品はぱっとみるとセザンヌ風の静物画や風景画が多い。マチスの香りのする“赤い長椅子に横たわる裸婦”もある。

キスリングの作風というと、花びらを赤や黄色などで輝くばかりに描き、絵肌がつるつるした花の絵と女性画をすぐ思い浮かべるが、心が傾くのは女性画のほう。今回衣装姿の女性が14点、裸婦図が5点ある。このなかでお気に入りは上の“赤いセーターと青いスカーフを纏ったモンパルナスのキキ”と下の“スウェーデンの少女、イングリッド”。

イングリッドの目はあまり大きくないが、キキをはじめキスリングの描く女性の目は大きいのが特徴。肌の白い人は赤の服が似合うというが、モンパルナスに集まる画家たちに愛されたモデル、キキはこの絵に描かれたように色白の女だったのだろう。短くカットされた前髪、白い顔と首は透明感があり、つるつるしたマチエールだが、青いスカーフの模様や赤のセーターの色調はうすい感じ。

キキの背中の真ん中が丁度壁の角になっており、うすグレーと影のできたこげ茶色の色面が奥行きのある空間をつくり、キキの姿を引き立てている。図録で長いこと眺めていた“モンマルトルのキキ”に会えて最高の気分。早速My好きな女性画へ登録した。

下の“イングリッド”もすばらしい絵。金髪の質感と大きな白い襟と袖に釘付けになった。そしてこの絵の白以上に圧倒されるのが高さ1.9mもある大きな絵、“女優エディット・メラの肖像”。細かな刺繍模様のはいった見事な白の衣装に身を包んだ女優の顔はちょっと黒柳徹子に似ている。

そして、どうやってこんな名画を手に入れたのかとびっくりするのが大阪市立近代美術館準備室蔵の“オランダ娘”。見てのお楽しみ。また、女性ではないが、大変魅せられるのが女の子と見まがう“ブロンドの少年”。寂しげに遠くをみつめる瞳が心を揺すぶる。

25年前、ジュネーブに住んでいた頃はまだ絵画に現在のようにのめり込んでいなかったから、プティ・パレ美術館に足を運ぶことがなかった。ここにある一級のキスリングコレクションと対面できたのは一生の思い出である。

なお、この展覧会はこのあと次の美術館を巡回する。
・北九州市立美術館:9/1~10/8
・府中市美術館:10/13~11/18
・名古屋松坂屋美術館:11/23~12/24

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2007.06.19

千葉市美術館のシャガール展

890千葉市美術館で6/16からはじまった“シャガール展”(7/29まで)へのワクワク度は前回の“鳥居清長展”と違って普通。

チラシをみると、国内にあるシャガールが中心の回顧展である。

過去あったポンピドーセンター所蔵展などにも国内の美術館や個人が所蔵する名画が展示されたから、今回は初見のいい絵にどれくらい会えるかで満足or消化不良が決まる。

残念ながらぐぐっとくるような新発見はなかったが、52点ある作品に対するトータルの満足度は決して低くない。国内にあるAクラスの作品が目いっぱい集まっており、シャガール芸術を初期の頃から後年までの油彩、リトグラフにより楽しむことができる。

右の絵は昨年、青森県立美術館であったシャガール展(拙ブログ06/9/23)でお目にかかりとても感激した“軽業師”。チラシには代表作のひとつとあるが、その通りの名画である。いまひとつわからないのは、この絵の所有者。図録には個人蔵(ザザビーズ協力)となっているが、このザザビーズ協力の意味は?国内の個人が持っているのだろうか?

代表作、例えば“私と村”(NY、MoMA)とか“ワイングラスをもった二人の肖像”(ポンピドーセンター)などの多くはシャガールが24歳から30歳のころに制作されている。今回、“軽業師”とともに再会したかった群馬県近美蔵の“世界の外へどこへでも”もこの時期の作品。“軽業師”が描かれたのはシャガールと最愛の妻、ベラがアメリカにいた
1943年。シャガール56歳のときである。ほかのどの絵よりも色が鮮やかで、後年になるとみられる粗っぽい描写ではなく、おきまりのモティーフがひとつ々丁寧に描かれ、真ん中の鶏人間のまわりに上手く配置されている。

シャガールの描き方でシュールというか面白い発想なのが、体の一部にまた対象を描くこと。ここでは緑色の胴体に同じ緑色でバイオリン弾きを小さく挿入している。こういうのは普通の頭ではななか思いつかない。で、ほかの作品ではどんなのが見られるかチェックしてみると、リトグラフの“サーカス”にいろいろあった。同じく鳥人間の膝小僧のところに人間の頭が入っていたり、女の大きな顔の目に下あたりに三日月が浮かんでいたり、小牛を抱いた男が歩いていたりする。

“世界の外へどこへでも”のように、女の顔が鼻あたりで真っ二つに切られ、赤く彩色された上半分が宙に浮かぶというのはシュルレアリスムの影響。また、“サーカス”にふんだんにでてくる牛の頭と女の顔をくっつけたり、顔の左右半分を二人の人間で共有させる描き方はキュビスムからの刺激であろう。

この展覧会は今年の2月宇都宮美術館、4月三重県美でも行われているが、このどちらかに出品された“エッフェル塔と新婚の二人”(1928、ベネッセコーポレーション)にお目にかかりたかった。でも、全部消化してしまうと、展覧会に行く動機づけがなくなるから、見てない作品をすこし残しておくほうがいいかもしれない。

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2007.06.17

青山ユニマット美術館のエコール・ド・パリコレクションとワイエス

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はじめての美術館というのは一抹の不安がつきまとう。所蔵作品に関する情報が全くないので、ここを訪れた友人の眼力を信じるしかない。地下鉄銀座線外苑前で下車して徒歩5分くらいのところにある青山ユニマット美術館は“サプライズの美術館だ!”という。どうでもいい話しだが、コンタクトをしている人間にとって風の強い日ほど嫌な日はない。目の中に小さなゴミが入り泣き泣き男になるのを避けるため、目を細くして、美術館の入り口をめざした。

まず、4階に上がり、そこから3階、2階の展示室に降りていくという導線になっている。常設展示の4、3階は“シャガールとエコール・ド・パリコレクション”。年2,3回ある企画展をおこなう2階では、現在“アンドリュー・ワイエス展”(3/20~10/2)を開催中。4階に飾ってあるのは全部、シャガールの作品(18点)。

日本にはシャガール好きのコレクターが多いが、ここのオーナーもその一人なのであろう。なかでも群を抜いていいのが上の“ブルーコンサート”。シャガールの特徴である幻想的な画風を構成するモティーフと鮮やかな色彩に溢れている。柔和な感じの女性の白い顔がまず、目に飛びこんでくる。緑色のバイオリンを弾く手のそばには定番の鶏がおり、後ろでは羊がラッパを吹いている。画面左には白ずくめの超細い花嫁が宙を舞い、その下にいるのは逆立ちした子供。赤い衣装を着て、小さなシンバルをたたいている。これは国内にあるシャガールでは最上位にはいる絵ではなかろうか。

3階はエコール・ド・パリの画家やピカソらの作品(35点)。ここにはサプライズ!がありました、ありました。ドンゲンの“女性像”に思わず、“オー!”と唸った。パーティ会場に姿を現したら周囲の視線を一身に集めるのではないかと思わせるノーブルな容姿にクラクラ。早速My好きな女性画に登録した。ミロの後年の作品2点もなかなかいい。画面の大半を占める黒とアクションペインティング風に散らされた赤、緑、黄色の点々がつくる抽象的な構成が美しい絵画空間になっている。裸婦の肌の色がまぶしいキスリングの“長椅子の裸婦”とローランサンの“チューリップと女性”にも吸い込まれそうになる。予想を大きく上回るサプライズだった。

“アンドリュー・ワイエス展”には期待してた人物画(福島県立美蔵、拙ブログ4/18)はなく、人間がでてこない風景画ばかりだった(15点)。感激の一枚は下の“オープンハウス”。下からちょっと高いところにある木造の家と馬を描いたワイエスらしい絵である。家の側面に使われた横板の質感やまわりの草や馬の毛並みの精緻な描写が心を揺すぶる。また、雪景色のなかに犬やカラスを描いた静謐な風景画にも足が止まる。

最近、ロシア人画家(シーシキン、ポポフなど)、森本草介、ワイエスらが描くリアリズム絵画に魅了されることが多い。あらたな楽しみにミューズが導いてくれてるのだろう。

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