2013.07.19

忘れられないエルミタージュのマティス!

Img_0004_2     ‘ダンス’(1910年)

Img_0003_2     ‘音楽’(1910年)

Img_2     ‘家族の肖像’(1911年)

Img_0001_2     ‘会話’(1909年)

美術の鑑賞を重ねるにつれ自分の感性と波長の合う画家が現れてくる。でも、その画家に対する思いが熱いからといって簡単に最接近できるというものでもない。何事も運が味方してくれないと夢が夢のままで終わる。

マティス(1869~1954)との相性度は70%くらい。カラヴァッジョとは100%の相性度なのに、遭遇するマティスの作品の30%は退屈する。マティスに対する率直な思いはこうなのだが、色彩の力に200%OKされた作品は両手をこえるからマティスの魅力が心のなかに強く刻まれていることも事実。で、未見の絵のなかには追っかけ画リストに入っているものも多い。

ではマティスとの巡り合わせはどうかというと、これは時が大いに味方してくれている。最初の幸運は1990年ワシントンのナショナルギャラリーで開催されていた‘マティス展’、この時プーシキン美にあるモロゾフコレクションの一枚‘モロッコ三部作’や‘緑衣のモロッコ人’(エルミタージュ美)などをみることができた。

2回目のマティスイベントは1994年の‘バーンズコレクション展’(西洋美)、傑作の‘生きる喜び’など16点が展示されていた。多くの美術ファンがこのビックな展覧会を楽しまれたにちがいない。

そして、三度目のマティス体験はサンクトペテルブルクにあるエルミタージュの訪問。今から14年前のことだが、シチューキンが蒐集したマティスの傑作の数々と出会った。これは一生の思い出。シチューキンがマティスと初めて会ったのは1904年、まだ売れてなかったマティスにたちまち惚れ込みパトロンとなった。購入した作品は全部で43点、モロゾフもマティスを11点蒐集しているが数ではシチューキンのほうが圧倒的に多い。二人の目利きコレクターによってロシアにもたらされたマティス作品は現在、エルミタージュとプーシキンに分けられて展示されている。

昨年そのシチューキンコレクションの一枚‘赤い部屋’(拙ブログ12/5/11)がやって来て話題になった。マティス同様沢山あるゴーギャンの絵は覚えているものが少ないのに、色彩の魔術師マティスについては8点くらいが目に焼きついている。とにかく赤や青、緑などの色彩パワーが強烈だった。

最も長くみていたのが対になって飾られている‘ダンス’と‘音楽’、大変大きな絵で青と緑の地の色面に赤で彩られた裸婦の人物が浮かび上がっている。これをみたら誰だってマティスがすごい画家であることがわかる。‘赤い部屋’の隣にあったのが‘家族の肖像’、子供が紙で人物や暖炉を切る抜いてペタッと貼ったようなきわめて平面的な作品だが、空間に広がりがありくつろいだ気分になる。

‘会話’も大作でインパクトの強い作品。強く印象に残っているのは横向きのマティス自身と夫人を引き立てている背景の青。マティスの絵は赤などの暖色系の色が心にズシンとくることが多いが、こういう青のパワーが強調されたものは切り紙絵‘ジャズ’以外はあまりみたことがない。

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2013.07.10

想定外のサプライズ作品はドニとマティス!

Img_0001     ドニの‘緑の浜辺、ペロス=ギレック’(1909年)

Img_0002     マティスの‘カラー、アイリス、ミモザ’(1913年)

Img_0004     ドンゲンの‘黒い手袋をした婦人’(1907年)

Img_0005     ピカソの‘マジョルカ島の女’(1905年)

展覧会をみるとき満足度を左右するひとつのポイントが作品の数。その数は多ければいいというものでもない、優品が少なくてアベレージクラスの絵が大半をしめるようなものでは退屈なだけ。この‘プーシキン美展’は66点、海外の美術館が所蔵するコレクションならこれくらいがちょうどいい。

今回最後の部屋に想定外の絵が飾ってあった。それはゴーギャンとドニ(1870~1943)とマティス(1869~1950)、いずれもチラシにも載ってなく、いきなり目の前に現れたので相当興奮した。ゴーギャンは‘エイアハ・オヒバ(働くなかれ)’の隣に2005年にもあったプーシキン美展で展示された‘彼女の名はヴァイルマティといった’があった。ええー、またこの絵がやって来たの!あまり驚かさないでよ、という感じ。ゴーギャンは‘エイアハ・オヒバ’だけと思っていたから、一気にテンションがあがった。

色彩のまぶしさに目がくらくらするドニの‘緑の浜辺、ペロス=ギレック’をいい気持でみていた。前回のプーシキン美展でも‘ポリュフェモス’というとても惹かれるドニの神話画がでていた。1906年にドニと知り合いになったコレクターのモロゾフが購入したお気に入りの作品には神話画のほかにこんな明るくてユートピア的な雰囲気の漂う絵があったとは、これでドニにまた一歩近づいた。

7/3にBS朝日の‘世界の名画’をみたとき、目が釘づけになる作品があった。TVカメラが映し出す別館の展示室にマティスの部屋がでてきた。すぐ気がついたのは日本にもやってきた‘金魚’、そのほかにも画集でみたことのないいい絵が数点ある。エルミタージュでマティスを目いっぱい楽しませてもらったから、マティスの傑作はエルミタージュに結集しているものと思い込んでいた。ところが、プーシキンにもマティがこんなにある。いっぺんに現地でみたくなった。でも、それはだいぶ先のこと。

マティスへのそんな思いがあったばかりなのにその一枚‘カラー、アイリス、ミモザ’がなんと天から降ってきた!画面の多くを占める鮮やかな緑にぐっと吸いこまれた。Myカラーが緑だからこういう絵に会うと体全身で反応する。そうならそうと早く言ってよね、期待値がもっとあがっていたのに。こういうサプライズがあるから展覧会通いはやめられない。

フォーヴィスムの画家ドンゲン(1877~1968)は昨年の‘エルミタージュ美展’(国立新美)でもお目にかかったが、ここでも1点あった。‘黒い手袋をした婦人’は目を見張らされるほどの出来栄えではないが、回顧展に遭遇することをひそかに願っているドンゲンファンとしては新たな作品の出現はわけもなく嬉しい。

ピカソ(1881~1973)は3点ある。お気に入りは小品の‘マジョルカ島の女’、この女は同じ年に描かれた‘サルタンバンクの一家’(ワシントンナショナル・ギャラリー)にもほぼ同じポーズで登場する。この大作を1月現地でみたので、マジョルカ女をみながら中央に描かれたアルルカンや太った道化の姿を思い出していた。

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2013.03.27

MoMA(5) 名画の揃うマティス!

Img_0001     マティスの‘赤いアトリエ’(1911年)

Img_0003     マティスの‘モロッコ人たち’(1916年)

Img          レジェの‘3人の音楽家’(1944年)

Img_0002     ベックマンの‘船出’(1932~33年)

マティス(1869~1954)はMoMAではミロとともに追っかけ画の多い画家。予定では4点と出会うことになっていたが、実際にみれたのは‘赤いアトリエ’だけ。でも、これまで画集でみたことのない作品が3点あった上、お気に入りの‘モロッコ人たち’や大作‘ピアノのレッスン’と再会したのでとても充実したマティスになった。

室内の床も壁も赤一色に描かれた‘赤いアトリエ’はぱっとみると平板な絵という印象、ところが不思議なことに画面をじっとみていると床は横にのび、壁はそこから垂直の面になっているようにみえてくる。どうやら後ろに置かれた完成作品の配置に仕掛けがありそう。そして、赤の色がところどころで濃淡がつけられている。

これに対して‘モロッコ人たち’では人物や建物はトランプの絵柄みたいに整然と割り付けられている感じ。だから、描かれた対象に動きはない。強く印象に残るのは左下の円いメロンの緑と黄色を鮮やかに引き立てている背景の黒。この絵をはじめてみたのは1990年、ワシントンのナショナルギャラリーを訪問した際、運よく‘モロッコのマティス展’が開催されていた。以来、画面をひきしめる濃密度200%の黒とメロンの緑に魅了されている。

Myカラーは緑&黄色だから、隣に飾ってある‘ピアノのレッスン’にも敏感に反応する。この絵は縦2.45m、横2.12mもある大きな絵。ピカソの‘アヴィニョンの娘たち’やルソーの‘夢’同様、絵の大きさをすっかり忘れているから、新鮮なサプライズ3連発だった。

レジェ(1881~1955)はリカバリーを願った‘大きなジュリー’は姿をみせてくれず初見の2点が目を楽しませてくれた。画像は音楽家3人の絵。明快な色彩と黒の輪郭線で形どられた彫刻的な人物をみているとたちまち心が軽くなる。

ドイツ表現主義のベックマン(1884~1950)が三幅対の作品を手がけたのはちょうどナチスから退廃芸術家と烙印を押されたころ。その第一作が‘船出’、左右のパネルは拷問の場面で、中央はその拷問から解放され自由を手に入れたところ。時間があればじっくりみたいところだが、追っかけ画がいっぱいあるのでそういうわけにもいかない。

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2013.03.04

フィラデルフィア美(4) マティスの不思議な肖像画!

Img_0003_3     ミロの作品

Img_3     タンギーの‘雷雨’(1926年)

Img_0006     クプカの‘ニュートンの円盤’(1912年)

Img_0002_3     マティスの‘イヴォンヌ・ランズベール’(1914年)

折角念願のフィラデルフィア美にやって来たのだから必見リストに書き込んだ作品は全部みるつもりだった。ところが、3点思惑がはずれた。セザンヌの‘大水浴図’のことはすでにふれた。

もう2点はダリの‘茹でた隠元豆のある柔らかい構造ー内乱の予感’とデュシャンの遺作‘のぞき穴の向こうの世界’、館内をいろいろ動き回ったのだがみつからなかった。後からわかったことがこの原因かもしれない。というのは展示のパンフレットをよくみると地下1階に近現代美術を展示する部屋がもう2つあったのである。ひょっとすると、ここに展示してあったのかもしれない。

1時間半の鑑賞なので、心に余裕がない。しかもはじめての美術館のため展示室の配置がよくわからない。1階で印象派をみたあと、近現代美術のある細長い部屋に進んだ。事前にシミュレーションしておいた‘ラ・ミューズ’にでているレイアウトとまったく変わっていたから、案内図をみてここでダリもデュシャンも姿を現わしてくれるものとふんでいた。ところが勝手がちがう。デュシャンはお馴染みの木の箱などがすこしあった。でも、お目当ての小さな穴からのぞく遺作は見当たらない。係員に聞くと今はみれないという。拍子抜けした。

この時点でだいぶパニクりはじめてきた。ダリの隠元豆がみれないなんて!ショックは大きい。仕方がないから、頭を切り変えてほかの追っかけ画に集中した。ダリが地下1階の部屋にあったのか、それとも貸し出されていたかは不明。どこかへ出かけていて今回は縁がなかったと思うことにした。

ミロ(1893~1983)の作品は10点ほどあった。画像はそのうち足がとまったものの一枚、ワシントンのハーシュホーン美でみたのとモチーフの構成が似ている。ほかにも日本の展覧会に出品された‘月に吠える犬’のようなユーモラスなものもあった。

タンギー(1900~1955)の‘雷雨’は期待していた作品。雷雨とタイトルはついているが、ここは深海の底のイメージ、こんなところでも雷雨があるのだろうか?真っ暗な世界に印象的なのが水流や雲を思わせる白のフォルム。左では土のなかからぎょろ目の生物が顔をだしている。タンギーの絵というとしーんと静まりかえっていてだんだん不安な気持ちになってくる架空の情景を描いたものが多いが、この絵にはそうした雰囲気だけでなくどこかとぼけた味がある。

再会した作品のなかで、興奮気味にみたのがクプカ(1871~1957)の‘ニュートンの円盤’、これは1994年愛知県美で開催された‘クプカ展’のとき遭遇した。このスペースワールドを連想させるクプカの抽象絵画に200%魅せられているので、絵の前ですぐ反応した。19年前と同様赤や黄色の輪にいざなわれて体がふわりと宙に浮いてきた。

大きな収穫はマティス(1869~1955)の不思議な肖像画、女性の白い衣服のまわりに白い線が装飾的に描かれている。作品の制作過程でひいた体の輪郭線をそのまま残している感じ。こんな肖像画はみたことないが、なぜか強く惹きつけられる。

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2012.05.11

最も魅せられたマティスとライトの絵!

3838     マティスの‘赤い部屋’(1908年)

3836     ライトの‘外から見た鍛冶屋の光景’(1773年)

3837     セザンヌの‘カーテンのある静物’(1894~95年)

3839           ピカソの‘マンドリンを弾く女’(1909年)

1999年、エルミタージュ美術館をはじめて訪問した。古典絵画も近代絵画もおもわず立ち止まる名画がここにもあそこにもあるという感じ。そのなかで沢山みたなという思いが強いのがレンブラント、ゴーギャン、そしてマティス。

そのマティス(1869~1954)の傑作中の傑作‘赤い部屋’が最後の部屋にどーんと飾ってある。ゴッホがイエローパワーなら、マティスはレッドパワー。テーブルと後ろの壁は同じ平面のように赤で塗りこめられ、アラベスクの模様でリズミカルに装飾されている。左上の窓のむこうには大きな花がみえるが、花を描いた絵が壁にかけてあるようでもある。

この絵がとても落ち着いた気分でみられるのは平面的な構成のなかに遠近法の要素も入れているから。窓の外に描かれた小屋が消失点になっている。今回驚いたのが女性の目と眉毛、緑色で描かれていた!図録の図版は緑をひろってないし、現地でこの絵をみたといっても緑の眉毛のことなど記憶から消えている。名作をみると本当にいい気持ちになる。‘赤い部屋’が来たのだから、次は‘ダンス’。二度目の対面がはたして叶うか?

初見の絵で大きな収穫だったのがライト・オブ・ダービー(1734~1797)の絵。ライトの作品は過去にみたのはテート・ブリテンにある‘ヴェスヴィオス火山の噴火’(拙ブログ4/7)のみ。この画家がホントホルストのような‘キャンドルライト画’を描いていたことはまったく知らなかった。この度は‘幼少期のキリスト’をみたあとに、この‘外から見た鍛冶屋の光景’が現れたので、その光と影の対比に目を奪われた。ロンドンナショナルギャラリーの図録には同じような絵が載っているので次回は見逃さないようにしたい。

3冊も購入したエルミタージュ美の図録に◎をつけていたセザンヌ(1839~1906)の‘カーテンのある静物’が出品されたのは大ヒット。これはオルセーにある‘リンゴとオレンジ’などとともにMy‘静物画ベスト5’に入れている作品なので、しばらく見入っていた。

GWにどこかのTV局が放送していた‘エルミタージュ美特集ーダ・ヴィンチとマティス’の冒頭にでてきたのがピカソ(1881~1973)の‘マンドリンを弾く女’。現地でみた覚えはないが、とても気になる絵だった。でも、この絵も今回やってきているとは頭がめぐらなかった。女の丸い顔にとても惹かれていたので、夢中になってみた。

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2009.03.01

名画バトン ピカソからマティスヘ

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ピカソが二日続いたので、今日はマティスの好きな絵を取り上げたい。‘Bunkamuraの展覧会に行ってこい!’とプッシュしてくれたのが最近読んだ‘マチスとピカソ’(イヴ=アラン・ボア著、日本経済新聞社、00年6月)。この本を読むとマティス(1869~1954)とピカソ(1881~1973)はお互いにすごく相手の創作活動に関心を寄せており、刺激し合っていたということがよくわかる。

マティスはキュビスム的な絵を描いてみたり、ミノタウロスのようなピカソの暴力性がむき出しになった作品に刺激されギリシャ神話の挿絵なども手がけている。一方、ピカソはピカソでマティスの‘ダンス’のような生き生きとした人体のフォルムを真似た絵を描いている。

色彩の革命、‘フォービスム’を主導したマティスに対し、ピカソは形の革命、‘キュビスム’で多くの画家たちに影響を与えた。一見すると、二人は全く違う表現方法で作品を制作していたようにみえるが、実際には互いに響き合っていた。

‘響き合いすぎではない?’と注文を付けたくなるほどよく似ているのが昨日紹介したピカソの‘黄色い髪の女’とマティスの‘夢’。マティスは最初の段階ではこれとは違う構成で描いていたのに、どういうわけか完成した絵はピカソの絵に瓜二つ。二人はともにリスペクトしあい、自分の作品に取り入れられる要素は貪欲に吸収しようという気持ちを持ち続けていたのだろう。

さて、マティスの絵である。04年西洋美ですばらしい回顧展があったから、画集に載っている有名な絵と沢山対面することができた。また、次の年にはプーシキン美から楽しい‘金魚’(拙ブログ05/10/25)がやってきたし、07年にはフィラデルフィア美の‘青いドレスの女’(07/10/13)が展示された。だから、代表作の相当数が鑑賞済み。現在残っている作品でなんとしても見たいのは次の3つ。

★ばら色の裸婦 (1935) : ボルティモア美(上の画像)
★紫の服の女ときんぼうげ (1937) : ヒューストン美(真ん中)
★王の悲しみ (1952) : ポンピドゥーセンター(下)

よく大きな回顧展を2回みたらその画家の作品は大体目に中におさまるといわれるが、アメリカの美術館にある上の二つは次のマティス展では是非対面したい。

‘ばら色の裸婦’は下半身や手が異常に大きいから、女性の体としてはだいぶ変なのだが、そんなことはこの堂々としたヴィーナスの前では気にならない。真ん中の絵は同じ年に描かれたフィラデルフィ美の‘黄色い服のオダリスク、アネモネ’(08/6/22)と色合いが同じ調子。昨年この絵にも魅せられたが、ヒューストン美のほうが人物の輪郭線がくっきりしており、絵の完成度としてはかなり上。

ポンピドゥーは過去2度訪問したのに、なぜか切り紙絵の傑作‘王の悲しみ’に縁がない。これが日本に来ることはまずないから、どうしても現地へ行かざるを得ない。ところが、やっかいなことにこの絵は常時展示してないのである。3度目の挑戦ではアバウトな鑑賞をするわけにはいけないから展示の時期を確認しながらのスケジュール調整ということになるが、ほかの美術館めぐりとのバランスを考えると悩ましいところ。

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2008.06.22

マティスとボナール展 地中海の光の中へ

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現在、葉山の神奈川県近美で行われている“マティスとボナール展”(5/31~7/27)は川村記念美から巡回してきたもの。期待値はそれほど高くない。理由は単純でボナール(1867~1947)に関心がないから。どういうわけかこの画家の絵には昔から心が動かない。だから、観覧料1200円に見合う内容となると、必然的にマティス
(1869~1954)の作品への期待が大きくなる。

実はこちらのほうもチラシに載っている“赤い室内、青いテーブルの上の静物”(真ん中の画像)は04年の“マティス展”(西洋美)で鑑賞済みだから、プラスαが果たしてあるかどうかは少し不安だった。マティスは大変好きな画家だが、対面する作品にいつも感動しているわけではない。鮮やかな色彩に200%感激するものも沢山あるが、同時に、退屈する絵もこれまた多い(これはピカソにも言えるが)。

国内の美術館にあるマティスでこれまで感激した絵は残念ながら一点しかない。今回出品されている油彩画31点のなかに、それがでている。以前東近美であった“琳派展”で思いがけずも遭遇した“琥珀の首飾りの女”(1937年、ベネッセコーポレーション)。衣装と口紅の赤、大きな目が心をとらえて離さない。

1937年にマティスはいい絵をいくつも描いている。上は大収穫の“黄色い服のオダリスク、アネモネ”。フィラデルフィア美が所蔵するマティスの名作は昨年楽しませてもらった“青いドレスの女”(拙ブログ07/10/13)だけではなかった。奥行きがなく、平面的に塗られた黄や青、赤の色面を釘付けになってみた。この2点に較べると京近美蔵の“鏡の前の青いドレス”は構成があっさりとしていて色彩のインパクトも弱い。

“マティス展”に出品されたのが今回5点あったが、最後のコーナーに飾られている“赤い室内”と切り紙絵“ジャズ”が一際輝いている。マティスが“赤い室内”を描いたのは
78歳のとき。老いてますます色彩が燃え上がるという感じ。赤い壁や床に描かれた黒いジグザグ模様を見ていると、最近みたウングワレーの自由でびやかな線が頭をよぎった。丸テーブルにある果物は切り紙絵で表現されたような極めてシンプルなフォルムをしている。

一方の主役、ボナールの絵は45点ある。ボナールの作品が好きになれないのは構成がごちゃごちゃして対象がはっきりしてないため。また、光と色彩にくらくらした経験もない。これまでパリのオルセー、ポンピドゥーとかNYのメトロポリタン、MoMA、グッゲンハイムなどで代表作といわれるものはそれなりにみているのだが、どうも近づけない。

だが、不思議なことに今回足がとまったのが3点あった。横長の“陽の当たるテラス”と“花咲くアーモンドの木”(ポンピドゥー)はウングワレーの点描を連想させるなかなかいい絵。また、下の“浴槽の裸婦”にドキッとした。バスタブと妻マルトの肌が白いこと!これだけ光を感じられればグッとくる。マルトは一日の半分を浴室で過ごしたという。まったく変わった女性である。

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2008.06.02

芸術都市 パリの100年展

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東京都美術館の“芸術都市 パリの100年展”(4/25~7/6)を見た。この展覧会への期待がとくに高かったわけではなく、まだ訪問したことのないパリの美術館にひょっとしてサプライズの作品があるかも?という軽い気持ち。結果は?小さなサプライズのみで、チラシをみて是非見たいと思っていたモネ、シニャック、ユトリロを楽しんだだけに終わった。

海外の展覧会を見るとき、○の評価基準にしている目玉の作品2~3点には足らない!ユトリロの代表作中の代表作“コタン小路”(真ん中の画像)があるから1点はとれるが、あとは残りを全部集めても1点にはならず、せいぜい1.5~1.7点。展示室を進んでも気分が盛り上がらないのは知らない画家が多すぎるから。海外のあまり有名でない画家の作品を見せられて楽しめるはずがない。美術の専門家向けに内々でやる美術史学会の研究会ならこれでもいいだろうが、一般の美術ファンを相手に作品を展示する展覧会としてはセンスがない。

ここ数年、東京都美が企画した展覧会のなかでは作品の質の総量はもっとも小さいのではなかろうか。昨年のフィラデルフィア美展を10点としたら、3点がいいとこ。厳しすぎる?ほかの美術館より高く評価している東京都美だから、期待をこめてあえて厳しく言っている。作品の数は148点。とにかく知らない画家の作品が多すぎる。馴染みの画家の作品で心の中に出来上がっているパリのイメージを見せてほしい。芸術都市、パリのお話なら5章もいらない。作品の数は70~80点くらい、3章で充分。それを名の通った画家のそこそこの作品で構成する。

チラシに載っていたシニャック(1863~1935)の上の“ポン・デ・ザール”(カルナヴァレ美)は見ごたえのある絵。アーチの数にあわせて横長のカンヴァスを選んだのだろうか。点描技法で平面的に描かれているので、橋のボリューム感とか後ろの奥行き感はないが、明るい空と美しいセーヌ川の流れからは花の都、パリの雰囲気がストレートに伝わってくる。これまでシニャックというと“ヴェネツィア”(拙ブログ07/5/24)とか国立西洋美にある“サン=トロペの港”などの海の絵を多くみてきたが、こういう川の絵がはじめてだから、貴重な体験だった。

“コタン小路”(ポンピドゥー)は誰もが知っているユトリロ(1883~1968)の傑作。絵は何回かみているのに、まだここへ行ったことがない。“ラパン・アジル”(05/9/25)もまだ。でも、“コタン小路”の奥の階段は1月、モンマルトルのあのキツイ坂を上ったから、イメージできる。たしかに、石畳と白壁に囲まれた通りはこの絵のように人があまりおらず、静かで寂しい感じ。アル中で衰弱したユトリロが裏通りをよろけながら歩いている姿が目に見えるよう。この“白の時代”の名画と再会できたのは大きな喜びである。

下はサプライズの作品。キース・ヴァン・ドンゲン(1877~1968)が描いた大きな縦長の絵、“ポーレット・パックの肖像”(ポンピドゥー)。昨年、国立新美であっ“たポンピドゥーセンター展”で“スペインのショール”といういい裸婦像をみたが、これもグッとくる。フォービスムの画家らしく、顔や足の一部に緑が使われている。

エルミタージュ美にある“黒い帽子の女”(04/12/30)を見逃したのは今から思うと残念でならないが、少しずつドンゲンの作品(05/4/1307/5/15)が増えてきた。先月出かけた名古屋市美の平常展示にもいい絵があった。いつかドンゲンの回顧展と遭遇するのを楽しみにしている。

帰り際、図録を買うかどうかで迷った。ルノワールの2点はアベレージだし、気に入っているモネの“テュルリー”(マルモッタン美)はすでに見ている。また、モロー美から出品されている6点も心を奪われるほどでもない。ドンゲンの絵葉書があればパスだったが、これがなかったからやむなく買うことにした。

サブタイトル“ルノワール、セザンヌ、ユトリロの生きた街 1830-1930年”にはくれぐれも惑わされないように。実際は“モネ、シニャック、ユトリロ、ヴァラドン、ドンゲンが生きた街”!

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2008.04.19

ルオーとマティス展

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沢山ある展覧会の中で、開館○○周年記念特別展と銘打ったものはこれまでの経験からするとあまり期待を裏切らない。汐留にある松下電工ミュージアムは今年、開館5周年を迎える。ここで今、所蔵する自慢のルオー作品とパリ市立近代美術館のもっている作品などを展示した“ルオーとマティス展”(3/8~5/11)が開かれている。

ロンドン、パリおよびアメリカにある美術館めぐりをする際つくった名画必見リストのヒット率を画家ごとに見てみると、ルオーは“残念でした!”のグループ。7点のうち見れたのはテートモダンの“3人の裁判官”とポンピドーの“傷ついた道化師”の2点のみ。最も期待していたポンピドーの“ベロニカ”や“鏡の前の娼婦”、シカゴの“小人”、ボストンの“ピエロの頭部”と対面できなかったので消化不良の感が強い。でも、その気持ちをこの展覧会が少しやわらげてくれた。

ルオーの好きな絵は今回出ている“秋の終わり”のような宗教画ではなく、ピエロや女性を画面いっぱいに描いたものとか数人の裁判官を描いたもの。チラシをみて期待していたのが上の“娼婦ー赤いガーターの裸婦”(パリ市近美)。これは一度現地でみており、よく覚えている。画面全体に使われている青が女の白い肌を浮かび上がらせ、社会の底辺で刹那的に生きる娼婦の悲哀が切々と伝わってくる。

同じ色調で描かれている“タバランー騒々しい踊り”もすごくインパクトのある絵。腰に手をあて右足をピントのばし上に高くあげる姿に釘付けになる。“流れる星のサーカス”はお気に入りの版画。再会した“曲芸師”(拙ブログ05/2/24)をはじめ一点々足をとめて楽しんだ。

モローの教室でルオーとマティスが一緒に絵を学んでいたことは知っていたが、二人が50年間も熱い友情で結ばれていたという話ははじめて聞いた。先週の新日曜美術館で二人の間で交わされた手紙が紹介されていたが、相手を思いやるやさしい気持ちが文面のはしばしにみられ、深く感銘した。展覧会の情報が入ってきたとき、どうしてルオーとマティスなのか?だったが、二人をコラボさせる友情物語があったのである!

が、今回でているマティスの作品への期待は正直言ってあんまり高くなく、真ん中の“肘掛椅子のオダリスク”(パリ市近美)以外はそれほどぐっとこなかった。これは“赤いガーターの裸婦”同様、オダリスクの背景の鮮やかな赤や衣装の青が目に焼きついているのでしっかり記憶に残っている。ちなみに2点はパリ市近美の図録に掲載されている作品。

この絵よりもっと目を楽しませてくれたのが下の切り紙絵“ジャズ・ピエロの葬式”。04年にあったマティス展ではじめてみた“ジャズ”(04/12/9)はエポック的な鑑賞体験だった。また全点みれて体が熱くなった。

海外から作品を持ってくる西洋画の展覧会の場合、ぐっとくる絵が3点もあれば立派な企画展。常設展示の“女曲馬師”、“法廷”も一級品だから、充実したルオー展といえる。ここを見て、6月から出光美術館ではじまる“ルオー大回顧展”(6/14~8/17)にも出かけるとルオーの通になれることは請け合いである。

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2008.04.17

その八 マティス  ミロ  オキーフ

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20世紀美術が展示してある東館は巨大な吹き抜けになっているところだけはカルダーのモビールがあったので記憶がよみがえってきたが、ほかはまったく忘れている。だから、常設展示のある3階の展示室にたどりつくのにえらく時間がかかった。全部の作品をみるのに時間はあまり要らなかったが、リストに載せていたお目当ての作品とは半分くらいしか会えなかった。

一番消化不良感が強いのがモディリアーニの“赤子を抱くジプシー女”。残念!前回強く印象に残っているマティスの大きな切り紙絵の展示室は工事で閉鎖中だったのも想定外。また、大好きなステラやロイ・リキテンスタインの作品との対面を楽しみにしていたが、これも叶わなかった。

でも、収穫も多かったのでトータルの満足度は大きい。上はマティス(1869~1954)の“窓”。これは手元にある“世界名画の旅 朝日新聞日曜版”(全5冊)(朝日新聞社 1987年)でも取り上げられている有名な絵。一瞬、頭がくらくらした。“この絵はここにあるの?”本が出版されたときは個人蔵となっていたが、1998年、ここに寄贈されていた。宝物が急に目の前に現れたような感じである。

この絵が描かれた1905年はマティスの創作活動の転換期だった。この年マティスは北フランスからスペインとの国境近くの漁村コリウールヘ妻や娘と一緒にやってくる。これまですごしてきた暗くてさびしい色につつまれた故郷とは違い、ここでは明るい陽光のもと、家々の壁にはさまざまな色が自由に塗られていた。

これをみてマティスは色に目覚める。“もっと自由に色と遊ぼう、現実の色をこえて心に浮かぶ色を自由に表現しよう!”色彩の革命、フォーヴィスムのはじまりである。“窓”があいた部屋の壁は右がピンクで左は緑。窓から見える赤や緑、紫に塗られた船は波で船体を左右に揺らしている。目に心地よく、深い安らぎを覚える絵である。本当にいい絵に出会った。

真ん中のミロ(1893~1983)の“農園”も嬉しい一枚。昔からミロの大ファンなので、この初期の傑作には長らくフルマークがついている。所蔵していたヘミングウェイ家から1987年、ここへ寄贈されたから、前回の訪問では対面を楽しみにしていたが、どういうわけか展示されてなかった。やっとリカバリーできた。

モンロチの農村風景を描いたこの絵のなかには農婦、農機具、鶏や馬まど馴染みの動物、ユーカリの木、農家、家畜小屋などがきわめて平面的に描き込まれている。何人かの子供に農村の風景という題を与えて描かせ、そのあと一枚の大きな紙に貼り付けるとこんな仕上がりになる?ミロの詩的な感性にはまるで子供たちがもっているさまざまな夢やイメージがモザイク的に組み込まれているよう。

シカゴ美に続き、ここでもジョージア・オキーフ(1887~1986)の目の醒めるような絵と遭遇した。下の大きな花シリーズのひとつ“ジャック・イン・ザ・プルピットⅣ”。これは6点ある連作の4作目。展示されていたのはこの1点のみ。手元にある画集でみると花のフォルムは次第に抽象へ向かい、最初の作品と比べリアルな部分を残しているのは雄しべだけ。

拡大された花は小さく描かれたときは見えなかった細部が強調されてその美しさに思わず惹きつけられる。が、画面からはみ出すくらいに拡大されると具象としての花のイメージが消え、抽象美の世界に入ってくる。この具象をイメージさせながら抽象へ誘う画風がオキーフの一番の魅力。ここにはクプカの絵(拙ブログ04/12/6)を見るときのような気持ちのいい刺激がある。

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