2008.06.22

マティスとボナール展 地中海の光の中へ

335_2
334_2
336_3
現在、葉山の神奈川県近美で行われている“マティスとボナール展”(5/31~7/27)は川村記念美から巡回してきたもの。期待値はそれほど高くない。理由は単純でボナール(1867~1947)に関心がないから。どういうわけかこの画家の絵には昔から心が動かない。だから、観覧料1200円に見合う内容となると、必然的にマティス
(1869~1954)の作品への期待が大きくなる。

実はこちらのほうもチラシに載っている“赤い室内、青いテーブルの上の静物”(真ん中の画像)は04年の“マティス展”(西洋美)で鑑賞済みだから、プラスαが果たしてあるかどうかは少し不安だった。マティスは大変好きな画家だが、対面する作品にいつも感動しているわけではない。鮮やかな色彩に200%感激するものも沢山あるが、同時に、退屈する絵もこれまた多い(これはピカソにも言えるが)。

国内の美術館にあるマティスでこれまで感激した絵は残念ながら一点しかない。今回出品されている油彩画31点のなかに、それがでている。以前東近美であった“琳派展”で思いがけずも遭遇した“琥珀の首飾りの女”(1937年、ベネッセコーポレーション)。衣装と口紅の赤、大きな目が心をとらえて離さない。

1937年にマティスはいい絵をいくつも描いている。上は大収穫の“黄色い服のオダリスク、アネモネ”。フィラデルフィア美が所蔵するマティスの名作は昨年楽しませてもらった“青いドレスの女”(拙ブログ07/10/13)だけではなかった。奥行きがなく、平面的に塗られた黄や青、赤の色面を釘付けになってみた。この2点に較べると京近美蔵の“鏡の前の青いドレス”は構成があっさりとしていて色彩のインパクトも弱い。

“マティス展”に出品されたのが今回5点あったが、最後のコーナーに飾られている“赤い室内”と切り紙絵“ジャズ”が一際輝いている。マティスが“赤い室内”を描いたのは
78歳のとき。老いてますます色彩が燃え上がるという感じ。赤い壁や床に描かれた黒いジグザグ模様を見ていると、最近みたウングワレーの自由でびやかな線が頭をよぎった。丸テーブルにある果物は切り紙絵で表現されたような極めてシンプルなフォルムをしている。

一方の主役、ボナールの絵は45点ある。ボナールの作品が好きになれないのは構成がごちゃごちゃして対象がはっきりしてないため。また、光と色彩にくらくらした経験もない。これまでパリのオルセー、ポンピドゥーとかNYのメトロポリタン、MoMA、グッゲンハイムなどで代表作といわれるものはそれなりにみているのだが、どうも近づけない。

だが、不思議なことに今回足がとまったのが3点あった。横長の“陽の当たるテラス”と“花咲くアーモンドの木”(ポンピドゥー)はウングワレーの点描を連想させるなかなかいい絵。また、下の“浴槽の裸婦”にドキッとした。バスタブと妻マルトの肌が白いこと!これだけ光を感じられればグッとくる。マルトは一日の半分を浴室で過ごしたという。まったく変わった女性である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.02

芸術都市 パリの100年展

217_2
216_2
215_2
東京都美術館の“芸術都市 パリの100年展”(4/25~7/6)を見た。この展覧会への期待がとくに高かったわけではなく、まだ訪問したことのないパリの美術館にひょっとしてサプライズの作品があるかも?という軽い気持ち。結果は?小さなサプライズのみで、チラシをみて是非見たいと思っていたモネ、シニャック、ユトリロを楽しんだだけに終わった。

海外の展覧会を見るとき、○の評価基準にしている目玉の作品2~3点には足らない!ユトリロの代表作中の代表作“コタン小路”(真ん中の画像)があるから1点はとれるが、あとは残りを全部集めても1点にはならず、せいぜい1.5~1.7点。展示室を進んでも気分が盛り上がらないのは知らない画家が多すぎるから。海外のあまり有名でない画家の作品を見せられて楽しめるはずがない。美術の専門家向けに内々でやる美術史学会の研究会ならこれでもいいだろうが、一般の美術ファンを相手に作品を展示する展覧会としてはセンスがない。

ここ数年、東京都美が企画した展覧会のなかでは作品の質の総量はもっとも小さいのではなかろうか。昨年のフィラデルフィア美展を10点としたら、3点がいいとこ。厳しすぎる?ほかの美術館より高く評価している東京都美だから、期待をこめてあえて厳しく言っている。作品の数は148点。とにかく知らない画家の作品が多すぎる。馴染みの画家の作品で心の中に出来上がっているパリのイメージを見せてほしい。芸術都市、パリのお話なら5章もいらない。作品の数は70~80点くらい、3章で充分。それを名の通った画家のそこそこの作品で構成する。

チラシに載っていたシニャック(1863~1935)の上の“ポン・デ・ザール”(カルナヴァレ美)は見ごたえのある絵。アーチの数にあわせて横長のカンヴァスを選んだのだろうか。点描技法で平面的に描かれているので、橋のボリューム感とか後ろの奥行き感はないが、明るい空と美しいセーヌ川の流れからは花の都、パリの雰囲気がストレートに伝わってくる。これまでシニャックというと“ヴェネツィア”(拙ブログ07/5/24)とか国立西洋美にある“サン=トロペの港”などの海の絵を多くみてきたが、こういう川の絵がはじめてだから、貴重な体験だった。

“コタン小路”(ポンピドゥー)は誰もが知っているユトリロ(1883~1968)の傑作。絵は何回かみているのに、まだここへ行ったことがない。“ラパン・アジル”(05/9/25)もまだ。でも、“コタン小路”の奥の階段は1月、モンマルトルのあのキツイ坂を上ったから、イメージできる。たしかに、石畳と白壁に囲まれた通りはこの絵のように人があまりおらず、静かで寂しい感じ。アル中で衰弱したユトリロが裏通りをよろけながら歩いている姿が目に見えるよう。この“白の時代”の名画と再会できたのは大きな喜びである。

下はサプライズの作品。キース・ヴァン・ドンゲン(1877~1968)が描いた大きな縦長の絵、“ポーレット・パックの肖像”(ポンピドゥー)。昨年、国立新美であっ“たポンピドゥーセンター展”で“スペインのショール”といういい裸婦像をみたが、これもグッとくる。フォービスムの画家らしく、顔や足の一部に緑が使われている。

エルミタージュ美にある“黒い帽子の女”(04/12/30)を見逃したのは今から思うと残念でならないが、少しずつドンゲンの作品(05/4/1307/5/15)が増えてきた。先月出かけた名古屋市美の平常展示にもいい絵があった。いつかドンゲンの回顧展と遭遇するのを楽しみにしている。

帰り際、図録を買うかどうかで迷った。ルノワールの2点はアベレージだし、気に入っているモネの“テュルリー”(マルモッタン美)はすでに見ている。また、モロー美から出品されている6点も心を奪われるほどでもない。ドンゲンの絵葉書があればパスだったが、これがなかったからやむなく買うことにした。

サブタイトル“ルノワール、セザンヌ、ユトリロの生きた街 1830-1930年”にはくれぐれも惑わされないように。実際は“モネ、シニャック、ユトリロ、ヴァラドン、ドンゲンが生きた街”!

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008.04.19

ルオーとマティス展

80_3
81_2
82_2
沢山ある展覧会の中で、開館○○周年記念特別展と銘打ったものはこれまでの経験からするとあまり期待を裏切らない。汐留にある松下電工ミュージアムは今年、開館5周年を迎える。ここで今、所蔵する自慢のルオー作品とパリ市立近代美術館のもっている作品などを展示した“ルオーとマティス展”(3/8~5/11)が開かれている。

ロンドン、パリおよびアメリカにある美術館めぐりをする際つくった名画必見リストのヒット率を画家ごとに見てみると、ルオーは“残念でした!”のグループ。7点のうち見れたのはテートモダンの“3人の裁判官”とポンピドーの“傷ついた道化師”の2点のみ。最も期待していたポンピドーの“ベロニカ”や“鏡の前の娼婦”、シカゴの“小人”、ボストンの“ピエロの頭部”と対面できなかったので消化不良の感が強い。でも、その気持ちをこの展覧会が少しやわらげてくれた。

ルオーの好きな絵は今回出ている“秋の終わり”のような宗教画ではなく、ピエロや女性を画面いっぱいに描いたものとか数人の裁判官を描いたもの。チラシをみて期待していたのが上の“娼婦ー赤いガーターの裸婦”(パリ市近美)。これは一度現地でみており、よく覚えている。画面全体に使われている青が女の白い肌を浮かび上がらせ、社会の底辺で刹那的に生きる娼婦の悲哀が切々と伝わってくる。

同じ色調で描かれている“タバランー騒々しい踊り”もすごくインパクトのある絵。腰に手をあて右足をピントのばし上に高くあげる姿に釘付けになる。“流れる星のサーカス”はお気に入りの版画。再会した“曲芸師”(拙ブログ05/2/24)をはじめ一点々足をとめて楽しんだ。

モローの教室でルオーとマティスが一緒に絵を学んでいたことは知っていたが、二人が50年間も熱い友情で結ばれていたという話ははじめて聞いた。先週の新日曜美術館で二人の間で交わされた手紙が紹介されていたが、相手を思いやるやさしい気持ちが文面のはしばしにみられ、深く感銘した。展覧会の情報が入ってきたとき、どうしてルオーとマティスなのか?だったが、二人をコラボさせる友情物語があったのである!

が、今回でているマティスの作品への期待は正直言ってあんまり高くなく、真ん中の“肘掛椅子のオダリスク”(パリ市近美)以外はそれほどぐっとこなかった。これは“赤いガーターの裸婦”同様、オダリスクの背景の鮮やかな赤や衣装の青が目に焼きついているのでしっかり記憶に残っている。ちなみに2点はパリ市近美の図録に掲載されている作品。

この絵よりもっと目を楽しませてくれたのが下の切り紙絵“ジャズ・ピエロの葬式”。04年にあったマティス展ではじめてみた“ジャズ”(04/12/9)はエポック的な鑑賞体験だった。また全点みれて体が熱くなった。

海外から作品を持ってくる西洋画の展覧会の場合、ぐっとくる絵が3点もあれば立派な企画展。常設展示の“女曲馬師”、“法廷”も一級品だから、充実したルオー展といえる。ここを見て、6月から出光美術館ではじまる“ルオー大回顧展”(6/14~8/17)にも出かけるとルオーの通になれることは請け合いである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.17

その八 マティス  ミロ  オキーフ

71_2
73_2
72
20世紀美術が展示してある東館は巨大な吹き抜けになっているところだけはカルダーのモビールがあったので記憶がよみがえってきたが、ほかはまったく忘れている。だから、常設展示のある3階の展示室にたどりつくのにえらく時間がかかった。全部の作品をみるのに時間はあまり要らなかったが、リストに載せていたお目当ての作品とは半分くらいしか会えなかった。

一番消化不良感が強いのがモディリアーニの“赤子を抱くジプシー女”。残念!前回強く印象に残っているマティスの大きな切り紙絵の展示室は工事で閉鎖中だったのも想定外。また、大好きなステラやロイ・リキテンスタインの作品との対面を楽しみにしていたが、これも叶わなかった。

でも、収穫も多かったのでトータルの満足度は大きい。上はマティス(1869~1954)の“窓”。これは手元にある“世界名画の旅 朝日新聞日曜版”(全5冊)(朝日新聞社 1987年)でも取り上げられている有名な絵。一瞬、頭がくらくらした。“この絵はここにあるの?”本が出版されたときは個人蔵となっていたが、1998年、ここに寄贈されていた。宝物が急に目の前に現れたような感じである。

この絵が描かれた1905年はマティスの創作活動の転換期だった。この年マティスは北フランスからスペインとの国境近くの漁村コリウールヘ妻や娘と一緒にやってくる。これまですごしてきた暗くてさびしい色につつまれた故郷とは違い、ここでは明るい陽光のもと、家々の壁にはさまざまな色が自由に塗られていた。

これをみてマティスは色に目覚める。“もっと自由に色と遊ぼう、現実の色をこえて心に浮かぶ色を自由に表現しよう!”色彩の革命、フォーヴィスムのはじまりである。“窓”があいた部屋の壁は右がピンクで左は緑。窓から見える赤や緑、紫に塗られた船は波で船体を左右に揺らしている。目に心地よく、深い安らぎを覚える絵である。本当にいい絵に出会った。

真ん中のミロ(1893~1983)の“農園”も嬉しい一枚。昔からミロの大ファンなので、この初期の傑作には長らくフルマークがついている。所蔵していたヘミングウェイ家から1987年、ここへ寄贈されたから、前回の訪問では対面を楽しみにしていたが、どういうわけか展示されてなかった。やっとリカバリーできた。

モンロチの農村風景を描いたこの絵のなかには農婦、農機具、鶏や馬まど馴染みの動物、ユーカリの木、農家、家畜小屋などがきわめて平面的に描き込まれている。何人かの子供に農村の風景という題を与えて描かせ、そのあと一枚の大きな紙に貼り付けるとこんな仕上がりになる?ミロの詩的な感性にはまるで子供たちがもっているさまざまな夢やイメージがモザイク的に組み込まれているよう。

シカゴ美に続き、ここでもジョージア・オキーフ(1887~1986)の目の醒めるような絵と遭遇した。下の大きな花シリーズのひとつ“ジャック・イン・ザ・プルピットⅣ”。これは6点ある連作の4作目。展示されていたのはこの1点のみ。手元にある画集でみると花のフォルムは次第に抽象へ向かい、最初の作品と比べリアルな部分を残しているのは雄しべだけ。

拡大された花は小さく描かれたときは見えなかった細部が強調されてその美しさに思わず惹きつけられる。が、画面からはみ出すくらいに拡大されると具象としての花のイメージが消え、抽象美の世界に入ってくる。この具象をイメージさせながら抽象へ誘う画風がオキーフの一番の魅力。ここにはクプカの絵(拙ブログ04/12/6)を見るときのような気持ちのいい刺激がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.10.13

フィラデルフィア美展のルノワールとマティス

11
12
待望の“フィラデルフィア美展”(東京都美、10/10~12/24)を前のめりになって見た。この美術館はまだ訪問してない。が、昔購入した“ラミューズ・世界の美術館”
(94年、講談社、全50巻)で質の高い絵画が沢山あることを知っていたから、ここの名画が日本にやってくるという情報に接したときは飛び上がるほど嬉しかった。

そのとき瞬時に頭に浮かんだのがルノワールの裸婦では最も好きな“浴女たち”とマティスの“青いドレスの女”、そしてダリの“茹でた隠元豆のある柔らかい構造ー内乱の予感”。この3点が展示品のなかに入っていることをひたすら祈っていたが、そう理想通りに事は運ばない。実現したのはマティスのみ。でも、これだけでもワクワクする。

ルノワールはセカンドベストの“ルグラン嬢の肖像”だが、これも是非見てみたい絵だったので一安心。ほかにも“ラミューズ”に紹介されているクレーの代表作の一つ“魚の魔術”やピカソの“自画像”、“三人の音楽師”、ミロのユーモラスな絵“月に吠える犬”が作品のなかに含まれているから、いよいよ期待が膨らんだ。

今回の出品作は全部で77点。果たして期待値に応える内容だったか。NOタイムで二重丸。海外にある大きな美術館の所蔵する作品が公開される場合、過度の期待をするのは禁物。目玉に館自慢の名画が2,3点あればもうそれで充分。“ラミューズ”に掲載された30点の10点があり、しかも目玉の絵は画集、例えば“TASCHEN”などに載っているほど有名な絵だから、多くの人の心をしっかりとらえることはまちがいない。

ここは調子に乗り過ぎるのが悪いクセで、またチラシで“最高傑作”とか“あのバーンズ展の感動がよみがえる”、“47作家、奇跡の饗宴”とやってしまった。これはオーバー。このキャッチコピーは忘れて好きな絵を楽しまれたほうがいい。

で、愛すべきルノワールの女性画から。上の“ルグラン嬢の肖像”の前では息を呑んでみた。この絵は広島にいて情報がなかったが、ブリジストンで01年に開催された“ルノワール展”に展示されたらしい。衣服の白と黒エプロンのコントラストが印象的で、鮮やかな青のスカーフをした女の子は非常に気品があり、大人っぽくみえる。My好きな女性画に即時登録した。

それにしてもルノワールのいい絵が毎年のように日本にお目見えする。05年は“舟遊びの昼食”(フィリップスコレクション展、拙ブログ05/6/17)、“ブージヴァルのダンス”(名古屋ボストン美)、“黒い服の娘たち”&“ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で”(プーシキン美展)、昨年は“扇子を持つ娘”(大エルミタージュ美展)、“ロメーヌ・ラコー”(クリーブランド美展)。

今年は1月の“ジュリー・マネ”(オルセー美展)と“ルグラン嬢”。現地の美術館に足を運ばなくても日本にいて着実に代表作がみれるのだから、願ってもない美術環境である。そして、来年2月、Bunkamuraの“ルノワール+ルノワール展”にオルセーからあの“田舎のダンス”、“ぶらんこ”がやってくる。まさに真打登場!

さて、お目当てのマティスの下の“青いドレスの女”である。これを画集で見てたまらなく魅せられたのが、背景の赤、黒の強烈な色彩対比と他の人物画ではみられない細い輪郭線をつかい美女風に描かれた顔。金髪と真っ赤な口紅が目を惹き、後ろの格子模様の赤と黒のデザイン的な色面が上から下に流れる白いフリルつきの青のドレスを引き立てている。平面的な画面構成が特徴のマティスの絵でこれほど華やかな雰囲気につつまれた絵は他にない。何時間でも見ていたくなる。

ルノワール同様、マティスの名画も度々やってくる。04年の回顧展では“切り紙絵”(04/12/9)がいくつも見れたし、05年には傑作“金魚”(プーシキン美展、05/10/25)とも対面した。念願の“青いドレスの女”に会えたので、次の狙いはポンピドーの切り紙絵“王の悲しみ”。これは来年1月に叶えられそう。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2005.10.25

マティスの金魚

199開催を待ち望んでいたプーシキン美術館展を見てきた。今年、日本で開催される西洋画の展覧会では、デュシャン展、ゴッホ展とならぶビッグイベントである。

初日の状況をみると、かなり混んでいたので、これは大変なことになりそうだと、週末は避けて、上野の東京都美術館に足を運んだ。10時に入館したのがやはり正解だった。見終わって出るころには、沢山の人がチケットを買い
求めていた。このシチューキン・モロゾフコレクションの質が高いことを皆、知って
おり、会期中、相当数の来場者があるのではなかろうか。

ロシア・モスクワにあるプーシキン美術館所蔵の作品を1990年、Bunkamuraで
あった展覧会で一度見た。実は今回の出品作中9点がこのときもでていた。チラシ
などに載ってるピカソの“アルルカンと女友達”やゴッホの“刑務所の中庭”はよく
覚えているので、本展の狙いは初めからルノワール、ゴーギャン、マティスに
決めていた。果たしてそれらがどのくらいのものか。この思いを胸に秘めながら、
開幕までの時を過ごしたといっても過言ではない。印象派、マティス、ピカソのコレ
クションではバーンズ、コートールドとならぶシチューキン・モロゾフが所蔵してたも
のだから、当然、観る側の期待値は高くなる。

入っていきなり、ルノワールの“ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で”にご対面。オルセー
にある“ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会”と比べると登場する人物は少ないが、
同じ調子の絵で、ルノワールの一級品に間違いない。チラシから受ける印象は
ちょっとタッチが粗いのかなと思っていたが、立姿の女性が着ている青い縦縞入りの
ピンクの衣装が輝いている。その隣にある“黒い服の娘たち”も素晴らしい作品。
娘の顔の輪郭はフィリップス・コレクションの傑作、“舟遊びの昼食”ほどすっき
りしてないが、印象派らしい“ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で”に比べると、白い顔や
手は綺麗に見える。この絵は初期の印象派の作風と“舟遊びの昼食”の丁度、中間
あたりの感じがする。

あまり期待してなかったモネの2点に驚いた。連作の中でも、最上位にランクされる
“ジヴェルニーの積みわら”、“白い睡蓮”である。久しぶりにモネの光の魔術を見た。
チラシを見て、これは是非見てみたいと思ったのがゴーギャンの“彼女の名はヴァイル
マティといった”。エルミタージュ美術館で“果実を持つ女”という惚れ惚れするゴー
ギャンの傑作に出会い、シチューキンの眼力に敬服していたので、今回でてくる作品
にも期待していた。この絵は期待値をはるかに上回る名画。タバコを左手にもって
るタヒチ女の肌の褐色と、髪と敷物の青、楽園を思わせる周辺のピンク、葉の黄色が
見事に配色され、平面的な絵画空間をつくっている。これほど色彩が輝いている
ゴーギャンの絵を見たことがない。

このゴーギャンの絵と右のマティス作、“金魚”に一番感動した。“金魚”は大作。
縦140cm、横98cmある。真ん中の鉢の中にいる4匹の金魚だけが濃い赤で彩色さ
れている。ここに焦点を集めようとしたのか、鉢の下のテーブルとかまわりの花の紫
や緑は薄塗りである。だから、余計に真ん中に描かれた、思い切って口をあけたり、
こちらをむいてる金魚の生命力を感じてしまう。忘れられない絵である。

他にはドニの“ポリュフェモス”やマルケの“オンフルール港”が目を楽しませてくれた。
そして、2度目のゴッホの“刑務所の中庭”、ピカソの“アルルカンと女友達”にも
また感動した。質の高いシチューキン・モロゾフコレクションを日本で鑑賞できる幸せを
噛み締めながら美術館を後にした。満足度200% なお、会期は12/18まで。

| | コメント (10) | トラックバック (4)

2005.09.10

エルミタージュのマチス

165世界美術館紀行で紹介されたエルミタージュ美術館の後編を見た。今回はロシア人コレクター、セルゲイ・シチューキン(1854~1936)が集めたマチスの作品にスポットを当てていた。

エルミタージュを訪れる前、NHKで昔、放送された美術館シリーズのエルミタージュのビデオを回し、事前に必見の名画をチェックしておいた。それでマチスのコレクションは世界有数であることを知った。現在、ここにはマチスの作品が
60点あるという。その37点がシチューキンが所蔵してたもの。

マチスの絵は近代絵画の2つの部屋に飾られている。右の“ダンス”、“音楽”、
“赤い部屋”、“家族の肖像”、“会話”、“画家の妻の肖像”、“立っている緑衣の
モロッコ人”、“アラブの喫茶店”。。。色彩の魔術師と言われたマチスの傑作が
ずらっとある。これは圧巻。平面的な画面に赤、青、緑、黄色が輝いている。

一番感動したのが“ダンス”。これを見る前、同名の絵をMoMAでみた。
MoMAのほうが先に描かれ(1909)、その後、エルミタージュのが制作されて
いる(1910)。5体の裸体が踊る構図は同じだが、一人々の表現、色の組み
合わせは断然、後の方がいい。エルミタージュのは裸体が赤になっている。

使われてる色はたったの3色。空の青、丘の緑、人物の赤。この鮮明な色調に
魅了される。5人が赤で描かれることによって、ダンスが激しく、躍動感に溢れて
るように見える。肌色の人間をなぜ赤にするのか?この絵を見てると、逆に
赤でなくては絵が成り立たないとさえ感じてくる。マチスがはじめた色彩革命
の虜になっている。絵に力があるというのはこんな作品のことを指すのだろう。

マチスに関しては、エルミタージュのマチスが最初のエポックだとすると、2番目
のそれは昨年あったマチス展(西洋国立美)。そして、今年また、日本にマチス
のいい絵がやってくる。それは、10/22から東京都美術館ではじまる“プーシ
キン美術館展”に出品される“金魚”。シチューキンコレクションはエルミタージュ
とプーシキンに分けられ、この絵はプーシキンに飾られている。“金魚”が見ら
れるなんて夢のよう。開幕が待ち遠しい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.04.13

ゴッホ美術館のドンゲン

218アムステルダムのゴッホ美術館はゴッホの作品だけでなく、印象派の画家などのいい絵が結構揃っている。

お気に入りはモネの3点、その1点“球根畑と風車”が今、東近美のゴッホ展に展示されている。昨年この絵をここで観た時はワオーてな感じで、大変感激した。色使い、筆のタッチはモネもゴッホも変わらない。ゴッホがこの絵を描いたと言われても分からないかもしれない。

点描画家、スーラの“クールボアのセーヌ河”は小さな絵だが色の組み
合わせが秀逸。ゴッホと仲がよかったロートレックの作品にもいいのがある。
ひとつは“ゴッホの自画像”、もう1点は“テーブルのそばの若い女性”。

この美術館はルドンなど象徴主義の芸術家の作品やゴッホの影響を受けた
オランダ人画家の絵も収集している。右の絵はキース・ヴァン・ドンゲンが
描いた“画家の妻、ヒュース・プライテインゲルの肖像”。ロッテルダム生まれ
のドンゲン(1877~1968)はゴッホの強烈な色彩に触発され、マティス、
ブラマンク、ドランらと共にフォービズムと呼ばれる新しい絵を描きはじめる。

1911年頃制作されたこの妻の肖像画を昨年見たときはドキッとした。フォー
ビスムらしく背景には赤を使い、衣装の青、肌の白と強いコントラスをなして
いる。女性は官能的で洒落ている。ドンゲンの絵をみる機会は少ないのだが、
この絵はエルミタージュ美術館(拙ブログ04/12/30)にある絵と同じくら
い魅力的。

ドンゲンという画家には竹久夢二の“黒船屋”という絵をレビューしてる時、
偶然出会った。その後、この画家の絵が高いレベルにあることに気づいた。
自由行動のとき訪ねたアムステルダム市立美術館にも女性を描いたいい絵
があった。ドンゲンの作品をいくつも観れたのはこの旅行の大きな収穫。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.12.30

ヴァン・ドンゲン

183これまで知らなかった美術家の素晴らしい作品に出会ったときほど楽しいことは無い。今日と明日は今年出会ったそんな作家をとりあげたい。

右の絵はオランダの画家ヴァン・ドンゲンの“黒い帽子の女”。エルミタージュ美術館に飾られている作品だ。この絵には5年前、エルミタージュで会っているはずだが、マチスの絵の印象が強く、おなじフォービズムに属するこのドンゲンの絵はまったく覚えてない。

その絵が9月、伊香保で観た竹久夢二の名画“黒船屋”の先行作品をみ
つけているときに偶然手元にあった図録から飛び出てきた。この綺麗な絵
を観た時、夢二が黒船屋を描くとき刺激をうけたのはこの作品ではない
かと直感した。

竹久夢二が黒船屋を描く際、ドンゲンが描いた“猫を抱く女”の構図をまね
たことは知られている。猫を抱く女は黒船屋が描かれた1919年より11年
前の1908年の作品。夢二はこの絵だけでなく、右の黒い帽子の女も見
たのではないか。この絵も1908年に描かれている。緑の衣装と帽子を被
ったきれいな顔立ちの女性を日本人に変えたのだろう。夢二式美人の
特徴は体形が細長いのと大きな目であるが、この大きな目はこの黒い帽
子の女から生まれたのではないか。

ヴァン・ドンゲンという画家は最近まで知らなかった。ひろしま美術館、パリ
の市立近代美術館の図録にも載っているのに記憶がないのは、絵の印象
が薄かったのだろう。黒船屋を見て以降、ドンゲンの絵を意識するように
なると、不思議なものでドンゲンの絵がこちらに向かってくる。10月、アム
ステルダムのゴッホ美術館でいい絵を観た。これは同館の名画100選
に入っている。そして、国立西洋美術館でも“カジノのホール”が常設展示
されていた。

ヴァン・ドンゲン(1877~1968)は1899年パリに移り、マチス、ブラマン
ク、ドランらと知り合い、ゴッホの色使いに刺激をうけたフォービズムの一角
をなしている。キャバレーの芸人などを強烈な色彩で描いた女性画が多く、
後年にはその女性の体つきは10頭身もあるくらい細長くなってくる。なぜ、
こんなに長くなったのかわからない?ひょっとすると、日本からやってきた
鳥居清長や写楽のあの細長い人体を見たのかもしれない?これは今後の
テーマ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2004.12.09

マチスの切り紙絵

 641
国立西洋美術館で開かれているマチス展の終わりが近づいている。今回の出品作は名画揃いだった。

ポンピドーセンターは過去2回マチスの名品を持ってきたが、このマチス展で主要な作品はおおかた公開されたのではないか。

マチスの魅力はなんと言っても、色使いだ。色に対する感覚は天賦の才と言われる。努力しても身につけられない能力である。よく、デッサン力は鍛錬によって上手くなるが、色使いと構図は生まれもったセンスという。


切り紙絵“ジャズ・イカロス”をみると、マチスの色彩感覚は歳をとるにつれ衰えるどころか、逆にさらに研ぎ澄まされている。大病後は絵筆が自由に使えなくなり、切り紙絵を制作するようになるが、形はシンプルになり、子供の遊びに似てくる一方、色使いは逆に一段と冴えてくる。色に対する感覚が強まったのではないだろうか。ブルーヌードやジャズシリーズの一点々の色の配色をみるとカラリストとしての才能がリファインされ、21世紀の現在でも通用する超一流のデザイナーに変身している。

エルミタージュ美術館でみた“赤の調和”、“家族の肖像”、“音楽”、“ダンス”(1908~1911年)の赤にも心をうたれるが、晩年の切り紙絵にあらわれる色合いはもっとシャープで現代的な感じがする。やはり、マチスは色の魔術師だ。ピカソの画風が晩年、ちょっとごちゃごちゃしてきたのに対し、マチスの絵はいっそう魅力的になってるように感じられる。


| | コメント (4) | トラックバック (1)