2009.02.28

ピカソのやさしい絵と激しい絵!

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ピカソがわかりにくいキュビスムの絵だけを描いていたなら、この画家に対する興味はそう大きくはならなかったろうが、この天才画家は表現したいモティーフをいろいろな描き方で制作しており、その中には心をとらえて離さない名画がいくつもある。今日は‘ゲルニカ’と同じく、ぞっこん惚れている絵をピックアップした。

★黄色い髪の女 (1931) : NY,グッゲンハイム美 (上の画像)
★夢 (1932) : NY,ヴィクター・W・ガンツ夫妻蔵 (真ん中)
★泣く女 (1937) : ロンドン、テート・モダン (下)

‘黄色い髪の女’は04年、Bunkamura主催の‘グッゲンハイム美展’で日本にやってきた。この展覧会が開催されているとき、上野ではちょうど‘マティス展’があり、そこに‘黄色い髪の女’とよく似ている‘夢’(1940)が出ていた。もし、‘どちらか好きな方を差し上げる‘と言われたら、即座にピカソの絵と答える。

モデルをつとめたマリ=テレーズはピカソの暴力的ともいえるストレートな欲望をまったく鎮めてしまうほど清らかな女性だったのだろうか。このやさしい寝姿を見ていると、そんな女性をイメージする。

この絵の翌年に描かれた‘夢’はまだお目にかかってない。見たい度のすごく高い絵で、これと会えたら心臓がバクバクしそうな気がする。個人蔵だが、これまで展覧会に出品されたことがあるのだろうか?NYの有名な画廊のようなところで見られるのなら、次回美術館めぐりをするときは、万難を排して出向くのだが。

これと同じくらい好きなのがテート・モダンにある‘赤い肘掛椅子の裸婦’(1932)。昨年、テートで会えるものと期待していたが、ふられてしまった。

‘泣く女’は上の2枚のやさしいい絵とは対照的にとても激しい絵。別ヴァージョン(拙ブログ07/3/25)がマドリッドの国立ソフィア王妃芸術センターにあるが、テートのほうが断然いい。あふれ出る涙が三角形の白い面であらわされている。

ドイツ表現主義の画家たちも人間が発する怒りとか悲しみをピカソほどにはとげとげしい直線は使わないが、体をゆがませたりして描いている。ピカソと表現主義派が同じ悲しさを表現しても、見る者の共振度は随分違う。

ピカソの‘泣く女’を見て、‘ドラ・マールはヒステリックに泣いてるが30分もたつとけろっとして、またパリの街にとびだしていくのだろうな’とすぐ思う。これはいうなれば瞬間的な悲しみ。感情の起伏は大きいが長く続くとも思えない。感情の爆発をピカソはキュビスムの描き方で表現した。まさに天才の芸術!

これに対して、グロスやベックマンが描く悲しみの情景は腹にズシンとこたえ、共感する悲しみは心の奥深くに長くとどまる。ワーグナーの歌劇みたいに粘っこいのである。

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2009.02.27

Bunkamuraのピカソ・クレー展

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Bunkamuraで現在開かれているノルトライン=ヴェストファーレン州美蔵の‘ピカソ・クレー展’(1/2~3/22)は目玉のクレー作品を3年前川村記念美で見たから、パスと決めていた。

が、チラシに使われているピカソの絵が頭から離れず、これを見逃すと悔いを残すかなという気分があるような無いような。背中を押してくれたのは美術本。最近読み終えたイヴ=アラン・ボア著‘マチスとピカソ’(日本経済新聞社 00年6月)にもこれが出てきた。そして、何気なしに手にとった本に今回展示してあるマックス・ベックマンの絵があった。‘ええー、これが出ているの!’ で、この2点を見るために渋谷へ足を運んだ。

★ピカソの‘鏡の前の女’(上の画像)
★ベックマンの‘夜’(真ん中)
★シャガールの‘祝祭日(レモンをもつラビ)’(下)

‘鏡の前の女’(1937)は大きな絵で、期待値以上の傑作だった。この美術館の自慢がクレー作品ということは川村記念美での鑑賞でよくわかったが、こんないいピカソがあったとは。ピカソで好きなのは同じキュビスムでも対象を丸く表現した絵。例えば、昨年国立新美&サントリー美であった回顧展に展示された‘ドラ・マールの肖像’(拙ブログ08/10/24)とか‘読書’のように、鋭角的な形とか直線が少なければ少ないほどいい。

‘鏡の前の女’はNYのMoMAにある‘デッサンする少女のいる室内’(1935)やポンピドーの‘ミューズ’(1935)と画面の構成はよく似ているが、女の体の描き方が違っている。足をほかの2つのように前にのばしておらず、あぐらをかいている感じで、鏡の横にある花瓶同様、女の体は丸みをおびている。この柔らかさがとてもいい。いっぺんに好きになった。もう一点、新古典主義時代に描かれた大作‘二人の座る裸婦’(1920)にも圧倒された。

強烈な画面だったのがベックマンの‘夜’(1918~19)。息苦しくなるほどすごい絵である。‘この絵は何を描いているのだろう?’と隅から隅まで神経をピリピリさせながら見た。左の首を吊られている男は苦しそう。これほど残虐なシーンを見たのははじめて。

右で手を縛られ両足を大きく広げている女の顔は見えないが、苦痛で悲鳴をあげているにちがいない。その隣でレーニンみたいな顔をしている男に体を抱えられ、涙を流している女は娘だろうか。赤い衣服の先に出ている足はぐにゃっと上のほうに曲がっている。どんな理由かわからないが、これは一家が惨殺される場面。

ドイツ表現主義でもベックマンとグロスが描く絵からは半端ではない衝撃をうける。日本の地獄絵を見るのは好きだから、こういうタイプの絵はもうイイやということはない。この二人の回顧展とか表現主義展にいつか遭遇しないかなと願っている。

シャガールの絵はオマケだったが、これはただのオマケではない。手元にあるTASCHENのシャガール本には‘祝祭日’(1914)も‘バイオリン弾き’(1911)も載っている。ラビの頭にどういうわけか小人のラビが、これって昨日紹介した春信の浮世之介に似てない!

館自慢のクレーは全作品57点のうち27点ある。お気に入りは‘頭も手も足もハートもある’(06/7/4)や‘黒い殿様’やチラシに使われている‘駱駝’。一度みているのでさらっと見て館を出た。

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2008.10.26

国立新美&サントリー美の巨匠ピカソ展 その三

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170点を展示する国立新美のテーマは‘愛と創造の軌跡’。これに対し、60点のサントリー美は‘魂のポートレート’。

ピカソが女性への愛や時代の空気、社会状況にたいする内面の揺れを表現するとき、その表現方法はいろいろ変化する。丸っこい顔をした清楚な女性が静謐な雰囲気につつまれ眠っていたり夢を見ている作品がある一方で、‘泣く女’や‘ゲルニカ’のように、大胆にデフォルメされた人物や動物なのに、内面の苦しみや悲しみが強烈に伝わってくる絵もある。

ロンドンのテート・モダンで‘3人に踊り子’(1925、拙ブログ2/11)を見たとき、ピカソのキュビスムというのは喜びにしろ悲しみにしろ感情を暴力的なほど激しく表現するにはもってこいの描き方だなと思った。上の絵は‘磔刑’(1930)。これをみるとカラリスト、ピカソを強く意識する。黄色や赤、緑、青の原色が目を楽しませてくれるので、ここに何が描いてあるのかはどうでもいいのだが、タイトルが‘磔刑’となっているので、古典画を思い起こしながらピカソ流の宗教画と向き合った。

十字架に磔にされたキリストやまわりにいる人物の体は‘3人の踊り子’のように極端に長細く、また手を上にあげている。左で口を大きく開けた人間は悲しみに暮れているのであろう。この口を開けて顔をそっくり返し声を発する姿は‘ゲルニカ’(07/3/25)に描かれた右の女にも見られるが、これをみるといつも昔楽しんだ谷岡ヤスシのギャグ漫画を思い出す。どうでもいいことだが、ニワトリの‘アサー!’はゲルニカにヒントを得たのだろうか?!

真ん中の‘コリーダ:闘牛士の死’(1933)は04年、東京都現代美にも出品された。これほど鮮烈なイメージが体に植えつけられる絵はそうない。視線は牡牛に一撃を食らって耐え難い苦しみを味合わされている白い馬に集中する。思いっきり曲がった首が痛々しい。

エネルギーの塊のような茶褐色の牡牛は古代社会における圧政の王のような感じで、背中にKOした闘牛士を乗せている。題名は‘闘牛士の死’となっているが、首が胴体から離れているように見える闘牛士より、白い馬と牡牛のほうが数倍インパクトがある。可哀そうな白い馬と強い牡牛は3年後に描かれたミノタウロスの絵、そして1937年の傑作‘ゲルニカ’にも登場する。

92歳まで生きたピカソが晩年に制作した絵は画面構成がゴチャゴチャしすぎで、退屈な絵が多いが、下の88歳のとき描いた‘接吻’(1969)は例外的に惹きこまれる。ピカソのお相手は2番目に妻、ジャクリーヌ・ロック。でも、‘抱擁’(1970)となると‘もういいよ!’という感じ。大回顧展をみたからピカソは当分お休み。

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2008.10.25

国立新美&サントリー美の巨匠ピカソ展 その二

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ピカソの絵が全部が全部好きというわけではないから、大回顧展とはいえ二つの会場をじっくり時間をかけてみることはしない。関心があるのは若描きの作品、カラリスト・ピカソ、彫刻のような人物画、そしてゲルニカ。

対象が三角錐とか四角柱など鋭角的な線や角々した面でデフォルメされた作品は好みではない。だから、同じキュビスム作品でも丸いフォルムが多い作品の前にいる時間が長い。

上のピカソ、青の時代の傑作、‘自画像’(1901)を久し振りにみた。現地で見た時もこの絵と昨日取り上げた‘ドラ・マールの肖像’に一番感動したが、今回も同様の思いである。ピカソというと晩年の頭の毛がなく、鷲のような鋭い大きな目がすぐ思い浮かぶから、20歳のころのピカソがこんな頬骨がでた筋肉質タイプの人間だったとは思えない。こういう顔でありたいという願望が入った自画像というべきだろう。

背景、衣服、髪の毛が青一色で描かれ、青白い顔を浮き上がらせてる。口ひげ、あごひげに色調を抑えたゴールドが使われているが、当時はそんなところまで見てなかった。バラの時代の‘二人の兄弟’(1906)も好きな絵。ワシントンナショナルギャラリーで見た‘サルタンバンクの一家’(1905、拙ブログ4/16)に描かれた人物を連想した。

ピカソが古典主義の絵画に刺激を受けて描いた彫刻のような絵が今回、4点ある。‘座る女’(1920)、大作の‘手紙を読む’(1921)、真ん中の‘海辺を走る二人の女’
(1922)、そして目を見張らされる大きな絵‘牧神パンの笛’(1923)。どれも魅力的だが、動きのある‘海辺を走る二人の女’が最も印象深い。

03年、上野の森美で再会したときはもっと大きな絵ではなかったかと思ったが、実際は小さな絵。絵というのはおもしろいもので、二人の女性の横や上にあげた太くて長い手やボリューム感のある足が鮮烈にインプットされていて、大きな絵というイメージができあがっていたのである。

今回、じっくりみたのが記憶がだいぶ無くなっており、初見同然の‘牧神パンの笛’。肌に光が当たっているところがくっきり描かれ、陰影もつけられているから、生命力あふれる若い男の体は彫刻のようにみえる。しばらく立ち尽くしてみていた。

下のユーモラスでエロティックな‘海辺の人物たち’もお気に入りの絵。デフォルメされた人体はどこがどうなっているのかわからないが、乳房が見え、舌を出しているから海辺で楽しんでいる男女であることは容易にイメージできる。このフォルムをもう少しそぎ落としてスッキリさせると、いい彫刻作品になる。

キュビスム絵画が楽しいのは対象を分解して、それらをいろんな視点から再構成し絵画空間を立体的にみせてくれるところ。だから、彫刻のように見えれば見えるほど惹きつけられる。こういう丸っこいキュビスム作品なら何点あっても見飽きない。

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2008.10.24

国立新美&サントリー美の巨匠ピカソ展 その一

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パリの国立ピカソ美術館は一度訪問したことがあるが、だいぶ前なので、美術館の記憶はかなり薄れている。現在,改装工事中のようで、そのお陰で所蔵作品約230点が日本にやってきた。国立新美とサントリー美の2会場で展示される(10/4~12/14)。お隣さんの美術館だから、どうせなら続けて見たほうがいい。

この美術館蔵によるピカソ展は過去2回(03年上野の森美、04年東京都現代美)開催されており、これらに今回の作品を加えれば(30数点は二度目の登場)、館蔵品の主だったものはほとんど展示されたことになる。パリに行かないでピカソ、ピカソで頭も心も満腹状態になれるのだから、日本は本当に美術大国。作品を館毎でなく一緒にして、いくつか取り上げて見たい。まずはお気に入りの女性画から。

上は最も気に入っている‘ドラ・マールの肖像’(1937)。これは館の図録でもこの展覧会でも表紙に使われている。キュビスム流の顔の描き方だから横顔がダブルで重なっているが、それほど違和感がなく美しい女性の肖像画をみている感じ。口びる、瞳、手の指のマニキュアの赤と手と顔の黄色の対比が目に焼きつく。モデルをつとめたドラ・マールはたとえキュビスム風に描かれても見る者をこれほど惹きつけるのだから、それはそれは華のある女性だったにちがいない。

が、彼女が感情を昂ぶらせて泣き出すともう手に負えない。‘泣く女’(テート・モダン)やマドリードの国立ソフィア王妃芸術センターにある別ヴァージョン‘ハンカチをもって泣く女’(拙ブログ07/3/25)では顔は先の尖ったガラスの破片を突き刺したように描かれている。どちらも同じドラ・マール。内面の動きを強烈に表現するにはキュビスムの描き方が一番合っている。

真ん中もお気に入りの‘読書’(1932)。ピカソの作品で最も好きなのは画面のなかに直線はわずかしかなく女性の体が丸みをおびたやわらかい線で描かれているもの。Myベスト3(順位なし)は‘黄色い髪の女’(1931、NYグッゲンハイム)、まだお目にかかってない‘夢’(1932、NYガンツコレクション)、そして‘読書’。

‘読書’は04年の東京都現美にも出品されたから、4年ぶりの対面。女性の体は紫で描かれている。乳房や曲がった手はきわめて平板に描かれているのに、顔だけは鼻のまわりが彫刻のように立体的。‘夢’との対面をもう何年も待っているが、なかなか実現しない。‘夢’のすれ違いに終わるのだろうか?

下は角棒や角箱を組み合わせたような‘膝をかかえるジャクリーヌ’(1954)。ジャクリーヌ・ロックはピカソが72歳以降、一緒に生活した女性。全体のイメージは角々していて硬い感じだが、鋭い目をした横顔に視線が集中する。すごく理知的な雰囲気をもった女性である。

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2008.02.11

テート・モダン その一 マティス  ピカソ

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2000年に開館したテート・モダンはテムズ川南岸のサザーク地区にある。セント・ポール大聖堂があるほうから歩行者専用のミレニアムブリッジを進んでいくと正面に高い煙突(99m)のある建物が近づいてくる(上の画像)。元火力発電所がモダンアートの殿堂に生まれ変わったのである。インパクトのある外観はおよそ美術館らしくないが、中に入ると洗練された展示室に飾られたモダンアートの数々が目を楽しませてくれる。

フロアは7階まであり、3階と5階が常設展示に使われている。細長い展示室は2つの階とも左右でひとつの括りになっているから、20世紀以降の近代絵画、抽象絵画、現代アートの作品は全部で4つの切り口にグルーピングされ展示されている。3階の左は“詩と夢”というワーディングになっていたが、いつもこういうまとめ方なのかはわからない。で、これにはあまりこだわらないで必見リストを参考にして、徐々に目を慣らしていった。

ここで思わぬ作品と遭遇した。それは真ん中のマティス(1869~1954)が39歳のときに描いた“グレタ・モルの肖像”。これはナショナル・ギャラリーで見る予定になっていた作品。この絵だけでなく、前回見逃したピカソやクリムト、ルドンの絵と併せて対面を楽しみにしていたのに、いずれも見当たらなかった。で、“全部貸し出し中か!しょうがないな”と諦めていたが、実はここテート・モダンに移管されていたのである。隣にクリムトの“ヘルミーネ・ガリア”もあった。

このクリムトの絵は色が薄く、期待値の半分だったが、マティスの肖像画は思い描いていた通りのいい絵だった。モデルはマティスが一時期、美術学校の先生をしていたときの生徒。この絵で魅せられるのは“マティス夫人(緑のすじのある肖像)”(コペンハーゲン国立美術館蔵)同様、色の使い方はフォービスムだが顔の表情や体の形が写実的に描かれているところ。とくに卵型の顔に心が和む。

マティスの作品は4,5点あったが、この肖像画とともに感動したのが緑、青、赤など8つの色の紙を四角に切って貼りつけた“カタツムリ”という作品。どうしてこのフォルムがカタツムリなのかわからないが、その大きさと印象深い色の対比に心を奪われた。

ピカソ(1881~1973)は若い頃の“シュミーズ姿の少女”をはじめ、代表作のひとつである下の“3人の踊り子”、晩年の名作“首飾りをした裸の女”など刺激的な作品がいくつもあった。ピカソのいい絵をこれだけ沢山みたのは久しぶり。狂ったように踊る姿が伝わってくる“3人の踊り子”を見ていると、ピカソにとってキュビスムという技法は喜びや悲しみ、怒りといった人間の感情や体の動きを自由に表現するための手段だったことがよくわかる。

二重丸をつけていた“赤い肘掛椅子の裸婦”が見れなかったのと“3人の踊り子”とともに再会を心待ちにしていた“泣く女”がなかったのは残念だが、朝鮮戦争の勃発に触発されて制作した灰色の絵“山羊の頭蓋骨、瓶、蝋燭”とも遭遇したから、大きな満足が得られた。

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2007.03.25

ピカソのゲルニカ

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国立ソフィア王妃芸術センターでピカソの傑作、“ゲルニカ”と再会した。前回みたのが
90年だから17年ぶりの対面である。場所はここではなく、プラド美術館の別館。縦
3.5m、横7.8mの大画面に白黒のモノトーンで描かれたこの歴史的な絵は防弾ガラスの囲いの中に閉じ込められていた。

ソフィアに移ったのは93年。てっきりいまでもガラスのなかに入っているのだろうと予想していたが、これはいい方にハズレた。入館する際、持ち物はチェックされるからもうガラスのなかに入れておく必要がないのだ。ソフィアセンターの訪問はゲルニカ鑑賞のためだけ。男性の現地ガイドさんはここにあるほかの現代絵画や彫刻作品などについては一切説明しないで、わき目も振らず3階の“ゲルニカ”が常設展示してある部屋に誘導していく。

“皆さん、これが有名なピカソのゲルニカです。ええーこの絵が。。。”このガイドさんは“ゲルニカ”が制作された時代背景、絵の見所、描写の特徴などを美術史家のように滔々と熱く語る。ご高説は割愛させてもらい、ゲルニカのまわりに飾ってある下絵やピカソのほかの作品、そしてミロの絵やゴンザレスの彫刻などをイヤホンで説明の時間経過を確認しながら、3回くらいまわってみた。

迷宮美術館が以前とりあげたゲルニカの制作過程のなかで、ピカソが本画を描く前の下絵(45枚)の段階でモティーフの表現の仕方をいろいろ模索したことをかなり丁寧に解説してくれていたから、これらの下絵を食い入るようにみた。例えば“泣く女のデッサン”は白黒のほかに赤と青が部分的に使われており、この絵がはじめからモノトーンにすると決まってなかったことが窺がえる。本画の右手前にいる腰をかがめ異様に大きな足を広げ前に進む女の左目には完成直前まで赤い涙が描かれていたという。で、レクチャーの輪の中に戻り、女の目元をみた。赤い涙はたしかにない。

ゲルニカのなかで感情を揺り動かされるのは、左側の牡牛の下に描かれた死んだわが子を抱きかかえ号泣している女、真ん中で傷を負い首をよじらせていなないている馬、そして絶望のあまり発狂寸前のパニックに陥いり、両手を上にあげている右側の人物。ピカソは牡牛や馬、泣く女を登場させ、戦争の恐ろしさや悲惨さを象徴的に表現した。戦争の犠牲になった人間の苦しみや悲しみが対象の極端なデフォルメとゆがめられたフォルム、モノトーンで表現されたこの絵はリアルな戦争画以上に見る者に訴える力を持っている。プラドでみたゴヤの“5月3日の処刑”同様、200%心をうたれた。

真ん中の絵は“ゲルニカ”の手前にあった“ハンカチをもって泣く女”。ロンドンのモダンテーにある“泣く女”の別ヴァージョンで、“ゲルニカ”が制作された1937年と同じ年に描かれた。ピカソの作品はほかにも彫刻を含め沢山展示してある。ガイドさんの名調子の解説がなかなか終わらないので、隣の方をつついて下絵や“泣く女”、ミロの名画のところへ連れていった。

大好きなミロの絵が4、5点あった。これはビッグなオマケ。下はその中で一番ぐっとくる大作、“カタツムリ・女・花・星”。館のパンフレットに載っているシュルレアリスト、ダリのいい絵も見たかったが、迷い子になって皆さんに迷惑をかけてはいけないから諦めて、一緒にトレドへ向かうバスに乗り込んだ。

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2005.07.27

ジャン・コクトー展

128日本橋三越で開催中のジャン・コクトー展をみてきた。ここは図録を買うといつも次回展覧会の招待券をくれるので、最近はずっと得した気分。

チラシに載ってる“横顔”に似たような絵が1993年、名古屋の松坂屋であったコクトー展でも出ていた。コクトーの作品をみたのはこの展覧会しかないので、今回はどんなのが出てくるのかと期待度は高かった。

松坂屋のときは没後30年を記念し300点くらい出たが、この三越展は250点。
家に帰って、出品作をチェックすると、これはというのがいくつか重なっていた。
同じコレクターのものを持ってきたのかもしれない。

コクトーはマルチアーチストである。本業は詩人や小説家なんだろうが、バレエ
や演劇の演出家であり、画家でもある。もっぱら画家としてのコクトーしか縁が
なく、ピカソを思わせる作風をすぐイメージする。今回も“キュビズム風の顔”
、“メルクリウス”、“恋人たち”、“9人の沈黙の婦人”などに惹きつけられた。
パステル画が大半を占めるが、油彩にも輝いている絵があった。前にも見た
“ファヴィーニ夫人とその娘”、“眠る女”。とくに黒を背景に使い、顔も黒くして
いる“眠る女”はハットさせる作品。

会場にはコクトーと親交のあったサティの曲が流れ、映画で用いられたオブジェ
の複製が展示してある。コクトーの展覧会に相応しい展示空間をつくろうという
主催者の意欲が感じられ、好感がもてる。コクトーはピカソと同じく、陶器を制作
している。陶器の形とマッチした“中世の女”、“三つの目”が面白い。また、
ブロンズやブローチなどもある。

一番気に入ったのがタペストリー。中でも、大作の“ユディトとホロフェルネス”と
細長い色面で顔を構成した“二つの顔”に感動した。二度目の右の“ユディトと
ホロフェルネス”は見ごたえ充分。眠りこけてる兵士はデフォルメしてるが、写実
的に描かれてるのに対し、真ん中のユディトの形とユディトに首をとられたホロ
フェルネスはかなり戯画的。リアルで凄みさえ感じるカラヴァッジョの同名の絵
とはカテゴリーの違う絵であるが、不思議な魅力がある。

コクトーの天才ぶりを窺うことの出来る貴重な展覧会であった。なお、この展覧
会は7/31までやっている。

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2005.02.11

ピカソの肖像画

Scan10043迷宮美術館でコレクターの話をしていた。アメリカ人のガートルード・スタインという女流作家は兄とともに美術愛好家としてパリでピカソやマチスの絵を買っている。

最初、彼女はマチスのフォーヴィスム作品を評価し、1905年に描かれた“マティス夫人(緑のすじのある肖像)”を購入し、当時お金に困っていたマティスを喜ばせている。

この絵は、対象物が持っている色ではなく、自分が感じた色で表現するというフォーヴィスムの代名詞のような作品。顔の真ん中に緑のすじが描かれている。まだ見たことが無いが、実物は強烈なインパクトを持っていそう。いつかお目にかかりたい絵だが、
コペンハーゲン国立美術館はちょっと遠い。

ガートルード・スタインはピカソがキュビスムの絵を描くようになると、こんどはピカソに
肩入れするようになる。そして、25歳のピカソは彼女の肖像を描いている。
右の“ガートルード・スタインの肖像”(1906年)である。メトロポリタン美術館でみた
時からかなり最近まで、この絵は男性の肖像とばかり思っていた。
ガートルードは80回以上もポーズをとったが、ピカソの筆は進まなかったようだ。
そのため、一旦中断し、ピカソはスペインに帰る。そのとき、ゴソルというピレネー地方
の小村で目にした素朴なロマネスク彫刻に霊感を受け、仮面を思わせる顔をした
肖像画を描きあげている。細部にとらわれず、ガートルードの顔を彫刻的に表現している。キュビスムを予感させる絵である。

ピカソは“モデルに似てないな”という世間の批評を全然気にせず、
“そのうち彼女の方が、この絵に似てくる”と言ったという。

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