2013.03.28

MoMA(6) お目当ての未来派に釘づけ!

Img_0002     セヴェリーノの‘舞踏会のダイナミックな象形文字’(1912年)

Img_0004_2     ボッチョーニの‘去る者’(1911年)

Img_2     ミロの‘鳥に石を投げる人物’(1926年)

Img_0001_2     デ・キリコの‘モンパルナス駅(出発の憂鬱)’(1914年)

何年か前ローマの国立近代美術館を訪問したとき大いに魅了されのが未来派の作品。幸いなことに2度も縁があったので、セヴェリーノ(1883~1966)やボッチョーニ(1882~1916)、バッラ(1871~1958)の作品にだいぶ目が慣れた。

といっても、未来派が展示されている美術館は限られているから体験した作品は印象派との比較でいうと月とスッポンくらいの差がある。イタリアでほかにみる機会があったのはミラノのブレラ美とヴェネツィアにあるグッゲンハイム美、イタリア以外の美術館で未来派とむすびつくところはどこ?

パリのポンピドーやロンドンのテート・モダンはボッチョーニがあった?という感じ。これに対しMoMAは未来派をしっかりコレクションしている。今回お目当ての作品は5点、バッラの‘アマツバメ’とボッチョーニの‘蜂起する都市’はダメだったが、3点はヒットした。まあ1点か2点みれれば御の字かなと思っていたから想定外の成果。

セヴェリーノの‘舞踏会のダイナミックな象形文字’はワクワクするような絵。右下に書かれた文字‘VALSE’はワルツ、これはピカソの総合的キュビスムの手法。壊れたガラスの破片を連想させるフォルムを複雑に重ねて密度の濃い空間をつくり、そこに踊り子や人物の顔を断片的描き込んだり全身像を小さく思いつくままに配置している。

ボッチョーニの作品は三部作‘心の状態’の一枚、‘別れ’、‘去る者’、‘あとに残る者’が並んで展示してあった。この‘去る者’に描かれた彫刻的な造形をもつ顔が目に焼きつく。幾筋もの斜めの線により心がめざすところへどんどんへ向かってる感じ。こういう時間を表現している作品は想像力をいろいろ掻き立ててくれるので絵に力がある。

しばらくこの顔をみているとある絵が思い出された。それは香月康男の‘シベリアシリーズ’に描かれた人物の顔、ひょっとすると香月はボッチョーニの絵をみたのかもしれない。

ミロ(1893~1983)の‘鳥に石を投げる人物’の前では思わず足がとまった。フィラデルフィア美にあった‘月に吠える犬’同様、こんなへんてこでおもしろい絵にでくわすと抽象度の強い現代アートとはいえいっぺんにリラックスモードになる。たしかに子どもが鳥に石を投げて遊んでいる場面が目に浮かぶ。

デ・キリコ(1888~1978)の‘モンパルナス駅’は1993年日本で開催されたMoMA展に出品された。そのときの疑問がまだとけない。どうしてこの孤独感の漂う静かな空間に大きなバナナが登場するのか?デ・キリコにとってバナナは何を意味するのだろうか?不安な気持ちにつつまれる今の状況から解放されてバナナに象徴されるまったりした南国の世界に身を置きたいとふと思ったのだろうか?

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2010.03.08

ビバ!イタリア  国立近美(1) バッラと再会!

1333_3   バッラの‘争いの内側’

1334_2        ボッチョーニの‘フェルッチオ・ブソーニの肖像’

1332_3   ヴィルトの‘指揮者トスカニーニの肖像’

1335_2          モディリアーニの‘アンナ・ズボロフスカ’

ボルゲーゼ公園のなかにある国立近代美術館は二度目の訪問。4年前は改築工事のため一部が閉鎖されていたので、そのときみれなかった作品に期待して入館した。

一番の楽しみは未来派、とくにバッラ(1871~1958)の絵。その数は突出して多く、前回見た絵(拙ブログ06/5/27)や‘争いの内側’など13点。そのなかには初期の点描風の風景画や女性を描いたものが3点あるが、残りは目の覚めるような青や赤、白で切れのいいフォルムを構成する躍動感あふれる絵。これぞ、未来派!浮き浮きしながらみた。

ボッチョーニ(1882~1916)は彫刻1点と絵画が4点。とても惹きつけられるのがセザンヌの画風を思わせる‘フェルッチオ・ブソーニの肖像’。肖像画は目が命だが、横向きでこちらをじっとみつめるブソーニはすごく精神のどっしりした大きな人物に思えてならない。

バッラ同様作品の数が多いのがデ・キリコ、自画像3点を含め全部で11点ある。また、デュシャンもお馴染みの便器や自転車の車輪などを11点揃えている。今回再会を楽しみにしていたクリムトの‘女の生の三段階’は姿が見えず?ええー、という感じだが、貸し出し中だった。残念!

ここは近現代イタリア彫刻の宝庫。前回とても気になったのがアドルフォ・ヴィルト
(1882~1931)。3点とも顔にインパクトがあり、ヴェネツィアのカーニバルで人々がつけている仮面を連想する。上半身の指揮者トスカニーニの像もそうだが、顔しかないマゾリーニは仮面そのもの。

また、角々した顔が特徴のメリの作品やマルティニの‘アテナ’、ジャコメッティの極細の人物像にも足がとまる。沢山あるはずのルーチョ・フォンタナがなぜか1点も展示されてなかった。特別展をやっていたので休憩中?

モディリアーニ(1884~1920)の‘アンナ・ズボロフスカ’はTASCHEN本に載っている有名な絵なのに、前回どういうわけか記憶がない。たぶん貸し出し中だったのだろう。とてもいい絵。アンナの瞳は黒いので親近感がわき、つい声をかけたくなる。これは大きな収穫。

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2009.06.30

MoMAのバッラ・ボッチョーニと再会したい!

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ニューヨーク近代美術館(MoMA)はこれまで2回訪問した。前回は93年とだいぶ前のことだから、谷口吉生の設計により04年増改築されたNEW MoMAはまだお目にかかってない。昨年のアメリカ美術館めぐりがいいチャンスだったのだが、日程のめぐりあわせが悪く休館。来年こそは久しぶりのグッゲンハイム、ホイットニー美とあわせて足を運ぼうと思っている。

MoMAでは作品の展示の仕方が変わったから、一体どんなものが常時みれるのか見当がつかない。手元にある館の図録に載っている作品で不運にも見れなかったものをまずリカバリーして、次にお気に入りの絵とまた会うというのがベストシナリオ。再会したい絵は沢山あるが、そのなかに未来派も当然入っている。

★バッラの‘街灯’(上の画像)
★ボッチョーニの‘サッカー選手のダイナミズム’(真ん中)
★ボッチョーニの彫刻‘空間における単一連続体’(下)

‘街灯’(1909)ははじめて見たバッラ(1871~1958)の絵だから、印象深い。現地でも見たが、日本にも2回やってきた。93年に上野の森美であったMoMA展と04年の森美の‘モダンってなに?’。MoMAの所蔵品は過去に結構公開されているから、NYに行かなくてもピカソやマティスなどの近代絵画や抽象絵画、そして現代アートの名品は楽しんでいる。

数限りない赤や青、黄色のV字の記号で表現された街灯の光はいろいろなことを連想させる。線香花火がパチパチ音を立てて燃えてるところとか、光に引かれて集まってくる蛾の群れ、核爆発のときにでる閃光とか光速に近いスピードで正面衝突させられた陽子から生まれる巨大なエネルギーなど々。未来派というとこの絵がすぐイメージされる。

ボッチョーニ(1882~1916)の‘サッカー選手’(1913)も01年上野の森美に展示された(3回あったMoMA展の最後)。これはわかりにくい絵。未来派の絵に精通している専門家でないと、画面からサッカー選手はとらえられない。真ん中で円運動をしているように見える京都のお土産、‘生八橋’みたいな抽象的な形態の重なりが選手の動きを表現しているのだろうか。その選手たちのダイナミックな動きにまわりからスポットライトを当て讃えている。バッラの絵同様、一度見たら忘れることはない。

ボッチョーニがつくった彫刻はこれとローマの国立近代美にあった半分具象的な人物像しか見たことがない。黄金の光が眩しい‘連続体’(1913)には大変魅せられており、抽象彫刻ではこれとブランクーシの作品にぞっこん惚れている。

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2006.05.27

国立近代美術館の未来派

388ローマで朝一番に訪れたのは国立近代美術館だったのに、取り上げる順番は最後になった。

1999年のとき、ここへ行ったのだが改装工事のため閉館中で、見れたのは仮設展示場にあったほんの一部という苦い思い出がある。今回は期待の未来派の絵をきっちりみようと、8時半の開館時間の20分前に美術館についた。タクシーの運転手が降りるとき、“クローズドだ!”と同情するようにこちらの顔を見た。心配ご無用。二度も失敗は繰り返さない。

中に入るとまだ一部の展示コーナーが工事中だった。6年前からずっと続いている?あるいは新たな改築工事がはじまった?この工事の影響で、通常に較べて展示作品の数が少なくなっている。どうもこの美術館とは相性がよくない。が、展示作品の情報がないので、あまり気にせず、期待をもって展示室を進んだ。

真っ先に見たのが唯一情報があったクリムトの“女の生の三段階”。赤ん坊を胸に抱いている母親の体は引き伸ばされ、透明な青いベールが足と腰を包んでいる。白い体とこの青の組み合わせがとても美しい。そして、金髪にちりばめられた花や母子の背景にある円や三角形の紋様は代表作の“接吻”のように装飾性豊かで、華麗に彩られている。が、左に描かれた横向きの老女の描写はふくらんだ腹、垂れ下がった乳房、静脈の出た手と残酷なまでに赤裸々。この老女の姿をみていると、“ベートーベン・フリーズ”の左壁にいる苦悩する弱い人間が頭に浮かんできた。クリムト好きにとっては嬉しい絵であった。

イタリア未来派は美術館自慢のコレクション。お目当てのバッラ、ボッチョーニ、セヴェリーニの作品が沢山ある。6年越しの対面である。夢中になってみた。ボッチョーニ(1882~1916)では画集に載っている“フェルッチオ・ブソーニの肖像”が印象深い。この絵は1916年、ボッチョーニが軍隊の休暇中、数ヶ月作曲家のブソーニとともに過ごしたとき描いたもの。マッシブなフォルムとセザンヌ風の色使いがみられ、新しい様式で人物を表現している。ボッチョーニはこの年、軍事教練のとき落馬して、わずか33歳の若さで亡くなった。

未来派の絵に興味をもったのはNYの近代美術館でボッチョーニの代表作、“サッカー選手のダイナミズム”、“笑い”と彫刻“空間の連続における単一の形態”を見たから。都市のダイナミズムや動く人間のスピード感が力強い線とキュビズムのフォルムで表現された作品に大変魅了され、以後もっと数を見たいと願ってきた。だが、イタリア以外ではなかなか見る機会が無い。今回は幸運にもミラノのブレラ美術館で“自画像”、未来派としての最初の作品“ガレリアの暴動”、“上昇する都市”などに出会い、ここでも4、5点みた。図録にはもっと載っており、通常ならこれらも見れたのだが。。残念!

ボッチョーニに影響を与えたバッラ(1871~1958)の絵は未来派以前のものも含めて7点くらい展示してあった。ダイナミックに光や空間を抽象化した作品は魅力に溢れている。クプカの絵と似た作風だが、バッラのフォルムのほうがよりシャープで躍動感がある。色彩感覚も素晴らしく、気持ちがハイになる抽象美の数々であった。右の作品もそのひとつで、人か物の連続した動きを三日月形や円、鋭角的な三角を重層的に重ねあわせて表現している。

やっと入館できた国立近代美術館でダイナミズムとスピードの美学を謳い上げる未来派の作品を存分に楽しんだ。このほかにも、デ・キリコ、モランディ、フォンタナの絵、デュシャンの作品、マルテイニ、マンズー、ジャコメッティの彫刻などが比較的多く揃っている。はじめてみる画家ではドットーリ、プランポリーニ、アカルディ、ドラジオらに驚かされた。現代感覚に満ちた色使い、はっとする構成に強い衝撃を受けた。ここの作品群は1回の鑑賞ではとても終わらない。楽しみがまた増えた。

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