2015.06.23

幻想的な星の絵なら象徴派!

Img_0001     デルヴィルの‘死せるオルフェウス’(1893年)

Img_0003     ヌンクの‘夜の天使’(1894年 オッテルロー クレラー=ミュラー美)

Img  ロセッティの‘ダンテの愛’(1860年 ロンドン テート・ブリテン)

Img_0002       ミュシャの‘プリンセス・ヒヤシンス’(1911年)

天体観察を趣味にしている人は大勢いる。そのなかには高校生のとき天文部に入って望遠鏡を夜空にむけ惑星や星々の動きをつぶさに観察していた筋金入りの天文マニアがいることだろう。

最近‘天文年鑑’というものがあることを知った。一年12カ月のうち、何月何日の夜何時から何時までは木星がみれるとか、惑星の動きが一目でわかるようになっている。星座についてはアバウトだが、夏の北の空にみえるといった具合にわかる。魅惑的な星座に目を奪われがちだが、木星とか土星だってしっかりみれる。いつか探してみたい。

宇宙船に乗って星々をながめることになったら、幻想的な星の絵を思い浮かべたい。そんな絵が一枚ある。ベルギー象徴派のデルヴィル(1867~1953)が描いた‘死せるオルフェウス’、この絵を2004年‘ベルギー象徴派展’(Bunkamura)でみたときは完璧にKOされた。

死んだ妻の再生に失敗したオルフェウスはショックのあまり女性を近づけなくなる。これが気性の激しいトラキアの女たちの機嫌をそこね八つ裂きにされてしまう。川に投げ込まれたオルフェウスの首と竪琴は海を漂流しレスボス島に流れ着く。そして神々によって救われ、竪琴は天空で琴座になった。

画家のなかで夜景画を得意とするのは少数派、そのひとりヌンク(1867~1935)の‘夜の天使’はかなりゾクゾクっとする絵。円をつくるように空を飛ぶ天使の背景に描かれた星の情景がじつに神秘的。これがヌンクの代表作。

ロセッティ(1828~1882)とミュシャ(1860~1939)の作品は二人のデザイナーとしての高い才能が発揮されている。‘ダンテの愛’では対角線で分割された右半分の画面が星の模様でうめつくされている。そして‘プリンセス・ヒヤシンス’のモデルは花で装飾された星の冠をかぶり正面向きのポーズをとっている。ここでも後ろの円にデザイン化された星座がみえる。

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2014.11.04

ホドラーとクリムト、山口蓬春!

Img_0001     ホドラーの‘選ばれし民’(1893~94 ベルン美)

Img  クリムトの‘ベートーベン・フリーズ 歓喜’(1902年 分離派館)

Img_0002     ホドラーの‘リズミカルな形’(1908年)

Img_0004     山口蓬春の‘山湖’(1947年 松岡美)

ホドラー(1853~1918)という画家のことを思うときはすぐ二人の画家も顔を出す。一人はウイーン世紀末の画家クリムト(1862~1918)、もう一人は日本画の山口蓬春(1893~1971)。

クリムトが1902年に描いた‘ベートーベン・フリーズ’には明らかにホドラーの平行主義(パラレリズム)の影響がみられるが、この話を知ったのは10年前鎌倉にある行きつけの古本屋で手に入れた‘クリムト’(ネーベハイ著 美術公論社 1985年)という本。

1969年に上梓されたこの本にホドラーの代表作‘選ばれし民’が掲載されており、ホドラーとウイーン分離派の密接な関係が詳しく書かれている。この絵は1901年の第12回分離派展に‘春’とともに出品された。この子どもを半円をつくるようにして囲む6人の天使に魅了され続けているがまだ縁がない。オルセーであった回顧展(2008年)では残念なことに展示されなかった。

クリムトの‘ベートーベン・フリーズ’の最後の場面が第9に呼応する‘歓喜’、抱き合う男女のむこうではパラレリズムで描かれた天使たちが‘喜びの歌’を大合唱している。まさにホドラーとクリムトは200%コラボレーション。

ホドラーの作品は1904年の第19回分離派展で大々的に紹介された。‘選ばれし民’、‘夜’、‘真理’など31点が一挙に公開されホドラーが国際的な評価を受ける突破口になった。

ホドラーと響き合ったもう一人の画家山口蓬春(1893~1971)、代表作である‘山湖’もみればみるほどホドラーの‘リズミカルな形’などの風景画が重なってくる。この絵が描かれたのは終戦の2年後の1947年、蓬春は1940年頃からホドラーに関心を抱いていた。

描かれた場所は初夏の裏磐梯の五色沼、蓬春はホドラーの作風に刺激をうけ明るい色彩でモダンな風景画に仕上げた。今年はホドラーの作品を沢山みたから、‘山湖’にもまた会いたくなった。

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2014.10.31

親しみを覚えるホドラーの風景画!

Img_0001          ‘シェーブルから見たレマン湖’(1905年 ジュネーブ美術・歴博)

Img_0003 ‘白鳥のいるレマン湖とモンブラント’(1918年 ジュネーブ歴博)

Img_0002 ‘シャンベリーで見るダン・ブランシュ’(1916年 オスカーラインハルト美)

Img  ‘シャンベリーの渓谷’(1916年 ヴィンタートゥール美)

西洋美で開かれている‘ホドラー展’(10/7~1/21)に出品されている105点のうち特別に親しみを覚えるのが風景画、若い頃ジュネーブに住んでいたのでホドラー(1853~1918)の絵にレマン湖やモンブラントなどがでてくると思わずじっとみてしまう。

‘シェーブルから見たレマン湖’で強く印象に残るのはおもしろい形した雲、なにかキセルの先のようでもあるし取っ手をぐしゃっと押しつぶしたようにもみえる。この白い雲がペアとなって上と下に描かれている。雲だけをみるとこれは平面的な構成、でも湖岸に建ち並らぶ家々は上から見ているように描かれているのでこの部分は立体的になっている。このあたりには視線はあまりむかわない。だから、この絵は意匠性のあるポスターのような作品として記憶されることになる。

このデザイン的な感覚は最晩年に描かれた‘白鳥のいるレマン湖とモンブラント’の下にみられる白鳥でも同じ。手前は白鳥を同じフォルムで何度も描く一方で、レマン湖のむこうのモンブラント連峰は装飾性を排し一定のリズムに収まらない自然の生命力を象徴するかのように荒々しく表現している。

今回‘シャンベリーで見るダン・ブランシュ’と同じスタイルで描かれた山の絵が5点でている。共通するのは雲の描き方。画面の上部に描かれた雲の流れは部屋の窓につけられた白いカーテンのように思える。まさにカーテン越しに安定感のある二等辺三角形の山をみている感じ。アルプスの山々は険しい山なのにこういう装飾的な飾りがついていると優しい感じがするし、絵全体がデザイン的なイメージになる。

‘シャンベリーの渓谷’には自然を最接近してみるときに感じるおもしろさがある。並みの画家ならこういうごつごつした岩のある光景をこんなに近くに寄って描くことはしない。それよりはロングショットで渓谷の心惹かれる風景を描写する方がいい。ところが、ホドラーはこの迫力ある岩の姿に強いリズムを感じて形のそれぞれ違う大小の岩々を統一的に構成していく。不思議な魅力を発するこの絵をしばらくみていた。


 


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2014.10.29

肖像画の名手 ホドラー!

Img_0002     ‘ラルデの娘の肖像’(1878年 オスカー・ラインハルト美)

Img_0001     ‘バラのある自画像’(1914年 シャフハウゼン万聖教会博)

Img     ‘春Ⅲ’(1907~10年)

Img_0003     ‘木を伐る人’(1910年 モビリアール美術コレクション)

ホドラー(1853~1918)の回顧展(10/7~1/12)が西洋美で行われることを知ったとき、出品されることを祈ったのがベルン美にある‘選ばれし民’。だが、これは無謀な願いだった。

クレーとホドラーの2枚看板が自慢のベルン美には‘選ばれし民’ともう一点有名な‘夜’がある。オルセーであったホドラー展では‘夜’はお目にかかれたが、クリムト本ではじめて絵の存在を知った‘選ばれし民’はダメだった。この絵はベルン美の至宝、オルセーにもでなかったのだから日本にもやって来ない。現地で対面するほかない。

二度目のホドラーだから、期待の中心はどれくらいプラスαに出くわすか。今回心を奪われるいい絵があった。それは最初の部屋に飾ってあった‘ラルデの娘の肖像’、なんとも愛らしいお嬢ちゃん、女性を描いた絵をみることはライフワーク、My好きな女性画に即登録した。

フェルメール、ルーベンス、ブーシェ、アングル、コロー、マネ、ルノワール、モネ、ゴッホ、サージェント、ホイッスラーといった女性画の名手クラブにホドラーが入ることになるとは思ってもいなかった。本当にいい絵に巡り合えた。

ホドラーの描く肖像画は女性だけでなく男性もいいが、とりわけ惹かれるのが40点以上も描いた自画像。‘バラのある自画像’はオルセーでも出品された。額のしわとぎょろっとした目が強く印象に残る。5,6年前世田谷美でみたヴィンタートゥール美蔵の自画像とともに忘れられない一枚。

‘春Ⅲ’をみるのは2度目、1996年にあった‘象徴派展’(Bukamura)でこの絵をみて以来、ホドラーが気になる画家になった。これは4点あるバージョンのひとつ、嬉しいことに3点目のなかにはいった。最初に描かれた‘春Ⅰ’(エッセン フォルクヴァング美)は日本でみる機会があったし、‘春Ⅱ’はオルセーで展示された。

はつらつとした青春の息吹きが感じられる‘春’とは対照的に画面に力強さがみなぎるのが‘木を伐る人’、ホドラーは何点も描いている。この絵をはじめてみたのは大原美、オルセーも一点所蔵している。斧をふりあげた樵のインパクトのありすぎる姿には生命のリズムがほとばしっている。

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2014.10.28

ホドラーの回顧展で‘リズム’を体感!

Img_0003     ‘遠方からの歌Ⅲ’(1906~07年 ジュネーブ美・歴博)

Img_0002     ‘昼Ⅲ’1900~10年 ルツェルン美)

Img     ‘感情Ⅲ’(1905年 ベルン州美術コレクション)

Img_0001     ‘オイリュトミー’(1895年 ベルン美)

国立新美で行われている‘チューリヒ美展’をみたあと、上野へむかいホドラー、パート2を楽しんだ。今西洋美で40年ぶりとなる‘ホドラー展’(10/7~1/12)が開かれている。

2008年オルセーで幸運なことにフェルナンド・ホドラー(1853~1918)の大回顧展に遭遇した。それまでこの画家の作品は大原美にある‘木を伐る人’と風景画を数点みたくらいだから、なにか気になる画家という認識でしかなく、画業についてはよくわからなかった。だから、この回顧展で一気にホドラーに近づいた。

でも、作品は目のなかに入ったが、手に入れた図録がフランス語版だったためスイスのベルンで生まれたホドラーの画家人生はわからずじまいのまま、そのことは作品を楽しめればそれで十分という考えだから、それほど気にはならない。

今回の回顧展は当たり前だが日本語のタイトル、前と違って絵のイメージをつくるのがとても楽。いつものように作品の解説は眼を通さない。展示の最後あたりにチューリヒ美に飾られている壁画‘無限へのまなざし’のための習作が並んでいた。それを軽くみていたらふと囲みの説明文が目に入った。作品のことを書いたものではない。

それはダルクローズというスイス人音楽家がつくった‘リトミック体操’のこと、女性たちが体を動かしている写真が載っている。この‘リトミック’がホドラーの絵についてずっと抱いていた疑問を解いてくれた。

その疑問というのは‘遠方からの歌Ⅲ’にも‘昼Ⅲ’にもみられる女性が両腕を横にのばし手首を曲げるポーズ、オルセーの回顧展のとき、このポーズが度々でてくるのでこれは一体何を表しているのか、宗教的な意味をもたせているのか?と思った。今やっとわかった。

ホドラーは音楽家が生み出すモダンダンスに共感していた!音楽とダンスと絵画がこんな形でコラボしていたとは。このポーズは内からわきでる感情をダンスの身振りによってリズミカルに表現したものだった。そういう話だったのか、とても新鮮でおもしろい。

これがわかったのは大収穫、最初のコーナーに飾ってある再会した‘オイリュトミー’や‘感情Ⅲ’をひきかえしてまたじっくりみた。ここに描かれている淋しそうな老人や女性たちは両腕をのばすポーズはとっていないが、体の動きからは‘死のリズム’、‘生のリズム’が感じとれる。クリムトに影響を与えた‘パラレリズム(平行主義)’が深くわかったので爽快な気分だった。

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2014.01.12

‘シャヴァンヌ展’は特別な鑑賞体験!

Img     ‘諸芸術とミューズたちの集う聖なる森’(1889年 シカゴ美)

Img_0006     ‘労働’(1867年 ワシントンナショナルギャラリー)

Img_0003     ‘羊飼いの歌’(1891年 NY メトロポリタン美)

Img_0001            ‘幻想’(1866年 大原美)

展覧会の開催を知ったときから関心を寄せていた‘シャヴァンヌ展’(1/2~3/9)をみた。美術館は好感度の高い渋谷のBunkamura。

シャヴァンヌ(1824~1898)の作品をみる機会は2012年末の時点ではごく限られていた。まとまった形でみたのはオルセーに展示してある‘貧しき漁師’とか‘夏’など9点とメトロポリタン蔵の5点くらいしかなく、このほかはロンドンのナショナルギャラリーにある‘洗礼者聖ヨハネの斬首’とか日本で開催されたシカゴ美やフィリップスコレクションやウィスロップコレクションの名品展でみた4点などがプラスされるだけ。だから、トータルの体験はせいぜい20点ほど。

そして昨年1月アメリカの美術館をまわったとき、シャヴァンヌ作品が少しばかり増えた。今から振り返ると今回の回顧展のプロローグだったのかもしれないが、ワシントンのナショナルギャラリーで3点、フィラデルフィア美で2点と遭遇した。

そのうちナショナルギャラリーでみた2点がBunkamuraに展示されていた!現地では忙しくてメモする暇がなかったタイトルは‘労働’と‘休息’というものだった。この2点だけでなく今回出品されている作品の大半はフレスコ画風の壁画の縮小作品。

シャヴァンヌが公共建築の壁を飾る壁画で名をなしたことは一応インプットされているが、なにぶん1874年からはじまり1900年に完成したというパリのパンテオンの壁画装飾をはじめとしてこれまで一度も壁画にお目にかかったことがない。そのため、目の前にある作品は傑作‘貧しき漁師’や‘少女’のような精神性の高い象徴的な作品とはまったく別のものをみているという感じ。

壁画装飾として油絵具の艶を消したような淡い色調で描かれているのは穏やかで荘厳さが漂う世界。アルカディア風の森が聖なる舞台となっているのがシカゴ美が所蔵する‘諸芸術とミューズたちの集う聖なる森’、チラシをみたときからみたくてしょうがなかったが、期待通りのすばらしい作品。この壁画はシャヴァンヌの生まれ故郷であるリヨン美の階段の壁に描かれているそうだ。いつかみてみたい。

ところで、不思議なのがこの絵と08年シカゴ美を訪問したとき会ってないこと。どこかへ貸し出されていたのだろうか、この大きな絵は美術館がつくる図録(英語版)にもどういうわけか掲載されてない。だから、展覧会のチラシで絵の存在を知ったときは頭が混乱した。こんないい絵なのに情報がまったくないとは。そういうわけでBunkamuraでこれを体験できたことは一生の思い出になる。

メトロポリタン美の‘羊飼いの歌’ は1年前にみたばかりだから記憶に鮮明に残っている。これと対照的なのが数回足を運んだ倉敷の大原美にある‘幻想’ と‘警戒’、この大きな絵をみたという実感がまったくない。どうしたことか?東京でリカバリーできて本当によかった。

ほかで印象深いのは平面的な人物描写が強いインパクトをもっている‘聖女マリアたちの上陸’とパンテオンの壁画の一部の‘聖人のフリーズ’。フィラデルフィア美では‘聖人のフリーズ’は展示されておらず、出会った2点は‘労働’と似たタイプの作品だった。

この回顧展を契機にシャヴァンヌの描いた壁画をめぐる旅がしたくなった。スタートとしてパリに行くことがあったらパンテオンへ出かけることを心に決めた。

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2013.12.01

ルーヴルの水彩‘出現’はみれるだろうか?

Img_0002     モローの‘出現’(1876年 水彩 ルーヴル美デッサン室)

Img_0004       ‘出現’(1876年頃 油彩 モロー美)

Img_0005       ‘出現’(1876年頃 油彩 フォッグ美)

Img_0007     マティスの‘王の悲しみ’(1952年 ポンピドゥーセンター)

サロメを題材にした作品は多くの画家が手がけているが、衝撃度の強さではモロー(1826~1898)のサロメが一番。ヴァージョンがいろいろあり‘出現’、‘踊るサロメ’、‘牢獄のサロメ’といったタイトルがつけられている。これまで3点お目にかかった。モロー美とボストンのハーヴァード大フォッグ美が所蔵する油彩の‘出現’2点、そして西洋美にある‘牢獄のサロメ’。

モローが1876年のサロンに出品したのは水彩で描かれた‘出現’。この絵の存在を知ったのは26年前のこと。画集にはルーヴル美デッサン室の所蔵になっている。当時思ったのはこの絵が実際にルーヴルでみれるかどうかということ。あの広い展示室に飾ってあるのは大半が油彩、だからこいういう水彩は通常はでてこない。お目にかかれるのは西洋絵画の専門家とかモローの研究者にかぎられる。

一般の美術ファンがみる機会があるとすればモローの回顧展が開催されたとき。だから、これをずっと待っている。ところが、日本で回顧展を2,3回体験してもいずれもルーヴルの‘出現’が特別出品されるという‘事件’には遭遇しなかった。

もっともこの水彩だけでなくモロー美蔵の油彩‘出現’も日本にやって来たことはない。モロー美のものはたびたび展示されるが(現在汐留ミュージアムにも展示されている)、やはりお宝中のお宝は貸し出してくれない。これは仕方がないこと。

日本で‘出現’がみれたのは2002年にあった‘ウインスロップ・コレクション展’(西洋美)。このフォッグ美が所蔵する油彩の‘出現’はモローがサロンに出品した水彩画に基づいて制作したレプリカ。水彩画のサイズが縦105㎝、横72㎝であるのに対し、これは56㎝、47㎝の小品で顧客の依頼により描かれた。

2点の油彩‘出現’をみたのだから水彩もみてコンプリートしたいのだが、これから先も縁がないような気がする。この絵は西洋美とかBunkamuraあたりが動いてもダメなのかもしれない。

サロメ絡みの絵でもう一枚みたくてしょうがない作品がある。それはポンピドゥーセンターへ何度出かけてもふられ続けているマティス(1869~1954)の切り紙作品‘王の悲しみ’。この絵はヘロデ王の前で踊るサロメを描いたともサウル王がダヴィデの弾く竪琴を聴いて土師サムエルに見捨てられた悲しみを癒している場面を描いているともいわれている。

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2012.12.20

象徴派のシュトゥックはお好き?

4578_3              ‘罪’(1893年)

4579_2     ‘スフィンクスの接吻’(1895年 ブダペスト国立美)

4580_3                ‘ニンフを運ぶファウヌス’(1918年)

BS各局の美術番組は前は3つあったが、今も続いているのはBS朝日の‘世界の名画’だけ。わが家の美術ライフはこれと‘日曜美術館’、‘美の巨人たち’の3本立てでまわっている。

‘世界の名画’は海外の美術館をめぐってくれるので、ここで得られる美術館情報はとても貴重。昨日訪問したのはミュンヘンにあるノイエ・ピナコテーク。ミュンヘンは28年前、スイスのジュネーブからクルマで出かけたことがある。だが、当時入館したのは古典絵画を展示しているアルテ・ピナコテークのほう。

この美術館の向かい側に近代絵画のコレクションがみれるノイエがあることを知ったのは日本に帰ってから。この頃はまだ美術への関心は普通よりちょっと上くらいのところだから、美術館情報には疎かった。それから時が流れ、今ではノイエにはいい作品がいくつもあることがわかっているので、ここはなんとか足を運びたい美術館のひとつになっている。

美術本によく載っているノイエコレクションのなかでとても気になる作品を‘世界の名画’がとりあげてくれた。シュトゥック(1863~1928)の代表作‘罪’。蛇が大の苦手なので、この絵はあまり長くはみれない。とにかくこの蛇は怖い、こちらにとびかかってきそう。インドを旅行したとき、このように大きな蛇を体にまきつけてパフォーマンスをする見世物師に出会ったが、蛇はこの絵に描かれたほどの殺気を漂わせてはいなかった。

妖艶な美女と怖い々蛇の組み合わせだから一度見たら忘れられない。シュトゥックはこの‘罪’を12点も描いており、最初に描かれたのがノイエにある。日本でそのヴァージョンのひとつをみた。それが一番上の画像で16年前Bunkamuraで開催された‘象徴派展’に展示された。腰を引き気味にみたことを今でもよく覚えている。

シュトゥックの作品というとこの展覧会でみた2点くらいしか記憶にない。作品情報は極めて少ないが、いくつか気を惹くのがある。こういう風に描かれたスフィンクスがあるのか!という‘スフィンクスの接吻’とベックリーンの作風を連想させる‘ニンフを運ぶファウヌス’。のめりこむという感じでもないが、ともに気にはなる絵。

ミュンヘンに豪華なシュトゥック邸があるという。いつか訪問してみたい。

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2012.09.12

アンソールの追っかけ画‘陰謀’が日本にやって来た!

4272_2     ‘陰謀’(1890年)

4273_2     ‘絵を描く骸骨’(1896年)

4274_2     ‘花と野菜’(1896年)

4275_2     ‘牡蠣を食べる女’(1882年)

開幕を楽しみにしていた‘ジェームズ・アンソール展’(9/8~11/11 損保ジャパン美)をみてきた。アンソール(1860~1949)の代表作のひとつ‘陰謀’がみれたので、今日はとても機嫌がいい。

今回の回顧展にでている作品は1点を除いてアントワープ王立美が所蔵するもの。昨年11月、アントワープを訪問したとき、この美術館が2017年秋までの長期休館に入っていることを知った。そのため、館自慢の作品は現在拙ブログ11/12/25で紹介したMASミュージアムで公開されている(今年の12/30まで)。

ここにでていたアンソールは期待していた‘陰謀’ではなくて以前に日本でみたことのある‘東洋の品々のある静物’(11/12/26)1点のみ。ほかはヤン・ファン・エイクの‘聖女バルバラ’やフーケの‘聖母子と天使たち’など美術館の代名詞ともいえる作品がでているのに、アンソールはなぜ最も有名な‘陰謀’ではないのか?

このときは腑に落ちなかったが、あとで損保ジャパンでこの美術館所蔵のアンソール展があることを知り、その謎が一気解けた。MASの展覧会は今年の末まであるので、アンソール作品だけははじめから日本における巡回展(4月の豊田市美からスタート)のためブロックされていたのである。

この展覧会、アンソールがメインでほかの作家の作品はおまけ。だから期待しないほうがいい。クールベなどもあることはあるがアベレージクラス。人気の作品はMASに展示されているので、これは仕方がない。

アンソールのゾクゾクする絵は最後の部屋に飾ってあった。お目当ての‘陰謀’はまさに仮面の画家が描いた傑作。この絵に心がざわざわするのは大胆にデフォルメされた仮面の姿だが、その怪奇さを強く印象づける色のマジックにも虜になる。それは鮮やかな赤と緑。黄色や青より数倍のインパクトをもっている。

どうでもいいことだが、この仮面の男たちのひとりがある人物の顔を連想させた。緑の衣服を着た男、その上に反り返った鼻に注目、これは亡くなったマイケルジャクソンの整形された鼻にそっくり!ついでに冗談をもうひとつ。右端の上にいる骸骨、この男はギャグをかまして笑わせる間寛平。

赤に視線が寄っていくのは‘花と野菜’でも肖像画の大作‘牡蠣を食べる女’でも同じこと。図版ではその赤の強さがよく出ていないが、本物の絵の前に立つと赤がストレートに感じられるはず。

‘陰謀’とともにみたくてしょうがなかったのが‘絵を描く骸骨’。レンブラントにも絵を制作中の自画像があるが、自分を骸骨として描く発想がじつにユニーク。その骸骨にしっかり目が入っているので、腰が引けるという感じが無くて、部屋のなかにある絵を1点々みてしまう。

05年東京都庭園美で開催されたアンソール展(05/6/5)のとき出品されたのが10くらいあったが、そのなかの‘首吊り死体を奪い合う骸骨たち’をまたじっくりみた。ここに登場する人物は‘陰謀’でもみられる。

アントワープ王立美が誇るアンソールコレクションを日本で2度も体験できたのは幸運だった。ミューズに感謝!

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2012.04.03

ベックリンはお好き?

3700_2     ‘死の島’(1886年 ライプツィヒ造形美)

3697_2     ‘眠るディアナと二匹のパン’(1877年 デュッセルドルフ美)

3699_2         ‘ヴィタ・ソムニウム・ブレーヴェ’(1888年 バーゼル美)

3698_2     ‘ヴァイオリンを弾く骸骨のいる自画像’(1872年 ベルリン美)

バーゼル生まれのアルノルト・ベックリン(1827~1901)の作品はこれまで縁がうすく片手くらいしかお目にかかってない。だから、この画家については知らないも同然。

画家に対する関心はみた作品の数が増えてくるとその画風に目が慣れてくるので、ここらでひと段落してもいいかなと思うようになってくる。そこで、さて次はどの画家に鑑賞エネルギーを注ぐかとあれこれ思案する。そして新たに追っかける画家はこんなところかと決まってくる。でも、決めた鑑賞計画がスイスイと進むわけではない。

これまで画家との縁が少ないことの一番の理由はその絵のある美術館がパリやロンドン、NYのように行きやすい都市にないため。ベックリンもその例にもれない。作品を多く所蔵しているのはバーゼル美などのスイスの美術館やドイツの美術館。だから、個人旅行でも組まないかぎりなかなか訪問できない。

思いえがいている作品で対面が実現するのは少ないかもしれないが、帆だけは高くあげておきたい。画集には‘死の島’などバーゼル美蔵のものが4,5点載っているので、実際にはこの2,3倍がみれそうな感じ。関心の高いのはルンゲの絵を彷彿とさせる‘ヴィタ・ソムニウム・ブレーヴェ’。BSの美術番組で作品の情報が豊富になってきたバーゼル美への思い入れがだんだん強くなっていく。

ドイツでみれる可能性のあるのはベルリンにある‘自画像’、死をイメージさせる骸骨が横にいるのでみているだけですごく緊張する。ギリシャ神話とのつきあいはライフワークだから、ベックリンの作品でもっとも関心を寄せているのはこの神話画。‘眠るディアナ’に描かれた覗き見するパンはまさに美女と野獣といったところ。興味深々。

‘死の島’はメトロポリタンで第2ヴァージョンをみたから見たい度の強いのはバーゼルにあるものよりライプツィヒ造形美が所蔵する最後の第5ヴァージョン。でも、この街は遠いから夢に終わりそう。

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