2008.06.19

コロー展  そのニ 女性画

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一人の画家の回顧展が開催される場合、誰れしも美術本とか画集に載っている代表的な作品ができるだけ多く展示されていることを期待する。このコロー展にはルーヴルが所蔵する作品のなかで最も有名な3点、“モルトフォンテーヌの思い出”、“真珠の女”(上の画像)、“青い服の婦人”(真ん中)が揃い踏みしているのだからすごい!

もちろんルーヴルにはまだまだコローのいい絵があるので、欲を言ったらきりがないが、この3点を含めてよくぞこれほど多くの名作を貸し出してくれたものである。ルーヴルに限らず、オルセー、ポンピドゥー、ギメなどパリにある美術館はどこも本当に気前がいい。

25点ある人物画のなかにも強い磁力をもっている作品がいくつもある。展示室に入ってすぐのところに43歳の頃の“自画像”(ウフィツィ美)がある。晩年、絵を制作中のコローを撮った写真をみると角々したいかつい顔をしているが、この頃はまだ少年っぽさが残っている。どうでもいいことだが、老人コローをみてすぐ連想したのが俳優の東野英治郎、あの水戸黄門様と日本画家の川端龍子。

人物画のほとんどが女性を描いたもの。裸婦図も一点“水浴するディアナ”がある。お目当ての一番はルーヴルで会えなかった“真珠の女”。背景の色と着ている服が土色系なので派手さはないが、その目鼻立ちの整った容貌は近づきがたいほど美しい。コローは画面の中に木の葉を散らすのが好きで、この女の髪飾りにもお決まりの赤やうすい青緑の葉がみえる。この絵にはすごく惹きつけられるが、一方でどうしても絵のなかに入りきれない壁のようなものも感じる。だぶん、内面の揺れが見えてこないからだろう。

これと較べると真ん中の“青い服の婦人”はどうしようもなく心をゆすぶり、“ちょっとお休みですか?”と声をかけたくなる絵。ルーヴルで対面したときは、時間があればいつまでも見ていたい気分だった。肩から腕にかけての肉付きのよさはいかにも欧米の女性を思わせ、ピアノの上に肘をつき口元に手をやる姿がなんとも魅力的。

横向きでこちらを振り返る珍しいポーズに惹きこまれるが、同時に女性の心のなかがふと顔や体全体に表れたところを捉える描写力はどこかドガの“菊の花と女”(メトロポリタン、拙ブログ5/15)やマネの“プラム”(ワシントンナショナルギャラリー)に通じるものがある。これまで好きな女性画の上位はフェルメール、マネ、ルノワール、サージェントの絵で占められていたが、この絵を加えることにした。

下は目の鋭さにタジタジになった“草地に横たわるアルジェリアの娘”(ゴッホ美)。どうでもいいことをもう一つ。この娘は安達裕美とかあの“別に、、、”の沢尻エリカによく似ている。これと同じくらいインパクトがあるのがルーヴルで見れなかった“身づくろいをする若い娘”。また、“本を読む花冠の女”も運良くリカバリーできた。

この回顧展は満足度200%のすばらしいものだったのだが、最後に気になったことを少し。コローに刺激されたり、影響を受けた画家の作品が20数点あったが、会場を進む途中、これらを一緒に展示する必要があったのかな?と思った。純血でいくか?多少ほかの画家の作品を混ぜるか?意見の分かれるところである。

個人的には、静寂なコローワールドに浸っているときに、特段惹かれることもないルノワール、ブラック、ピカソの絵が出てくると、“イメージを分断するような絵を横に置かないでよ!”と言いたくなる。弟子のピサロとかシスレー、モネあたりはOKだけれども、ほかの絵はとても違和感を覚える。どうしてもコローの偉大さを主張したいのなら、昨年の“モネ展”(国立新美)のように別のコーナーを設けてそこで展示したらいい。

海外美術館めぐりで遭遇した大規模な“ホドラー展”、“クールベ展”、“ホッパー展”、“プッサン展”はすべて純血主義だった。今回のコロー展は世界のどこへもっていっても胸をはれる一級の回顧展。これだけの名作を世界中の美術館から集めてきたのだから、コローの絵だけで充分。日本の美術館の悪い癖は説明的すぎること。日本人は世界で一番絵画が好きな民族、質の高い作品をみればコロー絵画のすばらしさはしっかり感じられる。説明に使った絵がコローの足を引っ張ったのでは元も子もない。

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2008.06.18

国立西洋美術館のコロー展  その一 風景画

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待望の“コロー展”(国立西洋美、6/14~8/31)が先週の土曜日からはじまった。初日の朝からそんなに人は来てないだろうと思っていたら、これが大間違い。10時なのに1階のコインロッカーはもう全部鍵がかかっている。となると会場にはかなりの人がいる?!ちょっと信じられない光景だが、絵の前は牛歩状態。“コローのモナリザ(真珠の女)”をャッチコピーにしたチラシの宣伝効果が相当効いている感じである。

出品作は全部で120点。すべてがコローの絵ではなく、コローの影響を受けた画家の作品が26点ある。コロー作品94点はこれ以上望めないすばらしいのが揃っている。西洋美が主催した画家の回顧展としては04年の“マティス展”、05年の“ラ・トゥール展”以来のビッグヒット!

ここの特別展に対する期待値は前からこのレベルなのに、ここ2,3年は美術館が所蔵する自慢の名作をことごとくNG出しされたような“ベルギー王立美術館展”とか普通の美術ファンには見向きもされないマニエリスム絵画を集めて専門家や通好みの受けを狙った“パルマ展”などしか開催してくれなかったから、西洋美の評価は東京都美より下にしていた。だが、今回は久しぶりに本来の実力を発揮してくれた。

少し先走って言うと、このコロー展の内容は8月から約1ヶ月会期が重なる“フェルメール展”(東京都美、8/2~12/14)に一歩も引けを取らない。むしろ、こちらのほうがトータルの質では確実に上回る。もちろん、フェルメール展もすごい企画だから、両方を一緒に見るのが一番贅沢な美術鑑賞の仕方。コローの作品は風景画59点、人物画25点、ガラス版画10点で構成されている。まず、風景画から。

1月、3月に行った海外の美術館めぐりで、コロー(1796~1875)の作品を沢山目に焼きつけた。そのなかで紹介できたのはほかの絵との関係で“モルトフォンテーヌの思い出”(拙ブログ4/2)のみ。この絵との対面はエポック的と言ってもいいくらいで、これまでのコローに対する評価が一変した。コローが好きになれなかったのは要するにいい絵に遭遇しなかったから。再会してまたこの絵に惚れ直した!もう一点、密かに期待していた絵があった。それはオルセーで会えなかった“朝、ニンフの踊り”。これが見れたら代表作はほとんどみたことになったのだが。

コローがイタリア留学したとき描いた作品ではなんといっても上の“ティヴォリ、ヴィラ・デステの庭園”(ルーヴル)が最高にいい。前景中央に添景として描かれた子供の姿がとても印象深く、その向こうには夏の静かな陽光のなか、糸杉が左右にどっしり立ち並ぶ。光の強い南国なのに色彩はそれほど強くはなく、穏やかで画面全体が落ち着いた静けさにつつまれている。

真ん中はぼんやりとした木々や鬱蒼とした森が描かれた作品とは趣が異なる“ドゥエの鐘楼”(ルーヴル)。ドゥエは北フランスの町で、75歳のコローはここにしばらく滞在して町のシンボルである鐘楼を描いた。手前両サイドの建物は大半が画面からはみ出し、視線が中央の鐘楼にすっと集まるように構成されている。通りでは縦に移動する人に加えて、馬や会話している年寄りの男女が横向きに描かれているのがおもしろい。

コローの風景画が平穏で落ち着いた気分で見られるのは水平と垂直の線で画面がうまく構成され、そして斜めの線で遠近感を出しているから。その典型的な作品が下の“アルルーの風景、道沿いの小川”。これはロンドン・ナショナルギャラリーでみて大変魅せられた。男が乗った小舟は横向きになっており、左には水鳥が二羽、右の草地には犬がみえる。そして、右の川岸で斜めに等間隔に立つ緑豊かな大きな木の端にはもう一人の農夫が腰をかがめて作業をしている。

国内の美術館から出品された10点のうち8点ははじめて見る絵だった。大作が“ナポリの浜の思い出”(西洋美)と“ボロメ島の浴女”(ひろしま美)、“ヴィル=ダヴレーのあずまや”(丸紅)。丸紅がもっている絵と小品だが光の輝きが美しい“ヴィル=ダヴレーのカバスュ邸”(村内美)を見れたのは大きな収穫だった。

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2008.05.12

その十 クールベ展

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1月、パリのグラン・パレでみた“クールベ展”(拙ブログ2/28)がメトロポリタンに巡回中だったので(2/27~5/18)、グラン・パレではお休みした隣の方のガイダンスを兼ねてもう一度みた。この特別展は“プッサン展”同様、追加の料金はとられない。世界中の美術館から代表作を集めてきた大回顧展が無料で見られるのだから、ここは本当に有難く愛着を覚える美術館である。

グラン・パレとの違いはオルセー所蔵の作品が半分くらい出品されてないこと。で、クールベ(1819~1877)の名前を一躍有名にした大作2点、“オルナンの埋葬”、“画家のアトリエ”はお目にかかれなかった。これはあまり長くオルセーを離れていると入場者からクレームがつくから、これを避けたのかもしれない。また、日本の村内美術館がもっている大きな樫の木の絵(図録の裏表紙に使われている)やものすごく大きな狩猟画“追い詰められた雄鹿”もなかった。

このほかはまだ記憶にしっかり残っている。出品作の中には今回訪問した美術館所蔵のいい作品が含まれている。ワシントンナショナルギャラりーの“ルー河の水源”、ボストンの狩猟画“分け前”、メトロポリタンの“女とオウム”、“波の中の女”、真ん中の“村の娘たち”。ここには出てなかったが、シカゴにある女性の肖像画“グレゴワール小母さん”もインパクトのある絵。これらはいずれも画集に載っている作品。これをみるとアメリカのコレクターもクールベの名画をきっちり収集している。豊富な資金力だけでなく眼力も一流。

初期に描かれたロマン主義の香りのする自画像にはぐっと惹きこまれるものが多いが、お気に入りベスト3は上の“パイプの男”、“自画像(絶望した男)”、“黒い犬を連れたクールベ”。クールベは背が高く、人目を引くほどハンサムだった。“パイプの男”の何かに陶酔したような貴族的な風貌がとても印象的。そして、髪を手でかきむしり目をかっと見開き正面を見つめている“絶望した男”も心を揺すぶる。

真ん中の写実的な人物風景画“村の娘たち”に描かれているのはクールベの妹3人。背景の緑の山と白い岩肌のなかに明るい陽光をあびた女性たちや牛が浮かびあがっているような感じが心をとらえて離さない。衣装を着ている女性の絵では“眠る糸紡ぎ女”や金髪が眩しい“窓辺の3人のイギリス娘”にも足がとまった。

グラン・パレのときには大好きな風景画“雷雨のあとのエトルタの断崖”を取り上げたが、再会した“シオン城”も忘れられない絵。スイスに亡命を余儀なくされたクールベはレマン湖岸のシオン城からほんの数キロのところに住んでいた。若い頃、スイスのジュネーブにいたとき、9世紀頃建てられたこのシオン城を訪れたことがある。

美しい古城で、遠くから見ると、まるで湖の上に浮かんでいるように映る。まことに絵になる風景である。ジャズピアニスト、ビル・エバンスはアルバムのジャケットにこの城を使っていた。ジャズフェスティバルが開催されるリゾート地として有名なモントレー(晩年チャップリンが住んでいた)はここからすぐのところ。

詩人バイロンはシオン城に監禁された宗教改革者の物語を題材とした“シオンの囚人”(1819年)をつくったが、クールベの心にはこの詩がいたく沁みたにちがいない。

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2008.02.23

グランパレのクールベ展

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オルセーを出たあと次に目指したのはここから歩いて20分くらいのところにあるグランパレ。30年ぶりに開催されているクールベの回顧展をみるためである。会期は残り3日しかなく土曜日だったから、相当混んでいることを予想していたが、案の定、入館するのに1時間かかった。で、予定していたオランジュリー美術館にあるモネの睡蓮との再会は諦めざるを得なくなった。

クールベ(1819~1877)は好きな画家のひとり。日本の美術館にも“波”(拙ブログ07/5/24)や“鹿”を描いたいい絵が何点かあるから、クールベのリアリスム絵画を楽しむ機会は時々ある。しかし、オルセーにある記念碑的な大作“オルナンの埋葬”や上の“画家のアトリエ”などは鑑賞済みとはいえ、手元の画集をみると目の中にいれたい名画はまだいくつも残っている。だから、タイミングよく巡ってきた回顧展への期待値はかなり高い。

これはグランパレ(07/10/13~08/1/28)のあと、NYのメトロポリタン美術館
(2/27~5/18)、フランス・モンペリエのファーブル美術館(6/14~9/28)を巡回することになっている。

グランパレの展示室にははじめて入るので、最初は作品を熱いまなざしで見つめる大勢の人に圧倒されて鑑賞のペースがつかめなかったが、徐々に展示の構成がつかめ目がすわってきた。作品は全部で160点あまり。世界中から名作を集めてきたという感じで、クールベの画業の全貌がこれでだいたいつかめた。

自画像、肖像画、裸婦像、静物画、動物画、風景画、いずれも絵に力があり、強く印象に残る。これだけ質の高い作品を並べた大回顧展が開催されること自体、クールベが欧米で高く評価されていることの証。あらためてクールベの並外れた才能に感服させられた。自画像では“絶望した男”(個人蔵)、“パイプの男”(ファーブル美)、“負傷者”(オルセー)に惹きつけられる。

前回オルセーでじっくり見た大作2点のうち“画家のアトリエ”(上の画像)は謎めいた絵。当時は画家とモデルの裸婦の左右にどうして沢山の人が描きこまれているのかわからなかった。画家は制作の現場を公開しているのかな?でも左にいる人たちは全然画家のほうをみてないし?キャンバスの前で熱心に画家の筆先を眺めている小さな男の子と横でねっころがっている猫、そして裸婦の3人だけは目に焼きついている。

今でもこの絵をみると構図は異なるがベラスケスの“ラス・メニーナス”を連想する。子供に対する王女マルガリータ、猫と大きな犬。で、クールベはこの絵で表現したかったことは?それは社会における芸術の役割。裸婦像を使いそれをユートピア的に表現している。会場の真ん中あたりに一際明るい絵“今日は、クールベさん”(05/7/13)があった。多くの人が目を輝かせてみている。あらためてこんないい絵をよく日本にもってきてくれたなと感心する。

2階にあった裸婦像のコーナーは人気が高く、なかなか絵の前にいけない。真ん中の“女とオーム”、“波と女”(ともにメトロポリタン)、“犬といる裸婦”(オルセー)、“セーヌ河畔の娘たち”、“眠る女たち”(ともにプティ・パレ美)などみたかった絵が目白押し。裸婦図でこれほど心臓がバクバクしたのははじめて。

“女とオーム”は一度メトロポリタンでその妖艶な肢体に200%KOされた。その絵と対面するとは思ってもみなかったから、夢中になってみた。生々しい肉体を描かせたらクールベとクリムトが双璧かもしれない。この絵が目の前に現れると、クリムトの“金魚”をなんとしても見たくなる。

風景画で一番のお気に入りが下の“雷雨のあとのエトルタの断崖”。モネが同じ角度から描いた作品では断崖と海の占める割合が大きく、荒々しい印象を受けるのに対し、クールベの絵は青い空の面積を多くとり、先端が空洞になっている断崖が見る者にくっきり焼きつくようにバランスよく雄大に描いている。

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2007.05.24

横浜美術館の水の情景展

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横浜美術館では現在、“水の情景展”が開催されている(7/1まで)。われわれのまわりに“水の情景”は色々ある。食事のとき水を飲むとか、雨のなかを傘をさして歩いたり、観光旅行で壮観な滝や美しい海の景色を眺めたりするとか。。。この展覧会には水をテーマにして創作された絵画、写真、映像などが100点展示されている。

こういうテーマ型の展覧会はタイプの異なる作品を一つにまとめる横串しを考えるのが一番難しい。今回設定されたキーワードは“たゆたう”、“動く”、“満ちる”、“水と人”の4つ。見る側は過去見たことのある絵画がこういうくくり方をされると新鮮な気持ちでまた対面し、あらためて感じ入ったという人もいれば、どうしてこの絵がここにあるの?としっくりいかない人もいる。

絵を“理解しよう”として見ている人は大体なにかしら注文をつける。元来、作品中心主義で絵は“感じる”ために鑑賞しているので、テーマとのあてはまり度とかは気にしない。“モネ、大観から現代まで”のサブタイトルに惹かれてやってきたから、お目当ての作品と対面できればそれで満足。では、チラシに使われているアサヒビール・大山崎山荘所蔵のモネの睡蓮はどうか?率直に言って、魅力度は国立新美術館にでている睡蓮(拙ブログ05/10/26)の半分。この絵は既に見ているので、はじめから期待していない。モネ好きで“大回顧展”をみた人はこちらをはしごしないほうがいい。

見ごたえのある西洋画は“動く”のところに展示してあるクールベの作品。全部で5点ある。これまで見たことがあるのは大原の“秋の海”と山梨県美の“嵐の海”。ほかの3点ははじめてみた。上の“波”は一瞬、国立西洋美のものかと思ったが、これは村内美術館蔵だった。クールベは1860年代、英仏海峡に面した海岸の風景を沢山描いており、“波”は60点あるという。クールベの波の絵は前々から好きな絵であるが、村内美の“波”のとりわけ力強い描写が心を打つ。

空はうす暗く、荒れ模様の海面はうねり、白い波頭をみせる大きな波が岸にどどーっと押し寄せる様はダイナミックで、実景そのもの。形のさだまらない波を描くのは腕のいい画家でも苦労するのに、クールベは人間にはどうすることもできない自然の大きな力を見事に表現している。リアリスム絵画の真骨頂である波の絵や“エトルタ海岸、夕日”と遭遇できたのは大きな喜び。

“満ちる”にでてくるシニャックの2点もなかなかいい。下はその一枚で装飾的な香りがする“ヴェネツィア”(アサヒビール)。これを大山崎山荘でみたとき、国内にあるシニャックの作品では西洋美にある大きな絵“サン=トロペの港”と並ぶ名作でないかと思った。うす青緑のモザイク風の小片で海と空を表し、手前右とその斜め上のヨットで奥行きをつくり、真ん中に赤の鐘楼と教会を描く構図が目にやすらぎを与えてくれる。

日本画のお気に入りは“たゆたう”に飾ってある福田平八郎の“鮎”(大分県美)と徳岡神泉の“刈田”(東近美)、“池”(京近美)。また、はじめてみた横山大観の滝の絵“雲揺ぐ”や今村紫紅の“細雨”(ともに横浜美)にも魅了された。“水”は日本人にはすっと入っていけるテーマかもしれない。心穏やかになれるいい展覧会だった。

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2005.07.13

クールベ

118損保ジャパン東郷青児美術館で7/15まで開催中の17~19世紀フランス絵画展を見てきた。

この展覧会の存在は知っていたが、これまで足が新宿のほうに向かず、80%くらいはパスの気分であった。が、やはりクールベの代表作“出会い、こんにちはクールベさん”を見逃すのはもったいないという思いが強くなり、すべりこみセーフの入場となった。

今回は南フランスの町、モンペリエにあるファーブル美術館の所蔵作品を
90点展示している。クールベの絵を購入した資産家ブリュイアスが、コレクション
をファーブル美術館に寄贈したので、ここにクールベの名画が何点もある。
その内6点がでている。クールベの絵に神経を集中していたので、他の作品
はさらっと見たが、ドラクロアの“室内のアルジェの女性たち”に足がとまった。

クールベの絵に夢中ということはない。この画家の絵ではオルセーにある
大作、“オルナンの埋葬”、“画家のアトリエ”よりも、風景画や自画像のほうに
魅力を感じる。後年に描いた“嵐の後のエトルタの断崖”(オルセー)は一番
好きな絵。モネはこの絵に感銘を受けた後、“クールベのエトルタとは違う
エトルタを描く”と言ったという。国立西洋美術館と大原美術館に波を描いたいい
絵がある。水とか海を描くのは難しいと思うが、クールベは白い波頭をみせ、
岸に押し寄せる波を見事に表現している。生きた現実の姿を写し出すことを
追求したクールベのレアリスム絵画の傑作である。また、ブリジストンやひろし
ま美術館にある雪の中を駆ける鹿の絵にも心打たれる。

ファーブル美術館自慢の“出会い”は大きな絵。絵の具箱を背負ってモンペリエ
の町を訪れたクールベがパトロン、ブリュイアスの出迎えを受けるところを
スナップ写真のように描いている。背景の半分を占める空の青が明るく、
印象派の絵を見るよう。土色の道には3人と犬の影がくっきりとついている。
この絵をみていて、モネが若い頃に描いた“庭園の女たち”(オルセー)を思い出した。

クールベは多弁で自信家。自分の絵を買ってくれる大事なパトロンにたいして頭を
のけぞらすようにして、挨拶を受けている。絵がクールベの性格を如実にあらわして
いる。画家の心根まで出た絵をみるのははじめて。絵のタイトルは“こんにちはクール
ベさん”であって、“こんにちはブリュイアスさん”とはなってない。絵を見るときは絵
の出来ばえに関心があり、画家の人間性まで考えてない。この絵の素晴らしさをそ
のまま受け入れたい。

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