日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 浅間山
亜欧堂田善の‘浅間山図屏風’(重文 1804~18年頃 東博)
大河ドラマ‘べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~’を毎週のめりこんで観ているが、
25話(6/29)は天明3年(1783)7月、大噴火した浅間山がも
たらす大災害の話が中心だった。江戸にまで大量に降って来た火山灰は
昼でも空を夜のように暗くし、人々は大混乱に陥った。そして、‘天明の飢
饉’はこの天災により拍車がかかり、その惨状が長く語り伝えられること
になった。つくづく日本は災害大国だなと思う。
浅間山(2568m)は霊峰富士ほど多くは描かれてないが、目に焼き付いている作品はいくつもある。これぞ、浅間山!という印象が強く刷り込れているのが亜欧堂田善(1748~1820)の‘浅間山図屏風’。これは江戸時代に描かれた油彩画のなかで最大の作品で縦150cm、横338cmの大きな屏風に浅間山の雄大さを見事に表現している。大噴火から30年くらい後に描かれたので、まだ記憶にあったことだろう。
池大雅(1723~1776)は38歳のとき、友人二人と富士山、立山、白山に登る三岳紀行の旅に出る。信州では浅間山に登っており、その経験とスケッチをもとに‘浅間山真景色’を描いている。画面右前景に大きく描かれるのが浅間山で、山裾には軽井沢などふもとの集落が描かれている。左上には利根川が蛇行し、その先に筑波山がみえる。
火山が画家の絵心を強く刺激するようで、梅原龍三郎(1888~1986)は桜島に興味をそそられ、避暑先の軽井沢では浅間山に親しむようになる。浅間山の連作のなかでもっとも惹かれているのが東近美にある‘噴煙’。片岡球子(1905~2008)も活火山好きで桜島、浅間山、昭和新山などを描いている。‘火山(浅間山)’はぱっとみるとゴッホの絵が目の前をよぎる。これほど前衛的な風景画はほかにみたことがない。

































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