2022.04.14

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(20)

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  原三渓(1868~1939)

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 下村観山の‘弱法師’(重文 右隻 1915年 東博)

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 今村紫紅の‘熱国之巻’(重文 部分 1914年 東博)

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 横山大観の‘柳陰’(右隻 1913年 東博)

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 安田靫彦の‘今村紫紅像’(1916年 東博)

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  前田青邨の‘御輿振’(部分 1912年 東博)

横浜本牧にある三渓園をこれまで3回くらい訪問した。すばらしい庭園と京
都にいるのではと錯覚させられる三重塔をみると都会の喧騒を忘れとても穏
やかな気持ちになる。近代日本画に長く親しんでいると‘芸術のパトロン’と
呼ばれた実業家・原三渓(1868~1939)の名前は心に深く刻まれて
いる。

三渓が支援した多くの画家のなかでも、お気に入りだったのが下村観山
(1873~1930)。観山は三渓園近くの本牧和田山に居を構え晩年ま
で過ごした。その観山の代表作が重文に指定されている‘弱法師’、三渓園梅林
の古木をモデルにして謡曲の俊徳丸の悲話が幽玄的に描かれている。

横浜生まれの今村紫紅(1880~1916)も支援を受けていた。現在東博
にある‘熱国之巻’と‘近江八景’(ともに重文)は元は三渓が所蔵していたもの。
紫紅は31歳のとき文展に出品した‘護花鈴’が三渓の目にとまり、つきあいが
はじまった。また、紫紅とうまがあった安田靫彦(1884~1978)も
岡倉天心の口添えで三渓と関係ができ2人は小田原に転居している。

三渓と同い年の横山大観(1868~1958)は原邸に招かれて‘柳陰’を制
作した。また、前田青邨(1885~1977)も三渓から援助をしてもらっ
ていたが、‘御輿振’の下絵をみせたところ、三渓に‘うちに来て描け’といわれ
原邸の奥座敷で1ヶ月泊まりこみ描き上げた。ほかに速水御舟や小林古径らも
三渓は面倒をみた。

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2022.04.13

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(19)

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足立全康(1899~1990)

Img_0003_20220413222801  横山大観の‘雨はる’(1940年 足立美)

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Img_0002_20220413222801   横山大観の‘紅葉’(1931年 足立美)

明治以降に活躍した日本画家で死ぬまでつきあっていこうと思っているのは
6人いる。横山大観(1868~1958)、菱田春草(1874~1911)、
上村松園(1875~1949)、鏑木清方(1878~1972)、
東山魁夷(1908~1999)、加山又造(1927~2004)。回顧
展に何度出かけても次はもういいかなとは決してならない。腹の底から好き
なのである。今、東近美で行われている‘鏑木清方展’へは来週、また足を運ぶ
ことにしている。

200%魅了されている画家の場合、理想をいうと美術本や画集に載ってい
る作品は全部みたい。だから、この6人についてはまだ縁がない名画のリス
トをつくっている。そして、ときどきみている。みたからといってその絵と
の対面が叶うわけではないが、その可能性はゼロではない。たとえば、鑑賞を
ほとんど諦めていた清方の‘築地明石町’がなんと2019年、東近美に登場し
た。本当に夢のような展示だった。

この幻の名画リストの作成はあるコレクターの興味深い話とつながっている。
その人物は横山大観のコレクションで有名な実業家・足立全康氏(1899
~1990)。そのコレクションは1970年に開館した足立美術館(島根
県安来市)にどんと展示されている。ここの大観の目玉は琳派を連想させる
華麗な‘紅葉’と8点ある‘海山十題’(全20点のうち)。‘山に因む十題’の
‘雨はる’と足立氏はあるとき大阪の古美術屋で出会う。とても気に入ったが、
まったく手がでない値段だった。そこで、図録を手に入れこの‘雨はる’のとこ
ろを切り抜いて、十何年という長い間、自分の部屋に掛けていたという。
そして、この絵に対する強い思いが実を結び手に入れることができた。

この話がすごくおもしろかった。コレクターは手に入れたい一心で図録をい
つもみている。魅了された絵を追っかけリストをつくって鑑賞の機会を夢見、
全点制覇をめざす。絵画を愛することでは同じである。

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2022.04.12

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(18)

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 松方幸次郎(1866~1950)

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  モネの‘睡蓮’(1916年 西洋美)

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  ゴッホの‘アルルの寝室’(1889年 オルセー美)

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ルノワールの‘アルジェリア風のパリの女たち’(1872年 西洋美)

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 ゴーギャンの‘シュフネッケル一家’(1889年 オルセー美)

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   マネの‘自画像’(1878~79年 ア―ティゾン美)

印象派が好きな美術ファンは日本に数多くいるが、そのなかでとくにモネ
(1840~1926)に魅了されているなら国内の美術館をまわってい
るだけでも大きな満足がえられる。過去開催されたモネ展にでかけて感心
させられるのが日本にあるモネの多さ。作品もバラエティに富んでいて、
初期の作品から連作‘積み藁’や‘睡蓮’などの質の高い作品が目を楽しませて
くれる。

日本の美術館でモネの殿堂ともいえるのが国立西洋美。モネがなんと13
点もある。これらはあの有名な松方コレクション。松方幸次郎(1866
~1950)は神戸の川崎造船所(現・川崎重工業)の社長で明治の元勲
の松方正義の三男だった人物。第一次大戦前後の造船ブームで得た莫大な
資金を手にロンドンやパリで近代絵画を買いまくった。美術活動を支援す
るパトロンであり大コレクターであった。

2019年、西洋美の開館60周年を記念する‘松方コレクション展’が
開催されて、オルセーからゴッホ(1853~1890)のとびっきり
の傑作‘アルルの寝室’が出品された。実はこの絵は松方コレクションだっ
たが、金融恐慌が川崎造船所をも直撃し絵画だけでも千点を超すといわれ
た大コレクションは荒波にもまれ様々な運命をたどることになった。パリ
に残ったその一部は第二次大戦をくぐりぬけたが、その後敵国資産として
フランス政府に没収された。そして、日本とフランスとの間でこのコレク
ションについて長い交渉が行われ、1959年フランス政府からの‘寄贈’
という形で作品が引き渡されることになった。

でも、フランスは重要な作品は残留リストをつくり返してくれなかった。
‘アルルの寝室’はダメでそのかわりの‘寄贈’とされたのがルノワール
(1841~1919)の初期の名画‘アルジェリア風のパリの女たち
(ハーレム)’。ゴーギャン(1848~1903)の‘シュフネッケル一
家’も返してもらえなかった。マネ(1932~1883)は自画像は2点
しか描いてないが、その1点が日本にある。つい最近、ア―ティゾン美の
コレクション展で久しぶりに会った。

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2022.04.11

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(17)

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大原孫三郎(左)と児島虎二郎(右)

 

Img_0003_20220411225501  エル・グレコの‘受胎告知’(1600年頃 大原美)

Img_20220411225501     モネの‘睡蓮’(1906年)

Img_0002_20220411225501   ゴーギャンの‘かぐわしき大地’(1892年)

Img_0004_20220411225601   ロートレックの‘マルトX夫人の肖像―ボルドー’(1900年)

Myカラーが緑&黄色なのは1986年、西洋美で開かれたワールドクラス
のエル・グレコ(1541~1614)の回顧展をみたことが大きく関係し
ている。このとき忘れられない光景があった。それはほぼ同じ構図と色使い
で描かれた倉敷の大原美とブダベスト美が所蔵する2つの‘受胎告知’が並んで
飾られていた。こういう鑑賞体験があると大原美のコレクションの凄さがい
っぺんに理解できる。

倉敷の実業家、大原孫三郎(1880~1943)がこの絵を手に入れるのに
大きな働きをしたのが、大原の依頼をうけて欧州に行き絵画を収集していた
洋画家の児玉虎次郎(1881~1929)。虎次郎は同じ岡山県の出身で
孫三郎よりひとつ年下。孫三郎はパトロンとして生涯虎次郎を経済的に支援
し、絵画収集を一任していた。2度目の欧州行きのとき、1922年(大正
11年)児島はパリの画商のところへいくと‘受胎告知’があった。
値段は15万フランと非常に高かったので、すぐ大原に電報を打って買って
いいか確かめて購入している。当時の5万円で大原美術館が1930年に建
ったときその費用が同じ5万円だった。

虎次郎の絵画購入話はまだある。大原美にあるモネ(1840~1926)
の‘睡蓮’は虎次郎がジヴェルニーのモネの邸宅を訪ねて直談判して売ってもら
ったもの。この頃モネの絵は入手が極めて困難だったが、虎次郎は熱い
思いをモネにぶつける。‘私個人のためではありません。日本の若い絵描きのために、絵を譲ってください’。この体当たり作戦が功を奏しモネは秘蔵の大作‘睡蓮’を手放してくれた。

そして、ゴーギャン(1848~1903)の有名な‘かぐわしき大地’とロー
トレック(1864~1901)の‘マルトX夫人の肖像―ボルドー’も虎次
郎の眼力によるもの。とくにゴーギャンの絵はやがて大原美だけでなく日本
の宝になるのだから、本当に‘good job’だった。

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2022.04.10

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(16)

Img_20220410223801   ‘分離派館’

Img_0001_20220410223801  クリムトの‘ソーニア・クニップスの肖像’(1898年 ベルヴェデーレ宮)

Img_0003_20220410223801  クリムトの‘アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ’(1907年 ノイエギャラリー)

Img_0005_20220410223801  クリムトの‘死と生’(1915年 レオポルト美)

Img_0002_20220410223801  シーレの‘ほおずきの実のある自画像’(1912年 レオポルト美)

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シーレの‘沈みゆく日’(1913年 レオポルト美)

絵画の新しい様式が人々の好みを変え大きなムーブメントを起こすとき、
それを支持する資産家のパトロンや画商が強く関わっている。世紀末芸術
の潮流のなか分離派を立ち上げたクリムト(1862~1918)を支援
したのは裕福なユダヤ人たち。ウィーンにある‘分離派館’の建設資金のすべ
てを彼らがだした。ユダヤ人の支援こそが世紀末芸術を生んだと言って
も過言ではない。

クリムトは社交界で知られている貴婦人たちの肖像画を数多く手がけた。
‘ソーニア・クニップス’の夫はオーストリアの金属業界を牛耳る大物実業家
で、彼女は当時25歳。結婚の2年後にクリムトに肖像画を依頼した。
‘アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ’は現在、NYのノイエギャラリー
に飾られている。2013年、メトロポリタンから歩いて10分くらいの
ところにあるこの美術館を期待で胸をふくらませて訪問した。このとき
入館料はとられなかったが、今はどうなっている?

ユダヤ人の裕福な銀行家の娘に生まれたアデーレは18歳で結婚する。17歳
年上の夫フェルディナンド・ブロッホ=バウアーは金融業や砂糖工場を営む
億万長者だった。絶大な人気だったクリムトに肖像画を描いてもらうという
ので、首にピッタリはめるネックレスをオーダーメイドでつくらせている。
超高級ジュエリーが金箔全開で装飾されたアデーレの美しさをいっそう引き
立てている。

まだ縁がないレオポルト美をつくったルドルフ・レオポルト(1925~
2010)もユダヤ人。この美術館にあるクリムトやシーレ(1890~
1918)の作品はこれまで日本で開かれた二人の回顧展に何度か遭遇した
から、クリムトの‘死と生’やシーレの‘ほおずきの実のある自画像’などを楽し
ませてもらった。手元の作品情報にはまだみてないいい絵がいくつか残って
いる。とくにシーレの‘沈みゆく日’が気になってしょうがない。 

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2022.04.09

Antytime アート・パラダイス! パトロン物語(15)

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 ペギー・グッゲンハイム(1898~1979)

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エルンストの‘花嫁の着付け’(1939年 ヴェネツイア ペギー・グッゲンハイム美)

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 ポロックの‘月の女’(1942年)

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  ポロックの‘五尋の深み’(1947年 MoMA)

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 バッラの‘抽象的速度と音’(1913~14年)

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  マレーヴィッチの‘無題’(1916年)

ヴェネツィアにあるペギー・グッゲンハイムコレクションには運よく2回訪
問することができた。ここは典型的な邸宅美術館で近・現代美術を熱心に支
援したペギー・グッゲンハイム(1898~1979)が住んでいた場所。
彼女はソロモン・R・グッゲンハイムの姪で、父親は1912年あの有名な
旅客船タイタニック号に乗り合わせたために亡くなった。このときペギーは
14歳だった。高額の遺産が約束されたペギーはアート中毒といわれるほど
美術の世界にのめり込んでいく。

ペギーの集めたコレクションでもっとも強い衝撃をうけたのはシュルレアリ
スト、エルンスト(1891~1976)の‘花嫁の着付け’。魔術的な匂い
のするちょっと怖い絵。ペギーはエルンストと1941年に結婚したが、す
ぐに破局がやってきた。エルンストはほかにも4点あり、なかなかみれない
作品と遭遇したことは大きな収穫だった。

ペギーは若い才能あるポロック(1912~1956)をパトロンとして全
面的に支援した。ここには全部で4点飾ってあった。‘月の女’はミロやピカソ
の影響がみられる初期の傑作。月女というのはおもしろい発想。‘五尋の深み’
はドリップ・ペインテイングの手法で新境地を開いた初期の作品のひとつで、
ペギーによりMoMAに寄贈された。ミントグリーンの色を使った密度の濃
いオールオーヴァーな画面になっている。

イタリア未来派のスピード感のある抽象絵画にもペギーは魅了され、バッラ
(1871~1958)、ボッチョーニ、セヴェリーノらの作品の購入して
いる。バッラの‘抽象的速度と音’はいかにも未来派らしいタイトル。たしか
にぐるぐるまわる赤の帯をみるとそんな感じがしてくる。また、抽象絵画全
開のマレーヴィッチ(1878~1935)の‘無題’にも注目している。

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2022.04.08

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(14)

Img_0001_20220408223901  アルバート ・C・バーンズ(1872~1951)

Img_0004_20220408223901   セザンヌの‘大水浴’(1900~1905年 バーンズコレクション)

Img_0005_20220408223901   セザンヌの‘カード遊びをする人たち’(1890~92年)

Img_20220408223901   スーラの‘ポーズする女たち’(1886~88年)

Img_0002_20220408224001   スーチンの‘小さな菓子職人’(20世紀)

Img_0003_20220408224001   マティスの‘ダンス’(1932~33年)

コートールドコレクションが披露された1984年の10年後、日本の展覧
会シーンにおけるひとつの‘事件’ともいえる‘バーンズコレクション展’
(1994年 西洋美)が開かれた。当時NHKの日曜美術館にとりあげら
れるなど大きな話題になった。アルバート・C・バーンズ(1872~
1951)は製薬業で大金持ちになったアメリカ人。彼が収集した印象派や
スーラ、マティスなどの名画はフィラデルフィア州メリオンのバーンズ財団
美から外にでたことのない秘蔵のお宝だった。それがギャラリーを改築する
ことで休館になったため、ワシントン、パリ、東京で公開されることになっ
た。このすばらしいコレクションに巡りあえたのは一生の思い出である。

セザンヌ(1839~1906)の‘大水浴図’は3点ある。所蔵するのはロン
ドンのナショナルギャラリー、フィラデルフィア美、バーンズコレクション。
バーンズは1933年画商のボラールから買った。4年後、フィラデルフ
ィア美が別の‘大水浴’を手にいれることになったとき、記者会見で‘近郊の
バーンズ美にはひと回り小さい二番手の作品がある’と説明してしまった。
これに激怒したバーンズはすぐ記者を集め、‘私の絵は断じて二番手ではない。
うちのは完成作だが、むこうはスケッチのようなものだ’と反論した。

オルセーとコートールドにある‘カード遊びをする人たち’に登場する人物は
2人なのに対して、メトロポリタンのものは4人になり、バーンズコレクシ
ョンのヴァージョンではさらに女の子が加わり5人。そのため、絵のサイズ
は縦1.3m、横1.8mの一番大きな絵になっている。セザンヌのこの
シリーズに魅了されているので、夢中になってみた。

アメリカの美術館にはかなりの数のスーラ(1859~1891)があるが、
この頃はまだこの点描画家との縁は薄かった。だから、日本で‘ポーズする女
たち’に出会えたことは夢のよう。お陰でスーラはシカゴ美の‘グランドジャッ
ト島の日曜日の午後’など主要な作品はだいたいみることができた。
そして、スーチン(1893~1943)はパトロンのバーンズの支援によ
って一流画家の仲間入りしたことを知ったのもこの展覧会。‘小さな菓子職人’
をそうだったのか、とまじまじみていた。

セザンヌ、スーラとともに目玉の絵がマティス(1869~1954)。
‘生きる喜び’や‘リフ族の男(座るモロッコ人)’、‘3姉妹’、‘音楽のレッスン’
など全部で14点。まさにミニマティス展。バーンズはマティスに壁画‘ダン
ス’の別ヴァージョンを依頼しているが、この絵とはまだ縁がない。フィラデ
ルフィアに移った美術館をいつか訪問してみたい。

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2022.04.07

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(13)

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 サミュエル・コートールド(1876~1947)

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  ルノワールの‘桟敷席’(1874年)

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  ドガの‘舞台上の二人の踊り子’(1874年)

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 マネの‘フォリー=ベルジェールのバー’(1882年)

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セザンヌの‘大きな松のあるサント=ヴィクトワール山’(1887年)

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   ゴーギャンの‘ネヴァーモア’(1897年)

印象派やポスト印象派に心を奪われている人にとって、パリのオルセー美は
なんとしても訪ねたい美術館。これを実現すると次はどこへ行くかは海外旅
行のグランドプランとの兼ね合いになる。アメリカを選択すれば、NYの
メトロポリタンやワシントンのナショナルギャラリー、ボストン美などで
念願の名画との対面が可能になる。ヨーロッパをずっとまわりたい人なら
オプションはいろいろある。ゴッホ狂ならオランダのアムステルダムやクレ
ラー=ミュラーに足が向かうだろうし、印象派を全般的に楽しみたい人な
らロンドンのナショナルギャラリーとコートールドをめぐるという手もある。

イギリスで印象派の絵画に人々の目をむけさせるのに大いに貢献したのがレ
ーヨンの製造で財を成したサミュエル・コートールド(1876~1947)
。コートールドコレクションをみたのはロンドンでなくて、日本の百貨店。
1984年、日本橋高島屋でこの有名な印象派&ポスト印象派の名画の数々
が披露された。スイスのジュネーブに住んでいたときオルセーへ行った
1982年の2年後のことである。そのため、あとから振りかえると、短期
間に印象派の真髄にふれることができたのは本当に幸せなことだった。

コートールドコレクションは1997年にもまた日本橋高島屋にやって来た。
だから、ロンドンに出かけなくてもいい絵は全部みせてもらったという感じ。
これは有難い。そして、2度あることは3度あるではないが、3年前にも
自慢のコレクションが東京都美にずらっと並んだ。2010年のロンドン旅
行でようやくこの邸宅美術館のなかに足を踏み入れていたので,都合4回目
の鑑賞となった。

いい絵を知る手がかりはやはり画集に載っている作品情報。コートールドが
パトロンとして凄いところはマネにしろルノワールにしろ画集に絶対欠か
せないピースとなる重要な作品を購入していること。これは回顧展が開かれ
ると多くの人がその絵の前に集まるということである。
こういう絵をみるときは言葉はいらない。同じ年に描かれたルノアール
(1841~1919)の‘桟敷席’とドガ(1834~1917)の‘舞台上
の二人の踊り子’、そして、マネ(1832~1883)の最晩年の傑作‘フォ
リー=ベルジェールのバー’。この絵の5年後に描かれたセザンヌ(1839
~1906)の‘大きな松のあるサント=ヴィクトワール山’。この絵は浮世
を影響をうけていると思うが、そのことをセザンヌはおくびにも出さない。
ゴーギャン(1848~1903)の‘ネヴァーモア’はタヒチ女の強烈な存在
感に思わずたじろいでしまう。

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2022.04.06

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(12)

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イワン・モロゾフ(1871~1921)

Img_0003_20220406225401  セザンヌの‘サン=ヴィクトワール山の平野’(1879年 プーシキン美)

Img_0001_20220406225401  セザンヌの‘煙草を吸う男’(1890~92年 エルミタージュ美)

Img_0004_20220406225401   ドニの‘ポリュフェモス’(1907年 プーシキン美)

Img_20220406225401   ゴーギャンの‘アルルのカフェ’(1888年 プーシキン美)

Img_0002_20220406225401   ゴッホの‘刑務所の中庭’(1890年 プーシキン美)

シチューキンの名前がでると一緒に語られるパトロンがイワン・モロゾフ
(1871~1921)。巨漢のモロゾフはシチューキンよりも20歳若
く、セザンヌ(1839~1906)やボナール(1867~1947)、
ドニ(1870~1943)らの絵を熱心に購入した。セザンヌは18点
あり‘サント=ヴィクトワール山の平野、ヴァルクロからの眺め’はセザンヌ
が連作のように何度も描いたサンク=ヴィクトワール山の初期のころの
作品。これは日本で披露された。‘煙草を吸う男’は2010年、ロンドンに
行ったときコートールド美で‘カード遊び’にスポットをあてたミニセザン
ヌ展が開催されており、この絵が出品されていた。セザンヌのトランプ遊
びや普通の庶民を描いた風俗画には大変魅了されているのでテンションが
一気にあがった。

モロゾフはナビ派に傾倒し、1906年モーリス・ド二(1870~
1943)と知り合った。ドニのアトリエを訪ねたモロゾフは神話画
‘バッカスとアリアドネ’が気に入り購入するとともに、この対となる‘ポリ
フェモス’を注文した。ギリシャ神話は多くの画家たちがてがけているが、
ドニ流の神話の表現は日が差す地中海を連想させるような明るい舞台設定
が特徴。一度見たら忘れられない。

作品のコンプリートを願っている画家のひとりに入っているゴーギャン
(1848~1903)は運よくロンドンのテートモダンで大回顧展
(2010年)をみれたので、全点制覇するという途方もない夢をもって
もいいかなと思うようになった。追っかけリストの第一列に載せているの
がモロゾフが所蔵していた‘アルルのカフェ(ジヌー夫人)’。ゴッホも夫人
を描いているが、同じ人物なのに別人のようになっているのがおもしろい。

日本で何度か開かれたプーシキン美展に登場したゴッホ(1853~
1890)の‘刑務所の中庭’をみたときの衝撃がいまもかすかに残ってい
る。刑務所にいる囚人を描いた絵はほかにあっただろうか。刑務所ではな
いが、日本の香月康男が描いたシベリア抑留の絵が頭をかすめる。

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2022.04.05

Anytime アート・パラダイス! パトロン物語(11)

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 セルゲイ・シチューキン(1854~1936)

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  マティスの‘音楽’(1909~10年 エルミタージュ美)

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  マティスの‘金魚’(1912年 プーシキン美)

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  ピカソの‘扇を持った女’(1908年 エルミタージュ美)

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 ゴーギャンの‘ヴァイルマティ’(1892年 プーシキン美)

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 ルノワールの‘黒い服の娘たち’(1880~82年 プーシキン美)

絵画への思い入れが強くなると、その絵を描いた画家の制作事情にも関心が
むかう。その情報には詳しいことはわからなくても絵を注文したパトロン
の名前も自然とインプットされる。美術史においては新しい様式の作品が
登場するときは、その背景には画家を支援する資金豊かな美術愛好家がいる
ことがよくある。名前がすぐでてくるパトロンの一人がマティス(1869
~1954)の絵を多く買ったロシアの富豪セルゲイ・シチューキン
(1854~1936)。

シチューキンのコレクションでその数が多いのはマティス(43点)とピカ
ソ(50点)。1999年サンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美を
訪問したとき、もっとも印象深かったのは質、数ともに充実しているレンブ
ラントとマティスだった。マティスの1910年に完成した大作‘ダンス’と
‘音楽’がみれたのは生涯の喜びである。コレクションはエルミタージュと
プーシキンに分割して展示されているが、日本にやって来た‘金魚’も忘れら
れない。

マティス同様、シチューキンの邸宅にはピカソ(1881~1973)だけ
の部屋もあった。エルミタージュでは初期キュビスム時代に描かれた‘扇を持
った女’や‘農婦’、青の時代の‘アプサント好きの女’、‘姉妹(面会)’などが記憶
されている。美術本にキュビスムの作品‘女王イザボー’というのが載っている
が、残念なことにまだ縁がない。エルミタージュ、プーシキンのどちらにあ
るのだろう。

印象派&ポスト印象派でお気に入りは日本で2度お目にかかったゴーギャン
(1848~1903)の‘彼女の名前はヴァイルマティといった’。視線を
釘づけにする薄ピンク、紫、青の強さが脳にこびりついている。そして、
ルノワール(1841~1919)の‘黒い服の娘たち’もサプライズの傑作。
黒が使われたルノワールではこの絵とコートールド美にある‘桟敷席’がすぐ
頭をよぎる。

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