2017.09.21

美術館に乾杯! シカゴ美 その九

Img     ホッパーの‘夜更かしをする人たち’(1942年)

Img_0001     ホーマーの‘にしん漁’(1885年)

Img_0002     コールの‘ナイアガラ滝の眺め’(1830年)

Img_0003     チャーチの‘コトパクシ火山の眺め’(1857年)

シカゴ美が印象派コレクション以外の作品で最も誇らしく思っているのは間違いなくホッパー(1882~1967)の‘夜更かしをする人たち’。この絵をみれたことはスーラの‘グランド・ジャット島の日曜日の午後’同様、生涯の喜び。

運がこちらに向かってくるときひとつだけでなくふたつくらい一緒にやってくることがある。入館すると驚いたことにホッパーの大規模な回顧展が行われていた!もう天にも昇る気分。追加のお金を払ってまず想定外のオマケを楽しむことにした。

‘夜更かしをする人たち’が大都会の孤独を感じさせるところはドガのパリのカフェを描いた‘アプサント’とよく似ている。ともに映画の一シーンを見ているようで、描かれている男女の姿からつい勝手にありそうな物語を想像してしまう。夜も更け静寂なレストランの一角に黙って座るふたり、ずっと続きそうなこの深い沈黙は見る者にとっても長く記憶にとどまる。

アメリカの具象画で関心を寄せているのはサージェント、ホイッスラー、ホッパー、そしてホーマー(1836~1910)、このホーマーの水彩画展がホッパー展の横の部屋で同時開催されていた。まさに‘幸せ二段重ね’、おかげでホーマーに開眼した。所蔵する油彩画の‘にしん漁’も展示されており、大きくうねる波と格闘しながらに網にかかったにしんを引き上げるたくましい漁師たちを息を呑んでみていた。

事前の情報が一切なかった2つの回顧展に時間をとられたので、ハドソンリバー派のトマス・コール(1801~1848)とエドウイン・チャーチ(1821~1900)がそれぞれ壮麗に描いたナイアガラの滝とエクアドルの火山の大パノラマはみることができなかった。これもシカゴの忘れ物。

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2017.09.20

美術館に乾杯! シカゴ美 その八

Img     アンリ・ルソーの‘滝’(1910年)

Img_0003     バルテュスの‘トランプ占い’(1943年)

Img_0002     ベックマンの‘自画像’(1937年)

Img_0001     サージェントの‘人物を描く女性画家’(1907年)

手元にあるアンリ・ルソー(1844~1910)の画集を何度もみているので、どの絵がどこの美術館におさまっているかはおおよそ頭のなかに入っている。ざっとみて主要作品の半分はアメリカの美術館が所蔵している。正確なチェックはできていないが、大きな美術館でみるとボストン美以外はどこへ行ってもルソーを楽しめる。

シカゴ美にあるのは最晩年に描かれた‘滝’、残念なことに2008年に訪問したときは姿をみせてくれなかった。2度目のシカゴ旅行が実現したら真っ先に突進することにしている。ルソーの代名詞になっている熱帯森林画をもっているアメリカの美術館はメトロポリタン、MoMA、ワシントンナショナルギャラリー、シカゴ、フィラデルフィア、クリーブランド、バージニア、ノートン・サイモン。

クリーブランド美の‘水牛を襲う虎’はありがたいことに2014年日本にやって来た。残るはシカゴ、リッチモンドのバージニアとパサディナのノートン・サイモン。一番近い目標にしているのが、ノートン・サイモンの猿がいっぱいでてくる作品。果たして夢が実現するか。

3年前大きな回顧展があったバルテュス(1908~2001)、METが4点くらいもっているが、シカゴが所蔵しているのは‘トランプ占い’。モデルの少女はいつものように右膝をつきテーブルに寄りかかってひとりでトランプ占いをしている。この膝を立てたりついたりするポーズが観る者の心をザワザワさせる。

ドイツ表現主義のベックマン(1884~1950)はフランスやイギリスの美術館では頻繁には遭遇しないのに、アメリカのコレクターは想像以上にこの画家を集めている。自画像は昨年あったデトロイト美でもみたし、かなり昔出かけたハーヴァード大のフォッグ美でも対面した。ベックマンが自画像を何点も描いたのはゴッホに影響されたのかもしれない。

本籍アメリカ、現住所パリの画家サージェント(1856~1925)は今日本での回顧展を強く望んでいる画家。はたからみると妄想しすぎと切捨てられそうだが、あと数年したら実現するとみている。そのとき、‘人物を描く女性画家’が出品されると心はバラ色になる。

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2017.09.19

美術館に乾杯! シカゴ美 その七

Img     スーラの‘グランド・ジャット島の日曜日の午後’(1886年)

Img_0001     ロートレックの‘ムーラン・ルージュにて’(1892年)

Img_0003     ゴッホの‘ルーラン夫人’(1889年)

Img_0002     ゴーギャンの‘ノ・テ・アハ・オエ・リリ’(1896年)

先週、箱根の岡田美でみた歌麿の肉筆画三部作‘雪月花’のうち、‘品川の月’は高精細複製画だった。この絵を所蔵するフリーア美ではコレクションを美術館の外に出さないというのが決まりになっているため、こういう展示のスタイルとなった。

こうした門外不出扱いとなっている作品がもう一点インプットされている。それはシカゴ美に飾られているスーラ(1859~1891)の代表作‘グランド・ジョット島の日曜日の午後’、日本で待っていても絶対みれない。2008年アメリカ旅行ツアーに参加したのはこの絵と対面するためだった。

アメリカの在住している人ならシカゴへ足を運ぶのはそう難しいことではないだろうが、団体観光で出かけるとなるとNYやボストンと違ってシカゴが含まれているツアーが少ないため、シカゴ美には運がいくつも重ならないとたどりつけない。だから、スーラの用いた点描画法の最高傑作が目のなかに入った喜びを今でも噛みしめている。

作品の前では点描画の一番いい見方になるようにあまり近づきすぎないようにした。周りをみても最接近してみている人は少なく、皆ちょっと離れてじっとながめている。この絵はパッと見るとからくり人形を何体も左向きにさせて手前から奥のほうにむかって一定の間隔で置いていったような印象をうける。そして、不思議なのは音がまったく聞こえてこない。休日を楽しむ人々が大勢集まるパリの郊外の有名な行楽地というのに。

この絵をみてスーラの点描画を一点でも多くみたいと強く思うようになった。コンプリートにはまだとどかないが、画集に載っている主な作品はおおかたみることができた。今はアメリカの美術館にある2,3点が当面のターゲットだが、その可能性はかなり低い。でも、望みはもち続けることにしている。

印象派関連の作品でスペシャルな収穫はスーラ、カイユボットのほかにもう一人いる。ロートレック(1864~1901)、アメリカに数多くある油彩画のなかで最も魅了されているのはこの‘ムーラン・ルージュにて’とワシントンナショナルギャラリーにある‘シルぺリックでボレロを踊るマルセル・ランデール’。

‘ムーラン・ルージュにて’で目が点になったのは手前右で体の半分が画面からはみ出している踊り子の顔。下からのライトを受け浮かび上がった顔は不気味にも緑と白で描かれている。こんな色使いをするのだからロトレックの色彩感覚はスゴイ。浮世絵からヒントを得た構図とこの踊り子のアップの顔はこの絵に特別な魅力を与えている。

ゴッホ(1853~1890)とゴーギャン(1848~1903)はアメリカでも多くのコレクターに愛されれいるが、シカゴ美にもいい絵が揃っている。5点みたゴッホでお気に入りは‘ルーラン夫人’、現在東京都美に展示されているボストン美のものは最初に描かれたルーラン夫人でシカゴにあるのはこの絵をもとにして描かれた最初のレプリカ、ほかに3点ある。

シカゴのルーラン夫人はじつは2003年に日本にやって来た。5点あるなかでボストンとシカゴのものが一番いいというのが率直なところ。ゴッホが描いた女性の肖像画ではこの2点が最高ランクと勝手に決めている。このルーラン夫人のきりりとした目が心をとらえてやまない。

ゴーギャンの作品は2度目のタヒチで描かれたもの。現地の言葉でつけられたタイトルの意味は‘なぜ怒っているの’。女性たちの表情や姿とタイトルがすぐ結びつかないが、こうなっている。

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2017.09.18

美術館に乾杯! シカゴ美 その六

Img_0001     カイユボットの‘パリ、雨の日’(1877年)

Img_0002     モネの‘サン・ラザール駅’(1877年)

Img_0003     モネの‘リンゴとブドウのある静物’(1880年)

Img     セザンヌの‘オーヴェール、パノラマの眺望’(1873~75年)

画家の名前を知っていて作品をあるていどみているもののその魅力がまだつかめてない。そんな状態が一枚の絵との出会いによって画家の才能に一気にめざめることがある。カイユボット(1848~1894)はそんな画家のひとり。

作品の大きさも絵画の魅力に大きくかかわっている。カイユボットの‘パリ、雨の日’は縦2.13m、横2.76mのとても大きな絵。この大きさがどんなインパクトをもっているかは図版ではわからない。そのため、事前に作成した必見リストにあげていた作品のなかでこの絵に◎はついてなかった。

ところが、近代都市化路線をまっしぐらに進むパリの情景をスナップショット的にとらえたこの絵の前に立つと、びっくり仰天。カイユボットってこんないい絵を描いていたの!?、という感じ。とくに感心したのが雨に濡れて光っている歩道の質感描写。200%KOされた。

じつは鑑賞の前、現地ガイドから‘カイユボットの絵はホールの中央にありますから見逃さないで下さい’と案内されていた。この絵はシカゴ美自慢の絵だったのである。まさに看板通りの傑作だった。この感激は一生忘れられない。

もう一枚、想像もしなかったサプライズがあった。画集に載っていたモネ(1840~1926)の‘リンゴとブドウのある静物’がこれほど心を奪われる静物画だったとは。白い卓布の上においてあるリンゴとブドウが透明の陽を浴びてまばゆいばかりに照り輝いている。風景画が得意のモネなのに静物画でこれほどいい気分にさせてもらえるとは思ってもいなかった。

モネの作品はほかの画家にくらべて群を抜いて数が多く全部で25点でていた。ちなみにマネ9点、ルノワール8点、セザンヌ5点。お目当ての‘積み藁’の連作や‘サン・ラザール駅’を目に気合をいれてみたが、脇役の静物画の衝撃が強すぎて集中できなかった。

セザンヌ(1839~1906)の風景画というと、サント・ヴィクトワール山がすぐイメージされるが、ここにあるゴッホ終焉の地として有名なオーヴェールの光景を描いた作品に大変魅了されている。印象深いのが赤と青の屋根がリズミカルの配置されているところ。セザンヌのこれほど明るい風景画は珍しい。

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2017.09.14

美術館に乾杯! シカゴ美 その五

Img     マネの‘新聞を読む女性’(1879年)

Img_0001     ルノワールの‘テラスにて’(1881年)

Img_0002     ルノワールの‘フェルナンド・サーカス’(1879年)

Img_0003     ドガの‘婦人帽子店’(1882年)

アメリカの美術館をまわっていて体が一番震えるのはやはり印象派やポスト印象派の作品の前に立ったとき。メトロポリタン、ボストン、ワシントンナショナルギャラリー、フィラデルフィア、シカゴ、このビッグ5には画集でお馴染みの名画がここにもあそこにも飾ってある。

シカゴ美にある印象派コレクションはシカゴにゆかりのあるコレクターたちが美術館に寄贈した作品によりできあがっている。とにかくアメリカ人は印象派が大好きで作品の魅力をみぬく高い眼力をはたらかせ次々と買い込んでいった。マネからはじまり、モネ、ルノワール、カイユボット、ドガ、ロートレック、セザンヌ、スーラ、ゴッホ、ゴーギャン、、といい絵がずらっと並んでいる。

マネ(1882~1883)は9点あったが、お気に入りは日本にもやって来た‘新聞を読む女性’。こういう帽子を被っら女性にはどこか洒落たイメージがありかんたんには近づけない。この遠い距離感がいっそう心をざわつかせる。小さい頃近所に帽子屋をやっている家があったが、そこの奥さんはよく似合う帽子をいつも被っていた。

ルノワール(1841~1919)は涙がでるほどいい女性の絵が2点ある。もう可愛いくって仕方がない‘テラスにて’と‘フェルナンド・サーカス’、これをみてシカゴ美は本当にスゴイ美術館だと思った。できることなら死ぬまでにもう一度このルノワールをみたい。

アメリカにあるドガ(1834~1917)で最も魅了されているのはメトロポリタンにある‘菊のある婦人像’とここの‘婦人帽子店’、この絵で惹かれるのは巧みな構図。帽子をさわっている店員の姿をすこし上からとらえ、帽子を飾っている台のふちは左側から斜めにせりだすように描かれている。これはすぐには思いつかない。何度も描き変えこの形になったのだろう。ドガ一番の傑作と勝手に決めている。

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2017.09.13

美術館に乾杯! シカゴ美 その四

Img     ドラクロアの‘ジャウールとパシャの戦い’(1826年)

Img_0001     アングルの‘男性の肖像’(1823~26年)

Img_0002     モローの‘ヘラクレスとレルネーのヒドラ’(1876年)

Img_0003     アンソールの‘魚と海老のある静物’(1898年)

パリのルーヴルやグラン・パレ、ロンドンのナショナルギャラリーのHPを定点観測しようと年のはじめに思うものの、実際には実行されない。そんな気持ちにさせるのはこうした美術館では西洋絵画世界で誰もが知る大物画家の回顧展がときどき開かれるから。

今年はルーヴルで確かフェルメール展があったはずだし、5年くらい前にはナショナルギャラリーでダ・ヴィンチ展が開催された。せっかく西洋絵画と縁があったのだから、美術の本に載っている画家の回顧展に遭遇することを夢見たい。

例えば、ルーヴルにドラクロア(1798~1863)やアングル(1780~1867)がたくさん集められることになったら、いざパリへ!となるかもしれない。‘ジャウールとパシャの戦い’はプティ・パレでもこの絵のあとに描かれた別ヴァージョンをみたが、シカゴのほうが二人の勇者が乗っている馬同士の距離がㇷ゚ティパレとはちがい少し離れているので戦いの様子がみやすくなっている。

アングルの肖像画というと女性を描いたものがすぐ目に浮かぶ、身につけている衣服が半端ではないリアルさで描かれるのをみるとしばらく絵から離れられなくなる。これに対し男性の場合は、人物の姿そのものに魅了されることが多い。この男性の肖像も内面までろらえられている感じがして、長くみていた。

モロー(1826~1898)の作品はオルセーやモロー美でみたものが心のなかの大半を占めているが、ほかの美術館ならメトロポリタンの‘オイディプスとスフィンクス’とシカゴの‘ヘラクレスとレルネーのヒドラ’が忘れられない。蛇が苦手のため、この鎌首を高く上げたヒドラを直視できなかったが、その強烈なイメージが記憶に長く残っている。

想定していなかったのがアンソール(1860~1949)の静物画、テーブルには魚や海老のほかに陶器の皿や瓶はとてもバランスよく配置されている。オランダ絵画でみる魚屋の風俗画よりこちらのほうがゆったり楽しめる。

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2017.09.12

美術館に乾杯! シカゴ美 その三

Img_0002     ダヴィッドの‘パストレ侯爵夫人’(1792年)

Img     クールベの‘グレゴワール小母さん’(1855年)

Img_0001     コローの‘読書の中断’(1870年)

Img_0004     ロセッティの‘べアタ・ベアトリクス’(1872年)

展覧会をみるため美術館に出かけるのは今は月に一回、生の作品をみるのはこのときだが、西洋画でも日本画でも絵画とは画集や図録で毎日のように接している。これを何年も続けていると、ふとあの美術館を訪れたときもっと長く見ておればよかったなと思う画家もでてくる。

パリのルーヴルに作品が多く飾られているダヴィッド(1748~1825)もそのひとり。ナポレオンのお抱え画家というイメージが強すぎて、ナポレオンの絵や歴史画など男性中心の作品という印象が強すぎるきらいがある。これとは対照的に女性の肖像画でダヴィッドは女性特有の気品や優しさと表現している。

シカゴ美にある‘パストレ侯爵夫人’は革命期に幽閉された貴族の夫人の姿を描いたもの。地味な衣服を身にまとった夫人はちょっと前なら召使の仕事だった縫い物をしている。環境の変化に心は折れるだろうか、つつましく生きるこの女性にはどこか惹かれるものがある。

この絵に出会ったあとダヴィッドの女性画をもっとじっくりみておくべくだったという気になった。とくに意識したのはルーヴルにある‘レカミエ夫人の肖像’、過去この絵を時間をかけてみた覚えがない。だから、記憶が薄い。画集をみるたびに後悔している。

クールベ(1819~1877)とコロー(1796~1875)の描いた女性の肖像はどちらのほうが目に焼きついているか、軍配はどうしても‘グレゴワール小母さん’にあがる。気の強そうな顔をした女性が手に気持ちを伝えておれば強い圧を感じてしまう。

コローの描く女性で強く印象づけられるのは二の腕の太さ。外国の女性は腕のつけねあたりがこのように太い人が多い。中年の女性はだいたいこんなタイプ。でも若いひとでも力感のある腕の持ち主はよくいる。

ロセッティ(1828~1882)の‘べアタ・ベアトリクス’に遭遇したのは想定外の収穫だった。このモチーフはロンドンのテート・ブリテンにあるものが最も知られているが、ほかにもこの絵を含めて数点の別ヴァージョンがある。思わぬ作品が現れたので息を呑んでみていた。


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2017.09.11

美術館に乾杯! シカゴ美 その二

Img_0002     レンブラントの‘黄金の胸飾りをつけた老人’(1631年)

Img_0001マンフレーディの‘マルスに罰せられるキューピッド’(1605~10年)

Img     プッサンの‘パトモス島の聖ヨハネ’(1640年)

Img_0003     ロランの‘行列のできるデルファイの眺め’(1673年)

シカゴ美に飾られている古典絵画の数はMETやワシントンのナショナルギャラリーに比べるとかなり少ない。そのため、目にとまった作品は長く記憶に残っている。

レンブラント(1606~1669)の老人の肖像画もその一枚。アメリカのコレクターにとって、レンブラントの作品を手に入れたことは自慢の種だろうが、彼らはその作品を美術館に寄贈する。名画というのは自分だけで楽しむものではないというその気前良さのお陰でわれわれもすばらしいレンブランを堪能することができる。

カラヴァッジェスキの一人、マンフレ―ディ(1582~1622)の作品のなかで最もいいのではと思わせるのが‘マルスに罰せられるキューピッド’、目が点になるほどびっくりするのが鞭打たれるキュービッドのお尻の質感描写。このリアリティをカラヴァッジョがみたら、言葉を失うにちがいない。

プッサン(1594~1665)の‘パトモス島の聖ヨハネ’は画集に必ず載っているプッサンの代表作のひとつ。聖人の物語をスケール感のある風景のなかにとけこませて表現するところがプッサンの真骨頂。目に焼きつくのは膝をまげて横向きで座る聖ヨハネの姿。このポーズによって横の線と木々の縦の線がうまくつながり奥行きのある構図ができあがっている。

プッサンとロラン(1600~1682)はぱっとみると似たような画風というイメージがあるが、ロランは人物を描くとき沢山登場させ一人々を小さくすることが多い。そのため、ここで今行われていることを遠くから眺める感じ。デルファイで神の御宣託をうけようと人々が列をなして頂上をめざしている。吉となる話がいいにきまっているが、まま悪い先行きが待ち構えていることもある。

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2017.09.10

美術館に乾杯! シカゴ美 その一

Img           ミシガン湖を背にして建つシカゴ美

Img_0001           摩天楼の大都市シカゴ            

Img_0002    エル・グレコの‘聖母被昇天’(1577年)

Img_0003     ゴヤの‘羊に乗る少年’(1787年)

海外の都市に対する親しみが増すのはやはり出かけた回数が多いところ。アメリカならNYとワシントン、そしてボストン。これに対し、ミシガン湖に面する大都市シカゴは足を踏み入れたのはまだ一回、だから街の情報が少なくどんな印象だったかはわずかなことしかしゃべれない。

シカゴのイメージはシカゴ美術館と大リーグのホワイトソックスとカブスの本拠地ということでつくられていたが、実際に出かけてみるとモダンな高層ビルが建ち並ぶ摩天楼の都市という印象が強く残った。行ったのは2008年、それから10年近く経つがもう一回この街をぶらぶらするのを夢見ている。

団体ツアーに参加して旅行する場合、シカゴはNYやボストンとちがって行きやすい街ではない。この街が入っているツアーが多くはなくしかもシカゴ美を訪問するものはたまにでてくるだけ。2008年喜び勇んでアメリカへ行ったのはある旅行会社のツアーにシカゴ美への入館が入っていたから。一番のお目当ては門外不出のスーラの‘グランド・ジャット島の日曜日の午後’。その話は後ほどすることにして、先ずは古典画から。

エル・グレコ(1541~1614)がみれるアメリカの美術館というとNYのメトロポリタンとワシントンのナショナルギャラリーがすぐ思いつくが、シカゴ美にも‘聖母被昇天’というとびっきりの傑作がある。この祭壇画はエル・グレコがスペインに到着後最初に手がけたもので、トレドのサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂に飾られていたもの。グレコ狂なのでこの絵に遭遇できたことを心のなかで自慢している。

スペイン絵画でもう一枚、いいのがあった。ゴヤ(1746~1828)の‘羊に乗る少年’。アメリカの美術館では感心するほどゴヤの名画と出会う。これもそうだが、例えばフリックコレクションには‘鍛冶屋’があるし、METやワシントンナショナルギャラリーは子どもや女性のとてもいい肖像画を所蔵している。

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2017.08.24

美術館に乾杯! コーコラン美 その二

Img_0001     ホッパーの‘グランド スウェル’(1939年)

Img     ホーマーの‘ハドソン川、材木の切り出し’(1892年)

Img_0003     チャーチの‘ナイアガラ’(1857年)

Img_0002     ビーアスタットの‘コーコラン山’(1875~77年)

好きな画家の回顧展に遭遇すると、それまで抱いていた画家のイメージとは異なる作品に接しその画家への思い込みがさらに深まることがある。シカゴ美でみたホッパー(1882~1967)の海洋画‘グランド スウェル’はそんな一枚。

アメリカ人のあいだで絶大な人気を誇るポッパーというと代表作‘夜更かしをする人たち’のように映画的な作品を思わせるものが多い。そこに漂うのは都会に生きる人間なら誰しも一度はふと感じる孤独感。ところが、コーコランにある作品はそんな重い空気は微塵もない空と海の青が底抜けに明るい絵。まったく意表をつかれた。

ホーマー(1836~1910)は海や川の風景画を得意とした画家。‘ハドソン川 材木の切り出し’は構図のつくりかたがじつに上手い。まず中央の太い丸太に見る者の視線を向けさせ、その材木がこれから流れていく川の景色を長く見せるため遠近法を使って描く。まるで現場の作業を凝視しているよう。

コーコランで想定外の収穫だったのがハドソンリバー派に遭遇したこと。コール(1801~1848)、チャーチ(1826~1900)、ビーアスタット(1830~1902)がそろい踏みでみられるとは思ってもみなかった。あとから振り返ってみると、ここはメトロポリタン、ワシントンナショナルギャラリーとともにハドソンリバー派の3大美術館だった。

3人それぞれ2点ずつ展示してあったが、長くみていたのがチャーチの‘ナイアガラ’とビーアスタットの‘コーコラン山’。突然目の前に出現したナイアガラの滝、何年か前に観光したことがあるが、滝つぼに落下する豊富な水量のリアルな描写のため足がすくみ絵に最接近できなかった。この絵に出会ったのは一生の思い出。

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