2018.05.08

美術館に乾杯! フォッグ美 その七

Img_0004     ピカソの‘大きな帽子を被った少女’(1901年)

Img_0002     ベックマンの‘俳優たち’(1942年)

Img_0001     ロスコの‘ハーバード大壁画パネル1’(1962年)

Img     ステラの‘ヒラクラⅡ’(1970年)

昨日終了した‘至上の印象派展 ビュールレ・コレクション’にピカソ(1881~1973)のとても気になる絵があった。1917年に描かれた‘イタリアの女’というキュビスム風の人物画だが、ピカソ特有の前衛さかあまり感じられず衣服の赤や緑と黒の組み合わせにより優しさとチャーミングさが際立つ女性になっていた。

ピカソは小さい頃から絵を描く特別な才能をもっていたから、先人たちの作品をみてエッセンスはすぐ吸収する。そのため、形に革命をもたらしたキュビスムをメインに作品を制作していても、ときどき一見ピカソ的でないものがでてくる。これはピカソは表の看板はキュビスムやコラージュにしていたがそれだけに執着ていたわけではないことのあらわれ。

フォッグにある‘大きな帽子を被った少女’はびっくりするほど印象派的でうっかりするとルノワールの絵と間違える。もっというなら、同じスペインの画家、あのベラスケスのマルガリータだって重なってくる。ピカソは偉大な画家たちの絵をよく知っており、その描き方を自分のものにする。とにかくピカソはなんでも描ける。これがスゴイ。

ドイツの表現主義の中心人物、ベックマン(1884~1950)の作品をアメリカでみる機会は意外に多い。‘俳優たち’のような画面に多くの男女がでてくる作品はメトロポリタン、グッゲンハイム、MoMA,にも飾られている。ドイツ系のアメリカ人も多くいるので日本ではほとんど縁のない画家たちが描いた色が濃くて鋭角的なイメージのする作品にも遭遇する。だから、パリやロンドンの美術館よりドイツが近いかもしれない。

大変魅了されているロスコ(1903~1970)とミニマリスムのステラ(1936~)。二人のいい絵がここにもある。ハーバード大の大壁画三連画は川村記念美にあるのと似ている。そして、分度器シリーズを拡張した‘ヒラクラⅡ’のスッキリした色彩の丸い帯にもKOされ続けている。

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2018.05.07

美術館に乾杯! フォッグ美 その六

Img_0003     サージェントの‘朝食のテーブル’(1884年)

Img     ホイッスラーの‘灰色と桃色のハーモニー’(1872~74年)

Img_0001     ホッパーの‘丘の灯台’(1830年)

Img_0002     ホーマーの‘川を下るカヌー’(1897年)

絵画の大きな楽しみは女性の肖像画をみること。ルネサンスから近現代にいたるまで好きな女性の絵はたくさんある。そして、それをみたときの気分の盛り上がり具合はやはり画家によってちがう。肩の力がほわっとぬけるような女性もいるし、心がザワザワさせてくれる妖艶すぎる裸婦も横たわっている。

サージェント((1856~1925)の肖像画の魅力はほぼ等身大で描かれており、大画面に安定感がもたらされているところ。注文の依頼者にとり妻の肖像画を邸宅に飾ると二人の愛の絆は深まるし、来客者にもつい見せたくなる。サージェントは多少脚色してよくみえるように描いたから社交界では人気があった。

サージェントには肖像画のほかに風景画や風俗画もあり、フォッグが所蔵しているのは‘朝食のテーブル’、こういう食事をする場面を描いたものはちょくちょく出会う。カサットも描いているし、モネやカイユボット、ヴァロットンにもある。

ホイッスラー(1883~1913)もサージェント同様、アメリカの美術館には大きな肖像画が飾ってある。作品が群を抜いて多いのがワシントンのフリーア美、メトロポリタン、フリックコレクションにも目を見張らされるのがある。サージェントとくらべるとパトロンなど男性の肖像画もよく描いている。‘灰色と桃色のハーモニー’に登場するモデルはホイッスラーに絵を習っていた女性。

2008年、シカゴ美で運よく回顧展に遭遇して以来、関心が深まったホッパー(1882~1967)とホーマー(1836~1910)、日本の展覧会でみられる機会はほとんどないからミューズの導きに心から感謝している。‘丘の灯台’はホッパーの代名詞的なモチーフ。長くみていた。

ホーマーは水の動きや海面の波の描写がとくべつ上手い。‘川を下るカヌー’は流れの速い川を下っていくカヌーに後ろからカメラマンと一緒に追っかけているような感じ。無事についていけるだろうか。

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2018.05.06

美術館に乾杯! フォッグ美 その五

Img     ブレイクの‘神の怒りから逃れるカイン’(1805年)

Img_0003     ロセッティの‘べアータ・ベアトリックス’(1871年)

Img_0001         バーン=ジョーンズの‘深海’(1887年)

Img_0002        ワッツの‘サー・ガラハッド’(1862年)

日本でウイリアム・ブレイク(1757~1827)の回顧展が開かれないかと長いこと念じているがいまだに実現しない。これに対し、ラファエロ前派についてはロセッティ(1828~1882)やミレイ(1829~1896)、バーン=ジョーンズ(1833~1898)で期待に応えてくれている。

Bunkamuraとかバーンジョーンズ展を行った三菱一号館美がブレイクで動いてくれると楽しみがますのだが。いつものことだが帆は高く掲げておきたい。ブレイクの絵はロンドンのテートブリテンで画集に載っている主要作品と遭遇したが、数が多いのでコンプリートにはまだ時間がかかる。

これを補完してくれているのがフォッグのコレクション、日本では8点が披露された。そのなかで思わず体がフリーズしたのが‘神の怒りから逃れるカイン’、これは水彩と黒インクで描かれたものだがテートには20年くらいあとテンペラで描かれた別ヴァージョンがある。

弟アベルに嫉妬して殺してしまった兄カインが両手で髪をかきむしりながら走り去ろうとする場面、はじめてこれをみたとき200%驚愕した。キリスト教徒ではないが西洋絵画とのつきあいが長いため聖書の物語はいろいろインプットされている。人類最初の殺人は嫉妬という感情のもつれから起きてしまった。

ロセッテイの‘べアート・ベアトリックス’はテートにある油彩の水彩レプリカ、描き方にちがいはあってもどちらも一度みたら忘れられなくなるほど深い絵。自殺した妻リジーの追悼のためにロセッティはダンテの理想の恋人ベアトリーチェにリジーの面影を重ね合わせている。

バーン=ジョーンズの‘深海’は人魚が水底で裸体の男性を抱きかかえている。日本にも鏑木清方の
官能的な雰囲気をたたえる人魚の絵があるが、こちらのほうがより人間くさく水泡の粒粒がリアルに表現されており深海のイメージがする。

ワッツ(1817~1904)というとテートにある‘希望’が思い浮かぶが、これまでみた作品は両手にとどいていない。そのため、フォッグの‘サー・ガラハッド’は記憶によく残っている。縦長のキャンバスいっぱいに騎士、ガラハッドと前足と頭だげの白い馬が描かれている。おもしろいのは馬、こんな形で登場する馬はみたことがない。

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2018.05.05

美術館に乾杯! フォッグ美 その四

Img_0001     モローの‘出現’(1876年)

Img     モローの‘キマイラ’(1867年)

Img_0003     シャヴァンヌの‘祈りを捧げる聖ジュヌヴィエーヴ’(1879年)

Img_0005     シャセリオーの‘アラブの騎兵の戦い’(1855年)

2002年に西洋美で開催されたフォッグ美展でもっとも衝撃を受けたのがモロー(1826~1898)の‘出現’、描かれているのは妖艶なサロメが宙に浮いた洗礼者ヨハネの首をじっとみつめる場面。サロメ物語がこんなショッキングな構図で絵画化されるとは、いやはやモローは本当にスゴイ画家である。

一枚の作品がほかの画家だけでなく詩人や作家にも大きな影響を与えいろんな分野で創作のインスピレーションが広がっていく。これぞ絵画の力。‘出現’はパリのモロー美でみたものだけだと思っていたら、なんとフォッグにもあった。この2点は油彩だが、ルーヴルにはまだ縁のない水彩のバージョンがある。

モローにはギリシャ神話を題材にしたものが多いが、‘キマイラ’はお気に色の入りの一枚。キマイラは怪物、いろんな姿で描かれここでは翼をもつケンタウロスになり崖の上から天空へ舞い上がろうとしている。この怪物に体を官能的にまげる裸体の女性を絡ませるところがモローの審美感覚だろうか。

19世紀パリの公共建築や教会で多くの壁画を描いたシャヴァンヌ(1824~1898)。日本では知名度は低いが、フランスの人なら誰もが知っている国民的な画家。そんあシャバンヌの回顧展が2014年Bunkamuraであった。日本でシャバンヌがまとまってみれるとは思ってもいなかったので、これはひとつの事件だった。

アメリカではワシントンナショナルギャラリー、フィラデルフィア、そしてメトロポリタンでお目にかかったが、、フォッグにも‘祈りを捧げる少女時代の聖ジュヌヴィエーヴ’がある。これはパリのパンテオンの内部の装飾画に一場面を画家自身が切り離してまた描いたレプリカ。こういうのをアメリカのコレクターはしっかり集めているのだから、流石というほかない。

ドラクロアの騎兵画が連想されるシャセリオー(1819~1856)の‘アラブの騎兵の戦い’、フォッグのコレクションと昨年あった回顧展(西洋美)のおかげでシャセリオーが少し身近な存在になった。

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美術館に乾杯! フォッグ美 その三

Img_0002     プッサンの‘エコーとナルキッソスの死’(17世紀)

Img_0001     アングルの‘ラファエロとラ・フォルナリ―ナ’(1814年)

Img     アングルの‘奴隷のいるオダリスク’(1840年)

Img_0003     ドラクロアの‘ギリシャ騎兵に降伏するトルコ人’(1858年)

フォッグ美が所蔵する作品は質の高い印象派だけでなく、ほかにもそれ以前のフランス絵画やイギリスのラファエ前派が充実していることで知られている。

2008年、アメリカの美術館を本格的にまわったときメトロポリタンで幸運なめぐり合わせがあった。それはプッサン(1594~1665)の大回顧展。作品の数は世界中の名だたる美術館や個人から集めてきた39点。‘エコーとナルキッソスの死’も展示されていた。

この年はパリとロンドンにもでかけたのでプッサンの大当たり!おかげでトータル73点もみることができた。これは一生の思い出。プッサンを最も多く所蔵しているのはルーヴルで20点、アメリカの美術館ではフォッグのほかにMET(5点)、ワシントンナショナルギャラリー(4点)、シカゴ(1点)、ボストン(1点)などにある。アメリカにこれだけプッサンがあるのは驚き、METで回顧展を開催できるのも合点がいく。

アングル(1780~1867)の‘ラファエロとラ・フォルナリーナ’と‘奴隷のいるオダリスク’は画集に必ず載っている有名な作品。2点とも2002年、西洋美で行われた‘フォッグ美ウインスロップコレクションン’展に出品された。オリエントの香りたっぷりの‘奴隷のいるオダリスク’に心がザワザワしたのをよく覚えている。

アングルとくればロマン派のドラクロア(1798~1863)がすぐ登場する。アングルの‘静’に対し、ドラクロアの‘動’、お馴染みの荒々しく跳びはねる馬に目が釘づけになる。ワシントンのフィリップスコレクションにも海辺で体を大きくよじらせた馬を描いたものがあるが、こちらは騎兵を乗せてトルコ人を威圧する姿が強く印象に残る。

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2018.05.03

美術館に乾杯! フォッグ美 その二

Img_0001    セザンヌの‘オーヴェールの小さな家’(1873~74年)

Img     マネの‘スケート遊び’(1877年)

Img_0002     ルノワールの‘座る浴女’(1883~84年)

Img_0003     ゴーギャンの‘野生の詩’(1896年)

アメリカの美術館へ出かけたとき、大きな満足が獲られるのが印象派やポスト印象派の作品。だから、パリのオルセーなどで印象派を満喫された方は第二ラウンドでアメリカに方向転換するとさらに充実した印象派の世界が待っていること請け合い。フォッグ美にもいいのが揃っている。

セザンヌ(1839~1906)が1870年代に描いた風景画は師匠のピサロの影響を受けて建物の形を堅固に描写するのが特徴。有名なサント・ヴィクトワール山の連作では浮世絵の構図を真似た描き方やモザイク的な表現が顕著にでてくるが、この‘オーヴェールの小さな家’はその前段階で物の形をしっかりとらえ安定感のある風景画に仕上げている。

近代の女性画でルノワール(1841~1919)同様、心を奪われ続けているマネ(1832~1883)、‘スケート遊び’に登場した女性がみせる明るい表情が忘れられない。マネの描く女性はヴァリエーションが広い、画壇を騒然とさせた‘オランピア’のような裸婦もあれば、こうした愛嬌たっぷりで人懐っこい女性もいる。心酔するベラスケスに習ったのかもしれない。

ルノワールは静物画の傑作を含め4点くらいあるが、‘座る浴女’は転換期を迎えたころの作品。背景は印象派的にざざっと描かれているのに対し、裸婦の姿態は肉体のリアルさをだすためなめらかな筆致で表現している。ルノワールは風景画のモネとちがい人物画を描きたかったので印象派の輪郭がぼやける描き方から決別してしまう。これは自然な流れだった。

ゴーギャン(1848~1903)の‘野生の詩’はタイトル通りのエキゾチックな絵、描かれたのは2度目のタヒチのとき。左にいるモンキーのような生き物は光線を発し手に黄金の球をもっている。その後ろにいる現地の女は西洋画の天使にみたてて描かれている。

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2018.05.02

美術館に乾杯! フォッグ美 その一

Img_0002    ケンブリッジのハーヴァード大のなかにあるフォッグ美(拡大で)

Img_0003     ドガの‘手袋をした歌手’(1878年)

Img     ゴッホの‘坊主としての自画像’(1888年)

Img_0001     モネの‘サン・ラザール駅、列車の到着’(1877年)

ボストンへはじめて行ったのは今から四半世紀前の1993年。当時は今のように美術館巡りが中心の旅行と違って名所観光に軸足をおきながら有名な美術館にも足を運んでいた。

出かけたのはボストン美とここからすぐのところにあるイザベラ・スチュアート・ガードナー美、そしてケンブリッジの街にあるハーヴァード美に所属しているフォッグ美。そのあと、ボストン美には2度訪問したが、ほかの2つはそれっきりなので建物の記憶がだんだん薄れてきている。

フォッグ美については3年前、ハーヴァード大の構内を観光したとき大学にあるほかの美術館と合体して規模を大きくして新たにスタートするという話を聞いた。だから、今は新たな場所で開館しているようだ。ボストン旅行はだいぶ先になるが、その機会があったら寄ってみたい。

さて、フォッグ美で展示されている美術品、館内をどうまわりどんなものをみたかは記憶がだいぶとんでいる。でも、定評のある印象派はその3年前新宿の伊勢丹美で開催された‘フォッグ美の印象派・後期印象派展’をみていたこともあり、インパクトの強い作品の前では感動の再現があった。

忘れられない絵の筆頭がドガ(1834~1917)の‘手袋をした歌手’、これはドガのなかでは異色の作品。フットライトをあびた歌手が声を張り上げて唄う姿がじつに感動的で思わず聴き惚れてしまいそう。この生な感覚にくわえて右手にしている黒の手袋のアピール力がスゴイ。こんなポーズだと強烈に目に焼きつく。

ゴッホ(1853~1890)の自画像も強い磁力を放っている。ここでゴッホは自分を日本人僧侶として描いている。浮世絵に関心を寄せていたゴッホはここまで日本に思い入れがあったとは、背景の薄い青緑がきりっとした顔を浮き上がらせている。こういう絵をみてしまうともうゴッホと一生つきあうほかない。

モネ(1840~1926)はサン・ラザール駅の連作を4,5点描いているが、その1点がフォッグコレクションに入っている。駅内の天井にたちこめる煙が近代化をまっしぐらに進むパリの発展を象徴的に表している。モネ狂いなのにまだこのサン・ラザール駅へ行ってない。口のわりにはぼやっと生きている。

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2018.05.01

美術館に乾杯! ホイットニー美 その七

Img     マン・レイの‘ラ・フォーチュン’(1938年)

Img_0001     フランク・ステラの‘シルバーストーン’(1981年)

Img_0003     ジャッドの‘無題’(1965年)

Img_0002  イサム・ノグチの‘マイルストーンのヴァリエーション’(1962年)

マン・レイ(1890~1976)はアメリカの前衛芸術家としては群を抜いた存在。シュルレアリストのミロやエルンストとほぼ同世代で、写真、絵画、オブジェなど多岐にわたってその豊かな才能を発揮した。ホイットニーにある‘ラ・フォーチュン’はシュルレアリスム絵画kの傑作。赤や青などの鮮やかな色で彩られた雲と手前から飛び出すビリヤードの台の意外な組み合わせはマグリッドを彷彿とさせる。

千葉の川村記念美で目が慣れているフランク・ステラ(1936~)は今年82歳、このミニマル・アートの旗手の顔を映像で見たとき直感的にニクソン元大統領の補佐官だったキッシンジャーに似ているなと思った。どうでもいいことだが、当たっている? アルミニウムなどの素材を使って表現した‘シルバーストーン’は川村にあるものと同じタイプなので食いつきがいい。

建物の壁に装飾の一部として取り付けられたようなものが並べられているミニマリスト、ドナルド・ジャッド(1928~1994)の作品はデュシャンの作品のように一見あっけにとられる。こんなシンプルで同じ形の繰り返しがアート?はじめはそんあ感想をもつ。そして、鑑賞するアートの幅が広がるにつれ、これもありだな!と納得する。新しいアートが出現してもすぐにはそのおもしろさ、斬新生の価値についていけないもの。

イサム・ノグチ(1904~1988)の回顧展が10年くらい前東京都現代美や横浜美で開催されたころ、大きな石でできた作品に魅了され、札幌へ行きノグチがつくった公園をみると決めた。ところが、その計画は延び延びになりまだ実現していない。それなのに夢だけは膨らんでいて、次のNY旅行ではノグチ美もオプションに入っている。

楽しみにしているが、そこにホイットニーが所蔵するほかの星からきたエイリアンを連想させる‘マイルストーンのヴァリエーション’のような作品が展示してあるとご機嫌なのだが、果たして。

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2018.04.30

美術館に乾杯! ホイットニー美 その六

Img     デイヴィスの‘オウ! イン・サン・パン’(1951年)

Img_0001     カルダーの‘サーカス’(1926~31年)

Img_0004     シーガルの‘進めー停まれ’(1976年)

Img_0002        オルデンバーグの‘ソフト・トイレット’(1966年)

アメリカの美術館をまわるようになってから関心が高まった画家が何人かいる。デイヴィス(1892~1964)もそのひとり。メトロポリタン、ワシントンナショナルギャラリー、ボストンでいい絵と出会った。絵画の分類でいうと抽象画だが、難しくはなく明るい色彩のためモンドリアンのブギウギ気分を彷彿とさせる。

描いているのは都市の風景が多く、くにゃくにゃ曲がった帯や四角の小片を自由気ままに配置していく画面構成は晩年のマティスの切り紙絵を連想させるし、ユーモアのたっぷり詰まったミロの作品がダブってくる。ホイットニーにある‘オウ!イン・サン・パン’は鑑賞欲をとても刺激する。

フィラデルフィア生まれの彫刻家カルダー(1898~1976)は若い頃パリで活動していたときは‘サーカスのカルダー’と呼ばれ、パリっ子や仲間から注目されていた。‘サーカス’は針金でつくった人形や舞台でサーカスの光景を再現した立体作品。これはこの美術館のお宝のひとつなのでなんとしてもみたい。

ジョージ・シーガル(1924~2000))の作品情報は極めて少なく、この彫刻家が一体何点くらい制作したのかつかめていない。これまでお目にかかったのはMoMAにある‘バス運転手’一点のみ、ホイットニーが所蔵する‘進めー停まれ’は都会に生きる人々が味わう孤独感が感じられ、ホッパーの世界と通底するイメージ。

オルデンバーグ(1929~)のソフト・スカルプチャーは2013年国立新美で開催された‘アメリカン・ポップ・アート展’で数点みた。ビニールを使って日常にあふれるものが馬鹿デカい形をなって目の前に現れるとハッとする。でも、‘ソフト・トイレット’でもそうだが使われているビニールの素材がその違和感をすこしずつほぐしてくれる。そして、好奇心が湧きじっくりみてみようかとなる。

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2018.04.29

美術館に乾杯! ホイットニー美 その五

Img_0002     カッツの‘エリ’(1963年)

Img_0001     ダインの‘等身大の二重自画像(セラーベ)’(1964年)

Img_0003    へリングの‘無題、1981年10月19日’(1981年)

Img     バスキアの‘ハリウッドのアフリカ人’(1983年)

いかにもアメリカの現代アートと思わせるのが日常のありふれたものを題材に使ったポップアート、代表的な作品としてウォーホルのマリリンモンローやリキテンスタインの漫画がすぐ思い浮かぶが、このスタイルで表現したアーティストはほかにもいる。

出会った作品の数は少ないが大変魅了されているのがアレックス・カッツ(1927~)とジム・ダイン(1935~)。ともに府中市美で開催されたホイットニー美展でその存在を知った。大きな画面に若い男の顔がどんと描かれているカッツの‘エリ’にガツンとやられた。無表情極まりない顔がこれほど印象深いのは平面性の強い表現だから

この作風が目に焼きついていたので2015年12月にメトロポリタン美を訪問したとき行わていたミニカッツ展にはすぐ反応した。こうした明るい色彩を使ったスッキリ肖像とまためぐりあったのはなにかの縁、将来大きな回顧展と遭遇することを勝手に妄想している。

ダインの作品も自画像だが、本人は描かれずカラフルなバスローブが記号のように描かれている。みた瞬間ぐっときたのは色の組み合わせ。これは抜群の色彩感覚をもった天性のカラリストだけにしか生み出せない表現。NYやミラノのファッションストリートに建ち並ぶショーウインドウに飾られている流行の洋服がふと頭をよぎる。

アメリカではいつの時代でもバイタリティーのある作品が次々と登場する。地下鉄や建物の壁などに描かれた落書きに刺激をうけてつくりだした作品が人気を呼びおおいにもてはやされたキース・へリング(1958~1990)とバスキア(1960~1988)。二人が生きた人生はとても短かかったが、その作品は今も強い磁力を発している。

‘無題、1981年10月19日’が描かれているのは電力会社が使っていたビニールの防水シート。太い黒の線で埋め尽くされた画面をじっとみていると中央と左右に3人の人物がいることがわかる。まるで太古の人類の祖先が洞窟に刻んだ壁画のよう。

バスキアの‘ハリウッドのアフリカ人’は落書きと変わりない。3人の似顔絵のまわりにいろんな書き込みがされているが、左の男の横に‘200YEN’と書かれている。これは笑える。

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