2019.08.20

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その六

Img_0001_20190820220701     松田権六の‘鷺蒔絵棚’(1938年)

 

Img_20190820220701   六角紫水の‘理想界の図蒔絵手箱’(1929年)

 

Img_0002_20190820220701    八木一夫の‘発芽の様相’(1977年)

 

 

Img_0003_20190820220701    靉光の‘帽子をかむる自画像’(1943年)

工芸の楽しみのひとつが蒔絵。TVの美術番組、例えばBS2の‘美の壺’
や‘イッピン’のおかげで蒔絵がどのようにしてつくられるかわかってきた。
その漆芸界の神様といわれる松田権六(1896~1986)のすばら
しい作品がここに飾ってある。とても見栄えのする‘鷺蒔絵棚’、蒔絵に
あまり馴染みがないころに遭遇したといってもいいものはやはり印象に強
く残る。

そして、時が流れて2007年に東近美工芸館で大規模な松田権六展が開
かれた。そこにでていた作品のなかでこの鷺は石川県美蔵の最高傑作‘蓬莱
之棚’に描かれた鶴とともに圧倒的な存在感をみせていた。12年前広島県
美でとびきりいい権六の蒔絵をみていたのだ!どういう経緯でコレクショ
ン入りしたか知らないが、松田の師匠である六角紫水(1867~
1960)が広島の出身であることが関係しているのかもしれない。紫水
は専用の部屋があり3,4点展示されている。そのなかで古典的な味わい
をだしているのが‘理想界の図蒔絵手箱’。花や鳥の精緻な描写に思わず足が
とまる。

司馬遼太郎が贔屓にしていた八木一夫(1918~1979)の抽象彫刻
と向き合ったことも忘れられない。‘発芽の様相’はタイトルが作品がうみだ
すイメージとピタッと一致する。ビールのつまみで食べるそら豆はこんな
感じで目が出てくる。TVの科学番組に発芽の映像が流れていた。ところが、
この作品と代表作の‘ザムザ氏の散歩’(1954年)との間にはアヴァン
ギャルド度に大きさ違いがある。歳をとった分フォルムがシンプルでシャ
ープになったのがおもしろい。

広島県出身の洋画家、靉光(あいみつ 1907~1946)の自画像は
反骨画家のイメージ。この面構えをみると一つ目の怪物がうごめく‘眼のあ
る風景’のシュール画とつながってくる。靉光の作品でお目にかかったのは
この自画像と一つ目の2点だけ。ほかにはどんな絵があるのだろう。

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2019.08.18

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その四

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   ダリの‘ヴィーナスの夢’(1939年)

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   ピカビアの‘アンピトリア’(1935年)

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 エルンストの‘オイディプスⅠ(左)、Ⅱ(右)’(1934年)

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   マグリットの‘人間嫌いたち’(1942年)

ダリ(1904~1989)が大好きな人がこの‘ヴィーナスの夢’をみた
ら仰天すると思う。日本にこんないいダリがあったのかと。サイズは縦
2.44m、横4.88mのサプライズ大画面。描かれているモチーフ
は左半分は1931年に描かれた‘記憶の固執’とほぼ同じでお馴染みのぐ
にゃっと曲がった時計、そして右に目をやると背中が燃えているキリンが
2頭、また手前には目や胸が引き出しに変容した裸婦も登場する。
一体ヴィーナスはどこにいるの。白いドレスを着た腰がきゅっとしまった
2人の女性?その夢がチーズでできた時計と燃えるキリン?

怪しげな裸の女がいるピカビア(1879~1953)の‘アンピトリア’
はみた瞬間ドキッとさせられた。右をよくみると上には大きな男の手がで
ており、その下は口からなにかビニールの線ようなものを吐き出してい
る男の横顔が黒で描かれている。女が誘惑されているのか、暗闇に潜む男
が誘惑されているのか。この絵によってダダとシュルレアリスムをむすぶ
ピカビアという画家の存在を知った。

エルンスト(1891~1976)は1934年から人や生き物の姿をし
た彫刻、‘フィギュア’をつくりはじめる。‘オイディプスⅠ、Ⅱ’ははじめ
石膏で制作され、1992年にブロンズで鋳造された。型として使われて
いるのは植木鉢、右のⅠはオイディㇷ゚ストと殺した父親の関係を表現し下
の父親がオイディプスを頭の上に乗せている。でも、二人の顔は別の方向
を向いている。Ⅱは母親とオイディプスとの安定した結びつきを表し、同
じ向きになっている。

意表を突くシュールさがおもしろいのがマグリット(1898~1967)
の‘人間嫌いたち’。マグリットの作品についているタイトルは描かれた
内容とあまり関係ないのでこれは忘れたほうがいい。ここでの主役はひも
で縛られたカーテン。すぐ連想するのはイギリスの‘ストーンヘンジ’をは
じめとする巨石サークルの遺跡。役者と入れ替わった大きな幕が舞台に立
っているとみることもできる。

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2019.08.17

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その三

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   平山郁夫の‘広島生変図’(1979年)

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   平山郁夫の‘受胎霊夢’(1962年)

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   奥田元宋の‘秋巒真如’(1977年)

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   北野恒富の‘風’(1917年)

広島県出身の平山郁夫(1930~2009)が亡くなって10年が経つ。
回顧展がよく行われる日本画家は横山大観、上村松園、東山魁夷、そして
平山郁夫。だから、没後10年の回顧展がどこかの美術館であってもよさ
そうだが、まだ情報は入ってない。これまで平山郁夫展をやるというと必
ず出かけてきたのはこの広島の街に9年住んだことが関係している。

広島県美には平山の衝撃的な絵が飾ってある。‘広島生変図’、1945年の
夏、中学生だった平山は学徒勤労動員の作業中に原爆投下に遭遇し、被爆
した。炎で焼き尽くされる街をみつめる忿怒形の不動明王が赤く染まった
空に描かれている。その視線の先は原爆ドーム。これをみるといつも胸が
つまる。

‘受胎霊夢’は釈迦や三蔵法師の物語を絵画化したシリーズのプロローグのよ
うな作品。釈迦の母、摩耶夫人は釈迦を身ごもったとき夢に白象が現れた
といわれる。黒みがかった群青の地に金色の色を放つ白象を浮かび上がら
せることで幻夢的なイメージを生み出している。

広島県はもうひとりビッグな日本画家を輩出している。‘赤の画家’で知られ
る奥田元宋(1912~2003)、名古屋から広島に移って2年後の
1997年にここで奥田元宋展があり60点くらいみることができた。
そのなかでもっとも心を震わしたのが‘秋巒真如’、もやっとした月明かりが
湖面に映る紅葉全体を照らす神秘的な光景が目に沁みる。

千葉市美で開催された北野恒富(1880~1947)の回顧展
(2017年)に足を運んだときに遭遇した‘風’。鈴木春信にも風が強く吹
く絵があるが、それを意識したのかもしれない。風の動きを見事に表現し
たこの絵を展示室でみたという実感がない。日本画はいつも展示されてな
いので千葉でお目にかかれたのは幸運だった。

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2019.08.16

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その二

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    竹内栖鳳の‘城址’(1924年)

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    上村松園の‘観書’(1940年)

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    村上華岳の‘菩薩図’(1924年)

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    速水御舟の‘隠岐の海’(1914年)

2013年に東近美で竹内栖鳳(1864~1942)の大規模な回顧展を
みて以降、この画家の絵との接触は1度あったくらい。以前はMOAで鯛の絵
などに大変感激したが、今はMOAが済マークの美術館となったので熱海
が遠くなっている。展覧会に頻繁に登場する大観と違って栖鳳の絵はどこの
美術館へ行ってもみられるというわけではない。だから、‘城址’が広島県美
にあるというのは貴重な鑑賞体験となる。墨の濃淡と深い青を重ねて武士の
盛衰のシンボルともいえる城跡を静かに描写している。

大観同様、回顧展が何度も開かれる上村松園(1875~1949)。図録
がいくつもあるほど足を運んでいるから、次の回顧展は普通の日本画家なら
もうパスになる。でも、松園はそうはならない。理由は松園の美人画は1点
々が特別の絵として存在するから。西洋絵画ではラファエロのような扱い。
ラファエロの聖母子を何度見ても飽きないように松園の描いた女性はみるた
びに新鮮にうつる。そこが松園の高い画力の証。‘観書’はこの美術館で開催
された松園展に展示された。女性のリラックスした姿に魅了される。

村上華岳(1888~1939)は菩薩像の名手、生涯に数多くの菩薩を描
いた。立像もあれば座像もある。心をとらえて離さないのがそのふっくらし
たお顔。そして、目に力があるのが特徴。肖像画では目が一番大事だが、
菩薩の目がきりっとしているのでつい見惚れてしまう。こんな菩薩像は生半
可な画家ではとうてい描けない。ここにある菩薩座像の目は切れ長風。その
鋭さは真ん丸の顔で少し中和されている。強く印象に残る一枚。

速水御舟(1894~1935)の‘隠岐の海’は兄貴分の今村紫紅(1880
~1916)の影響がみられる絵。縦長の画面に海の波の動きを表現する
のは難しいのに下半分に波をたくさん連続させ日本海の荒海の様子を見事に
とらえている。そして上半分のモザイク画のように明るい色彩にも惹きこ
まれる。

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2019.08.15

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その一

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   橋本雅邦の‘風神雷神’(1895年)
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   横山大観の‘井筒’(1897年)

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   川合玉堂の‘渓村春麓’(1907年)

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   菱田春草の‘高士望岳(荘重)’(1902年)

仕事の関係で9年広島に住んでいたので、広島県内および中国地方の美術
館へはよく足を運んだ。広島市内でお馴染みの美術館はゴッホなど西洋
絵画を中心としたひろしま美と日本画や内外の現代美術をコレクションし
ている広島県美。出かける回数が多いのは広島県美のほう。企画展が頻繁
に開催されるため関心のあるものは見逃さないようにしていた。そのおり
常設展示の部屋もまわるのでいい絵や漆器は目に焼きついている。

橋本雅邦(1835~1908)は2008年に川越市美であった回顧展
に遭遇したことと長く追っかけていた最高傑作龍虎図屏風’(1895年 
静嘉堂文庫美)との対面が叶ったので今は済マークつき画家となっている。
‘風神雷神’と出会ったときまず思ったのは宗達の風神雷神とはちがうユーモ
ラスなスタイルもありなんだと。左の風神の戯画チックな姿に親しみを覚
える。

横山大観(1868~1958)の‘井筒’も忘れられない一枚。この古典的
な名前を苗字にしているのでびっくりするやら嬉しいやら。‘井筒’は井戸の
まわりの囲いのことだが、幼き恋の話にもなる。手前のうつむきかげんで
照れてるのは男の子。でも、ぱっとみると女の子が二人いるのかと思ってし
まう。なんかいい感じ。

橋本雅邦に学んだ川合玉堂(1873~1957)はお気に入りの画家。
ときどき玉堂の農村の絵や鵜飼を無性にみたくなることがある。ここにあ
る‘渓村春麓’は勢いよく流れ落ちる渓水の白とその前の青のコントラストに
目を見張らされた。山の奥にどんどん進んで行くと川の色がこんな深い青
になってくる。このリアリティにぐっと惹きこまれる。

広島県美が所蔵する日本画はびっくりするほど質が高い。明治以降に活躍
した日本画家のオールスターたちが続々登場するのだからたまらない。
菱田春草(1874~1911)の‘高士望岳(荘重)’は2014年に
東近美で行われた大回顧展にお呼びがかかった。この高士のように無の
境地になって目の前に屹立する巨大な岩山の光景をいつまでもながめてい
たい。

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2019.08.14

美術館に乾杯! ひろしま美術館 その四

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   ルノワールの‘トリニテ広場、パリ’(1893年)

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    岡鹿之助の‘積雪’(1935年)

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   横山大観の‘春光る(樹海)’(1946年)

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   奥田元宋の‘雪晨’(1950年)

画家の回顧展へ出かける回数が増えてくると、その画家にふだん抱くイメー
ジとは違った作品と遭遇することがある。女性の絵を描かせたら天下一品の
腕前を披露したルノワール(1841~1919)には風景画や静物画も
ある。でも、心を惹きつけてやまないのは女性画。そのため、ルノワールの
風景画はちょっと軽く見てしまうところがある。そうした気持ちで‘トリニテ
広場、パリ’の前に立つと面食らう。これ、構図がいいじゃない!パリの感じ
がよくでているよ、と感心させられる。これはルノワールが堂々たる巨匠の
地位を獲得した頃の作品。またパリの風景を描いてみたくなったのかもしれ
ない。

洋画家のなかでは好きな人が多い岡鹿之助(1898~1978)。日本画
の東山魁夷のように別格的な存在というイメージをもっている。とにかく
手抜きがないので、画面のどこをとっても密度が高く完璧な作品に仕上がっ
ている。これにいつも驚く。新印象派のスーラの点描画をみるときの感情と
よく似ている。‘積雪’は人の姿はなく音が消えた感じ。雪の積もった日の光景
にピッタリ。

ひろしま美術館は西洋絵画を売りとする美術館だが、日本画もある。どのく
らいの数を所蔵しているのか知らないが、みたことのあるのは横山大観
(1868~1958)の富士山をモチーフにした‘春光る(樹海)’と広島県
出身の奥田元宋(1911~2003)の‘雪晨’。普段は展示されたないから、
回顧展のとき運良くめぐりあったのは優しいミューズのお計らいだったのだ
ろう。

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2019.08.13

美術館に乾杯! ひろしま美術館 その三

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 藤田嗣治の‘受胎告知、十字架降下、三王礼拝’(1927年)

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   藤田嗣治の‘裸婦と猫’(1923年)

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   マティスの‘ラ・フランス’(1939年)

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  岸田劉生の‘支那服着たる妹照子之像’(1921年)

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    安井曾太郎の‘画室’(1926年)

美術館で名画に遭遇するときはすでにその情報を得ている場合とまったく
情報がなく突然目に前に現れて立ち尽くすことがある。ひろしま美での体験
はゴッホの‘ドービニーの庭’が前者で藤田嗣治(1886~1944)の
三連祭壇画‘受胎告知、十字架降下、三王礼拝’が後者。当時は今と違って藤田
嗣治の絵をみる機会がほとんどなかった。そのため、ここであの藤田の絵を
みたというのは大変な収穫だった。

藤田のスゴイところは伝統的な古典画をふくめた西洋絵画という相手の土俵
で独自の描き方を追及したこと。この三連祭壇画を思わせる作品はウフィツ
ィやルーヴルで目にするものとなんら変わりなく背景の金箔の地に描かれた
キリスト教物語は違和感なくすっと入っていける。この絵の衝撃は本当に
大きかった。藤田がこんな本格的な宗教画を描いていたとは!

乳白色の裸婦図は日本にもグッとくるのが数点ある。一番のお気に入りは
秋田にある‘眠れる女’だが、ここの‘裸婦と猫’にも大変魅了されている。正面
向きでじっとこちらをみられたらタジタジになりそう。足元にいる猫まで同
じ目線。ダブルでみられると長く絵の前に立っているのがしんどくなる。

マティス(1869~1954)の‘ラ・フランス’は小品の肖像画だが、赤
をベースにしたはつらつとした色彩表現は強く心に残る。マティスは
1939~40年にかけて同じような描き方の人物画を残している。例えば
アメリカのオルブライト・ノックス・アートギャラリーにある‘音楽’とか
クリーブランド美蔵の‘エトルリアの花瓶のある室内’、これに‘ラ・フラン
ス’を加えた3部作はとてもリラックスしてみられるのが特徴。こういうの
が名画の証。

日本の洋画家では岸田劉生の‘支那服着たる妹照子之像’と安井曾太郎の
‘画室’に足がとまる。劉生というと麗子像ばかりが思い出されるが、五歳違
いの妹の肖像を描いていた。支那服の青の生地に施された模様を丁寧に描く
のが劉生流。‘画室’は裸婦のモデルと家族が一緒に描かれるという異色の絵。
モデルはポーズをとりにくかったにちがいない。

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2019.08.11

美術館に乾杯! ひろしま美術館 その一

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   ゴッホの‘ドービニーの庭’(1890年)

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   モネの‘セーヌ河の朝、曙’(1897年)

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   セザンヌの‘坐る農夫’(1897年)

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  ゴーギャンの‘愛の森の水車小屋の水浴’(1886年)

美術館の名前がすぐ覚えられるのは所蔵する作品のなかにとびっきり有名な
作品が含まれているとき。倉敷の大原ではゴーギャン(1848~1903)
の‘かぐわしき大地’が輝いている。これと同様に広島の大きなデパートや
ホテルなどがある中心部に位置するひろしま美にもすごい絵が飾ってある。
それはゴッホ(1853~1890)の画集に必ず載っている‘ドービニー
の庭’。

日本ではゴッホの人気が高いからこの絵の物語をご存知の方も多いと思われ
るが、少しおさらいすると、‘ドービニーの庭’はかつてはベルリンのナショ
ナルギャラリーにあった。ところがヒトラーの退廃芸術政策により没収され
た。その後絵はいろいろなコレクターの手をへてこの美術館に入った。
ゴッホは同じ構図の絵を2点描いた。一作目は現在スイスのバーゼル美にあ
り、ここにあるのは第二作。

よく指摘されるのは最初の絵に描かれていた黒猫が消えていること。実際に
は二作目でも猫は描かれていたが、後に誰かが加筆して塗りつぶしてしまっ
た。たしかに手前左のところに不自然な赤の筆致が残されている。この絵が
描かれた舞台はオーヴェールの村にあった敬愛する先輩画家ドービニーの家
の庭。画面の真ん中あたりに置かれた椅子のわきにドービニー夫人が立って
いる。ピストル自殺をした1890年7月末の2、3週間前に仕上げられた。

ひろしま美にはゴッホ以外にも印象派と後期印象派の絵がひととおり揃って
いる。これがここのコレクションのスゴイところ。モネ(1840~
1926)の‘セーヌ河の朝、曙’は海外の美術館でもお目にかかった。
1990年の秋、ロンドンのロイヤル・アカデミーでモネの連作に焦点を当
てた大回顧展が開催された。大変な人気で2時間も並んでみたのだが、日本
の美術館からも4点くらい出品されており、その一つがこのひろしま美に
あるセーヌ河の連作。全部で9点でていたが、ボストン美やシカゴ美蔵の隣
に並んでいるのだからたいしたもの。

セザンヌ(1839~1906)の実直な肖像画のイメージが強い‘坐る農夫’
とゴーギャン(1848~1903)がブルターニュ地方のポン=タヴェン
に滞在しているときに描いた‘愛の森の水車小屋の水浴’は夫々日本で開催され
たセザンヌ展(2012年 国立新美)、ゴーギャン展(2009年 東近
美)にお呼びがかかった。

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2019.08.10

美術館に乾杯! 大原美術館 その八

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  棟方志功の‘二菩薩釈迦十大弟子板画柵’(部分 1939年)

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   棟方志功の‘御群鯉図’(1940年)

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   芹沢銈介の‘沖縄絵図’(1939年)

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   芹沢銈介の‘団扇散らし文二曲屏風’(1960年)

大原では民藝派のやきもののほかに柳宗悦や河井寛次郎と交流のあった
棟方志功(1903~1975)の板画が館内にある専用の版画館で楽しめ
る。大原孫三郎とその息子の總一郎は日本民藝運動の支援者だったので、
棟方は大原家のために版画や大原邸を彩った肉筆障屏画を描いている。

‘二菩薩十大弟子板画柵’は1955年のサンパウロ・ビエンナーレで大賞を
受賞し一躍棟方の名を世界に知らしめた。縦長の画面に力強い太線で表現
された弟子たちがそのキャラのままで並んでいる。そして、両端にはふく
よかな顔立ちが印象的な文殊菩薩(右)と普賢菩薩(左)が立つ。

倉敷の大原邸を飾った六曲一双の屏風に描かれた‘御群鯉図’は普段はみれな
いが、2003年に行われた棟方志功展で初公開された。棟方は鯉の絵が
特別上手く、この赤の鯉は絶品の肉筆画。本物の鯉のように元気よく泳ぐ
姿に目が釘づけになった。

1963年に完成した棟方志功版画館の設計・デザインを手がけたのが染色
家の芹沢銈介(1895~1984)。芹沢の作品はやきものなどと一緒の
部屋に展示されている。代表作のひとつ‘沖縄絵図’は柳や河井、濱田たちと
沖縄を訪問したことで生まれた作品。沖縄の島が型染めで力強く表現されて
いる。目に飛び込んでくる海の青と島の赤のコントラストがなんといっても
気を引く。おもしろいのは集落ごとに図柄の模様や色彩が描き分けられてい
ること。

芹沢が65歳にときに制作した‘団扇散らし文二曲屏風’はデザイナーとして
のセンスの良さが発揮されている。こんなモダン感覚な団扇の手にし浴衣姿
で街を歩いたら気分がハイになりそう。芹沢は晩年になるほどデザインの
きれがよくなる。‘風’とか‘寿’といった文字をデザインしたのれんをみると
本当にいいなと思う。

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2019.08.09

美術館に乾杯! 大原美術館 その七

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   河井寛次郎の‘緑釉六方鉢’(1937年)

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   濱田庄司の‘青釉黒流描大皿’(1956年)

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   富本健吉の‘色絵黍模様菓子皿’(1937年)

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  リーチの‘ガレナ釉筒描人魚文大皿’(1925年)

民藝派の河井寛次郎(1883~1959)や濱田庄司(1894~
1978)の回顧展を欠かさずみるようにしているが、今年はまだ遭遇し
ていない。以前はよく出かけていた日本民藝館へは所蔵作品をほとんどみ
たので、ご無沙汰が続いている。ここで柳宗悦(1889~1961)か
らやきものをはじめとして素朴な工芸品から美を感じとることを教えてもら
った。お陰でやきものをより深く味わえるようになったが、河井や濱田の
作品に接したのはここより大原のほうが先だった。

やきものは絵画や彫刻などが飾られている本館の建物とは別のところに並ん
でいる。当時はまだ美術への関心は普通のレベルだったので今ほど熱い思
いに駆られてはいなかった。作者の名前がしっかりインプットされたかは
曖昧。印象深かったのは寛次郎の目の覚めるような青がぐっとくる‘緑釉六方
鉢’、こんな色鮮やかなやきものがどうやって生まれてくるのか。陶磁器に
興味をもつきっかけになった作品のひとつだったかもしれない。美術品との
出会いは突然やってくる。

一方、濱田は大皿の絵付けがダイナミックな‘青釉黒流描大皿’に度肝をぬか
れた。これまでみたやきものとはまったくイメージが違った。バネを思わせ
る太い黒の流れが上下ペアとなり模様をつくっている。まるで抽象画をみ
ているよう。後で知ることになるポロックのドリッピングと同じことを濱田
はやきもので行っていた。やきものはろくろを回したりするから古くからの
伝統をひきついでいることは確かだが、アイデアは現代アーティストの頭の
なかと同じ。これがスゴイ!

富本健吉(1886~1963)とイギリス人のバーナード・リーチ
(1887~1979)は若頃からうまがあったようだ。大原にある富本は
白磁の丸壺などいいのが揃っているが、古九谷風の色彩が目をひく‘色絵黍模
様菓子皿’がすばらしい。河井も濱田も作陶の精神としていいことを述べて
いるが、富本は‘模様から模様を作らない’と言い続け、人の作品の真似をせ
ず独創的で緻密な模様を創作し見る者を感嘆させた。

リーチの黄橙色の大皿に描かれた人魚は一度見たら忘れられない。7年前
日本橋高島屋で開かれたリーチ展で再会し、当時の感動を思い出した。また、
陶板に登場した荒ぶる獅子もよみがえった。リーチは日本語も達者だから
イギリスの陶芸家という気がしない印象。

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