2012.01.30

西洋画・日本画比較シリーズ! フェルメール VS 喜多川歌麿

3482_3       フェルメールの‘女主人と召使’(1667~68年 NYフリックコレクション)

3481_3             喜多川歌麿の‘青楼十二時 続 戌ノ刻’(1794年)

西洋画の風俗画というジャンルの絵で魅せられている画家は5人いる。ブリューゲルと晩年のルーベンス、そしてカラヴァッジョ、ラ・トゥール、フェルメール。

ブリューゲルの風俗画を心から愛しており全点制覇するのが夢。そのブリューゲルを敬愛していたのが同じフランドル出身のルーベンス。ここ数年で晩年に制作されたすばらしい風俗風景画を集中的にみた。二人の画家が描いた農村の風景やそこに逞しく生きる人々の姿をみると、本当に心が安まる。

一方、カラヴァッジョ、ラ・トゥール、フェルメールが描いたのは都市に生きる人々の遊興や日常生活の光景。フェルメール(1632~1675)の‘女主人と召使’は大変気に入っている作品。

この絵はNYのフリック・コレクションにある(拙ブログ08/5/22)。ここはもう2点所蔵しており、メトロポリタンの5点をくわえるとNYではフェルメールをなんと8点もみることができる。だから、頭のてっぺんから足の先までフェルメールが好きな人にはNYはたまらない街ではなかろうか。

8点のうち200%好きなのは‘女主人と召使’と‘兵士と笑う女’(フリック)と‘水差しを持つ女’(MET)、ほかの絵はあまり惹かれていない。‘水差しを持つ女’はちょっと宗教画に描かれた天使のような感じがする。風俗画であって風俗画ではないような崇高な雰囲気が漂っているので、絵の中に安直には入っていけない。

これに対して、フリック蔵の2点は生感覚でみれる作品。‘女主人と召使’はまるで芝居の一シーンをみているよう。フェルメールの目は映画監督や演出家の目と変わらない。二人の女のまわりに小道具はあまりないので、召使の差し出す手紙に見る者の関心が集中する。部屋のすぐ近くに自分がいるような気持ちにさせる絵はやはり心をとらえて離さない。

喜多川歌麿(1753~1806)の‘青楼十二時’も手紙に関わる絵だが、こちらでは遊女はせっせとパトロンの旦那に手紙を書いており、くつろいだ気分につつまれている。側にいる禿(かむろ)に‘今、日本橋の旦那に遊びに来てよと書いているところだからネ、あとで持っていっておくれ、お前さんあの旦那知っているだろう、ちょっと顔の赤い人だよ’とでも話かけているのだろうか。

この禿は元気で愛嬌がある。顔をちょっと傾け手を太股のところにおくしぐさはなんとも可愛い。人気の子役、芦田愛菜ちゃんがダブってみえた。

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2011.07.18

西洋画・日本画比較シリーズ! レンブラント vs 喜多川歌麿

2867_4       レンブラントの‘ガニュメデスの誘拐’(1635年 ドレスデン国立美)

2868_2          喜多川歌麿の‘夢にうなされる子どもと母’(1800~01年)

西洋美の‘古代ギリシャ展’(7/5~9/25)でギリシャ神話の世界をたっぷり楽しませてもらったので、今日は巨匠たちが描いたギリシャ神話の絵のなかから日頃日本画と見比べながらみている絵をとりあげることにした。

レンブラント(1609~1669)が26歳のとき描いた‘ガニュメデスの誘拐’に大変魅せられている。6年前、西洋美であった展覧会(拙ブログ05/7/18)にやってきたから、頬をゆるめてご覧になった方も多いのではなかろうか。絵を所蔵するドレスデン国立美へ03年行ったとき生憎展示されてなく、いい絵を見損なったなという思いが強くしていた。それが幸運にも日本でリカバリーが実現。

ゼウスは得意の変身術を使って鷲になりすまし、ガニュメデスをかっさらっていく。ご承知のようにガニュメデスはギリシャ神話では美少年となっている。なのにレンブラントの描くガニュメデスは赤ん坊。恐怖のあまりお漏らしている。こんな怖い鷲に襲われたら無理もない。その泣きじゃくる顔の表情がじつにいい。汽車のなかとか、スーパー、病院のなかとか赤ん坊が泣く光景は日常生活のなかのひとこま。これは世界共通、レンブラントはこの可愛そうな赤ん坊の姿を生感覚で描いている。

レンブラントは人間の感情表現がとても上手い。200%惹きつけられた絵がもう2枚ある。そのおびえた表情が目にやきついている‘スザンナ’(05/4/18)とびっくり眼でベルシャザルをみつめる女の表情がそれこそ唖然とするほどリアルな‘ベルシャザルの饗宴’(08/2/6)。

日本の浮世絵のなかにお漏らしガニュメデスの泣き顔を連想させる絵がある。それは喜多川歌麿(1753~1806)が描いた幼児が化け物の夢にうなされる絵。男の子は口をまげて苦しそうな表情をしている。レンブラントと歌麿は時空をこえてリアルな風俗画の世界で響きあっている。

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2011.04.22

西洋画・日本画比較シリーズ!  ブリューゲル VS 川合玉堂

2591_2     ブリューゲルの‘干草の収穫’(1565年 プラハ国立美)

2592_2     ブリューゲルの‘穀物の収穫’(1565年 メトロポリタン美)

2593_2     川合玉堂の‘早乙女’(1945年 山種美)

2594_2     川合玉堂の‘麦秋’(1953年)

西洋の風景画は時代の流れからいうと、まず農村の風景が描かれ近代になると農村だけでなく印象派のように都市における人々の生活も描かれるようになる。

仕事に勤しむ農民の様子を描いた画家としてすぐ思いつくのはミレー。代表作の‘落穂拾い’や‘種蒔く人’は美術の教科書に載っているから、農民画というとミレーの絵が反射的にでてくる。そして、もう一人忘れてならないのがブリューゲル(1526~1569)。

ブリューゲルの作域は広く、農民画だけでなくボスを思わせる怪奇的絵もあるし、‘バベルの塔’のような空想的風景画もある。農民の仕事ぶりや自然の移り変わりをあたたかい眼差しでとらえたブリューゲルの作品のなかで、最も気に入っているのが‘干草の収穫’。15年前だったか、20年前だっか忘れたが、この絵は日本にやって来た。確か、このとき‘絞首台の上のカササギ’も一緒に展示された。ブリューゲルの油彩を日本でみる機会はなかなかないから、この展覧会は今でも強く心に残っている。

視線の集まるのが左方向へ元気に歩いていく3人の若い女性。鋤を肩にのせている真ん中の女性はこちらをじっとみつめており、その明るい表情にぐっと惹きこまれる。そして、中景にみられる人物の細かい描写や遠くの起伏にとむ山々の風景が広々とした空間のイメージを与えている。真に見事な風俗風景画。

メトロポリタンにある‘穀物の収穫’はリズミカルな動きが感じられる‘干草の収穫’とは違い、収穫の作業の現場そのままといったところ。木の下では男が疲れ果てたのか足を大きく開き眠っており、その横で女たちが食事をしている。画面の大半を占める実り豊かな穀物の黄色にいつも心を奪われてしまう。

ブリューゲルの描く農村の風景はどこか川合玉堂(1893~1957)の絵とシンクロする。人々の表情やしぐさ、そして全体の雰囲気がどこか似ているので、玉堂を勝手に‘日本のブリューゲル’と呼んでいる。‘早乙女’の腰を伸ばし一息入れている女性を見るたびに‘穀物の収穫’の眠っている男が頭をよぎる。

‘麦秋’は大変魅了されている絵。秋の収穫で忙しい農村の風景が俯瞰の構図で見事に描かれている。斜面に広がる畑とその向こうの木々が奥行きのある空間をつくり、秋の空気が四角の画面に満ち満ちている。

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2011.04.21

西洋画・日本画比較シリーズ! 子どもの遊び絵

2587_2     ブリューゲルの‘子どもの遊戯’(1560年)

2589_2     ‘十二ヶ月風俗図・5月’(桃山時代 16世紀)

2590_3     ‘十二ヶ月風俗図・12月’(桃山時代 16世紀)

2588_2     歌川広重の‘風流おさなあそび(男)’(天保初め頃 1830~34年)

折鶴の話で子どもの遊び絵をとりあげたので、ブリューゲルの絵と日本画にでてくる遊びを響き合わせてみた。

ウィーンにある美術史美術館を訪問するとブリューゲル(1526~1569)の描いた‘バベルの塔’や農民の絵が目を楽しませてくれる。その一枚が画面いっぱいに子どもたちの遊ぶ姿が描かれた絵。子どもはおよそ250人、興じている遊びは90種。森洋子女史の本には確か遊びの名前はこと細かく解説されているはず。

8年前に再会したときはこの絵だけに時間をかけられないので、ひとつ々の場面を追えなかった。記憶に残っているのは手前の車輪まわしと中央の馬跳び、そして正面にみえる家の前で横棒にぶら下がっている男の子。次回この絵をみるときは森さんの本をしっかり読んでおこうと思う。

日本では、ブリューゲルの絵の3、40年くらいあと土佐派によって描かれた‘十二ヶ月風俗図帖’(重文 山口蓬春記念館)に子どもの遊びがでてくる。5月の‘菖蒲葺き、更衣’には少年たちが竹竿や小弓を持ち出して印地打ち遊び(合戦遊び)をしている。威勢のいい声と竹竿がバチバチアあたる音が聞こえてくるよう。もうひとつは12月の‘雪転’。転がしている雪の塊は球体のイメージではなく、口に入れたくなるような甘いロールケーキ。

江戸天保期の初め頃、ブリューゲルタイプの遊び図鑑が登場する。これを描いたのは浮世絵師、歌川広重(1799~1858)。丸っこい子どもたちの体つきや表情がとても可愛い。

折り紙が描かれたのが女の子版(拙ブログ4/18)でこれは男の子の遊び(拡大図で)。上段右から、子をとろ子とろ、たこ揚げ、竹馬、目かくし鬼、火消しごっこ、中段は芝居ごっこ、相撲、じゃんけん、こま回し。そして下段は花火、金魚、水鉄砲、将棋倒し、こうもり取り、いもむしごろごろ、神楽遊び。

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2010.07.09

西洋画・日本画比較シリーズ! ドガ vs 広重・国芳

1715_2   ドガの‘階段を上がる踊り子’

1713_2           歌川広重の‘名所江戸百景・芝愛宕山’

1714_2      歌川国芳の‘東都富士見三十六景・昌平坂の遠景’

国立新美で開催中の‘オルセー美展2010 ポスト印象派’(5/26~8/16)は残り
1ヶ月ちょっと。もう一度足を運ぼうと思っているのだが、夏休みに入ると子ども連れのお父さんお母さんが増えそうだし、8月は大混雑が必死。向こう2週間のどこかで行かないと大変なことになりそう。

感想記の最初にドガの‘階段を上がる踊り子’(拙ブログ6/9)を取り上げた。この絵の構成はとてもユニーク。中央に斜め後ろから描かれた踊り子はこの稽古場に階段から上がってきたところ。階段の途中にはもう2人踊り子がいる。

こういう空間の一部がぼこっと窪む絵というのはあまりない。これまでに体験した絵ではマンテーニャ(09/6/26)とか1月にであったファン・エイク(2/10)、グエルチーノ(3/3)などほんの数点。

ドガ(1834~1917)が絵を制作するにあたって、浮世絵の構図を参考にしたことはよく知られている。こういう絵に刺激を受けたのかなと思わせるのが広重(1797~
1858)と国芳(1797~1861)の絵。広重の‘名所江戸百景・芝愛宕山’と‘階段を上がる踊り子’はまさに響き合っている。

‘芝愛宕山’はお気に入りの絵。愛宕山(現在の港区愛宕)の山頂には愛宕山権現社があり、山下には別当の円福寺がある。この絵は正月3日の強飯式の神事を描いたもの。大きなしゃもじをもっているのは愛宕山の地主神・毘沙門天の使者。円福寺での強飯式に参加した人にしゃもじを振り回して‘山盛りの飯を沢山食べなさいよ!’と強要したあと、急な坂を上り山に戻ってきたところ。

絵の全体の印象は平面的なのに、この使者の足元はすごく段差があり立体的なのである。国芳の‘昌平坂の遠景’は‘東都名所・かすみが関’同様、人々が行き来する道はむこう側からの登りがかなりきついように描かれている。広重にしても国芳にしても、こういう空間構成を生み出すのだから、その人物や風景をとらえる視点は頭のなかでは柔軟に動いているのだろう。

ドガに限らずマネ、モネ、ゴッホ、ゴーギャン、ロートレック、スーラも浮世絵の斬新な構図を夢中になってながめていたにちがいない。

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2009.08.08

西洋画・日本画比較シリーズ! ティントレット vs 北野天神縁起絵巻

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4ヶ月半の宇宙ステーション滞在から地球に帰還した宇宙飛行士若田さんの体調は過去の宇宙飛行士に比べると驚異的にいいそうだ。これは無重力により筋力が低下するのを防ぐため、ステーション内にあるトレーニング器具を使って体を動かしていた効果によるものらしい。

3倍の負荷をかけられる特別仕様のマシンは日本製。そして、トレーニングの都度、筋力などのデータを日本でサポートしている医師たちが分析し、その変化具合に応じて運動量を調節していたという。われわれはステーション内で若田さんがでんぐり返ったりするのを‘ふわふわと気持ち良さそうだね’と気軽に見ていたが、若田さんは無重力の影響をすこしでも少なくしようと、せっせとマシンを使ってキツ目のトレーニングをしていたのである。

つかみが若田さんの話なのは、本日取り上げる絵に宇宙遊泳がでてくるから。
★ティントレットの‘奴隷を救う聖マルコ’:ヴェネティア・アカデミア美(上の画像)
★ティントレットの‘天の川の起源’:ロンドン・ナショナル・ギャラリー(真ん中)
★北野天神縁起絵巻 承久本:京都・北野天満宮(下)

ティントレット(1518~1595)の絵には宙を舞う人物がよくでてくるが、その姿は宇宙遊泳を連想させる。拙ブログ05/8/608/2/3でも書いたように、この意表を突く視点から描かれた聖人や女神、童子には驚かされる。このアイデアをティントレットはどこから得たのだろうか?

短縮法はマンテーニャから学び、俯瞰は自分で思いついたのだろう。この俯瞰の構図というのは見る者は画面に描かれたところよりさらに上にいる感じだから、自分もなんだか宇宙遊泳しているような気分になる。絵のなかに入れるというのがとにかくいい。

日本画にも若田さんのでんぐり返りを思い起こさせるものがある。だが、こちらはかなりコミック的。国宝‘北野天神縁起絵巻 巻六’にその場面がでてくる。これは不運な死をとげた菅原道真が死後、雷神となって清涼殿に落雷を落とすところ。中央の迫力満点の鬼は黒雲にのって現われた眷属の火雷火気毒王(からいかきどくおう)。

くろぐろした雲と怒りの真っ赤な体に度肝をぬかれた殿上人は恐怖のあまりパニクりまくり。右では飛び散る火の粉に‘あれー、どうしよう’と足を上にあげてひっくり返り、左のうす青の衣装を着た男は宇宙遊泳状態。

ティントレットの絵もこの道真の祟りにおびえる絵も一生忘れることはないだろう。

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2009.07.29

乾山・古染付の向付 と ナスカの土器がコラボ!

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昨年2月、上野の国立科学博物館で開催された‘アンコール!世界遺産ナスカ展’で大変興味深い土器と遭遇した。そこで連想したおもしろいやきもののコラボのことが今日のお話。

★尾形乾山の‘色絵龍田川図向付’:MIHO MUSEUM(上の画像)
★古染付形替寄向付:石洞美(真ん中)
★ナスカの土器・椀:ペルー国立考古学歴博(下)

今、7/26に終了した五島美の‘向付展’(拙ブログ7/25)の余韻に浸っている。心に響いた名品のひとつが乾山の上の向付。これは文様の意匠に合わせて作品の形を変化させた斬新なもの。楓をかたちどった向付のほかに、菊(08/7/8)や百合(07/11/26)のものがある。

会場には仁清がつくった百合形も出品されていた。乾山は1710年代、先行例の肥前磁器に影響されてこれに取り組んだようである。

こうした花や動物の形がそのまま向付になったものがほかにもある。目を引いたのが中国明朝時代末期の1620年代に日本の茶人の注文により焼かれた古染付(景徳鎮民窯)。2組、見てて楽しくなるのがあった。真ん中の‘虫獣六題’と‘海の幸山の幸’。

虫獣は見てすぐわかる。中央が蝶と蝉、右が獅子とちょっとわかりにくい駱駝、左が象と馬。乾山の菊や楓の向付に盛られた刺身などの食材は食べやすいだろうが、獅子や馬ににらまれるとそれが気になり、美味しい料理もなかなか喉に通らないかもしれない。海の幸には魚の形をしたものがある。これがお祭りや縁日のとき屋台で売られている‘鯛焼き’のルーツかもしれない。

古染付はほかに琵琶形、桃形、葡萄葉形、楓形があった。楽焼でも一入の‘赤楽棕櫚皿’、‘白楽蛤皿’とか宗入の‘赤楽百合皿’といったインパクトのあるものがつくられている。

さて、最初にふれたナスカの土器である。これはナスカ前期(0~300年)のお椀。魚の鼻先が縁から飛び出した形につくられているところは乾山や古染付の向付の発想と同じ。古代ナスカの土器が日本や中国のやきものと時空を超えてコラボしていた!

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2009.06.29

西洋画・日本画比較シリーズ!バッラvs平治物語絵巻・加山又造

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西洋画でも日本画でも、ときどきびっくりするような描写に出合うことがある。今日はその絵を軸にして、意外な類似性をお見せしたい。

★バッラの‘綱でひかれた犬のダイナミズム’:バッファロー、オルブライト=ノックス美(上)
★平治物語絵巻(信西巻):静嘉堂文庫(真ん中)
★加山又造の‘駆ける’:個人(下)

未来派の絵が好きで、3年前ローマの国立近代美にあったバッラ(1891~1958)やボッチョーニ(1882~1916)らの作品をむさぼるようにして見た(拙ブログ06/5/27)。バッラの犬の絵(1912)はまだ本物をみてなく、図版で眺めているだけなのだが、とても惹かれている。

画面には犬だけでなく、上にドレスを着た女性の下半身もみえ、犬と女性の足の動きが連続写真のように描かれている。疾走する馬の運動を分解写真でみせられると、その躍動感がより強く伝わってくるように、この犬も女性もかなりのスピードで前に進んでいることがうかがえる。

問題の絵は真ん中。これは3つある‘平治物語絵巻’の‘信西巻’(重文)。国宝のものが東博にあり、ボストン美にもある(06/2/2008/8/8)。もともとは15巻の長編大作で、13世紀後半に制作されたと考えられている。まだ見てなかった‘信西巻’が静嘉堂文庫で展示されたのは4年前。

美術本に載っている長刀に掛けられた信西の首が見れると思って、足どりも軽く入館した。ところが、展示してあったのはお目当ての場面ではなく、真ん中の公家の牛車のところ。巻き替えがあるとは予想もしてなかった。当てが外れたと溜息まじりでみていたら、目の前にすごい描写があった。

ぱっと見るとこれはあまりおもしろくない場面。牛車が休憩している。だが、手前右の牛車をよくみてもらいたい。牛が猛然と右のほうへ進もうとしているのである。牛車が動いていることは大きな車輪の内側に描かれた3つの黒い輪をみるとわかる(クリックした拡大図でどうぞ)。絵師はここで牛車が走り出すところまでの動きを異時同図法の手法で描いているのである。

車輪が勢いよく回転する様をスポークの黒い輪で表すのをみて、すぐバッラの犬の足を連想した。未来派の画家たちが表現しようとしたスピード感が日本の絵巻のなかでこんな風に描かれていたとは!これには200%参った。

わが愛する加山又造(1927~2004)は若いころ相当未来派にのめり込んだようで、馬の走る姿を連続的に重ねたフォルムで表現した‘駆ける’(1955、部分)は日本のバッラを思わせる。

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2009.06.26

西洋画・日本画比較シリーズ! マンテーニャ vs 広重・国芳

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ここ数年の浮世絵鑑賞で目に力を入れているのは広重と歌麿。東博の浮世絵平常展示を見るのをルーティンにしているのは二人のまだ見ていない絵と遭遇するため。

歌麿の追っかけ作品(残り10点くらい)がすこしずつ姿を現してくれるのに対し、長らく待っている広重の‘東都名所’とか‘江戸名所’シリーズの展示はスローテンポ。ということは絵そのものが無いのかもしれない。

だから、最近TASCHENの‘広重’で目にした‘東都名所’の‘かすみがせき’、‘霞が関夕景’、‘両国花火’、‘新吉原五丁町弥生花盛全図’のような鑑賞欲をそそるものをここに求めても無駄なような気がしてきた。もう5年も通っているのだから、もし所蔵しているのであれば、1回くらいは展示されているはず。頭を切り替える時期かも。

今回の似ている西洋画と日本画はマーテーニャと広重・国芳。最初に頭の中にあったのは広重と国芳の絵で、これにコラボしたのが昨年ルーヴルで会ったマンテーニャ。
★マンテーニャの‘キリストの磔刑’(上の画像)
★広重の‘名所江戸百景・湯島天神社’(真ん中)
★国芳の‘東都名所・かすみが関’(下)

4年前、太田記念美で待望の‘名所江戸百景’と対面した。この美術館が所蔵するものが日本では最も摺りの状態がいいから、夢中になって見た。そして、絵の中に同じような場面がでてくることに気づいた。広重は人々が石段や坂を登ってくるところを正面、あるいは斜め横から描いているのである。

例えば、‘湯島天神社’では画面中央に下から石段を登ってくる二人の男がみえる。なにげない描き方であるが、これで画面に立体感が生まれている。坂を上がってくるところをアップでとらえたのが‘愛宕山’、ほかにも‘上野寛永寺’、‘王子稲荷社’、‘日暮里諏訪の谷’、‘かすみが関’で同じような光景がみられる。傾斜のきつい坂を人々がふうふういいながら登ってくる様子を実にリアル描いているのが国芳の‘かすみが関’。この絵をみるたびに国芳はたいした絵師だなと思う。


マンテーニャが描いた‘キリストの磔刑’は拙ブログ08/2/26でアップしたとき、広重との類似性についてふれた。手前真ん中に男の上半身と頭がみえる。ここはキリストが磔になっているところより低くなっている。そして、キリストの十字架の後ろに目をやると、遠くから坂を登ってきている兵士がみえる(クリックした拡大画面がよりわかりやすい)。

マンテーニャは短縮法を使って向こうから登ってくる坂道、平な磔刑場、そしてこちら側が下っていることを表現している。ルネサンス期に体の一部を画面からはみださしたり、空間を正面から見て高低差があるように描く画家はマンテーニャのほかにはいない。この画面構成は広重や国芳のそれとしっかり響き合っている。

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2009.06.17

西洋画・日本画比較シリーズ! マグリット vs 応挙・北斎

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先ごろスタートさせた‘西洋画・日本画比較シリーズ!’でいつか取り上げようと思っていた絵が‘だまし絵展’(Bunkamura、6/13~8/16)に出品されていたので、今日はその話を。

★マグリットの‘白紙委任状’:ワシントンナショナルギャラリー(上の画像)
★円山応挙の‘龍門鯉図’:大乗寺(真ん中)
★葛飾北斎の‘鯉の滝登り’:大英博物館(下)

7点あるマグリット(1898~1967)の絵のうち、‘白紙委任状’と‘無謀な企て’(豊田市美)は7年前、ここで開催された‘マグリット展’にもでていた。この回顧展はマグリット作品の本家ともいうべきベルギー王立美などからいい絵を沢山集めてきた一級の展覧会だった。

‘白紙委任状’(1965)はTASCHENなどの美術本に必ず載っている有名な絵。これの別ヴァージョンを宮崎県美が所蔵しており、07年埼玉県近美であった‘シュルレアリスム展’(拙ブログ07/2/23)で見た。2つの絵はほとんど同じ構図で描かれているが、宮崎県美のものは馬の尻尾がみえ、馬の前にある木々の数が多い。

応挙(1733~1795)の鯉の絵(1789)とマグリットの絵との類似性を書いたのは
4年前(05/5/14)。この頃は画像は1点しか載せてなかったので、その似た雰囲気を充分伝えられなかったが、こうして2点を並べてみると応挙のシュールさがより引き立てられる。

‘白紙委任状’は見れば見るほど不思議な絵。馬上の女性の背中から腰のあたりに垂直に立っている木は馬の腹の手前にあるのに、上のほうを見ると馬のむこうにある太い幹の木のすぐ横をのびていく。これはエッシャーの塔の絵で、柱がねじれてつながっているのと同じ。この絵でハッとするのは馬の胴体が縦に切断されているところ。今ではだいぶ慣れたが、はじめてこれを見たときは暫く‘オイ、オイ、どうなってんだこの絵は!’と目がバタバタした。

この衝撃が体に染みついているので、応挙の鯉の滝登りに出会ったときは瞬時にこの絵を連想した。鯉の背に流れる塗り残しによって表現された滝の水が馬のカットされた部分とすぐ響き合ったのである。

北斎(1760~1849)の‘鯉の滝登り’(1833)は05年、東博であった‘北斎展’に登場した。すばらしい絵である。緩くカーブを描いて下に落ちる滝の水はうすべったいきし麺みたいで、二匹の鯉はそれに挟まれるように泳いでいる。この絵もマグリットの絵のようなシュール感覚があふれている。北斎にはほかにも似たような感じの鯉や亀の絵がある。

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