2015.05.01

アートに乾杯! 虹を描いた画家たち(5)

Img_0004     絹谷幸二の‘時の舟・慈愛Ⅲ 悠久の都’(2006年)

Img_0002     福田平八郎の‘紅葉虹’(1947年 大分市美)

Img     中村岳陵の‘雨霽’(1964年)

Img_0001     池田遙邨の‘伐られた株’(1923年 倉敷市美)

デパートで現役の作家の回顧展が開かれる場合、開幕初日に本人が会場にいることがある。こういうときはいい機会なので気軽に話をすることにしている。2006年日本橋三越であった絹谷幸二さん(1943~)の展覧会は念願の絹谷作品をみることができたのでおおいに話がはずんだ。

このとき展示されていたのがその年に描かれた‘時の舟・慈愛 Ⅲ 悠久の都’、ローマの風景が目の覚めるような赤や青で描きあげられそこに名所観光地のパネルや絵画、彫像などがコラージュ風に張り付けられている。時刻は雨上がり、空には強烈な虹がかかっている。この虹はこれまででてきた虹のなかで一番正確に色がつけられている。忘れられない一枚。

天性のカラリストである日本画家の福田平八郎(1892~1974)にも強く心に残る虹がある。終戦前後京都の竜安寺にいた時代の印象を作品にした‘紅葉虹’、きれいに咲き誇る紅葉のむこうに虹がみえる。こういう作品をみると絵の魅力は色彩によって決まるということを再認識する。

中村岳陵(1890~1969)の虹は実際の印象に近い。虹は上の二つのように色がくっきりあざやかにみえることはまずなく、色はこの絵のように薄くみえる。虹の向こうに山が透けてみえる感じがとてもリアル。ぱっとみるとおとなしい感じがするが、じっとみていると絵のよさがわかってくる。

シュールっぽい虹の絵を描いたのは岡山県出身の池田遙邨(1895~1988)、これは遙邨28歳のときのもの。中央に伐採された株があり、それを黄色の虹が宗教画の円光のように照らしている。株の生命力を強調するために虹を使うという発想が前衛的。

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2015.04.30

アートに乾杯! 虹を描いた画家たち(4)

Img_0001     川合玉堂の‘雨後’(1924年 宮内庁)

Img     菱田春草の‘雨後’(1902年 新潟市 敦井美)

Img_0002           横山大観の‘雨後’(1911年 伊豆市)

Img_0004     岩澤重夫の‘虹(天地創造)’(1977年)

明治時代以降でみると3人の画家が‘雨後’というタイトルで虹を描いている。川合玉堂(1873~1957)、菱田春草(1874~1911)、そして横山大観(1868~1958)。

最も心を打たれるのが川合玉堂、過去に大きな回顧展を3度体験したがこの宮内庁にある虹の絵の前ではいつも息を呑んでみてしまう。こういう雨上がりの山の風景のなかに出現する虹と実際に遭遇したら、虹の美しさが目に沁みるにちがいない。虹は全体をみせるのでなく左の部分のみ、まわりの木々や岩とうまく融合させる構図はコンスタブルの作品を思わせる。

菱田春草の虹は中国の嶮しい山々のイメージ、細長く切り立った岩と岩の間からでてきた虹は向こうの岩とをつなぐ太鼓橋のよう。中国でこういう光景をみてみたいと10年くらい前は思っていたが、この桃源郷のような場所までたどり着くまでが大変だということを知り、今はもう山水画をみるだけでいいという心境になっている。

人物が出てくる大観の虹はよくみると赤と青の順序が逆になっている。橋の上から振り返って虹をながめる人物や馬は輪郭をとって描いているが虹は朦朧体風に表現している。もやっとした空気のなかにできる虹がモチーフだから、大観にとって青と赤のどっちが外側かはどうでもいいのだろう。

岩澤重夫(1927~2009)は大分県日田市出身の日本画家、5年前あった回顧展でこのすばらしい虹の絵に出くわした。虹という光の現象に最接近している今、こうして絵画化された虹をいろいろみるとこの画家の才能の高さに感服させられる。

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2015.04.29

アートに乾杯! 虹を描いた画家たち(3)

Img_0001  歌川広重の‘名所江戸百景 高輪うしまち’(1857年 太田記念美)

Img_0002  歌川国芳の‘東都名所・するがだい’(1830~36年 ホノルル美)

Img_0003  北斎の‘行徳塩浜より、登戸の干潟を望む’(1804~07年)

Img     小林清親の‘橋場の夕暮’(1880年 静岡県美)

日本の江戸時代や明治時代以降に描かれた絵画で虹をモチーフにしたものをみたのは両手とちょっと。まずは浮世絵版画から。

すぐ虹を思いつくのは歌川広重(1797~1858)が描いた‘名所江戸百景’の一枚‘高輪うしまち’、右手前に牛車がクローズアップで描かれ、その丸い輪と空にかかる半円の虹の形が見事に響き合う。虹を印象付けるためによく考えられた構図、大きい車輪の力を借りて巨大な虹はその存在感をみせつけている感じ。

歌川国芳(1797~1861)の‘東都名所・するがだい’も虹を描いた傑作。雨上がり突然姿を現した虹を侍と従者が眩しそうに眺めている。美しい虹に思わず見惚れるのは江戸時代も今もかわりない。自然の風景を愛する日本人の心がこの絵によく現れている。

葛飾北斎(1760~1849)にも虹を描いた絵がひとつある。‘行徳塩浜より、登戸の干潟を望む’、虹が描かれているのはこの初刷りだけ、後摺りでは消えている。勝手な想像だが、虹はしっかり半円に描かなくては虹らしくない。そうするとこの形と塩田や陰影をつけた段丘部分などの形がどうも画面のなかでとけあわない。だから、虹は消すことにしたのだろう。

記憶に新しい小林清親(1847~1915)の風景版画にもいい虹の絵がある。感想記でもとりあげた‘橋場の夕暮’、真ん中に描かれた虹は全体のごくわずかな部分だが、この垂直的にのびていく描写によってこの虹が相当大きことを想像させる。そして、横に広がる水面、川舟に乗っている人たちと一緒にこの虹を眺めている気分になるのがとてもいい。

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2015.04.28

アートに乾杯! 虹を描いた画家たち(2)

Img_0003 パオロの‘世界の創造と楽園追放’(15世紀 NY メトロポリタン美)

Img_0002 ハントの‘キリストと二人のマリア’(1897年 南オーストラリア州美)

Img_0001     ミレーの‘春’(1868~73年  パリ オルセー美)

Img シニャックの‘オンフルールの港口’(1899年 インディアナポリス美)

古典絵画の宗教画に虹が描かれたものはこれまでみたことがないが、明らかに虹をイメージしたものが一枚だけある。それはNYのメトロポリタン美にあるパオロ(1400~1482)の‘世界の創造と楽園追放’。

左でケルビムの雲に乗っている神が指さしているのは新しく創造した天地、山や川をとりかこんでいる太陽や火、星などが赤や青の円で囲まれている。虹が描かれているのではないが、宇宙の太陽や星が地球を回る様子を虹を借りて表現している。

同じく虹を宗教画に取り入れたのがラファエロ前派の画家ハント(1827~1910)、‘キリストと二人のマリア’ではキリストの後ろの光背を円に変えた壮大な虹で表している。ちょっと戸惑うくらい大げさな光背、これは誰がみても虹。この図案化された虹の印象は強烈で今でも目に焼きついている。

まだ縁のないのがミレー(1814~1875)の‘春’、何度も訪れたオルセーでどういうわけか二重虹が描かれた絵に会うことができない。不思議なのだが、常時展示されてないのだろうか?次にオルセーへ行くことがあったら、真っ先にこの絵に突進することを決めている。

印象派の画家たちはほとんど虹を描いていない。例外はシニャック(1863~1935)、一点あった。今年1月東京都美で開催された‘新印象派展’に出品された‘オンフルールの港口’。海の上の空にかかる虹が力強く描かれている。

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2015.04.27

アートに乾杯! 虹を描いた画家たち(1)

Img_0001      ルーベンスの‘虹のある風景’(1635~38年 ウオーレスコレクション)

Img_0003 コンスタブルの‘牧草地からみたソールズベリー大聖堂’(1831年)

Img_0002     フリードリヒの‘虹のかかる山岳風景’(1810年)

Img   ミレイの‘盲目の少女’(1854~56年 バーミンガム美)

ルーウイン教授が行った虹の講義のなかにとても興味深い壁画がでてきた。6世紀頃のもので人々の上に青と赤が逆さまになった虹が描かれている。そしてはっとするのは虹の真ん中に上からにょきっとでてきた手、ジョット―の絵にもこういう神の手がみられるが、虹の絵にも描かれていたとは。

西洋絵画で虹が描かれたものはあまりない。だから、このモチーフで印象深かった作品は一列だけはすぐでてくる。バロックのビッグネーム、ルーベンス(1577~1640)が描いた虹の絵はこれまで3点くらいみた。そのなかでお気に入りはロンドンのウオーレス・コレクションにある‘虹のある風景’、ブリューゲルの風景画を彷彿とさせるこの絵にぞっこん参っている。この絵と出会ったことは生涯の財産!

そして、コンスタブル(1776~1837)にとっても虹はお好みのモチーフだった。何年か前ナショナルギャラリーでお目にかかった‘牧草地からみたソールズベリー大聖堂’では虹の美しさに見惚れてしまった。まさにこれぞ虹!という感じ。東京都美とか三菱一号館美あたりがコンスタブル展を開催しこの絵をもってきてくれると嬉しいのだが、常時帆だけは高く掲げておきたい。

ドイツロマン派のフリードリヒ(1774~1840)も‘虹のかかる山岳風景’で虹の姿全部を白で描いている。これは日本で行われた展覧会に登場した。‘白虹(霧虹)’のようにみえるが表現として白く描いたのだろう。

ミレイ(1829~1896)の虹も忘れられない一枚。12年前Bunkamuraであった‘ミレー3大名画展’で運よくみたのだが、主虹のほかに副虹もしっかり描かれている。だが当時はその知識がなかったので、二つあることがあまり気にとまらず虹の鮮やかな色だけが強く印象に残っている。盲目の少女を虹を背景にして描いたのは希望を表現したかったのだろうか。

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2014.12.21

2014年 新発見!画家の作品に影響を与えたもの

Img_0003     竹久夢二の‘黒船屋’(1919年 竹久夢二伊香保記念館)

Img_0002             山村耕花の美人画

Img     デ・キリコの‘神秘的な動物の頭部’(1975年 パリ市近美)

Img_0001    ヴァイキング船の竜頭柱

美術の本を読んだりTV局が制作する美術番組をみたとき強く心に刻まれることがある。それは昨日とりあげたドガの歌手の絵のように画家が作品を仕上げていくときインスピレーションを受けたものとか参考にしたほかの画家が描いた作品。

今年そんなサプライズが2つあった。ひとつは12/7にアップした竹久夢二が描いた‘黒船屋’、この絵に影響を与えたのはドンゲンの黒猫を抱いた絵と思っていたら、夢二はなんと同世代の日本画家山村耕花が描いた美人画からも人物のポーズを借りていた!
 

これまで絵画にかぎらずいろいろな美術品をみてきたが、才能豊かな芸術家ほど古典に学びほかの作家の作品も貪欲に吸収する。そしてそれらを十分消化して独自の作風を生み出す。こういう話はごろごろある。例えば、ダ・ヴィンチの‘モナリザ’から肖像画を学んだラファエロ、カラヴァッジョの絵から大きな影響をうけたベラスケス、ラ・トゥール、そしてレンブラント。

ピカソだって‘ゲルニカ’を制作する際、ゴヤの‘1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺’をしっかり研究している。そして、今年春日本で回顧展のあったバルテュスはピエロ・デッラ・フランチェスカにどっぷり嵌っていた。

今月の10日に汐留ミュージアムでみたデ・キリコ、出品作のなかに‘谷間の家具’というタイトルのついた不思議な絵があった。画面の中央に洋服入れと椅子がどんと置いてある。その背景にはなぜかギリシャ神殿が小さく描かれている。この絵に刺激されたのがマグリット。同じように石でできた馬鹿デカい椅子が浜辺でそびえるように立っている。

デ・キリコが最晩年に描いた自画像‘神秘的な動物の頭部’、馬の頭部はパッと見るとアンチンボルドを意識したのかなと思う。アンチンボルドは人間の顔を果物、花、木、魚、鳥、動物で形づくったが、この馬は神殿など壊れた建物の一部を積み上げて表現している。

この自画像を2010年ローマでみたときからアンチンボルドのアイデアを借りたと思っていたが、6月‘美の巨人たち ボルゲン・スターヴ教会’をみてそれは捨てた。デ・キリコはひょっとするとヴァイキング船の船首に飾られていた竜頭柱をみたのではないかと。

このごつごつ彫られた竜の頭の形と施された模様の感じが馬の頭部とよく似ている。直感的にひらめいたのだが、デ・キリコはニヤッとするだろうか?

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2014.05.02

アートに乾杯! フランチェスカ、スーラ、バルテュスのコラボ

Imgピエロ・デッラ・フランチェスカの‘キリストの鞭打ち’(1458~60年 ウルビーノ マルケ美)

Img_0003 スーラの‘グランド・ジャット島の日曜日の午後’(1886年 シカゴ美)

Img_0001     バルテュスの‘街路’(1933年 NY MoMA)

Img_0002     バルテュスの‘コメルス・サンタンドレ小路’(1952~54年)

関心を寄せている画家についての情報が作品をみることで増えてくると、画家の創作活動における思いや刺激を受けた先行画についてあれこれ推測したくなる。

今心のなかにドーンと居座っているのは東京都美で回顧展が開かれているバルテュス(1908~2001)、そのきっかけとなったのが昨年1月、NYのMoMAで対面した‘街路’。この絵を何度もみているとバルテュスはピエロ・デッラ・フランチェスカ(1416~1492)のDNAを引き継いだ画家であることがわかってくる。

絵に登場する人物の姿のバリエーションはピエロの描いた‘キリストの鞭打ち’にでてくる男たちを踏襲している。これは古典絵画を見慣れている方なら容易に気がつくはず。‘鞭打ち’では右手前に3人が正面向きと横向き、そして、奥のキリストが鞭打たれているところには後ろ向きの男が2人、体を斜めにして動きを出しているキリスト、あとは横向きが2人、ひとりは椅子に座っている。

‘街路’でも正面向き、後ろ向き、左右横向きの人物がそれぞれ遠近法でつくられた奥行きのある路にバランスよく配置されている。ピエロが人物を二つのグループに分けて静かな画面をつくりだしたのに対し、バルテュスは手前のほうに子供や大人を集め通りの活気さをだしている。

バルテュスはこの絵の21年後に‘コメルス・サンタンドレ小路’を完成させた。ここでは街路の雰囲気はがらっと変わってとても静か。その静けさを生み出しているのは‘キリストの鞭打ち’に近づけた人物の配置と路の中央を向こう側にむかって歩いているスリムな男性(バルテュスの自画像)、‘街路’との違いはもうひとつある。‘街路’では感じられなかった時間がここでは静かに流れている。

このゆっくりと流れる時間を感じるところはスーラ(1859~1891)の代表作‘グランド・ジャット島の日曜日の午後’と似ている。だから、‘コメルス・サンタンドレ小路’はバルテュスがフランチェスカとスーラの画風を吸収して自分の表現を生みだしたようにうつる。

‘グランド・ジャット島’は人物の描き方は一見すると横向きばかりのイメージが強いが、よーくみると正面をむいている母親と女の子がおり、画面の上部には向こうのほうへ歩いている二人連れが2組描き込まれている。対象の描き方は点描法であるが、遠近法を使った画面構成や人物のポーズのとりかたはピエロの作品を参考にしているのは確か。

‘グランド・ジャット島’と‘コメルス・サンタンドレ小路’がピエロから生み出された双子のように思えてならない。

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2014.01.14

アートに乾杯! シャヴァンヌの魅力

Img_0001     ‘夏’(1873年 パリ オルセー美)

Img_0002     ‘夢’(1883年 オルセー美)

Img ‘洗礼者聖ヨハネの斬首’(1869年 ロンドン ナショナルギャラリー)

Img_0004     ‘聖女マリアたちの上陸’(1876~77年)

パリのオルセー美を2008年訪問したとき、シャヴァンヌ(1824~1898)は重点鑑賞画家の一人だった。だから、玄関ホールと10点くらい飾られていた部屋では一点々熱心にみた。

2011年秋に展示スタイルを一新したオルセー、玄関ホールにあった‘夏’は前と変わってないのだろうか?この絵は縦3.5m、横5mの大作で画面には大勢の人たちが描かれているので思わず見とれてしまう。壁画の魅力がこの絵には満ち溢れている。

シャヴァンヌルームで一番長くみていたのは‘夢’、Bunkamuraで‘諸芸術とミューズたちの集う聖なる森’(シカゴ美)の前に立ったとき視線がすぐ向かったのが湖の上に飛来し竪琴を奏でている女神と恋の歌を歌っている女神、そしてすぐこの女神たちと‘夢’に描かれた3人の乙女が重なった。

乙女たちは上手い具合に配置され、薔薇の花、月桂冠、金貨を手に持っている。これは‘愛、‘栄光、’富’を象徴しており、左で眠っている旅人にどの徳をとるのか問いかけているところ。この絵はギリシャ神話におけるパリスの審判の話を思い起こさせる。この一枚でシャヴァンヌがぐっと近くなった。

もう一点、忘れならない絵がある。それはロンドンのナショナルギャラリーでお目にかかった‘洗礼者聖ヨハネの斬首’、シャヴァンヌが45歳の頃描いたこの作品は例外的に激しい絵。オルセーの静かで穏やかな絵がイメージされているので、ちょっと面食らった。シャヴァンヌにこんな心がザワザワする絵があったの!という感じ。

死刑執行人のムーア人は画面に平行になるように真横に描かれている。この人物の描き方が連想される絵が回顧展にあった。それは描かれている場面はちがうが‘聖女マリアたちの上陸’。十字架を右手にもった左向きの老人はムーア人同様、画面にぺたっと貼りつけられたように平面的に描かれている。

さらに、跪く二人の女性のうち目をとじてまっすぐ正面をむいている左の女性のポーズにぴんときた。両手を横に少し広げる姿は斬首される聖ヨハネの両手の恰好と同じ。2枚の絵は強く響き合っていた。

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2013.12.17

アートに乾杯!  山陰の芸術家

Img     水木しげるの‘ゲゲゲの鬼太郎’

Img_0001     河井寛次郎の‘三色扁壺’(1961年 河井寛次郎記念館)

Img_0004     橋本明治の‘赤い椅子’(1951年 東近美)

Img_0003     前田寛治の‘赤い帽子の少女’(1926年 兵庫県美)

仕事の関係で広島に住んでいたとき、山陰の島根、鳥取へは出張でよく出かけた。だから、写真家植田正治(1913~2000)の撮った写真に境港や鳥取砂丘がでてくるととても懐かしく、はじめての写真展なのに緊張することもなくUEDA-CHOの演出写真をこれまで何度もみているような気分で楽しむことができた。

当時植田正治についてはNO情報、このため境港は水木しげる(1922~)が育った街というイメージが強い。街の中心の通りが‘水木しげるロード’になっていてお馴染みの妖怪漫画の登場人物たちを形どったブロンズ像が沢山設置してある。

植田正治が生まれた境港に住み続けて写真を撮っていたことを知ったのは5,6年前のことだから、今もあるという植田写真館へ足を運ぶことなど思いもよらなかった。将来、この街を再訪することがあったら、是非寄ってみたい。

それにしても境港はすごい芸術家を輩出した。妖怪漫画の巨人、水木しげる、そして世界的に知られた写真家植田正治。もうひとり芸術家ではないがお笑い界で有名な人物がいる。漫才師の宮川大助もこの街の出身。

境港からそう遠くない島根県の安来市にも陶芸界のビッグネームがでている。濱田庄司とともに民藝運動の中心人物となった河井寛次郎(1890~1966)、20年くらい前足立美術館でみた緑と赤が鮮やかに映える扁壺をみたときから河井寛次郎とのつきあいがはじまった。この扁壺をみるたびに体が震える。

日本画家で山陰の出身というと橋本明治(1904~1991)がいる。この人は浜田市の生まれ。黒の太い輪郭線が特徴の人物画、この線は好みの分かれるところだが昔から魅せられている。洋画家ですぐ思い浮かべるのは米子と鳥取の真ん中あたりの北条町(現在は北栄町)に生まれた前田寛治(1896~1930)、お気に入りはふっくらした顔が印象深い‘赤い帽子の少女’。

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2013.11.26

アートに乾杯! 今年お目にかかったマネ

Img_0001      ‘散歩’(1880年頃 東京富士美)

Img_0003     ‘若い女性の肖像’(ワシントンナショナルギャラリー)

Img_0002     ‘マホの衣装を着けた若者’(1863年 NY メトロポリタン美)

Img_0005     ‘老音楽師’(1862年 ワシントンナショナルギャラリー)

今年多くの時間を割いて取り組んでいるのがMy図録づくり、これまで作家の回顧展が開催される度に買い込んできた図録のなかには古くなったものもあるのでこれらを解体して作品の図版だけを軸になる図録に貼り付けていく。また、別のファイルにおさめていた作品もここに集結させる。すると、ちょっと分厚くなってくるが結構いい作品の並んだ画集ができあがる。

マネ(1832~1883)の場合、回顧展を体験したのは2010年に三菱一号館美であった‘マネとモダン・パリ’しかないのでこの時の図録を使い、白紙のところに市販の画集に載ってない作品を丁寧に配置している。その数15点。この作業はコラージュをやっているのと同じだから楽しい。

この15点のなかには今年アメリカの美術館めぐりをした際、作品を撮影した写真も含まれている。訪れた5つの美術館でお目にかかったマネは全部で18点、幸いにも追っかけ画がかなりヒットしたうえ初見の作品にも多く遭遇したのだからいうことなし。美術館ごとにみると

★ワシントンナショナルギャラリー 4点  ‘老音楽師’、‘死せる男’など
★フィリップスコレクション 1点 ‘スペイン舞踊’
★フィラデルフィア美 5点 ‘ル・ポン・ポック’、‘海景画’など
★メトロポリタン美 7点 ‘闘牛士’、‘マホの衣装を着た若者’、‘マネ夫人’など
★グッゲンハイム美 1点 ‘イブニングドレスの女性’

国内の美術館で行われた展覧会でも3点のマネ作品と出会った。
‘花瓶のモスローズ’ クラークコレクション展(2月 三菱一号館美)
‘アントナン・プルーストの肖像’ プーシキン美展(7月 横浜美)
‘散歩’ 光の賛歌 印象派展(11月 東京富士美)

‘散歩’は三菱一号館美にも出品されたが、日本にあるマネでは一番いいかもしれない。富士美の自慢のコレクションのひとつ。この女性画をみてすぐ頭をよぎったのがワシントンナショナルギャラリーでみた若い女性の肖像。鑑賞時間の関係でタイトルを書きとめなかったが、とても魅了されたのですぐシャッターをきった。

マネはスペインが好きだったので闘牛士などスペインものの作品をいくつも描いている。アメリカでみたものではメトロポリタンにあった‘マホの衣装を着た若者’とワシントンナショナルギャラリーでの追っかけ画‘老音楽師’が強く印象に残っている。

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