2015.07.29

夏の風物詩 蝉の声!

Img_0002           速水御舟の‘晩蝉’(1926年)

Img     歌川国芳の‘准源氏教訓図絵 空蝉’(1830~43年)

Img_0001         河鍋暁斎の‘布袋の蝉採り図’(1870年以前)

このところ散歩をしていると鳴り響く蝉の声で体がとりかこまれている感じ。とくに大きく鳴いているのがミンミンゼミ、‘ミーンミンミン、、、ミーンミンミン’がずっと聞こえている。アブラゼミも負けじと鳴いているが‘ジージー’と一本調子だから、耳へのインパクトは弱い。

8月の後半になるとにぎやかなツクツクボウシが登場、この蝉のリズミカルな鳴き声は小さいころから心を奪われてきた。ところで、蝉の声がうるさくてイライラしてくるという人がどのくらいいるだろうか。10人に3人くらい?
もし夏に蝉の鳴き声が消えたとしたらどんなことになるか、たぶん、猛暑に体も精神も相当まいるにちがいない。ときおりミンミンゼミの声が聞こえてくるから暑さから気がまぎれる。だから、蝉はありがたい存在なのだと思う。

円山応挙でも速水御舟(1894~1935)でも写生の達人は家のまわりでみかけるアブラゼミをじつに上手く描く。二人のスケッチブックにはいろんな角度からとらえた蝉の姿がいくつも載っている。

歌川国芳(1797~1861)も河鍋暁斎(1831~1889)も同じような構図で蝉を採るようすを描いている。子どもが網でとろうとしているアブラゼミを今日手で素早くつかまえた。アブラゼミはのんびりしているから手がとどくくらいの木の高さにとまっていれば楽にとれる。コツは時間をかけずさっと手をのばすこと。

布袋さんが大きな腹をつきだして蝉採りに挑戦。これはたぶん失敗に終わる。跳び上がったとしても逃げられてしまいそう。このユーモラスな絵を三菱一号館美で現在開催中の‘河鍋暁斎展’(~9/6)でニヤニヤしながらみていた。

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2014.05.03

散歩で街角ウオッチング! ツツジが満開

Img    歩道に咲き誇るツツジ

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広島に住んでいたときGWは恒例のイベント‘フラワーフェスティバル’を楽しんだ。今でも続いているはずだが(?)、このイベントは雨で中止になることもよくあった。GW期間は雨に降られることが多い、だから‘フラワーフェスティバル’は3年に一度は雨で流れたとかいうイメージが強く残っている。今年は大丈夫そう。

動植物の名前に詳しい人が世の中にはいる。そういう人の知識に較べたら植物に関しては相当低いレベルにある。散歩をしていて、道端にある植物の名前は90%くらいわからない。色が鮮やかな花が目にとまったときは隣の方にすぐ聞くことにしている。

でも、今毎日の散歩コースで目を楽しませてくれるツツジは誰に教えてもらわなくてもわかる。毎年この時期散歩道は途中から道路の両サイドが美しいツツジで埋まる。直方体にきれいに整えられたツツジ垣は白い花と赤い花が上手い具合に組み合わされている。

あるところは赤花だけで、またあるところは白花だけ、そして赤と白が交互に配置されたところもある。このアレンジにはいつも感心させられる。ツツジの美しさを知り尽くした職人が手がけたに違いない。まさに小さな美の発見といったところ。

桜とかツツジ、そして紫陽花は庭園のような特別のところへ出かけなくても家のまわりでみることができるから親しみがわき、生活にリズムをつくってくれる。花を沢山みるといっそう美しさを実感することがある。広島に住んでいるときツツジで有名な音戸の瀬戸へクルマを走らせた。記憶がだいぶ薄れているが、目に心地よい赤や白のツツジがどっと咲いていたことは強く心に刻まれている。

もっと昔にさかのぼると小さい頃、家族でツツジの花見をしたことがある。桜とツツジの花見が毎年セットだった。父親はお酒を飲む機会をつくるのが本当にうまかった。

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2011.10.31

夏でもないのに缶ビールを歩きながら飲む人たち!

3215           曽我蕭白の‘酒呑仙人図’

2年前の夏、缶ビールを歩きながら飲む中高年が多くなったことを書いた(拙ブログ09/8/20)。この現象は夏の暑い時期には年々ふえる傾向にある。だから、またオッサンが飲んでるワという感じで別に気にとめることもなくなった。

今年はこの歩きながらの酒飲みに変化がでてきた。どういうわけが秋になってもこれが続いているのである。ワンカップ大関をもって歩くお爺さんはよく見かける御仁。だが、小雨のなか傘もささないで缶ビールを片手にもって進む人にはちょっと驚いた。この人は年は50代後半、まじめそうな顔をしていたから思わず顔をじっとみてしまった。

もう一回新現象にでくわした。横を20代前半の男性2人がしゃべりながら並んで歩いている。ともに左手に缶の発泡酒、そして右手につまみの袋をもっている。公園や広場のベンチでつまみをパクつきながら缶ビールを飲む光景は見慣れているが、野外での酒宴を歩きながらしている人はこれまでみたことがない。

これをみて勝手なことをいろいろ思う。車の中とか公園とかどこでもいいのだが、酒を座って飲むところはどこにもあるだろうに、缶コーヒー感覚で缶ビールを歩きながら飲むのならまだわかるがつまみを食べながらの酒飲みは落ち着かないだろう。二人は時間を節約するためにこういう飲み方をしているのだろうか?それとも経済的な理由?

居酒屋へ行くとお金がかかる、財布のなかにはそれほど入ってない。こうして歩いてつまみも買って飲めば酒代もあまりかからない。すると、毎日でも飲める。こういう飲み方が習慣になっているとは思えないが、これを続けていると結構楽しい酒宴になる?もっともミニ酒宴だが。

日本画のなかでお酒の絵は中国の人物を題材にして描かれることが多い。ここでとりあげたのは曽我蕭白(1730~1787)の酒呑仙人の絵。酒壺に口をつけて呑みたいだけ呑んでいればそれはそれはいい気持ちだろう。

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2011.10.30

散歩で街角ウォッチング! 増加する女子中高生の歩き食い

3214     稗田一穂の‘帰り路’(1891年 和歌山県近美)

このところめっきり寒くなってきたので、散歩のとき半袖はやめて長袖に切り替えた。決められたコースを大体一時間半ほど歩くが、歩く速さについてはアバウトな目安が一応ある。

かかった時間をチェックする場所を一箇所決めており、そこまで調子がいいときは一時間と5分くらい。これをだいたいキープするようリズミカルに歩くことにしているが、ときには10分をこえることもある。これはときどき膝や足の親指が痛くなることがあり、ペースを少し落として歩くとき。

今は体重の減量は週末のきつめのクロール泳法によって達成することにしているので、以前のように急ぎ足にして記録をつくるような歩き方はしてない。だから、膝や指先が痛くなる頻度は減ってはいるのだが、それでもどういうわけか膝の痛みがときどきでてくる。こういうときはパテックスのシップ薬をすぐ貼ることにしている。

散歩をしているといろんなことに出くわす。中華料理のお店が3ヶ月前に開店した。毎日6時前後に店の前を通るとき、店内をじっとみる。いつも客なしか、いてもせいぜい一組。料理が美味しくないのだろう。開店直後は値段を安くしていたのでお客が集まったかもしれないが、その期間がすぎると料理に魅力がないからリピート客にはならない。いつまでもつか?

2店ある弁当屋はどちらも繁盛しているが大きなスーパーマーケットの近くにある店のほうが客が多い。こちらは弁当だけでなくお惣菜の測り売りもやっているので自分の好みで量や品数を選べるのがいいのかもしれない。

昨年の10月、すれちがう女子中高生の歩き食いのことを書いたが(拙ブログ10/6/16)、その数はどんどん増えている。食べてるものは菓子パンであったり、スナック菓子であったり。とにかく多い。ちょうど夕食時だから皆腹が減っているのだろう。

2ヶ月前家の近くのコンビニの前にバンを使った焼き鳥の移動屋台が出現した。オッサンがコンビニで買ったお酒を飲みながらできたばかりの焼き鳥を美味しそうに食べている。メニューの横には‘お酒はコンビニでお求めください!’と書きそえている。いいタイアップ商売を思いついたものである。焼き鳥屋はクルマの置き代をいくらかコンビニの親爺に払っているはず。

焼き鳥はおかずのたしになるから客は結構来る。子どもを連れた若いお母さんも買っている。そこに女子高校生が二人やってきた。焼きあがるのをしばらく待って一本づつ買った。二人は嬉しそうに歩きながら焼きたての焼き鳥を食べている。思わず心の中で‘あんたら、オッサンか’とつぶやいた。

画像は日本画家、稗田一穂(1920~)の‘帰り路’。この絵との対面を長いこと待っているがまだ実現しない。

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2011.10.27

散歩で街角ウォッチング! あやとりをする男子大学生

3211_2     鈴木春信の‘あやとり’(1767年 シカゴ美)

伊東深水の回顧展をみて帰宅する途中、電車のなかでとても興味深い光景にであった。男子大学生が3人立って話をしており、その一人があやとりの妙技を仲間に披露しているのである。ええー、男子があやとりするの!目が点になった。

男子があやとりをして遊んで悪いということはないが、あやとりは女の子の遊びと思っているから、この学生のあやとりの指捌さばきをちょっと複雑な気持ちでみていた。できあがる形がどうやったらつくれるのかを得意げに説明している。確かにあやとりも複雑な形になると、相当手の込んだ手順が必要になってくる。それがこの男子を夢中にさせているのだろう。

これも創作のひとつだから、嵌るとおもしろいかもしれない。一体、あやとりで遊んでいる男子高校生や大学生がどのくらいいるのだろうか?剣玉を楽しんでいる大人の男性がいるように、あやとり趣味の男子学生がたまたま目の前に現れただけのことなのか、それともあやとりが手品感覚の遊びとしてこの世代の男子に流行っているのか?

あやとりの形のことを思い出してみた。小学校では休み時間に女の子が鈴木春信の絵のようにあやとり遊びをするのをよくみかけた。できあがった形はどんなものだったか?すぐ思い出すのがよく対象を写している‘はしご’、そして‘ほうき’、‘蝶’、‘網’、あとは知らない。ところで、今小学校で女の子たちはあやとりで遊んでいる?

折り紙が紙のマジックなら、あやとりはひものマジック。小さいころはこういう遊びでなにもないところからをおもしろいフォルムを生み出していた。考えてみればたいしたアート心である。日本美術の特徴である豊かな装飾性は長い伝統をもつ着物文化やこうした身近な折り紙、あやとりなどがいろいろとり合わさってできあがったものではなかろうか。

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2011.10.10

散歩で街角ウォッチング! 休日に多い走る人・歩く人

3156_2     酒井抱一の‘秋草鶉図屏風’

土日は水泳をし月~金に散歩をするのが一週間の運動ルーチンなので、夕方いつものコースを1時間半ばかり歩いた。驚いたことに平日の3倍くらいの歩く人やジョギングをする人とすれ違う。勝手がちがうのは今日は体育の日でお休みだから。

もう何年も同じコースを同じ時間帯に歩いているから、お馴染みさんの数と顔はおおよそインプットされている。向こうは知らないだろうが、こちらは人の顔を見るのが好きというへんな趣味の持ち主。でも、これほど運動をする人が多いと知らない人ばかりという感じ。

仕事をしている人は平日に運動をする時間はなかなかとれないから、休日に体を動かしているのだろう。土日は散歩をしないのでこういう状況はわからなかったが、ざっと見た感じでは走っている人は30代、40代が多い。女性も結構いる。男女の割合は6:4くらい。夫婦で走っているのもよくみかける。

シニアウォーカーでも最近は夫婦組が増えてきた。わが家でも30分は隣の方が横を歩いている。毎日ではないが、ある場所に来ると特異な存在感を発揮している高齢のペア(80歳くらい)に出くわす。羨ましいくらい元気がいい。

お二人は大きな声で周りを気にせずぺちゃくちゃしゃべりながらお歩きになる。まさに似た者夫婦。どうでもいいことだが、おしゃべりの人は社交的だから人の顔をよくみる性向がある。この方たちも例にもれずこちらをじっとご覧になる。

今日はどういうわけか歩道の脇や横の崖に茂る薄をしげしげとみた。身近な草木では薄が一番秋を感じさせてくれる。画像は酒井抱一の‘秋草鶉図屏風’、千葉市美で今日からはじまった‘酒井抱一展’でまたお目にかかれそう。

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2011.08.04

散歩で街角ウォッチング! お馴染みのペット犬

2927     小林古径の‘犬と柘榴’(1934年)

2928_2     橋本関雪の‘唐犬図’(1941年 足立美)

散歩をしていると毎日結構な数の犬にでくわす。犬をペットとして飼う習慣がないので、犬の種類には疎く名前は片手くらいしかでてこない。今日はお馴染みの犬の話を。

まず名前を知っている犬から。わりとよく見かけるのがダックスフンド。足が短いのでちょこちょこ歩き。こういう犬の散歩は時間がかかりそう。ペット犬を散歩につれていくときの心得というのがきっとあるのだな、と思わせることがある。それは犬に思いのままに歩かせていること。

例えば、犬が木の下を鼻で匂うように立ち止まっていると飼い主はそれに辛抱強くつきあっている。‘もういいでしょう、行くわよ’というような態度は微塵もみせない。飼い主は皆忍耐強い。勝手な想像だが、犬をせかせてストレスを与えるのはよくないというのがわかっているのだろう。

会うのが楽しみなのがブルドック。あのユーモラスな顔をみると思わず頬がゆるむ。1時間半の定番のコースにはお馴染みさんが1犬いるが、たまに2犬でくわすことがある。

名前がわからないが阪神大地震のとき総理だった村山さんのような眉毛をした白い犬にも癒される。ぬいぐるみみたいなこの小さな犬はいつもとびはねていて落ち着きがない。日本画家の小林古径がこのタイプの犬を描いている。

不思議なのはいわゆる純然たる日本の犬が少ないこと。洋犬のなかで目にすることが多いのが橋本関雪の絵に描かれているボルゾイのような足が細く馬面のような顔をした犬。飼い主に名前を聞いたことはないが、みるからに値段が高そうな感じ。これまで5、6種類くらいお目にかかった。

こういう犬はもともと狩猟犬だから野山を走らせたら速そうだが、散歩のほかに高原などに連れて行きおもいっきり走らせることもあるのだろか?走る姿をみてみたい。

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2011.08.03

散歩で街角ウォッチング! やっとセミの鳴き声が聞こえてきた

2926_2     鈴木其一の‘夏秋渓流図屏風’(19世紀 根津美)

夏のうだるような暑さとセミの鳴き声はいつもはリンクしているのに、今年は違う。先週くらいまでセミの鳴き声は全然聞こえてこず、地震や放射能のせいではないかと妄想していた。

それが4、5日前から漸く家のまわりでセミ族が一斉に鳴きだした。即席の知識だが、今年は春先から5月まで寒かったので、セミの成虫化が遅れたのが原因のようだ。異変がおこると今は何でも地震や放射能と関連づけたくなるが、専門家によると直接の因果関係はないらしい。安心した。

セミが鳴きだしたので歩道の木々をよく観察しながら散歩しているが、鳴き声の総量は昨年の半分くらい。例年の大合唱とは勝手が違う。主役に変わりはなくアブラゼミとミンミンゼミ。まだツクツクボウシはいない。意外な鳴き声を今日聞いた。金属音のような♪カナカナ、これはヒグラシ。

ヒグラシの鳴き声は広島時代、中国山地の山深いところをクルマで走っているときよく聞いた。ヒグラシは標高の高いところにしかいないのに、どうしてこんな平地にいたのか?これは珍現象!

このところ猛暑がなく外にいても汗は吹き出てこないが、さてこの先は?甲子園で高校野球がはじまり、ツクツクボウシがセミ合唱団に加わるころ、また暑さがぶりかえすのだろうか。

セミの絵ですぐ思いつくのは伊藤若冲(拙ブログ09/8/19)と鈴木其一(1796~1858)。‘夏秋渓流図屏風’(06/6/14)の全体図は過去にとりあげたが、上の画像は檜の大きな幹にセミがとまっている夏景(右隻)の中央の部分(拡大図で)。白百合の花の上にみえるセミはとても小さく描かれているのでうっかりすると見逃してしまう。

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2011.04.16

散歩で街角ウォッチング! 飲料自販機25%電力削減

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飲料自販機のことで石原東京都知事がいろいろ発言している。今、電力節電は企業でも個人の家庭生活でも喫緊の課題。都知事の発言で、散歩をしていてこれまでは道端の木と同じ感覚でみていた自販機を今では繁々見るようになった。

歩きながら設置してある自販機の数を数えたことはないが、確かに多い。でも、これは昔からそうだから、別にこの状態が良くないなんてことは思わない。人間がつくったもので世の中に存在するものは市場の需給バランスで多い少ないが決まっている。これは常識!人々の生活に要らないものだったらとっくに無くなっている。

石原さんは‘自販機がこれだけ沢山あるのは世界で日本だけ’とこの状況がさも世界の常識からハズれているみたいなことをいうが、これはまったく的外れ!日本にこれだけ多くのコインロッカー、自販機があるのは日本が窃盗犯の少ない安全な国の証。外国では金庫が中に入っているのと同じ自販機を外におくなんてことは考えられない!知事もこんな国際感覚の無さをさらけ出すようなことを口にせず、もっと節電の努力をしてくれとだけいっておけばいいのに。

全国清涼飲料工業会は15日、7~9月における東電管内の自販機の消費電力を25%削減すると発表したし、日本コカコーラも自販機25万台の冷却運転を午前10時から午後9までの時間帯に輪番で停止することを決定した。自販機は便利でニーズがあるから存在している。電力消費をほかの業界、企業と横並びで25%削減すればそれで十分ではないか。

電力の消費という視点だけから自販機の数が多いといった議論をしだしたら、ではこれはどうなんだ、という別の話が百出する。例えば、

★‘コンビニは24時間営業する必要があるのか?こんなのは海外にない’

★‘インターネットカフェの終日営業は不可!’

★‘新宿の歌舞伎町の風俗店は数が多すぎる、もっと減らせ!’

★‘海外では日曜はお店は休みなんだから、日本でも休業にすべきだ!’

★‘正月はスーパー、デパートも昔のように4日から営業開始したら!’

もちろん、こういう議論の中にはいわれてみればそうだな、もうそろそろこういう考え方のほうがいいかもというものもある。そういうことは人々の生活意識、価値観にもとづいて決まってくるものだから、無理やり権力がある方向へもっていくということではない。今すべきは本当に必要なことが何であるかを一人々がよく考えることではないか。

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2010.08.19

散歩で街角ウォッチング! ムソルグスキーの組曲‘展覧会の絵’

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最近、散歩をしていると楽しいことに出くわす。いつものコースをいつものペースで進んでいると、大音量のクラシック音楽が聞こえてくるのである。どうも、左手にある小学校から聞こえてくる。

曲はムソルグスキーの組曲‘展覧会の絵’。よく耳に馴染んだ曲だから、いい気分になる。これまで3回聴く機会があった。演奏自体はなかなかいいので、プロの交響楽団に近いレベルのように思える。どこかの市民団体が小学校の講堂を借りて公演会のために練習をしているのかもしれない。

2日前は最も盛り上がる‘キエフの大門’だった。うだるような熱さのなか、切れのいいトランペットの音色や腹にずしんとくるチューバの高い音が耳にとびこんでくるととても元気になる。演奏している人たちも汗だくに違いないが、これは有難い。うるさいな!と感じる人もいるだろうが、クラシック好きには嬉しくなる出来事だった。

2週間前、NHK教育でショパン特集があり、ロシアのピアニスト、ボリス・ベレゾフスキー(1969~)が演奏する‘ピアノ協奏曲1番’を楽しんだ。このピアニストの演奏ははじめて。その余裕がありさっぱりした演奏スタイルに惹きこまれた。そして、姿勢のよさにも見蕩れる。いっぺんに好きになった。で、キーシンの‘ピアノ協奏曲2番’(拙ブログ8/4)とセットで聴いている。

ピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲をくらべると、ヴァイオリン協奏曲を聴く回数のほうが多い。でも、今年はショパンの生誕200年だから、年末までショパンのピアノを中心にソロでも協奏曲でもピアノ尽くしになりそう。‘展覧会の絵’のオリジナルはご承知のようにピアノ独奏のための組曲。お気に入りは名手アシュケナージの演奏。

ラヴェル編曲のオーケストラ版は耳にたこができるくらい聴いたショルテイ指揮シカゴフィルとラトル指揮ベルリンフィル(08/1/3)のものが最高にいい。散歩をしていて野外演奏会の場にいるような気分にさせてくれた‘展覧会の絵’。音楽の神様が、美術ばかりに時間を割かないで、もっとクラシックを聴きなさい!といっているのかなと思った。

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