2008.02.04

その三 パルミジャニーノ  ブロンツィーノ  カラッチ

352
354
353
ナショナル・ギャラリーはトラファルガー広場の後ろ側にある。広場のシンボルとなっているのが高さ50mの円柱の上に立つイギリス艦隊を率いたネルソン提督の像と下の4頭のライオン像。大半の観光客はこのライオン像を背景に写真を撮る(三越のライオン像はこれがモデル)。美術館の開館時間は10時。ここはルーヴルのように入館時、バッグの検査がなく、無料。ロンドンにある国立の美術館は大英博物館をはじめどこもお金はとらない。名画の数々が無料で見られるのだから、ほんとうに嬉しくなる。

作品は4つの時代区分にまとまえられて展示してある。1250~1500年(入って左側の一番奥)、1500~1600(入ってすぐの左側)、1600~1700(正面一番奥)、
1700~1900(入って右側)。部屋の数は全部で65。ここは有名な名画があちらにもこちらにもという感じで、とにかく息がぬけない。

今回紹介する絵は前回まったく知らなかったもの。上はパルミジャニーノ(1503~
1540)の“聖母子と洗礼者ヨハネと聖ヒエロニムス”で、真ん中はブロンツィーノ
(1503~1572)の“ヴィーナスとキューピットのいるアレゴリー”。いずれもマニエリスム絵画の傑作である。同じマニエリスムでもポントルモやサルトが描く作品に惹かれることはないが、この二人にはとても関心がある。

パルミジャニーノの“聖母子”はダビンチの“岩窟の聖母”と同じ部屋(左側の最初)にある。図録でみる以上に縦長の大きな絵。視線が集中するのがなんといっても左足をこちらのほうへ突き出し、右腕を後ろの幼児キリストに向かって曲げている洗礼者ヨハネ。このポーズを図録で見て“こんないい絵を見逃したなのは惜しいことをしたな”とここ5年くらいは思ってきたから、感慨深い。ウィーン美術史美での回顧展、ウフィツィ美にある“長い首の聖母”(拙ブログ06/5/28)、そしてこの絵をみたからパルミジャニーノは終了。

ブロンツィーノの“アレゴリー”にもメロメロ。青紫の布に浮かびあがるヴィーナス、キューピット、右の笑っている子供の白い肌に目を奪われる。この3人のまわりには髪をかきむしる怖い顔をした老女がいたり、仮面が置かれたりしてマニエリスムの匂いがするが、この白い肌と子供の笑顔のお陰でこの絵の前にながく立っていられる。この絵はアレゴリーの意味をあれこれ読み解く前に、まずユーモラスとエロチシズムの入り混じった不思議な空間と色の輝きを楽しむのが一番。愛の快楽には危険がつきものと教えるこのマニエリスム絵画の傑作と対面できたことは一生の思い出になる。

下の絵はマニエリスムに反発し、写生を重視したアンニーバレ・カラッチ(1560~
1609)が描いた“アッピア街道で聖ペテロに現れるキリスト”。カラッチの絵を見る機会はあまりないから、今回の美術旅行ではこの画家も重点鑑賞のひとり。これはこれまで見たなかでは最も印象深い絵。“主は何処へ行かれるのですか?”と問うペテロがキリストに“ペテロが信者を見捨てたので再び十字架に掛けられに行くところだ”と切り返えされ、あたふたとする様子がよく伝わってくる。

カラヴァッジョとの関連でカラッチの作品にたいして興味が涌いているので、次回のローマ旅行ではカラヴァッジョと共にカラッチのファルネーゼ宮殿天井画を目のなかにいれることをターゲットにしている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.03.26

トレドのエル・グレコ

751
753
752
マドリードの南、約70kmに位置するトレドへは高速道路を利用すると一時間くらいで着く。この日は春のような陽気。巨大な岩山にのっかったような旧市街と町をぐるりと囲むタホ川が一望できる高台からの眺めはまさにエル・グレコが描いた“トレド風景”(メトロポリタン美)そのまま。大聖堂やアルカサルを背景に心もはずんで記念写真を撮る。24年前トレドへ来たときはここに寄らなかったので、いい思い出になった。

トレドは起伏の多い町で路地は迷路のように入り組んでいる。こういう町ではイヤホンがかえってマイナスになることがある。ガイドさんからすこし離れていても声だけはよく聞こえるから、安心してぼやっと歩いていると突然姿が見えなくなり、すごくあせる。知らない町ではあまりキョロキョロしないにかぎる。

トレド観光の目玉はエル・グレコ(1541~1614)の絵画鑑賞。まず、大聖堂で“聖衣剥奪”(拙ブログ05/8/26)を観て、そのあとサント・トメ教会にある上の“オルガス伯の埋葬”を見学する。大聖堂では宝物室に飾られた高さ2.5mの金銀、宝石で作られている“聖餅顕置台”に目を奪われる。前回写真を撮っているのにすっかり忘れていた。その隣にはイサベル女王の王冠がある。

お目当ての“聖衣剥奪”は聖器室の正面に飾ってあった。ユダに裏切られた後、キリストが兵士たちに捕らわれ、不用となる外衣を剥ぎとられる場面が描かれている。前回感動した外衣の真紅が昔のように輝いていない。時の経過とともにやはり色がすこしずつ落ちていくからだろうか?それとも昔と今の色の鮮やかさに変化はなく、前はこちらの感情が昂ぶりすぎて強い赤が見た目以上に印象づけられたのだろうか?赤色の強さは横においてもこの絵には魅せられる。

これはグレコがローマからトレドにやってきた直後の1577年に依頼された。完成したとき、注文主の大聖堂側から“群集の位置がキリストの頭より高い、左のマリアたちが聖書の記述にない、だから描き直してくれ、でないと金は支払わない”とクレームがつく。でも、こんな指摘にひるむようなグレコではない。このギリシャ人は訴訟を起こしてまでも、権力に屈することがなかった。グレコは若い頃、あのユダヤ商人が跋扈するヴェネツィアに住み、絵の修行をしたから、タフな金銭感覚が身についたのかもしれない(04/12/11)。以後グレコの絵画制作は頻繁に訴訟沙汰になる。

最高傑作といわれる“オルガス伯の埋葬”とも感動の再会である。この絵は教会の右翼の奥にある。画面は二つの部分にわかれていて、下のほうにオルガス伯の埋葬が、上方にオルガス伯が天国の法廷に迎えられる様子が描かれている。金が象嵌された立派な鎧をつけたオルガス伯の遺体を両腕にかかえて持ち上げようとしているのが奇跡の聖人、アウグスティヌス(右)とステファヌス(左)。聖ステファヌスの前で死せる伯爵を指差す黒衣の少年はグレコの息子。

グレコは260年前に亡くなったオルガス伯爵の葬儀を自分と同時代の出来事として描いた。二列目に黒の喪服を着てびっしり隙間なく立っている参列者はこの絵が描かれた1586年頃実在した貴族、司祭、修道僧たちである。左から7人目がグレコの自画像といわれている。人々を当世風の衣装で描くのは日本の浮世絵師、鈴木春信が得意とした歴史的事実や物語から題材をとり当世風の人物や風俗に置き換えて描いた“見立絵”と同じ発想である。埋葬の場面では人物は写実的に描かれ、悲しみの気配が漂い、厳粛な気持ちになるのに対し、寒色の色調、ひき伸ばされた人体、不自然に体をよじる姿勢といったグレコ独特の画風で構成されている上の場面は、精神性の高い神秘的な世界である。

マニエリスム様式を受け継ぐ異様にひきのばされた人体や群像を画面の下から段々に積み重ねて見る者の視線を上方に引き上げていく構図が、真ん中の“受胎告知”(プラド美術館、部分)や下の“羊飼いの礼拝”(プラド)にも顕著に見られる。“受胎告知”はほかの画家の構成とは異なり、グレコは滑降する聖霊の鳩によって発せられた神の光により、マリアがキリストを受胎した瞬間を描いている。最晩年に制作された“羊飼いの礼拝”には心を揺すぶられる。まわりは洞窟を思わせるように真っ暗。白いヴェールの上の幼児キリストを源とする聖なる光がマリア、ヨセフ、そして上のほうで舞い踊る天使に広がっていく画面に吸い寄せられる。

エル・グレコに魅せられてから随分時が経つが、今回の鑑賞でグレコの絵がさらに近くなった。グレコが愛した町、トレドをいつかまた訪れたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.08

パルミジャニーノのマニエリスム

462ウフィツィのようなルネサンス絵画を中心に教科書に必ず載っている名画が沢山ある有名な美術館を訪問したからといって、展示されてる絵画のすべてに通じているわけではない。

前回見たときは関心の薄かった作品だが、その後の海外の美術館などでの鑑賞体験がきっかけとなり注目するようになった絵もある。

ここは2度目の訪問だった1999年のとき、時間をかけてじっくりみて、おおよそ展示されている作品群を頭に入れたので、今回は1999年以降目覚めた画家の絵や見逃した作品を丁寧にみることにした。

そのひとつがマニエリスムの絵。ここはマニエリスム絵画の宝庫。中にはちょっと精神を病んでいるのではないかと思われる絵もあるが、プラス評価ができる名画もちゃんとある。昔からマニエリスムの評価はなかなか定まらない。何度みても、これはいいやという絵もある。例えば、サルトやポントルモの描く人物は目の周りに黒い隈があり、体が異様に長く、そして特徴である捻ったS字ポーズも無理やりとってる感じ。こうした絵を見ているとこちらまで精神が不安定になってくる。

同じマニエリスム様式の画家、ブロンツィーノ(1503~1572)については、最近はマイナスイメージが少なくなり、逆に魅力を感じるようになった。で、“トリプーナ”と呼ばれる八角形の部屋に飾られてる肖像画の数々を熱心にみた。中でも惹きつけられるのが赤の衣装と端正な顔が印象的な“ルクレツィア・パンチアティキの肖像”と子供の肩に右手におき、豪華なスペイン風紋様の衣装を着たコジモ一世の妃を描いた“エレオノーラと息子ジョヴァンニの肖像”。

ブロンツィーノよりもっと関心の高い画家がパルミジャニーノ(1504~1540)。03年、ウィーン美術史美術館を訪れた際、たまたま見た“パルミジャニーノ回顧展”でその画技の高さに驚愕し、すっかりこの画家の作品にはまった。ウフィツィにはいい絵が2点あり、右は代表作の一つ、“長い首の聖母”。首も長いがそれ以上に手が異常に長い。顔は卵型が特徴。髪の毛一本々のウエーブや衣装の襞の滑らかな質感が見事に表現されている。

盛期ルネサンスが求めた均衡や自然らしさだけでなく、パルミジャニーノの絵にみられる自然を超える洗練された表現や高い芸術的な技巧にも心が揺すぶられる。パルミジャニーノが描くマニエリスムの絵が今、人気が高いということは、時代がこうしした人体を自然な比例とはちがって極端に長くしたり、色彩は鮮やかだけどどこか冷たい感じのする絵を求めているのかもしれない。そんなことを考えながらこの絵を眺めていた。

拙ブログは5/9,10はお休みいたします。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.08.26

トレドのグレコ

324NHKの番組、探検ロマン・世界遺産でスペインのトレドが取り上げられた。トレドを訪れたのはもう20年くらい前になるので、記憶がだいぶ薄れている。で、スペインにまた行く機会があれば、トレドを再訪しようと決めている。

トレドの町で一番印象深いのが大聖堂とエル・グレコの絵。ここにはグレコの傑作中の傑作がある。それは右の“聖衣剥奪”と“オルガス伯の埋葬”。中でも“聖衣剥奪”における光輝くキリストの
真紅の衣装が目に焼きついている。

これほど心を揺す振られた赤は他には、ティツィーノが描いた“聖母被昇天”のマリアの衣装くらいしかない。グレコは若い頃、ヴェネツイアでティツィアーノやティントレットから色彩効果や構図を学んでおり、ここでの成果とミケランジェロの人物表現により独自の画風を作り出した。

トレドで観たグレコの絵で忘れられないのがもう一点ある。“改悛する聖ペテロ”。
ペテロの目から今にも涙がこぼれそう。キリストの弟子であることを否認したペテロ
が悔悛して涙を流す場面である。油絵の威力をこれほど感じた絵はない。今、森
アーツセンターギャラリーで開かれているフィリップス・コレクション展にグレコの同名
のいい絵がある。この絵をみてトレドでの感動が蘇った。

エル・グレコ好きを決定的にしたのが1986年、国立西洋美術館で開催された
“エル・グレコ展”。もうだいぶ前の展覧会であるが、大回顧展だった。大原美術館
やプラド美術館他所蔵の“受胎告知”などの名作が目白押しで、会場に入って
から出るまで興奮状態だったのを覚えている。

プラド美術館にも傑作がいくつもあるが、最近では03年、ブタペスト国立美術館で
グレコのいい絵をみた。ここにはプラドについでグレコの作品が多くあるそうだ。そして、
昨年はギリシャ国立美術館でグレコの若い頃の作品に出会った(拙ブログ04/12/
11)。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2004.12.12

ジュリオ・ロマーノ

東京12チャンネルの<美の巨人たち>は毎週欠かさず見ている。
12/11の放送はジュリオ・ロマーノだった。マントヴァにあるという天井壁画
“巨人の間”はいつか見たい絵だ。この画家についてはあまり
情報がない。乏しい資料によると、1499年ごろペルージアに生まれて
いる。ラファエロと同じ出身。ラファエロが制作していたヴァチカンの
火災の間の壁画“ボルゴの火災”を彼の死後、ひきついでいる。

続きを読む "ジュリオ・ロマーノ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.12.11

ヴェネツィアのエル・グレコ

Scan10013
昨日の世界美術館紀行はトレドのエル・グレコだった。Myカラーが緑と黄色となったのはグレコの緑とゴッホの黄色
に魅せられたからに他ならない。エル・グレコは大好きな画家だ。

今年10月、ギリシャを旅行した時、アテネでグレコの作品を観た。ギリシャ
国立美術館に3点ある。そのひとつが右の絵。エル・グレコの本名はドメ
ニコス・テオトコプーロス。1541年、クレタに生まれ、1567年このギリシャ
人はヴェネツィアに移住している。そして1570年の11月までここで絵の
修行をする。<キリストの埋葬>という題名のこの絵はエル・グレコが修行
時代に描いた絵だ。サイズは51×43cm。木の板に油彩とテンペラで描い
ている。あのグレコ様式の片鱗がみえるが、20代後半の初期の作品なの
で大感激とはいかない。色の深さが足りない。

他の2点は聖人画と大きめの画面に天使が楽器を奏でるところを描いたも
ので、どちらもトレドでの作品。

美術館紀行で取り上げていた代表作<聖衣剥奪>に描かれたキリストの
衣装の赤のなんと鮮やかなことか。トレドでこの絵の前に立ったときの感動
がよみがえった。この色彩感覚はヴェネツィアの画家から学んだものだろう。
グレコは当時80代のティツィアーノの弟子になっている。また、ティントレット、
ヴェロネーゼの画法からも刺激をうけている。

エル・グレコは人生の大半を異郷の地、ヴェネツィア、ローマ、トレドですごし
たが、ギリシャ人であることに拘り、ドメニコス・テオトコプーロスという名前を
改めなかったそうだ。そのため、トレドのスペイン人には発音しづらい名前の
かわりに、スペイン語でギリシャ人を意味する“エル・グレコ”というあだ名
で呼ばれたのである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

やまと絵 | アメリカ絵画 | アートに乾杯! | アール・デコ | アール・ヌーヴォー | イギリス絵画 | ウィーン世紀末 | エコール・ド・パリ | オペラ | オリンピック | キュビスム | ギリシャ・ローマ史 | クラシック音楽 | サッカー | シュルレアリスム | ジャズ | スペイン絵画 | スポーツ | ダダ | テニス | バロック | ファッション | フォーヴィスム | マニエリスム | マラソン | ミュージカル | ラファエロ前派 | ルネサンス | ロココ絵画 | ロマン派 | 中国絵画 | 仏画 | 個人コレクション 夢の傑作選! | 円山四条派 | 写実派 | 北方絵画 | 印象派 | 古代遺跡 | 夢の‘日本美術里帰り展’! | 奇想派 | 学問・資格 | 工芸 | 建築 | 抽象絵画 | 文人画 | 文化・芸術 | 新古典派 | 旅行・地域 | 日本の歌 | 日本の洋画 | 日本の美術館 | 日本の美! | 日本映画 | 日記・コラム・つぶやき | 映画・テレビ | | 書籍・雑誌 | 未来派 | 東洋・日本彫刻 | 民画 | 水墨画 | 洋風画 | 浮世絵 | 海外の美術館 | 海外の音楽 | 海外映画 | 満足のキメ手はリファレンス作品! | 狩野派 | 現代アート | 琳派 | 癒しのアートにつつまれて! | 相撲 | 素朴派 | 絵巻 | 美術に魅せられて! | | 行動経済学 | 街角ウォッチング | 表現主義 | 西洋彫刻 | 西洋画・日本画比較シリーズ | 象徴派 | 近代日本画(古典・歴史画) | 近代日本画(女性画) | 近代日本画(花鳥画) | 近代日本画(風景画) | 近代西洋絵画 | 野球 | 陶磁器 | 音楽が誘う絵画の世界! | 風俗画 | 食べ物