2009.09.20

ウィーン世紀末展のクリムト、シーレにのめりこんだ!

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日本橋高島屋で今開かれている‘クリムト、シーレ ウィーン世紀末展’(9/16~
10/12)を楽しんだ。でも、中にいたのは30分。はじめからこの展覧会はクリムトの追っかけ作品をみるのとシーレのヴァリエーションを増やすの狙いだから、このくらいで十分いい気持になる。

クリムトは8点で、シーレは19点。今回の作品は全部ウィーン・ミュージアム(旧ウィーン市立歴史博物館)が所蔵するもの。チラシをみて嬉しかったのはまだ見てないクリムトの初期の作品が入っていたこと。掛け軸のような画面の上に美しい女性やグロテスクな顔の老婆などが幽霊のように描かれている愛’とイソップ物語の‘ライオンとネズミ’を絵にした‘寓話’。

図版ではよく眺めていたが、実際に絵の前に立って見ると‘寓話’がわりと大きな絵であることがわかった。目が向かうのは左で眠っているライオンではなく、中央の暗い背景に浮かびあがる裸婦の白い肌。同じように真っ白なネズミが枝の上におり、裸婦の隣で鶴がカエルを口ばしに食わえている。そして横の狐が手にしているガラスの瓶にもカエル。クリムトの描写力は抜群だから、古典絵画をみているよう。そして、裸の男の体が彫刻的に描かれている‘牧歌’が展示されていたのは嬉しいオマケ。

上はメインディッシュの‘パラス・アテナ’。これはクリムトの黄金様式の定番。有難いことに何度も長期出張してくれる。たしか今回で3度目の公開。拙ブログ05/7/12でも取り上げた。兜の真ん中と鼻のところに光があたりゴールドが一段と輝いているのが実に印象的!官能的なパラス・アテナは刺激がいっぱい。胸当の舌をぺろっとだしているゴルゴンにはすぐ目がいくが、左腕にとまっているフクロウはバックが暗いのでぼやっとしていると見逃す。

シーレの絵も収獲あり。真ん中の再会した‘自画像’は気どったポーズで明るい雰囲気の‘ほおずきの実のある自画像’(6/9)と較べると自閉的で無感覚な感じが漂っているが、絵にはとても力がある。角ばった直線による筆致、亡くなったマイケル・ジャクソンを連想させる白い顔、2本の指をくっつけて三角の空間をつくる手の表情が目にしっかり焼きつけられる。

初見の‘イーダ・レスター’(下)は小さな絵だが、すごく魅了された。ここでもシーレは自画像と同様に背景を白にし、それと同じ白で顔を描いている。水彩にもいいのがあった。茶色の包装紙に白で輪郭を太く縁どって描かれた‘意地悪女’。その表情には女性の内面が強く現われている。また、エロティシズムの美しさをカリカチュア的に表現した‘裸の少女’にも足がとまった。シーレの絵で惹きつけられるのはこういうストレートな生感覚。

お目当てのクリムトとシーレが期待に応えてくれたので満足度は高い。ウィーンに出かけなくて二人の代表作がみれるのだから、本当に幸せ。ほかの画家では、また登場したココシュカの‘夢見る少年たち’、モーザーのポスターや‘麦わら帽子の娘’、オッペンハイマーの‘エゴン・シーレ’、シェーンベルクの‘自画像’の前に長くいた。

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2009.06.28

クリムトの黄金様式に魅せられて!

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朝、日曜美術館で特集していた‘クリムト’を興味深く見た。寝坊して頭の15分をみなかったから、今なぜクリムト(1862~1918)の黄金様式を取り上げるのかわからずじまい。今年はオーストリアイヤーで、秋には日本橋高島屋で‘クリムト・シーレ、ウィーン世紀末展’(9/16~10/12)があるから、これを企画したのだろうか?

クリムトの代表作の多くに黄金がふんだんに使われている。黄金の兜がきらりと光る‘パラス・アテナ’(拙ブログ05/7/12)、平べったい黄金の衣装が装飾性に満ち溢れている‘接吻’(6/8)、そして次の3つ。

★アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ:NY、ノイエ・ギャラリー(上の画像)
★ユーディットⅠ:ベルヴェデーレ美(真ん中)
★ベートーベン・フリーズ:分離派館(下)

もとは‘接吻’とともにベルヴェデーレ美の目玉だった‘アデーレ’(1907)は06年、美術品史上最高額の156億円という値がつき、現在ノイエ・ギャラリーの所蔵となっている。今となっては03年ウィーンを訪問したとき、これを鑑賞できたので胸をなでおろしている。もし、どこかへ貸し出し中だったら悔いを残すところだった。

ところで、ノイエ・ギャラリーは誰でも入れる画廊?また、訪ねればクリムトの絵をいつでもみられるのだろうか?もしそうであれば来年のNY再訪の際、出かけてみたいのだが。事前に調べてみようと思う。

アデーレの背景や着ているドレスは目のような模様や渦巻きや四角の文様が繰り返され平面的に構成されている。装飾性を高めるとどうしてもフラットになる。でも、この絵を浮いた気分でみてないのは、この女性の目の大きな顔や手が写実的に描かれ、ちゃんと肖像画になっているから。

番組のなかで、オーストリア応用美術博物館の学芸員が日本の金屏風がクリムトの黄金様式に与えた影響とか、光琳の‘紅白梅図屏風’と‘アデーレ’や‘ダナエ’(06/11/5)の類似性を具体的に指摘していた。‘紅白梅図’(05/3/6)の真ん中に描かれている独特の曲線をもった‘光琳波’が確かにアデーレのドレスの膨らんだフォルム、またダナエの体の一部を隠している茶褐色の布と似ている!この関連性ははじめて聞いたが、なかなかおもしろい。

美術史家、馬渕明子氏が日本の着物や工芸に使われた文様がクリムトの作品のなかにいくつもでてくることをわかりやす例をあげて解説していた。これは15年前、東武美(今は無い)で開催された‘ウィーンのジャポニスム展’で一度理解していたから、すっと頭の中に入った。どうでもいいことだが、昔よく日曜美術館にゲスト出演されていた馬渕氏もだいぶお年をめされた感じ。が、相変わらず品のいい方である。

‘ユーディット’(1901)はわざとぼかして描いてある顔ばかりに目がいくが、見逃してならないのは右下にちらっと見えるホロフェルネスの首。貞淑なユーディットがクリムトの黄金様式にかかると、このように官能的なファム・ファタール(宿命の女)に変容する。

‘ベートーベン・フリーズ’(1902)はコの字型の最後の場面で、‘第9’の第4楽章を表す‘幸福への憧れ’が描かれている。耳をすますと館内のどこからともなく‘歓喜の歌’の大合唱が聴こえてくる。

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2009.06.10

日本にあるクリムト・シーレの絵

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日本の美術館でクリムト、シーレの絵を所蔵しているのは2館。

★クリムトの‘人生は戦いなり(黄金の騎士)’:愛知県美(上の画像)
★クリムトの‘オイゲニア・プリマヴェージ’:豊田市美(真ん中)
★シーレの‘カール・グリュンヴァルトの肖像’:豊田市美(下)

‘黄金の騎士’(1903)は名古屋にいたとき、愛知県美に出かけたおり、よく見ていたので馴染み深い。これは04年東近美で開催された‘琳派展’でも展示された。クリムトの黄金様式は琳派の装飾的な黄金に直接影響されたのではないが、ウィーン世紀末の絵画や工芸がジャポニスムに大いに刺激されているから、琳派のDNAを海外の作品にも見たいという企画者の思いがわからなくもない。

シルエットに描かれた馬上の騎士は面あてで顔が見えず、右手に大きな剣をもっている。目を楽しませてくれるのは下の緑の草地に咲く白や黄色、赤の小さな花。ひまわりの絵や‘接吻’の花園同様、見てて気持ちがいい。

この絵が制作された前の年にクリムトは分離派館の壁に‘ベートーヴェン・フリーズ’を完成させている。部屋の左側にも黄金の甲胃の騎士が登場する。騎士の姿はたくましく、後ろにいる苦悩する弱い人間を助け彼らに幸せをもたらそうとする気概にあふれている。

真ん中の女性の絵はクリムト52歳のときの作。衣装全面に施された渦巻き、三角形、短冊などの模様の輪郭は少し緩いところもあるが、背景の黄色や紫や青緑、橙色の明るい色調に吸い込まれる。

これを見たのは1989年にあった池袋西武セゾン美の展覧会。当時はまだ豊田市美はできてなく、開設準備室蔵となっていた。現在、東京都美で開かれている‘日本の美術館名品展’(4/25~7/5)が開幕する前、秘かに期待していたのがこの絵。20年ぶりに再会したかったのだが、出品されたのはシーレの絵だった。

この絵のことは知らなかったので収穫のひとつではあるが、どちらを見たいかといえばクリムト。豊田市美としてはランキング1位の絵は出したくなかったのだろう。この名品展は記念展だというのにこういうのが多いから、期待したわりには感動が少なかった。これぞという目玉の絵がない展覧会というのはやはり印象がうすくなる。

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2009.06.09

エゴン・シーレはお好き?

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エゴン・シーレ(1890~1918)の絵を多く所蔵しているのはベルヴェデーレ美、レオポルト美、ウィーン市歴博、そしてアルベルティーナ素描・版画美だが、そのコレクションは日本で結構公開されている。

例えば、‘ウィーンのジャポニスム展’や何度も開かれる‘ウィーン世紀末展’でやってきたり、単独では‘レオポルト美蔵のエゴン・シーレ展’が91年、Bunkamuraで開催された。だから、現地に出向かなくても日本でシーレの代表作の相当数を鑑賞することができた。シーレファンにとって日本はとてもいい美術環境である。

‘シーレが好きか?’と問われたら、‘イエス、イエス、but一部はノー’というのが率直なところ。強く惹かれているのは、
★自画像:アルベルティーナ美(上の画像)
★ほおずきの実のある自画像:レオポルト美(真ん中)
★踊り子モア:レオポルト美(下)
★家族:ベルヴェデーレ美(拙ブログ05/7/10
★縞模様の服を着たエディット・シーレ:ハーグ、ハッグス美(05/4/14
★4本の樹:ベルヴェデーレ美(05/2/5

‘自画像’と‘エディット・シーレ’は05年、アムステルダムのゴッホ美であった回顧展でとても魅了された絵。Bunkamuraに展示されたレオポルトコレクションには‘ほおずき’や‘踊り子モア’のほかいい絵がいくつもあった。シーレの下から見上げるような鋭い目が心をとらえて離さない‘隠者たち’、クリムトの‘接吻’を意識して描かれた‘枢機卿と尼僧’、‘母とふたりの子’(未完成)、‘横たわる女’。

心穏やかな感じの妻の‘エディット’を真正面から平板に描いているのに対し、‘モア’の目とポーズはファッションモデルのよう。ともに感心するのが衣服における赤、うす紫、青、ピンク、オレンジ色など装飾性豊かな色使い。

表現主義による荒々し筆致で描かれることの多い自画像のなかで、上の絵は完成度の高い絵。最も魅せられているのが‘ほおずきの実のある自画像’。白の背景に浮かびあがる赤いほおずきの実が感情の表出をつとめて抑え、顔を少し左に傾けているシーレを引き立てている。

数の少ない風景画は‘4本の樹’がすばらしい。いつかまたお目にかかりたい。風景画というと、03年のサザビーズの競売で‘クルマウの風景’が25億円で落札された。これは写真で見る限りすごく鑑賞欲をそそられる絵。どこかの美術館がシーレの大回顧展を開催し、そこにこれが出品されると幸せになれるのだが。夢だけが見ておこう。

さて、ウィーン市歴博が所蔵する作品はどれがやってくるか?楽しみに待っていたい。

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2009.06.08

ウィーンでまたクリムトに会いたい!

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今年も早いものであと2週間で上半期が終了。で、7/1にアップする恒例の7~12月展覧会情報について漏れがないようにチラシの入手やHPのチェックに余念がない。そのなかから大好きなクリムト関連の展覧会について、先行してお知らせしたい。

前半の展覧会のことを調べていたら、大阪のサントリーミュージアム天保山で‘クリムト・シーレ、ウィーン世紀末展’(10/24~12/23)が行われることがわかった。それによると、作品はウィーン市立歴史博物館蔵のもので、‘パラス・アテナ’(拙ブログ05/7/12)などが含まれている。そのときは、天保山はまだ訪問してないから、大阪美術旅行を70%くらい考えていた。

3月、東京にも巡回するかもしれないと思いサントリー美に電話してみた。すると、嬉しいことに札幌のあと日本橋高島屋で開催されるとのこと。
期間は9/16~10/12。ウィーン市歴博の所蔵作品は過去2,3回お目にかかったから見たものがあるかもしれないが、ファン心理としては未見のものが1点でもあれば出かけたくなる。

日本でクリムトやシーレの絵がみられるのは久しぶりだから、少し落ち着きをなくしている。世紀末モードに浸るのはまだ早いが、クリムトの作品に会うためウィーンの街へ飛んでみた。

人気のクリムトやシーレ作品が展示してあるのは国立オーストリア美(ベルヴェデーレ美)、ウィーン市歴博、国立レオポルト美、オーストリア応用美、オーストリア劇場博、分離派館(04/12/27)、美術史美、ブルク劇場。このうち行ったことがあるのはベルヴェデーレ美、分離派館、美術史美の3つ。残りは次回のウィーン旅行のとき訪問するつもり。

画集を眺める度に心を揺すぶるクリムト(1862~1918)の絵は、
★接吻:ベルヴェデーレ美(上の画像)
★ひまわりの園:ベルヴェデーレ美(真ん中)
★生命の樹:オーストリア応用美(下)

‘接吻’(1908)は若い頃、ものすごくあこがれた絵。タイトルからして心をざわざわさせる。この絵を1989年、池袋西武のセゾン美(今は無し)で見たときの感激は今でも忘れられない。‘これがあの接吻か!’と息を呑んでみていた。それから14年後、03年現地で再度会った。そのときは黄金の煌めく装飾的な衣装と二人の足元の花々をじっくり楽しんだ。

画集に載っている絵が展示室に全部あったわけではない。正方形のカンヴァスに描かれた‘ひまわりの園’(1906)や‘水蛇Ⅰ’が残念ながらなかった。もう一つ次回の楽しみにとっておいた‘アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅱ’は06年オーストラリア政府から絵のモデルになった人の姪に返却され、競売でコレクターの手に渡った。だから、もうみる機会はないだろう。本当に惜しいことをした。

‘生命の樹’(1909)はブリュッセルにあるストレク邸の食堂を飾る壁面装飾の原画の一枚。ほかに‘期待’(05/1/22)、‘成就’がある。ストレク邸を見るのは難しいから、これで見たことになればいいのだが。この美術館へは是非行ってみたい。

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2008.09.27

もっと見たいクリムトの女性画!

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西洋画家のなかには、画集に載っている作品は全部みたいと思うほど惚れこんでいる画家がいる。クリムトもそのひとり。とにかくこの画家の絵に200%魅せられている。

最近は日本でクリムトの主要作品を展示する展覧会をみかけなくなったが、一時期エゴン・シーレとセットでいい作品が度々海外からやってきた。こうした特別展の鑑賞に加え、ウィーンのベルヴェデーレにあるオーストリア美術館とか分離派館の訪問により‘接吻’、‘ベートーベン・フリーズ’など代表作の7割くらいを眼の中におさめてきた。

でも、残りのなかにクリムト全作品中、見たい度上位の絵があるので、満ち足りた気分にはなっていない。そのなんとしても見たい絵は次の4点。図版をみてるだけで心がざわざわし、心拍数があがってくる。

★ダナエ: 個人蔵(拙ブログ0611/5)
★金魚: スイス、ソロトゥルン美(上の画像)
★ユーディットⅡ: ヴェネツィア、近代美術館(真ん中)
★水蛇Ⅱ: 個人蔵(下)

西洋画の女性像のなかでもっともエロティシズムを感じるのが‘ダナエ’と‘金魚’。個人蔵の‘ダナエ’を見れる確率はとても低いが、巨大な金魚にびっくりし、大きなお尻をした女の怪しげな目に心臓がバクバクするする‘金魚’はスイスの美術館の所蔵だから、その気になれば会える。だが、一度訪問したことのあるベルンとバーゼルのちょうど中間くらいのところにあるソロトゥルンへ行くのは心理的にはかなりしんどい。

1989年、セゾン美であった‘ウィーン世紀末展’に展示された‘ユーディットⅠ’より‘ユーディットⅡ’のほうが気に入っている。痩せたユーディットが骨ばった指で目を閉じたホロフェルネスの髪の毛をつかんでいる。なんとも不気味で恐怖心を覚える絵。細身のユーディットだけによけいに凄味を感じ、‘女を軽く見ると、このホロフェルネスのような目にあうわよ!’の声が聞こえてきそう。‘ハイ、重々わかっております’。

画面構成が少しゴチャゴチャした感じの‘水蛇Ⅰ’に対し、‘水蛇Ⅱ’ではうつぶせになった横向きの裸婦がとてもきれいに描かれ、その官能的な姿態が体のまわりに施された装飾文様によりいっそう引き立てられている。この絵も個人蔵だから、お目にかかるのは無理だろう。ミューズの優しい御心におすがりするほかない。

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2007.07.16

クリムトの風景画

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西洋絵画の画家のなかには死ぬまで付き合っていきたいのが何人かいる。クリムトはそのひとり。で、昨日の迷宮美術館(BS2)がクリムトを取り上げていたので、体をのりだしてみた。

今回、焦点をあてていた作品は風景画。クリムトが描いた220点あまりの絵のなかで、風景画は50点くらいあるという。これまで見た風景画はウィーンのベルヴェデーレ美術館に飾ってあった5点しかないが、どれも魅力的な作品だった。

上は番組にも登場した“アッター湖畔の風景(ウンターアッハの家並み)”。家の壁や屋根の赤や木々の緑は実際はもっと鮮やかにでていて、色紙を切って貼ったような家並みが強く印象に残っている。“アッター湖畔のカンマー城 Ⅲ”も“ウンターアッハの家並み”と同じく、建物を平面的に描いた作品。

1908年から1912年まで、夏の間すごしたアッター湖畔でクリムトはカンマー城を5枚連作で制作した。その最後の作品が下の“カンマー城の庭園内の道”。これも大好きな一枚。目を奪われるのは道沿いに続く木。曲がった枝は様式化して描かれており、幹の力強いタッチはゴッホの絵を彷彿とさせる。

もう一点、点描法で装飾的に表現された“白樺の林”も忘れられない。ここには“ひまわりの園”といういい絵があるのだが、どういうわけか03年の訪問時は展示してなかった。番組の中で、1905~06年に描かれた“ひまわり”(個人蔵)は有名な“接吻”と似た構図をしているという指摘があったので、“ひまわりの園”を見逃したのが悔やまれる。

クリムトが風景画を制作したアッター湖はウィーンの避暑地。35歳の頃からクリムトはここで恋人、エミーリエ・フレーゲと一緒にすごし、何も煩わされることなく、木々、草花、果樹、家々、カンマー城を描いた。面白いことにキャンバスはすべて正方形。スポーツが大変好きだったクリムトは湖でボートを漕ぎ、そして、岸辺から離れたところにボートを止め、オペラグラスを使い、湖畔の家々やカンマー城を切り取った。

ゲスト解説をしていた美術史家、千足伸行さんの本、“もっと知りたいクリムト”(拙ブログ07/2/27)にクリムトの風景画の特徴、傑作“接吻”と“ひまわり”の関連が詳しく書かれている。ご参考までに

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2006.11.05

映画「クリムト」

536大勢いる西洋画家のなかで、ウィーン世紀末芸術の中心人物として活躍したグスタフ・クリムトは特別な存在。

国内で行われたクリムトの展覧会はだいたい見逃さず観てきたし、ウィーンでも代表作が展示してある主要な美術館を訪問した。このように常日頃、アンテナをはっているクリムト狂いにとって、10/28から全国ロードショーの映画「クリムト」はクリムトのことを知る絶好のチャンス。で、前売り券を買っていたシネスイッチ銀座へ早めにとびこんだ。

クリムトを演じるジョン・マルコヴィッチ、愛人エミーリエ役のヴェロニカ・フェレ、そしてチリ人監督、ラウル・ルイスのことは全く知らないから、映画を見慣れている人とはちょっと見方が異なる。ネタばらしは禁じ手なのでストーリーについて詳しくは触れない。この映画で確認したかったのは、絵を描くときの想像力の源はどこにあるのか?クリムトは実際どんな人間だったのか?という点。これまで作品を観たり、画家のモノグラフを読んだりして興味をいだいていたこと、疑問に思っていたことがこの映画でいくつか解消されたので、そのことを書きたい。

この映画は昨年のはじめ、鎌倉の古本屋で偶然見つけたネーベハイ著のクリムト本(拙ブログ05/1/22)を所々で下敷きとして使っている。アトリエには裸のモデルが何人もいる。その中にクリムトの子供を生んだ女がいた。クリムトが女の赤ちゃんが出来たことを告げられて喜ぶ場面が面白い。貧しいモデルたちにクリムトはモデル料をきっちり払い、なにかと資金的な援助をしてやったという。父親が亡くなって埋葬する金がないと泣きついたり、家賃の未払いで立ち退きを迫られるモデルにはその金を払ってやっている。しかし、よく嘘をつかれ、騙されることもあった。誰かがそれを注意すると、クリムトは“ねえ、君、それが世の常さ。本当に貧しい人に生涯なんの施しもしないで終わるよりは、ろくでなしにだって何かくれてやる方がましじゃないか”と笑って言ったという。なんとも太っ腹。

アトリエのなかに掲げられている絵に右の“ダナエ”(個人蔵)がでてくる。チラシにも使われており、何点かある同じ画題の絵のなかでは一番官能的な“ダナエ”である。黄金の雨を光に変え象徴的に描いたレンブラントの絵(拙ブログ05/5/26)と較べると、クリムトの絵はエロテイックな香りがし、黄金の雨の描写は即物的。いつかこの絵にお目にかかりたい。

この映画にはクリムトが肖像画を描いた女性が2人登場する。結婚はしなかったが、生涯の恋人だったエミーリエ・フレーゲ(映画のなかではミディと呼ばれている)とクリムトの大のパトロンでユダヤ人実業家、アウグスト・レデラーの妻セレナ。クリムトとエミーリエの関係はプラトニックなものだったといわれているが(拙ブログ05/7/12)、映画でもそういう風になっている。はたして、本当にそうだったのか?幾何学的な装飾文様が入った青のドレスを着たエミーリエの肖像画は見たことあるが、セレナ夫人のはまだみていない。

レデラーは代表作のひとつ“ベートーベン・フリーズ”をはじめ18点の作品を所蔵していたが、13点は第二次大戦で焼失したらしい。大きな損失である。残念なことにこれらの作品は写真に撮ってなかったので、どんな絵だったか知る由もない。

最後にクリムトの肉体のことについて少々。クリムトは梅毒に罹り、定期的に病院を訪ね、医者に症状を聞いている。また、レスラーやボクサー並みの力を持ち、体臭がすごかったという。映画のなかにそのことがわかるシーンがでてくる。観てのお楽しみ。

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2005.07.12

クリムトの黄金絵画

229クリムトの絵はこれまでウイーンの美術館や日本での展覧会で見たり、TV美術番組のクリムト特集をビデオ収録してきたので、この画家のことはある程度知ってるつもりであったが、迷宮美術館で新しい話がでてきた。

それはクリムトと愛人、エミーリエの関係がプラトニックなものだということ。二人は決して触れることがなかったらしい。トリビアの泉ではないが、へえー、それ本当なのという感じである。

1ヶ月くらい前、友人の知り合いの画家が銀座の画廊で開いた個展を二人で見に
行ったとき、美術史家の千足伸行さんがちょうど来られて、少しお話をした。
この千足先生が番組に登場し、二人の意外な関係のことを語っておられた。
西洋美術では高階氏と並ぶ、高名な千足さんの話なので本当だろうと思うが、
クリムトという画家の心情がちょっとわからなくなった。

クリムトが愛したアルマ・シントラーをイメージして描いた官能的な絵では
黄金が光輝いているのに対し、代表作の“接吻”では信頼できるパートナー、
エミーリエ・フレーゲとの愛の関係を反映し、黄金の使い方が控えめになる
一方で、装飾性がより繊細になり、色彩豊かな明るい色調に変わっている。

黄金が全面にでた絵でまだお目にかかってなく、是非見てみたいのは
“金魚”、“ダナエ”、“水蛇Ⅰ”。水蛇は03年に訪問したベルヴェデーレ美術館で
期待したのだが、貸し出し中でみれなかった。これぞ官能絵画の代表みたい
な金魚、ダナエに会えるのを秘かに願っている。

日本であったクリムトの回顧展では1989年、池袋のセゾン美術館で開催さ
れた“ウィーン世紀末展”が凄かった。クリムト、シーレの代表作がかなりでてた。
余談になるが、当時のセゾン美術館はいい企画展を実施する美術館として
人気があった。クリムトの作品では代表作の“接吻”をはじめ、“エミーリエ・
フレーゲの肖像”、“ユーディトⅠ”、“パラス・アテナ”、“アダムとイヴ”があった。
また、複製ではあったが、“ベートーベン・フリーズ”にも会った。

右の“パラス・アテナ”はなかでも印象深い絵。黄金の胸甲アイギスを着けた
女神アテナが真正面向きにじっとこちらを凝視している。アテナは闇の戦士のようで、
暗く、不気味な気配を感じさせる絵である。アイギスのまんなかには英雄ペル
セウスが退治したメジューサの首が魔よけとして嵌め込まれ、その周りには蛇の
鱗が飾られている。左手の腕の上からこちらをみている二つの目は知恵の象徴、
フクロウ。そして、右手にいるのは勝利の女神ニケ。

多くの画家が女神アテナを描いているが、クリムトの“パラス・アテナ”はかなり
異色。このアテナの目にいつも射すくめられる。

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2005.07.10

エゴン・シーレの家族

115今日の新日曜美術館では画家が描いた家族を取り上げていた。美術史家の栗津則雄さんは過去にも別の切り口で内外の画家の作品をいろいろ見せてくれた。

番組の編集の仕方が変わってきて、一人の画家の作品を掘り下げることとは別に、BS2の迷宮美術館でやってるようにひとつのテーマで作品をグループ化してみていこうとしている。海外の巨匠たちの絵と日本画や日本人が
描いた西洋画を同じ土俵で鑑賞してるのが面白い。

今回は家族を描いた絵が時空を超えていろいろ集まった。久隅守景(くすみ
もりかげ)作の“納涼図屏風”(国宝、東博蔵)がでてきたのには驚いた。
なんとものどかな家族団らんの光景だが、この時代、夫婦と子供が一緒に
夕顔棚の下でくつろぐのは例外的なことかもしれない。

小倉遊亀が描いた“径”は02年、滋賀県立美術館であった小倉遊亀展で
一番感動した作品。お母さんの後を女の子と犬が歩調をあわせて進む姿が
ほほえましい。ルネッサンスの巨匠、ミケランジェロの“聖家族・ドーニ家の
トンド”(ウフィツィ美術館)やラファエロの“小椅子の聖母”(ピッティ美術館)
は宗教画の範疇であるが、宗教臭くなく見ててほっとする幸せな家族の
絵である。

栗津氏の分析力は広く、鋭い。ウイーン世紀末の画家、エゴン・シーレが死ぬ
年に描いた右の“家族”がでてきた。ウイーンのベルヴェデーレ美術館でこの
絵をみたとき、他の絵の画風とちょっと違うなと感じた。シーレの絵の中では珍
しくまともな絵。清楚で美しい妻エディットを後ろから抱いているシーレの顔は
すっきりと綺麗に描かれている。まもなく実現する3人家族を待ちきれないのか、
シーレはまん丸な赤ちゃんを描き込んでいる。背景の暗い色調はシーレの
不安な気持ちを表しているのだろうか。

スペイン風邪によりエディットが死んだ3日後に、シーレも同じ病気で息をひき
とった。まだ、28歳の若さである。孤独感と不安な感情を抱いたまま、短い一
生をとじたシーレが最後に描いた絵が“家族”。シーレの端正な顔が今も心に
強く残っている。

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