2018.06.12

オスロ国立美(5)

Img     ピカソの‘カフェの貧しい男女’(1903年)

Img_0001     ノルデの‘夜のバーで’(1911年)

Img_0002     ハンマースホイの‘コインコレクター’(1904年)

Img_0003     ワイエスの‘アルバートの息子’(1959年)

ピカソ(1881~1973)は多作の画家なので、ブランド美術館に展示されているお馴染みの名画のほかにもはじめて訪れる美術館でも思わず足がとまる絵がひょいと姿を現す。青の時代に描かれた‘カフェの貧しい男女’もそんな一枚。

この絵が描かれた1903年はピカソは22歳でパリとバルセロナを行ったり来たりしていた。画面を青一色で塗りあげるようになったのは2年前に起きた仲の良かった友人カサジェマスの自殺がきっかけだった。この事件にショックを受けたピカソは貧者など社会の底辺にいる弱者たちに目をむけ感傷的に描くようになった。

ムンクとの関連性が強いのはドイツ表現主義、そのためエミール・ノルデ(1867~1956)やキルヒナー(1880~1938)を見つけると敏感に反応する。青や黄色、赤の激しい原色と荒々しい筆致が印象深いノルデの‘夜のバーで’に強く惹かれた。

コペンハーゲン国立美で北欧絵画の部屋を進んでいたとき、ひとつの部屋がデンマークの画家、ハンマースホイ(1864~1916)に充てられていた。作品の数は20点くらい。知らない画家ではない。2008年、西洋美でこの画家の回顧展があったが、そのときはパスした。理由はこちらに背をむけた女性は好みでないから。そのため、写真を撮るか迷ったが結局一枚もシャッターを押さなかった。

オスロにも‘コインコレクター’があった。これは正面向きの男性がいる室内画だからコレクションに加えることにした。こういう静かで女性的な絵は一枚あれば十分という感じ。多くがワンパターンなので何枚もみると飽きてしまうというのは正直なところ。

想定外の収穫はワイエス(1917~2009)の‘アルバートの息子’、これは嬉しい作品。2年前、マドリードのティッセン・ボルネミッサ美でワイエス展に遭遇し心が揺すぶられたが、こんなところにもワイエスがあったとは。
ますます、のめりこんでいく。

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2018.06.11

オスロ国立美(4)

Img_0003     クールベの‘恐怖におののく男’(1845年)

Img_0002     コローの‘テルミの小滝’(1826年)

Img     モネの‘ノルウェーのコルサ―ス山’(1895年)

Img_0001    オラツィオ・ジェンティレスキの‘ユディットと待女’(1608年)

クールベ(1819~1877)の‘恐怖におののく男’(未完 1843~45年)はコペンハーゲンでみた‘窓辺にいる3人のイギリスの少女’同様、グランパレの回顧展のとき展示替えでみれなかった作品。リカバリーがうまくいくかちょっと緊張した。展示の場所を聞くと、‘どこかへ貸し出されるためもう包装されてここにはない!’そ、そんな、ガッカリしたが気を取り直して印象派のところへ急いだ。

ところが、そのあと部屋を進んでいたら、なんとこの絵が現れた。‘ここにあるじゃない!不確かな情報は流さないでよ’という感じ。監視員もローテーションするので勘違いしたのだろう。この男のパニックった表情を図版で何回もみてきたが、ようやく本物と対面した。今回クールベの追っかけは2戦2勝、機嫌はすこぶるいい。

コロー(1796~1875)は日本で立派な回顧展に遭遇したので、画家との距離がぐっと縮まった。そのため、海外の美術館をまわるときは見逃さないようにしている。小品の‘テルミの小滝’は思わず足がとまった。コローの風景画には湖や川がよくでてくるが、多くは静謐そのもので水面はとても滑らか。そのイメージがあるため、この激しい水流には200%圧倒された。

4点あるモネ(1840~1926)では手持ちの画集に載っている‘雨のエトルタ’(1886年)もいいが、前日ノルウェーの雪や氷河が残る山々を目に焼きつけたので‘コルサ―ス山’のほうに体が寄っていく。モネは1895年1月末、義理の息子ジャック・オシュデがいるノルウェーに旅だち100日間滞在した。

このコルサース山はオスロから45㎞離れたビュルネガードの宿屋で描いたもの。ノルウェー滞在中に20数点の作品を仕上げたがその半分の13点がコルサ―ス山。モネは日本の浮世絵が好きだったので富士山のように描いている。

ノルウェーにはフランスびいきのエリートたちがおり、オスロ国立美は1890年に‘雨のエトルタ’を購入し、フランスの国外でははじめてモネの絵を買った公共機関となった。こういう話を聞くとここにフランス絵画の傑作が多くあることが腹にすとんと落ちる。

最後になった古典画のなかに想定外の絵があった。カラヴァッジェスキのオラツィオ・ジェンティレスキ(1563~1639)の‘ユディットと待女’、ユディットが敵将ホロフェルネスの首を刎ねるというショッキングなモチーフは多くの画家たちによって描かれてきたが、最も魅了されるのが娘のアルテミジア・ジェンティレスキ(1593~1652)が描いたぞくっとするほど怖い絵。同じ画題を父親のオラツイオも描いていたとは!大きな収穫だった。

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2018.06.10

オスロ国立美(3)

Img     マネの‘1867年のパリ万国博覧会’(1867年)

Img_0001     ルノワールの‘水浴するブロンド娘’(1885年)

Img_0002     ドガの‘婦人と犬’(1875~80年)

Img_0004     セザンヌの‘テーブルの上のミルク差しと果物’(1890年)

オスロ国立美で‘ムンクの部屋’に次いで多くの人が集まっているのが印象派が飾ってあるところ。ここに美術本に載っている作品がいくつも登場した。必見リストで二重丸をつけていたのが部屋の真ん中にあったマネ(1832~1883)の‘1867年のパリ万国国博覧会’。

マネには魅力的な肖像画が数多くあるが、これを同じくらい惹かれるのが近代化するパリの街並みや人々の生活を活写した風俗画。ドガもよくとりあげた競馬場、華々しい社交場、カフェやバー、、、ここに描かれているのは2回目の万国で沸くパリの街の一角、馬に乗った人や話し込む女性たちの輪、くつろぐ兵士、活気づく街の様子が手にとるようにわかる。

コペンハーゲンのニュー・カールスベア美では残念なことに収穫といえるほどのルノワール(1841~1919)に遭遇しなかったが、オスロにやって来たらルノワールらしい女性画が現れた。手元の画集にも紹介されている‘水浴するブロンド娘’、大きな絵ではないがブロンドの髪や肌の色使いに吸い込まれる。

2点あったドガ(1834~1917)は踊り子と小品の‘婦人と犬’、じつはこの後ろ姿の婦人をみるのは2度目。30年前の1988年に西洋美で大規模な‘ジャポニスム展’があり、構図のとり方に浮世絵の影響が明らかにみられる‘婦人と犬’も出品された。小さな絵でも婦人の肩ごしに犬をとらえるという発想が当時の人にとって斬新だったにちがいない。

再会した絵がもう一枚ある。セザンヌ(1839~1906)のすばらしい静物画‘テーブルの上のミルク差しと果物’。これが日本の美術館で公開されたのは1999年に横浜美で行われたセザンヌ展。かれこれ20年ぶりの対面。目に飛び込んでくるのは白が輝いているミルク差し。そして、傾ているようなのにさほど不安定な感じがしないテーブルにバランスよく置いてある果物。

水平と垂直の直線によって整然とつくられたテーブルに丸い形のミルク差しとリンゴやレモンなどがきわめて穏やかにおさまっている。だから、ずっとみていたくなる。やはり、セザンヌの静物画は最高。

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2018.06.09

オスロ国立美(2)

Img     ムンクの‘病める子ども’(1885~86年)

Img_0002     ‘思春期’(1894~95年)

Img_0001     ‘作家ハンス・イエ―ガーの肖像’(1889年)

Img_0003     ‘月光’(1895年)

ムンク(1863~1944)の出世作となったのが‘病める子ども’、画集でこの絵をみるたびに心が締めつけられていたが、本物の前ではもっと辛い感じがした。病床が出てくる作品ですぐ思い浮かぶのはあの天才ピカソが16歳のとき描いた‘科学と慈愛’とムンクのこの絵。

病院はできることなら行きたくない場所だから、こういう光景をみると切なくなる。死が迫っている少女の顔は異様に白くなっており、それをまともにみていられない付添人のうなだれた首が病魔に襲われた患者にいだく深い悲しみを物語っている。

ムンクは小さいときから体が弱かったことや母親が早く亡くなり一歳上の姉ソフィーエも15歳で天国にめされたため、不安に悩まされ死の恐怖が頭からずっと消えなかった。このことがムンクの画風が感情を画面に強くだす表現主義のスタイルに変っていくことに影響している。

大人の体に成長していく少女の心の動揺を絵のモチーフにすることはほかの画家では思いつかない。でも、自分がいつも不安につきまとわれているから少女の心を敏感に読みとることができる。少女の後ろに描かれた大きな黒い影が彼女の内面を反映している。目に焼きついているこの絵を長いことみていた。

大きな収穫のひとつが‘作家ハンス・イェーガーの肖像’、この絵はムンクを特集した美術番組でみて以来とても気になっていた作品。女性の肖像に較べ男性のものへの思い入れは下がるが、この作家の圧倒的な存在感には魅了される。いかにも一癖ありそうな表情をしたイェーガーは前衛的な精神をもったグループのリーダーでムンクは尊敬していた。

ムンクの風景画には満月と海面の反射がよくでてくる。‘月光’でも青い海に白の影が印象的に描かれている。これは永遠の命を表し、月の反射の形は古代エジプトの文字アンク、♀にヒントを得ている。つくづくいいアイデアをもちこんだなと思う。

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2018.06.08

オスロ国立美(1)

Img_0003     オスロ国立美の入口

Img_0001     ムンクの‘叫び’(1893年)

Img_0002     ‘生命のダンス’(1899~1900年)

Img     ‘桟橋の上の少女たち’(1901年頃)

Img_0004     ‘メランコリー’(1892年)

フィヨルド観光からオスロに戻ってくるとすぐムンク(1863~1944)の‘叫び’が飾ってある国立美術館へ直行した。このあと4時50分発のストックホルム行きの高速列車に乗るので館内にいる時間は45分。予定は1時間だが、列車に乗り遅れるわけにはいかないのでこれは仕方がない。大急ぎで必見リストに載せてあるムンクとクールベ、印象派をめざした。

展示のレイアウト図は事前に用意したものが古くまったく変わっていた。そのため、係員にリストの図版をみせて展示されている部屋を教えてもらった。まず、突進したのはムンクの部屋。ありました々、念願のムンクの絵が!美術本でここにあるムンクはおおよそ頭に入っているので、確認はどれが出てないかだけ。この部屋に15点あり、1階から2階へ上がってくるところの壁に1点、そして別の部屋にもう1点、全部で17点。もう天にも昇る気分。ミューズに感謝!

美術の教科書に載っていた‘叫び’、耳をふさぎ目と口を大きくあけ何か大声をだしているようにみえる幽霊仕立ての人物、この異様な顔を一度見たら忘れられない。西洋絵画の人物表現で衝撃度の強さが目に焼きついているのはゴヤの‘わが子を食らうサトゥルヌス’、ムンクの‘叫び’、そしてピカソの‘アヴィニョンの娘たち’。その‘叫び’をやっとみることができた。素直に嬉しい。今秋にはムンク美の‘叫び’も東京都美にやって来る。わが家にとって今年は‘ムンクイヤー’。

35年ぶりに再会したのは‘生命のダンス’。1983年フィレンツェのピッティ宮殿を訪問したとき、ここで運よくミニムンク展が開催されておりそこに飾ってあったのがこの‘生命のダンス’。正直この絵によってムンクが本当に好きになったかもしれない。魅せられるのは一見平板な印象なのに人物を大きく描き巧みに奥行きをつくる画面構成と赤や緑の強い色彩。息を呑んでみていた。

色彩表現でぐっと惹きこまれるのが‘桟橋の上の少女たち’。美術館がつくったムンクの日本語版図録に載っている図版がじっさいの色をよくひろっていないのでノーフラッシュで撮った写真を使った。少女の白と赤の衣装と向こう側に描かれた緑の木の塊に頭がくらくらする。予想通りの傑作だった。

‘メランコリー’も期待の一枚、視線が寄っていくのが右手前でこちらを向いている男。タイトル通り気分がふさぎ込んでいる様子。この男の対角線上には桟橋がみえ男女が浜辺のほうに進んでいる。うまくいっているカップルと深刻な表情で悶々とする男。じつにストーリー性のある作品。

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2018.06.02

コペンハーゲン国立美(3)

Img         ブラックの‘丸テーブルの静物’(1928年)

Img_0001     ジャン・メッツアンジェの‘夏’(1916年)

Img_0002     ムンクの‘家路につく労働者たち’(1914年)

Img_0003     ムンクの‘夕方のおしゃべり’(1889年)

現在、新橋の汐留ミュージアムで回顧展が行われているブラック(1882~1963)、来週でかける予定だが作品情報がなく期待外れになるかもと心配をしている。そんな気にさせるのは国立美でブラックのいい絵をみたから。

飾られているのは静物画2点と初期のフォーヴィスム風に描かれたエスタックの風景画。ブラックのキュビスム絵画のなかで気に入っているのは1928年ころから繰り返し描かれた‘丸テーブルの静物’、この縦長の大きな作品はこれまでメトロポリタンやポンピドー、フィリップスコレクションンなどでみたが、ここにあるものもぐっとくる。テーブルの台は画面と平行になるほど傾いており、滑り落ちそうなギターに余計な心配をしてしまう。

キュビスムらしいのがフランスのナント出身のジャン・メッツアンジェ(1883~1956)の‘夏’。この画家の作品はほんの数点した記憶がないので顔のなかに顔があり胴体が複雑に重なっている人体表現が刺激的だった。メッツアンジェは点描の新印象派やフォーヴィスムにも影響を受けたため、キュビスムの奇抜な形に色彩の強さが加わり魅力的な一枚に仕上がっている。

20くらいの部屋に展示されている18世紀後半から20世紀前半までに活躍したデンマークとノルウエーの画家たちの作品についても時間が許す限りみたが、ほとんどが知らない画家。そのなかで一瞬目が輝いたのがムンク(1963~1944)。大きな絵‘家路につく労働者たち’と‘夕方のおしゃべり’が現れた。

ムンクはオスロでじっくり楽しむ予定だったのにここで大きなオマケをもらった。ムンクの魅力のひとつが画面が大きいこと。ふたつとも見ごたえがあり前菜にしては美味しすぎる一枚だった。素直に嬉しい!

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2018.06.01

コペンハーゲン国立美(2)

Img_0001     ドランの‘シミーズ姿の女’(1906年)

Img_0003     ドンゲンの‘踊り子アニータ’(1911年)

Img_0002     モディリアーニの‘アリスの肖像’(1918年)

Img     ルオーの‘裁判官’(1908年)

コペンハーゲン国立美で楽しめるのはマティスを軸にしたフランス近代絵画と現在、閉鎖中の14世紀から18世紀までの西洋美術、そしてデンマークとノルウエーの画家たちの作品。

お目当てのフランスの近代絵画は5つの部屋で飾られており、よく知っている画家が続々登場してきた。マティス以外で大きな収穫だったのが同じフォーヴィスムの仲間であるドラン(1880~1954)の‘シミーズ姿の女’、みた瞬間惹きつけられた。

ドランの女性画というとパリのオランジュリー美にあるフォーヴィスムから画風が一転し静かでおとなしい人物表現をすぐ思い起こす。そのため、このフォーヴィスム全開の女性の出現にはビックリした。これまでフォーヴィスムのドランで鮮やかな色彩が目に焼きついているのはポンピドーやMoMAにある川の情景などを描いた風景画だったが、このモデルの圧の強さによりMyお気に入り女性画に即登録となった。

オランダ出身のドンゲン(1877~1968)もマティスとともに色彩の革命、フォーヴィスムを推し進めた画家のひとり。回顧展になかなか遭遇しないが、美術館をまわって作品をひとつずつつみ重ねてきた。コペンハーゲンにも2点あった。‘踊り子アニータ’と‘婦人の肖像’、マティスの緑のすじのある妻、そしてドランとドンゲンの描いた女性が互いに色彩の輝きを増すようにコラボしていた。すばらしい!

モディリアーニ(1884~1920)の‘アリスの肖像’に思わず足がとまった。これはモデイが亡くなる2年前のものだが、なかなかいい。瞳がしっかり描かれているので、近づきがたい感じのするアーモンドの目とはちがって、どこか安心して向き合える。

モディがありルオー(1871~1958)もでてくる。じつに粒のそろった質の高いコレクションである。こうした絵画をみれるということはコペンハーゲンが豊かな街であることの証。アメリカの美術館をまわってもなかなか会えないルオー、ここで‘裁判官’に遭遇するとは思ってもみなかった。

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2018.05.31

コペンハーゲン国立美(1)

Img      コペンハーゲン国立美

Img_0001     マティスの‘緑のすじのある肖像’(1905年)

Img_0002     マティスの‘白いスカーフの裸婦’(1909年)

Img_0004     マティスの‘緑のブラウス’(1936年)

Img_0005     マティスの‘バイオリンのある室内’(1918年)

コペンハーゲンで観光客が訪れる定番のスポットはだいたい4㎞四方のところにあるので歩いて移動しても苦にはならない。最後に訪れた国立美の場所は‘コウノトリの噴水’から北に20分くらいのところ、ローゼンボー宮殿のある広い公園の向こう側だから地図をみながら大きな通りを進んで行くと到着する。

事前の情報によりここはマティス(1869~1954)のコレクションで有名なことがわかっている。マティスに関心がむかったころ画集でお目にかかり度肝を抜かれたのが‘緑のすじのある肖像’。その絵があるコペンハーゲンに今いるのである。嬉しくてたまらない。ミューズに感謝!

描かれたモデルはマティスの妻アメリ―、その顔には額から鼻にかけてなんと緑の太いすじがのびている。なんでまた顔に緑の線を塗るの!?このアクセントとなっている緑のほかに使われている色彩は髪の青とその背景の青緑、そして衣服と後ろの赤のみ。これぞ構成を単純にし色彩の力を強く表現したフォーヴィスムの真骨頂。

マティスの作品は全部で11点でていた。数では圧倒的に多い。画集に載っている作品が続々登場するのでテンションは上がりっぱなし。必見リストには4点載せていたが、これほどあるとは。人物画では自画像もあったが、魅了されるのはあまり官能的でない‘白いスカーフの裸婦’や画面いっぱいに女性が描かれた‘緑のブラウス’。

そして、期待値の高かった‘生きる喜び(コリウールの風景)のための習作’の明るい色彩や‘バイオリンのある室内’にも心を奪われた。この2点も画集で何度もみていたが、本物はまさにマティスの類い稀な色彩感覚が存分に発揮されたすばらしい絵だった。やはり、マティスは天性のカラリスト!

残念だったのはマティス晩年の切り紙絵‘ズルマ’が姿をみせてくれなかったこと。でも、これだけいい絵をみれたのだからもって瞑すべしといったところ。

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2018.05.29

トーヴァルセン美術館

Img_0001    運河沿いに建つトーヴァルセン美

Img_0003     ‘金羊毛をもつイアソン’(1803~28年)

Img     ‘ガニュメデスと鷲’(19世紀)

Img_0004     ‘三美神とキューピッド’(19世紀)

Img_0002     ‘キリスト像’(19世紀)

北欧には偉大な彫刻家が2人いる。コペンハーゲン生まれのトーヴァルセン(1770~1844)とオスロの公園に作品がどどっと飾られているノルウェーのヴィーゲラン(1869~1943)。

まずお目にかかったのがトーヴァルセン。この新古典主義の彫刻家については美術の本で作品を数点みただけで本物はまだ縁がない。そのため、コペンハーゲンの美術館めぐりではニュー・カールスベア美と国立美を最優先にし、時間があればトーヴァルセン美に寄るという作戦だった。

幸いなことに自由時間が5時間くらいあったのでここにも足を運ぶことができた。美術館は‘コウノトリの噴水’とニュー・カールスベア美の中間あたりにあり、運河沿いに建っている。その隣がクリスチャンボー宮殿。入館料は70デンマーククローネ(約1400円)。

トーヴァルセンは26歳のときローマに行き、古代ギリシャ、ローマの彫刻を学びイタリアのカノーヴァ(1757~1822)とともに新古典主義の彫刻家としてヨーロッパ中でおおいにもてはやされた。ローマの滞在は長く1838年、68歳のときコペンハーゲンに帰国した。

この美術館にはトーヴァルセンの作品がほとんどあり、回廊の壁や展示室に数多く飾られている。圧倒されるほど大きな人物像を息をのんでみていたが、一番のお目当ては画集でみた最高傑作‘金羊毛をもつイアソン’だから場所を聞いてそこに突進した。

ギリシャ神話の英雄物語はしっかり頭に入っているので、イアソンが危険をおかしてやっと手に入れた黄金の羊毛に目が釘付けになる。トーヴァルセンが20年以上を費やして完成させたこのイアソン像、これは一生の思い出。

‘ガニュメデスと鷲’にも魅了される。最高神デウスは美女だけでなく、美少年も大好き。狙いをつけたのはトロイアの若い羊飼い、鷲に姿を変えてかっさらい天上で神酒の酌をさせている。イアソンとガニュメデスは画集でよくみていたが、本物に遭遇するとは思ってもいなかった。コペンハーゲンに乾杯!

ほかではなんとも優雅な姿をした‘三美神’や威厳の漂う‘キリスト像’などに心が揺すぶられた。彫刻好きの隣の方も満足した様子。満ち足りた気分で退館し、最後の国立美へ向かった。

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2018.05.28

ニュー・カールスベア美(4)

Img     セザンヌの‘りんごのある静物’(1879~82年)

Img_0001    ゴッホの‘タンギー爺さんの肖像’(1887年)

Img_0003     ロートレックの‘画家シュザンヌ・ヴァラドンの肖像’(19世紀)

Img_0002     ピカソの‘スペイン女性’(1901年)

いい絵をみて画家への思い込みが強くなり、次のターゲットとなる絵にむかう鑑賞のエネルギーが蓄積されていく。こんな幸運な体験がときどき続くことがある。今年はセザンヌ(1839~1906)の当たり年。そのはじまりは2月、国立新美の‘至上の印象派展 ビュールレコレクション’に出品された‘赤いチョッキの少年’。長年の夢がようやく叶った。

今、東京都美で行われているプーシキン美展にやって来ている‘サント・ヴィクトワール山’も楽しみな一枚だが、これは来月の楽しみにしている。さて、今回の北欧での美術館めぐり、嬉しいことにいいセザンヌが用意されていた。この美術館とオスロ国立美に飾ってあったすばらしい静物画。

オスロにあるのは一度日本でみたので知っていたが、カールスベアのりんごはまったくの想定外。こんな足のとまるセザンヌを所蔵しているのだから、流石というほかない。もう一点は‘水浴する女たち’、なんだかオルセーにいるような気分だった。

手にもっている必見リストに載っているゴッホは‘タンギー爺さん’と‘サン・ポール療養院の後ろの山の風景’だったが、でていたのは‘タンギー爺さん’のほう。サンレミの風景に期待していたが、どこかへ貸し出し中だったのだろう、残念!ゴッホの人気はどこの国でも高いのでコレクターは競って集める。タンギー爺さんがひょいと現れるのがこの美術館のコレクションのすごいところ。

2点あったロートレック(1864~1901)で長くみていたのが画家のシュザンヌ・ヴァラドンを描いたもの。ルノワールのモデルをつとめたこともあるヴァラドンはユトリロの母としても知られているが、ロートレックやドガに促されて本格的に絵を描くようになる。ロートレックはそんな画家となったヴァラドンの肖像を描いていた!

近現代絵画は数が少なく強い印象をうける作品はあまりなかったが、ピカソ(1881~1973)の‘スペイン女性’にはぐっと吸い込まれた。これはピカソが20歳のときの作品、マドリードのソフィア王立センターに同じ年に描かれたこれと似た感じの女性の絵があるのですぐ魅了された。

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