2009.10.28

フェルメールの‘真珠の耳飾りの少女’が来年7月にやってくる!

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今日の朝、ビッグニュースがとびこんできた。朝日新聞の記事によると、フェルメールの傑作‘真珠の耳飾りの少女’が来年7月に再度日本にやってくる。これを所蔵するオランダのマウリッツハイス美(ハーグ)の名品展として東京と神戸で7月から12月まで公開されるという。これはすごいことになった。

美術館名と具体的な日程については発表されてないが、東京は西洋美か国立新美のどちらかで、神戸は兵庫県美ではなかろうか。それにしても、フェルメールの代表作が頻繁にやってくる。フェルメール愛好家にとって、わが国における西洋画の展覧会シーンはまったくすばらしく、そして有難い。日本は本当に美術大国!

で、これまで国内で体験したフェルメール作品をレヴューしてみた。

‘フェルメールとその時代展’(00年4月、大阪市立美)
★聖プラクセディス : バーバラ・ピアセッカ・ジョンソン・コレクション
★リュートを調弦する女 : メトロポリタン
★天秤を持つ女 : ワシントン・ナショナル・ギャラリー(拙ブログ08/4/13
★真珠の耳飾りの少女 : マウリッツハイス(上の画像)
★地理学者 : シュテーデル美

‘栄光のオランダ・フランドル絵画展’(04年4月、東京都美)
★絵画芸術の寓意 : ウィーン美術史美(真ん中)

‘ドレスデン国立美展’(05年7月、西洋美)
★窓辺で手紙を読む女(下)

‘オランダ風俗画展’(07年9月、国立新美)
★牛乳を注ぐ女 : アムステルダム国立美(07/10/6

‘フェルメール展’(08年8月、東京都美)
★マリアとマリアの家のキリスト : スコットランド・ナショナル・ギャラリー(08/8/6
★ディアナとニンフたち : マウリッツハイス
★小路 : アムステルダム国立美
★ワイングラスを持つ娘 : アントン・ウルリッヒ美(08/8/6)
★リュートを調弦する女 : メトロポリタン
★ヴァージナルの前に座る若い女 : 個人蔵
★手紙を書く婦人と召使い : アイルランド・ナショナル・ギャラリー(08/8/6)

‘ルーヴル美展’(09年2月、西洋美)
★レースを編む女(3/12

日本で鑑賞したフェルメールの絵は以上の16点。確か、もう一点、アムステルダム国立美蔵の‘恋文’もやってきたように記憶しているが、これは見ていない。

この調子だと、大好きな‘デルフトの眺望’(マウリッツハイス、05/4/17)とか追っかけ作品の‘真珠の首飾りの女’(ベルリン国立美、1/8)もひょっとして日本で対面できるかもしれない? 期待したいが‘デルフトの眺望’はやはり無理か。

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2009.06.02

もう一度見たいエルミタージュ美術館のバロック絵画!

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エルミタージュ美訪問(拙ブログ05/9/6)の感動が予想以上に大きかったので、帰国してから美術が好きな人に‘エルミタージュはすばらしいよ!’を連発していた。

ルーヴルにはダ・ヴィンチはあってもゴーギャンやマティスの絵はないが、ここにはダ・ヴィンチ(2点)、ラファエロ(2点)、ミケランジェロの彫刻‘うずくまる少年’と盛期ルネサンスの巨匠の作品が揃っているほか、質の高いレンブラント、カラヴァッジョらのバロック絵画、昨日取り上げた近代の印象派、有名なマティスコレクション、さらに抽象画のカンディンスキーまである。

そうした名画の数々を4時間かけて存分に楽しんだ。ツアーの行程ではここにいるのは1時間半くらいだったのだが、ほかの名所観光をパスしてずっと館内にいたのである。

エルミタージュ美にあこがれるようになったのはその2年くらい前、NHKで放送された‘エルミタージュ美’(10回シリーズ)を見たため。これは作家の五木寛之と美術史家の千足伸行氏がゲストを交えて所蔵作品を案内してくれる極上の美術番組で、毎回ビデオ収録していた。で、出発前このビデオを見て、必見作品を入念にシミュレーションしておいた。

この事前準備の効果はすぐあらわれ、展示してある作品にスムーズに入っていけた。あれほどの数の作品だから、ほわーっとした感じで回っていたら、感動の名画の多くは鑑賞しきれなかったのではないかと思う。

目に焼き付いているバロック絵画でお気に入りは次の3点。
★カラヴァッジョの‘リュート弾き’(上の画像)
★ホントホルストの‘キリストの幼児期’(真ん中)
★レンブラントの‘フローラに扮したサスキア’(下)

‘リュート弾き’(1595)はカラヴァッジョ(1571~1610)が好きになるきっかけとなった絵。カラヴァッジョが若いころに描いた風俗画のなかでは、この絵と‘いかさま師’(1/7)にぞっこん参っている。メトロポリタンにも同名のものがあるが、エルミタージュのほうがかなりいい。

茶褐色の背景に浮かびあがるリュート弾きの若い男の女性っぽい顔つきが忘れられない。この男はカストラート(去勢した男性歌手)。この明暗のコントラストにしばらく惹きこまれ、左の花瓶の花や果物に目をやるとまた吸い込まれる。並の技量ではこれほどリアルな質感はだせない。いつか再会したい。

ホントホルスト(1592~1656)の絵をみる機会はきわめて少ないが、この‘キリストの幼児期’(1620)と遭遇したのは幸せというほかない。真ん中の蝋燭の光がキリストと老人の顔を照らすところはロンドンナショナルギャラリーにある‘大司祭の前のキリスト’(1617、08/2/6)と同じ構成。何時間でも見ていたくなる絵である。

ここのレンブラントコレクションは名作揃い。新妻サスキアをフローラに見立てて結婚直後に描いたこの絵(1634)はレンブラント(1606~1669)が28歳のころの作。ほかにも‘ダナエ’(05/5/26)や‘放蕩息子の帰還’などがある。

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2009.05.29

もっと見たい驚愕のバロック天井画!

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楽しみにしているローマ美術めぐりは来春なので、イタリアモードに入るにはまだ早い。が、映画‘天使と悪魔’のなかでローマ市内をぐるぐるまわったから、テンションが30%くらいまで上がってきた。

次回の鑑賞の目玉はカラヴァッジョの絵と古代ギリシア・ローマの彫刻なのだが、もう一つ目指しているのがある。それはバロックの天井画。代表的なものは次の3つ。

★コルトーナの‘神の摂理’:バルベリーニ宮殿(上の画像)
★ポッツォの‘イエズス会の伝道の寓意’:サンティニャーツィオ聖堂(真ん中)
★バチッチアの‘イエスの御名の勝利’:ジェズ聖堂(下)

壮大なイリュージョンにより無限の空間がつくられている‘神の摂理’(1639、拙ブログ06/5/25)とベルニー二の彫刻を見て、バロックのイメージが大きく変わった。それまではバロックというとルーベンスの絵を思い浮かべるだけだったが、今ではベルニーニ(1598~1680)の彫刻やコルトーナ(1596~1669)の天井画にみられる演劇性やイリュージョニズムに強く惹かれるようになった。

この盛期バロックの幻覚的な雰囲気に体が包みこまれるのは間違いないと思われるのが‘イエズス会の伝道の寓意’(1694)。手元の美術本をみるだけでも、クーポラ(丸屋根)に描かれているように錯覚する。だが、これはクーポラではなく、そのかわりに描かれた絵。天空のなかに浮いているようにみえる聖母や聖人がどんなだまし絵になっているのか?、とくと見てみたい。これを描いたのはイエズス会士アンドレア・ポッツォ
(1642~1709)。

ポッツォの天井画より前に描かれたのがジェズ聖堂の‘イエスの御名の勝利’
(1679)。ここでもバチッチア(1639~1709)は幻視と法悦が入り混じった宗教画を演劇的に描き、見る者を仰天させる。隣り合わせに立っているジェズ聖堂とサンティニャーツィオ聖堂はカラヴァッジョの絵があるドーリア・パンフィーリ美術館のすぐ近くだから、効率よく鑑賞できそう。

そして、あまり欲張りすぎてもいけないのだが、まだ腰を据えて見てないバロック建築にも足をのばしたい。是非見たいのがベルニーニのライバルだったボロミーニ(1599~1667)が建てたサン・カルロ・アッレ・クワトロ・ファンターネ聖堂。あれやこれやでまた忙しい美術めぐりになりそう。

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2009.03.27

もう一度見たいアムステルダム国立美のレンブラント!

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先週土曜の‘美の巨人たち’(TV東京)でレンブラントの‘夜警’を取り上げていたので、4年前に訪問したアムステルダム国立美術館のことを思い浮かべている。

そのときは館が修復中で、期待していたクリヴェッリの‘マグダラのマリア’にお目にかかれず楽しみも中くらいだったが、工事はもう終了したのだろうか?次回のオランダ旅行のプライオリティはほかと比べて今のところ高くない。でも、大好きなレンブラント
(1606~1669)の作品は何度みてもいいから、またアムスヘ行こうという気は勿論ある。で、もう一度見たいレンブラントの絵をリマインドしてみた。

★夜警(上の画像)
★綿物業者組合の理事たち(真ん中)
★ユダヤの花嫁(下)

オランダ旅行帰りに感想を聞くと‘夜警’(1642)がすごくよかったという人が多い。26年前、この絵の前に立ったとき大感激したことは今でもよく覚えているし、05年に再会したときもやはり熱くなった(拙ブログ05/4/10)。これまで西洋画を沢山見てきたが、美術の本に出てくる‘名画中の名画’がそのままうなずけるのはこの‘夜警’とベラスケスの‘ラス・メニーナス’(1656、プラド美、07/3/19)。

そう思わせるのは二つの絵が大きいこともある。‘夜警’は縦3.63m、横4.37mの大作。カラヴァッジョやレンブラントの絵に夢中なのはある事件や出来事の瞬間や人物が光と影の巧みなコントラストにより描かれているから。画面全体が緊張感につつまれ、人物の内面や精神性がみられる絵というのは深く胸を打つ。市民隊が勇ましく出動する瞬間を描いた‘夜警’はオランダの宝というより人類にとっての大事な遺産。本当に見事な絵である。

男の肖像画に対する好みは女性の肖像の半分くらいだが、レンブラントだけは例外。何点もある自画像をはじめ魅了される作品がいくつもあり、1662年に制作された真ん中の集団肖像画は大変気に入っている。‘ユダヤの花嫁’(1667)は安定感のある三角形構図と絵の具が厚く塗られた男の袖に目が釘付けになる。

05年のときは‘使途パウロとしての自画像’が展示してなかった。最初の訪問では‘夜警’だけに関心がいっていたから、この絵の記憶がうすい。で、もう一度仕切り直しのつもりで楽しみにしていたが、叶わなかった。ゴッホ狂としては一度は見ておかなければいけないクレラー=ミューラー美も残っているので、やはりもう一回オランダへ行くことになりそう。

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2009.03.26

ブレラ美術館のカラヴァッジョ展

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つい最近、ミラノにあるブレラ美術館(上の画像)でカラヴァッジョ特別展が開かれていることを知った。HPをみると1/18に開幕しており、3/29に終了する。作品はもっと多くあるのかと思ったが、次の4点のみだった。

★エマオの晩餐:ロンドン、ナショナルギャラリー(拙ブログ08/2/6
★エマオの晩餐 : ブレラ美(真ん中の画像)
★果物かごを持つ少年 : ローマ、ボルゲーゼ美(下)
★合奏 : NY,メトロポリタン美(08/5/7

06年に訪問したブレラ美が開館したのは1809年。今年がちょうど200周年にあたるので、これを記念して、1年間に7つの展覧会が企画されている。その第一弾がカラヴァッジョ展。秋には‘クリヴェッリ展’(10/15~10/2/5)が行われる。これは見たい展覧会だが、残念ながら今年はイタリア旅行は無し。

カラヴァッジョ(1571~1610)の‘エマオの晩餐’はマンテーニャの‘死せるキリスト’(06/5/2)やラファエロの‘マリアの結婚’などとともに美術館自慢の名画。ナショナルギャラリーにある同名の絵(1601~02年)から4、5年あとに描かれている。

より暗い画面と左からさしこむ光と影の強いコントラストからはキリストの深い精神性とまわりにいる男たちの緊張した表情がよく伝わってくる。いつかまた、この絵の前に立ちたい。

‘果物かごを持つ少年’は01年12月から02年の2月にかけて岡崎市美術博物館で開かれた‘カラヴァッジョ展’で展示された。また、‘合奏’は昨年、METで再会したから記憶に新しい。

カラヴァッジョが描く果物のリアルな質感にはまったく驚かされる。この絵同様、視線が釘付けになるのが‘病めるバッカス’(ボルゲーゼ美)やミラノのアンブロジアーナ絵画館にある‘果物かご’(06/5/3)。

どうしてこんなに上手にブドウが描けるのか?!本当に目の前にブドウがあるみたい。真にカラヴァッジョの画力はとびぬけている。アンブロジーナ美にいる時間はそれほどとれなかったが、何はさておいても‘果物かご’だけはしっかりみた。一生の思い出である。

来年の春、ローマで2回目のカラヴァッジョの追っかけを計画している。目指す作品は
★悔悛のマグダラのマリア : ドーリア・パンフィーリ美
★エジプト逃避途上の休息 : ドーリア・パンフィーリ美
★女占い師 : カピトリーノ美
★洗礼者ヨハネ : カピトリーノ美
★ゴリアテの首を持つダヴィデ : ボルゲーゼ美
★ユディトとホロフェルネス : バルベリーニ宮国立古代美
★ユピテル、ネプトゥルヌス、プルート : カジノ・ボンコンパーニ・ルドヴィージ

そのあと見たいのはナポリやシチリア島やマルタ島にある絵だが、これは時間がかかりそう。

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2009.03.13

ルーヴル美術館展  ウテワール ルーベンス ベラスケス

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昨年のルーヴル美めぐりでは、事前につくった必見リストに載っている作品を一点々チェックしながら広い館内を精一杯まわった。だから、リスト以外の絵についてはよほどインパクトがある絵でないかぎり、見たとしてもあまり記憶に残ってない。そのなかに日本に帰ってからその存在を知り、惜しいことをしたなと強く思う絵がある。2回目はその絵とプラス2点。

★ウテワールの‘アンドロメダを救うペルセウス’(上の画像)
★ルーベンスの‘ユノに欺かれるイクシオン’(真ん中)
★ベラスケスの‘王女マルガリータの肖像’(下)

ウテワール(1556~1638)の絵を知ったのは、‘ヴィーナス100選’を特集した昨年4月の‘芸術新潮’。ここに驚愕の絵、‘アンドロメダを救うペルセウス’が載っていた。ウテワールはユトレヒト生まれのマニエリストだから、これはオランダ絵画のコーナーに展示れていたはずだが、残念ながらまったく覚えてない。

レンブラントやフェルメールの絵ばかりに神経が集中し、ほかはどんどんパスしていったから、記憶にとどまらなかったのだろう。次回は赤丸つきでリカバリーしようと思っていたら、嬉しいことに作品のほうからわざわざ日本まで追っかけてきてくれた。

まず、びっくりしたのが絵の大きさ。縦1.8m、横1.5mの大作。そして、構成がおもしろい。裸婦図と風景画と静物画の3つを一つの画面におさめたような感じ。視線が釘付けになるのが画面左で右手を上にあげ体を少し捻るポーズをしたアンドロメダ。白い肌に浮かびあがる乳房のまわりの青い血管が心をざわざわさせる。本の図版では青い血管までは確認できないから、200%KOされた。

大きく描かれたアンドロメダの足下には貝殻が沢山おかれており、そのなかにまじってニ体の骸骨がみえる。色で印象深いのは貝殻の内側や海の怪物の皮膚、ペルセウスのまたがる天馬の朱色。アングルなども同じ題材の絵を描いているが、このウテワールの絵に最も惹きつけられる。

ルーヴルには‘マリー・ド・メディシスの生涯’などルーベンス(1577~1640)の有名な絵が沢山ある。それらは過去よく見たので昨年はそれほど熱くならずに見て回ったが、真ん中の絵は飾ってなかった。おそらく普段は展示してないのだろう。はじめてお目にかかる絵だが、ルーベンスらしい量感のある人物描写、裸婦の肌の色に見惚れていた。

左にいる男がイクシオン。ケンタウロスのお父っちゃんで女好きの乱暴者。義父を殺したがユピテルによって罪を清められたというのに、この男はユピテルの妻ユノにまでちょっかいをだす。そこで、ユピテルは雲をユノの姿に変えて、イクシオンのもとへ送り込む。その偽のユノの隣に立っているのが本物のユノで聖獣の孔雀を従えている。二人の顔、姿態はまったく一緒。偽のユノのお腹から生まれてくるのがケンタウロス。

下はベラスケス(1599~1660)のお馴染みの王女マルガリータちゃん。本当に可愛らしい女の子の絵である。これはマルガリータが3歳のころで、ウィーンの美術史美にある‘バラ色のドレスの王女マルガリータ’(拙ブログ08/8/5)によく似ている。白の生地と黒模様のコントラストがすごく印象的。マネはこの色合いに魅せられたにちがいない。

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2009.03.12

ルーヴル美術館展  フェルメール ラ・トゥール ル・ナン兄弟

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上野の国立西洋美で2/28からはじまった‘ルーヴル美術館展ー17世紀ヨーロッパ絵画ー’は6/14まで続くロングラン興行。会期の長さにも驚くが、展示される作品(71点)はそれ以上のサプライズ。よくぞこれだけの名画を揃えてくれたものだと感心する。西洋美に拍手々。一回では書き足りないので、三回アップすることにした。

この展覧会を企画した学芸員には申し訳ないが、3つの切り口、‘黄金の世紀とその影’、‘大航海と科学革命’、‘聖人の世紀における古代文明の遺産’にはあまり関心が無い。だから、取り上げる作品と順番は昨年ルーヴル美術館をまわったときと同じように感動の大きさをもとにしている。まずはお目当ての3点から。

★フェルメールの‘レースを編む女’(上の画像)
★ラ・トゥールの‘大工ヨセフ’(真ん中)
★ル・ナン兄弟の‘農民の家族’(下)

‘レースを編む女’は美術本に載っているイメージで本物と対面すると面食らう。おそらく皆‘ええー、こんなに小さい絵なの!?’という感想をもつのではなかろうか。縦24㎝、横21㎝しかない。でも、小さき絵なのに絵のなかにぐぐっと惹きこまれる。女がレース編みにものすごく集中している感じがよくでているからかもしれない。

右から入ってくる光で女の顔や後ろの壁がやわらかく表現されているのに対し、手前の机におかれたクッションからでている白と赤の糸は異様に粘っこい色をしている。‘信仰の寓意’(メトロポリタン美、拙ブログ08/5/8)では、石の下敷きになり頭や口から血を流している蛇が描かれているが、この鮮烈な赤の糸は蛇の血を連想させる。

‘大工ヨセフ’(08/3/30)と再会できたのが嬉しくてたまらない。蝋燭の炎がキリストの顔とヨセフの額を明るく照らすところを再度夢中になってみた。‘ダイヤのエースを持ついかさま師’(05/3/14)も日本にやってきたから、これでルーヴルが所蔵するラ・トゥール作品7点のなかで人気の高い3点のうち2点が公開されたことになる。すばらしい!残るは‘灯火の前のマグダラのマリア’。気前のいいルーヴルのことだから、いつか展示してくれるだろう。

下のル・ナン兄弟作、‘農民の家族’もぐっとくる絵。昨年の感想記では紹介できなかったが、左に座っている婦人の心を打つまなざしが目に焼き付いている。左奥に目をやると、暗闇のなか暖炉の光がまわりにいる二人の男の子と一人の少女を照らしている。このあたりはラ・トゥールの描き方と似ている。

画面全体の暗い色調は決して楽ではない農民の日常生活をリアルに伝えているが、床に犬や猫がいたり、男の子が立って笛を吹いているのをみるとどこかほっとする。農民風俗画の傑作ではなかろうか。

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2009.02.11

美術に魅せられて! ナルキッソス

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手元にあるギリシア神話関連の美術本で愛読しているものをいくつか紹介したい。

■私のギリシャ神話:阿刀田高(集英社文庫 02年12月)
■西洋絵画の主題物語Ⅱ神話編:監修、諸川春樹(美術出版社 97年5月)
■ふくろうの本ギリシア神話・神々の世界篇:松島道也(河出書房新社、01年5月)
■      〃      ・英雄たちの世界篇:松島&岡部紘三(〃02年3月)
■すぐわかるギリシア・ローマ神話の絵画:監修、千足伸行(東京美術 06年3月)

‘西洋絵画の主題物語の聖書編と神話編’、および‘アートバイブルⅠ・Ⅱ’(日本聖書協会)は宗教画のバイブルみたいなもので、大変重宝している。おそらくキリスト教、ギリシア神話を題材にして描かれた絵で有名なものはほとんど載っていると思われる。昨年、海外の美術館めぐりをしたときは図版をコピーしまくって必見作品リストをつくった。

絵入りの本のほかによく読んでいるのは、
■知のカタログ ギリシア・ローマ神話:マイケル・マクローン(創元社 00年9月)
■ギリシア・ローマ神話ものがたり:エスタン&ラポルト(創元社 92年7月)
■図解雑学 ギリシア神話:監修、豊田和ニ(ナツメ社 02年8月)

拙ブログはスタートして4年を超えているから、ギリシア神話画も結構紹介してきたが、心がけているのは話があまり長くならないようにしていい絵をなるべく沢山共有すること。キューピッドのお次はナルキッソス。とっておきの2点は、

★カラヴァッジョの‘ナルキッソス’ : ローマ、バルベリーニ宮国立古代美(真ん中)
★プッサンの‘エコーとナルキッソス’ : ルーヴル美(下)

カラヴァッジョの回顧展が01年12月、岡崎市美で開催されたとき万難を排して、見に行った。感激の連続だったが、このナルキッソスの絵にも痺れた。これ以上にナルシズムを感じさせる絵はない。だから、ナルシストというとすぐこの絵に描かれている美少年を連想する。

プッサンの絵は昨年、ルーブルでお目にかかった。自分自身にこがれて息絶え、水辺に横たわるナルキッソスの姿がとても悼わしい。頭のそばには水仙がみえ、うしろの岩には木霊となったエコーがじっとナルキッソスを眺めている。

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2009.01.08

もっと見たい珠玉の女性画!

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拙ブログをみられている方はすでにお気づきのように、取り上げる西洋絵画の多くは女性を描いたもの。最近は男性のいい肖像画も紹介するようにしているが、やはり女性画の傑作が頭から離れない。本日の作品は追っかけ女性画のなかで、いつも熱い視線を送っている珠玉の3点。

★フェルメールの‘真珠の首飾りの女’: ベルリン国立美(上の画像)
★エル・グレコの‘毛皮の襟巻をまとう婦人’: グラスゴー、ポロック・ハウス(真ん中)
★ゲインズバラの‘デボンシャー公爵夫人ジョルジアーナ’: デボンシャー公爵家(下)

これまで見たフェルメール作品31点(全37点のうち)のなかで、ぞっこん惚れているのは‘青いターバンの少女’(マウリッツハイス美、07/10/6)、‘士官と笑う女’(フリックコレクション、08/5/22)、そしてまだ見てない‘真珠の首飾りの女’(ベルリン国立美)の3人。

ちなみにほかの未見作品は‘取り持ち女’(ドレスデン国立絵画館)、‘ぶどう酒のグラス’(国立ベルリン美)、‘音楽の稽古’(イギリス王室コレクション)、‘ギターを弾く女’(ケンウッドハウス)、‘合奏’(ボストン、ガードナー美)。盗難されて現在行方不明の‘合奏’ははずして、5点のなかのファーストプライオリティはなんといっても‘真珠の首飾りの女’。

全点をコンプリートに鑑賞されたTakさんにならいたい気持ちもあるが、これはまだまだ先のことになりそう。とりあえずの鑑賞プランは、ベルリン美の2点、次にイギリスにある2点、最後にドレスデンの1点。‘取り持ち女’は一番縁がなさそう。というのも、何年か前に訪問したドレスデン美を再訪することは200%ないから、日本にやって来てくれなければ無理。

ベルリンは一度行ったことがあるが、そのときはペルガモン博物館だけで、絵画を見る時間がなかった。予定としては、ここ数年のうちに再度ベルリンに行き、ルネサンス、バロック、印象派、近・現代絵画の名品を見ることを夢見ている。そのど真ん中に‘真珠の首飾りの女’があることは言うまでもない。

グレコの婦人の絵をはじめて見たとき、とても驚いた。幻想的な宗教画をすぐイメージさせるグレコがこんなすばらしい女性の肖像画を描いていたの?しかもすごい美形!これを所蔵しているのはグラスゴーのポロックハウス。見たい度の強い絵ではあるが、ドレスデン同様グラスゴーへ旅行することはないだろうから、この絵も図版をながめ続けることになりそう。もちろん望みをすててはいないが。

下の女性はまさに絶世の美女!ゲインズバラの描く肖像画はナショナルギャラリーやフリックコレクションで沢山みたが、それほど惹かれてない。でも、この絵だけは別。なんとしても対面したい。アダム・ワースという名うての強盗が25年もそばに置いていたというが、その気持ちはわかりすぎるくらいわかる。

いい女性画を見ていると、心がゆるゆるになる。そして、ミューズに‘いつか会わせてく下さい!’と祈っている。

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2009.01.07

美術に魅せられて! お気に入り西洋風俗画

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来月28日から上野の西洋美ではじまる‘ルーヴル美展ー17世紀ヨーロッパ絵画’を心待ちにしている。過去、西洋美で開かれたビッグな展覧会は‘エル・グレコ展’(86年)、‘ジャポニスム展’(88年)、‘バーンズ・コレクション展’(94年)、‘ウィンスロップ・コレクション展’(02年)、‘マティス展’(04年)、‘ラ・トゥール展’(05年)、‘コロー展’(08年)。

今年の‘ルーヴル展’は作品の質の高さからいえばこれらと遜色ないエポック的な展覧会。昨年現地で感動した名画がいくつも含まれており、その感動が一年も経たないのにリフレインされるのである。これほど嬉しいことはない。

とりわけ今から胸が高鳴るのがラ・トゥールの‘大工ヨセフ’(拙ブログ08/3/30)。チラシで大きく扱われているのはフェルメールの‘レースを編む女’とレンブラントの‘縁なし帽をかぶり、金の鎖をつけた自画像’。だが、今回の2枚看板は‘レースを編む女’と‘大工ヨセフ’。多くの人が夢中になってみるのではなかろうか。

昨年の海外美術館めぐりで思いの丈が果たせたラ・トゥールに200%のめり込んでいる。感想記で取り上げたのは‘夜の情景’(08/5/7)だったが、これと同じくらい魅せられているのが‘昼の情景’の風俗画。で、お気に入りの風俗画をカラヴァッジョ作品とあわせて紹介したい。

★ラ・トゥールの‘ダイヤのエースを持ついかさま師’: ルーヴル(上の画像)
★ラ・トゥールの‘女占い師’: メトロポリタン(真ん中)
★カラヴァッジョの‘いかさま師’: フォートワース(アメリカ)、キンベル美(下)

西洋美の回顧展(05/3/14)にも出品された‘いかさま師’は本当に魅力いっぱいの絵。釘付けになるのが目ん玉を端によせてやぶにらみに左のいかさま師を見る中央の女。こういう目つきをする女性は映画とか芝居でみるだけでなく、日常生活でもでくわすことがあるから、絵の中に入っていきやすい。ちょっと離れてこの緊張感の漂う場面を見ている感じ。

真ん中の‘女占い師’とは残念ながら再会できなかったので割愛したが、この絵も大変気に入っている。視線は女のような顔をした若い男に集まるが、すぐ横のしわくちゃ顔の老女に移り、しばらくこの存在感抜群の占い婆さんばかり眺めることになる。だから、はじめてみたときは、占いをしてもらっている男をとりかこむ女(女占い師の共犯)がポケットに手を突っ込んで盗みを働こうとしていることに気づかなかった。

下はいかさま師を最初に描いたカラヴァッジョの作品。カラヴァッジョの絵を全点目の中におさめるのが夢だが、これはほかの追っかけ西洋画をふくめて見たい度では一番の絵。図版をみているだけでも、すごく惹きつけられる。カラヴァッジョ通の花耀亭さんは現地でみられたそうだが、羨ましいかぎり。

キンベル美はルーヴルにあるラ・トゥールの‘いかさま師’と構図が同じで、これより少し前に描かれた‘クラブのエースを持ついかさま師’も所蔵している。この2点が日本にやってくることはまずないから、テキサスのフォートワースまで足を運ばないと見れない。

フィラデルフィア美の次はこことか、LAのポール・ゲッテイ美、ロサンゼルス群立美をまわりたいのだが。そろそろラフな訪問計画でもつくってみようかと思っている。

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2008.12.29

08年感動の美術鑑賞プレイバック! ルーヴル

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例年、元旦に国内の美術館で開催される展覧会情報を載せているが、来年の2月28日から国立西洋美で‘ルーヴル美展ー17世紀ヨーロッパ絵画’がはじまる。出品作71点がずらっとでているチラシをみると、現地で足がとまった名画がいくつも含まれているから、展覧会としてはかなり楽しめそう。

目玉はまたまたフェルメールで、人気の‘レースを編む女’。感想記でとりあげたものも3点ある。ラ・トゥールの‘大工ヨセフ’(3/30)、ダイクの‘パラティナ選挙侯たちの肖像’(3/29)とクロード・ロランの‘クリュセイスを父親のもとに返すオデュッセウス’(3/31)。‘レースを編む女’同様、多くの視線を集めそうなのが‘大工ヨセフ’。これがまた見れるのは嬉しい限り。

ほかで、注目の作品はプッサンの‘川から救われるモーセ’、ル・ナン兄弟の‘農民の家族’。パリに行かないで、これほどの名画が鑑賞できるのだから有難い。同じ時期、国立新美でもルーヴルの工芸品が展示されるが、景気の悪化で節約志向が強くなっているから、こちらはパスされる?

話が少し横にそれるが、来年の展覧会環境は大変厳しいのではないかと思っている。一般的にいって、1400円の観覧料を数の多さで納得させるような企画展には人が集まらないことは目に見えている。展示内容は厳しくチェックされるはずだから、海外からやってくる西洋絵画の場合だと、いつも言っているが画集に載っているような作品が最低3点くらいないとダメだと思う。

それが見せられない展覧会だと話題にならず、その結果、多くの人を集める美術館と人がさっぱり入らない美術館の二極化現象が進む。来年はこういう傾向が一層強まるような気がする。

ルーヴルで是非取り上げておきたい感動の名画は次の3つ。
★カルパッチオの‘エルサレムでの聖ステパノの説教’(上の画像)
★レンブラントの‘バテシバ’(真ん中)
★ドラクロアの‘民衆を導く自由の女神’(下)

ナショナルギャラリーにあったジョルダーノの‘ペルセウス’と同じくらいのサプライズだったのが、カルパッチオ(1455~1525)の聖人画。このヴェネツィア生まれの画家の作品はミラノのブレラ美やヴェネツィアのアカデミア美で見た経験はあるが、それほど強く印象に残ってない。

でも、‘聖ステパノの説教’には200%参った! 明るい色調とエルサレムの町を広々ととらえる画面構成におもわず惹きこまれる。前景に説教をする聖ステパノとそれを取り囲む人々を大きく描き、その向こうに小さく人物を配し、空間の広がりをつくっている。聖ステパノはユダヤ教の律法をおかしたとされ、人々に町から連れ出され石打ちの刑で殉教した。

‘バテシバ’はルーヴルにあるレンブラント(1606~1669)作品では一番印象深い。その気持ちは最初にここで見てからずっと変わってない。美しい顔と豊満な肉体をもったバテシバは聖書にでてくる女性という感じではなく、レンブラントと同時代を生きた女性そのもの。

バテシバのまわりは闇につつまれ、彼女の足を手入れしている年老いた女性が左下にみえるだけ。自然と視線が集中するのが左からの光が照らし出すバテシバの滑らかな肌。この絵が目に焼きついているのはバテシバが顔を横向きにしているからかもしれない。

ルーヴルの定番、ドラクロア(1798~1863)の‘自由の女神’はじっとながめているとだんだん気分が高揚してくる。革命の熱気がひしひしと感じられる人物の動感描写と女神がもつ旗の目の覚める赤と青のコントラストが心を揺すぶる。そして、あのフランス国歌♪♪が聞こえてきた。

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2008.12.15

08年感動の美術鑑賞プレイバック! ナショナル・ギャラリーⅠ 

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2月~5月にかけて、拙ブログは海外の美術館めぐりの感想記を書き続けた。取り上げた作品は全部で217点にもなるので、ナショナルギャラリー、ルーヴル、メトロポロタンなどブランド美術館の誇る自慢の名画をかなり紹介できたのではないかと思っている。

でも、これらの美術館にある絵画の数は膨大だから、いい絵はまだまだ沢山ある。で、このプレイバック!では紹介したいのに他の画家との関係で割愛せざるをえなかった作品に光を当てることにした。予算づくりでいうと復活折衝みたいなもの。まずは、ロンドンのナショナルギャラリーから。

こういうビッグな美術館を訪問すると感動の名画にいくつも遭遇するが、そのサプライズの仕方にはいろいろある。ひとつは、館の図録や画集、美術本から画像をコピーし、絵の雰囲気を頭に入れた上で鑑賞したのだが、実際の絵は期待値以上に色が輝いていたとか、描写が精緻だったとか、また、ものすごく大きい絵だったような場合(仮にこれをAタイプとする)。もうひとつは、事前には絵の情報が全くなく、絵の前でそのすばらしさにびっくり仰天するケース(Bタイプ)。

この美術館のサプライズは次の3点。
★プッサンの‘黄金の子牛の礼拝’(上の画像)
★ジョルダーノの‘ピネウスとその一味を石に変えるペルセウス’(真ん中)
★シャヴァンヌの‘洗礼者聖ヨハネの斬首’(下)

Aタイプがプッサンとジョルダーノの絵で、シャヴァンヌはBタイプ。ニコラ・プッサン
(1594~1665)は今年の海外美術館巡りで収穫の多かった画家のひとり。ロンドンナショナルギャラリー、ルーヴル、ワシントンナショナルギャラリー、メトロポリタンと行く先々で画集に載っている名画が待ち受けてくれた。嬉しいことにMETではプッサン展という想定外のオマケまであった。

ナショナルギャラリーにはこの絵のほかに‘パンの勝利’や‘モーセの発見’もある。聖書の物語や神話を題材にした作品をプッサンは数多く描いた。この‘黄金の子牛の礼拝’は旧約聖書の‘出エジプト記’の物語を絵画化したもの。チャールトン・ヘストンがモーセを演じた映画「十戒」で人々が黄金の子牛を偶像化して狂乱的に踊っているシーンが目に焼きついているので、この絵にすぐ入り込めた。誇張された身振りやティツィアーノの絵を思い起こさせる鮮やかな色彩が目を釘付けにさせる。

ルカ・ジョルダーノ(1634~1705)の絵はほかの美術館でも見た経験はあり、また、この絵も事前にコピーして必見リストに張り付けていたが、特別期待値が高かったわけではない。が、絵の大きさと緊迫感のある画面に度肝を抜かれた。これはこの美術館で最大の神話画であり、縦2.75m、横3.65mある。

‘ジョルダーノにこんなすごい絵があったの!’という感じで、ジョルダーノをいっぺんに見直した。ちょうど、小学校の生徒たちが見学中で、先生が熱心に解説していた。以前2回もここを訪れているのにこの大作を見逃していたとは。自分が情けなくなった。

バロック絵画の特徴であるかちっとした構図、明暗の対比、リアルな動感描写が本当に見事!これは一生の思い出になる。真ん中に描かれているのがメデューサの首。英雄ペルセウスは顔をそむけながらこの首を持ち、敵方の左端にいるピネウスや部下たちのほうに向けている。どうして、ペルセウスは目をそむけているのか?これは見てはダメなの。この首に見られたら最後、すぐ石になってしまう。

水戸黄門漫遊記の助さん、格さんのように‘この印籠が目に入らぬか!’とカッコよくきめられないが、メデューサの首は抜群の魔力をもっているのである。ペルセウスと結婚披露宴の真っ最中だったアンドロメダは怒号と悲鳴が飛び交うなか、後ろのドアのほうへ逃げようとしている。

下のシャヴァンヌ(1824~1898)の絵はまったく知らなかったから、唖然として見ていた。聖ヨハネは首をはねられる寸前。顔を少し横に向け、両手を腰のあたりで左右に広げるポーズと剣を思いっきり後ろにまわし、気持ちを集中している男の姿にすごく惹きつけられる。この絵も忘れることはないだろう。

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2008.09.29

ティツィアーノ、カラヴァッジョ、クールベの官能的すぎる女性画!

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本日取り上げるのは象徴派やクリムト以外の作品で心がざわざわする女性画。大げさに言うとMy究極の官能的女性画。

★ティツィアーノの‘ダナエ’: プラド美(上の画像)
★カラヴァッジョの‘マグダラのマリアの法悦’: ローマ、個人蔵(真ん中)
★クールベの‘眠る女たち’: パリ、プティ・パレ美(下)

西洋の古典絵画を鑑賞していると、ヴィーナスをはじめとする裸婦図に数多く遭遇するが、気持が異常に興奮するようなことはない。でも、ヴェネツィア派の巨匠、ティツィアーノが描いた‘ダナエ’だけは例外で、見てると自然に心拍数が上がる。

プラド美の鑑賞記でも書いたが(拙ブログ07/3/23)、こんな時代によくこれほど官能的に描けたなと感心する。右に醜い老婆がいるからダナエの美しさ、艶っぽさが余計に引き立つ。ルネサンス期に描かれた女性像でエロティシズムを感じさせるのはこの‘ダナエ’とクリヴェリが描く聖女。これが官能女性画の1号ではないかと思っている。

‘マグダラのマリアの法悦’の恍惚とした表情はそれこそ生唾もの。岡崎市美術博物館であった‘カラヴァッジョ展’(01年)におけるこの絵との対面は本当に衝撃的だった。‘カラヴァッジョは凄い、凄すぎる!’と心のなかで何度もつぶやいていた。以来、これを官能女性画のNo.1にしている。

バロック美術には恍惚さではこれと同じくらい心臓がバクバクするのがもう二つある。それはベルニーニの彫刻、‘聖女テレジアの法悦’(05/5/22)と‘福女ルドヴィカ・アルベトーニ’(06/5/18)。

近代のクールベ作品にも官能的すぎる絵があることを1月パリでみた大回顧展で実感した。クノップフやクリムトの描く女性像にもクラクラするが、衣服を着ていたり、図案化された装飾的な文様も一緒に描かれているので、その官能性は神秘的、夢想的なイメージにつつまれている。これに対し、クールベは女性を肌の匂いが感じとれるように写実的に描いているので、すごく近づきやすく、そして見る者を興奮させる。

同性愛を描いた‘眠る女たち’はあけすけに官能的な美術を鑑賞することに熱をあげていたトルコ人パトロン(オスマン・トルコのパリ駐在大使)の依頼によるもの。‘女とオウム’(メトロポリタン、2/23)もかなりエロティックだが、‘眠る女たちは’はもっと激しい。

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2008.08.06

期待のフェルメール展!

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東京都美で期待の“フェルメール展”(8/2~12/14)を見た。会期を超ロングの4ヶ月にしたのは、フェルメールの高い人気を想定してのことだろう。フェルメールが大好きな方なら、全国から万難を排して上野に駆けつけるだろうが、新幹線を使えばさっと東京に来れる近畿、東海、長野、新潟、東北からも多くの方が上京されるのではなかろうか。

また、近隣のアジアでは韓国や台湾や中国の北京とか上海の美術ファン、シドニー、メルボルンにいるオーストラリア人、アメリカのLAやサンフランシスコにいる人たちも東京に押し寄せるのではないかと勝手に想像している。

フェルメールの作品が一度に7点も見られるのは滅多にないこと。それにしても、日本は美術大国。2000年にも大阪市立美で開催された特別展に“青いターバンの少女”(拙ブログ07/10/6)、“天秤を持つ女”(4/13)、“地理学者”、“リュートを調弦する女”、“聖プラクセディス”の5点が展示され、すごいフェルメール人気だったが、今回はこれを上回る7点の公開。昨年の“牛乳を注ぐ女”に続いての7点だからまったくすごい。

2階に飾ってあるのは、“マルタとマリアの家のキリスト”(上の画像)、“ディアナとニンフたち”、“小路”、“ワイングラスを持つ娘”、“リュートを調弦する女”、“手紙を書く婦人と召使”、“ヴァージナルの前に座る若い女”。開幕直前に、“絵画芸術”(ウィーン美術史美)がドタキャンになり、ダブリンにあるアイルランド・ナショナル・ギャラリーが所蔵する“手紙を書く婦人と召使”に替わった。

“絵画芸術”との対面を楽しみにされていた方には申し訳ないが、この変更は嬉しいニュースだった。4回みている“絵画芸術”よりは未見の“手紙を書く”のほうが断然有難い。フェルメールが好きといってもダブリンまでは追っかけられない。

目に力が入るのは初見の作品。初期の宗教画“マルタとマリアの家のキリスト”(スコットランド・ナショナル・ギャラリー)はカラヴァッジョの“エマオの晩餐”(2/6)のようにキリストが手を大きく広げるポーズがみられるので、以前からいつかお目にかかりたいと思っていた絵。ようやく夢が叶えられた。

キリスト、下で肘をつくマリア、パン籠をもっているマルタの三人の位置関係がまことに絶妙で人間味にあふれている。キリストの話をじっと聞いているマリアの明るい赤の衣装と顔の目の前にあるキリストのやけに大きな手がとても印象的。

真ん中の“ワイングラスを持つ娘”(アントン・ウルリッヒ美)は図版でこちらのほうをみて笑っている娘にとても惹かれていた。が、笑顔は期待通りだったが、顔や手の描き方があまりていねいではない。さらに、いつも居なくなってほしいと思っている男が二人もいるので、トータルの好みとしてはフリックコレクションの“士官と笑う女”(5/22)の半分くらいだった。

下の“手紙を書く婦人と召使”は緑のカーテンの陰影とか手紙を書いている女主人の白い服や顔のはっきりした描き方をみると、窓から差し込む光がちょっと強すぎる感じ。これと較べると“天秤を持つ女”や“水差しを持つ女”(5/8)にみられる光の量は少なくてやわらかい。

“ヴァージナルの前に座る若い女”の率直な印象は“ええー、こんな小さい絵だったの!”ロンドンナショナルギャラリーで久しぶりにみた“ヴァージナルの前に座る女”と同じくらいの大きさを想像していたから、勝手が違った。メトロポリタン美蔵の“リュートを調弦する女”は前にも書いたが、どうも苦手。だから、さらっとみて終わり。

再会した“小路”(アムステルダム国立美)の見どころは何といっても赤茶色の煉瓦の質感と明るい雲!しばらくいい気もちでこの風景画をみていた。

今回の鑑賞でこれまで見たフェルメール作品は37点のうち、31点になった。ボストンのガードナー美にある“合奏”は盗難中だから、残りは5点。今年中にもう2点みれるかもしれない。フェルメールとのお付き合いはまだまだ終わらない。

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2008.08.05

ベラスケスの王女マルガリータ

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東京都美ではじまった“フェルメール展”に多くの美術ファンは夢中だろうが、国立新美にもすごくいい絵が現在展示されている。それは“ウィーン美術史美蔵 静物画の秘密展”(7/2~9/15)に特別出品されたベラスケスの“バラ色のドレスの王女マルガリータ”(上の画像、3歳のとき)。

この絵は現地で見たから、展覧会はパスにしているのだが、先週の“美の巨人たち”が取り上げてくれたのでTV画面で再会することになった。下の“青いドレスの王女マルガリータ”(8歳)は過去2回、日本にやってきたように記憶している。そのとき、“なぜこの絵はよく日本にくるのかな?”と思っていたら、ちょうど5年前ウィーン美術史美を再訪したとき、その理由がわかった。

ここにはベラスケスがマルガリータの成長にあわせて描いた3枚の肖像画がある。3歳のとき、5歳(白いドレスの王女マルガリータ、真ん中)、8歳のとき。館の図録に載っているのは“バラ色のドレス”と“青いドレス”と王女の弟を描いた“フェリーぺ王子”。図版の大きさで現地での人気度がわかる。“バラ色のドレス”は頁いっぱいの図版なのに対し、“青いドレス”はその三分の一。

われわれは“青いドレス”のほうを日本でよく見かけるから、てっきり現地での人気もこれが一番かと思っていたが、その逆だった。“バラ色のドレス”が皆のお目当ての絵だから、これが飾ってないと入館者のクレームが怖い。で、“青いドレス”が日本出張要員ということになる。だから、今回、“バラ色のドレス”が出品されることがわかったとき、よくぞ貸し出してくれたなと思った。ちなみに、TASCHENの“ベラスケス”に載っているのも“バラ色のドレス”。

3歳のマルガリータは顔がふっくらとしてお人形さんみたいに可愛い。今でもしっかり目に焼きつけているのがドレスの色合い。地のうす灰色に施されたバラ色の模様がぴったり合っている。真ん中の5歳のマルガリータは“ラス・メニーナス”(拙ブログ07/3/19)と同じ顔立ち。目がパッチリして、活発なお譲ちゃんいう感じ。

マルガリータも8歳になると、銀糸で縁取りされたスカートを着ていることもあり、王女らしい姿になっている。ベラスケスはこの“青いドレス”を描いた一年後に亡くなるが、もしマルガリータが15歳でウィーンのレオポルト一世のもとに嫁ぐまで生きていたら、あと数点描いていたかもしれない。

ベラスケスの傑作、“バラ色のドレスの王女マルガリータ”をまだ見られてない方はこの絶好の機会をお見逃しなく!

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2008.05.22

その三 フェルメール

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フリック・コレクションを訪問する人が年間どのくらいいるのかデータ的なことはわからないのだが、フェルメール(1632~1675)の絵を目当てにやってくる人が結構多いのではなかろうか。メトロポリタンが5点(拙ブログ5/8)所蔵していることだってすごいが、美術館の規模ではメトロポリタンの何十分の一のこの邸宅に3点もあるのだから驚き。フリックの高い鑑識眼にはまったく恐れ入る。

上は“仕官と笑う女”。フェルメールは女性のいろいろな表情を描いている。多いのはじっとこちらを見ているところを描いたもの。“青いターバンの少女”(07/10/6)や下の“中断された音楽の稽古”など8点ある。この絵の女性は笑っている。この笑顔がすばらしい。女性画を沢山みてきたが、笑っている女性で200%惚れているのはこの絵とルノワールが描いた“田舎の踊り”(2/18)、“女優ジャンヌ・サマリの肖像”(エルミタージュ美)。

フェルメールの絵のなかにはもう一枚、女が笑っているようにみえるのがある。まだお目にかかってないが“青いターバンの少女”と同じくらい魅せられている“真珠の首飾りの女”(ベルリン国立美)。フェルメールに対する好感度がすごく高いのはこの親しみを覚える3枚の絵があるから。

真ん中の“婦人と召使”も好きな絵。フェルメールの絵には女主人と召使が登場する絵が3点あるが、これが一番気に入っている。召使の“奥様、手紙が届いているのですが。。”という声が聞こえてくるよう。これは舞台で演じられる芝居の一場面を見ている感覚に近い。

こういう絵をみると、フェルメールの描く風俗画はほかのオランダ人画家のものとはまったく別物だなと思う。写実的で現実らしい絵ではあるが、単なる風俗画とちがい、演出のテイストも効いているから、こちらもいろいろイメージをふくらませて見てしまう。女主人にとってこの手紙は特別の意味を持っているのだろうか?とか。

Myカラーが黄色&緑であるということもこの絵に近づけている。白い毛皮の縁取りがついた黄色の上着が目に心地いい。これとまったくデザインが同じベビー服のような上着を“真珠の首飾りの女”と“手紙を書く女”(ワシントンナショナルギャラリー)も着ている。

下の“中断された音楽の稽古”は“ワイングラスを持つ娘”(ヘルツォーク・アントン・ウルリッヒ美)と“ぶどう酒のグラス”(ベルリン国立美)と構成がよく似た絵。ころらを振り向く女性の目が気になって、楽譜を覗き込んでいる教師の存在はうすい。

フェルメールの全作品を通じていえることだが、描かれた男に目をとめることはほとんどない。できることなら居なくなって欲しいといつも思っているから、この絵でも女性のまなざしと窓から差し込むやわらかい光だけをみている。

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2008.05.21

その二 ホルバイン  ブロンツィーノ  レンブラント

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ここに飾られている絵画はコローやコンスタブル、ターナーが描いた風景画もあるが、大半が聖人、王、貴族、歴史上の人物などを描いた肖像画や人物画。自分の邸宅に飾って毎日ながめていたい絵となると、やはり肖像画なのであろう。昨日紹介したグレコの“聖ヒエロニムス”とベリーニの“聖フランチェスカ”は広間で向かい合う形で壁にかけられている。

その“聖ヒエロニムス”の両隣の暖炉にかかっているのがホルバイン(1497~1543)の描いた上の“トマス・モア”と“トーマス・クロムウェル”。16世紀のころのイギリスにタイムスリップして、屋敷で二人と対面しているみたい。悪役面のトーマス・クロムウェルより無精ひげを生やしているトマス・モアを見ている時間のほうが長い。

ずっしり重みのある顔つきに緊張させられるが、なめらかな質感が見事に描かれたベルベットの袖に目が点になる。ホルバインの力量はとにかくすごい!ロンドンのナショナルギャラリーにあった“大使たち”(拙ブログ2/5)同様、言葉を失う。ダリが描いた“リチャード3世”(06/10/2)を見るといつも思い出すこの絵との再会をこころゆくまで楽しんだ。

この“トマス・モア”と同じくらい魅了されるのが真ん中のブロンツィーノ(1503~
1572)の“ロドヴィコ・カッポーニ”。これは前回見逃したか、見たのに当時は関心がうすいため忘れたためか、記憶にまったくない。だが、今はマニエリスム絵画のなかではブロンツィーノはパルミジャニーノとともにかなり心が傾いている。だから、これとメトロポリタンにある“若い貴族の肖像”と対面するのを楽しみにしていた。

目を奪われるのが気品のある顔と女性のようなきれいな手、そして細部まで丁寧に描かれた黒い上着のひだや後ろの深緑色の布のドレープ。“若い貴族の肖像”にすごく惹きこまれたが、この肖像画の前でも思わず立ち尽くした。ブロンツィーノが描いた女性の肖像画で最も気に入っているのはウフィツィ美術館にある“ルクレツィア・パンチアティキの肖像”だが、男性を描いたものはこの2点がとびぬけていい。

レンブラント(1606~1669)は3点あった。いずれも画集に掲載されている有名な絵。下の“ニコラース・リュッツの肖像”、“自画像(52歳)”(07/1/28)、“ポーランド人の騎手”。レンブラントが25歳のとき描いたのが貿易商のニコラース・リュッツ。

こちらにまっすぐにむけられた眼差しには生気があり、仕事熱心で真面目な人柄がそのままでている感じ。手紙を差し出す動きのあるポーズもこの存在感に富んだ肖像画をより魅力的なものにしている。レンブラントは若くしてもう巨匠の風格を感じさせるこんなすごい絵を描いていた。やはり、大きな画家である。

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2008.05.08

その六 NYでフェルメール三昧!

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フェルメール(1632~1675)の絵が飾ってある部屋で面白い光景に出くわした。日本の若い女性モデルが絵の前でポーズをとり写真撮影をしているのである。いずれ何かの雑誌に載るのだろうが、あらためてフェルメール人気の高さを見せつけられた感じ。

ここにある5点は大きさでいうと、ワシントン・ナショナルギャラリーの4点(拙ブログ4/13)と同じような小さな絵が3点、上の“窓辺で水差しを持つ女”、“リュートを調弦する女”、“少女”。そして、真ん中の“眠る女”はこれらの倍くらいの大きさ。下の“信仰の寓意”はフェルメールの風俗画では例外的に大きく、“絵画芸術”(ウィーン美術史美術館)とあまりかわらない。

今回の絵は好きな順に並べてあるが、“水差しを持つ女”に対する熱い気持ちは“眠る女”の3倍くらいある。この絵は18年前はじめてここを訪れ帰りがけに購入した図録(英文)の表紙に使われているから、図版を見た回数はフェルメール作品のなかでは最愛の“青いターバンの少女”(07/10/6)とともに一番多い。

心に強く響くのが右手で窓枠を、左手で水差しの把っ手をつかんだ動きのあるポーズと女性の清楚なイメージを掻き立てる白いかぶりもの。女性の立つ位置、テーブル、後ろの壁に掛けられた地図の配置はよく考えられており、そのフェルメールならではの巧みな構成には心底魅せられる。窓から部屋の中に入ってくる朝の明るい日差しは、部屋全体をやわらかくつつみこみ、静謐な静物画をみているよう。こうしたオランダの家庭の素朴で静かな情景をみていると本当に心が落ち着く。

真ん中の“眠る女”は頬杖をついて居眠りをしている女性の姿がすごく目に焼きつく。これはフェルメールが描いた最初の風俗画。光がさしこむ窓はないが、静かな雰囲気はこれ以降の作品とまったく同じ。カラヴァッジョやラ・トゥールが描いた“女占い師”、“いかさま師”のような風俗画は見る者がすっと絵の中に入っていけ、描かれた人物を笑ったり、あるいはその行為に眉をひそめたりすることが多い。

だが、フェルメールの描く風俗画にはざわざわした喧騒とかユーモラスなところが消え、ほのかな光に照らし出された室内で女たちが眠っていたり、牛乳を注いでいたり、手紙を読んだり、楽器を演奏したりするところが描かれている。フェルメールの絵は前のめりになってみるものではなく、心を鎮めていつもよりは一歩さがってみるくらいがちょうどいいかもしれない。

下の“信仰の寓意”のなかにはいろいろな寓意的表現が散りばめられている。画面の手前、石の下敷きになって床に血を流している蛇を見て瞬間的に思い浮かべたのはカラヴァッジョが描いた“蛇の聖母”(ボルゲーゼ美術館)。胴体の曲がり具合がよく似ている。女性がとっている地球儀の上に足をのせ、胸に手を当てるポーズは“信仰”を表しているが、この女性の顔がどうも苦手。

苦手と言えば“少女”も何度みてもダメ。少女というよりはお婆さんの顔。この絵と“リュートを調弦する女”の前ではいつも、普通の人の何倍ものスピードで年をとるというあのアメリカの少年が襲われた難病を連想するので、あまりながく見ないことにしている。

フリックコレクションにあるフェルメールもすばらしいのでいずれ紹介するつもり。NYは本当にフェルメールが楽しめる街である。I LOVE NY!

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2008.05.07

その五 カラヴァッジョ  ラ・トゥール  レンブラント

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日本では今、伊藤若冲が大ブレイクしているが、欧米ではカラヴァッジョ、フェルメール、ラ・トゥールが高い人気を誇っている。3人の現存する作品はあまり多くないから、愛好家にとっては作品を所蔵している美術館は聖地みたいなもの。

ヨーロッパとアメリカにあるブランド美術館をこの3画家の作品で評価してみると、メトロポリタンとルーヴルには高い点数がつく。メトロポリタンはカラヴァッジョ2点、ラ・トゥール2点、フェルメール5点。ルーヴルはカラヴァッジョ3点、ラ・トゥール7点、フェルメール2点。

これに対し、ロンドンのナショナルギャラリーはカラヴァッジョを3点、フェルメールを2点もっているが、ラ・トゥールはない。また、ワシントンのナショナルギャラリーにはフェルメール4点、ラ・トゥール1点あるが、カラヴァッジョはなし。ボストン、シカゴは3人に関してはまったく所蔵してない。

前回ここを訪問したときはカラヴァッジョ(1571~1610)には目覚めてなかったから、上の“合奏”や隣に飾ってある“リュート弾き”はまったく記憶が無い。だが、このたびは再接近してみた。“合奏”ではリュートを弾いている色白の少年の顔がピンク色に染まっているのが強く印象に残る。葡萄や楽器、楽譜の写実的な描写に釘付けになるが、リュートを弾いている少年と右にいる二人がくっつきすぎてる感じ。3つの頭の並び具合がどうも窮屈。真ん中でこちらをみているのはカラヴァッジョ自身。

リュートを弾く若い歌手を描いた絵はエルミタージュ美術館にもあるが、先に描かれたエルミタージュのほうがかなりいい。カラヴァッジョの24歳のころ制作した風俗画のなかでお気に入りはエルミタージュの“リュート弾き”、ロンドンナショナルギャラリーにある“トカゲに噛まれた少年”、そしてテキサス・フォートワース、キンベル美術館が所蔵する“いかさま師”。次のターゲットは画集でみてもすごく魅了される“いかさま師”。なんとしてもこの絵を見てみたい!

ここにあるラ・トゥール(1593~1652)2点は全作品のなかでも上位にはいる傑作。真ん中の“ふたつの炎のあるマグダラのマリア”と“女占い師”。“女占い師”は前回見たのをどういうわけかよく覚えていて、再会を楽しみにしていたのだが、残念なことに展示されてなかった。人気の高い作品だから引っ張りだこなのだろう。

“マグダラのマリア”に描かれているろうそくは鏡に映っているので二本あるようにみえる。ルーヴルのマリア(拙ブログ3/30)やワシントンナショナルギャラリーのマリア(4/13)が手で頬づえをついているの対し、こちらは両手を組んで髑髏の上においている。ろうそくの横にある真珠の見事な質感描写とろうそくの光に照らされ闇の中に浮かび上がるマリアの美しい横顔と上半身を息を呑んでみた。

ロサンゼルスへはまだ行ったことがないのだが、カウンティ・ミュージアムには“ゆれる炎のあるマグダラのマリア”があるから、いつかこれも目の中にいれようと思う。

大きな美術館はどこもレンブラント(1606~1669)の質の高い名作をいくつももっており、ここには35点ある。必見リストに下の“ホメロスの胸像を眺めるアリストテレス”、“フローラの姿のヘンドリッキェ”、“自画像(53歳)”、“沐浴のパテシバ”など8点をコピーしていたが、その倍の15点みることができた。

二重丸をつけていたのが“アリストテレス”。期待通り、迫力満点の肖像画だった。右の肩からかけている金鎖はアレクサンドロス大王の家庭教師だったアリストテレスが大王から貰ったもの。ゴールド、青、シルバーで描写されたこの鎖の質感と豪奢な衣服の袖に目を奪われる。肖像画の名手、レンブラントに惚れ直した。

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2008.04.13

その四 ラ・トゥール  フェルメール  レンブラント

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この美術館めぐりツアーは今、展覧会が開催されたらいつも大勢の人が押し寄せる超人気の画家、カラヴァッジョ、ラ・トゥール、フェルメールが好きな方にとってはとりわけ魅力的かもしれない。鑑賞できる作品の数が多いのがフェルメール、仮にNYにおける自由行動でフリックコレクションを訪問するとした場合、全部で12点みられる(ワシントンナショナルギャラりー4点、メトロポリタン5点、フリックコレクション3点)。

これは現存する30数点の1/3にあたるから、一気にフェルメールの通になれる。
My“通”の定義は絵画の理屈に精通している人ではなく、本物の絵を沢山鑑賞している人のこと。だから、本物を見さえすれば誰もが“通”。カラヴァッジョについては2点(メトロポリタン)、そしてラ・トゥールは3点(ナショナル・ギャラリー1点、メトロポリタン2点)。この2人の通になるにはまだ先は長いが、両館にあるのは人気の高い作品なので、大きな一歩をふみだすことは間違いない。

ルーヴルでいい気分にさせてくれたラ・トゥール(1593~1652)の作品にここでもすごく魅了された。上の“鏡の前のマグダラのマリア”は1974年、この美術館に入った。ルーヴルの“灯火の前のマグダラのマリア”(拙ブログ3/30)と較べ、画面の闇の部分がさらに多い。

横向きの髑髏のむこうに置かれた蝋燭は“灯火の前の”よりだいぶ明るく、右手で頬づえをつき、うつろなまなざしをしたマグダラのマリアの顔を美しく照らし出している。なんとも神秘的で静謐な世界である。息を呑んでながめていた。“マグダラのマリア”はメトロポリタンにもう1点あるが、ラ・トゥールの作品に用意していた感動のタンクは満杯寸前。もっと大きいのに取り替えないと溢れ出そう。

4点あるフェルメール(1632~1675)の部屋にはひっきりなしに人がやってくる。ロンドンのナショナル・ギャラリーやルーヴル同様、皆絵の前で食い入るようにみている。フェルメール人気は衰えることなく、どんどん上昇していく感じ。“天秤を持つ女”、“手紙を書く女”、“赤い帽子の女”、“フルートを持つ女”(これはフェルメールに属する作品)はいずれも小つぶな絵で、お気に入りの真ん中の“天秤を持つ女”は縦40cm、横36cmしかない。

この絵は8年前大阪であった展覧会にやって来たから、これで3度目の対面。フェルメール作品のなかではこの画面が一番暗い。だから、はっきりとらえられないテーブル上の真珠やウルトラマリンブルーで描かれた青い布よりも、左上の窓からかすかに入ってきた光線が照らす女性の頭にかけているスカーフや衣服の白に視線が吸い寄せられる。

女性がもっている天秤ばかりの皿には何も載ってないのに、一体何を測っているのだろう?後ろの壁に掛けられている絵には最後の審判の場面が描かれている。だとすると、世俗の富の大きさを測っているのではなく、天国行きか地獄行きかを決める人々の行為や魂のあり方をはかりにかけている?うす暗い部屋のなかで、やわらかい光があたってきらめく真珠の質感描写を目に焼き付けて次の部屋に移動した。

下はチェックリストに載せていたレンブラント(1606~1669)の“ルクレチア”。専制的なローマ王の息子に陵辱を受けたルクレチアが自害する直前の瞬間が描かれている。レンブラントに惹かれるのはこういう物語や事件の決定的瞬間を表現するとき、人物の肉体的な苦痛や悲しみや苦悩といった心の内面を顔の表情や身振りで表し、緊張感あふれる画面をつくりだしているところ。収穫の一枚だった。

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2008.04.12

その三 ルーベンス  ヴァン・ダイク  ティエポロ

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西洋絵画を鑑賞していて作品の数で圧倒されるのがバロックの絵画。なかでも、どこの美術館へ行ってもどうしてこんなにあるの?というくらい飾ってあるのがルーベンスの絵とヴァン・ダイクの肖像画。ナショナル・ギャラリーにも質の高い作品が並んでいる。ルーベンス(1577~1640)が7点、ヴァン・ダイク(1599~1641)はこの倍の14点。

ルーベンスに目をみはる絵があった。それは大作の“ライオンの中のダニエル”。預言者ダニエルは動物園の飼育係りではないかと錯覚するほど多くのライオンに囲まれている。数えてみたら、実物大のライオンが10頭いた。ライオンの登場する宗教画ですぐ想い浮かべるのは“聖ヒエロニムス”。このライオンは聖人に足に刺さった刺をぬいてもらったので、従順でおとなしい。

ダニエルとライオンの関係も悪くない。名声の高まった預言者ダニエルはねたまれて、ライオンの洞窟に投げ込まれるが元気一杯のライオンは何の危害をも加えようとしない。でも、ダニエルのまわりにいるライオンは本物そっくりで生き生きと描かれているので、よくニュースで流れてくる動物学者とかサーカスの調教師、動物園の飼育係りが油断してライオンに襲いかかられるショッキング映像を勝手にイメージしてしまう。

心がざわざわしないでうっとり眺めていたのが上の“侯爵夫人ブリジダ・スポノラ=ドーリアの肖像”。まばゆく輝く小さめの顔と金銀の模様が精緻に織り出されたサテンのドレスのなめらかな質感描写に目が点になる。ヴァン・ダイクの女性肖像画を彷彿とさせる衣襞の描き方にまったく心を奪われた。これまでルーベンスの女性画を何点もみてきたが、この夫人の衣装が一番輝やいている。これは一生の思い出。

そして、ヴァン・ダイクの真ん中の“王妃ヘンリエッタ・マリアと小人”もとびっきりの肖像画。これは手元にある画集でもう何年もながめていた憧れの絵。色白で大きな目をした王妃の目線に体がとろけそうになる。やわらかく折れ曲がる衣襞の描写も完璧。このイギリス国王チャールズ1世の王妃は実際はこんなに美人ではなく、ヴァン・ダイクは大いに美化して描いた。

国王の首席宮廷画家ともなると、モデルの願いを無視して描くなんてことは許されない。多少、いや大胆に美化して理想的な女性に仕上げるのが大事な勤め。で、ヴァン・ダイクが描く女性モデルたちはその個性があまり感じられず、だれもが王妃ヘンリエッタ・マリアとよく似たイメージになる。王妃の絵がどうしようもなく好きだから王妃の増殖は大歓迎。この絵をMy好きな女性画の最上位の席にお迎えした。

下の絵ははじめて取り上げるティエポロ(1696~1770)の“アポロンとダフネ”。この絵を是非紹介しようと思ったのはダフネを必死に追うアポロン君が泣いているから。“おいおい、あんたが泣くことはないだろう。泣きたくなるのは言い寄られたくないのにあんたがしつこくストーカー行為をするから、月桂樹に変身せざるをえないダフネのほうだろう!”と思わず注文をつけたくなる。でも、この絵はなかなか魅力的。

ダフネの手が月桂樹に変わっているところを見て目に涙をいっぱいためているアポロンにはびっくりしたが、バロックの絵の動きとロココの優美さが溶け合った画風に大変魅せられた。

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2008.03.30

その五 カラヴァッジョ  ラ・トゥール

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ルーヴルにあるカラヴァッジョ(1571~1610)の絵は、上の“聖母の死”(部分)、“女占い師”、“アロフ・ド・ヴィニャクールの肖像”の3点。このなかで前回見たなという記憶があるのは“女占い師”だけ。これは女が世間知らずの若者の指輪を抜き取るというほかの絵では見たことのない場面が描かれているのでよく覚えている。

だが、“聖母の死”とマルタ島の聖ヨハネ騎士団長を描いた大きな肖像画のことを知ったのはカラヴァッジョに関心をもちだしてからのこと。今はカラヴァッジョに夢中だから、この2点と真剣に向き合った。

“聖母の死”は絵のジャンルとしてはちゃんとした教会の依頼で制作された宗教画。横たわる聖母の頭には光輪がみえる。でも、これは伝統的な聖母の絵とはまるで異なる。死んだ聖母の腹は膨らみ、赤い衣装から素足をみせている。一見して普通の妊娠した女性の死体と変わらない。

視線が釘付けになるのがまわりで嘆き悲しむ使途たちの頭や聖母の顔、そして顔を手でおおいうずくまっているマグダラのマリアの背中にあたる光。聖母の死という厳粛な場面をカラヴァッジョは光を効果的に使い劇的に表現している。

カラヴァッジョの光と闇による画面構成がリアルで見る者の心を激しくゆさぶる感じなのに対し、ラ・トゥール(1593~1652)のろうそくやたいまつの光はより内面的で神秘的な雰囲気を醸し出している。05年、国立西洋美術館で開催された“ラ・トゥール展”で一気にこの画家の虜になり、ルーヴルにある7点の作品を見ることが今回の美術館巡りにおける最大の楽しみだった。

で、入館するとシュリー翼3階にあるラ・トゥールの部屋へ真っ先に向かった。ありました!ありました!7点全部。過去2回のルーブル訪問ではこれらの絵に気持ちが向かわず、一つ々の絵をはっきり覚えてないのに、今は前のめりになって夢中でこれらをみている。お気に入りは真ん中の“灯火の前のマグダラのマリア”と下の“大工の聖ヨセフ”、回顧展にも出品された“ダイヤのエースを持ついかさま師”(拙ブログ05/3/14)。

マグダラのマリアの絵はルーヴル所蔵のほかにもう3点ある。“ふたつの炎のあるマグダラのマリア”(メトロポリタン)、“ゆれる炎のある々”(ロサンゼルス郡立美術館)、“鏡の前の々”(ワシントンナショナルギャラりー)。ルーブルとロサンゼルス郡立美の二つはマリアのポーズの取り方とかひざの上にある骸骨の向きや手の添え方がよく似ている。目の前にある絵はろうそくの光が物思いにふけるマグダラのマリアの顔を照らさず、上半身をやわらかくつつみこんでおり、その美しい横顔に心が洗われる。

下の“大工の聖ヨセフ”にも魅了される。幼子イエスの顔にあたるろうそくの明るい光と赤く透けて見える左手を息を呑んで眺めていた。また、じっとイエスをみつめる聖ヨセフの目がとても印象的。闇の中、一本のろうそくの光で浮かび上がる親子の素朴な光景が今も脳裏に焼きついている。待望のラ・トゥールを7点もみられたので気分は上々。クールダウンせずに次の部屋に進んだ。

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2008.03.29

ルーヴル美術館 その四 ルーベンス  ヴァン・ダイク

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パソコンがやっと元に戻りましたので、本日から拙ブログを再開いたします。また、よろしくお願いします。再開にあたって、ルーブル美術館の感想記はもうおしまいにし、あらたな記事からはじめようかなとおもったのですが、感銘深い名画をとりあげないのはやはりもったいないので、残り6回を急いで綴ることにしました。

そして、そのあと3月上旬に行なった美術館巡り第2弾、アメリカ編(シカゴ、ワシントンナショナルギャラリー、フリーア、ボストン、メトロポリタン、フリックコレクション)に進むつもりです。西洋画が続きますが、おつきあい下さい。

4時間いたルーヴル美術館で、鑑賞にあまり時間をかけなかったのがバロックの巨匠ルーベンス(1577~1640)やヴァン・ダイク(1599~1641)の作品。はじめてここへ来たとき、ダヴィンチの“モナリザ”やドラクロアの“民衆を導く自由の女神”とともに強い印象を受けた作品はルーベンスの連作“マリー・ド・メディシスの生涯”。

ルーベンスは多作だから、ヨーロッパの主要な美術館ではこの画家の作品とは頻繁に出会う。そのなかで、“これぞルーベンス!”という印象を与えるのが24点からなるこの連作。リシュリュー翼でまるまる一室を占領しているこの絵は時間の関係で割愛するつもりだったが、“マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸”の前にくるとどうしても立ち止まってしまう。滑らかなシルバーの絹の衣装をまとったマリーの姿に視線が集中する画面構成が見事。

今回、ルーベンスの絵で二重丸をつけていたのは農民の祭りを描いた真ん中の“フランドルのケルメス”。この絵を見るとルーベンスがいかにブリューゲルを敬愛していたかがわかる。ブリューゲルの“農民の踊り”などに登場する人々の動きやしぐさが一枚の絵の中に凝縮されたような感じである。

ご馳走を食べ、酒を飲み、キスしたり、踊ったりとフランドルの農民の粗野な祭りは当時よく知られていたらしく、そんな雰囲気がストレートに伝わってくる。人物の配置が左下から斜めの線にそって配置されており、右上方の空には鳥が二羽飛んでいる。

ロンドンのナショナルギャラリーには人気の女性画“シュザンヌ・フールマン”があるが、ここにあるフールマンと子供たちを描いた2点の絵にも目を奪われる。

ヴァン・ダイクの作品もルーベンス同様、どこの美術館へ行っても数多くある。お気に入りの肖像画は女性を描いたものなのだが、なぜかルーブルには男性の絵が多い。有名なのは“狩猟場のチャールズ1世”。これは本当に圧倒される大きな絵。

下は“選帝侯ファルツ伯カール=ルードヴィッヒ1世とその弟の肖像”。二人は双子ではないかと間違えるくらいよく似ている。これくらい写実的で凛々しい肖像画に仕上がると絵を依頼した選帝侯も大満足だろう。ヴァン・ダイクの高い技量をみせつけられる名作である。

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2008.02.06

その五 カラヴァッジョ  レンブラント  ホントホルスト

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事前準備として作った“名画必見リスト!”のなかでもとくに目に力を入れてみる画家を美術館ごとに決めていた。ナショナル・ギャラリーはティツィアーノとカラヴァッジョとレンブラント。で、今日はそのカラヴァッジョとレンブラント、そしてオランダのカラヴァッジェスキのひとり、ホントホルスト。

今、西洋絵画でその作品を全部見たいと強く願っているのはカラヴァッジョとラ・トゥール。フェルメールについてもその思いはあるのだが、こちらは人気の作品はかなり目の中に入れたので、前の二人ほど追っかけモードではない。今回の旅行でカラヴァッジョ6点(ナショナル・ギャラリー3点、ルーヴル3点)、ラ・トゥール7点(全部ルーヴル)と対面した。もう浮き浮き気分。

ここにあるカラヴァッジョ(1571~1610)の絵は上の“エマオの晩餐”、“トカゲに噛まれた少年”、“サロメ”。この美術館を過去2回訪れたが、カラヴァッジョというとウィーン美術史美にあるあの強烈な“ゴリアテの首を手にするダヴィデ”を描いた画家のイメージが強く、この3点のことはまったく知らなかった。だから、一気にリカバリーしようと夢中になってみた。

まず釘付けになるのが短縮法で描かれた右の男の大きく広げた両腕。左腕がこちらに突き出してくるようである。この男と左端の男はキリストの弟子で、真ん中のまるぽちゃ顔がキリスト。二人ははじめ一緒にいた男が復活したキリストだと気づかなかったが、エルサレム近郊のエマオ村での食卓で、男がパンに祝福を与えて裂いた瞬間、キリストであることを知る。右の男の迫真の身振りと椅子を後ろに押しやりじっとキリストを見る左の男の姿はダヴィンチの“最後の晩餐”で使徒たちが見せる驚きにも匹敵するほどの緊迫度をもっている。

テーブルやそのまわりの立体感のつくり方が実に巧み。弟子たちの身振りだけでなく、顔に光が当たるキリストは手を前に出すポーズをとっており、さらに“果物籠”(拙ブログ06/5/3)と似た質感の葡萄やイチジクが入った籠はテーブルから落ちそうに描かれている。この絵の構成は一生忘れることはないであろう。“トカゲに噛まれた少年”で驚いたのはうす青いガラスの瓶の表面にうつる窓がヤン・ファン・エイク流に細密に描かれていたこと。色々な伝統の技を使いながら、独自の表現をうみだすカラヴァッジョの才能はやはり規格外。

レンブラント(1606~1669)のいい絵をこれまで数多く鑑賞してきたが、ここは画集に載っている有名な絵がぞくぞくと目の前に現れる。“自画像”(一番壮麗だといわれるものや最晩年)、真ん中の“ベルシャザルの饗宴”、“フローラに扮したサスキア”、“水浴の女”、“ヘンドリッキュ・ストッフェルス”、“マルガレータ・デ・ヘール”など全部で13点あった。流石、質の高いコレクションである。

“ベルシャザルの饗宴”は図版ではバビロニアの王、ベルシャザルが着ている金襴のマントの装飾模様が精緻に描かれているのをイメージしていたが、実際の質感は想定の半分だった。この絵で見入ってしまうのが人の手が書く王の不幸を暗示する文字をみつめるベルシャザルの動揺した様子と隣のびっくり眼で顔が引きつっている女の表情。レンブラントは人間の揺れ動く感情表現が本当に上手い。

下はラ・トゥールの“夜の情景”に影響をあたえたといわれるホントホルスト(1592~
1656)の“大司祭の前のキリスト”。待望の絵は予想をはるかに上回る大きな絵だった。1本の蝋燭の光があたった大司祭とキリストのどちらに目がいくかというと、どうしても顔にもひじをついた左腕にも光があたる大司祭のほう。ルーヴルにあるラ・トゥールの傑作を見る前にこの絵で目慣らしをしたのは絵を見る順番としては理想的。蝋燭の光をしっかり見た。

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2007.10.06

フェルメールの牛乳を注ぐ女

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国立新美術館でフェルメールの“牛乳を注ぐ女”(9/26~12/17)と再会した。前回アムステルダム国立美術館でみた(拙ブログ05/4/11)のは2年前だから、絵の印象は体のなかによく残っている。違いは見るシテュエーションだけ。

“黄金時代の風俗画”のコーナーをパスして“牛乳を注ぐ女”を目指した。今回この小さな絵はダヴィンチの“受胎告知”が飾られていた東博の部屋よりはるかに大きいスペースをもらって展示されている。まず、最前列にそって進み、絵の前でしばらく見て、次は正面の2列目に腰を据えて、単眼鏡で細部を確認したり、人の流れが途切れたのを見計らってすばやく前に移動したりして見た。はじめからこの絵しか関心がないから、時間はたっぷりある。30分くらいで、もういいかなという気分になったので引き上げた。

こんな絵画史上の名画が日本にいてみられるなんて願ってもないことなのに、その展示の方法については?がつく。00年にあった“フェルメールとその時代展”(大阪市立美)に展示された下の“青いターバンの少女”(マウリッツハイツ美)や3年前、東京都美に出品された“絵画芸術”(ウィーン美術史美)が普通に展示されていたのに、なぜ、この“牛乳を注ぐ女”だけを特別扱いにし、少し離れたところから見るようにするのだろうか?

絵の価値や人気度からいうとこの3点と“デルフトの眺望”(マウリッツハイツ美、05/4/17)がビッグ4と思っているのだが、フェルメール作品のなかでは最も大きい“絵画芸術”が真近でみれて、それより小さな絵の“牛乳を注ぐ女”を遠くからみるなんてどう考えても変。フェルメール好きなら誰だってそう思うはず。

“牛乳を注ぐ女”を見ていると心がしっとり落ち着く。日常のありふれた情景を描いた風俗画というより、静物画を見ている感じ。テーブルの上にパンや籠、陶器があるので人物のいる静物画である。フェルメールの絵で一番魅せられるのが白い点々により、対象にあたるやわらかい光を見事に表現しているところ。テーブルのパンや女の頭、窓のそばの壁にかけられた籠のあたりがキラキラ光っており、物の豊かな質感と褐色系の暗い色調が特徴のほかのオランダ絵画ではみられない明るさに見入ってしまう。

色で目に沁みるのは左からの光があたった白い壁がいっそう浮かび上がらせている女の黄色い上着と深い青のエプロン。構成、細部の精緻な描写、どこからみても、この絵はフェルメールの高い画技と自然や人間に対する優しい心によって生み出された傑作である。

“受胎告知”がイタリアへ帰ったら、今度はオランダから“牛乳を注ぐ女”がやって来る、やはり日本は美術大国。だとすると、次は“デルフトの眺望”を期待したくなる。まだ見てない9点のうち、一番のターゲットにしているのはベルリン国立美術館にある“真珠の首飾りの女”だが、“デルフトの眺望”と再会したい気持ちも強い。果たして実現するだろうか?

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2007.03.24

ルーベンス、デューラー、レンブラント

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プラド美術館の絵画のなかで、ルーベンス(1577~1640)の作品はゴヤに次いで多く、80点近くある。これはルーベンスが亡くなったとき、フェリペ4世が残されたコレクションのうちルーベンス作品の大半を買い上げたからである。為政者としての能力はからっきしダメだったフェリペ4世はルーベンスの絵が好きで、外交官ルーベンスがイギリスとスペインの和平のため1628年から29年にかけてマドリードに滞在したとき親交を深め、絵の制作を何点か依頼している。

これまでの訪問でルーベンスの絵は時間をかけて観たという思いがあるので、今回の必見リストには特に入れてなかった。で、古典画、神話画、肖像画、ティツィアーノの絵の模写などをさぁーッと観た。でも、バロック様式の巨匠の絵だから、前を通りすぎるだけといっても画面が目の中に入ってくれば心拍数は少しずつ上がってくる。どうしても見蕩れてしまう代表作の一つ、“愛の園”はフェリペ4世の寝室に飾ってあったもの。

この絵とともに印象深いのが上の“三美神”。古典画の形式を踏襲しているが、裸婦の透明感のあるふくよかな肌は理想化して描かれてはおらず、現実感があり生気にあふれている。当時は肉づきのいい女性の体の線がもてはやされていたから、ルーベンスの感性はこういう女性に理想美を求めたのであろう。太り肉のプロポーションについては好みがわかれるところ。“ルーベンスはどうも苦手!”という人は大体この豊満な肉体描写に拒否反応を示す。

画面左の美神はルーベンスの2度目の妻、エレーヌがモデル。1630年末、53歳のルーベンスは16歳のエレーヌと結婚する。晩年のルーベンスの作品に登場する肉感的な金髪の裸婦がこの若い妻、エレーヌに霊感を得ていることは明らか。プラドの“パリスの審判”に描かれたヴィーナスやウィーン美術史美術館所蔵の“ヴィーナスの祝祭”で年をとったサテュロスに抱き上げられた左端のニンフにエレーヌの面影がある。ルーベンスの絵には“聖ゲオルギウスと龍”のようにこれぞバロック!といったエネルギッシュで劇的な場面を描いた作品は沢山あるのに、今回だけはこれにコラボしてのめり込む時間がない。

ドイツルネサンスの大画家、デューラー(1471~1528)の“1494年の自画像”(真ん中の画像)は足をとめてみた。デューラーは自分の容貌に誇りをもっていたというが、たしかにびっくりするほどいい男である。この絵は半年間のヴェネツィア滞在(拙ブログ04/12/7)から戻って3年後の作品。このときデューラーは27歳。これほどかっこいい肖像画はほかにない。はじめてこれを観たときは美しい女性の絵をみるような感情が湧き起こった。

長い波打つ巻き髪の細密描写がとにかくすごい。まずこれに目が点になり、さらに貴族が着るような優雅な服装に見とれてしまう。そして、手袋までしている。この時代、身分と違う服装で町を歩くと罰せられ、手袋を使うのは手仕事をしない人に限られていた。だから、デューラーはこういう服装や手袋をしていたのではなく、想像でこの自画像を描いた。いつかこういう上品な貴族になりたいという願望の表れである。晩年、デューラーは名の知れた画家になり、若い頃抱いた夢は実現される。

下の絵は大変感動したレンブラント(1606~1669)の“ソフォニスバ”。古代ローマ時代の物語を絵画化したすばらしい絵である。明るい光があたり白く輝く衣装と目鼻だちの整った顔と背景の黒のコントラストが見事。そして、衣装の細かな模様や装飾的な杯の精緻な描写にも驚かされる。リストに入れていた作品ではあるが、予想以上にいい絵だった。オランダの絵があまりないプラドでレンブラントの一級の絵に会えたのは望外の喜びである。

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2007.03.19

プラド美術館 ベラスケス

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マドリード観光の楽しみはプラド美術館にある名画と国立ソフィア王妃芸術センターの超目玉作品、ピカソのゲルニカの鑑賞である。プラドでは日曜日は入場者が多いため、現地のガイドさんが中に入って絵の説明をすることが禁止されている。で、参加者は自由に1時間鑑賞することになった。

名画が沢山あるので1時間ではとても足りないが、皆が美術好きとは限らないからこれは致し方ない。1時間を目いっぱい密度の濃い鑑賞とするため、出発前、目に力をいれて観る作品とさらっと流す作品を分け、まわる順番をガイドブックにでている展示品の配置図でおおよそ決めておいた。ただ、配置替えは頻繁にあると注意書がされていたので当日もらった最新の配置図で最確認してスタートした。手には必見名画をコピーした画像入りリストを握り締めている。まずはベラスケスから。

所蔵52点のうち、過去2回の鑑賞経験のとき印象が薄かったり、見落とした作品でその後、観る力がつき関心度が増した絵を中心に大急ぎでみてまわった。なにしろ1時間しかないから、一つの絵にあまり時間はかけられない。観たい絵がリストにはびっちり載っているのである。

上のベラスケス(1599~1660)の代表作中の代表作、“ラス・メニーナス(女官たち)”は17年前、じっくり観たとはいえ、通りすごすわけにはいかない。とにかく大きな絵で、“傑作を見たぞ!”と感動する絵。何度みても不思議な構図である。右の窓からの光をあびて優雅に立つ王女マルガリータの愛らしい丸い顔と白が輝く衣装に視線が集中する。と同時に右端にいるおばさんのような大きな顔をした小人、マリバルボラが目にとびこんでくる。この小人はマルガリータのかわいらしさの引き立て役だが、見る者にとってはズキンと心にのこるほどの存在感がある。

印象派の先駆けとも言われる描法が前景の登場人物の衣装にみられる。近くではまだらな斑点のような素早いタッチだが、すこし離れてみると色彩が明確になり、生き生きとした感じになる。左のほうにいる画家、ベラスケスはこちら側にいる国王夫妻の肖像を描いている。5歳のマルガリータは“ベラスケスのおじさん、私ちょっと観に来たんだ!観てていい?”とでも言っているのであろうか。

後ろの戸口のところに侍従が階段を上がりかけ、こちらを見ている。この“戸口”が訳ありなのである。昨日、クエンカの現地ガイドさんがベラスケスについて面白い話しをしてくれたと書いたが、そのことについて少々。ベラスケスは19歳のとき師匠の娘フアナ16歳と結婚し、翌年長女フランシスカが生まれた。その娘は14歳のときクエンカ出身の20歳の男と結ばれた。父親は旅宿を営んでおり、そこに嫁いだのである。その宿が今でもホテルとして残っており、ガイドさんが部屋を案内してくれた。

ベラスケスは娘が結婚したときは34歳で以後、この旅宿によく来たという。なかにベラスケスの肖像画が飾ってあった。ガイドさんによると“ラス・メニーナス”に描かれた後ろに戸口のある部屋はこの宿の部屋がモデルだという!戸口の向こうの階段は下がっているので絵とは逆になってはいるが。これはいい話しを聞いた。こんなことはどのベラスケス本にもでてこない。

日本に戻りいろいろ調べたら、娘が結婚したクエンカの男はベラスケスの弟子、デル・マーソ(1610/15~1667)だった。昨年あった“プラド美展”(東京都美)に出品されていた“皇妃マルガリータ・デ・アウストリア”を描いた一級の画家である。ちなみに、マーソは1660年ベラスケスが亡くなると、首席宮廷画家になっている。

真ん中の絵は前回、傑作“ブレダ開城”と共に色彩の輝きと巧みな画面構成に200%驚愕した“皇太子バルサタール・カルロス騎馬像”。前足を上げた躍動感溢れる馬にまたがる王子の凛々しい姿と背景の澄んだ明るい青で表現された空と山々に目を奪われる。見事な肖像画である。

今回しっかり見たのがルーベンスのアドバイスを受けて描いたといわれる神話画、下の“酔っ払いたち(バッカスの勝利)”、“ヴァルカンの鍛冶場のアポロ”、そして“織女たち”。カラヴァッジョもバッカスや聖書の物語を画家自身や市井の人々をモデルに使い,制作したが、ベラスケスの“バッカスの勝利”ではさらにくだけて同時代の若者や農民が描かれている。農民の一人に葡萄の葉の冠をかぶせているバッカスの表情がなかなかいい。

女神ミネルヴァと織りの技を競って、女神の怒りを買い蜘蛛にさせられたアラクネの話しを絵画化した“織女たち”も風俗画仕立ての絵で、日常的なタペストリー工房が舞台になっている。忙しい鑑賞ではあったが、ベラスケスの名画を堪能した。

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2007.01.28

カラヴァッジョ vs レンブラント

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本日の新日曜美術館はカラヴァッジョとレンブラントをとりあげていた。番組の予定表を一ヶ月前入手したとき、ひょっとすると昨年2月から6月までアムステルダムにあるゴッホ美術館で開催された“カラヴァッジョ vs レンブラント展”を事後編集して見せてくれるのかなと胸が高まった。過去にも、シカゴ美術館であった“ゴッホ vs ゴーギャン展”をベースにした番組を制作したことがあるので、二番煎じの可能性があるかもと思ったのである。

が、この予想は大ハズレ。レンブラント好きとして映画監督の山本晋也、かたやカラヴァッジョ好きの代表はなんと司会者の壇ふみ。そして、野村アナウンサーも“レンブラントライト”の実演のモデルとつとめるという制作費が普段よりは安くあがるだろうなと誰がみてもわかる番組づくり。

専門家をゲストに呼ばないで、手作り感覚で大物画家のカラヴァッジョとレンブラントの絵の魅力を読み解いている。でも、番組自体は面白かったし、分析のセンスは上々。鑑賞の切り口をコンパクトにまとめており、カラヴァッジョとレンブラントの絵の特徴と魅力、そして画家の精神性をしっかりとらえていた。

この時期、なぜこの番組なのか?勝手に想像してみた。壇ふみ、野村アナ、プロデューサー、番組スタッフが集まる席でこんな会話があったのではないかと。。。

プロデューサー:“アムスであったカラヴァッジョ vs レンブラント展はかなり人気があったみたいね!この組み合わせでなんか一本つくりたいね。壇ふみさんはカラヴァッジョの大ファンなんですって?”

壇ふみ:“そうなんですよ。あまり胸張って大きな声では言わないようにしてるのですが”

プロデューサー:“カラヴァッジョの研究でいい本をお書きになった宮下規久朗さんをゲストに迎えると、レンブラントの先生もつれてこなくてはいけないなあー。。こうしよう、今回は専門家でなくカラヴァッジョは壇さんに語ってもらおう!”

壇ふみ:“ダメダメ、私のような素人では番組にならないですよ!”

プロデューサー:“カラヴァッジョは今、イタリア人の間ではダビンチやラファエロより人気の高い画家です。日本でもそういう目でカラヴァッジョを見ている人が増えていると思いますから、壇さんが素直にカラヴァッジョの魅力をしゃべっていただくほうがいいんですよ”

壇ふみ:“本当にいいのね、後からクレームがきても知りませんよ。で、レンブラントはどなたにされるのですか?専門の美術史家みたいなエライ方ではレベルが違って話しが噛み合いませんよ”

プロデューサー:“いい人がいるんですよ。映画監督の山本晋也さん。レンブラントライトはお手のものだし、レンブタントがお好きだと伺っております。お相手の野村アナにはレンブラントライトの実演の際、モデルになってもらいます”

壇ふみ:“それはいいアイデアね。野村さんはイケ面ですからね”

野村アナ:“ええー、私がモデルになるの、だったら女優の壇ふみさんのほうがいいに決まってるではないですか”

壇ふみ:“わたくし、20年前でしたら即OKでしたが、今はお肌が。。わかるでしょ、野村さん”。

番組では二人の画家の絵の違いを観るポイント毎に代表作で具体的に説明していた。昨年4月、ローマのサンゴスティーノ教会でみた上の“ロレートの聖母”の場合、聖母&イエスと下でひざまづいている民衆では光のあたる方向が違うという。壇ふみが言ってたように教会のなかでは聖母とイエスのところだけに強い光があたっている。

この絵と対照されていたレンブラントの“目を潰されるサムソン”は02年、京博であった“大レンブラント展”でみた。目ん玉を刺され血が吹き飛ぶ場面が脳裏に焼きついている。こんな傑作を日本でみられたのは幸運であった。

カラヴァッジョの絵は注文者から引取りを何回か拒否されている。“蛇の聖母”(拙ブログ06/5/20)もその一枚。自画像の比較に登場した下の“レンブラント自画像”は数ある自画像のなかでは一番威厳があり、堂々とした肖像画である。NYのフリック美術館でこれをみたときは衣装のゴールドの輝きに一瞬後ずさりした。

2年前訪問したハーグのマウリッツハイスでは念願だった亡くなる間際の自画像(63歳)が観れず、またカラヴァッジョがゴリアテの首を自分の顔にした“ゴリアテの首をもつダヴィデ”(ボルゲーゼ美術館)もゴッホ美への貸し出し中で会えなかった。いつかこの二つの絵が観られる日が来ることを強く願っている。

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2006.05.25

コルトーナの天井装飾画

386_1ローマには17世紀のはじめ誕生したバロック様式の建物、絵画、彫刻など見るべき作品が沢山あるのに、バロック芸術を意識して向かい合ったのはベルニーニの彫刻作品がはじめて。

これまで、サン・ピエトロ広場の柱廊や大聖堂の中にあるねじれたブロンズの柱が目を惹く天蓋(共にベルニーニ作)、また楕円形のナヴォーナ広場などバロック時代に好まれた楕円形、螺旋形、卵形の作品や建築物を見ていることは見ている。

でも、ローマでの関心事はミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画や彫刻“ピエタ”、“モーセ”とかラファエロの“アテナイの学堂”などルネサンス美術であった。また、古代ローマ時代の遺跡、コロッセオやフォロ・ロマーノをみたり、ヴァチカン博物館の有名な古代彫刻、“ラオコーン”などに時間を割いた。また、トレヴィの泉でコインを投げたり、コンドッティ通りでブランド品を買わなきゃいけないので、スペイン広場の階段でゆっくり座ってる時間もない。こんなローマ観光ではバロックまで気が回らない。で、バロック様式の教会はどこにあるの?ローマバロックの画家は誰?ということになる。

が、今回は違った。ベルニーニの驚愕の大理石彫刻にイレ込んだからかもしれないが、バロックが少しこちらに近づいてきてくれた。当日回る教会、美術館のうち、バルベニーニ宮殿の順番は一番最後だったが、予想以上のスピードでお目当てのカラヴァッジョの絵やベルニーニの彫刻を見れたので、ここも入館できることになった。ガイドブックによると、主玄関から入ってすぐの巨大な広間の天井装飾は必見とある。

右の“神の摂理”(部分)を描いたのはベルニーニとともにローマバロックを代表する画家、建築家であるコルトーナ(1596~1669)。この広間はシスティーナ礼拝堂に次ぐ大きさだという。天井のフレスコ画は1633~39年に制作された。画面の下、雲の上に座すのが“神の摂理”で、その上に教皇の三重冠と聖ペテロの鍵を伴ってバルベリーニ家の家紋が中空に現れている。ソファにすわってしばらく眺めていた。これほど豪華な天井画は見たことがない。浮かび上がってるように見える“神の摂理”に心が動かされる。

ローマにでてきたコルトーナはフィレンツェ出身のバルベリーニ枢機卿に目をかけられ、枢機卿が1623年、ウルバヌス8世として教皇の座につくと、バルベリーニ家にも重用される。コルトーナがバルベリーニ家のために手がけた最大の仕事がこの天井装飾画。“神の摂理によって教皇ウルバヌス8世が選ばれ、その統治下、世界に平和がもたらされる”という寓意的内容を表現している。コルトーナは豊かな想像力を使って描きあげた華麗な天井画により、一気に名声を確立した。

思ってもみなかったバロック絵画の傑作がみれたのはバロックのミューズが呼んでいたからだろうか。バロックへの興味が沸々と涌いてきた。これからバロック芸術への理解を深め、次のローマ訪問ではこのコルトーナやベルニーニのライバルだったボロミーニ(1599~1667)が建てた教会を見てまわろうと思う。

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2006.05.24

レーニのベアトリーチェ・チェンチの肖像

814バルベリーニ宮殿の2階にある国立絵画館に関する情報はイタリアガイドブックのローマの見所に書いてある程度だったので、所蔵絵画に対する期待値はまったくニュートラルであった。

現在、修復中のため展示中の作品は通常より少なく、本にピックアップされてる必見の名画も全部でていない。はじめての美術館というのは展示のレイアウトがよくのみこめないため、出足は鑑賞も落ち着かない。

ラファエロの“フォルナリーナ”でこのコレクションのレベルがわかってきて、ここには結構いい絵があるなとニコニコしながら進んでいたら、“アアー、あの絵はここにあったんだ!”と思わず二人で声をあげた作品に出くわした。右の“ベアトリーチェ・チェンチの肖像”という絵。描いたのはカラヴァッジョと同世代の画家、グイド・レーニ(1575~1642)。

声をあげたのはこの絵が昨年12月18日放送の“美の巨人たち”(TV東京)で取り上げられたからである。番組の最後をフェルメールの名画、“真珠の首飾りの少女”の先行例はこの絵ではないか?という興味深い分析で締めくくっていたのでよく覚えている。その絵の前に立っているのだと思うと、目に力が入る。レーニの絵は2点あり、この絵の隣に“マグダラのマリア”というなかなかいい絵がある。これは岡田温司著“マグダラのマリア”(中公新書、05年1月、拙ブログ05/2/2)の口絵にも使われており、レーニの代表作のひとつ。レーニはマグダラ像を生涯に60点あまり描いている。

ベアトリーチェ・チェンチは1599年、父親殺しの罪で斬首の刑に処せられた実在の女性。22歳で断頭台の露と消えたベアトリーチェの悲劇の物語は今も語り継がれているという。生来女癖の悪いベアトリーチェの父親は自分の娘にまで手を出す始末。こんな極悪非道な男は殺されて当然だが、父親殺しは重罪で、死刑に反対するローマ市民の願いもむなしく、処刑が執行される。この肖像画は首をはねられる直前、牢獄のなかにいたベアトリーチェをチェンチ家とゆかりのあった枢機卿がレーニに命じて描かせたといわれている。

暗闇のなか、こちらを振り返る白い衣装をきたベアトリーチェの顔はマグダラのマリアと同じく小さい。顔が小さいので子供のようにみえる。恨みの気持ちが表情からは微塵もみられず、静かに神のもとに行く時を待ってるようである。あれほど父親に苦しめられたベアトリーチェのこのあどけない顔をみると、余計に人の命の儚さを感じる。

フェルメールの“真珠の首飾りの少女”とこの絵はたしかに頭にターバンを巻いているところ、振り返るポーズが同じである。フェルメールはオランダでこの絵のことを知っていて、構図を借用したのかもしれない。画家が絵を描くとき、先行作を参考にするのはよくあることだ。フェルメールは寓意画も描いているので、当然、絵を描く源泉としてギリシャ神話や聖書物語に通じていた。また、新しい風俗画を制作するにあたって、北方絵画のことはもちろんのこと、イタリア絵画の技法、題材についても相当情報を持っていたのではないだろうか。

“真珠の首飾りの少女”の絵自体が謎につつまれているので、二つの絵が響きあっているかどうかはわからない。ただ、こちらを振り向くという構図は本当によく似ている。

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2006.05.21

カラヴァッジョの聖マタイの召命

382教会でみたカラヴァッジョの絵はいずれも感銘深い宗教画であった。

それらはサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会にある右の“聖マタイの召命”、“聖マタイの殉教”、“聖マタイと天使”、ここからすぐ近くのサンタゴスティーノ教会の“ロレートの聖母”、そしてポポロ広場のところにあるサンタ・マリア・デル・ポポロ教会の“聖パウロの改宗”、“聖ペテロの磔刑”。お気に入りは“ロレートの聖母”と“聖マタイの召命”。

画集をみて大変魅せられた“ロレートの聖母”はイタリア人も好きなようで、団体ツアーや個人が午後の開門4時近くになるとぞくぞくと集まってくる。最初は教会をいろいろ回ってるのだろうと思っていたが、門があくとその大多数の人は入ってすぐのところにある“ロレートの聖母”へ向かって急ぐ。つられてこちらも小走りになった。

場面全体は“蛇の聖母”同様暗く、集中的な強い光によって浮かび上がる幼児キリストを抱いた聖母マリアに巡礼姿の老婆と息子がひざまずいて礼拝する姿が感動的である。聖母マリアの清楚な美しさに心を揺さぶられるとともに、町のどこにでもいる男の汚れた足の裏をこちらに見せるという迫真のリアリズムにこの絵の革新性を感じた。この写実的な描写は聖職者には野卑で挑発的と受け取られたかもしれないが、劇的な光の効果と人物の実在感は物語の迫真性を増し、宗教性を一層高めたともいえる。

“ロレートの聖母”の5年前、1600年に公開された右の“聖マタイの召命”はカラヴァッジョの画力の高さをローマ中に知らしめることになった出世作。今回のイタリア旅行中にみたカラヴァッジョ作品では一番登場人物の多い絵で、収税所にいた徴税吏マタイのもとにキリストが現れ、“私に従いなさい”と言った場面を描いている。後世の画家がカラヴァッジョから光と影の使い方を学んだのはまさにこの絵ではないだろうか。傑作中の傑作である。

キリストに声をかけられとすぐに回心し、ついていったといわれるマタイはテーブルを囲む5人の男の誰なのか?昔は中央の髭の人物と思われていたが、現在では左端の顔をあげず、テーブルにある金貨を見つめる若者とする解釈が主流になっている。見所は右の暗いところから手を差し出すキリストをそれほどの緊張感も無く眺めている男たちのリアルなポーズと身振り。右上からあたる光が男たちの着る当世風でファッショナブルな衣装や白い鳥の羽をつけた帽子を被っている男の色白でふくよかな顔つきを照らしだしている。そして、マタイとみられ若者の横顔はよくみると、実に端正。これは宗教画ではあるが、人物一人々に生身の存在感を感じさせる風俗画でもある。

イタリア滞在中、カラヴァッジョ作品を全部で15点(初見11点)鑑賞できたことが、嬉しくてたまらない。これでカラヴァッジョの全絵画51点のうち29点を見終わった。次回のローマではカピトリーニ、ドーリア・パンフィーリ、コリシーニ美術館を訪問しようと思う。カラヴァッジョとのつきあいはまだまだ終わらない。

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2006.05.20

カラヴァッジョ絵画三昧 in ローマ

381前々から次にローマを訪ねるときはベルニーニの彫刻とカラヴァッジョの絵の鑑賞に多くの時間をさくことを決めていた。ベルニーニ同様、ローマにはカラヴァッジョ(1571~1610)の作品が沢山ある。

美術館、教会にある名画のすべてを一日でみるのは無理なので、リストアップした作品にあらかじめ観たい順番をつけておいて、時間の許す限りタクシーでまわった。まずは美術館にある作品から。

日本を発つ前日、Juneさんのブログで貴重な情報を戴いた。ヨーロッパの美術館でカラヴァッジョの展覧会が開かれるというと、孫悟空のようにあっというまにかけつけるJuneさんはまたまたアムステルダムのゴッホ美術館で開催中の“レンブラント/カラヴァッジョ展”(2/24~6/18)を観られ、展示されているカラヴァッジョの作品のことをブログで書かれていた。で、カラヴァッジョ絵画を多く所蔵することで有名なボルゲーゼ美術館とバルベリーニ宮・国立絵画館からどの絵が今、貸し出されているかがわかった。期待していた“ホロフェルネスの首を切るユディト”(国立絵画館)と“ゴリアテの首を持つダビデ”(ボルゲーゼ美)に会えないのはとても残念だが、これは仕方がない。

ボルゲーゼ美術館のカラヴァッジョの絵が飾ってある部屋には大勢の人がいる。これをみると、ベルニーニとカラヴァッジョがこの美術館の2枚看板であることがよくわかる。観光客のガイドさんが熱っぽく説明していたのが右の“蛇の聖母”。大きな絵である。裸の幼児キリストのわきの下に両手をおき、少し前かがみになっている聖母マリアの姿に目がいく。優しそうで静かな女性である。でも、目を下にやるとギョッとする。足で踏んづけているのは罪と異端のシンボルである蛇。自分の足の上に幼児キリストの足をのせ、蛇を踏み潰す方法を教えているのである。背景を暗くし、左から聖母と幼児キリストに光を当てる描き方に魅了される。

聖母のモデルは娼婦レーナといわれており、サンタゴスティーノ教会にある“ロレートの聖母”にも衣装を変えて出てくる。右にいる聖アンナもローマの下町に行けばすぐ会えそうな老婆。光輪があるのでこの絵は聖母子像であるが、カラヴァッジョは市井の人々を使い、宗教画をより身近に感じるものに変えた。これが最初は依頼主の教会からは“卑俗で、神を冒涜している”などと非難され、受け取りを拒否されたりするが、一方で人間の感情や内面をとらえ深い精神性の感じられる宗教画と高く評価するパトロンたちがいた。

その一人が教皇パウルス五世のお気に入りであったシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿
(1579~1633)。はじめは12点あったボルゲーゼコレクションのうちの6点が現在、この美術館にある。今回見れたのは“蛇の聖母”、“病めるバッカス”、“聖ヨハネ”の3点。残りはゴッホ美術館に行っている。“果物籠を持つ少年”と“聖ヒエロニムス”は日本であった“カラヴァッジョ展”に出品された。カラヴァッジョお得意の暴力的な表現が強烈にでた“ゴリアテの首を持つダビデ”がなかったのは想定外だが、狙いの青白い顔をしたバッカス(カラヴァッジョ自身)も見れたのでトータルの満足度は高い。

バルベリーニ宮・国立絵画館では“ナルキッソス”と“瞑想の聖フランチェスコ”と再会した。隣の方ははじめてみる“ナルキッソス”に喜んでいた。また、日本にも出ていたカラヴァッジェスキ、サラチェーニの“聖チェチェリアと天使”、バリオーネの“聖愛と俗愛”にも足がとまる。次回はここでなんとしてもホロフェルネスの首から鮮血が飛び散るあの代表作を見るぞと思いながら、館をあとにした。

04年末、いいカラヴァッジョ本、“カラヴァッジョー聖性とヴィジョン”(宮下規久朗著、名古屋大学出版会)が出版された(拙ブログ04/12/23)。ご参考までに。

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2006.05.03

アンブロジアーナ絵画館のカラヴァッジョ

367ミラノでの自由時間の大半をブレラ美術館にあてたあと、次に向かったのが集合場所のドゥオーモの近くにあるアンブロジアーナ絵画館。

ここのお目当てはカラヴァッジョの静物画、“果物籠”。51点くらいあるカラヴァッジョ(1571~1610)の作品の多くはローマの教会やボルゲーゼ美術館、バルベリーニ宮国立絵画館にあるが、生地のミラノにはブレラとアンブロジアーナに2点ある。

右の“果物籠”は是非とも観たかった作品。この絵はカラヴァッジョの代表作のひと
つであるとともに、宗教画や肖像画が重きをなしていたそれまでのイタリア絵画のなか
で、最初の独立した静物画として重要な意味をもっている。カラヴァッジョが制作した
静物画はこの“果物籠”(1596)1点しかないが、この絵の前に描かれた世俗画の
“バッカス”(1593~4、ウフィツィ美)、“果物籠をもつ少年”(1593~4、ボルゲー
ゼ美)や宗教画の“エマオの晩餐”(1601、ロンドンナショナルギャラリー)などにも
同じ籠を描いている。

“果物籠”は館自慢の絵とみえて、図録の表紙に使われている。ぱっとみると16世紀
末の作品にはとても見えない。近代の静物画そのものである。完璧な写実描写が
籠いっぱいに盛られたリンゴや赤や白のブドウの存在感を恐ろしいまでに醸し出して
いる。01年、岡崎美術館で開催された“カラヴァッジョ展”に出品されていた“果物籠
をもつ少年”の艶のある果物にびっくりしたが、静物画として描かれた果物のリアルな
質感に再度200%痺れた。

美術史家の若桑みどり女史によると、宗教画に意味があるように、この絵にもある寓意
がこめられているという。西洋文化のなかでは、果物は古くから人間における五感の
快楽の一つ、つまり“味覚”の寓意。五つの感覚は精神から人間をそらさせ堕落させる
ものと考えられており、果物は甘さゆえに虫が食いやすく、また腐りやすいので、甘味
だがつかのまの快楽の寓意ともなった。カラヴァッジョの“果物籠”でリンゴのところどこ
ろに虫の食った穴があるのは退廃のはじまりを意味しているらしい。また、画面左の
光の当たってるほうには、みずみずしいブドウの葉が描かれているが、右側の葉は枯
れはじめているのは退廃しやすい快楽の寓意がこめられているという。この説はなか
なか興味深い。

あまり時間がなく、ここには長居できなかったけれど、ダ・ヴィンチの“楽士の肖像”と
ラファエロの大きな“アテネの学堂”の原寸大下絵(原画はヴァチィカン宮殿)を大急ぎ
で観た。もう一つ期待してたボッテイチェッリの“天蓋の聖母”は残念ながら修復かなに
かで展示されてなかった。自由時間がもう少しあれば、スフォルツェスコ城内の美術館
にあるミケランジェロの未完の彫刻、“ロンダニーニのピエタ”をみれたのだが、これは
次回の楽しみにとっておくことにした。

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2005.07.18

ドレスデン国立美術館展

121Takさんのオフ会に集まった人たちと一緒に、上野の国立西洋美術館で開かれている“ドレスデン国立美術館展”を鑑賞した。

03年、ツヴィンガー宮殿内にある古典絵画館を訪れた。時間の関係で近代絵画館や陶磁器収集館は見れなかったが、ラファエロの“サン・シストの聖母”、ジョルジョーネの“眠れるヴィーナス”、フェルメールの“窓辺で手紙を読む若い女”などの傑作を楽しんだ。

ここにはレンブラントの作品が代表作の“レンブラントとサスキア”をはじめ
いくつもあった。だが、購入した図録に載っていた“ガニュメデスの誘拐”がなく、
残念な思いをした。で、この絵が今回の展覧会に出品されることになった
ので、会場では展示されてた地球儀、デューラーの版画、宝石類、マイセン
の陶磁器などを興味深く、熱心に見たが、心は2度目の対面となるフェルメー
ルの“窓辺で手紙を読む若い女”とレンブラントの“ガニュメデスの誘拐”に
とんでいた。

手紙を読む女は現地ではゆっくり見れなかったが、今回はガラス窓に映った
女の顔やテーブルの敷物やカーテンの質感に感心しながらみた。横からみた
手紙の先がきらきら光ってるのをみると、アムステルダム国立美術館に
ある“牛乳を注ぐ女”を見たときの感動が蘇った。フェルメールの絵に接する
たびにこの画家の画業の高さに驚かされる。

お目当ての右のガニュメデスの誘拐は手紙を読む女の隣の部屋に飾ってある。
このギリシャ神話に題材をとった絵はこれまでいろんな画家が制作している。
鷹に変身したゼウスに誘拐されるガニュメデスは大体美少年。これがレンブラント
の絵では赤ん坊になっている。しかも、この赤ちゃんはお漏らししながら大泣に
泣いている。病院の診察室で泣いてる赤ちゃんのよう。1635年の頃、ガニュメ
デスをオランダの町のどこにでも見られる泣きじゃくる赤ん坊にして描いたという
のが凄い。レンブラントという画家の頭の中は随分近代的である。

念願のフェルメールの傑作とガニュメデスを見れたのでこの展覧会は二重丸。

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2005.05.26

レンブラントのダナエ

79ギリシャ神話にでてくるダナエの話は面白い。ゼウスは得意の変身術をつかって美貌の女性にアプローチするのだが、ダナエに対して使った変身が変わってる。

牡牛や白鳥、雲とは違って雨になるのである。しかも黄金の雨となってダナエに進入する。ギリシャ神話を夢中になって読んでたとき、このゼウスの雨には驚いた。動物だと愛の情事も自然にイメージできるが、雲が手をだす
ようになると普通の頭ではついていけなくなる。さらに、雨となると、雲と同じ
自然現象とはいえ、美女とどのようにして思いを遂げたのか?これを想像するの
は骨が折れる。

アルゴス王のアクリシオスはある時、自分の娘の子によって殺されるという
神託をうける。心乱れた王は娘のダナエに悪い虫がつかないようにと青銅の
部屋を作って、そこにダナエを閉じ込め、老婆に見張らせた。しかし、こんな妨害
なんか物ともしないゼウスは美しいダナエに近づかんと黄金の雨に身を変え、
彼女の上に降り注いで合体する。こうして生まれたのが英雄ペルセウス。

この話は芸術家の想像力を刺激するのか、古来、陶器や絵画の好材料となっ
てきた。右の絵はレンブラントが30歳ころ描いた“ダナエ”。エルミタージュ美術
館でこの絵をみたとき、その大きさ(185cm×203cm)と白い肌のダナエに
感動した。当時のオランダにいた女性をそのままダナエに仕立てているのが、
他の画家たちが手がけたダナエとの大きなちがい。

そして、ティツィアーノなどの絵には黄金の雨が上から降り注いでいるのに、
レンブラントはこれを描いてない。ダナエの左手を前に出させ、今、雨になった
ゼウスが現れた瞬間を表現しているのだろうか。後ろには老婆がこれをみつ
めている。光のあたったダナエは生命感があふれ、存在感がある。エルミター
ジュ美術館にはレンブラントの名画が沢山あるが、このダナエが一番印象深
かった。

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2005.04.19

アントワープ大聖堂のルーベンス

50バロックの巨匠、ルーベンスの最高傑作があるアントワープ大聖堂を訪れた。ルーベンスの絵はルーブル、ミュンヘンのアルナ・ピナコテーク、プラド、ウイーン美術史などで代表作を見ることができる。

だが、ひとつ傑作が欠けている。それはアントワープに行かないと見れない“十字架降下”。今回、やっとこの名画に会えた。アントワープ大聖堂にはルーベンスの絵が4枚飾ってある。
いずれも大きな祭壇画。“十字架昇架”、右の“十字架降下”、“聖母被昇天”、
“キリストの復活”。

一番のお気に入りは十字架降下。3連画になっており、真ん中のパネルが
十字架降下。十字架から降ろされる青白くなったキリストと白い布、キリストを
下から支える男が着ている真っ赤な服に目を奪われる。ルーベンスはローマ
で彫刻や浮き彫りから肉体の表現を学んでおり、キリストのポーズはヴァティ
カン美術館にある“ラオコーン”を借用している。

この理想的な肉体にくわえ、キリストを斜めにおく対角線構図が劇的効果を
一層高めている。そして、キリストの足を支えるマグダラのマリアがいる。
聖母マリアの顔はキリストと同じように青白くなっているが、マグダラのマリア
のほうは亜麻色の髪が美しく、死せるキリストをじっとみている。キリストの足
を髪で拭いたという話しを連想させる。いままでみたルーベンスの絵でこれ
ほど感動した絵はない。ここに来れて本当によかった。

日本では“フランダースの犬”でルーベンスの絵を思い浮かべる人が多い。
1872年、英国の女性作家ウイーダによって書かれたこの小説はフランダー
ス地方ではほとんど知られてなかったようだ。1985年にようやくオランダ語
に翻訳され、子供むけの漫画本が出版された。ネロ少年があこがれたルー
ベンスの祭壇画。クリスマスイブのミサが終わった後、少年は月の光に照
らされた絵を見ながら息絶える。

大聖堂の前にフランダースの犬の碑があり、日本語で碑文が書かれていた。
制作費を出したスポンサーは世界のトヨタ。

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2005.04.18

レンブラントのスザンナ

49オランダ古典絵画の巨匠、レンブラントとフェルメールの絵が存分に楽しめるのがこのツアーのいいところ。アムステルダム国立美術館とマウリッツハイス美術館では2人の作品は別格の扱いになっている。

マウリッツハイスのレンブラントコレクションは国立美術館に劣らず、名作が揃っている。レンブラントの絵で人間くささを一番感じるのは晩年の自画像と右の“スザンナ”。
残念ながら1669年の自画像は見れなかったが、後年は苦労の多かった
レンブラントの寂しげな顔が心をうつ。

“スザンナ”も印象深い作品。この絵を観るのは2度目。03年、西洋国立美術館
で開催されたレンブラント展ではじめてこの絵に接したときは、かなり驚いた。
レンブラントの絵といえば肖像画、自画像、聖書物語を光と影の演出で人物の
内面をも描いたというのが一般的な評価である。が、その心の状態が聖書物語だ
といまひとつピントこない。でも、このスザンナは画題は旧約聖書からとってるが、
スザンナの怯えた表情がストレートにこちらに伝わってくる。

スザンナは純潔の象徴。沐浴中に二人の長老から関係を迫られたスザンナは、
純潔を守ったがために無実の罪に陥れられるが、最後は預言者ダニエルに
救われる。画面の右の藪のなかに隠れてスザンナを見ている長老を配してる。

ウイーン美術史美術館でみたティントレットの同じ名前の絵はスザンナの白い肌
がなんとも美しくかつ官能的だった。ティントレットに比べればレンブラントのスザ
ンナのほうが絵のなかに入っていける。長老の誘惑に怯えるスザンナの姿が痛
ましい。レンブラントライト効果が良く出ている作品ではなかろうか。

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2005.04.17

フェルメールのデルフトの眺望

182期待のマウリッツハイス美術館を訪れた。北海に面したデン・ハーグ市にある。あまり大きな美術館ではないが、所蔵する作品はオランダ絵画の傑作が揃っている。

レンブラント、フェルメール、ハルス、ロイスダール、ステーン、アーフェルカンプ。。

とくにレンブラントの絵が多い。レンブラントの出世作となった“テュルプ博士の
解剖学講義”、“スザンナ”、“老人像”、“シメオンの賛歌”、“自画像”(若いころ)。
どれもいい絵。最も見たかった晩年の自画像(1669年)はなかった。どういうわ
けかアムステルダムの国立美術館でも“使徒パウロとしての自画像”(1661年)
にお目にかかれなかった。ツイてない。

ハルスの“笑う少年”は小さな絵だが、無邪気な笑いにおもわずこちらの口元が
ゆるむ。当時、笑う人物を絵にするなんて勇気がいることだと思うが、ハルスは
これを最初におこなった。しかも、印象派のような描き方で。ゴッホはアムステル
ダム美にあるハルスが描いた集団肖像画をみて、感激したという。

当マウリッツハイス美術館の自慢はフェルメールの作品。3点ある。“デルフトの眺
望”、“真珠の耳飾りの少女”、“ディアナとニンフたち”。いつも3点飾ってあるこの
部屋になんとウイーン美術史美術館所蔵の傑作“絵画芸術の寓意”があった。
まったく予期せぬビッグな展示。

96年、ここでフェルメール展が開催された時、この絵画芸術はコンディションが悪く
出品されなかったので、9年ぶりのお目見え。フェルメール作品のトップの傑作、
真珠の耳飾り、デルフト、絵画芸術が一度に見られるなんて夢のよう。真珠の耳
飾り、絵画芸術は過去見たので、はじめて観る右の“デルフトの眺望”に神経を
集中。

噂には聞いていたが、見事な風景画。マルセル・プルーストがこの絵は世界で
一番の風景画と言ったというが、全く同感。西洋画のなかで好きな風景画といえ
ばこれまではモネの作品だったが、このデルフトの眺望はモネよりいいかもし
れない。光の表現がとにかく凄い。真ん中、中景の建物の屋根のレンガは明る
く輝いている。空の青には高価なウルトラマリンブルーが使われている。

画面の大半を占める空に大きく広がった白い雲が印象的。川に面してたつ建物
のレンガ色、茶褐色が実にここちよい。また、川に浮かぶ船は点描にように描
かれ、光っている。印象派の絵を先取りしてる感じ。構図も巧み。手前に砂浜を
描き、奥行き感をだしている。何か話をしている女性、船に乗り込もうとしてる
人たちに目がいき、質感が素晴らしい建物、明るい空に心うたれる。

フェルメールは他のオランダの画家には思いもつかなかったこんな風景画を20代
の終わりに描いた。感動200%の傑作。

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2005.04.11

アムステルダム国立美術館のフェルメール

42改装のため展示作品を絞っているアムステルダム国立美術館に足を運ぶ人のお目当てはオランダが世界に誇る巨匠レンブラントとフェルメールの絵。

世界中からやってくる美術愛好家のため、この2人の画家の展示スペースは確保されている。実はこの美術館が大規模な改装を08年までやるとの情報を得ていたので、会場に入るまでひょっとしてレンブラント、フェルメールの絵も全部観賞できないのではと心配していた。

フェルメールの絵は3枚飾ってある。“小路”、“牛乳を注ぐ女”、“手紙を読む女”。
もう1点、“恋文”があるはずだが、残念ながらお目にかかれなかった。この絵は
確か、Takさんが観に行かれたフランクフルトのシュテーデル美術館に貸し出し中。

牛乳を注ぐ女の画題はありふれた日常生活のひとコマ。でも、絵の仕上がりは
超一級。女性が着ている服の黄色、青が鮮やかで、テーブルにあるバスケットや
パンに光があたりきらきらしている。レンブラントの光と影の演出とは異なり、光を
効果的に使い明るい色調で質感を巧みに表現している。また、構図のとりかたも
いい。左上にちょこっと窓を見せ、、奥行きのある空間をつくり、ほぼ真ん中に牛乳
を注ぐ女性をもってきている。

22年まえに観た時はまだ絵を観るセンスがなかったが、最近は多少目が肥えて
きたので、この絵の素晴らしさがわかってきた。フェルメールのなかではやはり
1,2位にランクされる傑作ではなかろうか。

フェルメールを再発見したのはフランス人批評家トレ・ビュルガー。1866年に書か
れた論文でフェルメールの絵画が注目されるようになった。当時パリでは歴史画
よりも風俗画が好まれており、フェルメールが描いた市民絵画に魅せられる人が
多くいたようだ。

フェルメールよりも少し前に生まれたラ・トゥールも1630年代“女占い師”や“女い
かさま師”など風俗画の傑作を残している。フランスでフェルメールが見直されたと
いうのも面白い。日本のラ・トゥール展とアムステルダム美術館で風俗画の名画
をみせてもらった。

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2005.04.10

レンブラントの夜警

414/1からオランダ、ベルギーを旅してきた。申し込んだツアーの売りは花と名画との出会い。花はキューエンホフ公園に咲く水仙やチューリップ。そして、名画はレンブラント、ゴッホ、フェルメール、ルーベンス、ファン・エイクの巨匠が描いた傑作。

感激は花だけでなく、団子にもある。ベルギーの美味しいビール、ムール貝、甘くてとろける味のチョコレート。旅行には三つの楽しみがあるという。
行く前の期待感、現地での感動、最後に帰ってから思い出に浸る楽しみ。で、
旅の楽しみを簡単な旅行記でリフレインし、名画や素晴らしい風景でうけた感動
をパック詰めにしておこう。

最初に訪れたのはアムステルダム。この町に来たのは3回目。昨年10月にも
来た。アムステルダム国立美術館、ゴッホ美術館に行けるのが嬉しくてたまら
ない。国立美術館のほうは、現在建物を大改修のため、美術館の一部を使って
作品を展示中。

昔、入場したところとは全然違うので、全く新しい美術館を訪れたような感じ。
入館すると、心はレンブラントの“夜警”へとはやる。この美術館では現地のガイ
ドさんが絵画の説明をしてもいいことになっているが、話は半分聞くと、どんどん
先行して夜警のコーナーにたどりついた。

22年ぶりにこの絵を観た。真ん中にいる隊長と副隊長だけに左斜め上から光が
当っている。この絵には34人が描かれているが、この2人だけが一歩前にいて、
動き出すような感じがする。隊長が“前に進め”と号令をだした一瞬がドラマチッ
クに描かれている。これまでの集団肖像画とはあきらかに違う。隊長、隊員と
一人の少女の表情や動きを光と影で演出し、内面の感情までも描きだしている
のが凄い。

レンブラントの他の作品にも感じることだが、副隊長が着ている黄金色の衣装の
質感に驚かされる。レンブラントの画才の高さにあらためて感服した。

今旅行の日程は
アムステルダム ー キューケンホフ公園 ー ハーグ ー キンデルダイクの
風車ーアントワープ ー ブリュージュ ー ゲント ー ブリュッセル。

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2005.03.24

レンブラントの自画像

35熱海にあるMOA美術館には光琳の紅白梅図屏風をはじめとする日本美術を代表する絵画や陶磁器があるが、見逃してはならないのが西洋画家の名画。

地下の展示室にモネとレンブラントの絵が飾ってある。この部屋だけ美術館の人がいつも椅子に座っている。モネの2点と右のレンブラント作“自画像”のために張り付いてるのだろう。

沢山ある自画像のなかでこの絵が一番レンブラントライトを感じさせてくれる。
左上から光が強くあたった右目とその下あたりだけが明るくなっており、明暗の
コントラストが印象深い。この自画像はレンブラントが23歳の頃に描いた作品。
02年京博で開かれた“大レンブラント展”に同じ時期の自画像が出品されて
いた。肩には金属の首当てをつけてるところは同じだが、口を閉じている。帽子
は被らず、髪は長めの巻き毛。

ここの自画像は口が半開きになので、すこしアホぽくみえるが、光の効果に
圧倒されて、おもわず見入ってしまう。自画像の絵なら、ロンドンナショナルギャ
ラリーの作品や晩年の自分を描いた絵のほうが魅力的だが、左上からあたっ
た光と影の描き方をみると、この絵は傑作ではないかと思う。

アムステルダム国立美術館にある“夜警”やフランクフルト・シュテーデル美術
館の“目を潰されるサムソン”ほどの感動ではないが、似たような衝撃があった。

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2005.03.18

ラ・トゥールのマグダラのマリア

32先週の日曜日に見たラ・トゥールの絵が今、頭の中のかなりの部分を占めている。今回の展覧会は世界的にみて、96年のワシントン展、97年パリ展以来の大規模な回顧展なのだそうだ。

美術評論家たちは何回も足を運んでるのではないかと思う。ラ・トゥールの研究で名が売れてる人は誰れ?作品が少ないせいかこの画家の本があまりない。カラヴァッジョの宮下氏とかフェルメールの小林女史のような
美術史家の著作を読んでみたいのだが。謎の画家なので研究も一筋縄では
いかないのだろうか。とりあえず、最近出たラ・トゥール本(創元社、知の再発見
双書)と図録を丹念にレビューしてみよう。

出展作品については年代が書かれてないので、描かれた絵の前後関係がわか
らない。右は夜の情景作品で“聖ヨセフの夢”と共に心に強く残った“書物のあ
るマグダラのマリア”。いつごろ描かれたのだろうか。ルーブルにある“灯火の
前のマグダラのマリア”が1640年ごろなのでこの頃の作品かもしれない。

マグダラのマリアは多くの画家が画題にしている。これまで観た絵ではティティ
アーノ、カラヴァッジョの作品が一番印象深い。カラヴァッジョが描いた“マグダラ
のマリアの法悦”(1606)を観たときの衝撃度はマグニチュード7級。この絵
の連鎖でベルニーニの彫刻“マグダラのマリア”が次回ローマ訪問の主要ター
ゲットになってしまった。

フランス人のラ・トゥールが描いたマグダラはこれまでの作品とは趣きが随分
ちがう。カラヴァッジョからは光の効果の影響を受けてるが、画面構成や人物の
描き方はラ・トゥール独自のもの。“書物のあるマグダラ”では長い綺麗な髪に
見惚れる。マグダラのマリアといえば長い髪と髑髏と書物が定番であるが、
このマリアの髪はシャンプーのCMに出てくる美しい黒髪を連想させる。横顔の
大半はその髪で隠れ、目すら見せない。蝋燭の炎で照らされた髑髏を両手で
さわり、じっとみつめているマリア。素朴で静謐な感じのする絵である。

“荒野の洗礼者聖ヨハネ”に描かれたヨハネの髪がマリアの髪のように長く、
そして綺麗。ヨハネは男性なのにどうして女性の髪を描いたのか?興味ある
テーマがみつかった。しばらくconcernしよう。

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2005.03.14

ラ・トゥール展

30国立西洋美術館で開かれている“ラ・トゥール展”をみた。この画家が描いた絵(真作)は今現在40点という。そのうち20点がこの展覧会に出ている。

ラ・トゥールの絵がどの位あるのか知らなかったが、40点の半分を集めたというのは凄いことではなかろうか。しかも、東京に。

この画家の絵はルーブルにある6点、メトロポリタンの2点、ワシントン・ナショナルギャラリーの1枚しかみたことがない。
印象深い作品はルーブルの“灯火の前のマグダラのマリア”、“大工の聖ヨセフ”、
“ダイヤのエースを持ついかさま師”、メトロポリタンの“ふたつの炎のあるマグダ
ラのマリア”、“女占い師”。

今回はルーブルから右の“ダイヤのエースを持ついかさま師”が出品されている。
中央にいる女の目つきがいい。気が強そうで、左のいかさま師をキット睨むまな
ざしと顔と胸の白さに釘付けになる。一番驚かされるのは女や右端にいる男が
着ている衣装やネックレス、イヤリング、ブレスレット、そしてテーブルの上にある
金貨の質感。実にリアルに描かれている。

フランス人画家ならではのセンスだろうか。デッサン力が高くないとこんな風には
描けない。これまで蝋燭の光にイメージされる夜の情景にばかり関心がいってい
たが、カラリストを思わせる昼の風俗画にもまた別の魅力を感じる。

もうひとつ気に入った作品は“聖ヨセフの夢”。天使の右手が蝋燭の大半を隠して
いて、袖の下に光がこぼれ、指一本一本が透けて見える。カラヴァッジョの光の
使い方はこんなに繊細ではない。カラヴァッジョの動に対して、ラ・トゥールの絵
は静謐。

模写も含めラ・トゥールの作品を沢山観れたのが良かった。ラ・トゥールの画業に
少し近づけたような気がする。有難い展覧会であった。

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