2009.10.23

THE ハプスブルク展 その二 イタリア・ドイツ絵画の名画!

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海外美術館の作品を展示するお馴染みの名品展は頻繁に開催されるが、その7割は名前倒れ。期待を裏切らず、館の図録に載っている自慢の絵を惜しげもなく公開してくれるのはルーヴル、オルセー、そしてウィーン美術史美。

西洋絵画の展覧会で○をつけるのは図録に登場する絵が3点やってきたとき。日本にいて名画が3点も見れればもう立派な展覧会、気持ちよくビールが飲めるというもの。今回、ウィーン美蔵の作品50点のうち19点が図録(日本語訳あり、200図版)に掲載されている。そのなかで、とくに惹かれるのは、

★ティツィアーノの‘イル・ブラーヴォ’(上の画像)
★ヴェロネーゼの‘ホロフェルネスの首を持つユディット’(真ん中)
★デューラーの‘若いヴェネツィア女性の肖像’(下)

マドリッドのプラド美やロンドンのナショナルギャラリーにあるティツィアーノ(1485~
1576)コレクションには敵わないが、ウィーン美にもぐっとくるのがいくつかある。今回でている‘イル・ブラーヴォ’はとても気になる絵。6年前現地を訪問したときは飾ってなくて図録でその存在を知り、惜しいことをしたなと思っていた。その絵が目の前にある。これはサプライズ!夢中になってみた。

‘イル・ブラーヴォ’は雇われた刺客のことで、手前の男は左手に持った短刀を背中に隠し、金髪の男の襟をつかんでいる。金髪の男は恐怖心を感じはじめている様子で、そのリアルな顔の表情は見る者にも緊張感を与える。こういう内面性がでたカラヴァッジョ風の絵はこれまで見たことがない。

ヴェロネーゼ(1528~1588)は02年の名品展(東芸大美)のときは‘ルクレツィアの自害’で、今回は‘ユディット’。光に照らされたユディットの姿を見るとそれほど緊迫感がない。虫も殺したことのないような若い女性が気持ちを昂ぶらせることもなく、怖いホロフェルネスの首を落としたという感じ。

‘わたし、やっちゃたわよ!でも、意外に冷静だったの。皆がこの首をみると喜ぶから早く持っていって’。外見は弱そうにみえても度胸の据わった女性はいるもの。こういう女性がデカイことをやる。

デューラー(1471~1528)の女性の肖像画はとても気に入っている。前回もやってきたから、また多くのデューラー好きの心をとらえたに違いない。この絵はウィーン美の図録の表紙に使われている。モデルは現代に生きるイタリアの女性となんら変わらないから、絵の中にすっと入っていけるのがいい。

写真がなかった時代では、卓越した描写力をもっている画家の絵は大きな価値があり、心を和ましてくれる。ドイツ絵画にあってはデューラーはやはり特別な存在である。

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2009.09.07

西洋絵画のABC理論  B(ビューティ)

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これまで女性を描いた西洋絵画は数多くとりあげてきた。ラファエロの聖母子やボッティチェリの‘ヴィーナスの誕生’(拙ブログ06/5/7)を見るのは生涯の楽しみであり、フェルメールの‘青いターバンの少女’やルノワールやマネが描いた女性の絵をいつもうっとり眺めている。

My好きな女性画のうち出番を待っているのがまだまだ残っているので、今回CM出演を特別に依頼してみた。
★フォルリの‘リュートを弾く天使’:ヴァティカン美(上の画像)
★ギルランダイオの‘若い婦人の肖像’:カルースト・グルベンキアン美(真ん中)
★ロムニーの‘キルケーに扮したハミルトン夫人’:テート・ブリテン(下)

ルネサンス期に描かれた聖母子や天使や女性の絵には、われわれと同じ時代に生きている女性がタイムスリップしてモデルをつとめたのではないかと思わせるものがある。その最たる絵がボッティチェリのヴィーナスであるが、フォルリとギルランダイオが描く女性も素直にあこがれ、親しみを覚える。

10年前見た‘リュートを惹く天使’(1481)はその清々しい横顔に200%KOされた。まるでトップモデルが翼をつけてリュートを優雅に弾いているよう。このフレスコ画を描いたメロッツォ・ダ・フォルリ(1438~1494)という画家をいっぺんに覚えた。

ギルランダイオ(1449~1494)が1485年に描いた若い婦人もじっとみてしまう。こんなきれいでやさしそうな女性が宣伝する商品なら黙って購入したくなる。リスボンにあるグルベンキアン美には有名なラリックの宝飾品のほか、この絵とルノワールの‘ソファに横たわるモネ婦人’がある。

自慢の絵画をいつか日本で公開してくれると嬉しいのだが。海外美術館名画展で期待したくなるのはやはりBunkamuraと東京都美。帆を上げていると、いい風が吹いて実現するかもしれない。勝手な妄想をしすぎ?

とても気になるのが下のイギリス人画家、ロムニー(1734~1802)の絵。この大きな目をした美しい女性にはじめて会ったのは98年、東京都美で開催された‘テート・ギャラリー展’。昨年行ったテート・ブリテンでもまた見た。このハミルトン夫人はその美貌で何人ものエライ人から愛された。後年にはネルソン提督の愛人になっている。

こういう天真爛漫でキュートな感じの女性はCMでは受けがいい。今人気のベッキーは30代になるとこんな感じの女性に変身する?!

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2008.12.08

丸紅コレクション展

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年間を通してかなりの数の展覧会を見ているが、時々‘一点買い’の展覧会がある。現在、損保ジャパン美で行われている‘丸紅コレクション展’(11/22~12/28)はまさにそれで、お目当ての‘一点’は上のボッティチェリの‘美しきシモネッタ’。

日本にあって、しかもボッテイチェリの画集にはたいてい載っているこの名画を見る機会がどういうわけか今の今までなかった。昨年、たしか京都文化博物館で展示されたのに、これを見逃してしまい残念な思いをしていたが、丸紅の創業150年という節目の年に巡り合い、想定外のリカバリーを果たすことができた。心やさしいミューズに感謝々。

コレクショのなかでこの絵だけは別格という感じで、ルネサンス絵画が沢山あるフィレンツェの美術館にいるような気分になる。ボッテイチェリならではの美しい横顔を写しとる明確な輪郭線、金髪の丁寧な描写、柔らかい衣の襞がどうしようもなく胸を打つ。1月、ロンドンのナショナルギャラリーで再会した‘ヴィーナスとマルス’(拙ブログ2/1)の時と同様、うっとりして眺めていた。

丸紅のコレクションについて、どうこう言える立場ではないが、こういう一級のルネサンス絵画を常時鑑賞できないのはなんだか淋しい。丸紅が美術館を作ればすぐに解決するのだが、そこまでは踏み切れないのだろう。普段はどこにあるの?丸紅本社の役員室?昔、TVカメラが映していたような記憶があるが。勝手な願いは多くの人が楽しめるように丸紅がこれを西洋美に寄託してくれること。まあ、可能性はほとんどないが。

どうでもいいことだが、この展覧会には大勢の人がつめかけており、多くの人が高速エレベーターに乗るとき、手にチケットを持っている。丸紅グループの社員および家族なのだろう。隣の方と顔を見合わせ、‘丸紅に勤めている○○さんに話をしたら、チケットを都合してくれたかもね’と思ったりもした。

シモネッタは当時フィレンツェ一の美人だった。この絵からもその美女ぶりが窺える。ロレンツォ豪華王の4歳年下のジュリアーノはシモネッタに恋をしていた。22歳のジュリアーノは兄と違い美男で名高く、フィレンツェの女性の胸をキュンとさせていた。この美男がヴェスプッチ家の嫁であるシモネッタと深く愛し合っているというのだから、町中その噂でもちきり。1475年に開催された馬上槍試合ではジュリアーノが見事優勝し、‘美の女王’に選ばれたシモネッタからヴェロッキオが制作した兜を授けられる。

ジュリアーノはこの時が絶頂期、だが、3年後、バッツィ家の者に暗殺され、またシモネッタも若くして病で亡くなった。二人の恋は詩人ポリツィアーノの詩のなかで永遠に讃美されるが、ボッティチェリの‘春’、‘ヴィーナスの誕生’はこの詩に想を得て描かれたといわれている。

‘一点買い’のオマケは真ん中のコロー作、‘ヴィル・ダヴレーのあずまや’と下のベルナール・ビュッフェの‘コーヒー沸かしのある静物’。コローのこの大作は西洋美の回顧展にも出品されていたが、見ごたえのある絵。流石、丸紅コレクションである。青のコーヒー沸かしが背景の目の覚める赤に浮かびあがっているビュッフェの静物画にもぐっときた。

(お知らせ)
拡大画像が前よりスマートで綺麗になりました。お楽しみ下さい。

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2008.09.30

ジョットとその遺産展

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現在、新宿の損保ジャパン美で‘ジョットとその遺産展’(9/13~11/9)が行われている。日本にいてジョットの絵がみれるなんて滅多にないから見逃すわけにはいかない。4点ある(うち1点はステンドグラス)。

★聖母子:フィレンツェ、サント・ステーファノ・アル・ポンテ聖堂美(上の画像)
★聖母子:フィレンツェ、サン・ロレンツォ教区聖堂(真ん中)
★嘆きの聖母:フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂美(下)

上の‘聖母子’は画集に載っているジョットの初期の作品で、アッシジにある壁画連作‘聖フランシスコの生涯28場面’(拙ブログ06/5/14)と同じ時期に制作された。聖母の表情がちょっと硬い感じだが、衣服の青や後ろの赤の鮮やかない色合い、丁寧な文様描写にとても惹きつけられる。こういう名画が東京で鑑賞できるのだから、本当に日本は美術大国。真ん中の聖母子は左のほうに描かれたキリストがごっそり消えている。残った聖母の顔の描き方は上とほぼ同じ。

ジョットの代表作の一つ‘聖フランシスコの死’があるサンタ・クローチェ聖堂は訪問したことがあるから、‘嘆きの聖母’は見たのかもしれないが、記憶にない。ジョットの作品でびっくりするのが悲しみの表現力。‘聖フランシスコの死’に描かれた聖人の死を悼む修道士たちの涙も心を打つが、この聖母のみせるとても人間的な悲しみの表情にもにジーンとくる。

この‘嘆きの聖母’をみると、どうしようもなくパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂にある‘キリストの生涯’の‘哀悼’の場面を見たくなる。死んだキリストを抱きかかえ絶望的な顔をしている聖母やその上でこれ以上の悲しみはないといわんばかりに体をのけぞらしたり、嘆き叫んでいる天使たちを図版でみているだけでも、深い悲しみが伝わってくる。

ジョットのほかに後継者たちの祭壇画などが30点くらいあったが、これらはさっとみて終りにした。ジョットの4点でOKという展覧会であった。

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2008.05.20

フリック・コレクション その一 ヤン・ファン・エイク  ベリーニ  グレコ

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メトロポリタン美術館から歩いて15分くらいのところにフリック・コレクションがある。前回ここを訪れたのは18年前で、そんなに長い時間いなかったから、この邸宅の入り口から部屋の配置まで情けないくらい忘れている。が、鑑賞した作品については、色のよくでた大きめの図録(英文)のお陰で半分くらいは覚えているから不思議。

鉄鋼王のヘンリー・クレイ・フリック(1849~1919)が住んでいた豪華な邸宅の中に入れるだけでも嬉しいのに、フリックが収集した珠玉の名画や18世紀のフランスの家具や陶磁器、ブロンズ小像をとてもくつろいだ気分でみられのだから、贅沢モード全開といったところ。で、究極のプライベイトコレクションをできるだけ多く紹介したい。

15の部屋や廊下に展示してある絵画はルネサンス、バロック、ロココ、新古典派、イギリス、スペイン、オランダ絵画、印象派の一級品。上はヤン・ファン・エイク(1390~
1441)の“ヤン・フォスの聖母子”。聖母子にかしずいているのがこの絵の制作を依頼した修道士ヤン・フォス。後ろの赤いマントを着ているのは聖バルバラで、右できらきらする質感が見事にでている王冠を手にもっているのは聖エリザベート。

背景に描かれた川、橋、舟、都市の景観はルーヴルにある“ロランの聖母子”とよく似ている。ロンドン、パリ、ワシントン、NYで見たヤン・ファン・エイク絵画の輝く色彩と質感を微妙に表現する神業的な細部描写に200%感動した。一生の思い出である。

真ん中はフリックコレクションの至宝、ベリーニ(1430~1516)の“聖フランチェスカ”。前回最も感激したのがこの絵。以来、ベリーニをイメージする3枚の絵のひとつになった。ちなみにほかの2枚はロンドンのナショナルギャラリーにあるすばらしい肖像画“統領レオナルド・ロレダン”と親しみやすく人間味あふれる聖母子像が描かれた“聖カタリナとマグダラのマリアのいる聖母子”(ヴェネツィア、アカデミア美)。

“聖フランチェスカ”で視線が集まるのが左上から岩肌を照らす光のほうにむかって大きく手を広げるフランチェスカの姿。手のひらに“聖痕”(キリストが受難の際に手足に受けた傷)を授かる奇跡の場面をこれほど劇的に表現した絵はほかにない。また、克明に描かれたフランチェスカのまわりの石ころとか左奥の遠景にみられる小道や木々の葉にも目を奪われる。

下はフリックの生存中そのままの状態で残されている広間にあるグレコ(1541~
1614)の“聖ヒエロニムス”。これは5点存在する“聖ヒエロニムス”のひとつで、メトロポリタンのものとここのがベストと言われている。レーマンギャラリーで見た時同様、枢機卿が着ている礼装の朱赤が目に飛び込んできた。本当にいい肖像画をみた。

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2008.05.05

その三 ティツィアーノ  ルーベンス  ヴェロネーゼ

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ワシントン・ナショナル・ギャラリーにはティツイアーノ(1485~1576)の肖像画の名作が揃っていたが、メトロポリタンでは見慣れた題材と対面した。上の“ウェヌスとアドニス”と“ウェヌスとリュート奏者”。上の絵はプラドにある原画のレプリカで、西洋美の“ウルビーノのヴィーナス展”にもこれとはちがうアドニスが赤い狩猟帽を被った別ヴァージョン(バルベリーニ宮美蔵)が展示されている。

“ウェヌスとリュート奏者”も同じ構図で描かれた作品6点のうちの一つ。作品の質としては、2年前東京都美にやってきたプラド蔵の“ウェヌスとオルガン奏者”が最もいいが、これをベンチマークにするとメトロにあるのは80点くらいの出来栄えで、現在、西洋美に出品されているウフィツィ蔵のものとほぼ同じレベルの絵。

真ん中はルーベンス(1577~1640)がティツィアーノの作品の80年くらい後に描いた“ウェヌスとアドニス”。ティツイアーノとルーベンスの作品を見較べてみると、ティツィアーノのほうが強く印象に残る。それはウェヌスの姿が真に迫っているから。若き愛人アドニスが狩に出かけようとするのを後ろ姿のウェヌスは体をひねらせアドニスの体にしがみつき必死に引き留めている。

なぜ、“行かないで!”とウェヌスは止めるのか?美少年のアドニスは向こう見ずな性質で、獅子、熊、猪といった危険な獲物を追いたがるので、ウェヌスは心配でたまらないのである。案の定、アドニスは手負いの猪の牙にかかって死んでしまう。

この絵の中には二人のほかに2匹の犬とクピドが描かれている。左のほうにいるクピドはウェヌスとアドニスを恋におちいらせた張本人。ぴゅーと放った矢が偶然ウェヌスにあたってしまったから大変。傷を受けたウェヌスはたちまち美しい狩人アドニスにメロメロ。プラドにある原画ではクピドは眠っているが、この絵ではクピドは二人のやりとりをじっとながめている。

ルーベンスの絵で面白いのはこの可愛いクピドがアドニスの足を引っ張っているところ。“ウェヌスお姉さんの愛の力ではアドニスお兄ちゃんの血気を止められないのなら、ここは僕が体を張るしかないな!”クピドちゃんは健気だね!ティツィアーノの絵と較べるとアドニスに動感がないが、ルーベンスは体を斜めにして説得するウェヌスにクピドを加え二人の引き留めようとする気持ちがどんなに大きいかをこの三角形の構図で表現したかったのかもしれない。

クピドは下のヴェロネーゼ(1528~1588)の“ウェヌスとマルス”でも愛の手助けをしている。恋多き女神ウェヌスのここでの相手は軍神マルス。眩しいくらい白い肌をしたウェヌスは当世風の貴族的な衣装をしたマルスの肩に手をかけ、下でクピドが二人の足を紐で結び付けているのを見ている。

指と指を結ぶのはすぐ愛をイメージできるが、足を結ぶというのはちょっと違和感がある。でも、クピドの気持ちはよくわかる。こういう絵ははじめてみたが、ヴェロネーゼはなかなか茶目っ気がある。ロンドン、パリ、ワシントン、ボストン、NYをまわったなかで、“カナの婚礼”(2/26)、ロンドンのナショナルギャラリーでみた“愛の寓意”、フリックコレクションにある“美徳と悪徳”、“智と力”にも魅了されたが、この絵が一番グッときた。

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2008.05.03

メトロポリタン美術館 その一 ジョット  サセッタ  ジョヴァンニ・ディ・パオロ

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本日からNYのメトロポリタン美術館です。また、しばらくお付き合いください。

ニューヨーカーに“MET”(メット)の愛称で親しまれているメトロポリタン美を訪問するのは3度目。前回は15年前だから、しっかり覚えている展示空間は1階のエジプト美術、“デンドゥールの神殿”ぐらいなもので、印象派など目に焼きついている作品についても何処でみたかは見事なくらい忘れている。

館内は広く、1階と2階にエジプト、ギリシャ・ローマ、イスラム、アジア、アメリカ、アフリカ、ヨーロッパ、20世紀美術、中世、武器・甲冑、楽器、コスチュームなど16の展示エリアがある。今回はルーヴル同様、絵画に絞って効率的に回ることを事前にシミュレーションしていたが、実際は目がまわるくらい沢山の部屋があり、また、工事のため封鎖中の部屋があったりするから、途中で一体どこをどう動いているのか頭がこんがらがってくることがしばしば。

絵画だけに限定し、必見リストにある名画を中心に見る作戦だったが、それでも見終わるのに5時間かかった。ツアーの行程ではここの鑑賞時間は3時間。予定ではこのあとの自由行動はグッゲンハイム、フリックコレクションの流れだったが、ここで2時間使ってしまったので、一度行ったことのあるグッゲンハイムはパスせざるをえなくなった。あらためて、メトロポリタンが超ビッグな美術館であることを思い知らされた。疲れはしたが、すごく充実した鑑賞体験だったので、これから感動の名画を目一杯紹介しようと思う。

ここの展示の仕方は少し変則的なところがある。というのも、コレクターの寄贈品のなかでも、一部のコレクターの場合、例えばロバート・レーマン・コレクションやリンスキー・コレクションなどは専用のギャラリーで展示されているから、2階のヨーロッパ絵画のコーナーでルネサンス、バロック、印象派などを見てもう済んだとのんびりしていると、1階中央奥にあるレーマン・コレクションのグレコ、ゴヤ、アングル、ルノワールのとびっきりの名画を見落とすことになる。これから訪問される方はこのことをくれぐれもお忘れなく!

今回リカバリーしたい作品をリストアップするのに役立ったのが04年にBS2で放送された特集“メトロポリタン美術館”。この番組を収録したビデオを出発前によくみて狙いの作品を事前に目になかに入れておいた。また、リストの中には購入した図録(英文、15年前は日本語版がなかった)、画集から得た情報もたっぷり入れてある。

ここにはダ・ヴィンチの絵はないが、ルネサンス絵画の質、数はワシントン・ナショナル・ギャラリーと同じくらい充実している。ジョット(1267~1337)はワシントンにはウフィツィ美術館にいるような気分になる名作“聖母子”があるが、ここの自慢は上の“三賢王の礼拝”。これはジョットが画家としての名声を確たるものにしていた53歳のころの作品で、他の三賢王の構成と違い、一番年上の博士は跪いて幼子キリストを手で持ち上げている。

真ん中と下は二重丸をつけていた作品。ともにシエナ派の画家で真ん中がサセッタ
(1392~1450)の“東方三博士の旅”。キリスト降誕のおり、東方から星に導かれてやってきた三博士の旅の情景が描かれている。惹きつけられるのが人や鳥の動感描写と奥行きを感じさせる構図。馬に乗って山道を下る一行の様子がとても印象的で、左の山の頂上付近にいる二羽の鳥や空を飛翔する鳥にも見入ってしまう。

下はジャヴァンニ・ディ・パオロ(1417~1482)が描いた“天地創造と楽園追放”(レーマンギャラリー)。右のほうに描かれている天使がアダムとイヴを楽園から追放する場面はすっと頭の中に入るが、一体何を表現しているのか?となるのが左の横向きで空を飛んでいる神とその下の鮮やかな赤や黄色、青、紫の輪がいくつもある円。こんな構成はこれまで見たことがない。

これは世界の成り立ちを教えるもの。このころはまだ天動説が信じられていて、円は惑星を表しており、赤の円は太陽。小さな絵だが、一生の思い出になりそう。

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2008.04.11

ウルビーノのヴィーナス展

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現在、国立西洋美術館で開催されている“ウルビーノのヴィーナス”(3/4~5/18)は開幕初日に見た。一月末以降国内で出かけた展覧会はいくつもあるのだが、終了したものは古新聞と同じだから取り上げないことにし、会期が残っているものについてだけ記事にしようと思う。で、この展覧会はタイミングをはかっていたところ。ちょうどワシントン・ナショナル・ギャラリーにあるティツィアーノの絵を紹介したので、感想をまとめてみた。

国立西洋美術館が企画する特別展への関心は本音をいうとあまり高くない。ここより昨年はフィラデルフィア美からマティスやクレーの傑作をもってきてくれたり、この8月からフェルメールを7点も展示してくれる東京都美のほうに倍くらい期待している。

さて、ウフィツィ美からやってきたティツィアーノの上の“ウルビーノのヴィーナス”の人気はどうだろうか?東博で昨年展示されたダ・ヴィンチの“受胎告知”の1/3くらいではないかとみている。間違っている?ルネサンス絵画の鑑賞をライフワークにしているから、この絵に対する関心はそれなりにあり、過去3回のウフィツィ訪問でしっかり目に焼き付けている。客の流れでいうと、この絵の前に大勢の人がいるということはなく、ボッティチェリやダ・ヴィンチ、ラファエロの名画と較べるとかなり淋しいというのが実情。

絵画史の点からいうとこの横たわるヴィーナスは大変な意味をもっているが、それと絵そのものの魅力は別。横たわるヴィーナスをはじめて描いたジョルジョーネの“眠れるヴィーナス”と“ウルビーノ”を較べてどちらが好きかと問われたら、躊躇なく“眠れるヴィーナス”のほうに手をあげる。これをドレスデン美術館で見たときは大変感動した。理由は単純明快。このヴィーナスがとても美しく感じられたから。

“ウルビーノ”は同じ横たわるポーズで描かれているが、このヴィーナスのこちらに投げかける視線はかなり挑発的。そう、これはベッドへ誘っている娼婦の目。当時、この絵はマグニテュード7くらいの衝撃度をもった裸婦図だったにちがいない。このヴィーナスはどうみても理想的な美もへったくれもない、街の楽しいところにいけば必ず見つかる多感な女性。

娼婦の匂いがする裸婦図はこの絵からはじまったといっても過言でない。この絵無くしてゴヤの“裸のマハ”もマネの“オランピア”も生まれてこなかった。だから、この絵については好みは横において、絵画の長い歴史を理解する上でとても大事な絵であるということを言い聞かせて見るようにしている。今回この絵のほかにでているティツィアーノ作品、“ヴィーナスとアドニス”、“キューピッド、犬、ウズラを伴うヴィーナス”は最初に描かれた絵のあと数多くつくられたレプリカの一つ。原画に較べるとすこし質が落ちるから、のめりこむほどではなかった。

さらっとみた絵画に対して、興味深くみたのがヴィーナスの彫刻。なかでも新鮮だったのがジャンボローニャのブロンズ彫刻。はじめてみた下の“跪き、身体を拭くヴィーナス”と“フィオレンツァ”に大変魅了されたので、像のまわりをぐるぐるまわってじっくりみた。初見の彫刻が収穫だったから、今回はこれで満足することにした。

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その二 ジョルジョーネ  ティツィアーノ  グリューネヴァルト

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ナショナル・ギャラリーの館内をまわっていると、ヨーロッパの美術館にいるような気がしてくる。とくにイタリアルネサンスの部屋では質の高い作品が沢山あるのでテンションはプラトー状態のまま。ダ・ヴィンチやラファエロのほかにもジョットの“聖母子”、フラ・アンジェリコとボッティチェリの“東方三博士の礼拝”などを見せられるともう“参りました!”というほかない。質量ともにアメリカの首都にふさわしい美術館と高い評価をうけているのも即納得である。

ルーヴルでもロンドンのナショナル・ギャラリーでもヴェネチア派の名画をいくつも揃えているが、ここでも画集に載っている有名な作品がここにもあそこにもあるという感じだった。上はジョルジョーネ(1478~1510)の代表作のひとつ“羊飼いの礼拝”(部分)。生まれたばかりのキリストを囲んで聖母マリアとヨゼフ、2人の羊飼いが敬虔な祈りを捧げている。

惹きつけられるのが動きのある羊飼いの描写。逆にちょっと引いてしまうのが5人の頭上を飛んでいるあの胴体がなく頭と翼だけの天使。宗教画にはよくこの手の天使が登場するがこれは苦手!画面左上にみえる遠景のうす青の空はとてもきれいなのだが、風景の中に描かれた人物はなぜか極端に小さい。この絵の隣にあった力強い個性がその鋭い目つきから直に感じられる男の肖像画にも足がとまった。

必見リストに何点も載せているティツィアーノ(1485~1576)はロンドン、パリに続いてワシントンでも収穫が多かった。二重丸をつけていた利発で気品のある風貌の少年、ラヌッチョ・ファルネーゼを描いた肖像画は期待値以上にすばらしかったし、威厳のある枢機卿や総督を描いたものにも心を奪われた。さらに目を楽しませてくれたのがティツィアーノが70歳のころ描いた真ん中の“鏡を見るヴィーナス”。クピドのもつ鏡に上半身を映すヴィーナスがなんとも美しく官能的!

この絵のモデルはすこし前に描かれた“ダナエ”(プラド美、拙ブログ07/3/23)とよく似ている。すでにMy好きな女性画に登録されている“ダナエ”のいい相方ができた。また、これまで見たことにないミケランジェロ風の短縮法で聖人ヨハネが描かれている天井画“パトモス島の福音書記者聖ヨハネ”と対面したのも大きな喜び。

グリューネヴァルト(1475~1528)の下の“磔刑図”は美術の本に必ずでている代表作“イーゼンハイムの祭壇画”の縮図みたいな絵。ドイツにある絵を今後見る機会は多分ないだろうから、これは貴重な鑑賞体験。それにしても残酷な磔刑図である。荊で破れ血を流し腫れ上がったキリストの肉体はリアルすぎてあまり凝視はできない。一度、ウイーンの美術史美術館でクラナッハが描いた同じような磔刑図をみたが、これほどサディスティックで痛々しくはなかった。

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2008.04.10

ワシントン・ナショナル・ギャラリー その一 ダ・ヴィンチ  ラファエロ  ヤン・ファン・エイク

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シカゴのあと訪問したワシントンでの観光は比較的ゆったりしていた。リンカーン記念堂、J・Fケネディが眠るアーリントン国立墓地、ホワイトハウス、国会議事堂など主要な観光スポットにあてる時間に余裕しろがあり、ワシントン・ナショナル・ギャラりーとスミソニアン航空宇宙博物館の見学時間は当初の3時間から4時間半になった。これは願ってもない理想的な鑑賞時間。

ここは18年前来たことがあるから、ナショナル・ギャラリーも航空宇宙博物館も既にみている。で、このツアーを申し込むときから航空博物館はパスして日本美術の宝庫であるフリーア美術館ヘ行くことを決めており、作品の鑑賞具合により時間配分を調整することにしていた。4時間半ももらったので、1時間をフリーアにあて、残りの3時間半をナショナル・ギャラリーに使うことにした。

最初に訪問したのはフリーアだったが、ナショナル・ギャラリーのほうを先に紹介することにしたい。鑑賞の順番としてはまず西館をみて、そのあと現代美術が展示してある東館へ移動するのが一般的なコース。前回も同じように動いたはずだが覚えているのは西館2階の天井の高い円形大広間とカルダーのモビールが上から吊り下げられている東館中央の広い吹き抜けくらい。展示室の導線やレイアウトはすっかり記憶から飛んでいる。

今回は無駄な動きをしないために部屋は番号順にまわった。これがやはり一番効率的。上は必見No.1の作品といっていいダ・ヴィンチ(1452~1519)の“ジネヴラ・デ・ベンチの肖像”。アメリカの美術館でダ・ヴィンチの絵をもっているのはここだけ。あのメトロポリタンにも1点もない。

はじめてこれを見たときそれほど感激しなかった。理由はこの女性が美しくなく、絵が小さいから(縦39cm、横37cm)。肖像画は人物の内面や個性が表現されていればそれで立派な作品だが、ルネサンス期の女性画としてはラファエロやボッティチェリが描くような温かみがありみずみずしい女性に心が動く。

ダ・ヴィンチの絵のなかで最も気に入っている“岩窟の聖母”(拙ブログ2/25)に登場する大天使ウリエルの美貌に較べると、この丸顔のジネブラはどうみても分が悪い。この絵で釘付けになるのは金髪の精緻な描写と遠景の青味がかった霞。また背景の水面にあたる光の捉え方からもダ・ヴィンチの高い技量がうかがえる。

真ん中はラファエロ(1483~1520)の“アルバの聖母”。ルーブルにある“美しい庭師”、ウフィツィの“ひわの聖母”、フィレンツェのピティ宮にある“小椅子の聖母”(05/1/4)と並び称される聖母像の傑作である。ラファエロの絵に目がないので、再会したのが嬉しくてたまらない。トンド(円形図)だから、人物と背景の景色のおさめかたがやさしくないのに安定的な構図で人間味のある柔和な聖母像に仕上げている。左で幼子イエスと聖母マリアをじっと見ている小童ヨハネの姿に限りなく魅了される。

この絵はもとはエルミタージュ美術館にあった。財政難からソ連が売りに出したのをこの美術館の生みの親であるアンドリュー・メロンが1931年、ほかの20点とともに700万ドルの巨費を投じて手に入れたのである。いまやアメリカの至宝。

下のヤン・ファン・エイク(1390~1441)の“受胎告知”(部分)もそのなかの一点。精緻な描写と鮮やかな色彩に心拍数が一気に上がった。驚愕するのがマリアに神の子を宿したことを告げる大天使ガブリエルの背中から出ている翼。まるで虹のよう。ルーブルの“宰相ロランの聖母”(2/27)で聖母に冠をかぶせようとしている天使の翼も同じ虹色をしているが、こちらの黄色、緑、赤、青のほうが断然鮮やか。ファン・エイクの絵を見るたびにいい気持ちになる。

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