2008.05.23

その四 ブーシェ  フラゴナール

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前回ここを訪れたときはロココ絵画に関心が薄かったから、“ブーシェの部屋”や上の“フラゴナールの部屋”にいた時間はごく短かったように記憶している。だから、飾られている絵ははじめてみるのと同じ。もともとロココの絵はこういう邸宅のなかに飾られていた。で、仮面をかぶり貴族になったつもりで絵に向き合った。

ブーシェ(1703~1770)は3点ある。“ブーシェ夫人の肖像”、8枚の絵からなる“芸術と科学”、そして真ん中の4枚の連作“四季”。“芸術と科学”はルイ15世の寵愛を得たばかりのポンパドール夫人の依頼で制作された絵で、愛らしい子供が一人前に大人の仕事をする場面が描かれている。

16ある仕事のなかでは、化学実験中に爆発した場面の“化学”や少年が望遠鏡を逆さに覗いている“天文学”が面白い。こういう子供の絵はこれまで見たことがなかったので、とても新鮮だった。

“四季”には仲むつまじい男女が描かれており、真ん中は若者が恋人に花の髪飾りを贈る場面。二人の人形のような丸ぽちゃ顔をみていると幼稚園の“お遊戯会”を思い出す。ルーヴル、ボストン、メトロポリタン(拙ブログ5/10)、フリックで予定通りブーシェ作品を沢山みることができた。

息を呑むほど官能的というよりは健康的なエロティシズムの漂う裸婦像、ラファエロ、ティツィアーニが描いたのではと錯覚するくらい可愛らしいクピドにこれほど惹かれるとは思ってもいなかった。My好きな画家の会員として丁重にお迎えした。

下はフラゴナール(1732~1806)の“恋のなりゆき”。これが飾られている“フラゴナールの部屋”は客間として使われていたが、フリックはこの絵を有名な収集家J・P・モルガンから買い求めたあと、多額の金を投じて家具や彫刻、陶磁器などの調度をしつらえ、内装も変えた。フラゴナールはワシントンナショナルギャラリーやメトロポリタンでお目当ての絵が見られず、消化不良の思いが強かったが、この絵がそれを一掃してくれた。

大作の4枚は誰しも経験する恋物語の“愛の四段階”を表す。すなわち、“求愛”、“逢引き”、“恋人の戴冠”、“恋文”。下は“逢引き”で、右には花園の壁をよじ登る若者がいる。両手を横にあげる恋人は“会いに来てくれたのね、嬉しいわ。でも誰かに見られてないでしょうね!”とそわそわしている様子。

フラゴナールは両手を挙げるポーズがお得意。この絵の10年くらいあとに描いた“かんぬき”(ルーヴル、4/7)では、女性の内面の揺れを切実にあらわすほど大胆になっている。

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2008.05.10

その八 ヴァトー  ブーシェ

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NYは京都のように道路が碁盤の目のようになっているから、目的の美術館やブランドショップを探すのに手間どらない。メトロポリタンは5番街82丁目にある。ほかの有名な美術館もこの5番街沿に並んでいるから、とても効率のいい美術館めぐりができる。

メトロポリタン(上の写真)の上のほうには、フランク・ロイド・ライト設計のあの渦巻き状の外観が目を引くグッゲンハイム美術館があり、ティファニーのほうへ下っていくとその途中にホイットニー美術館とフリックコレクションがある。そして、ティファニーとセント・パトリック大聖堂の中間あたりに20世紀美術の殿堂、近代美術館(MoMA)がある。

直線距離にすると3kmくらいのなかに美術館が集結し、ルネサンスなどの古典絵画から印象派、近代絵画、現代アートの名作が楽しめるのだから、これは美術が好きな人にとってはたまらないアートエンターテイメント空間。今回NYでの自由行動はMoMAの休館日にあたっていたのとメトロポリタンのなかにいるのが長くなったため、グッゲンハイムは訪問できなかったので、次の機会は近・現代アート中心の鑑賞を実現したいと思っている。来年、再度NY?!

必見リストにコピーしていたメトロポリタンのロココ絵画は3点。ヴァトー(1684~
1721)が描いた“メズタン”(真ん中の画像)、下のブーシェ(1703~1770)の“ヴィーナスの化粧”、フラゴナール(1732~1806)の“恋文”。ヴァトーとブーシェは展示してあったのに、最も見たかった“恋文”はなかった。ワシントンナショナルギャラリーでも“読書する娘”と対面できなかったから2連敗!フラゴナールとの相性が悪いのかな?

話が脇にそれるが、絵を鑑賞していて、時々“相性のいい画家と相性の悪い画家があるな”と思うことがある。ミューズが意地悪しているのか、それとも“お前には見てもらいたくない!”と画家が言っているのかわからないが、ミューズ様には常々心よりの感謝を申し上げ機嫌を損ねることはしていないから、やはり画家との相性の問題かもしれない。

“メズタン”はルーヴルにある“ピエロ”とともに、イタリア喜劇のキャラクターの一人。これは前回は見逃し、図録を見るたびに“あの時見とけばよかったな!”という気持ちが強かった絵。このメズタンの体をよじらせ首を左に曲げて、なにかやるせなさそうに楽器を弾いている姿が心を打つ。ここで演じているのは心は熱く燃えているのにその恋は報われない男。で、まだ見ぬ恋人のためにセレナーデを奏でている。切ないねェー、お兄さん!

下の“ヴィーナスの化粧”は“水浴のヴィーナス”(拙ブログ4/1)と同じように女神の品のいい顔立ちと眩いばかりの白い肌に200%参ってしまう。3人いるクピドがまた可愛い。とくに下で腹ばいになり真珠の飾りをさわっているクピドの姿に癒される。ヴァトー、ブーシェの絵にだんだん目が慣れ、雅なロココワールドの住人になるのも悪くないなという気になってきた。

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2008.04.21

その二 カナレット  ヴァトー  ブーシェ

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現在、ボストン美術館はルネサンスや近代絵画や現代アートの作品が飾ってある部屋は工事で封鎖されている。このため、前回はまったく関心の外にあったのに最近のめりこんでいるクリヴェリの細密画やファン・デル・ウェイデンの“聖母子を描く聖ルカ”とは対面できなかった。

ルーヴルの“大作の間”をすこしスケールダウンした部屋にあったティツィアーノ、ティントレット、そして昨日紹介したグレコ、ベラスケスなどをみたあと向かったのが17世紀、18世紀西欧絵画のコーナー。上はカナレット(1697~1768)の“ヴェネチア風景”。

水の都ヴェネチアを描いたカナレットの作品はこれまで日本で開かれた展覧会などでも何度かみたことがあるから、ロンドンのナショナル・ギャラリーでもはじめはそれほど目に力をいれてなかった。が、そこにあるのは絵のサイズが大きく、精細さのレベルがワンランク上の感じ。だから、“これはすごい!”と心の中でつぶやきながら、明るい光、なめらかな仕上がり、白の線で丁寧に表現された波の揺らぎを夢中になってみた。

この絵も一級品。ロンドンでみたときと同じくらい感動した。1730年代、40年代イギリスでは“グランド・ツアー”が流行し、ヴェネチアへ旅行したイギリス人は皆カナレットの絵をお土産に買って帰ったという。また、カナレットが1740~50年代イギリスに滞在したときには、多くの人が田舎の邸宅の眺めを描いてもらっている。それらがナショナルギャラリーに寄贈され一大コレクションになっているのである。この絵もヨークシャー地方の城にあったもの。

ロココ絵画で魅了されたのが真ん中のヴァトー(1684~1721)の“公園からの眺め”と下のブーシェ(1703~1770)の“市場からの帰り”。ヴァトーの絵は愛のファンタジー画。おとぎ話にでてくるような公園には何組かの男女のカップルがいる。女性が当世風のきらめく絹の衣装を着ているのに対し、男性のは17世紀の衣装。

目が釘付けになるのが手を横に広げた男としゃべっている女性。うなじから背中をとおる線がきりっとした美しい立ち姿にうっとり。フランス的な身振り、態度はヴァトーによって決定されたと言われ、ドガもヴァトーからシルエットの美しさを学んでいる。

ブーシェの大きな絵の前では全身が雅なロココモードに包まれる。真ん中と右下に白い肌がまぶしい若い女性、そして左には動感のある男を配して三角形の安定した構図をつくり、3人のまわりには牛や羊、愛らしい子供たちを描いている。優美で明るく軽妙な空気の漂う田園風景に心がふわふわしてくる。

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2008.04.01

その七 ヴァトー  ブーシェ  フラゴナール 

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西洋画を思い浮かべるとき、ルネサンス、バロック、ロマン派、写実派、印象派はすらすらと具体的な絵をイメージできるのに、18世紀のロココ絵画となるととたんに頼りなくなる。すぐ浮かぶのはヴァトーが描いた等身大の“ピエロ”くらいしかない。

ロココ絵画の宝庫であるルーヴルに2回もきたのだからほかの絵も覚えていえもよさそうなのに、体に染み込んでいるのがこの笑っている道化師だけというのは、当時ロココ絵画への関心が低かったため。館内は広く、展示品の数は膨大なので2時間くらいの鑑賞時間では優先順位をつけざるを得ない。

となると、ダヴィンチ、ラファエロ、ボッテイチェリなどのイタリアルネサンス、ドラクロアやルーベンスの大作、ミロのヴィーナス、サモトラケのニケ、古代エジプトの書記坐像などをみるのに時間を多く割くので、ブーシェやフラゴナールの官能的な古典神話や女性画ははたしてみたのか通りすぎたのかわからなくなる。ルーヴルの最初の訪問では同じような経験をされた方は多いのではなかろうか。ここの絵画を見尽くすにはやはり3,4回は足を運ばないと無理である。

で、今回はラ・トゥールをみたあと、急いでロココ絵画のコーナー(シュリー翼)へ向かった。まず目指したのがヴァトー(1684~1721)の“シテール島の巡礼”(上の画像)。淡い色調で島の小高い丘のようなところに8組の恋人たちが描かれている。場面の設定は古代神話にでてくるヴィーナスが波間から生まれたあと上陸したシテール島。この島へ来るとよい伴侶が得られるという話を信じてやってた男女はきらめくような衣装を身にまとい、思い思いに愛を語っている。

恋人たちのしぐさはいたってやわらく優雅で繊細な感じ。また、人物のシルエットの美しさにも惹きつけられる。意気投合し右のヴィーナス像や左の船の上で舞う天使たちに祝福されるカップルもいれば、愛が相手に届かず島を離れることになった二人もいることだろう。念願だったこの軽やかで詩的な世界を感じさせる雅宴画を見れたのは一生の思い出になる。

官能の画家ブーシェ(1703~1770)が描いた真ん中の“水浴のディアナ”はドキドキ気分でみた。たしかにディアナは官能的だが、画面には優美な気品が漂よい健康的な女性の美しさが満ち溢れている。古典神話なのにそれをあまり感じさせず、夢見るようなまなざしをした魅力的な女性が目の前にいるよう。青い敷き布に浮かび上がる輝くばかりの白い肌にもうクラクラ。ほかでは同じくギリシャ神話を題材にした“リナルドとアルミーダ”や“エイロペの略奪”に足がとまった。

そして、奔放な官能性にあふれる裸体画“オダリスク”では脈拍数がちょっと上がった。昔ミュンヘンのアルテ・ピナコテークにある“マドモアゼル・オミュフィ”をみたときと同じ衝撃が体中をはしった。光にゆらめく青い布地にうつぶせになり、愛嬌のある視線をおくる女性はあまりながくみていると変な気分になりそう。

下の絵はフラゴナール(1732~1806)の“かんぬき”。これも是非みたかった絵。みてわかるとおり、これは密会の現場。若い男があらがう女を引き留めようとかんぬきに手をのばしている。人物にあたるスポットライトや大仰な身振りはまるで舞台の一場面みたい。ベッドのわきに“誘惑”と“人類の堕落”を象徴するリンゴが置かれているのも即納得。

フラゴナールはもう一点同じようなメロドラマ風の絵を描いている。それはエルミタージュ美術館でみた“内緒の接吻”。女の体の描き方が“かんぬき”とよく似ている。手元にあるフラゴナールの画集にはロンドンにあるウォレスコレクション蔵の“ぶらんこ”が載っている。いつかこの代表作をみてみたい。

なお、上の3つ画像はクリックするとさらに大きくなるのでこちらでもお楽しみ下さい。

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