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2026.03.31

映画‘次郎長三国志’!

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Img_0003_20260331223801   1963年 東映 マキノ雅弘監督 鶴田浩二主演

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今日、NHKBSにヒッチコックの映画‘レベッカ’が登場した。昨年の後半くら
いからBSに日本映画も含めて名作映画が続々放送されている。ときどき情
報がなかった作品がでてくるので、時間があればついみてしまう。海外の映
画に古いものが選ばれるのなら、日本映画でもヒットした時代劇などもセレ
クションしてくれると嬉しいのだが、それは実現していない。

この願いに応えてくれるのはYou Tubeの映画の動画。2週間前、マキノ雅弘
監督の‘次郎長三国志’(9作 モノクロ 1953~54年)を見つけ、どっ
ぷり嵌り集中的に観た。カラオケ好きの仲間が集まると、十八番の股旅演歌
♪♪‘旅姿三人男’をこぶしをまわして気持ちよく唄うのに、海道一の親分、
清水の次郎長や子分の大政、森の石松の侠客物語がどんなだったかはほとん
ど知らない。これは次郎長一家の映画をみたことがないから。

かすかに記憶がもどったのは甲斐の黒駒親分と悪党の都鳥三兄弟の名前がで
てきたとき。たしか、石松は都鳥に金を騙されて巻き上げられ、殺されたの
ではなかったか、、この石松をあの森繫久彌が演じていた。9作観終わった
あと、映画の原作となった村上元三の小説‘次郎長三国志’を読んでみようと思
い、文春文庫(1983年)と新装版文春文庫(1990年)、角川文庫
(2008年)を有隣堂でチェックしたら、いずれも絶版になっていた。本
は神田で探すことにし、ブックオフに並んでいた鶴田浩二主演の‘次郎長三国
志’(2100円)と‘続次郎長三国志’(1900円)にとびついた。

鶴田浩二の次郎長親分は納得のキャスティング、じつにカッコいい。石松はなんと長門裕之、ほかにいなかったの?というのが率直な感想。次郎長の女房、お蝶は佐久間良子、その美しさが輝いている。そして、若い頃の藤純子も出演している。男優も松方弘樹、山城新伍らスター揃い。今年はベストセレクションの股旅演歌のCDを聴く回数がぐんと増えそう。

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2026.03.30

桜図 ベスト&ベスト!

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Img_0006_20260330225501   横山大観の‘夜桜’(1929年 大倉集古館)

Img_0002_20260330225501   冨田渓仙の‘東山夜桜図’(1932年)

Img_0001_20260330225501   川合玉堂の‘行く春’(重文 左隻 1916年 東近美)

Img_20260330225501   奥村土牛の‘醍醐’(1972年 山種美)

Img_0003_20260330225501   東山魁夷の‘花明り’(1968年)

お気に入りの映画や音楽は何度も観たり、聴いたりするように、心を打つ日
本画もまた繰り返しながめている。日本画がほかの趣味と違うのは風景画で
も花鳥画でも季節という時間の流れが関わってくるので春は桜、秋は紅葉と
いう具合にその絵をみるタイミングに合わせて気持ちが盛り上がっているこ
と。だから、日本画鑑賞が趣味に加わったお陰で四季の移り変わりへの感性
が長く保たれているかもしれない。

明治以降に活躍した日本画家で桜というとすぐ名前が浮かぶのが4人いる。
横山大観(1868~1958)の‘夜桜’にはちょっとしたエピソードがある。
仕事の場が名古屋に変わることになったとき、所蔵している大倉集古館でこ
の絵が展示されていた。これを見逃したら、この先ずっと縁がないと思い
、忙しい合間をぬって足を運んだが、閉館の30分前。すると、係りの人が
‘お金はいりませんから時間になるまでご覧下さい‘とのこと。二重の意味で
感激してこのすばらしい桜の絵をみていた。

富田渓仙(1879~1936)の‘東山夜桜図’は京都の東山のふもと、祇園円山公園にある有名な枝垂れ桜を描いたもの。この絵の11年前にも渓仙は‘祇園夜桜’を仕上げており、この絵に刺激を受けて大観は傑作‘夜桜’を完成させた。その最初の絵にくらべ、‘東山夜桜’は今度は大観の描き方を意識している。二人のコラボがまたいい絵を生み出した。

もう二人の桜の名手は東近美でこの時期定番の展示になっている大作‘行く春’を描いた川合玉堂(1873~1957)と千百年の歴史をもち、豊臣秀吉が花見を行ったことで知られる京都・醍醐寺の枝垂れ桜をモチーフにした奥村土牛(1889~1990)。そして、東山魁夷(1908~1999)の京都東山の木々のシルエットを背にして中央に満開の桜を描いた‘花明り’にも魅了され続けている。

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2026.03.29

浮世絵で花見気分!

Img_0004_20260329224501   ‘上野花見遊図屏風’(部分 17世紀末∼18世紀初頭)

Img_0001_20260329224601   鳥文斎栄之の‘御殿山の花見’(1781~89年 メアリー・エインズワース・コレクション)

Img_0002_20260329224601   葛飾北斎の‘富嶽三十六景 東海道品川御殿山ノ不二’(1831年頃)

Img_20260329224601   鳥居清長の‘仲の町の桜’(1785年 シカゴ美)

Img_0003_20260329224601   歌川広重の‘江戸名所 花’(1849~52年 ジョルジュ・レスコヴィッチ・コレクション)

土曜・日曜は全国的にいい天気で桜の名所はどこも大賑わい。上野公園や目
黒川の花見の光景がメディアで盛んに報じられていた。それにつられて浮世
絵の図録を何冊をながめていた。‘上野花見遊図屏風’は満開の桜ノ下で飲め
や踊れやの真っ最中。見ているほうも楽しくなる。

鳥文斎栄之(1756~1829)が描いているのは品川の御殿山の桜、
ここは王子の飛鳥山と並ぶ桜の名所として知られていた。絶景の海の眺めと
美しい桜が楽しめれば幸せMAXだろう。心地のいい構図により上機嫌の
女性たちの姿に視線が長くとどまる。

これに対し、葛飾北斎(1760~1849)の御殿山は桜の木が‘さあ、皆
さん、きれいな姿をとくとご覧あれ!’と笑いながら主張している感じ。満開
の桜樹の間から遠くの富士山がみえ、高台では三人の男たちが酒盛りを存分
に楽しんでいる。その横では子供をおんぶした夫婦が話しながら歩いている。

栄之が影響を受けた鳥居清長(1752~1815)の桜の舞台は吉原。
ここでは2月下旬に桜の木が根付きのまま移植され、散り終えると取り払わ
れた。今、桜は満開。遊女の群像描写だからこれ以上華やかな花見はない。
2024年大阪のあべのハルカス美で開催された‘ジョルジュ・レスコヴィッ
チ・コレクションンの広重展’で大変惹かれる花見の絵にお目にかかった。
吉原の引手茶屋の2階から茶屋のおかみとその子ども、振袖新造が桜をなが
めている。

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2026.03.28

日本でみたいアメリカ美術館の傑作絵画!(1)

Img_20260328224801   サージェントの‘エドワード・ダーリー・ボイトの娘たち’(1882年 ボストン美)

Img_0001_20260328224801   ゴーギャンの‘アベ・マリア’(1891年 メトロポリタン美)

Img_0002_20260328224901   モネの‘海辺のテラス、サン・タドレス’(1867年 メトロポリタン美)

Img_0003_20260328224901   スーラの‘サーカスの客寄せ’(1887~88年 メトロポリタン美)

Img_0004_20260328224901   ロートレックの‘ムーラン・ルージュにて’(1892年 シカゴ美)

今年はパリへ出かけたときの定番の観光名所になっているオルセー美から2
つの特別展のために印象派を中心に傑作がどどっとやってくる。‘クロード
・モネー風景への問いかけ’(2/7~5/24 アーティゾン美)と‘オルセー
美術館所蔵 いまを生きる歓び’(11/4~3/28 東京都美)。これほど質の高い絵が集中して展示されるのははじめてのことだから、西洋絵画ファンにとっては心が浮き浮きするアートエンターテイメントの真っただ中にいるようなものである。本当にすばらしい!

オルセー所蔵のいい絵が披露されるのが定着すると、アメリカのブランド美
術館への期待が膨らんでいく。たとえば、2022年に大規模な特別展が実
現したメトロポリタン美、以前から日本との縁が深く、西洋絵画だけでなく
日本絵画、浮世絵などが定期的に公開されるボストン美。そして、展示の機
会をもっと増やして欲しいのがワシントン国立美、シカゴ美、フィラデルフ
ィア美。

これらの美術館を運よく訪問することができ、幾多の名画から大きな感動を
もらった鑑賞体験をもとに、日本で披露されれば多くの観客の心をわしづか
みすることは請け合いの作品をピックアップしてみた。その一番はボストン
美にある‘エドワード・ダーリー・ボイトの娘たち’。描いたのは本籍ボスト
ン、現住所パリのサージェント(1856~1925)。ベラスケスの‘ラス
・メニーナス’を意識したこの傑作はあれほど何度もボストン美展がこれまで
開催されたのに、一度もやってきたことはない。どこかの美術館でこの絵の
招聘にチャレンジしてもらえないかと、強く願っている。

4年前、国立新美にカラヴァッジョとラ・トゥールが一緒に並ぶという奇跡の展示を実現してくれたメトロポリタンへの期待はとても高く、次の大イベントではゴーギャン(1848~1903)の‘アベ・マリア’、モネ(1840~1826)の‘海辺のテラス、サン・タドレス’、スーラ(1853~1891)の点描法による‘サーカスの客寄せ’を夢見ている。そして、まだ2回しか名品展に遭遇していないシカゴ美ではロートレック(1864~1901)の絵のなかでもっとも惹かれている‘ムーラン・ルージュにて’が頭から離れない。

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2026.03.27

映画‘沓掛時次郎’と橋幸夫の股旅演歌!

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Img_0001_20260327225501   1961年 大映製作 市川雷蔵主演

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Img_0003_20260327225501   木曽街道(中山道)の宿場地図
 
Img_0004_20260327225501   渓斎英泉の‘木曾街道六捨九次之内 沓掛’(1835~36年)

海外のポップミュージックでも日本の歌謡曲や演歌でも、好きな曲を聴いた
ときはその曲を夢中になっていた‘あのとき’の思い出がいっしょに蘇ってく
る。これに浸っているとすごくいい気分になるから、ブックオフでもそんな
歌謡曲が入った古い日本映画を熱心に集めている。先ごろ、追っかけていた
股旅映画が2本手に入った。

市川雷蔵(知っている人は知っている)主演で大映が製作した‘沓掛時次郎’は以前、You Tubeで部分的にみていつかゲットしようと追っかけリストに入れていた。惹かれる決め手となったのは昨年亡くなった橋幸夫が主題歌として歌った股旅演歌♪♪‘沓掛時次郎’が大好きだから。小さい頃、大ヒットしたデビュー作の♪♪‘潮来笠’とこれをよく歌っていた。橋幸夫の爽やかでカッコいい姿は兄貴分にあたる市川雷蔵とよく似ており、二人は股旅映画で共演している。どの映画だったかしっかりつかめてないが、いい感じの相棒(バディ)を演じていた。

市川雷蔵はなんといっても刀をぐるぐる廻す‘円月殺法’で相手を幻惑する‘眠狂四郎’で時代劇の大スターというイメージが刷り込まれている。そのため、俊敏な刀さばきで悪党ヤクザ者をたたき斬る一人旅の侠客、沓掛時次郎がとても新鮮に映る。この映画の10年前につくられた‘毆られた石松 仁侠三人男’で主演している片岡千恵蔵はどっしりした時次郎。田崎潤が扮する森の石松とのかけあいがおもしろい。清水の次郎長親分を完全に食っている。

木曽街道(中山道)の宿場、沓掛(くつかけ 長野県北佐久郡軽井沢町)という地名(地図をクリックして拡大で)は旅人が草鞋(わらじ)や馬の沓(馬の蹄を保護するために馬に履かせる履物)を捧げて神に旅の安全を祈ったことに由来する。渓斎英泉(1791~1848)の描いた‘木曾街道六捨九次之図 沓掛’をあらためて楽しんでいる。

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2026.03.26

三井記念美の‘歌仙 在原業平と伊勢物語’!

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岩佐又兵衛の‘三十六歌仙図額 在原業平像’(重文 1640年 仙波東照宮)

Img_0001_20260326230501 俵屋宗達の‘伊勢物語図色紙 第八段浅間の嶽’(17世紀 黎明教会資料研修館)

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鈴木其一の‘業平東下り図’(19世紀 遠山記念館)

Img_0004_20260326230501   葛飾北斎の‘諸国名橋奇覧 三河の八ツ橋の古図’(19世紀)

Img_0003_20260326230501   尾形乾山の‘色絵竜田川図向付’(18世紀 大和文華館)

三井記念美へ足を運び、滑り込みセーフで‘生誕1200年 歌仙 在原業平と
伊勢物語’(~4/5)をみてきた。特別展は昨年の11月に行われた‘伊勢物語’
(根津美)に続くパート2だが、昨年から和歌への関心が高まっているため、
情報を目一杯とりこむ気持ちから出かけた。2館はともにブランド美術館だか
ら、その期待に十分応えてくれた。企画の切り口は流石である。

入館してするとすぐ岩佐又兵衛(1578~1650)の‘三十六歌仙図額 
在原業平像’が出迎えてくれた。所蔵しているのは埼玉県川越市にある仙波東照
宮で三十六枚が大きな損傷もなく残っており、その一枚の‘在原業平像’も立派な
作りになっている。俵屋宗達の‘伊勢物語図色紙に期待していたが、果たして、
初見の‘第八段 浅間の嶽’に出会った。素直に嬉しい!

鈴木其一(1796~1858)の‘業平東下り図’をみるのは久しぶり。前期の
尾形光琳の同じ図との入れ替わりだが、遠山記念館は遠いから有難い展示であ
る。江戸琳派の其一の業平像は見惚れてしまうほど品がいい。そして、尾形乾山の‘色絵竜田川図向付’は秋の紅葉を思い起こし、‘ちはやぶる神代もきかず竜田河からくれなゐに水くゝるとは (不思議なことが多かった神代にも聞いたことがありません、龍田川の流れを深紅に絞り染めにするなんて)’ を口ずさみながら楽しんだ。

浮世絵に描かれた伊勢物語では葛飾北斎(1760~1849)の‘諸国名橋奇覧 三河の八ツ橋の古図’が選ばれていた。どこからともなく、‘から衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ (唐衣を着つづけたら身になじむように、私には慣れ親しんだ妻が都にいるので、ここまではるばるやってきた旅をつらく思うことだ’ が聞こえてきた。

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2026.03.23

アメリカで開眼したカイユボット!

Img_20260323224701   ‘床のかんなかけ’(1875年 オルセー美)

Img_0001_20260323224701   ‘雨のヨーロッパ広場’(1877年 シカゴ美)

Img_0003_20260323224701   ‘ペリソワール’(1877年 ワシントン国立美)

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‘シルクハットの漕手’(1877年頃)

Img_0002_20260323224701   ‘スタンドに並べられた果物’(1881~82年 ボストン美)

カサット同様にアメリカで開眼した印象派の画家がもう一人いる。パリの裕
福な家に生まれたカイユボット(1848~1894)。印象派への関心が
強まると誰もがめざすオルセー、最初の訪問ではどうしても美術本に載って
いるモネやルノワールの有名な作品に鑑賞のエネルギーの多くが注がれる。
だから、カイユボットの代表作の一つである‘床のかんなかけ’をじっくりみた
という実感は残らない。はじめてのオルセーでこの絵に惹かれた人はアー
トIQが相当なレベルにある。

美術館の図録にこの絵はしっかり選ばれているので、いい絵だということは
わかるがほかの絵を知らないから、画家への興味は限定的になる。そのため
、カイユボットは長いこと一応名前はインプットされている画家のままだっ
た。それが、大きく変わったのが2008年シカゴ美で遭遇した‘雨のヨーロ
ッパ広場’。びっくりしたのは館内で現地の日本人ガイドさんから、‘展示室へ
入る前の大きなホールに飾られているカイユボットの絵を見逃さないよう
に!’と案内されたこと。別格扱いの展示の仕方は美術館にとって自慢の絵で
あることの現れ。図版ではみていたが、果たして、本物がこんなにいい絵だ
ったのか、という感じ。雨に濡れた石畳の路面にみられる反射的な光の表現
と人々の間の絶妙な距離感を感心しながらみていた。

ワシントンへ移動して国立美でお目にかかった‘ペリソワール’はひとり乗り
カヌーを漕ぐ3隻の位置関係が‘雨のヨーロッパ広場’のように心地のいい空間
描写になっている。なんだか、映画のワンシーンをみているよう。
そして、2013年、アーティゾン美で開かれた待望の‘カイユボット展’に登
場した‘シルクハットの漕手’はカサットのボートの絵同様に、広重の浮世絵の
影響を連想させる。

ワシントン国立美のあとでかけたボストン美でもカイユボットの評価を大きくあげる絵にであった。それは1881年頃に描かれた‘スタンドに並べられた果物’。明るい色彩と整然とした構成が印象深い見事な静物画。印象派の面々が描き上げた静物画のなかで即Myベスト&ベストに登録した。

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2026.03.22

メアリー・カサットに乾杯!

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  ‘桟敷席にて’(1878年 ボストン美)

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  ‘舟遊び’(1893年 ワシントン国立美)

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  ‘果実をとろうとする子ども’(1893年 ヴァージニア美)

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  ‘母の愛撫’(1896年頃 フィラデルフィア美)

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  ‘母と子’(1902~03年 ウスター美)

印象派の画家のなかでアメリカの美術館巡りによって、評価が大きく変わっ
たのがメアリー・カサット(1844~1926)。パリのオルセーやロン
ドンのナショナルギャラリーなどに足を運び、美術本に載っている印象派の
名画を追っかけているだけだと、アメリカ人の女流画家の作品に遭遇する
機会は極めて少ない。そのため、彼女の印象は薄く、頭の端のほうにかろう
じて存在している感じになる。

ところが、アメリカのブランド美術館では訪問するたびに思わず足がとまる
カサットのいい絵にめぐり合う。これまでまったく知らなかった絵画世界に
入り込んだという思いが強まった。その最たる絵がボストン美でお目にかか
った‘桟敷席にて’。日本では頻繁にボストン美名品展がおこなわれるのに、
これは一度も出品されたことがない。美術館の性向として、‘いい絵は他館に
出さない!’の法則があり、それが貫かれているのである。美術本で知ってい
たが、2015年にようやく本物に出会えた。

ワシントンのナショナルギャラリーにある‘舟遊び’は広重の手前にモチーフを
大きき描く‘江戸名所百景色’を連想させる傑作。この意表を突く構図をもちい
て舟遊びを楽しむ親子の情景を表現している。カサットの評価はどんどん上
がっていく。と同時に、カサットが‘母子像の画家’であることに気づく。
忘れられないのがフィラデルフィア美でみた小品の‘母の愛撫’。

その母と子の絵の数をどーんと増やしてくれたのが2016年、横浜美で開催
された回顧展。そこで‘最高の瞬間!’を体験したのが大作の‘果実をとろうとす
る子ども’。しばし肩の力をぬいて愛らしい赤ちゃんをながめていた。
2024年、上野の森美にやって来たウスター美蔵の‘裸の赤ん坊を抱くレーヌ
・ルフェーブル(母と子)もついそばに寄り声をかけたくなる癒しの絵画。

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2026.03.21

モネ サプライズMAXの女性画!

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  ‘ラ・ジャポネーズ’(1875年 ボストン美)

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  ‘緑衣の女’(1866年 ブレーメン美)

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  ‘ゴーディベール夫人’(1868年 オルセー美)

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 ‘日傘の女性、モネ夫人と息子’(1875年 ワシントン国立美)

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  ‘庭のカミーユ・モネと子ども’(1875年 ボストン美)

美術館へ足を運んでモネ(1840~1926)の絵をみるとき、一番の楽
しみは陽の光のつかの間の効果をとらえて表現した風景画と睡蓮などの花の
絵。モネはゴッホ同様に美術館にとってはキラーコンテンツであり、回顧展
は頻繁に開催される。そのため、いろんな連作シリーズが積み重なっていき、
目に心地よく馴染んでいく。

そして、大きな感動をもたらしてくれる作品は数は少ないが女性を描いた絵
にもある。しかも画面が大きいため、サプライズをMAXに感じることが多
い。その筆頭がボストン美にある‘ラ・ジャポネ―ズ(日本の着物をまとった
カミーユ・モネ)’。この絵の主役は小顔の金髪美人のカミーユではなく、
彼女が来ている着物。鮮やかな赤地に刺繍とアップリケがほどこされ、刀を
抜こうとしている武者が立体的に描かれている。この豪奢な着物の質感描写
に200%驚愕する。

この絵と対をなす作品とモネが言っているのが9年前に描かれた‘緑衣の女’。
絵の大きさ(231×151cm)は‘ラ・ジャポネ―ズ’とほぼ同じで、共通
するのは大画面の多くを衣装が占めていること。2011年、パリのグラン
パレで開催された決定版のモネ展でお目にかかったとき、女性の着ている緑
の衣装のもつ圧倒的な存在感を息を呑んでみていた。その2年後に描かれた
‘ゴーディベール夫人’でも主役はベージュ色の絹の精緻な描き方。一緒に並ん
でいたこの2点が目に焼きついている。

ワシントンナショナルギャラリーが所蔵する‘日傘の女性、モネ夫人と息子’
との出会いは‘最高の瞬間!’だった。この絵に愛着を覚えるのはカミーユの顔
がほかの2点と違ってはっきりと描かれているから。そして、画面が発光体
のように輝いているのも大きな驚き。息子がまだ小さい頃を描いた‘庭のカミ
ーユ・モネと子ども’にも魅了され続けている。

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2026.03.20

マネ 女性画ベスト&ベスト!

Img_20260320224001   ‘鉄道’(1873年 ワシントン国立美)

Img_0001_20260320224101   ‘ヴィクトリーヌ・ムーランの肖像’(1862年 ボストン美)

Img_0002_20260320224101  ‘すみれの花束をつけたベルト・モリゾ’(1872年 オルセー美)

Img_0003_20260320224101   ‘ナナ’(1877年 ハンブルク美)

Img_0004_20260320224101   ‘フォリー=ベルジェーㇽのバー’(1882年 コート―ルド美)

西洋絵画とのつきあいが長くなると、作品から生まれてくる画家のイメージ
がはじめの頃と変わってくることがある。その顕著な例がマネ(1832~
1883)。マネというと同じ年に描かれた‘草上の朝食’と‘オランピア’
(1863年 オルセー美)がすぐ思い浮かび、当時の画壇から強烈な拒否
反応が起きたという話が画家への興味を掻き立てる。

そのため、はじめてのオルセーでこの絵の前に立つと‘これが美術の教科書に
載っていた有名な絵か’と、大変感動する。ここからマネの追っかけがはじま
るのだが、それからかなりの時間が経ったとき、マネ物語に大きな衝撃が走
る作品と遭遇した。それはワシントンのナショナルギャラリーでお目にか
かった‘鉄道’。駅に出入りする汽車の煙をみている少女の横で、本を手にした
若い女性がこちらをじっとみつめている。この女性はなんと‘草上の昼食’と
‘オランピア’の裸婦のモデルをつとめたヴィクトリーヌ・ムーラン!

そして、ボストン美が所蔵する女性の上半身が画面いっぱいに描かれている
絵のモデルもヴィクトリーヌ。衣服を着ているので件の二つの裸婦とはまっ
たく結びつかない。すごくいい女性画をみているという感じが強くして、
ルノワール同様にマネの描く女性の虜になった。美形のモリゾの肖像も魅了
され続けており、画面をひきしめている黒の衣裳をみているとルノワールが
‘桟敷席’に登場する黒服つながりの女性の美しさがダブってくる。

ハンブルク美にある‘ナナ’はまだ縁がないが、色彩の輝きによりチャーミング
さに満ちた女性の魅力が磁力となって発散している。マネは最晩年になって
スゴイ絵を描いた。‘フォリー=ベルジェーㇽのバー’は中央の正面を向いた
バーメイドがつまらなさそうな顔をして立っている。騙されるのは後ろで客
と話をしている女。別の女が後ろにいるのではなく、これは鏡に映った中央
の女。この構成に痺れまくっている。

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2026.03.19

‘浮世絵 忠臣蔵’ 討ち入り!

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  歌川国芳の‘忠臣蔵十一段目夜討之図’

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  歌川豊国の‘浮絵忠臣蔵十一段目之図’

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  歌川国芳の‘義士の誠忠芳戯’

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  歌川広重の‘忠臣蔵 夜討’

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  歌川国芳の‘義士四十七人良黒橋引取図’

忠臣蔵で一番の見所がラストの討ち入りの場面。長谷川一夫(知ってる人は
知っている)が演じる大石内蔵助で大人気となったNHKの大河ドラマが目に
焼き付いている。46人の赤穂浪士が同志討ちを避けるために使った合言葉
は‘山’と‘川’、吉良家の家臣たちとの対決ではペアで立ち向かうのが原則、腕
の立つ清水一学とは堀部安兵衛がガチンコ勝負、、、驚くのは命を落とす者
が一人もいなかったこと。子どものときはこれが不思議でならなかった。
そんなにうまくいくだろうか?

歌川国芳が光と影中心で表現した吉良邸への討ち入りの場面がなかなかいい。
まさに静かにスピーデイに屋敷の中に突入するという緊迫する状況が描かれ
ている。手前の左では餌で野良犬の気を逸らすというリアルな臨場感にも感
心する。歌川豊国の討ち入りはユーモラスな描写がおもしろい。吉良の家来
たちは半裸で逃げまわったり、柱や長押にぶら下がっている。

討ち入ったあと家臣たちの制圧は順調にいくが、肝心の吉良を見つけること
ができない。夜が段々明けてきて、首をとれるか浪士たちは焦ってくる。
ようやく柴部屋に隠れていた吉良をみつける。この場面を国芳は‘義士の誠忠
芳戯’でパロディぽく表現している。なかなか吉良を見つけられないので、
雪で吉良を作って、見つけたことにしようという算段。‘こうして吉良の首を
こしらえてみんなを騙してやろう’。とんでもない忠臣蔵に変えている。
これに比べると歌川広重の‘夜討’は大河ドラマでみたイメージのとおり。

国芳の‘義士四十七人良黒橋引取図’は本懐を遂げた義士たちが両国橋のたもと
に勢揃いする場面。正面性の強い構図が目を惹く。あえて橋を正面からとら
えるのが国芳の非凡なところ。

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2026.03.18

‘浮世絵 忠臣蔵’ 大星由良之助!

Img_0005_20260318231801   絵金の‘図太平記実録代忠臣蔵 四段目 判官切腹’

Img_0004_20260318231901   歌川豊国の‘浮絵忠臣蔵四段目の図’

Img_20260318231901   歌川国芳の‘仮名手本忠臣蔵四段目 市川団蔵の由良之助’

Img_0002_20260318231901   葛飾北斎の‘新板浮絵忠臣蔵 第七段目’

Img_0003_20260318231901   歌川国芳の‘誠忠義士肖像 大星由良之助良雄‘

忠臣蔵を象徴する赤穂義士として知られる大石内蔵助のイメージは吉良邸へ
討ち入ったときの姿でつくられている。だから、名前は大星由之良助(おお
ぼしゆらのすけ)と変えて歌川国芳が描いた肖像画が一番ぐっとくる。槍に
結ばれた‘早野勘平一番槍討死’の札は、無念にも仇討決行の直前に自害した
早野勘平(実名萱野三平)を思いやったためという俗説に従っている。

昨年サントリー美でお目にかかった絵金の絵馬堤灯に‘図太平記実録代忠臣蔵’が12点並んでいた。‘四段目 判官切腹’では塩冶判官(えんやはんがん 浅野内匠頭)の切腹に何とか間に合った由良之助が左に描かれている。手に持っているのは‘無念だ’とつぶやく判官が渡した形見の腹切り刀。

歌川豊国の忠臣蔵は遠近法を強調した浮絵の手法で仮名手本忠臣蔵を描いた揃物。‘四段目’の右は塩冶判官に切腹の上意を告げるところで、左は城明け渡しの場面で由良之助が判官の刀を同志にみせ復讐を誓っている。何度もみていた国芳の‘市川団蔵の由良之助’がどんな場面かようやくわかり腹にストンと落ちた。映画‘大忠臣蔵’にもこれと同じ城から立ち去るシーンがでてくる。

北斎の‘新板浮絵忠臣蔵 第七段目’は由良之助が読んでいた密書を覗き見したお軽が兄の寺岡平右衛門から斬りかけられる場面。兄は秘密がばれたので由良之助がお軽を身請けして殺すつもりだと察した。それなら自分が妹を殺し、その功により仇討ちの加えてもらおうと思ったのである。そこに由良之助が再登場して‘待て、早まるな’とやめさせる。

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2026.03.17

‘浮世絵 忠臣蔵’ お軽勘平!

Img_0001_20260317233401   歌川国貞の‘忠雄義臣録第五’

Img_0004_20260317233401   葛飾北斎の‘仮名手本忠臣蔵 五段目’

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歌川国芳の‘仮名手本忠臣蔵 五段目’

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歌川豊国の‘忠臣蔵 五段目’

Img_20260317233401   

喜多川歌麿の‘高名美人見たて忠臣蔵 七だんめ’

年末になると定番の物語として思い浮かべる忠臣蔵の話は、普通は映画やTVでみた映像によって話の流れがインプットされている。そのため、絵画鑑賞が趣味でない人は人物やあらすじはそのイメージが固定される。ところが、浮世絵が好きな人にとっては忠臣蔵に関連する作品には知らない場面がでてくるのでちょっと面食らう。

その理由は浮世絵師たちは歌舞伎の演目である‘仮名手本忠臣蔵’によって物語を絵画化しているから。歌舞伎は日本の伝統芸能であることは誰もが知ってはいるが、劇場に足を運び人気役者が演じる‘仮名手本忠臣蔵’を楽しむ人は熱狂的な歌舞伎ファンで、そうでない人は大石内蔵助が大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)、吉良上野介が高師直(こうのもろのう)、浅野内匠頭が塩冶判官(えんやはんがん)に名前が変わっていることは知らない。

このたび手に入れた映画‘大忠臣蔵’はわが家の忠臣蔵情報を大幅に増やし、‘浮世絵 忠臣蔵’の楽しみ方を劇的に変えてくれた。お陰で解説文が勢いよく脳に吸収されていく。一番の収穫は‘お軽勘平’の悲恋物語。主君の仇討ちに入れなかった早野勘平は女房のお軽の実家で猟師をしながら汚名返上の機会を待っていた。

夫の気持ちを察したお軽は帰参を叶える金を工面するため、両親と相談のうえ、勘平に内密に祇園の遊女になることを決意する。その段取りを済ませた父親が前金の50両を懐に納め、雨の降りしきる夜道を山崎へと戻る。そこに塩冶判官の家来の斧九太夫のバカ息子が現れ、父親は無残に殺されてしまった。この悪党は財布を奪ってほくほく顔で逃げるが、勘平が撃った鉄砲の球が背中を貫ぬく。暗闇のため猪と間違えて撃ってしまったのである。死体をみると50両がでてきた。これで仇討ちの仲間に入れてもらえる。

でも悲劇が待っていた。家に帰ると義父が死んだことが明らかになるが、それは自分が猪と誤って撃ったためと思い気が動転する。親を殺して得た金をもっていき仇討ちに加わることができない。もう切腹するしかない!誤解が誤解を生む悲劇の典型。勘平の死を知らないお軽は祇園の一力茶屋の二階で大星由良之助が読んでいる密書を手鏡で盗み見している。

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2026.03.16

‘仮名手本忠臣蔵’をもとにした映画!

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 ‘仮名手本忠臣蔵 七段目’ 映画‘大忠臣蔵’(松竹 1957年)より

Img_0004_20260316225201   喜多川歌麿の‘忠臣蔵 七段目’(1801~02年頃 浦上コレクション)

映画化された忠臣蔵の話はこれまでいろいろ観てきたが、つい先日脚本がま
ったく違った作品が偶然手に入った。それは歌舞伎の演目、‘仮名手本忠臣蔵’
をもとにして松竹が演劇界の大御所を大勢配し1957年に製作した‘大忠
臣蔵’。じつは前々から‘お軽勘平’の恋物語に関心があり、‘仮名手本忠臣蔵’な
ど関連の資料をファイルにまとめたところだった。

そこで、忠臣蔵の映画を手に入れようと思いつき馴染みのブックオフへ足を
運んだ。するとこれまでみたこともない‘大忠臣蔵’がひょいと現れた。好きな
麻雀でいうと、‘リーチ一発ツモ’である。すぐレジに持っていった。興味津々
で観たが、おかげでファイルされていた‘仮名手本忠臣蔵’が一気に立体化した。
これが映画がもっている大きな効用のひとつ。活字を読んでいるだけで
は生まれてこない人物のイメージが演じる俳優よりリアリティが強まり、物語
の理解がぐんと進む。

この映画の収穫はまだある。以前購入した森繁久彌の‘社長シリーズ サラリーマン忠臣蔵’(東宝 1960年)の脚本が同じように‘仮名手本忠臣蔵’をもとにしてつくられていることがわかった。この映画は三船敏郎が扮する桃井社長が吉良社長(東野英治郎)にさんざん罵倒される場面、吉良が浅野社長(池部良)と恋仲の芸者加代治(新珠美千代)に横恋慕すること、‘お軽勘平’のシーンが多いこと、そして大野常務(有島一郎)のバカ息子(三橋達也)が狩猟が趣味で鉄砲をもっていること、、が?だった。吉良の横恋慕が浅野社長の‘刃傷’(ぶん殴ること)の直接のきかっけになっているのは‘大忠臣蔵’にはでてこないので、こちらのほうが‘仮名手本’にあれやこれやでより近い脚本になっている。

もうひとつこの映画が有難いのは浮世絵がより楽しめるようになったこと。たとえば、歌麿の‘忠臣蔵 七段目’。この絵に描かれている状況が映画の見せ場のシーンとして登場する。祇園一力茶屋で遊んでいた大星由良助(大石内蔵助)が江戸からもたらされた密書を釣燈籠の灯りを頼りに読んでいる。それを二階にいる遊女お軽が好奇心から手鏡に映して覗き読んでいる。そして、高師直(吉良上野介)に寝返った斧九太夫(赤穂藩国家老 大野九郎兵衛)も座敷の縁の下に隠れて同じく覗き見。本当にいい映画に出会った。

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2026.03.15

ルノワールの裸婦図物語!

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  ‘水浴する金髪の少女’(1881年 クラークコレクション)

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  ‘座る浴女’(1883~84年頃 フォッグ美)

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  ‘水浴するブロンド娘’(1885年 オスロ国立美)

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  ‘浴女たち’(1887年 フィラデルフィア美)

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  ‘浴女たち’(1918~19年 オルセー美)

映画のDVDコレクションは思い描いていたレベルに近づいてきたので、
今は5本くらいある古い日本映画を求めてブックオフに定期的に通っている。
そのひとつが2006年、NHKのBS2で放映された溝口健二監督の‘歌麿をめ
ぐる五人の女’(1946年)。なぜこの映画かというと、歌麿が美人画を描
くときモデルの女性に言う台詞が耳にこびりついているから。‘俺は大勢の女
の肌をみてきたが、お前さんほど肌の美しいものはない。お願げえだから、
絵を描く前に背中に触らせてくれ!’

裸婦図でも同じようなことをする西洋画家でいることを美術本で知った。
美術評論家の中山公男氏の‘ルノワール(1841~1919)の生涯と芸術’
におもしろい話が出てくる。‘モネは光と反映の画家だったが、ルノワールは
物の画家だった。肌ざわり、色合い、存在することが生の魅力そのものであ
るような物。匂いや香り、暖かさ。彼はモデルの肌を撫でまわすのも好きだ
ったし、彼自身の絵の肌も撫でまわした。ヴォリューム、形も不可欠のもの
である。若い女の匂やかなふくらみや線がなくてなんの女だろう。したがっ
て、印象主義の筆触の並列、色調の分割という手法がもたらす分析的、解体
的な態度は、だいじなヴォリュームやフォルム、匂いや手触りを犯す危険を
そなえていたのである。’

たくさん描かれたルノワールの裸婦図でお気に入りは2013年日本にやっ
て来たクラークコレクションの‘水浴する金髪の少女’。これに遭遇するまで惹
かれていたのは1993年に訪問したフォッグ美(ハーバード大)に飾られ
ていた‘座る浴女’。アメリカの美術館をまわっていて楽しいのはこういう美術
本に載ってないいい絵にでくわすこと。コロナ禍の1年前に運よく出かけら
れた北欧旅行でお目にかかった‘水浴するブロンド娘’もオスロ国立美の至宝、
ムンクの‘叫び’同様、忘れられない作品である。

2013年念願のフィラデルフィア美へ行ったとき、セザンヌの‘大水浴’同様
に‘必見リスト’の一列に載せていたのが1887年に描かれた‘浴女たち’。
ワクワクしながら作品とむきあったのだが、ショッキングなことがあった。
三角形の構図をつくる左の女性のお尻のところに斜めの傷が!修復できない
からそのままになっているのだろう。これは図版ではわからない。これで一気
にテンションが下がった。オルセーにある最晩年の‘浴女たち’ははじめはルー
ベンス的で脂肪つきすぎ感があったが、今は古典的な美しさの漂う力強い裸婦
という思いが強くなっている。

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2026.03.14

ルノワール 男性の肖像 ベスト&ベスト!

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  ‘道化師’(1868年 クレラー=ミュラー美)

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  ‘新聞を読む、クロード・モネ’(1872年 マルモッタン美)

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 ‘ポール・デュラン=リュエルの肖像’(1910年 デユラン=リュエル・コレクション)

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  ‘ヴィクトール・ショケの肖像’(1874年 フォッグ美)

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  ‘ル・クール氏の肖像’(1874年 オルセー美)

ゴッホのコレクションで知られるオランダのクレラー=ミュラー美を2011
年に訪問したとき、お目当ての‘アルルの跳ね橋’(2027年10月に上野の森
美で披露される)に大感激だった。ほかにもスーラやシニャックの点描法に
よる傑作も目を楽しませてくれた。さらに収穫だったのが事前につくった必見
リストに載せていたルノワール(1841~1919)の‘道化師’。やはり、
ルノワールの描く人物は女性と同じく男性もすばらしい出来栄えに仕上げる。

パリのマルモッタン美に盟友のモネが新聞を読むところを描いたものが展示さ
れている。ここではモネの睡蓮などに鑑賞のエネルギーは大半注がれるのだが、
この絵に思わず足がとまり、長くみていた。あとから思うとルノワールの男性
の肖像画に強く惹かれきっかけになった作品かもしれない。

モネのあと、またいい男性の絵が現れたのは1993年に縁があったハーバー
ド大学の構内にあるフォッグ美。描かれている人物は税関の小吏、ヴィクトー
ル・ショケ。この印象派の良き理解者で情熱的な蒐集家はルノワールを10点
以上所蔵した。画面から体がはみ出すほどアップで描かれており、圧がとても
強く感じられる。こういう肖像画は忘れられない。

ルノワール本で早くからインプットされていた印象派を物心両面で支援してき
た画商、ポール・デュラン=リュエルの肖像にお目にかかれたのは件の2人か
らだいぶ遅れ、2008年Bunkamuraで開催された‘ルノワール+ルノワール展’。
これもすばらしい肖像画である。そして、横に並んでいた立姿の‘ル・クール氏
の肖像’にもぐっと惹かれ、息を呑んでみていた。

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2026.03.13

息子を女の子のように描くルノワール!

Img_0001_20260313230701   ‘ジャン・ルノワールの肖像’(1901年 ソウヤマ美)

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‘白いピエロ’(1901年 デトロイト美)

Img_20260313230801   ‘道化師’(1909年 オランジュリー美)

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‘狩姿のジャン’(1910年 ロサンゼルス・カウンティ美)

Img_0004_20260313230801   ‘自画像’(1876年 フォッグ美)

ルノワール(1841~1919)とのつきあいは長くなるが、ある時まで
肖像画で騙されていた。それは自分の息子を女の子のように描いていたこと。
たとえば、‘ジャン・ルノワールの肖像’。これをみたら誰だって目の前にいる
のは女の子と思う。どうみたって男の子にはみえない。でも、ここに描かれているのは次男のジャン。

展覧会の図録は必ず買うのがわが家のルーティン。でも、みるのは作品の図版
で解説文とかはじめにでてくる論考はあまり読まない。だから、この絵はずっ
と女の子のままだった。なにかの拍子に解説を読んだら、息子のジャンだと
判明した。ここにとてもおもしろいこが記されている。

‘心配性のルノワールは子どもたちを様々な危険から守ろうとした。頭蓋骨の
後部に知覚などを司る器官があると信じており、この繊細な部分をあまり強い
光にさらすと、知識を蓄積する能力が失われると思っていた。そのため、子ど
もたちが帽子を被らずに日向に出ることを許さなかった。それで赤い髪を長く
のばさせ、青いリボンをつけて描いた。ジャンが7歳になり学校に入学するた
め髪の毛を切らなければならなくなったとき、ルノワールはすっかり気が沈んでしまったという。その一方、この長髪がもとで嫌な思いをしていたジャン自身は晴れやかな気持ちだったようだ。’

同じ年にジャンをピエロにして描いた作品は、2016年に開催されたデトロイト美名品展(上野の森美)で運よくお目にかかれた。ここではジャンは男の子になっている。三男のクロードを描いた‘道化師’は着ている衣装が赤なのでぱっとみるとジャン同様に女の子に間違う。‘狩姿のジャン’は16歳のとき、このジャンが成人し1930年代末からフランスでもっとも有名かつ評価の高い映画監督のひとりになり、‘大いなる幻影’や‘ゲームの規則’などの名作を生んだ。数点あるルノワールの自画像のなかではフォッグ美でお目にかかった若いころのものに惹かれている。

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2026.03.12

ルノワール 愛される子ども絵!

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  ‘鳥と少女’(1882年 クラーク・コレクション)

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 ‘カティーユ・マンデスの娘たち’(1888年 メトロポリタン美)

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  ‘少女’(1879年 メトロポリタン美)

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  ‘ジャンヌ・デュラン=リュエル嬢’(1876年 バーク・コレクション)

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  ‘母と子どもたち’(1875~76年 フリック・コレクション)

印象派展やルノワール(1841~1919)の回顧展に遭遇した機会が積
み重なっていくと、どこの美術館がルノワールを多く蒐集しているかがおお
よそわかってくる。一番目に馴染んでいるのは定期的に特別展が開催される
パリのオルセー。先月中旬に終了した西洋美の‘印象派ー室内をめぐる物語’
には‘ピアノを弾く少女たち’と‘読書する少女’が展示された。

そのため、頭の中の多くがオルセーのコレクションで占められてしまうが、
このイメージが崩れる‘大事件’が2013年に起きた。舞台は‘クラーク・コ
レクション名品展’が開催された三菱一号館美。ここにアメリカからびっくり
仰天のルノワールの名画は13点もやって来た。ええー、こんないいルノワ
ールの女性画、風景画、静物画がこの美術館にあったの!という感じ。その
なかでテンションが一気に上がったのが‘団扇を持つ若い女’と‘鳥と少女’。
手元にある美術本に載ってなかったから、大興奮だった。クラーク・コレク
ション恐るべし!である。

オルセー以外でルノワールを満喫したのはこれが2度目。最初の‘大事件’は
1994年の‘バーンズコレクション展’。会場となった西洋美は連日満員で大
きな話題になった。スーラ、セザンヌ、マティスの有名な作品を含む80点
が披露されたが、ルノワールがなんと16点もあった。そのなかで最も惹
かれたのがとても可愛い‘ジャンヌ・デュラン=リュエル嬢’。ロンドンのコー
ト―ルド美のように、またフィラデルフィアから傑作の数々が特別出張して
くれることを夢見ている。

2013年、NYのメトロポリタン美を再訪したとき、思わず足がとまったの
が大きな目が印象的な‘少女’。こんなすばらしい女の子の絵がひょいと目の前
に現れるのがブランド美術館のスゴイところ。そして、横に並んでいた‘カテ
ィーユ・マンデスの娘たち’でびっくりすることがあった。それは白い衣装と
3人の顔が発光体のように白く輝いていたこと。この感じは美術本ではわか
らない。METからそう遠くないところにある典型的な邸宅美術館であるフリッ
ク・コレクション蔵の‘母と子どもたち’でも同じようなで白の印象がみられる。

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2026.03.11

欧州内に分散するルノワールの傑作!

Img_20260311231101   ‘女優ジャンヌ・サマリーの肖像’(1878年 エルミタージュ美)

Img_0002_20260311230401   ‘ジャンヌ・サマリーの胸像’(1877年 プーシキン美)

Img_0003_20260311230401   ‘黒い服の娘たち’(1880~82年 プーシキン美)

Img_0001_20260311231101   ‘可愛いイレーヌ’(1880年 E.G.ビューレー・コレクション)

Img_0004_20260311230401   ‘初めてのお出かけ’(1876~77年 ナショナルギャラリー)

印象派に魅せられると最初に立てる目標はパリのオルセーへ出かけること。
そのあとは好きな画家の名画を求めてフランス以外にあるブランド美術館へ
の旅が少しづつ進行していく。ルノワール(1841~1919)の場合、
美術本を子細にみてみると、欧州各国、アメリカ、日本、ブラジルなどに
作品が分散している。

1999年、念願だったロシアのエルミタージュ美への訪問が実現した。
ここにルノワールは3点あった。その一枚が‘女優ジャンヌ・サマリ―の肖
像’。なんともチャーミングな女性である。もうルノワールから離れられな
いと思った。この有名なコメディ・フランセーズの女優は日本にもやって
きた。エルミタージュでみる前だったか、あとだったか、記憶が曖昧なの
だが、損保ジャパン美(現SOMPO美)で運よくお目にかかった。そして、
2013年、横浜美で開催されたプーシキン美展に‘ジャンヌ・サマリーの
胸像’が登場した。立ち姿ではなく、ぐっとくだけた姿のジャンヌ。この一
枚が加わり、彼女との距離感がぐんと縮まり、忘れられない存在になった。

ロシアにはもう一点、お気に入りのルノワールがある。それは元はシチューキンのコレクションで現在はモスクワのプーシキンにある‘黒い服の娘たち’。この美術館の名品展は2013年、2018年にあったが、この絵が出品されたのはいつだったか忘れたが、2013年以前に開催されたとき。ゴッホの‘刑務所の中庭’などと一緒にやって来た。

スイスのビューレーコレクションが所蔵する‘可愛いイレーヌ’は日本で2度みることができたが、2010年に開かれたルノワール展では国立新美に姿をみせてくれなかったので、隣の方といっしょに大阪の国立国際美まで追っかけた。ルノワール狂としてはいい女性画が日本に来ているのだから見逃すわけにはいかないのである。先のことはいつだって読めないが、嬉しいことに8年後に国立新美でまた会った。ロンドンのナショナルギャラリーにある‘初めてのお出かけ’は将来2回目のナショナルギャラリー名品展はあるときは是非選んでもらいたい作品。

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2026.03.10

アメリカで存分に楽しめるルノワール!

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  ‘テラスにて’(1881年 シカゴ美)

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  ‘フェルナンド・サーカス’(1879年 シカゴ美)

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  ‘海辺にて’(1883年 メトロポリタン美)

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  ‘ルグラン嬢の肖像’(1875年 フィラデルフィア美)

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  ‘ロメーヌ・ラコー嬢’(1864年 クリーブランド美)

2008年にアメリカで美術館めぐりをしたとき、一番の収穫は印象派・
ポスト印象派の絵を予想を大きく上回る数みれたこと。アメリカのコレクタ
ーはその財力にものをいわせてマネ、モネ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、
ロートレック、スーラ、ゴッホ、ゴーギャン、、、の傑作を貪欲に蒐集した
ことはブランド美術館に飾られている作品をみてよくわかった。

数が群を抜いて多いのがモネ(1840~1926)、その次に多いのが
ルノワール(1841~1919)。アメリカの美術館へ足を運んでよか
ったと思うのはモネよりルノワールのほう。2008年のときお目にかか
ったルノワールは、ボストン美(7点)メトロポリタン美(9)ワシント
ン国立美(5)シカゴ美(8)、そして2013年に訪問したフィラデル
フィア美では6点楽しんだ。このなかには画集に載っている主要作品がど
どっと含まれているから夢中になってみた。

シカゴ美でサプライズMAXだったのが、TASCHEN本の表紙に使われている
‘テラスにて’と画面の多くをしめる黄金色に魅了される‘フェルナンド・サ
ーカス’。贅沢すぎるルノワールコレクションに仰天した。以前シカゴ美名品
展が日本で開催されたが、この2点はやって来なかった。いつか特別出張し
てくれると幸せだが。

METのルノワールでもっとも惹かれたのは‘海辺にて’。2022年、国立新
美で開催されたメトロポリタン美展に出品されたので、嬉しい再会が実現し
た。2度縁があったフィラデルフィア美は2007年東京都美で印象派
の名画が披露された。その目玉として展示されたのが‘ルグラン嬢の肖像’。
ちょっと大人びた表情がなかなかいい。そして、2014年の東博であった
クリーブランド美展に披露された‘ロメーヌ・ラコー嬢’もルノワールらしい
すばらしい絵。

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2026.03.09

ルノワール&モネ 絶品の静物画で共演!

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  ルノワールの‘団扇を持つ若い女’(1879~80年 クラーク・コレクション)

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  ‘花瓶に生けられた花’(1869年 ボストン美)

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  ‘大きな花瓶(春の花)’(1866年 フォッグ美)

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  モネの‘リンゴと葡萄のある静物’(1880年 シカゴ美)

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  ‘花と果物’(1869年 J.ポール・ゲティ美)

印象派に惹き込まれライフワークのように美術館へでかけていると、好きな
画家のいろいろなヴァリエーションに触れることができる。ルノワール
(1841~1919)は女性の絵だけでなく花や果物を描いた静物画にも
傑作が数多くある。そして、盟友モネ(1840~1926)もルノワール
と共演するかのように惚れ惚れする静物画を描いている。

アメリカのクラーク・コレクションが所蔵する‘団扇を持つ若い女’はまさに
一粒で二度美味しい絵。目に心地よい色鮮やかな大きな花束と心を揺すぶる
綺麗な若い女性がひとつの画面のなかに描かれている。この絵は2010年
(国立新美)と2013年(三菱一号館美)に日本にやって来た。
こんなすばらしいルノワールがアメリカへ行かずに2度もみれるなんて、
一生の思い出となった。

ルノワールの静物画はアメリカの美術館めぐりをしているとき、メトロポリ
タン美、シカゴ美、ワシントン国立美、ボストン美、フォッグ美で運よく
遭遇した。そのなかでとくに惹かれているのがボストン美の‘花瓶に生けられ
た花’とハーバード大学のなかにあるフォッグ美が所蔵する‘大きな花瓶(春の
花)’。セザンヌの静物画と違い、光のあたった花や果物が‘生きている’こと
を楽しく主張している感じ。

モネの静物画で‘最高の瞬間!’は2008年にシカゴ美でお目にかかった
‘リンゴと葡萄のある静物’。事前につくった必見リストの第一列に記していた
この絵が目の前に現れたとき、天にも昇るような気持でみていた。こんなす
ごい静物画をモネが描いたのか!そして、2011年、パリのグランパレで
行われた決定版のモネ展に出品されたLAのJ.ポール・ゲティ美蔵の‘花と
果物’も明るくて見栄えのする絶品の静物画だった。

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2026.03.08

日本にあるルノワール ベスト&ベスト!

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  ‘すわるジョルジェット・シャルパンテイエ嬢’(1876年 アーティゾン美)

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  ‘長い髪をした若い娘’(1884年)

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  ‘幼年期’(1891年 山形美)

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  ‘レースの帽子の少女’(1891年 ポーラ美)

ルノワール(1841~1919)のMy図録は現在3冊。ここにこれまで
縁のあった作品をダブりなく集結させているが、ルノワールにスポットを当
てたTVの美術番組(‘日曜美術館‘や‘美の巨人たち’など)が放送されたとき書
きとどめた情報や各種論考もおさめている。たしか日曜美術館で得た情報に
よると、日本にあるルノワールの絵は300点くらい。3000点といわれ
ている全作品の1割を占めている。

過去行われた回顧展あるいは印象派展とか、美術館を訪問してお目にかかっ
た作品は45~50点ほど。所蔵する美術館をざっとあげてみると、西洋美、
アーティゾン美、ポーラ美、大原美、SOMPO美、岐阜県美、MOA美、
東京富士美、茨城県美、山形美、、、図版があるのはMy図録に残っており
頻繁にみているから、どれが心をとらえているかはすぐセレクションできる。

いちばん有名なルノワールはアーティゾン美にある‘すわるジョルジェット
・シャルパンティエ嬢’。日本が世界に誇るルノワールの名画である。何年か
前、アーティゾン美の印象派コレクションがパリのオランジュリー美で披露
されたが、この可愛い女の子は多くのパリっ子の心を和ませただろう。

この絵が群を抜いていい出来栄えのルノワールの地位を維持していたが、
三菱一号館美で三菱グループが所蔵する美術品を一堂に集めた特別展が開か
れ、そこに思わず足がとまるほど惹かれるルノワールが現れた。それが
‘長い髪をした若い娘’。ありゃー、こんないい絵が日本にあったの!展覧会
で一度もみたことがないが、という感じ。これは個人蔵、勝手な想像だが、
三菱グループの企業の元経営者が手に入れたものかもしれない。これから
も、おそらく展覧会にはでてこないだろう。

そして、山形美にある‘幼年期’とルノワールをたくさんもっているポーラ美
の自慢の‘レースの帽子の少女’も忘れられない。後者は2010年にあった
‘ルノワールー伝統と革新’(国立新美)に出品された。

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2026.03.07

ルノワール ベスト&ベスト!

Img_0001_20260307231001  ‘ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場’(1876年 オルセー美)

Img_0002_20260307231001  ‘船遊びをする人たちの昼食’(1880~81年 フィリップスコレクション)

Img_0003_20260307231001  

‘ブージヴァルのダンス’(1882~83年 ボストン美)

Img_20260307231101   ‘桟敷席’(1874年 コート―ルド美)

Img_0004_20260307231101  ‘ヴェネツィアのパラッツォ・ドゥッカーレ’(1881年 クラークコレクション)

春が近づいてくると自然と気分がウキウキする画家の図録をみることが多
くなる。それにうってつけなのがルノワール(1841~1919)。
モネにくらべると回顧展の開催される頻度は少ないが、3回を数えるのは
印象派ではほかにいない。

☆2008年 ‘ルノワール+ルノワール展’   Bunkamura
☆2010年 ‘ルノワールー伝統と革新’    国立新美
☆2016年 ‘ルノワール展’         国立新美

館内では楽しさMAX状態がずっと続いた国立新美での決定版の回顧展から
10年経った。来年あたりはルノアールがまた登場してもいい頃合い
だと思うが、果たしてどうだろうか。そこにお気に入りの作品が並んでいる
ことを願って、‘ベスト&ベスト’を選んだ。この5点はなんと全部日本に
やって来た作品!海外のブランド美術館へ出かけなくてもずっと待ってい
ればそれに応えてくれるのだから、多くのルノワールファンにとって日本
の展覧会シーンは極楽である。

‘ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場’は国立新美に拍手喝采で迎えら
れた。そして、‘船遊びをする人たちの昼食’はアメリカのワシントンDCに
あるフィリップス・コレクションの所蔵作品が森アーツセンターギャラリーで披露された2005年に目玉の絵として展示された。ボストン美のお宝のひとつである‘ブージヴァルのダンス’は2010年の回顧展に登場した。ほかにもう一度、東京富士美であった特別展‘光の賛歌 印象派展’(2013年)でもお目にかかった。

ロンドンのコート―ルド美の名品展が2019年に行われたが、黒の衣裳がとても美しい‘桟敷席’も欠かせないピースとして出品された。じつはこの絵は1984年と1997年日本橋高島屋であった同様の企画展にもやって来た。だから、3度も日本でみてプラス現地でも会ったから都合4度も縁がある絵になった。何度みてもうっとりしてしまう。風景画では‘ヴェネツィアのパラッツォ・ドゥッカーレ’に大変魅了されているが、2013年、三菱一号館美の‘クラークコレクション展’で運よく長年の夢が叶った。

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2026.03.06

ワタリウム美の‘ジャッド展’!

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 ‘ウェルフェア・アイランド’(1956年 ジャッド財団)

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 ‘無題’(1955年 ジャッド財団)

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‘無題’(1990年 静岡県美)

Img_0003_20260306225001   ‘無題’(1989年 鹿児島県霧島アートの森)

Img_0004_20260306225001   ‘無題’(1991年)

複雑に進化を遂げる現代アートのなかで比較的緊張せずにみれる部類に入る
ミニマルアートの中心人物として、精力的に創作活動を続けたドナルド・
ジャッド(1928~1994)の個展(2/15~6/7)をみるため、
ワタリウム美を訪問した。ここは名前はインプットされているが、出かける
のははじめて。

美術館のHPで所在地を確認して案内の地図を手に持ち目指したが、地下鉄
千代田線の表参道駅の出口まではスムーズに行けた。だが、そのあとは方
向感覚が失われてどっちが渋谷で美術館があるのはどの方角か、まったくわ
からなくなった。大きなショップの店の人にわかり易い道順を指南してもら
ってようやくたどり着いた。南青山3丁目の交差点を千駄ヶ谷の方に進む
と5分くらいで着いたから、帰りは地下鉄外苑前駅から乗った。

ワタリウム美の各階の展示室は広くなく、エレベーターで2階から5階ま
でひとつづつ上がっていく導線になっている。最初に展示してあったのは
のは1955年から1960年にかけて制作された絵画。全部で4点。
色彩に力のある骨太の帯がいかにも抽象画的に配置されている感じ。‘ウェ
ルフェア・アイランド’と1955年に描かれたものにぐっと惹き込まれた。

過去にみた作品からジャッドのイメージが出来上がっているのは1990
年の作品。工業的な素材のアルミニウムに青がかった黒を彩色された箱状
の物体が10個、壁に規則的な間隔で積み重ねられている。これがすっき
りフォルムのミニマルアートの定番。あとの二つはそのヴァリエーション
で、小物やなにかを置いておくにはもってこいの箱。このタイプはマンシ
ョンでも使われていそう。最後の5階には建築物の写真とか映像が流れて
いたが、関心が薄いので軽く見て1階に降りた。ビッグネームのジャッド
が日本でみれたのは幸運だった。この美術館へはまた足を運ぶかもしれない。

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2026.03.05

テート美 YBA&BEYOND!

Img_20260305223601   ベーコンの‘1944年のトリプティク’(1988年)

Img_0001_20260305223601   

ヒミドの‘二人の間で私の心はバランスをとる’(1991年)

Img_0002_20260305223601   オピーの‘ゲイリー、ポップスター’(1998~99年)

Img_0003_20260305223601   

ジャーマンの‘運動失調-エイズは楽しい’(1993年)

Img_0005_20260305223601   パーカーの‘爆発の分解イメージ’(1991年)

Img_0004_20260305223601   マーティンの‘知ること’(1996年)

国立新美では現在、1980年代後半から2000年初頭に注目されたイギ
リス美術に焦点をあてた特別展が開かれている。会期中(2/11~5/11)
に披露される60名の作家の作品はすべてテート美が所蔵するもので、絵画、
彫刻、写真、映像、インスタレーションなどが100点が並んでいる。
この企画展のタイトルが‘YBA’となっているのは当時、作家たちは‘ヤング・
ブリティッシュ・アーティスト(YBA)’と呼ばれていたから。

写真と映像は関心が薄いので時間は割かず、絵画を中心にみてまわった。
ロンドンにあるテート美のコレクションはテートブリテンとテートモダンの
2ヶ所で展示してあるが、今回出品されているのはテートブリテンでみられ
るもの。ここでゲットした分厚い図録‘British Art’(2001年)に載ってい
る作家で今回登場したのはビッグネームのベーコン(1909~1992)
の‘1944年のトリプティクの第2ヴァージョン’、ギルバート&ジョージ
(1943~&1942~)、ハースト(1965~)、コリショー
(1966~)の‘ホロウオーク’、パーカー(1956~)の‘コールド・ダー
ク・マター:爆発の分解イメージ’。このなかで実際にお目にかかり記憶に残
っているのは不気味な怪物が描かれたベーコンの三幅対だけ。

オピー(1958~)は2019年に新宿の東京オペラシティアートギャラリ
ーで個展を体験したので、‘ゲイリー、ポップスター’にも親しみが湧く。そし
て、明るい色彩とすっきりデザインが心をとらえてやまないマーティン
(1941~)も縁があり惹かれているので‘知ること’は敏感に反応する。

今回の収穫はポロックのアクション・ペインティングを連想させるジャーマン
(1942~)の‘運動失調-エイズは楽しい’とタンザニア産まれのヒミド
(1954~)が描いた‘二人の間で私の心はバランスをとる’。こういう圧の
強い作品をみると現代アートも十分楽しめる。

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2026.03.04

泉屋博古館東京の‘鹿子木孟郎展’!

Img_20260304230001   ‘ノルマンディーの浜’(1907年 泉屋博古館東京)

Img_0002_20260304230001   

‘大正12年9月1日’(1924年 東京都現美)

Img_0001_20260304230001   ‘加茂の競馬’(1913年 三井住友銀行)

Img_0003_20260304230101   

‘木の幹’(20世紀)

Img_0004_20260304230101   ‘根津権現’(1894年 府中市美)

先月22日の朝放送されたNHK日曜美術館・アートシーンで、岡山市出身
の洋画家、鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう 1874~1941)の
回顧展が紹介された。いくつかでてきた絵がなぜか気になってしょうがな
い。で、特別展が開催されている泉屋博古館東京へ行ってきた。1/17
からはじまり、今は後期(2/25~4/5)の展示に入っている。

作品の数は後期のみ展示もあるため、全部で103点。そのなかで気にな
る作品だったのが‘ノルマンディーの浜’(この絵だけスマホ撮影OK)。
これは泉屋博古館東京が所蔵している。作品の説明プレートを隠してヨー
ロッパの人にみせたら、たぶん10人いれば全員がフランスの画家が描い
たものと思うだろう。しかし、‘かのこぎたけしろう’が全然すっと言えな
い岡山で生まれた洋画家が卓越した写実力によりこの絵を描いたのである!
3度もパリ留学をし本場の画風を学んだとはいえ、漁師一家の日常をこれほどリアルに表現するのは並みの能力ではとてもできない。重文に指定されてもおかしくない作品ではなかろうか。

ほかで思わず足がとまったのが光の描写が強く印象に残る‘加茂の競馬’。黒田清輝に女の子や空の雲を強い光が輝く感じで描いた作品があるが、瞬間的にダブった。そして、イギリスのコンスタブルの木の絵を連想させる‘木の幹’にも圧倒された。鹿子木は若い頃から、モチーフの質感描写に長けており、‘根津権現’では使われている木の古びた感じがよくとらえられている。

入館してすぐ目に飛び込んでくるのが関東大震災の様子を描いた‘大正12年9月1日’。1923年、未曽有の被害をもたらした大震災に見舞われ不安と苦しみのなかを懸命に生きる人々を同じ岡山県出身の池田遙邨と一緒にスケッチ、絵に仕上げた。絵画は大事件を記録する媒体でもあることを意識した創作であった。息を呑んでみていた。

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2026.03.03

豪華摺物の共演!

Img_20260303224701   窪俊満の‘木瓜に雉子’(1810年頃)

Img_0001_20260303224701   岳亭春信の‘梅に鳥籠’(1818~1830年)

Img_0002_20260303224701   

葛飾北斎の‘馬尽 駒鳥’(1822年 千葉市美)

Img_0003_20260303224701   魚屋北渓の‘和布刈の神事’(1828~34年頃 千葉市美)

販売用ではなく、注文により贅沢な贈答品としてつくられた版画である摺物
が並ぶのは里帰り展の大きな楽しみ。その例に漏れず、ロックフェラー・
コレクションも4点が出品された。以前、ボストン美が所蔵する浮世絵で
葛飾北斎(1760~1849)がやって来たとき、摺物が結構でてきたが、
今回はなかった。

代わって目を楽しませてくれのは窪俊満(1757~1781)の狂歌摺物
‘木瓜に雉子’(ぼけにきじ)。雌雄の雉が斜めの構図で配置され、余白のとこ
ろに雉子にちなんだ狂歌が三首書き込まれている。俊満自身も大田南畝らと
交流があり狂歌を嗜んだ。

ほかに北斎門人の魚屋北渓(ととやほっけい 1780~1850)、北渓
に学んだ岳亭春信、そして歌川広重が並んでいる。岳亭の‘梅に鳥籠’はいい感
じ。すごく見栄えのする梅の枝が画面の右からのびており、籠の中の鳥を食
い存在感を主張している。

ロックフェラーコレクションが終わると、導線は千葉市美が所蔵する摺物が
飾れている部屋に向かうようになっている。作品は全部で38点。北斎が
12点もあったので夢中になってみた。お気に入りは‘馬尽 駒鳥’、小品だ
が手の込んだ特別制作の摺物だからじっくり楽しもうとなる。嬉しい収穫は
やっとみれた魚屋北渓の‘和布刈の神事’(めかりのしんじ)。ボリューム感
たっぷりの波の描写と動きのある神官の姿を目に焼き付けた。

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2026.03.02

戯画で遊ぶ広重!

Img_0002_20260302231001   歌川広重の‘燕のことろ遊び’(1848~1854年頃)

Img_0003_20260302231001   ‘烏瓜に目白/芍薬に小鳥’(1832~35年頃)

Img_0001_20260302231001   ‘雪中椿に雀’(1832~1835年)

Img_20260302231001   渓斎英泉の‘一富士二鷹三茄子’(1830~1844年頃)

Img_0004_20260302231001   伊藤若冲の‘雌雄鶏図’(江戸時代)

大富豪のロックフェラーの妻で、社交界の名士でもあったアビー・オルドリ
ッチ・ロックフェラー(1874~1948)が最初に購入したのが歌川
広重(1797~1858)の花鳥画。以降、美人画や風景画には目もくれ
ずひたすら葛飾北斎などほかの浮世絵師が描く花鳥画を蒐集し続けた。

今回出品されている163点をみて、彼女は広重が大好きだったことがよく
わかる。展示室を進んでいくと、また広重がでてきた、というほど度々登場
する。そのほとんどがはじめてお目にかかる花や鳥の絵なので、夢中になっ
てしまう。その熱心さがちょっとほぐれる絵がときどきでてくる。たとえば、
‘燕のことろ遊び’。燕たちは尾翼を足のように二股にして遊んでいる。まる
で鳥獣戯画をみているよう。これは顔の頬がゆるむ。

そして、とても可愛いのが羽の緑が強く印象づけられる‘烏瓜に目白’。7羽が体をよせあって烏瓜の細い枝にとまって揺ら揺らしている。広重の花鳥画で目に馴染んでいる‘雪中椿に雀’は下の雀がこちらを向き愛嬌をふりまいている。隣に雪が椿に積もっているだけのヴァージョンが並んでいるが、大きな雪粒がどんどん落ちてくるこちらの絵のほうに目が寄っていく。

広重より6歳年上の渓斎英泉(1791~1848)の縁起のいい‘一富士二鷹三茄子’は思わず足がとまり、長くみてしまう。圧倒な存在感をみせる鷹に200%KOされた。第二会場に大きなオマケがあった。それは伊藤若冲(1716~1800)の‘雌雄鶏図’。ユーモラスな顔をした鶏とここで遭遇するとは思ってもみなかった。広重の戯画としっかりコラボしている。

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2026.03.01

サプライズMAX ‘ロックフェラー・コレクション’!

Img_0002_20260301223101   鈴木春信の‘秋海棠に蝶と猫’(1767年頃)

Img_0001_20260301223201   喜多川歌麿の‘若松に鶴’(1789~1801年)

Img_0003_20260301223201   鳥文斎栄之の‘月下梅と白鷺’(1789~1801年)

Img_0004_20260301223201   葛飾北斎の‘黄鳥 長春’(1834年頃)

Img_20260301235301  歌川広重の‘月に雁’(1832~1835年頃)

今日で終了した千葉市美の‘ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、
広重を中心に’を滑り込みセーフでみてきた。記憶に残る浮世絵展を開催する
ことで知られる千葉市美が2年前の‘鳥文斎栄之展’に続き、またホームランを
かっ飛ばしてくれた。今回は浮世絵というとすぐ思う浮かぶ美人画や風景画
ではなくて、ロックフェラー・コレクションの花鳥版画(163点)。

その多くははじめてお目にかかるものだから、入館してからテンションが上
がりっぱなしだった。いきなり目に飛び込んできたのは鈴木春信(1764
~1772)の‘秋海棠に蝶と猫’。春信にこんな視線を釘付けにする花鳥画が
あったの?流石、ロックフェラー・コレクション!と体が熱くなった。
そして、サプライズMAXの状態がすぐ横に飾られている喜多川歌麿(?~
1806)の‘若松に鶴’に引き継がれる。さらに鳥文栄之(1756~1829)
の‘月下梅と白鷺’にも思わず足がとまる。花鳥画の浮世絵をみてこれほど感動
することはそうはない。本当に一級のコレクションである。

すでに目に馴染んでいる花鳥画でも、摺りの状態がとても良いから別の作品
をみている感じになるのが葛飾北斎(1760~1849)の花鳥画シリー
ズ。とくに息を呑んでみてしまうのが‘黄鳥 長春’など5点。これは圧巻の
展示。2017年、大阪のあべのハルカス美に出品された大英博のコレクシ
ョンで味わったサプライズの色彩が再度脳を楽しくしてくれる。

たくさん飾られている歌川広重のなかではやはり‘月に雁’が心を打つ。雁の
むこうに大きな月をみせる構図が秀逸で、長くみていると情趣漂う雁の飛翔
が体のなかにじわり沁み込んできて、いい花鳥画をみている嬉しさが腹の底
からこみあげてくる。

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