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2025.07.03

日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 富士(2)

Img_0002_20250703231701   国宝‘一遍聖絵 第六巻 富士の霊峰’(1299年 清浄光寺)

Img_0004_20250703231701   尾形光琳の‘不二山図’(18世紀 五島美)

Img_0005_20250703231701   尾形乾山の‘富士山図’(18世紀 井上コレクション)

Img_0003_20250703231701   鈴木其一の‘富士千鳥図屏風’(19世紀)

Img_0001_20250703231701   宋紫石の‘富士山図’(18世紀 東博)

鎌倉時代中期の僧で時宗の開祖と知られる一遍(1239~1289)の生涯を描いた‘一遍聖絵’(全12巻)は運よく京博とこれを所蔵している神奈川県の清浄寺でみた。最も仰天するのはテンションMAXの踊り念仏(第七巻)。そして、第六巻には雄大な富士がでてくる。富士参詣曼荼羅をみてるときを同じ感じでみてしまう。

琳派に現れた富士で最初にお目にかかったのは尾形光琳(1658~1716)の‘不二山図’。題材となっているのは‘伊勢物語’第九段の‘富士山’。五月なのに白い雪を冠している富士に驚いている様子が描かれている。光琳にはほかに同じ第九段の‘八橋’と第十二段の‘武蔵野’がある。弟の尾形乾山(1663~1716)の‘富士山図’には大きな衝撃を受けた。画面中央におおらかに構える富士山とえのき茸のように簡略化された松の木をとりあわせる平板的な描写が清々しい。乾山は享保年間に江戸へ下っており、そのとき快晴の富士を目にしたのだろう。

琳派狂いなので宗達、光琳 酒井抱一、鈴木其一(1796~1858)の回顧展の情報が入ったら、欠かさず足を運んできた。2016年、サントリー美で開催された鈴木其一展’では嬉しい出品があった。美術本でみたことのない‘富士千鳥図屏風’。とても見栄えのする図柄で手前に豊かな緑が目にとびこんでくる松を配し、雪を頂く富士を千鳥の群れが羽を重ねて旋回している。息を呑んでみていた。其一が晩年にこんないい富士を描いていたとは!

一見すると中国風のところがある富士山を大画面に描いたのは宋紫石(1715~1786)。名前が中国人のようになっているのは師匠が長崎に清からやって来た宋紫岩だったから。本名は楠本幸八郎といい江戸の人。今年、東博の平常展でタイミングよく出会い、久しぶりの鑑賞となった。

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