日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 富士(3)
葛飾北斎の‘富嶽三十六景 神奈川沖浪裏’(1830~33年)
歌川広重の‘東海道五捨三次之内 原 朝之富士’(1833~35年 レスコヴィッチ・コレクション)
葛飾北斎(1760~1849)の浮世絵風景画ですぐ思い浮かぶのは‘富嶽
三十六景’。そのなかでとりわけ評価が高いのが‘神奈川沖浪裏。怪物と化した
ような大波がどどーっと舟におおいかぶさっていく大胆な構図に目を奪われ
る。この動的な表現を不動の聖なる山、富士山と対比させるという発想がス
ゴイ。富士は遠くに小さく描かれているのに大波を制している感じ。
富士川の渡し場から雄大な富士をとらえた英一蝶(1652~1724)の‘富士山図’には荷物を準備する人足や遊ぶ子どもが描き込まれており、その活気ある人物描写が風俗画の楽しさを伝えている。浮世絵も風俗画だから歌川広重(1797~1858)の朝焼けの富士に振り向く女性の旅人が登場する‘東海道五捨三次之内 朝之富士’を夢中になってみてしまう。この絵でおもしろいのは富士の頂が上部の枠外にはみ出していること。これで画面がぐんと立体的になった。
広重とほぼ同時代を生きた歌川国芳(1797~1861)は得意の武者絵で雄大な富士山でみせている。それは建久四年(1193)五月に源頼朝が富士の裾野で行った大規模な狩猟、富士の巻狩りに取材した作品。右で大傘のもと白馬に乗っているのが頼朝、そこにむかって崖から突進してくる大猪。これほど強い猪がでてくる絵はほかにみたことがない。国芳に嵌り続けている。
今年の春、府中市美で開催された‘かっこいい油絵’に司馬江漢(1747~1818)の‘七里ヶ浜図’が出品された。江漢の風景画でとくに多いのが駿河湾越しの富士山の図と鎌倉の七里ヶ浜の図。七里ヶ浜は鎌倉と江の島の間にある浜で、ここから西のほうに広がる光景を描いた油絵は4点あるが、漁師が仕事の手をとめて富士山を眺めているこのヴァージョンが一番のお気に入り。
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