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2025.07.31

イギリス人が好きなアーサー王物語!

Img_20250731233501 ビアズリーの‘湖水の令人、アーサー王に剣について語る’(1892年 V&A)

Img_0003_20250731233501  バーン=ジョーンズの‘アヴァロンのアーサー王の眠り’(1881~98年 ポンセ美)

Img_0001_20250731233501  バーン=ジョーンズの‘欺かれるマーリン’(1873~74年 レイデイ・リーヴァー美)

Img_0002_20250731233501  ワッツの‘サー・ガラハット’(1862年 フォッグ美)

Img_0004_20250731233501  ウオーターハウスの‘シャロットの女’(1888年 テート美)

わが家の映画DVDコレクションでもっとも楽しく観ているのはサスペンス・刑事&探偵ものと喜劇映画の‘社長、駅前シリーズ’だが、歴史ものや戦争ものもいろいろ揃えている。根っからの歴史好きだから、映画を観ることで海外の国の成り立ちや変遷がおおよそつかめるのはその国に一歩も二歩も近づけたような気になる。強い関心をもっているのがイギリス史で‘アーサー王物語’は‘円卓の騎士’(1953年)‘エクスカリバー’(1981年)など4本観た。

以前アメリカのラスベガスを旅行したとき、泊ったホテルの名前が‘エクスカリバー’だった。当時はこれがビアズリー(1872~1898)の‘湖水の令人、アーサー王に剣(エクスカリバー)について語る’に描かれている有名な剣であることは知る由もなかった。でも、今は石に刺さった剣をいとも簡単にアーサーが引き抜き、王になったことはしっかりインプットされた。

ラファエロ前派のバーン=ジョーンズ(1833~1898)の最後の大型作品である‘アヴァロンのアーサー王の眠り’(縦2.8m、横6.5m)は現在、プエルトリコのポンセ美にある。こんなすごい絵が海外に流出してしまった。日本の絵でいうと俵屋宗達の‘松島図’がアメリカワシントンのフリーア美にあるようなもの。一度でいいからみてみたい。老魔法使いマーリンを描いた‘欺かれるマーリン’にも惹き込まれる。

ワッツ(1817~1904)はアーサー王の円卓の騎士のひとりランスロットの息子、がラハットを描いている。ガラハットは武勇に優れ信仰心の篤い騎士に成長し、父が果たせなかった聖杯の顕現に立ち会うことができた。ランスロットの愛を得られないことを知った悲しみのあまりに死を選んだ乙女を描いたのがウオーターハウス(1849~1917)の代表作‘シャロットの女’。テート美では息を呑んでみていた。

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2025.07.30

画家を刺激したサロメ!

Img_0004_20250730230301   ビアズリーの‘踊り手の褒美’(1893年 V&A)

Img_20250730230301   モローの‘出現’(1876年頃 モロー美)

Img_0001_20250730230301  シャヴァンヌの‘洗礼者ヨハネの斬首’(1865~69年 ナショナルギャラリー)

Img_0002_20250730230301   シュトゥックの‘サロメ’(1906年 レンバッハ・ハウス)

Img_0003_20250730230301   ミュシャの‘サロメ’(1897年 クラヴリーヌ美)

数多くある西洋絵画の傑作のなかで心をザワザワさせ息を呑んでみたものは
忘れられない。その代表がモロー(1826~1898)の‘出現’とクリムト
(1862~1918)の‘接吻’。ビアズリー(1872~1898)の‘踊
り手の褒美’をみるまでは、‘サロメ’はモローの‘出現’によって強烈なイメージ
がつくられていた。

ビアズリーの絵でおもしろいのは斬首された洗礼者ヨハネの顔がなぜかサロメの顔とあまり変わらないこと。丸いテーブルの上に置かれたヨハネの首は長い髪がぬめっとのびて生き血になりしたたり落ちる感じ、まるで狂気じみたオカルト映画のワンシーンをみているよう。これに対し、モローの‘出現’は宙に浮くヨハネの首がサロメを睨む姿に圧倒的な存在感があり、サロメはそのパワーに負けまいと必死に立っている感じ。パリのモロー美でこの絵と対面したときは瞬時に体がフリーズした。

ロンドンのナショナルギャラリーにあるシャヴァンヌ(1824~1898)の‘洗礼者ヨハネの斬首’は時代劇の切腹のシーンを連想させる。これを後ろでみているサロメはどこか物憂げ。‘私の愛に素直にこたえてくれないから、こんなことになるのよ。生きているあなたがよかったのに’という気持ちの表れだろうか。

ファムファタル(妖婦)全開のサロメを描いたシュトゥック(1863~1928)の作品は世紀末のデカタンスな妖気が漂っている。サロメはとびっきりの美女で男を虜にするファムファタルで、嬉しそうな顔をみるとヨハネの首はおもちゃとして遊ばれそう。ポスター画家として大活躍していたミュシャ(1860~1939)もサロメのイラストを描いている。

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2025.07.29

ビアズリーと北斎!

Img_20250729231501 ビアズリーの‘おまえの口にくちづけしたよ、ヨナカーン’(1893年 V&A)

Img_0001_20250729231501  ‘アーサー王は、唸る怪獣に出会う’(1893年 V&A)

Img_0002_20250729231501   葛飾北斎の‘富嶽百景 登龍の不二’(1834年)

Img_0003_20250729231601   ‘武者絵本’(19世紀 メトロポリタン美)

Img_0004_20250729231601   ‘和漢 絵本魁’(1936年)

春に三菱一号館美で行われた‘異端の奇才 ビアズリー展’は今、久留米市美に
巡回している(8/31まで)。NHKの日曜日美術館は現地に出張し、専門家
の解説付きで鋭く切り込んでいた。25歳で亡くなったビアズリー(1872
~1898)は7歳のときに結核の症状がでたというから悲しい運命である。
洋画家の関根正二が20歳、村山槐多が22歳で天に召されたのと同じように
イギリスが生んだ天才もその才能を長く示すことができなかった。

番組によりビアズリーの出世作であるオスカー・ワイルドの戯曲‘サロメ’の挿絵がどのようないきさつで誕生したかがよくわかった。そして、‘おまえの口にくちづけしたよ、ヨナカーン’を何度もみているうちにある日本の画家の絵が不思議なことにくっついてきた。その画家とはあの葛飾北斎(1760~1849)!1834年に描かれた‘富嶽百景’の一枚に‘登龍の不二’というのがある。視線が釘付けになるのが富士の山頂に向かう龍のまわりに描かれている図案化された黒雲の表現。このフォルム、ビアズリーの絵でサロメの背後にみられる鯉のうろこのようなものと似てないか。勝手な妄想をすると、ビアズリーは浮世絵に興味があり、インプットされていた北斎の作品を意識したのかもしれない。

また、同じ年に描かれた‘アーサー王は、唸る怪獣に出会う’にも同じような鱗模様をみせる怪獣がでてくる。図録では王を睨み返す怪獣の姿はビアズリーが故郷のブライトンでみた中国趣味のシャンデリアのもとづく、と解説されている。そうなると、妄想は消える。でも、龍の姿を全部いただいたとは限らない。果たして?

北斎にはまだ妄想を続けろ、と背中を押してくれる作品がほかにもある。メトロポリタン美が所蔵する‘武者絵本’の一枚には放射する光線により全体の形がカットされた海の渦巻が描かれているし、日本と中国の武者を描いた‘和漢 絵本魁’ではアーサー王が出会った怪獣を連想させる生き物が暴れている。

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2025.07.28

もっとみたいクレー!

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‘ナイルの伝説’(1937年 ベルン美)

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‘寒さのはじまり’(1937年)

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‘いつしか夜の灰色から浮かび上がる、、’(1918年 ベルン美)

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‘黄色の記号’(1937年 ベルン バイエラー・コレクション)

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‘赤と緑の建築’(1922年 イェール大美)

今年前半に行われた西洋絵画の特別展で◎をつけているのは抽象絵画の画
家3人、‘ミロ展’(東京都美)、‘ヒルマ・アフ・クリント展’(東近美)、
‘パウル・クレー展’(8/3まで 静岡市美)。スウェーデンの女流画家ク
リントのとっつきやすい抽象表現にお目にかかれたのは大きな喜びだった
が、静岡市美まで遠征したクレー(1879~1940)もはじめてみる
作品が何点もあり存分に楽しませてもらった。ミューズに感謝である。

クレーは60年の生涯において9000点の作品を残した。だから、その
四分の一にあたる2000点以上の世界最大のコレクションを誇るをベル
ン美&パウル・クレー・センターをはじめとして、バーゼル美などスイス
の美術館やドイツ、アメリカの美術館にも鑑賞欲を強く刺激する絵がいく
つもある。

ベルン美&パウル・クレー・センターで関心を寄せているのはなんだか観光船に乗ってナイル川を航行した気分になる‘ナイルの伝説’。子どものお絵描き風で、一見するとビジーだがじっとみていると魚や花などがバランスよく描かれていてじつに楽しい。‘いつしか夜の灰色から浮かび上がる、、、’は上の詩の文字を彩色された小さな正方形に意匠化して、整然と上から下にセロハンテープのように並べたもの。すぐわかるのはA,B,M,N,T。この文字と色彩のコラボがおもしろい。

所在が不明な‘寒さのはじまり’は垂直線と水平線で画面を分割し、建築物の屋根や外観、室内空間などを連続的にみせている。意表をつくのが下に描かれたいかつい顔をした人物。これは楽しめる。クレーの抽象画が親しみをもてるのは線の動きや色彩の重ね方にどこか具象の痕跡が感じられるから。ベルンのバイエラー・コレクションにある‘黄色の記号’とアメリカのイェール大美蔵の‘赤と緑の建築’にも魅了される。

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2025.07.27

大相撲名古屋場所 琴勝峰が初優勝!

Img_20250727220501  安青錦を破り初優勝を飾った琴勝峰

Img_0001_20250727220601  11勝4敗の好成績で活躍した草野(左)

新しくできたIGアリーナで開催された大相撲名古屋場所は前頭15枚目の
琴勝峰(佐渡ヶ嶽部屋)が安青錦(安治川部屋)を破り、初優勝(13勝
2敗)した。拍手々! 場所前に琴勝峰が優勝することは誰も予想しなか
ったのではなかろうか。13日、新横綱の大の里、昨日は関脇の霧島に連
勝したので、この勢いなら安青錦にも勝つのではないかと予想していた。
果たして、立ち合いからパワーを発揮してあっさりと、今場所強さ全開の
安青錦を土俵に這わせた。

琴勝峰は4年くらい前、幕内にあがってきたころ、体も大きいし有望力士が
現れたと皆期待していたが、そのあと怪我をしたこともあり、長いこと幕内
上位に戻ってこれなかった。だから、この優勝には驚いている。何が変わっ
たのだろうか。今場所の琴勝峰の相撲はラスト3日だけしかみてないので、
15日間トータルの状態はわからないが、3番とも体の動きはとてもよく、
力強い相撲をとっている。これが来場所以降も続くなら、大関候補になって
いきそうな気がする。今年25歳だから、ひょっとすると大変身するかも
しれない。

ウクライナからやって来た安青錦は今場所の活躍で次の大関を狙える力士に
なったと思う。まだ21歳だが、来場所小結に昇進してまた二桁勝利をあげ
れば、大関にすぐなれる感じがする。霧島を破り10勝した関脇の若隆景は
多分来場所も二桁勝ち大関になるだろうから、そのあと安青錦が続く。

そして、次は琴勝峰と新入幕で11勝した草野(24歳 伊勢ケ浜部屋)が大関争いに加わってきそう。大の里は別格として、豊昇龍と琴桜はこの3人にその地位を脅かされる状況になるような予感がする。

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2025.07.26

藤田嗣治はサヴァン(超天才)か!

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Img_0003_20250726230901   ‘秋田の行事’(1937年 秋田県美)

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晩年の藤田嗣治

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浪曲師 広沢虎造のレコード

Img_0004_20250726230901   喜劇‘社長シリーズ サラリーマン忠臣蔵’(東宝 1960年)

TVの美術番組というと、すぐ思い浮かぶNHKの‘日曜美術館’。昨年あた
りから、以前のようにチャンネルをあわす回数が多くなった。今月のはじめ
に取り上げられた‘ビアズリー展’は情報が多く、興味深くみた。司会をやっ
ているミュージシャンの坂本美雨さんが専門家の解説にいいコメントをして
いた。以前から坂本さんは美術のセンスがあるなと思っていたが、どんな
経歴の人か調べてみたら、なんとあの坂本龍一の娘さんだった!即納得。

美術鑑賞に多くのエネルギーを注ぐようになり、日曜美術館や‘美の巨人た
ち’は毎週欠かさずみていた。こうした美術番組のいいところは美術本や展
覧会の図録にはふれられてない表現技法のことや制作の話がいろいろ出て
くること。主要なものはメモしているが、何度も登場した藤田嗣治
(1886~1968)にも深く心に記憶された話がいくつもある。

藤田が日本に帰って来て秋田のパトロンの依頼で描いた大壁画‘秋田の行事’にかかわるおもしろい話がでてきた。制作の世話をした人物が藤田を車に乗せて秋田の町の風景をみてもらった。町の景色やそこに住む人々に姿、道を歩く女性たちが身に着けている着物の模様など々多くのことが藤田の目から入っていった。この方が感心したことがあった。藤田は車の中からみた女性たちの着物の柄を瞬時に記憶してしまい、あとでそれを画面に描きこんでいったという。これはまるで異常な能力、たとえば超記憶力をもっているサヴァンのような行動である。藤田嗣治、恐るべしと腹の底から思った。

そして、もうひとつ晩年の藤田の生活スタイルがぐさっときた。フランスに帰化しても藤田は‘日本時間’で生きていた。食事はいつも和食で日本の歌謡曲や広沢虎造(知っている人は知っている浪曲師)のレコードを聴いて楽しんでいた。その一方で、聖母子や黙示録などの宗教画をせっせと描いている。喜劇映画‘社長シリーズ’を楽しんでいることをウマの合う友人に話すときは、‘藤田嗣治が広沢虎造の浪曲を毎日聴いていたのと同じことだよ’と言っている。

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2025.07.25

藤田嗣治の‘小さな職人たち’!

Img_20250725230101    藤田嗣治愛用のミシン

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連作‘小さな職人たち 瓦職人’(1958~59年頃)

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‘ペンキ塗り’

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‘靴直し’

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 ‘額縁職人’

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‘仕立屋’

藤田嗣治(1886~1968)の回顧展にお目にかかったのは今年の2回
を含めて6回ある。これから先はだいぶ間隔が空くとは思うが、ミューズに
はまたの開催を祈っておきたい。そして、秋田県美にある大壁画‘秋田の行事’を見に行く機運がふくらみつつある。

過去の特別展で購入した図録を読み込んでいると、藤田に魅了される作品の
ひとつが子どもの絵であることを再確認した。そのなかに分厚い画集があれば毎日でもみたくなるものがある。それは1958~59年頃描か
れた連作‘小さな職人たち’。15cm四方の小さな絵でその数200枚以上。その一部が2006年東近美でようやく開催された‘生誕120年 藤田嗣治展’に出品(個人蔵)された。

藤田は手先の器用な人で仕立屋としても一流の腕をもっており、ミシンを使
って洋服やカーテン、クッションなどを手作りした。だから、フランスの市井の職人たちの仕事に関心をもち、尊敬もしていて、常々‘自分はアーティストである前にアルティザン、職人でありたい’と言っていた。

そういう職人気質があれば、男の子や女の子をいっぱしの職人に変身させてそのてきぱきとした仕事ぶりを描写するのはお手のもの。どれも感心させられるほど上手い。お気に入りは男の子の‘瓦職人’、‘ペンキ塗り’、‘額縁職人’、‘’仕立屋と女の子の‘靴直し’。そして、ふと頭をよぎったのは藤田が裸婦図を描くときに意識した喜多川歌麿の‘婦人手業捨二工’(髪結、裁縫師など12枚揃)。これに影響されたのかもしれない。

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2025.07.24

もっとみたい藤田嗣治!

Img_0001_20250724225701    ‘アッシージ’(1961年 ひろしま美)

Img_20250724225701    ‘結婚式’(1950年 軽井沢安東美)

Img_0002_20250724225701   

 ‘二人の女性と船員’(1932年 山王美)

東京ステーション・ギャラリーで開催されている‘藤田嗣治 絵画と写真’
(7/5~8/31)は後期(8/5~31)に気になる作品がでてくるので、
再度出かけることにしている。今年は藤田嗣治が大当たり!SOMPO美
で行われた‘藤田嗣治 7つの情熱’(4/12~6/22)で新規の作品を数
多く楽しめたから、東京ステーションギャラリーに登場するものを合わせ
ると、わが家の藤田コレクションはバラエティの度合いがぐんと広がった。
ミューズに感謝!

今回、いずれの図録も情報が多く藤田の画業をトータルでとらえるのに申
し分ない内容になっているが、ほかの美術館にも巡回するため、東京では
見られないものがある。その中で鑑賞欲をそそるのが‘絵画と写真’に載って
いる‘アッシージ’。これを所蔵するひろしま美では有名な三連祭壇画‘受胎告
知’、‘十字架効降下’、‘三王礼拝’はお目にかかったが、この風景画の存在は
知らなかった。過去に開催された回顧展でも出品されてないから、美術館
は新たに手に入れたのだろうか。ジョットの絵が楽しめるアッシージには
良い思い出があるから、この絵を一度みてみたい。

東京ステーションギャラリーの展示室を出たところにほかの美術館で行っ
ている特別展のチラシが並べられており、藤田の絵が使われたものが目に
入った。軽井沢安東美では藤田の作品が4点が披露されている。その一枚
‘結婚式’が楽しそう。軽井沢には一度しか行ったことがないが、千住博の
記念館はインプットされているので、いつかという思いがある。藤田がみ
れるのなら出かけてみたくなった。

大坂の京橋に山王美というのがあり、ここのチラシにも藤田の‘二人の女性
と船員’と‘横たわる裸婦’が載っている。山王美は名前は知っていたが、大阪
の美術館だった。2022年9月に移転オープンしたらしい。ここも要チェ
ックの美術館になった。

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2025.07.23

映画‘南の島に雪が降る’!

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西部ニューギニアのマノクワリ(インドネシア共和国)

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ジャングルのなかに建つマノクワリ歌舞伎座

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紙の雪が舞う‘瞼の母’の舞台 下は加東大介(左)と伴淳三郎(右)

Img_0002_20250723224401  降ってくる雪に喜ぶワルバミ地区隊の兵たち

文藝春秋から1961年に出版された俳優・加東大介の戦争体験手記である
‘南の島に雪が降る’の2015年新装改訂版(ちくま文庫)を行きつけの本屋
で手に入れたとき、レジにいたシニアの女性がおもしろい反応をした。
「‘南の島に雪が降る’ですか。私これを観たとき泣きました!」。この方も映
画かNHKのドラマをみていたのか、これが気持ちをつないでくれる‘物語’の力
かと思った。

加東が昭和18年(1943)10月に召集を受け向かったところはオラン
ダ領西部ニューギニアのマノクワリ(画像をクリックして拡大で)。ここに
4万人いるマノクワリ支隊は補給路を断たれジャングルに孤立していた。戦友
たちは飢えとマラリアなどで次々と死んでいく。そこで、兵たちに元気を出さ
せるために立ち上げられたのが加東を座長にした演芸分隊、‘マノクワリ歌舞伎
座’。立派な芝居小屋までつくった。

クライマックスは‘瞼の母’の芝居で紙の雪を降らせて兵たちに内地を思い起こ
させるところ。多くの部隊からやってきたものは皆これに大感激し、涙を流し
て喜んだ。そのなかに死期が近づいている兵を皆で支え連れてきたワルダミ地
区隊がいる。この心優しい伍長役を演じているのが小林桂樹(画面の前列中央
で目をつぶった兵士を励ましている)。

このワルダミ地区隊は東部ニューギニアで全滅した部隊の生き残りで17名いるが、動けるのはその半分。‘生きている英霊’と呼ばれている。日本軍としては全員戦死したと発表したら、生き残っていても取り消しはしない。死ぬことを待っているだけなのである。加東はちょいちょい劇場に顔をあらわすようになったこの兵たちにいろいろと便宜を図り、芝居を観た夜は劇場に泊め、窓に暗幕を張って電気をつけた。‘ああ、明るいなあ’と大喜び。

このときの会話を加東はこんなふうに書いている。「‘このあいだきたヒゲの人、どうしてますか?’、‘死にました’、‘いつか、エノケンさんの声色をやった人は?’、‘死にました。死ぬまで、あの芝居のことばかり話していましたよ’。実にサラリと感情の起伏なしに、友人の死を口にするのである。むしろ、明るいといってもいいほどなのだ。その淡々とした態度が、こっちにはたまらない」

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2025.07.22

好きなクラシック音楽に加わった3曲!

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わが家のクラシック音楽のレパートリーは2021年からはじめたCDコレ
クションづくりにより、その範囲が広がり今や名曲を聴く楽しさがバラエテ
ィ豊かなものになってきた。これを実感することになったのはMy展覧会図
録を製作するときに流すバックグラウンド音楽に、以前のピアノソロやヴァ
イオリンソロから交響曲や交響詩などに変更したことが大きく関わっている。

3,4日くらい音量を少し下げて何度々も聴いていると、今まで聴いていた
がそれほどぐっときてなかった曲が体中に沁み込んできて、これからは図録
の軽作業のときではなく本曲そのものを楽しむ時間をつくろうという気持ち
なる。ブルックナーの‘交響曲第8番’がMy好きなクラシック音楽に新たに加
わったが、ほかにもある。

風景画のように美しい旋律でその風景を描写するのに優れているのがメンデ
ルスゾーンの‘交響曲第4番 イタリア’。以前‘第3番 スコットランド’をまず
聴いて次に‘イタリア’という流れで楽しんでいたとき、どういうわけか‘ス
コットランド’のほうに心が向っていた。ところが、今回聴く回数がどんと
増えたらこれが逆転し、‘イタリア’に大変魅せられた。わが家のクラシック
音楽のバイブルである‘クラシック音楽鑑賞辞典’(1983年 講談社学術
文庫)に‘イタリア’は‘スコットランド’をしのぎ、5つの交響曲中の第一位と
もいうべき傑作、と記されていたので、即納得した。

レシピ―ギの‘交響詩 ローマの松’は古いアメリカのスペクタクル映画をみて
いるような気にさせる聴きごたえのある名曲。ローマは運よく6回訪問する
ことができたが、‘アッピア街道の松’はお目にかかったことがない。いつか夢
が叶うといいのだが。サン・サーンスの‘交響曲第3番’は何度も聴いているう
ちに、最後にテンションがぐっとあがる重厚なオルガンの音色に200%嵌
った。20年くらい前この曲を知り気になっていたが、レヴァイン指揮のベ
ルリンフィルのすばらしい演奏を聴きようやく開眼した。

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2025.07.21

音楽家クレーの絵画!

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仲間と五重奏を演奏するクレー(右端 第一ヴァイオリン 1900年ミュンヘン)

Img_0002_20250721230301   ‘赤いフーガ’(1921年)

Img_0005_20250721230301   ‘花ひらく木をめぐる抽象’(1925年 東近美)

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‘ポリフォニー’(1932年 バーゼル美)

Img_20250721230301   ‘パルナッソスへ’(1932年 ベルン美)

静岡市美で開催されているクレー(1879~1940)の回顧展
(6/7~8/3)で手に入れた図録(3500円)を今じっくり読んでいる。
作品展示の切り口が‘創造をめぐる星座’とタイトルがついているように、クレーの画業に影響を与えた画家たちの話がかなり詳しく記されているのでクレーにまた一歩近づいた感じがする。

クレーは父がドイツ出身の音楽教師、母がフランス出身のピアニストだった
ため、生家(ベルン)は芸術の空気に溢れていた。小学校に入るころヴァイ
オリンを習い、11歳でプロのオーケストラで演奏するほどの腕前だった。
そして、バウハウスでは音と時間の芸術である音楽と静止した空間の芸術で
ある絵画をどう結びつけるか様々な試みをした。

バッハが生み出した一つのメロディーをいくつかの楽器が次々と展開していく‘フーガ’を意識して描いたのが‘赤のフーガ’。形を変え、色彩を変え、残像効果を生かした画面によりフーガの技法を表現している。東近美にある‘花ひらく木をめぐる抽象’は黒、赤、緑、黄色、白の大小の四角の面がリズムカルに揺れ動くような画面構成で、拍子やリズムの繰り返しのなかにメロデイーをのせて音楽ができあがる感じがする。

そして、音楽と絵画のシンフォニーは洗練され美しい絵に進化していく。それが1932年に先行して描かれた‘ポリフォニー’と最高傑作の‘パルナッソスへ’。点で描いた色面のパターンをいくつも重ねハーモニーを奏でるオーケストラをイメージさせるような絵画、‘ポリフォニー絵画’が生み出された。

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2025.07.19

ベーム指揮 ブルックナー‘交響曲第8番’!

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  ベーム指揮 ブラームス‘交響曲第1番’

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  ムーティ指揮 ブラームス‘交響曲第2番’

美術館へ出かけ特別展鑑賞のあとミュージアムショップに寄って図録を購
入するのはいつものルーティンだが、今はその値段がとても高くなった。
どこの美術館へ行ってもということはないが、3500円も支払うことがよ
くある。東京ステーションギャラリーの‘藤田嗣治展’もこのくらいした。

図録がどんどんたまっていくと図版のダブりがでてくるので、図録を合体
させる作業を継続して行っている。この軽作業が楽しく進むためにバック
グランドミュージックとして流しているのがクラシック音楽。昨年はオー
ボエのバロック音楽やショパンやベートーベンのピアノソロを聴いていた
が、今年は久しぶりにコレクションした交響曲を流している。

3日くらい同じ曲が何度も繰り返されるが、これによりある曲に開眼した。
それはブルックナーの‘交響曲第8番’。大学の頃から聴いているマーラー
は1~9番まで全部CDが揃っているが、ブルックナーはこれだけ。ほかは
好みでないのである。でも8番も買ってはみたもののこれまであまり聴い
てはいない。それが、図録軽作業によって変わった。これからは何度も聴
こうという気になっている。最後の第4楽章はホルン、トロンボーンなど
が鳴り響き壮大な宇宙をイメージさせる。交響曲は何度も聴くものだとい
うことがよくわかった。

この影響で大好きなブラームスの‘交響曲第1番’と‘第2番’もお馴染みの
ベームとムーティが指揮する演奏を聴いている。これも本当にいい気持ち
にさせてくれる。クラシックに乾杯!  

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2025.07.18

映画‘ソフィーの選択’、‘非情城市’をもう一度観たい!

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映画‘非情城市’(台湾製作 1989年)

映画のDVDをゲットするためブックオフへ通うのは5年にもなった。勝手知
る棚に並ぶのは海外映画のほうが圧倒的に多い。だから、このなかからお目
当ての作品をみつけるのは根気がいる。そのため、全部に目を通すのは3回
に一度くらい、だいたいが今回もダメだったかで終わる。それでも、足を運
ぼうと思っているのは名女優、メリル・ストリープが主演した‘ソフィーの選
択’(米国製作 1982年)を手に入れたいから。

この映画を観たのは広島で仕事をしていた頃(25年くらい前)で、レンタ
ル店にあったもの(DVDではなくVHSビデオ)。当時は何度も観る時間はな
く、ウキぺディアでストーリーを確認することもなかったので映画狂のよう
に満喫するということはなかったが、これがホロコースト映画の秀作として
強く胸に刻み込まれている。

どういう流れで話が進みどういうエンディングだったかは覚えていないが、クライマックスのシーンは忘れられない。それが題名の‘ソフィーの選択’。アウシュヴィッツに着いたソフィー(メリル・ストリープ)は息子のヤンと娘のエヴァのどちらをガス室送りにするか、ナチス親衛隊の軍医から選択を迫られる。‘わたしには選べません’と苦しむが、選ばなければ子どもは二人とも殺されてしまう。‘小さい子を、娘を連れて行って!’と泣きながら答える。

もうひとつ、手に入れたい映画がある。NHKのBS2で放送されたのを観たと記憶している台湾映画の‘非情城市’(1989年)。メガホンをとったのは台湾を代表する映画監督,ホウ・シャオシェン。1989年のベネチア国際映画祭でグランプリを受賞した名作で香港の人気俳優トニー・レオンが耳が聞こえず、言葉が不自由な林家の四男役(画像)で好演している。台湾は昨年台北へ30年ぶりに訪問し、ますます好きになったので、なんとしてもゲットしたいが、DVD化されている? 

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2025.07.17

喜劇‘駅前番頭’、‘南の島に雪が降る’!

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わが家の名作映画DVDコレクションはひと段落し、今は数がぐんと減った追
っかけリストに入っているものを求めて、馴染みのブックオフ4店にローテ
ーションしながら定期的に出かけている。お目当てのものに当たる確率は低
いことは承知しているが、諺の‘犬も歩けば棒に当たる’が背中を押すのである。
果して、今月嬉しい作品が目の前に現れた!

それは予想だにしなかった東宝映画の人気喜劇‘駅前番頭’(1966年)と
‘駅前音頭’(1964年)。すごく新しいので説明書きをよく読んでみると
発売は‘番頭’が2024.2.21、‘音頭’が2024.1.24になっている。昨年、最新技術を使ってリメイクし再度売り出していた。森繫久彌、伴淳三郎、フランキー堺、三木のり平、淡島千景、淡路恵子、池内淳子(知っている人は知っている)らが出演するこのシリーズはこの2本をゲットしたことで全24作品のうち13作が揃った。全部DVD化されたことがわかったので、残りの11作も順次購入することにした。定価は2750円(ブックオフではともに1900円)。

もうひとつはDVDの情報がまったくなかった同じく東宝の‘南の島に雪が降る’
(1961年)。これも2020.8.19に発売されたものがひょいと店頭
に出てきたものだった。昨年You Tubeに10分くらいの映像として流れていた
のを偶然見て、これが名前だけは知っている‘南の島に雨が降る’の映画か、と
感慨深かった。すぐレジに持っていった。値段は定価と同じ2500円。

これは‘七人の侍’や喜劇‘社長シリーなどに出演した名優・加東大介の戦地(ニューギニア)での実体験を映画化したもの。1961年文芸春秋から単行本としてして出版され、同じ年にテレビドラマ(NHK)と映画がつくられた。兵士たちを慰安するため加東大介たちによってつくられた劇団が芝居をみせ、舞台に紙の雪を降らせた、という話はインプットされていたが、細部までは知らなかった。朝ドラの‘あんぱん’で崇が中国の戦場で空腹のため死にそうになる場面が重なった。映画をみたあと、すぐ2015年、ちくま文庫から出版された新装改訂版を手に入れ読んだ。いい映画と本に出会った。

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2025.07.16

大リーグ 後半戦の予想!

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ナショナルリーグ、東地区のブレーブスの本拠地アトランタで開催されたオ
ールスター戦が終わり、大リーグは後半戦に突入する。大谷翔平の所蔵する
ドジャースはオールスター前までに97試合戦ってきたので、残りは65。
大リーグはこれから一層熾烈なゲームが続き、ぐんぐん盛り上がっていく。
で、ナ・リーグ西地区はどのチームがポストシーズン(PS)に進むか予想
してみた。

ナ・リーグ西地区は現在、ドジャースが2位のパドレスに5.5ゲームの差を
つけて首位にたっている。3位はジャイアンツ。ドジャースは7連敗する前
は2位を9ゲーム離して安泰モードだったが、三塁手のマンシーが怪我で
出場できなくなったのをきっかけに、チーム全体のリズムが狂い、ずるずる
と敗戦が重なった。

では、ドジャースはPSまで首位の座を守れるのか。ズバリ、今年も地区
優勝は果たせそう!7月末が期限のトレードでPS進出を諦めたチーム(いわ
ゆる売りチーム)から即戦力の打者、投手を何人獲得し、ワールドシリーズ
連覇にむけたチーム力の補強が実現できるかが大きな鍵を握っている。先発
投手、クローザー、野手、誰を獲得するだろうか。

そして、今故障者リストに入っている先発のスネㇽ、佐々木の復活はいつに
なるのか。この二人が戻ってきて、大谷の二刀流が完全になると投手陣は
山本由伸を軸にかなり強化される。これでブルペン陣は楽になり本来の力が
存分に発揮できるようになる。打撃のほうは層が厚いから大丈夫。大谷が
ホームランを量産してくれるだろう。

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2025.07.15

デパート美術館の今!

Img_20250715231301 ‘絹谷幸二展’(2006年 日本橋三越本店 新館7階ギャラリー)の図録

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‘絹谷幸二展’(2025年7月 高島屋横浜店7階美術画廊)

昨日出かけた絹谷幸二さんの個展はこれまでと勝手が違った。高島屋横浜店
で何年か前(コロナ禍の前)遭遇した‘竹久夢二展’のときは入館料を払い、
展示会場はもっと広いところをまわって出口にたどりつき、その前のコーナ
ーで図録を購入したと記憶している。今回もそのイメージで7階に
行ったが、作品が展示されていたのは普段は寄らない美術画廊。そのため、
中にいるのはわれわれ2人のほかは3人くらいしかいない。

だから、最も高い値(9300万円)がついている‘彩雲渡る宝船’はまるで
ホテルのロビーでみているような気分だった。これは過去の回顧展(2006年
 日本橋三越本店)、(2008年 日本橋高島屋)のときとは違う鑑賞体験。
手に入れた図録(1000円)には57点の作品の図版が載っているが、
解説文はなく、制作年も記されてない。

最近はデパートで展覧会をみることがぐっと減っている。以前は高島屋や三越でやきもの展、たとえば河井寛次郎などによく足を運んでいたが、これがなくなり、二つのデパートとの縁が薄れている。今は横浜そごうの美術館をウォッチしているだけ。昨年は10月に日本画の‘手塚雄二展’を楽しんだ。

東博などへ出かけるとほかの美術館のチラシが数多く置いてあるので、気になるものはインプットされ出動計画のなかに組み込まれるが、デパート系は情報がないため、関心が薄れていく。日本画でもやきものでも新人で才能のある作家が存在するから、日本橋の三越や高島屋でもとりあげているかもしれないが、その情報が入ってこない。デパート側も美術展覧会の開催に多くの熱量を注がなくなった感じがする。

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2025.07.14

15年ぶりの‘絹谷幸二展’!

Img_0003_20250714225501    ‘夢と希望 湖上富岳 日本の夜明け’

Img_20250714225401    ‘彩雲渡る宝船’

Img_0001_20250714225401    ‘大黒様と米だわら’

Img_0004_20250714225401    ‘平等院雲中菩薩’

Img_0002_20250714225401    ‘守り本尊不動明王’

先週9日(水)から本日まで行われていた絹谷幸二さん(1943年~)の
個展をみてきた。場所は高島屋横浜店の美術画廊(無料)。最新作が並ぶこ
の特別展は高島屋の大阪店からはじまり、日本橋店、京都店とまわり、また
関東の横浜店にやってきた。そして、このあとジェイアール名古屋タカシマヤ
(7/23~29)へいき、最後が松山のいよてつ高島屋(8/6~12)。絹谷さんは好きな画家なのに迂闊にも日本橋店の情報にノータッチだった。1ヶ月半くらい前、新聞に載った記事が目に留まり、見逃さずにすんだ。ミューズに感謝!

絹谷さんの回顧展はこれまで3回縁があったが、最後は2010年東芸大美
で開催された退任記念展。だから、15年ぶりの鑑賞となった。今回は直近
の1年間で描かれたものが50点くらいでている。はじまりはお馴染みの画
題富士を描いた‘夢と希望 湖上富岳 日本の夜明け’、富士の左右に日月、そし
て金銀に彩られた雲とくればぐんと元気になる。絵についている値札の数字
はいわなくていいのだが、数字はまるめて3300万円。

七福神を描いたものが4点どどっと並んでいる。どれもぐっとくるが長くみ
ていたのが‘大黒様と米だらわ’(6600万円 売却済み)と明るい赤と黄色
で彩られた七福神が楽器を楽しく演奏している姿を描いた‘彩雲渡る宝船’
(9300万円 売却済み)。スマホ撮影OKなのでバシバシ撮った。

多くのモチーフが吉祥図や仏教関連のもので‘平等院雲中菩薩’は思わず足がとまる。鳳凰堂の天井のちかくに描かれている雲中供養仏が舞を舞い音楽を奏でているのを思い出した。そして、お得意の怒りの火焔が印象深い‘守り本尊不動王’の前では背筋がしゃんとする。

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2025.07.13

本格二刀流に近づく大谷翔平!

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  ジャイアンツの1~3番を連続三振にしとめた大谷翔平

大リーグオールスター戦前のドジャースとジャイアンツとの3連戦(サンフ
ランシスコ)、第2戦は朝5時からの開始だったので、生では観てなかった。
目が覚めてすぐ、パソコンに向かうと2-1でドジャースが勝っていた。思
わず拍手々!7連敗していたので楽しくない日が続いたが、これで流れが変
わり、強いドジャースにもどるだろう。明日の3戦は山本由伸が投げるから
連勝の可能性が高く、2勝1敗と勝ち越しゲーム差は6になるとみている。

5度目の登板となった大谷は3イニング投げた。その内容がスゴイ!1回は
160km前後のストレートをビシビシ投げ込み3者連続三振。1番(真ん
中の画像),2番を最後高めの豪速球で空振りを奪い、レッドソックスか
ら移籍してきた3番の強打者デバースは縦に落ちるスライダーで三振にしと
めた(下)。見事なピッチング。この快投がドジャースに勝き機運をもたら
し、2回3回をヒットは1本打たれたものの、無失点で投げ切った。

この安定した投球からすると、オールスター戦後、先発出場したときは早い
時期に、たとえば8月の中旬頃には5回くらい投げられる状態に近づくので
はなかろうか。監督、コーチ陣は慎重に本格二刀流のタイミングを検討し、
ポストシーズンで最高潮にもっていくことを頭にえがいているのだろう。

打者大谷については、昨年同様ここまでホームランを順調に量産している。
第1戦でジャイアンツのエースから打った右翼場外の海に飛び込む‘スプラッ
シュ弾’(32号)は完璧なスイングで惚れ惚れするほどカッコよかった。
これで大谷の‘生ホームラン’は5本目。You Tubeで何度もそのシーンをみて
目に焼き付けた。二刀流の大谷翔平に乾杯!

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2025.07.12

連続テレビ小説‘あんぱん’!

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絵本‘アンパンマン’(1973年)

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国宝‘玉虫厨子 捨身飼虎図’(7世紀 法隆寺)

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‘サーンチ―のストゥーパ浮彫彫刻 大猿本生’(紀元前3世紀)

NHKのドラマは大河ドラマ‘べらぼう’だけでなく、連続テレビ小説‘あんぱん’も毎日欠かさず観ている。どちらも異例の出来事なのだが、どっぷり嵌っている。小さい頃から漫画をみる習慣がないので、やなせたかしが子どもに大人気の‘アンパンマン’をつくった漫画家であることは知ってはいるが、この番組を観るまではどんな内容のものかはまったく知らなかった。

2週間くらい前、偶然BSで以前製作された‘やなせたかし物語’(再放送)に遭遇し、絵本‘アンパンマン’(1973年)の正体がわかった。そして、アンパンマンのとった行動に驚愕した。アンパンマンは砂漠で疲れはてて動けなくなった旅人になんと自分の顔を食べさせるのである!お陰で旅人は元気を取り戻し、アンパンマンは顔が半分なくなった姿で飛び去っていく。

これをみてすぐある絵が思い浮かんだ。それは法隆寺にある国宝‘玉虫厨子’の須弥座左側側面に描かれている‘捨身飼虎図’。ブッダの前生物語(本生譚)のひとつで飢えた虎の親子に身を施す話である。胸にぐさっと突き刺さる究極の自己犠牲!瞬間的にやなせたかしはこの話を知っていて、アンパンマンの真ん丸顔を腹を空かした旅人に食べさせるということを考えついたのかなと思った。中国の戦場で空腹の苦しみを味わったからこんなシュールでグロテスクな顔でもすっと消化できたのかもしれない。アンパンマンと玉虫厨子の絵がむすびつくとは思ってもいなかった。

2009年、インド旅行(2度目)をしたとき、サーンチーでストゥーパの名所観光をし、ブッダが猿の王であったときの物語が彫られた浮彫彫刻に出会った。それが善行のひとつである自己犠牲。上のほうで大きな猿が川をまたぐように体を水平にしている。この猿が橋になっているのである。どうして?あるとき、国王夫妻が上流から美味しいマンゴーが流れてくるのを見つけた。で、川をさかのぼって行ってみると猿の群れがマンゴーを貪り食べていた。これは許せないと軍隊が猿に矢を射り、追いつめる。それをみて猿の王は猿たちを逃がすために自分が盾となり橋になるのである。インドにも弁慶の最期の場面と同じ話があった。これぞ心を打つ自己犠牲!

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2025.07.11

大河ドラマ‘べらぼう’ 後半に期待する話とは!

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書斎にある本棚の一番近くの棚によく手にとる本が並んでいるが、‘ことわざ
決まり文句辞典’(三省堂 2019年)も置いてある。好きな諺には赤丸を
つけており、そのひとつが‘犬も歩けば棒に当たる’。五島美で‘極上の仮名’を
楽しんだあと、図録などのあるコーナーに移動すると他館で行われる展覧会
のチラシがいろいろ置いてあった。

そのなかで目にとまったのが‘五館連携 蔦重手引草 都内五館で巡る、江戸
の名版元「蔦屋重三郎の世界」’(図版をクリックして拡大で)。NHKの大河
ドラマ‘べらぼう’を毎週欠かさず観ているので、この展覧会情報にはすぐ脳
が反応する。蔦重関連の特別展は東博の‘蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの
風雲児’(4/26~6/15)と千葉市美の‘江戸の名プロデューサー 蔦屋重
三郎と浮世絵のキセキ’(5/30~7/21)はインプットされていたが、こ
の五館のコラボ企画はノータッチ。‘いい棒に当たった’。

‘べらぼう’はもう後半に入っているが、これから一番おもしろい喜多川歌麿の
‘美人大首絵’と東洲斎写楽の真に迫る‘役者絵’の話になる。
☆‘蔦屋重三郎と版元列伝’(8/30~11/3 太田記念美)
☆‘蔦屋重三郎-江戸には江戸の風が吹く’(9/2~10/19 大東急記念文庫)
☆‘あれもこれも蔦重!’(9/2~11/3 印刷博物館)
☆‘蔦屋重三郎版のおもちゃ絵’(10月初旬∼11月初旬 たばこと塩の博物館)
☆‘蔦重、圧巻。’(10月初旬~11月下旬 国文学研究資料館)
でも二人の情報が多く得られそう。

東京駅ステーションギャラリーへ行く前、日本橋で食事をして、東京駅を目指
していたら、日本橋を渡ってすぐの所に‘日本橋観光案内所’があり、‘蔦重の店
はどこにあったの?’と尋ねるとマップで教えてくれた。大伝馬本町通りにあっ
たことがインプットされたので、次日本橋に来たとき足を運ぶことにした。

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2025.07.10

久しぶりの五島美で‘極上の仮名’に遭遇!

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Img_0002_20250710233101   ‘高野切古今集(第一種) 伝紀貫之筆’(重文 平安11世紀 五島美)

Img_0003_20250710233101   ‘石山切(貫之集下) 藤原定信筆’(平安1112年頃 書芸文化院)

Img_0004_20250710233201   ‘石山切(伊勢集)’(平安1112年頃 書芸文化院)

久しぶりに世田谷区上野毛にある五島美を訪問した。つい一週間くらい前、ここで‘極上の仮名 王朝貴族の教養と美意識’(6/24~8/3)が開催されていることを知った。いい字を書く才能はまったく備わっていないが、美しい漢字や仮名をみるのは好きなのでので、王義之の書や国宝の‘三十六人家集’が披露されるときは見逃さずに出かけてきた。

偶然知ったこの特別展に足を運ぼうと思ったのは、開催のタイミングがここ一ヶ月の関心事とうまく合ったから。今、‘古今和歌集’にのめり込んでおり、‘新版 古今和歌集 現代語訳付き’(角川ソフィア文庫 2009年)や渡辺泰明著‘和歌とは何か’(岩波新書 2009年)を買い込み集中して読んでいる。おかげで小さい頃家族で楽しんだ‘小倉百人一首’のカルタ取りで覚えた好きな和歌の真の意味がわかってきた。

これまで縁があった書の展覧会では美しい料紙に記された造形美として惹かれる和歌を息を呑んでみていたが、今は和歌の意味を洗練された仮名で味わいたいという思いが強くなっている。だから、以前みたことのある‘古今和歌集’(905年)を書き写した仮名の最高峰の古筆として知られる‘高野切古今集(第一集)’をみて、すぐ‘新版古今和歌集’で和歌を詠んだ作者の心情をチェック々となる。

今回大きな収穫は‘三十六人家集’の現存最古の写本、‘石山切(貫之集下) 藤原定信筆’と‘石山切(伊勢集)’の断簡(ともに書芸文化院蔵)。切り継ぎや破り継ぎなどの手法を駆使し、花や鳥を表現する装飾料紙の魅力に思わず足がとまった。館内は書が大好きという愛好家が大勢集まっており、20年に一度クラスの特別展が開かれていることを実感した。

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2025.07.09

もうひとつの‘藤田嗣治展’!

Img_0001_20250709232001   ‘オランダの少女たち’(1955年頃 ポーラ美)

Img_20250709232001   ‘庭園の子ども達’(聖徳大)

Img_0004_20250709232001   ‘婦人像(リオ)’(1932年 広島県美)

Img_0003_20250709232001   ‘力士と病児’(1934年 大日本印刷)

Img_0002_20250709232001   ‘フルール海岸(ノートル=ダム)’(1963年 ランス美)

東京駅ステーションギャラリーで開催されている‘藤田嗣治 絵画と写真’
(7/5~8/31)をみてきた。藤田嗣治(1886~1968)の回顧展
は2ヶ月前、新宿のSOMPO美で楽しんだばかりだが、こちらも出動するこ
とは決めていた。どちらもまだお目にかかってない作品が数点でもあれば
OKというのが足を運んだ理由だが、今回も予想以上の収穫があった。

その筆頭が‘オランダの少女たち’。藤田は1955年オランダを旅行し、
マルケン島にも寄り民族衣装を着た少女たちをカラー写真で撮影している。
これはその写真をもとに制作されたもの。少女たちのリアルな群像表現に思
わず足がとまった。所蔵するのはポーラ美だが、これまで縁があった回顧展
ではみたことがない。同じく‘庭園の子ども達’も写真を利用した肖像画。横
の写真をみると顔を表情がとても似ており、その描写の上手さに感心させられる。

藤田はフランスをはじめとするヨーロッパのみならず、中南米、中国にでかけ、異国の風俗を絵にしている。‘婦人像(リオ)’は広島で仕事をしているとき県立美術館でお目にかかった作品だが、描かれているのはリオのカーニバルのために衣装の具合をみている女性とそれを手伝う現地の女性。モデルは一緒に旅したマドレーヌ。きれいに整えられた睫毛が強く印象に残る。

中国の旅で取材した‘力士と病児’は、北京の雑踏でモンゴル式相撲の大道芸をみせていた力士のあくのつよい表情が強力な磁力を発している。ここでも藤田はスケッチや多数の写真を使って作品を仕上げている。風景画の‘フルール河岸(ノートル=ダム)’は2018年の大回顧展(東京都美)に出品された作品(ポンピドーセンター蔵)の別ヴァージョン。

写真に撮られた藤田、藤田が愛用のライカ製のカメラで撮った写真が数多く並んでいる。藤田の画業の内側をみせてくれる貴重な特別展である。藤田嗣治が好きな方は是非!このあと3つの美術館を巡回する。名古屋市美(9/27~12/7)、茨城県近美(2026/2/10~4/12)、札幌芸術の森美(4/29~6/28)

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2025.07.08

2025年後半展覧会プレビュー!

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今年前半は‘ミロ展’(東京都美)や‘ヒルマン・アフ・クリント展’(東近美)
などワールドクラスの回顧展が行われ、楽しみMAXが途切れることなく続い
たが、後半は日本美術で期待の特別展が数多く登場する。
☆西洋美術
・‘アボリジナルアート’ 6/24~9/21   アーティゾン美
・‘藤田嗣治展’     7/5~8/31    東京ステーションギャラリー
・‘高島野十郎展’    7/18~9/28   千葉県美
・‘ゴッホ展’      9/12~12/21  東京都美
・‘ユトリロ展’     9/20~12/14  SOMPO美
・‘印象派展’      10/25~2/15  西洋美
・‘小出楢重展’     12/20~3/1   府中市美

☆日本美術
・‘大鎧展’       7/15~9/7    春日大社国宝殿
・‘友禅展’       7/19~9/15   京近美
・‘運慶展’       9/9~11/30   東博
・‘絵金展’       9/10~11/3   サントリー美

・‘宋元仏画’      9/20~11/26  京博
・‘円山応挙’      9/26~11/24  三井記念美
・‘堂本印象’      10/7~11/24  京近美
・‘北沢映月’      10/11~11/30 平塚市美
・‘伊勢物語’      11/1~12/7   根津美
(注目の展覧会)
西洋美術ではキラーコンテンツのゴッホ展が東京都美で開催される。アムス
テルダムのゴッホ美のコレクションが披露されるが、多くはすでにみている
作品でも、ゴッホに会えることは一つの‘事件’ともいえる究極のエンターテ
イメントだから、見逃すわけにはいかない。そして、二度目の‘高島野十郎展’
とずっと回顧展を待っていた‘小出楢重展’が楽しみ。

日本美術は奈良の春日大社で行われる‘大鎧展’と‘友禅展’が待ち遠しい。そし
て、大阪から巡回してくるサントリー美の‘絵金展’も期待している。最近情報
が入った京近美の‘堂本印象’。回顧展をみる機会にようやく巡りあえるので、
2度目の京都旅行になりそう。

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2025.07.07

日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 浅間山

Img_20250707230701   亜欧堂田善の‘浅間山図屏風’(重文 1804~18年頃 東博)

Img_0001_20250707230701   池大雅の‘浅間山真景図’(1760年頃)

Img_0002_20250707230701   梅原龍三郎の‘噴煙’(1953年 東近美)

Img_0003_20250707230701   片岡球子の‘火山(浅間山)’(1965年 神奈川県近美)

大河ドラマ‘べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~’を毎週のめりこんで観ているが、
25話(6/29)は天明3年(1783)7月、大噴火した浅間山がも
たらす大災害の話が中心だった。江戸にまで大量に降って来た火山灰は
昼でも空を夜のように暗くし、人々は大混乱に陥った。そして、‘天明の飢
饉’はこの天災により拍車がかかり、その惨状が長く語り伝えられること
になった。つくづく日本は災害大国だなと思う。

浅間山(2568m)は霊峰富士ほど多くは描かれてないが、目に焼き付いている作品はいくつもある。これぞ、浅間山!という印象が強く刷り込れているのが亜欧堂田善(1748~1820)の‘浅間山図屏風’。これは江戸時代に描かれた油彩画のなかで最大の作品で縦150cm、横338cmの大きな屏風に浅間山の雄大さを見事に表現している。大噴火から30年くらい後に描かれたので、まだ記憶にあったことだろう。

池大雅(1723~1776)は38歳のとき、友人二人と富士山、立山、白山に登る三岳紀行の旅に出る。信州では浅間山に登っており、その経験とスケッチをもとに‘浅間山真景色’を描いている。画面右前景に大きく描かれるのが浅間山で、山裾には軽井沢などふもとの集落が描かれている。左上には利根川が蛇行し、その先に筑波山がみえる。

火山が画家の絵心を強く刺激するようで、梅原龍三郎(1888~1986)は桜島に興味をそそられ、避暑先の軽井沢では浅間山に親しむようになる。浅間山の連作のなかでもっとも惹かれているのが東近美にある‘噴煙’。片岡球子(1905~2008)も活火山好きで桜島、浅間山、昭和新山などを描いている。‘火山(浅間山)’はぱっとみるとゴッホの絵が目の前をよぎる。これほど前衛的な風景画はほかにみたことがない。

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2025.07.06

日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 富士(5)

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  梅原龍三郎の‘朝陽’(1945~47年 大原美)

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  林武の‘富士’(1965年)

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  棟方志功の‘富嶽頌 赤富士の柵’(1965年 棟方板画美)

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  絹谷幸二の‘日月龍神富嶽’(2007年 岡崎画廊)

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  福王寺法林の‘朝富士’(2007年)

絵画鑑賞が趣味となったとき、洋画家では梅原龍三郎(1888~1986)
や安井曾太郎(1888~1955)の回顧展をみるのを楽しみにしていた。
ところが、横山大観ら日本画の画家たちは頻繁に個展が開かれるのにどうい
うわけか二人はなかなか遭遇しない。あれほど有名な梅原龍三郎なのに、こ
れまで出会ったのは2006年、日本橋三越でおこなわれた1回だけ。そこ
で大きな感動をもらったのが大原美蔵の‘朝陽’。大きな回顧展が東近美で実現
されるのを強く望んでいるが、そのときは再会できるだろう。

まるでゴッホの厚塗りの油絵を連想させる林武(1896~1975)の
‘富士’には新鮮な驚きがある。強烈な色彩によって巨大なエネルギーをため込
んだ富士山が躍動しているかのようである。同じような印象をもつのが棟方
志功(1903~1975)が親友の草野心平の詩をもとに描いた連作‘富嶽
頌’の‘赤富士の柵’。詩そのものを文字の形で富士図の空のところに彫り込むと
いうアイデアがとてもユニーク。はじめに書かれた‘赤富士カーニバルだ’が
おもしろい。

7/9(水)~14(月)に横浜高島屋で最新作を披露する個展が開かれる
絹谷幸二(1943~)は2008年日本橋高島屋のとき富士山の絵を2点
楽しませてもらった。それを加えこれまでみた富士山図は全部で6点。‘日月
龍神富嶽’は2007年の東京美術アートフェアに出品されたもので、雄大な
富士にお馴染みの画題の太陽、月、龍神をカラフルに彩り神秘性を高めた表
現になっている。

‘ヒマラヤの画家’として知られる日本画家の福王寺法林(1920~2012)
には思わず足がとまる富士の絵がある。三鷹市が所蔵する‘暁富士’と個人蔵の
‘朝富士’。2006年三鷹市美術ギャラリーで縁があった回顧展でスケールの
大きなヒマラヤ連峰の作品に大変魅せられたが、別の展覧会でお目にかかっ
た金色に赤富士が浮かび上がる‘朝富士’にもぐっときている。

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2025.07.05

日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 富士(4)

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  富岡鉄斎の‘富士遠望図屏風’(1905年 京近美)

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  横山大観の‘霊峰飛鶴’(1953年 横山大観記念館)

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  横山操の‘清雪富士’(1968年)

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  片岡球子の‘富士に献花’(1990年)

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  加山又造の‘白雪の嶺’(2001年)

名の知れた日本画家は大きな回顧展を一度はみてみたいと強く思っている。
長期戦になるが、これが実現したときの嬉しさはずっと心にとどまってい
る。仙人のイメージができあがっている富岡鉄斎(1836~1924)
は名古屋で仕事をしていた1996年、決定版の回顧展(愛知県美)に遭
遇した。全国を踏破した鉄斎は富士山を多く描いており、京近美にある胸
のすくスケールの‘富士遠望図屏風’を立ち尽くしてみていた。

北斎同様、横山大観(1868~1958)も富士を描いた画家という印
象が焼き付いている。‘霊峰飛鶴’は1967年の国際観光年記念切手に採用
された傑作。上野不忍池のところにある横山大観記念館でお目にかかった
とき、‘これがあの切手の富士か!‘、と感激した。鶴と一緒に描かれると
吉祥図をみているような気分になる。

苗字が同じ横山操(1920~1973)は‘赤富士の画家’と呼ばれ、自ら
二千点以上描いたと豪語するほどに多作したと言われている。これまでその
一部をみてずしっと重い富士をみたという思いが蓄積されている。そして、
別のヴァージョンにも傑作がある。大変魅了されているのは‘清雪富士’。
山を覆う白い雪が美しく、ぐーっとくる富士である。

片岡球子(1905~2008)の富士山図は富士とお花畑を合体させたユ
ニークな絵。いくつかあるなかでお気に入りは大作の‘富士に献花’。裾野の
ところがひまわりと牡丹の花々で彩られているのがじつに楽しい。装飾を施
されて富士は喜んでいる感じ。横山操と馬が合った加山又造(1927~
2004)の‘白雪の嶺’は操の絵の影響がみられ、とてもいい絵。

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2025.07.04

日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 富士(3)

Img_20250704230501   葛飾北斎の‘富嶽三十六景 神奈川沖浪裏’(1830~33年)

Img_0003_20250704230501   英一蝶の‘富士山図’(17世紀 山梨県博)

Img_0002_20250704230501  歌川広重の‘東海道五捨三次之内 原 朝之富士’(1833~35年 レスコヴィッチ・コレクション)

Img_0004_20250704230501  歌川国芳の‘建久四年源頼朝富士牧狩之図’(19世紀)

Img_0001_20250704230501   司馬江漢の‘七里ヶ浜図’(1789~99年頃)

葛飾北斎(1760~1849)の浮世絵風景画ですぐ思い浮かぶのは‘富嶽
三十六景’。そのなかでとりわけ評価が高いのが‘神奈川沖浪裏。怪物と化した
ような大波がどどーっと舟におおいかぶさっていく大胆な構図に目を奪われ
る。この動的な表現を不動の聖なる山、富士山と対比させるという発想がス
ゴイ。富士は遠くに小さく描かれているのに大波を制している感じ。

富士川の渡し場から雄大な富士をとらえた英一蝶(1652~1724)の‘富士山図’には荷物を準備する人足や遊ぶ子どもが描き込まれており、その活気ある人物描写が風俗画の楽しさを伝えている。浮世絵も風俗画だから歌川広重(1797~1858)の朝焼けの富士に振り向く女性の旅人が登場する‘東海道五捨三次之内 朝之富士’を夢中になってみてしまう。この絵でおもしろいのは富士の頂が上部の枠外にはみ出していること。これで画面がぐんと立体的になった。

広重とほぼ同時代を生きた歌川国芳(1797~1861)は得意の武者絵で雄大な富士山でみせている。それは建久四年(1193)五月に源頼朝が富士の裾野で行った大規模な狩猟、富士の巻狩りに取材した作品。右で大傘のもと白馬に乗っているのが頼朝、そこにむかって崖から突進してくる大猪。これほど強い猪がでてくる絵はほかにみたことがない。国芳に嵌り続けている。

今年の春、府中市美で開催された‘かっこいい油絵’に司馬江漢(1747~1818)の‘七里ヶ浜図’が出品された。江漢の風景画でとくに多いのが駿河湾越しの富士山の図と鎌倉の七里ヶ浜の図。七里ヶ浜は鎌倉と江の島の間にある浜で、ここから西のほうに広がる光景を描いた油絵は4点あるが、漁師が仕事の手をとめて富士山を眺めているこのヴァージョンが一番のお気に入り。

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2025.07.03

日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 富士(2)

Img_0002_20250703231701   国宝‘一遍聖絵 第六巻 富士の霊峰’(1299年 清浄光寺)

Img_0004_20250703231701   尾形光琳の‘不二山図’(18世紀 五島美)

Img_0005_20250703231701   尾形乾山の‘富士山図’(18世紀 井上コレクション)

Img_0003_20250703231701   鈴木其一の‘富士千鳥図屏風’(19世紀)

Img_0001_20250703231701   宋紫石の‘富士山図’(18世紀 東博)

鎌倉時代中期の僧で時宗の開祖と知られる一遍(1239~1289)の生涯を描いた‘一遍聖絵’(全12巻)は運よく京博とこれを所蔵している神奈川県の清浄寺でみた。最も仰天するのはテンションMAXの踊り念仏(第七巻)。そして、第六巻には雄大な富士がでてくる。富士参詣曼荼羅をみてるときを同じ感じでみてしまう。

琳派に現れた富士で最初にお目にかかったのは尾形光琳(1658~1716)の‘不二山図’。題材となっているのは‘伊勢物語’第九段の‘富士山’。五月なのに白い雪を冠している富士に驚いている様子が描かれている。光琳にはほかに同じ第九段の‘八橋’と第十二段の‘武蔵野’がある。弟の尾形乾山(1663~1716)の‘富士山図’には大きな衝撃を受けた。画面中央におおらかに構える富士山とえのき茸のように簡略化された松の木をとりあわせる平板的な描写が清々しい。乾山は享保年間に江戸へ下っており、そのとき快晴の富士を目にしたのだろう。

琳派狂いなので宗達、光琳 酒井抱一、鈴木其一(1796~1858)の回顧展の情報が入ったら、欠かさず足を運んできた。2016年、サントリー美で開催された鈴木其一展’では嬉しい出品があった。美術本でみたことのない‘富士千鳥図屏風’。とても見栄えのする図柄で手前に豊かな緑が目にとびこんでくる松を配し、雪を頂く富士を千鳥の群れが羽を重ねて旋回している。息を呑んでみていた。其一が晩年にこんないい富士を描いていたとは!

一見すると中国風のところがある富士山を大画面に描いたのは宋紫石(1715~1786)。名前が中国人のようになっているのは師匠が長崎に清からやって来た宋紫岩だったから。本名は楠本幸八郎といい江戸の人。今年、東博の平常展でタイミングよく出会い、久しぶりの鑑賞となった。

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2025.07.02

日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 富士(1)

Img_0003_20250702230601   狩野元信の‘富士曼荼羅図’(重文 16世紀 富士山本宮浅間大社)

Img_0001_20250702230601   池大雅の‘富士白糸滝図’(1762年)

Img_0002_20250702230601   与謝蕪村の‘富嶽列松図’(部分 重文 18世紀 愛知県美)

Img_20250702230601   曾我蕭白の‘富士図屏風’(1762年頃 パワーズコレクション)

Img_0004_20250702230601   長沢芦雪の‘富士越鶴図’(1794年)

霊峰富士が絵としてインプットされたのは葛飾北斎の‘富嶽三十六景’がはじま
り。平均的な日本人の富士山図とのかかわり方である。そのあとヴァリエー
ションがいろいろ増えていくのは絵画鑑賞が趣味になったから。おかげで
富士のいい絵とたくさん巡り合った。

そのなかで狩野元信(1476~1559)の‘富士曼荼羅図’は比較的遅い時
期にみたもの。2007年に開催された‘美術の遊びとこころ『旅』’(三井記
念美)で宗教的な案内絵図である参詣曼荼羅のくくりとして伊勢や熊野那智な
どと一緒に楽しんだ。縦長の画面に登山の表口の駿河側からの参詣路が克明に
描かれている。目を惹くのが山頂近くにたどり着いた人々の姿。完全にゾーン
に入っていることだろう。

江戸時代、18世紀の京都で活躍した天才画家たちの富士山にも大変魅了されている。三度富士山に登っている南画の池大雅(1723~1776)は白糸ノ滝との組み合わせて表現している。この滝はみたことがあるので敏感に反応する。与謝蕪村(1716~1783)の‘富嶽列松図’はぐんと横長の画面に多くの松を平板に並べ、その向こうに雪を被った富士を雄大にみせている。単純な描き方だが、富士を強く印象づけるアイデアがすばらしい。

曽我蕭白(1730~1781)の屏風は左隻に富士山、右隻に三保松原を配したもの。ともに縦172cm、横378cmの大きな屏風。2005年にあった回顧展(京博)でアメリカ・デンバーのパワーズコレクションから里帰りした。伝統的な富士山図になっているが、パワフルな富士の姿を息を吞んでみていた。そして、長沢芦雪(1754~1799)の‘富士越鶴図’は意表を突く構図が目に焼き付いている。一列縦隊の丹頂鶴がグライダーのように静かにこちら飛来してくる。吉祥図にはうってつけの傑作である。

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2025.07.01

日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 奥入瀬

Img_20250701232201   小野竹喬の‘奥入瀬の渓流’(1951年 東京都現美)

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奥田元宗の‘奥入瀬 秋’(1983年 山種美)

Img_0003_20250701232201   平山郁夫の‘流水無間断(奥入瀬渓流)’(1994年 平山郁夫シルクロード美)

Img_0001_20250701232201   安井曾太郎の‘奥入瀬の渓流’(1933年 東近美)

絵画になった日本にある人気の観光スポットをみて、そこへ出かけてみたい
と思うことが時々ある。たとえば、小野竹喬(1889~1979)が描い
た‘奥入瀬の渓流’を回顧展で遭遇したのがきっけとなり、俄然現地に行きた
くなった。明治以降に描かれた絵画作品をみる回数が増えてくるにつれて、
どの絶景を日本画家や洋画家が画題にしているのかだんだんわかってきた。

誰もがすぐ思い浮かべるのは富士山だろうが、これは別格扱いとして横にお
くと、青森の奥入瀬渓流をビッグネームの画家が描いていることに気づき、
早くこの絶景に観に行けとばんばん背中を押された。そして、青森・岩手観
光バスツアーに参加し、十和田湖の後長年の思いの丈を叶えた。

‘赤の画家’で知られる奥田元宋(1912~2003)はあのすばらしい奥入瀬の渓流を‘秋’(1983年)と‘春’(1987年)に訪れ、大画面の屏風(182cm×546cm)にドドーンと描いている。回顧展でゲットした図録をみて、現地での感動を何回も々再生している。だから、いまでもそうだが、親しい友人や知人には奥入瀬訪問を薦めている。

平山郁夫(1930~2009)も奥入瀬に魅せられ、1994年に‘流水無間断(奥入瀬渓流)’を制作している。緑のグラデーションで表現された木々や岩によって白が輝く水の流れを浮き立たせており、息を呑むほどの美しい光景に映している。安井曾太郎(1888~1955)の絵は渓流を斜めに下らせその勢いをみせる構図がとてもいい。まさにこんな感じだったなと長くみていた。

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