日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート! 花見
奥村土牛の‘醍醐’(1972年 山種美)
名古屋で仕事をしていたとき、有名な吉野の桜を観るため近鉄に乗って(クルマは渋滞するので)出かけたことがある。やはりこの花見が人生で経験した桜のなかで一番感激した。生涯の喜びである。豊臣秀吉(1537~1598)は1594年(文禄3)、太閤となって3年目の年に家臣を引き連れて吉野の花見遊山に出かけた。‘豊公吉野花見図屏風’はそのときの様子が描かれたもので、右下にいるのが輿に乗って蔵王堂に参詣する秀吉。吉野の山々に金雲と桜が映え、権勢の絶頂にいる秀吉を見せつけるかのように表現されている。
京都洛南の醍醐寺の桜も人気の観光スポットなのだが、まだ縁がない。春のタイミングでは大混雑すると推測し夏や秋にでかけ国宝の五重塔や宗達の絵などを楽しんできた。で、奥村土牛(1889~1990)の傑作‘醍醐’をながめ、本物を観たことにしている。京都では東山のふもと、祇園円山公園の枝垂桜の大木も有名らしい。これをモチーフにして描かれた富田渓仙(1879~1936)の‘東山夜桜図’をみるたびに、旅心を強く刺激される。
浮世絵には賑やかな桜の花見が数多く描かれている。江戸で桜の名所は多くあり、隅田川沿いの桜並木、上野寛永寺、品川・御殿山、王子飛鳥山などが知られ、多くの人々が集まった。鳥居清長(1752~1815)の‘飛鳥山の花見’は行楽気分満載の図で、近景に美人をずらりと並べる一方、遠景にも多くの花見客が多く描き込まれているおり、飛鳥山の賑やかさを伝えている。
ゴッホが模写したことで浮世絵の描き方が西洋の画家たちに印象づけられたのが歌川広重の‘名所江戸百景 亀戸梅屋敷’。この絵でびっくりさせられるのは手前に極端に拡大された梅を配置し、この梅ごしに遠くで梅見の人々を小さく描く構図。平板的なのに奥行き感もある空間描写がゴッホに衝撃を与えたにちがいない。

































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