日本・中国の故事、歴史から生まれた傑作アート!義満・義政
‘足利義満像’(重文 室町15世紀 鹿苑寺)
金閣寺(1955年)
東求堂同仁斎(1489年 国宝)
修学旅行の行先が京都だとハイライトの観光名所はなんといっても金箔の輝
きが目の焼き付く金閣寺。誰が建てたかというのはしっかりインプットされ
る。室町幕府の3代将軍足利義満(1358~1408)。その後、美術鑑
賞が趣味になるとか旅行が最大の楽しみとならないかぎり、この金閣寺物語
に情報はくっついてこない。
15世紀の初め、義満が没後まもないころに描かれた肖像は僧侶姿だった。
これは1395年に出家しているため。出家の狙いは世俗を超越した存在と
して君臨することであり、1402年明の皇帝より‘日本国王’の称号を受ける。
14世紀に成立した明王朝、義満は遣唐使の廃止以来500年ぶりに公式の使節を送った。この朝貢貿易により皇帝に日本の品々を献上するかわりにそれ以上の莫大な返礼を手にする。義満は手に入れた宋時代の絵画や陶磁器(唐物と呼ばれる)を天皇や公家たちにみせる部屋、会所を北山につくり自らの力を誇示した。これは宋王朝の皇帝だった徽宗のやり方をそっくり真似たのである。
8代義政(1436~1490)も義満同様、唐物に対してなになみならぬ執着を抱き、同朋衆に文物の管理をさせ東山につくった邸宅で心ゆくまで楽しんだ。銀閣寺は修学旅行の行程に入っていないので社会人になって出かけた。静寂に包まれた感じがすごくあり大変惹かれた。そして、東求堂同仁斉には付書院と棚が設けられており、これが書院造の原型。

































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