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2021.11.30

Anytime アート・パラダイス! ブルトン ボヌール

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  ブルトンの‘落穂拾いの召集’(1859年 オルセー美)

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 ブルトンの‘アルトワ地方の小麦の祝別祭’(1857年 アラス美)

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     ブルトンの‘泉にて’(1892年 カンペール美)

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  ボヌールの‘二ヴェルネ地方の耕作’(1849年 オルセー美)

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 トロワイヨンの‘シュレンヌの丘の眺め’(1859年 オルセー美)

海外の美術館でも東博のように何度も足を運べるようになると美術鑑賞がた
まらなく楽しくなるのだが、そう簡単には事は進まない。もし、そんな夢が
叶ったらどの美術館を定番にするか。それはもう決めてある。気軽に行ける
国で好きな絵がたくさんある美術館というと、やはりパリのルーヴル、オル
セー、そしてNYのメトロポリタン。このなかで順番を一番にしたいのは新
しくなった展示スタイルをまだみてないオルセー。

ときどきみる美術館の図録には過去の鑑賞では目に力が入ってなかったが、
今ならたぶん熱心にみる絵が載っている。その筆頭がブルトン(1827~
1906)の‘落穂拾いの召集’。ミレーも同じ落穂拾いを描いているが、こち
らは大勢の女性たちが集団で作業にとりくんでいる。視線が集中するのは
中央の前向きの3人。集めた落穂の束を頭の上に置いたり脇に抱えている女
たちはに宗教画にでてくる天使のように思えてくる。

‘アルトワ地方の小麦の祝別祭’はイギリスのフリスの‘ダービーの日’とか
レーピンの‘クールスク県の十字架行進’がすぐむすびつく大作。こういう絵は
農村の生の感覚はよくでているので、なんだか行列のすぐ近くでみているよ
うな気になる。‘泉にて’も息を呑んでみてしまう。岩からあふれでる水を汲み
水瓶を頭にのせるこの女性はギリシャ彫刻でよく目にする女神像のよう。

牛の力強い姿がどんと目に入ってくる‘ニヴェルネ地方の耕作’を描いたのは
女流画家のローザ・ボヌール(1822~1899)。彼女は動物画を得意
としていたが、この時代、女性が一人で外を出歩くことは許されなかった。
パリ郊外で開かれた馬の市を描きたくなったローザはズボンをはき男装をし
てでかけ思いをとげた。トロワイヨン(1810~1865)の‘’シュレンヌ
の丘の眺めはコンスタブルが頭をよぎるが、広々とした青空の構図と日に照
らされた人物や馬の写実的な描写がなかなかいい。

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2021.11.29

Anytime アート・パラダイス! ルソー ドービニー

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 ルソーの‘ノルマンディーの市場’(1830年代 エルミタージュ美)

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 ルソーの‘グランヴィル近郊の眺め’(1833年 エルミタージュ美)

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 ルソーの‘ランド地方の農園’(1844~67年 クラークコレクション)

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 ドービニーの‘沼、ロンプレの近く’(1870年 ルーヴル美)

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  ドービニーの‘ボッタン号’(1869年)

ルソーという名の画家は2人いるが、最初に覚えるのはバルビゾン派の風景画
家、テオドール・ルソー(1812~1867)のほう。オルセーを訪問する
と何点かみれるるので印象派の前に光が描写された風景画としてひとまず心に
刷り込まれる。だが、モネのような強烈な光で色彩が輝く感じではないので前
のめりになることはない。だから、コローの風景画と似たりよったりの受け止
め方が続くが、そのイメージがいい意味で壊されることが2度あった。

1回目の‘センス・オブ・ワンダー’は1999年、サンクトペテルブルクのエル
ミタージュ美でみたルソー。‘ノルマンディーの市場’はオルセーやルーブルに
あったルソーのイメージとまるで異なっていた。小品だが木々がなく建物と
市場に集まる人々の光景が力強く描かれていた。そして、‘グランヴィル近郊の
眺め’は思わず足がとまるほどいい絵。この農村の一角は地面に傾斜があったり
凹凸ができているので静かな空気が流れているのにどこか動きのある情景にみ
えてしまう。

三菱一号館美で開催されたアメリカのクラークコレクション展に出品された
‘ランド地方の農園’は画面の大半を占める木々の向こうにみえる青空はとても明
るく透明感があるため、印象深い風景画として深く記憶された。2回目のルソ
ーとの感動の対面は2018年の北欧旅行でおきた。その絵はデンマーク・
コペンハーゲンにあるニューカールスベア美に展示されていた‘モンブラン:
嵐の効果’、びっくりするほど大きな絵で遠くに描かれた雪をいただいたモンブ
ランが嵐のせいで揺れ動いているようだ。こんないい絵がルソーにあったとは!
この絵でルソーの評価がぐんと上がった。

2年前、新宿の損保ジャパン日本興亜美で以前から気になっていたドービニー
(1817~1878)の回顧展が開かれた。バルビゾン派の中核メンバーの
ドービニーが60点もならぶのは日本でははじめてのこと。収穫の作品はセー
ヌ川やオワーズ川を航行したアトリエ船、‘ボッタン号’を描いたもの。コロー的
なところやコンスタブル調の描き方がいろいろ浮かんでくる。この回顧展の前
は鑑賞作品が極めて少なく、ルーヴルにある‘沼、ロンプレの近く’にみられる沼
の水面の反射の表現に視線が釘付けにされていた。

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2021.11.28

Anytime アート・パラダイス! コロー(3)

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   ‘真珠の女’(1858~68年 ルーヴル美)

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   ‘青い服の婦人’(1874年 ルーヴル美)

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   ‘鎌を手にする収穫の女’(1838年 ボストン美)

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  ‘森の中の若い女’(1865年 ア―ティゾン美)

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 ‘アゴスティーナ’(1866年 ワシントンナショナルギャラリー)

回顧展を一度経験すると画家との距離がぐんと近くなる。コローが森と並ん
で描いたのが女性像。でも、魅力的な肖像画がいくつもあることに気づかせ
てくれたのは2008年西洋美で開催されたワールドクラスのコロー展。
ここに登場した‘真珠の女’と‘青い服の婦人’(ともにルーヴルの所蔵)に魅了
され続けている。ルーヴルでコローが展示されているシュリー翼の3階は
一通りまわったが、2点とも姿をみせてくれなかった。どうしてなかったの
だろう? だから、西洋美では息を呑んでみていた。

どこか哀愁を漂わる‘真珠の女’は明らかにダ・ヴィンチの‘モナリザ’を意識し
て描かれている。手を組み合わせたポーズは‘モナリザ’だが、この若い娘の顔
はラファエロの描いた‘ヴェールを被った婦人の肖像’(1514年 ピッティ宮殿
)から着想を得ている。こんなすばらしい女性画をコローが描いていたとは!
女性の絵は情報がまったく消えていた。‘青い服の婦人’はコローが亡くなる
1年前の作品。マネの肖像画となんら変わらないモダンな感じが心をとらえて
離さない傑作である。左手に扇子をだらっともった美形の婦人のどこか物思い
にふけるような姿は胸を打つ。

一方、明るいキャラクターの女性はモデルになった‘鎌を手にする収穫の女’は
ふだんTVのバラエティやドラマに出演する女性と会っているような気分。
仕事の手を休めて休息している農民がこれほど愛嬌がある女性だと、つい調子
に乗ってお手伝いを申し出たくなる。‘その鎌を渡して、あそこをザァーっと
刈ってくるから’。ア―ティゾン美(旧ブリジストン美)にある‘森の中の若い
女’は回顧展の前に知ってはいたものの小品なのでいつもさらっとみていたが、
不思議なことにコロー展効果でこの笑顔が忘れられなくなった。

ワシントンにあるナショナルギャラリーでは見ごたえのある女性の肖像画‘アゴ
スティーナ’に遭遇した。この絵も回顧展の後だったので、事前につくった必見
リストに載せていた。果たして、ギリシャ彫刻の連想させる女性が優しい自然
を背景にしてポーズをきめていた。ボストン、フリック・コレクション同様、
ナショナルギャラリーもいいコローをしっかり蒐集している。

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2021.11.27

Anytime アート・パラダイス! コロー(2)

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 ‘ティヴォリ、ヴィラ・デステ庭園’(1843年 ルーヴル美)

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 ‘ニエーヴルのルクヴリエールの農場’(1831年 ボストン美)

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 ‘フォンテーヌブローの森’(1846年 ボストン美)

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 ‘アルル―の風景、道沿いの小川’(1871~74年 ナショナルギャラリー)

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   ‘ドゥエの鐘楼’(1871年 ルーヴル美)

惹きつけられる風景画のひとつに人物が効果的に描かれているものがある。
コローが3度目のイタリア旅行をしたときに制作された‘ティヴォリ、ヴィラ
・デステ庭園’は欄干に腰かけた少年の姿が強く印象に残る。人物をどこに
配置するのがいいか、画家の腕の見せどころだが、コローは巧い具合にセン
ターの欄干に子どもを座らせた。これがぴたっと嵌っているので、視線は
ここに長くとどまり背景はあまりみてない。イタリア映画は伝統的に子ども
がいい演技をするが、たとえば、‘鉄道員’とか‘ニューシネマパラダイス’とか、
この少年もきっと愛嬌のあるおもしろい子にちがいない。

ボストン美でみた‘ニエーヴルのルクヴリエールの農場’はとても気に入って
いる。ミレーの農民画とはちがって画面全体が明るく、すっと農民や馬や家
々に目が馴染んでいく。この農家のまわりは広々としているのだろうが、
立体的な空間ではなく手前の小川の横への流れや家の並びにより生まれる
フラットで安定感のある構成が心を落ち着かせてくれる。ボストンにあるも
う一枚の‘フォンテーヌブローの森’は三角形構図の大きな木と主役の牛たちが
印象深い。背景の青空の描き方をふくめてどこかイギリスのコンスタブルの
風景画と似ている。

‘アルル―の風景、道沿いの小川’をみていると、印象派がすぐそこまで来てい
るような感じがする。1865年頃、高見に達したコロー芸術を特徴づける
銀灰色の霧や傾いた木は姿を消し、詩的な自然のイメージではなく小川に映
る高い木の列や光の揺れをそのままとらえようとする表現が前面にでてきて
いる。そして、おもしろいのが小川に浮かぶ小舟、舳先を横にして、その先
に小鳥を二羽泳がせている。この絵は西洋美の回顧展に出品されたが、思わ
ず足がとまった。

‘ドゥエの鐘楼’の描かれたドゥエもアルルーも北フランスの町。鐘楼の見せ方
がすごく革新的。広重の‘名所江戸百景’の一枚のように、手前の左右の建物を
大胆にカットし、あたかも窓の向こうに鐘楼をながめているように表現して
いる。こんな風景画の描き方はアカデミーではNGのはず。コローもジャポ
ニスムに関心を寄せていたのだろうか。

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2021.11.26

Anytime アート・パラダイス! コロー(1)

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   ‘朝、ニンフの踊り’(1850年 オルセー美)

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   ‘モントフォンテーヌの想い出’(1864年 ルーヴル美)

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‘モントフォンテーヌの船頭’(1865∼70年 フリックコレクション)

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  ‘カステルガンドルフォの想い出’(1865年 ルーヴル美)

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   ‘緑の岸辺’(1865年 ワシントンナショナルギャラリー)

今年は3月にDVDの再生プレーヤーを購入したことがきっかけで、これま
での鑑賞体験から感動した映画をふたたびわが家のミニシアターでみること
は大変多くなった。2,3日前も森繁久彌が主演する喜劇‘とんかつ一代’
(東宝、1964年)をゲラゲラ笑いながらみた。その影響でクラシックの
名曲を聴く時間がとんと少なくなってきた。趣味にシフトがおきても不思議
はないがクラシックの楽しさはそう簡単にはなくせないので、来月に入った
ら例年の音楽イベントになっているべートーヴェンの‘第九’やチャイコフス
キー、マーラーなどを連続的に聴くことにしている。

映画をみているとクラシック音楽の琴線に触れるメロディが流れてくること
がよくあるが、音楽とコラボする絵画と遭遇することは少なく、片手くらい
しかない。その一枚がコロー(1796~1875)の‘朝、ニンフの踊り’。
では、どの曲かというと、たとえば、ドビュッシーの♪‘牧神の午後の前奏曲’、
ラヴェルの♪バレエ組曲‘ダフニスとクロエ’、♪‘逝ける王女のためのパヴァー
ヌ’。コローに開眼したのは2008年西洋美で開かれたコロー展。心を揺す
ぶる叙情的な風景画がどどっと並んだので、銀灰色のベールがかかったよう
な‘朝、ニンフの踊り’への思い入れがさらに高まった。

この回顧展に目玉の作品として出品されたのがルーヴルにある傑作‘モントフ
ォンテーヌの想い出’。目をとられるのは左右の傾いた木々。でも、この形が
画面に動きをつくってはいない。そのため、視線はすっと前方に広がる水面
の銀色の静けさに向かい詩的な世界に心がつつまれることになる。左のヤド
リギをとっている母親と子どもたちの存在感が薄いのも絵の構成としてはむし
ろ好ましい。NYのフリック・コレクションでお目にかかった‘モントフォン
テーヌの船頭’も同じ感じの絵。流石、フリック・コレクションでコローのい
い絵を2点所蔵していた。

‘想い出’を描いた作品群のなかでは‘カステルガンドルフォの想い出’にも魅了
される。大きな木の下で笛を吹いている少年にすごく愛着を覚える。やはり、
ここでも真ん中の木が左に曲がっている。ワシントンのナショナル・ギャラ
リーにある‘緑の岸辺’もぞっこん参っている。青森の奥入瀬渓流を歩いたとき
のことが思い出される。右を流れる小川とそのわきの傾いた木々は線遠近法の
役割をはたし画面に奥行きをつくっている。

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2021.11.25

Anytime アート・パラダイス! ミレー(2)

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   ‘麦穂の山:秋’(1874年頃 メトロポリタン美)

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  ‘刈入れ人たちの休息’(1850~53年 ボストン美)

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   ‘羊飼いの少女’(1864年 オルセー美)

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   ‘編物のお稽古、Ⅰ’(1854年 ボストン美)

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     ‘春’(1868~73年 オルセー美)

画家への思い入れが強くなると、絵が制作された場所を訪ねてみたくなる。
たとえば、ゴッホが傑作を次々と生み出した南フランスのアルルとかモネ
の屋敷と庭園があったジヴェルニーとか。いつか、出かけるぞ!とは思っ
ているものの、コロナ感染騒動で夢の実現がまた先にのびてしまった。
幸い、ミレーが35歳から60歳で死ぬまで過ごしたバルビゾンには団体
ツアーのオプションで行ったことがある。そのため、ミレーとの相性はと
てもいい。

NYのメトロポリタン美に飾ってある‘麦穂の山:秋’は真ん中にどんと描か
れた3つの麦穂の山のボリューム感に圧倒される。そして、同じような絵
がすぐ頭に浮かぶ。そう、モネの連作の‘積み藁’。その積み藁と大勢の農民
たちが一緒に描かれたのが‘刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)’。
ミレーはこの絵を旧約聖書のルツ記の物語として構想した。左に立ってい
る女が貧しい寡婦であるルツで、横にいるのがルツの徳と自己犠牲に惚れ
結婚した地主のボアズ。

2003年、Bunkamuraにミレーのすばらしい絵がやってきた。‘晩鐘’、
‘落穂拾い’、‘羊飼いの少女’が揃う豪華なラインナップだったから、渋谷に
多くの美術ファンが足を運んだにちがいない。オルセーで‘羊飼いの少女’を
しかとみたという実感がなかったので、長く絵の前にいた。少女の立つ
位置を中心から少し右にずらして、後ろで大きな円をつくるようにかたま
っている羊たちの姿をみせる構図がなかなかいい。

パリ以外でミレーの質の高いコレクションを所蔵しているのがボストン美。
1984年、‘種をまく人’などたくさんの絵が日本橋の高島屋に行われた
ミレー展で披露された。‘編物のお稽古、Ⅰ’は思わず足がとまった一枚。
母と娘の微笑ましい情景に肩の力がすっと抜けた。とても和む絵なので当時
は気が付かなかったが、左の窓をみているとふとフェルメールの描いた室内
が思い浮かんだ。ミレーはフェルメールをみたのだろうか。‘春’は‘四季’の
連作の一枚で、‘麦穂の山:秋’も一緒に描かれたもの。残念なことに虹が気
を惹く‘春’はまだ縁がない。オルセーで見逃すわけがないから、たぶん、
展示されてなかったのだろう。

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2021.11.24

Anytime アート・パラダイス! ミレー(1)

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    ‘晩鐘’(1857∼59年 オルセー美)

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    ‘落穂拾い’(1857年 オルセー美)

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   ‘種をまく人’(1850年 山梨県美)

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   ‘種をまく人’(1850年 ボストン美)

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   ‘箕をふるう人’(1848年 ナショナルギャラリー)

画家の名前を覚えるのは3つくらいのタイミングがある。絵画とのかかわり
が普通の場合だと、歴史や美術の教科書に載っている画家がまず記憶される。
美術への興味が無い人にはこれで終わりだが、絵画との接点がないわけでは
ない。海外旅行が楽しみになると参加した団体ツアーには美術館訪問が入っ
ていることが多いので(たとえば、パリだとルーヴル、オルセーに入館)、
有名な絵をみるチャンスがあり画家の名前も頭に入る。そして、絵画鑑賞が
趣味になり美術館で開かれる展覧会に足を運ぶようになると、画家への関
心が高まるとともに鑑賞欲が刺激され回顧展が待ち遠しくなる。

フランスの農民画家、ミレー(1814~1875)は教科書には必ずでて
くるので、フランスの画家では印象派のモネやルノワール、ポスト印象派の
ゴッホ、ゴーギャン同様人気が高く、多くの美術ファンに愛されている。
よく知られている絵は‘晩鐘’、‘落穂拾い’、‘種をまく人’。頭を下げて祈る夫婦
の美しい姿が目に沁みる‘晩鐘’をみていると、なぜかドヴォルザークの交響曲
‘新世界’の第二楽章のイングリッシュホルンで奏でられる旋律が胸に迫って
くる。これは癒しの風景画であり宗教画でもある。

‘落穂拾い’を名画のシンボルのようにうけとってミレーとは離れられなくなる
が、落穂拾いをしている3人の女性は農民より貧しい人々だとわかるのはだい
ぶ後のこと。彼女たちは生活の糧を得るために農民の刈り入れの後、落ちこ
ぼれた麦の穂を拾っていたのである。でも、それを知ったからといって絵を
みる感情に変化は生じない。貧しさをものともせず一心に働く姿は心を強く
打つ。

‘種をまく人’は日本のミレー好きにとっては特別の一枚かもしれない。同じ
くファンの多いゴッホも沈む太陽を黄色で輝かせて描いていることも絵の
存在感を大きくしているのにかかわっている。そして、人気の決定的な要因
は山梨県美に2つある作品の1枚があること。ボストン美が所蔵するものが
やって来て、2点が並んで展示されたのを経験したことは一生の思い出と
なった。この絵とどこかコラボするのがロンドンのナショナルギャラリーに
ある‘箕をふるう人’。働くことの尊さをしみじみ感じる。

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2021.11.23

Anytime アート・パラダイス! ナポレオン像

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ダヴィッドの‘サン・ベルナール峠を越えるボナパルト’(1801年 マルメゾン城国立美)

Img_20211123221501  グロの‘アルコレ橋上のボナパルト’(1796年 ルーヴル美)

Img_0003_20211123221501   ジェラールの‘皇帝ナポレオン1世’(1805年 ルーヴル美)

Img_0002_20211123221501  アングルの‘皇帝の王座のボナパルト’(1806年 パリ軍事博)

フランス最高の将軍と呼ばれたナポレオン・ボナパルト(1769~
1821)が描かれた絵画はたくさんある。最も有名なのがダヴィッド
(1748~1825)の‘皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠’。
ダヴィッドにはもう一枚目を見張らせるナポレオン像がある。‘サン・ベルナ
ール峠を越えるボナパルト’。この絵を飾っているのはパリから西へクルマで
40分のマルメゾンの城にある国立美術館。イタリアへ遠征するナポレ
オンの白馬に跨ったカッコイイ姿が見事に描かれている。これから進んでい
くのはサン・ベルナール峠。大砲を運ぶ兵士たちにとってこの過酷なアルプ
ス越えは根を上げたくなる進軍だが、ナポレオンは凛とした表情で右手をあ
げ兵士たちを鼓舞している。

ダヴィッドは想像でナポレオンの美しい姿を描いたが、そのため史実とはか
け離れてしまった。当時アルプスは馬で越えるのは不可能で足腰の強いラバ
を使った。そして、黄色のマントは戦いには目立ちすぎで実際は地味な軍服
を着ていた。でも、これでは英雄ナポレオンに相応しくないから、ダヴィッ
ドはもてる技を駆使して英雄らしく演出して描いた。

ダヴィッドの弟子のグロ(1771~1835)の‘アルコレ橋上のボナパル
ト’はイタリア遠征中に全軍の先頭に立って橋を渡る若きナポレオンが画面い
っぱいに動きのあるポーズで描かれている。これは油彩エスキスで完成作は
ヴェルサイユ宮国立美にある。2つをくらべるとルーヴルにあるエスキスの
ほうが生き生きとしている感じ。

1804年12月に聖別式を終え栄光の頂点を極めたナポレオンはヨーロッ
パの最強の支配者の公式肖像を伝播するために、有名な画家たちに‘偉大な装
い’の肖像画を注文した。ジェラール(1770~1837)の‘聖別式の衣装
をつけた皇帝ナポレオン1世’は大成功をおさめ長く世に広まっていった。
皇帝の決定によりこの絵のレプリカがたくさんつくられ各在外公館に飾られた。
一方、アングル(1780~1867)の‘皇帝の玉座のナポレオン’はあまり
に革新的で儀式ばっていて威圧的なイメージが強かったので退けられた。

ナポレオンの言った言葉でMy雑記帳に書いているのがある。‘過ぎたことで心
を煩わされるな’ そして、ゲーテはナポレオンについてこう語っている。
‘ナポレオンという男は、自分とつきあっていれば絶対に損をさせない、と人に
思わせる才能がある’

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2021.11.22

Anytime アート・パラダイス! ダヴィッド

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 ‘皇帝ナポレオン1世と皇后の戴冠’(1807年 ルーヴル美)

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  ‘サビニの女たちの略奪’(1799年 ルーヴル美)

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  ‘ホラティウス兄弟の誓い’(1785年 ルーヴル美)

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  ‘レカミエ夫人の肖像’(1800年 ルーヴル美)

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  ‘マラーの死’(19世紀初頭 ルーヴル美)

絵は知っているのに描いた画家の名前がしっかり頭に入ってないことがよくあ
る。19世紀フランス絵画の傑作が飾られているルーヴルの大広間の展示室で
その巨大な画面で観る者を圧倒するのが‘皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィ
ーヌの戴冠’。この絵をみれば誰だってあの英雄ナポレオンの威光が目に焼き
つけられる。でも、誰の絵だっけ?描いたのはナポレオンの首席画家となった
ダヴィッド(1748~1825)。ナポレオン自身の戴冠でもいいのに、彼
は教皇に冠を被せられるのを嫌い自分で被る。そして、妻のジョゼフィーヌの
冠を授けるところをダヴィッドに描かせた。真の権力者として自分の優位性を
明確にするためである。

新古典主義の大家、ダヴィッドの画風をひととおりつかむには時間がかかる。
ダヴィッドをルーヴル以外の美術館で見る機会はごく限られているから、ルー
ヴルを訪問する回数が増えるにつれて絵画との密着度があがってくる。はじめ
てのルーヴルではダ・ヴィンチの‘モナリザ’をみなくてはいけないので大作の
‘皇帝ナポレオン’1点で精一杯。だから、ダヴィッドにインスピレーションを
与えた古代ギリシャ・ローマの英雄たちや歴史的事件を題材にした‘サビニの
女たちの略奪’や‘ホラティウス兄弟の誓い’、‘息子の遺骸を迎えるブルータス’
などに心を奪われるのは2度目や3度目のとき。このあたりから、戦いの緊迫
感をつくりだす画面構成やカッコいいポーズをとる人物描写の斬新さなどダヴ
ィッドの並はずれた画技に目を見張らされるようになる。

‘レカミエ夫人の肖像’ははじめてお目にかかったときはそれほど感激しなか
ったが、何度もみているうちに美女の絵としては一級品だなと感じるようにな
った。この女性画は色々な絵と結びつく、たとえばマネの‘紫の花をもったベル
ト・モリゾ’とか‘温室’、マグリッドのこの絵をパロッたシュルレアリスム絵画。
夫人は自分の黒髪を自慢にしていたため、この褐色を嫌がった。ほかの画家に
描かせようとしたのでダヴィッドは肖像画の完成を拒否した。ダヴィッドは
弟子にこうもらした。‘女性はわがままだが、芸術家はもっとわがままなのだ’

‘マラーの死’はダヴィッドの盟友であったマラー(1743~1793)が
女性のシャルロット・コンデに暗殺された場面が描かれている。この絵には
ヴァージョンがいくつかあり、ベルギー王立美(ブリュッセル)でもみたこと
がある。こういう絵によって歴史的な出来事を知ることになるので絵画はメデ
ィアの役割を果たしている。

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2021.11.21

Anytime アート・パラダイス! アングル(2)

Img_0006_20211121221501    ‘グランド・オダリスク’(1814年 ルーヴル美)

Img_20211121221601   ‘オイディプスとスフィンクス’(1808年 ルーヴル美)

Img_0002_20211121221601  ‘ラファエロとラ・フォルナリーナ’(1812年 フォッグ美)

Img_0003_20211121221601    ‘聖餅の聖母’(1841年 プーシキン美)

Img_0004_20211121221601   ‘ルイ=フランソワ・ベルタン’(1832年 ルーヴル美)

アングルがローマの滞在していたとき描かれた代表作‘グランド・オダリスク’
は当時ヨーロッパで流行していたオリエンタリスム(東方趣味)の影響のみ
られる作品だが、関心はそのエキゾチックな雰囲気よりも裸婦の描き方その
ものにある。この裸婦の姿態には疑問がいくつもでてくる。こちらに振り向
いているが首があんなに曲がる?、円弧をつくっている背中や足の長さは
異様に長くない?手だって肘もなく細すぎないか? でも、じっとみている
とそのことを忘れアングルの求めた不動の女性美に惹き込まれてしまう。

‘オイディプスとスフィンクス’はお気に入りの神話画。同じ題材でモローが
描いたものがメトロポリタンにあるが、どちらも魅力にあふれている。アン
グルの見どころはオイディプスのポーズ。スフィンクスから‘朝は4本の脚、昼
は2本の脚、そして晩は3本の脚で歩く生き物はなにか?’と謎かけされた
オイディプスは自信満々に‘あんたには死んでもらうぜ、それは人間さ!’と答
える。後ろのほうで男がまたスフィンクスに殺されるのか、と心配そうにな
がめている。

2002年、西洋美にハーバード大のフォッグ美から名品がどどっとやって
来た。大きな収穫だったのがアングルの美術本に必ず載っている‘ラファエロ
とラ・フォルナリーナ’。アングルの敬愛するラファエロと恋人のフォルナ
リーナが卓越した線の美によって柔らかく優雅に描かれている。これも一回
目のローマ滞在(1806~20年)に制作されたもの。海外の美術館が
日本で公開されたものではもう一点すばらしいのがある。それは2013年
にお目にかかったモスクワのプーシキン美が所蔵する‘聖餅の聖母’。ロシア
皇帝ニコライ1世の息子アレクサンドル皇太子の依頼で制作されたが、ラフ
ァエロの聖母像がよみがえった感じ。アングルの完璧なデッサン力によっ
て生まれた傑作である。

肖像画は女性だけでなく男性にもいいのがある。新聞王ベルタンの‘ルイ=
フランソワ・ベルタン’。安心してこの男性と向きあえるのはダークスーツ姿
で内面がそのままでているようにみえるから。フランス革命後の男性たちは
階級や身分にとらわれず誰もがスーツに身をつつみ、それが近代市民の装い
として定着していった。すごくいい肖像画なのに、ベルタンの娘からは‘父親
を疲れた農夫にしてしまった’とクレームをつけられた。

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2021.11.20

Anytime アート・パラダイス! アングル(1)

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  ‘ド・ブロイ公爵夫人’(1853年 メトロポリタン美)

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  ‘ベッティ・ロスチャイルド男爵夫人’(1848年)

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  ‘リヴィエール嬢’(1805年 ルーヴル美)

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 ‘ド―ソンヴィル伯爵夫人’(1845年 フリックコレクション)

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 ‘イネス・モワテシエ夫人’(1856年 ロンドン国立美)

美術の教科書にでてくるフランス人画家で最初に覚えるのはたぶんアングル
(1780~1867)とドラクロア(1798~1863)かもしれない。
ロマン主義のドラクロアが‘動’の画家なら、新古典主義の継承者であるアン
グルは‘静’の画家。ルーヴルの19世紀フランス絵画が展示されている大広間
でダヴィッド、ドラクロア、ジェリコーとともに美術ファンの目を惹きつけ
のがアングルの最も有名な‘グランド・オダリスク’。視線をこちらにむける
裸婦の背中が綺麗な円弧になっているところがとても刺激的。

インパクトのある裸婦図を描いたアングルには肖像画の名手というもう一つ
の顔がある。オダリスクの横に飾ってある‘リヴィエール嬢’は25歳のときの
作品。彼女は不治の病にかかっており体はやせ細っているが、高価な衣服と
繊細な肌合いを磁器のように滑らかな筆致で美しく描いた。しみじみ上手い
な思う。

女性の肖像画でもっとも魅了されているのはメトロポリタン美で遭遇した‘ド
・ブロイ公爵夫人’。夫人の印象的な目力に一発でKOされた。名門ブロイ
公爵家の若き夫人はその美貌で社交界でも注目の女性だった。そして、驚か
されるのが青の絹の衣装の見事な質感描写。これに出会って以降、METを訪
問するたびにこの絵の前でいい気持になっている。‘ベッティ・ロスチャイル
ド男爵夫人’は個人蔵のためまだ縁がないが、本物をみたらブロイ公爵夫人
同様200%惹かれるにちがいない。この2点が肖像画のMyベストワン。

METからそう遠くないフリック・コレクションにある‘ド―ソンヴィル伯爵夫
人’にも心を奪われている。右手を顎のところにもってくるポーズがとても愛
らしい。鏡に映った背中を描くのはマネの肖像画に受け継がれている。
ロンドンのナショナルギャラリーにある‘イネス・モワテシエ夫人’も鏡の前に
座っており、髪に手をあてるしぐさがアクセントになっている。白い肌を一
層引き立てるさわやかな柄の衣服が目を見張らせる。

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2021.11.19

Anytime アート・パラダイス! ジェリコー

Img_0002_20211119221801    ‘メデューズ号の筏’(1819年 ルーヴル美)

Img_0001_20211119221801    ‘エプソンの競馬’(1821年 ルーヴル美)

Img_0003_20211119221801    ‘白馬を襲うライオン’(1824年以前 ルーヴル美)

Img_20211119221801    ‘羨望偏執狂’(1822∼23年 リヨン美)

Img_0004_20211119221901    ‘アトリエの若い芸術家’(1818年頃 ルーヴル美)

世界中から大勢の観光客がやってくるパリで一番の人気を誇るのが美の殿堂、
ルーヴル美術館。もう一度くらいは行ってみたいが、新型コロナ感染の影響
がまだ尾を引きそうなので具体的な時期についてはイメージが湧いてこない。
海外へ動き出すのはアバウトには2年後になりそう。
ルーヴルで心を奪われる名画は数多くあるが、ダ・ヴィンチの‘モナリザ’の
ほかにはすぐ隣の大広間に飾られているドラクロアの‘民衆を率いる自由の
女神’とジェリコー(1791~1824)が描いた縦横4.91m×7.16
mの大作‘メデューズ号の筏’も一生の思い出となる鑑賞体験である。

ジェリコーはジャーナリズム的な感覚があり、1816年に起きた戦艦メデュ
ーズ号の陰惨な海難事件を題材にしている。疲れきった人々が筏の上にかた
まり、何人かは救いを求めて布を振る男を支えている。西アフリカのセネガル
をめざしていたメデュ―ズ号は途中で浅瀬に座礁した。400人の乗員に対し
て救命ボートが足りず、下級船員たち152人は急ごしらえの筏で12日間漂
流した。発見救助されたときの生存者はわずか15人。彼らは人肉を食べて飢
えをしのいでいた。ジェリコーはこの悲惨な漂流をすばらしい構図をつかって
人々のぎりぎりの精神状態を深く表現した。

小さいころから馬が大好きだったジェリコーはイギリスのダービーを観るため
海を渡り有名な‘エプソンの競馬’を制作した。ドガやマネにも競馬の絵があるが、ギャロップする馬の足が前後にピーンと伸びた姿をみると馬の躍動美と競馬場の臨場感に痺れてしまう。その馬が悲鳴をあげているのが‘白馬を襲うライオン’。馬を熱愛したジェリコーはなんと落馬して32歳の若さで永眠した。

同じロマン主義のドラクロアとジェリコーは肖像画の名手でもある。ジェリコ
ーで魅了されるのは無名の人たちをモデルにしてさまざまな狂気の症例を描い
たもの。全部で10点あるが、リヨン美にある‘羨望偏執狂’はその一枚。たしか
にどこか狂っている感じがする。そのリアルな表情をみているとジョルジョー
ネの‘老女’(ヴェネツィア アカデミア美)がオーバーラップしてくる。
‘アトリエの若い芸術家’も伝統的なメランコリーの図像を使った描写がなかなか
いい。

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2021.11.18

Anytime アート・パラダイス! ドラクロア(3)

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    ‘自画像’(1837年頃 ルーヴル美)

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  ‘ショパンの肖像’(1838年 ルーヴル美)

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‘ジョルジュ・サンドの肖像’(1838年 オードロップゴー美)

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   ‘墓場の孤児’(1824年 ルーヴル美)

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 ‘ミソロンギの廃墟に立つギリシャ’(1826年 ボルドー市美)

ドラクロアは‘自画像’をみると気性の激しそうな顔をしている。特別イケメ
ンというわけではないが、映画俳優になれそうな雰囲気をもっている。
父親は革命政府の高官だったシャルル・ドラクロアということになってい
るが、本当はフランスの首相をつとめた政治家タレーランの子ども。タレ
ーランの肖像画でくらべると目元から鼻にかけてとてもよく似ている。

ドラクロアは40代も半ばになってから作曲家のショパンとその愛人の小説
家ジョルジョ・サンドと緊密な交友をもつようになった。1838年に描か
れた二人の肖像画は同じ一枚の画布だったものが後に分離されたもので、
ピアノを弾くショパンとその背後で演奏を聴き入るサンドが描かれたものと
されている。今ショパンはルーヴルにあるが、サンドはノルウエー・コペン
ハーゲンにあるオードロップゴー美に飾られており、かなり前日本で美術館
の名品展があり出品作の一枚として披露された。

この未完成の肖像画をみるたびに作家の平野啓一郎がショパンとドラクロア
のことを書いた分厚い‘葬送’(2002年8月)を夢中になって読んだことを
思い出す。この絵が描かれたときショパンは28歳で、ピアニストとして
作曲家としてもすでに名高く、パリ社交界の寵児になっていた。そして、
サンドは34歳。彼女は女権拡張を唱えて男性遍歴を重ねたり、男装をして
葉巻をふかしたり、当時としては規格外の女性だった。

ギリシャ独立戦争のさなか、1822年4~5月にかけて小さなキオス島で
2万人のギリシャ人がトルコ人によって虐殺された。この事件をすぐさま描
いたのが‘キオス島の虐殺’。この絵のためにドラクロアは多くの人物の油彩
習作を描いた。‘墓地の孤児’はその一枚。放心したような表情をみせる女の子
が目に焼きついている。ロマン主義の作家バイロンがギリシャ支援のため
義勇軍を組織してギリシャの港町ミソロンギに赴いたが、熱病にかかり没し
た。ミソロンギがトルコ軍によって1826年4月陥落したとき、ドラクロ
アはバイロンの死を悼む意味もこめt‘ミソロンギの廃墟に立つギリシャ’を
制作した。

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2021.11.16

Anytime アート・パラダイス! ドラクロア(2)

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   ‘レベッカの略奪’(1858年 ルーヴル美)

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   ‘ジャウールとパシャの闘い’(1826年 シカゴ美)

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 ‘山峡におけるアラブ人たちの戦い’(1863年 ワシントン国立美)

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  ‘海からあがる馬’(1860年 フィリップス・コレクション)

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  ‘ライオン狩り’(1854~55年 ボルドー美)

ドラクロアの絵に登場する馬の圧倒的な存在感ほど記憶に長くとどまるもの
はない。画面の中から飛び出てきそうな荒々しい馬の絵は世界中のブランド
美術館に飾られている。最初に目が釘づけになったのはルーヴルにある‘テン
プル騎士団によるレベッカの略奪’。巨大な城塞から連れ去られようとして
いるレベッカを白馬が足を動かしながら待ち構えている。物語の展開を連続
的な動きでみせるドラクロアの描き方はほかの画家にはみられない唯一無二
のものでまるで映画のワンシーンをみているよう。

キリスト教と異教の争いのなかの恋のえがいたバイロンの‘ジャウール’を絵画
化した‘ジャウールとパシャの闘い’は2つのヴァージョンがあり、シカゴ美で
みたものは1826年に描かれた第一作目。次は1835年でこれはパリの
プティ・パレにある。2作目は2頭の馬もジャウールとパシャも最接近し
て闘っており、体の折れ曲がった人間と馬の絡み具合をぱっとみただけでは
うまくつかめない。これに対し、シカゴにあるものは2人の距離がまだもつ
れあうほど近くないため、見栄えのする剣の激しい鍔ぜりあいになっている。

ワシントンナショナルギャラリーが所蔵する‘山峡におけるアラブ人たちの戦
い’でまず目に入ってくるのは手前の馬が倒れ乗っていた男がもんどりうって
投げ出されている場面。こちらに陣取っているアラブ人たちは倒れた馬から
斜め右上に並ぶように配置され、動きのある構図をつくっている。そのから
向こう側に視線を移すと,今度はもう一頭の馬が左のほうにいる兵士たちに
向かって斜めに進んでいく。こういう画面構成によって奥行きのある空間が
生まれている。

ワシントンではもう一点いい馬の絵がみれる。それはフィリップス・コレク
ションにある‘海からあがる馬’。このスピード感のある見事な姿をみせている
2頭の馬は世界でもっとも美しい血統であるとされているアラビア種。ドラ
クロアの描くバロック的でダイナミックな画風にはうってつけの馬。
いつも主役をはる馬だが、たまには無残な姿をさらけ出すときもある。
‘ライオン狩り’は暴れまくる獰猛なライオンに足がすくむ。馬はドドーンと
倒されており上のライオンを早く仕留めないとエライことになりそう。

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2021.11.15

Anytime アート・パラダイス! ドラクロア(1)

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   ‘民衆を導く自由の女神’(1830年 ルーヴル美)

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   ‘怒りのメデイア’(1862年 ルーヴル美)

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 ‘地獄のダンテとウェルギリウス’(1822年 ルーヴル美)

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   ‘キオス島の虐殺’(1824年 ルーヴル美)

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   ‘アルジェの女たち’(1834年 ルーヴル美)

画家を覚えるとき作風の特徴で印象づけたり、生まれた国でグルーピングし
たりする。どちらのほうが頭に入りやすいかはどういう観点で絵画に向き合
うかによるが、国で画家をまとめるほうがいいときもある。それはイタリア
の画家なら誰が一番スゴイか、というように自分なりのランキングをつけて
みると、画家の大きさや腕の確かさなどがより強く認識されるから。

フランスにもいい天才画家が数多く出現しているが、やはりドラクロア
(1798~1863)をランキング1位にもってきたくなる。ルーヴル美
でフランスの誇りともいえる‘民衆を導く自由の女神’をみてしまうと、どう
してもこうなる。三色旗を掲げて先頭を走る自由の女神のたくましく美しい
姿と両側にいる銃をもつ少年とシルクハットを被った若い男が民衆革命の激
しさや高揚感をライブ実況のように伝えている。この3人でつくる三角形構
図は美術の教科書のお手本みたいなもの。

ロマン派のドラクロアは神話や文学作品、歴史的事件を題材にとりあげ、
鋭い動感描写と人物の内面を映す表現によってみる者の心をゆすぶり強い
刺激を与える。‘怒りのメデイア’ではギリシャ神話にでてくるイアソンとメ
デイア物語をほかの誰れよりも狂気化した怖いメデイアに仕立て描いている。
これと同じような緊迫感に満ち満ちているのが‘地獄のダンテとウェルギリウ
ス(ダンテの小舟)’。ダンテの‘神曲’というとすぐこの絵を思い浮かべる。

‘キオス島の虐殺’は犠牲者たちの放心した様子が目に焼きついている。戦争
のもつ暴力性や残虐さが民衆をどれだけうちのめすかを深く訴えかける作品
である。‘アルジェの女たち’はハーレムに生きる女たちを彩る色彩の力が強
い日差しにより浮き彫りにされている。この色彩の輝きが忘れられない。

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2021.11.14

来年2月 Bunkamuraでミロ展!

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    ‘アルルカンのカーニバル’(1924年 オルブライト・ノックス・アート・ギャラリー)

先日出かけた渋谷のBunkamuraで嬉しい展覧会情報にぶちあたった。
来年2月、ここでミロ展(2/11~4/17)が開催されるという。まさに、
犬も歩けば棒にあたる、である。日本でミロ(1893~1983)の回顧
展が開かれるのは20年ぶりのこと。じつはその2002年に世田谷美で
回顧展が行われたとき広島で仕事をしていたが、無理やり東京出張をつくり
休日の土曜を利用して世田谷に足を運び思いの丈をとげた。ミロ狂を何年も
やっているからこのチャンスを見逃すわけにはいかない。

この回顧展をふくめてこれまで3回くらいミロと縁があったが、世田谷美以
降はどこの美術館のミロ展を企画してくれないので、シャガール同様、ミロ
への関心が薄くなっているのかと心配になっていたところ。ようやくBunka
muraが動いてくれた。期待に応えてくれる美術館に対してはやはり好感度が
ぐんとアップするし、Bunkamuraとの相性の良さをあらためて感じる。

チラシに載っている絵はスペイン・マドリードの国立ソフィア王妃芸術セン
ターが所蔵している‘絵画、カタツムリ、女、花、星’(1934年)。ソフィ
アセンターはピカソの有名な‘ゲルニカ’を展示している美術館だが、ミロの絵
もダリ同様多くの作品が展示されており、4つくらいの部屋で全部で20点
くらいお目にかかった。そのなかでもっとも人気の高いのがこの絵で美術館
のカタログにもとりあげられている。再会が楽しみ!

アメリカのオルブライト・ノックス・アート・ギャラリーにある‘アルルカン
のカーニバル’は2002年のとき世田谷美のあと巡回した愛知県美での展示
だったため、みれなかった。ミロ本に必ず出てくる傑作なので残念でならな
いが、世の中思い通りにはいかない。来年、縁があることをかすかに期待し
ているが、まず無いだろう。

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2021.11.13

鈴木其一の‘夏秋渓流図屏風’!

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 鈴木其一の‘夏秋渓流図屏風’(重文 19世紀 根津美)

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  円山応挙の‘保津川図屏風’(重文 1795年 千總)

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    鈴木其一の‘菊図’(19世紀)

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    鈴木其一の‘青楓に小禽図’(19世紀)

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   鈴木其一の‘浅草寺節分図’(1855年)

南青山にある根津美術館で鈴木其一(1796~1858)の代表作‘夏秋渓流
図屏風’にスポットを当てた特別展が開かれている。東京や神奈川の新型コロナ
の感染者数がかなり減ってきたので、そろそろ美術館巡りが再会できるかなと
思い、美術館のHPを久しぶりにみていたら大事な情報に出くわした。根津美
が所蔵している其一の‘夏秋渓流図’は2020年重文に指定されていた。琳派
狂いとしては面目ない話だが、これを知らなかった。許してちょうだい!其一
ちゃん。自分のところにある絵が重文のおすみつきをもらうのは嬉しいかぎり
だろう。それを記念して企画されたのが今回のミニ其一展。この絵の誕生を
ほかの画家の作品との関連から多角的にさぐっている。

‘夏秋図’はこれまで数多くみており鮮やかな群青と金泥で描かれた流水に魅了さ
れ続けている。だから、また足を運ぶこともなかったが、一枚の絵でその考え
を変えた。円山応挙(1733~1795)の‘保津川図屏風’。これは応挙が亡
くなる一ヶ月前に描いたもの。一度みたことがあり、生き物が川を下っているよ
うに映る水の流れの表現を息を呑んでみていた。日本画の鑑賞体験における
‘ピーク・エクスペリエンス’の一枚である。再会の機会をつくってくれた根津美
に感謝!

ミニ回顧展とはいえ、根津のようなブランド美術館となるとこれまでみたこと
のない其一をひょいと出してくる。10点もある。これがスゴイ。長く見てい
たのが‘菊図’と‘青楓に小禽図’。ボストン美にも二曲一双の‘菊図’があるが、この
白、赤、黄の菊も心を和ませる。其一の花の絵でぐっとくるのは朝顔と菊と
向日葵。‘小禽図’は微笑ましい光景が描かれている。幹の穴のなかの巣で二羽の
雛鳥が口を開けて親鳥が運んでくる餌の虫を待っている。こういう画題と選ら
ぶ其一のやさしい心根がとてもいい。

其一はただの江戸琳派ではなく、画業の幅が非常に広い。それを表すのが風俗画
の‘浅草寺節分図’。柱につくった台の上に団扇をもった男二人と札をまく僧侶が
いる。まかれた札はひらひらと落ちていき、下では大勢の人たちが競って札を獲
ろうとしている。台と人々のいる距離は絵でみるかぎりだいぶ離れている感じだ
から、高所恐怖症の者はこの役目は果たせそうにない。でも、これは其一が賑や
かしさを出すために意図的に高くしているのだろう。

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2021.11.12

‘イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜’展!

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  ゴッホの‘プロヴァンスの収穫期’(1888年)

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  ゴーギャンの‘ウパウパ(炎の踊り)’(1891年)

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   モネの‘睡蓮の池’(1907年)

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   ルノワールの‘花瓶にいけられた薔薇’(1880年頃)

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  コローの‘川沿いの町、ヴィル=ダヴレ―’(1856年頃)

印象派やゴッホの絵が好きな方は東京で開かれている3つの展覧会をはしご
すると気分は最高になるかもしれない。昨日紹介したBukamuraの
ポーラコレクションのあと東京駅に移動し、すぐ近くの三菱一号館美に行き
‘イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜’をみる。そして、最後は上野の
東京都美の‘ゴッホ展’。どの画家を軸にして楽しむかは夫々のお好み次第。

イスラエル博物館のコレクションが公開されるのは10月15日から来年の
1月16日まで。3ヶ月のロングラン興行である。ここの作品で過去お目に
かかったのは1点だけ。それは2010年ロンドンのテートモダンで行われ
た大ゴーギャン展で遭遇した‘ウパウパ(炎の踊り)’。原始的なイメージを
うみだす炎をかたまりを分断するように太い木の幹が斜めに傾いている光景
が今でも目に焼きついている。その絵が突然目の前に現れた。日本で再会
するとは。ゴーギャン(1848~1903)はこれを含めて4点でており、
質の高いラインナップになっている。みてのお楽しみ!

この展覧会の情報を得てからもっとも期待が高かったのがゴッホ(1853
~1890)の‘プロヴァンスの収穫期’と‘麦畑とポピー’。手元にゴッホの
油彩画を全部集めたゴッホ画集(TASCHEN)があり、以前からこの
2点がイスラエル博物館にあることは知っていた。いずれも2頁を使い見開
きで掲載されているので、いい絵であることはまちがいないと思っていた。
果たして、本物はその通りの傑作だった。‘収穫期’はゴッホの最大の売りであ
るイエローパワーが全開し、その横でたくさんのポピーが赤色を輝かせてい
る。いつものことだが、ゴッホをみると元気になる。

チラシにどんと載っているモネ(1840~1926)の‘睡蓮の池’も収穫の
一枚。今回、日本の美術館にある似た構図の睡蓮の別ヴァージョンが特別展
示として3点集結している。お見逃しなく。モネは国内にもいい絵がいくつ
もあるのでこうやって睡蓮のコラボを演出できるのだろうが、実現させるの
は三菱一号館美の企画力の高さの証でもある。ルノワールについては静物画
の‘花瓶にいけられた薔薇’に魅了された。ミュージアムショップで若い2人の
女性はこれがよかったと嬉しそうに絵葉書を買っていた。

予想外に数が多かったのがコロー(1796~1875)。全部で6点。
どれもいい感じで2008年のコロー展(西洋美)で味わった感動がよみが
えってきた。とくに惹かれたのが‘川沿いの町、ヴィル=ダヴレ―’。こんない
いコローがイスラエルにあったとは。一級のコレクションである。

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2021.11.11

Bukamuraの‘甘美なるフランス’展!

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  マティスの‘襟巻の女’(1936年)

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  ドンゲンの‘灰色の服の女’(1911年)

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  シャガールの‘村と私’(1923~24年)

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  スーティンの‘青い服を着た子どもの肖像’(1928年)

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   キスリングの‘ファルコネッティ嬢’(1927年)

渋谷のBunkamuraで開催されているポーラ美コレクションによる‘甘美なる
フランス’(9/18~11/23)をみてきた。この展覧会は一緒にみてま
わった友人の情報がもとで足を運んだのだが、作品の予想としてはこれま
でみたものが多いのだろうと思っていた。ところが、それがいいほうに
ハズれ、まだお目にかかってない作品がたくさんでてきた。出品されたの
は全部で74点。ポーラ美自慢のフランス関連のオールスターがずらっと
並んだという感じ。美術ファンもよく知っており、平日なのに女性を中心
に大盛況だった。

紹介するのは初めてみたもののなかでぐっときたもの。もちろん、チラシ
を飾っている人気のルノワールの‘レースの帽子の少女’やモネの‘睡蓮’、
ゴッホの‘ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋’などもどんと展示されている
のでご安心を。
さて、収穫の一番手となるのがマティス(1869~1954)の‘襟巻の
女’。どういうわけかこのマティスは情報の外にあった。日本の美術館がも
っているもので印象に残っているのはひろしま美にある‘ラ・フランス’と
ア―ティゾン美(旧ブリジストン美)の‘青い胴着の女’。でも、このポーラ
にあるのが断然よくいきなりランキング1位におどりでた。

マティスのフォーヴィスム仲間だったキース・ヴァン・ドンゲン(1877
~1968)にも嬉し絵が5点も並んでいた。思わず足がとまったのが
‘灰色の服の女’。今も大谷コレクションが存在するのか、それとも売却され
ほかのコレクターか美術館の手にわたったのかはっきりしないが、ここに
ドンゲンの‘白い服の婦人’という心を打つ肖像画があった。これに並ぶドン
ゲンが箱根にあったとは!

エコール・ド・パリのシャガール(1887~1985)の‘村と私’が突然
目の前に現れた。ニューヨークのMoMAにある同名の絵は美術の教科書
に載っているシャガールの有名な代表作。これは1911年に描かれて
いるが、ポーラのはその10年ちょっと後の別ヴァージョン。ベルギーの
ブリュッセルにある王立美でももう一つのヴァージョンに遭遇したが、
ポーラもしっかりコレクションしていた。パリ派のなかで衝撃の一枚があ
った。それはスーティン(1893~1943)の‘青い服を着た子どもの
肖像。色がとても鮮やかで首のところの赤が輝いている。日本にあるスー
ティンというと西洋美の‘狂女’が思い浮かぶが、これからはこの絵がとって
代わりそう。

キスリングとは縁が深く運がいいことに2度も回顧展を体験した。だから、
国内にあるキスリングも多く目の中に入った。‘ファルコネッテイ嬢’につい
ても一瞬にみたことがあるような気がしたが、家に帰って図録をチェック
したら載ってなかった。赤い服は眩しいくらいインパクトがあり、緑の椅
子と効果的な配色となっている。これも即ランキング上位入りした。

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2021.11.09

Anytime アート・パラダイス! ペローフ セローフ

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   ペローフの‘鳥追い’(1870年 国立トレチャコフ美)

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   ペローフの‘眼る子どもたち’(1870年 トレチャコフ美)

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  セローフの‘桃と少女’(1887年 トレチャコフ美)

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 セローフの‘リョ―リャ・デルヴィスの肖像’(1892年 トレチャコフ美)

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   レモフの‘新しい友達’(1885年 国立ロシア美)

絵のなかに人物が登場するのは肖像画として描かれるときと町や農村あるい
は山河など自然を舞台にして人々が描かれるとき。自然が主たる画題でも
人間がでてくるが小さく描き込まれるので鳥や動物と同様、風景のなかのア
クセントとしての存在にとどまる。これに対し、町や農村の一角で日常の暮
らしのひとこまとして描写される場合は人物画というよりは風俗画としてみ
るほうがわかりやすい。

ペローフ(1834~1882)には惹きこまれる風俗画がある。‘鳥追い’は
おもしろい主題。老人と少年が罠をかけて鳥を待ち伏せしているところ。
老人の視線の先には鳥が入ってくるとパタッと扉が閉まる小さな罠が仕掛け
られているのだろう。小さい頃、雀を獲るため米粒をまいてみたものの成功
した試しがなかった。用意されている鳥かごには何羽入ることになるやら。
少年の顔はこわばっており、楽観できないことをうかがわせる。

‘眠る子どもたち’はすごくいい絵。ぐっすり寝込んでいる二人の少年を足の方
からみるという構図がユニーク。光に照らされる姿が短縮法で描かれたマン
テーニャのキリストの絵を彷彿とさせる。貧しい農村の子の姿だけど、ここ
には感傷的なものはない。ロシアにはこんなスゴイ絵がある。
レモフ(1841~1910)の‘新しい友達’にもおもわず足がとまる。村の
子どもたちは生まれたばかりの赤ん坊をみるためにやってきた。一人ずつ
お婆さんに赤ちゃんをみせてみらっている。‘どう、可愛い赤ちゃんだろう。
やさしくしてね’。その様子を入口のところからじっとみている3人の子。
My好きな子ども画に即登録した。

サローフ(1865~1911)の‘桃と少女’と‘リョ―リャ・デルヴィスの
肖像’はとても印象深いすっきり肖像画。なんだか、オルセーにいるような気
になる。ピンクの服を着た少女は目力がきいている。これには魅せられる。
ざざっと描かれた感じのする正面向きの女の子はどこかカサットの赤ちゃん
や子どもたちと似ている。

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2021.11.08

Anytime アート・パラダイス! ポレーノフ レヴィタン

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 ポレーノフの‘モスクワの中庭’(1877年 国立トレチャコフ美)

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 ポレーノフの‘アブラムツェヴォの池’(1883年 トレチャコフ美)

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  レヴィタンの‘静かな修道院’(1890年 トレチャコフ美)

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  レヴィタンの‘満開の林檎の木’(1896年 トレチャコフ美)

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   ポポフの‘村の朝’(1861年 国立ロシア美)

風景画は専門の絵描きでも日曜画家でもエネルギーをそそぎこめる題材であ
り、作品は限りなく存在する。だから、そのなかで多くの人の心を惹きつけ
る突出した作品を生み出すのは並大抵のことではない。仮に‘西洋絵画 風景
画ベスト50’を選ぶとしたら、これまでお目にかかった作品のどれが入る
だろうか。どっと並びそうなのがフランスの画家たち、クールベ、コロー、
ミレー、モネをはじめとする印象派、オランダのゴッホも当然入るし、ライス
ダールやホッベマあたりも顔を出すだろう。イギリスではコンスタブル、タ
ーナーは勿論はずせない。セガンティー二やホドラーも一角を占める。

そして、ロシアにも是非加えたい画家がいる。その筆頭がポレーノフ
(1844~1927)でヴァージョンがいくつもある‘モスクワの中庭’に魅
了され続けている。柔らかい日光と澄んだ青い空が心を惹きつけてやまない。
この絵をみるまでは風景画というとミレーの農村画とかモネの光が輝く風景
画をすぐ連想した。だが、ロシア絵画にもこんな傑作があった。‘アブラムツ
ェヴォの池’もなかなかいい。池の水面のきらきら光る描写があの森本草介が
描いた川辺の風景を思い出させる。

レヴィタン(1860~1900)の‘静かな修道院’もお気に入りの一枚。
夕焼けの光を浴びた修道院の美しい姿が目に焼きつくだけでなく、それが手前
を流れる川が鏡となって水面に映しだされる見事な構成に感服させられる。
‘満開の林檎の木’はどこかで同じような絵をみたことがある。そう、ゴッホが
何枚も描いた‘花咲くすももの果樹園’。レヴィタンはゴッホをみたの?

ポポフ(1832~1896)の‘村の朝’は2007年に東京都美で開催され
た‘ロシア美名品展’で思わず足がとまった作品。寒さに凍えながら釣り竿に魚
がかかるのを辛抱強く待っている少年と橋の上からそれをじっとみている農婦
の姿が描かれている。釣れるといいわね、と心の中でつぶやいているのだろう
か。画面の多くを占める晴れ渡った空も二人の視線のコラボを見守っている。

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2021.11.07

Anytime アート・パラダイス! シーシキン

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   ‘森の散歩’(1869年 国立トレチャコフ美)

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    ‘ライ麦’(1878年 トレチャコフ美)

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  ‘伯爵夫人の森で’(1891年 トレチャコフ美)

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  ‘針葉樹林、晴れの日’(1895年 国立ロシア美)

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     ‘冬’(部分 1890年 ロシア美)

趣味で‘日本の百名山’をまわっている知人がいる。世の中には登山や山歩きが
好きな人はたくさんいるので、とくべつな行動とも思わないが達成するのは
かなりの年月を要するだろう。わが家は国内で旅行先を選ぶときは内陸部よ
り美味しい魚が食べられる海に近い観光地のほうが多いが、山の景色がすば
らしい名所スポットは結構行っている。でも、それはハイウエーコースをク
ルマで走るとか観光バスの中から眺めるだけで、足を動かして絶景がみれる
ポイントまでたどりつくというスタイルではない。

例外的に森のなかをだいぶ歩いた経験があるのは青森県の奥入瀬。渓流沿い
に進んでいくのはとても気持ち良かった。みんなが奥入瀬渓流はいいよ、と
いうのがよくわかった。こういういい思い出を胸にひめてロシアの有名な
風景画家イワン・シーシキン(1832~1898)の森の絵をみると、森
林浴の気分がよみがえってくる。海外のブランド美術館でこの画家の作品を
見る機会はほとんどないので、日本で開かれたトレチャコフ美&ロシア美の
名品展で抒情性のある風景画に遭遇したのは生涯の思い出になっている。

風俗画と風景画をかねそなえた‘森の散歩’は印象派が描く草原や花園を楽しむ
人たちとはちがい華やかさはないが、着飾った家族や男女のくつろいだ姿は
森の美しさを十分伝えている。手前にいる犬まではしゃぎまくっている。
一方、老人が一人いるだけの‘モルドヴィノワ伯爵夫人の森で’は垂直にのびる
エゾ松の林立する光景に大変魅了される。じっとみていると長谷川等伯の
‘松林図’とか菱田春草の‘落葉’が頭をよぎってくる。

トレチャコフにある‘ライ麦’も傑作である。モネが描いた連作のひとつに‘ポプ
ラ並木’があるが、それと同じくらい印象深いのがライ麦畑のなかに上手い
具合に配置された大小の松。音が消えたような静かな光景にとても愛着をおぼ
える。そして、同じく人気のない‘針葉樹林、晴れの日’、‘冬’にも心を打たれる。
惹き込まれるのが緑の枝の間からもれてくる柔らかい陽の光や積もる雪に感じ
られるかすかな光の反射の描写。本当にすばらしい!

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2021.11.06

Anytime アート・パラダイス! アイヴァゾフスキー

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  ‘アイヤ岬の嵐’(部分 1875年 国立ロシア美)

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   ‘天地創造’(1864年 ロシア美)

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   ‘嵐の海’(1868年 国立トレチャコフ美)

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   ‘月夜’(部分 1849年 ロシア美)

絵画を鑑賞したとき大きな感動がわきおこり心が異常に高揚することがある。
それは歴史画とか肖像画とか風俗画ではなく風景画の大作。たとえば、雄大
な山々が描かれた大自然やロマン主義全開の宗教がかった天地創造をテー
マにしたもの。過去にこうした鑑賞体験は3度くらいある。メトロポリタン
で遭遇したハドソンリバー派のコール、チャーチ、ビーアスタッド、ロンド
ンのテートブリテンに飾ってあるジョン・マーティン、そして、ロシアの
画家 アイヴァゾフスキー(1817~1900)。

アイヴァゾフスキーに出会ったのはロシアのサンクトペテルブルクではなく、
ここにある国立ロシア美の名画が東京都美で披露された展覧会(2007年)
4点展示されたが、200%KOされたのが‘アイヤ岬の嵐’。こんなスゴイ
絵がロシアにあったのか。画面のサイズは縦2.1m、横3.2m。海が荒
れ狂い大きな波濤に翻弄され沈没寸前の船と生き延びようと必死でボートを
漕ぐ水夫たちが描かれている。難破船の絵はターナーにもあるが、こちらの
ほうが迫力満点でじっとみていると海面の大きなうねりで酔ってしまいそう
になる。ターナーもこれをみたら裸足で逃げるだろう。

‘天地創造’は海景画とからめた宇宙の創造、万物のはじまり。マーティンは似
たような画風の‘神の怒りの日’をゴツゴツした岩山を舞台のもと表現している
が、アイヴァゾフスキーはお得意の海と火山がカオス的に混合する光景とし
て描いている。モスクワのトレチャコフが所蔵する‘嵐の海’は‘アイヤ岬の嵐’
とは趣が異なり、まだ嵐の序盤といった感じ。海の澄み切った青や遠景に見
える白山の美しく輝く姿が強く印象に残る。

月の光が海に反射して感動的な光景をつくりだしている‘月夜’も傑作。アイヴ
ァゾフスキーが生まれたのは黒海沿岸の商業都市フェオドシア。小さい頃か
らいろいろな表情をもつ海とともに生きてきたから、海が一番美しく輝くの
を知りつくしているにちがいない。岩壁にそびえ立つ要塞にはかすかに灯が
ともり、月明りに呼応している。

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2021.11.05

Anytime アート・パラダイス! クラムスコイ

Img_20211105222601    ‘忘れえぬ女’(1883年 国立トレチャコフ美)

Img_0003_20211105222601  ‘ソフィア・クラムカヤの肖像’(1882年 国立ロシア美)

Img_0001_20211105222601    ‘髪をほどいた少女’(1873年 トレチャコフ美)

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  ‘虐げられたユダヤの少年’(1874年 ロシア美)

Img_0006_20211105222601   ‘ミーナ・モイセーエフの肖像’(1882年 ロシア美)

日本の美術ファンにもっとも愛されているロシア絵画は‘忘れえぬ女’。描いた
のはロシア民族主義を旗印にして農民や働く人々を写実的に描きロシア・
リアリズム絵画隆盛の原動力となったイワン・クロムスコイ(1837~
1887)。レーピンの師匠であり、民衆の中に絵を持ち込んで啓蒙する移動
展覧会を開催した移動派グループを牽引した。でも残念なことに49歳の若さで
世を去った。

2009年、Bunkamuraで行われた国立トレチャコフ美のコレクショ
ン展に目玉の作品として披露されたのが‘忘れえぬ女’。なんと7度目の来日であ
る。ある美術本でこの絵を知って以来、対面を待ち望んでいたが、過去に6回
も展示されたとは。こういう女性がロシア美人の典型なのであろうか。毛皮を
あしらった高級な服を着てすました顔でこちらをみているので近寄りがたいが、
強く惹かれるのはどうしようもない。

この肖像画にくらべれば、娘ソフィアの肖像は静かにみてられる。歳はまだ
16歳。レーピンにしろクラムスコイにしろよくもこんな完璧な肖像画が描け
るなという感じ。背景が暗いため色白の顔と白の衣裳が浮き上がっている。
一方、‘髪をほどいた少女’は深い心理描写に一瞬たじろぐ。何が原因で放心状態
に陥っているのか、その表情をじっとみていると辛くなるのでそっと離れるの
がいいだろう。

‘虐げられたユダヤの少年’でみせるこの子の深刻な目つきには針で刺されるよ
うな痛さががある。ユダヤ人でなくても仲間から意地悪されたり悲しい目にあ
う子どもは何処にでもいるが、ユダヤと名がつくとことさら複雑な思いにから
れる。‘ミーナ・モイセーエフの肖像’に魅了され続けている。人がよさそうで
穏やかな心持の農民の表情がじつにいい。そして、上着の明るい青がこのおじ
さんの明るい性格を表しているよう。

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2021.11.04

Anytime アート・パラダイス! レーピン(2)

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      ‘あぜ道にて’(1879年 国立トレチャコフ美)

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   ‘何という広がりだ!’(1903年 国立ロシア美)

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  ‘休息 妻ヴェ―ラ・レーピンの肖像’(1882年 トレチャコフ美)

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   ‘ムソルグスキーの肖像’(1881年 トレチャコフ美)

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   ‘トルストイの肖像’(1887年 トレチャコフ美)

レーピンのイメージはロシアの社会、民衆を平明なリアリズムで描いた人間
臭い作品と肖像画の名手によってできあがっているが、このほかにフランス
の印象派を思わせる作品もある。35歳のときに描かれた‘あぜ道にて 畝を
歩くヴェ―ラ・レーピンと子どもたち’はすぐルノワーやモネの家族を描いた
風景画が頭をよぎった。レーピンは1870年代半ばにパリに住んでおり、
3,4歳年上の二人の作品の影響を強く受けている。

そして、国立ロシア美が所蔵する‘何という広がりだ!’は波のもっている爽快
感と若い男女の青春愛に心が打たれる傑作。レーピンがこんなロマンチック
な場面を激しくうねる波の動きのなかに美しく溶け込まして表現していたと
は! 画風に多様性があるのは天才の証ということを思い知らされる一枚で
ある。

肖像画のモデルは家族、同業の絵描き、皇帝、作曲家、音楽家、作家、、と
いろいろ登場する。眠っている妻を描いた‘休息’は女性肖像画のなかではもっ
とも気に入っている。眠っている人物の肖像はあまりみたことがないので、
とくべつ惹かれるのかもしれない。また、5歳の息子ユーリーの肖像もとて
も可愛いい。

女性にくらべると男性のモデルへの関心は弱まるが、‘ムソルグスキーの肖像’
をみたら、それも即座に取り消したくなる。♪♪‘展覧会の絵’で有名なムソル
グスキー(1839~1881)が目の前にいるのだから、レーピンを別格
扱いの画家にしても間違いはないだろう。音楽家ではほかに同い年のリムス
キー=コルサコフ(1844~1908)も描いている。そして、文豪トル
ストイ(1828~1910)!ロシア文学をを象徴する作家がこうして肖
像画になっているのだから、レーピンの凄さがうかがわれる。

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2021.11.03

ブレーブス 26年ぶりのワールドチャンピオン!

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   4度目のワールドシリーズ制覇を喜ぶブレーブスナイン

大リーグ・ワールドシリーズの第6戦はブレーブス(ナリーグ)は7-0で
アストロズ(アリーグ)を下し、4勝2敗で4度目のワールドチャンピオン
に輝いた。拍手々! アトランタを本拠地とするブレーブスがリーグチャン
ピオンシリーズでワイルドカードから上がってきたドジャースを破り念願の
ワールドシリーズに進出したのは1999年以来のことで22年ぶり。
そして、ワールドシリーズの制覇となると3度目のときが1995年だから
26年ぶりとなる。今頃アトランタは街中大騒ぎだろう。

地元の3連戦で2勝1敗とし大手をかけて敵地ヒューストンに乗りこんだの
で戦局はブレーブスに有利だったが、この試合は3回指名打者のソレア
(キューバ出身)がレフト場外に3ランホームランを放ち、流れをぐっと引
きよせた。その後2本のホームランなどで4点を加え7点をとり、守っては
先発の左腕フリードの好投がありアストロズ打線を0点に封じ完勝した。
ポストシーズンでのブレーズスは投手陣と打撃陣がうまくまとまって勝利を
ものにする戦いぶりが見事だった。東地区で優勝したが、西地区のドジャー
スのほうが勝率ではぐんと上回っているので、リーグチャンピオンシリーズ
ではドジャースが勝つのでないかと予想していたが、これを覆し、昨年のこ
のシリーズで破れたドジャースにリベンジした。本当によく頑張った。

ナショナルリーグのチームがワールドシリーズを制するのはこれで3年連続、
ナショナルズ、ドジャースときて今年ブレーブスが続いた。この10年でみ
るとナリーグは6回チャンピオンになっている。レギュラーシーズンでナリ
ーグの強いチームの試合をみることないので、毎年ポストシーズンの試合を
みるのが楽しみ。ブレーブスは昨年も地区優勝しているから、第二期黄金時
代が築けるかもしれない。期待したい!

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2021.11.02

Anytime アート・パラダイス! レーピン(1)

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  ‘ヴォルガの船曳き’(1870~73年 国立ロシア美)

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 ‘クールスク県の十字架行進’(1881~83年 国立トレチャコフ美)

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 ‘スルタンに手紙を書くコサック’(1880~91年 ロシア美)

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  ‘思いがけなく’(1884~88年 トレチャコフ美)

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  ‘イワン雷帝とその息子イワン’(1885年 トレチャコフ美)

国内の美術館で開催される西洋絵画の特別展には名の知れた海外の美術館、
たとえばルーヴルとかオルセーとかにある名画をごそっと並べて多くの
美術ファンを楽しませるスタイルが定番のように実施される。今は展覧会
の情報はネットでみれば数多く入ってくるから、お目当てのものを見逃さ
ず足を運んでいると飛行機に乗って海外へ行かなくても、美術本に掲載さ
れた有名な絵にだって遭遇するころができる。普段はなかなかみる機会が
ないロシア絵画については2007年と2009年に国立ロシア美(サン
クトペテルブルク)、国立トレチャコフ美(モスクワ)のいい絵がたくさ
んやってきた。

はじめは知らない画家が多くいたが、そのなかで魅了される作品を多く描
いているのがロシア・リアリスムの大画家、イリア・レーピン(1844
~1930)のことが忘れられなくなった。ウクライナの開拓民の子とし
て生まれたレーピンはロシアの大地や民衆の歴史に根差したものをテーマ
にして次から次に傑作を描いた。とくにぐっとくるのがロシアの至宝とも
いわれる‘ヴォルガの船曳き’、でもこれはまだ本物にお目にかかってない。
辛い仕事の船曳きに駆り出された男たち、真ん中でこちら鋭い視線を投げ
かける男の存在感が半端でない。なんとしてももう一度サンクトペテルブ
ルクを訪問し、この絵と対面したい。

イギリスのフリスの‘ダービーの日’を連想させる‘クールスク県の十字架行
進’はモスクワへ行ったとき運よくトレチャコフ美への入館が行程に入って
いたので、遭遇することができた。左の先頭にいる背の曲がった男は単独
の肖像画のモデルにもなっている。‘トルコのスルタンに手紙を書くザポロ
ージャのコサック’はなんと活気にみちていることか、コサックたちのパワ
ーが全開といったところ。

‘思いがけなく’は衝撃的な絵。部屋に入って来た男に皆あっけにとられて
いる。まったく予想してなかった人が現れたという感じ。主人公が生家に
帰って来たのが皆信じられないのである。これは聖書にでてくる‘放蕩息子
の帰還’の現代版みたいなもの。映画のワンシーンをみているようでここに
はいりくんだ物語がつむがれている。この絵をレーピン展(2012年、
Bunkamura)でみれたのは生涯の思い出である。
トレチャコフを訪問したのに、当時はレーピンを知らなかったのでここに
‘1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン’があったことは
知る由もない。鮮血に顔が染まった息子を抱くイワン雷帝の悲痛な表情が
凄いインパクトをもっている。これもいつか会いたい。

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2021.11.01

Anytime アート・パラダイス! シンケル

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‘河畔の中世都市’(1815年 ベルリン国立美)

Img_0005_20211101224001  ‘岩場に建つゴシックの大聖堂’(1815年 ベルリン国立美)

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Img_0004_20211101224001   ‘ギリシャの黄金時代’(1825年 ベルリン国立美)

Img_0002_20211101224001   ‘岩山の門’(1818年 ベルリン国立美)

日本でドイツの画家の作品をみる機会はフランス絵画にくらべるとだいぶ少ない。20年くらいのスパンでみるとドイツの美術館が所蔵する作品が披露されることはあるが、ルーヴル名品展とかオルセー、オランジュリーの印象派展などが定期的に行われるのに対し、ぽつんぽつんという感じだから数は限られている。こういう少ない鑑賞体験の場合、絵にインパクトがあるとその記憶はずっととどまる。フリードリヒ同様、ロマン主義のシンケル(1781~1841)も心に深く刻まれている。

ロマン主義の絵画にとってはゴシック建築の不均衡で不規則な形は絵心をかきた
てるものであり、シンケルはすばらしい絵を2点描いている。‘河畔の中世都市’の見どころは虹と教会。虹が登場する風景画はそうみないが、フリードリヒにも‘虹のかかる山岳風景’というのがあり日本にやって来た。シンケルはこれに刺激されたのかもしれない。‘岩場に建つゴシックの大聖堂’は空の光景がすごく綺麗で大聖堂の背後に太陽を隠すことによってその威厳のある姿を浮き上がらせてみせる構成が見事。夕刻、馬で港に到着した男性たちの感動ぶりが手にとるようにわかる。

‘ギリシャの黄金時代’はオリジナルは消失し、これはほかの画家が模写をしたも
の。この絵はプッサンのイメージがわきおこる。上が右の画面で理想的なギリシ
ャの都市風景が描かれ、裸の古代人がイオニア風の神殿を建てている。左の建
築現場では男たちは仕事を中断して前方から進んでくる兵士をながめている。
兵士たちは国に帰郷するのである。

‘岩山の門’は完璧にフリードリヒの‘リューゲン島の白亜岩’を意識している。アーチ状の岩の間からみる夕暮れの山岳風景が目に心地いい。細い道を行く3人の旅人とラバが絶景のパノラマを前にひと休みしている。右に目をやると窓のような岩に鐘が下がり、その前で修道士が坐って祈りをささげている。

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