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2021.08.31

Anytime アート・パラダイス! モロー(2)

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   ‘一角獣’(1885年 モロー美)

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   ‘キマイラ’(1867年 フォッグ美)

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  ‘ケンタウロスに運ばれる死せる詩人’(1890年)

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  ‘聖ゲオルギウス’(1890年 ナショナル・ギャラリー)

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  ‘ヘラクレスとレルネーのヒドラ’(1876年 シカゴ美)

2年前、パナソニック汐留美で代表作の‘出現’とともにモローファンを楽しま
せてくれたのが‘一角獣’。一角獣は森のなかに一糸まとわぬ処女をおいておく
と、その匂いにつられて姿を現しおとなしくなる。ここでは3頭もやってき
た。ほかに一角獣がでてくる絵に出会ったのはほんの数点、ローマのボルゲ
ーゼ美に展示されているラファエロの作品と10年くらい前?パリのクリュ
ニー美から出品された中世タピスリーの名品、‘一角獣と婦人’。この3点をみ
たので十分満足している。

ギリシャ神話に登場する‘キマイラ’は獅子の頭、山羊の胴、蛇の尾をもつ怪物
で英雄べレロフォンにやっつけられる。でも、モローはこのスペックではな
く腕の代わりに翼をもつケンタウロスとして描いている。さあ、崖からとび
だし天空に舞い上がるぞ、という体勢だが裸体の女に首をつかまれ緊張して
いるのか顔がこわばっている。とても惹きつけられる絵柄。
一方、青ざめた詩人の遺体を肩にかついでうなだれている半獣半人のほうは
本来のたくましい体をした真正ケンタウロス。白く透き通る肌をした詩人の
背中には竪琴が携えられているが、もうその音色を聴くことができない。この
詩人は男なのか、女なのか?

モローはイタリアで古典絵画をしっかり学んだので、定番の‘聖ゲオルギウス’
もすごくカッコいい。白馬に跨りおそってくる怪物を長い槍で一撃のもと撃退
している。ゲオルギウスの厳しい顔、馬の頭、そして口から血を吐き出す怪物
が一直線でつながるように描いているので迫力満点の戦闘シーンが生み出され
ている。

シカゴ美でみた‘ヘラクレスとレルネーのヒドラ’は縦1.75m、横1.54m
の大作。題材はヘラクレスの12の偉業からとられている。ヒドラは沼沢地
レルネーに棲む多頭の大蛇。この大蛇はしぶとく首を斬り落とされてもすぐ2
つになり息の根をとめることができない。そこでヘラクレスは首をちょん切る
たびにその切り口を焼き、最後の不死の頭は岩の下に封じ込めた。鎌首を高く
上げたヒドラはあまりに獰猛なので長くはみれない。蛇は大の苦手、インドで
みたコブラと重なって怖かった。

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2021.08.30

Anytime アート・パラダイス! モロー(1)

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     ‘オルフェウス’(1865年 オルセー美)

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  ‘オイディプスとスフィンクス’(1864年 メトロポリタン美)

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    ‘イアソンとメディア’(1865年 オルセー美)

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    ‘出現’(1876年 モロー美)

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   ‘ユピテルとセメレー’(1896年 モロー美)

パリを毎年訪問しルーヴルやオルセーに東博へ通うように出かけるのが夢だ
が、その実現にはまだ時間がかかりそう。10年くらい前新装なったオルセ
ーはまだ足を踏み入れてないので、2,3年後にはなんとしても再訪したい。
ここは印象派やゴッホ、ゴーギャン、スーラの名画がずらっと揃っているだ
けでなく、大変魅了されている象徴主義のモロー(1826~1898)の
傑作と対面できる美術館でもある。

日本でもモローの人気は高く、これまで3回の回顧展を体験した。最近では
2年前、パナソニック汐留美に代表作の‘出現’(モロー美)が出品された。
この展示は大げさにいうとひとつの‘事件’がおきたようなものである。また、
2002年西洋美でハーバード大のフォッグ美にあるウィンスロップ・コレク
ションが披露されたときモローが5点も含まれていた。だから、日本にいても
完成度の高いモローを楽しめたのだが、この画家の魅力を最初に感じたのは
オルセーにはじめ行ったときみた‘オルフェウス’や‘イアソンとメディア’。

詩人で竪琴の名手オルフェウスは妻を冥界からとり戻せなかった悲しみで落
ち込んでいたのに、狂女たちに八つ裂きにされて頭と竪琴を川に投げ込まれ
てしまった。この話をモローは若い女性が流れ着いた首と竪琴を拾い上げる
という絵に仕立て上げた。幻想的なシーンを息を呑んでみていた。そして、
モローの大ファンになった。

メトロポリタンにある‘オイディプスとスフィンクス’はモローの出世作となっ
た作品で、もっとも見ごたえがあるかもしれない。ギリシャ悲劇のなかでは
有名な場面だが、本でイメージするときはスフィンクスはとても怖い怪物、
謎かけに答えられなければ即食い殺してしまう。足元には殺された人たちが
無残にも転がっている。でも、このスフィンクスは顔だけ見ると綺麗な女性。
筋肉隆々のオイディプスにじっと見つめられ、‘あら、そんなに難しく考える
ことないのよ、分かんなければ少しはヒントのオマケをあげるから気楽に答
えてね’ とかなんとか優しくつぶやいているよう。

オペラ座からそう遠くないところにあるモロー美を訪問したのは30年前の
1991年。もちろんお目当ては‘出現’、妖艶なサロメは床から舞い上がった
ヨハネの生首を誘うようにみつめている。ファムファタルモード全開といっ
たところ。これがサロメの物語か、という感じでエポック的な鑑賞体験とな
った。そして、大画面の隅から隅まで釘づけになってみた‘ユピテルとセメレ
ー’にも200%圧倒され、興奮度はプラトー状態になった。

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2021.08.29

Anytime アート・パラダイス! フレデリック

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   ‘万物は死に帰す、’(部分 1893~1918年 大原美)

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   ‘労働者の時代’(1895~97年 オルセー美)

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   ‘祝福を与える人’(1889年)

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    ‘農民の子’(1888年 アントワープ王立美)

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    ‘三姉妹’(1896年)

‘美術館に乾杯! 日本の美術館’シリーズをスタートさせたとき最初にとりあ
げたのは倉敷の大原美。ここは広島で9年仕事をしたこともありよく訪問し
たが、行くたびに大きな感動をもらった。名画が揃った西洋絵画はエル・
グレコ、ゴーギャン、モネが有名だが、この美術館によって画家の名前を知
ったものある。すぐでてくるのがセガンティーニとベルギーのレオン
・フレデリック(1856~1940)。

度肝を抜かれたのは部屋いっぱいに飾られたフレデリックの大作‘万有は死に
帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん’。これは全部で7枚あり完成す
るのに25年の歳月をかけた文字通りのライフワーク。描かれているのは神
の怒りを買った人類が炎にまかれ死に絶え、やがて神の下復活する、という
キリスト教の物語。画像は6枚目の‘復活’の場面。びっくりするほど多くの
人々が画面の手前から奥に向かってびっちり描き込まれている。その密度の
濃い群像描写にはほとほと感心させられる。この絵によってフレデリックの
名前が深く胸に刻まれた。

オルセーにある‘労働者の時代’は伝統的な三福対の形式を借りて労働者の厳し
い生活の現実がリアルに表現されている。ここでも赤ん坊や幼い子どもたち
に目がいくように人物配置位置がなされている。子どもをこれでもかという
ほど登場させる作品はフィラデルフィア美でもお目にかかった。この手の絵
は一体何点あるのだろうか? 1点でも多くみれるといいのだが。

‘祝福を与える人’は古典の宗教画の現代版。髪や顎髭の精緻な描写はまるで
今聖者から祝福を受けているような感じ。同じように迫真的なレアリスムに
ぐっと引き寄せられるのが‘農民の子’と‘三姉妹’。心を鎮めてこの女の子たち
の純真で素のままの姿をながめていたい。

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2021.08.28

Anytime アート・パラダイス! トーロップ

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    ‘三人の花嫁’(1893年 クレラー=ミュラー美)

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   ‘欲望と充足’(1893年 オルセー美)

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    ‘二人の女性’(1893年)

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   ‘版画愛好家’(1897~1900年 クレラー=ミュラー美)

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     ‘海’(1899年 クレラー=ミュラー美)

オランダのクレラー=ミュラー美でお目にかかった画家のうちここ以外の美
術館ではほとんどみれないのがヌンクとヤン・トーロップ(1858~
1928)。トーロップはオランダの象徴主義の画家だが、オランダの植民
地だったインドネシアのジャワで生まれた。父親は副総督で母親は現地の女性、
混血児としてジャワですごし14歳のときオランダの地を踏んだ。

代表作の‘三人の花嫁’には少年時代に記憶された熱帯のエキゾチックな模様な
どがはいりこんでいる。モノクロームに近い抑制された色彩で過剰なほど丹念
な線で埋め尽くされた画面を隅から隅までみてしまう。白のドレスに身をつつ
んだ三人の女性は左から‘天上’、‘地上’、‘地獄’の花嫁。視線が釘付けになるのは
この花嫁たちよりもまわりの天使たち。極端に痩せた体は下半身がくにゃっと
曲がり、櫛で綺麗に整えられた黒髪が吹き流しのようの長くのびている。

この絵と同じ人物描写がみられるオルセー蔵の‘欲望と充足’や‘二人の女性’をな
がめていて、すぐ思い浮かぶのはクリムトの描く女性たち。痩せすぎの体は‘
ベートーヴェン・フリーズ’に登場する蛇の髪をもつ魔女ゴルゴンを連想させ、
エロチックさをふりまく欲望、不貞を表す女の金髪にも平板に表現された横顔
の女の装飾的な髪型スタイルが重なる。

日本の美術館で紹介されたモノトーン調の女性像でトーロップのイメージが作
られていたが、現地で知ったのがこの画家が点描により肖像画や風景画を描い
ていたこと。これには驚かされた。200%魅了されたのがオランダ人思想家
をモデルにした‘版画愛好家’。明るく鮮やかな色彩に息を呑んだ。スーラのほか
にこんなにいい肖像画を描く画家がいたのか、それがあのジャワ人の血が入っ
たトーロップだったとは! ‘海’も浜辺に連続的に打ち寄せる波頭の描写がすば
らしい。

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2021.08.27

Anytime アート・パラダイス! ヌンク

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   ‘夜の天使たち’(1894年 クレラー=ミュラー美)

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   ‘孔雀’(1896年 ベルギー王立美)

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   ‘運河’(1894年 クレラー=ミュラー美)

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    ‘北部海岸の嵐’(1900年 ベルギー王立美)

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    ‘謎めいた森’(1900年)

オランダのアムステルダムにあるゴッホ美はゴッホの聖地。だから、ゴッホ
狂ならここを訪問することはMUSTのイベントかもしれない。そして、もう
ひとつ気になる美術館がある。それはアムスからクルマで1時間半くらいで
到着するクレラー=ミュラー、日本でもこの美術館の名品展が数回開催され
るほどゴッホの名画をたくさん所蔵している。2011年に参加したオラン
ダ・ベルギーツアーではこの美術館にも寄ることが行程に入っていて、長年
の夢が実現した。

現地でびっくりしたのはゴッホだけでなく抽象絵画の先駆者モンドリアンや
点描画のスーラ、シニャックなどの傑作が目の前に現れたこと。この感激の
プラスαのなかに入っているベルギー象徴派のヌンク(1867~1935)
にも大変刺激された。夜景画で知られるヌンクの代表作が‘夜の天使たち’。
古典絵画でお馴染みの天使は夜の場面で描かれることはないので、まったく
画家独自のアイデアである。カーブを描いて飛ぶ姿は夜のファンタジー劇画
をみているよう。静謐で幻想的な夜の光景は忘れられない。

ベルギー王立美にある‘孔雀’も大変魅了される。日本画では孔雀は花鳥画の
定番のような鳥だが、西洋絵画で孔雀に出会ったことはこの絵以外ではすぐ
思い出せない。昼に孔雀がでてくると動物園の感じになるが、夜の奥深い森
で孔雀をみるとシンボル性が強く洗練された審美眼が表出された印象になる。

横長の画面に描かれた‘運河’は川に映りこむ廃墟の建物の窓がはかない詩情を
運んでくる。手前に等間隔で配置された細い木々は時間がゆっくりと進んで
いることを暗示させる。音が消え、人影もなく水面の揺れさえ感じさせない
静寂な世界。夜の画家はこんな風景画で水の神秘的な意味をみつめている。

1900年の作品‘北部海岸の嵐’と‘謎めいた森’は‘静’から一転して激しい‘動’に
なっている。波濤が打ち寄せる岩や倒れた木々の根っこの塊などの描き方は
よく似ており、ボリューム感のあり描写は生き物がのたうち回っているよう。
森はタイトル通り謎につつまれ、シュルレアリスムのエルンストが表現する
苔だらけの木がくねくね絡み合うイメージがダブってくる。

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2021.08.26

Anytime アート・パラダイス! デルヴィル

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    ‘死せるオルフェウス’(1893年)

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    ‘パルジファル’(1890年)

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    ‘栄華を司る天使’(1894年)

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     ‘大天使’(1894年)

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    ‘エレウシスの女たち’(1931年 トゥルネー美)

ベルギー象徴派にはクノップフ(1858~1921)のほかにもうひとり
スゴイ画家がいることを知ったのは2005年Bunkamuraで開催された‘ベルギ
ー象徴派展’。刺激の強い作品が多く並ぶなか思わず足がとまったのが‘死せる
オルフェウス’。描いたのは作品のプレートによるとジャン・デルヴィル
(1867~1953)という画家だった。これが深く心に刻まれたのはギリ
シャ神話に登場する竪琴の名手オルフェウスの悲運をよく覚えていたことも
関係している。

事故で失った最愛の妻エウリュディケを冥界から連れ戻すことに失敗したオル
フェウスは地上の戻ったあとは一切女を寄せつけなかった。このかたくな態度
がトラキアの狂女たちの怒りを買い、八つ裂きにされ川に投げ込まれてしまっ
た。デルヴィルはこの話を竪琴が星座になった宇宙を舞台にして神秘的に描い
ている。オルフェウスの顔が綺麗なこと!

デルヴィㇽと出会った同じ年にベルギーを旅行し王立美でこの画家の作品をみ
た。だが、ギョッとする目をした女性の肖像画はあったが、お目当ての代表作
‘サタンの宝物’はどういわけか姿を現してくれなかった。6年後、ここを再訪
したがまたこの絵は展示されてなかった。同様にダリの‘聖アントニウスの誘惑’
にも2度ふられたからダブルショックだった。

宗教と芸術の同一性を主張するデルヴィルの世界は幻想的で神秘にみちている。
モローの作品にも古代神話を題材にしたものが多いが、デルヴィルはギリシャ
神話やキリスト、ワーグナーの歌劇のテーマにして光の繊細な表現やモチーフ
の細密な描写により芸術の理想的な美を極める作品を生み出していった。
‘パルジファル’はワーグナーの歌劇で同名の主人公が聖杯をもとめて展開する
騎士物語。この場面は聖杯が輝き光が降り注いでいるところ。‘栄華を司る天使’
も光の描写と乙女チックな天使が印象的。

‘大天使’をみるたびに映画‘羊たちの沈黙’(1991年)で殺人鬼レクター
(アンソニー・ホプキンス)に殺された警備の警官が両手を大きく広げて天井
から吊り下げられていたシーンを思い出す。この映画はなんと9/8(水)の
BSプレミアム(午後1.00~2.59)に登場する。映画好きの方はお見逃
しなく!‘エレウシスの女たち’は大地と豊穣の女神デメテールからお告げを受け
た3人が描かれており、そのまわりを紫の花々が過剰ともいえるほど装飾的に
とり囲んでいる。

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2021.08.25

Anytime アート・パラダイス! クノップフ(2)

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  ‘私は私自身に扉を閉ざす’(1891年 ノイエピナコテーク)

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     ‘ブリトマート’(1892年)

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  ‘マルグリット・クノップフの肖像’(1887年 ベルギー王立美)

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    ‘マリー・モノン’(1887年 オルセー美)

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    ‘見捨てられた町’(1904年 ベルギー王立美)

これまでヨーロッパにある有名な美術館を数多く訪問してきたが、できるこ
とならもう一度行ってみたい街がある。それはドイツのミュンヘン。若い頃
スイスのジュネーブに住んでいたときクルマで出かけたが、当時はまだ美術
にのめりこむほどではなく普通の旅人としてこの街の景観を楽しんだ。
でかけた美術館は古典絵画を集めたアルテ・ピナコテークのひとつだけ。
今なら美術館の情報が格段に増え、この美術館のすぐ近くに近代絵画を展示
するノイエ・ピナコテークがあることを知っているが、このときはそこまで
気が回らずルーべンスの大きなバロック絵画で腹が満腹になり絵画鑑賞は
1館で終了だった。

ミュンヘン再訪が実現したらノイエに直行するつもりだが、期待の絵画のひ
とつがクノップフの‘私は私自身に扉を閉ざす’。この絵は敬愛するラファエロ
前派のロセッティの妹の詩に霊感をうけて描かれた。眠りのヒュプノスがみ
つめる部屋のなかで両手を顎の下においた赤毛の女性がぼんやりと前をみつ
めている。あまりにこの目の圧が強く、気軽に近づけそうにない。手前の
ユリの間で頭を頂点に三角形の形をなす姿はまるで魔女のよう。モデルをつ
とめたのは6歳年下の妹マルグリット。クノップスにとってマルグリットは
理想の女性であり、美の女神ミューズだった。29歳のとき描いた結婚前の
妹の肖像のほうは似顔絵のよう純潔な女性を思わせるが、ミューズはどこか
冷めた表情もみせている。

‘ブリトマート’は16世紀イギリスの詩人スペンサーの騎士物語‘妖精の女王’
を題材にして描かれている。ブリトマートは甲冑を着た男装の麗人で両性具
有的な魅力は‘愛撫’でスフィンクスと頬を寄せ合う男性と共有している。縦長
の画面や甲冑姿からはバーン=ジョーンズの人物描写が目の前をよぎる。
クノップフはロセッティだけでなくバーン=ジョーンズからも強く刺激をうけ
ている。

オルセーにある‘マリー・モノン’はごくオーソドックスな肖像画。これはマル
グリットと同じ年に描かれているが、それから6年後に可愛い少女を同様な
肖像画として仕上げたものをベルギー王立美でお目にかかった。‘見捨てられ
た町’はブリュージュ市内のハンス・メムリンク広場を描いたもの。幼い頃死都
と呼ばれるほどすっかり寂れていたブリュージュをみた原体験がこびりついて
いるため、町の風景を死の表象として象徴的に表現している。

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2021.08.24

Anytime アート・パラダイス! クノップフ(1)

Img_0003_20210824222501    ‘愛撫’(1896年 ベルギー王立美)

Img_0004_20210824222501      ‘眠れるメドゥ-サ’(1896年)

Img_20210824222501      ‘メドゥ―サの首’(1900年)

Img_0005_20210824222501    ‘蒼い翼’(1894年)

Img_0001_20210824222501   ‘我が心は過去に涙す’(1889年)

ベルギーのブリュッセルには3度縁があり、ベルギー王立美における名画と
の出会い、賑やかな街中のレストランで美味しいムール貝にありついたこと
など楽しいひとときが重なっったのですっかりベルギーファンになった。
王立美では古典絵画のブリューゲルやバロックのルーべンスのほかに近代
絵画にもベルギーが生んだ偉大な画家マグリット、デルヴォー、そしてフェ
ルナン・クノップス(1858~1921)の傑作が並んでいた。

ベルギー象徴派のど真ん中にいたクノップスの代表作‘愛撫’と遭遇したのは
一生忘れられない鑑賞体験。視線を集めるのがチータの姿をしたスフィンク
ス。エジプトでみたスフィンクスがチータに変容しようとは。しかも顔は
女性(モデルは最愛の妹マルグリット)というハイブリッド種。さらに不思
議なのがマルグリットがうっとりと頬を寄せている青年。女性的な顔立ちで
両性具有の人物として登場している。クノップスの描く男女は無表情で男か
女か判然としないのが特徴。この神秘的で謎をはらむ表現がクノップスの大
きな魅力である。

‘眠れるメドゥ―サ’は意表をつく描き方が目を引く。音を感じさせない静寂の
なかでギリシャ神話の怪物メドゥ―サが鷹の羽をつけしゃきっと立っている。
見る者を石に変えてしまう力をもち恐れられている怪物が鷹の姿で沈思して
いる。これがクノップフ流の神話画。その一方で、ブロンズ像‘メドゥ―サの
首’では本来の怪物のイメージで強烈な存在感をアピールしている。蛇の頭髪
は怖すぎてあまり長くはみれない。

‘蒼い翼’もギリシャ神話の眠りの神ヒュプノスが主題になっている。クノップ
フは青が好きな色で頭の片方だけに蒼い翼をつけ、自宅にこの像を置く祭壇
を設けていた。‘我が心は過去に涙す’は若き詩人の作品集の口絵となったもの。
夜の夢の場面を死せる都の雰囲気につつんで描いた。幼い頃住んでいた静寂
なブリュージュの教会を背景にして若い女が鏡に唇をよせナルシスムモード
にはいっている。

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2021.08.23

Anytime アート・パラダイス! シュトゥック

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   ‘罪’(1893年 カタリ―ナ・ビュティカー・コレクション)

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   ‘サロメ’(1906年 レンバッハハウス美)

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   ‘罪無きもの’(1889年)

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   ‘闘うアマゾン’(1897年 レンバッハハウス美)

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    ‘パラス・アテナ’(1898年)

分離派というとクリムトが1897年につくったグループがすぐ思い浮かぶ
が、この美術界の新風が最初に起こったのは19世紀末、芸術の都として輝い
ていたミュンヘン。1892年に創立されたミュンヘン分離派の主要なメン
バーだったのが当時の画壇の中心にいたフランツ・フォン・シュトゥック
(1862~1928)。カンディンスキーが画家になるためミュンヘンに
移りアカデミー(国立美術学校)で絵の修業をしたときの教授がこのシュト
ゥック。

シュトゥックは大きな影響を受けたベックリンと同じように古代神話や伝説
の世界を描くとともに、‘ファム・ファタル’の画家としてのイメージも強く、
世紀末の退廃的な象徴主義絵画につながっている。代表作の‘罪’は12点の
ヴァージョンがあり、男を誘惑する究極のファム・ファタル(妖婦)かもし
れない。この絵に会ったときは美形の女性の体にまきつく黒い蛇に心臓がと
まりそうになった。昔から大の苦手の蛇がこれ以上にない怖い姿で現れ今に
も絵から飛び出してきそうでヒヤヒヤした。

愛しい聖ヨハネの首の前で妖艶な踊りをみせる‘サロメ’にもぐらっとくる。
世紀末、ファムファタルとしてのサロメが大流行するが、シュトゥックの表
現する魔性の女はゾクゾクっとするような怖さがある。初期の作品‘罪無きも
の’は純潔と無垢を象徴する白い百合の花を手にしている少女が正面向きで描
かれている。しかし、ちょっと不安定な感じがありファムファタルの出現を
予感させる。

‘闘うアマゾン’と‘パラス・アテナ’は売れっ子の女優とかモデルを思わせる
綺麗な女性が女戦士と戦いの女神のモデルになっている。戦う女性がこれほ
ど魅力的だと即ファムファタルに変身する。ミュンヘンには宮殿並みの規模
と豪華さを誇るシュトゥックの邸宅が残っており、現在は市立美術館として
公開されているという。ミュンヘンを再訪したときは、是非寄ってみたい。

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2021.08.22

Anytime アート・パラダイス! ベックリン(2)

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   ‘オデユッセウスとポリュフェモス’(1896年 ボストン美)

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   ‘波間の遊び’(1883年 ノイエ・ピナコテーク)

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  ‘眠るディアナと二匹のパン’(1877年 デュッセルドルフ美)

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  ‘パンと輪舞する子どもたち’(1895年 フォルクヴァング美)

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   ‘カロン’(1876年 ゲオルク・シェーファー・コレクション)

モローと同様にベックリンも古代神話を主題にしてどこか奇妙で幻想的な風
景画を描いた。‘オデュッセウスとポリュフェモス’はオデュッセウスの冒険譚
のなかで一番はらはらドキドキさせる場面。海にせり出す岩盤に立ち大きな
岩の塊を大波に揺られる船に投げつけようとしている巨人はオデュッセウス
に目をつぶされて怒り狂う一つ目のポリュフェモス。巨人に食べられるのを
まぬがれ島を脱出したのだから、オデユッセウスたちは必死に船を漕いでいる。
愛読書のギリシャ神話がこうして絵画化されるとイメージが立体的になる。

‘波間の遊び’は女性たちにとっては怖さで体がちじこまる状況になっている。
手前の女はニヤニヤするパンになにかされるのではないかと表情が極度にこ
わばっている。海面は波によって上下に大きくゆれており、背後では太鼓腹の
ケンタウロスは緊張気味に突進してきた。横にいる女のリアクションがおもし
ろい。‘嫌だワー、こんな半人半馬に遊ばれるなんて、どうしよう’。

描かれることが多いパンは上半身が人間、下半身が山羊のハイブリッド牧畜
神。英語の‘パニック’はここからきている。毛深く角をはやし赤い顔をして
いるが、顔が赤いのは好色さの象徴。‘眠るディアナとひそかに窺う二匹のパン
’は美形のディアナ危うし!という感じ。うしろの木々や前の岩がじつにリア
ルに描かれているので余計にパンの野獣性が際立つ。これに対し、‘パンと
輪舞する子どもたち’は陽気な性格というパンの別のキャラクターが出ている。

‘カロン’は生と死をつなぐ役目を担った地獄の番人、今冥府に着いたところ。
こちらを振り向く姿は冷徹そのもの。舟に乗っているのは死者の霊で両手で顔
をふさいだり、沈んだ表情をみせている。パティニールの‘地獄めぐり’でもカロ
ンが登場するが、こちらのほうが重たい気分になる。

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2021.08.21

Anytime アート・パラダイス! ベックリン(1)

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   ‘死の島’(1880年 バーゼル美)

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  ‘オデュッセウスとカリュプソー’(1883年 バーゼル美)

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  ‘死神のいる自画像’(1872年 ベルリン美)

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    ‘ペスト’(1898年 バーゼル美)

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  ‘生はつかの間の夢’(1888年 バーゼル美)

謎や秘密につつまれている絵画というと、ダリやエルンストらのシュルレア
リスム絵画がすぐ思い浮かぶが、もうひとつこれを強く感じさせる画家たち
がいる。ベルギー象徴派のクノップフ(1858~1921)やスイスの
バーゼル出身のアルノルト・ベックリン(1827~1901)の絵もその
幻想的で不気味な表現が心をザワザワさせる。

‘死の島’はベックリンの代表作で、5つのヴァージョンがある。バーゼルに
あるものが最初に描かれ、第2ヴァージョンをメトロポリタン美、そして
最後のものをライプツィヒ造形美が所蔵している。これは何度見ても心が凍
りつく。静寂な海面に浮かぶ岩山の島には墓地を意味する糸杉が真ん中に直
立しており、死のイメージが重くのしかかってくる。その死の島へ向かって
進む小舟には棺桶がみえ白衣の人物が不気味に起立している。

ベックリンの怖い描写は‘メメント・モリ’(死を想え)の象徴である骸骨の
登場で加速される。‘死神のいる自画像’のベックリンは映画俳優並みのいい男。
画家は骸骨で表現された死神が横に最接近してきたのをそれほど怖がりもせ
ずなにやら創作のヒントをもらったかのような表情をしている。だから、死神
は‘ペスト’では街の上を疾走している。強力なコロナウイルスが猛威をふるい
感染拡大がとまらない今の日本の状況をみているよう。

‘生はつかの間の夢’では上部をみると老人に一撃を振り下そうとしている死神
がシルエットとなって浮かび上がっている。左側の戦いに赴く兵士は成年を
表している。手間の草地を横切る小さな川では幼な子が無心に遊んでいる。
幼年、成年、老年と人生の諸段階が描かれている。

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2021.08.20

Anytime アート・パラダイス! アンソール(2)

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   ‘花飾りの帽子を被った自画像’(1883年 オステンド市美)

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  ‘東洋の品々のある静物’(1907年 アントワープ王立美)

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    ‘オステンドの海水浴場’(1890年)

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    ‘オステンドの眺望’(1901年 オステンド市美)

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    ‘愛の園’(1888年 豐田市美)

アンソールが生まれたベルギーのオステンドは北海に面する避暑地で、一流
のホテルやカジノなどが建ち並んでおり‘海水浴場の女王’と称されるほどの
人気のスポットだった。アンソールの母方の実家はここでリゾート客目当て
の土産物屋を営んでいた。玩具、置物、陶器、仮面のなかには日本の面や
衣裳、団扇などもあった。‘花飾りの帽子を被った自画像’をみるとアンソー
ルはなかなかのイケメン。イギリス人の父親とベルギー人の母親のどちらに
似ているのだろう。

アンソールは20歳のときブリュッセルの美術学校を去りオステンドの実家
に戻り、それ以降は屋根裏をアトリエにしてこの町で作品を描き続けた。
自画像は23歳のときのもの。小さい頃から中国や日本のものは見慣れてい
たので‘東洋の品々のある静物’はすぐ合点がいく。アントワープ王立美には
‘シノワズリー’と呼ばれる素描があり、北斎漫画を模写した‘突進する武士’が
含まれている。

‘オステンドの海水浴場’はカリカチュアのような光景。四角の画面に海水浴を
楽しむ大勢の人たちがびっしり描かれている。小さい頃、夏休みになると
何度も海水浴場にでかけおもいっきり泳いだ。今は、日本中どこの海でも
禍により海水浴が楽しめない。子どもや若い人には同情するが、あと2年く
らい辛抱するともとの生活が戻ってくるかもしれない。

‘オステンドの眺望(オステンドの屋根)’はホテルの窓から町の景観をみてい
るような気分にさせる風景画。こういうゆったり眺められる風景画がほかに
ない。白い雲の動感描写と縦と横のスッキリとした線によって連続する建物
の屋根をみせる表現に魅了される。ヴァトーの雅宴画を意識した群像画‘愛の
園’は一見するとプラハでみた人形劇を連想させる。色彩的には緑の地面と
背景の白の輝きが強く印象に残る。

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2021.08.19

Anytime アート・パラダイス! アンソール(1)

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    ‘陰謀’(1890年 アントワープ王立美)

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     ‘仮面の中の自画像’(1899年 メナード美)

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    ‘仮面と死神’(1899年 リエージュ市近現美)

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 ‘首吊り死体を奪い合う骸骨’(1891年 アントワープ王立美)

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   ‘絵を描く骸骨’(1896年 アントワープ王立美)

西洋画家のなかにはモネやピカソのように日本で回顧展が何度も行われる画
家がいる。その一方で関心が高いのに縁がまったくないものもいる。
展覧会の華である回顧展は2回遭遇するのが理想だが、ベルギーのジェーム
ス・アンソール(1860~1949)は運に恵まれてこれが実現した。
16年前の東京都庭園美(2005年)と損保ジャパン美(2012年)。
この画家はもう一度まとまってみる機会があった。それはブリュッセルにあ
るベルギー王立美。ここは2度訪問したが、アンソールはベルギーの画家だ
から片手くらい展示されていた。

こうした鑑賞体験が積み重なってアンソールは‘仮面と骸骨’の画家というイメ
ージができあがった。仮面の代表作がアントワープ王立美が所蔵する‘陰謀’。
アントワープは2回も行ったのに王立美へ寄る時間がなくて‘陰謀’などをみ
ることができなかったが、嬉しいことにここのアンソールがごそっと損保ジャ
パン美にやって来てくれた。‘陰謀’はバリエーションに富んだ仮面をかぶった
人物の上半身だけが描かれ横にドーンと並んでいる。仮面をつけると人は大胆
な行動をしたり、よからぬ悪事を企むもの。つけられたタイトルからいろいろ
な人間バトルを連想する。

愛知県の小牧にあるメナード美がもっている仮面づくしの‘仮面の中の自画像’
は今ホットな人物と結びつく。今日の試合で40本目のホームランと放ち投手
としても8勝目をあげた二刀流大リーガー大谷翔平。所属するエンゼルスは
大谷の顔が数え切れないほどたくさんプリントされたTシャツをつくったが、
これがアンソールの仮面だらけの絵を思い出させる。

仮面と骸骨が一緒にでてくる‘仮面と死神’、‘首吊り死体を奪い合う骸骨たち’、
‘絵を描く骸骨’も一度見たら忘れられない。骸骨が登場する絵ですぐでてくる
のはブリューゲルの‘死の勝利’(プラド美)、アンソールは同じベルギーつな
がりでこの絵を意識したのかもしれない。‘首吊り死体を奪い合う骸骨たち’は
とても怖い絵で2人の女性の骸骨がほうきとモップを手にして戦っている。
首吊りで死んだ男を奪ってどうしようというのか。左右のドア口で固唾をのん
でこの争いをみている仮面たちも不気味。‘絵を描く骸骨’はよく知られる‘死の
舞踏’の一種、アンソールはアトリエにいる自分を骸骨の姿で表現している。

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2021.08.18

Anytime アート・パラダイス! ココシュカ(3)

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   ‘エルベ川、ドレスデン近郊’(1921年 デトロイト美)

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   ‘ダン・デュ・ミデイの山’(1919~20年)

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   ‘アヴィニョン’(1925年 ヴィンタートゥール美)

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 ‘フィレンツェ、マネッリ塔からの眺め’(1948年 メルツバッハーコレクション)

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   ‘モンタナの風景’(1947年 チューリヒ美)

海外の美術館が所蔵する絵画コレクションを紹介するのは美術館が開催する
定番の企画展。2016年に遭遇したデトロイト美展(上野の森美)は予想
を上回る名画の数々にテンションが上がりっぱなしだった。‘エルベ川、ドレ
スデン近郊’はその一枚。ココシュカが風景画に本格的に取り組むのは
1920年頃からで、この絵では厚塗りの鮮やかな絵具を使って前面にエル
ベ川が水平に流れる都市の景観図を描いた。

同じ頃の作品‘ダン・デュ・ミデイの山’はスイスの旅行をもとにしたものだが、
エルベ川と同じように馬車を左右から水平に移動させ背後にはスイスアルプ
スのとんがった山々を平板的に並べている。視線が自然と向かうのは太陽の
光、このまわりに広がる同心円の光がとても神秘的で中景の細かく描かれた
木々の枝が小さいのに目に飛び込んでくる。

この2点に対して、1925年の‘アヴィニョン’や第二次世界大戦後に描かれ
た‘フィレンツェ、マネッリ塔からの眺め’は水平的な構図が消え、街を高い
位置からみる俯瞰の構図をとっている。ヴィンタートゥール美はスイス美術
館巡りのときフルマークの美術館、ココシュカのいい風景画をしっかりもっ
ているのは流石である。アヴィニョンでは緩やかに曲がる川を中央に描いて
画面を分割しているが、フィレンツェは川に橋を加えてさらに画面を分けて
いる。俯瞰の視線により街の活気が生き生きととらえられている。

‘モンタナの風景’はアルプスの名峰を臨む壮大な景観が目の前に広がっている。
軽やかな筆さばきと水彩のような透明な色彩でいろどられた山々と麓の建物
が広大な空間におさまっている。これは61歳のときの作品。ココシュカの
風景画はみればみるほど惹かれる。

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2021.08.17

Anytime アート・パラダイス! ココシュカ(2)

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     ‘自画像’(1913年 MoMA)

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    ‘母親の肖像’(1917年 ベルヴェデーレ宮)

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  ‘役者ラインホールドの肖像’(1906年ベルギー王立美)

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  ‘ロッテ・フランツォスの肖像’(1909年 フィリップスコレクション)

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    ‘窓辺の婦人’(1906~08年)

ココシュカは若い頃の写真をみると坊主頭をしている。精悍な目は神経質で
奇人のイメージがただよう。このタイプの人物は早死と思いがちだが、ココ
シュカの生命力がすごくなんと94歳まで生きている。MoMAが所蔵する
自画像はアルマにのめりこんでいた27歳のころのもの。じっとこちらをみ
つめる顔は見る者を息苦しくさせるほど魔力的な力を発している。

ウィーンのベルヴェデーレ宮殿でみた‘母親の肖像’ははじめは画面に近づき
すぎたため太いくねくねした描線が目に入り過ぎて顔がよくつかめなかった。
それでスーラの点描画のように少し離れてみると、ふっくら顔で穏やかな表
情をした婦人であることがわかった。ゴッホの肖像画にも一枚、これと似た
顔の太い線が目立つものがある。この母親像はゴッホの描き方をさらに激し
くした感じ。

肖像画の画家としてスタートしたココシュカが初期の頃描いたものは‘母親’
とはかなり違っている。‘役者エルンスト・ラインホールド’と‘ロッテ・フラ
ンツォス’はムンクの肖像画がかぶってくる。おもしろいのは顔は写実的に
描かれており落ち着いてみれるが、2点とも手の動きがちょっと気になる
こと。とくにロッテのほうは指が曲がったりして緊張感がありあり。モデ
ルの内面を鋭くとらえる表現主義の本質がよくでている作品である。

ココシュカはウィーンで活躍したのは10年ほど。シーレ同様、クリムトの
傘下に入りウイーン工房に参加しデザインの手伝いをした。‘窓辺の婦人’
は絵葉書の一枚で平面的でメルヘンチックな世界が描かれている。一瞬、
竹久夢二の雑誌の挿絵が目の前をよぎった。同じカラーリトグラフはほかに
も‘夢見る少年たち’がある。

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2021.08.16

Anytime アートパラダイス! ココシュカ(1)

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    ‘風の花嫁’(1914年 バーゼル美)

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    ‘愛しあう2人’(1912~13年 ボストン美)

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    ‘アルマ・マーラーの肖像’(1912年 東近美)

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   ‘聖女ヴェロニカ’(1911年 ブダペスト国立美)

オーストリアのウィーンで美術館巡りをすると2つの楽しみがある。ひとつ
は美術史美、名画がたくさんあるのでどれをあげても美術館の看板にふさわ
しいが、最大の見どころはやはりブリューゲル。この美術館の名品展が日本
で度々開催されてきたが、残念ながらブリューゲルは一点もやって来てきて
いない。‘美術館はお宝中のお宝は簡単には貸し出さない’、という法則の通
りになっている。

もうひとつのお楽しみはベルべデーレ宮の国立オーストリア美、ここの目玉
がクリムトの代表作‘接吻’、そして脇を固めるのが同じオーストリアのシーレ
と表現主義のオスカー・ココシュカ(1886~1980)。ココシュカと
のつきあいはここに飾られていた肖像画からはじまった。代表作はこの宮殿に
はなく、スイスのバーゼル美に展示されている。その絵は‘風の花嫁’、花嫁は
ココシュカが25歳のとき激しい恋におちたアルマ・マーラー。このとき
アルマは32歳。画面全体が強い色調の青でおおわれ、二人の上半身だけ多
くの白がつかわれている。このため体の輪郭がつかまえられるが、足の部分
はまわりの波のようなうねりと重なってみえる。まさに愛の渦巻き!

東近美にある‘アルマ・マーラーの肖像’は貴重な一枚。アルマをファムファ
タル的に表現するところがココシュカ流。日本にココシュカの絵がよくあっ
たなという感じ。ちなみにクリムトは愛知県美と豐田市美が所蔵し、豐田市
美はシーレも手に入れている。オーストリアを代表する画家3人の作品が揃
っているのだから日本も美術大国である。

アルマとの関係を予感させるのがボストン美にある‘愛しあう2人’。裸体の立
ち姿で抱き合うココシュカとアルマが先に描かれたが、これとペアとなる‘風の
花嫁’も似たような色使いと荒々しい筆致により内面を深くとらえる絵画表現が
生まれている。‘聖女ヴェロニカ’はちょっと怖いイメージ。ヴェロニカが刑場
にむかうキリストに汗をぬぐうための亜麻布をさしだしたところ、その布に
キリストの顔が写ったという奇跡が描かれている。

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2021.08.15

Anytime アート・パラダイス! ノルデ(2)

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    ‘仮面とダリア’(1919年 ノルデ美)

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   ‘花園’(1908年 メルツバッハ―コレクション)

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    ‘ひまわり’(1932年 デトロイト美)

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  ‘ひまわり’(1930~35年 メルツバッハ―コレクション)

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   ‘海B’(1930年 テートモダン)

3年前、念願の北欧旅行をしたとき最初の国はデンマーク。首都のコペンハ
ーゲンとシェークスピアの小説‘ハムレット’の舞台となった城の2カ所のみ
の観光だったが期待値以上に楽しかった。旅行中はガイドブックを頻繁にみ
るので地図で国の形や大きさ、そして各都市の位置がおおよそ頭に入ってく
る。こういう経験をすると、ノルデが生まれたノルデ村(当時はドイツ領)
がある場所もコペンハーゲンとの位置関係からスムーズに確認できるよう
になる。この村はドイツとの国境近くにある。

ノルデ村から国境を越えドイツに入ったすぐのところにある町がノルデが居
を定めたゼービュル。ここは今ノルデ美術館になっており、‘仮面とダリア’や
‘海と黄色い太陽’など心に響く作品がたくさん飾られている。仮面の画家と
いうとすぐでてくるのがベルギーのアンソール(1860~1949)。
ノルデはアンソールより7歳年下。近くの国の画家だから当然刺激をうける。
頭の仮面だけをもらい強い赤で描かれたダリアとくっつけ、緑の地に黄色の
仮面とともに浮び上らせた。

花の絵で魅了され続けているのはゴッホのひまわり、モネの睡蓮、そして
クリムトの風景画に描かれた花々。ノルデについてはこれまでにみた作品は
少ないが、もし回顧展に遭遇し(可能性は極めて低いが)どっと花が並んだ
ら、まちがいなく200%KOされると思っている。それを期待させるのが
‘花園 赤紫の服を着た婦人’と2点の‘ひまわり’。メルツバッハ―コレクショ
ンが所蔵するひまわりは水彩で水墨画の滲みの表現を黄色のひまわり
で実現している。ノルデは東洋の水墨山水画に霊感を得たのかもしれない。
6年前、上野の森美で開催されたデトロイト美展の出品作にガツンとやられ
た。ゴッホがこれをみたら裸足で逃げるだろう。

ロンドンのテートモダンで出会った‘海B’はノルデにしか描けない海景画。
表現主義は人物や花だけでなく波が大きく揺れるだだっ広い海の光景でも
色彩の力によってドラマ性のある情景を生み出す。感情を刺激する絵画はや
はり強いインパクトをもっている。

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2021.08.14

Anytime アート・パラダイス! ノルデ(1)

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   ‘子どもたちの中のキリスト’(1910年 MoMA)

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 ‘汝らも幼子のようになるべし’(1929年 フォルクヴァング美)

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   ‘カフェにて’(1911年 フォルクヴァング美)

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    ‘夜のバーで’(1911年 オスロ国立美)

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      ‘静物画’(1913年)

エミール・ノルデ(1867~1956)はキルヒナー、ベックマンととも
にドイツ表現主義を代表する画家でモチーフを圧のある色彩で描く表現は目
に強く焼きついているが、残念なことに作品で出会う機会が少ない。以前は
ドイツの美術館が所蔵するコレクション、例えばエッセンのフォルクヴァン
グ美やケルンのルートヴィヒ美などの名品展がときどき開催されドイツ人画
家に目が少しずつ慣れていたが、今はそれがなくなった。

絵画鑑賞は視覚体験をどれだけ積み重ねるかによって楽しみの深さが増して
くるのに、逆にみる機会が減ってくると画家の存在感がだんだんうすれてく
る。ドイツの表現主義についてはそんな状況だったが、2018年北欧を
旅行したときノルウェーのオスロ国立美で久しぶりにノルデに出会い、あの
燃えるような色彩に惹きこまれた。その絵は1911年に描かれた‘夜のバー
で’。自信ありげな男の顔は黒の眉毛が‘ㇵ’を逆さまにしたように描かれてい
る。唇は女性のように真っ赤。これくらい色彩の力で画家の内面の感情が
表現されていると絵のイメージは長く残る。同じ年に制作された‘カフェにて’
では横向きの男性は手と顔は黄色、髪とスカーフは緑で描かれている。

ノルデはゴッホ(1853~1890)の絵から強く影響をうけており、
ゴッホ以上に‘イエローパワー’が炸裂している。そして、強烈な‘レッドパワー
’が加わることで心に感じるものがより力強く表現されている。厚塗りのイエ
ロー&レッドに押されっぱなしなのが宗教画‘子どもたちの中のキリスト’と
‘さもなくば、汝らも幼子たちのようになるべし’。ここでの主役は子ども
たち、その青い目は大人の男女でもコピーされている。

‘静物画 牛の置物、日本人形、頭部’は顔が派手な色でペンティングされた
アフリカの部族を連想させる頭部に視線が集中する。さらにダブってくるの
がアンソールの仮面。後ろに置かれた日本人形でおもしろいのは眉が逆ㇵに
つりあがっていること。これは‘夜のバーで’と同じノルデ流の表現。

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2021.08.13

Anytime アート・パラダイス! ベックマン(3)

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   ‘夜’(1918年 ノルトラン=ヴェストファーレン美)

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   ‘十字架降下’(1917年 MoMA)

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  ‘赤いスカーフの自画像’(1917年 シュトゥットガルト国立美)

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   ‘釣り人のいる湖の風景’(1924年 ビーレフェルト美)

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  ‘フランクフルト中央駅’(1942年 シュテーデル美)

ドイツのデュッセルドルフにあるノルトラン=ヴェストファーレン美のコレ
クションを披露する特別展が渋谷のBunkamura?で開かれたことがある。
20年くらい前のことなのでどこの美術館だったか記憶があやふやだが、
一点強烈な絵があったのは今でも鮮明に覚えている。それがベックマン
が1918年に描いた‘夜’。左では首をつられている男が苦しみのあまり
顔をゆがめており、その横では女性が両手を縛られ足を大きく広げている。
この家族は夜盗に襲われ父親と母親は無残にも殺されようとしているので
ある。そして、少女も情け容赦のない悪党に抱えられている。フォッグ美
にある自画像で知ったベックマンがこんな凄惨な暴力場面をあつかった絵
を描いていたとは!暴力性と悲劇の感情表現がここまで冷徹でリアリティ
ーがあると、息が詰まる。一生忘れられない。

この絵の1年前の‘十字架降下’は古典画に登場するものに較べるとキリスト
の体が無残にボキボキ折れ曲がるように表現されているため相当な緊張感
を強いられるが、‘夜’をみたあとでは心拍数の上昇は抑えられる。

第一次世界大戦に衛生兵として従軍したベックマンは1915年の夏、
重度の精神障害をきたした。そのため除隊となりフランクフルトに落ち着
く。ここでの生活はナチスに追われる1933年まで続く。‘赤いスカー
フの自画像’は凄惨な戦争体験の痛手から抜けられない精神状態がよく表さ
れている。異様に眼を大きく見開いた姿はどこか不安定でピリピリしてい
る感じ。

ベックマンは人物画だけでなく風景画や静物画も制作している。‘釣り人の
いる湖の風景’はぱっとみると素朴派のアンリ・ルソーの絵かと錯覚する。
長く滞在したフランクフルトの中央駅を仕上げたのはアムステルダムへ逃
れた1937年の5年後だから、懐かしい思い出を回想する気分だったのだ
ろう。

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2021.08.12

Anytime アート・パラダイス! ベックマン(2)

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     ‘自画像’(1927年 フォッグ美)

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   ‘カーニバル’(1920年 テートモダン)

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   ‘女優たち’(1946年 チューリヒ美)

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   ‘蛇使いの女’(1940年 メルツバッハ―コレクション)

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   ‘女と赤い鳥’(1941年 メルツバッハ―コレクション)

肖像画への関心は大半が女性にむかっているため、どうしても男性を取り上
げる回数が少なくなる。その分、印象深い男性肖像画は長く記憶にとどまっ
ている。ベックマンの自画像をボストンのハーバード大フォッグ美でみたの
は28年前の1993年。黒のタキシードを着て精悍な顔つきで正面を見つ
めるベックマン、芸術家というよりやり手のビジネスマンのイメージだった。

1920年に描かれた‘カーニバル’は三連画に登場する人物の描き方とだい
ぶ違う。モチーフを形づくる黒の輪郭線があまり目立たず、女性の顔の描写
は写実的で戯画チックなところがないため、すっと絵のなかに入れる。ドイ
ツの街を旅行したときレストランではこんな感じの女性が注文を取りにきた
のを思い出した。

フォッグ美蔵の‘役者たち’で王がかぶっていた冠とすぐ結びつくのが‘女優た
ち’。楽屋にいる2人はなぜか対照的な姿をみせる。左の女は頭に白い布を
かぶり顔をみせない。これに対し右で王冠をいただいて剣を抱える女はゆっ
たり構えて本を読んでいる。小顔と大きな下半身のコントラストは違和感が
残り、戯画的な人体描写が目に焼きつく。

大胆にざざっと引かれた黒の輪郭線が強く印象づけられるのは‘蛇使いの女’
も‘女と赤い鳥’も同じ。蛇の頭をもつ女は体の厚みがないくらいぺたっと
描かれている。インドでコブラをみたが、男が笛を吹いて籠から出してい
た。女の蛇使いがいるのは知らなかった。赤い鳥をみている女はオダリス
ク(ハーレムの女)。ベックマンはパリを訪問した際、マティスの描いた
オダリスクの絵をみたはずだから、ベットのシーツの装飾的な模様はマテ
ィスの影響かもしれない。

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2021.08.11

Anytime アート・パラダイス! ベックマン(1)

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    ‘船出’(1932~33年 MoMA)

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    ‘誘惑’(1936~37年 ミュンヘン州美)

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    ‘パリ社交界’(1931年 グッゲンハイム美)

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    ‘役者たち’(1941~42年 フォッグ美)

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    ‘死’(1938年)

アメリカの美術館をまわっていると予想以上にドイツ人画家の作品をみる機
会が多い。キルヒナー、ノルデとともにドイツ表現主義のど真ん中にいる
画家として名が知れているベックマン(1884~1950)もMoMAや
グッゲンハイムなどにいいのが揃っている。ナチスから退廃芸術家の烙印を
押されたベックマンは1937年ドイツを離れてアムステルダムに脱出した。
オランダには1947年まで滞在し、そして1949年にはNYに移り住み
コロンビア大学や美術学校で教えていた。そんな縁でアメリカでベックマン
がみられるのかもしれない。

‘船出’は10点の三幅対作品の第1作目。古い時代の宗教画でよくみられる
三連祭壇画の形式をつかって時代を超えてあてはまるテーマを描いている。
左右は‘拷問’で中央は‘自由’を表す。国王と女王は拷問から解放され、女王が
抱いている子どもは自由を意味している。この絵の3,4年後に描かれた
‘誘惑’は2作目で亡命する前にベルリンで完成している。中央のパネルは
‘パリスの審判’を見立てているが、手前にいるパリスは手かせ足かせをはめ
られていて美女とむすばれることはできない。古典をこんな痛烈なパロディ
に仕立てるのだからベックマンは只者ではない。

ベックマンに惹きこまれるのは画面のなかに黒の線、色面や強い色調で表現
された人物がびっしり描き込まれているから。こういう圧の強い群像描写はほ
かにない。‘パリの社交界’は黒が目立つホールは華やかなパリのイメージから
すると硬すぎるが、一人々の表情をみると左には目を細めて笑っている男女が
いるし、真ん中後ろに視線を移すとタキシード姿の男が口を大きく開けなにか
を叫んでいるからそこそこの活気はある。

‘役者たち’ははじめてボストンを訪問したときハーバード大学のフォッグ美で
お目にかかった。ここには役者が一体何人いるのだろうか。立っている者、座
って鏡を見ている女。短剣を胸に突き刺す王が立っている舞台の下では男たち
が激しく争っている。おもしろいことに大勢いるのにビジーな感じがしない。
だから、画面をじっくりみようという気になる。
‘死’は怪しげな儀式が執り行われている。上半分は大胆でユニークな表現。黒服
に身をつつんだ人間やラッパを吹くを小さな怪物や蛇が逆さまで描かれている。

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2021.08.10

Anytime アート・パラダイス! キルヒナー(3)

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   ‘小川の流れる森の風景’(1926年 チューリヒ美)

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   ‘ヴィーゼン近くの橋’(1926年 キルヒナー美)

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  ‘ゼルティヒ渓谷の風景’(1924年 メルツバッハ―コレクション)

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    ‘日の出を前に’(1927年)

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   ‘コーヒーテーブル’(1924年 フォルクヴァング美)

キルヒナーが神経疾患の治療のためスイスのダヴォスに移って来たのは
1917年で、それから1938年ピストル自殺をはかるまで20年間スイ
スの自然のなかで生き山の風景やそこに暮らす人々を描き続けた。最初の
ころは‘老いた農夫’のように神経質な筆触と鋭角的な形態がみられ心の傷は
なかなか癒されなかったが、山岳生活にとけこむにつれだトゲトゲした形は
残るものの装飾的な描写もでてきてパノラマチックな風景画が生まれた。
そして、人物描写ががらっと変わり丸みがありと穏やかな表情をした人たち
が登場してくる。

2014年に開催されたチューリヒ美展(国立新美)でとても魅了される
‘小川の流れる森の風景’に出会った。惹かれるのは垂直に立つ木々がリズム
よく並んでいること。ぱっとみると平板な画面だが、じっとみると薄青や
ピンクに染まった木がぐるっと円弧を描いているようにみえ奥行き感がある
のに気づく。前の緑の草花も目に優しい。キルヒナー特有のギザギザ的なと
ころがなく逆に装飾的な模様になっている。

‘ヴィーゼル近くの橋’と‘ゼルティヒ渓谷の風景’はスケールの大きなゆった
りした風景画。とくに視線が集まるのが橋の描き方。空間を橋の左右で分割
し、橋の大きさを強調するためカーブさせアーチは遠くにいくにつれて小さ
くなっている。この橋の形が丸いイメージなので山肌の木々のとんがりがあ
まり気にならない。橋の下を勢いよく流れる川の清々さも全体の印象を柔ら
かくしている。

‘日の出を前に’でも‘コーヒーテーブル’でもキルヒナーの人物描写は一変した。
顔をマティスのように普通では考えられない緑やピンクや橙色で彩るのは前
と同じだが大人も少女もみな丸く描かれている。あの横からぎゅっと圧縮し
たような細長い顔はどこへいったのか。こいう人々だと穏やかな気分で一緒
に雄大な自然をみたり美味しいコーヒーが飲める。

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2021.08.09

Anytime アート・パラダイス! キルヒナー(2)

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   ‘兵士の自画像’(1915年 アレン記念美)

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    ‘老いた農夫’(1919~20年 ミュンヘン州美)

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    ‘化粧’(1912年 ポンピドーセンター)

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   ‘サーカスの女騎手’(1912年 ミュンヘン州美)

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   ‘日本の芝居小屋’(1909年)

数多くの絵画をみたなかで特別ショッキングな画題に遭遇することがある。
‘兵士の自画像’はその一枚。兵士は腕を負傷して手が無くなっている。
1914年に第一次世界大戦が勃発するとキルヒナーは砲兵として従軍す
るが、軍務に耐えられず精神的な障害に見舞われ2年で除隊になった。
この絵はそのあと間もない頃描かれた。実際に手が切断されたわけではな
いのに神経過敏ゆえにこんな自画像で心の危機を表現している。この絵と
すぐ結びつくのが雪舟の国宝‘慧可断臂図’(えかだんぴず)。坐禅中の達磨
に慧可という僧が参禅を請うたが許されなかったので自ら左腕を切り落と
して本気度を示したところ、ようやく入門が許された
という有名な一場面が描かれている。

‘老いた農夫’は精神障害の治療のため住んでいたスイスのダヴォスで描かれ
たもの。都会を離れ自然豊かな田舎に移ってきても悲劇的な気分はそう簡単
にはほぐれず、農夫の描写はフォーヴィスムの画家のように薄ピンクや赤
が効果的に使われているが、その表情は厳しくとげとげしい筆致はキルヒ
ナー自身の精神の苦悩を表している。

キルヒナーの絵はドイツの美術館のみならず、近現代絵画で名が知られる
NYのMoMA、グッゲンハイム、パリのポンピドー、ロンドンのテートモダ
ンにもしっかりコレクションされている。ポンピドーにあるのは‘化粧(鏡
の前の女)。よくとりあげられる風俗画の画題だが、女の着ている衣服の
白を輝かせ顔が映った鏡を大きく傾むけるのがキルヒナー流。

ロートレックやスーラの絵がすぐ浮かんでくるのが‘サーカスの女騎手’、
ここは大都市ベルリン。第一次世界大戦直前のベルリンは経済も美術も
活気にあふれていた。キルヒナーは1911年に活動拠点をドレスデンか
らベルリンに移し、人々を楽しませるサーカスや寄席の光景を細長い人物
表現とデフォルメした空間をもちいて内面が感じるままに大胆に表現した。

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2021.08.07

Anytime アート・パラダイス! キルヒナー(1)

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     ‘街路’(1908年 MoMA)

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    ‘街路’(1913年 MoMA)

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  ‘ゲルダの肖像’(1914年 グッゲンハイム美)

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  ‘ライプツィヒ通りと電車’(1914年 フォルクヴァング美)

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   ‘ポツダム広場’(1914年)

ドイツ表現主義のキルヒナー(1880~1938)はピカソ(1881~
1973)やレジェ(1881~1955)らと同時代を生きた画家。名前
を知ったのは絵画とのつきあいが深まったころだが、なにぶん回顧展には
まったく縁がなく作品とお目にかかれるのは日本で散発的に開催されるドイ
ツの美術館の名品展が開催されたときくらいなもの。そのため、本物をみ
たのは20点を超えない。

一見するとムンク(1863~1944)の絵と間違えそうになるのが‘街路’。
キルヒナーはグループ‘ブリュッケ(橋)’を結成したドレスデン’にいたころ
ここで開催されたゴッホ展やムンク展やフォーヴィスム展に強い衝撃を受けた。
そのため、この絵における人物表現はムンクそっくりになっている。

ところが、1913年に描かれた同じ画題では色彩の圧の強さは変わらない
ものの、人物からは丸みが消え顔も足も手も縦に細長くなり、なにか尖った
鋭角的な形態に変装している。大都市ベルリンの活気ある光景が華美な衣裳
に身をつつんだ大勢の細長男女たちで表現されている。ドイツ人は大男大女
が多いから街路の密度は相当高くなる。

表現主義は画家の内部から湧き上がるものを画面に表現しようとするから、
どうしても表現の力強さが必要になる。すると、強烈な色彩を使ったり
空間を大胆にねじったり分断したりして激しい表現が生まれる。‘ライプツィ
ヒ通りと電車’では人々が歩いている歩道の横を走っている電車は一段低いと
ころを動いているようにみえる。そして、‘ポツダム広場’の真ん中にいる2人の
女性はダンスホールのお立ち台でポーズをとっているのかと錯覚させる。

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2021.08.05

Anytime アート・パラダイス! ムンク(4)

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  ‘作家ハンス・イェ―ガーの肖像’(1889年 オスロ国立美)

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   ‘画家の妹、インゲル’(1892年 オスロ国立美)

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   ‘カーレン・ビョㇽスタ’(1888年 ムンク美)

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  ‘自画像、時計とベッドの間’(1940~43年 ムンク美)

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   ‘家路につく労働者’(1915年 ムンク美)

海外の美術館をいろいろまわっていると美術本に載ってない作品と遭遇する
ので、画家の作域の広がりがだんだんわかってくる。ムンクの場合は肖像画
の名画に感銘を受けることがよくあった。オスロ国立美で大きな収穫だった
のが‘作家ハンス・イェーガーの肖像’。この男性はいかにも作家という感じで
、思索的な表情は強い存在感を生んでいる。ムンクの肖像画がこれほどいい
ものだということを実感した。

‘画家の妹、インゲル’のキリットしたまなざしも忘れられない。肖像画は
体全部が写実的に描かれる必要はなく、逆にポイントのなるところ、すなわ
ち目がしっかり描かれていると印象深い肖像画として心に刻まれる。妹の
内面をしっかりとらえた目つきをじっとみていた。‘カーレン・ビョルスタ’は
ムンクの母親の妹、母親が結核で亡くなるとこの叔母さんが家にきて家族の
世話をしてくれた。なかなかいい肖像画でムンクが叔母に抱く感謝の気持ち
がこめられている。

ムンクは長い生涯のあいだに多くの自画像を描いている。オスロ国立美には
‘煙草をもつ自画像’があり、ムンク美もたくさん所蔵している。そのうちの
有名なリトグラフなどが2018年のムンク展(東京都美)に11点出品さ
れた。‘自画像、時計とベッドの間’は老人のムンクが描かれており、背後の
部屋にはこれまで制作した作品が埋め尽くされている。老人の赤くいろどら
れた顔、青の上着、緑のズボン、そしてベッドの色鮮やかな模様。なんだか
マティスの絵をみているよう。

第一次世界大戦のさなかに描かれた‘家路につく労働者’のとても力強い絵。
線遠近法が用いられ、左奥の消失点のところから大勢の労働者がこちらにや
ってきている。中央の腰を曲げた老人の大股歩きが帰宅を急ぐ気持を如実に
あらわしている。仕事を終えたあとのワインが楽しみにちがいない。

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2021.08.04

Anytime アート・パラダイス! ムンク(3)

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     ‘絶望’(1893年 ムンク美)

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     ‘不安’(1894年 ムンク美)

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   ‘メランコリー’(1892年 オスロ国立美)

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    ‘マドンナ’(1894~95年 オスロ国立美)

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    ‘灰’(1894年 オスロ国立美)

日本でムンクの回顧展をみる機会は2回あった。最初は2007年
(西洋美)で2度目はだいぶ間隔が開いて3年前の2018年。東京都
美に‘叫び’がやって来た。いずれも展示されたのはオスロ市ムンク美が
所蔵する作品。お陰でオスロに行かなくてムンク美の主要作品は大半お
目にかかれたことになる。

西洋美のムンク展がありがたかったのは‘叫び’と同じ構図で描かれた
‘絶望’と‘不安’。‘叫び’とはまだ縁がなかったが、ここに登場するのは幽霊
顏の男ではない憂鬱そうな男や正面向きの少女や帽子を被った男性たち
だが、血の色を連想させる背景の空やフィヨルドがみれたのでなんだか
‘叫び’を半分は味わった気分だった。

‘絶望’に描かれた男はオスロ国立美にある‘メランコリー’でもモデルをつ
とめている感じ。この人物表現がインパクトがあるのは右手前で顔と肩
だけを大きくみせているから。そして、画面の上部をみると桟橋に3人
が小さく描かれている。向こうは何の悲しみも不安もなさそうなのに、
手間の男は手を頬にあて落ち込んでいる。こういう風に対比されるとこ
の男に寄り添いたくなる。

‘マドンナ’は‘叫び’とともにムンクのイメージをつくってる作品。頭の上に
ある光輪の赤の磁力に思わず引きこまれた。女性は妊娠している。顔を
傾け恍惚とした表情で黒髪を振り乱す姿はあまり長くはみれない。
この女性の髪にさらにドキッとするのが‘灰’。これは勝者の女と敗者の
ムンクという思いを表している。ムンクがつきあった人妻ミリーはほか
の男性とも関係をもっていた。二人は長い髪で結ばれていても男は恋に
苦しむ。

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2021.08.03

Anytime アート・パラダイス! ムンク(2)

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   ‘病める子供’(1885~86年 オスロ国立美)

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     ‘思春期’(1894~95年 オスロ国立美)

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  ‘桟橋の上の少女たち’(1901年 オスロ国立美)

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   ‘声/夏の夜’(1893年 ムンク美)

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   ‘生命のダンス’(1899~1900年 オスロ国立美)

人間の死をテーマにした絵は古典画ではキリストの死が定番だが、そういう
宗教画や戦争をとりあげた歴史画ではない作品では生身の人間が病に倒れた
場面をそう多くは描かれない。強く記憶に刻まれているのはピカソが16歳
のときに描いた‘科学と慈愛’(1897年)とモネの‘死の床のカミーユ’、
そしてムンクの‘病める子供’。これは姉の死の体験がもとになっており、写実
的な表現ではなくかすれもあり未完の作品のようにみえるがムンクの深い悲
しみがよく伝わってくる。

‘思春期’はベッドの端に腰をかけた裸の少女の存在感がすごい。タイトルの
意味するところはすぐ察しがつく。さらに驚かせるのが後ろの黒いかたまり。
この不気味な影が少女のはじまりつつある性的な成長の不安のようなものを
表現している。この絵のあと‘桟橋の上の少女たち’をみると、なんだ心配する
ことないじゃない、通過儀礼をへてのびのびと大きくなっているよ、となる。
ムンクの色彩感覚は本当に鋭い。真ん中の子が着ている服の赤が輝いている。
この赤と向こうの緑の木のまばゆいコントラストに釘づけになった。図版では
わからないが、本物の色彩の強さに200%KOされた。

‘声/夏の夜’では海の青が目にしみる。海面にのびる黄金の模様は月の光を表
しており、古代エジプト語の生命を意味する文字‘アンク’にヒントをえて創作
された。この黄金と木の幹のリズミカルな垂直線に囲まれた若い女が深くコラ
ボしている感じ。一度みると忘れられない。

‘生命のダンス’はずいぶん前、オスロではなくフィレンツでお目にかかった。
ムンクのミニ回顧展に偶然遭遇し、得した気分になった。美術本でこの絵のこ
とを知っていたから夢中になってみた。ここでも月と海に映った月光の柱が描
かれている。画面の手前に同じ3人の女性がいる。左から処女、娼婦、尼僧の
姿で女の3つの相が表現されている。真ん中の情熱的な女のイメージは性的
誘惑のシンボル。

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2021.08.02

Anytime アート・パラダイス! ムンク(1)

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     ‘叫び’(1893年 オスロ国立美)

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     ‘叫び’(1910年 ムンク美)

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     ‘叫び’(1895年)

東京都のコロナ感染者の数が爆発的に拡大しているので、気になる展覧会が
あっても怖くて美術館へは出かけられない。だから、当初アバウトに決めて
いた出動のタイミングはできるだけのばし会期の最後くらいまで様子をみる
ことにしている。新型コロナの感染が世界的に広がったのは昨年のはじめく
らいから。このため海外旅行も国内の移動もダメ、不自由極まりない生活が
1年半くらいになろうとしている。世の中、何が起きても不思議ではないが、
パンデミックがこのタイミングで起きるとは。そして、新たな変異株の出現
などがあり収束の予想すら立たない。これを考えると2018年北欧旅行を
して、ノルウェーのオスロ国立美でムンク(1863~1944)の‘叫び’を
みたのは本当についていたなと思う。もし、コロナパンデミックが1年早く
おきていたらすべてがパーになっていた。

ムンクの‘叫び’は美術史に残る一大傑作。美術の教科書に載っているから、
普通に勉強している人なら知っている。でも、本物をみるのはそう簡単では
ない。それはこの絵がある国に関係している。パリやロンドン、NYだと人気
の観光地だから団体観光ツアーでも個人旅行でも貯金をしてお金をため休みが
とれれば楽しいスケジュールがつくれる。これに対して、北欧旅行は関心の
ある国に入っていたとしても、優先順位はどうしても件の都市などと比べると
下がってしまう。わが家の世界旅行のグランドプログラムでもデンマーク、
ノルウェー、スウェーデン巡りがなかなか実現しなかった。

ムンクが29歳のとき描いた‘叫び’が最初のもので、オスロ国立美にある。
感激の対面だった。そして、その2年後、31歳のときの‘叫び’は2012年
5月、96億円(当時)で落札されたもの。このパステル画ヴァージョンは
2013年NYのMoMAを再訪問した時に運よく展示してあった。こういうこ
とがあるから美術館巡りはやめられない。この絵は一体誰が所有しているの
だろうか? そして、1910年にまた描かれたのがオスロ市のムンク美が
所蔵しているもの。これは2018年秋に東京都美で開催されたムンク展に
出品された。このヴァージョンは10何年前に出光美で展示された?記憶が
あるが、このころ東京にはいなかったのでみれなかった。だから、2018
年に未見の‘叫び’2点が一気にみれたことが嬉しくてたまらない。過度の不安
や恐怖のため幽霊のような顔になった男を目に焼きつけた。

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2021.08.01

喜劇映画 ‘社長シリーズ’のおもしろさ!

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     小林桂樹の日本一といわれる‘食べ芸’

森繁久彌が社長を演じる‘社長シリーズ’(全33作品 東宝)のDVDがす
べて揃ったので、暇さえあればみている。その結果、この喜劇映画のお
もしろさをうみだす役者の演技やセリフに感心させられことが多く、その
シーンになると待ってました、とばかりに笑いがこぼれる。もともと映画
は大好きだが、腕のいい監督やよくできた脚本をもとにつくられた映画は
やはり一級のエンターテイメントであることを思い知らされる。

社長の森繁久彌とコンビを組むのが秘書役の小林桂樹。みるからに人間性
のいい顔をしている。この役者は恋愛のシーンは一番下手だが、‘食べ芸’
なら日本一といわれている。その得意の芸を披露するため、よく食事の場
面がでてくる。もっとも多いのが朝ご飯を食べるシーン。とにかくセリフ
をしゃべりながら自然にきれいに食べる。演じているというのではなく、
われわれが家庭生活で食卓にのぼるものを食べように、あるいは宴会に出
された御膳を夢中になって食べるようにリズミカルに元気よく食べる。
こういう食べるシーンはサラリーマン映画には欠かせないものだから、
この映画のおもしろさのひとつになっている。

‘続サラリーマン忠臣蔵’では運転手兼秘書の小林桂樹は接待した相手会社の
重役に気をつかうどころか中華料理をむしゃむしゃとたいらげてしまう。
映画だからおもしろくしてあるが、最後には上役の加東大介(営業部長)
からに小言をいわれてしまう。このシーンをみるとやたら中華料理が食
べたくなる。そういえば、コロナ禍のこともあり横浜中華街にはずいぶん
ご無沙汰している。

手元にあるルーベンスの美術本のなかに‘人の心をつかむにはまず胃袋から’
という諺がでてくる。家族、知人、友人といるときはいつもこれを心掛けて
いる。

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