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2021.07.31

Anytime アート・パラダイス! レジェ(2)

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    ‘読書’(1924年 ポンピドーセンター)

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   ‘コンポジション 2羽の鸚鵡’(1935~39年 ポンピドー)

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    ‘余暇’(1948年 ポンピドーセンター)

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    ‘サーカスの曲芸師’(1948年 テートモダン)

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   ‘大パレード’(1954年 グッゲンハイム美)

ユニークな人物像が目に刻まれている画家は何人かいる。モディリ
アーニのうりざね顔、デ・キリコの形而上絵画に登場する目も鼻も
ないマネキン人形、そしてレジェの描く男女の形も強く印象に残る。
どの人物もみな正面向きで彫像のようにボリューム感があり丸っこ
いのが特徴。このレジェ様式の人物は最初は画面いっぱいにどん
と描かれた。‘読書’は幾何学的な模様を背景にして似た顔の二人の
女性が描かれている。ぱっとみるとロボットのイメージ。顔、首、
腕のパーツをつくり組み合わせるとレジェ人形は何個でも出来上る。

その後人形の数はだんだん増えていき大画面を用いた群像図がでて
くる。ポンピドーにはぐっとくる作品が2点ある。縦が4m、横が
4.8mもある巨大なキャンバスに描かれた‘コンポジション 2羽
の鸚鵡(おうむ)’と代表作の‘余暇(ルイ・ダヴィッドへのオマージ
ュ)’。ともに正面性の強い構図は同じだが、腕を曲げたり、足を
交差するポーズなどをとっているので動きがあり人形に命が吹きこま
れた感じになっている。

‘余暇’はポンピドーへ出かけてよかったなと思わせる作品。これは
日本で開催された展覧会にも出品された。MoMAにあるピカソの‘ア
ヴィニョンの娘たち’同様、これが美術の教科書に載っている絵かと、
夢中でみた。仕事のあと余暇を楽しむ人々の幸せな光景が明るい色彩
とモチーフを強く印象付ける黒の輪郭線によって表現されている。
後知恵だか、レジャーと自転車はこんなにすっと結びつくのかという
のが率直なところ。はじめてのポンピドーでは自転車とロボットのよ
うな人物、そして空を飛ぶ鳩と自然を象徴する花びらばかりの気をと
られていた。そのため、手前で地面に腰を下ろして紙片を手に持つ若
い女姓のポーズがダヴィッドの‘マラーの死’を引用していることは全然
知らなかった。でも、それに関係なくこの絵の楽しい気分は心を軽く
する。

レジェはサーカスにも関心を寄せている。‘サーカスの曲芸師’は体が
ヘンによじれて異常をきたすのが心配になるくらい手足を曲げている。
こうしたアクロバット全開の芸はサーカスの華。‘大パレード’は大勢
の芸人たちが得意の芸で観客を大いに喜ばしている。青や黄色や赤の
色の帯や円が平板な描き方にアクセントをつけ芸人のリズミカルな動
を際立たせている。幾何学的な帯を使うアイデアは流石!

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2021.07.29

Anytime アート・パラダイス! レジェ(1)

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     ‘結婚式’(1911年 ポンピドーセンター)

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     ‘青衣の女’(1912年 バーゼル美)

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     ‘形態のコントラスト’(1913年 グッゲンハイム美)

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     ‘円盤’(1918年 パリ市近美)

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     ‘都会’(1919年 MoMA)

20世紀に入ると西洋絵画の世界はいろんなスタイルの絵画が生まれてくる。
その中でインパクトの大きかったのがピカソ(1881~1973)と
ブラック(1882~1963)がはじめたキュビスム。対象をいろいろな
視点からとらえる描き方は形態の表現に革命をもたらした。対象をいったん
バラバラに解体しそのあと再構成することでつくられたフォルムは断片的な
ものとなりちょっとゴツゴツした感じになるが、その意表を突く形は新鮮な
感覚となって多くの画家たちの心を揺すぶった。

ドローネー(1885~1941)同様、ピカソと同じ年に生まれたレジェ
(1881~1955)もキュビスムから大きな影響を受けた。レジェは
初期の作品では後年に描かれた代表作の‘余暇’とは似ても似つかぬようなキュ
ビスム風抽象画に没頭していた。ポンピドーにある‘結婚式’とその翌年に描か
れた‘青衣の女’はモチーフの重層的な重なり合いをみていると相当時間を
食われる。ここでは断片的に描写された風景、人物、空間がいろんな方向か
ら構成されているため顔を横に斜めに動かしてみないと全体像がつかめない。
だから、相当厄介。でも、この密度の濃さは具象の要素がすこし描き込まれ
ていることもあり興味深く映る。

ドローネーと交流があったレジェがキュビスムとは一線を画し抽象美術に
向かっていく作品となったのが‘形態のコントラスト’の連作。チューブや円筒
のような丸みをおびた形態は画面は埋め尽くし、ゆっくり回転したりうごめ
いている感じ。ロボットのようでもありマネキン人形の頭のようにもみえる。

‘円盤’はドローネーの作品から刺激をもらったのかもしれない。ドローネーの
円盤が万華鏡や大宇宙に散らばる星々をイメージさせるのに対し、ここに描
かれた円盤は工業製品の歯車とすぐ結びつき、機械を構成する一部の部品と
なって都市における現代文明のダイナミズムを生み出す元となっているよう。
この円を少なくし縦の線や面を横に並べることにより都市の建物や造作物を
断片的にみせているのが‘都会’。これはフィラデルフィア美でも別ヴァージ
ョンをみたが、明るい色彩と奥行き感をつくる緻密な画面構成に思わず足が
とまった。

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2021.07.28

Anytime アート・パラダイス! ドローネー(2)

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     ‘窓’(1912年 MoMA)

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    ‘窓’(1912~13年 ノルトライン=ヴェストファーレン美)

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    ‘生きる喜び’(1930年 ポンピドーセンター)

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    ‘環状の形態’(1930年 グッゲンハイム美)

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    ‘リズム’(1938年 パリ市近美)

抽象絵画で名をなした画家の作風には具象画同様、ほかとは違う独自性が
現れる。ドローネーの真骨頂は光と色彩の表現。1912年から描きはじ
めた‘窓’シリーズと‘円形フォルム’シリーズが多くの人の心をとらえる抽象
絵画のひとつになった。‘街’のシリーズから生まれたの‘窓’はこの年と翌年
までに数10点も描かれた。

MoMAにある‘窓’はまだ街並みや観覧車、エッフェル塔は部分的に描き込
まれていて完全な抽象画のスタイルにはなっていない。薄い色調で埋めら
れた画面を縦にのびる四角形や三角形は円がみられない分シャープで冷た
いイメージをあたえる。これがノルトライン=ヴェストファーレン美蔵に
なると具象はすっかり姿を消し、キュビスム的な表現を連想させる抽象画
に変身する。真ん中の緑の垂直線はエッフェル塔と思われるが、エッフェ
ル塔に関心がなければ単なる線にしかみえない。

小さい子供が喜ぶそうなのはドローネーの代名詞になった‘円形のフォルム’
の連作。‘生きㇽ喜び’はタイトル通り色とりどりの円盤がリズミカルの回っ
ている。こういう作品は制作すること自体が楽しくてたまらないかもしれ
ない。ふつう抽象画というと思索的で難解なためとっつきにくいイメージ
があるが、この同心円運動をする大小の円盤なら心はぐっと軽くなり円の
マジックに目がまわりそうになる。‘環状の形態’の右の部分は万華鏡をみて
いる気分。

1938年に制作された‘リズム’は洗練されたヴァージョンで何層にも重
なってみえる円盤は腕時計の内部をみているようでもあり、遥か彼方の
銀河系に集まった星たちのコラボレーションの様子を想像させる。パリで
みたときは200%KOされた。これがドローネー流抽象画の最高傑作。
色彩が形態と完璧に融合している。

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2021.07.27

Anytime アート・パラダイス! ドローネー(1)

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    ‘聖セヴラン教会’(1909~10年 グッゲンハイム美)

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     ‘パリの街’(1910~12年 パリ市近美)

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     ‘街’(1911年 グッゲンハイム美)

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  ‘詩人フィリップ・スーポー’(1922年 ポンピドーセンター)

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     ‘赤いエッフェル塔’(1911~12年 グッゲンハイム美)

フランスのロベール・ドローネー(1885~1941)が描く抽象絵画は
心をとらえ続けている。これまでお目にかかった作品はグッゲンハイムや
パリの市立近代美やポンピドーが所蔵するもの。回顧展に残念ながら遭遇し
てないので作品の数は多くはないが、一点々のインパクトは大きく抽象絵画
のMyラインナップに欠かせないピースとなっている。

ドローネーには二つの顔がある。ひとつはたくさんの円が乱舞するように
グルグル回る楽しい抽象絵画とエッフェル塔。ほかの抽象画家でもはじめは
具象画からスタートし、モチーフの写実表現からじょじょに形態を変えてい
く。‘聖セヴラン教会’は最初の連作シリーズでセザンヌの影響を受け、教会の
窓から入ってくる光によって天井や床は大きくゆがみ不安定なイメージで
表現されている。

‘パリの街’はとても大胆な作品。キュビスムの技法を使ってエッフェル塔や
セーヌ川、パリの街並みが描かれ、真ん中では三美神を連想させる3人が裸
婦が踊っている。こういう都会の風景画のど真ん中に裸婦を入れ込むという
のはアヴァンギャルド精神に富んだ画家の手からしか生まれてこない。
‘街’はキュビスムだけでなく新印象派の技法も用いられている作品で、光の
効果で断片化された建物がモザイクのような点描法で描かれている。

パリで近代化の象徴というとエッフェル塔。ドローネーはエッフェル塔にと
りつかれ30点以上描いた。いろいろなヴァリエーションがあり、‘詩人フィ
リップ・スーポー’は肖像画の背景として描かれている。色彩が初期のものに
較べぐっと明るくなり抽象性をおびた模様が塔を取り囲む‘赤いエッフェル塔’
は完成度の高い作品。具象と抽象の混ざったハイブリッドな風景画は新鮮で
飽きさせない。

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2021.07.26

喜劇映画‘社長シリーズ サラリーマン清水港’!

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     社長シリーズ定番の宴会芸

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    新酒祈願の金毘羅宮参詣

山野楽器を通じて購入した喜劇映画の‘社長シリーズ サラリーマン清水港’が
届いたのでオリンピック観戦の合間にみて楽しんだ。新型コロナの感染で巣
ごもりを余儀なくされていることの副産物として、映画をみる時間が多くな
っている。昨年からBSプレミアで放送される映画をビデオ収録していたが、
今年は3月にDVDプレーヤーを購入したので行きつけのブックオフに足を運
ぶ回数が上がり、‘Myお気に入り映画’のラインナップがだいたい揃った。
その数130本。

大半はアメリカ映画だが、日本映画もこれはというのはしっかり揃え
ている。そのなかで何度もみているのが喜劇の‘社長シリーズ’、以前NHKの
BSやテレビ東京でも放送されたが、最近は各局の映画リストにはのぼってこ
ない。この人気喜劇を製作した東宝は嬉しいことに今年の1月と2月に
全33作品のDVDを4000円(正・続2枚組)で発売した。TSUTAYAへ行
くとこのシリーズの一部がレンタルされているが、それをみると8000円
の値がついている。今回は値段を半分にして全部DVD化した。東宝はマーケ
ット調査をしてコロナ禍で自宅で昔の人気映画をみるシニア層が増えている
ことをつかみ発売に踏み切ったのだろう。これは山野楽器に注文を出すと一
部が在庫切れで配達が遅れることがあるので、日本全国にはかつて映画館で
社長シリーズをみて大笑いした人たちが多くいることは容易に想像できる。

このシリーズの第一作は1956年に劇場公開された‘へそくり社長’。それ
から1970年の‘社長学ABC’まで全部で33作品つくられた。出演している
のは社長役の森繁久彌をはじめてとして芸達者な小林桂樹,加東大介、
三木のりへい、フランキー堺の面々。この喜劇をみてつくづく思うのは昔の
喜劇役者は本当に芸が巧いこと。その極めつきが定番の宴会芸、‘サラリー
マン清水港’では‘茶っきり娘’に扮して踊っている。このシーンになるといつ
もゲラゲラ笑っている。

この映画が貴重なのは観光映画を兼ねているところ。一本々に国内の大都市
や観光名所が物語の舞台になる。例えば、‘サラリーマン清水港’では清水港、
四国の金毘羅宮、松山。わが家はこれま国内をくまなく旅行してきたので
登場する観光名所はとても懐かしい。金毘羅宮ではあの長い階段をふうふう
言いながら登ったこを思い出した。今、新型コロナの感染の再拡大で旅行
する機会がまた遠のいた感じ。だから、この映画はみていると旅行したよう
な気分になる。社長シリーズをみる時間がまだまだ続きそう。

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2021.07.24

Anytime アート・パラダイス! クプカ(4)

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     ‘第一歩’(1909年 MoMA)

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    ‘2色のフーガ’(1912年 プラハ国立美)

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  ‘ニュートンの円盤’(1912年 フィラデルフィア美)

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  ‘めしべとおしべの物語’(1919~20年 プラハ国立美)

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  ‘シリーズC Ⅵ’(1935~46年 プラハ国立美)

クプカの抽象絵画のなかで最も美しいと感じさせるのは垂直の面ではなく、
円を重層的に重ねそこに色彩を塗りこんで行ったもの。これは誰がみても
遥か彼方の星々や惑星が主役をつとめる天空の世界。でも、愛知県美で
開催されたクプカの回顧展に遭遇したときも2003年、プラハ国立美を
訪問したときも宇宙に関する知識は貧弱極まりないものだった。このころ
は天文学や宇宙論にはまったく関心がなかった。

時が流れて、今はBSプレミアムの‘コズミックフロント’は欠かさずみている
し、ビッグバンやブラックホール、宇宙論の本がたくさん本棚におさまっ
ている。だから、クプカの抽象画が宇宙探査機のとらえた画像や宇宙の
形成や恒星の誕生を解説するイメージ図とよくつながり、アートとサイエ
ンスのシンクロに驚かされることがある。MoMAにある‘第一歩’は恒星を
公転する惑星のイメージがぴったり。太陽系以外でも星のまわりを回る
惑星が次々と発見されているので、こういう絵は想像力をいろいろ膨らま
せてくれる。

‘2色のフーガ’は縦横2mもする大作。これは銀河系の衝突を連想する。
そして、フィラデルフィア美でみた‘ニュートンの円盤’は燃料のなくなった
巨大な星が大爆発をおこす、超新星爆発の様子をとらえたような感じ。
この大爆発によってより重い元素が宇宙空間にばらまかれる。
‘おしべとめしべの物語’は題名の通り星の誕生を描いているようにみえる。

クプカが晩年に制作した作品にはまた垂直の面がでてくる。今度は円や斜
めの線を仲間にして画面を構成する。‘シリーズC Ⅵ’はコントラストシリ
ーズの一枚。左上から直方体が斜めに食い込んでおり、奥行きのある空間
はだまし絵のよう。垂直と水平の対比や奥の明るいところと手前の黄一色
の対比が表現されており、緻密で奥深い抽象画を生み出している。

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2021.07.22

Anytime アート・パラダイス! クプカ(3)

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     ‘垂直の面Ⅰ’(1912~13年 ポンピドーセンター)

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     ‘垂直の面’(1925年 パリ市近美)

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     ‘ノクターン’(1911年 ウィーン近美)

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    ‘灰色と金色の展開’(1919年 愛知県美)

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   ‘垂直の面と斜めの面’(1913~23年 プラハ国立美)

抽象画はモチーフを写実的に描く具象画とちがって、構成をつくっていく方
法は色を塗った色面を強調するか線を使って幾何学模様を生み出しそれを
自在に組み合わせていくことの二つしかない。そして、単なる直線や曲線に
も円や三角や四角にも装飾的に色彩がつけられる。柔らかいイメージを出す
には円やそれを歪ませたものが欠かせないが、クプカが初期の抽象画で執着
したのが垂直の面。

パリのポンピドーにある‘垂直の面Ⅰ’はとてもわかりやすい画面構成。白と
黒と灰色の垂直にのびる細長い四角が手前で体を寄せ合うように絡まってお
り、その向こうには紫と灰色の短冊が左上へと続く斜めのラインそって動
いている。日本画では胡粉の白が重要な色として作品の出来映えを左右する
が、ここでも薄青の地に混じる白の小さな塊と黒の後ろの白の面が存在感を
発揮している。

この絵より先に描かれた‘ノクターン’はピアノの鍵盤が垂直面のモチーフに
なっている。薄青緑のグラデーションで彩られた短冊が密集する正方形の
画面。クプカはクリムトの風景画を意識したのかもしれない。パリ市近美で
遭遇した‘垂直の面’は前の2点から10年以上経った頃描かれたものなので、
垂直の面はかなり洗練され意匠化が進んでいる。なんだか宝飾店のキャッチ
バナーをみているよう。

愛知県美が所蔵する‘灰色と金色の展開’はぱっとみると地味な未来派の作品
に思える。明るい黄金の光に照らされて垂直線の群れが横方向へ運動してい
る感じ。これに比べると‘垂直の面と斜めに面(冬の記憶)’から感じられる
スピード感は華麗な動きに映る。超豪華ホテルの吹き抜けの空間に飾り物が
リズミカルに上昇と下降を繰り返している光景をイメージさせる。

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2021.07.21

Anytime アート・パラダイス! クプカ(2)

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  ‘色彩による平面構成、裸婦’(1909~10年 グッゲンハイム美)

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    ‘古代風’(1910年 ポンピドーセンター)

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   ‘水(浴女)’(1906~07年 ポンピドーセンター)

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   ‘音楽家フォロの肖像’(1911年 MoMA)

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  ‘垂直線の中のクプカ夫人’(1910~11年 MoMA)

クプカを知るきっかけになったのは1990年代前半にあった回顧展とグッ
ゲンハイム名品展。それから10年くらい経った2003年にも大きなイベ
ントがあった。それは愛知県美にたくさん出品されていたプラハ国立美の
訪問。心を虜にした抽象画との再会だけでなく宇宙的世界に誘う作品が専用
の部屋に数多く飾られており、テンションはずっとプラトー状態だった。

‘色彩による平面構成、裸婦’は衝撃的な裸婦図。グッゲンハイム美名品展の
ためにつくられた図録の表紙を飾ったのがこの絵。この絵の緑をみるたびに
マティスが夫人の顔に緑のすじを入れたのを思い出す。さらに色彩の力を強
く感じるのが顔、胸、手足に使われた紫。このフォーヴィスム風の裸婦との
遭遇はエポック的な体験になった。

‘古代風’はドイツ表現主義のノルデやキルヒナーとか‘青騎士’の画家たちの
作品が目の前をよぎる。圧を感じさせる人物画である。このようにクプカは
キュビスム、フォーヴィスム、象徴主義、表現主義などから影響を受けてお
り、引き出しが多い。具象画から抽象画への移行は1907年ころ描かれた
‘水(浴女)’あたりからはじまっていく。浴女はクプカの妻ウジェニー。
水面にあたる光の屈折の描写が抽象性をおびた模様にもみえる。

MoMAが所蔵する‘音楽家フォロの肖像’と‘垂直線の中のクプカ夫人’に大変魅
了されている。クプカの最初の抽象画は垂直の面が主役をつとめるが、音楽
家の体の上半身は緑と黄色のグラデーションをつけた垂直の面で描かれてい
る。まだ人物は強く目に焼きつく。そして、画面を縦におおいつくす色付き
短冊の中にちょこっと顔をだすクプカ夫人。ぱっとみただけだと見落とす。
このアイデアはなかなか出てこない。

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2021.07.20

Anytime アート・パラダイス! クプカ(1)

Img_20210720221501      ‘静寂の道’(1903年 プラハ国立美)

Img_0001_20210720221501      ‘馬車の窓からの眺め’(1901年 MoMA)

Img_0002_20210720221501      ‘波’(1903年 オストラヴァ絵画芸術館)

Img_0003_20210720221501     ‘馬乗りの楽しみ’(1901年 プラハ国立美)

Img_0004_20210720221501     ‘猿の王’(1900年 プラハ国立美)

画家との出会いは偶然やってくることがある。チェコのボヘミヤ生まれの
クプカ(1871~1957)は名古屋で仕事をしているとき遭遇した。
1994年、愛知県美で開催されたクプカ展にどういう力が働いて出かける
ことになったか忘れたが、この画家の名前はまったく知らなかった。入館し
て具象画をしばらく見た後、予想外の展開が待っていた。宇宙を旅している
ような抽象絵画がヴァリエーションをいろいろ変えどんどんでてくる。
抽象絵画ならカンディンスキーとモンドリアンが頭の中を占領していたが、
どっこいチェコにもすごい画家がいた。

1896年、25歳でパリに出たクプカは1910年頃までは象徴主義的な絵画を描いていた。‘静寂の道’は沢山のスフィンクスが向き合うところを対角線の構図で表現している。日本画の杉山寧の絵を思い出す。MoMAにある‘馬車の窓からの眺め’はとてもシュールでおもしろい作品。神秘的なスフィンクスがある一方、こんなちょっと思いつかない窓の絵を発想するのだから恐れ入る。

‘波’はクールベが得意とした海景画を連想させるが、荒々しい波の躍動感と岩の上にたたずむ裸婦のコントラストがすばらしい。‘馬乗りの楽しみ’は人生これ以上の楽しみはないという表情をみせる女性の顔がなかなかいい。ほかにもルーベンスの‘三美神’を意識した裸婦でも同様なおおらかな笑いがみられる。

‘猿の王(王の夫妻)’は動物園でオラウータンと対面しているよう。これほど上手に描かれた猿の絵はほかにみたことがない。子どもたちを喜ばせるため王冠を被らせているのだろう。園内をパレードすると大うけするにちがいない。

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2021.07.19

Anytime アート・パラダイス! モンドリアン(2)

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     ‘赤い木’(1908年 ハーグ市美)

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    ‘花咲くリンゴの木’(1912年 ハーグ市美)

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    ‘楕円形のコンポジション’(1914年 ハーグ市美)

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   ‘色のコンポジション’(1917年 クレラー=ミュラー美)

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   ‘暗色のチェッカーボード’(1919年 ハーグ市美)

抽象絵画が写実的な絵画からどうようにして移行していくのかは画業の流れ
をみているとアバウトにはつかめる。モンドリアンは最初は風景画や木を
描いていた。木は好きなテーマで1908年に‘赤い木’を描いている。タイ
トルからしてギョッとするが、背景の青に赤い木が荒ぶるように曲がった
多くの枝を全方向にのばしている。まるでフォーヴィスムの絵をみている
よう。

この絵で表現された木は4年後‘花咲くリンゴの木’に変容する。題名がなけれ
ばこれが木とはすぐイメージできない。木の幹や多くの枝はリアルな形がな
くなり、アーモンドを連想させるような線だけで構成されている。この時点
では垂直線と水平線のみを使った格子状の構図へむかって進むのか予想がつ
かない。

‘楕円形のコンポジション’はモンドリアンが住んでいたパリの街並みが描かれ
ている。影響を受けたキュビスム流の楕円形の画面になかに都市の建物を角
々したフォルムでびっしり描きこんでいる。黒の線の一部が斜めにのびてい
たり、コラージュ的に文字もでてくる。この絵が都市の光景を格子状に描く
スタイルの源。

‘色のコンポジション’や‘暗色のチェッカーボード’あかりから、黒の垂直線と
水平線とそれによって生まれた四角形に赤、青,黄で彩色するというシンプ
ルな構成が際立つ新スタイルの抽象画が姿を現わしはじめる。クレラー=
ミュラー美にはゴッホだけでなく同じオランダ人のモンドリアンの作品を展
示する専用の部屋が用意されており、対になっている‘色のポジション’も飾っ
てあった。‘暗色のチェッカーボード’は黒の線が消え、この色模様が‘ブロード
ウェイ・ブギウギ’の青や赤の色面が入った黄色の帯につながっていく。

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2021.07.18

Anytime アート・パラダイス! モンドリアン(1)

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    ‘ブロードウェイ・ブギウギ’(1942~43年 MoMA)

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 ‘ニューヨーク・シティⅠ’(1942年 ポンピドーセンター)

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   ‘トラファルガー広場’(1939~43年 MoMA)

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 ‘赤、青、黄のあるコンポジション’(1930年 チューリヒ美)

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     ‘コンポジション’(1921年 MoMA)

西洋絵画への関心が高まってくると作品の分野毎に必見の美術館が心の中に
どんと居座ってくる。現代アートではパリのポンピドーセンターとニューヨ
ークにある近代美術館(MoMA)。ポンピドーは観光旅行でパリへ出かけた
ときはどうしてもルーヴルやオルセーのほうが優先順位が高くなるので、
はじめてのパリではパスになる可能性がある。これに対し、NYではメトロポ
リタンとMoMAの訪問が定番の美術館観光としてセットになっていることもあ
るためMoMAの名画が存分に楽しめる。

はじめてMoMAを訪れたとき、モンドリアン(1872~1944)の傑作
‘ブロードウェイ・ブギウギ’に200%KOされた。モンドリアンはNYが大好
きでジャズ、とくにブギウギに体をはずませていた。ブギウギを聴きながら
この絵をみたら楽しさは倍増すること請け合い。自由で活気にあふれるNYの
街の様子が格子状に配置された黄色の帯で見事に表現されている。帯には赤
と青、灰色の四角がアクセントとなってリズミカルに並んでいる。この絵は
白の背景に原色の帯が配置されており昼間の光景をイメージさせるが、
じつはこの模様はマンハッタンの夜景の光景をそっくりなのである。超高層
ビル群の窓の光がまさにこんな感じ。

モンドリアンは直線と3原色によって構成された抽象絵画を描き、その進化
の果てにたどり着いたのが‘ブロードウェイ・ブギウギ’。‘ニューヨーク・シテ
ィⅠ’は3連作の最初のもので、赤、黄、青の線はアメリカ製のテープが使わ
れている。NYに満ち満ちている上昇志向のエネルギーを開放的な色彩の直線
を縦横にのばし表現している。この絵では黒の線が消え、‘ブロードウェイ・
ブギウギ’に近づいている。

‘トラファルガー広場’は大きな色面と黒の線の数が少ない‘赤、青、黄色のある
ポジション’や‘コンポジション’が発展して生まれたもの。これは最近自然の
光景や街並みを撮影するために飛ばされるドローンの映像を連想するといい。
空高くにいるドローンがロンドンのトラファルガー広場をとらえるとこの絵
のようにみえる。

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2021.07.17

若冲の‘動植綵絵’が国宝に!

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    伊藤若冲の‘動植綵絵’(江戸時代・18世紀)

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    狩野永徳の‘唐獅子図屏風’(桃山時代・16世紀)

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    ‘蒙古襲来絵詞’(鎌倉時代・1293年)

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    ‘春日権現験記絵巻’(鎌倉時代・1309年頃)

今日の新聞報道に宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する絵画(4点)と書(1点)
が国宝に指定されることが載っていた。そのなかに伊藤若冲の代表作‘動植
綵絵’が入っている。これまでこの絵は国宝と書かれてなくても国宝として
みていたので、これをビッグニュースとして喜ぶということはない。宮内
庁の人たちにこういう決断をさせた理由がどこにあるのか、クリアには伝
わってこないのが正直なところ。

皇室につたわった美術品は絵画でも工芸でもとびっきりの傑作が揃ってい
ることは美術に通じてない素人でもわかる。でも、作品が展覧会に出品さ
れたとき、説明書きに‘国宝’がないより国宝‘動植綵絵’となっているほうが、
体をしゃんとして鑑賞するかもしれない。これまでだと与謝蕪村の国宝
‘夜色楼台図’と若冲の‘動植綵絵’は一緒に並んでいると、蕪村の絵のほうが
価値が高いのかなと‘国宝’の二文字に引っ張られる美術ファンがいただろう。
これからはそういうことがなくなる。

国宝となるほかの絵は狩野永徳のあの‘唐獅子図屏風’、これも美術の教科書
に載っている‘蒙古襲来絵詞’、そして10年くらい前?修復が完了した‘春日
権現験記絵巻’。書は平安時代の小野道風の‘屏風土代’。三の丸尚蔵館ではい
ずれこれらの国宝が飾られると思うが、新型コロナの感染が怖いので当分
は東京での美術館巡りはパスのつもり。

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2021.07.16

Anytime アート・パラダイス! マレーヴィチ(2)

Img_0004_20210716223201     ‘黒の正方形と赤の正方形’(1915年 MoMA)

Img_0005_20210716223201    ‘フットボールの試合’(1915年 アムステルダム市美)

Img_20210716223301   ‘シュプレマティスム絵画’(1916年 アムステルダム市美)

Img_0001_20210716223301      ‘動的シュプレマティスム’(1915~16年 テートモダン)

Img_0002_20210716223401      ‘シュプレマティスム絵画’(1916~17年 MoMA)

マレ―ヴィチが1915年に発表したシュプレマティスム(絶対主義)と名づ
けられた抽象絵画は日常の事物の世界とのつながりを遮断された純粋な芸術感
覚が幾何学的形態によって表現されている。画面に登場する形は正方形、長方
形、そして長方形をぎゅっと細くした線や帯がほとんど。この3つが主役で作品によっては三角形と円が脇役をつとめる。カンディンスキーの抽象絵画との違いは円が少ないため柔らかさがうすく理知的でカチッとした感じになる。

作品は単純な幾何学的な形から動きをだしたり、洗練された複雑な抽象絵画へ
と進化していく。‘シュㇷ゚レマティスト・コンポジション:黒の正方形と赤の
正方形’は下の赤の正方形がちょっと傾き下方への動きを感じられる。‘フット
ボールの試合’は緑の小さな円を起点にして四角形は上へ弧を描きながらムーブ
メントおこしながら形を変えていく。その時間の経過を赤と青の水平の帯でみせ
ている。真ん中の黄色の四角形は静止状態でこれがあるため横の黒の四角形の
動きをたどっていける。

アムステルダム市美が所蔵する‘シュプレマティスム絵画’は数多くある長方形
が一斉に斜め右の方向へ動きだしたイメージ。ここでもサイズの異なる4つの
帯(黒と黄色)が水平に固定され、上昇していく正方形や長方形をみつめて
いる。色彩としてはひとつしか使われていない緑と傾いた正方形の青が強く印象
に残る。

テートでとてもいい気持になった‘動的シュプレマティスム’とMoMAにある
‘シュプレマティスㇺ絵画’に魅了され続けている。テートのものは大小の傾いた
三角形が魅力の鍵を握っている。三つの角にいろんな形を集めるというアイデ
アがすばらしい。この発想は並の画家の頭からはでてこない。グレイの円と
楕円の一部によって画面に柔らかみがでてきたMOMAの作品もいい感じ。斜め
方向の帯の不安定さを下から垂直にのびる黒の帯でバランスさせる構成が見事!

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2021.07.15

Anytime アート・パラダイス! マレーヴィチ(1)

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     ‘麦刈り’(1912年 アムステルダム市美)

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     ‘きこり’(1912年 アムステルダム美)

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     ‘モスクワの英国人’(1914年 アムステルダム市美)

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   ‘風景の中の二人’(1931~32年 メルツバッハー・コレクション)

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    ‘走る男’(1933~34年 ポンピドーセンター)

幾何学的な抽象画でカンディンスキー(1866~1944)同様、大変心
を動かされているのがポーランド系のウクライナ人、カジミール・マレー
ヴィチ(1878~1935)。日本でマレーヴィチの回顧展が開催される
のを長年待っているが、なかなか実現しない。40年以上前の美術展の情報
はないが、シュプレマティスㇺ(絶対主義)で一世を風靡したこのビッグネ
ームの作品が日本にどっと集結したことがあったのだろうか。神田の美術関
連の書籍を揃えている古本屋でも回顧展の図録をみたことがない。諦めてい
るわけではないが、マレーヴィチとは美術本をめくるつきあいが今度も続き
そう。

マレーヴィチの初期の作品を見ると、後に描かれるシャープなフォルムで
構成された理知的な抽象画との違いの大きさに驚かされる。1912年に描
かれた‘麦刈り’は手足が大きくふっくら丸みをおびた体の農民たちが一家総出
で麦の収穫作業の真っ最中。円筒形をつかって農民たちのプリミティブな
エネルギーを表現するというのがおもしろい。‘きこり’も同じイメージ。こう
いう絵は一度見たら忘れられない。

この絵の2年後に描かれた‘モスクワの英国人’は一転して丸みが消え、キュビ
スムのコラージュやクレーの矢印や文字絵がくっついてでてくる作品。シル
クハットをかぶった人物は上半身の半分だけみせている。そして、その前に
は白い魚、蝋燭、サーベルが重ねられ後ろにはのこぎりとはさみが置かれて
いる。これがシュルレアリスムもコラージュもテンコ盛りにしたマレーヴィ
チのアヴァンギャルド。

マレーヴィチは画業の最後の段階で再度具象的な絵画に取り組む。‘風景の中
の二人’は小さい子供が描きそうな交通標識のサインみたいな人物画。でも、
色彩の感性は簡単には真似できない。画面の半分、下から上に平行に並ぶ色
鮮やかな帯状の色面が目に心地いい。その色面と男が手を大きく振って走
る男が印象的な‘走る男’はポンピドーで思わず足がとまった。

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2021.07.14

大谷 大リーグオールスターに二刀流で出場!

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ア・リーグの先発投手をつとめた大谷

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アレナドに2度の160㎞をこえる剛速球

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先頭バッターでいい当たりのセカンドゴロ

2年ぶりの大リーグオールスターは投手と打者の二刀流で出場したエンゼル
スの大谷の人気で大いに盛り上がった。今年の大谷の活躍はエンゼルスの
ファンを喜ばしているだけでなく全米の大リーグファンが熱い視線をおくっ
ていることを、現地メディアがホームランの数(前半戦33本で大リーグ
1位)が増えていくのにあわせて盛んに報じているらしい。だから、この
オールスター戦は世界的に注目される特別な試合になったにちがいない。

ホームランを期待したバッターのほう残念ながら2打席とも内野ゴロに終わ
ったが、最初の打席は惜しかった。名投手シャーザーの球をとらえた打球は
ヒット性のあたりだったが、二塁手にうまくさばかれた。ピッチャー、大谷
はスゴかった。オールスターの先発で投げるのはあの野茂以来。圧巻は3番
アレナド(三塁手 カージナルス)へのピッチング。なんと160㎞をこえ
る剛速球が2度続いた。このときカメラはナ・リーグのベンチを映していた
が、選手たちが‘おいおい、ショーヘイが100マイル出したぞ!’という感
じで驚きの表情をみせていた。最後はフォークでアレナドをショートゴロに
うちとり、三人で攻撃を終わらせた。やっぱり、大谷はものがちがう!

後半戦、大谷はどのくらいホームランを打つだろうか。50本以上はいくだ
ろうと大方の専門家は予想している。そうなるとホームラン王が実現する。
大リーグでホームランの数がトップになる選手が日本からでてくるなんて、
去年までは想像もしてなかった。大谷のもっている潜在能力ならホームラン
王になれるかもしれないが、はたしてどうだろうか。ところが、今年は見事
にそのパワーが全開した。痛めていた膝が治り足腰がどっしりしたことが大
きく関係しているのだろう。皆の期待に応えてくれそうな気がする。
 頑張れ、大谷!

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2021.07.13

Anytime アート・パラダイス! カンディンスキー(4)

Img_0002_20210713222301      ‘さまざまな円’(1926年 グッゲンハイム美)

Img_0001_20210713222401      ‘空の青’(1940年 ポンピドーセンター)

Img_0003_20210713222401      ‘さまざまな動き’(1941年 グッゲンハイム美)

Img_0004_20210713222401    ‘コンポジションⅨ’(1936年 ポンピドーセンター)

Img_20210713222401      ‘コンポジションⅩ’(1939年 ノルトライン=ヴェストファーレン美)

1991年に開催されたグッゲンハイム美名品展で‘さまざまな円’にお目にかか
ったときは色つきシャボン玉の乱舞をすぐ連想した。それから時が流れ、今こ
れをみると現代宇宙論で唱えられている‘マルチバース(多宇宙)’を表すのに
ピッタリの絵だなと思う。宇宙はわれわれの宇宙だけでなく多くの宇宙が存在し
生まれたり消滅している。頭がくらくらし気が遠くなるような話だが、カンデ
ィンスキー(1866~1944)のお蔭で宇宙はひとつではないという仮説
にもよちよちついていけるようになった。

シュルレアリストのミロ(1893~1983)のユーモラスな作品と親和性が
いいのが‘空の青’。カンディンスキーはこのとき74歳、描かれた奇妙な生き物
とすぐ結びつくのは海のプランクトンなどの微生物。子どもが喜びそうな小さ
な生き物を自由に想像し青い空に遊ばせるという発想がとびぬけてスゴイ。ひと
つひとつの物体に個性があり、部分的に亀の甲羅や鳥の嘴をイメージさせるハイ
ブリッド微生物の誕生に大人だっておおいに興奮する。

‘空の青’の翌年に制作された‘さまざまな動き’はさらにミロの祝祭的な楽しさに満ち々ている。ここでは微生物らしきものは細部の模様が無くなり様々な色面が組み合わさった柔らかい曲面に変容し自由に動き回る生き物に進化している。踊る舞台の演出も凝っており、梯子や組みひもや幾何学模様のパネルなどがみえる。

‘コンポジション(構造)’というタイトルでグルーピングされた作品はカンディンスキーがパリに逃れた1933年の3年後に‘Ⅸ’が描かれ、1939年の‘Ⅹ’で完結した。この2点はユーモラスさや自由な喜びといった雰囲気は消え、神秘性や宇宙的な広がりが深まった感じがする。個々のフォルムをみるとプランクトンのかけらは残っているが、背景の表現が装飾的になっている。‘Ⅸ’は斜めにのびる4つの色面が意匠性をおびの上に置かれた円や四角のモザイクやひらひらなびく七夕などを引き立てている。‘Ⅹ’はインパクトのある黒の背景が宇宙の彼方を連想させ、様々な形態した宇宙船が互いに響き合いながら進んでいるよう。

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2021.07.12

Anytime アート・パラダイス! カンディンスキー(3)

Img_0001_20210712222201      ‘黄ー赤ー青’(1925年 ポンピドーセンター)

Img_20210712222201      ‘コンポジションⅧ’(1923年 グッゲンハイム美)

Img_0004_20210712222201      

‘正方形’(1927年 マーグ画廊)

Img_0005_20210712222201      ‘主調曲線’(1936年 グッゲンハイム美)

Img_0002_20210712222201      ‘相互和音’(1942年 ポンピドーセンター)

絵画とのつきあいが長くなると作品をみた瞬間感動がマックスになるほど
エポック的な鑑賞を体験することがある。パリのポンピドーにあるカンディ
ンスキーの‘黄-赤ー青’は脳をとても気持ちよくさせてくれる抽象絵画の傑作。
抽象絵画を美しいと感じた最初の作品かもしれない。これをみたら抽象絵画
は難解で緊張を強いられるものという固定観念がふっとぶ。

レンバッハハウスやトレチャコフにある作品のように変化する円や複雑に絡
み合う線によって画面全体が揺れ動くカオス的なイメージと違って、ドイツ
のワイマールに新しくできた美術学校バウハウスへ移った1922年以降に
制作された作品は抽象画のつくり方がガラッと変わる。余計なものをそぎ
落とし明快な色彩と記号的な円や三角形や四角形などの幾何学模様によっ
て生み出されたトータルのフォルムは目に心地いい。直線や曲線とフォルム
の組み合わせが何を意味しているか分からなくてもわからなくても、目の前
に存在する美しくて心をふわふわさせる抽象芸術は存分に楽しめる。
グッゲンハイムにある‘コンポジションⅧ’もお気に入りの作品。この2点は
双子のように映る。

パリにマーグ画廊が所蔵する‘正方形’はカンディンスキーがバウハウスへ移る
のに尽力してくれたクレーのモザイク作品‘花ひらく木をめぐる抽象’
(1925年)の影響がみられる。チェスボードのモチーフが3つ、四角の
ゆがみや傾きを変えて空間のなかで互いに距離をつくっている。これは一種の
錯視図でじっとみていると白黒のボードが縮小した拡大しているようにみえ
てくる。

ロシア人のカンディンスキーはナチスの台頭により第2の祖国ドイツを追い立
てられたので、年のだいぶ離れた妻ニーナとともに1933年パリへ逃れる。
新天地ですっきり抽象画はさらに進化していく。ぐっときているのは‘主調曲線’
とカンディンスキーが亡くなる2年前に描かれた‘相互和音’。描き方の特徴は細
い帯のようなものが多くでてきて、これに大小の円やトポロジー的に歪んだ
曲面が登場しコラボしている。得体の知れない不思議な生き物が自由にのびの
びと動いている感じ。

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2021.07.11

Anytime アート・パラダイス! カンディンスキー(2)

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     ‘山’(1909年 レンバッハハウス美)

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    ‘黒い弧のある絵’(1912年 ポンピドーセンター)

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  ‘印象Ⅲ(コンサート)’(1911年 レンバッハハウス美)

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    ‘即興 大洪水’(1913年 レンバッハハウス美)

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    ‘コンポジションⅦ’(1913年 国立トレチャコフ美)

具象画でもシュールな絵でも抽象画でも作品ができあがると題名をつける。
抽象画の場合、観る側はこのタイトルとのつきあい方に苦労する。絵の
イメージがタイトルとなんとかあっているときは心のバランスは保たれる。
ところが、どう頭をふってもひねっても描かれたものと名前が結びつかな
と落ち着きがなくなる。抽象画同様、シュルレアリストの作品につけ
られた題名も?がつくことが多い。贔屓にしているマグリットはその意表
を突く表現に魅了され続けているが、絵のタイトルはまったく理解できな
い。だから、美術好きと話をしても絵の具体的なイメ―ジを共有するのに
時間がかかる。

カンディンスキーの抽象絵画は産声をあげた頃のものには‘山’のようにモチ
ーフをイメージさせる名前がついている。ほかには‘ムルナウー庭Ⅰ’なども
ある。こうした作品は部分的に写実性は強くはないがその形をみれば描か
れているものが想像できるので安心感はある。そして、抽象度があがって
くるとタイトルも変わってくる。カンディンスキーはとてもシンプルに
画面のなかで目立つ色彩や線描の調子を題名に使っている。例えば、‘黒い
弧のある絵’はたしかにその通り。わかりやすい。別の作品には‘青の中に’
とか‘黄-赤ー青’、‘空の青’、‘いくつかの円’、‘支配的な曲線’といったもの
もある。

‘黒い弧のある絵’で右下に描かれているのは白馬、左下は‘抱き合う男女’、
そして上はラッパを吹く天使。白馬と恋人同士はなんとなくイメージでき
るが、天使の顔がとらえられない。この作品くらいまでは具象の形をかす
かにつかめる。さらに抽象性が進行するにつれカンディンスキーが用意し
た題名が‘インプレッション(印象)’、‘インプロヴィゼーション(即興)’、
‘コンポジション(構図)’。

‘印象(コンサート)’は音楽好きのカンディンスキーがシェーンベルクの
曲を聴いたときの印象が描かれている。黒のところがピアノ、ピアノに傾
いているのは聴衆、そして感動の様子を黄色で表している。これは画家の
外側の印象を感じて描いたものだが、‘即興 大洪水’は内面から意識せず
に突然わきあがったものが表現されている。大きな波のお化けみたいな
ものが連続して来襲してきた感じがする。

‘コンポジションⅦ’はモスクワの国立トレチャコフ美が所蔵している。
構図は制作に意識が関わっているもので多くの習作がつくられたあとに
仕上げられる。レンバッハハウスにもその習作がある。これは黙示録的な
テーマが表現されており、丸みをおびた形が赤や青や黄色などで彩られ
密集して複雑に重ねられ絡み合っている。多数みられる黒い線が黙示録
の深い世界をイメージさせる。

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2021.07.10

Anytime アート・パラダイス! カンディンスキー(1)

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     ‘多彩な生活’(1907年 レンバッハハウス美)

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      ‘花嫁’(1903年 レンバッハハウス美)

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     ‘馬上の2人’(1906年 レンバッハハウス美)

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  ‘ムルナウ 鉄道と城のある風景’(1909年 レンバッハハウス美)

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     ‘冬景色’(1913年 エルミタージュ美)

抽象絵画に豊かな才能を発揮した画家は数多くいるが、最も魅了されている
のはカンディンスキー(1866~1944)。この画家に夢中になるき
っかけとなったのが1991年にセゾンであったグッゲンハイム美名品展。
抽象絵画はこんなに美しいのか!と感じ入る作品がドドっと展示されていた。
これをカンディンスキーの1波とすると次の2波はパリのポンピドー。ここ
にも明るくてしゃきっとした宇宙的な広がりを感じさせる傑作がいくつも並
んでいた。そして、3波はカンディンスキーが画家になることを決意して
モスクワからやって来た芸術の都ミュンヘンにあるレンバッハハウス美が
所蔵するコレクション。ここのカンディンスキーは2010年三菱一号館美
でマルクなどほかの画家のものと一緒に披露された。

カンディンスキーの初期の作品はレンバッハハウスやモスクワのトレチャコ
フ美にあるものをかなりみたが、子どもの絵本に載っているような作品にと
ても惹かれている。‘多彩な生活’は大勢の人たちが描かれた風俗画。若者や
老人の着ている衣服は模様が大きな点々や太い線で描かれている。そして、
広場にはカラフルな点で表現された草花がいっぱいに広がっている。人々の
表情は様々で右下の赤い服の女性はニコッと笑っている。その横の太った女
は食べるのに大忙し。

‘花嫁’は三角形の構図をつかって横向きで描かれた姿が印象深い。色数は少
なく画面の多くが花嫁の純真さを象徴する白で占められている。一見すると
ぺたっとした人物による画面描写だが、花嫁の顔の向こうにお城があり
線遠近法の消失点にもなっているため花嫁からの距離も十分感じられる。
‘馬上の2人’は2003年、森美術館の開館記念展にミュンヘンから出品され
た。モスクワの街を望む白樺林を恋人たちが馬に乗って進んでいる。モザイ
クのような色彩がじつに効果的で乙女チックな世界をつくりだしている。

ムルナウはミュンヘンの南にある高地バイエルンの小さな町、カンディンス
キーは恋人ミュンターとここに滞在し楽しいひと時をすごした。
‘ムルナウ 鉄道と城のある風景’は住んでいた家からの眺めを描いたもの。
電信柱や動感描写がとてもいい列車が目に焼きつく。列車にばかり気をとら
れると左下でハンカチを振る少女を見逃す。エルミタージュで遭遇した‘冬景
色’も忘れられない。黄色や青をベースにした明るい色彩の輝きはフォーヴィ
スムの風景画をみているよう。

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2021.07.09

Anytime アート・パラダイス! マルク(2)

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     ‘虎’(1912年 レンバッハハウス美)

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   ‘森の中の鹿Ⅰ’(1913年 フィリップ・コレクション)

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  ‘鳥’(1914年 レンバッハハウス美)

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     ‘魔法にかかった水車’(1913年 シカゴ美)

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     ‘闘うフォルム’(1914年 ミュンヘン国立近美)

ミュンヘンにはたくさん美術館があるのにここを訪問したころは美術への
関心は普通の観光客のレベルだったため、入館したのは古典絵画を中心に展
示しているアルテ・ピナコテークの一館のみ。すぐ近くに19世紀から現代
までの絵画や彫刻が楽しめるノイエ・ピナコテークがあるのにすっとばして
ほかの街へ移動した。今なら、見逃したのが悔やまれる美術館や博物館がい
くつもある。レンバッハハウス美もそのひとつ。

2010年、三菱一号館美でレンバッハハウス美の名品展があり、カンディ
ンスキーのいい作品がどっとやってきた。それらと同様に大きな収穫だった
のがマルクの‘虎’。それまでマルクというとすぐ黄色の牛が目に浮かんでい
たので、この彫刻的に描かれた虎の姿に200%驚かされた。振り返る虎の
まわりをみるとキュビスム風に表現された緑や赤や紫の岩がぐるっと囲んで
いるのでこの虎の頭を隠してしまうと色彩の力で構成された抽象絵画そのも
のである。こういう具象と抽象がうまくとけあった動物画も悪くないなとつ
い思ってしまう。

ワシントンのフリップスコレクションにある‘森の中の鹿Ⅰ’も刺激に満ちた
作品。花鳥画に馴染んでいる日本人にはおとなしい鹿は心が和む生き物。
花札には‘猪鹿蝶’というのがあるし、俵屋宗達も鹿を可憐に描いている。
そんな鹿がマルクの絵に何頭の登場する。西洋人にとって森にいる鹿はどん
な風に映るのだろうか。‘鳥’は先の尖ったガラスが林立するようなところか
ら鳥が羽ばたいて出てくる表現が日本が世界に誇る劇画映画のワンシーンを
連想させる。そして、イタリアの未来派が描いたスピード感ともオーバーラ
ップする。

‘魔法にかかった水車’は赤の水車に流れ落ちる水の描写が目を惹きつける。
上の大きな管から大容量の水が排出され滝のような光景を作り出しているが、
そこをよくみると鳥たちが跳びはねており、滝つぼには猪などが水を飲みほ
している。マルクは第一次世界大戦に従軍し1916年に戦死した。その
2年前に描かれたのが‘闘うフォルム’。タイトルを知らなくても、マルクが
描いた動物画を目に焼きつけているとこの赤と黒の塊がどうも生き物らしい
と推察できる。ぱっとみたとき蛸の闘いかなと思った。

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2021.07.08

Anytime アート・パラダイス! マルク(1)

Img_20210708222201      ‘黄色い牝牛’(1911年 グッゲンハイム美)

Img_0002_20210708222201      ‘牡牛’(1911年 グッゲンハイム美)

Img_0001_20210708222201  ‘牛の戦い’(1911年 メトロポリタン美)

Img_0004_20210708222201        ‘青い馬Ⅰ’(1911年 レンバッハハウス美)

Img_0003_20210708222201    ‘大きな青い馬’(1911年 ウオーカー・アート・センター)

ミュンヘンでカンディンスキー(1866~1944)と一緒に革新的な
芸術運動‘青騎士’を立ち上げたフランツ・マルク(1880~1916)は
作品をみる機会はとても少ないが、描かれた動物の絵との出会いはエポッ
ク的な鑑賞体験として長く記憶されている。画家の名前を知ったのは
1991年、池袋のセゾン美(今は無い)で開かれたグッゲンハイム美名
品展に出品された‘黄色い牝牛’。

中央に横向きで描かれた牛。後ろ脚を跳ね上げる躍動感に満ち満ちた姿に
思うわず、ウヮ!と声がでた。黄色で彩られた牛なんてみたことがない。
さらに腹には大きな青の斑点。フォーヴィスムの旗手、マティスは女性の
顔に緑の線を平気で入れるが、マルクは黄色を女性を表す象徴的な意味合
いから牝牛に使っている。

グッゲンハイムにあるもうひとつの‘牡牛’は今も強く印象に残っている。
牛のイメージはどっしりしたボリューム感、休息する牡牛はまわりの緑の
葉や青で彩色された大きな石によって白のマッスの輝きがいっそう引き立
っている。グッゲンハイムからそう遠くないところにあるメトロポリタン
で2015年大きな収穫があった。過去の訪問でまったく姿をみせてく
れなかった‘牛の戦い’。ここでは赤い牛と青の牛が激しく角を突き合わせ
いる。息を呑んでみていた。

マルクは家畜は牛のほかにも馬、豚などを描いている。馬も度々モチーフ
に選ばれている。牛なら黄色が目に焼きついているが、馬は強い色調の青
で描かれている。馬の生命力が大いに発揮された絵としてはジェリコーの
‘競馬’がすぐ頭に浮かぶが、マルクの‘青い馬Ⅰ’は動きは抑制気味にして
馬の持っているカッコよさとか気高さが精神性を表す青で見事に描かれて
いる。なんだか動物界の王のような風格がある。

アメリカのミネアポリスにある‘大きな青い馬’は鑑賞意欲が高まる作品。
画面の多くを占める青は荒ぶることなくゆっくり進む馬の集団を描写する
にはもっとも相応しい色。そして上部の赤との強いコントラストが目に沁
みる。本物の前では気分がかなりハイになりそう。マルクの回顧展が日本
で開催されることはまずないと思われるが、もしあったらこれを是非入れ
て欲しい。

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2021.07.07

Anytime アート・パラダイス! クレー(4)

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    ‘花ひらく木をめぐる抽象’(1925年 東近美)

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  ‘赤のフーガ’(1921年 パウルクレーセンター)

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  ‘襲われた場所’(1922年 パウルクレーセンター)

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  ‘ドゥルカマラ’(1938年 パウルクレーセンター)

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  ‘無題(静物)’(1940年 パウルクレーセンター)

思わず足がとまる抽象絵画はその画面構成が目を惹く色彩の組み合わせによ
って生み出されているもの。東近美にある‘花ひらく木をめぐる抽象’は反復
する四角の色面がリズミカルに揺れている感覚がなかなかいい。タイトル
と絵のイメージがすぐ結びつかないところが抽象画家、クレーの真骨頂。
黒と白を効果的に配置し赤や緑や青を浮き上がらせる色彩のセンスはクレ
ーが天性のカラリストであることの証。

音楽を絵画で表現する画家の代表がクレーとカンディンスキー。‘赤のフー
ガ’はヴァイオリンをプロの奏者と変わらぬほど上手に演奏したクレーの思
い入れの強い作品でバッハが発展させたフーガをとりあげている。複数の
旋律の様々な音が響きあい現れては消えていく感じがグラデーションをき
かせたフォルムの進行によって見事に表現されている。

クレーの絵のなかには矢印がよくでてくる。その代表的な一枚が‘襲われた
場所’。地層の重なりを連想させる背景のうえに古代文明の遺跡から出土し
たような文書がおかれている。そこに視線が向かうように黒の矢印を描く
のは見慣れた絵画では決してなされない描き方。まるで会場の案内を示す
サインのよう。絵画作品を物的に扱っており現代アートを先取りしている。

‘ドゥルカマラ島’は東洋の墨を思わせる黒い線が強く印象づけられる。これ
により表わされたモチーフが絵文字のようになっている。真ん中には顔が
みえその上を蛇が動いている感じ。この顔は死を暗示している。亡くなる
年に描かれた‘無題(静物)’に大変魅了されている。ピカソの絵がどこか
かぶってくる。そして、連作‘天使’の一枚も登場している。

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2021.07.06

Anytime アート・パラダイス! クレー(3)

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     ‘セネキオ(野菊)’(1922年 バーゼル美)

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     ‘役者のマスク’(1924年 MoMA)

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   ‘真珠をつけた旦那さん’(1925年 ノルトライン=ヴェストファーレン美)

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 ‘頭も手も足もハートもある’(1930年 ノルトライン=ヴェストファーレン美)

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       ‘忘れっぽい天使’(1939年 ベルン美)

生き物でも人物でもクレーの描くものは子どもの絵のイメージがつきまとう。
‘セネキオ(野菊)’は低学年の小学生なら半分くらいは描けそう。大きな円と
赤い目、首は難なく線描できる。でも、この後が続かない。素朴な表情を
単純な構図にまとめるのは簡単なようで大変難しい。そして、丸い顔をピン
クや白や黄色の色面でモザイク状に構成していく芸当は並みの画家には無理。
幼児のような精神を生涯持ち続けたクレーならではの作品である。

NYのMoMAにある‘役者のマスク’も一度みたら忘れられない人物戯画。この
絵は仮面と骸骨の画家、アンソール(1860~1949)の影響を受けて
いるが、目と口を密集させた赤い線によって表現するアイデアは200%
クレー流。この横線のフォルムはフンデルトヴァッサーの作品を思い起こさ
せる。

ついゲラゲラ笑ってしまうのが‘真珠をつけた旦那さん’。喜劇映画に太鼓腹
にインクで顔を描いてへその口を中心に動かす宴会芸をみせるがシーンがで
てくるが、この絵は瞬間的にそれを連想する。ヨーロッパでも乳首を目、
へそを口にして笑わせる遊びがあるのだろうか。ギョッとさせる‘頭も手も足
のハートもある’はシュールな発想から生まれた作品。体についているものを
上からひとつひとつ切り離しそれを無造作に置いたようなものだが、全部を
あらためてみると意外にすっとみられる。これはスゴイ!

難病に苦しむクレーは死を目前にして鉛筆で‘天使’の連作を描いた。さらさら
と引かれた描線がつくる天使はじつに人間らしい表情をみせており心に響く。
‘忘れっぽい天使’はその一枚。ほかには喜怒哀楽がそのままでている‘泣いてい
る天使’や‘疑心天使’や‘おませな天使’がおもしろい。

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2021.07.05

Anytime アート・パラダイス! クレー(2)

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     ‘魚のまわりで’(1926年 MoMA)

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     ‘魚の魔術’(1925年 フィラデルフィア美)

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     ‘黄色い鳥のいる風景’(1923年)

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     ‘猫と鳥’(1928年 MoMA)

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  ‘リズミカルな森の駱駝’(1920年 ノルトライン=ヴェストファーレン美)

クレーの絵でもっともぐっとくるのが魚や鳥などを描いた動物画。モチーフ
の平板な描き方はぱっとみると子どものお絵かきと同じだが、クレーの天性
の色彩感覚により大人でも存分に楽しめるファンタジックな生き物の世界
の変容されている。これはほかの誰も真似ができない。NYのMoMAに2点
すばらしいのがあり、両方とも日本で公開された。‘魚のまわりで’は抽象と
具象がうまくミックスされた傑作。深海を連想させる黒の地の真んなかに魚
は2,3匹いる。これは古代魚のイメージ。そして、そのまわりをぐるぐる
回っているのは丸い円や連車や筒。糸巻きのようなものもある。これらを彩
る黄色や緑や薄いブルー、そして魚が入っている皿の青が生み出す色彩の響
き合いが心を強く刺激する。

‘猫と鳥’はユーモラス極まりない絵。両目の中心のところに一羽の鳥がいる。
ハートの形をした鼻の先端からは猫らしく長い髭がでている。獲物の鳥を今
捕まえようとする瞬間かもしれない。描かれた鳥は猫の頭のなかに映った
標的なのだろう。クレーは猫を可愛がっていたらしい。日本の画家で猫好き
というとの浮世絵師の歌川国芳、藤田嗣治、加山又造。こんなに猫が大きい
と国芳の猫の戯画との時空を超えたコラボとして楽しむのも一興である。

フィラデルフィア美が所蔵している‘魚の魔術’も嬉しいことに日本の展覧会に
出張してくれた。描かれているのはどうやら魚たちが住む海底。暗闇にとど
くかすかな光を頼りにこの世界の住人たちをみてみると、センターに魚が6
匹。魚というと小さい頃から胴体はラグビーボールように尻尾は三角にして
簡略な形で描くのは習慣になっている。これなら幼稚園児でも描ける。よく
みると、魚のほかにも人間が2人いる。タンポポのような花や羊歯も。中央
にぶら下がっている時計、これは一体何を意味している?

‘黄色の鳥のいる風景’は残念ながらまだ縁がない。とても鑑賞欲を刺激する
作品だがこれは個人コレクターのもの。回顧展があったとしてもお目にかか
れる可能性はほとんどないので諦めている。黒が背景になっていても垂直
にのびる白や緑や朱色の草花と樹木が黄色の鳥たちと歓びのハーモニーを奏
でているのでじわじわとハイになっていく。‘リズミカルな森の駱駝’は不思
議な絵。木々は音符のように描かれ森全体が楽譜のような感じ。音楽が流れ
るなかを駱駝が進んでいる。

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2021.07.04

Anytime アート・パラダイス! クレー(1)

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     ‘パルナッソスへ’(1932年 ベルン美)

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     ‘日没’(1930年 シカゴ美)

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     ‘ニーゼン山’(1915年 ベルン美)

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     ‘バラの庭’(1920年 レンバッハハウス美)

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     ‘大通りと脇道’(1929年 ルートヴィヒ美)

画家の代表作が海外へ出かけなくて日本でみれるというのは本当に有り難い
ことで、その感動は長く記憶にとどまる。例えば、NYのMoMAが所蔵する
ダリの‘記憶の固執’は上野の森美にやってきたし、今から32年前の1989
年、池袋のセゾン美(現在は無し)でクリムトのあの‘接吻’がお披露目され
た。そして、パウル・クレー(1879~1940)の‘パルナッソスへ’を
1993年、名古屋で仕事をしていたとき愛知県美でみることができた。

スイスのジュネーブに住んでいたときは首都ベルンにクレーの大コレクショ
ンがあることはまったく知らず、ベルンの通りで熊の彫刻はみても美術館に
寄ることは頭のどこにもなかった。それが愛知のクレー展に遭遇したのが
きっかけでこれまで開催された回顧展は皆勤するほどクレーに嵌っている。
‘パルナッソスへ’は地塗りをした上に色とりどりの四角い点がモザイク状に
並べられている。三角形は音楽の神アポロンが住んだという神秘の山、パル
ナッソスを表している。赤い円は太陽。下のアーチは神殿の門。こんな点描
画は大変な時間がかかるだろうな、と思ったのが率直なところ。画面から少し
離れてみると静謐で荘厳な雰囲気につつまれた神殿の光景が眼前に広がり、
心が鎮まる感じがした。

点描画はもう一点いいのをみた。それはシカゴ美で遭遇した‘日没’。これは
一見するとミロの絵が連想される。抽象絵画だが、左上の円に描かれた目が
緊張感をほぐしてくれる。これに密着すると丸い赤は沈む太陽で赤の点々
で丘のように形どられたのが夕焼け空なのかな、と想像がふくらむ。流石、
シカゴ美。いいクレーをもっている。

明るい色調が印象的な‘ニーゼン山’と‘バラの庭’はじっとみているとシーレの
風景画とコラボしてくる。青で表現されたニーゼン山と‘バラの庭’で丸い
バラの花と交互に描かれた三角屋根の家々がどこかシーレの平板的な家屋の
描写と重なってくる。そして、‘大通りと脇道’は細かく分割された区画に埋
め尽くされた色付きの横の帯は激しい地殻変動を表している断層地帯のよう
なイメージ。この細い帯の青や紫やうす茶色などがシーレの妻が着ている
ドレスの縞模様を思い出させる。

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2021.07.03

Anytime アート・パラダイス! シーレ(4)

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       ‘トリエステの港’(1907年)

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        ‘ひまわり’(1909年 ウィーン市歴博)

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     ‘画家アントン・ペシュカの肖像’(1909年)

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   ‘カール・グリュンヴァルトの肖像’(1917年 豊田市美)

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      ‘老人の肖像’(1916年 グッゲンハイム美)

シーレの人物画は暴力的と思えるほどとげとげしい印象があるが、風景画
は色彩の取り合わせが良くリラックスしてみられる。海洋画‘トリエステの港
’は妹とイタリア北東部の港町トリエステに旅行したときに描かれたもの。
シーレはこのとき17歳。視線が集中するのは水面に反射している船のマス
トなどの描写。湿った絵具を鉛筆で掻きとって水面が揺れるところを表現し
ている。こんな技法を考えつくのだからシーレはやはりものが違う。

クリムトはゴッホの‘ひまわり’に刺激されて正方形の画面いっぱいにひまわり
を描いたが、シーレの縦にぐんとのびたひまわりは小さい頃夏休みの宿題に
よく使った押し花のようなイメージ。花に生気がないのは自画像描写と相通
じており、同じゴッホの絵に触発された‘寝室’とは落差がありすぎる。

シーレの肖像画には男性が多く登場する。男の子、パトロンの画廊経営者、
画家、そして知人や親戚。ゴッホ美であったシーレ展でお目にかかった‘画家
のアントン・ペシュカの肖像’は収穫の一枚。クリムトの装飾性を意識したの
か横向きの画家が座っている椅子には意匠化された模様がリズミカルに並べ
られている。平板な描き方だが衣服の薄紫と過剰すぎない装飾が目に心地
いい。

日本の美術館のなかで豊富な資金力をもっている豊田市美はクリムトを1点、
シーレを2点所蔵している。作品の購入のために強力なネットワークを張り
巡らしているにちがいない。27歳のシーレが2兵役についたときの上官を描
いたのが‘カール・グリュンヴァルトの肖像’。強い目力から強靭な精神の持ち
主であることは容易に想像できる。
NYのグッゲンハイムでなかなか会えないのが‘老人の肖像’。対角線上に椅子
に倒れるように描かれているこの老人は妻のエディットの父親。本物との対
面が果たして叶うだろうか。

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2021.07.02

Anytime アート・パラダイス! シーレ(3)

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     ‘4本の樹’(1917年 オーストリア美)

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     ‘窓の並んだファサード’(1914年 オーストリア美)

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    ‘緑樹に囲まれた町’(1917年 ノイエ・ギャラリー)

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  ‘ノイレングバッハの画家の部屋’(1911年 ウイーン・ミュージアム)

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   ‘装飾的背景に置かれた花’(1908年 レオポルト美)

美術に特別興味がなくてもウィーンに出かけたときは美術史美とベルヴェデ
ーレ宮を訪問するのはお決まりの流れ。パリで言うと美術史美はルーブルで
ベルヴェデーレ宮のなかにあるオーストリア美がオルセーみたいなもの。
はじめてのオースリア美で最も感激する作品はやはりクリムトの‘接吻’。ここ
はほかにもクリムトを沢山所蔵している。ところが、2度あった縁で美術本
に載っている作品を全部みたという実感がない。おそらく主要作品は常時だ
しているが、ほかのものはローテーションして入れ替えているのだと思う。

これに対し、シーレについては満足度が高い。人物画の‘家族’と‘死と乙女’だ
けでなく、風景画でとてもいい絵に遭遇した。秋の夕暮れを描いた‘4本の樹’
に魅了され続けている。日本画の小野竹喬に心を揺すぶる夕焼け空の絵があ
るが、西洋絵画ではこのシーレの絵に200%感激する。風景画家、シーレ
に乾杯!もう一点‘窓の並んだファサード’も忘れられない。一見すると平板な
描き方で子どものお絵かきのような絵なのだが、色つきタイルで葺かれた
屋根の明るい色調が心に響く。

シーレの風景画をまとまった形でみることができたのはゴッホ美であった回
顧展。5点出品されておりシーレの風景画の良さだんだんわかってきた。
そして、2013年、NYのノイエ・ギャラリーにもいい絵が飾ってあった。
‘緑樹に囲まれた町’。これは2003年、ロンドンのオークションで24.9
億円で落札された‘クルマウの風景’にみられると縦にのびる家並みとよく似て
いる。ウィーンのレオポルト美にも夕陽の絵‘沈みゆく日’がある。これをみ
るためだけでもこの美術館を訪問する価値がありそう。

ゴッホの‘寝室’を意識して描いた‘ノイレングバッハの画家の部屋’はサプライ
ズの一枚、こんな絵をみてしまうとシーレとのつきあいがやめられなくなる。
さらにモダン感覚の装飾画‘装飾的背景に置かれた様式化された花’も衝撃的。
まるで草月流の生け花をみているよう。

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2021.07.01

Anytime アート・パラダイス! シーレ(2)

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    ‘ほおずきの実のある自画像’(1912年 レオポルト美)

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     ‘自画像’(1912年 ウィーン市歴博)

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  ‘アルトゥール・レスラー’(1910年 ウイーン・ミュージアム)

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     ‘枢機卿と尼僧’(1912年 レオポルト美)

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    ‘隠者たち’(1912年 レオポルト美)

シーレの回顧展でお腹がいっぱいになるほど遭遇するのが自画像。100点
を下らないといわれているが、その大半がこのままいくと自我が壊れていき
そうなものだかり。そのため、長く見てられる作品はすぐピックアップでき
る。落ち着いた表情をみせる‘ほおずきの実のある自画像’はシーレの自信あ
りげな視線が強く印象に残る。

一方、ウイーン市歴博にある‘自画像’は感情の起伏をみせず内面に潜む不安な
気持ちや欲望の存在を深く見つめている自分が描かれている。白地に浮き上が
るくすんだ濃い茶褐色で彩られたぺたっとした顔や髪や厚みのない胸、そし
て手の指を二本ずつくっつけてV字つくるポーズ。この形は一体何を表現した
いのだろうか。小さい頃こんなことをよくしていたが、シーレは自分の癖を
だして見る者に自己アピールをしたかった?

アルトゥール・レスラーはシーレを支援した画廊経営者。妻のイーダのほうは
写実的に描かれているのに、夫は自画像の描き方の横展開といった感じ。顔を
極端に横に曲げながら指を開いた両手を腹に前で平行においている。こんな
意表を突くポーズはほかにみたことがない。ここでも背景の白が茶系統の色で
塗りかためたレスラーを引き立てている。

‘枢機卿と尼僧’は思わず足がとまる傑作。クリムトの‘接吻’の構図を意識してい
るが、クリムトの昇華された愛の表現とはちがってこの二人の場合は禁断の恋。
迫ってくる枢機卿(シーレ)に修道女(恋人のヴァリー)はおびえてどぎまぎ
している。視線が定まらない大きな目がそれを物語っている。おもしろいのは
それを枢機卿が上目づかいでじっとみているところ。

‘隠者たち’は現存する最大の作品。鋭い目をした男性はシーレで手には絵を運ぶ
ための紙ばさみをもっている。背後からよりかかるクリムトはかなり弱っている
様子。クリムトはシーレにとって恩人だった。パトロンや仕事を紹介してくれ
たため画家として一本立ちすることができた。尊敬するクリムトと自分を一緒
に描いたこの絵をシーレは終生手放さなかった。

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