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2021.06.30

Anytime アート・パラダイス! シーレ(1)

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    ‘縞模様の服を着たエディット・シーレ’(1915年 ハーグ市美)

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   ‘家族’(1918年 オーストリア美)

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   ‘ゲルトルーデ・シーレの肖像’(1909年 MoMA)

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   ‘イーダ・レスラーの肖像’(1912年 ウィーン市歴博)

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   ‘死と乙女’(1915年 オーストリア美)

以前はクリムトの回顧展があるとエゴン・シーレ(1890~1918)の
作品があまり間をおかずにやって来るとこがよくあった。その展示パターン
が繰り返されるなら、2年前大クリムト展が開催されたからシーレもつい
期待したくなる。でも、今のところ関連する情報は入ってない。

これまでシーレとの最接近があったのは3,4回。国内の美術館では30年
前の1991年に渋谷のBunkamuraで回顧展に遭遇した。そして、2005
年アムステルダムのゴッホ美へ行ったとき、別館の展示室でなんとシーレの
特別展をやっていた。大きなオマケなので大急ぎでみてまわると収穫の絵が
いくつもあった。そのひとつが‘縞模様の服を着たエディット・シーレ’。
これはハーグの美術館の所蔵なのですぐ貸し出してくれたのであろう。エデ
ィットはシーレの妻となった女性でやさしそうな感じ。目に飛び込んでくる
のは色とりどりの細かい縞模様。この明るい色調のドレスに釘づけになった。

シーレが亡くなった年はクリムトと同じ1918年。シーレはまだ28歳だ
った。シーレと妻のエディットの命を奪ったのはヨーロッパで大流行したス
ペイン風邪。‘家族’はこの年の3月に開催された49回分離派展の出品され
た大作。男性はまともな顔をしたシーレだが、女性はエディットではない。
シーレより3日早い10月28日に天国に召されたエディットが妊娠してい
たため、シーレの死後‘家族’という題名がつけられた。家族の幸せを望んでい
たシーレの気持ちがよく伝わってくるとてもいい絵。魅了され続けている。

これとは対照的に絶望感が漂い死の影がしのびよる‘死と乙女’も忘れられな
い一枚。シーレの自画像である男と細い細い腕の女が抱き合っているが、
シーレのちじこまった姿にくらべると女の目にはまだ生きる強さが残って
いる。この存在感に妙に惹かれる。したたかさは横顔が画面いっぱいに
描かれた‘イーダ・レスラーの肖像’にもうかがえる。目をつぶった妹、ゲル
トルーデを茶色のグラデーションを使って描くアイデアには強い刺激を受け
る。表現主義と装飾性を意識した現代アートをミックスしたような肖像画に
なっている。

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2021.06.29

国宝 聖林寺十一面観音!

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Img_20210629220601    国宝 ‘聖林寺十一面観音菩薩立像’(奈良時代・8世紀)

Img_0001_20210629220601    国宝‘十一面観音菩薩立像 光背残欠’

Img_0002_20210629220701    国宝‘地蔵菩薩立像’(平安時代・9世紀 法隆寺)

東京の新型コロナ感染者数が先週から再度増加し感染のリバウンドが明確に
なったので、23日から東博ではじまった特別展‘国宝聖林寺十一面観音
 三輪山信仰のみほとけ’(9/22まで)を25日急遽みてきた。予約してないため当日券で入館した。入館時間(9時半)の30分前に着いたのが功を奏し一番先に購入できた。わずか30分で20人くらいの人たちが後ろに並んでいた。当日券は一体何枚発売しているのだろうか。

対面を心待ちにしていた国宝の聖林寺十一面観音は本館1階5室に飾られ
ている。今年の2月に放送されたNHKの‘歴史ヒストリア’でこの奈良時代の
最高傑作の仏像の鑑賞ポイントを教えてもらったので、それを意識して前
から後ろから、そして真横から時間をかけてみた。TVでみたときは大きな
観音菩薩像という印象だったが、本物はそのイメージとは異なり横のボリ
ュームがあまりなくバランスがとてもいい長身仏像という感じ。

横からみて確認したのは前に少し傾いた姿勢、確かに垂直に立ってなくそう
なっていた。だが、仏像がこちらに迫ってくる感覚というのはあるような無
いような。聖林寺で一人でみているとそういう気分になるのだろうが、複数
の人がいて空間の密度が高まる分心の状態は散漫になる。次に視線を集中さ
せたのが頭の上につくられた十一の顔。これによりあらゆる方向にいる多く
の人びとを救うことをできる。

光背の残欠が仏像を囲むまわりの展示ブースに飾られている。馴染みのある
光背は光や炎を形ったものが多いが、この十一面観音は葉や蔓などの植物。
これは薬草を光背にして病気に苦しむ人たちを癒そうとする思いが込められ
ている。

法隆寺から国宝の‘地蔵菩薩立像’(法隆寺)が出品されているのは、この仏像
が明治時代の神仏分離の前までは大神神社の境内にあった大御輪寺にまつら
れていたから。これらの仏像が150年ぶりに再会している。念願の聖林寺
十一面観音をみれたので感激もひとしお。聖林寺に感謝!

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2021.06.28

Anytime アート・パラダイス! クリムト(5)

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    ‘アッター湖畔のカンマー城Ⅲ’(1909~10年 オーストリア美)

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    ‘アッター湖畔の風景’(1916年)

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    ‘アッター湖畔の森番の家’(1912年 ノイエ・ギャラリー)

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    ‘ひまわりのある田舎の庭’(1905~06年 オーストリア美)

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    ‘けしの野’(1907年 オーストリア美)

クリムトの現存する作品は200点くらいあるが、そのうち50点ほどが風
景画。よくみる風景画は横長のキャンバスだが、クリムトは風景を正方形に
切り取って描いた。風景画家のクリムトが描きつづけたのはウィーンの西に
位置しザルツブルクのすこし手前にあるアッター湖の風景。この湖は国内最
大の大きさで南北20キロの細長い湖。古くからウィーンっ子の避暑地とし
て親しまれており、クリムトは恋人のエミーリアと1900年以降夏の間
ここで休暇をとり湖畔の風景を描いた。

ウイーンのベルべデーレ宮(オーストリア美)にある‘アッター湖畔のカン
マー城Ⅲ’は2019年東京都美で開かれたクリムト展に出品された。クリム
トは13年くらい湖の北のほうに滞在し、カンマー城を4点描いている。
これはその一枚。湖面に映ったモザイクのような群葉の影がゆらゆらする感
じは印象派のモネの睡蓮を思い出させる。

‘アッター湖畔の風景’は第一次世界大戦が勃発した1914年以降の3年間、
クリムトがいた湖の南の風景。正方形の画面にモザイク模様を連想させる
平板な家々で構成されている。これはもともとはオーストリア美に飾られて
いたが、2006年11月競売にかけられ今はここにはない。2013年、
NYのノイエギャラリーで‘アッター湖畔の森番の家’に遭遇したのも幸運だっ
た。美術本には鑑賞欲を刺激する作品が多く載っているが、その1点でもお
目にかかれると嬉しいのだが、果たして。

ベルべデーレ宮にある花の絵は‘ひまわりのある田舎の庭’も‘けしの野’も画面
いっぱいに花の点で埋め尽くされている。奥行きも横の広がりもなく花園の
一カ所をクローズアップして色の広がりとして風景を表現しており、まさに
クリムトの真骨頂である装飾性の強い風景画となっている。でも、装飾的
なのに生き生きしているのはスーラの点描と違い点の大きさを変えて自由に
リズミカルに描写しているから。

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2021.06.27

Anytime アート・パラダイス! クリムト(4)

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   ‘ソニア・クニプスの肖像’(1898年 オーストリア美)

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    ‘黒い羽毛の帽子’(1910年 ノイエ・ギャラリー)

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   ‘メーダ・プリマフェージの肖像’(1912年 メトロポリタン美)

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 ‘オイゲニア・プリマフェージの肖像’(1914年 豊田市美)

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     ‘踊り子’(1916~18年 ノイエ・ギャラリー)

クリムトが1898年に描いた‘ソニア・クニプスの肖像’はよく見慣れた肖像
画の枠内に入っている感じのする一枚。椅子に座ってこちらをじっとみる美形
の女性はどこからみてもブルジョワ階級の女性。背景を暗くしピンクのスカー
トを浮かび上がらせるだけでなく小川の水の流れを思わせるような無数の線を
描き入れることで女性の繊細な美しさを強調している。

クリムトは黄金で飾り立てた装飾的な女性像をずっと描いていたわけではなく、
シーレやココシュカなど若い表現主義者が登場してきたため金ピカの様式を
封印し、新たな表現をはじめる。‘接吻’の2年後に完成した‘黒い羽毛の帽子’は
2013年、NYのノイエ・ギャラリーでお目にかかった。どこかロートレック
の肖像画をみているよう。クリムトはもともと描写力が抜群にある画家だから
金地の装飾がなくても見る者の視線を引きつけられる女性画がしっかり描ける。
この絵がノイエにあるという情報がなかったから、びっくりし長くみていた。

ノイエ・ギャラリーから10分歩くと到着するメトロポリタン美でもクリムト
が2点展示されていた。‘メーダ・プリマフェージの肖像’は視線を釘づけにする
すばらしい肖像画。足を広げて立つ少女は瞬間的に女優の柴咲コウが頭に浮か
ぶ。縦1.5m、横1.1mの大きな画面にすっと立っているので本人に会
っているような錯覚を覚える。花びらに囲まれた明るい雰囲気は少女漫画の
作風とも重なる。

日本にもこんないいクリムトがあるのかと夢中で見てしまうのが豊田市美が
所蔵する‘オイゲニア・プリマフェージの肖像’。名前からわかるようにこの
女性はメーダの母親。メーダの絵では背景の薄紫が清々しい少女のイメージ
にぴったりだったが、オイゲニアの方は明るい黄色が画面を多くを占めてい
る。この黄色が身につけている衣裳の模様を彩る緑や赤などカラフルな色か
ら生まれる装飾性をより引き立てている。オイゲニアの肖像と同様に周りの
花と衣装の模様によって装飾的な女性の肖像画になっているのが‘踊り子’。
これもノイエで遭遇した。この絵に親近感を感じるのは踊り子が愛想のよさ
そうな顔をしているから。思わず足がとまった。         

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2021.06.26

Anytime アート・パラダイス! クリムト(3)

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     ‘ダナエ’(1907~08年)

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     ‘金魚’(1901~02年 ゾロトゥルン美)

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     ‘ュディトⅡ’(1909年 ヴェネチア 近代美)

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    ‘水の精’(1899年 オーストリア銀行)

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     ‘水蛇Ⅱ’(1907年)

ギリシャ神話に登場する美女が絵画の画題になることは数多くあるが、ダナ
エは画家の絵心を強くゆするのかティツアーノやレンブラントが絵画化し
ている。この二人よりぶっとぶダナエを描いたのがクリムト。これはゼウス
が黄金の雨に姿を変えて幽閉されたダナエと愛を交わす場面。目を閉じ赤ん
坊のように体を丸めているダナエの生々しく官能的な姿は心臓をバクバクさ
せる。所蔵しているのは個人コレクターなので本物とはこれからも縁はない
が、こういう衝撃的な絵とめぐりあったことをよしとするほかない。

‘ダナエ’は200%諦めているが、同じくエロチックな作品‘金魚’と‘ユディト
Ⅱ’との対面はまだ希望をもっている。座って後ろをふりむく裸体の女性の綺
麗な顔が心をとらえて離さない‘金魚’を飾っているのはスイスのベルンから
北の方向にそう遠くないところにあるゾロトゥルン美。スイス美術館巡りが
実現したときはベルンのあと寄ることを決めている。この絵をみたらクリム
トは済みマークがつけられる。

クリムトは最初のユディトを描いてから8年後にもう一枚完成させいる。これ
はヴェネツィアの近代美にあるが、以前この水の都を訪問した際、近くの美術
館ばかりに関心がいきこの絵との対面を忘れてしまった。自由時間に余裕があ
ったので、このうっかりミスが悔やまれてならない。最初のユディトとはうっ
て変わって冷血なイメージが強く、敵将の黒髪の中に指をつき入れており激し
い憎悪をみてとれる。下半身の装飾的な表現よりもはだけた胸と気の強そうな
顔に視線が自然と集中する。

‘水の精’と‘水蛇Ⅱ’もお目にかかれる可能性は限りなく小さい。夢幻的で怪しげ
な雰囲気の漂う画風をみるとクリムトはやはり天才だなと思う。女性の顔を本
当に柔らかく美しく描く。様々な模様により演出された装飾的なきらびやかさ
が過度に心を刺激しないのは女性たちの顔が同時代の女性を連想させるから。
これがクリムトマジック!

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2021.06.25

Anytime アート・パラダイス! クリムト(2)

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     ‘接吻’(1907~08年 オーストリア美)

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 ‘アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像’(1902年 ノイエギャラリー)

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  ‘パラス・アテナ’(1898年 ウイーン・ミュージアム)

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       ‘ユディトⅠ’(1901年 オーストリア美)

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    ‘エミーリア・フレーゲの肖像’(1902年 ウイーン・ミュージアム)

クリムトの代名詞になっているのが‘接吻’。この絵との出会いはオーバーな
言い方をするとダ・ヴィンチの‘モナリザ’やピカソの‘ゲルニカ’などと同様
に普段は忘れている生きることの喜びを感じさせてくれる特別な鑑賞体験。
傑作絵画からは不思議な力が出ている。日本の琳派とクリムトを結びつけ
ているのは装飾的な表現。装飾は見る者を楽しませるためのものだから
気を引く文様が明るい色彩に彩られてリズミカルに並んでいると心は自然
と高揚する。さらに気分をハイにするのが黄金の輝き。クリムトの黄金の
絵画に嵌るともう抜け出せない。

‘接吻’では美形の女性の体を丸い模様がおおい、顔をみせない男性は四角の
形が力強さを演出している。金の派手さを緑をベースにした色とりどりの
草花が中和し優しく神秘的なムードを醸し出している。これに対し、現在
はNYのノイエ・ギャラリーの展示されている‘アデーレ・ブロッホ=バウア
ーの肖像Ⅰ’は画面全体が黄金で埋められている。そのなかから目鼻立ちの
はっきりした女性が登場したよう。背景や衣裳に描かれている文様はエジ
プト美術でみる模様とか琳派的な水流や渦巻など。過度な金の装飾なら長
く見ているとちょっと飽きてくるところがあるが、どういうわけかこの肖
像画がずっと見続けられる。アデーレに気品があり誠実そうな心根が感じ
られるからかもしれない。

ギリシャ神話や聖書を題材にとった作品では黄金の装飾はパワーを生み出
すこともある。‘パラス・アテナ’は戦いの女神、強い正面性をもち兜の形や
首の下にみえる舌を出したメデューサ、そして丸いコインをじゃらじゃら
くっつけた鎧の黄金が目に焼きつく。突然、女神が現れると恐怖心にから
れ精神の安定は保てなくなるだろう。さらに不気味なのが‘ユディトⅠ’、
右下にやっつけた敵将の首がみえる。こんな綺麗な女性が泣く子も黙る将
軍の首を刎ねてしまった。何事もなかったような平気な顔をしてこちらを
みているので、顔の下に狂気さが隠れていると思うと寒気がしてくる。

クリムトの生涯のパートナーだったエミーリア・フレーゲはファッション
デザイナーで自分のブティックをもっていた。この肖像画は彼女が28歳
のとき完成した。深い青の文様が印象的だが、モデルばり立ち姿のポーズ
が気になり装飾のイメージはそれほど強くない。

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2021.06.24

Anytime アート・パラダイス! クリムト(1)

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      分離派館(ウィーン)

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 ‘ベートーヴェン・フリーズ 第1面 幸福への憧れ’(1902年)

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    ‘第2面 敵意をもった勢力’

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    ‘第3面 歓喜’

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    ‘人生は戦いなり(黄金の騎士)’(1903年 愛知県美)

展覧会に出かける回数がこれほど少なくなると、過去に大きな感動をもらっ
たモニュメンタルな特別展の記憶でさえすーっと消えていく。日本で開催さ
れた回顧展では最大級の規模と注目を集めたクリムト展(東京都美)をみた
のは2年前のちょうど今頃。まだそれほど経ってないのに感動の余韻を忘れ
てしまう事態になっているのは昨年から続くコロナ禍が美術鑑賞という楽し
みを分断する大きな断層のようなものになっているからかもしれない。

日本で人気のある西洋画家のひとりであるクリムト(1862~1918)
は1902年に描いた‘ベートーヴェン・フリーズ’によって分離派とクリム
トの名前が世に知られることになった。この絵が飾ってあるのはクリムトが
中心になって立ち上げた新たな芸術家集団、分離派の拠点となった‘分離派館’。
入口に掲げられたスローガンは‘時代にはその時代の芸術を、芸術には自由
を’。入館して地下の部屋に降りると左、正面、右の壁に描かれた3つの
場面が待ち構えている。

お馴染みのベートーヴェンの‘第9’がモチーフになったこの大作は左の‘幸福
への憧れ’からはじまる。裸身で表現された弱者を救うために立ち上がる戦士
が描かれている。黄金の鎧に身をつつんだ戦士は分離派同士でありクリム
ト自身でもある。目を奪われるのが一人では持ちきれないほど長い剣。この
くらい大きくないと伝統的な美術の権威は打ち壊せない。

正面の‘敵意をもった勢力’で思わずのけぞるのが大きなゴリラ、これはギリ
シャ神話にでてくる怪物テュフォン。左横には3人の怪物ゴルゴンもいる。
このコミカルな演出がクリムトの心意気を表しており、このゴリラとゴルゴ
ンはクリムトの作品に批判的な芸術家や評論家の象徴として描いている。
ゴリラの右では不幸のもとになる様々な欲望が擬人化されている。魔性の女、
腹のでた女は不摂生の象徴。あまり長く見ていると夢でうなされそう。

右はフィナーレの‘歓喜’。金色の衣装をまとい音楽の神アポロンから渡され
た竪琴を奏でるのは芸術の神ミューズ。‘芸術こそが人間の幸福を導くこと
ができる’。これはホドラーの‘平行の原理’でが描かれている。鎧を脱ぎ捨て
裸になった戦士が女性と抱き合っている。黄金の輝きが幸福の実現を祝福
している。

愛知県美にある‘人生は戦いなり(黄金の騎士)’は‘ベートーヴェン・フリー
ズ’の1年後に描かれた。名古屋にいたときこれをよく見たが、クリムトが日
本でお目にかかれることがとても嬉しかった。

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2021.06.23

Anytime アート・パラダイス! ホドラー(3)

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     ‘選ばれし者’(1893~94年 ベルン美)

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   ‘生活に疲れた人たち’(1892年 ノイエ・ピナコテーク)

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     ‘感情Ⅲ’(1905年 ベルン美)

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       ‘恍惚とした女’(1911年 ジュネーブ美歴博)

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    ‘ラルデの娘の肖像’(1878年 オスカー・ラインハルト美)

アバウトな訪問計画だけはすでにできているスイス美術館巡りはよく美術本
に登場する美術館が並ぶ。ベルン美、チューリヒ美、バーゼル美、セガンテ
ィー二美、オスカー・ラインハルト美、夫々期待の絵があり、ベルン美のお
楽しみはホドラーの‘選ばれし者’。この絵については15,6年前鎌倉の古本
屋でみつけた‘クリムト’(ネーベハイ著 1969年)にクリムトとホドラ
ーの関係を述べた箇所があり、クリムトの‘ベートーヴェン・フリーズ’の人物
像が‘選ばれし者’の描き方の影響を受けていることを知った。

ホドラーは同じ形態を繰り返し用いる‘平行の原理(パラレリズム)’について
こんなことを言っている。‘私が絵で最高の価値をおくのはフォルムである。
これ以外のすべてはフォルムに奉仕するためにある。選ばれし者の侍女たち
のなかでもっとも重要なのは色彩である。私は絵では明晰さを好む。それ故、
私は平行の原理を愛している。これまで多くの画面で私は同一の感情を表現
するために4ないし5の形姿を選んだ。というのは同じ要素の繰り返しが印象
を深めると思うからだ’。

クリムトとホドラーの強いつながりによりホドラーの存在が俄然大きなものに
なった。まだ縁のない‘生活に疲れた人たち’の横に並んだ5人の男たちにも
是非会ってみたい。これはミュンヘンのノイエ・ピナコテークにあるが、ジュ
ネーブに住んでいたときクルマででかけたミュンヘンには古典絵画が展示され
た美術館だけと早合点した。近代絵画部門はここにあることを知らなかったこ
とがたたり、未だに名画の数々とお目にかかれないでいる。

‘選ばれし者’もこれも背景の奥行き感を消した人物描写は全体の印象を平板な
ものにしているが、‘感情Ⅲ’では右のほうに進む女性たちは顔を左に傾ける姿
で描かれており平行の原理が動的なバージョンに進化している。ホドラーは
‘樵夫’のように動きのある表現はもともと上手いから、複数の人物をリズミカ
ルに繰り返すのはすぐ描ける。そして、イタリア人の女性歌手が踊っている
ところを描いた‘恍惚とした女’にも思わず息を呑む。2014年のホドラー展
(西洋美)で大きな収穫だったのが‘ラルデの娘の肖像’、My好きな子ども画に
即登録した。

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2021.06.22

Anytime アート・パラダイス! ホドラー(2)

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     ‘シェーブㇽから見たレマン湖’(1905年 ジュネーブ美歴博)

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     ‘レマン湖の雲’(1908年)

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  ‘白鳥のいるレマン湖とモンブラン’(1918年 ジュネーブ美歴博)

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     ‘トゥ―ン湖’(1904年)

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   ‘ミューレンから見たユングフラウ山’(1911年 ベルン美)

日本にある美術館でホドラーと結びついているのは大原のほかにもう一つあ
る。それは白金の松岡美。ここの自慢の絵が山口蓬春(1893~1971)
の代表作‘山湖’。この絵がホドラーの風景画と緊密にコラボしているのである。
蓬春は最初は西洋画でスタートし後に日本画へ変わった画家なので西洋画の
心得があり、ホドラーに関心を寄せ画集を所蔵していた。1947年に描い
た‘山湖’にはホドラーの‘レマン湖の雲’などの影響が強くでている。蓬春の絵
でホドラーの風景画と間接的な縁があったが、2007年オルセーで本物の
‘レマン湖の雲’に遭遇するという幸運に恵まれた。長く絵画鑑賞を続けている
と時々嬉しいことがある。

‘シェーブㇽから見たレマン湖’はレマン湖を高い所から眺めているが、白い
雲が湖面にそそまま映りこみその上下対称の形に脳が刺激され、俯瞰の構図
はあってないようなものになる。こういうデザイン的な感覚のする風景
はほかにない。自然の具象性と抽象的な形態がいりまじったハイブリッド
風景画といっていい。最晩年に描かれた‘白鳥のいるレマン湖とモンブラン’
はこの描き方がさらに進み、豊かな色彩の冴えがラフな形の輪郭を支えてい
る感じ。それ以前描かれたレマン湖の景観とはだいぶ異なり抽象的な要素が
だいぶ入りこんでいる。

‘トゥーン湖’はちょっと東山魁夷の作品をみている気分になる。湖面に映る
三角の山がとても上手に描写されており、強い調子の青や緑のグラデーショ
ンがつくる奥行き感や湖の深さも十分に伝わってくる。手前の石ころの表現
に思わず目がとまる。この部分は湖の浅いところなのか水のない湖のまわ
りなのか判然としない。おもしろい組み合わせである。

ホドラーがスイスの風景を描いた作品にはいろいろなバリエーションがある。
‘ミューレンから見たユングフラウ山’は普通の風景画をみるときより数倍の緊
張を強いられる。まるでフォーヴィスムのマティスが多彩な色面で構成して
描いたよう。雄大なユングフラウはもっと気軽に楽しみたいが、絵画は創作さ
れたものだからこのモザイクアルプスもありということになる。

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2021.06.21

Anytime アート・パラダイス! ホドラー(1)

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     ‘樵夫’(1910年 大原美)

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     ‘春’(1901年 フォルクヴァング美)

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     ‘夜’(1890年 ベルン美)

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     ‘遠方からの歌’(1906年 ザンクト・ガレン美)

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     ‘自画像’(1914年)

倉敷にある大原美へは広島で仕事をしていたとき数回足を運んだ。コレクシ
ョンのなかにはゴーギャンとかエル・グレコ、モネの傑作が含まれているか
らこの美術館に対する世間の高い評価については西洋絵画をみる機会が増え
ていけばいくほどよく理解できるようになる。さらに、関心を向ける画家が
広がるとここでお目にかかった作品がその画家との縁のはじまりだったこと
も度々。スイスの国民的画家、ホドラー(1853~1918)もアルプス
の画家、セガンティーニ同様、大原でみた絵がきっかけで気になる存在に
なった。

‘樵夫’は日本の樵夫とはずいぶんイメージが違う。大きく開けた両足をふん
ばり力のかぎり長い斧をふり下ろす姿はどこかハンマー投げの選手を連想さ
せる。日本で林業にたずさえわる人たちのなかにも力自慢のものが入ってい
るだろうが、スイスの男たちにくらべるとそう荒々しくはなくテキパキと
職人気質で木を切り倒していく感じ。一方、肉を主食にしている労働者は全
身のエネルギーをこの伐採に注ぎこむとこんなインパクトのある絵が生まれ
る。樵夫というタイトルはいろいろ感じさせる。

この絵が日本でみたホドラーの最初の点で2つ目の点は‘春’。これで一本の
線ができた。黄色の花が咲き乱れる草地に若い男女が描かれている。女の子
は目をつぶり横向き、男の子は裸体で正面をむいている。この構成は人間の
成長を象徴的に表現しており、心に響く。ホドラーはこのテーマで3点描い
ているが、色の調子は一番目のこの絵はもっともいい。

線から面になる一大イベントが起きたのは2007年のパリ旅行、タイミン
グがいいことにオルセーで大ホドラー展が開催されていた。ここで大きな
衝撃を受けたのがベルン美蔵の‘夜’。これは一連の寓意的な大作のひとつで
夜(=眠りの世界)が描かてている。眠りは死になぞられるので黒い衣は死
を暗示している。中央の男の恐怖におびえる顔が目に焼きついている。死の
亡霊がこれほど迫ってきたら、もう気が狂いそうになるだろう。

‘遠方からの歌’もホドラーの面をどんどん拡大していく。これは何点も描か
れており、2014年西洋美であった回顧展にも登場した。裾の長い青いワ
ンピースを着た女性は両腕を横にのばし手の平を垂直に立てている。この
ポーズにとても惹かれる。天使が後ろの小山から降りてきていっぱい咲く
草花との対話を楽しんでいるよう。ホドラーはレンブラントのように自画像
をいくつもてがけている。なにかびっくりしたような表情が印象深い。

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2021.06.20

Anytime アート・パラダイス! セガンティーニ(2)

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     ‘ギャロップで走る馬’(1887年 ミラノ市近美)

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       ‘水を飲む茶色の雌牛’(1892年 セガンティーニ美)

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     ‘アルプス三部作 生’(1896~99年 セガンティーニ美)

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     ‘自然’

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     ‘死’

これまでみたセガンティーニ(1858~1899)は‘アルプスの真昼’と
‘悪しき母たち’が強く心に刻まれているが、雄大なアルプスを背景にして描
かれる牛や馬にも大変魅了されている。セガンティーニが影響をうけたフ
ランスの農民画家、ミレー(1814~1875)は有名な‘羊飼いの少女’
を描いているから、‘アルプスの真昼’は羊飼いの舞台がバルビゾンからアル
プスに移ったものとも思える。農家の仕事には羊のほかにも牛や馬もかか
わっており、ミレーの‘乳しぼりの女’という牛の絵とア―ティゾン美で遭遇
したことがある。

これに対しセガンティー二の描く牛や馬たちは、ミレーの絵と違い、農
夫婦や娘たちに代わり主役をつとめていることが多い。目に強く焼きつい
ているのが日本の美術館で開かれた‘ミラノ展’にミラノ市近美から出品され
た‘ギャロップで走る馬’。疾走する馬のカッコいいこと。競走馬のような
エレガントさはないが、ずんぐりむっくりの馬が力いっぱい走っている姿
には素直に感動する。この躍動感をいっそうひきだしているのは馬の体を
白く輝かせるアルプスの光。この馬は一生忘れられない。また、‘水を飲む
茶色の雌牛’にみられるように牛たちもどっしりとした存在感をだしている。
まるですぐそばで牛をみているよう。牛の飲んでいる水が口から下に垂れ
るところはパイプの水を飲んでいる娘と同じ。こういう水の表現へのこだ
わりは人でも牛でも自然とむかいあっていることの現れであり、セガンテ
ィー二絵画の大きな魅力になっている。

スイスの東部に位置するサン・モリッツは世界的に知られているリゾート
地。若い頃スイスぬ住んでいたときクルマでイタリアへ抜ける途中に通っ
たことがある。でも、ふだんいるジュネーブからは遠い場所だから、この
街をめざしてクルマを走らせることはなかった。当時はルーブルへ出かけ
ダ・ヴィンチの‘モナリザ’をみて‘これが教科書に載っている絵か!’と無邪
気に喜ぶという普通の観光客と同じだったので、サン・モリッツにセガン
ティーニ専用の美術館があり代表作の‘アルプス三部作 生・自然・死’が
飾ってあることなど知る由もなかった。

2011年日本であった回顧展に作成された図録には参考情報として美術
評論家千足伸行さんの三部作の解説が載っており、最後にこう書かれてい
る。‘アルプス三部作はスーラの‘グランド・ジャッド島の日曜日の午後’、
ゴーギャンの‘我々はどこから来たのか、我々は何なのか、我々はどこへ行
くのか’と共に、近代絵画の記念碑的な作品として位置づけられる’。運よく
スーラとゴーギャンはこの目のなかに入れた。新型コロナ騒動が終わった
ら、なんとしてもスイス美術館巡りを実現させこの絵の前に立ちたい!

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2021.06.19

Anytime アート・パラダイス! セガンティーニ(1)

Img_20210619223001      ‘アルプスの真昼’(1891年 セガンティーニ美)

Img_0001_20210619223001      ‘アルプスの真昼’(1892年 大原美)

Img_0004_20210619223001   ‘グラウビュンデン地方の衣装’(1887年 セガンティーニ美)

Img_0005_20210619223001      ‘悪しき母たち’(部分 1894年 ベルヴェデーレ宮)

美術品の鑑賞は音楽のように目をつむっていても楽しめるのとは違い作品を
目でずっと見ていないといけない。だから、この視覚体験をどれだけ積み重
ねたかで画家との距離が近くなったり遠くなったりする。アルプスの画家、
セガンティーニ(1858~1899)はモネにくらべるとお目にかかった
絵はだいぶ少ない。そのため、満足度は期待値の7割くらいにとどまって
いる。でも、みた作品が少ない割には5割をこえる満足になっているのは画集
に載っている主要作品との遭遇があったことと関係している。

10年前の2011年にSONPO美で願ってもないセガンティー二展が開かれ
た。目玉の絵はスイスのサン・モリッツにあるセガンティーニ美から出品さ
れた‘アルプスの真昼’。同じ名前のついたものが大原美にもあり、2点並ん
で飾られた。セガンティーニという画家の存在を知ったのは大原でみたこの
絵。そのときは辺り一面に点描画風の筆致で描かれた草の葉っぱと明るい日
差しによってできる強い影のことだけが頭に残り、木の枝にもたれかかって
いる若い女羊飼いにはそれほど惹かれなかった。あとでわかったのだが、こ
ちらはサン・モリッツにある絵の1年後に描かれたものだった。
一緒に並んだ2点をみたら、どうしても麦わら帽子のつばを右手で押さえて
いる羊飼いのほうをみている時間が長くなる。背景のアルプスの山も大きく
こちらに迫ってくる感じで女性をぐんと引き立てている。絵のタイトルが
腹の底にストンと落ちる。

‘グラウビュンデン地方の衣装’も忘れられない一枚。上半身が画面いっぱい描
かれた田舎娘がパイプからでてくる水を夢中で飲んでいる。指の間から流れ
落ちる水は強い光をあびて白く輝いている。この生感覚そのもののスナップ
ショットは風俗画の表現としては一級品。並の画家にはこんな人物画はとて
も描けない。

一方、‘悪しき母たち’は同じ画家の絵かと思うほどの落差がある。ウィーンのベルヴェデーレ宮で遭遇したときはのけぞるほどの衝撃を受けた。これは画家がもうひとつもっている象徴主義の顔。木にくくりつけられている母親は赤ちゃんに授乳しているところ。堕落した母親になってはダメと警告している。

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2021.06.18

Anytime アート・パラダイス! ホイッスラー(3)

Img_20210618223001  ‘磁器の国のプリンセス バラ色と銀’(1864年 フリーア美)

Img_0001_20210618223001  ‘青と金色のハーモニー:ピーコックルーム’(1877年 フリーア美)

Img_0002_20210618223001  ‘紫とバラ色:6つのマークのランゲ・ライゼン’(1864年 フィラデルフィア美)

Img_0003_20210618223001      ‘紫と金色のカプリッチォ:金屏風’(1864年 フリーア美)

Img_0005_20210618223001   ‘肌色と緑のヴァリエーション:バルコニー’(1864年 フリーア美)

Img_0007_20210618223001   鳥居清長の‘美南見十二候 四月品川沖の汐干’(1784年)

ワシントンDC最大の観光名所が市内の中心部にある‘モール’、ここには
ナショナルギャラリーをはじめとした美術館や博物館が多く点在してい
る。ツアーで寄るのだいたいナショナルギャラリーと国立航空宇宙博物
館が定番。そのため、日本美術に興味のある人なら必見のフリーア美は
どちらかをパスする作戦をとるしかない。フリーアのお楽しみはもうひ
とつある。それはホイッスラーのコレクション。実業家のチャールズ・
フリーアはホイッスラーと親交があり、ホイッスラーの影響で日本美術
にのめりこんでいった。

ホイッスラーの作品は2つの展示室と‘孔雀の間(ピーコックルーム)’に
飾られている。とくに有名な大作‘磁器の国のプリンセス バラ色と銀’
は対面する壁に描かれた2羽の孔雀と向き合う形で暖炉の上に飾られて
いる。ここにある絵はこれ一枚しかなく姫君専用の部屋になっている。
ジャポニスム趣味全開といった風だが、日本と中国が入り交じったオリ
エンタルモードにみちた作品という印象が強い。だから、団扇をもって
いる美形の女性はパリで‘ジャパンフェス’が開催されるとき現地の人が
着物を着てはしゃいでいるのと変わりない。団扇の持ち方が違う!なん
てツッコミを入れるのはNG。

フィラデルフィア美にある‘紫とバラ色:6つのマークのランゲ・ライ
ゼン’は縦長の画面に椅子の腰をかけた女性がどーんと描かれている。
こちらは中国服を身に纏い、染付の磁器に絵付けをしている。やきもの
の絵付けはこれほど優雅にはいかないが、違和感はなく様になってい
るところがおもしろい。

‘紫と金色のカプリッチォ:金屏風’と‘肌色と緑のヴァリエーション:バ
ルコニー’は2つの展示室でカメラにおさめたものだが、どちらも色彩
の強さ、とくに白と青の力にぐっとひきこまれる。女性のまわりにおか
れた花や浮世絵などの小道具は日本人には馴染みのものだが、浮世絵
をみているという感覚はあまりない。バルコニーの前で三味線を弾く
目力の強い女性は鳥居清長の‘美南見十二候 四月品川沖の汐干’からア
イデアをもらっている。

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2021.06.17

Anytime アート・パラダイス! ホイッスラー(2)

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    ‘シシリー・アレキサンダー嬢’(1872~74年 テート美)

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    ‘白衣の少女(白のシンフォニー)’(1862年 ワシントンナショナルギャラリー)

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     ‘白のシンフォニーNo.2’(1864年 テート美)

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     ‘白のシンフォニーNo.3’(1867年 バーバー美)

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     ‘画家の母’(1883年 オルセー美)

浮世絵で歌麿の大首絵美人画にぞっこん参っているが、西洋絵画にも心をと
きめかせる女性の絵がたくさんある。古典絵画からロココまではちょっと横
にしてお気に入りの画家をざっと上げてみると、アングル、コロー、ラファ
エロ前派、クールベ、ホイッスラー、マネ、モネ、ルノワール、サージェン
ト、ゴッホ、クリムト、ミュシャ。

はじめは関心の大半はルノワールとマネに向かっていたが、海外の美術館通
いの回数が増えたり日本で行われた回顧展をみたことでいい女性画がリスト
にどんどん載っていくようになった。ホイッスラー(1834~1903)
の場合、きっかけは1998年東京都美でお目にかかった‘シシリー・アレキ
サンダー嬢:灰と緑のハーモニー’。印象的な白の衣裳を着た少女の美しい顔
に思わず足がとまった。人物画で体がフリーズする作品はそうない。よくみ
ると横に2羽の蝶々が飛んでいる。この頃はまだ日本画の視覚体験が多くな
かったのでこの蝶々の意味がわからなかった。後で図録の解説を読むとおも
しろいことが書かれていた。この少女はモデルにあきてご機嫌斜めだったと
いう。そういわれるとふてくされた顔にみえなくもない。

少女のあとワシントンのナショナルギャラリーで縁があったのは、これまた
きれいな女性の立ち姿が描かれた‘白衣の少女(白のシンフォニー)’。この女
性が身につけているのも白の服で、さらに背景まで白で描いている。普通は
背景の色はモデルを引き立たせるため違う色になるところをホイッスラーは
白づくめにした。この絵に遭遇した時点では‘白のシンフォニーNo.2’と‘No.3’
のことはまったく頭にない。というのも、手元にホイッスラーの画業全体を
知ることのできる画集がなかったからである。

そのうち2点が載っている画集を手に入れたものの、日本でホイッスラーの
回顧展が行われることなんて予想もしないので本物に会えるなんて期待して
ない。ところが、奇跡みたいなことがおき2014年横浜美で実施された特
別展に2点とも出品された。これで白のシンフォニーはコンプリートした!
ともに女性が団扇をもっていたり花や陶器をチラッとみせたりするなど小道
具の選択には浮世絵の影響がみられるが、女性の描き方は西洋画の枠のなか
におさまっていてクールベとムーアの影響がうかがえる。

オルセーにある‘画家の母’は日本に一度やってきた。最初パリでみたときは
それほど惹かれなかったが、ホイッスラーとのつきあいが増すにつれ、横から
描かれたこの母親のしゃきっとした姿をじっくりみるようになった。この絵の
大半は黒と灰色で占められているので勝手に‘黒のシンフォニー’と呼んでいる。

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2021.06.16

Anytime アート・パラダイス! ホイッスラー(1)

Img_0001_20210616222401    ‘バターシーの古橋 青と金のノクターン’(1872~75年 テート美)

 

Img_0002_20210616222501  ‘オールド・ウェストミンスターブリッジの最後’(1862年 ボストン美)

Img_0003_20210616222501  ‘茶色と銀色:オールド・バターシーブリッジ’(1859~63年 アディソン美)

Img_20210616222501     ‘肌色と緑色の黄昏:バルパライソ’(1866年 テート美)

Img_0004_20210616222501     ‘海’(1866年 フリック・コレクション)

絵画は西洋画でも日本画でも普通に分類されている枠にこだわってみている
わけではなく、大勢いる画家のなかでとりあげられた画題や描き方が好みに
あう画家に関心を寄せて楽しむのは長年の鑑賞スタイル。こういう風に画家
とつきあっていると、日本の浮世絵師と強くコラボする海外の画家の存在に
気づくことがある。ゴッホは歌川広重に刺激を受けたことは間違いないが、
広重の風景画が作品に影響を与えた画家はほかにもいる。ホイッスラー
(1834~1903)もそのひとり。

広重の‘名所江戸百景’に魅了されている浮世絵ファンなら、‘バターシーの古橋
 青と金のノクターン’をみてすぐピンとくる絵が浮かぶはず。そう、‘京橋竹
がし’。ヨーロッパやアメリカで絵画の修業をした画家で橋をこんな縦長の画
面に描くものはまずいない。さらに橋をモチーフにとりあげることもあまり
ない。海景画ならジェリコーやクールベなども描いているが、川を表現する
ようになるのは印象派以降のことで、パリのセーヌ川やそこに架かる橋も描か
れるようになった。

だから、モネより前に生まれたホイッスラーがこの橋の絵を描いたときには多
くの人は度肝を抜かれたにちがいない。構図は広重からヒントをもらっている
が、絵の感じはまるでちがい、ホイッスラーの橋は静寂そのもの。花火が金の
点々で表現されているが、音が聞こえてこない。これがホイッスラー流の美意
識。この絵の10年くらい前に描かれた‘オールド・ウェストミンスターブリッ
ジの最後’や‘茶色と銀色:オールド・バターシーブリッジ’についてもどこか静
かな光景にみえる。視線は確かに橋に向かうのだが、俯瞰の構図のため、橋を
渡っている人や工事にかかわっている人たちがたんたんと描かれて感じがぬぐ
えず風俗画がもっている動きや活気というのはない。

ホイッスラーの海景画に登場する船を眺めているとが広重の‘東都名所’にでてく
る海の絵を連想させるが、‘肌色と緑色の黄昏:バルパライソ’も‘海’も‘青と金の
ノクターン’同様、薄塗りの油絵具の効果がきいていて幻想的と思えるほど究極
の静寂さにつつまれている。おおげさにいうとなにか悲しいことがあったとき
にこの絵をみたら涙が出そうになるかもしれない。

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2021.06.15

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(10)

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        ‘名所江戸百景 亀戸梅屋敷’(1857年)

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        ‘名所江戸百景 鎧の渡し小網町’(1857年)

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     ‘山海見立相撲 相模大山’(1858年)

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     ‘木曾海道六拾九次之内 大井’(1835~38年)

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        ‘東都名所 霞ヶ関夕景’(1835年)

広重の回顧展はこれまで運よく片手くらい遭遇することができたが、そのう
ち2回が広重の浮世絵風景画の集大成である‘名所江戸百景’の全点公開。
出世作の‘東海道五拾三次’が横の画面だったのに対し、江戸百景のほうは縦長
の画面に118枚の名所絵が描かれている。太田記念美はこの特別展に優れ
ものの図録を用意してくれた。版画の下に明治から大正のころの写真と現在
の光景のセットで名所を解説してくれている。ときどき眺めてはいつかその
場所へ出かけようと思っている。

海外の浮世絵ファンが北斎というと‘神奈川沖浪裏’をすぐ思い浮かべるとす
れば、広重はゴッホが模写して有名になった‘亀戸梅屋敷’がイメージされるか
もしれない。手前に梅の幹が極端に大きく描かれ、枝の隙間から背景の梅林
の様子をのぞき見するように梅を愛でるために集まった人々が小さく点描さ
れている。この対比がとても斬新。これをみた西洋の画家たちはこんな描き
方があったのか、とそのアヴァンギャルドぶりに頭がくらくらしたにちがい
ない。

この描き方で構成された景観が名所江戸百景には数多くでてくるが、‘鎧の
渡し小網町’では右に傘をさした女性を後ろ姿でどんと立たせている。でも
全身ではなく傘を持つ手はみえず傘も半分だけ。ここは江戸橋の下流で小網
町と茅場町を結ぶ渡しがあるところ。その渡し舟が2艘、女の視線の先に
浮かんでいる。この女と船は左に消失点がある透視図法により構成されてお
り、向こう側にみえる土蔵の描写には右真ん中に消失点をつくりその大きさ
をだんだん小さくしている。透視図法を自分のものにし巧みな構図に仕上げ
ているのがスゴイ。

亡くなる年に描かれた‘山海見立相撲 相模大山’は目の覚める青で表現され
た大滝が印象深くのこるだけでなく、滝のまわりの山にみられる抽象画的な
灰色の稜線がとても気になる。これは現代アートの感覚がある。それと同じ
思いがするのが‘木曾海道六拾九次之内 大井’。雪の積もった松の木の間を
人馬がこちらに向かってきている。後ろの馬は顔を描いているが、ほかはみ
な顔がなく雪がかかった笠と蓑だけ。類型化されたフォルムはシャープな
現代デザインをみているよう。この感じとよく似ているのが‘東都名所 
霞ヶ関夕景’に描かれた逆‘く’の字の托鉢僧の列。こういう異色の作品をみる
と広重には前衛的な造形や色彩感覚がそなわっていたのだろう。たいした
浮世絵師である。

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2021.06.14

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(9)

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     ‘東都名所 御殿山花見 品川全図’(1832~42年)

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     ‘東都両国遊船之図’(19世紀)

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        ‘名所江戸百景 猿わか町よるの景’(1856年)

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     ‘伊勢参宮宮川の渡し’(19世紀前半)

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     ‘風流をさなあそび(男)’(1830~34年)

広重は江戸の桜の名所を三枚続きのワイドスクリーンを使って描き江戸っ子
を喜ばせた。上野、浅草金龍山、飛鳥山、そして品川御殿山、とくに魅了さ
れるのが花見と海景画を合体させた‘東都名所 御殿山花見 品川全図’。
東海道第一宿として栄えた品川宿は春になると桜見物が加わるのでこの界隈
の遊興はエンターテイメント全開モードになる。それはそれは楽しかったこ
とだろう。

‘東都両国遊船之図’もみてて浮き浮きする一枚。夏の風物詩である両国の花火
が船の視線から描かれている。3枚を貫いてかかる両国橋の橋脚の圧倒的な
存在感が目に焼きつく。川には客を乗せた小型船がたくさん浮かんでおり華
やかな花火に皆ご機嫌といったところ。東京の花火は来年になったらみれる
だろうか。

広重は風俗画家として人々の日常の営みを抒情性豊かに描いてみせた。‘名所
江戸百景’シリーズの‘猿わか町よるの景’は通りを歩く人々が主役。ここは天保
の改革で浅草寺裏に強制的に移転された猿若町の歌舞伎小屋。ハッとするの
は一点透視図法で描かれた奥行きのある通りとそこにできた行き交う客たち
の影。なんだか西洋画をみているよう。

国芳も大勢の人たちを描いてみせたが、広重も同様に画面一杯に男女を登場
させている。‘伊勢参宮宮川の渡し’はその極め付きのワイド画面版。伊勢神宮
前の宮川を渡る御蔭参りの人々が足の踏み場もないくらい密に描かれている。
死ぬまでに一度伊勢神宮へ行きたい!皆の強い思いがこんな大にぎわいの人
の流れをつくりだしている。男の子の遊びをたくさんみせる絵をみていると
小さい頃楽しんだ遊びが思い出される。

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2021.06.13

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(8)

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     ‘東都名所 高輪之明月’(1831年)

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     ‘名所江戸百景 深川洲崎十万坪’(1857年)

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     ‘東都名所 吉原仲之町夜桜’(1832~39年)

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     ‘東都名所 佃 月夜之図’(19世紀)

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     ‘東都名所之内 高輪廿六夜之図’(19世紀)

風景画は描く場所が折り紙付きの絶景のほうがかえって難しいかもしれない。
こういう場合、並みの絵師は無難に描いて‘どうだ!’と胸を張るが、見る者は
たいてい満足しない。‘東都名所 高輪之明月’は広重の風景画の腕前を世に知
らしめた傑作。成功の秘訣は月見の名所の高輪を雁の群れで演出したこと。
この月と雁の描写が抜群に上手い。月の美しさを強調するため大きく描いた
だけでなく、月のすぐ近くを雁行する雁を9羽も登場させている。雁のつくる
‘く’の線が絶妙で右の湾曲する海岸線と柔らかく絡み合っているところも感心
させられる。

‘名所江戸百景’シリーズで印象深いのが‘深川洲崎十万坪’。この鷹には度肝を
抜かれた。まるで鷹の視点から深川の景色をみているよう。高輪では雁の姿を
横からみていたのが、風景画の総仕上げとなる名所江戸百景では大胆に
も上空から鷹の目になって雪化粧をした深川の光景を描いた。広重は鷹を使う
ことをずっと温めていたのだろうか。花鳥画に鷹はでてこないから、驚愕す
る一枚になった。

‘東都名所 吉原仲之町夜桜’のサプライズは吉原遊郭がなんと西洋画でお馴染
みの2点透視図法で描かれていること。これにより平板なイメージが特徴の浮
世絵風景画に立体的な遊郭が出現し奥行きのある空間が生まれた。左右の消失
点にむかって遊女や男たちが三角形の2辺を動いているような様子がよく伝わ
ってくる。

‘東都名所 佃 月夜之図’と‘東都名所之内 高輪廿六夜之図’も構図に魅了され
る作品。‘佃’は停泊する廻船の正面性が強いインパクトをもっており、団扇に
もってこいの絵柄になっている。‘高輪廿六’のほうは月をみせず星をたくさん
描いている。小舟をリズミカルにつなげるラインと手前の大勢の人の流れが視
線の移動をスムーズにさせる。

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2021.06.12

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(7)

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   ‘甲斐夢山裏不二図(左)駿河不二ノ沼図(右)’(1848~54年)

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   ‘東都洲崎朝景図(左)高輪夜景図(右)’(1851年)

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     ‘武相名所手鑑 六郷渡舟’(1853年)

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     ‘武相名所手鑑 浦賀総図’(1853年)

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   ‘日光山裏見ノ滝(左)霧降ノ滝(中)華厳ノ滝(右)’(1849~51年)

広重の肉筆風景画で魅了され続けているのが‘天童広重’。これは出羽国天童
(現在の山形県天童市)織田藩から依頼された作品で1849年から51年
にかけて200幅くらい描かれたと推定されている。藩は財政難のため富農
たちから高額の献金をうけていたが、その報奨に広重の肉筆画を下賜した。
広重は狂歌が縁で天童藩の藩医や藩士たちを交流があり、この大量発注に応
じたというわけ。

おもしろい発想なのが駿河側と甲州側からみた富士山を右と左で夫々半分づ
つ描きそれをひと続きの山としてみせているもの。だまし絵みたいだが、
正面と裏側からの風景は画面の中で違和感なく結合されている。このアイデ
アには北斎も国芳も参ったにちがいない。広重やるじゃない!

‘東都洲崎朝景・高輪夜景図’も傑作。これも一枚の絵としてすっと画面のなか
に入っていける。右の高輪は海面で反射する光を明るく描き夜景になる一歩
手前にしているのがこの絵のミソ。これにより左の朝景で表現された日の出
の美しい光景との滑らかな融和が生まれた。

1853年(嘉永6)に描かれた‘武相名所手鑑 六郷渡舟’と‘浦賀総図’は
天童広重でない肉筆画。横に空間がぐんと広がる感覚が風景画の魅力をいっ
そう引きだしている。My広重図録には大きな図版が載っているので、とき
どき絵の隅から隅までじっくりみて六郷や浦賀の海景を膨らましている。
‘日光山裏見ノ滝、霧降ノ滝、華厳ノ滝’は感慨深い作品(天童広重)。
この絵をみるまで日光の滝は華厳ノ滝だけだと思っていた。ほかに二つある
ことを教えてもらった太田記念美に感謝!

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2021.06.11

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(6)

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    ‘東海道五捨三次之内 庄野 白雨’(1833~36年)

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    ‘東海道五捨三次之内 四日市 三重川’(1833~36年)

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    ‘木曾海道六捨九次之内 洗馬’(1835~38年)

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    ‘諸国名所 宇治川ほたるがりの図’(1835~36年)

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    ‘江戸高名会亭尽 両国’(1835~42年)

広重は風景画に人物をいれるときはいろいろなヴァリエーションをつくり、
風俗画っぽくみせたり戯画的な描写にすることもあれば、風景のもつ抒情性
をいっそう印象づけるように絡ませたりもする。出世作の東海道五十三次シ
リーズでもっとも心に響くのは‘庄野 白雨’、突然の激しい雨に見舞われて
旅人たちは対角線にのびる山道を急ぎ足でめざす方向に進んでいる。墨の
濃淡を使いシルエットで描かれた竹藪が風にゆれている様子がじつにいい。

旅人の顔をみせない庄野に対し、風の勢いが半端じゃないほど強いのが
‘四日市 三重川’。右の橋を渡ろうとしている男は風にとばされないように
合羽を胸元で押さえている。この三角形になった合羽からも強風であること
はすぐわかる。手前の旅人は頭からとんでいった笠を必死に追いかけている
。‘おっとと、俺の笠がァー、待ってくれ’。戯画チックな人物描写が見事!

木曾海道シリーズに絶品の風景画がある。それは塩尻の次の場面の‘洗馬’。
これに一番惹かれているかもしれない。葦のゆれる川を柴舟と筏が静かに進
んでいる。舟頭のすぐ上には満月が斜めに倒れる柳にかかっている。広重は
月の表現が天才的に上手い。満月と舟をいっしょに感じさせるところが琴線
にふれる。

女性が主役になった風景画でお気に入りは‘諸国名所 宇治川ほたるがりの図’
と‘江戸高名会亭尽 両国’。宇治川の夕涼のひとコマとして描かれた蛍がり、
母親、子ども、若い娘が団扇や扇子でいっぱい飛び交う蛍を追っている。
そして、シルエットで表された川のなかほどに浮かぶ舟でも蛍がりに夢中。
宇治川は今でも蛍がこんなにたくさんいるのだろうか。江戸で評判の料理屋
を画題にした‘江戸高名会亭尽’は9点あるが、両国は有名な青柳が登場する。

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2021.06.10

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(5)

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        ‘阿波鳴門の風波’(1855年)

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     ‘本朝名所 相州江ノ嶋岩屋之図’(1833年)

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        ‘薩摩 坊ノ浦双剣石’(1853~57年)

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        ‘甲陽猿橋之図’(1842年)

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     ‘東海道五捨三次之内 箱根湖水図’(1833~36年)

アート作品の独創性というのはたいそうなことである日突然作家の頭の中に
生まれてくると思われがち。でも、それは話としてはおもしろいが実際は
駅伝のレースでたすきをリレーするように先人の表現やアイデアが大きな刺
激となって進化が進み変容されることで誕生する。北斎の傑作‘神奈川沖浪裏
’を意識したことは明白なのが‘六十余州名所図会’の一枚として描かれた‘阿波
鳴門の風波’。蟹の爪のような波濤を北斎からいただき、これに主役の渦潮
を呼応させている。波がしらは‘本朝名所 相州江ノ嶋岩屋之図’では旅人を
飲みこもうとするほどダイナミックに表現されている。

‘薩摩 坊ノ浦双剣石’は鳴門の渦潮同様、‘六十余州名所図会’シリーズのなか
で魅了され続けている一枚。これまで日本全国あちこち旅行し、鹿児島にも
出かけたがこの双剣石はお目にかかってない。この奇岩があるのは鹿児島県
の西南端に位置する坊津。大きい方は高さが27mで小さいのは21m。
広島にいたときはまだ出かける元気があったが、横浜からだとあまりに遠い。
広重のいい絵をみてよしとするほかない。

‘甲陽猿橋之図’は大判錦絵を縦に2枚継ぎ合わせて一枚の掛幅にしたもの。
こうしたのは勝景で有名な甲斐の猿橋の高さをみせるため。橋の下に月があ
り、これにより橋が中空に浮かんでいるようにみえる。岩の黒ずんだ茶褐色
をグレデ―ションをきかせて描写するところも惹かれる。北斎の橋も傑作揃
いだが、猿橋も負けず劣らず印象深い。

‘箱根湖水図’は東海道五十三次のほかの風景画とはひと味もふた味も異なる。
びっくりするのが山肌のモザイクを連想させる大胆な色彩のとりあわせと
現代的な造形感覚。まるでイベントのポスターを見ているような感覚がする
し、マティスの切り紙絵が重なってくる。

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2021.06.09

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(4)

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     ‘木曽路之山川’(1857年)

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     ‘武陽金澤八勝夜景’(1857年)

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     ‘阿波鳴門之風景’(1857年)

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     ‘本朝三景之内 陸奥松島風景’(1856年)

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     ‘本朝三景之内 近江八景奇縮一覧’(1856年)

西洋画でも日本画でも浮世絵でも作品を見た瞬間グッとくる場合、それは色
彩の鮮やかなこと、思わず惹きこまれる巧みな構図、視点のおもしろさ、
モチーフの緻密な描写といったことに感動することが多い。そして、もうひ
とつ画面が大きいことも強く印象づけられる要素。広重は最晩年横に3枚続
きのワイドスクリーンにすばらしい風景画を描いている。

日本人の琴線にふれる美意識というと‘雪月花’。これを壮大なスケールの風景
画で表現してみせたのが亡くなる1年前に描いた三部作、‘木曽路之山川’、
‘武陽金澤八勝夜景’、‘阿波鳴門之風景’。木曽路は雪をかぶったボリューム感
のある山並みがとても迫力がある。おもしろいことにこの雪の量感をみると
なぜか象の群れを想像してしまう。

のびのびとした俯瞰構図と丁寧に描写された地形と樹木によって静かな夜の
抒情が描かれた‘金澤八勝夜景’も心をとらえて離さない。横浜の金沢八景は地
元の名所だから、とくべつ愛着を覚える。ちょうど真ん中の上部に目をやる
と鳥の群れが一部月にかかるように飛んでいる。こういう風に月と鳥を絡め
るところが広重の風景画の真骨頂。

鳴門の渦潮は一度見に行ったが、タイミングが悪く最後の短い時間だけだっ
た。広重はこの渦を花に見立てている。渦の配置がじつに上手く構成されて
おり、まるで生き物のように動きまくる渦潮のイメージにピッタリあってい
る。金澤八勝夜景とはちがい、動きのある光景にするため渦の中心をちょっ
と左に外して斜めのラインで表現している。

‘本朝三景’とあるが、これは松島と近江八景の2点しか確認されていない。
‘陸奥松島風景’は瑞巌寺の上空から、そして‘近江八景奇縮一覧’は矢橋の船着
き場の上から俯瞰する視点で描かれている。ともに三枚続きだから、いい
気分で楽しめる。

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2021.06.08

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(3)

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     ‘平清盛怪異を見る図’(1840年代中頃)

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        ‘命図’(1848~54年)

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     ‘春遊び福大黒 鼠の所作事’(19世紀)

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     ‘狂戯天狗之日待 俳風狂句’(1830~44年)

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   ‘即興かげぼしづくし 石燈篭 鷹にとまり木’(1830~44年)

風景画の浮世絵師としてイメージが定着している広重にびっくり仰天の絵が
ある。それは‘平清盛怪異を見る図’。清盛が何におびえているかというと過去
に殺戮した者たちの亡霊。その多くの犠牲者の髑髏や骸骨が庭の岩や木の枝
に積もった雪で形づくられている。これはまさにシュルレアリスム絵画で
定番のダブルイメージ。はじめてみたとき跳びあがるほどショックを受けた。
あの広重にこんなシュールな絵があったとは!

国芳の‘忠義重命軽’という意表を突く戯画と同じ発想で描かれたのが‘命図’。
‘命’という漢字が一本の木に‘モノ化’され、二人の女性が手斧(ちょうな)と
鉋(かんな)で切り削っている。江戸時代、大名を戒める言葉として女性と
の遊びが度をこすと命を削ることになりやがては国をも危うくするというの
があった。これはその訓話をおもしろい可笑しく表現したもの。国芳も広重
も互いに刺激しあったにちがいない。

思わず見惚れてしまうのが‘春遊び福大黒 鼠の所作事’。幸福を呼ぶものと
して重宝がられた福助の頭に鼠の夫婦が乗り、吉祥神の大黒さんまで登場す
る。絵画とのつきあいで得した感じがするのが吉祥画との出会い。元旦には
こういう絵を一枚はみることにしている。広重の戯画のセンスもすてたもの
ではないなと思わせるのはまだある。天狗が長い鼻で相撲をとったり、首引
き遊びのひもを鼻にかけて引っ張りあう場面を描いた‘狂戯天狗之日待 俳風
狂句’もつい笑いがこぼれる。

幇間の宴会芸が障子に別の形をシルエット(影)でつくりだす‘即興かげぼし
づくし’はじつに愉快な作品。上は石燈篭で下は木にとまった鷹。手や指、
さらに身近な小道具を使ってものの形をあれやこれやと生み出す。このとこ
ろ喜劇映画‘社長シリーズ’を頻繁にみており、森繁久彌と三木のり平の演じる
宴会芸に笑いこけている。だから、この絵にもすぐ反応する。

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2021.06.07

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(2)

Img_0002_20210607224001         ‘月の雁’(1835~37年)

Img_0001_20210607224001         ‘雪中椿に雀’(1832~35年)

Img_0003_20210607224001         ‘旭日松に鷹’(1832年)

Img_20210607224001         ‘獅子の児落し’(1832~35年)

Img_0004_20210607224001         ‘桜に猿’(1833~34年)

縦長の短冊判に描かれた浮世絵花鳥画はモチーフが坂道を駆け降りる感じが
あり、横長の長方形のものと比べるとスピード感や瞬発力が強く印象に残
る。切手にもなった‘月の雁’は広重の花鳥画の代表作。大きな月を背景に群
れをなして飛ぶ雁を発想するところに広重の自然に対するほとばしる情感が
でている。

‘雪中椿に雀’は深々と降り注ぐ雪の寒さが身に沁みるのか二羽の雀の羽根を
ぱたぱたさせる姿につい感情移入してしまう。こういう光景によくでくわす
が、雀が枝にとまるとき積もった雪がどすんと音を立てて落ちる。‘旭日松に
鷹’も傑作。鷹の鋭い目をみると今にも狙った獲物めがけて飛び出しそう。

‘獅子の児落し’は同い年の国芳も手がけた画題、二人とも縦長の画面を使って
崖に垂直感をだしている。広重の親獅子はゆるキャラ風で親の厳しさはあま
り伝わってこない。逆に児獅子のほうが獅子らしい怖い顔をしており、‘父ち
ゃん、俺は必死に険しい崖をどうにか登ってきたんだから、気まぐれに突き
落とすなんてことはしないでくれよ。またやったら、俺本当に怒るからな!’
と一発かましているのかもしれない。

‘桜に猿’はおもしろい取り合わせ。猿回しの猿がはらはら落ちる桜の花びらを
じっとながめ物思いにふけっている。高崎山の仲間たちのことが思い出され、
淋しさがつのっているのだろうか。師匠にたまには里帰りさせるように言っ
とくからしばらく我慢して頂戴な。ちび太郎ちゃん!

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2021.06.06

Anytime アート・パラダイス! 歌川広重(1)

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     ‘魚づくし 鯉’(1830~1844年)

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     ‘鮎’

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     ‘鯛’

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     ‘伊勢海老と芝えび’

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     ‘鮑とさより’

魚料理にはいろいろな調理法がある。刺身、焼き魚、煮たもの、鍋、ゆで上
げたもの、てんぷら、フライ。わが家の食卓にのぼるのは焼魚(さんまの塩
焼き、あじの開き、ブリの照り焼き)、てんぷら(海老、きす)、フライ
(鯵、牡蠣)が多い。小さい頃はめばるやかれいの煮つけをよく食べたが、
今はときどき金目鯛、かれいがでてくる。1年くらい前から美味しくいただ
いているのが帆立をいれた炊き込みご飯。前はほかの具だったが、帆立にし
てみたら大変美味しかったのでこれが楽しみになっている。

刺身についてはスーパーで盛り合わせを購入する習慣がない。刺身が嫌いと
いうのではなく、家で晩酌をすることがないのでとくに食べようという気に
ならないから。宴会がなくなったので、刺身を食べる機会が消滅している。
だから、行きつけのお店で注文する山陰や北陸でとれる魚のこりこりした
刺身が食べたくて仕方がない。

歌川広重(1797~1858)が天保年間(1830~1844)に描いた
‘魚づくし’の揃いものシリーズは食欲をそそる魚図鑑のようなもの。広重は
円山応挙風の鯉の絵を描いており、この鯉も体が上のほうに進んでいく感じが
よくとらえられており、鯉の滝登りを連想する。清流を泳ぐ魚というと鮎。
鯉同様、動感描写がなかなかいい。近代日本画では福田平八郎が鮎の名手。

鯛と伊勢海老は正月のご馳走かパーティでしか食べることはないが、立食
パーティもとんとないので今は蟹を加えた正月のささやかな豪華料理で食欲
を200%満足させている。‘鮑とさより’は広重の細やかな観察眼はうかがえ
る一枚。鮑の身やさよりの鱗が丹念に描かれているだけでなく、赤い桃の枝
をそえて毛色の変わった静物画に仕上げている。

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2021.06.05

もうすぐはじまる東博の‘国宝 聖林寺十一面観音’展!

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昨年同様、今年も美術館で計画されている展覧会は新型コロナの感染の状況
次第によって大きく振り回されている。緊急事態宣言がでると美術館自体が
休館せざるをえなくなるので鑑賞意欲がガクンとトーンダウンする。その
ため、正直なところ注目の展覧会であっても以前のようにだんだんと高まる
期待感やわくわくするような心の高揚が生じてこない。
例えば、今月の22日から東博ではじまる‘国宝 聖林寺十一面観音’展
(9月12日まで)は期待値の高い特別展だから予約をいれてもいいタ
イミングにきているが、まだ様子見モードが続いている。

奈良時代の最高傑作といわれるこの十一面観音のお話は今年2月、NHKの
‘歴史ヒストリア’でとりあげられた。仏像の誕生からはじまり、明治時代にな
り待ち受けていた廃仏毀釈の嵐のよる仏像存続の危機、アメリカ人、フェノ
ロサが政府に強く働きかけたことで実現した‘古社寺保存法’(国宝の誕生)
など多くの情報がつまった良質の美術番組だった。番組の最後にでてきたの
が聖林寺で計画されている収蔵庫の耐震性強化のための改修工事。クラウド
ファンディングにより資金の目標金額1500万円を上回る1718万円の
支援金が集まった。とてもいい話である。

奈良の桜井市にある聖林寺ではなく、東博で‘十一面観音’がみられるのだから
大勢の仏像ファンと一緒にみたいと思う反面、密になりすぎるのも怖いとい
う感情もおきる。なにかもどかしい。どのタイミングで出動するかよく思案し
たい。

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待望の‘イサム・ノグチ展’!

Img_20210604223901      ‘ヴォイド’(1971年 和歌山県近美)

Img_0001_20210604223901         ‘あかり’(1969年)

Img_0002_20210604223901      ‘無題1987年’(1987年 イサム・ノグチ財団・庭園美)

Img_0004_20210604223901         ‘ねじれた柱’(1982~84年 庭園美)

Img_0003_20210604223901         ‘カエリ’(1984年) 

新橋でクールベをみたあと大きな期待を寄せていた‘イサム・ノグチ 発見の道’
(4/24~8/29)が行われている東京都美へ行った。美術館が多く建ち並ぶ上野へ出かけるのは久しぶり。JRには新しい出口ができており、そこを出ると正面に上野動物園がみえた。以前は道路がありクルマが走っていたが、今はその光景が消えた。信号待ちがないため目的の美術館へすっと行けるようになっている。

現在鑑賞の日時を予約する美術館が増えていて、これがおっくう。折角の美術
館巡りがひとつでは淋しいので前もって東京都美に電話して予約なしでもみれる
か尋ねるとOKだといわれたので急遽イサム・ノグチ展にも足をのばすことにし
た。イサム・ノグチ(1904~1988)の抽象彫刻に関心を寄せているので
今回の回顧展は期待していた。でも、チラシをないのでどんな作品がでているの
か情報はゼロ。だから、展示室に入るとちょっと緊張した。

こういうときは目に馴染んでいる‘ヴォイド’の存在感や海蛇を連想させる‘下方へ引く力’をとっかかりにしてイサム・ノグチの世界へ侵入していくのがいい。最初の部屋の主役は光の彫刻’あかり’、竹と和紙でつくられた大小の球体やひねりをきかせた縦長の行灯などが心を和ませてくれる。日本人の琴線に響く‘あかり’がこんなにたくさん飾られているとは。

石を素材にした抽象彫刻はいろいろなヴァリエーションをみせてくれる。とく
に魅了されたのが‘無題1987年’(安山岩)、‘ねじれた柱’(玄武岩)、‘カエ
リ’(玄武岩)。‘無題1987年’の角いような丸いようなもっこり感はなぜ
か毎日たべているブロッコリーをイメージした。アメリカのトーテムポールが
すぐ浮かぶのがもっとも高さのある‘ねじれた柱’。そして、黄褐色とサメ肌の
ような色の対比がどきっとさせる‘カエリ’も強く目に焼きついた。

今回の大収穫は香川県高松市牟礼町にあるイサム・ノグチ庭園美(1999年
開館)に展示されている作品にお目にかかれたこと。若い頃1年間高松で仕事を
したことがあり、会社に牟礼に住んでいる同僚がいた。ところが、当時はまだ
芸術鑑賞の入口近くにさえいなかったのでイサム・ノグチが牟礼にアトリエを
もっていたことは知る由もなかった。時が流れて、幸運なことに牟礼にある
イサム・ノグチがどっとみれることになった。ミューズに感謝!      

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2021.06.03

汐留美の‘クールベと海’展!

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  ‘フランシュ=コンテの谷、オルナン付近’(1865年 茨城県近美)

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    ‘エトルタ海岸、夕日’(1869年 新潟県近美・万代島近美)

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     ‘波’(1869年 愛媛県美)

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     ‘波’(1870年 オルレアン美)

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     ‘シヨン城’(1874年 ギャルリ・ミレー)

東京都にでていた緊急事態宣言が6/1から20まで延長されたが、美術館
に対する休館要請はなくなったので新橋の汐留美へでかけ‘クールベと海’展
(6/13まで)をみてきた。5月の日美で放送されたクールベで司会者が
この展覧会に足を運びたくさん展示されている波の絵に関心を寄せていた。
番組をみる前から出動することは決めていたが、コロナ禍で予定が狂い緊急
事態宣言が延長されたらもう縁がなくなると心配していた。運よくすべりこ
めほっとしている。

日本でクールベ(1819~1877)の回顧展が開催されることなど思っ
てもみなかった。だから、パナソニック汐留美の企画力に拍手々!
こじんまりとした展示スペースの美術館なのに、2年前はパリからモローの
代表作をもってきて今回はクールベの海景画にスポットをあてている。クリ
ーンヒットがコンスタントにでると高い好感度はずっと維持される。

出品作は全部で59点、そのうちクールベは28点。予想外だったのが国内
の美術館がいいクールベを所蔵していたこと。これまで国内でみたクールベ
というと西洋美とかア―ティゾンのものなどをすぐ思い浮かべていたが、
ほかにもたくさんあった。‘フランシュ=コンテの谷、オルナン付近’はずい
ぶん前茨城県近美でお目にかかった。久しぶりにみていい風景画だなと魅了
された。

日美で紹介された‘エトルタ海岸、夕日’が気になってしょうがなかった。海外
の美術館からの出品かと思っていたら、なんと新潟の万代島美が所蔵してい
た。これは大収穫!昨日見た映画DVD、喜劇‘続社長紳士録’に新潟がでてき
たので、コロナ騒動がおさまったら隣の方とこの美術館を訪問する話をした。
また、フランスのオルレアン美からやってきた‘波’にも思わず足がとまった。

国内の美術館にある同じタイプの波のヴァージョンが3点並んでいた。その
ひとつが愛媛県美にあるもの。こんな迫力満点の大きな波ならサーファーは
果敢に挑むだろう。図録にはもう2点載っている。西洋美を含めると同じ波
の絵が6点。日本にこんなにクールベの波があったとは!

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2021.06.02

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(14)

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     ‘子供あそびのうち 川がり’(19世紀)

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     ‘当盛花合’(19世紀)

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     ‘当世商人日斗計 日九時’(19世紀)

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     ‘橋間のすずみふね’(19世紀)

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     ‘両国夕涼之図’(19世紀)

国芳は猫が大好きだったので猫を人間に変身させおもしろい戯画をつくった
り、髑髏のパーツに猫を使うという誰も思いつかないことを考える。
そして、猫と同じくらい大きな愛情を注いだのが子どもたち。心を和ます
子ども絵が沢山ある。小さい頃の楽しい思い出を蘇らせてくれるのが‘子供
あそびのうち 川がり’。釣りをする子、亀を追っかける子。どのシーンも
体験した遊び。亀にはとくに愛着がある。のしのし進む亀をみつけたとき
は嬉しくてたまらなかった。

‘当盛花合’は団扇に摺られたもの。果物の皮を剥いでいる母親の背中でじっ
とこちらをみている赤ん坊の目力がすごい。果物はお盆の3つと合わせて
4つ。ご馳走にありつけるのを静かに待っているのだろう。後ろの鉢をみる
と金魚がいっぱい泳ぎ回っている。庶民の暮らしはこんな見慣れた光景があ
れこれつながっていく。足で猫をからかっている女の姿を描いた‘当世商人
日斗計 日九時’はとても気になる一枚。こういうくだけた人物描写が生ま
れるのは国芳にゆるい観察眼が身についているから。

‘橋間のすずみふね’は舟の配置が感心するほど上手い。中央のイケメンの男
を左右の舟に乗った芸者がみている。夏の昼間、橋の下は涼をとる男女が
集まってくる。歌舞伎役者にでもなれそうないい男と芸者とくれば話がは
ずむにちがいない。上空のカモメの群れも会話を邪魔しないように飛び去っ
ていく。

藍一色で描かれた横長の‘両国夕涼之図’は人気の歌舞伎役者をモデルにした
ファッションブック。どの役者も細長い顔で釣り目だが瞳は大きくし、鷲鼻
で描くのが国芳流。この絵では役者はブロマイド風になっているが、出光美
が所蔵する‘役者夏の夜図’に登場する役者たちは横一列に影をつけ密状態で
描かれている。

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2021.06.01

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(13)

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   ‘本朝水滸伝豪傑八百人一個 早川鮎之助’(1830年)

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   ‘国芳もよう正札附現金男 野晒悟助’(1845年)

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   ‘正札附現金男 唐犬権兵衛’(1845年)

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   ‘誠忠義士肖像 中村勘助正辰’(1852年)

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        ‘近江之金女’(19世紀)

国芳は中国水滸伝に登場する豪傑たちを画面いっぱいにパワー全開で描いた
豪傑武者絵で人気絵師の仲間入りをした。これで自信を得て日本版水滸伝も
シリーズ化された。そのなかでぐっと惹かれるのが‘早川鮎之助’。はじめこ
の絵をみたとき、この男は川の中で何をしているのかよくつかめなかった。
大きな板を両手にもち水の流れを上流に押しやっている。そうして、飛び上
がった鮎を捕まえる。貧乏で釣り道具や網が買えないので腕力にものをいわ
せまさに手作りの方法で漁をしているのである。これは播磨の鮎川村に住む
浪人の話。絵画とつきあっているいろんなことを知る。

侠客を描いた‘国芳もよう正札附現金男’の連作に大変カッコいい男がでてく
る。この美形の男が着ている着物の柄が意表をつく髑髏模様。髑髏だけでも
はっとさせられるのにさらにサプライズが重なる。よくみると、猫を多くよ
せ集めて髑髏の形にしている。綺麗な顔とグロテスクな髑髏で侠客の心理状
態を表現している。悟助は月の半分は出家者として暮らし、もう半分は侠客
として弱者を助けて過ごしたという。これは山東京伝の小説を絵画化したも
のだが、‘唐犬権兵衛’は実在の侠客。地獄の図柄の着物を身につけ顔を鏡でと
とのえているところ。侠客は人の目をいつも気にしているから髪や髭の手入
れもおこたりない。

赤穂浪士の肖像画は四十七士全員ではなく12枚で終わっている。最もイン
パクトのある義士の半身像が‘中村勘助正辰’。勘助にぶつけられた吉良家の紋
のはいった手あぶりから灰が外へ飛び散っている。これを胡粉を吹きつけて
表現している。一瞬このリアルな描写に目が点になった。こういう絵はおお
げさにいうとエポック的な鑑賞体験。国芳恐るべし!

‘近江之金女’にも魅了されている。近江の国の海津の宿場女郎、お兼は風呂の
帰り馬が暴れているのにでくわす。男たちは腰抜けで誰も止められない。
だったら私がと、荒れ狂う馬の手綱を下駄でふんばり見事取り押えた。‘どう
だい、みたかい。こんなのわけないことさ’。いつの時代にも男勝りの怪力
女性がいる。

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