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2021.05.31

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(12)

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        ‘坂田怪童丸’(1836年)

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        ‘金太郎鬼ヶ嶋遊’(1839~43年)

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        ‘西塔鬼若丸’(19世紀)

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     ‘弁慶梵鐘引き上げ’(19世紀)

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     ‘曾我五郎’(1848~50年)

浮世絵師で金太郎をよく描いたのは鳥居清長と喜多川歌麿と歌川国芳。一番
元気なのが国芳が描く金太郎。その代表作が‘坂田怪童丸’。怪童丸は金太郎の
こと。赤い体の金太郎が足を踏ん張って大きな鯉を捕まえようとしている。
青のグラデーションを使って表現された鯉と水の流れは現代の感覚にも通じ
るフォルムであり、赤一色の金太郎と完璧な色彩対比を生み出している。

‘金太郎鬼ヶ嶋遊’はユーモラスな鬼たちに担がれた金太郎がじつに可愛い。
これは金太郎が桃太郎遊びをしているところ。色は怪童丸と同様に、赤、
黄色、青の3色。国芳は天性のカラリスト。中学生のとき部活でバレーボー
ルをやっていたが、ユニフォームは青地に赤で数字入れたものだったのでこ
れに強い色調効果があることはよく知っている。

一見するとまたも金太郎かと見まがうのが‘西塔鬼若丸’。鬼若丸は弁慶の幼少
期の名前。弁慶だって小さい頃から力自慢だったから捕まえた大きな鯉を背
負ってどや顔を見得をきる。これも見ごたえのある一枚。生き物のように飛
び散る波濤の動感とひれをぱたぱたさせてなんとか逃げようとする鯉をがっ
とつかんで離さない鬼若丸。まるで大スペクタクル画をみているよう。

‘弁慶梵鐘引き上げ’は怪力の弁慶が琵琶湖から鐘を三井寺まで引き上げる場面
が描かれている。左で唖然としてながめているのが源義経。肉筆武者絵の
‘曾我五郎’にもぐっと惹きこまれる。太い墨線で描かれた馬の躍動感が見事。

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2021.05.30

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(11)

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     ‘東都富士見三十六景 佃沖晴天の不二’(1844年)

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     ‘新大はし橋下の眺望’

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     ‘昌平坂の遠景’

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     ‘山王神事雪解の富士’

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     ‘隅田堤の夕富士’

‘東都富士見三十六景’は北斎の‘富嶽三十六景’に刺激を受けて描かれたもので
現在5図のみ確認されている。出版されたのは‘東都名所’シリーズがでた天保
の初めから十数年経った弘化元年頃(1844)。みどころは主役の富士山
の印象を控え気味にし富士とコラボする人々の姿や動きにスポットをあて
大胆かつ刺激的に描いているところ。東都名所同様、西洋画の技法が貪欲に
とり入れられているのも国芳流。

お気に入りは‘佃沖晴天の不二’。短縮法で描かれた舟をこぐ船頭の動感描写が
すばらしい。そして、視線がすぐその先の漁師の舟に移動する。大きな網の
重さで舟ぐっと傾いているが、このバランス加減は漁師の熟練の技で支えら
れている。網からこぼれる魚を狙って黒い鳥が一羽飛び回っているのもうな
ずける。こちらに関心がむかうので真ん中の不二を見る時間が少ない。

これに対し‘新大はし橋下の眺望’はすっと美しい富士が目に入ってくる。橋脚
の間からみる富士という発想が意表をつく。どっしりとして量塊のある大き
な大木が全部で6本。この安定感は向こうにみえる富士との親和性を生み出
す。この光景を邪魔しないように橋の下を通る荷物を載せた舟は一部が橋脚
で隠され、静かに進んでいる。

‘昌平坂の遠景’は坂道の傾斜を極端にきつくするのは‘東都名所 かすみが関’
をそのまま受け継いでいる。こちらのほうは登場する人物が3人多く8人も
いる。さらに馬、鳥が加わるから賑やかな往来の光景になっている。
富士山とエンターテイメントの組み合わせがおもしろい‘山王神事雪解の富士’
も派手な出し物に心が奪われる。日本橋の町中を練り歩く山王祭の山車を富士
が悠然と眺めている感じ。堤の上の二人が富士山を指している‘隅田堤の夕富
士’も一度みたら忘れられない。

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2021.05.29

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(10)

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     ‘東都名所 かすみが関’(1831年)

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     ‘するがだい’

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     ‘新吉原’

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     ‘両国柳ばし’

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     ‘浅草今戸’

国芳の描く風景画にはハッとさせられる表現が多くでてくる。‘かすみが関’
は坂の傾斜がかなりあることを強調するところが印象深い。向こう側の登
り坂をやってくるのは荷物を満載した荷車を引く男と扇をパタパタさせて
ふーふーいっている武士。二人に較べるとそれほどきつそうではないのが
こちらの少し傾斜のゆるい坂道を上がってきた日傘の御殿女中と供の下男。
この頂上をこえると下りになるから空にわきでている夏雲をみる余裕があ
るかもしれない。

‘するがだい’は‘かすみが関’と同じく、時代劇のワンシーンをみているよう
な光景。雨上がりのあと駿河台にでた虹を侍と従者が気持ちよさそうに眺
めている。その向こうに傘をおろして歩いている丁稚を描き、雨上がりの
清々しさを演出している。虹は人々の心をときめかせる名所でなく日頃見
慣れた光景だが、国芳の鋭い視線と新鮮な画面構成により堂々たる風景画
に仕上がっている。

‘新吉原’は道を行き交う人物の心情がうかがえる一枚。籠で吉原に乗りこ
むのは懐に金をたんまりともっているご大尽。うしろのほほ被りの男たち
は商売が儲かった商人、ちょっと緊張気味。吉原ビフォー&アフターでは
体の動きがちがう。真ん中にドテラ姿の男が歌を唄いながら歩いている。
吉原で金を使い果たしたのかもしれない。夜空のお月さんはそんな浮世の
風情を眩しく照らしている。

夜の柳ばし川岸をお座敷にむかう芸者と男衆を描いた‘両国柳ばし’は味わい
深い夜景図。二人が気にしているのは右の野犬。芸者は‘あの大きいほう
の犬はうーう唸っているわよ、犬のケンカは激しいからとばっちりを食わ
ないように早く行きましょう’とかなんとは言っているのだろう。芸者と犬
のいるところは光があたりピーンとした空気になっているのに対し、土手
の柳、猪牙舟、向こう岸の森影は墨の濃淡でシルエット風に描写し静寂感
をつくることで画面をうまく中和させている。そして、空にはいっぱいの
星くず。不思議なとりあわせである。

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2021.05.28

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(9)

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     ‘東都名所 佃嶋’(1831年)

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     ‘てっぽふず’

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     ‘大森’

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     ‘両国の凉’

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     ‘洲崎初日出の図’

国芳が天保のはじめころ描いた‘東都名所’は全10図が知られている。北斎の‘
富嶽三十六景’や広重の‘東海道五拾三次’の爆発的な人気には及ばなかったが、
西洋画法を利用して江戸っ子の心情や生活風土を生き生きと描いた風景画は
魅力にあふれている。

海が描かれた名所でもっとも魅了されているのが‘佃嶋’。隅田川の永代橋の
橋脚の間から佃嶋を臨む風景がインパクトのある表現でとらえられている。
女性を乗せた舟の正面性を強調したフォルムは西洋画の短縮法を連想させる。
国芳はこれを知っていたのだろうか。水面にうつる橋脚や橋の影が揺ら揺
ら動き、この舟のすぐ後からみているような臨場感がある。ストップモーシ
ョンの映像を思わせるのが橋の上から降ってくる札、これは水死者の霊を弔
う‘川施餓鬼’。じつに人間臭い風景画である。

‘てっぽふづ’もおもしろい絵。手前に描かれているのは鉄砲洲近くの岩場で
釣りを楽しむ3人の男。ちょっと意匠化された波に囲まれ、三人の思い思い
のポーズが動きのある釣りの光景をうみだしている。そして、視線を遠くに
やると小さくなった帆船と白抜きの富士がみえる。釣りの趣味がないが、
こういう開放的な釣り場なら一日中リラックスできそう。

遊び心を強く刺激されるのが‘両国の凉’。両国の納涼花火は夏の風物詩として
多くの浮世絵師に描かれてきた。国芳の花火に惹かれるのは大きな画面に橋
をいれ大勢の見物客を集わせて賑やかな花火の全光景をみせるのではなく、
宴会真っ最中という舟遊びブルーㇷ゚に最接近しその享楽ぶりを描いているか
ら。物売りの舟が近づき注文の品を渡している。
‘洲崎初日出の図’は右の二人の芸者に向かって放射状に走ってくる光は印象的。
構図の良さが絵画の価値を決めることをあらためて認識させられる。

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2021.05.27

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(8)

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     ‘蝦蟆僊人と相馬太郎良門’(19世紀)

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        ‘深見草獅子彩色’(1847~52年)

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        ‘禽獣図絵 獅子’(1839~41年)

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        ‘流光雷づくし’(19世紀)

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        ‘忠義重命軽’(19世紀)

国芳の回顧展が定期的に行われるのは描く画題が幅広いことと関係している。
これは尊敬する北斎に少しでも近づきたいという気持ちが強かったからだろ
う。出世作の武者絵からスタートし、役者絵、美人画、戯画、風景画なんで
も高いレベルで描ける。海外で国芳が注目されているのはこのあたりが受け
ているにちがいない。

国芳がスゴイなと思うことはまだある。ここにあげる絵は北斎を超える描き
方と発想によって生み出されている。‘蝦蟆僊人と相馬太郎良門’は平将門の
遺児・相馬太郎良門が筑波山で蝦蟇仙人から妖術を授かる場面が描かれてい
る。視線は仙人の口から飛び出した美人と中央の相馬太郎良門に向かうとこ
ろだが、注目すべきは相馬太郎良門のまわりにたくさんいる蝦蟇たち。
よくみると蝦蟇たちは上のほうで覆いかぶさるような岩の塊や鋭角的に突き
だした岩肌とダブルイメージになっている!国芳の絵でシュルレアリスムの
表現に遭遇するとは。

ダリもびっくりのダブルイメージは‘深見草獅子彩色’と‘禽獣図絵 獅子’でも
みられる。深見草は牡丹のこと。青と赤の牡丹の花びらをじっとみていると
獅子の顔が浮かんでくる。はじめてみたとき200%仰天した。浮世絵師が
こんなシュールな表現をするのか!さて、青の牡丹のなかに何頭の獅子が潜
んでいるか、赤の方は? 禽獣図絵に描かれた親子獅子ついても、目が慣れ
てくると岩肌や牡丹と部分的に重なってくる。牡丹のところにもう一頭の子
獅子がいるが、どこ?

雲の上の雷様が職人になっていろいろ仕事をしてところを描いた‘流光雷づく
し’もおもしろい。上の雷たちは太鼓をたたく音響係、柄杓で樽から水をすく
って雨を降らせる係、さらに稲妻の小道具を研ぐものもいる。
‘忠義重命軽’は一発でKOされた。物体化した漢字の‘忠義’をしんどそうに担
ぐ義士がおり後ろの義士は右手で‘命’を軽くつかんでいる。国芳の頭からは
ブラックユーモアもでてくる。これは一生忘れられない。        

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2021.05.26

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(7)

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     ‘流行達磨遊び 手が出る足が出る’(19世紀)

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     ‘流行達磨遊び 蕎麦・首引き’(19世紀)

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     ‘似達磨の一軸’(1848年)

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     ‘流行うきよひょうたん’(19世紀)

小さい頃から漫画本を楽しむことがないので、ヒットした漫画や戯画の系譜
に疎い。だから、もっぱら喜劇映画、落語、漫才、‘鳥獣戯画’とか浮世絵の
戯画のような絵画作品から笑いを提供してもらっている。国芳には笑いがテ
ンコ盛りの戯画がたくさんある。

お気に入りのひとつが‘流行達磨遊び’。現在何点確認されているのかわからな
いが、2011年に開催された歌川国芳展(森アーツセンターギャラリー)
で2点遭遇した。おもしろい発想なのが‘手が出る足が出る’。達磨職人が目を
入れると生きた達磨に変身する。‘おらは力自慢の達磨だぞー!’ 横では先に
命を授かった達磨が職人を指さし‘お前さんが目を入れると仲間が増えるのさ、
どんどんやっておくんな’とゲラゲラ笑っている。子どもは中身が出てこない
ように必死で押え込もうとしている。これは腹の底から笑える。

‘蕎麦・首引き’もたまらなくいい。蕎麦を美味しそうに食べまくる達磨、誰で
も好物にありついたときはこんな顔になる。観光旅行で岩手県へ行ったとき
花巻で有名なわんこそばをいただいた。一皿分の蕎麦は少ないので皿がこの
絵のように何枚も積み上がっていく。後ろでは太鼓腹をだして土俵入りの恰好
をしたり、首引き遊びの真っ最中。

‘似達磨の一軸’は濃い墨で禅画の達磨が描かれている。この人物は4代目中村
歌右衛門。天保の改革で舞台上の姿を描くことが禁じられたため、国芳は歌右
衛門を達磨に見立てることでお上の目をかいくぐった。歌右衛門は人気役者な
ので鯛になったり亀になったりと変身に忙しい。思わず足が止まるのが‘流行
うきよひょうたん’。真ん中にいる男はよくみると顔、腹、手足がみな瓢箪にな
っている。これは参った!

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2021.05.25

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(6)

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     ‘魚の心’(1843年)

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     ‘魚の心’(1843年)

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     ‘似たか金魚’(1843年)

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     ‘龍宮遊さかなげいづくし’(1845~53年)

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     ‘龍宮玉取姫之図’(1853年)

浮世絵とのつきあいがあったお蔭で江戸時代における人々の暮らしぶりやお
楽しみエンターテイメントだった歌舞伎のことなどが身近に感じられるよう
になった。歌舞伎役者を描く役者絵というと、顔を大げさにデフォルメして
ドアップで描いた写楽の大首絵がすぐ浮かんでくる。デビュー作の28点が
あまりにインパクトが強いので何度もみているうちに役者と演じる登場人物
の名前をだいたい覚えてしまった。

江戸っ子が心のリフレッシュのために出かける歌舞伎なのに、時の権力者は
気持ちが過度に享楽的になると世の中が乱れるとかいって歌舞伎関連の浮世
絵の規制を連発する。老中水野忠邦は‘天保の改革’(1842年)を行い、
役者絵を禁止にした。そこで、反骨心の強い国芳がとった手が魚や猫を使っ
て歌舞伎役者の似顔絵を描くことだった。

2枚確認されている‘魚の心’は魚の顔の部分をじっとみるとその顔は当時の人
がみればすぐわかるはず。この人面魚で役者を連想させ歌舞伎好きを慰めた
のである。上の画像にでてくる鯛は4代目中村歌右衛門で、鯛と向き合って
いるかれいは岩井紫若。歌右衛門は‘似たか金魚’の亀にも変身している。
そして、金魚の赤い綺麗な柄には役者の家紋をさらっと描きこんでいる。

‘龍宮遊さかなげいづくし’はTV局が春と秋の番組の切り替え時に実施する
‘魚オールスター宴会芸大会’みたいなもの。乙姫に誘われた浦島太郎が亀の米
俵回しやうなぎの木登り(右端)などの一発芸をでれっとして楽しんでいる。
こんなおもしろい絵は何時間みてても飽きない。‘龍宮玉取姫之図’は国芳の
イマジネーションの凄さがうかがえる傑作。左にいる海女の玉取姫は龍宮に
潜入して奪い返した宝玉をもって決死の覚悟で逃げているが、追っ手の龍神
や海老、魚、亀たちの軍勢がすぐ近くまで迫っている。龍のくねくね胴体と
大きくうねる波に目が釘づけになる。

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2021.05.24

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(5)

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     ‘魚づくし ふぐに赤えい’(1839~42年)

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        ‘なまず(左)真鯉(右)’

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     ‘岩に取りついた蛸(左)杭に寄る鮒(右)’

同じ魚を描いても広重と国芳では表現の狙いが大きく違う。広重は鯛や海老
を人々が知ってる魚のイメージに近づけて横に長い長方形の画面にどんと描
く。だから、見る者に‘これは美味しそうな鯛だな、この海老も早く食べた
い’という気にさせる。これに対し、国芳が描くのは海や川で泳ぐ魚たちの生
態。そのため食べる魚のことは頭から消え、水族館にいる魚たちのパフォー
マンスを夢中になってみてしまうのと同じ感覚が生じる。

‘魚づくし’の残り5枚は‘ふぐに赤えい’、‘なまず’、‘真鯉’、‘岩に取りつく蛸’、
‘杭に寄る鮒’。食い入るようにみるのが‘ふぐに赤えい’。縦にぐんと長い画面
を使って水中をスイスイ進む赤えいとふぐが描かれている。濃い青でエッジ
をきかせて表現された水の流れにまず驚かされる。さらに、ペアのえいを
一方は真上から背中をとらえ、片方は仰角のアングルで白い腹をちらっとみ
せる。これでいっぺんに水の空間に広がりができる。また、ふぐの群れの
スピード感もいい。前の2匹が体を寄せ合って泳ぐ姿が強い推進力になっ
ている。

同じような水の描き方の‘なまず’では縦長の画面にさらに複雑さをました水
流が重層的になり、大きななまずと逆の方向に進む魚が急な滝を下ったり登
ったりしているイメージで描かれている。そして、なまずの動きに呼応する
ように滝登りとくれば‘俺の出番’とばかりにドヤ顔なのが真鯉。この立ち姿
はまるで肖像画のよう。

蛸が圧倒的な存在感をみせる‘岩に取りつく蛸’にも魅了される。派手な蛸の
フォルムを引き立てる波濤の装飾的な模様がじつに爽快。一見するとビジー
な感じだが、激しくはじける波濤と下で交差する波の形が岩に取りつく蛸を
バランスよく取り囲んでいる。国芳のデザイン感覚は本当にスゴイ。

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2021.05.23

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(4)

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  ‘魚づくし 金魚に目高(左)えびざこ(右)’(1839~42年)

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     ‘藤下緋鯉(左)萩に鮎(右)’

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        ‘蟹と亀’

浮世絵の花鳥画で思い浮かぶのは葛飾北斎と歌川広重。北斎には二つの花鳥
画シリーズがあり、ひとつは横大判の10枚。このうち5枚は芥子や百合な
どが画面いっぱいに大きく描かれ、残りの5枚は‘紫陽花と燕’、‘牡丹に蝶’の
ように花に鳥や昆虫などを組み合わせたものになっている。
もうひとつのシリーズは縦長の花鳥画、これも10枚あるが全部文字通り花
と鳥でカラフルな色調と鳥の見事な動感描写が心をとらえて離さない。この
20枚は浮世絵の枠をこえて花鳥画の傑作中の傑作といっていい。

広重も花鳥版画の名手。画面のタイプでいうと花や鳥が登場するときは縦に
ぐっと長いものに描かれ、魚や海老、鮑などを描くときは横大判が使われて
いる。鯛や海老などがどんと描かれていると漁港にでかけると美味しい魚に
ありつける料理屋の看板を見ているような気分になる。広重の‘魚づくし’は
ほかに鯉、鮎、ぼら、さより、こち、かれいもお目にかかった。

国芳の花鳥画は北斎、広重にくらべると少なく、魚を描いた中短冊‘魚づくし’
が10枚知られているだけである。数は少ないがなかなかいいのが揃ってい
る。その5枚は‘金魚に目高’、‘えびざこ’、‘藤下緋鯉’、‘萩に鮎’、‘蟹に亀’。
‘金魚づくし’の延長でみてしまうのが‘金魚と目高’。細いメダカとボリューム
感のある金魚を一緒に描くのが国芳流。水面に落ちた花びらにさっと集まっ
てくる様子が写実的に描写されている。

そして、涼し気なイメージのする‘えびざこ’はシルエットで描かれた海老と魚
のいるところに上から釣り糸を垂らし現実感を垣間見せる発想がおもしろい。
また、‘藤下緋鯉’のはっとさせられる緋鯉のフォルムに目が点になる。半円形
の模様と同化する鯉の体に影をつける表現は現代絵画をみているよう。

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2021.05.22

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(3)

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        ‘金魚づくし ぼんぼん’(1839~42年)

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        ‘いかだのり’

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        ‘酒のざしき’

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        ‘まとい’

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        ‘さらいとんび’

歌川国芳(1797~1861)が天保後期の1839~42年に‘金魚づく
し’を描いたのは働き盛りの42歳から45歳のころ。湧き出るアイデアを高
い技術でもって表現し江戸っ子を喜ばせた。残りの5枚は‘ぼんぼん’、‘いか
だのり’、‘酒のざしき’、‘まとい’、‘さらいとんび’。

とてものどかな風情になっているのが‘いかだのり’。ここでは金魚はいかだ
をこぐ2匹だけ。いかだの向こう側には蛙のこぐ舟がいかだと平行に進み、
その後ろには小さな島があり2羽の鷺がいる。すっきりした画面構成によっ
て生み出される金魚と蛙と鷺の静かなコラボレーションが目に心地いい。

これに対し、金魚の賑やかな動きが見ている者も浮き浮きさせるのが‘酒の
ざしき’。飲めや歌えの大宴会、水草や花を手に楽しげに踊る金魚の陽気なこ
と。コロナ騒動がなかったら、飲食店ではいつでもどこでもこんな光景がみ
れたのに。これをみていると最近頻繁に再生している日本映画のDVDが思
い浮かぶ。それは喜劇‘社長シリーズ’、定番の宴会芸をげらげら笑いながらみ
ている。絶品は森繁久彌と三木のり平が踊る‘安来節のどじょうすくい’、知っ
ている人は知っている。

‘まとい’も元気な金魚たちでいっぱい。まといを上げ下げして進むスピード
感が印象的。蛙を先頭に9匹の金魚が手前から左に弧を描くように時計回り
で右の方向へリズミカルに前進している。画面のなかに時間を入れるのは
なかなかの腕。国芳は天才的に動的描写が上手い!

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2021.05.21

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(2)

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     ‘金魚づくし 玉や玉や’(1839~42年)

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     ‘にはかあめんぼう’

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     ‘百ものがたり’

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     ‘すさのおのみこと’

5,6年前?パリで歌川国芳(1797~1861)の回顧展が開かれ多く
の浮世絵ファンが集まったとTVが報じていた。海外にも浮世絵好きはいる
だろうが、浮世絵師の知名度でいうと北斎か歌麿しか浮かばないのではとい
うイメージが強くある。それが今は日本でも若い人たちに人気の高い国芳に
も関心が向かっている。国芳のエンターテイメント性に富んだ画風によって
彼らの浮世絵の楽しみ方が変わるかもしれない。

国芳の擬人パロディに登場する生き物たちはいろいろいる。もっとも多
いのが猫。国芳は猫が大好きだからヴァリエーションに事欠かない。ほかに
は狐、蛙、亀、雀、たこ、魚、、魚では金魚を擬人化して市井の風俗を描い
た‘金魚づくし’シリーズが興味深い。現在9図が確認されている。その4点
が‘玉や玉や’、‘にはかあめんぼう’、‘百ものがたり’、‘すさのおのみこと’。

金魚は小さいころお祭りで金魚すくいを楽しんだ思い出があるから、すぐこ
の擬人画に感情移入できる。‘玉や玉や’は子どもが買いたくなるシャボン玉
売りの場面。金魚のあぶくがシャボン玉になっているのがおもしろい。金魚
に混じって亀の親子と立ち姿のおたまじゃくしもいる。

‘にはかあめんぼう’もなかなかの傑作、にわか雨とあめんぼうがダブルイメ
ージになっている。ダリがみたら裸足で逃げるにちがいない。また、蓮の花
を傘に使うのも国芳ならではの発想。つい夢中になってみてしまうのが
‘百ものがたり’、金魚とメダカたちが集まって百の怪談話を語り終える。する
と妖怪ではなくて猫がでてきた。みんな怖くてパニック状態。だが、左上の
金魚は肝っ玉がすわっており水草の刀に手にかけて戦闘モードになっている。

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2021.05.20

Anytime アート・パラダイス! 歌川国芳(1)

Img_0002_20210520221901          ‘猫の当字 なまづ’(1836~44年)

Img_0001_20210520221901          

‘たこ’

Img_0003_20210520221901          ‘かつを’

Img_0004_20210520222001          ‘ふぐ’

Img_20210520222001          

‘うなぎ’

美術館で展覧会をみたときはミュージアムショップで図録を購入するのが習
わしになっている。これを長年続けていると回顧展が開催される回数の多い
ア―ティストの場合、図録がどんどん積み上がっていく。これだと限られた
本棚の収録スペースがパンクする。そこで、図録の大集約を精力的に実施
している。こうして出来上がったMy図録には作品のダブりがなく多くの
情報が入っているのでずっしり重くなる。例えば、浮世絵師、歌川国芳
(1797~1861)は切り貼りで膨れた図録が3冊も本棚におさまって
いる。

国芳とのつきあいが長いのでこれまで手に入れた図録は10冊くらいになる。
浮世絵には北斎の‘富嶽三十六景’のようにシリーズものや揃いものがある。
富士山のような有名な版画は一度に全部はみれないが足繁く展覧会に通っ
ていれば思いの丈は叶えられる。ところが、それほど知られていない揃いも
のだと一度の回顧展でみれたとしてもそれらは現存するものの一部にとどま
ることがほとんど。だから、何度も回顧展を体験し運よくコンプリートでき
るとニコニコ顔になる。My国芳図録からいくつか紹介したい。

猫好きの国芳は猫と魚を組み合わせて文字を形作る‘猫の当字’というおもしろ
い絵を天保7~15年頃(1836~44)に描いている。現存するのは‘なま
づ’、‘たこ’、‘かつお’、‘ふぐ’、‘うなぎ’の5種類。左上のコマ絵に表題の魚が
図案化されている。文字の形をつくる主役は体の柔らかい猫たちだが、当の
魚も助演している。‘なまづ’では‘な’は猫4匹、なまづ2匹、‘ま’は複雑に体を
よじまげた猫5匹となまづ1匹の合作、最後の‘づ’は‘つ’の字は‘川’を崩した
ものなので‘川’に点々となっている。この川には猫となまづは何匹いる?

ほかで惹きつけられるのは‘ふぐ’、ここでは猫もふぐもダイナミックに体を変
形させ立派に文字をつくっている。‘ふ’の真ん中で怒りの表情をみせるふぐの
姿に強いインパクトがある。これに対し‘うなぎ’では大勢の猫が自在に形を
つくり、うなぎの存在感は薄い。

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2021.05.19

ポリーニの‘ベートーヴェン・皇帝’!

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     ベートーヴェンの‘ピアノ協奏曲5番・皇帝’を演奏するポリーニ

週2回近くの会員制スポーツジムで水泳をしている。クロール専門で
25mプールをゆっくりペースで休憩なしで1時間、距離にすると1㎞
くらい。だから週に2㎞泳いでいることになる。今年の1月からジムが
変わったのだが、会員の数が多いため一つのレーンを以前のように独占
して泳げなくなった。昨年までは1時間泳いでも疲労感をあまり感じな
いで泳ぎ終わるという調子だったのに、新しいレーンではすれ違いに気
を使うのが影響してか後半は疲労がたまるようになった。

5ヶ月経ったので体も徐々に慣れてきてはいるが、もとのリズムにもど
るのはまだしばらくかかりそう。今、この体調のちょっとした狂いを和
らげてくれているのがTou Tubeから流れてくるクラシックの名演奏。
とくによく聴いているのがマウリツィオ・ポリーニ(1942~)が弾
くベートーヴェンの‘ピアノ協奏曲5番・皇帝’。この演奏は2014年に
行われたもので共演するのはスペインのガリシア交響楽団(スペイン北
西部のア・コルーニャに1992年設立)。指揮するのはなんとポリー
ニの息子。親子で‘皇帝’を演奏するというのがおもしろい。

ポリーニはこのとき72歳。つくづくポリー二のピアノはスゴイなと思
う。5曲あるピアノコンチェルトの最高峰である‘皇帝’が70歳をこえ
てもこれほど立派に弾けるのだから、神業的な演奏である。マーラーに
魅せられていたときは明けても暮れてもマーラーだったが、現在は演奏
時間の長いマーラーは年に2回くらいにとどめ、ベートーヴェンを聴く
ことが多くなった。でも、聴くのは3曲だけ。‘皇帝’と‘交響曲5番・運命’
と‘第9’。歳をとるにつれ心と体に優しさと生きる力を注入してくれる
ベートーヴェンが神のような存在になった。

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2021.05.18

マーラーの‘交響曲第五番’!

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16日にEテレで放送されたカラヤンの‘チャイコフスキー悲愴’とバーンスタ
インの‘マーラー5番’は何年に1回というエポック的な音楽番組だった。N響
公演の会員になっている友人も前のめりでみていたことは容易に想像できる。
最新技術によって過去に行われた伝説の名演奏が画質・音とも格段にレベル
アップされてよみがえるのは2度目。昨年の8月、第一弾としてカラヤン、
ベーム、バーンスタイン、クライバーが登場した。続編がまたありそうだが、
次は往年の名ヴァイオリニストやピアニストの演奏が聴きたくなる。例えば、
ルービンシュタインとか、期待に応えてくれるだろうか。

バーンスタインが指揮する‘マーラー5番’は流石ウィーンフィルだけにす
ばらしい演奏だった。この5番はマーラー(1860~1911)に嵌って
以来、何度聴いたことやら。出だしのトランペットから5楽章まで数多くち
りばめられた聴かせどころのメロディラインは耳に体に沁み込んでいる。
どれも演奏時間が長いマーラーの交響曲だが、5番は大きく揺さぶられる感動
の起伏がちょうどいいあんばいに保てる1時間15分というベストタイム。

この5番はマーラーが42歳の1902年に完成された。そして、2年後に
‘6番’、その翌年に‘7番’ができあがった。5番に聴き惚れるのは心が軽くなり
ホルンの音色により楽しさ絶頂のところと気持ちがぐっと沈潜するところが
うまい具合に組み合わされて流れていくから。とくに痺れるほどいいのが4楽
章の弦楽合奏とハープの美しいアダージェット。映画‘ヴェニスに死す’に使われ、話題になった。今、名作映画のDVDコレクションに熱をあげており、この映画をBOOK OFFなどで追い求めているがなかなか遭遇しない。

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2021.05.17

カラヤンのチャイコフスキー・悲愴!

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Img_0001_20210517221101      チャイコフスキー・悲愴を指揮するカラヤン(1973年12月)

Img_0002_20210517221101        

昨日、久しぶりにEテレでクラシック音楽を楽しんだ。今はクラシックを
TVではほとんど聴かないので2時間が特別編成なのかわからないが、最新
技術でリメイクされた映像が2つ流れた。ひとつはYou Tubeでときどき
みているカラヤン(1908~1989)が指揮するベルリンフィルによる
‘チャイコフスキー6番・悲愴’。これが45分くらいで、その後すぐはじまっ
たのがバーンスタイン(1918~1990)指揮の‘マーラー5番’。こち
らは1972年に行われたウィーンフィルの演奏。

クラシックとのつきあいがはじまったのは高校生のとき。友人の父親がク
ラシック好きで、レコードをたくさんもっていてその一部を聴かせてもら
った。それがブラームスの交響曲1番。これがブラームス狂になるきっかけ
となった。このころは指揮者というとカラヤンか小澤征爾しか知らなかった。
でも、帝王カラヤンの楽団員をみず目をつぶって指揮するあの神様的なスタ
イルが目に焼きつけられるのはずっとあとのこと。

N響アワーをある時期から長年聴いており、歴史的な名演奏をかなりの数ビ
デオ収録した。ところが、カラヤンのチャイコフスキー・悲愴がどういうわ
けかビデオにおさまっておらず、あるのは晩年、若い天才キーシンが演奏す
るチャイコフスキー・ピアノ協奏曲1番を指揮したもの。だから、今回、よ
うやくカラヤンの悲愴をビデオ化(TV内蔵方式)することができたので嬉し
くてたまらない。しかも、映像・音声がぐんと良くなったものが。

圧巻は第三楽章!これがクラシック名演奏の醍醐味という感じ。カラヤンの
悲愴を聴いたら、もうほかの演奏は聴けない。こういうと、世の中にたくさ
んいるクラシック通から‘カラヤン好きなの?カラヤンよりはカール・ベーム
のほうがいいよ’とつっこまれることは承知している。作曲家と指揮者には
相性があり、チャイコフスキーならやはりカラヤンがいい。そして、ブラー
ムスならベーム。ウィーンフィルの日本公演で演奏されたベームのブラーム
ス1番は名演奏中の名演奏だから何度も聴いている。

チャイコフスキーの悲愴を聴いていつも思うことがある。それは名作映画
‘砂の器’に流れてくるテーマ曲‘宿命’が重なること。チャイコフスキーに惚れ
ていた作曲家の芥川は映画音楽との親和性にいいチャイコフスキーの曲想か
ら強い刺激をうけたにちがいない。

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2021.05.15

Anytime アート・パラダイス! クールベ(6)

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     ‘フラジェの樫の木’(1864年 クールベ美)

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     ‘ボート遊び’(1865年 村内美)

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  ‘ジョーの肖像 美しいアイルランド女性’(1872年 山形美)

2007年、パリのグラン・パレで開かれた大クールベ展に日本のコレクタ
ーが所蔵する絵が展示されていた。それは八王子の有名な家具店、村内に飾
られている‘フラジェの樫の木’。一本の巨木がどーんと描かれている。圧倒
的な存在感に思わず足がとまったが、さらに驚いたのは絵の解説プレートに
日本の村内美の所蔵とある。ええー、こんないいクールベが日本にあった
のか!作品を全部見終わってミュージアムショップで図録を購入したら、
またサプライズ。なんとこの巨木が図録の裏表紙に使われているのである。

‘フラジェの樫の木’は現在、クールベの生地、オルナンのクールベ美におさ
まっている。2013年にフランスの国宝という扱いで里帰りした。情報に
よると購入金額は500万ドル(当時4億5千万円)。日本でみれないのは
残念だが、オルナンに戻ったのならクールベは喜んでいるにちがいない。
ところで、最新の状況を確認してないが村内にあるもう一つのクールベ、
‘ボート遊び(ポドスカーフに乗る女)’はまだ手放してない?海外の美術館か
コレクターのところにあるような気がするが、どうだろう。

山形美にある‘ジョーの肖像、美しいアイルランド女性’は吉野石膏コレクショ
ン自慢のお宝。この絵には3つのヴァージョンがあり、回顧展にはストック
ホルム国立美とメトロポリタンが所蔵するものが登場した。いずれもぐっと
惹きこまれるいい絵で女優の肖像かとみまがうほどの美形だからつい最接近し
てみてしまう。クールベは豊満な肉体のヌードを描いたり、ちょっと怪しい
雰囲気の女性たちを登場させるが、ティツィアーノの女性画を連想させる美
しいアイルランド女性も綺麗に仕上げる。本当にビッグな画家である。

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2021.05.14

Anytime アート・パラダイス! クールベ(5)

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     ‘分け前’(1857年 ボストン美)

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     ‘雄鹿の闘い’(1861年 オルセー美)

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     ‘追い詰められた雄鹿’(1867年 オルセー美)

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     ‘マス’(1872年 チューリヒ美)

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     ‘リンゴののある静物’(1871~72年 メスダハ美)

クールベ(1819~1877)はモネ(1840~1926)と違って海
外の美術館でしか主要作品とお目にかかれない画家。そのため、サプライズ
の大きな鑑賞体験となる。ボストン美でみた‘分け前’のときもそうだった。
これは最初期に描かれた狩猟画。木に寄りかかって瞑想している猟師(自画
像)は一仕事を終えたところ。隣の木には血抜きのため鹿が吊るされている。
ここでの主役は鹿を射止めた2頭の犬。視線は手前の鹿と犬に向かう。

隣の方がTVの動物番組を長年熱心にみているので、動物の闘いの場面をい
ろいろみてきた。雄鹿の場合、ライオンやゴリラのように口を大きくあけ威
嚇し激しくぶつかることはなく、硬い角をぶっつけあいバシッという音の響
きだけが迫力の大きさのバロメータ。これだといつになったら決着がつくの
かわからないが、なんとなく勝負がつき体は離れていく。‘雄鹿の闘い’はそん
な光景が見事に描かれている。

グラン・パレのクールベ展で衝撃度の強かった絵のひとつが大作‘追い詰めら
れた雄鹿’。縦3.5m、横5mの大キャンバスに異様に大きな雄鹿が仕留め
られようとしている。雪景色のなかこれだけ多くの猟犬に囲まれればもう逃
られない。現在、この絵はオルセーで飾られている。10年くらい前に改装
されたオルセーにまだ縁がない。パリ旅行が復活すれば再会できるのだが、
果たして。

クールベが描く動物はほとんど鹿だが、2018年コペンハーゲンのニュ・
カールスベア美で雪の野原を走る野ブタと遭遇した。そして、魚の絵で惹き
つけられるのが‘マス’。釣り針と糸で捕らえられたマスはまだ息があり必死に
抵抗している。この写実性は強く印象に残る。‘リンゴのある静物’にも魅了さ
れている。リンゴの絵ならセザンヌ、クールベ、岸田劉生。クールベのリン
ゴは美しさや象徴性よりも存在そのものの強さにどんとやられる。

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2021.05.13

Anytime アート・パラダイス! クールベ(4)

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     ‘エトルタの断崖、嵐の後’(1870年 オルセー美)

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     ‘シヨン城’(1874年 クールベ美)

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     ‘レマン湖の日没’(1874年 ジェニッシェ美)

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     ‘波’(1870年 西洋美)

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     ‘地中海’(1857年 フィリップス・コレクション)

西洋画でも日本画でも描かれた風景画に強く旅心を刺激されることがある。
クールベ(1819~1877)の‘エトルタの断崖、嵐の後’をオルセーで
みたとき、すぐノルマンディーへ行き象の鼻をイメージさせる断崖を目の
なかに入れたいと思った。モネもこの奇岩に魅せられ、眺める場所を海岸
線の右側、左側と方向を変えて何点も描いている。ノルマンディー旅行を
夢見ているが、果たして実現するだろうか。

クールベの風景画はぐっとくるものが多い。スイスに亡命した1873年
の翌年に描かれた‘シヨン城’と‘レマン湖の日没’は若い頃ジュネーブに住ん
でいたこともあり、特別の思い入れがある。シヨン城があるのは半月型を
したレマン湖の東の端。リゾート地で有名なジャズフェスティバルが行わ
れるモントレーの街から観光船がでている。レマン湖上の岩の小島に建て
られたシヨン城は詩人バイロンの‘シヨンの囚人’(1819年)によりヨ
ーロッパ中に知れわたった。捕われた宗教改革者ボニヴァ―ルがつなが
れていた柱や鎖が残っている。

‘レマン湖の日没’もクールベの風景画家としての類まれな才能が発揮された
傑作。これを所蔵するジェニッシュ美はIOC(国際オリンピック委員会
)の本部の街ローザンヌから湖に沿って東に18キロ行ったところの
ヴェヴェにある。ヴェヴェからモントレーにかけては高級ホテルも多く、
心のリフレッシュにはもってこいの場所。第二の故郷、スイスでの美術館
巡りをなんとか実現したい。そのときはジェニッシュ美にも寄ってみたい。

西洋美にある‘波’は何枚か描かれたなかでは波の激しさがもっともよくでて
いるかもしれない。サーファーが挑戦したくなる波にちがいない。
‘地中海’はクールベが最初に手がけた海洋画で水平線を境に雲と暗い緑色の
海にくっきりと分けられている。遠くの静けさと手前のゴツゴツした岩や
飛び散る白い水泡の動きを一緒にみせるのが写実主義のクールベ流。

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2021.05.12

Anytime アート・パラダイス! クールベ(3)

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     ‘オルナンの埋葬’(1849~50年 オルセー美)

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     ‘画家のアトリエ’(1855年 オルセー美)

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  ‘市場から帰るフラジェイの農民たち’(1850年 ブザンソン博)

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     ‘村のお嬢さんたち’(1851~52年 メトロポリタン美)

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     ‘闘技者たち’(1852~53年 ブダペスト国立美)

画家が大勢の人物を登場させた大画面の絵画を仕上げようというからには頭
の中には神話とか歴史上の出来事のような大きな画構はあるはず。でも、
クールベ(1819~1877)の大作‘オルナンの埋葬’は名もなき農村の人
の埋葬が描かれている。葬儀のために集まった人たちは60人近くのオルナ
ンの住民。日常的にみられる光景だから、こんな大きな絵にしなくてもその
厳粛なリアリズムは十分感じとれるが、クールベはオランダの群像肖像画に
触発されて会葬者を等身大で描き高さ3m、横幅6mを超える並外れたサイ
ズの作品を完成させた。

もう一つのほぼ同じ大きさの絵‘画家のアトリエ’はどうしてもプラドにある
ベラスケスの‘ラス・メニーナス’が思い浮かぶ。真ん中の部分をみるとベラス
ケスとクールベが重なるが、画面の構成は複雑で寓意画になっている。左側
が死の世界で右側が生の世界。右には友人のボードレールやプルードンらが
描かれ、左は密猟師者の姿をした皇帝ナポレオン3世らを登場させている。

‘市場から帰るフラジェイの農民たち’に大変魅了されている。とくにいいのが
光があったている牛。斜めの道を農民たちを引っ張るようにゆったり進んで
いる。これほど動感描写が上手いと映画のワンシーンをみているのと変わり
ない。そして、メトロポリタンにある‘村のお嬢さんたち’は3人のお嬢さんと
若い羊飼いの少女と犬と牛が横一列に並んでいる構成が視線を惹きつける。
このラインから背後の低い岩山に目をやるとしっかり奥行きは広がっており、
人物と緑に染まった自然の風景が見事に融合されている。

ブダペスト国立美でお目にかかった‘闘技者たち’はパリで行われたプロの闘技
者の戦いが迫力満点に描かれている。鍛え上げられた筋肉からでてくる肉体
美にも刺激されるため、珍しい画題が忘れられなくなる。

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2021.05.11

Anytime アート・パラダイス! クールベ(2)

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   ‘ジュリエット・クールベの肖像’(1844年 プティ・パレ美)

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     ‘眠る糸紡ぎ女’(1853年 ファーブル美)

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     ‘グレゴワール小母さん’(1855年 シカゴ美)

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   ‘窓辺にいる3人のイギリスの少女’(1865年 ニュ・カールスベア美)

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     ‘女とオウム’(1866年 メトロポリタン美)

肖像画ではモデルの人物は立ち姿、椅子に座っている姿などいろんな形で描
かれる。クールベ(1819~1877)の妹は椅子に座ってポーズをとっ
ている。この絵がちょっと気になるのは体の向きをあまりみられない右向き
にして色白の顔が描かれているから。バルテュス(1908~2001)は
この肖像画を真似て‘目を覚ましたテレーズ’(1938年 メトロポリタン美)
を制作している。

妹と同様に静かな雰囲気につつまれているのが‘眠る糸紡ぎ女’。働く女性の
光景だが、作業は一時中断して眠る姿がとらえられている。どうやらつい睡
魔に襲われた感じ。膝の上にある糸巻棒の糸が指に軽くかかってているとこ
ろに視線が自然とむかう。時間は連続しており、少しすると目を覚ましまた
糸紡ぎがはじまりそう。

‘グレゴワール小母さん’はインパクトのある肖像画。シカゴ美でもパリのグ
ラン・パレでもみたが、ひと目見てその存在感に圧倒された。それもそのは
ず、この女性は飲み屋のマダム。飲食業に特有のやり手の女性のイメージ、
‘いいことあったかい。まあ、一杯やりなよ’、くせのある大きな声が聞こえて
くるよう。

女の子の金髪が大変印象的な‘窓辺にいる3人のイギリスの少女’は2018年、
コペンハーゲンにあるニュ・カールスベア美でお目にかかった。グラン・パレ
の回顧展にも出品されたが、展示替えでみれなかった。だから、デンマークが
誇る有名な美術館でリカバリーが果たせたことは大きな喜びである。デンマー
クにはこの絵があり、オスロには‘恐怖におののく男’、そしてスウェーデンの
ストックホルム国立美は‘山形美にも別のヴァージョンがある‘ジョーの肖像、
美しいアイルランド女性’を所蔵している。北欧の美術館にはクールベのいい絵
が揃っている。すばらしい!

パリで大盛況だったクールベ展はこのあとNYのメトロポリタン美でも2008
年の2月から5月にかけて開催された。METに巡回したのはここがクールベを
両手くらいもっているから。そのなかでお気に入りは‘女とオウム’、挑発的な
裸婦像を鮮やかな色彩で描かれたオウムが浮き上がらせている。

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2021.05.10

Anytime アート・パラダイス! クールベ(1)

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     ‘絶望’(1843年)

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     ‘恐怖におののく男’(1843~45年 オスロ国立美)

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  ‘自画像、パイプの男’(1848~49年 モンペリエ ファーブル美)

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     ‘ボードレールの肖像’(1848~49年 ファーブル美)

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     ‘出会い’(1854年 ファーブル美)

先週の‘日曜美術館’に登場したクールベ(1819~1877)は予想通
り現在、パナソニック汐留美で開催中の‘クールベと海’(4/10~6/13)
絡みのものだった。注目していたクールベの回顧展なので出動のタイミン
グをはかっていたら運悪く緊急事態宣言および延長により美術館は5/31
まで休館。6月に入ってすぐ出かけるつもり。

長く日美をみているが、過去にクールベがとりあげられたかどうか、しか
とした記憶がない。日本の美術館でクールベをみたのは西洋美や大原美や
島根県美にある波の絵とア―ティゾンが所蔵する鹿ぐらいしかない。だから、
ある時期までは馴染みの薄い画家だった。だが、オルセーで大作の‘オルナン
の埋葬’と‘画家のアトリエ’などをみてクールベに対する見方が変わった。
軽く見れないビッグな画家であることを200%確信した。その認識が決定
的となったのが2008年パリのグラン・パレで幸運にも遭遇した大クール
ベ展。入館に2時間かかったが、生涯の思い出となるエポック的な鑑賞体験
だった。

いつもの紹介パターンだと女性の肖像画から画家の物語はスタートするが、
クールベに限ってはまず男性の肖像画からはじめたくなる。それほどぐっと
くる絵画が揃っているのである。グラン・パレの回顧展で制作された図録の
表紙に使われているのが20代半ばに描かれた‘絶望’、マグニテュ―ド7く
らいの衝撃度だった。‘俺の未来はあるのか?’、サロン応募した作品はこと
ごとく落選し自尊心をずたずたにされていたクールベの心境がそのまま表現
されている。展示替えのためグラン・パレではみられなかった‘恐怖におの
のく男’は2018年の北欧旅行でようやくリカバリーした。この絵(未完)
ではクールベの精神はかなり痛み絶望の淵に追いやられている。

レンブラントを意識したのかクールベの自画像は数多くある。モンペリエの
ファーブル美にある‘パイプ男’はなかなかいい絵。クールベはこんなことを言
っている。‘これはある狂信者、ある苦行者の肖像である。これは自分の教育
をつくりあげたナンセンスによって幻想を解かれ、自分自身の原則によって
生きることを求めるある男の肖像である’。

クールベの支援者であったボードレールの肖像とパトロンのブリュイヤスが
クールベを出迎える‘出会い’(この絵は一度日本にやってきた)も印象深い
作品。ブリュイヤス(1821~1877)はフランス南部の町モンペリエの
銀行家の息子でクールベと同時代を生きた人物。

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2021.05.09

Anytime アート・パラダイス! 喜多川歌麿(5)

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        ‘歌撰恋之部・物思恋’(1793~94年 ギメ美)

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        ‘北国五色墨・川岸’(1794~95年 ギメ美)

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        ‘婦人人相十品・煙草の煙を吹く女’(1792~93年 シカゴ美)

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        ‘衝立の男女’(1797年 ボストン美)

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        ‘行灯の灯りで文読む女’(18世紀 メトロポリタン美)

浮世絵版画の美人画で人気の絵師というと鈴木春信(1725~1770)、
鳥居清長(1752~1815)、喜多川歌麿(1753~1806)の
3人。同じ美人画のジャンルでバトンとリレーしてきたが、清長のあとに登場
した歌麿は革新的な描き方を生み出した。それは画面いっぱいに女性の顔を
描く大首絵。

なぜ、美人大首絵が生まれたのか。それは歌麿には女性がみせる生の表情や
しぐさをしっかり表現したいという思いがあったからである。清長のように
長身の女性を立ち姿で描くだけでは‘おおー、美人画が描いてある!’それでお
わり。もっと最接近して生感覚で女性をとらえたい。顔の表情に内面がでるか
ら、画面全部を使って顔の細部をみせる。全身はいらない、上半身だけでいい。
こうして大首絵が誕生した。

難波屋おきたや高島おひさのような気軽にみれる美人画では感情の昂ぶりや
性格の強さのようなものをうかがうことはできない。ところが、相当くせの
強い女性が描かれる場合、例えば‘歌撰恋之部・物思恋’や‘北国五色墨・川岸’
や‘婦女人相十品・煙草の煙を吹く女’ではこの大首絵の効果が発揮される。
深い恋に陥ちこんだ裕福な商家の奥さん、吉原の最下級の女郎である川岸の
楊枝をくわえたふてぶてしい表情、煙草を煙を吹かす派手好きの女。これを
ズバッと描くのが歌麿の真骨頂。

いろいろ描き方を工夫した歌麿の技のなかで魅了されているのが‘衝立の男女’
や‘行灯の灯りで文読む女’にみられる透かしをとおして描かれるものや女性
の顔。夏用の衝立には風通しのために一部が薄く織った布になっており、
若衆の腰が透けてみえる。さらに、羽織を透かして女性の顔が半分のぞいて
いる。また、蚊帳の中から行灯の灯りで文を熱心に読んでいる女の姿にも
視線が集中する。

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2021.05.08

Anytime アート・パラダイス! 喜多川歌麿(4)

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     ‘化物の夢’(1800~01年 フィッツウィリアム美)

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     ‘母と子’(18世紀 メトロポリタン美)

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        ‘栗を持つ山姥と金太郎’(1804~05年 平木浮世絵財団)

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        ‘めんない千鳥図’(1789~91年 鎌倉国宝館)

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     ‘わか夷’(1788年 V&A美)

喜多川歌麿(1753~1806)の描く母子像にかぎりない愛着をおぼえ
ている。これはルネサンスの画家、ラファエロ(1483~1520)の
聖母子像をみているときと同じ感情のわきあがりといっていい。西洋と日本
の画家を数多くみてきたが、ラファエロと歌麿のコラボがこれほどすっと受
け入れられることになろうとは。二人の画家の母子をみる優しい心根に乾杯!

もっとも気に入っているのが‘化物の夢’、泣きだした幼子の顔をみると夢に
でた化物がどんなに怖いかがわかる。吹きだしに一つ目小僧やろくろ首が描か
れ‘またばんにうなしてやらう’と捨て台詞を残して去っていく。母親はそれに
気づき蚊帳をあげてやさしく見守っている。

これに対し‘母と子’は微笑ましい光景。化粧をしている母親はそれをみている
子が可愛くて仕方ないらしく口から下を出し笑わせようとしている。こういう
ときは子どもの笑いと舌だしのサイクルは永遠と続く。‘栗を持つ山姥と金太
郎’も心が和む一枚。熊と遊ぶ怪力金太郎は山姥の前では甘えん坊。‘早く栗を
食べさせて’とせがんでいる。

鎌倉国宝館が所蔵する‘めんない千鳥図’とロンドンのヴィクトリア&アルバー
ト美にある‘わか夷’は幼児の巧みな動感描写に魅了される。鎌倉ではじめて男
の子の目隠し姿をみたときは思わず足がとまった。そして、子どもの楽しい
気持ちが体全体に現れているのが‘わか夷’、獅子の舞いに合わせて手足をリズ
ミカルに動かしている。

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2021.05.07

Anytime アート・パラダイス! 喜多川歌麿(3)

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     ‘当時三美人’(1789~95年)

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     ‘難波屋おきた’(1793年頃)

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     ‘高島おひさ’(1793年頃)

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     ‘富本豊ひな’(1793年頃)

歴史や美術の教科書で浮世絵に出会ったころ、まず覚えたのは菱川師宣の
‘見返り美人’、葛飾北斎の‘赤富士’、東洲斎写楽の役者絵、喜多川歌麿
(1753~1806)の美人大首絵。今では美人画というとほかに鈴木
春信、鳥居清長、勝川春章の肉筆などがスラスラとでてくるが、浮世絵
鑑賞の入口にいたころは師宣と歌麿の二人がすべてだった。

とても長い視覚体験が積み重なっている歌麿の美人画だが、画面いっぱい
に上半身をクローズアップで描かれた女性たちはみな同じ顔をしていると
いうイメージは変わらないまま。現在、歌麿のMy図録の数は北斎、国芳
同様に多くあり、5冊もある。多くの女性がここに載っている。だから、
切れ長の目や鼻の形をよくみると確かに微妙に違うことはわかる。だが、
歌麿の場合、それを隣の方にいったところで納得はしてもらえない。
専門家気取りで大首絵美人画を理屈っぽく語っても話が弾まないのでさら
っといっておしまい。

ご存知‘当時三美人’の下の二人は水茶屋(今の喫茶店)の看板娘、‘難波屋
おきた’(右)と‘高島おひさ’(左)、上の女性は吉原芸者の‘富本豊ひな’。
三人は寛政期(1789~1800)の江戸で評判の美人だった。寛政五
年(1793)当時、おきた17歳、おひさ16歳。このぴちぴち娘を
江戸っ子は歌麿の美人画によって知るところとなり、ひと目見ようと水茶
屋押しかけたという。

人気度ではどうやらおきたの方がおひさを上回っていたようで、歌麿も
おきたの方が好みだったとみえておひさより多く描いている。ともに評判
の美人だったが、おきたは気立てがよく愛嬌があり、茶代の少ない客でも
丁重にもてなしたという。土埃が立つほど客が殺到したという記録も残っ
ている。器量が良くてお客対応満点とくれば‘スーパー看板娘’として誰もが
注目する。タイムスリップして浅草の難波屋を覗いてみたい。    

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2021.05.06

Anytime アート・パラダイス! 喜多川歌麿(2)

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     ‘画本虫撰 ひくらし くも’(1788年)

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     ’潮干のつと さざえ 貝殻’(1787~89年)

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     ‘百千鳥狂歌合 みみずく うそ’(1790年)

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     ‘百千鳥狂歌合 鷺’(1790年)

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     ‘百千鳥狂歌合 鳩’(1790年)

小さい頃、夏休みはトンボや蝉とりが大きな楽しみで夕方暗くなるまであ
ちこち動きまわっていた。また、朝早く起きて、スズメバチの恐怖をかい
くぐってクワガタムシ探しに山道を進んだ。だから、喜多川歌麿
(1753~1806)の狂歌絵本‘画本虫撰’が展覧会に出品されると夢中
になってみてしまう。

歌麿が浮世絵と狂歌をあわせた狂歌絵本を描きだしたのは1786年
(天明6)からで1790年(寛政2)までの5年間に14種類世に売り
出した。この新企画の仕掛け人はあの蔦谷重三郎。そのなかでとくにすば
らしいのが三部作‘画本虫撰’、‘潮干のつと’,‘百千鳥狂歌合’。雲母摺り、
空摺り、金箔などをふんだんに使った豪華な摺りには目を奪われる。

こういう大人も楽しめる動植物図鑑ですぐ頭に浮かぶのは伊藤若冲の‘動植
綵絵’、例えば‘池辺群虫図’、‘貝甲図’、‘群魚図’は何時間みてても飽きない。
歌麿は数を少なくした小グループにして版画の高い摺り技術を用いて虫や
鳥、海の生き物たちを細密に描写した。それが冴えわたるのが‘潮干のつと’
のさざえの描写。キラキラ光る雲母を筋状に敷きさざえの貝殻のリアルな
質感をだしている。すぐにでもさざえの壺焼きの準備をしたくなる。

また、‘百千鳥狂歌合’の鷺の羽根の表現にも目が点になる。近づいてみると
白い羽が空摺りの細かい線で浮き彫りになっている。こりゃ、参った!
そして、ペアになっている鵜では水面下の顔や胸を薄い墨で描き、水の流
れを空摺りで表している。これもスゴイ。‘鳩’では歌麿の驚異的な観察力
が伺われる。鳩は何かものを食べているときはこういうきつい目をしてい
る。鳩の習性をよく見ていないとこんな鳩は描けない。

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2021.05.05

Anytime アート・パラダイス! 喜多川歌麿(1)

Img_20210505221501      ‘台所’(1794~95年 ニューヨーク公立図書館)

Img_0005_20210505221501      ‘針仕事’(18世紀 大英博)

Img_0004_20210505221501      ‘鮑取り’(1797~98年 ミネアポリス美)

Img_0001_20210505221601      ‘汐汲’(18世紀 メトロポリタン美)

Img_0003_20210505221601      ‘農家の秋’(18世紀 たばこと塩博)

2週間前に放送された‘日曜美術館’にはちょっとした期待があった。それはと
りあげられた喜多川歌麿(1753~1806)の回顧展が今どこかの美術
館で開催されており、そのタイミングでこの美人画浮世絵師にスポットをあ
てたのかもしれない、そう思ったのである。でも、その話は番組の最後まで
でてこず、オーソドックスな歌麿物語だった。唐突に歌麿が登場したのは
番組のスタッフに歌麿への思い入れの強いものがいたのかもしれない。そう
理解することにした。

歌麿の大回顧展が開かれるのを今か今かと待っている。期待しているのは東博、
‘北斎展’(2005年)、‘写楽展’(2011年)で楽しませてもらったから、
次はやっぱり歌麿だろう。写楽からもう10年経った。機は熟しすぎるほど熟
している。来年、あるいは再来年に夢が実現すると勝手に妄想している。妄想
ついでにMy展示企画の一端を、現在、箱根の岡田美におさまっている肉筆の
大作‘深川の雪’をどーんと飾り、多くの人にこの傑作をみてもらう。そして、
2017年岡田美が実現したようにアメリカのワズワース・アセーニアム美が
所蔵する‘吉原の花’にも再度里帰りしていただくと申し分ない。帆は高く上げ
ておきたい、きっと風が吹くだろう。大歌麿展に行くぞ!

歌麿の美人画にはいろいろな楽しみ方がある。もちろん、目がとろっとするほ
ど魅了されるのは上半身をクローズアップした美人大首絵。お楽しみはこれだけ
ではない。画題を働く女性たちに広げて描いた美人群像画にも心が揺すぶられる。一番のお気に入りが‘台所’。熱い煙が立ち上ってお湯をくもうとしている女性が目をしかめている。じつにいい感じ。‘針仕事’は右で男の子が猫に鏡をみせてからかっている。おもしろい!

‘鮑取り’も有名。鮑取りの海女たちは一仕事を終え休んでいる。大漁だったからそろそろ引きあげるのかもしれない。大英博にも採った鮑を舟に
もちかえっている海女が二人描かれたものがある。メトロポリタン美にある‘汐汲み’では忙しく働く女性たちが8人。重労働だろうがきびきび作業をしている姿がたくましく映る。‘農家の秋’は機織りや黍をうすでつぶす場面が目にとびこんでくる。まわりに松の木や流水を配する巧な構成は歌麿ならではの表現。

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2021.05.04

Anytime アート・パラダイス! 黄山

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     加山又造の‘黄山霧雨’(1982年)

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     加山又造の‘黄山湧雲’(1982年)

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     加山又造の‘黄山煙雨’(1982年)

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  平山郁夫の‘神峰黄山雲海図’(2006年 平山郁夫シルクロード美)

旅行が趣味の人にとって新型コロナ感染の影響は限りなく大きい。わが家も
そういう人たちと同じ気持ちを共有している。昨年は楽しみにしていたアメ
リカ西海岸とアンテローㇷ゚キャニオンの旅がダメになった。今はリカバリー
を考えることすらできない状況。これはヨーロッパやほかの地域についても
同じ。海外旅行に出かけてもいいかなというのは早くて来年の秋くらい?
2年後の計画なら実現の可能性はありそうな気がするが、果たして。

ここ数年NHKのBS2で月一回放送されている‘体感!グレート・ネイチャー’を
楽しくみているが、今年3月は中国の安微省に広がる山岳地帯、黄山が登場
した。番組のタイトルがふるっている‘謎の立体山水画~中国・大黄山~’。
この奇峰と雲海が心をとらえる黄山、5年くらい前なら‘いつか黄山へ’という
思いはあったものの、今はあの傾斜のきつい石段はとても無理という心理的
圧迫のほうがぐんと強くなっている。依頼をうけて番組をつくった中国の
制作会社のスタッフはフーフーいいながら長い石段を登っていた。

1時間半の黄山物語で究極の絶景は冬の時期に遭遇するといわれる‘雲海’、
中国人画家の描く黄山のイメージはこの雲海につつまれた水墨山水画。雲か
らとびでた奇峰はまるで海に浮かぶ島のよう。その周りを雲は波濤のように
流れていく。気温、湿度、風の強さなどの条件がそろわないとみれない雲海
なので、運よく映像におさめることができると番組の価値はぐんと上がる。

贔屓にしている加山又造(1927~2004)は美術記録映画をつくるた
め1982年中国を訪問しており、黄山にも登っている。その体験をもとに
して描かれたのが‘黄山霧雨’、‘黄山湧雲’、‘黄山煙雨’。そして、平山郁夫
(1930~2009)も75歳のとき念願の黄山に行っている。その絵が
再興第91回院展に出品された‘神峰黄山雲海図’。

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2021.05.03

Anytime アート・パラダイス! 追っかけ国宝仏像

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        ‘聖林寺 十一面観音立像’(奈良時代760年代)

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        ‘法華寺 十一面観音立像’(平安時代9世紀前半)

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      ‘観心寺 如意輪観音坐像’(平安時代836~40年頃)

来月、東博で待望の展覧会がはじまる。昨年お出ましの予定だった聖林寺の
国宝‘十一面観音立像’がようやく東京に登場するのである。展示の会期は
6/22~9/12。仏像好きの人ならしっかり見られたかもしれないが、
今年の2月、NHKの‘歴史秘話ヒストリア!’が聖林寺の十一面観音物語を情
報満載でとりあげてくれた。おかげで静嘉堂文庫のキャッチコピーのように
‘行くぞ、東博!’ モードにだんだんなっている。

奈良の桜井市にある聖林寺へは4年くらい前からクルマで行ってみようとい
う気運になっていた。それがなかなか実現しなかったが、昨年運よく聖林寺
まで出かけなくても東博でみれることになっていた。だが、新型コロナの感
染の影響でやむなく展覧会はいったん無しに。もう中止になるのではないか
と気が気でなかったが、有り難いことに展示は今年6月に延期ということに
なった。聖林寺をはじめて離れて東京で披露されるというのは思ってもみな
かった大英断。これほど嬉しいことはない。大勢の人が集まりそうだが、
奈良時代につくられた仏像の最高傑作といわれるこの観音様をしっかり目に
焼きつけようと思う。番組で指摘されていた仏像が迫ってくるような感覚が
味わえるだろうか。楽しみ々

聖林寺の十一面観音との対面が果たせたら、追っかけ国宝仏像の残り2つに
ついてもそう時間をあけずみにいく段取りを整えたい気持ちに今は傾ている。
その仏像は奈良の法華寺にある‘十一面観音立像’と大阪の河内長野市の観心寺
に収蔵されている‘如意輪観音坐像’。法華寺の十一面観音は光背に使われてい
る蓮の葉と蕾をつけた茎が強い磁力を放っている。このフォルムでいっぺん
にこの仏像に引き寄せらえれた。法華寺は奈良市にあるから迷わずに行けそ
う。十一面観音が特別開扉されるのは10/25~11/10。
一方、‘如意輪観音坐像’のほうは見れるのは4/17と18の2日だけ。
そして、大阪は土地勘がないので観心寺までどういうルートで到着するのか、
このあたりの情報を集めて日程を組むことになる。順番としては法華寺が先
になりそう。

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2021.05.02

Anytime アート・パラダイス! 葛飾応為

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     葛飾応為の‘吉原格子先之図’(1844~54年 太田記念美)

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   葛飾北斎&応為の‘菊図’(1840~49年 北斎館)

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   葛飾北斎&応為の‘扇面流し図’(1849年 東博)

TVの美術番組というとNHKの‘日曜美術館’とTV東京の‘新美の巨人たち’を
毎週のお楽しみにしている美術ファンは多くいると思われるが、今は
以前ほど熱心にみていない。とくに‘美の巨人たち’は新しい番組づくりに
なってからは興味がなくなりチャンネルをあわせなくなった。
これに対し日美のほうはTVガイドで注目している作家が登場するときは
見逃さないようにしている。NHKではほかの番組でも美術関連のものが
とりあげられることが多く、4月からはじまった‘歴史探偵’(歴史秘話ヒ
ストリア!の衣替え)が葛飾北斎(1760~1849)にスポットを
あてていた。ここにおもしろい話がでてきた。

番組の探偵スタッフが北斎の謎解きのためにいろいろ調査をしていたが、
最後の‘北斎にはゴーストライターがいた!’が興味津々だった。ここでい
っているゴーストライターとは北斎の娘のお栄のこと。お栄は絵が上手
く葛飾応為の名で浮世絵を描いていた。これまでお目にかかったのは
片手ほど。その一枚が太田記念美にある‘吉原格子先之図’。これをはじめ
てみたときすぐある画家が目の前に浮かんだ。それは夜の絵、‘マグダラ
のマリア’を描いたラ・トゥール(1593~1652)。応為はまさに
‘日本のラ・トゥール’。やるじゃないか、お栄ちゃん!

2017年、大阪のあべのハルカス美で開催された‘北斎展’に長野・小布
施町の北斎館にある‘菊図’が出品されたが、おやっと思わせることを絵の
解説文にみつけた。描いたのは‘葛飾北斎、葛飾応為’となっている。以前
小布施でお目にかかっていたときはほかの肉筆画と同じく‘葛飾北斎’。
現在では研究者の分析が進み、北斎とお栄の合作という見方が定着しつ
つある。さらに、東博が所蔵している‘扇面流し図’についても探偵スタッ
フは花の描き方が応為に似ていると鋭くつっこみ、親子の共同制作の可
能性が高いとしている。
 
北斎には亡くなった90歳の落款の入った絵が18点残っている。番組に
出演した北斎研究家はその大半は応為が描いたものではないかとみてい
る。天才浮世絵師、北斎の絵の謎が少しずつ解けだした。

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2021.05.01

今秋 世田谷美でグランマ・モーゼス展!

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     101歳の誕生日のグランマ・モーゼス(1961年9月7日)

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     ‘農場の引越し’(1951年)

世田谷美では今年の秋、‘グランマ・モーゼス展ー素敵な100年人生’
(9/14~11/7)が開催される。グランマ・モーゼス(モーゼスおばあ
ちゃん)と呼ばれてアメリカ国民から愛されている女流画家、アンナ・メア
リー・ロバートソン・モーゼス(1860~1961)は75歳のとき本格
的に絵を描きはじめ101歳で亡くなるまで1600枚もの作品を残した。

この画家との出会いは2005年、Bunkamuraであった回顧展。描かれてい
たのは農村に生きる人たちの日常の風景。メープルシュガーシロップづくり、
収穫期の忙しい作業、家でクリスマスを祝う様子などが明るい色彩でとらえ
られている。ぱっとみると子どものお絵描きのように平板な描き方が特徴。
こんな画風はどこかでみたことがある。そう、あのアンリ・ルソー
(1844~1910)。もうひとりいる。週刊新潮の表紙を飾った
谷内六郎(1921~1981)。

モーゼスは農家の妻として5人の子どもの母として精一杯生きてきた。60
歳を過ぎ子どもたちに農園を譲りのんびりしていたら夫に先立たれてしまう。
刺繍が趣味だったが持病のリューマチが悪くなり沈みこむことが多くなった。
心配した子どもたちは刺繍より負担が少ない絵を描くことをすすめる。生前
の夫も描いた絵をほめてくれたことを思い出し一念発起し独学で絵を描きは
じめる。モーゼスは絵の教育を受けていなかったため、人物の動く姿を描く
のが下手だった。そのため、新聞や雑誌の写真やイラストを参考にしたと
いう。

驚かされるのは絵を描くエネルギーがずっと湧き出ること。100歳になっ
てもまだ描き続け代表作‘虹’を仕上げた。2度目の回顧展にまだみてない作品
が何点でてくるだろうか、とても楽しみ。

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