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2021.04.30

ビッグニュース! メトロポリタン美展 来年2月開催

Img_0001_20210430221201      カラヴァッジョの‘合奏’(1595年)

Img_20210430220801      ラ・トゥールの‘女占い師’(17世紀)

Img_0003_20210430221201      フェルメールの‘信仰の寓意’(1673~75年)

美術館へ出かける気力がコロナ禍でしぼみがちになるのは仕方がないことと
はいえ、いい絵をみたいという欲望だけは高い状態に保っている。それに
役立っているのがやはり各美術館で予定されている企画展の情報。最近、
ふと立ち寄った本屋でびっくりする展覧会にぶちあたった。
それは来年国立新美で開催される‘メトロポリタン美展 西洋絵画の500年’。
会期は2/9~5/30のロングラン興行。

出品作の全容はわからないが、スゴイ絵がやってくることはわかっている。
カラヴァッジョ(1571~1610)の‘合奏’、ラ・トゥール(1593~
1652)の‘女占い師’、フェルメール(1632~1675)の‘信仰の寓意’。
高い人気を誇る3人が揃い踏みするとはMETは粋な計らいをしてくれる。
カラヴァッジョについては今年の3月に延期されていた‘キリストの埋葬’
(ヴァチカン絵画館)が結局展示中止となり残念な思いをした。だから、
‘合奏’が公開されるのは嬉しくてたまらない。

この絵と並んで飾られているラ・トゥールの‘女占い師’が一緒にみれるのは夢
のような話。これは2016年マドリードのプラド美で開催された大回顧展
に出品された。200%参っている絶品の風俗画にまた会えるのは大きな喜び。
METにはもうひとつラ・トゥールの傑作がある。‘ふたつの炎のあるマグダラ
のマリア’、今回はお休み。

メトロポリタンが所蔵するフェルメールは4点。‘信仰の寓意’ははじめての
来日?のような気がする。7年くらい前?一番人気の‘窓辺で水指をもつ女’が
披露され、残りの‘少女’と‘リュートを調弦する女’はそれ以前に日本でもお目に
かかった。‘信仰の寓意’の登場で女性ファンがどっと押し寄せるかもしれない。

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2021.04.29

静嘉堂文庫 来年 丸の内に移転!

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     国宝‘曜変天目’(南宋時代12~13世紀)

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    俵屋宗達の国宝‘源氏物語関屋澪標図屏風’(1631年)

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     ‘平治物語絵巻 信西巻’(重文 鎌倉時代13世紀)

馴染みの美術館に関して、ひとつ嬉しい話がでてきた。世田谷にある静嘉堂
文庫美が来年、展示ギャラリーを丸の内の明治生命館1階に移転させるとい
う。これまで何度も通った静嘉堂文庫は到着するまでちょっと時間がかかる。
東急田園都市線の二子玉川駅で下車し、すぐ近くにあるバス乗場から東急コ
ーチバスに10分くらい乗っていると美術館もうすぐ、少し傾斜のある坂道
を約5分歩くと正面入り口がみえてくる。

静嘉堂文庫が収蔵する岩崎家の美術コレクションは一級の絵画や陶磁器など
が含まれており、企画展でなくても自慢のお宝が公開されるたびに足を運ん
でも大きな満足が得られる。例えば、国宝の‘曜変天目’や俵屋宗達の‘源氏物語
関屋澪標図屏風’がでてくるときはいつも浮き々気分で駆けこんでいる。そう
した名品が来年からは丸の内でお目にかかれというのだから、たまらない!
具体的な展示の時期についてはまだ情報が入ってないが、前半or後半?

今月はじめ三菱一号館美のコンスタブル展を急遽みにいったとき、現在静嘉堂
文庫では‘旅立ちの美術’(4/10~6/6)が開かれていることを知った。
チラシのキャッチコピーがとびはねている。‘行くぞ、丸の内ー移転前、最後の
展覧会’。河鍋暁斎の‘地獄極楽めぐり’が出品されているので新型コロナの感染
状況次第だが、会期末までのどこかで出かけるかもしれない、

これが終了すると主要なお宝は三菱一号館で開催される‘三菱の至宝展’
(6/30~9/12)でも披露される。一度しかお目にかかってない‘平治物語
絵巻 信西巻’と橋本雅邦の代表作‘龍虎図屏風’が登場するので開幕が待ち遠
しい。だが、これも感染力の強い変異型ウイルスにつぶされる可能性もある。
安心してこの特別展がみれれば最高のお楽しみだが、果たして。

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2021.04.28

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その二十五

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        岸田劉生の‘麗子微笑’(重文 1921年)

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     黒田清輝の‘湖畔’(重文 1897年)

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        黒田清輝の‘舞妓’(重文 1893年)

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        青木繁の‘日本武尊’(1906年)

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     藤島武二の‘静’(1916年)

明治以降、数多く描かれた日本の洋画でもっとも魅了されているのは岸田劉生
(1891~1929)の‘麗子微笑’。劉生の高い人気を反映して回顧展はよ
く開催される。そのとき、この7歳の麗子像は目玉の作品として出品されるが、
お出ましの回数は少ない。広島にいたころふくやま美の‘麗子展’(2003年)
で運よく遭遇した。会場は大勢の人でいっぱい、みんな麗子の微笑を息を呑ん
でみている。こういう名画は言葉はいらない。ただじっとみているだけで心
が揺すぶられる。2019年東京ステーションギャラリーであった大回顧展に
も出品された。

では、東博の平常展で何度お目にかかったかというと意外に少ない。2017
年にみたのはよく覚えているが、その前となると1回はみたような気がするが、
記憶はあやふや。油絵の具で描かれた人物像だからもっと鑑賞の機会があって
もよさそうだが、重文指定の制約もあるため、なかなか展示されない。オルセ
ーへ行くといつもでルノワールの代表作‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’がみ
れるのに、日本のモナリザはいつも楽しめないというのは変な話である。油絵
の場合は重文のしばりは必要ないと思っている。

黒田清輝(1866~1924)の‘湖畔’と‘舞妓’もお宝中のお宝。フランスか
ら帰国した年に描かれた‘舞妓’は油絵らしい色彩の強さが印象的で舞妓の顔が
溌剌としているのに対し、この4年後に制作された‘湖畔’は静かな湖の光景と
みるからに美形の優しい女性がほわっと溶け込むように日本画を思わせる淡い
色調で表現されている。ここは箱根の芦ノ湖でモデルは黒田の妻照子夫人。
彼女はこのとき23歳だったが、大女優のような風格がある。

黒田があれば藤島武二(1867~1943)もみたくなる。横幅が2.2m
もある‘静’は一見するとスーラやシニャックの点描画を彷彿とさせる。そして、
虹に美しい色彩がじつの印象的で湖面に映る山々や岩の影はスイスのホドラー
の静謐な風景画とのコラボもイメージさせる。こんな装飾的な光景が描ける
のだから日本人画家の枠組みを大きく超えている。
青木繁(1882~1911)の‘日本武尊’はモデルのイケメンぶりが目に焼
きついている。武運だけでなく女のような綺麗な顔貌にも恵まれた日本武尊は
青木の豊かな感性からしか生まれてこない。

これで‘美術館に乾杯!’シリーズのパートⅡ(日本の美術館)は終了です。
2019.8.3の大原美からスタートし、全部で226の美術館(お寺・
神社・城も含む)を紹介してきました。お楽しみいただけましたでしょうか。        

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2021.04.26

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その二十四

Img_0001_20210426224601      高橋由一の‘酢川にかかる常盤橋’(1881~82年)

Img_0002_20210426224601      浅井忠の‘春畝’(重文 1888年)

Img_0004_20210426224601         曽山幸彦の‘武者試鵠’(1890年)

Img_20210426224601      チャールズ・ワーグマンの‘飴売’(1870年代)

Img_0003_20210426224601      アントニオ・フォンタネージの‘不忍池’(1878年)

東博へ出かけたときは本館1階の日本画の大作が飾られている部屋は必ず寄
ることにしている。だから、日本画だけでなく洋画や高村光雲の‘老猿’にも
目がよく慣れている。高橋由一(1828~1894)の絵で展示される
頻度が高いのは‘酢川にかかる常盤橋’、常設展示の印象があるほどよくでて
いる。この橋は山形市内を流れる酢川にかかる石橋。橋をとらえる構図に
安定感があり、リアルさの増す欄干や石垣の細密描写に惹きつけられる。

京都出身の浅井忠(1856~1907)は日本のミレーのような存在で
農村風景を得意とした。この‘春畝’と東近美にある‘収穫’はともに重文に指定
されている。東博通いのはじめのころは‘春畝’への関心は弱かったが、足を
運ぶ回数がふえるにつれ‘常盤橋’同様じっくり眺めるようなった。美術品は
視覚体験の積み重ねが大事だということを教えてもらった。曽山幸彦
(1859~1892)の‘武者試鵠’は画家の名前は覚えられなくても、武士
が弓を引くというインパクトのある姿が油絵の具で描かれていることはしっ
かり脳にインプットされる。

初期の日本の洋画家に油絵の技法を教えたチャールズ・ワーグマン
(1832~1891)は1861年に挿絵記者としてやってきたイギリ
スの画家・漫画家。ポンチ絵のもとになった日本最初の漫画雑誌‘ジャパン
・パンチ’を創刊した。‘飴売’は大変興味をそそる絵。飴を自在にものの形に
かえていく職人の技に小さいころ目を白黒させてみていたが、ここにはそ
れを思い出させる光景が描かれている。こういう風俗画が一番楽しい。

イタリアの画家、アントニオ・フォンタネージ(1818~1882)がお
雇い外国人教師として来日したのは1876年。滞在したのは2年と短かっ
たが、浅井忠、五姓田義松、山本芳翠らが指導を受けている。‘不忍池’は
バルビゾン派の田園風景画を連想させる。この暗褐色の色彩が受け継がれ、
のちに‘脂派(やには)’と呼ばれた。

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2021.04.25

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その二十三

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     高村光雲の‘老猿’(重文 1893年)

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     鈴木長吉の‘鷲置物’(重文 1893年)

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        初代宮川香山の‘黄釉銹絵梅樹図大瓶’(重文 1892年)

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     並河靖之の‘七宝花蝶文瓶’(1892年)

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     濤川惣助の‘七宝富嶽図額’(重文 1893年)

東博本館の1階は入館し導線を左へ時計回りに進んでいくとまずミュージア
ムショップがあり、そこを抜け右手に曲がったところが洋画や日本画、美術
工芸が飾られている部屋。東博巡りがスタートしたころ、ここにある高村
光雲(1852~1934)の‘老猿’には思わず足がとまった。まるで生き
ているような猿が目の前に現れたのである。これがあの美術の教科書に載
っていた高村光雲の木彫か!という感じ。東博や東近美、東芸大美が特別な
美術館という位置づけに自然となるのはこういうエポック的な美術鑑賞体験
が生まれるから。

鈴木長吉(1848~1919)の‘鷲置物’(青銅製)は1885年のニュ
ルンベルク万国金工博覧会で金賞を受賞した。そして、この8年後の
1893年にはこれと東近美にある‘十二の鷹’がシカゴ万国博覧会に出品さ
れ多くのアメリカ人を喜ばせた。東博にはもうひとつ忘れられない作品があ
る。それは1900年のパリ万博で披露された‘岩上双虎置物’。高い金工の
技術をもってすれば猛禽類だけでなく虎だって高いレベルで表現できる。

東博が所蔵する美術作品は膨大な数にのぼるため、館の図録では名作の一部
がもれてしまう。それをカバーしてくれるのがミュージアムショップ販売さ
れている絵葉書。気に入った作品に遭遇したときは念のため絵葉書が用意さ
れているかチェックすることにしている。ところが、何年待っても作成され
ないものもある。そのひとつが大変魅了されている初代宮川香山(1842
~1916)の‘黄釉銹絵梅樹図大瓶’。でも、嬉しいことに2年前所蔵の
名品展があり図録に図版が載った。これで瓶の美しい形と枝の巧みな配置に
より一層映える梅がいつでもみられる。

このミニ特別展には七宝の優品が2つ出品された。並河靖之(1845~
1927)の‘花蝶文瓶’と濤川惣助(1847~1910)の‘富嶽図額’。
平常展にはときどきでてくるが、絵葉書はなし。並河のものは回顧展があっ
たから図版はおさえているが、濤川の無線七宝の技が冴える富嶽はずっと
記憶のなかだけにとどまっていた。やっとこれが解消し、まるで富士山の
風景画のような濤川の傑作をみたいときに楽しんでいる。ミューズに感謝!

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2021.04.24

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その二十二

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    国宝‘片輪車蒔絵螺鈿手箱’(平安時代12世紀)

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     ‘花鳥堆朱長方形箱’(南宋時代13世紀)

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     ‘浜松図真形釜’(重文 室町時代15世紀)

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       国宝‘太刀 銘吉房’(鎌倉時代13世紀)

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       国宝‘刀 金象嵌銘正宗’(鎌倉時代14世紀)

東博にある工芸のお宝でとくに気に入っているのが蒔絵の手箱や硯箱。つい
夢中になってみてしまうのは光悦と光琳の硯箱だけではない。もうひとつ
気分をハイにしてくれるのがある。平安時代につくられた‘片輪車螺鈿蒔絵手
箱’。工芸一般に使われた日本の文様のなかで平安時代の後期から貴族たちが
乗った牛車が文様化された。‘片輪車’はそのひとつで牛車の車輪が乾燥して
木組みが崩れるのを防ぐため水に浸した情景を表現している。車輪を意匠と
して蒔絵に螺鈿を交えて美しくみせるという創作心が本当にスゴイ。

堆朱はふだんは見る機会がなく、以前よく開催された中国展とか東博やMOA
の平常展示くらいしか縁がない。南宋時代に制作された‘花鳥堆朱長方形箱’は
光沢のある朱漆で覆われた長箱に一対の鳳凰と牡丹、菊、睡花など様々な花
が丁寧にしっかり刻まれている。漆を彫る作業は硬いため大変な労力と多く
の時間を必要とする。だから、出来上がったものは軽い気持ちではみれない。

‘浜松図真形釜’は古来から茶の湯釜の名産地として有名な福岡県遠賀川河口の
芦屋を代表する釜のひとつ。東博では同じ芦屋でつくられた胴回りにみられ
る小粒の霰(あられ)文が印象深い‘園城寺霰釜’よく一緒に飾られているが、
‘浜松図’のほうは胴に鎧をつけたイメージでさらにボリューム感がある。はじ
めてみたときは動物のアルマジロを思い出した。

2年前までは海外からの観光客が東博でもどんどん増えていたが、彼らが熱
心にみていたのは刀のコーナー。英語の説明書きに目をやり真剣なまなざし
で名刀にむきあっていた。よく耳にしていた日本刀をコレクションしている
海外の愛好家の話から今は一般の外人にまで日本の刀の魅力が浸透している。
また、昔はみなかったグループが目立つようになった。それは日本の若い
女性、備前福岡一文字派を代表する名工の吉房の‘太刀’(国宝)や鎌倉時代
末期の相州鍛冶、正宗の傑作‘刀 金象嵌’(国宝)が展示されるときは万難を
排して駆けつけるにちがいない。そして、美しい刃文をみて胸がキュンとな
っていることだろう。

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2021.04.23

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その二十一

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     野々村仁清の‘色絵月梅図茶壺’(重文 17世紀)

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     ‘色絵花鳥文大深鉢’(重文 江戸時代17世紀)

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     ‘色絵飛鳳図輪花大皿’(江戸時代17世紀後半)

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     ‘染付雪景山水図皿’(江戸時代18世紀)

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  ‘信楽一重口水指 銘柴庵’(重文 桃山~江戸時代16~17世紀)

野々村仁清の色絵茶壺は東博でみた月と梅の樹を描いたものが最初の体験だ
ったかもしれない。そのあと、出光の‘罌粟文’、福岡市美の‘吉野山図’、MOA
の‘藤壺文’といった傑作にのめりこんでいった。仁清の卓越した意匠感覚は
‘月梅図’でも際立っており、立体なのに構成力が上手いため月や梅がまるで絵
に描かれた花鳥画のような感じがする。

伊万里・柿右衛門様式の‘色絵花鳥文大深鉢’は1600年代にヨーロッパへの
輸出物としてつくられた色絵磁器。運よく日本に里帰りした。柿右衛門の
魅力は純白の白磁に花や鳥が簡潔に表現されているところ。赤、緑、青、黄
の明るい色合いが目に心地いい。これに対して色彩の圧を強く感じるのが
五彩手古九谷様式の‘色絵飛鳳図輪花大皿’、濃くて密度の高い色調は中央に描
かれた鳳凰とは相性がよく思わず足がとまる。こんなに羽を広げた鳳凰はみ
たことがない。

肥前鍋島藩の藩窯でやかれた鍋島焼はみるものをうならせる高い技巧が特徴。
‘染付雪景山水図皿’は中国の山水水墨画そのもの、はっとさせるモダンな意匠
が心を虜にさせる色鍋島だけでなく、グラデーションをきかせた青を微妙に
重ねてモノクロの風景を連想させる染付の優品もみせてくれる。すばらしい!

‘信楽一重口水指 銘柴庵’は詫びの茶席にぴったり嵌る水指の名品。古くてど
っしりした存在感。胴に生じるヒビ割れと自然釉の流れは備前と似た景色で
焼き締め陶ならではの味わいとなっている。2017年、東博で開催された
茶の湯展では備前筒花入や伊賀耳付花入などと並んで飾られた。

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2021.04.22

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その二十

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     ‘大井戸茶碗 銘有楽’(朝鮮時代16世紀)

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     ‘彫三島茶碗 銘木村’(朝鮮時代17世紀)

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     ‘志野茶碗 銘振袖’(桃山時代16~17世紀)

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     ‘鼠志野鶺鴒文鉢’(重文 桃山時代16~17世紀)

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     ‘織部扇形蓋物’(桃山時代17世紀)

やきもの鑑賞は絵画、彫刻とともに展覧会訪問の楽しみのひとつ。そのため、
どこの美術館でやきもの展があるかは入念にチェックしている。でも今は新
型コロナ感染の影響で美術館へでかけること自体が極端に減っているので、
出動の日程調整どころの話ではない。こういう状況下では図録や美術本に
掲載されている名品を以前に増してしみじみ愛でる心境になる。

‘茶の湯展’が開催されるときは美術館自慢のお宝がどどっと出品される。そう
した茶の湯オールスターともいうべき定番茶碗が東博にはいくつもある。
展示されている場所は本館1階を入館して反時計回りで進むと二つ目の角の
部屋。ローテーションされてでてくるが、何度も通っているとだいたいお目に
かかれる。大好きな志野や織部は東博でまず目を馴らしたからこの部屋には
愛着がある。

‘大井戸茶碗 銘有楽’や‘彫三島 銘木村’は茶人たちが好んだ朝鮮のやきもの。
茶碗には歴史上の人物が登場する。大井戸茶碗は織田信長の弟有楽斎が所持し
ていたことからこの名前がついている。斜めの白い線が横に連続した桧垣文が
印象深い彫三島はここで覚えた高麗茶碗。あわせて日本からの注文によってつ
くられたことも知った。

さて、志野、織部である。‘志野茶碗 銘振袖’と‘鼠志野鶺鴒文鉢’の前にくると
ニコニコ顔になる。角いような丸のようなフォルムと白の釉薬に鮮やかに映え
る緋色が目を楽しませてくれる。一羽の鶺鴒(せきれい)が描かれた鼠志野。
鳥をどんともってくるという大胆な発想に感心する。Myカラーの緑がぐっと迫
ってくる‘織部扇形蓋物’も時代を突き抜けてる意匠感覚が心をとらえて離さない。

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2021.04.21

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十九 

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        ‘白磁鳳首瓶’(重文 唐時代7世紀)

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        ‘三彩龍耳瓶’(重文 唐時代8世紀)

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     ‘青磁輪花鉢’(重文 南宋時代12~13世紀)

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     ‘青花魚藻文壺’(重文 元時代14世紀)

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     ‘粉彩梅樹文皿’(重文 清時代1723~35年)

やきもの優品を集めた企画展を開催する美術館ですぐ思い浮かぶのは五島美、
根津美、出光美、銀座松屋。そして、所蔵するやきものが平常展示で楽しめ
るところは東博、静嘉堂文庫美、松岡美、畠山記念美、戸栗美、熱海のMO
A,箱根の岡田美。東博のやきものコレクションは数も多く日本、中国、
朝鮮、東南アジアの質の高い陶磁器がずらっと揃っており、何度も通うと
やきものへの興味が増すことは請け合いである。

銅製の‘竜首水瓶’と胴の膨らみがコラボする‘白磁鳳首瓶’は唐時代の初期につ
くられた白磁の傑作。蓋に龍や鳳凰の首を象るというのはおもしろいアイデ
アだが、これはシュルレアリスムのダブルイメージと同じ発想。ただの生き
物を使ってもびっくりさせられないので龍や鳳凰といった権威や吉祥の象徴
を用いて洗練した器や瓶に仕上げている。

東博の楽しみのひとつは唐三彩がみれること。Myカラーが緑&黄色なので
これには特別な思い入れがある。東京では東博と永青文庫と静嘉堂文庫が唐
三彩のメッカ。‘三彩龍耳瓶’は見事な瓶で龍耳のフォルムと胴の三方に貼り
つけられた宝相華のメダイオンに強く惹かれる。横に飾られている綺麗な丸
い壺‘三彩梅花文壺’もみるたびに心がときめく。

中国の陶磁器では抜群の人気を誇る青磁にもいいのがある。南宋時代につく
られた‘青磁輪花鉢’は縦横に走る貫入が磁力を放っている。名品はまだある。
青磁展には定番のワンピース‘青磁茶碗 銘馬蝗絆’。底のひび割れをかすがい
でとめたものが大きな蝗(いなご)にみえることでこの名がついている。

青磁よりもっと魅了されているのが‘青花魚藻文壺’。青花は日本の染付のこと。
この青の輝きは心を打つ。日本伝世の元の青花磁器は珍しく、大阪市東洋陶
磁美にある‘青花蓮池魚藻文壺’(重文)とともに青花の最上位にランクされる
一品である。おおげさにいうとこの2つを青花の発色具合を目にしたらほか
はみれなくなる。そして、清時代の‘粉彩梅樹文皿’は一幅の花鳥画をみるよう。
日本にある琺瑯彩ではこれがベストワン。本当に美しい!

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2021.04.20

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十八

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        国宝‘竜首水瓶’(飛鳥時代 7世紀)

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     国宝‘海礒鏡’(奈良時代 8世紀)

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     ‘如来坐像’(重文 飛鳥時代7世紀)

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        康円の‘四天王眷属立像’(重文 鎌倉時代1267年)

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     ‘伝源頼朝坐像’(重文 鎌倉時代13世紀)

美術品のお宝はバラエティに富んでおり、古い時代の日本では中国やペルシ
ャなどからの影響にみられるものが数多く存在する。‘竜首水瓶’は横から
見たときの形がとてもいい。注ぎ口に象られた龍の頭は一瞬カモノハシが
浮かぶ。そして、下膨れの胴体にもつい視線が集中する。東博では法隆寺
献納宝物を展示する特別の部屋が設けられているが、この水瓶や‘海礒鏡’は
とくに目を奪られる。この大型鏡は均等の配置された山形の島と埋め尽く
された渦巻きの波文に夢中になってみてしまう。

‘如来坐像’は法隆寺金堂にある‘釈迦三尊像‘の中尊の連想させる形をしてい
る。高さ30銭cmほど小さな像だが、存在感があり大きくみえるのが飛鳥
像のマジックかもしれない。横に並んでいる20~40cmくらいの‘菩薩半
跏像’や‘観音菩薩立像’、‘十一面観音立像’にも大変魅了される。

本館1階で‘遮光器土偶’同様、目に焼き着いているのが運慶三代目の世代を
代表する康円(1207~?)が1267年に造立した‘四天王眷属立像’の
持国天と増長天、これは持国天のほう。手や足に動きがあり、個姓の強い
表情は一度みると忘れられない。もう2体は静嘉堂文庫と熱海のMOAに
ある。

‘伝源頼朝坐像’も記憶によく残っている武士の肖像彫刻。これは鎌倉の鶴岡八
幡宮に安置されていたもので、鎌倉時代以降に流行した武士が俗体形をとっ
た姿。頭にかぶる烏帽子、狩衣、指貫によって安定感のある美しい三角形
坐像が誕生した。同じスタイルでつくられた北条時頼と上杉重房の坐像が
それぞれ建長寺、明月院にある。

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2021.04.19

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十七

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     ‘遮光器土偶’(重文 縄文時代晩期 前1000~前400年)

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     国宝‘袈裟襷文銅鐸’(弥生時代 前2~前1世紀)

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        国宝‘埴輪 挂甲の武人’(古墳時代 6世紀)

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     ‘饕餮文瓿’(商時代後期 前13~11世紀)

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     ‘龍濤螺鈿稜花盆’(重文 元時代14世紀)

縄文時代の遺跡から出土した土偶の人気は近年世界的に高くなっており、
2009年の秋に文化庁海外展‘土偶’がロンドンの大英博物館で開催された。
嬉しいことにその年の暮れにそれらが特別展が披露された。東博にある
‘遮光器土偶はもちろん出品された。本館1階でお馴染みとなっているこの
土偶は大きな目がとてもユーモラス。これくらい愛嬌があるとゆるキャラ
で売り出せばTVの子ども番組やイベントには引っ張りだこになること請け
合いである。

古墳時代のスターは‘埴輪 挂甲の武人’。埴輪で国宝に指定されているのは
これだけ。映画‘大魔神’(知っている人は知っている)ではこの優しい顔の
埴輪がだんだん怖い大魔神に変身していく。当時の武人はこのように冑を
かぶり脛あて、腕の籠手などで完全武装していた。カッコいい姿なら誰で
も形にして残したいと思うだろう。

香川県で出土した国宝の‘袈裟襷文銅鐸’は弥生時代につくられた絵画銅鐸と
して有名。レリーフ状に描かれているのはスッポン、トンボ、カマキリな
ど7つの生き物。ラスコーも洞窟壁画でも銅鐸でも特徴をシンプルにとら
えた原始的な描写は生命の力が強く感じられる心を突き動かす。

青銅器で惹かれるのは日本では銅鐸で中国のものは饕餮文の文様が刻みこ
まれた各種の容器。古代中国の商時代につくられた瓿(ほう)は横幅が高
さより大きい壺型の容器で儀式に使う酒や水を蓄えたもの。丸く膨らんだ
真ん中の身の部分には目を開いた獣の顔のような文様が描かれている。
元の時代に制作された螺鈿の龍のお盆も忘れられない。五爪の龍が朱や緑
を生み出す貝を見事に使い分けて表現されている。これに遭遇したのは
生涯の思い出。

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2021.04.18

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十六

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        上村松園の‘焔’(1918年)

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        速水御舟の‘京の舞妓’(1920年)

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        安田靫彦の‘御産の祷’(1914年)

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     小林古径の‘異端(踏絵)’(1914年)

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        前田青邨の‘竹取’(1911年)

東博が所蔵する近代日本画には強く印象に残る2点の女性画がある。
上村松園(1875~1949)の‘焔’と速水御舟(1894~1935)の
‘京の舞妓’。画家には一般的なイメージから外れる作品が1点や2点あること
がある。あの優しい美人画を描いた松園の場合、‘焔’がそれにあたる。はじめ
てみたときすぐ思い浮かんだのが怖い幽霊、髪の端を噛んで感情を異常に昂
ぶらせているこの女は光源氏の正妻である葵上に激しく嫉妬する年増の六条
御息所。女性の嫉妬は一度発火すると手が付けられないほど燃えさかる。

御舟の‘京の舞妓’で目が点になるほどの磁力を放っているのは舞妓の着物の青
の輝きと畳の超リアルな描写。畳の目が緻密描かれているので本物の畳をみ
ているよう。畳のショックはもう一回あった。石田徹也が親爺の卓袱台返し
を描いた絵にでてくる畳も御舟のように畳そのものだった。

東博にある安田靫彦(1884~1978)は‘御産の祷’と‘夢殿’が平常展に
ときどきでてくる。みてて楽しいのは‘御産の祷’、安田には珍しく漫画チック
な味わいのある作品で松園の‘焔’にあたる絵ともいえよう。描かれているのは
藤原道長の娘、中宮彰子の御産の安全を願う儀式。おもしろいのが御産の
苦しみを肩代わりする女官の迫真の演技。几帳の奥で阿闍梨が護摩を焚いて
加持祈祷するのにあわせて半裸でトランス状態に入っている。女性が子ども
を産むというのは大変なことだった。だから、祈りにも熱が入る。

小林古径(1883~1957)は6点くらいあるが、お気に入りは‘異端
(踏絵)’。踏絵が時代劇のワンシーンにでてくると可哀想でまともにはみれ
ないが、この絵は緊張しないように描かれている。3人の清楚な女性信者が
順番を待っている。‘桜ちゃんのあと私ね。そのあとが梅ちゃん、さらっと
キリスト様を踏んで平気でいようね。大丈夫だから’、なんて中央の霧子は心
のなかでつぶやいているのだろうか。

主要作品が7点もある前田青邨(1885~1977)は平常展の顔かもし
れない。いずれも大きな絵や長く横にのびた絵巻で繰り返し展示されるので
目に焼きついている。‘切支丹と仏徒’、‘大同石仏’、‘花売’、‘京名所八題’、
‘竹取’、‘御輿振’、‘朝鮮之巻’。魅了され続けているのが‘竹取’。かぐや姫を迎
えに来た天人たちをなんとか邪魔しようと屋根の上まであがって警護する役
人たちだが、天人たちのオーラの前ではなにもできず、ただただ昇天する
かぐや姫を驚き戸惑いながらながめているだけ。この群像表現は信貴山縁起
絵巻の飛倉をみる人々の姿、表情を連想させる。

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2021.04.17

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十五

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     横山大観の‘瀟湘八景’(重文 1912年)

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     今村紫紅の‘熱国之巻’(重文 1914年)

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     下村観山の‘弱法師’(重文 1915年)

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     菱田春草の‘微笑’(1897年)

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     橋本雅邦の‘狙公’(1897年)

横山大観(1868~1958)の絵は東近美に‘生々流転’(重文)があ
るが、東博にも牧谿の模写なども含めて回顧展によく出品されるものが
10点くらいある。そのなかでもっとも魅了されるのが‘瀟湘八景’。
大観はお馴染みの画題を竪幅で構成するという斬新な発想で明るい色彩
を使いでおおらかに表現している。これをみた夏目漱石が‘平民的で呑気なと
ころがいい’と褒めている。

今村紫紅(1880~1916)の‘熱国之巻 朝之巻 夕之巻’は大好き
な絵。これが登場するときはいつも喜び勇んで出かけた。熱国インドの風景
が絵巻という伝統的な表現スタイルを用いて描かれている。目を惹くのは明
るい朱色や緑と大地と海にみられる点描風の筆致。絵巻に最接近すると金粉
を贅沢に散らす装飾的な描写にも目がクラクラする。印象派的な色彩感覚と
琳派の装飾性もあじわえる大傑作である。インドへは2度旅行したのでこの
絵には強い愛着を覚える。

下村観山(1873~1930)の代表作‘弱法師(よろぼし)’はみてて
不思議な感覚になる作品。これは右隻で父をさがして摂津の天王寺にさまよ
う盲目の俊徳丸が左に描かれている日輪を拝している場面。枝が複雑にのび
る梅林の古木は三渓園のものをモデルにしている。気になるのが俊徳丸の姿、
歳をとった老人にしかみえない。

東博にある菱田春草(1877~1930)は大作の‘微笑’。霊鷲山での説法
で釈迦は十大弟子に金の華をひねって微笑んだ。すると、迦葉(釈迦の視線
の先にいる老僧)だけがその意味を理解し微笑んだという。このシーンが
縦1.5m、横2.7mの大画面に描かれている。この絵と同じ年に橋本雅邦
(1835~1908)のおもしろい猿回しの絵‘狙公’が描かれている。

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2021.04.16

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十四

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     李迪の国宝‘紅白芙蓉図’(南宋時代1197年)

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     毛松の‘猿図’(重文 南宋時代13世紀)

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        梁楷の‘李白吟行図’(重文 南宋13世紀)

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     因陀羅の国宝‘寒山拾得図’(元時代 14世紀)

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     李氏の国宝‘瀟湘臥遊図巻’(南宋1170~71年)

東博に入館し正面に進むと本館で右手にある別館が東洋館。ここの2階で定
期的に展示される中国絵画や書にもよく足を運んだ。絵画でもっとも惹かれ
るのが国宝の‘紅白芙蓉図’。描いたのは南宋時代中期(12世紀末)に活躍
した李迪(りてき)。明るい色彩の紅白の芙蓉がふわっと浮び上っている感
じが印象的。裏彩色が使われており絹の表裏に色がのることで色彩に微妙な
グラデーションが生まれている。日本の花鳥画に較べると細密度が高く密度
が濃いのはこうした高い技術を駆使しているから。

毛松(もうしょう)の猿の絵の前では一瞬体がとまる。これ以上進むと猿が
跳びかかってくるかもしれない、と思うのである。毛のふさふさし本物の猿
が休んでいるよう。牧谿が好んで描いた手長猿とちがい、この猿は小さい頃、
動物園や大分県の高崎山でみたあの顔と尻が真っ赤な猿。そのため、すごく
愛着を覚える。この絵ははじめ武田信玄がもっていた。

南宋時代は画院の最盛期にあたり、梁楷は画院の最高位にのぼりつめた画家。
でも、禅僧画家とも交流し、画院の枠を超えた規格外の天才だった。東博に
ある‘李白吟行図’は唐の詩人李白の姿が描かれている。全体的に少ない筆だが
、風に吹かれる衣は薄い墨でささっと描写しているのに対し、顔や頭の髪は
ちょっと丁寧にきりっと描いている。こういう芸当は並の画家にはとてもで
きない。

因陀羅のユーモラスな禅宗画‘禅機図断簡’は東博にもある。画題は定番の‘寒山
拾得図’。元時代に生きた画僧因陀羅は梁楷とはちがい濃墨とかすれた筆触で
登場人物を笑わせ、みる者を惹きこむ演出を行った。寒山拾得のおどけた顔
をみると‘どれだけおもしろい話をしているのお二人さん’と声をかけたくなる。

李氏の‘瀟湘臥遊図巻’は東博にある風景画のなかでは群をぬく傑作。何度かお
目にかかったが、いつもいい気持でこの大作をながめている。東博には残念
ながら牧谿の‘瀟湘八景図’はないが、これがその代わりをしている。 

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2021.04.15

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十三

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        鈴木春信の‘見立蟻通明神’(江戸時代18世紀)

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     鳥居清長の‘吾妻橋下の舟遊び’(18世紀)

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        喜多川歌麿の‘婦人相学十躰 浮気之相’(重文 18世紀)

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        東洲斎写楽の‘奴江戸兵衛’(重文 1794年)

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        歌川豊国の‘役者舞台之姿絵 高らいや’(1795年)

浮世絵を存分に楽しみたい思う人にとってお気に入りの美術館は皆同じかも
しれない。東京で浮世絵のメッカは太田記念美、東博の平常展、すみだ北斎
美。太田では人気の浮世絵師の回顧展が度々開催される。そのため、定期的
にHPで展覧会スケジュールをチェックすることにしている。2年前には長い
こと待った歌川豊国展が開かれた。東博については2005年の北斎展の
あと2011年に写楽展があったが、それ以後回顧展はご無沙汰。そろそろ、
喜多川歌麿展を期待したいところだが、果たして実現するだろうか?

美人画ですぐ思い浮かべるのは鈴木春信(1725~1770)のアンニュ
イな女性の姿、鳥居清長(1752~1815)の嘘だろうと?をつけたく
なる背の高い女姓、そして歌麿(1753~1806)の清々しいくらい
色香のあるアイドル娘。春信の‘見立蟻通明神’は得意の動きのある表現が目に
焼きつく。とにかく可愛い子ども女が春信の魅力。これに対し、清長の美人
画はヴァリエーションが多くないのでどうしてもワイドスクリーンの大作に
関心がいく。東博では見事な3枚続き‘吾妻橋下の舟遊び’、‘飛鳥山の花見’、
‘吉原歓々桜遊興’に魅了され続けている。

歌麿をどれかひとつ持って行っていいよ、と仮にいわれたら、ノータイムで
‘婦人相学十躰 浮気之相’をお願いしたい。歌麿の筆致には触感が強く働い
た感じがするが、これはルノワールにもクリムトにもいえる。浮気の相がで
ているといってもいやらしさはなく健康なエロチシズムが心をザワザワさせ
る。まだまだ歌麿は終わらない。

東洲斎写楽の大首絵役者絵のうちもっとも惹かれているのは‘三世大谷鬼次
の奴江戸兵衛’と‘市川鰕蔵の竹村定之進’、歌舞伎役者の生の姿をこれほどリ
アルに描かれたら、役者はいい気はしなかったにちがいない。‘俺の鼻がこ
んなに大きくないぞ!写楽は嫌な奴だな’、とブツブツいうのもわよくわか
る。大げさに顔貌をデフォルメしたのがたたり、ライバルの歌川豊国
(1769~1825)の描く‘役者舞台之姿絵 高らいや’などに人気を奪
われていった。

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2021.04.14

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十二

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        菱川師宣の‘見返り美人図’(江戸時代17世紀)

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        懐月堂安度の‘遊女と禿図’(江戸時代18世紀)

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     宮川長春の‘風俗図巻’(江戸時代18世紀)

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     勝川春草の‘美人図’(江戸時代18世紀)

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     鳥居清倍の‘竹抜き五郎’(重文 17~18世紀)

美術品とのつきあい方は人それぞれ。名品をゲットするため画商のところへ
頻繁に顔を出しオークションに通うコレクター、作品を制作することに多く
の時間を割いているア―ティスト、展覧会にでかけることで美術との関わり
を深めている人。これまでもこれからも最初の2つは無いので、とにかく視覚
体験の積み重ね一本でいこうと決めているが、新型コロナ感染の影響が重く
のしかかり思うように美術館へ足を運べない。

こんな状況だからこそ過去の楽しい美術館通いのことが思い出される。
一時期、東博本館の2階にある浮世絵の展示コーナーによく通っていた。所蔵
する浮世絵は膨大な数にのぼるため、展示替えの度にまだみていない作品と
遭遇する。だから、追っかけリストに載せているものとの出会いもそろそろあ
りかなと期待するが、これが案外時間がかかり未だに姿をみせてくれないのが
たまっている。こうなると運を天にまかせ自然体でいるほかない。

浮世絵は版画なので同じものがほかの美術館でも所蔵されていることはよく
ある。そのため、東博でしかみたことのない肉筆画は鮮明に記憶される。
美人画の系譜でいうと、最も有名なのが菱川師宣(?~1694)の‘見返り
美人図’。歩くのをとめて振り返る瞬間をスナップショットのようにとらえる
のはまさに映画監督の感性である。

懐月堂安度の‘遊女と禿図’は着物が太い墨の輪郭線で形づけられているのが目
に強い刺激となっている。明治以降の近代日本画では橋本明治が舞妓さんを顔
から着物までこんな太い黒の線で輪郭線をひいている。宮川長春(1682
~1752)の‘風俗図巻’はいつも傘踊りの動感描写に釘づけになる。
勝川春春(1726~1792)は肉筆美人画で一世を風靡した。燕が一緒に
描かれた‘美人図’も平常展の定番。

一度見たら忘れられないのが鳥居清倍(1688~1704)の‘市川団十郎
の竹抜き五郎’。竹を抜き取るのは怪力の五郎にしかできない芸当だから市川
団十郎の荒事がぴたっとはまる。これは東博の浮世絵通いで得られた大きな
収穫の一つ。類似のキン肉マンに出会うと敏感に反応する。

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2021.04.13

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十一

Img_20210413221201      狩野秀頼の国宝‘観楓図屏風’(室町時代16世紀)

Img_0001_20210413221201      狩野長信の国宝‘花下遊楽図屏風’(桃山時代16世紀)

Img_0002_20210413221201      ‘月次風俗図屏風’(重文 室町時代16世紀)

Img_0004_20210413221201        国宝‘洛中洛外図屏風(舟木本)’(桃山時代17世紀)

Img_0003_20210413221201      住吉具慶の‘洛中洛外図巻’(江戸時代17世紀)

春の桜、秋の紅葉は日本人にとって心を豊かにさせてくれる自然の大きな恵
み。東博にある‘観楓図屏風’は京都洛北、紅葉の名所高尾で紅葉狩りを楽し
む人々の様子が描かれている。右側が女性たちのニコニコ顔の宴で左端では
車座になった男たちが派手に酒宴を楽しんでいる。川の側で美しい紅葉を少
人数で独占しているのだから最高のエンターテイメントだろう。

狩野永徳の弟、長信(1577~1654)の‘花下遊楽図’もじつに楽しい絵。
視線が集中するのは春の花の海棠(かいどう)の下で体を思いっきり曲げたり、
手足を上げて踊っている男装の待女たち。阿国歌舞伎の伊達姿になりきる女心。
ポップな流行に夢中になるのは昔も今も変わりない。

風俗画に惹かれるきかっけとなったのは‘月次風俗図’と葉山の山口蓬春記念館が
所蔵している‘十二ヶ月風俗図’。東博のあるものは八曲一双の屏風に一年の各月
に行われる年中行事の模様が描かれている。右は正月の羽根突きや松囃子、左
は4月の田植え。時代を一気にタイムスリップし正月の賑わいのなかに潜りこ
んだ気分。

舟木本‘洛中洛外図’には半端でない思い入れがある。平常展に登場したとき(まだ重文の頃)、3日通い小学館から出版されている‘洛中洛外図舟木本 町のにぎわいが聞こえる’ に解説された場面をすべて単眼鏡を使って確認した。この屏風は永徳の上杉本とはちがい画面が暗いため人物描写ひとつ々をみつけるのは難儀した。1扇ごと上下、左右をなめるようにみていき本に載っている部分はどこにあるのか?こんな苦行はもうできない。

お気に入りは左隻の‘寺町通 祗園祭礼’。目を惹くのが馬鹿デカい武者の母衣の飾り。ド派手な装飾が神輿とともに祇園会を一層盛り上げている。ここに描かれている都に暮らす様々な階級、職業の人々はなんと2728人。これに対し、住吉具慶(1631~1705)の‘洛中洛外図巻’は熱気さの点ではおとなしいが、人々のきびきびした動きのある描写がなかなかいい。なんだか宮川派の浮世絵をみているよう。

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2021.04.12

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十

Img_0002_20210412222601      ‘浜松図屏風’(重文 室町時代16世紀)

Img_20210412222601      ‘松図屏風’(重文 室町時代16世紀)

Img_0001_20210412222601      ‘四季草花小禽図屏風’(室町時代16世紀)

Img_0005_20210412222701      ‘日月山水図屏風’(重文 室町時代16世紀)

Img_0004_20210412222701      ‘武蔵野図屏風’(江戸時代17世紀)

室町時代は中国の宗・元時代の新しい水墨画が入ってきてその影響を受け雪舟
らの独自水墨画が生まれた。その一方で、平安期以来の伝統にのっとったやま
と絵の屏風や絵巻もたくさんつくられた。この四季折々の自然や風俗が描かれ
たやまと絵の傑作が東博にはずらずらっと揃っている。墨でない色つきの風景
画も目をおおいに楽しませてくれる。

‘浜松図屏風’はとても賑やかな四季花鳥画。上部には洛中洛外図でお馴染みの
金雲が描かれ、風にたなびく春の柳や飛び交う鳥たちを劇場的にみせている。
そして、左端に目をやると浜辺では漁夫が網を引き塩を焼いている。海辺の松林
は古くから日本人の好きな光景だった。‘松図屏風’は10年くらい前?に重文に
指定された。古来から吉祥の意味がこめられている常緑の松がこれほど見事に
表現されると気持ちがいい。

‘四季草花小禽図’は狩野元信の代表作‘四季花鳥図’を彷彿とさせる屏風で緩やか
な水のながれのまわりに咲く草花や小さな鳥たちがとけこむ様に魅了される。
やまと絵の主流であった土佐派とくらべると岩や草花の描き方にちょっとエッジ
をきかせるのが狩野派流。

大阪の金剛寺にある国宝の絵と同じ画題で描かれた‘日月山水図屏風’は右隻に
日輪(太陽)と満開の山桜、左隻に三日月と静かな秋の景色というのが定番。
はじめてこれをみたとき太陽と月を別々に描くという発想が新鮮だった。
‘武蔵野図’は‘日月山水図’が頭にあると下の丸い円が太陽とくっつくが、これは
沈む月。絵の主題は秋の月を秋草と一緒にめでることなので明け方の情景が描か
れている。

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2021.04.11

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その九

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     国宝‘平治物語絵巻 六波羅行幸巻’(鎌倉時代13世紀)

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     ‘後三年合戦絵巻’(重文 南北朝時代1347年)

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      ‘駿牛図’(重文 鎌倉時代13世紀)

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     ‘厩図屏風’(重文 室町時代16世紀)

日本画のなかには一部が海外に流失したものがあり、それが一番いいものだ
ったりすることがある。その代表例が‘平治物語絵巻’。描かれたのは鎌倉時代
で10巻をこえる大絵巻だったが、現在残っているのは3巻のみ。ボストン
美にある‘三条殿夜討の巻’、東博の‘六波羅行幸の巻’、静嘉堂文庫美の‘信西の
巻’(重文)。東博でまず合戦絵に目を馴らし、その後静嘉堂文庫で信西の首
を息を呑んでみた。

ふつうはこれで平治物語絵巻は終わり。美術本でボストンに後白河法皇の御所、
三条殿が紅蓮の炎で焼き払われるシーンが描かれたものがあることは知ってい
ても、遠いアメリカの美術館の倉庫に厳重に保管されているのだからまず縁が
ないと思っていた。ところが、奇跡が起こった。なんと2012年に里帰りし
てくれた。これで嬉しいことに3巻がコンプリートした。生涯の思い出である。

東博にある合戦絵で凄惨な戦いのシーンがでてくるものがある。それは殺りく
の場面が震えあがるほどリアルに描写された‘後三年合戦絵巻’。平常展ではか
なりの年数がかかったが、上、中、下巻をみることができた。千葉の国立歴史
民俗博にある‘前九年合戦絵巻’と比べると‘後三年合戦’のほうが暴力的な描写が
ここにもあそこにもという感じ。西洋画でいうとブリューゲルの‘死の勝利’を
みているとき重い気分になるのと似ている。

平安時代から貴族の乗り物として牛車が登場すると、いい牛(駿牛という)の
姿を描くことが多くなった。平常展でときどき‘駿牛’をみかけるが、はじめは
なぜ牛を単独で描くのかよくのみこめなかった。牛は横を向いたり、まっすぐ
前をみているのもいる。そして、‘厩図屏風’が室町末期から江戸のかけて描か
れたのは武士にとって馬は宝物の同じだったことのあらわれ。これは左隻で
躍動する駿馬がカッコいい。

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2021.04.10

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その八

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     国宝‘扇面法華経冊子’(平安時代12世紀)

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     ‘紫式部日記絵巻断簡’(重文 鎌倉時代13世紀)

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        国宝‘古今和歌集(元永本)’(平安時代12世紀)

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     ‘佐竹本三十六歌仙絵 壬生忠峯’(重文 鎌倉時代13世紀)

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     ‘住吉物語絵巻’(重文 鎌倉時代13世紀)

扇面の料紙に法華経を書写し、さらに貴族や町の人々、花鳥を金銀箔や墨を
使って美しく仕上げた装飾経は大阪・四天王寺に伝来したが、これはその一
つ。こういう小さな画面にお経と絵画をミックスさせ見る者を楽しませる
王朝貴族の美意識にはほとほと感心させられる。‘紫式部日記絵巻’は五島美
を訪問すると年一回の恒例展示でみることができるが、ほかにも藤田美や
東博で所蔵されている。東博の平常展でお目にかかるには2,3年待つこ
とになりそう。

‘古今和歌集(元永本)’は最古の写本で見どころは何といっても金銀の切箔
や砂子などによりえもいわれぬ綺麗な文様が表出された豪華な料紙。京都の
本願寺にある国宝の‘三十六人家集’同様にいつも心がほてるぐらい魅了さ
れている。なかなかみる機会がないので展示されたときは万難を排して出か
けるという気持ちがないと美の真髄に迫れない。

2019年秋、京博に離れ離れになった‘佐竹本三十六歌仙絵’の断簡37件
のうち31件が集結するという大イベントがあった。ここに東博の‘壬生忠峯‘
も登場した。佐竹本の公開はこれまで東博で2006年4点が飾られ、同じ年
出光でも9点集まった。だから、この壬生忠峯と再会したのは13年ぶりの
こと。残りはあと5点だが、これ以上は増えないかもしれない。

‘住吉物語絵巻’は継子いじめを受けながらも想いを寄せる少将と結ばれて幸せ
になる姫君の物語。これは少将の友人たちが大阪・住吉にやって来て姫との
婚礼を祝う場面が描かれている。

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2021.04.09

待望の‘コンスタブル展’!

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     ‘フラットフォードの製粉所’(1816~17年)

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     ‘チェーン桟橋、ブライトン’(1826~27年)

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     ‘ウォータールー橋の開通式’(1832年)

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        ‘ヴァリー・ファーム’(1835年)

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     ‘虹が立つハムステッド・ヒース’(1836年)

三菱一号館美で開催されている‘コンスタブル展’(2/20~5/30)をみ
てきた。予定では今月末くらいの出動を考えていたが、新型コロナの東京
での感染者数がまた多くなりそうな状況になってきたので急遽出かけてき
た。ターナー(1775~1851)の回顧展が2013年東京都美で行
われたとき、次はコンスタブル(1776~1837)だろうと、その
登場を待ち続けてきたがようやく実現した。三菱一号館美に拍手!流石、
ブランド美術館である。

コンスタブルにはターナー同様、強い思い入れがある。最初の出会いは
1998年東京都美であったテートギャラリーでみた‘フラットフォードの
製粉所‘など5点と2003年、森美術館の開館記念展にロンドンのロイヤ
ル・アカデミーから出品された‘水門を通過する舟’。こうした絵に魅了され
コンスタブルとのつきあいがはじまった。

追っかけリストにもとづいて思いの丈を叶えたのはロンドンのナショナル
ギャラリー、ヴィクトリア&アルバート、テート、アメリカのメトロポリ
タン、フリックコレクション、ボストン、ワシントンナショナルギャラリー、
フィラデルフィア、そしてマドリードのテイッセン・ボルネミッサ、ラサロ
・ガルディア。残念だったのがロイヤル・アカデミーが所蔵するもうひとつ
の傑作‘跳ねる馬’が修復中かなにかで姿をみせてくれなかったこと。2010
年のことだが、今は常時みられるのだろうか?

今回、展示されているのはテートが所蔵するコンスタブル。お気に入りの
‘フラットフォードの製粉所’がまたやって来てくれた。‘チェーン桟橋、ブ
ライトン’はテートでもみたが、コンスタブルは後年雲の白さが強くなるに
つれ画面全体のなかで赤を意識的に明るくして描くようになる。そして、
白、赤、そして緑がとても強くとびこんでくる‘ウォータールー橋の開通式’。
この絵がもっともみたかった作品。この大作ぶりはなんだろう、という感じ。

最後の部屋に飾ってある‘ヴァリー・ファーム’と‘虹が立つハムステッドヒー
ス’にも思わず足がとまった。これも色彩の圧がある。空の雲は白がむくむく
と輝き、ハムステッドヒースに虹が美しくかかっている。ハムステッドは馴
染みの場所、若い頃地下鉄ノーザンラインの終点に住んでいたが、その6つ
手前の駅がハムステッド。2010年、この駅からケンウッドハウスをめざ
し、念願のフェルメールやレンブラントをみた。

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2021.04.08

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その七

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        国宝 ‘普賢菩薩像’(平安時代12世紀)

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        国宝 ‘孔雀明王像’(12世紀)

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        国宝 ‘十六羅漢像 第九尊者’(平安11世紀)

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     国宝 ‘地獄草紙’(12世紀)

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     国宝 ‘餓鬼草紙’(12世紀)

東博を何度も訪問していてとくに楽しいのは数多くある国宝をひとつの部屋
でどんとみせてくれること。その展示スケジュールをホームページでチェッ
クし、お目当ての作品がでるときは必ず出かけしっかり目に焼きつけた。
仏画で魅了され続けているのが白象に乗った‘普賢菩薩像’と孔雀と一緒に前を
みている‘孔雀明王像’。

普賢菩薩は三角形の安定した構図が気持ちいいのと優しい菩薩の顔に見惚れ
てしまう。さらに印象的なのが白象のキリットした目。平板な描写だが、菩薩
と象のみている方向が逆なので心理的な立体感が生まれる。一方、孔雀明王
は明王や孔雀の羽根に施された繊細な截金文様が本当にすばらしい。截金を
みることはそうはないので東博でも鑑賞体験は生涯の思い出になる。

‘十六羅漢像’は現存する最も古い羅漢図で国宝に指定されている。一度に飾ら
れるのは3幅くらいなので全部をコンプリートするにはだいぶ時間がかかる。
2014年、ここで開催された国宝展には‘第七、九、十四尊者’が披露された。
絵絹の裏に絵具を塗る裏彩色の技法が使われているので色に存在感があるの
も見どころのひとつ。

東博、京博、奈良博は流石というか最高の地獄絵を所蔵している。地獄草紙
(東博、奈良博)と餓鬼草紙(東博、京博)はあまりにおぞましく怖い場面ば
かりなので夢でうなされても嫌だから長居はしないようにしている。地獄草紙
で描かれているのは120mの燃え上がる炎に焼かれてはまた蘇生することを
10万年も繰り返している雲火霧。熱地獄の熱さに気絶してもすぐ起こされ
るのだからこりゃ苦しい。

餓鬼草紙でうごめいているのは餓鬼たち。欲深く善いおこないをしたことのな
い者が陥るのが餓鬼道。ここではもう欲しい食べ物や飲み物は得られず、常
に飢えの苦しみに苛まされる。だから腹が大きく膨らんでいる。これをみるた
びに欲に執着するのはやめようと思う。

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2021.04.07

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その六

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     久隅守景の国宝 ‘納涼図屏風’(17世紀)

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        渡辺崋山の国宝 ‘鷹見泉石像’(19世紀)

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     青木木米の‘兔道朝暾図’(重文 1824年)

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        立原杏所の‘葡萄図’(重文 1835年)

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     亜欧堂田善の‘浅間山図屏風’(重文 1804~18年)

日本画の展覧会で何度もスポットが当たるのが琳派、若冲、蕪村、大雅、
応挙、蕭白、芦雪らスター絵師がそろっている江戸絵画、そして浮世絵。
京の絵師たちや浮世絵師たちのほかにひとまとめにしたいブループがいる。
英一蝶、久隅守景、谷文晁、渡辺崋山といった面々。東博ではこの絵師た
ちの作品が充実している。

2015年、サントリー美で待望の久隅守景展が開催された。その主役は
もちろん国宝の‘納涼図屏風’。風俗画には働く人々の様子や祭りや花見に
興じる人たちを描いた洛中洛外図や遊楽図が目を楽しませてくれるが、
この‘納涼図’のように瓢箪のなる棚の下で静かにくつろぐ家族の光景もまた
味わい深い。ときどき交わされる夫婦と子どもの会話が聞こえてくるよう。

東博で渡辺崋山(1793~1841)の回顧展をずっと待っているがな
かなか実現しない。3年前、府中市美でようやく‘市河米庵像’(京博蔵)と
対面し主要作品はだいたいみたことになったが、やはり回顧展を体験しな
いと済みマークはつけられない。傑作の‘鷹見泉石像’と‘佐藤一斎像’をみる
たびにいつか大回顧展を、と願っている。

青木木米(1767~1833)の池大雅の色彩を連想させる‘兔道朝暾図’
と立原杏所(1786~1846)の‘葡萄図’はほかの美術館ではみる機会
が少ない作品だから、平常展で2回くらいしか遭遇してないにもかかわら
ずいい絵という記憶が強く残っている。そして、福島出身の亜欧堂田善
(1748~1822)の‘浅間山図屏風’も忘れられない一枚。これは江戸
時代に描かれた油絵で最も大きな作品。府中市美であった回顧展で出会い
度肝を抜かれた。こんな洋風画があったのか!

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2021.04.06

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その五

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     岩佐又兵衛の‘雲龍図・虎図’(17世紀前半)

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        浦上玉堂の‘山中結盧図’(重文 1792年)

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     谷文晁の‘公余探勝図 石廊崎’(重文 1793年)

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        河鍋暁斎の‘山姥図’(1884年)

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     富岡鉄斎の‘旧蝦夷風俗図’(1896年)

東博が所蔵する美術品は膨大な数にのぼるため人気が高くリクエストの多い
もの以外だとなかなか平常展で出くわさない。岩佐又兵衛(1578~
1650)は旧金谷屏風に描かれた‘雲龍図’、‘虎図’、‘老子出関図’と‘太平記 
本性房振力図’をコレクションしているが、これらをみたのは2004年
千葉市美で開催された回顧展のときだった。いつか東博で2度目の又兵衛展
に遭遇すると嬉しいが。果たして?

浦上玉堂(1754~1820)の水墨画がみれるところは東京では出光美が
すぐ思い浮かぶが、ここにあるのは墨一色ではなく橋に使われたうすい朱色
がアクセントになっている‘山中結盧図’。同じような山中の景色が何枚もある
のにどういうわけか飽きるということがない。墨のかすれやざざっとひかれた
線やぽちぽちと打たれた点々にはいろいろ変化があり一枚々に惹かれる。
これが水墨画のもっている力かもしれない。

谷文晁(1763~1840)の‘公余探勝図 石廊崎’は博物館のお宝のひと
つ。これはただの風景画とちがい、老中松平定信が海防を強化するために使
った地図の役割もはたしている。相模・伊豆の景観を随行した文晁が79図
描いており、‘石廊崎’はその一枚でもっとも有名なもの。遠近法や陰影法に基
づき量感のある風景表現に仕上がっている。

曽我蕭白とその鬼才ぶりが共通する河鍋暁斎(1831~1889)は‘山姥
図’や‘地獄極楽図’、‘鬼の碁打図’などが目を楽しませてくれる。富岡鉄斎
(1837~1924)の‘旧蝦夷風俗図’は見ごたえ十分の大作。アイヌの人
々の躍動感あふれるイヨマンテ(熊祭)と鶴舞を息を呑んでみていた。カラリ
スト鉄斎に乾杯!

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2021.04.05

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その四

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     本阿弥光悦の国宝 ‘舟橋蒔絵硯箱’(17世紀)

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     尾形光琳の国宝 ‘八橋蒔絵螺鈿硯箱’(18世紀前半)

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     酒井抱一の‘夏秋草図屏風’(重文 1822年頃)

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     深江芦舟の‘蔦の細道図屏風’(重文 18世紀中頃)

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        尾形乾山の‘桜に春草図’(18世紀)

本阿弥光悦(1558~1637)の‘舟橋蒔絵硯箱’と尾形光琳(1658~
1716)の‘八橋蒔絵螺鈿硯箱’(ともに国宝)は蒔絵という工芸品に目を向
けさせてくれた特別な美術品という印象がある。興味深いのが橋に使われて
いる鉛の板。まず不思議に思ったのはこの金属をどうやってくっつけるのか。
木に漆をたっぷりつけるとこんなにびしっと固まり、舟橋では和歌の文字が
銀板でこの上にはめ込まれている。この鉛の重厚感を和らげているのが金蒔絵
や八橋の花の螺鈿。その美しい輝きをみていると心が軽くなる。

東博にある琳派の絵画で一番の売りは酒井抱一(1761~1828)。
すばらしい傑作が2点も揃っている。光琳の‘風神雷神図屏風’の裏側に描かれ
ていた‘夏秋草図’と‘四季花鳥図巻’。夏秋草図は華美でない銀地に緑青や白の
草がぐっと映えるところが心を揺すぶる。右上に目の覚める青の水流を配置
し琳派らしい装飾性を強調するのも憎い演出。

深江芦舟(1699~1757)の‘蔦の細道図屏風’は思い入れの深い作品。
平常展に定期的に登場するお馴染みさんで縦1.3m、横2.6mの大きな
画面に‘伊勢物語‘’の九段が描かれている。業平が宇津山の参道で修験者と出会
う場面が岩山や木々、朱色の蔦を平面的に重ねる構成により表現されている。
どの人物も後ろ向きで、修験者は中央に背中がちらっとみえる。

尾形乾山(1663~1743)はやきものが本業だが、絵も達者で東博が
所蔵する‘桜に春草図’と‘紅葉に菊流水図’は明快な構図と可憐で装飾的な描写
に魅了される。また、光琳との合作‘銹絵観鷗図角皿’は乾山展にはよく出品
される。

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2021.04.04

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その三

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        伊藤若冲の‘松樹梅花孤鶴図’(18世紀)

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     円山応挙の‘芦雁図’(1784年)

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        長澤芦雪の‘呉美人図’(1781~85年)

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     曽我蕭白の‘唐人物図屏風’(18世紀)

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     英一蝶の‘雨宿り図屏風’(部分 18世紀初め)

東博に何度も通うのは平常展に登場する作品をみていると日本美術の流れが
おおよそ頭の中に入るから。以前は展示作品のリストをホームページでまめ
にチェックし関心の高いものは見逃さないようにしていた。これをずっと続
けたおかげで今は美術本や館の図録に載っている名品はだいたい目のなかに
入った。

最近美術ファンがどんどん増えている江戸絵画は京都に人気の絵師が集中し
ている。伊藤若冲(1716~1800)は‘松樹梅花孤鶴図’が正月展示の
ときよく飾られ目を楽しませてくれる。とげとげしい感じのする松の葉に対
し、鶴の体を茹で卵のように丸くし戯画チックにバランスさせているのがお
もしろい。

円山応挙(1733~1795)は4,5点みたような気がするが、もっと
も魅了されているのは‘芦雁図’。雁が飛ぶ姿は燕とちがって重量感があり一生
懸命に羽をばたばたさせている印象がある。その動感描写がうまくとらえら
れており、ついじっとみてしまう。長澤芦雪(1754~1799)の‘呉美
人図’は師匠の応挙の美人画と似ているが、違いは目。芦雪の切れ長の目はな
んか誘惑的なところがある。

応挙に強い対抗心をもっていた曽我蕭白(1730~1781)の絵は平常
展ではあまりでてこない。そのため、応挙、若冲より存在感が薄いのが気に
なる。‘唐人物図’や‘黄石公張良図’、‘松鶴図’などぐっとくものがあるのでを
公開の機会をもっと増やしてもらいたい。蕭白に較べれば、英一蝶(1652
~1724)は‘雨宿り図屏風’はまたお目にかかったという感じで登場する。
夏のにわか雨に遭遇し様々な階層の人々が武家屋敷の門前に集まっている。
こういう場面を切り取る絵心が一蝶にはある。

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2021.04.03

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その二

Img_0002_20210403223401         周文の国宝 ‘竹斎読書図’(室町時代15世紀)

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Img_0005_20210403223501      雪村の‘蝦蟇鉄拐図’(室町時代15世紀)

Img_0004_20210403223501      狩野山楽の‘車争図屏風’(重文 部分 1604年)

Img_0001_20210403223501      池大雅の国宝 ‘楼閣山水図屏風’(18世紀)

Img_20210403223501      与謝蕪村の‘山野行楽図屏風’(重文 18世紀)

中世水墨画ならはじめは雪舟しか知らないため、ほかの画家の作品はだいぶ
後になって目が慣れるようになる。そのきかっけが国宝展。定番の水墨画と
して飾られるのが足利将軍につかえた禅僧画家、周文が描いた‘竹斎読書図’。
目をこらしてみるとかすれ気味の墨で竹藪に囲まれた庵で書物を読んでいる
人物が描かれていることがわかる。でも、視線は長くその下の岩上の2本の
松の方へ向かう。枝ぶりのいい松と斜めに続く岩山の構成がじつに上手い。

雪村は室町時代後期、1500年頃今の茨城県水戸市の近くに生まれたと伝
えられている。これまで2度回顧展に遭遇したので作風の特徴はだいたいわ
かった。すばり、かなりおもしろい画家というイメージ。それを強く感じさ
せるのが‘蝦蟇鉄拐図’。右が鉄拐仙人で左が蝦蟇仙人。サプライズは小さな
分身を飛ばす術をもっている鉄拐。この分身術をつかうのは孫悟空だけかと
思っていたら、鉄拐も得意としていた。絵画をみるおかげでいろんな物語に
出会える。

狩野山楽(1559~1635)の‘車争図屏風’は大喧嘩の場面が描かれて
いる。舞台は源氏物語の‘葵’の巻の平安時代、賀茂祭の行列を見学するため
の場所争いが勃発した。先に着いていたのは六条御息所の牛車なのに、遅れ
て来た葵の上一行の牛車はそこに居座ろうとしたので争いになった。殴り合
い、蹴り合いの大乱闘。夢中になってこの風俗画をみてしまう。

日本流の南画をつくりあげた池大雅(1723~1776)の‘楼閣山水図屏
風’と与謝蕪村(1716~1783)の‘山野行楽図屏風’と対面するのは平常
展の楽しみのひとつ。大雅の人物や山々のもこもこ感のする描写に大変魅了さ
れている。蕪村の絵は従者が主人を押していくユーモラスな姿にとても親しみ
を覚える。

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2021.04.02

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その一

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      雪舟の国宝 ‘秋冬山水図’(室町時代・15世紀)

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      狩野永徳の国宝 ‘檜図屏風’(桃山時代・16世紀)

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     長谷川等伯の国宝 ‘松林図屏風’(桃山時代・16世紀)

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     狩野元信の‘祖師図’(重文 室町時代1513年)

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     海北友松の‘婦女琴棋書画図屏風’(重文 16世紀)

日本国内の美術館や博物館をいろいろ訪問したが、何度も足を運ぶところ
は愛着が沸くし心が落ち着く。上野にある東京国立博物館は日本美術および
東洋美術の殿堂。2年前までは以前に較べ外国人がどんどん増えていたのに
今は新型コロナの感染の影響で日本人だけのもとの状況に戻った。昨年から
企画展をみてないのでそろそろ出動する気にはなっているが、東京のコロナ
感染が増えるとまたのびるかもしれない。

東博でみられる絵画でお宝中のお宝をまずあげろといわれると、3点はすぐ
でてくる。画聖、雪舟(1420~1506)の‘秋冬山水図’、狩野永徳
(1543~1590)の‘檜図屏風’、長谷川等伯(1539~1610)
の‘松林図屏風’。美術の教科書で覚えた順番でいうと、雪舟の水墨山水画と
永徳ののたうちまわる赤茶色の檜の大樹が日本画のど真ん中にいる。

これに対して、等伯の松林図は本物をみてその名画ぶりが心に沁みた。趣味
が美術鑑賞になってからのことだから、この絵にのめりこむのも深い。何度
も平常展でお目にかかったが、あるときヨーロッパかアメリカの女性が真剣
なまなざしでみていた。等伯人気が海外の人の間でも高まっているとは。
スゴイ絵である。

狩野元信(1477~1559)の‘祖師図’は大作四幅がローテーションして
飾られている。大きい絵というのは魅力のひとつで目が慣れるにつれ隅から
隅かでじっくりみるようになった。これは人物画の最高傑作で京都の大仙院
方丈に描かれたもの。海北友松(1533~1615)の‘婦女琴棋書画図屏
風’はお気に入りの絵。鮮やかな色彩が心をとらえて離さない。

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2021.04.01

美術館に乾杯! 宮内庁三の丸尚蔵館 その八

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        高村光雲の‘猿置物’(1923年)

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        新海竹太郎の‘鐘ノ歌’(1924年)

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        山崎朝雲の‘みなかみ’(1915年)

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     柴田是真の‘五位鷺に水葵杉戸’(1886年)

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        藤井松林の‘百福之図’(1889年)

江戸から明治に変わり芸術の各分野で新たな創作の歩みがはじまった。洋画
には高橋由一がいるように、彫刻の世界では高村光雲(1852~1934)
がどんと聳える存在。東博の本館一階によく飾ってある光雲の‘老猿’の前で
はいつも息を呑んでみている。この猿を立ち姿にしたのではと思わせるのが
三の丸にある‘猿置物’。三番叟の舞を猿回しの芸として踊っている。

新海竹太郎(1868~1927)の‘鐘ノ歌’は尚蔵館へ何度も通ったおかげ
でお目にかかることができた彫刻の傑作。鋳物師の作業の様子をじつにリア
ルに表現している。仕事をする鋳物職人をモチーフにするという発想が芸術
家らしいところ。そんな創作意欲が表出されるのは渡欧しベルリンで西洋の
彫刻技術を学んだことも影響している。これに対し、山崎朝雲(1867~
1954)の‘みなかみ’は静謐なイメージを感じさせる女性像。仏への祈りが
真摯に生きる女性の支えになっているよう。

幕末から明治にかけて活躍した漆の職人、柴田是真(1807~1891)
には強い思い入れがある。それは蒔絵の天下一品の出来映えだけでなく絵画も
大変上手いから。何年か前、王子稲荷に飾られている‘鬼女図額面’をみに行っ
た。ここにある‘五位鷺に水葵杉戸’も鋭い目つきをした五位鷺が見事に描かれ
ている。これは明治天皇が生活していた皇居内の廊下の杉戸絵。宮殿は昭和
20年の戦災で全焼したが、杉戸の大部分は消失を免れた。

‘鐘ノ歌’同様、忘れられないのが藤井松林(1824~1894)の‘百福図’。
おでこと頬がふくれた丸顔のお多福があちこちにいる。じっとみるとつい笑
みがこぼれる大人も子どものお多福尽し。お多福は福を呼ぶ縁起のいい面相
だから、この絵をそのとき以来何度もながめている。

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