« 美術館に乾杯! 遠山記念館 その二 | トップページ | 美術館に乾杯! 茨城県近代美術館 その一 »

2021.01.22

美術館に乾杯! 原爆の図・丸木美術館

Img

Img_0002

Img_0001
    丸木位里・丸木俊の‘原爆の図 第八部・救出’(1954年)

Img_0003
      ‘原爆の図 第十二部・とうろう流し’(1969年)

広島に9年いて原爆ドームを目に焼きつけて生活していたので埼玉県東松山
市にある原爆の図・丸木美術館を訪問したことはエポック的な鑑賞体験と
なった。クルマででかけたのはたしか2005年か2006年、横浜か
らは大遠征の美術館巡りという感じだった。館内にいたのは平日だったこと
もありわれわれ2人と中年の3人連れ。静かな部屋で‘原爆の図’と対面した。

この絵の存在を知ったのは1989年にあった‘昭和の日本画100選展’、
描いたのは丸木位里(1902~1995)、丸木俊(1912~2000)
夫妻。日本画家の位里は広島の生まれだが、洋画をやっていた俊は北海道の
人。二人の合作である‘原爆の図’の連作は全十五部(縦1.8m、横7.2m
の屏風仕立て)あり、第一部~三部は原爆投下の1945年から5年後の
1950年に完成した。そして、1982年に第十五部の‘長崎’(長崎原爆資
料館蔵)ができあがり完結した。

件の‘100選展’に出品されたのは‘第八部 救出’のみだったが、十四点の大作
が全部どーんと並ぶと言葉を失う。‘原爆の図’はピカソの‘ゲルニカ’をみたとき
と同じくらい心が大きく揺すぶられる。そして、原爆ドーム、ゲルニカ、平山
郁夫の‘広島生変図’が曼荼羅絵のようにぐるぐるまわる。

毎年8月6日になるとTVのニュースで映しだされる広島の太田川でおこなわれ
るとうろう流し。これをみるたびに‘第十二部 とうろう流し’が思い起こされる。
コロナ感染の影響で美術館へ行く回数がぐんと減っているため、本物の名画や
大きな絵を体験する感動が失われつつある。だから、歴史に残る記念碑的な
‘原爆の図’がまたみたいという気持ちが強くなっている。

|

« 美術館に乾杯! 遠山記念館 その二 | トップページ | 美術館に乾杯! 茨城県近代美術館 その一 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 美術館に乾杯! 遠山記念館 その二 | トップページ | 美術館に乾杯! 茨城県近代美術館 その一 »