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2021.01.31

美術館に乾杯! 茨城県陶芸美術館 その二

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     石黒宗麿の‘藍彩壺’(1949~51年)

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     濱田庄司の‘白釉黒流掛大鉢’(1960~69年)

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  加藤土師萌の‘紅地金襴手雲雀迎春花文飾壺’(1968年)

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    三輪壽雪の‘鬼萩窯変茶碗’(1998年)

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    三浦小平二の‘青磁飾壺 バザールへ’(1990年)

やきもの企画展には3つくらいのタイプがある。全国にある昔からの窯で
やかれたものに焦点をあてるもの。例えば、古伊万、鍋島、古九谷、志野
&織部、京焼など。時代の区切りとして明治以降に活躍した陶芸家の作品
をどっと集めてくるものもある。2006年に茨城県陶芸美であったのは
このタイプ。そして、人気のある陶芸家の回顧展もデパートで定期的に行
われる。昨年は日本橋三越で北大路魯山人展があった。

ここのコレクションがスゴイのは名の知れた陶芸家や人間国宝の作品がた
くさん揃っていること。トップクラスの陶芸美術館といっていい。だから、
大きなやきもの展が開催できるのである。ほぼ同じ時代を生きた石黒宗麿
(1893~1968)と民藝派の濱田庄司(の1894~1978)
はともに運よく回顧展に遭遇した。石黒の‘藍彩壺’の青は唐三彩の色の感じ
がして惹きこまれる。‘白釉黒流掛大鉢’は濱田お得意の瞬間芸。ポロックの
アクションペインティングとやっていることは変わらない。

加藤土師萌(かとうはじめ 1900~1968)は愛知県の出身で中国
・明時代の五彩、金襴手などの色絵磁器の技法を追及した。‘紅地金襴手雲
雀迎春花文飾壺’は近代感覚で吉祥の雰囲気をだしている名品。残念なこと
にこの作家の回顧展にめぐりあえてない。そのため、これは貴重な鑑賞
体験となって目に焼きついている。

三輪壽雪(十一代三輪休雪 1910~2012)の‘鬼萩窯変茶碗’と三浦
小平二(1933~2006)の‘青磁飾壺 バザールへ’も思わず足がとま
る一品。荒々しい鬼萩だが手にもつと意外に軽いと隣の方が言っていた。
青磁でお気に入りは三浦小平二と中島宏。同じ青磁だが、三浦の青は柔らか
く温かいイメージがある。

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2021.01.30

美術館に乾杯! 茨城県陶芸美術館 その一

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     板谷波山の‘葆光彩磁葡萄紋様花瓶’(1936年)

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     松井康成の‘練上嘯裂茜手大壺 深山紅’(1891年)

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     松井焼成の‘練上嘯裂文大壺 西蔵’(1978年)

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        和太守卑良の‘発彡文器’(1998年)

2001年に開館した茨城県陶芸美術館で2006年‘日本陶芸100年の
精華’と銘打ったビッグなやきもの展があった。東近美の分館で行われるよう
な質の高い特別展というのは予想できるから見逃すわけにはいかない。美術
館があるのは笠間の芸術の森公園、クルマだと北関東自動車道の友部インタ
ーで降りて10分くらいで到着する。

茨城県が生んだスター陶芸家といえばやきもの好きならすぐ出てくる板谷波山
(1872~1963)と笠間のお寺で住職をしながら陶芸活動をし人間国宝
に認定された松井康成(1927~2003年)。だから展示されている作品
は群を抜いて多い。波山はやはり代名詞となっている‘葆光彩磁葡萄紋様花瓶’
に強く惹かれる。そして同じ葆光彩磁の八ッ手葉を大きく描いた花瓶にも視線
が釘づけになる。

日本陶芸100年展があった1年前に松井康成の大回顧展があった。やきもの
への興味がどんどん湧きだしたころ松井の練上嘯裂シリーズを知った。何か魅
了されるものがあり、喜び勇んででかけた。ホームグランドの笠間だから、
松井の作品はどどっとある。とくに印象深いのは美の極致のような感じがする
‘茜手大壺 深山紅’とスズメバチの巣を連想させる‘大壺 西蔵’。

現代アート的なやきものを得意とする和太守卑良(1944~)も笠間で作陶
をしている作家。以前から目をつけていたので刺激的な‘発彡文器’も息を呑んで
みてしまう。この作家の回顧展をどこかでみたいと願っているがまだ実現して
いない。

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2021.01.29

美術館に乾杯! 笠間日動美術館

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     高橋由一の‘鯛図’(19世紀)

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     青木繁の‘二人の少女’(1909年)

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     藤島武二の‘日の出 大王岬’(1935年)

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     藤田嗣治の‘室内、妻と私’(1923年)

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     林武の‘三味線’(1964年)

大学時代、茨城県の笠間出身の友人とよくマージャンをした。あまり強くな
かったが声をかけると機嫌よく付き合ってくれた。その彼がよく口にしてい
たのが笠間稲荷。美術鑑賞が趣味になったお蔭で茨城県陶芸美と笠間日動美
を訪問した際、神社の参拝も実現した。

笠間日動美の名前はときどき展覧会の出品作のなかにでてくる。高橋由一
(1882~1894)の回顧展が2012年東芸大美で開かれたとき有名
な‘鮭図’の別ヴァージョン、緻密な写実性が目を丸くさせる‘鯛図’、‘本牧海岸’、
‘品川海晏寺紅葉図’の4点に遭遇した。こんなにもっていたとは!

第一世代の洋画家として活躍した藤島武二の‘ヴェニス風景’、モネを彷彿とさ
せる‘日の出 大王岬’、そして岡田三郎助(1869~1939)の‘裸婦’も
印象に残っている。ビッグネームはまだ続く。青木繁(1882~1911)
の‘二人の少女’、傘をさしている女の子の強い目力が忘れられない。青木が
女性を数人えがくときは、そのひとりを意識的に目を大きくしてみる者の視線
をあつめるように描き分けている。

藤田嗣治の作品の展示が全面的に解禁なるまで、画家の名前は知っていても
どんな絵があるのか情報が著しく少なかった。そのため、回顧展に縁があるよ
うになると絵の出来映えともに所蔵する美術館についてもしっかり記憶されて
いった。‘室内、妻と私’は笠間日動のコレクションだった。ほかの美術館でみる
のが先になったが、現地で再会すると美術館の評価がまた上がる。横に並んで
いた林武(1896~1975)の‘三味線’にも200%KOされた。まるで
マティスの肖像画をみているよう。

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2021.01.28

美術館に乾杯! 茨城県天心記念五浦美術館

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     横山大観の‘神州霊峰の図’(20世紀)

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     下村観山の‘竹の図’(1927年頃)

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        菱田春草の‘寂静’(1910年)

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     木村武山の‘富嶽図’(1918年)

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     平櫛田中の‘活人箭’(1964年)

寒い日が続くと夕飯は鍋にしようかと、すぐ話がまとまる。具はたらとか
カキが多い。この鍋で一度食べてみたいのが茨城の名物アンコウ。美味しい
らしいが、まだ実現してない。アンコウ鍋に胃袋がむくようになったのは
天心記念五浦美術館に通ったことが影響している。冬の時期にお目当ての
特別展があればちょっと長居をしてお店に足を運ぶという流れになるのだ
が、果たして。

これまで4回くらい出かけた五浦美はクルマで行くにしろ電車を利用する
にしろ横浜からだと大遠征の美術館巡り。電車の場合、大津港駅まで行き
そこからは巡回バスが3回でるが、このタイミングに合わないと大変、
一度運動を兼ねて30分くらい歩いたことがある。平常展示の部屋に飾って
あるのは岡倉天心とともに五浦に移ってきた横山大観(1868~1958)
、菱田春草(1874~1911)、下村観山(1873~1930)、
木村武山(1876~1942)の作品。

大観は‘神州霊峰の図’に大変魅了される。蓬莱山と富士山を合体させること
によって理想的な吉祥画が生まれた。大観と観山がコラボした‘竹の図‘もなか
なかいい。右隻に観山が描いた竹はジェットコースターのように一回転してい
る。こんな形の竹はみたことないが、違和感なく楽しめるのがおもしろい。

春草の‘寂静’は悟りに達する釈迦の場面で、ほかに似たようなヴァージョンが
一枚ある。大観に次いで数が多い武山は彩色杉戸絵がすばらしい。‘松’(八面)
、‘富嶽図’(四面)、‘草花図’(二面)。また、平櫛田中(1872~1979)
の木彫‘活人箭’の迫力にも圧倒される。弓で矢を放つときの緊迫感がこれほど
リアルに伝わってくるのだからスゴイ。

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2021.01.27

美術館に乾杯! 茨城県近代美術館 その四

Img_20210127221901      岸田劉生の‘路傍秋晴(大連風景)’(1929年)

Img_0001_20210127221901      佐伯祐三の‘靴屋(コルドヌリ)’(1925年)

Img_0002_20210127221901      堂本尚郎の‘1959-5’(1959年)

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マンズーの‘椅子にかけるエミー’(1974年)

Img_0005_20210127221901          グレコの‘エストレリータ’(1973年)

洋画家のなかで回顧展が開催される回数が多いのが麗子像で知られる岸田劉生
(1891~1929)。2019年にも没後90年を記念した大回顧展が
東京ステーションギャラリーで行われた。回顧展がいいのは過去の図録や美術
本に載ってない作品がどっと目の前に現れること。劉生が中国の大連を旅行し
たときに描いた風景画‘路傍秋晴(大連風景)’が4点出品され、そのなかに
茨城県近美のものがあった。

佐伯祐三(1898~1928)の‘靴屋(コルドヌリ)’はアーティゾンにある
のとほとんど同じ作品でゴッホの‘ひまわり’のようなもの。パリの街角で祐三の
目にとまったは店屋は靴屋のほかにレストラン、バー、酒場、運送屋、人影は
なくても店の名前を示す文字が強く印象に残るので人々の日々の営みや飲食の
楽しみが容易にイメージできる。

草間彌生が2,3前に文化勲章をもらったが、抽象画家として世界的に知られ
た堂本尚郎(1928~2013)がスルーされたのには違和感がすごくある。
画家の才能をみるセンスのなさには呆れてしまう。現代アートの一体どこをみ
ているのだろうか。その点‘1959-5’を所蔵しているこの美術館は好感度
が加点される。

イタリアで美術館巡りをしていると絵画だけでなく彫刻の分野でもイタリア人の
太い系譜があることに気づく。ドナテッロ、ミケランジェロ、ベルニーニ、カノ
ーヴァ、20世紀以降のマリノ・マリーニ(1901~1980)、ジャコモ
・マンズー(1908~1991)、エミリオ・グレコ(1913~1995)。マンズーの‘椅子にかけるエミー’とグレコの‘エストレリータ’が美術館のホールに飾られているのをみたときは真にスゴイじゃないかと思った。

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2021.01.26

美術館に乾杯! 茨城県近代美術館 その三

Img_0003_20210126221501      鏑木清方の‘汐路のゆきかひ’(1959年)

Img_0004_20210126221501         安田靫彦の‘源氏若紫図’(1933年)

Img_0002_20210126221501      小林古径の‘壺’(1950年)

Img_0001_20210126221501      奥村土牛の‘仔馬’(1937年)

Img_20210126221501      片岡球子の‘春の富士(梅)’(1988年)

2年前、東近美で鏑木清方(1878~1972)の幻の名画‘築地明石町’が
公開された。念願の美人に会えてぼーっとしていたが、会場のパネルか何か
で案内されていたビッグニュースもしっかりキャッチした。2023年?
あたりにここで清方の回顧展が予定されているとのこと。コロナ感染により
開催時期に影響が出ないか心配だが、予定通りに開かれることを切に願って
いる。そのときは元気に遊ぶ子どもたちを描いた風俗画‘汐路のゆきかひ’と
再会したい。

源氏物語をはじめてとする平安絵巻の再現に取り組んだ日本画家で深く心を
揺すぶられたのが4人いる。上村松園、松岡映丘、中村岳陵、そして安田靫彦
(1884~1978)。靫彦の‘源氏若紫図’をみると日本画のルネサンスも
いいものだなとつくづく思う。オリジナルの源氏物語絵巻にみられる豊かな
色彩表現とはちがいこちらは濁りのない明快な色使いが目に優しい。

気になる画家の回顧展を2回体験するのが理想。でも、これが実現したのは
そう多くない。小林古径(1883~1957)はまだ1回組に入っている。
東近美で2005年に開催されてから、だいぶたったのでそろそろ2度目を
期待たいところだが、いい話はとどいていない。予想外に大きな絵だった‘壺’
をもう一度みたいが、望みが叶うだろうか?

特別展のあと足を運んだ平常展示に奥村土牛(1889~1990)の‘仔馬’
が飾ってあったのは大きな収穫だった。土牛の作品は多くが山種におさまって
いるので、ほかの美術館でお目にかかるとなにか得をしたような気分になる。
仔犬、猫、鹿、兎、山羊、軍鶏、牛、鯉などの生き物画のラインナップに仔馬
が加わった。

片岡球子(1905~2008)の2枚看板が‘面構’と‘富士山’シリーズ。9月
訪問したフジヤマミュージアムでもドカ―ンと描かれた富士に出会ったが、
ここにある‘春の富士(梅)’は球子展の常連。棟方志功の版画同様、自由奔放
に使った色彩が富士の生命力、雄大さをひきだしているのがすばらしい。

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2021.01.25

美術館に乾杯! 茨城県近代美術館 その二

Img_0003_20210125222901          横山大観の‘流燈’(1909年)

Img_0005_20210125222901      菱田春草の‘落葉’(1909~10年)

Img_20210125222901      木村武山の‘阿房劫火’(1907年)

Img_0002_20210125222901      小川芋銭の‘狐隊行’(1930年)

Img_0001_20210125223001      冨田渓仙の‘長江鵜船’(1919年)

人気の高い横山大観(1868~1958)の絵はヨーロッパの美術館を訪
問してバロックの巨匠ルーベンスとよく出くわすように、日本画で名が知れ
た美術館ならそのコレクションに含まれていることが多い。そのため、大観
の生まれた水戸にある茨城県近美が突出した数の作品を所蔵しているわけで
はない。これまでお目にかかったのは両手くらい。そのなかにすばらしい
女性画がある。菱田春草(1874~1911)と一緒にインドを旅した
体験をもとにして描いた‘流燈’。朦朧体から脱した大観の新たな挑戦がこの絵
からはじまった。

春草が1909~10年にかけて描いた‘落葉’は4つのヴァージョンがあるが、
そのひとつがここにある。音の消えた静かな秋の光景だが、黄色の落葉がど
こかやさしさをたたえているので心が洗い清められるような気分になる。
と同時に、木の幹の表現に使われた琳派のたらし込みの技法によって、抑制を
きかせた装飾性にも敏感に反応する。

大観、春草、下村観山とともに五浦に都落ちした木村武山(1876~
1942)は笠間の出身で大観より8歳年下。31歳のとき五浦で描きあげた
のが代表作の‘阿房劫火’、これは秦の始皇帝が建てた大宮殿‘阿房宮’が始皇帝没
後の紀元前206年、楚の項羽に攻められて炎上する場面。明治以降の日本画
で炎の描写が強く印象に残っているのはこの絵と川端龍子の‘金閣炎上’。

大観同様、茨城というとすぐ思い浮かべる画家は牛久村に長く住んで狐などの
生き物や河童をユーモラスに描いた小川芋銭(1868~1938)。‘狐隊行’
は最初に覚えた芋銭の絵で‘昭和の日本画100選’(1989年)に選ばれて
いる。2009年冨田渓仙(1879~1936)の大回顧展が開かれたのは
この美術館。これで好感度がぐっと上がった。‘長江鵜船’をみて中国でも鵜飼い
が行われていたことを知った。

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2021.01.24

大相撲初場所 大栄翔 初優勝!

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隠岐の海に勝って優勝をきめた大栄翔

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大相撲初場所は前頭筆頭の大栄翔が千秋楽、隠岐の海を強烈な突き押しで破
り、初優勝を飾った。成績は13勝2敗。拍手々!14日大関の正代が照ノ
富士にスタミナ切れで敗けて大栄翔がトップにたったので、今日は決定戦は
なくすんなり大栄翔の優勝がきまると思っていた。大栄翔のこの15日間
のすばらしい押し相撲をみせられたら、大方の相撲好きは大栄翔に軍配をあ
げただろう。

大栄翔の大変身は初日の朝乃山戦の勝利からはじまった。大関3人を倒し
調子に乗り関脇、小結の4人も続けて撃破してしまった。これで7連勝!
残りの8日は宝富士と阿武咲に敗れたが、12日の明生との相撲で土俵際し
ぶとく粘り勝ちを拾った。この1勝が優勝につながったかもしれない。
敗けた相撲もふくめて連日腕がよくのび鋭い突き、のど輪がびしびしきまり
相手に反撃させず一方的に土俵の外にもっていった。長いこと大相撲をみて
いるがこれほど強い押し相撲で勝利を重ねた力士はほかに思い出せない。
それくらい大栄翔の突き押しはパワフルでスピード感にあふれていた。

この優勝で大栄翔は一気に次の大関候補の一人になった。八角理事長は押
し相撲で横綱にまであがったが、大栄翔をみている理事長の相撲が重なって
くる。体がよく動き運動神経もいいからさらに押しの技術をみがけば横綱だ
って夢ではない。目が離せなくなった。太り過ぎで足が動かなくなった貴景
勝を追い抜いて一番強い押し相撲力士になるかもしれない。応援したい。

11勝をあげた照ノ富士は来場所また二けた勝ち大関に復帰するのはまちが
いない。多くの相撲ファンに感動を与える本当にスゴイ力士である。伊勢が
浜部屋は幕内力士が4人いるので部屋の稽古が充実していることもいい成績
の原因。本人の強い精神力と恵まれた稽古環境によって夢がどんどん現実の
ものになろうとしている。コロナの影響で今は出稽古が禁止されているので、
関取が多くいる部屋は活気づく。優勝した大栄翔が所属する追手風部屋は関取が6人いる。まず照ノ富士が大関になり、その次が大栄翔と隆の勝。稽古をしっかりやったものだけが激しい競争に勝ち残れる。ニューヒーローに期待したい。

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2021.01.23

美術館に乾杯! 茨城県近代美術館 その一

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    モネの‘ポール=ドモアの洞窟’(1886年)

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     ルノワールの‘マドモワゼル・フランソワ’(1917年)

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     五姓田義松の‘朝陽の富士’(1903~05年)

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     中村つねの‘裸体’(1916年)

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     古賀春江の‘婦人’(1915~20年)

茨城県近美は埼玉県近美同様モネ(1840~1926)のいい絵があるの
で贔屓にしている美術館。度々開催されるモネ展では海外から出品されるもの
が主役になることが多いが、並んで展示される国内の美術館や個人が所蔵し
ているものもしっかり脇を固めるため質の高い回顧展が実現される。
‘ポール=ドモワの洞窟’もモネの勢いのある筆致がよく伝わってくる作品。

特別展をみたあと平常展示の部屋をまわってびっくりしたのがルノワール
(1841~1919)の‘マドモワゼル・ワフランソワ’。くっきり描かれた
女性の顔が印象深く記憶されている。この強い目力に吸いこまれそう。肖像画
というのは目が命というのがよくわかる。

五姓田義松(1855~1915)の‘朝陽の富士’にお目にかかったのは
2015年、神奈川県立歴博で行われた回顧展。第一世代の洋画家たちの作品
をみる機会があまりないから見栄えのする富士山の絵が目の前に現れると新鮮
な感じがする。オーソドックスに表現された富士だけれど安堵感の生まれる
風景画にはやはり足がとまる。

ルノワールの女性画と水戸市出身の中村つね(1887~1924)の‘裸体’を
連続してみると、油絵をみた!という気になる。横山大観が水戸の出身という
のはすぐ頭の中に入ったが、中村つねも水戸の生まれとわかったのはだいぶあ
とのこと。しかも複雑な漢字がでてくる名前をつねと読むのに時間がかかった。
この美術館へ来て人物画や静物画や風景画を5、6点をみてようやくこの画家
の居場所が確定した。そして、古賀春江(1889~1933)の‘婦人’も収穫
の一枚。このシュルリアリストにこんな人物画があったとは!

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2021.01.22

美術館に乾杯! 原爆の図・丸木美術館

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    丸木位里・丸木俊の‘原爆の図 第八部・救出’(1954年)

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      ‘原爆の図 第十二部・とうろう流し’(1969年)

広島に9年いて原爆ドームを目に焼きつけて生活していたので埼玉県東松山
市にある原爆の図・丸木美術館を訪問したことはエポック的な鑑賞体験と
なった。クルマででかけたのはたしか2005年か2006年、横浜か
らは大遠征の美術館巡りという感じだった。館内にいたのは平日だったこと
もありわれわれ2人と中年の3人連れ。静かな部屋で‘原爆の図’と対面した。

この絵の存在を知ったのは1989年にあった‘昭和の日本画100選展’、
描いたのは丸木位里(1902~1995)、丸木俊(1912~2000)
夫妻。日本画家の位里は広島の生まれだが、洋画をやっていた俊は北海道の
人。二人の合作である‘原爆の図’の連作は全十五部(縦1.8m、横7.2m
の屏風仕立て)あり、第一部~三部は原爆投下の1945年から5年後の
1950年に完成した。そして、1982年に第十五部の‘長崎’(長崎原爆資
料館蔵)ができあがり完結した。

件の‘100選展’に出品されたのは‘第八部 救出’のみだったが、十四点の大作
が全部どーんと並ぶと言葉を失う。‘原爆の図’はピカソの‘ゲルニカ’をみたとき
と同じくらい心が大きく揺すぶられる。そして、原爆ドーム、ゲルニカ、平山
郁夫の‘広島生変図’が曼荼羅絵のようにぐるぐるまわる。

毎年8月6日になるとTVのニュースで映しだされる広島の太田川でおこなわれ
るとうろう流し。これをみるたびに‘第十二部 とうろう流し’が思い起こされる。
コロナ感染の影響で美術館へ行く回数がぐんと減っているため、本物の名画や
大きな絵を体験する感動が失われつつある。だから、歴史に残る記念碑的な
‘原爆の図’がまたみたいという気持ちが強くなっている。

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2021.01.21

美術館に乾杯! 遠山記念館 その二

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     安田靫彦の‘風神雷神’(1929年)

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        上村松園の‘むしの音’(1915年)

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     小林古径の‘柿図’(1934年)

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     浦上玉堂の‘水亭多愁図’(18世紀)

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        橋本雅邦の‘雪中金閣寺図’(1900年)

琳派狂にとって‘風神雷神図’は心が踊るモチーフ。だから、歴史画を得意とす
る安田靫彦(1884~1978)が描いたとしても驚きはしない。だが、
この風神雷神はどちらも青年なのでパワー不足は否めない。まるで小学校の
学芸会で演じられている風神雷神の芝居をみているよう。仏像好きの人なら
興福寺にある天龍八部衆を思い出すにちがいない。このユニークな風神雷神
図は一蝶の‘布晒舞図’同様、遠山記念館の名前と強く結びついている。

大観や夢二とともにわが家の図録コレクションのなかで数が多いのが上村松園
(1875~1949)。そのため、図録再編集に多くのエネルギーが注がれ
今は3冊に集約された。‘むしの音’は勝手に名づけた‘御簾美人’の一枚。この
タイプの作品は数多くあるが、注目は御簾の間からみられる右手の薬指。よく
みると指輪をはめている。松園は現代的な演出で美人画を描きたかったのかも
しれない。

昨年の秋も柿をよく食べた。以前は食後の果物としてはマイナーは位置づけだ
ったのに2年前から秋の定番になっている。そうなるとこの時期小林古径
(1883~1957)の‘柿図’をみる頻度が増えてくる。古径の柿の絵は3点
みているが、ほかの2点は山種とポーラにある。

遠山には風景画のいいのもある。浦上玉堂(1745~1820)の‘水亭多愁
図’と橋本雅邦(1835~1908)の‘雪中金閣寺図’。玉堂の水墨山水画なら
模写を何度も繰り返していたら多少はみれるものが描けるようになるかも、と
つい錯覚する。黒のサインペンでがさがさやってみるものの細部にいくとまるで
ダメ。雪の金閣寺は一見の価値がありそうだが、じっさいには実現しそうにない
ので雅邦の絵でその深い情趣の一部を感じている。

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2021.01.20

美術館に乾杯! 遠山記念館 その一

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  ‘佐竹本三十六歌仙絵 大中臣頼基’(重文 鎌倉・13世紀)

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     英一蝶の‘布晒舞図’(部分、重文 18世紀)

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        長澤芦雪の‘山姥図’(18世紀)

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        鈴木其一の‘業平東下り図’(19世紀)

埼玉県川島町にある遠山記念館を訪問したのはここにある有名な絵をみるた
めだった。出かけたのは15年以上前のことなので、東武東上線、JR埼京線、
西武新宿線どれに乗ったかよく覚えてない。その後バスで乗り継いでようや
く到着したのだと思う。記念館に駆り立てた絵は英一蝶(1652~
1724)の‘布晒舞図’。代表作のひとつで美術本には必ず載っている絵だが、
予想外に小さな絵だった。でも、新体操のリボンの演技を連想させるさらしの
リズミカルな動きが舞妓の姿を大きくみせている。

ここにはもうひとつ心に強く刻まれた作品がある。あの‘佐竹本三十六歌仙絵’
の一枚‘大中臣頼基’(おおなかとみのよりもと)、これまで2006年、
2018年と2回縁があったが、どちらもほかの美術館(出光美と京博)で
の鑑賞。京博の大佐竹本歌仙絵展に出品された掛け軸のなかに遠山記念館蔵の
ものをみつけると、コレクターの熱い思いというのはやはりスゴイもんだな
と感心する。

長澤芦雪(1754~1799)の‘山姥図’というと広島の厳島神社にあるも
のが脳裏に強烈に沁み込んでいるが、ここにも別ヴァージョンがあった。
2011年MIHO MUSEUMで開催された芦雪展で突然現れた山姥は波打ち際の
岩の上に座り怖い顔であたりをじっと眺めている。暗い部屋でみたら体がちじ
こまりそう。

鈴木其一(1796~1858)が得意とした装飾豊かな描表装の‘業平東下
り図’はついつい息を呑んでみてしまう。最近、髙樹のぶ子の‘小説伊勢物語 
業平’(2020年5月 日経新聞出版本部)を読んだので、前より業平に
ぐっと接近している。

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2021.01.19

美術館に乾杯! 川越市立美術館

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     橋本雅邦の‘渓山雲霧’(1897~1906年)

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     橋本雅邦の‘竹林七賢図’(1903~06年)

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        今村紫紅の‘蓬莱郷’(1915年)

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        小茂田青樹の‘梅花朧月’(1932年)

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     小茂田青樹の‘錦木に頬白’(1930年)

2008年に川越市美(2003年開館)で念願の橋本雅邦(1835~
1908)の回顧展があり、はじめて川越という街に足を踏み入れた。美術
館巡りをしているとなんだかんだと世界が広がっていく。池袋から久しぶり
の東武東上線に乗って川越まで行き、そこから美術館まではバス、車中か
ら観光客に人気のある小江戸、川越の街並みをきょろきょろながめていた。

館蔵の雅邦で出品されていた10点のなかで思わず足がとまったのがもっこ
りした雲の流れが印象深い‘渓山雲霧’。以前TVで中国の黄山を描いた水墨山
水画をみたことがあるが、雲海の広がる光景がこの絵と重なった。‘竹林七賢
図’はお馴染みの画題。濃淡をつけて描いた竹林の空間表現がなかなかいい。

今村紫紅(1880~1916)の南画に速水御舟(1894~1935)
は刺激を受け、御舟は川越市出身で3つ年上の小茂田青樹(1891~
1933)とうまがあい一緒に写実的な日本画を描き画壇に新風を吹きこん
だ。紫紅の‘蓬莱郷’に魅了されるのはMyカラーの緑で画面が埋め尽くされてい
るから。池大雅と紫紅の描く平板な南画には見る者の心を鎮める柔らかさが
ある。

青樹の‘梅花朧月’にぞっこん参っている。2015年世田谷美であった御舟
&青樹展でお目にかかり、息を呑んでみていた。川越市美でも小茂田青樹展が
あり図録をちらっとみたが、やはり本物をみないと絵のすばらしさは伝わらな
い。大収穫だった。また、花鳥画の‘錦木の頬白(ほおじろ)’の構図も秀逸。
視線がぱっと定着する絵というのは名画のひとつの条件。

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2021.01.18

美術館に乾杯! 埼玉県立近代美術館 その二

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     鏑木清方の‘慶長風俗’(1925年)

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        橋本雅邦の‘乳狼吼月’(1898年)

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        今村紫紅の‘龍虎’(1913年)

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        舟越保武の‘病醜のダミアン’(1975年)

日本画はどこの美術館でも作品保護のため、期間を限定して展示されている。
上村松園、伊東深水と同様に鏑木清方(1878~1972)の美人画に魅了
され続けており、清方の名画を所蔵している美術館には自然と好感度が増す。
埼玉県近美にはとびっきりいいのがある。それは二曲一双の屏風仕立てにな
っている‘慶長風俗’。まるで慶長期(1596~1615)にタイムスリップ
したような感じで‘松浦屏風’(大和文華館)や‘彦根屏風’(彦根城博、ともに
国宝)と対面しているのかと錯覚しそう。

2008年、川越市美で橋本雅邦(1835~1908)の回顧展があり、
長年の思いの丈が叶えられた。初見の作品のなかには川越と縁の深い画家と
いうことで主催した美術館のものが多く含まれていたが、同じ埼玉つながりな
のか県近美蔵の作品も7点でていた。これは想定外の収穫。その一枚が‘乳狼
吼月’、子狼を育てる痩せた狼が月に吼える姿が強く印象に残っている。

大胆な構図が目に焼きついている今村紫紅(1880~1916)の‘龍虎’も
忘れられない絵。これは琳派の装飾性やたらし込み技法を意識しており、15,
6年前東近美であった琳派展に展示された。さらに2015年には海を渡り、
ワシントンのフリーア美で開かれた宗達展にも琳派のDNAを受け継ぐ作品とし
て加山又造の‘千羽鶴’などと一緒に飾られた。絵の前では思わず、心のなかで
‘紫紅に乾杯!’と叫んだ。

舟越桂の父である舟越保武(1912~2002)のブロンズ彫刻とはここで
はじめて出会ったが、その作品の衝撃たるやマグニチュード7の地震くらい
の大きさだった。これはハワイでハンセン病患者救済に献身的な働きをして自
らもこの病にかかり倒れたダミアン神父(ベルギー人、1840~1889)
をたたえた像。若い頃インドを訪問したとき観光地でハンセン病患者をみたこ
とがあるから、こういう話には敏感に反応する。

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2021.01.17

美術館に乾杯! 埼玉県立近代美術館 その一

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   モネの‘ジヴェルニーの積みわら、夕日’(1889年)

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   ピサロの‘エラニーの牛を追う娘’(1884年)

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        キスリングの‘リタ・ヴァン・リアの肖像’(1927年)

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    デルヴォーの‘森’(1948年)

横浜から東京の美術館に出かける場合、上野で東博とか東京都美などをはし
ごするのが一番効率がよく体力的にも楽。そのため、JR北浦和駅のすぐ前に
ある埼玉県近美の企画展を楽しむときはまず最初にここへ行き、東博へ寄る
ことが多い。そういうまわり方でこれまで5回くらい訪問した。

時間に余裕があれば平常展示の部屋ものぞいてみることにしているが、お目
当てはモネ(1840~1926)の‘ジヴェルニーの積みわら、夕日’。これ
は美術館自慢の絵でモネ展では大原のあるものと同様積みわらの連作には欠
かせないワンピースとなっている。赤く染まった夕日の描写が心をとらえて
離さない。1階の同じ部屋に飾ってあるピサロ(1830~1903)の‘エラ
ニーの牛を追う娘’にも足がとまる。

日本の美術館や個人コレクターにかなりの数が所蔵されているキスリング
(1891~1953)の‘リタ・ヴァン・リアの肖像’は大収穫だった。はじ
めて遭遇したとき、すぐある有名な人を連想した。そう、黒柳徹子、今はだい
ぶおばあちゃんになったが一昔前はこんな女性のイメージだった。ほかの肖像
画にくらべて特別な親近感を覚える。

シュルレアリスト、デルヴォー(1897~1994)の‘森’も強く印象づけ
られている一枚。マネキン人形のような裸婦が登場するのはデルヴォー流だが、
彼女がいる森の密度の濃さはアンリ・ルソーの熱帯森林画がダブってくる。
デルヴォーはルソーの表現する神秘性を意識したのだろうか。

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2021.01.16

美術館に乾杯! 市川市東山魁夷記念館

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       ‘雪野’(1992年)

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       ‘夏に入る’(1968年)

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      ‘緑の微風’(1985年)

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      ‘ツェレの家’(1971年)

明治以降に活躍した日本画家で回顧展が開かれる回数が多いのは横山大観と
東山魁夷(1908~1999)。ふたりとも生涯つきあっていこうと思っ
ている画家なので、図録や関連美術本をどんと積み重なるほどため込んで
いる。東山魁夷の作品を堪能できる美術館は東京では東近美と山種がすぐ
思い浮かぶが、東山専門の美術館としては長野市の長野県信濃美術館・東山
魁夷館と市川市の東山魁夷記念館がある。こういう画家の記念館が複数ある
のは竹久夢二と棟方志功と東山魁夷くらいなものだから、魁夷の絵が多くの
人に愛されていることの証かもしれない。

東山魁夷が50年近く住んでいた市川市に記念館ができたのは2005年の
11月。その開館記念展をみるため出かけたが、どういうルートで行ったか
記憶がすっかり消えている。たぶん、JRの西船橋駅の手前の下総中山駅で降
りてバスに乗ったと思われる。着いたところは住宅街の一角で住んでいた
家の隣に美術館が誕生した。

過去に体験した4度の回顧展によく出品されていたのが晩年の連作テーマ
‘冬の旅’のひとつ‘雪野’。与謝蕪村や菱田春草の作品とどこか相通じるような
印象があり、とても魅了されている。‘夏に入る’は山崎の竹林を描いたもの
で‘京洛四季’シリーズの一枚。ぱっと見ると平板な風景画のようにうつるが、
よくみると緑のグラデーションにより竹と竹には前後左右の間隔が表現され
ており、体を柔軟に曲げないと前に進めない感じになっている。

さわやかなイメージにつつまれる‘緑の微風’は市川市文化会館大ホールの緞帳
原画。横に長いプロポーションはそのため。長野市の記念館にある‘緑の窓’と
同様、ドイツで目にした風景をもとにして構成されている。東山は1969年
にドイツとオーストリアを訪れ、ドイツ北部の町ツェレの古い木組みの家を
描いた。この家をみるとドイツのビアホールを思い出す。また、サッポロビア
ガーデンも重なる。早くみんなと美味しいビールを飲みたい!

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2021.01.15

美術館に乾杯! 国立歴史民俗博物館

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     ‘洛中洛外図屏風 歴博甲本’(重文 室町時代・16世紀)

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     ‘醍醐花見図’(重文 17世紀)

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   狩野洞雲の‘百鬼夜行図’(17世紀)

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     伊藤若冲の‘伏見人形図’(18世紀)

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  酒井抱一の‘小袖 白絖地梅樹下草模様’(重文 18~19世紀)

佐倉市には川村のほかにもうひとつ大きな博物館がある。それはJR佐倉駅
の北に位置する国立歴史民俗博物館。2009年に開催された企画展を
みるため出かけた。どう行ったか記憶が薄れているが、駅からバスに乗っ
たような気がする。国立の博物館だから民俗関連の文物や資料に関心が
あると好奇心がいたく刺激される。

この博物館の名前がインプットされたのは最古の洛中洛外図といわれる
‘洛中洛外図屏風 歴博甲本’に出会ったから。たしかこれは2度見ている。
一時期洛中洛外図に嵌り、美術本に載っているものは全部みてやろうと
山形の米沢までクルマを走らせ狩野永徳の‘米沢本’に会ったり、東博に
連日通い‘舟木本’を単眼鏡で隅から隅までなめつくしたこともあった。洛中
洛外図をみるのは相当なエネルギーがいるので今はその元気はない。

豊臣秀吉の花見の様子を描いた‘醍醐花見図’はたばこと塩の博物館であっ
た特別展でお目にかかった。貴重な鑑賞体験であり、歴博はこれによって
も印象づけられている。件の企画展は古道具の妖怪が登場する‘百鬼夜行の
世界’、大徳寺真珠庵にある‘百鬼夜行絵巻’が出品されたので喜び勇んで出
かけた。狩野洞雲(1625~1694)の絵はこれをベースにして描い
たもの。ユーモラスな妖怪たち動きは一度見たら忘れられない。

伊藤若冲(1716~1800)の描いた‘伏見人形図’はいくつもヴァー
ジョンがあり、これはその一枚。インバウンドが多かった2年前は伏見稲荷
大社は外人客で大賑わいだった。まだここは行ってないのでコロナ騒動が
静まったら訪問することにしている。酒井抱一(1761~1828)が梅
をモチーフにして描いた見事な小袖もここの自慢のお宝。着物が琳派のキャ
ンバスになっているが、着物の形と絵柄がうまくマッチしている。この品の
いいデザインセンスは抱一ならではのもの。

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2021.01.14

美術館に乾杯! DIC川村記念美術館 その三

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        コーネルの‘無題(ラ・ベラ)’(1956年)

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     ブランクーシの‘眠れるミューズⅡ’(1922~76年)

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     ウェッセルマンの‘ベッドルーム・ペインテイングNo.6’(1968年)

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    フランシスの‘ワン・オーシャン、ワン・カップ’(1974年)

川村でロスコ、ステラに次いで忘れられないのはジョセフ・コーネル
(1903~1972)のコラージュ作品。小さな箱のなかに古典絵画にでて
くる女性のコピーが張られている‘無題(ラ・ベラ)’をみたとき、このア―テ
ィストは‘女性おたく’のイメージがぬぐいきれなかった。そして、それがさら
に強くなったのがNYのMoMAにある枯れ木に囲まれたフランス人形。同じよ
うに箱に人形が入っている。

ルーマニア出身のブランクーシ(1876~1957)のぴかぴかブロンズ像
‘眠れるミューズⅡ’が日本でみられるのは嬉しいかぎり。コロナ禍の今、ポンピ
ドーやグッゲンハイムを訪問できなくてもありがたいことに石製の‘接吻’(ア―
ティゾン)だけでなく、川村でもミューズシリーズのひとつにお目にかかれる。
日本もたいした美術大国である。

ウェッセルマン(1931~2004)のポップ調の‘ベッドルーム・ペインテ
ィング No.6’はマティスの切り絵をみているよう。違いはここに持ち込まれた
のはみな日常生活のなかで見慣れたもの、青のブラインド、オレンジ、ティッ
シュペーパー、赤ちゃんが大好きなお母さんの乳房。明るい色をつかってなん
でも自由に組み合わせアートを感じさせるところがスゴイ。

日本に滞在し水墨画の余白やにじみに開眼したサム・フランシス(1923~
1994)の抽象絵画を一度まとまった形でみたいと願っているが、回顧展が
なかなか実現しない。この人の作品を海外でしかとみたという記憶がはっきり
せず、出光、東京都現美、川村での思い出によって作風のイメージができあがっ
ている。‘ワン・オーシャン、ワン・カップ’は宗達の‘たらし込み’技法に色をつ
けるとこんな風景になるかもしれない。

抽象表現主義のなかでラインハート(1913~1969)の黒だけで描かれ
た‘抽象絵画’は異色の輝きを放っている。ぱっとみると黒一色にみえるが、じっ
とみていると細かくはとらえきれないが画面は縦横格子に分割され黒に微妙な
グラデ―ションが施されている。それに気づくと深い精神世界にひきこまれて
いくような気分になる。

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2021.01.13

美術館に乾杯! DIC川村記念美術館 その二

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        モネの‘睡蓮の池’(1907年)

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      ルノワールの‘水浴する女’(1891年)

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         キスリングの‘姉妹’(1950年)

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      藤田嗣治の‘アンナ・ド・ノアイユの肖像’(1926年)

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     マグリットの‘冒険の衣服’(1926年)

日本の美術館で人気のある展覧会はなんといっても印象派やポスト印象派に
スポットをあてたもの。そのなかで回数の多さが目立つのはモネ(1840
~1926)とゴッホ。昨年は上野の森美でゴッホ展があったし、2015
年には東京都美でマルモッタン美が所蔵しているモネがどどっと公開された。
これまであったモネ展はほとんど出かけているので日本の美術館や個人が
もっているモネの風景画や睡蓮はおおよそ頭に入っている。

例えば、1907年に描かれた‘睡蓮の池’は川村だけでなく画面の構成がだい
たい同じ作品がもう3点あり、そのひとつをアーティゾン美がもっている。
とにかく日本にはモネがたくさんある。一方、ルノワールについてはモネほ
ど回顧展に遭遇しないが、2010年と2016年にこれをみたらもうルノ
ワールは済みマークをつけてもいいと思わせるほどの充実したラインナップ
だった。2010年のときは日本の美術館にあるルノワールの多くが勢ぞろ
いし、ルノワールファンの目を楽しませてくれた。川村から出品された‘水浴
する女’はとても魅了される一枚。

エコール・ド・パリ派のキスリング(1891~1953)の‘姉妹’とわれら
の藤田嗣治(1886~1968)の‘アンナ・ド・ノアイユの肖像’の絵の前
ではいつも足をとめてじっくりみてしまう。藤田の作品は回顧展が日本で解禁
になる2006年以前はお目にかかる機会はごく限られていた。だから、佐倉
まで遠出し藤田の絵をみることはちっとした‘事件’だった。2018年東京都美
で開催された回顧展で再会したときは最初の出会いを思い出していた。

横浜美でダリの大作(3画面)に感激するように川村にあるマグリット
(1898~1967)の‘冒険の衣服’、いつものようにハッとさせられるシュ
ールな一枚。上にウミガメがすぐわかるがそのすぐ下でヴェールを被った女性
が横たわっている。絵のタイトルをみると‘冒険の衣服’、ウミガメのいる世界へ
やって来たことが冒険?でも、それと衣服がどう関係するの?半分わかって
半分は謎のまま、とんでいるお品書きをみる感覚と似ている。

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2021.01.12

美術館に乾杯! DIC川村記念美術館 その一

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      ロスコ・ルーム

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     ロスコの‘シーグラム壁画 無題’(1958年)

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     ステラの‘タンパ’(1963年)

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     ステラの‘恐れ知らずの愚か者’(1985年)

千葉県にある美術館で千葉市美同様、せっせと通ったのは佐倉市にある
DIC記念美術館。佐倉は千葉よりさらに遠くにあるから、ここへ出かけると
きはほかへは寄り道できない。クルマで3回くらい行ったが、鉄道を利用
する場合はJR佐倉駅で下車し、南口からでている美術館行きの送迎バス
(無料)に乗りこむ。たしか、2,30分に一本くらいの頻度で巡回して
いるので、タイミングが悪いとちょっと待つことになる。美術館までは
15分くらいで着いたような気がする。

特別展が目当てで訪問するのだが、館内の導線の流れは所蔵作品の常設
展示を全部みて最後にメインディッシュをいただくことになっている。
でも、前菜にスゴイ作品があるため、これで腹がいっぱいになることがし
ばしば。それは超一級の現代アート、なんとあのマーク・ロスコ
(1903~1970)とフランク・ステラ(1936~)の作品が登場
するのである。2013年まではニューマン(1905~1970)の
大作があったが、海外のコレクターが購入しここから消えてしまった。

ロスコ・ルームに展示されているのは1958年に制作された‘シーグラム
壁画’。ロスコは30点描いたが、その7点を1989年に川村が購入した。
ロスコにだんだん嵌っていったのここで赤褐色の力とにじみ効果に魅了され
たから。この視覚体験が2013年に訪問したワシントンのフィリップス
コレクションにあるロスコ・ルームの作品(シーグラム壁画とは別のもの)
へとつながっていった。

ステラ専用の部屋には気分が軽くなる大作群がずらっと並ぶ。単純なスト
ライプを斜めに並べて意匠化する‘タンパ’や赤や青などで色づけられた正方
形の枠を重ねて奥行きをつくる‘同心正方形’についつい引き寄せられる。
そして、軽快な音楽を流すとよりテンションが上がってきそうなオブジェ
‘恐れ知らずの愚か者’にも視線が釘づけになる。

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2021.01.11

美術館に乾杯! 千葉市美術館 その三

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        勝川春章の‘花下の遊女’(1787年)

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        鳥文斎栄之の‘朝顔美人図’(1795年)

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     喜多川歌麿の‘画本虫撰’(1788年)

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     小林清親の‘獅子図’(1884年)

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        鏑木清方の‘薫風’(1919年)

浮世絵の楽しみにどっぷりつかろうと思ったら、常時浮世絵が展示されてい
る美術館へ足を運ぶにかぎる。東京では東博、太田記念美、すみだ北斎美。
さらにまわりたいなら江戸東博、たばこと塩の博物館を加えてもいい。
では関心のある浮世絵師の回顧展を体験したいとなると、これらの美術館は
太田とすみだ北斎に絞られる。

そして、もう一館、企画展のスケジュールを定点観測しておきたいのが千葉
市美。1回目で述べたが、過去に歌麿、春信、清長といったビッグネームの
回顧展を行ってきた。こうした華々しい実績があるのでつい期待してしまうが、
最近はあまり出くわさないのが気になるところ。ひそかに願っているのは
2度目の歌麿展。果たして?

ここが所蔵している浮世絵ですぐ思い浮かぶのは勝川春章(1726~
1792)の肉筆画、‘花下の遊女’などぐっとくるのが数点ある。春章が描く
女性は顔がちょっと大きいのが特徴。そして、みるたびに魅了されるのが着
ている着物の紋様の精緻な描写。旗本出身の異色の浮世絵師、鳥文斎栄之
(1756~1829)の‘朝顔美人図’(肉筆、1795年)もなかなかいい。

喜多川歌麿(1753~1806)は美人画のイメージが強いが、その天才
ぶりは虫や花の絵でもいかんなく発揮されている。‘画本虫撰’は狂歌絵本のな
かで最も有名なもの。いつもリアルな写生を息を呑んでみている。これはとき
どき企画される館蔵のミニ浮世絵展にでてくる。

明治以降に描かれた作品で強く印象に残っているのは小林清親(1847~
1915)の‘獅子図’と鏑木清方(1878~1972)の‘薫風’。獅子の絵と
いうとこれと竹内栖鳳のものがすぐイメージされる。清方展の常連、‘薫風’をみ
るたびにフィギュアスケートの真央ちゃんがダブってくる。

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2021.01.10

美術館に乾杯! 千葉市美術館 その二

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     中村芳中の‘白梅図’(18世紀)

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     鈴木其一の‘芒野図屏風’(18世紀)

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     俵屋宗達の‘許由巣父図’(17世紀)

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     酒井抱一の‘老子図’(1819年)

ここ数年、ストックしている展覧会図録の大整理に取り組んでいる。複数の
図録にでてくる作品のダブりをなくしたり、美術本などからも頁をひっぱか
して空いているスペースにペタペタ貼っていくという作業を繰り返しMy図録
を完成させていく。やってることは雑誌の編集・レイアウト検討と同じだが、
結構時間がかかる。できあがったもので数が多いのは日本絵画関連では琳派、
伊藤若冲、円山応挙、浮世絵、横山大観、上村松園、鏑木清方、竹久夢二、
棟方志功、加山又造。

琳派展が開かれるというと心が浮き浮きするたちだから琳派の図録の編集は
楽しいし、どの絵画がどこの美術館にあるかはおおよそインプットされている。
千葉市美にある琳派で覚えるのが早かったのは中村芳中(?~1819)の
‘白梅図’、みどころはアクロバチックな幹の形と琳派特有の描き方である‘たら
し込み’。

鈴木其一(1796~1858)の‘芒野図屏風’も琳派展にはよくお呼びがかか
る一枚。意匠化されたような芒野(すすきの)の光景がなんだかモダンアート
をみているような気分にさせる。ワシントンのフリーア美で其一が描いたもう
ひとつの芒野のヴァージョンをみる幸運に恵まれたので、この絵には強い思い
入れがある。

日本画を趣味にしていると中国の故事の話も少なからず入ってくる。俵屋宗達
が題材にした‘許由巣父図’は中国の伝説的高士にまつわる話。左の岩の上にいる
のが許由で帝堯(ぎょう)から国を譲るとの申し出にたいして、耳が汚れたと
言って水で洗っているところ。右にいる巣父は汚れた川の水を牛に飲ませるわ
けにはいかないと連れ帰った。権力が大好きな人が大勢いるのに、高士はこれ
を汚らわしいとする。この二人にくらべると酒井抱一(1761~1828)
の‘老子図’はまあ馴染みがあるかもしれない。

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2021.01.09

美術館に乾杯! 千葉市美術館 その一

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        曽我蕭白の‘虎渓三笑図’(1976年頃)

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     長澤芦雪の‘花鳥蟲獣図巻’(部分 1795年)

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     円山応挙の‘秋月雪峡図屏風’(1786年)

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     伊藤若冲の‘寿老人・菊図’(1768年頃)

数多くある美術館のなかで美術ファンに何度も足を運ばせる美術館は実施さ
れる企画展が期待値を上回ることが多いから。大きな美術館でいうなら京博、
そして府中市美や千葉市美もその例にもれない。千葉市美は横浜からだと
JR千葉駅に到着するまでかなり時間がかかる。でも、そのあとはバスに5分
も乗っていれば近くまでくるからアクセスは楽。

ここはテーマで作品を集める特別展より回顧展を得意としている。ざっとあ
げてみると、喜多川歌麿、鈴木春信、鳥居清長、岩佐又兵衛、曽我蕭白、
伊藤若冲、浦上玉堂、酒井抱一、中村芳中、田中一村、北野恒富、思い出に
残る回顧展を連発するその企画力は称賛に値する。

所蔵作品については江戸絵画にいいものがある。とくに印象深いのが曽我蕭白
(1730~1781)の‘虎渓三笑図’、長澤芦雪(1753~1799)の
‘花鳥蟲獣図巻’。蕭白はもう一回くらい回顧展を体験したいが、そのときには
必ず含まれそうなのが垂直にのびるラインが墨の濃淡で力強く刷り込まれる
この水墨山水画。そして、群れる雀たちに心が和む芦雪の花鳥画も忘れられな
い。雀を描かせたら芦雪と菱田春草の右にでるものはいない。

3点くらいある円山応挙(1733~1795)は‘秋月雪峡図屏風’に魅了さ
れている。川の流れの描写と奥行き感のつくり方が秀逸。思わず立ち止まって
みた。正月のNHKの番組に伊藤若冲(1716~1800)が登場したが、
その人気は不動のものになりメジャー街道を驀進している感じ。‘寿老人・
菊図’は頭が異様にデカい寿老人と筋目描きの菊に目が点になる。

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2021.01.08

美術館に乾杯! 早稲田大学會津八一記念博物館

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   横山大観・下村観山の‘明暗’(1927年)

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     前田青邨の‘羅馬使節’(1927年)

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     小林古径の‘鉢’(1952年)

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   白隠の‘すたすた坊主’(1759年頃)

大学のなかにある美術館というと日本では東京芸大、アメリカではハーバー
ド大のフォッグ美がすぐ思い浮かぶが、早稲田大学にも會津八一記念博物館
というのがある。でも、ここは一度しか行ったことがなく普段はあまり縁が
ない。出かけた目的は前田青邨(1885~1977)の‘羅馬使節’をみる
ため。

画集に載ったこの絵がとても気になっていたが、絵が公開されること
があるのか情報がよく把握できずいた。そんな時期が長く続いたが、公開
されることがわかったので喜び勇んで足を運んだ。予想以上のいい絵だった。
描かれているのは天正遺欧少年使節の一人伊東マンショが白馬に跨っている
ところ。フィレンツェにあるゴッツォリの‘東方三博士の行列’をみているよう。
本当にすばらしい。

横山大観(1868~1977)と下村観山(1873~1930)の合作
による‘明暗’はびっくりするほど巨大な壁画だった。こんな壁画を2人が描
いていたとは!何度も体験した大観展にはこれは出品されないので、大きな
オマケをもらった感じ。小林古径(1883~1957)の‘鉢’は2005年
にあった大回顧展でお目にかかった。

オマケはもうひとつあった。それは白隠(1685~1768)のユーモラス
な絵‘すたすた坊主’、この博物館からそう遠くない目白の永青文庫にも白隠が
たくさんあるが、2館は白隠でコラボしていた。ほかにも2,3点みたような
気がする。その一枚はBunkamuraで開催された回顧展に出品された‘福神見温
公語’だったかもしれない。

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2021.01.07

美術館に乾杯! 高島屋史料館

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     横山大観の‘蓬莱山’(1949年)

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       竹内栖鳳の‘アレ夕立に’(1909年)

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 北野恒富の‘ポスター:たかしまや飯田呉服店’(1916年)

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   神坂雪佳の‘光琳風草花図屏風’(20世紀)

最近は以前ほど足を運ばなくなったデパートで開催される展覧会だが、まっ
たくスルーするといい企画展を見逃すことになるのでときどきはチェックを
入れている。これまで出かけた回数の多いのは日本橋高島屋、三越、横浜
そごう、ほかには銀座松屋、東京駅大丸、横浜高島屋でもいろいろ楽しませ
てもらった。

日本橋高島屋で忘れられないのは1984年と1997年と2度にわたって
披露されたロンドンのコートールド美が所蔵する印象派コレクション。まる
で西洋美並みの豪華な特別展でマネやゴッホ、ゴーギャンらの名画を目を
白黒させてみた。このころはデパート価値のある美術エンターテイメントを
発信する重要な場所だった。

日本の美術シーンの一角を担っていたそんな高島屋には史料館があり、衣裳
関連のものや日本画の優品をもっている。日本画で有名なのは横山大観
(1868~1958)の‘蓬莱山’、縦2.32m、横2.4mの大作で大観
展の欠かせないワンピースになっている。そして、竹内栖鳳(1864~
1942)の‘アレ夕立に’は代表作のひとつ。顔をみせない女性画は好みでは
ないが、この舞妓は例外扱い。

北野恒富(1880~1947)の描いたポスター、‘たかしまや飯田呉服店’
は2017年千葉市美であった回顧展で遭遇した。うっとりするような京舞妓
美人の前では心がザワザワする。海外のコレクターの間では高く評価されてい
る神坂雪佳(1866~1942)の‘光琳風草花図屏風’にも魅了される。

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2021.01.06

謹賀新年 2021年前半展覧会プレビュー!

Img_0001_20210106213001  カラヴァッジョの‘キリストの埋葬’(1602~04年、ヴァティカン絵画館)

コロナ禍で重っ苦しい日々がまだまだ続きそうですが、今年も拙ブログをよ
ろしくお願いします。二度目の緊急事態宣言がでることになり前半に予定さ
れている展覧会のスケジュールに影響がでる可能性があるものの、とりあえ
ず関心を寄せているものをピックアップしてみた。

★西洋美術
コンスタブル展    2/20~5/30     三菱一号館美
モンドリアン展    3/23~6/6      SOMPO美
カラヴァッジョ展   3/24~5/10     国立新美
クールベと海展    4/10~6/13     汐留美
イサム・ノグチ展   4/24~8/29     東京都美
モネ展        5/29~9/10     ア―ティゾン美
★日本美術
与謝蕪村展      3/13~5/9      府中市美
国宝 鳥獣戯画展   4/13~5/30     東博
ミネアポリス美日本画展   4/14~6/27     サントリー美
聖林寺十一面観音展  6/22~9/12     東博
三菱の至宝展     6/30~9/23     三菱一号館美

(注目の展覧会)
三菱一号館美で行われるコンスタブル展はロンドンのテートブリテンのコレ
クション、久しぶりにみれるので期待している。カラヴァッジョの‘キリスト
の埋葬’はコロナの感染がなければ昨年の秋に再会を果たせるところだった
が、ようやく今春お目にかかれる。開幕が待ち遠しい。日本美術では奈良の
聖林寺にある国宝‘十一面観音立像’が同じように昨年の特別展の仕切り直し。     

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