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2020.12.31

2020年 展覧会のふりかえり!

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 レンブラントの‘34歳の自画像’(1640年 ナショナル・ギャラリー)

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     ゴッホの‘ひまわり’(1888年 ナショナル・ギャラリー)

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     横山大観の‘夜桜’(1929年 大倉集古館)

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  小倉遊亀の‘はれゆく’(1975年 フジヤマミュージアム)

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     森本草介の‘横になるポーズ’(1998年 ホキ美)

今年は予定していた展覧会巡りが新型コロナウイルス感染の影響で大半が
パーになった。そのため、出かけたのはわずか9回。視覚体験がこれくら
い少ないと、一回々の鑑賞でみた作品に対する思い入れが例年以上に強く
なる。心を奪われた絵画を5点選んでみた。

☆レンブラントの‘34歳の自画像’
☆ゴッホの‘ひまわり’
 (9月 ともに西洋美のロンドン・ナショナル・ギャラリー展)
☆横山大観の‘夜桜’(9月 大倉集古館の近代日本画の華展)
☆小倉遊亀の‘はれゆく’(9月 フジヤマミュージアムの通常展)
☆森本草介の‘横たわるポーズ’(6月 Bunkamuraの超写実絵画の襲来展)

はじめてみたのは小倉遊亀の富士山の絵だけでほかはすでにみたことのある
作品だが、名画は何度見ても新たな発見があるというように感激袋は大きく
膨らんだ。来年は名画にたくさん遭遇できるようミューズに祈りをささげて
おきたい。

今年も拙ブログにおつきあいいただきありがとうございます。
皆様良いお年をお迎え下さい。

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2020.12.30

美術館に乾杯! ア―ティゾン美術館 その七

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     因陀羅の国宝‘丹霞焼仏図’(元時代・14世紀)

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     雪舟の‘四季山水図’(重文 室町・15世紀)

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     宗達派の‘保元平治物語絵’(江戸・17世紀)

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     尾形光琳の‘李白観瀑図’(18世紀)

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     鈴木其一の‘富士筑波山図屏風’(19世紀)

西洋美術の殿堂のような存在である大原やア―ティゾンには予想外の中国の
絵や日本画がある。2011年、MIHO MUSEUMで開催された長澤芦雪展に
大原が所蔵する‘群龍図’というはじめてみる絵が出品された。ええー、大原は
芦雪をもっているの!?この美術館の懐の深さをみる思いだった。

ア―ティゾンのコレクションはたぶん大原よりもっと多い。ここには中国元
時代末の画僧、因陀羅の描いた‘丹霞焼仏図’がある。これは‘禅機図断簡’と呼
ばれる禅宗画で五幅あり(もともとは同じ画巻)、全部国宝に指定されてい
る。ほかの四幅は東博、根津、畠山、静嘉堂文庫におさまっている。やはり、
目ききのコレクターは価値のある美術品を見逃さない。だから、中国の画家
に学んだ雪舟の‘四季山水図’だって手に入れる。この水墨画は中国から帰国し
た後に描かれたものといわれている。

今、ここで‘琳派と印象派’展は行われているが、こういう企画展ができるのは
自分のところに琳派の絵があるから。宗達工房によって扇子に描かれた‘保元
平治物語絵’は所蔵名品展かなにかでみた覚えがあり、琳派好きにはたまらな
い体験だった。尾形光琳(1658~1716)の‘李白観瀑図’は琳派展には
ちょくちょく登場する。構図のセンスがよく李白の眺めている滝の大きさが
感じとれるのがスゴイ。

鈴木其一(1796~1858)の‘富士筑波山図’はちょうど其一の画才にだ
んだん惹きこまれる頃に遭遇したから忘れられない屏風となった。その後、
鈴木其一展(2016年、サントリー美)にも出品された。富士山と筑波山が
一緒にみられる風景画滅多にないので多くの人の目を楽しませ、この絵をも
っているアーティゾンの名前も強く印象づけたにちがいない。

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2020.12.29

美術館に乾杯! ア―ティゾン美術館 その六

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     ムーアの‘横たわる人体’(1976年)

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     ブランクーシの‘接吻’(1907~10年)

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     マリーノの‘騎手’(1952年)

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     アーキペンコの‘ゴンドラの船頭’(1914年)

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       ザッキンの‘三美神’(1950年)

ア―ティゾンにあるムーア(1898~1986)の‘横たわる人体’は箱根の
彫刻の森美でみた大きなものの小型ヴァージョン。でも、サイズは小さくて
もこの形から生まれてくるおおらかな生命力はしっかり伝わってくる。
だから、ムーアの作品というと、彫刻の森、‘ファミリーグループ’がみれる
熱海のMOAと一緒にすぐこの美術館を思い浮かべる。

前のブリジストン美のときは最初の展示室へ向かう導線に飾られていたのが
ブランクーシ(1876~1957)の‘接吻’。男女が額、目、唇をピタッと
くっつけ手を互いに首の後ろにまわしている。プリミティブアートを意識し
ているが、よくみるとかなり人間臭いフォルム。これくらい密着して愛を確認
したらそう簡単には別れられないだろう。

この‘接吻’同様、心がとても和む彫刻がマリノ・マリーノ(1901~1980)
の‘騎手’、イタリアの現代彫刻家を知るようになったのはローマにある国立近代
美を2度訪問したことやヴェネチアのグッゲンハイムへでかけたとこが大きく
関係している。とくに馬と騎手をモチーフにしたマリーノのシリーズは楽しく
みた。騎手が大人にはみえず、子どもが乗った馬で作品のイメージができあがっ
ている。

アーキペンコ(1887~1964)の‘ゴンドラの船頭’はたしかにヴェネチア
観光の名物であるゴンドラを漕いでいる船頭を連想させる。そして、つるりとし
た表面の触感は余計なものをそぎ落としたシンプルなフォルムのインパクトを
より強めている。デ・キリコのマネキン人形とのコラボにも想像がふくらむ。
ザッキン(1890~1967)の‘三美神’はキュビスム的な人体の連続より
もブランクーシの‘ミュ―ズ’を彷彿とさせる黄金の輝きのほうにぐっと惹かれる。

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2020.12.28

美術館に乾杯! ア―ティゾン美術館 その五

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     藤田嗣治の‘猫のいる静物’(1940年)

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     フォートリエの‘旋回’(1963年)

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      ジャコメッティの‘ディエゴの胸像’(1955年)

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        ポロックの‘ナンバー2、1951’(1951年)

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     ザオ・ウ―キーの‘07.06.85’(1985年)

猫を描いた画家ですぐ名前がでてくるのは浮世絵師の歌川国芳、河鍋暁斎、
藤田嗣治(1886~1968)、加山又造。ア―ティゾンには藤田が
3点あり、その一枚が‘猫のいる静物’。大原にある藤田はアンソールの仮面
の絵をみているような‘舞踏会の前’なのに対して、この絵の猫はわれわれの
身の回りでおきている猫の行動そのもの。海老、カレイ、玉ねぎ、リンゴ
、、美味しそうなものがたくさんあるのでどれから食べるか迷うにちがい
ない。

抽象絵画はとっつきが悪いので落ち着いてみれるようになるには時間がか
かる。パリのポンピドーやNYのMoMAに足を運ぶまではまずは日本の
美術館で目馴らし。全部が揃っているわけではないが、大原やア―ティゾン
には美術の本で知った有名な作家の作品が並んでいる。フォートリエ
(1898~1964)の‘旋回’もそんな作品。青の地にただクリップをい
くつも斜めにおいたイメージだが、じっとみているとこの白の楕円の形が動
いているのではと錯覚する。

ジャコメッティ(1901~1966)の一風変わった薄っぺらな人物彫刻
は一度見ると忘れることはない。‘ディエゴの胸像’は彫刻は真正面からみる
ことが決まっているわけではないことを教えてくれる。たしかにこの胸像は
横からみると鼻が高く目の彫りが深い西洋人の姿が強烈に焼き付けられる。
ジャコメッティはどこから刺激をうけてこんな彫刻をつくることを思いつい
たのだろうか。

現代ア―ティストの大物、ポロック(1912~1956)の‘ナンバー2、
1951’をコレクションしているのは流石だが、もっと感激するのは中国人
作家のザオ・ウ―キー(1921~2013)の作品を揃えていること。
2005年、ここで回顧展があり‘07.06.85’を立ち尽くしてみていた。
どの画家の作品とつながるか画家のファイルをフル回転でチェックすると
ターナーの絵を抽象的に変容するとこんな感じになるかなと思ったりもする。
さらに心を沈潜さすとウ―キーの生まれた中国の先人である牧谿の‘瀟湘八景
図’が頭をかすめる。

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2020.12.27

美術館に乾杯! ア―ティゾン美術館 その四

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        コローの‘森の中の若い女’(1865年)

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     クールベの‘雪の中をかける鹿’(1857年)

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       デ・キリコの‘吟遊詩人’(20世紀)

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     グロスの‘プリムナード’(1926年)

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     ビュフェの‘アナベル夫人像’(1960年)

西洋絵画への関心が高まっていくときそれを後押ししてくれるのが美術館と
専門書でない一般の美術本。日本画や浮世絵なら東博と山種に通うのが定石
といえるが、西洋画に関しては西洋美や東近美ではなくアーティゾンと倉敷
の大原が指南役になってくれた。アーティゾンにでかけると美術の本に載っ
ている画家がぞくぞく登場するので西洋絵画全般の流れがだんだん頭の中で
イメージできるようになった。

2008年、パリのグラン・パレでクールベの(1819~1877)の
大回顧展に遭遇するという幸運に恵まれた。会場に目が少し慣れている
作品があった。それは鹿の絵。日本でクールベをみたのは西洋美にある波
の絵とここが所蔵する‘雪の中をかける鹿’。最初は2枚でできていたクールベ
像が何年か後大きく広がった。画家との結びつきは美術館の思い出と密接に
関係している。

コロー(1796~1875)の‘森の中の若い女’ははじめはさらっとみたた
め強く印象に残ってなかった。ところが、クルーベの展覧会と同じ年西洋美で
コロー展があり、女性の肖像画がたくさん並んだ。‘若い女’は残念ながら出品
されなかったがこれらと較べてみるとこの女性の愛らしさが浮き彫りになっ
た。これが回顧展のいいところ。

デ・キリコ(1888~1978)も‘吟遊詩人’でお世話になった。形而上
絵画やシュルレアリスムはいろいろ作品をみないと想像力がかきたてられ
ない。だから、美術本でみたデ・キリコのマネキン人形を実際に目にすると、
これがデ・キリコか!と感激する。戯画チックなブロス(1893~1959)
の‘プロムナード’にはガツンとやられた。ドイツ人の社会風刺はフランスの
ドーミエなんかより暴力的すぎるほど鋭く強い。スゴイ絵をみた。

ビュフェ(1928~1999)が気になりだしたのはホテルニューオータニ
にあった美術館でみたのがきっかけで、ここにある‘アナベル夫人像’を思い出し
たのはそのあと。消えていた作品の記憶がひとつのきっかけで蘇ってくる。
名画はみるたびに印象が変わるというが、美形のアナベル夫人が輝きだして
きた。

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2020.12.26

美術館に乾杯! ア―ティゾン美術館 その三

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   ルノワールの‘すわるジョルジェット・シャルパンテイエ嬢’(1876年)

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     モネの‘睡蓮’(1903年)

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     カイユボットの‘ピアノを弾く若い男’(1876年)

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   ピカソの‘腕を組んですわるサルタンバンク’(1923年)

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        モディリアーニの‘若い農夫’(1918年)

今年は展覧会へでかけた回数が極端に少ないので回顧展でもテーマ展でも
展覧会のもっているあの醍醐味を忘れてしまうそうな状況にある。早く
元のように美術館通いで一年をすごすリズムを取り戻したいのだが、、
このコロナウイルスは強敵なので油断は禁物。安心できる日を静かに待ち
たい。

旧ブリジストン美のとき行われた西洋美術関連の特別展で忘れられないの
が2つある。2004年のザオ・ウ―キー展と2013年に開かれたカイ
ユボット展。印象派のなかでカイユボット(1848~1894)の知名
度はモネ(1840~1926)やルノワール(1841~1919)に較べる
と十分の一くらいしかないかもしれない。そんな画家の回顧展が実現した
のにはちゃんとした理由がある。画家の弟がモデルだとされる‘ピアノを
弾く若い男’を手に入れたからお披露目をかねている。この絵を含め
カイユボットの高い才能をみせつける一級の印象派展を開催するのだから、
流石、ブリジストンである。

カイユボットが加わるまではブリジストンにある印象派のお宝はルノワール
の‘すわるジョㇽジェット・シャルパンティエ嬢’がまず一列にあり次席が
モネの‘睡蓮’だった。新しい美術館を建築中にコレクションがパリで公開さ
れたが、この2点とカイユボットのピアノの前には大勢の人が集まったにち
がいない。

日本にピカソ(1881~1973)の絵が一体何点くらいあるのか正確に
は知らないが、‘腕を組んですわるサルタンバンク’はすぐ思い浮かぶがあとが
続かない。これはキュビスムの画風ではない結構大きな肖像画なのでじっく
り対面できる、そして、‘ピカソってやっぱりすごいな、なんでも描けるん
だ!’と素直に感激する。モディリアーニ(1884~1920)の‘若い農夫’
も美術の教科書にでていたモディと今遭遇しているという感じになる。

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2020.12.25

美術館に乾杯! ア―ティゾン美術館 その二

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     浅井忠の‘縫物’(1902年)

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     黒田清輝の‘鉄砲百合’(1909年)

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     山下新太郎の‘読書’(1908年)

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   小出楢重の‘帽子をかぶった自画像’(1924年)

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     古賀春江の‘単純な哀話’(1930年)

西洋絵画でも日本画でも視覚体験を積み重ねていくと数多くの作品が画題の
選び方や描き方の特徴によっていくつかのグループにまとまってくることに
気づく。明治以降の画壇にあって洋画も多くの才能のある絵描きたちによっ
て注目を集める世界となっていった。ア―ティゾンには洋画界のスター画家
たちの名画がいくつもある。

浅井忠(1856~1907)がフランスのグレに5ヶ月滞在したときに描
いた‘縫物’はなかなかの出来映え。印象派のルノワールの女性画とは似ている
ようで違うし写実派のクールベのようにはっとさせる人物画でもない。でも、
これを浅井の作品と知らないでみたらローロッパの画家が描いたと素直に思
ってしまう。西洋画のテクニックはもう十分に吸収しているのがスゴイ。

洋画界のドン、黒田清輝(1866~1924)の‘鉄砲百合’は何点かある
静物画のなかではもっとも惹かれている。明るい白の花がまわりの緑や赤か
ら浮き上がり賑やかで華やいだ気分を演出している。黒田に師事した
山下新太郎(1881~1966)の描く女性に藤島武二の作品同様大変
魅了されている。‘読書’は西洋絵画ではロココのころからよくとりあげられ
た画題だが、日本人が描くと個性的な容姿の女性ではなく静かで控えめな性格
の持ち主になる。

大阪に生まれた小出楢重(1887~1933)はこれまでお目にかかったの
は片手くらいしかないが、東近美と山種にある子どもの絵とかここの‘帽子を
かぶった自画像’をみると、もっとみたいという気になる。回顧展はこれまであ
ったのだろうか。大規模な洋画展が開かれたら、隠れた名画に遭遇できるかも
しれないのだが、果たして。古賀春江(1895~~1933)の‘単純な哀話’
は半分はシュルレアリスムのイヴ・タンギーの深海をイメージし、もう半分は
現実の世界とのつながりが残っている美女の不思議な存在に戸惑いを覚える。

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2020.12.24

美術館に乾杯! ア―ティゾン美術館 その一

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     青木繁の‘海の幸’(重文 1904年)

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     青木繁の‘大穴牟知命’(1905年)

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     藤島武二の‘黒扇’(重文 1908~09年)

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     安井曾太郎の‘安倍能成君像’(1953~55年)

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     岡鹿之助の‘雪の発電所’(1956年)

東京駅八重洲口から歩いてすぐ到着するア―ティゾン美(旧ブリジストン美)
は今年名前を変え新しい美術館としてオープンしたが、コロナの感染で水を
さされた感じ。今開催されている‘琳派と印象派’展に関心はあるのだが、東京
都の新規感染者数がこれだけ増えると出かける気になれない。来年の中頃
くらいまで様子見が続きそう。

この美術館が所蔵している作品ですぐ思い浮かぶのはやはり青木繁(1882
~1911)のコレクション。2011年に大回顧展があり代表作の‘海の幸’や
西洋絵画の宗教画や歴史画に倣った‘大穴牟知命’、‘わだつみのいろこの宮’
(重文)といった主要作品などを存分に楽しんだ。とくに舞台を文明の勃興期
にまで巻き戻し海の恵みで生きる人間の姿を生き生きと描いた‘海の幸’が強く心
に刻まれている。

青木繁とともに自慢のお宝が藤島武二(1867~1943)の女性の肖像画
や風景画。一番のお気に入りは‘黒扇’と‘チョチャラ’。そして、重文に指定されて
いる‘天平の面影’。来年ここで大きな藤島武二展が実現することを願っている。

安井曾太郎(1888~1955)と岡鹿之助(1898~1978)の回顧展
に運よく遭遇したのも嬉しい思い出である。安井の肖像画だけは女性だけでなく
男性のものもとりあげたくなる。眼鏡と白髪が印象深い‘安倍能成君像’に魅了さ
れている。そして、今の時期図録を広げ静かにみているのが岡鹿之助の傑作‘雪の
発電所’。本当にいい絵!

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2020.12.23

美術館に乾杯! 迎賓館赤坂離宮

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      迎賓館赤坂離宮

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     花鳥の間

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     濤川惣助の‘七宝 尉鶲に牡丹’(1909年)

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   藤田嗣治の‘銀座コロンバン天井画 野あそび’(1935年)

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    ‘天使と女性’(1935年)

現在、迎賓館赤坂離宮の見学は予約なしで料金さえ払えば中に入れるが、
以前は年に一度?の公開に応募して当選すれば晴れて入館できるという
ことだった。10年くらい前、運よく当たり念願の濤川惣助(1847
~1910)の無線七宝での傑作花鳥画をみることができた。これは
生涯の思い出となるエポック的な鑑賞体験だった。

迎賓館はJR中央線四ツ谷駅の赤坂口から歩いて7分くらいで到着する。
よくTVのニュースで海外のお偉い人たちがこのヨーロッパの宮殿を連
想させる左右対称の見事な建物に入っていく様子が報じられるが、じっさ
いに中の雰囲気を同じように味わってみるとなんだかフランスやオースト
リアに来ているような気分になる。

花鳥の間大食堂に飾られている楕円形を縦にした七宝額は全部で30面。
この花鳥画の原画を描いたのは渡辺省亭(1851~1918)で、東博
にその下絵が保管されている。画像はもっとも魅了された‘尉鶲(じょう
びたき)に牡丹’。濤川は画期的な無線七宝の技法により絵画のような花鳥
画を生み出している。息を呑んでみていた。

迎賓館にはもうひとつ忘れてならない作品がある。それは藤田嗣治
(1886~1968)の‘銀座コロンバンの天井画’。6点あるがすべて
迎賓館におさまっている。常時展示されているのか確認してないが、われ
われがみたときは2点でていた。過去にでかけた藤田嗣治展で‘野あそび’や
‘天使と女性’など4点お目にかかったが、この2点が残りの絵だったかは
よく覚えてない。   

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2020.12.22

美術館に乾杯! 東京都庭園美術館

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     東京都庭園美術館

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    ラリックの‘正面玄関扉の女性像’(1932年)

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    ラリックの‘大客室シャンデリア ブカレスト’(1928年)

10年前、パリのルーヴル美からそう遠くないところにあるパリ装飾芸術美
術館を訪問した。ルネ・ラリック(1860~1945)がデザインした美
しいブローチやネックレスなどのジュエリーをみるためである。最初は宝飾
品のデザイナーだったラリックはその後ガラス作家へと転身し、人生の後半
はアール・デコ様式のガラス作品にも力を注いだ。

東京都庭園美はよく出かけた美術館で今でも企画展は定点チェックしている。
これまで印象深い展覧会としてアンソールとキスリングの回顧展がある。
ほかにも工芸関連があり相性がいい。こうした質の高い特別展への期待がある
のだが、ここでは正面玄関のガラス扉にすごいものがある。ルネ・ラリック
がつくった‘女性像’、この旧朝香宮邸宅(1933年)はラリックのアール・
デコ様式でつられた建物の一つなのである。

胸をいっぱいにそらした女性像はギリシャ神話の勝利の女神ニケ、薄布で覆
われ浮かびだすように上半身が大きく前に張り出している。こんな目を惹
くラリックの作品が日本にあるというのが驚き。ここへ来るたびにスゴイな
思う。

入館すると最初の展示室の天井をみあげると2番目のサプライズにでくわす。
‘ブカレスト’と名づけられたシャンデリア。一見するとチューリップを連想する。
ここは大客室だったところで、このきらびやかなシャンデリアの下で招待され
た客たちはおおいに胸が高まったにちがいない。こんなすばらしい邸宅美術
館とはこれからも長くつきあっていきたい。

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2020.12.21

美術館に乾杯! ギャルリーためなが

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     ビュフェの‘サーカス’(1955年)

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       ビュフェの‘サクレクーレ’

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       ルオーの‘磔刑’(1935~40年)

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       キスリングの‘緑色の花瓶の花’(1935年)

絵画や彫刻、やきものなどの工芸をみることを大きな楽しみにして毎日をす
ごしているが、そうした美術品をじかにみる場所はほとんどが美術館やお寺。
古美術店とか画廊に通ってもやきものや浮世絵、西洋絵画、日本画と接する
ことができる。でも、ここは美術品の購入が目的のコレクターたちがでかけ
るところだから、今のところ縁がない。そのため銀座にたくさんある画廊に
ついて知っているのは日動画廊だけ。

昨年夏、なにかの拍子で日動画廊から7分くらい歩けば着くギャルリー
ためながでベルナール・ビュフェ(1928~1999)の回顧展を行って
いることわかり、足を運んだ。名前はすでにインプットされていたが、場所
に関する情報がないため知る人ぞ知る有名な画廊なのだろうというイメージ
がふわっと頭の中に残っていた。じっさい訪問してみると予想以上にいい感
じの画廊。多くの顧客がついていることを直感した。

ここはビュフェと長い付き合いがあるようでいい絵をたくさん所蔵している。
2010年目黒区美であったビュフェ展に出品された‘サーカス’は縦2.6m、
横2.9mの大作、こんな見ごたえのあるサーカスの絵があったのか!息を
呑んでみていた。‘サクㇾクール’は銀座でみたもの。ビュフェの風景画に大変
魅了されているので、この絵とか‘サンジェルマン・ロクセロワ教会’をゆった
りした気分でみてしまう。ユトリロの絵の前にいるときと似た感情がわきお
こる。

ルオー(1871~1958)とキスリング(1891~1953)について
もそれぞれの回顧展でみる機会があり、ギャルリーためながのコレクション
の幅の広さに感心させられた。パナソニック汐留美でお目めにかかったルオー
は‘磔刑’、‘聖顔’など4点、こんなにもっているの!という感じ。キスリング
の‘緑色の花瓶の花’もすばらしい花の絵。

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2020.12.20

美術館に乾杯! パナソニック汐留美術館

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    ルオーの‘道化師’(1909年)

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     ‘女馬曲師’(1925年)

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     ‘見世物小屋の呼び込み’(1934年)

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     ‘飾りの花’(1947年)

日本にはジョルジュ・ルオー(1871~1958)の絵をみれる美術館が
2つある。出光美とパナソニック汐留美。企画展を楽しんだ後、SOMPO美
のゴッホの‘ひまわり’同様に専用に設けられた展示室でしばしルオーの道化
師や宗教画の世界にひたるのが鑑賞のいつもの流れになっている。

出光が日本画とかやきものの充実した特別展を開催し、ルオー関連のもの
はそう頻繁におこなわないのに対し、汐留のほうはルオー財団などの協力
により質の高い一級のルオー展をみせてくれているという印象が強い。
2012年にあった‘ジョルジュ・ルオー サーカス 道化師’と感動がまだ
かすかに残っている2年前の‘ルオー 聖なる芸術とモデルニテ’はエポック
的な特別展だった。

汐留美でひとこと言い添えておかないといけないのは、ここはルオーの専門
美術館ではあるが興味をそそる企画展を実施していること。だから、美術館
に対する好感度はとても高い。ざっとあげるとモロー、ゴーギャン、そして、
民藝派好きにはたまらない河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ、
富本憲吉。これからも相性の良さは続きそう。

ルオーのコレクションでお気に入りの一番は‘道化師’。ルオーの美術本に載
っている主要作品とくらべてもそん色ないとても存在感のある作品。日本に
ある男の人物画としてはこれと出光の‘裁判官’、大原の‘青い鼻の道化師’が忘
れられない。アメリカの美術館をいろいろまわったが、ルオーの絵になかな
か出くわさない。ボストン美ではどういうわけかリストにあげていた絵は姿
をみせてくれなかった。そのため、汐留であった件のルオー展は名画と会え
る貴重な機会となった。

目のくりっとした顔に愛着を覚える‘女曲馬師’もなかなかいい。小さい頃サー
カスをみるのは胸がわくわくする特別な体験だったが、小屋の前をうろつい
ているときからそわそわした。‘見世物小屋の呼び込み’はそんな懐かしい思い
出を呼び起こしてくれる。ルオーの静物画‘飾りの花’をながめていると、才能
のある画家は人物だろうが花だろうが上手に描けることを思い知らされる。
黒の太い線と赤や黄色が輝く花びらに惹きこまれる。

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2020.12.19

美術館に乾杯! 岡本太郎記念館

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Img_0005_20201219222201      岡本太郎記念館のアトリエの庭

Img_0001_20201219222201   岡本太郎がデザインした家具などが並ぶ1階展示室

Img_0003_20201219222201        ‘電撃’(1947年)

Img_0002_20201219222201       ‘暗く透明な日’(1963年)

美術館へ到着するまでに目にする街の風景が心をふわふわさせるところがあ
る。それは地下鉄銀座線の表参道駅から歩いて10分くらいで着く根津美。
今年は見かけないと思うが昨年まではここのファッションストリートで買い
物をする若い中国人カップルが大勢いた。コロナ感染がおさまってこうした
賑わいがまたもどってくるだろうか。

根津美と目と鼻の先にある岡本太郎記念館は2度訪問した。岡本太郎
(1911~1996)の作品に対する関心が強かったころ川崎市岡本太郎
美術館とここを訪れて太郎ワールドを存分に楽しんだ。絵画にくらべると
彫刻やオブジェに魅了されているので岡本太郎の自宅兼アトリエだったとこ
ろでも庭に飾られているミニ太陽の塔や1階展示室においてある手や蝶ネク
タイの形をした椅子などをつい夢中になってみてしまう。

1947年に描かれた‘電撃’は2006年11月にここで発見された作品。修復
が終わり公開されているという記事が翌年の夏新聞に載ったのですぐ足を運ん
だ。おもしろい絵で鼻の低いペチャっとした顔と崖がダブルイメージにな
っており、崖の上では雷に打たれた男が悶絶している。出かけた甲斐のある
いい絵だった。

‘暗く透明な日’が気に入っているのは‘電撃’と同じ年に描かれた‘夜’(川崎市
岡本太郎美蔵)のようにモチーフの輪郭線や複雑に絡み合う色付きの線が細く
てしなやかなフォルムをつくっているから。岡本は感情の起伏が激しく画面に
いろいろ描き込むのを抑えることができないのでどうしても画面にシャープ
さが欠けてくる。だから、こういうところがない作品だけをみている。

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2020.12.18

美術館に乾杯! SOMPO美術館

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      ゴッホの‘ひまわり’(1888年)

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   ゴーギャンの‘アリスカンの並木路、アルル’(1888年)

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     セザンヌの‘りんごとナプキン’(1880年)

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  グランマ・モーゼスの‘シュガー・キャンディ’(1961年)

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        東郷青児の‘望郷’(1959年)

東京で美術館をまわっているときもっとも馴染みのあるターミナル駅は上野
と東京と渋谷。これに対して渋谷や池袋は縁が薄い。新宿に足をのばすのは
SONMPO美で関心のある展覧会に引き寄せられるときくらいで、飲み屋街
をうろうろすることはない。そして、池袋はかなり昔だが西武百貨店の
ところにセゾン美があったころはでかけていたが、今は行くことはない。

今年の5月に新装オープンしたSOMPO美はよく出かけ高速エレベータ
ーで高い階まで一気に昇っていった。ここが魅力的なのは企画展をみたあ
とにもうひとつ大きな楽しみがあるから。ご存知、ゴッホ(1853~
1890)の傑作‘ひまわり’。西洋美であったロンドンナショナルギャラリー
展で最初に描かれた‘ひまわり’を久しぶりにみた。やっぱり、この絵には感動
する。それと同じくらいいい気持になる‘ひまわり’がここにあるのだから、
日本は世界に誇れる美術大国。

‘ひまわり’の磁力が強すぎて横に飾られているゴーギャン(1848~
1903)の‘アリスカンの並木路、アルル’とセザンヌ(1839~1906)
の‘りんごとナプキン’がどうしても水戸黄門様の従者の介さん、格さんみたい
になってしまうが、これは仕方がない。

作品をみる導線の最後に待ち受けているのが、アメリカのモーゼスおばあちゃ
んの心温まる絵。グランマ・モーゼス(1860~1961)の存在を知っ
たのはこの美術館のおかげ。アメリカで訪問した美術館でお目にかかったこと
がないので、新宿へ来るたびにおばあちゃんのほっこりする絵とであい気分を
落ち着かせている。今の季節は‘シュガー・キャンディ’を一番みたくなる。
そして、東郷青児(1897~1978)のマネキン人形のような女性画‘望郷’
と遭遇する。

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2020.12.17

美術館に乾杯! 世田谷美術館 その二

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     稗田一穂の‘豹のいる風景’(1952年)

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  絹谷幸二の‘フランチェスカとゾッテイ氏の肖像’(1987年)

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     高山辰雄の‘星辰’(1983年)

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    北大路魯山人の‘色絵雲錦文大鉢’(1935~44年)

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    北大路魯山人の‘椿文鉢’(1935~44年)

世田谷美のアンリ・ルソーコレクションとの関連で忘れられない作品がある。
それは和歌山県田辺市の出身で今年100歳になる稗田一穂(1920~)
が描いた‘豹のいる風景’。これはルソーは好きの人なら思わずのけぞるはず。
‘ありゃ、日本のルソーがいた!’と。ルソーが豹やライオンや蛇を登場させ
緑の多彩なグラデーションを使って描いた熱帯の森林の光景と完璧に重なる。
ルソーに嵌ったとはいえ稗田は日本画家。若い頃は西洋画の描き方を貪欲
に吸収し、加山又造と同様に動物画を得意としていた。

絹谷幸二(1943~)は今年77歳、そろそろ文化勲章をもらう時期だと
思うが来年に期待したい。1987年の作品‘フランチェスカとゾッティ氏の
肖像’がここにある。どの画家でも先人たちからいろんな刺激をもらう。
それがどんなものだったかを勝手に想像するのはおもしろい。首だけのゾッ
ティ氏をみるとシャガールを連想する。そして、横向きのフランチャス
カの口からでている吹きだしはもちろん日本のライトカルチャーの漫画の
影響。地面の穴が黒で塗りつぶされているのはなぜかデ・キリコの作品で
広場にできた銅像や建物の影につながっていく。

2008年、練馬区美であった高山辰雄(1912~2007)の回顧展
でお目にかかったのが‘星辰’。高山が描く人物描写は独特。5人の女性たち
の髪の毛にはまるで雪がかかっているよう。背景はそれとわかるようなもの
ではない。日本画ではお馴染みの水がない空間を鯉が動くようなもの。しか
も、背景と女性たちが着ている衣服の色は同じうすい茶褐色。この色と右の
2人が身につけている服の白のコントラストがじつにいい。そして、右上に
小さな星が光っている。そうか、髪の白は星の光が反射しているのだ。

世田谷美は北大路魯山人(1883~1959)のやくものをたくさん所蔵
していることでも知られている。いつもみられるかは忘れたが、平常展示
の部屋をまわったとき出くわしたような記憶がある。ここの魯山人に遭遇し
たのは15年前、川崎市岡本太郎記念館であった‘北大路魯山人と岡本家の
人びと’展。大変魅了されたのは‘色絵雲錦大鉢’と‘椿文鉢’。どーんと描かれた
この桜と椿の色と形が以後魯山人のやきもののイメージになった。

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美術館に乾杯! 世田谷美術館 その一

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  アンリ・ルソーの‘フリュマンス・ビッシュの肖像’(1893年)

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  ルソーの‘サン・ニコラ港から眺めたサン・ルイ島’(1883年)

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    キスリングの‘ツーロン’(1949年)

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    堂本尚郎の‘絵画1961-9’(1961年)

世田谷区の砧公園内にある世田谷美は府中市美と同じようにアクセスに気が
重くなる美術館。最寄りの駅は東急田園都市線の用賀。ここからが問題。
バスの発車時間とうまくタイミングが合うといいのだが、これが出たあとだ
と30分待たないといけない。ここにいるか、歩いて砧公園をめざすか
(約17分)。この場合はだいたい歩くことにしている。

世田谷美とのつきあいはシャガール展だったような気がする。ポンピドーの
有名な作品がずらっと並んだ一級の展覧会だったことを今でも覚えている。
ここの企画展は西洋絵画を軸にして行われており、記憶に残るものが登場す
るのでHPは定点観測している。平常展示はパスすることが多く、所蔵コレ
クションについては断片的にしかでてこない。もっとも知られているのは
あのアンリ・ルソー(1844~1910)の絵、美術本によく載っている
‘フリュマンス・ビッシュの肖像’、‘サン・二コラ港から眺めたサン・ルイ島’、
‘戦争’、‘散歩’。人気の高いルソーを4点も所蔵しているというのはスゴイこ
と。とくに背景の風景とくらべて異様に大きく描かれた軍服の男性が強く胸
に刻みこまれる。

キスリング(1891~1953)の‘ツーロン’は昨年東京都庭園美で開か
れた回顧展でお目にかかった。2度目のキスリング展だったが、ジュネーブ
のプティ・パレ美などの海外の美術館にまじって国内の美術館やギャラリー
からも数多く出品された。キスリングの女性画や静物画が日本にこんなにあ
るとは!数の少ない風景画は港の光景がよく描かれているが世田谷の‘ツー
ロン’もなかなかいい。

堂本尚郎(1928~2013)の‘絵画1961-9’はこれぞ抽象絵画!と
いう感じ。勝手に爽快な抽象画と重厚な抽象画にわけると、この絵は後者。
作家の表現欲が魂のふるえとなってフォルムに結実したようなイメージ。
2005年にここであった回顧展で鬼才、堂本尚郎に開眼した。こんな世界
に名の知れた画家に文化勲章を与えないのだから、文化庁もセンスがない。

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2020.12.15

美術館に乾杯! 練馬区立美術館・目黒区立美術館

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     池大雅の‘比叡山真景図’(1762年、練馬区美)

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         鏑木清方の‘道成寺’(1928年、練馬区美)

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     藤田嗣治の‘鶴’(1917年、目黒区美)

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   高島野十郎の‘百合とヴァイオリン’(1921~26年 目黒区美)

練馬区美は西武池袋線の中村橋駅から歩いて5分くらいで到着する。板橋
区美とは対照的に最寄りの駅からのアクセスがとてもいい。だから、
JR両国駅のすぐそばにある江戸東博と同様、美術館への入り方が楽な分展示
室ですぐ‘みるぞ!’モードになる。こんなテンションの上がり方を経験した
企画展としては2008年の高山辰雄展、石田徹也展がある。

所蔵作品の池大雅(1723~1776)の‘比叡山真景図’は2年前京博で
行われた大回顧展に出品された。日本の各地を旅した大雅は知人と比叡山に登
った。これは比叡山からみた琵琶湖の景観。横にのびる白い霞が印象深い。
ここには鏑木清方(1878~1972)の美人画が寄託のものを含めて3点
ある。‘道成寺’は館の所蔵するものでほかの美術館であった清方展でお目にか
かった。

JR山手線の目黒駅のまわりには渋谷方向の右側に東京都庭園美があり、左側
に目黒区美がある。目黒区美へでかけたのは3回くらい。そのなかで忘れられ
ないのが2016年に開催された高島野十郎(1890~1975)の回顧展。
‘蝋燭の画家’とよばれる高島は気になる画家だったので喜び勇んで足を運んだ。
高島のモチーフに対する超写実的な描写は岸田劉生の静物画を連想させるし、
何点も描かれた小品の‘蝋燭’は大好きなラ・トゥールの光と闇の世界が重なっ
てくる。目黒区美は‘百合とヴァイオリン’と‘牡丹花’を所蔵している。

藤田嗣治(1886~1968)の‘鶴’は31歳のときの作品。27歳のとき
パリに渡った藤田は異国の地で縁起のいい鶴を水彩と金箔を用いて平面的に描
いている。このころはまだ藤田様式の女性画の片りんはない。

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2020.12.14

美術館に乾杯! 板橋区立美術館

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     柴田是真の‘果蔬蒔絵額’(1876年)

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     英一蝶の‘一休和尚酔臥図’(18世紀)

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    亜欧堂田善の‘三囲雪景図’

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        酒井抱一の‘大文字屋市兵衛図’(18世紀)

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        鈴木其一の‘蝶に芍薬図’(19世紀)

東京の山手線の内側とかターミナル駅の近くにある美術館だと3館くらいは
楽にまわれるが、新宿や渋谷、池袋から出ている電車に乗ってたどり着く
ところだと2館で精一杯という感じになる。板橋区立美に着くには2つの
ルートがある。ひとつは都営三田線で西高島平駅まで行きそこから歩く
(約13分)、はじめのころはこちらだったが、ある時期から池袋で東武
東上線に乗り成増で降りバスを利用するほうを選択するようになった。

美術館までのアクセスが決して良くないのにここへよく足を運んだのは良質
の日本画展を開催してくれたから。印象深いのは谷文晁と英一蝶(1652
~1724)の回顧展。一蝶の‘一休和尚酔臥図’はユーモラスな絵だが、巨人
ガリバーと小人を連想させる。柴田是真(1807~1891)の‘果蔬蒔絵
額’もこの美術館の名前と強くむすばれている。画面がぷっと膨れた蒔絵は
レリーフをみる楽しみと似ている。目の前に見慣れた柿や栗、かぼちゃがあ
るのでつい手にとってみたくなる。この質感描写から生まれるリアリティは
半端ではない。

名前からして西洋画にどっぷりのめりこんだ亜欧堂田善(1748~
1891)の‘三囲雪景図’は府中美にある田善の作品同様、忘れられない一枚。
描かれているのは隅田川の‘墨堤’の雪の光景。堤の下には三囲稲荷(みめぐり
いなり)の鳥居と参道、そして川の向こうに目をやると筑波山がちょこっと
みえる。

酒井抱一(1761~1828)の浮世絵風の人物画‘大文字屋市兵衛図’は
2011年、千葉市美で開催された酒井抱一展でお目にかかった。小太りで
茶目っ気のありそうな旦那は吉原ではみんな知っている人物。息子が抱一と
つきあいがあったのでこんなインパクトのある絵が誕生した。鈴木其一
(1796~1724)の‘蝶に芍薬図’は初期の花鳥画。バランスのいい形を
した芍薬と蜜を吸うためにやってきた黒揚羽蝶の生き生きとした描写が目に
焼きついている。

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2020.12.13

美術館に乾杯! 弥生美術館・竹久夢二美術館

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     竹久夢二の‘水竹居’(1932年)

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     竹久夢二の‘松竹梅’(1921年頃)

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     竹久夢二の‘この夜ごろ’(1930年頃)

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         鏑木清方の‘おぼろ夜’(1925年)

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         北野恒富の‘初雪’(1926年頃)

今、映画界は大ヒット中の‘鬼滅の刃’で大盛り上がり。でかける予定はないの
だが、物語の時代設定が大正と聞いてちょっと反応した。すぐ思い浮か
べたのは竹久夢二(1884~1934)。代表作の‘黒船屋’のコピーを書斎
の壁に貼って毎日眺めているので、大正時代というと条件反射的に夢二の美人
画がでてくる。

東大のすぐ近くにある弥生美・竹久夢二美は夢二好きにとって訪問必須の
美術館、これまで4回くらい足を運んだ。地下鉄千代田線の根津駅から
歩いて7分くらいのところだから気軽に行ける。夢二の美術館はここと岡山と
伊香保にあるが運がいいことに3館とも縁があった。また、回顧展は女性客を
楽しませるためデパートが主催するものも含めてかなりの数を体験したため
図録が積み重なっている。

ここの夢二で心を打つのが亡くなる2年前、旅行中のベルリンで現地のモデル
を使って描いた‘水竹居’。ドイツ人の女性を描いたといっても夢二式美人は目
が大きくくりっとしていることが多いので、近年観光で京都に来た欧米の
観光客が着物姿で歩くイメージはなくすっと絵の中に入っていける。

三幅対の‘松竹梅’はほかの美術館でみられない貴重な作品。中央の舞妓はよく
みるとちょっとヘン、足が着物で隠れているので幽霊が宙に浮かんでいるよう
な感じ。‘この夜ごろ’は夢二お得意の赤の着物が目に焼きつく。色白の女性は
赤が美しさを引き立てるとよくいわれるが、この絵はそれを実感させる。

弥生美と夢二美はひとつの建物で展示の部屋が分かれているだけ。弥生美が
所蔵している作品は‘おぼろ夜’などの鏑木清方(1878~1972)の美人
画が以前からインプットされている。そして、3年前千葉市美であった北野
恒富(1880~1947)の回顧展で4点と遭遇した。お気に入りは‘初雪’。

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2020.12.12

美術館に乾杯! 大田区立龍子記念館

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       大田区立龍子記念館

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     ‘筏流し’(1959年)

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      ‘御来迎’(1957年)

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      ‘草の実’(1931年)

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      ‘新樹の曲’(1932年)

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           ‘怒る富士’(1944年)

明治以降の日本画を引っ張った中心人物を地域的にみると東の横山大観、
菱田春草らと西の竹内栖鳳。東京では大観たちと同じ時代を生きた川合玉
堂も画壇のど真ん中にいた。そして、年齢的に次の世代が今村紫紅、
安田靫彦、小林古径、前田青邨たち。このなかにはもうひとり大物がいる。
和歌山市出身の川端龍子(1885~1966)。

大田区立龍子記念館へは龍子の大画面日本画をみるため何度も通った。
京浜急行の大森駅で下車し、そこからはバスに10分くらい乗ると到着す
る。お楽しみの大きな絵は定期的にローテーションされ飾られる。とにか
く一点々が馬鹿デカいので作品の数は4、5点くらい。これを何回か積
み重ね、所蔵作品はほぼ全部目のなかに入った。図録には小さい作品も含
めて120点載っている。

絵のサイズを具体的に書くと、例えば、お気に入りの‘筏流し’だと
縦2.4m、横7.3m。ここにあげたほかの3点(最後の絵は除く)も
同じくらいの大きさでこのサイズのものは全部で26点ある。こんな大作
の日本画をみんな鑑賞したというのは生涯の思い出である。絵の前に立つ
たびに心の中で‘龍子に乾杯!’と叫んでいた。

‘御来迎’で度肝をぬかれたのが雲と白馬の顔がシュルレアリスム絵画を
連想させるようにダブルイメージになっていること。これには参った!
そして、崇高でかつ装飾的な雰囲気につつまれた‘草の実’や琳派風の意匠性
に富む表現が印象的な新樹の曲’にも200%魅了される。大観には
‘夜桜’があり龍子にはこの絵、そして福田平八郎には‘花菖蒲’がある。みんな
琳派を意識した作品を描いている。

‘怒る富士’は雷の描写が効いてまさに富士の擬人化が成功している。風景画
は‘伊豆の国’や万里の長城を描いた‘朝陽来’,‘男体秋色’などにも思わず足が
とまる。

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2020.12.11

美術館に乾杯! 戸栗美術館

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     ‘青花葡萄文盤’(明・15世紀)

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     ‘青花琴棋書画図壺’(明・15世紀)

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     ‘桃花紅団龍文太白尊’(清・17~18世紀)

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     ‘色絵鴛鴦文捻花形大皿’(17世紀中期)

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         ‘染付唐花文瓢形扁壺’(17世紀)

東京で浮世絵をみるために太田記念美へ何度も出かけたが、やきものにつ
いては渋谷区松濤の戸栗美と白金の松岡美によく足を運んだ。戸栗は
Bunkamura、松濤美、日本民藝館と連チャンで寄ることが多い。
もう何年もご無沙汰しているので美術館への道順がちょっとあやふやなとこ
ろがあるが、なんとか到着できそう。近くに能楽堂があったが、今はたしか
銀座シックスの地下へ移転したはず。

ここには中国の磁器、青花のすばらしいのがある。‘葡萄文盤’と‘琴棋書画図
壺’は明時代、景徳鎮の窯でやかれたもので、ともに青を発色が鮮やか。
とくに目を惹くのが葡萄の絵柄、真ん中にバランスよく葡萄をならべその周
りを唐草文と波濤文がぐるっととりかこむ。こういう名品はなかなかみれない。

清の時代に同じく景徳鎮で焼かれた‘桃花紅団龍文太白尊’はつるつるした
紅の色がまさに桃の花を連想させるのと半球形の瓶の造形が深く印象づけら
れている。昔、台北の故宮博物館で清時代のやきものに大感激したが、その
なかにこういうタイプのものがあった。だから、すぐ反応する。

そして、日本の初期伊万里の皿や鉢、古九谷の大皿なども定期的に特別展と
して展示されている。‘色絵鴛鴦文捻花形大皿’は古九谷様式の名品。鴛鴦、
松の縁起のいい組み合わせが目を楽しませてくれ、長くみてしまう。好きな
形の‘染付唐花文瓢形扁壺’もお気に入りの一品。これは普通の扁壺とちがっ
て首のところを膨らませて瓢形にして左右に耳つけているところがおもし
ろい。

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2020.12.10

美術館に乾杯! 日本民藝館 その四

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          木喰の‘地蔵菩薩像’(1801年)

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   ‘大津絵 鷹匠(右)、長刀弁慶(左)’(1704~11年)

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     ‘泥絵 長崎港’(江戸末期)

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     ‘熊野観心十界図’(江戸初期)

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      棟方志功の‘心偈’(1957年)

日本民藝館には訪れるたびに心が和むものがある。それは木喰
(1718~1810)が彫った‘地蔵菩薩像’。この菩薩の目をほそめ頬をふ
くらまして微笑む姿をみたらいっぺんに体全体がリラックスする。そして、
‘笑うことは人間の本性、怒るの犬でもする’を噛みしめる。柳宗悦が木喰を
発見したお陰でほほえみの仏像をたくさんみることができるようになった。

木喰同様、大津絵の存在をここで知った。大津絵は江戸時代大津の追分周辺
で盛んに売られた絵のこと。追分は交通の要所だったので旅人はこれを買っ
て土産物として持ち帰った。モチーフはいろいろある。仏様、達磨大師、鬼、
、、お気に入りは‘鷹匠’とか‘長刀弁慶’。

泥絵は江戸末期、安価な絵具を用いて描かれた絵画で長崎、上方、江戸の
風景の3つのグループにわけられる。これは泥絵のはじまった長崎の港を描
いたもの。異国の船をみるとこの地が世界をみる日本の窓だったことがわか
る。ほかにも‘三十三間堂通矢’、‘猿沢池’、‘霞が関’などがある。

‘熊野観心十界図’には地獄と現世と極楽が表されている。熊野比丘尼たちは
これを折りたたんで全国を行脚し、人が集まるところでこの絵を広げ絵解き
をした。火がもえさかる地獄の世界をみたら誰だって改心しようという気に
なる。

棟方志功(1903~1975)が健康を害した柳の回復を願って描いた
‘心偈(こころうた)’は柳が7~9字の句に折々の心境を託した歌を板画に
したもの。この一枚は‘見テ 知リソ 知リテ ナ見ソ’ まず見よ、かくて
知れ。絵画でも彫刻でもまずみて感じることが大事、みる前から知識をつ
めこんでそれに縛られてはいけない、と教えている。

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2020.12.09

美術館に乾杯! 日本民藝館 その三

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     富本憲吉の‘色絵更紗飾壺’(1937年)

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    リーチの‘ガレナ釉筒描獅子文大皿’(1925年)

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     濱田庄司の‘飴青釉掛分白格子文大鉢’(1970年)

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      河井寛次郎の‘流掛壺’(1930年)

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     芹沢銈介の‘沖縄絵図軸’(1939年)

民藝運動を主導した柳宗悦(1889~1961)は有能な陶芸家たちとの
交流を通じて民藝の生み出す美をさがす活動を推進していった。日本民藝館
には柳の思想や実践に賛同した作家たちの作品がずらっと揃っている。
河井寛次郎(1890~1966)や濱田庄司(1894~1978)、
バーナード・リーチ(1887~1979)のファンになったのはここに
何度も通ったことが大きく影響している。

富本憲吉(1886~1963)は若い頃リーチとうまがあい、柳ともつき
あいがあった。‘色絵更紗飾壺’はとても目に心地いい壺でリズミカルに配置さ
れた花びらのデザインが強く印象づけられる。イギリス人のリーチがイギリス
南西部のセント・アイヴィスでガレナ釉を使って焼いた‘筒描獅子文大皿’はお
もしろい作品。リーチは鳥や獅子を多く絵柄にとりいれており、その動きの
ある描写が魅力のひとつになっている。

柳はリーチとの交流から濱田を知り、その濱田と仲のよかった河井と京都で出
会った。ここではときどき濱田の得意とする釉薬の流し掛けの傑作‘飴青釉掛分
白格子文大鉢’やスッキリした意匠が心を打つ河井の‘流掛壺’などをずらっと並
べたミニ回顧展が開催される。これをみるため浮き浮き気分で出かけた。常時
二人の作品は飾られているが、こういうときはたくさんでてくる。

民藝派のメンバーは沖縄のやきものや紅型にも深く傾注し、みんなで一緒に訪
れている。そのなかに芹沢銈介(1895~1984)もいた。‘沖縄絵図軸’は
紅型の色づかいに魅せられた芹沢の思いが強く現れている作品。沖縄の島全体を
デフォルメされた山々や花の模様などで表現するという発想がとても斬新。
デザイナー、芹沢銈介の真骨頂といったところ。

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2020.12.08

美術館に乾杯! 日本民藝館 その二

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     ‘鉄絵緑差松文大捏鉢’(江戸)

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     ‘信楽黒釉流文壺’(江戸)

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     ‘黒釉流彫絵魚文甕’(江戸中期)

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     ‘壺屋厨子甕’(江戸)

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    ‘小鹿田流釉大皿’(昭和)

日本民藝館でみる日本のやきものは東博や根津美で開かれる茶陶展でみる
茶碗や茶入などとはちがい、生活の匂いのする普通の雑器である。だが、
ここに並んでいる大きな甕や鉢、壺は形や絵柄がなかなかいいじゃないか!
と感心するものばかり。素直にみると雑器でも心に響くものがあるだろうが、
こうしたものは見る者を楽しませるためにつくられたものではないから
柳宗悦のように全国の窯場をみたり古美術店をまわらないとはその美しさは
みつからない。用の美にぐっとくるまでには相当な時間がかかりそう。

‘鉄絵緑差松文大捏鉢’は九州の武雄唐津の大鉢でうどん粉をねったりあんを
つくったりするときに使われた。ひと目で魅了されるのはダイナミックな
造形をした松文、ざざっと勢いよく描き、‘よっしできた!’、と名もなき
陶工が納得した様子がひしひしと伝わってくる。これに対し、‘信楽黒釉流
文壺’は釉がさらさら流れるのにまかした感じ。まるで抽象絵画をみている
よう。シンプルなものからは時をこえる美が生まれる。

丹波のやきものに開眼したのは民藝館のお陰。2007年に‘柳宗悦と丹波
古陶’展があり、‘黒釉流彫絵魚甕’に遭遇した。茶渇色の地に黒の太い線が上
からやや斜め落ちており、魚文を浮き上がらせている。これは漬物用の甕。
美味しい漬物がたくさん出来たにちがいない。

沖縄はまだ足を踏み入れてないが、紅型とかこの力強い‘壺屋厨子甕’(厨子
甕は骨壺のこと)のようなものには大変魅了されている。そのきっかけを
つくってくれたのはやきものでは濱田庄司と金城次郎。首里城が再建され
たら出かけるき機会をつくりたい。九州大分県の小鹿田(おんた)は一度
バス旅行で訪れた。バーナードリーチが惚れた小鹿田焼の窯の見学はなか
ったが、お土産屋で‘流釉大皿’のような強い磁力をもった絵柄のものが販売
されていた。

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2020.12.07

美術館に乾杯! 日本民藝館 その一

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        日本民藝館正面

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     ‘染付秋草文面取壺’(朝鮮時代・18世紀前半)

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     ‘白磁大壺’(17世紀~18世紀初期)

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    ‘鉄砂染付葡萄に栗鼠文壺’(17世紀)

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          ‘山神図’(19世紀)

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     ‘文字絵 信・忠’(19世紀)

東大駒場キャンパスの近くにある日本民藝館へは何度も通った。最近は足が
遠ざかっているが、改築計画があるようで先月の24日~来年3月末まで休館
となっている。いろんなことを教えてもらった民藝館で最も印象深いのは朝鮮
時代の陶磁器や民画の数々。

小さいながらもとても存在感があるのが‘染付秋草文面取壺’。面取壺の形に魅了
されているが、これは素朴だが品のある秋草の絵柄にぐっとひきこまれる。
柳宗悦(1889~1961)はこの李朝工芸の美しさの心を打たれ、日本の
民芸の発見に邁進する。

大変大きな‘白磁大壺’(高さ53㎝)と‘鉄砂染付葡萄に栗鼠文壺’も心をとらえて
離さない。絵画だけでなくやきものでも予想をこえたサイズだと見た瞬間、
うわー!となる。ここには大壺がもう一点ある。大きな朝鮮の白磁をみる機会は
滅多にないから、いつも食い入るように眺めている。ほかにも俵の形に似てい
る俵壺の前では思わず足がとまる。

名もなき画工が描いた民画の存在を知ったこともここを訪問したことの大きな
収穫となっている。お気に入りはとぼけた味を出している‘山神図’。道士をおも
わせる人物に虎が巻きついている。朝鮮では虎は山の神の乗り物とされているの
で、じつはこの人物は山神。ぺたっとした平板な表現だが、強いインパクトで
迫ってくる。

文字絵は刺激的な一枚だった。信、忠という漢字をじっとみているとそこには人
がいたり、鳥や亀、魚もいる。さらに草花も描かれている。文字のもっている
中国の故事がこうしたモチーフによって描きこまれているのである。これは
おもしろい!シャガールや歌川国芳の絵がちらっと頭をかすめる。

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2020.12.06

美術館に乾杯! 小平市平櫛田中彫刻美術館

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      館内のある彫刻用の原木

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        ‘尋牛’

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     ‘鏡獅子’(1965年)

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     ‘気楽坊’(1961年)

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     ‘鍾馗’(1954年)

絵画でも彫刻でも陶芸でも作家の名前と作品がピタッと一致するまでにはし
ばらく時間がかかる。彫刻界の重鎮平櫛田中(1872~1979)は
最初‘ひらくしでんちゅう’とすっと言えなかった。田中はよくある苗字な
ので‘たなか’が‘でんちゅう’になかなか切り替わらなかった。これまで田中
と縁があったのは東京芸大美、茨城の五浦美、あの‘鏡獅子’が飾ってある
目白の野間記念美、広島にいるとき出かけた岡山の井原市立田中美、そし
て小平市平櫛田中彫刻美。

彫刻が好きな隣の方から強いプッシュがあり十数年前、小平にある田中美
にもでかけた。ここは田中が住んでいた家。だから、家の庭に印象深いもの
がでんと鎮座している。それは田中が彫刻をつくるためにストックしていた
原木。これには驚いた。生まれ故郷の井原の美術館でも木彫をたくさんみて
いたので、動く姿が視線をひきつける‘尋牛’にもすぐ体が寄っていく。

そして、ハイライトの‘鏡獅子’。国立劇場にあるもの(まだみていない)の
縮小ヴァージョンで1965年につくられた。井原にある試作の鏡獅子も
野間が所蔵しているものもだいたい同じくらいの大きさ。どれもすばらしい
出来映えなので20年かかって完成した国立劇場のものをみなくてのいいか
も、という心境になっている。だが、2mもするという大鏡獅子をみないで
いいわけがない。来年チャレンジしたい。

ユーモラスな作品に出くわすと田中の豊かな感受性とやさしい心根がくみと
れる。お気に入りは福が満ちみちている笑いがおもしろい‘気楽坊’と鬼を懲ら
しめている怪力の‘鍾馗’。また、興味深かったのが大相撲の横綱玉錦像。人気
の力士や歌舞伎役者に並々ならぬ関心を示すところが田中のスゴイところ。

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2020.12.05

美術館に乾杯! 玉堂美術館

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      玉堂美術館前景

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     ‘紅白梅’(1919年)

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     ‘鵜飼’(1956年)

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     ‘春流’(1951年)

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     ‘江畔夏夕’(1950年)

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     ‘古城新月’(1952年)

紅葉がきれいな今頃クルマで出かけると高揚感がぐんと高まる美術館のひと
つに玉堂美術館がある。この美術館は川合玉堂(1873~1957)が
晩年をすごした青梅市御岳に1961年開館した。訪問したのは15年くら
い前でどういうルートを走り到着したかはすっかり忘れているが、日本建築
の美を感じさせる美術館の外観と緑豊かな木々にかこまれすぐ前を多摩川が
流れる美しい自然景観が目に焼きついている。ときどきこうした美術館で
日本画を堪能したい。

玉堂は尾形光琳の絵を連想させる‘紅白梅’を40代の半ばに描いている。
同世代の大観、春草、龍子らも琳派の装飾性を意識した作品をてがけている
が、六曲一双の屏風にどーんと登場する玉堂の紅白梅も幹に宗達風のたら
し込みが使われ見栄えのする絵画空間を生み出している。

お気に入りの作品は川の水が関係する‘鵜飼’と‘春流’。たくさん描かれた鵜飼
の絵のなかでこの絵はMy鵜飼図の第一列に登録されている。画面に勢いが
あるのは魚をとる鵜を操る鵜匠が乗る二つの舟が斜めの構図で描かれている
から。これにより舟に動きがでている。そして、川下りの筏の‘春流’は筏と男
を俯瞰の視点でとらえるところがじつにいい。

この2点が動きのある作品とすると‘江畔夏夕’と‘古城新月’は静けさが心に沁
みる一枚。‘古城新月’をみるたびにある歌を口ずさむ。それは三橋美智也
(わかる人はわかる)が唄ってヒットした♪♪‘古城’。この曲は得意のレパー
トリーに入っており、昨年は2度開催した4人カラオケ会でも唄った。
来年はカラオケでみんなと会えるだろうか?

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2020.12.04

美術館に乾杯! 府中市美術館

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     高橋由一の‘墨水桜花輝耀の景’(1874年)

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       青木繁の‘逝く春’(1906年)

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        司馬江漢の‘円窓唐美人図’(18世紀)

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   亜欧堂田善の‘甲州猿橋之眺望’(部分 1804~18年)

ここ2年府中市美へ足は遠のいているが、以前はいい企画展をみるのが楽し
みでよく出かけていた。利用するのは京王線で東府中駅か府中駅で降りて
バスとのタイミングがよければ乗り、待つようだったら府中の森公園を美
術館まで歩いた。美術館のある環境としては申し分のない所にある。しか
も、お目当ての特別展は高い確率で満足のいくことが多いとあれば気分が
悪かろうはずがない。

美術館が所有する絵画を平常展でみたようではあるが、誰の作品だったか思
い出せない。だから、所蔵コレクションの概要は正確にインプットされたな
い。でも、ここには高橋由一(1828~1894)の‘墨水桜花輝耀の景’
と青木繁(1882~1911)の‘逝く春(福田たねとの合作)’という
有名な絵があることを二人の大回顧展に遭遇したため知っている。

また、府中市美の名前は司馬江漢(1747~1818)が登場する美術本
にもよく載っている。‘円窓唐美人図’は普通の幕末の絵師ではとても描けな
い一枚。窓は西洋の近代絵画でもよく使われるモチーフ。丸窓のなかに遠く
の山々まで描き込み見事な肖像画に仕立てている。ほかにも職人を描いた
‘皮工図’という思わず足がとまる絵がある。

亜欧堂田善(1748~1822)との縁ができたのはここでこの画家の
回顧展(2006年)をみたから。‘甲州猿橋之眺望’は緑の強い色調にガツ
ンとやられた思い出の作品。油絵の表現力に田善は魅せられ、ヨーロッパの
油彩画とはひと味もふた味も違う独特の絵肌を生み出した。

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2020.12.03

美術館に乾杯! すみだ北斎美術館

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     ‘隅田川両岸景色図巻’(部分 1805年)

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     ‘遊亀図’(1800年)

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           ‘柳に燕図’(1839年)

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           ‘朱描鍾馗図’(1846年)

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     ‘須佐之男命厄神退治之図推定復元図’(1845年)

相撲好きなのでJR両国駅のすぐ近くにある国技館を横目にみながら江戸東博
へむかうときはわけもなく楽しい。以前は駅の隣はちゃんこ鍋などのある食事
処だったが今はガラッと変わって土俵ができ霧島親方が経営するお店などが
入っている。2016年の11月に開館したすみだ北斎美は江戸東博とは反対
側のところにあり駅からは歩いて15分くらいで到着する。建物はここが
葛飾北斎(1760~1849)の殿堂!?というほど斬新なデザインをした
外観になっているから外国の浮世絵ファンには受けがいいかもしれない。

ここのお宝中のお宝は北斎が46歳にときに描いた‘隅田川両岸景色図巻’。開館
記念展のときお目にかかったが大収穫の隅田川の絵だった。水面や橋、船の描写
を時間をかけてみた。図巻の最後に描かれているのが吉原で遊ぶ男たちの様子。
ここのところは風俗画の定番の遊楽図だからついニヤニヤしてみてしまう。

目を楽しませてくれる作品が流石北斎だけにいくつもある。そのなかでとくに
印象深いのが摺物の‘遊亀図’と肉筆の‘柳に燕図’。こういう亀の親子を描いたも
のは滅多に見ない。1,2点記憶があるがこれは最も心を揺すぶる。そして、
スピード感いっぱいの燕の絵。これをはじめてみたのは2005年に東博で開か
れた北斎展、当時所蔵は墨田区となっていた。

3年前大阪のあべのハルカス美での回顧展に出品されたのが‘朱描鍾馗図’、もう
一点メトロポリタンからも別ヴァージョンがでており両者をみくらべるおもしろ
さを味わった。北斎がこの肉筆画を描いたのは87歳のとき。同じころ墨田生
まれの北斎は地元の神社に絵馬を奉納している。それが‘須佐之男命厄神退治之
図’。でも、これは関東大震災で焼失してしまった。残った白黒写真を頼りに
最新技術を駆使して復元したのが下の画像。これは館内の一角にドーンと飾っ
てある。最晩年になっても北斎はこんな迫力のある絵を描けるパワーをもって
いた。本当にスゴイ絵師である。

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2020.12.02

美術館に乾杯! たばこと塩の博物館

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     ‘塩焼きの図’(17世紀中期)

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     ‘風俗図屏風’(部分 1678年)

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     ‘蚊帳美人喫煙図’(18世紀前期)

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    奥村政信の‘男女遊楽図’(18世紀前期)

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        歌川豊国の‘金太郎と鬼’(1791~93年)

入館料は100円しか払わなくていいたばこと塩の博物館は渋谷パルコの近
くにあったときはよく出かけたが、墨田区に移転してからはまだ訪問してい
ない。来年は足が向かうはずだが、これもコロナ感染がおさまってからにな
りそう。

ここであった企画展で図録を手に入れたのは3回ある。いずれも大事にして
おり、ときどきながめている。興味のあるコレクションは肉筆の風俗画。
‘塩焼きの図’はここの博物館ならではの作品。汐汲み、塩浜作業、塩焼きに
精を出す職人が描かれている。以前能登でもこういうやり方で塩をつくって
いる人をTVでみたが、現在も続いているだろうか?

‘風俗画屏風’をみているときのおもしろさは‘洛中洛外図’と似ている。鑑賞の
エネルギーは風俗画のほうが少なくて済むので六曲一双の屏風をじっくり
みてしまう。描かれているのは遊郭の前のイベントと遊興の交渉をしている
客たちの光景。この右横にはたばこ屋で葉たばこを刻む職人が登場する。

‘蚊帳美人喫煙図’と奥村政信(1686~1764)の‘男女遊楽図’はこれぞ
遊楽図という感じ。夏の蚊帳はとても懐かしいが(わかる人にはわかる)、
美形の女性が蚊帳をあけて細長いきせるを手に持ちたばこを楽しんでいる。
政信の絵はとてもおもしろい。男女が遊んでいるのは碁。格子の羽織を碁盤
にして男は金銀の金子を、女は香りを碁石に見立てて対局している。

歌川豊国(1769~1825)の‘金太郎と鬼’は肉筆画ではなく普通の浮世
絵版画。戯画チックなスパイスがきいた絵で金太郎は大きな盃で酒を飲もう
としている。その酒をついでいるのは3人の鬼。鬼をこれくらい従順にさせ
ると気持ちがいいだろう。

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2020.12.01

美術館に乾杯! 太田記念美術館 その三

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         葛飾北斎の‘雨中の虎’(1849年)

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     喜多川歌麿の‘三保の松原道中’(1788年)

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     菊川英山の‘当風三美人’(1814年)

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   歌川豊国の‘役者舞台之姿絵 まさつや’(1794年)

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         歌川国貞の‘石川五右衛門’(1852年)

浮世絵とのつきあいが長くなるとときどき嬉しい作品の発見に遭遇する。
葛飾北斎(1760~1849)が亡くなる数ヶ月前に仕上げた肉筆画
‘雨中の虎’と対になる‘雲龍図’がパリのギメ美にあることが2007年にわ
かった。そして、同年ここで開催されたギメ美蔵浮世絵名品展で披露さ
れた。このペアリングは3年前大阪のあべのハルカス美で開かれた北斎展
でも行われ多くの人の目を楽しませた。

太田にも喜多川歌麿(1753~1806)の美人画が何点もあるが、
一番のお気に入りが‘三保の松原道中’(部分)。どこに惹かれているかと
いうと女が乗っている籠のむこうに3人の男が描かれていること。手前
の一行だけでも十分にぎにぎしいのだから、籠を西洋画の窓のように使
って男の旅人描き込まなくてもいいと思うが、歌麿は三保の松原の空間
の広がりをみせるためぬかりなく3人をつけ加えた。歌麿は超一流の
風景画の名手でもある。

菊川英山(1787~1867)の美人画は海外の美術館のコレクション
によって開眼させられた。こんなギャル的でかつ洒落ている美人画があっ
たのか、という感じ。‘当風三美人’はその名のとおりの艶やかな姿と後ろ
の障子にシルエットで描かれた遊女や客の楽し気な様子が目に焼きついて
いる。

役者絵は一度見たら忘れられない顔つきやポーズがよしあしの決め手にな
ることが多い。その点で抜群なのが歌川豊国(1769~1825)の
‘役者舞台之姿絵 まさつや’。描かれているのは三代目大谷鬼次が両手を
開いて見得をきる場面。写楽の江戸兵衛ともダブルがどちらもアクの強
い表情にぐっと惹きこまれる。歌川国貞(1786~1864)の‘石川
五右衛門’は東海道五十三次シリーズの一枚で終着地点の京。南禅寺の
山門から満開の桜を眺め、五右衛門が‘絶景かな’と感極まる場面である。

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