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2020.11.30

美術館に乾杯! 太田記念美術館 その二

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     菱川派の‘隅田川之景’(18世紀初頭)

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     歌川国貞の‘二見浦曙の図’(1833年)

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    渓斎英泉の‘日本橋雪之曙’(1835年)

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   歌川広重の‘日光山華厳ノ滝、霜降ノ滝、裏見ノ瀧’(1851年)

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    歌川国芳の‘東都名所浅草今戸’(1830年)

太田記念美は浮世絵専門の美術館なのでこれまで名の知れた絵師たちの回顧
展を次々と開催してきた。お目にかかったものをざっとあげると、葛飾北斎、
歌川広重、歌川国芳、歌川国貞、歌川豊国、菊川英山、月岡芳年。まだ実現
してないのが喜多川歌麿、これをなんとか企画してもらいたいのだが、果た
して。

菱川派の‘隅田川之景’はみせ所が隅田川と富士山とくれば風俗画エンターテ
イメントとしては申し分ない。川に多く浮かぶ舟には舟遊びを楽しむ人が大
勢くりだしている。こういう光景をじっくりみると江戸の人々の生活にふれ
たような気になり親近感が生まれてくる。

伊勢観光の人気のスポットである二見ヶ浦の夫婦石は2度みた。だから、
歌川国貞(1786~1864)の絵には敏感に反応する。この二見ヶ浦が
特別印象に残っているのはご来光の表現にインパクトがあるから。爆弾が
爆発したような直線の発射は惑星の公転図のイラストをみるよう。

日本橋の絵というと歌川広重(1797~1858)の専売特許的なイメー
ジがあるが、渓斎英泉(1791~1848)の‘日本橋雪之曙’も心をとらえ
る傑作。これは‘木曽街道六十九次’シリーズの最初の図。雪晴れの朝、魚を
運ぶ男たちが行きかっている。

広重が描いた日光山の滝の絵によってあの有名な華厳の滝のほかにもう二つ
‘霜降の滝’(右)と‘裏見の滝’(左)があることを教えてもらった。いつかみ
たいと思っているがなかなか現地に行けない。
歌川国芳(1797~1861)の風景画も魅力いっぱいで西洋画の描き方
をとり入れた‘東都名所浅草今戸’は瓦焼きの窯からもくもくとたちこめる煙
の表現が目を釘づけにする。

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2020.11.29

美術館に乾杯! 太田記念美術館 その一

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        石川豊信の‘二代目瀬川吉次の石橋’(18世紀)

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       鈴木春信の‘鉢の木の暮雪’(1767年)

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     鳥居清長の‘三囲参詣の往来’(1778年)

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     歌川豊国の‘子供の戯れ’(1800年)

現在、東京で浮世絵を専門に展示している美術館は表参道の太田記念美、
すみだ北斎美、たばこと塩の博物館。通った回数が多いのは太田記念美。
今年はコロナ感染の影響で一度も出かけてないが、企画展の情報はHPでし
っかり定点観測している。昨年、歌川豊国展をみたときは以前は靴を脱い
でスリッパにはき変えていたが、それがなくなり鑑賞がよりスムーズに
なった。

ここの展示室は1階、2階、地下の3ヶ所。浮世絵は大きな絵ではないので
これくらいのスペースでもかなりの数をみることになる。回顧展の場合は、
前期、後期の2回興行だから存分に美人画、役者絵、風景画を楽しむこと
ができる。一時期、ギメ美など浮世絵コレクションで定評のある美術館
の所蔵する作品の里帰り展が開催されて好感度をぐんとあげたが、来年あ
たりからまた期待したい。

石川豊信(1711~1785)という浮世絵師に開眼したのはここで
‘二代目瀬川吉次の石橋’をみたから。その後ヨーロッパ、アメリカから
の里帰り展でもちょくちょく愛嬌のある丸い顔で微笑んでいる女性に遭遇
しますます豊信が好きになった。

鈴木春信(1725~1770)の‘鉢の木の暮雪’は風流うたい八景‘’シリ
ーズの一枚。八枚全図を揃えているのは太田記念美だけ。すばらしい!
鳥居清長(1752~1815)の‘三囲参詣の往来’はとても気に入って
いる。どこがいいかというと上の土手を人々が歩いている光景。手前の女
性たちの行列と向こうの往来が呼応している感じで参詣の賑わいが伝わっ
てくる。

歌川豊国(1769~1825)はライバルだった写楽とおなじくらい
役者絵で評判をとった人気絵師。得意の人物描写は子どもにもみられ‘子供
の戯れ’というおもしろい作品ができあがった。3人の子が障子の腰板にふ
ざけた顔やポーズを映して遊んでいる。見た瞬間びびっときた。子供の無
邪気な悪ふざけがこれほどおもしろく真に迫っている絵をほかにみたこと
がない。

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2020.11.28

美術館に乾杯! 平木浮世絵財団 その三

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     葛飾北斎の‘富嶽百景 登龍の不二’(1834年)

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     小川芋銭の‘反照’(1933年)

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     前田青邨の‘鯉’(1963年)

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     福田平八郎の‘鯉’(1954年)

人気の浮世絵師がいろいろいる中で斬新な構図でみる者の心を鷲づかみにす
るのは葛飾北斎(1760~1849)、歌川広重、歌川国芳の3人。その
先鞭をつけたのはやはり天才、北斎。これに広重も国芳も大きな影響をうけ
た。‘富嶽三十六景 神奈川沖浪裏’の構図の刺激があったからこそのちに
広重の‘名所江戸百景’の傑作の数々や国芳のワイドスクリーンを使って描い
た鯉や鯨の絵が生まれたといっても過言でない。

‘富嶽三十六景’の数年後に描かれた‘富嶽百景’のも強く印象に残る一枚がある。
不二を仰ぎ見る龍のポジションが絶妙に決まっている‘登龍の不二’。そして
龍のパワーと勢いを演出しているのが水玉模様を連想させるような雲。こん
な雲が富士山を囲む絵はみたことがない。みればみるほどおもしろい。

平木コレクションには明治以降に活躍した日本画家の作品もある。小川芋銭
(1868~1938)の‘反照’で描かれているのは川合玉堂がよくてがけ
た山々や農村の風景。でも、芋銭には浦上玉堂風の神秘的な空気な流れてい
る。手前にひとりの樵の姿がみえる。

前田青邨(1885~1977)の‘鯉’に魅了され続けている。水の表現に
たらし込みという琳派の描き方を使い泳ぎまわる鯉の群れがリズミカルに描
かれている。装飾性に富む鯉の絵というのは華やかな桜の表現以上に心を打つ。
これに対し福田平八郎(1892~1974)の二匹の鯉はデザイン的な要素
が強く、現代的な感覚のする花鳥画である。

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2020.11.27

美術館に乾杯! 平木浮世絵財団 その二

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         喜多川歌麿の‘庭中の涼み’(1788~90年)

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         歌川国芳の‘禽獣図会 獅子’(1839~41年)

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    伊藤若冲の‘花鳥版画 雪竹に錦鶏図’(1771年)

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    伊藤若冲の‘花鳥版画 薔薇に鸚哥図’(1771年)

浮世絵関連の図録が数多くあるので2年前から大整理をしており、8割方で
きあがった。いろんなところに分散している美人画や役者絵、風景画を絵師
ごとに図録に作品を積み重ねていくとダブりのないMy図録が完成する。
図録の数が一番多いのは喜多川歌麿(1753~1806)で5冊もある。

国内の浮世絵コレクションだけでなく海外の美術館から里帰りしたものなど
をずらっと集めると歌麿は一体全部で何枚描いたのか?というほどいろいろ
な美人画がでてくる。内外問わずどこの美術館もほかにはない歌麿があると
おおいに胸をはりたくなるだろう。平木コレクションの‘庭中の涼み’はほかで
はみないもの。鳥居清長にも女性に混じって男性が登場するが歌麿ほど男女
はくだけてない。だから、同じみるなら歌麿の方がおもしろい。

歌川国芳(1797~1861)は2週間前ようやく2回目の編集が終了し
た。全部で3冊。なにか大仕事をしたような感じ。こういう作業は意外に手
間取るもので何度もみているのに同じ絵あることに気がつかない。それは摺
りの状態が違い色が変わっているため。よくみると同じ絵じゃないか!とい
うのはたびたびでてくる。でも、ほかとは絵柄がちがうものはヴァリエーシ
ョンのひとつとして存在感を増していく。‘禽獣図会 獅子’は貴重な絵。
国芳はこんな獅子の子落しの絵を描いていたとは!

伊藤若冲(1716~1800)の‘花鳥版画’(6点)を全部みるのにだい
ぶ時間がかかった。絵の存在を知ってからみたくてしょうがなかったが、その
機会がなかなか訪れなかった。ららぽーと豊洲にUKIYO-e TOKYOができこれ
は運がむいてきたと思ったが、そうは問屋が卸さない。‘美術館はいい絵は
簡単にはみせてくれない’の法則がきいているのである、そうこうしてい
るうちに若冲展が連続で開催されたので思いの丈が叶えられ、‘雪竹に錦鶏図’
や‘薔薇に鸚哥図’が目の中に入った。みるたびに200%KOされている。

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2020.11.26

美術館に乾杯! 平木浮世絵財団 その一

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         鳥居清倍の‘初代市川團十郎の暫’(重文 1701年)

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         石川豊信の‘花下美人’(重文 1744~48年)

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         鈴木春信の‘座鋪八景 あんとうの夕照’(1766年)

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     鳥居清長の‘六郷の渡し’(1784年)

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  歌川広重の‘江戸近郊八景之内 芝浦晴嵐’(重文 1838年)

平木浮世絵財団が所蔵する浮世絵コレクションは数の多さと質の高さでつと
に知られている。2006~13年まで豊洲のららぽーと豊洲のなかで展示
されていたときはよくでかけたが、現在は美術館としての場所は存在しない。
もうひとつ、このコレクションと縁があったのは2009年渋谷にあった
たばこと塩の博物館で開かれた‘平木コレクション展’。主要作品がどっと公開
され目を楽しませてくれた。

鳥居清倍(1697~1722)の‘初代市川團十郎の暫’はあの蜀山人大田
南畝が所蔵していた名品で重文に指定されている。派手な‘暫’の演技は歌舞伎
の醍醐味、これぞ團十郎という感じ。石川豊信(1711~1785)の
‘花下美人’にも魅了される。豊信の描く女性や子どもは丸ぽちゃの顔でとても
愛嬌があるので親しみが沸く。満開の桜に和歌を書いた短冊を結ぶ姿に動き
があるのもちょっと浮き浮きさせる。

浮世絵美人画で一生付き合っていこうと思っている絵師のひとりが鈴木春信
(1725~1770)。‘座鋪八景 あんとうの夕照’は中国の瀟湘八景図の
見立て絵で丸行燈の灯りを夕照に変えている。描かれている二人の女性は遊女
と禿、左奥の紅葉と流水にも風情がある。春信のあと人気を集めた美人画絵師
鳥居清長(1752~1815)のワイドスクリーン‘六郷の渡し’も自慢のコレ
クション、2007年千葉市美で開催された大規模な鳥居清長展に出品された。
背景に富士山を入れたこの美人風景画が心をとらえて離さない。

歌川広重(1797~1858)の‘江戸八景之内 芝浦晴嵐’で目が点になっ
たのは海の波しぶきが小さな白い点々で表現されたところ。藍のグラデーショ
ンも上々で息を呑んでみた。これまでこのシリーズは見る機会はあったが、
これほど摺りがいいものではなかった。だから、重文指定というのが即合点が
いった。

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2020.11.25

美術館に乾杯! 東京富士美術館 その三

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     ターナーの‘嵐の近づく海景’(1804年)

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     クールベの‘水平線上のスコール’(1873年)

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         モネの‘海辺の船’(1881年)

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     カイユボットの‘トルーヴィルの別荘’(1882年)

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         マグリットの‘観念’(1966年)

印象派やポスト印象派の絵が日本の美術館にあってもそう驚くことはない。
モネは結構な数の美術館が所蔵しているし、マネ、ルノワールやセザンヌ
らはアーチゾン美(旧ブリジストン美)へ行けばみれるし、ゴッホやゴー
ギャンは損保ジャパン、大原へ足を運ぶと楽しめる。だが、それ以前の
作品となるともし美術館で出会うとちょっとびっくりする。

東京富士美にはターナー(1775~1851)が2点ある。若い頃描か
れた‘嵐の近づく海景’と脂がのりきった50代の‘ヘイヴーツリュイスから
出航するユトレヒトシティ64号’。ターナーらしい緊張感のある海景画が
ここでみれるというのは大原のエル・グレコの絵と同じようにヨーロッパ
で美術館巡りをしているような気分になる。

2008年、パリでクールベ(1819~1877)の大規模な回顧展に
遭遇したのは生涯の思い出。そこに数多く描いた波の絵が9点集結してい
た。このシリーズは大原にある作品で目が慣れていたが、‘水平線上のスコ
ール’はこれらと波のパワーに遜色なく砂浜にドドーンと打ち寄せている。

モネ(1840~1926)の‘海辺の船’はなかなかいい絵だが、国内で
開かれるモネ展にはあまりでてこない。また、カイユボット(1848~
1894)の‘トルーヴィルの別荘’は2013年ブリジストン美であった
回顧展ではじめてお目にかかった。この展覧会でカイユボットの画業全体
がわかりこの画家の才能に惚れ直したが、この絵もそれに一役買っている。

予想外だったのがマグリット(1898~1967)の‘観念’。スーツ姿の
男性の頭が林檎に変わっている。マグリットの作品にちょくちょく登場す
る林檎が頭に変容するところが意表を突かれる。でも、のけぞるほどの
怪奇さはないからニヤニヤしてみてしまう。これぞマグリットマジック!

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2020.11.24

美術館に乾杯! 東京富士美術館 その二

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     川合玉堂の‘朝雪’(1952年)

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     上村松園の‘菊寿’(1939年)

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     鏑木清方の‘春宵’(1935年)

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       福田平八郎の‘春光’(1942年)

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     堂本印象の‘パリの小路’(1953年)

川合玉堂(1873~1957)には水車を描いた作品が何点かあり、‘朝雪’
は冬の水車の光景。今、地方の農村や山里を旅して実際に使われている水車
に遭遇することがあるだろうか。以前広島にいたとき岡山県の北部で観光名
所となっている大きな水車に出会ったが、生活用のものだとかなり山奥まで
行かないと目にすることはできない?それとも、もう残っていない?

富士美は上村松園(1875~1949)と鏑木清方(1878~1972)
のとてもいい美人画を所蔵していることで知られている。‘菊寿’は松園展の欠
かせないピースで図録に何度も登場する。ここ数年足が遠ざかっている鎌倉の
鏑木清方記念美でミニ清方展が10数年前、定期的に開催され、ほかの美術館
がもっている作品が集まった。‘春宵’はそのとき見惚れた絵。富士美蔵のもの
は数回に分けて7点くらい展示された。これでこの美術館は赤丸つきになった。

福田平八郎(1892~1974)のカラフルな花鳥画‘春光’は記憶をたどれ
ば、どこかの美術館で開かれた‘富士美蔵日本画名品展’でみたのかもしれない。
図録を整理し平八郎展のものに集約して張り付けたのだから、強く印象づけら
れた作品であることはまちがいない。2回体験した回顧展に出品されなかった
ので余計に思い入れがある。

堂本印象(1891~1975)の‘パリの小路’は日本画家の作品とは思えな
い絵。ここには藤田嗣治とも佐伯祐三ともちがうパリの街並みがある。おも
しろいことに甥っ子の堂本尚郎(1928~2013)も1951年に‘蔦のあ
る白い家’という似たような風景画を描いている。

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2020.11.23

美術館に乾杯! 東京富士美術館 その一

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         池大雅の‘渓上高隠図’(19世紀)

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    鈴木其一の‘萩月図襖’(19世紀)

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         橋本雅邦の‘三保松原図’(1902年)

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     横山大観の‘聳砂丘’(1956年)

八王子にある東京富士美へは2度出かけた。国道16号線をどんどん中央
自動車にむかって北上したが、2時間くらいかかったような記憶がある。
でも、今は東名の横浜町田ICのところの渋滞が解消されたから30分くら
い早く着くかもしれない。思い出深い展覧会は2013年のちょうど今頃
みた‘光の賛歌 印象派展’。目玉の絵画、ルノワールの‘ブージヴァルの
ダンス’(ボストン美)の効果もあり大賑わいだった。

ここの所蔵作品はモネやターナーなどの西洋絵画が多いという印象がある
が、どっこい日本画もいいのが揃っている。江戸絵画では池大雅
(1723~1776)が妻の玉瀾の絵と対になった‘渓上高隠図’がある。
どこかであった企画展に展示されたときは富士美は大雅ももっているのか、
と感心した。

琳派が好きな人なら鈴木其一(1796~1858)の‘萩月図襖’と‘風神
雷神図’にはすぐ反応するだろう。富士美の存在を知ったのはかなり前行わ
れた琳派展で琴線にふれる萩と月の絵をみたとき。隣りの方もこの絵がお
気に入りである。

明治以降に描かれた日本画のコレクションも充実している。橋本雅邦
(1835~1908)の‘三保松原図’はかなり横に傾いている松の木々の
お陰で雄大な富士の安定感がより強く感じられる。これに対し、横山大観
(1868~1958)の‘聳砂丘’は冠雪の富士、濃い墨で表現された松原、
手前のうねる海原が夫々存在感があり響き合っている。

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2020.11.22

美術館に乾杯! 横山大観記念館

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    横山大観の‘霊峰飛鶴’(1953年)

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    横山大観の‘四時山水’(部分 1947年)

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    冨田渓仙の‘祗園夜桜’(1921年)

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    菱田春草の‘秋の夜美人’(1902年)

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    小川芋銭の‘蓬莱山’(1928年)

ヨーロッパやアメリカにある邸宅美術館へでかけると、例えばNYのフリッ
ク美では大きな美術館とはちがうこじんまりした展示室でくつろいだ気分
で名画や調度品を楽しめる。日本でも画家の住んでいた屋敷が○○記念館
となって公開されているところへいくと同じことがおこる。上野の不忍池
のそばにある横山大観記念館もそんな美術館。

これまで3回くらい足を運んだことがあるが、ここで忘れられない作品が
‘霊峰飛鶴’。横山大観(1868~1958)が数多く描いた富士山のなか
では一番気に入っている。富士を背景に鶴の群れが飛んでいくという着想
は奇才長澤芦雪にもみられるが、大観の鶴の飛ばせ方はじつにオーソドック
スでまさに吉祥画。そして、大観が80歳になったのを機に描いた絵巻
‘四時山水’に遭遇したのも大きな収穫。紅葉がきれいな今この絵をみると
心が相当ハイになるにちがいない。

冨田渓仙(1879~1936)の‘祗園夜桜’は大観の傑作‘夜桜’につなが
る作品。現在はこういう篝火をたいて夜桜をみるということはないので、
この幻想的な桜イベントの現場にタイムスリップしたくなる。夜つながり
で菱田春草(1874~1911)の‘秋の夜美人’にも思わず足がとまる。

同じ茨城県出身の小川芋銭(1868~1938)は大観と同い年。大観
は独学で日本画を学んだ芋銭を高く評価しており、1917年芋銭は日本
美術院の同人になった。記念館にも‘蓬莱山’などが飾ってある。

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2020.11.21

美術館に乾杯! 泉屋博古館分館

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     橋本雅邦の‘深山猛虎図’(1885~89年)

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    モネの‘モンソー公園’(1876年)

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    藤島武二の‘幸ある朝’(1908年)

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    板谷波山の‘彩磁更紗花鳥文花瓶’(1919年)

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    宮川香山の‘青華紅彩桃樹文耳付花瓶’(20世紀)

行きつけの美術館へ出かけるのは毎日の散歩と同じで毎日を楽しく生きてい
くためのルーチンワークのようなもの。だから、広い東京を西へ東へと動い
ても体が疲れるということはない。でも、ときどき美術館に到着するまで
傾斜のある坂道を歩いたりエスカレーターに乗って深い谷底から上がってく
るようなこともある。六本木にある泉屋博古館分館はそれを経験する美術館
のひとつ。

泉屋博古館を訪問するときは近くにある大倉集古館と連チャンすることがよ
くあった。分館ができたのは2002年。何度か通っているうちに住友の
コレクションの特徴がつかめてきたが、絵画で嬉しいのが日本画の橋本雅邦
(1835~1908)と狩野芳崖がみれること。作品の数は雅邦の方が
多く(5点くらい)、‘深山猛虎図’や‘春秋山水’など見ごたえのある作品が目
を楽しませてくれる。

ここにはモネ(1840~1926)の若い頃の作品が2点ある。回顧展に
お呼びがかかる‘モンソー公園’と‘サン=シメオン農場の道’。モネとはね
んごろなつきあいをしているから、国内の美術館にはどの絵があるかはだい
たいインプットされている。モネに関連した展覧会がアーチゾン美である。
タイトルが‘琳派と印象派’とくれば感動二段重ねは間違いないが、コロナ感染
がまた多くなっているので行けそうにない。
藤島武二(1867~1943)の図録の大整理を2ヶ月前行った。そのな
かに‘幸ある朝’もしっかり入っている。

板谷波山のやきものも住友コレクションのお宝のひとつ。波山をたくさん所蔵
しているのは出光、泉屋博古、新潟の敦井美、MOA,そして地元の茨城県
陶芸美。分館でも2009年に回顧展が開催された。‘彩磁更紗花鳥文花瓶’は
お気に入りの一つ。また、初代宮川香山(1842~1916)についても
‘青華紅彩桃樹文耳付花瓶’など優品が揃っている。流石である。

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2020.11.20

美術館に乾杯! 松岡美術館 その五

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     ‘青花龍唐草文天球瓶’(明時代・15世紀)

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   ‘青花胭脂紅双鳳文扁壺’(清時代・18世紀)

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       ‘色絵唐人図大壺’(江戸・17世紀後半)

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     ‘色絵芭蕉柳図輪花鉢’(江戸・17世紀後半)

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        エミリオ・グレコの‘腰かける女’(1969年)

松岡美は絵画のほかにもうひとつ大きな楽しみがある。それは私立の美術館
ではトップクラスの質を誇る東洋陶磁のコレクション。日本、中国、朝鮮、
ベトナムでやかれた名品がずらっと揃っている。都内ではここと渋谷の戸栗
美へよく通ったおかげでやきも鑑賞の幅が広がった。

たくさんある中国磁器のなかで大収穫は明時代初期に景徳鎮‘窯でつくられた
‘青花龍唐草文天球瓶’。台北の故宮博物館でこういう見事な天球瓶をみた覚え
があるが、日本では松岡と畠山でしかお目にかかったことがない。だから、
エポック的な体験だった。これは名古屋にいるとき遭遇した‘東洋陶器名品展’
(1994年 愛知県陶磁資料館)にも出品された。

清時代・乾隆帝のときの‘青花胭脂紅鳳文扁壺’もみててうっとりする一品。
リズミカルな花模様の地に紅で色づけられた2羽の鳳凰が浮かび上がっている。
こういうのが登場すると故宮にいるような気分になってくる。横に飾ってある
皿に桃をいくつも描いた粉彩にも魅了される。

日本のやきもので印象深いのは柿右衛門様式の‘色絵唐人物図大壺’と口径45
㎝もある古九谷様式の‘色絵芭蕉柳図輪花鉢’。古九谷は5,6点あったような
気がする。青や緑、黄色の圧が強い古九谷がみれる美術館は限られているから、
これと対面するだけでも出かける価値がある。

ここは1階のホールに西洋の近代彫刻作品が展示されている。ムーア、イタリ
アのマリーニ、そしてエミリオ・グレコ(1913~1995)。グレコは
‘腰かける女’、‘水浴の女’、‘エイコ’と3点もある。箱根にでかけなくてもグレコ
に会えるのはありがたい。

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2020.11.19

美術館に乾杯! 松岡美術館 その四

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      ミレイの‘聖テレジアの少女時代’(1893年)

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    藤田嗣治の‘二人の子どもと鳥かご’(1918年)

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        キスリングの‘シルヴィー嬢’(1927年)

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  シニャックの‘オレンジを積んだ船、マルセイユ’(1923年)

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     クロスの‘遊ぶ母と子’(1898年)

日本で数点したみたことのないラファエロ前派の作品が松岡美にある。
ミレイ(1829~1896)が晩年に描いた‘聖テレジアの少女時代’。小品
だがお弟と手をつないで歩く少女の凛々しい姿についみとれてしまう。西洋
美の‘あひるの子’とともにここはミレイを楽しめる貴重な美術館である。

日本が世界に誇る藤田嗣治(1886~1968)が‘二人の子どもと
鳥かご’と‘聖誕 於巴里’の2点、そして同じエコール・ド・パリのキスリン
グ(1891~1953)も‘シルヴィー嬢’と‘ブルターニュの女’、‘グレシー
城の庭園’を所蔵しているのも美術館の自慢かもしれない。画家の回顧展に
出品されるのをみるとコレクターの思い入れがよく伝わってくる。

日本は印象派が好きな人がたくさんいてモネを所蔵する美術館が多くあるが、
ここもその例にもれず‘サン=タドレスの断崖’をもっている。でも、展示室で
モネは分が悪く目を見張らせるのは点描で描かれた作品。スーラの相棒の
シニャック(1863~1935)の‘オレンジを積んだ船、マルセイユ’を
ちょっと離れてみると明るい色調で表現された港の光景に魅了される。

横に飾られているクロス(1856~1910)の‘遊ぶ母と子’にも癒され
る。同じように人物を点描で描いたスーラの場合、どこか感情移入がしずら
いところがあるが、この母と子は200%微笑ましく感じられる。二人を
大きく描き背景の奥行きを遠くまでとる構図がとても気に入っている。

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2020.11.18

美術館に乾杯! 松岡美術館 その三

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     周文の‘竹林閑居図’(重文 室町時代)

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    狩野山楽の‘老松古木花鳥図’(桃山時代)

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    円山応挙の‘老松日ノ出図’(1787年)

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    酒井抱一の‘三笠山’(江戸時代・19世紀)

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        安田靫彦の‘羅浮仙女’(1916年頃)

松岡美が所蔵する日本絵画は明治以降のものだけでなく水墨画や江戸絵画も
含み幅の広いコレクションとなっている。室町時代の御用絵師であった周文
の‘竹林閑居図’は2015年に重文に指定された。視線が集中するのが亭を
囲むようにはえている竹が左右に大きくしなる光景。そして、竹の下には
小川が流れ全体の背景としてもこっとした大きな山が裾をぼかして描かれ
ている。

狩野山楽(1559~1635)の‘老松古木花鳥図’は東博の展示室にいるの
ではと思わせるほど見ごたえ十分の花鳥画屏風(六曲一双)。画像は左隻で
円をつくるように曲がった古木と岩の上に錦鶏などが賑やかに描かれている。
桃山時代の絵だから一瞬で武将たちの心をとらえるという狙いがよく表れて
いる。

江戸絵画では伊藤若冲を1点みたことがあるが、これは回顧展ではお目にか
かったことがない。円山応挙(1733~1795)は鯉の絵と‘老松日ノ出
図’に遭遇した。応挙は‘鶴と松なら俺に任せろ’、というくらい上手く描く。
あと1ヶ月半もすると新年をむかえるが、小さい頃は正月というと鶴と松の
イメージを植えつけられて育った。

琳派狂だからいろんな美術館で感激の宗達や光琳、抱一と出会った思い出が
いくつもある。ここでのエポック的な鑑賞は酒井抱一(1761~1828)
の‘三笠山’。緑が目に沁みる松の葉と2頭の鹿の組み合わせが目に焼きついて
いる。インパクトのある松のフォルムをどんとおき鹿とコラボさせるという
のは並の絵師にはできない表現。

山口蓬春の‘山湖’と同じく大きな収穫だったのが安田靫彦(1884~
1978)の‘羅浮仙女’。これはある男が中国・広東の梅の名所羅浮仙で美女
にお酒を接待されいい気分になり寝てしまったが、目覚めると女の姿はなく
香りのいい梅の大樹があるばかりであった、という故事を画題にしたもの。
この絵にはもうひとつ別ヴァージョンがあるが、お好みは松岡にあるほう。
ところが、2016年に開催された安田靫彦展には個人蔵が出品された。

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2020.11.17

美術館に乾杯! 松岡美術館 その二

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         今尾景年の‘柘榴錦鶏図’(1890年頃)

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     小林古径の‘丹頂’(1942年)

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     福田平八郎の‘鯉’(1921年)

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     下村観山の‘長安一片月’(1900年)

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     川合玉堂の‘炭焚く夕山’(1940年)

訪問する美術館が多くなると思わぬ名画にでくわす回数が増えてくる。絵画
の世界はとても広く聞いたことのない名前の画家の作品にいたく感激するこ
とがある。松岡美で大きな収穫だったのは京都生まれで四条派の日本画家、
今尾景年(1845~1924)の描いた‘柘榴錦鶏図’。小さい頃よく動物園
につれていってもらい数多くの鳥をみたが、そのなかに色鮮やかな羽をした
錦鶏がいたかどうかわからない。岩の上に番の錦鶏がおり、目を惹く雄鳥が
くにゃっと曲がった柘榴の木の間に飛んでいる小禽をじっとながめている。
柘榴の枝を結ぶ対角線と鳥たちの対角線がクロスする構図がなかなか冴えて
いる。

小林古径(1883~1957)の‘丹頂’はみる者の心をすぐとらえるモチー
フを描くときはシンプルに表現するのが一番効果的ということを教えてくれる。
首を左に曲げた丹頂をどんと真ん中に立たせ右から梅をのばしてその美しい姿
を浮きだたせる。これだったら、日曜画家でも描けそうな気がするが、余計な
ものを省くことが簡単なようで難しい。鯉を得意する画家ですぐ思いつくのは
円山応挙、川端龍子、福田平八郎(1892~1974)、奥村土牛。平八郎
の鯉はさざ波の描き方が強く印象に残る。

下村観山(1873~1930)の絵ははじめは東近美や東博の平常展でお目
にかかりその画風に目を馴らしていた。次の段階が松岡美、ここには5点くら
い展示されていた。肖像画の‘臨済’(中国唐時代の高僧で臨済宗の開祖)や牛若
丸を描いた‘山寺の春’、‘長安一片月’など。朦朧体による空間表現が目をひく
‘長安一片月’は李白の詩をもとにしたもの。長安の秋の夜景が情趣豊かに描かれ
ている。

川合玉堂(1873~1957)もいくつかあるが、‘炭焚く夕山’に魅了されて
いる。陽が落ちた夕刻、二人の男がまだ炭焚きの仕事を続けている。山歩きをす
る習慣はないが、こういう光景には親近感を覚える。田んぼで働く人や炭焚きに
精をだす人たちを優しくみつめる玉堂。愛すべき日本の農村画家である。

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2020.11.16

美術館に乾杯! 松岡美術館 その一

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Img_0001_20201116221701      山口蓬春の‘山湖’(1947年)

Img_0002_20201116221801     伊藤小坡の‘麗春’(20世紀)

Img_20201116221801         鏑木清方の‘蛍’(1917年)

Img_0003_20201116221801         伊東深水の‘仕舞熊野’(1962年)

美術館とのつきあいは一枚の絵からはじまることが多い。白金台にある松岡
美術館へ出かけたのは山口蓬春(1893~1971)の‘山湖’をみるため
だった。現在、ここは建物のメンテナンスや作品の修復のため長期休館
(2021年10月まで)に入っている。美術館へのアクセスは地下鉄の
都営三田線か南北線の白金台で下車して歩くかJR目黒駅からちょっと長く
歩くかのどちらか。以前よく通っていたときはだいたい地下鉄を利用してい
た。10分くらい歩くと到着する。

‘山湖’を知ったのはわが家の日本画のバイブル‘昭和の日本画100選’展
(1989年 朝日新聞主催)の図録。これは蓬春の西洋画に対する旺盛な
吸収欲のかたまりのような作品で刺激された絵はスイス人画家ホドラーの
風景画。この絵に描かれているのは裏磐梯の五色沼のひとつ。明快な色彩の
よるモダンな風景表現は新しい日本画をきりひらいた。

ここへ何度も訪問して大変惹きこまれたのは美人画のコレクション。京都で
上村松園に次ぐといわれた女流画家伊藤小坡(1877~1968)の‘麗春’
もその一枚。この桃山風俗の花見姿で小坡の名前がインプットされた。

さらに嬉しい絵があった。贔屓にしている鏑木清方(1878~1972)が
3点も登場した。‘蛍’、‘菖蒲湯’、そして‘保名’。‘蛍’は小首を傾けるしぐさが
浮世絵師の鈴木春信のアンニョイ美人画を彷彿とさせる。そして、伊東深水
(1898~1972)の‘仕舞熊野’に200%KOされた。じっとながめて
いると松園の‘序の舞’が重なってくる。

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2020.11.15

美術館に乾杯! 東京都現代美術館 その三

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    ウッセルマンの‘浴槽コラージュ#2’(1963年)

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    ローゼンクイストの‘バンディーニのために’(1968年)

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    篠原有司男の‘思考するマルセル・デュシャン’(1963年)

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    高松次郎の‘扉の影’(1968年)

日本の美術館でアメリカの現代ア―ティストの作品を楽しめる場所は限られ
る。最も有名なのは川村記念美にあるロスコとステラ。ニューマンの‘アンナ
の光’もあったが、これは2013年100億円超で売却された。東現美で
強く印象に残っているのはウッセルマン(1931~2004)の‘浴槽コラ
ージュ#2’。ウッセルマンはポップアートを代表する作家の一人。この作品
はTVのホームコメディーに出てきそうな場面。日常のイメージがそのまま
目の前に出現したという感じだから、とっつきはいいいし気楽にみれる。

ローゼンクイスト(1933~2017)の‘バンディーニのために’もウッセ
ルマン同様、作品にすっと入っていける。この作家は見慣れた広告やロゴ、
ポスターの断片を意表を突く構成でみせるのが得意。クローズアップした部分
は明快なフォルムで色彩も明るいため鮮明なイメージは消えないが、その
コラージュの解釈は簡単ではない。逆さになったものもあるから謎は深まる。

通常展示にあてられている広い部屋をぐるっとまわると名前を知っている
日本人作家に遭遇することがある。頻繁に足を運んでいるわけではないので
どういう頻度で作品が展示されているのかわからないが、運よくでくわした
ものということがあるかもしれない。いつみたかは忘れたが篠原有司男
(1932~)の‘思考するマルセル・デュシャン’は笑える作品。この人
は昔TVによくでていた頃は鋼鉄を材料にして重量感のあるオブジェをつく
っていたから破天荒な怪人芸術家のイメージだが、デュシャンにも刺激され
手の込んだ表現による創作も行っている。

ものの影がでてくる絵画はどうしても強く目に焼きつく。浮世絵にも影がで
てくるし、デ・キリコの形而上絵画でも道端に映る長い影は忘れられない。
高松次郎(1936~1998)は影のア―ティスト。‘扉の影’はまるでヒッ
チコック映画のワンシーンをみているよう。

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2020.11.14

美術館に乾杯! 東京都現代美術館 その二

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     小倉遊亀の‘コーちゃんの休日’(1960年)

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        梶原緋佐子の‘夕立’(1967年)

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     岸田劉生の‘武者小路実篤像’(1914年)

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     鶴岡政男の‘重い手’(1949年)

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        池田遙邨の‘錦帯橋’(1980年)

ひとりの画家の作品をたくさん集めた回顧展は好きな画家の世界にどっぷり
つかれるという楽しい面があると同時にその画家の作品の多面的なところに
ふれ分析的な目を養う絶好の場を提供してくれる。小倉遊亀(1895~
2000)の大回顧展では、目を白黒させるほど衝撃的な絵に遭遇した。
‘コ―ちゃんの休日’。モデルは紅白歌合戦の常連でシャンソンを歌って一世
を風靡した越路吹雪(愛称コーちゃん、わかる人はわかる)。小倉遊亀が
こんなマティス風の人物画を描いていたとは! 背景が赤というのも西洋
画っぽい。この女流画家は本当は西洋画をやりたかったのかもしれない。

梶原緋佐子(1896~1988)は遊亀の1年後に京都に生まれた。これ
までお目にかかった作品は片手くらいだからまだ十分に馴染んでないが、
‘夕立’にみられるようにどこか親戚の叔母さんを思わせる存在感のある女性
が登場する。こういう普通の生活感を感じさせる風俗画はなかなか描けない。
深刻的な状況でもないし、かといって楽しさ絶頂でもない。‘どう、ご機嫌
いかが’といって気軽に挨拶できる感じ。

白樺派の武者小路実篤という人物のことがだんだん薄くなっていくが、
岸田劉生(1891~1929)の肖像画をみると若いころはこんな顔をし
ていた。なんだか学校の先生のイメージ。男性のモデルのなかではこれと
‘古屋君の肖像’が一番気に入っている。

鶴岡政男(1907~1979)の‘重い手’は一瞬ぎょっとする作品。手の
お化けが目の前に現れたようで、この手は一体どうなっているのか、とドギ
マギする。ボスの怖い絵に胴体がなく頭と足だけの怪物がでてくるが、鶴岡
はボスの絵から刺激を受けた?

岡山県出身の池田遙邨(1895~1988)は小倉や梶原と同時代を生き
た日本画家。はじめは洋画をやりその後日本画に転向した。こういう経歴の
画家はほかに小杉放菴や山口蓬春らがいる。この画家は視点のとり方がユニ
ークで‘錦帯橋’にもそれがでている。奇橋といわれる錦帯橋の全体をみせない
で橋の下の部分を描き三日月と城との3点セットにしている。おもしろい!

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2020.11.13

美術館に乾杯! 東京都現代美術館 その一

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    小野竹喬の‘奥入瀬の渓流’(1951年)

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    東山魁夷の‘彩林’(1949年)

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    五姓田義松の‘清水富士’(1881年)

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         松林桂月の‘秋壑暮雲’(1947年)

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      山本丘人の‘流水のうた’(1973年)

2年くらい前?、新装オープンした東京都現代美術館へはまだ足を踏み入れ
ていない。以前はときどきでかけてていた。もっとも印象に残っているのが
1997年にあったポンピドー・コレクション展。なにしろ、現代アートの
殿堂であるポンピドーの名画がどどっとやって来るという奇跡的な展覧会だ
った。これを体験しているのでここの企画展は定点観測の対象となっている。
最近では5年前のガブリエル・オロスコ展がおもしろかった。

時間があると常設展示の部屋にもまわるのだが、ほとんどの作品は海外の
作家か日本の現代ア―ティストのもの。だから、これですべてかと思うが、
ここは日本画のいい絵も所蔵している。でも普段は展示されてないので、
その作品に接するのは描いた画家の回顧展のことが多い。お気に入りは
小野竹喬(1889~1979)の‘奥入瀬の渓流’。実際にここへ行ったから
この渓流が目に沁みる。宝石のような柔らかい色彩をみると竹喬はつくづく
カラリストだなと思う。そして、東山魁夷(1908~1999)の‘彩林’に
も魅了されている。ふと菱田春草の‘落葉’が目の前をよぎる。

五姓田義松(1855~1915)の‘清水富士’に遭遇したのは2007年
神奈川県近美葉山であった展覧会。当時、五姓田の名前は知ってはいたが、
どこかオールド洋画家というイメージがつきまとっておりまあみてみるか、
というぐらいの画家だった。ところが、このすばらしい出来映えの富士を
みて評価が変わった。もうひとつのサプライズはこれを所蔵しているのが
東現代美だということ。こんな絵をもっていたとは!

松林桂月(1876~1963)の‘秋壑暮雲’は浦上玉堂の水墨画を彷彿と
させるが光の表現が強く印象づけられるところは桂月独自のもの。こういう
作品まであるのだから、幅の広い日本画コレクションである。山本丘人
(1900~1986)はあの加山又造の師匠。‘流水のうた’はメルヘンチ
ックな花鳥画。白い野ばらの花と上から段々と流れ落ちてくる水がやさしく
響き合っている感じ。

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2020.11.12

美術館に乾杯! 日本芸術院 その三

Img_0002_20201112221701     松岡映丘の‘右大臣実朝’(1932年)

Img_0003_20201112221701        中村貞以の‘シャム猫と青衣の女’(1965年)

Img_0001_20201112221701        中村岳陵の‘窓辺’(1953年)

Img_20201112221701        杉山寧の‘暦’(1972年)

Img_0004_20201112221701         平櫛田中の‘霊亀随’(1936年)

回顧展がよく開催される画家なら自然に名前も絵のスタイルも記憶されてい
くが、日本画家は数多くいるので一人々の作品に馴染むには時間がかかる。
こういう状況で役に立つのが‘日本画家100人’といったような美術本。
わが家で日本画のバイブルとなっているのが‘昭和の日本画100選’展
(1989年 朝日新聞主催)の図録。

この図録によって日本画の追っかけがはじまった。現在、90の絵が目の
なかに入った。松岡映丘(1881~1938)と中村貞以(1890~
1969)は夫々‘右大臣実朝’と‘シャム猫と青衣の女’が選ばれている。
歴史人物画に目が慣れるきっかけになった作品が新大和絵調で描かれた
‘右大臣実朝’。この絵から安田靫彦の頼朝像などへ関心が広がっていった。
‘シャム猫と青衣の女’をみるとふっとでてくるのが安井曾太郎の‘金蓉’。い
い肖像画に日本画、洋画の枠組みは要らない。

中村岳陵(1890~1969)の‘窓辺’は日本画とは思えないような明るく
洒落た色使いが心を打つ。ライト感覚の表現は山口蓬春に似たところがある。
これに対し、杉山寧(1909~1993)の‘暦’は密度の濃い人物画。まる
で抽象画の背景に赤ん坊を抱く母親を浮き上がらせている。見方を変えれば
シャガールの世界にちょっと近づいたようにもうけとれる。

平櫛田中(1872~1979)の彩色木彫‘霊亀随’の人物は最後の広島藩主
をつとめた浅野長勲(ながこと)。田中がこれを制作することになったのは
90歳を超えた老人が供を連れて悠然と散歩する姿に感銘したからだという。
‘霊亀随’は福徳円満な人が歩くと縁起のいい亀が随いてゆくという中国の故事
にちなんでいる。  

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2020.11.11

美術館に乾杯! 日本芸術院 その二

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        東山魁夷の‘光昏’(1955年)

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    高山辰雄の‘沼’(1956年)

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       奥田元宋の‘かい’(1979年)

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    岩澤重夫の‘渓韻’(1992年)

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    西山翠嶂の‘牛賈ひ’(1934年)

東山魁夷(1908~1999)の風景画は深い青というイメージが強
くきざまれているが、色を一色に限らずカラフルに仕上げた作品もある。
日本芸術院にある‘光昏’はそのひとつ。空がゴールドで山は紫。そして、漆黒
の湖を挟んで手前に紅葉。人目を引く絶景がすぐ絵になるわけではないから、
印象の装飾化が必要になってくる。どの色もひきたつ風景画はそうはない。

高山辰雄(1912~2007)の‘沼’は湖面が鏡のようになって木々を映し
出す風景画を多く描いた魁夷の作風がダブってくる。同じ時代を生きた二人に
はときに同じような心象風景が心のなかにひろがることがあるのかもしれない。

広島に9年住んだので広島県出身の奥田元宋(1912~2003)や平山
郁夫(1930~2009)の絵をみる機会がよくあった。元宋については
中規模の回顧展に運よく遭遇し、‘かい’に出会った。元宋の風景画では月の明
りが山々を照らす神秘的な作品にぐっとくることがある。この作品も暗闇に
浮かび上がる三日月のフォルムが印象深い。

風景画で深く魅了された画家はある時まで東山魁夷と奥田元宋の二人だったが、
10年前岩澤重夫(1927~2009)の作品をみてからは風景画はトリオ
になった。岩澤は大分県の日田市の出身。日本橋高島屋であった回顧展で心に
200%響いたのは‘渓韻’。山歩きに縁がないからこの緑一色の光景に接する
にはどのくらい山奥にいかなければいけないか見当がつかないが、ヘリコプタ
ーに乗ってこの上空にいってみたくなる。

西山翠嶂(1879~1958)は京都の生まれで竹内栖鳳に師事し娘と結婚
した。翠嶂の作品はほんの数点しかみてないが‘牛賈ひ’がとても気に入っている。
三頭の牛の親子をひき砂浜を歩いている牛買いの後ろ姿がじつにいい。海のほ
うに目をやると、波が静かに浜にうち寄せ遠くに白い三日月がみえる。

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2020.11.10

美術館に乾杯! 日本芸術院 その一

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    川合玉堂の‘宿雪’(1934年)

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    竹内栖鳳の‘雄飛報國の秋’(1937年)

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    上村松篁の‘樹下幽禽’(1966年)

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      山口華楊の‘白い馬’(1952年)

コロナ禍の影響で今年は上野へでかけることがめっきり減った。東京都美は
なく東博の‘出雲と大和展’と西洋美の‘ロンドンナショナルギャラリー展’、
上野の森美の‘ゴッホ展’をみただけ。東博の‘桃山展’はみている作品が多いの
でパスすることにした。上野にはもうふたつ美術スポットがある。東京芸大
美と上野の森美の隣にある日本芸術院。日本芸術院は時間があれば足をのば
し日本画が公開されている(常時ではない、無料)ときは入館することにし
ている。

長く日本画をみているので日本芸術院がどんな名画を所蔵しているかはおお
よそ頭に入っている。川合玉堂(1873~1957)の‘宿雪’は2回遭遇し
た回顧展にいずれも出品された。切り立った断崖の描写には度肝を抜かれた。
この雪どけ水が落下する厳しい自然の光景をどこからみればいいのだろう。
立ち位置がなくちょっと不安になる。最近風景の撮影によく使われるドロー
ンが最接近して撮った映像をみている感じ。

2013年に東近美で開催された竹内栖鳳(1864~1942)の大回顧
展でお目にかかったのが‘雄飛報國の秋’。この鷲は置物彫刻を連想させる。
立体的な鷲の姿にして背景には馬鹿デカい太陽。なんだか、正月の気分。
ところで、来年の元旦はどんなすごしかたになるのだろうか。恒例の神社
参拝にでかけないことは決まっているのだが。

鳥を描いたいい絵がまだある。上村松篁(1902~2001)の‘樹下幽禽’
は見栄えのする見事な花鳥画。桃の並べ方と三羽の鳥の配置が絶妙なので
すっと画面のなかに入っていける。鳥の観察は毎日行っているから松篁の目に
は鳥の動きや飛ぶ様子が瞬間的にとらえられるのかもしれない。山口華楊
(1899~1984)は動物画の名手。‘白い馬’は神の化身のようで夢ロマ
ン的な作品。

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2020.11.09

美術館に乾杯! 山種美術館 その六

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  光悦・宗達の‘四季草花下絵和歌短冊帖’(17世紀)

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    酒井抱一の‘秋草鶉図屏風’(19世紀)

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    鈴木其一の‘四季花鳥図’(19世紀)

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   岩佐又兵衛の‘官女観菊図’(重文 17世紀)

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     鳥居清長の‘当世遊里美人合橘妓と若衆’(18世紀)

山種にはメインの近代日本画のほかにも江戸時代に描かれたいい絵がいくつ
もある。注目は琳派。平安時代にタイムスリップした気分でながめられるの
が本阿弥光悦(1558~1637)と俵屋宗達がコラボした‘四季草花下
絵和歌短冊帖’。全部で18枚あるが、もとは20枚が六曲一双の屏風に貼
られていた。

酒井抱一(1761~1828)の‘秋草鶉図屏風’は琳派展が開催されると
きは欠かせないピース。黒いラグビーボールのようなものは月、これにまず
視線がいき、下の鶉に目をやるとなんと5羽がススキや女郎花に囲まれてい
る。まさに秋真っ盛り。

抱一の師事した鈴木其一(1796~1858)は目が慣れてくるにしたが
ってその画才の幅の広さに驚愕するようになる。琳派のシンボルみたいな
‘風神雷神’からはじまってじんとくる花鳥図、さらには浮世絵を思わせるよ
うな風俗画まで描いている。‘四季花鳥図’は正方形の画面に菊やススキなど
が互いに喧嘩することなく優しく重なり合ってる。

岩佐又兵衛(1578~1650)の‘官女観菊図’もここのお宝のひとつ。
牛車から二人の宮廷女性が菊を眺めている。ともに下あごあたりが異常に
膨らんでいる。だから、すぐ又兵衛様式の美人画とわかる。これはもとは
‘旧金谷屏風’に貼られていたもので、現在は12図に分割されて美術館や
個人におさまっている。

充実した浮世絵コレクションもときどき公開される。なかでも鈴木春信、
鳥居清長、歌川広重の‘東海道五捨三次’がすばらしい。鳥居清長(1752
~1815)の‘当世遊里美人合橘妓と若衆’の前では思わずうわっ!と
なった。これほどいい摺りの状態の清長はなかなかみれない。

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2020.11.08

美術館に乾杯! 山種美術館 その五

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    横山操の‘越路十景 蒲原落雁’(1968年)

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    加山又造の‘波濤’(1979年)

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    平福百穂の‘竹林幽棲’(1923年)

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    奥田元宋の‘玄溟’(1974年)

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    岩崎英遠の‘北の海’(1980年)

世の中に多く存在する日曜画家で腕のいい人なら肖像画や裸婦図に挑戦する
が、自分の才能を買いかぶってない人は無難な風景画に精を出す。だが、
風景画も簡単には描けない。これはプロの画家でも同じこと。見る人の心を
ゆすぶる作品はほんの一握りの画家の絵筆からしか生まれてこない。
横山操(1920~1973)の‘越路十景’を山種で全部みたときは200%
痺れた。操の故郷の新潟の風景を中国の‘瀟湘八景図’にならって描いている。
とくに惹かれているのは‘蒲原落雁’と‘親不知夜雨’。こういう傑作をみると
現地に足を運びたくなる。

横山操とうまがあった加山又造(1927~2004)の‘波濤’もスゴイ絵。
これは同じ名前で描かれた大作の小型版。サイズは小さくても岩のてっぺ
んから流れ落ちる水の筋や荒れ狂う龍を想像させる波濤から飛び散る水
しぶきに圧倒される。また加山又造展が開催されることを強く願っている。

竹林とくれば風で曲がる竹をイメージするが、その光景が墨の濃淡を使って
見事に表現されているのが平福百穂(1877~1933)の‘竹林幽棲’。
昨年かその前の年だったか茨城県の五浦記念館で回顧展があったことは知っ
ていたが、遠いので行きそびれた。ちょっと後悔している。

東山魁夷が‘青の風景画’なら奥田元宋(1912~2003)は‘赤に染まる
風景画’。‘玄溟’は‘昭和の日本画100選’(1989年)に選ばれた作品。
元宋の故郷である広島県の三次市に奥田元宋・小由女美術館がある。奥さん
の人形作家・小由女さんは今年の文化勲章を受章した。夫婦そろって文化勲
章をもらたのだからこれほど目出度いことはない。

北海道出身の岩崎英遠(1903~1999)の回顧展を長いこと待ってい
るがまだ実現していない。英遠の作品をもっとたくさん見たいと思うように
なったのは山種で‘北の海’に出会ったから。この陽が沈む光景は絶景。これ
なら感激する。

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2020.11.07

美術館に乾杯! 山種美術館 その四

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        小倉遊亀の‘舞う’(1971年)

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        片岡球子の‘むすめ’(1974年)

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          石本正の‘のれん’(1970年)

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     伊東深水の‘吉野太夫’(1966年)

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     北沢映月の‘想(樋口一葉)’(1973年)

2ヶ月前、山梨方面へバス旅行したときフジヤマミュージアム訪問という想定
外のオマケがあった。どどっと並ぶ富士山の絵のなかで目をひいたのが
小倉遊亀(1895~2000)の描いたモダンな富士。日本画家は西洋絵画
を熱心にみているのでなかには洋画家以上に近代西洋絵画のエッセンスを吸収
するものもいる。小倉遊亀が描く人物画はマティスの素描画をみているような
錯覚をおぼえることがある。‘舞う’は外人がみたら喜びそうな絵。大変気に入っ
ている。

片岡球子(1905~2008)の‘むすめ’は面構シリーズに登場する足利尊氏
や北斎のことを思うと数少ない普通の人物画かもしれない。ポチャッとした顔
立ちと丸い目に思わず可愛い!といってしまいそう。ここにはもう一点、国貞
の美人画を連想させる目のつり上がった‘北斎の娘おえい’もある。

島根県生まれの石本正(1920~2015)は舞妓の絵で知られているが、
裸婦の舞妓も多く登場する。山種にはどちらのタイプもあり‘のれん’は正面向き
に描かれた舞妓の全身像。人物画を得意とする場合はモディリアーニのうりざ
ね顔のようにひとつのスタイルがあると印象が強くなる。そういう意味ではこ
の舞妓は石本流が確立されている。

伊東深水(1898~1972)がとりあげた‘吉野太夫’は寛永時代のころ京都
の島原にいた名妓。ただの太夫ではなく和歌、書、茶道を能くした才媛だった。
頭のよさそうな顔をしている。絵画とつきあっていると時代をいろどるいろい
ろな風俗に接することができる。

北沢映月(1907~1990)は京都出身の女流画家。‘想(樋口一葉)’は好
きだった樋口一葉を描いたもの。映画のワンシーンをみているような気分にな
るのは雪景色のなかに線で輪郭化された3人の女性がでてくるから。一葉の小説
の女主人公で真ん中が‘たけくらべ’の美登利。

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2020.11.06

美術館に乾杯! 山種美術館 その三

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     川合玉堂の‘山雨一過’(1943年)

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     川端龍子の‘五鱗図’(1939年)

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     福田平八郎の‘彩秋’(1943年)

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     小野竹喬の‘沖の灯’(1977年)

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     山本丘人の‘入る日(異郷落日)’(1963年)

川合玉堂(1873~1957)は農村に生きる人々の絵をたくさん描いた。
山種にもいい絵が揃っている。そのなかでみるたびに心が安まるのが‘山雨一
過’。通り雨が止み空が明るくなってきたところを農夫が馬をひき峠を下って
いる。とても上手いなと思うのが切り立つ崖に沿って右に大きくカーブする
細い道。そこをもう少し進むと人馬は岩の向こうに消える。この構成がじつ
にいい。

ここには絶品の鯉の絵がある。それは川端龍子(1885~1966)が描
いた‘五鱗図’。鯉をこれほど多く泳がせる作品はあまりない。普通は一匹か多
くて二匹。三の丸尚蔵館にも四匹の鯉の群れを描いたものがある。‘五鱗図’は
滅多にしか展示されない。ほかの美術館で行われた回顧展を2回体験しそこ
で1回お目にかかったが、何度も通った山種ではこれまで縁がない。

晩秋にはもってこいの‘彩秋’を描いたのは福田平八郎(1892~1974)。
柿紅葉なら日曜画家でもがんばれば描けそうだが、そうは問屋が卸さない。
量感のある柿の葉と弱々しいススキをコラボさせ柿を引き立てるしなやかな
感性がスゴイ。小野竹喬(1889~1979)の色彩感覚にも惚れ惚れする。
‘沖の灯’は黒の帯と群青で表現された海に点々と光る漁火が得も言われぬえ美し
さを生み出している。

山本丘人(1900~1986)の風景画はとても圧が強いのが特徴。山々は
ゴツゴツした感じだが、ここはアラビア。丘人が地中海を旅していたとき遠く
にみえたアラビアの空に夕陽が沈む光景が描かれている。

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2020.11.05

美術館に乾杯! 山種美術館 その二

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         村上華岳の‘裸婦図’(重文 1920年)

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     竹内栖鳳の‘班猫’(重文 1924年)

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     上村松園の‘牡丹雪’(1944年)

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     安田靫彦の‘平泉の義経’(1965年)

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     前田青邨の‘異装行列の信長’(1969年)

村上華岳(1888~1939)の‘裸婦図’は観音様のイメージのままで裸婦
像をみているという印象はあまりいだかない。目に焼きつくのは真ん丸の顔
とお椀のような乳房。そして、ハッとさせるのは裸体にまとっている透明な
ヴェール、どこかでみたことがある。そう、華岳はクラナッハの描くヴィー
ナスを意識したにちがいない。

猫の絵ですぐ思い浮かべるのは歌川国芳のパロディー画と菱田春草の‘黒き猫’
、そして竹内栖鳳(1864~1942)の‘班猫’。体の柔らかい猫はアクロ
バット的に体を曲げる姿をよく目にする。だから、ふつうに歩く猫よりはこ
ういう動きをみせる猫のほうがおもしろい。くわえて、ズキンとくるのが見
上げるようにみつめる青緑の目。ふだんは犬派だが、この猫は特別な思いで
みてしまう。

ここは上村松園(1875~1949)も多く所蔵しているが、もっとも
魅了されているのは‘牡丹雪’。大粒の雪が降る中を傘をさした美形の女性が腰
をすこしかがめて歩いている。動きのある描写は鈴木春信や歌川国貞、国芳
の美人画が頭をよぎる。

小林古径は‘清姫’がお気に入りマーク付きだが、安田靫彦(1884~
1978)については‘平泉の義経’、前田青邨(1885~1977)は‘異装
行列の信長’が好みの第一列に位置している。ともに視線をちょっと斜めにむ
ける姿でとらえられている。信長の表情からは規格外れの男のイメージは感
じられないが、派手な衣裳の文様やアクセサリーの瓢箪や虎皮にはキャラの
強いところがでている。

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2020.11.04

美術館に乾杯! 山種美術館 その一

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        速水御舟の‘炎舞’(重文 1925年)

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    奥村土牛の‘醍醐’(1972年)

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    森田曠平の‘出雲阿国’(1974年)

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    小林古径の‘清姫’(1930年)

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    東山魁夷の‘年暮る’(1968年)

明治以降に描かれた日本画を楽しむためにはどこの美術館へいけばいいか。
これはもう決まっている。ずばり東近美と山種美!このふたつが近代日本
画の殿堂。目を馴らす目安としては2年くらい通うと相当数の名画に遭遇
することができ、日本画のすばらしさにふれることができる。

山種のスゴイところは名の知れた画家の作品はだいたいそろっていること。
しかもそれが画家の主要作品であることが多い。どこの美術館でも自慢の
コレクションがあるが、山種の場合、速水御舟(1894~1935)と
奥村土牛(1889~1990)をごっそり所蔵している。だから、ここ
へでかけはじめたころはまず御舟の‘炎舞’と‘名樹散椿’(ともに重文)との
対面をはたすことだった。‘炎舞’はとても神秘的な絵で炎のまわりを蛾が
ぐるぐる飛んでいる姿が能舞台を鑑賞しているような錯覚にとらわれる。

土牛は山種の独占状態なのでほかの美術館でみたという記憶があまりない。
お気に入りは京都における桜の名所、醍醐寺を描いた‘醍醐’と渦潮で有名な
‘鳴門’。また、吉野の桜にも魅了され続けている。異色の作品はバレリーナ
の谷桃子を描いた‘踊り子’。

御舟同様、森田曠平(1916~1994)の‘出雲阿国’も気になってしょ
うがなかった一枚。江戸初期に描かれた風俗画の現代版という感じだが、
阿国の目力に一発でKOされた。これをみたあとも横浜美や京近美、横須賀
美でこの森田様式美人に会うたびにドキッとした。

小林古径(1883~1957)の‘清姫’も忘れられない物語絵。この絵を
みると恋に燃える女性の激しさを思い知らされる。安珍は意図して清姫を
じゃけんにしたのではないのに龍に化けられて焼き殺されるのだからたま
ったものではない。清姫から龍に変容する落差があまりに大きいのでショ
ックを受ける。

今年もあと2ヶ月、この時期になると思い浮かぶ絵が東山魁夷(1908
~1999)の‘年暮る’。山種にある魁夷は大きな絵ではないが、こんな
傑作があると胸が張れるだろう。

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2020.11.03

美術館に乾杯! 講談社野間記念館 その二

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    上村松園の‘惜春之図’(1933年)

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    土田麦僊の‘春’(1920年)

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    村上豊の‘ひな遊び’(2004年)

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    村上豊の‘月の女’

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          小茂田青樹の‘四季花鳥’(1928年)

上村松園(1875~1949)には徳川美と五島美が所蔵する‘源氏物語絵
巻’をみているのと同じ気分になる絵がある。三の丸尚蔵館の‘雪月花’。これ
をみたら松園が特別の画才を持った画家だということがよくわかる。この
4年前に描かれたのが‘惜春之図’。平安時代にタイムスリップしたようで鮮や
かな衣裳と長い黒髪に吸いこまれていく。

土田麦僊(1887~1936)の回顧展を今から23年前の1997年、
東近美でみた。このころはまだ日本画といっても知っているのは狩野芳崖、
横山大観、菱田春草など限られており、麦僊にもまだ目が慣れていなかった。
そのため、図録に載っている‘春’についてはしかとみたという実感がない。
だから、この額4面の大きな絵を2000年に開館した野間記念館でみる機
会がめぐってきたのはそれから10年以上経ってからのこと。やっと絵の前
に立ったときすぐ頭をよぎったのはルネサンスのボッティチェリの‘プリマ
ヴェ―ラ(春)’。手をのばしあう母子はまるで聖母子像をみているよう。

永青文庫で中村岳陵の最接近したの同じことが野間でもおこった。その画家
は講談社が発売している雑誌‘小説現代’の表紙の原画を描いていた村上豊
(1936~)。まったく情報のなかった人だがその漫画チックな画風にい
っぺんに嵌った。2007年と2010年にあった回顧展ではご本人と話を
することができ購入した画集にサインしてもらった。‘ひな遊び’は俯瞰の視点
がとてもユニークでひな壇もいろりも全部みせないところもおもしろい。
そして、衝撃度200%の絵が‘月の女’、女の肉体描写がシャガールの幻想性
とシュルレアリスムのダブルイメージを合体させたような感じ。これには参
った!

小茂田青樹(1891~1933)の‘四季花鳥’は清々しい花鳥画。右の秋で
は琳派のたらしこみを思わせる木の幹の描き方と銀杏の葉の黄色が菱田春草
の‘落葉’と響き合う。

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2020.11.02

美術館に乾杯! 講談社野間記念館 その一

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    講談社野間記念館の入口

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    横山大観の‘千ノ與四郎’(1918年)

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        川合玉堂の‘夏山懸瀑’(1924年)

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    竹内栖鳳の‘古城枩翠’(1926年)

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    速水御舟の‘梅花馥郁’(1932年)

目白へ行くときは永青文庫のすぐ近くにある講談社野間記念館へも寄ること
が多い。バス停の目の前にあるのですっとなかへ入っていける。ここへも
何度も通った。野間コレクションの美術品の大半が近代日本画で占められ、
そのなかでもっとも多いのが横山大観(1868~1958)。ときどき
ミニ大観展が企画されので、これを目当てにでかけた。トータルすると
10点くらいみたような気がする。思わず足がとまるのが‘松鶴図’、‘白鷺ノ
図’、‘霊峰’、‘千ノ與四郎’。

‘千ノ與四郎’は千利休が與四郎といっていた幼少の頃を描いたもの。緑一色
の草木のなかに與四郎が箒をもって立っている。これほど緑が密集してい
るとビジーに感じるところだが、不思議なことに緑に取り囲まれた與四郎
を注視できる。琳派の装飾性を意識した表現がとても心地いい。

都内で川合玉堂(1873~1957)が楽しめる美術館は東近美、山種、
松岡、野間。‘夏山懸瀑’は見ごたえのある瀑布図。切り立つ岩のごつごつし
た光景や水しぶきをあげて二段を重ねて落ちる滝のパワーがテンションを
一気にあげる。じっさいにこういう滝をみると爽快な気分になりそう。

竹内栖鳳(1864~1942)の‘古城枩翠’で強く印象づけられるのは
濃い墨で描かれた松の木。城址に残った石垣の上から堀ををおおい隠す
ようにせりだすフォルムはなにか生き物がそこにいるような感じ。小舟に
乗っている人物もその不気味さが気になるかもしれない。

速水御舟(1894~1935)がここには3点もある。お気に入りは
‘梅花馥郁’。紅梅の枝の曲がり方がS字になっているのは縦の画面におも
しろ味をだすためのひとひねり。この動きが白梅の静とのコントラストを
生み出している。

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2020.11.01

美術館に乾杯! 永青文庫 その五

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     小林古径の‘髪’(重文 1931年)

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     中村岳陵の‘摩耶夫人’(1960年)

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        下村観山の‘女’(1915年)

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     安田靫彦の‘聚楽茶亭’(1905年)

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    鏑木清方の‘抱一上人’(1909年)

2005年に東近美で開催された小林古径(1883~1957)の回顧展
はエポック的な鑑賞体験のひとつ。それから15年経ったが、今のところ
2度目の古径展の話は聞いてない。重文に指定されている‘髪’をみたのはこの
ときで一回きり。これも熊本県美への寄託作品なので簡単にみれないのはあ
たりまえかもしれない。視線が集中するのは妹がすいているお姉ちゃんの長
い黒髪。女性にとって髪の手入れが日常生活でとても大事なことをこの絵は
教えてくれる。上村松園の‘序の舞’と同じように絵に品格を感じる。

永青文庫へ足を運んで大きな収穫があったのは中村岳陵(1890~
1969)。4点あったが、とくに魅了されたのは‘摩耶夫人’。みた瞬間女優
の岩下志麻の顔が浮かんだ。岩下志麻って?わかる人はわかる。これが中村
岳陵との距離が縮まるきっかけとなり、そのあと2008年運よく横須賀美
で中村岳陵展に遭遇した。でも、どういうわけか永青文庫蔵は1点も出品され
なかった。やはり‘美術館はいい絵は貸し出さない!’の法則がきいている。

下村観山(1873~1930)の‘女’は二人の女の顔の描き方が浮世絵風に
なっている。菊川英山とか渓斎英泉の美人画を手本にして眉の処理や唇の色
使いを考えたにちがいない。観山には美人画が少ないのでこういう絵には
ハッとさせられる。

男性の肖像画も印象深い。安田靫彦(1884~1978)の豊臣秀吉を描
いた‘聚楽茶亭’と鏑木清方(1878~1972)の‘抱一上人’。関西の逸翁
美に天下人、秀吉を描いたものがあるが、靫彦が画題にしたのは茶を楽しむ
秀吉。清方の酒井抱一もおもしろい趣向。絵を仕上げるあいまに三味線を弾
く抱一が描かれている。

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