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2020.09.30

美術館に乾杯! 五島美術館 その二

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        ‘青磁鳳凰耳花生’(重文 南宋時代・12~13世紀)

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    ‘古伊賀水指 銘 破袋’(重文 桃山時代・16世紀)

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    ‘鼠志野茶碗 銘 峯紅葉’(重文 桃山時代・16世紀)

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    ‘黒織部沓形茶碗 銘 わらや’(桃山時代・17世紀)

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    ‘光悦黒楽茶碗 銘 七里’(江戸時代・17世紀)

東京でいいやきもの展が開かれる美術館というとすぐ思い浮かぶのは五島と
根津と出光。自分のところにも名品を所蔵しているので光をあてる対象を変
えて特別展を開催している。五島で忘れられないのは2002年と2005
年にあった‘茶の湯 名碗’展。このとき手に入れた図録がわが家のやきもの
のバイブルになっている。

美術品のコレクターには茶人が多いので中国や朝鮮で焼かれた青磁などの
名品を手に入れるのに尋常ではない情熱を燃やす。五島にある‘青磁鳳凰耳
花生’は思わず唸ってしまうほどの名品。同じタイプの花生のなかでは最も
大きい。どっしりして存在感のある形に見惚れてしまう。

古田織部が絶賛した‘古伊賀水指 銘 破袋’の荒々しく力強いフォルムには
やきもののが生まれてくる偶然性のおもしろさがにじみでている。本来なら
穴が開いた水指は用をなさないのにそれを超えた魅力に桃山の茶人たちは
敏感に反応した。

織部と志野は一緒に並べられることが多いが、この両方で名碗として鳴り響
いているのが‘黒織部沓茶碗 銘 わらや’と‘鼠志野茶碗 銘 峯紅葉’。
展覧会には欠かせない定番の茶碗で多くのやきものファンの目を楽しませて
いる。とくにここにある鼠志野には根津の‘銘 山端’同様、強い愛着がある。

2013年、ここで待望の光悦展があり、本阿弥光悦(1558~1637)
がつくった黒楽茶碗、赤楽茶碗がどどっとでた。五島蔵の‘銘 七里’と‘赤楽
茶碗 銘 十王’にも大変魅了されている。光悦茶碗と毎年お目にかかれたら
いうことないのだが。

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2020.09.29

美術館に乾杯! 五島美術館 その一

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     国宝‘源氏物語絵巻 夕霧’(平安時代・12世紀前半)

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     国宝‘紫式部日記絵巻’(鎌倉時代・13世紀前半)

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  俵屋宗達の‘伊勢物語色紙 富士山図’(江戸時代・17世紀)

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  光悦・宗達の‘鹿下絵和歌巻断簡’(江戸時代・17世紀)

私立の美術館というのは熱海のMOA美や箱根の岡田美のように例外的に広
い展示室をもっているところがあるが、だいたいは展示室はこじんまりとし
ている。だから、部屋から部屋への移動に疲れるということはない。質の高い
絵画、やきものなどの工芸品を堪能しいい気分になってひきあげるという
のがいつもの鑑賞パターン。世田谷区の上野毛にある五島美は東急大井町線
を下車したあと美術館へ着くまでに目に入ってくる住宅の風景がとてもいい。

五島美のお宝中のお宝はなんといっても国宝に指定されている‘源氏物語絵巻’、
絵4面、詞書9面を所蔵している。今年は無理だが例年ゴールデンウイーク
頃に1週間くらい公開している。このところこの時期に出かけてないので、
鈴虫(一)、鈴虫(二)、夕霧、御法が全部披露されているかわからない。
2点くらい? もうひとつ、忘れられないのが秋の10月に展示される‘紫式部
日記絵巻’、この2つの絵巻が描かれた時期に100年の差があるので人物の
描き方の違いに注目してみるのも一興である。

根津には光琳の国宝‘燕子花図’がありMOA同様、琳派の殿堂的な美術館とし
てのイメージが定着しているが、五島、静嘉堂、畠山もしっかり琳派の名品
をコレクションしている。源氏物語絵巻と親和性があるのは俵屋宗達の‘伊勢
物語色紙 富士山図(業平東下り図)’。この宗達が描いた伊勢物語色紙は
2008年出光美であった伊勢物語展で29点集結したが、そのうち20点
は個人蔵。みなこの色紙が欲しいことがよくわかった。

本阿弥光悦と宗達の合作‘鹿下絵和歌巻断簡’は鹿の姿にいろいろヴァリエーシ
ョンがあるが、いつも感心するのは鹿の動きをシャープにとらえていること。
鶴にしろ鹿にしろ宗達は生き物の姿を瞬時に脳の中にインプットする特殊な
能力をもっていたにちがいない。

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2020.09.28

西洋美の‘ロンドン・ナショナル・ギャラリー展’!(3)

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    レンブラントの‘34歳の自画像’(1640年)

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     ゴヤの‘ウェリントン公爵’(1814年)

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     ベラスケスの‘台所の情景’(1618年)

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     スルバランの‘アンテイオキアの聖マルガリータ’(1634年)

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  フェルメールの‘ヴァージナルの前に座る若い女性’(1672年)

肖像画をみるとき関心の大半は女性を描いたものにむかっている。男性に対
しては鑑賞のエネルギーの2割ほどしか注いでいない。これは西洋画も日本
画も同じ。ところが、西洋画家のなかで例外的に男性の肖像画に大変魅了さ
れる画家がいる。レンブラント(1606~1669)とゴヤ(1746
~1828)。今回、ナショナル・ギャラリーからやって来た作品の中に
二人のとてもいい絵がある。

レンブラントが34歳のとき描いた自画像は裕福な貴族の姿の感じが強く、
ルーベンスの自画像をみてるよう。このころレンブラントは画家として絶頂
期をむかえていたから表情にも余裕がみられ後年の渋い自画像とはだいぶ異
なっている。この絵の2年後にあの代表作‘夜警’を描いた。

このレンブラントとゴヤ(1746~1828)の‘ウェリントン公爵’をみせ
られたら、もうほかの女性画は影がうすくなるかもしれない。ナショナル・
ギャラリーにはじめて行ったとき、ゴヤのこのウェリントンと堂々としたマハ
を描いた‘イサベラ・デ・ポルセール’に大変感動した。ゴヤは宮廷画家だった
から国王をはじめ権力を握る男性たちだけでなく有名な実業家や角界の名士
などを多く描いている。これまでの体験からいうと惹かれた肖像画で女性と
男性の割合は半々といったところ。

ベラスケス(1599~1660)は‘ヴィーナスの化粧’を期待していたが、
これはやはり無理だった。でも、若い頃のボデコン、‘台所の情景、マルタと
マリアの家のキリスト’が日本でみれたのだから大満足。若い女がニンニクを
すりつぶしている金属のすり鉢やてかてか光る魚のリアルな質感描写に目が
点になった。

画家の評価は一枚の絵で決まることがある。スルバラン(1598~
1664)の場合、‘アンティオキアの聖マルガリータ’はそんな女性画。
プラドにあるこれと並ぶ名画‘ポルトガルの聖女イザベル’同様、ぐっときて
いる。2点あるフェルメール(1632~1675)は‘ヴァージナルの前に
座る若い女性’が日本に初お目見えした。いつものようにみている女性の視線
が熱い。

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2020.09.27

大相撲秋場所 正代 初優勝!

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     正代 翔猿にからくも勝ち初優勝!

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大相撲秋場所は関脇正代が新入幕の翔猿(とびざる)にからくも勝ち初優勝
を飾った。成績は13勝2敗。拍手々!14日目の対戦相手大関朝乃山を立
ち合いから鋭い当たりでぶっとばした正代だったが、今日がガチガチだった。
翔猿は初顔合わせだから緊張するのは無理もない。東京出身の翔猿、昨日は
大関貴景勝に挑戦し動き回ったがはたき込みで敗けた。28歳で新入幕を
はたした力士とはおもえないほど若々しく動きが機敏。そして、時代劇の
役者としてやっていけそうなイケメン。11勝4敗の大活躍でこれから人気
者になりそう。

今場所の正代は力強い相撲が多かった。立ち合いの圧力が強く、一気に寄っ
ていき勝負をつける。相手に押し込まれる場面はほとんどなかった。照の富
士と隠岐の海に敗れたがこれはご愛敬。強い力士は前へ前へと攻めていくの
が共通した特徴。こういう相撲をとると安心してみていられる。大型力士と
して入幕したころから期待されていたが、ようやくその才能が開花した。
この優勝で来場所の大関昇進が決定した。地元の熊本は大喜びだろう。

横綱の白鵬と鶴竜が休場した今場所、優勝候補の本命は誰が見ても朝乃山。
ところが、まさかの3連敗。そのあと10連勝しふんばったが、ラストの2
日が連敗。こういう終わり方だと印象が悪い。自信をつけた正代が朝乃山を
追い抜いて一気に綱をしめるかもしれない。朝乃山の巻き返しに大いに期待
したい。

さて、正代に続く大関とりレースに挑めそうなの誰か、ズバリ隆の勝と霧馬
山! 1年後どれだけ強くなっているだろうか、楽しみである。

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2020.09.26

西洋美の‘ロンドン・ナショナル・ギャラリー展’!(2)

Img_20200926222801   クリヴェッリの‘聖エミデイウスを伴う受胎告知’(1486年)

Img_0001_20200926222801   ティツィアーノの‘ノリ・メ・タンゲㇾ’(1514年)

Img_0002_20200926222801   ティントレットの‘天の川の起源’(1575年)

Img_0004_20200926222901    エル・グレコの‘神殿から商人を追放するキリスト’(1600年)

Img_0003_20200926222901    ダイクの‘シンべビーとドロシーの肖像’(1637年)

ナショナル・ギャラリー展の開催を知って手にしたPRチラシにクリヴェッリ
(1430年代~1494)の‘聖エミディウスを伴う受胎告知’が載ってい
るのをみて、‘いやー、ずいぶん渋い絵をもってくるね’と思った。日本で海外
の美術館が所蔵する西洋古典絵画はこれまで多数披露されたが、クリヴェッ
リをみた記憶がない。

この画家のイメージは女性の着ている衣裳や宝飾品を豪華で緻密に表現す
ることと、その魔性を秘めた目があまりにゾクッとさせられるので当時の
画家の世界では規格外の表現だっただろうと思わせるところ。ナショナル・
ギャラリーにもそのタイプの絵があるが、今回やって来たのはそれではなく、
オーソドックスなマリアの受胎告知の絵。遠近法が駆使された画面で視線が
集中するのは精霊の鳩が飛んできたことを示す金色の光線。これほど明確に
光線が輝いている受胎告知の絵はあまりない。また、この場面に孔雀が登場
するというのも珍しい。

ヴェネツィア派のティツィアーノ(1485~1576)の‘ノリ・メ・タン
ゲル(我に触れるなかれ)’とティントレット(1518~1596)の‘天の
川の起源’は大収穫。ともに美術品によく掲載されている名画だから、ダ・ヴ
ィンチとラファエロがなくてもOKマークは出せる。この美術館にはいいヴェ
ロネーゼがあるのから1枚でも展示してくれたら申し分なかったが。

エル・グレコ(1541~1614)の‘神殿から商人を追う払うキリスト’は
描かれた人物の姿をひとり々みていると神殿に奥行き感がでてくる。前かが
みになっている者、右手を横にふるキリストと呼応するように手を曲げたり
頭の方にもっていく者もいる。右側では話し込むグループが前後に2組みられ
る。その表情、手振りはダ・ヴィンチの‘最後の晩餐’の人物表現を連想させる。

会場で一際輝いている肖像画が目にとまった。それはヴァン・ダイク
(1599~1641)の‘レデイ・エリザベス・シンベビーとアンドーヴァ
ー子爵夫人ドロシー’。同じような顔つきでとても綺麗に描かれた二人は姉妹。
右のキューピッドからバラを受け取っているのが姉でアンドーヴァー子爵夫人
ドロシー。これは彼女の結婚を記念して描かれたもの。

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2020.09.25

西洋美の‘ロンドン・ナショナル・ギャラリー展’!(1)

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      ゴッホの‘ひまわり’(1888年)

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    モネの‘睡蓮の池’(1899年)

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     ルノワールの‘劇場にて’(1877年)

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    ゴーギャンの‘花瓶の花’(1896年)

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    コローの‘西方より望むアヴィニョン’(1836年)

開幕が新型コロナ感染の影響で3ヶ月遅れた‘ロンドン・ナショナル・ギャラ
リー展’(西洋美)をみてきた。当初は3/3から約3ヶ月の大興行の予定だっ
たが、仕切り直し(6/18再スタート)の展示では10/18までと1ヶ月
長く飾られることになった。コロナ禍で海外旅行ができない状況なので、
ロンドン・ナショナル・ギャラリーが世界に誇る西洋絵画の傑作の数々を
日本でみられるのは貴重な鑑賞体験である。太っ腹のロンドン・ナショナル
・ギャラリーに感謝!

この展覧会のお目当ては何といってもゴッホ(1853~1890)の‘ひま
わり’、展示の導線の最後となる‘イギリスにおけるフランス近代美術の受容’
のコーナーにデーンと飾られている。ロンドンは若い頃2ヶ月くらい滞在し
たことがあり‘ひまわり’との縁は深いが前回みたのは10年前のこと。何度
みてもゴッホの‘イエローパワー’に200%魅了される。日本で再会できた
幸せをかみしめている。

今回出品されているのは61点、スポットが当てられているのはイタリア・
ルネサンス、オランダ絵画、ヴァン・ダイクらイギリス肖像画、カナレット
らの海洋画、スペイン絵画、そしてフランス近代絵画。この美術館はメト
ロポリタンやエルミタージュと同じように西洋絵画の古典から近代まで何
でも揃っているから、どんな切り口でも立派な企画展がつくれる。

この美術館は‘ナショナル・ギャラリー コンパニオンガイド’(1994年
発行)という優れもの図録をつくっているが、ここに掲載されている200
点あまりの作品のうち14点が今回の出品作に含まれている。フランス近代
絵画では‘ひまわり’とモネ(1840~1926)の‘睡蓮の池’、そしてゴー
ギャン(1848~1903)の‘花瓶の花’が載っている。

ルノワール(1841~1919)の‘劇場にて(はじめてのお出かけ)’は
お気に入りの絵。カサット(1844~1926)が1年後に描いた‘桟敷
席にて’は構図がよく似ているから、この絵を意識したのかもしれない。
コロー(1796~1903)の‘西方より望むアヴィニョン’はあまり大き
くない風景画だが、日差しの強い光景に思わず足がとまった。

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2020.09.24

大倉集古館の‘近代日本画の華’展!

Img_20200924222301     竹内栖鳳の‘蹴合’(1929年)

Img_0001_20200924222301     橋本関雪の‘暖日’(1929年)

Img_0004_20200924222301        川合玉堂の‘暮るる山家’(1918年)

Img_0002_20200924222401        菱田春草の‘かけす’(1910年)

Img_0005_20200924222401     横山大観の‘山四趣・風 秋’(1925年)

台風12号の影響で出動がダメになるかと心配されたが、進路がそれ大雨に
ならなかったので予定通り西洋美の‘ロンドンナショナルギャラリー展’と
大倉集古館の‘近代日本画の華’をみてきた。美術館へ行くのは6/18の
Bunkamura以来、3ヶ月ぶり。今年はまだ5回しか展覧会をみていないので
例年とは様変わり。

大倉集古館の特別展は9/27(日)までなので滑り込みこみセーフだった。
展示されている日本画の大半は1930年ローマで開催された日本美術展に
出品された日本画。全部で25点ある(すべて大倉集古館蔵)。その一部
の横山大観(1868~1958)の‘夜桜’などは‘美術館に乾杯!大倉集
古館’で紹介したが、ここにとりあげた竹内栖鳳(1864~1942)の
‘蹴合’、橋本関雪(1883~1945)の‘暖日’、大観の‘山四趣’も一緒に
飾られた。

軍鶏(しゃも)の闘鶏を描いた栖鳳の‘蹴合’は本物の軍鶏が目の前に大喧嘩
しているみたい。これほどリアルに鶏の動きを表現するというのは並みの
画技ではとうていできない。栖鳳は生き物が大好きだったから、軍鶏の
表情や動き方を徹底的に観察し、この見事な生き物画を完成させた。一方、
関雪が‘暖日’で描いたのは猫の王様、ペルシャ猫。日本画にペルシャ猫が
登場したのでイタリアの人たちはびっくりしたにちがいない。

川合玉堂(1873~1957)の‘暮るる山家’は心温まる作品。仕事の終
わった荷馬を主人が熱い湯で体をふいてやっている。この湯気の描写が目に
焼きついている。馬の絵はたくさんみたが、馬と一緒に生きている人間の
やさしさがこれほど強く感じられるものはほかにみたことがない。

菱田春草(1874~1911)の‘かけす’は亡くなる1年前の絵。これは
江戸琳派の鈴木其一の絵を意識したもので鳥の種類をかけすに変えて描か
れている。やわらかい色彩と墨のぼかしを葉や幹のところどころにいれる
描写は春草が琳派の装飾性に傾注していたことをうかがわせる。大観の
‘山四趣・風 秋’は手前の薄野が秋の情景にぴったり。My散歩道にはまだ
すすきがでてこないが、10月になるとぐっと秋らしくなるからBコース
を選択したときは風に吹かれてちょっと傾いた姿をみせてくれるだろう。

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2020.09.23

美術館に乾杯! 根津美術館 その六

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     ‘饕餮文方彜’(重文 西周時代・前10世紀)

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  野々村仁清の‘色絵山寺図茶壺’(重文 江戸時代・17世紀)

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    ‘鼠志野茶碗 銘 山の端’(重文 桃山時代・16~17世紀)

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       ‘青磁筍花生’(重文 南宋時代・12世紀)

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   ‘肩衝茶入 銘 松屋’(重文 南宋~元時代・13~14世紀)

最近は回数が少なくなったが以前は古代中国の遺跡から出土した青銅器や金
の装飾品などを披露する特別展がよく開かれた。そうした遺物で強い存在感
を発揮するのが青銅器。同じようなものを東博でもみる機会があるが、本場
の青銅器は流石と思わせるほどその大きさや複雑な模様に目を見張らされる。
日本の美術館でも、すばらしい青銅器にお目にかかれるところがある。それ
が世界的にも高く評価されている根津のコレクション。2階の専用の展示室
には‘饕餮文方彜’(とうてつもんほうい)などがずらっと飾られている。
これは圧巻!

2006年、京博で京焼展があり野々村仁清の名品といわれる色絵の茶壺や
水指が数多くでてきた。そのひとつが山寺の図が描かれた茶壺。まるで
風景画をみているよう。装飾性豊かな絵柄、茶壺のかたちからいうとこれと
福岡市美にある‘吉野山図’がとくに気に入っている。

根津、五島美、出光美では茶陶展が定期的に開催される。こういうとき来館
者の目を釘付けにする目玉のひとつが‘鼠志野茶碗 銘 山の端’。2年前、
ここであった‘新・桃山の茶陶’でも目を楽しませてくれた。織部・志野では
五島美蔵の‘鼠志野 銘 峯紅葉’とともに欠かせない定番の名品としてつとに
有名。

中国からはいってきたもので自慢の品は‘青磁筍花生’と‘肩衝茶入 銘 松屋’。
筍が好物なのでこの青磁はいつもいい気分でみている。同じような花入はこ
れまで5点くらいみた。2010年の‘南宋の青磁’(根津美)では五島美、
鹿苑寺蔵のものと一緒に並べられた。そして、肩衝茶入の名品‘銘 松屋’に
も200%参っている。小さな茶入なのに丸みをおびた形、なだれのうみだ
す模様が目をとらえて離さない。

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2020.09.22

美術館に乾杯! 根津美術館 その五

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    円山応挙の‘藤花図屏風’(重文 江戸時代・1776年)

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    芸愛の‘花鳥図’(室町時代・16世紀)

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    久隅守景の‘舞楽図’(江戸時代・17世紀)

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    尾形乾山の‘ぶりぶり毬杖図’(江戸時代・18世紀)

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           酒井抱一の‘七夕図’(江戸時代・18世紀)

どこの美術館でも自慢の絵画をもっているとその作品を描いた画家の回顧展
を主催する。東京でみられる円山応挙(1733~1795)の名画という
と三井記念美の国宝‘雪松図屏風’と根津の‘藤花図屏風’。2016年、ここで
開館75周年記念特別展として円山応挙展が開催された。‘藤花図’に大変魅了
されているのは紫という色が好きだからということもある。松が武将のイメ
ージなら、藤はお姫様。藤の絵というと応挙と日本画家の山本丘人をすぐ思
い浮かべる。

16世紀半ば頃京都で活躍した芸愛の‘花鳥画’は鷹と白鷺の緊迫した場面が
描かれている。右の老松にとまっている鷹がじっとみているのは相方の鷹に
狙われて慌てふためく白鷺。花鳥画の中にはときどきこういうはらはらドキ
ドキさせる画題が描かれる。この状況をもっとも激しく描いたのが曽我蕭白。
襲われた鳥が泣いている感じ。これはこたえる。

宗達が描いた‘舞楽の舞台を久隅守景もとりあげている。六曲一双の屏風の左
と右に太平楽と蘭陵王の舞いが楽人の演奏する太鼓や鉦鼓などと一緒に美し
く描かれている。広島にいたとき厳島神社の恒例行事となっている舞楽の様
子がニュースで流れると‘来年は見に行くぞ!’、と思ったが結局実現しなか
った。

絵はやきものの余技だった尾形乾山(1663~1743)のおもしろい絵
が根津美にある。‘ぶいぶり毬杖図’。ぶりぶりと毬杖(ぎっちょう)は新年の
男児の玩具で中世には盛んに遊ばれたが、江戸中期以降は遊びとしてはすたれ、
正月用の飾りに変わった。左端の杭のようなものが毬杖の先、そこから柄が
のびこれに沿って縁起物の翁と媼、松竹梅、鯛と海老、鶴亀の作りものが並ん
でいる。ぶりぶりは背後に斜めに挿されているもの。

酒井抱一(1761~1828)の‘七夕図’は慣れ親しんでいる七夕とはちが
う。これは七夕祭りの原型の‘乞巧奠’(きっこうでん)を表す図像。麻の緒を
張りこれに五色の糸をかけ、下に置かれた角盥(つのだらい)に梶葉を浮か
べている。これにより手芸や芸能の上達を祈願している。

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2020.09.21

美術館に乾杯! 根津美術館 その四

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Img_0001_20200921221001     雪村の‘龍虎図屏風’(室町時代・16世紀)

Img_0003_20200921221001         芸阿弥の‘観瀑図’(重文 室町時代・1480年)

Img_0002_20200921221001         祥啓の‘山水図’(重文 室町時代・15世紀)

Img_0004_20200921221001       ‘桜下蹴鞠図’(桃山時代・17世紀)

Img_0005_20200921221001       ‘誰が袖美人図’(江戸時代・17世紀)

雪村の回顧展を運よく2度遭遇したので、主要作品はおおよそみることがで
きた。そして、それらをどこの美術館が所蔵しているかも一緒にインプット
された。私立の美術館ですぐ思い浮かぶのは京都の野村美、奈良の大和文華
館と東京の根津美と畠山記念館。根津にある‘龍虎図’は見応えのある屏風絵
(六曲一双)。左隻に描かれた虎のちょっととぼけた表情がおもしろい。

根津には国宝の‘那智瀧図’のほかにもうひとつ滝の絵がある。芸阿弥
(1431~1485)の‘観瀑図’。崖にできた3つの段差を豊富な水が流
れ落ち4本の滝が出現している。この変化のある滝の光景はほかにみたこと
がない。この絵は芸阿弥のもとで絵画の修行をした建長寺の僧祥啓が東国に
帰るとき与えられたもの。その祥啓もなかなかいい‘山水図’を描いている。
岩の塊が大きく内側にえぐられトンネルのようになっているところは師匠の
画風とよく似ている。

‘桜下蹴鞠図’はぼやっとみていると蹴鞠がどこにあるのが気がつかない。蹴鞠
は全部描かれてなく、一部がみえるだけ。そこは上の中央からすこし右のと
ころ。琳派の宗達の工房ではこんな描かれ方があったことが驚き。普通のやま
と絵の表現では蹴鞠は全部描くのに、琳派は大胆な構図をつくり見る者の意表
をつく。蹴鞠が小さくなった分、かえって蹴鞠に視線が集まる効果を狙ってい
るのかもしれない。

江戸時代前期に流行った‘誰が袖図’と呼ばれる屏風をこの美術館でみたとき、
‘これもありかい?’と思った。描かれているのは衣桁(いこう)や屏風に掛
けられた衣装のみ。まるで呉服屋へでかけ新しくつくる着物の生地を吟味して
いるよう。主役は花でも鳥でもなく衣裳とは。この絵は‘誰が袖図’の変種で
右隻は遊女と禿を登場させている。

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2020.09.20

美術館に乾杯! 根津美術館 その三

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        牧谿の‘竹雀図'(重文 元時代・13世紀)

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    呂敬甫の‘瓜虫図’(重文 明時代・14~15世紀)

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    呂紀の‘四季花鳥図’(明時代・16世紀)

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          韓旭の‘藻魚図’(明時代・1612年)

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     蘇漢臣の‘売貨郎図’(明時代・16世紀)

これまで牧谿の絵や南宋・元時代以降の中国絵画をまとまった形でみる機会
があったのは東博の常設展と根津、名古屋の徳川美で開催された特別展。
根津では2回開催されたのでこの美術館には中国絵画のいいのがあるという
イメージができあがった。

牧谿は‘瀟湘八景図‘がとくに有名だが、人物画や花鳥画にも魅了されるものが
多い。‘竹雀図’はいい感じ。見慣れた雀が2羽密着して竹にとまっている。
日本の画家で雀が得意なのは長澤芦雪と菱田春草。二人は牧谿の絵を見てい
るにちがいない。

子どものころ夏は昆虫採集が楽しくてたまらなかった。だから、明時代に描
かれた‘瓜虫図’も目をかっと開いてみてしまう。蔓を長くのばした瓜のまわり
にカマキリ、赤トンボ、コオロギ、ハチがいる。こういう心が和む絵をみる
と日本の花鳥画のお手本は中国にあったことがよくわかる。

‘四季花鳥画’は鳳凰などの華麗な鳥が主役だから絵全体がとても華やか、大き
な広間でみると気持ちが高揚しそう。日本に伝来した呂紀の作品は東博に
ある同じ題名のものでまずその画風に馴染んだ。ほかにも三の丸尚蔵館でとき
どき公開される。

応挙でも明治以降の日本画家でも鯉は横長の画面に描くので、それに慣れる
と‘藻魚’にような縦の掛物に登場する鯉がとても新鮮に映る。存在感抜群の大
きな鯉の横にもう3匹いる。忘れられない一枚。‘売貨郎図’もお気に入りの子
ども絵。貨郎は日用雑貨を売り歩く行商人。台の上に鳥が入った籠がたくさん
並んでいる。

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2020.09.19

美術館に乾杯! 根津美術館 その二

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        国宝‘那智瀧図’(鎌倉時代・13世紀)

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     牧谿の国宝‘漁村夕照図’(南宋・13世紀)

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    李安忠の国宝‘鶉図’(南宋・12世紀)

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    因陀羅の国宝‘禅機図断簡’(元・14世紀)

滝で有名な観光スポットというとすぐ栃木県の‘華厳の滝’と熊野の‘那智の滝’が
思い浮かぶ。2つをくらべると華厳が男性的で荒々しいのに対し那智は女性の
イメージ。趣味が旅行だけなら話はこれで終わりとなるが、絵画に関心がある
ともうひとつ滝の物語が加わる。根津美にある‘那智瀧図’はただ滝の光景を描い
たのではない。滝は神様で崇拝の対象。だからこれは聖画なのである。このこ
とを美術本で知り、それを根津で確認にそして熊野に足を運び、この神秘的な
雰囲気につつまれた滝を眺める。すると、絵画をみたときの感情が思い出され
目の前のリアルな視覚体験が薄められるような気になる。不思議な感覚だった。

牧谿が巻物に描いた‘瀟湘八景図’は切断されて掛物となった。その2幅は国宝に
指定されている。‘漁村夕照図’と‘煙寺晩鐘図’(畠山記念館)。どちらも琴線に
触れる名品だが、‘漁村夕照図’のほうがたなびく霞のなか山々が印象づけられ家
の屋根や小さな舟がみえるので漁村の情景にすっと入っていける。こういう
親しみのもてる牧谿は‘燕子花図’のように何度もお目にかかりたいのだが、思う
ようにはいかない。

日曜美術館が唯一の美術情報源だったころ、高山辰雄が‘鶉図'を最接近してみ
て‘本物の鶉がいるようだ'と言っていた。この絵をみたら画家の大家でなくても
同じような感想をもつのではなかろうか。とくに目が点になるのは緻密に描か
れた羽毛。応挙の孔雀の羽毛もすごいが、この鶉のほうがリアル感が強く、丸く
膨れた胸あたりの羽毛を動かし歩きだすような気配がある。

中国元時代の画僧、因陀羅の‘禅機図断簡'には5つのヴァージョンがあり、根津
にもそのひとつがある。全部国宝に指定されているのはもともと画巻だったか
ら。この人物画の魅力はユーモラスな笑いの表現。描かれている人物同士の会話
の中から相手方あるいは両人が大笑いしている。なにかを理解し腹にストンと
おちたとき(頓悟)には自然と笑いがおきるのだろう。

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2020.09.18

美術館に乾杯! 根津美術館 その一

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    尾形光琳の国宝‘燕子花図屏風’(江戸時代・18世紀)

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    尾形光琳の‘白楽天図屏風’(江戸時代・18世紀)

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  尾形乾山の‘銹絵染付金彩絵替土器皿’(重文 18世紀)

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    鈴木其一の‘夏秋山水図屏風’(江戸時代・19世紀中頃)

コロナの影響で多くの美術館が予約制をとっている。これがめんどくさくて
お馴染みの美術館で行われている企画展についてのチェックがすごく緩くな
り、展覧会へ注がれる関心がごく一部のものだけに限定されている。見る側
がこんな気分だから、美術館の人たちもフルパワーで特別展を準備するとい
うことにはならないかもしれない。根津美や五島美、静嘉堂美のようなブラ
ンド私立美術館の展覧会スケジュールはさらっとインプットされているが、
特段前のめりになるものは今のところない。

MOAでは春の梅の季節になると尾形光琳(1658~1716)の国宝‘紅白
梅図屏風’が公開されるのが恒例の行事になっているが、根津美でも毎年とい
うわけではないが、同じく国宝に指定されている‘燕子花図屏風’が頻繁に披露
される。国宝の日本画をおおかた目の中に入れた経験からいうとこういう風
に繰り返し展示される作品は光琳の2点と東博にある長谷川等伯の‘松林図’く
らい。江戸絵画で大変な人気を誇る伊藤若冲でも国宝に相当する‘動植綵絵’
(三の丸尚蔵館)そう度々飾られることはない。だから、光琳と等伯が日本
画では美術ファンと最も近い画家かもしれない。

根津で開催される琳派展は欠かさずみてきたのでここにある作品はすぐでて
くる。光琳は‘白楽天図’も波濤の描き方などに目が吸いこまれる。弟の尾形
乾山(1663~1743)は最晩年に描かれた‘定家詠十二カ月和歌花鳥図’
にも魅了されるが、乾山ならやきものへ視線が向かう。お気に入りは‘銹絵染
付金彩絵替土器皿’。この軽くて洒落た意匠感覚が心を打つ五つの土器皿との
対面はずいぶん待たされた。だから、深い思い入れがある。

琳派というと宗達、光琳をまず覚えて、次に工芸の光悦に進み、酒井抱一ま
では一応たどり着く。では鈴木其一(1796~1858)はどうか、この
絵師の画風に馴染むようになるのはだいぶ後になってから。その実力の高さ
に目覚めたのはここにある‘夏秋山水図屏風’とメトロポリタンが所蔵する‘朝顔
図屏風’。これで其一が琳派ビッグファイブの一人になった。

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2020.09.17

美術館に乾杯! 大倉集古館 その三

Img_20200917223201     国宝‘普賢菩薩騎象像’(平安時代・12世紀前半)

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Img_0003_20200917223301     国宝‘随身庭騎絵巻’(鎌倉時代・13世紀中頃)

Img_0004_20200917223301     久隅守景の‘賀茂競馬図’(重文 江戸時代・17世紀後半)

国宝の仏像をみたければどうしても奈良や京都のお寺を訪ねていかないとい
けないが、クルマでまわるとなるとこれは大行事となるためかなりの鑑賞
エネルギーをためこまないと実現しない。追っかけ国宝は4,5点残っている。
今はコロナ禍で動きにくい環境、コンプリートを果たすにはまだまだ時間が
かかりそう。

こんなとき、大倉集古館にでかけるとすばらしい仏像に対面できる。国宝に
指定されている‘普賢菩薩騎象像’。象に乗る普賢菩薩の姿がじつにいい感じ。
つくられたのは平安時代の最後の頃。見惚れのがもうひとつある。菩薩像に
最接近して肩のところや背面の衣をじっくりみると目にとびこんでくる唐草
や七宝繋ぎなどの截金文様。東京のど真ん中でこんな心を打つ仏像がみられる
のだから有り難いことである。

‘随身庭騎絵巻’も記憶に長くとどまっている鑑賞体験の。随身は貴人
のガードマンのこと。ここでは9名が描かれている。彼らは馬に乗るのは朝
飯前だから、馬が荒々しく体を動かしてもそれを御する腕をもっている。
視線がむかうのは随身よりは跳びはねている馬のほう。動きの描写がこれほ
ど見度な絵はそんなにない。もう何年もみていないので再会の機会をさぐる
ことにした。

久隅守景の‘賀茂競馬’は興味をそそる風俗画。描かれているのは初夏を彩る京
の風物詩となっている賀茂神社の競馬(くらべうま)。これは左隻で宇治の
茶摘みの場面が右隻で並んでいる。この大イベントをひとびとは思い思いに
楽しんでおり、手前の中央では酒盛りがはじまっている。    

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2020.09.16

美術館に乾杯! 大倉集古館 その二

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    前田青邨の‘洞窟の頼朝’(重文 1929年)

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    宇田荻邨の‘淀の水車’(1926年)

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    橋本関雪の‘猿猴図’(1929年)

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    菱田春草の‘さつき’(1906年)

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    山口蓬春の‘木瓜’(1929年)

歴史好きで絵画にも関心があると歴史上の出来事や時代の覇者となった人
物についての知識が深まる。大観や春草のあと日本画壇の中核的存在として
新しい日本画を創作した安田靫彦、小林古径、前田青邨は歴史画の傑作をい
くつも描いている。安田靫彦の‘黄瀬川陣’を東近美が所蔵し、前田青邨
(1885~1977)の‘洞窟の頼朝’(ともに重文)は大倉集古館にある。
青邨のこの絵をはじめてみたとき強烈に印象づけられたのががっちりした
武将の姿で描かれた頼朝の大きな鼻。異様に大きい!

回顧展がなかなか開かれない画家については、テーマによる企画展があった
ときに作成された図録を使ってMyミニ画集を編集している。三重県松阪市
出身の宇田荻邨(1896~1980)もその一人。今、集まってきた作品
は11点。そのなかで最も魅了されているのは三の丸尚蔵館にある‘渓澗’と
ローマ開催日本美術展に出品された‘淀の水車’、涼し気な水車をみていると
気持ちが軽くなる。

手長猿や馬の絵を得意とした橋本関雪(1883~1945)は‘猿猴図’と
ペルシャ猫を描いた‘暖日’の2点が来場したイタリア人を驚かせたにちがい
ない。京都で一度訪問したことのある白沙村荘 橋本関雪記念館は達磨の
肖像画などの絵だけでなく国の名勝に指定されている庭園も楽しめる。

大倉集古館は橋本雅邦や菱田春草(1874~1911)も所蔵している。
春草の‘さつき’は6月のころ、深い森から飛び立つ一羽のほととぎすが描かれ
ている。森の木々と空には墨のグラデーションにより奥行き、空間的な広が
りが生まれている。山口蓬春(1893~1971)の‘木瓜’はローマ展の
出品作。静寂感があり品のいい花の絵だから西洋の人々に日本の静物画の
新鮮なイメージを植えつけられたかもしれない。

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2020.09.15

美術館に乾杯! 大倉集古館 その一

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    横山大観の‘夜桜’(1929年)

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     小林古径の‘木菟’(1929年)

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       川合玉堂の‘秋山懸瀑’(1929年)

日曜美術館は最近は熱心に見なくなったのだが、モネとマティスをコラボ
させるユニークな企画が紹介されたので久しぶりにみた。そして、ついで
だからアートシーンもチャンネルを変えなかった。これがよかった。2つ
の展覧会情報にヒットした。ひとつは大倉集古館で開催されているローマ
開催日本美術展覧会にスポットをあてたもの(今月27日まで)。もう
ひとつは千葉のホキ美の‘森本草介展’(11/16まで)。
改築した大倉集古館へはまだ足を運んでないので、西洋美の‘ロンドンナシ
ョナルギャラリー展’を24日にみにいく予定だから、このあと寄ってみる
ことにした。ここは西洋美と違って予約がいらないので気が楽。

大倉美術館へ最初に出かけたのは横山大観(1868~1958)の‘夜桜’
をみるためだった。だが、ここへ着いたのは閉館間際だったので、普通な
ら入館を断られるところ、それを懇願すると‘お金はいらないからどうぞ‘と
入れてくれた。なんと太っ腹!そんな嬉しい配慮をしてもらって念願の
絵をみることができた。‘夜桜’は1989年にあった‘昭和の日本画100
選’展で美術専門家や文化人が選んだ作品ベスト20で1位に選ばれている。
このころ、この図録はわが家の日本画のバイブルとなりこの100点を
すべてみようと心に決めていた。だから、大倉集古館でこの絵を滑り込み
セーフでみれたのは感激ものだった。この3日後、転勤のため名古屋に旅立
った。

‘夜桜’、小林古径(1883~1957)の‘木菟(みみずく)’、川合玉堂
(1873~1957)の‘秋山懸瀑’は1930年(昭和5年)ローマで
開催された日本美術展覧会のために描かれたもの。この大プロジェクトは
大富豪で美術愛好家としても知られた大倉七三郎男爵(1882~1963)
がスポンサーとなり団長横山大観のもと80人の画家が参加した。出品作は
イタリア人に和風のしつらえで鑑賞してもらうため、表具師、大工、生花
の師匠まで同行させるという懲りよう。まさに空前別後の日本美術フェア。
展覧会は連日千人の来場者を集め、1カ月余りの期間で16万人の入場者が
あった。

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2020.09.14

美術館に乾杯! フジヤマミュージアム

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Img_0001_20200914222401    富士急ハイランドにあるフジヤマミュージアム

Img_0005_20200914222501     加山又造の‘富岳’(1997年)

Img_0006_20200914222501         小倉遊亀の‘霽れゆく’(1975年)

Img_0002_20200914222501         伊東深水の‘三保の松’

Img_0004_20200914222501         奥谷博の‘黎明富士’

Img_0003_20200914222501      絹谷幸二&長嶋茂雄の‘新世紀生命富士’

2日前の土曜日、富士急ハイランドにあるフジヤマミュージアムで富士山の
絵をたくさんみた。だが、この美術館をめざしてクルマを走らせたわけでは
ない。Go toトラベルでA旅行会社の日帰りバスツアーに参加したところ、
行程のなかに富士急ハイランドの‘リサとガスパールタウン’観光があり、時間
をもてあましていたらその横にフジヤマミュージアムがいいタイミングで
オープンしていた(12時開館)。なかでどんな絵を展示しているのかはじめ
はよくのみこめなかったが、入館料1000円を払って進むと浮世絵師
葛飾北斎、歌川広重や名の知れた日本画家・洋画家たちが描いた富士山の絵
が全部で67点も並んでいた。ここは富士山尽くしの美術館だった!

開館したのは2003年、所蔵作品をローテーションしながら常設展示し
ており、今でている作品は7/22~11/8の展示。ミュージアムショ
ップで目にとまった富士山の絵葉書を購入したが、飾ってない絵のものも
多く販売されていた。これをみると日本画では大観、安田靫彦、奥村土牛、
小倉遊亀、片岡球子、東山魁夷、横山操、加山又造、千住博といったビッ
グネームがずらずらっと揃い、洋画では和田英作、岡田三郎助、梅原龍
三郎、林武、田崎廣助、牛島憲之らがある。驚いたのは草間彌生の富士山
まで遭遇したこと。

ここにあげた5点はとくに魅了されたもの。加山又造(1927~2004)
は1点富士山をえがいたものはみたことがあるが、この‘富岳’は画集にも載
っていない。一番のサプライズは小倉遊亀(1895~2000)の‘霽れ
ゆく’、富士とくれば片岡球子の得意とする画題をすぐイメージするが、小倉
遊亀がこんな現代アートのような富士山を描いていたとは。美人画の伊東深水
(1898~1972)の‘三保の松’は構図のよさに思わずほっとする。

2017年文化勲章を受章した奥谷博(1934~)の‘黎明富士’は一瞬鳴門
の渦潮と富士山がコラボした?!のかと思った。おもしろいアイデア。
絹谷幸二(1943~)が友人の長嶋茂雄と一緒に描いた‘新世紀生命富士’は
いつもの絹谷流の赤を輝かせた富士。この絵の隣には俳優の石坂浩二と歌手の
八代亜紀の絵もでていた。

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2020.09.13

Anytime アート・パラダイス! ビーアスタット

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   ‘ロッキー山脈、ランダーズ・ピーク’(1863年 メトロポリタン美)

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    ‘コーコラン山’(1877年 コーコラン・ギャラリー)

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   ‘マーセド川、ヨセミテ渓谷’(1866年 メトロポリタン美)

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    ‘滝の景観’(1887年 テイッセン・ボルネミッサ美)

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    ‘バッファローの移動’(1867年 ボストン美)

メトロポリタンでチャーチより4歳年下のビーアスタット(1830~
1902)の描いた‘ロッキー山脈、ランダーズ・ピーク’をみたときも絵の大
きさに圧倒された。チャーチの‘アンデスの山奥’よりもさらに大きく縦
1.85m、横3.07mの超ワイドスクリーン。ビーアスタットが得意とし
たのはアメリカ西部の情景。ここでは平和なインディアン居住地の様子が描か
れている。目を見張らせるのは背後に見える雄大な山々。一部頂に雪をかぶり
切り立つようにそびえる山が目に焼きつく。

この絵をみた5年後、まったく情報のなかったワシントンのコーコラン・ギャ
ラリーで想定外のハドソンリバー派が姿を現してくれた。コールもチャーチも
ビーアスタットも揃っている。目の前の道にお宝が落ちているような感じだっ
た。ビーアスタットはむくむくと沸き立つ雲のなかに白い山が美しく映える
‘コーコラン山’に大変魅了された。

ここ1年、BSシネマでジョン・ウェインが主演する西部劇を楽しくみている。
でも、アメリカに住んだことがないので拳銃使いの達人が大勢の男たちをやっ
つけた‘西部’という舞台がどのあたりをさすのかいまいちピンとこない。そこで
物語にでてくるテキサス州やコロラド州の町がどこにあり、‘赤い河’のリオ・
グランデ川がどのあたりを流れているのかをネットで調べてだいたいの位置
関係をつかむようにしている。

西部劇とは直接むすびつかないヨセミテ渓谷があるところは今では頭にアバウ
ト入っている。今年の春訪問する予定だったがコロナ感染の影響でいったん
ゼロになった。メトロポリタンにある‘マーセド川、ヨセミテ渓谷’やボストン美
でみた‘ヨセミテ渓谷’に描かれた場所がいずれの日かに再挑戦するヨセミテ観光
に含まれていれば嬉しいのだが、果たして。

ハドソンリバー派は滝の光景を描くことが多い。ビーアスタットにも‘滝の景観’
がある。これは2016年、マドリードのティッセン・ボルネミッサ美に飾って
あった。ここは2度目の訪問だったのでハドソンリバー派のコレクションにも
目がとまった。また、ちょうど1年前の2015年、ボストン美でビーアスタッ
トは‘バッファローの移動’など3点と遭遇していたのでこの滝にも敏感に反応
した。

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2020.09.11

Anytime アート・パラダイス! ハドソンリバー派 チャーチ

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    ‘アンデスの山奥’(1859年 メトロポリタン美)

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    ‘コトパクシの眺め’(1857年 シカゴ美)

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    ‘ナイアガラ’(1857年 コーコラン・ギャラリー)

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    ‘湖水からの眺め’(1859年 コーコラン・ギャラリー)

美術館で絵をみるとき感動の形はいろいろある。描かれたモチーフの色彩に
くらくらするときもあれば構図の妙に感心させられることもある。また、
ピカソのキュビスムのように形の変容に唖然とさせられ、ダリのシュールな
夢世界のような題材に惹かれることもある。そして、感動の頻度は少ないが
もうひとつのサプライズが絵の大きさ。

メトロポリタンでハドソンリバー派をみたとき、度肝を抜かされたのは描か
れている壮大なアメリカの大自然に見合うように大画面に描かれていたこと。
チャーチ(1826~1900)の‘アンデスの山奥’は縦1.68m、
横3.02mの特大サイズ。これだけ大きくてもすぐ納得。都会の光景を描
くのとちがい、東部や西部にある大スケール感をともなう風景はミニ映画館
のなかにいるような気分でみるのがもっともふさわしいかもしれない。

コールをハドソンリバー派の第一世代とすると、チャーチは第二世代。その
惹きつけてやまないダイナミックでかつ細密描写の著しい風景画は大きな美
術館ならどこでも展示してある。シカゴ美には‘コトパクシの眺め’があり、
フィラデルフィア美、ボストン美でも気分を高揚させてくれる。これほどで
くわすとは思ってもいなかった。これまで出かけたのは主としてシカゴ、
東海岸のブランド美術館だったが、今後西海岸のLAやサンフランシスコに
ある美術館を訪問したら、また姿を現してくれそうな予感がする。

ワシントンではナショナル・ギャラリーにコールが多くあり、これは期待通
りだった。想定外の収穫はコーコラン・ギャラリー。ここにはハドソンリバ
ー派の専用展示室が設けられており、コール、チャーチ、ビーアスタットが
ずらずらっと並んでいた。もっとも魅了されたのがチャーチの‘ナイアガラ’
と頂に雪をかぶった雄大な山の姿に見惚れてしまう‘湖水からの眺め’。‘ナイ
アガラ’はあまり近づくと滝壺に落ちてしまいそうになるのでちょっと離れて
みた。まさに身震いするほどの驚異のリアリティ。

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2020.09.10

Anytime アート・パラダイス! ハドソンリバー派 コール

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     ‘雷雨のあとのコネチカット川’(1836年 メトロポリタン美)

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    ‘ナイアガラ滝の遠景’(1830年 シカゴ美)

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   ‘キャッツキル山地の眺め‐初秋’(1837年 メトロポリタン美)

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    ‘楽園追放’(1828年 ボストン美)

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    ‘生命の旅、子供’(1842年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー) 

メトロポリタン美へはじめ行ったのは30年前の1990年。その頃絵画に
対する感じ方は普通程度だったので美術本で知っているモネ、ルノワール、
ゴッホ、ゴーギャンの絵には強く反応したが、この美術館に自然を緻密に描
くハドソンリバー派の大きな絵が飾ってあることは知る由もなかった。
その中核の画家であるトマス・コール(1801~1848)、フレデリッ
ク・エドウィン・チャーチ(1826~1900)、アルバート・ビーアス
タット(1830~1902)の作品を実際にこの目でみたのはアメリカ
の美術館巡りを本格的にスタートさせた2008年のこと。

これ以降、アメリカへ行くたびに彼らの大画面に驚くほど細かく描かれた
風景画に遭遇し、深くのめりこむようになった。ヨーロッパの美術館でハド
ソンリバー派にお目にかかることはまずない。唯一展示してあったのがマド
リードのテイッセン・ボルネミッサ美。ここはホッパーをもっており、アメ
リカ絵画の蒐集に熱心なのでハドソンリバー派もゲットしている。ハドソン
リバー派と縁ができたのは情報がまったくなかったところからアメリカの美
術館へ飛び込んだことの成果といっていい。ミューズに感謝!

METにあるコールで息を呑むほど目を奪われるのは‘雷雨のあとのコネチカッ
ト川’と‘キャッツキル山地の眺めー初秋’、そしてシカゴにある‘ナイアガラ滝
の遠景’にもすごく惹きこまれる。どの絵もアメリカの雄大な自然を実体験し
てないのにBS番組でよく流れてくるドローンを使った大自然紀行の映像をみ
ているような感覚。

自然にできる秩序には神が宿っており、その存在が山々や草木の細部までリ
アルに表現させているのではないかと思わせるコールの風景画はまさに神業
的な創作かもしれない。また、こういう自然を背景にしてコールは宗教画や
ロマンチックな物語画にも挑戦している。それがボストン美にある‘楽園追放’
とワシントン・ナショナル・ギャラリーの連作‘生命の旅、子供’。ミケランジ
ェロがシスティナ天井画に描いた‘原罪、天国のアダムとイヴ’と比べるとコー
ルの漆黒の絵の方が追放される2人の苦しみが切々と伝わってくる。

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2020.09.09

Anytime アート・パラダイス! ワイエス 身近な田舎風景

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       ‘霧のオルソンハウス’(1967年)

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       ‘ペンテコースト’(1989年)

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       ‘テールス アイランド’(1954年)

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    ‘粉挽き小屋’(1962年 フィラデルフィア美)

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       ‘三日月’(1987年)

今はコロナ禍のため海外旅行は先延ばしせざるをえないが、普通の生活が取
り戻せたらまた出かけようと思ってる。大雑把な計画としては東海岸にある
美術館めぐりはひとつのオプション。これまで訪問した美術館はツアーの
行程に入っているNY、ボストン、フィラデルフィアだったので、今後の目標
はボルチモア美とかイエール大美など美術本にときどきでてくる美術館。
長距離バスに乗っていろいろ動くとこれまでとはちがったアメリカの景色に
遭遇するかもしれない。

ワイエス(1917~2009)が生まれたペンシルベニア州チェッズフォー
ドはフィラデルフィアから遠くないところにあるらしい。アメリカの内陸部
はケンタッキー州しか行ったことがないのでどんなところかイメージできな
いが、田舎であることは間違いない。ワイエスは都市文明に背を向け生涯
田舎の生活に没頭し、アメリカの農場や自然の風景を描き続けた。代表作
‘クリスティ―ナの世界’の舞台はボストンの先にあるメーン州の海辺の村クー
シング。クリスティーナが住んでいた家を描いた‘霧のオルソンハウス’はつい
ジーンとなってみてしまう。

昔から山歩きに縁がなく海派で生きているので‘ペンテコースト’や‘テールス 
アイランド’にでてくる漁師の使う網や舟にはすごく親しみを覚える。以前
ボストンで美味しいロブスターを食べたが、シーフードの食材は東海岸の海
でどっさりあがってくるのだろう。今年の春はサンフランシスコで海老や
カニにありつける予定だったが、コロナ感染の影響でダメになった。残念!

‘粉挽き小屋’と‘三日月’は2008年Bunkamuraで開催されたワイエス展でお
目にかかった。ところが、‘粉挽き小屋’を所蔵するフィラデルフィア美は2度
訪問したが、どういうわけかこの絵は姿をみせなかった。このあたりの展示
方針がよくわからない。小屋のまわりに立つ細い木々や金網にひっかかる
枯草の精密すぎる写実描写にぐっと惹きこまれる。‘三日月’は構図のとり方が
じつに上手い。軒下に氷の柱がぶら下がり、それと垂直方向に4つの蔓籠
が釣り下がられている。ここばかりに目をむけているとタイトルの三日月を
見落とす。画面の中央に描かれている。

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2020.09.08

Anytime アート・パラダイス! ワイエスのレアリスム

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    ‘クリスティ―ナの世界’(1948年 MoMA)

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     ‘シードッグ’(1971年 北カロライナ美)

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     ‘ハンター’(1943年 トレード美)

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     ‘競売’(1943年 フィラデルフィア美)

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     ‘アルバートの息子’(1957年 オスロ国立美)

海外の美術館をめぐっているとまったく想定外の展覧会に出くわすことがあ
る。このたまたまがビッグな画家の回顧展だともう天にも昇るような気持ち。
2008年のホッパー展(シカゴ美)がそうだし、2016年のワイエス展
(マドリード テイッセン・ボルネミッサ美)も嬉しくてたまらなかった。

名の知れた画家に関連する書物、例えばTASCHEN本とか日本の出版社が市販
している画集(高価な専門美術本ではないもの)はかなり揃っているが、
アンドリュー・ワイエス(1917~2009)については1冊もない。
そのため、アメリカの国民的画家なのにその画業全体がつかめずにいた。それ
がマドリードで遭遇した回顧展のおかげで半分くらいのところまできた。立派
な図録はホッパー展のもの同様わが家の家宝である。

NYのMoMAで‘クリスティ―ナの世界’に出会ったことでワイエスという画家を
知った。目が点になったのは体を地面に横たえた少女のまわるにはえている
草々の超精密が描写。なぜこの少女はこんな格好でいるかということより、絵
の完成には点描と同じくらいの高い技術を必要とし長い時間がかかっただろう、
と制作のことばかりに気が回っていた。男性の肖像画‘シードッグ’の金色の
髭にも参ったという感じ。

1943年に描かれた‘ハンター’と‘競売’でも草一本々の描き方には相変わらず
の高い写実性がみられる。さらに意表を突かれるのが‘ハンター’の俯瞰の視点。
枝を沢山出した大木の下にハンターがうろついている。競売にかけられた農場
に大勢の人たちが集まっている場面を絵にするというルポライター的な感覚も
社会的レアリスムに関心の高かったワイエスの真骨頂がでている。

‘アルバートの息子’は2018年北欧を旅したとき、オスロ国立美でお目にか
かった。ここでワイエスがみれるとは。ヨーロッパの美術館でワイエスをみた
のははじめてのこと。大収穫だった。

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2020.09.07

Anytime アート・パラダイス! ホーマー 多岐にわたる画題

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     ‘夕食の角笛’(1870年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

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     ‘新農地’(1865年 メトロポリタン美)

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    ‘4人の漁師妻たち’(1881年)

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      ‘救助にむかう’(1886年 フィリップス・コレクション)

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     ‘クローケー’(1866年 シカゴ美)

ホーマー(1836~1910)との縁が一気に深まったのは2008年
シカゴ美で水彩画をたくさん集めた特別展に遭遇したとき。隣の展示室では
大ホッパー展をやっており、大忙しだった。ここで手に入れた図録にはメイ
ンの水彩だけでなく油彩も多数載っているので我が家のお宝図録になってい
る。そのあと、ホーマーがアメリカでは高い人気を誇る画家であることが
だんだんわかってきた。足を運んだブランド美術館ではいつも油彩が1,2
点姿を現してくれ目を楽しませてくれるのである。

画家には画題を絞って描くタイプと多岐にわたる画題でその才能を発揮する
タイプがあるが、ホーマーは後者。これがホーマーの魅力。緊迫感のある
画風で高く評価された海洋画は50歳ころから取り組んだテーマでそれ以前
はいろんな絵を描いている。ワシントン・ナショナル・ギャラリーへ出かけた
とき、‘夕食の角笛’に思わず足がとまった。左手を腰にあて右手で夕食を知ら
せるために角笛を吹く少女の姿に見惚れてしまった。白いスカートが風で揺
れているところにいい。こうした動きのある人物描写には注意が集中する。

人物に動きがあるのがホーマーの特徴。新しい農地での仕事が忙しい農夫、
海岸沿いを子供を背負ったり籠を脇にかかえて進む漁師の妻たち。よくみ
ると4人とも後ろ足のかかとが地面からあがっている。そのため、右方向へ
すたすた進む感じがよくでている。‘救助へむかう’はワシントンにあるフィリ
ップス・コレクションでお目にかかった。傾斜のきつい坂を登る3人が背後
からとらとらえられている。事の重大さが最後尾の男性の前傾姿勢でわかる。

‘クローケー’は懐かしい遊び。小さい頃日本でもこれで遊んでいた大人をよく
みかけた。場所は絵のように芝生の上ではなく公園。この遊びは木槌で木製
ボール(日本では鉄の球)を打って鉄の門を通し、相手のボールを追いのけ
ながらゴールのボールにあてるもの。こういう遊びが絵になるというのがお
もしろい。

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2020.09.06

Anytime アート・パラダイス! ホーマーの絶品海洋画

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      ‘見張り’(1896年 ボストン美)

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     ‘夏の夜’(1890年 オルセー美)

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    ‘右に左に’(1909年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

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     ‘ライフライン’(1884年 フィラデルフィア美)

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    ‘メキシコ湾流’(1899年 メトロポリタン美)

ボストン生まれのホーマー(1836~1910)はカサット同様、アメリ
カの美術館をまわったお蔭でその魅力が発見できた画家。この画家の作品は
ヨーロッパの美術館ではほとんどみる機会がない。アメリカへ行く前、知っ
ていたのはオルセーで足がとまった‘夏の夜’だけ。そして、日本であった
ジャポニスム展(西洋美 1988年)でみたことになっている絵がワシン
トン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する‘右に左に’。この2枚だと気になる
画家ではあっても情報が少なすぎて、関心の度合いは変化がないまま時が
流れていく。

作品の数がだんだん増えていったのは2008年からはじまった3回のアメ
リカ旅行。大きな美術館を訪問するたびにホーマーに遭遇した。とくに多く
あるのが故郷のボストン美。待望の‘見張り’と対面できたのは2015年。
はじめての訪問ではホーマーは知る由もなかったが、図録に載った絵をみて
次は見逃さないようにと思った。

そのリカバリーのチャンスがめぐってきた2008年のとき気合十分だった
が、なんと展示室が修復工事で閉鎖中。よくあることとはいえ縁の弱さが悔
やまれた。思いの丈を叶えるのにさらに7年かかった。船の見張り役が大声
を出している姿がアップでとらえられている。この緊迫感にみちた表現が
見事。息を呑んでみていた。予想と違っていたのが絵のサイズ、あまり大き
な絵でなかった。

追っかけ画があと2枚あった。はらはらドキドキの絵‘ライフライン’と北斎
漫画を下敷きにして荒波をゆらゆら飛ぶ鳥を描いた‘右に左に’。どちらも
2013年にフィラデルフィアとワシントンで運よく見ることができた。
救難隊員が難破船から女性を救い出す場面を描くというのは絵画がまさに
ドキュメンタリーフィルムの役割を果たしていることを意味している。

水の動きを描くというのは大変難しい。下手な絵描きには大波がうねる海
の絵はとても無理。‘メキシコ湾流’はホーマーにしか描けない。右から竜巻
が迫り、マストの折れた舟のまわりにはサメがうようよいる。‘黒人青年が、
あまりにかわいそう’と抗議した婦人にホーマーは‘彼は救われるのです。
ご心配なく’と答えたという。

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2020.09.05

Anytime アート・パラダイス! ホッパー ロンリーウーマン

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    ‘ニューヨークの映画館’(1939年 MoMA)

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    ‘午前11時’(1926年 ハーシュホーン美)

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  ‘ホテルの部屋’(1931年 テイッセン・ボルネミッサ美)

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     ‘ブルックリンの部屋’(1932年 ボストン美)

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    ‘西部のモーテル’(1957年 イェール大美)

ニューヨークではじめてMoMAへ行ったときホッパー(1882~1967)
は‘ガソリンスタンド’の印象が強くてもう一つの‘ニューヨークの映画館’はよく
覚えてない。映画館という設定のため画面全体が暗く‘見れど見ず‘’の状態だっ
たのだろう。はっきり認識したのは2度目以降のこと。通路の光に照らし出さ
れている若い金髪の女性は案内係。視線を下に落とし物思いに沈んでいる
様子。マネの‘フォリー=ベルジェールの酒場’に描かれているバーの女給の
イメージと重なる。

ホッパーは旅好きだからホテルの部屋がよくでてくる。その室内情景が女性
の淋しさで染まっているのがワシントンのハーシュホーン美が所蔵する‘午前
11時’とマドリードにあるテイッセン・ボルネミッサ美の自慢のコレクション
である‘ホテルの部屋’。二人の顔ははっきり見えないが、なにか満たされない
ことがあり刹那的な心持ちになっている感じ。こういうときは遠くからみて
いるほかない。‘午前11時’の裸婦のモデルをつとめているのはホッパーの妻。

‘ブルックリンの部屋’も初回のボストン美ではかすりもしなかった。ミレー、
モネ、ゴッホ、ゴーギャンらに夢中で鑑賞のエネルギーはホッパーまで残っ
ていなかった。ミュージアムショップで購入した図録に載っているのをみて
次回は要必見のマークをつけた。この椅子に座っいる女性も顔をみせない。
大きな窓のむこうに外の建物のてっぺんが描かれ部屋には夕陽がさしこんで
いる。部屋と周囲を含めた解放的な空間で描かれる女性には一人感人がすご
くでている。孤独感のほかに感じようがない。

‘西部のモーテル’でこちらを向いている女性はだいぶ張りつめている様子。
大きな旅行バッグが二つあるのは一人で長旅をしているためなのか。
アメリカに住んだことがないので西部のイメージがつかめない。モーテルの
窓がやけに大きいが、実際こういう構造になっている?

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2020.09.04

Anytime アート・パラダイス! 映画監督ホッパー

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    ‘ホテルのロビー’(1943年 インディアナポリス美)

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      ‘夜の話し合い’(1949年)

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    ‘夜のオフィス’(1940年 ウォーカー・アート・センター)

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   ‘NYの室内’(1932年 シェルドン・メモリアル・アート・ギャラリー)

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      ‘夏の夕暮’(1947年)

ここ1年くらい‘BSプレミアム シネマ’で放送される名画をよくみている。
先月は‘アラビアのロレンス’が登場したのでTVに内蔵されているビデオに
しっかり収録した。今はTVガイドによってかつてみたお気に入りの映画が
ラインナップされるかを確認するのが楽しみになっている。
今月はBSプレミアムではないが、BSテレ東で9/30(後6:55~)に
‘大脱走’(主演スティーブ・マックィーン)が放送される。待ってました!

映画が小さい頃から好きでアメリカ映画を数多くみてきた。映画狂とまで
はいかないので優れた監督の名前がぱっぱっとはでてこないが、メジャー
な人ならだいたい知っている。映画は監督の腕といいシナリオに恵まれる
とヒットする。画家でも風俗画風の作品が得意な人は映画監督の才能を兼
ね備えているかもしれない。

ホッパー(1882~1967)の絵をみると、まるで映画のワンシーン
のような場面がいくつもでてくる。代表作の‘夜ふかしをする人たち’もそう
だし、ここに紹介する5点もMy名画ビデオを再生させて停止ボタンを押
すとよく似た構図になるものが何カットもある。

‘ホテルのロビー’は見慣れた光景、来年から海外旅行を再開させたいがまだ
無理かな? ‘夜の話し合い’は同じく3人が描かれているが、こちらはホッ
パーには珍しく会話の場面。この3人は三角関係。だいぶこじれているよう
で険悪な雰囲気になっている。

‘夜のオフィス’はやり手ビジネスマンがまだ仕事をしている。隣の秘書も
ビジネスライクに割り切ってつきあっている。特別手当の請求は抜かりな
いだろう。‘NYの室内’は二人の男女に会話はなく男性は新聞を読み、女性は
ピアノの鍵盤をつまらなさそうにたたいている。こんな冷えた関係になっ
たのは何が原因なのだろうか。

‘夏の夕暮’は若いカップルの逢引きのシーン。電灯の光に照らされて浮かび
上がる二人の密着度が感情の高まりを暗示している。

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2020.09.03

Anytime アート・パラダイス! ホッパーの飲食する人たち

Img_20200903222601       ‘自動販売機’(1927年)

Img_0002_20200903222601       ‘チョップ・スーイ’(1929年)

Img_0003_20200903222701       ‘ニューヨークのレストラン’(1922年)

Img_0001_20200903222701     ‘夫人のためのテーブル’(1930年 メトロポリタン美)

今年はコロナウイルスの感染の影響で海外旅行がパーになり、楽しみにして
いたホテルのランチバイキングめぐりもサービスそのものがなくなった。
そのため、外で食事をする機会がぐんと減っている。これに友人との飲み会
の自粛、同窓会や各種OB会の開催中止がつけくわわる。3ヶ月後、忘年会が
できるだろうか。

ものを食べたり飲んだりする場面を描いた絵画でより親しみを覚えるのは
印象派以降のもの。3人の画家がすぐ思い浮かぶ。フランス人のマネ
(1832~1883)、ドガ(1834~1917)とアメリカ人のホッ
パー(1882~1967)。シカゴ美でホッパー展に遭遇したのは生涯の
喜びだが、大きな収穫だったのが様々な物語が立ち上がってくる飲食の場面
を描いた作品。全部で5点でていた。

メトロポリタンにある‘夫人のためのテーブル’は腰をまげていそいそとテー
ブルの準備をする女給仕の姿が目に焼きつく。マネの‘ビアホールのウエイ
トレス’がすぐ頭をよぎった。レストランのなかの雰囲気が絶妙な構図によっ
てうまく表現されている。‘ニューヨークのレストラン’は人気のお店なのか
大勢の客で賑わっており中央の二人ずれの横ではウエイトレスが皿のかた
ずけをし、後ろ姿の女性の横を男性が立ち去っていく。

ドガとホッパーの描く風俗画風の作品はどこか似ている。‘自動販売機’の中央
で物静かにコーヒーを飲んでいる女性はドガの傑作‘アプサント’をみている感じ
がする。ホッパーはパリに住んでいたからドガのこの絵を意識したにちがい
ない。モデルは2年後‘チョップ・スーイ’にも登場する。今度は友人の女性
と一緒。二人は‘NYのレストラン’と同じく正面向きと後ろ姿で描かれている。
会話が弾んでいる気配はなさそう。

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2020.09.02

Anytime アート・パラダイス! ホッパー 灯台と海

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        ‘灯台のある丘’(1927年 ダラス美)

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    ‘トゥ―ライツの灯台’(1929年 メトロポリタン美)

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      ‘大波’(1939年 コーコラン・ギャラリー)

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    ‘ウェルフリートのマーサ・マッキーン号’(1944年 テイッセン・ボルネミッサ美)

町はずれのガソリンスタンドでもまわりの店の明りが消えた都市のカフェで
も、時計の針が夜の深まり指す頃になると否が応でも静けさが増し、切なさ、
淋しさがつのってくる。ホッパー(1882~1967)が‘夜ふかしを
する人々’を描いたのは1942年。ちょうど60歳のとき。

この孤独や憂愁が目いっぱい漂う絵とはイメージががらっと変わる作品を
ホッパーはだいだい同じころに描いている。それが海洋画。2008年のシ
カゴ美であった回顧展でみた‘大波’と2016年マドリードにあるティッセ
ン・ボルネミッサ美でもお目にかかった砂洲にいるカモメの群れが印象深い
‘ウェルフリートのマーサ・マッキーン号’。

ヨットで遊ぶ趣味がないので、こういうセーリングの醍醐味を味わったことが
ない。でも、白い雲がたなびく青い空のもと強い光を浴びてヨットをすいすい
と進めていけば爽快な気分になることは容易に想像できる。この大海原には
孤独感のかけらもない。あるのはサングラスが必要になるほどの眩しい光。

ホッパーが40歳のころから連作として描いた灯台も海と関連のあるモチーフ。
回顧展には7点も展示してあった。そのうち、画集によく登場するのが‘灯台
のある丘’と‘トゥ―ライツの灯台’。これは大西洋を望むメーン州エリザベス岬
に建っている灯台で視点を変えて描かれている。画面全体は明るいが、光が
つくる影の描写が人気のない場所で航海する船の安全見守る灯台の孤独さを感
じさせる。

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2020.09.01

Anytime アート・パラダイス! ホッパーの静けさ

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      ‘夜ふかしをする人たち’(1942年 シカゴ美)

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      ‘ガソリンスタンド’(1940年 MoMA)

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      ‘ドラッグ・ストア’(1927年 ボストン美)

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      ‘ホテルの窓’(1956年)

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      ‘踏切’(1922~23年 ホイットニー美)

近現代アートの世界では名の知れたアメリカ人画家が数多くいるが、残念な
ことに日本で回顧展に遭遇する機会は極めて少ない。例えば、お気入りの
リキテンスタインの回顧展の実現の可能性は5%くらい。これに比べる
と具象画の世界では横浜美でホイッスラー展(2014年)、カサット展
(2016年)が開催された。ともに嬉しい展覧会だった。

アメリカの画家を知るようになってから、いつか作品をまとまった形で見た
いと願っていたのはサージェントとホッパー(1882~1967)。
サージェントはまだ機が熟さないが、ホッパーについては2008年シカゴ
美を訪れたとき予想外の幸運に恵まれた。なんとここでホッパー展が開かれ
ていた。もちろん、必見リストの上位に‘夜ふかしをする人たち’を載せていた
が、ほかの美術館が所蔵する作品がドドーンと集結していたのである。テン
ションが一気に上がり、興奮状態でみてまわった。

アメリカの美術館で最初に見たホッパーの絵はニューヨーク近代美(MoMA)
にある‘ガソリンスタンド’。古いアメリカ映画をみるとこういうシーンが出て
くるが、ホッパーが表現した光景はとても静か。あのアメリカ人の陽気さは
どこへいったの、という感じ。フランスの点描画家、スーラが描いた絵
‘グランド・ジャット島の日曜日の午後’は大勢の人たちがいるのに音が聞こえ
てこない。この静謐はどこか心地いい。

同じ静けさでもホッパーには孤独が重なっている。人数が少ないから沈黙が
深くなる。そして、街角の‘ドラッグ・ストア’には人の気配がない。NYの街
を夜歩いたことがあるので、この雰囲気はよくわかる。この2点でホッパー
の画風が少し感じ取れたが、まだ入り口にすぎない。18年後に待望の‘夜ふ
かしをする人たち’に遭遇するが、‘ドラッグ・ストア’以上に都会の影や孤独感
に押しつぶされそうな空気が流れていた。

‘ホテルの窓’は思わず足がとまった作品。窓はホッパーの重要なモチーフ。
ほかにも裸婦が椅子に腰掛けて窓ごしに外を眺めている場面とか朝シャワー
を浴びたあとタオルを手にした立ち姿のシーンもある。静けさの表現はクルマ
や人がいない‘踏切’でもじわーっと感じられる。アメリカでは列車のイメージ
があまりにうすいため、この踏切で一日に列車と出会う回数が想像できない。
3時間に一回くらい?

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