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2020.08.31

Anytime アート・パラダイス! お気に入りカサット

Img_0001_20200831221601          ‘桟敷席にて’(1878年 ボストン美)

Img_0002_20200831221701       ‘5時のお茶’(1879年 ボストン美)

Img_0003_20200831221701       ‘舟遊び’(1893年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

Img_20200831221701   ‘青いひじ掛け椅子の少女’(1878年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

Img_0004_20200831221801     ‘果実をとろうとする子ども’(1893年 ヴァージニア美)

アメリカの美術館をまわってみてわかったことがある。それは印象派・
ポスト印象派をもっともっと楽しむためにはパリやロンドンにあるオルセ
ーやコートールドなどををみて、これで印象派はOKと納得していては楽し
みの半分をあじわっただけだということ。アメリカにはマネ、モネ、ルノ
ワール、ゴッホ、ゴーギャン、スーラといった印象派オールスターの名画
がまだまだたくさん残っており、ここでも感動袋は大きく膨らむ。

そして、もうひとつの収穫がカイユボットとメアリー・カサット(1844
~1926)に開眼したこと。シカゴ美やボストン美などでこの二人に遭遇
しなかったら、かれらに対する評価は以前のままで準・ビッグネームという
位置づけだっただろう。ところが、作品をたくさんみてガラッと変わった。
偉大な画家だった!

カサットの絵をアメリカではじめてお目にかかったのはボストン美に展示し
てあった‘5時のお茶’。これが27年前の1993年。まだカサットをみる目
は軽く、さらっとみるだけ。これがだんだん高評価に変わっていくきっかけ
となったのが2008年のアメリカ初の美術館巡り。このあと2回有名な美
術館をまわるたびによくカサットに出くわし、愛らしい母子像や風俗画的な
女性肖像画が目を楽しませてくれた。

そのうえ日本の美術館でもカサット関連の展覧会がふたつあった。ワシント
ン・ナショナル・ギャラリー名画展(2011年 国立新美)とカサット展
(2016年 横浜美)。国立新美には青が印象的な‘青いひじ掛け椅子の少
女’など3点の子どもの絵が登場した。いずれもほっとする癒しの絵画。
2013年にワシントンに行ったとき‘舟遊び’の浮世絵を思い出させる大胆な
構図に息を呑んだ。長いことこの絵が気になっていたが、ようやく思いの丈
が叶った。

そして、横浜美の回顧展でカサットへの思いれが頂点に達した。‘桟敷席にて’
は印象派の画集に必ず載っているカサットの代表作。日本でボストン美名画
展は何度も開催されるのに、この絵は姿をみせてくれなかった。願いが実現
したのは2015年3度目のボストン美訪問。そしたら、1年後、横浜でま
たオペラグラスでみている美しい女性と再会した。さらに、母子像でもっと
も魅了された‘果実をとろうとする子ども’にも出会った。カサットに乾杯!

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2020.08.30

ベートーヴェンの第九!

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    第九を指揮するレナード・バーンスタイン

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      ウィーンフィルと合唱団

2週間の前の日曜日、Eテレで願ってもないクラシック音楽の番組があった。
題して名指揮者による感動の演奏!登場したのはカラヤン、バーンスタイン、
ベーム、クライバー。このうちビデオ収録したのはバーンスタイン指揮に
よるベートーヴェンの第九の第四楽章とクライバーのブラームスの交響曲
2番(全楽章)。演奏はともにウィーンフィル。第九は1979年9月に行わ
れた公演だが、最新技術を使ってリメイクしているので予想以上の画質と音
に再生されていた。

ベートーヴェンの第九は全部で90分くらいかかる長い交響曲だが、1楽章
から3楽章まではあんまりグッとこないというのが正直なところ。だが、
4楽章の‘歓喜の歌’に入ると俄然盛り上がってくる。こういう心を揺すぶる
メロデイーがずっと続くとだれが指揮しても感動するような気がするが、腕
のいい指揮者なら1.5倍増しになることは間違いない。バーンスタイン
(1918~1990)の指揮ぶりはYouTubeをみて感心していたが、TVの
大きな画面でみるとさらに高揚する。

勤めていた会社の先輩と仲間に合唱をやっているのが2人いる。趣味で合唱を
やっている人は年末に第九を歌うのが一番の楽しみなのだろう。有名な歌手
の張りのある声や超一流のウイーン合唱団のあの響きわたる歌声を聴くと目
いっぱい歌っていることがまさに‘歓喜‘であることがわかる。

今年の年末は全国の市民ホールなどで恒例の第九は行われるのだろうか、
コロナの感染のことを考えるとこれまでのような大勢での合唱は叶わないのか。
となると半分の人数で歌うことになる。でも、歓喜の歌は歌いたい。これで
納得するしかないのか。件の2人は歌うグループに入れる?

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2020.08.29

美術館に乾杯! 川崎市岡本太郎美術館

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Img_0001_20200829220101         ‘夜’(1947年)

Img_0003_20200829220101         ‘森の掟’(1950年)

Img_0002_20200829220101        ‘母の塔’(1971年)

Img_0005_20200829220101        ‘樹人’(1971年)

Img_0004_20200829220201        ‘駄々っ子’(1969年)

川崎市岡本太郎美へはじめて出かけたのは岡本太郎と北大路魯山人の2人展
が開催されたとき。記憶が薄れてきたが12年くらい前だったような気がす
る。そのあともう一度行った。美術館があるのは多摩区の生田緑地。小田急
線‘向ケ丘遊園’駅で下車して、そこから歩いたかバスに乗ったか、もう忘れ
ている。

館内には岡本太郎(1911~1996)が無尽蔵に湧き出るエネルギーと
斬新なアイデアによって創作した絵画やオブジェがたくさん飾られている。
中の雰囲気は博覧会のなかにあるテーマ館へ入ったような感覚。気を引く
オブジェがここにもあそこにもあるので飽きることなく楽しめる。

岡本太郎への関心はじつは絵画ではなく大阪万博に登場したあの‘太陽の塔’
に代表されるオブジェ。絵画についてはシュールっぽい‘痛ましき腕’よりず
っとグッとくるのが‘夜’。髑髏や足の指がみえる大樹のお化けと対峙する
少女に視線が集中する。よくみると後ろに回した手にはナイフを持っている。
カラヴァッジョの‘ユディトとホロフェルネス’をみているときのように緊張
する。

‘森の掟’のサプライズはサメを連想させる赤の怪物になぜかチャックがつい
ていること。森に侵入し、開けたチャックにどんどん森の住人をほおりこむ
魂胆か、緊急事態に森は大混乱、右で目をつりあげている白顔が印象的。

野外にあるオブジェでは大きな‘母の塔’(高さ30m)が圧倒的な存在感を
放っている。万博(1970年)直後に構想され、岡本太郎が亡くなったあ
と美術館の開館(1999年)にあわせて完成された。館内のあるものでは
‘樹人’とおもしろい椅子‘駄々っ子’がお気に入り。

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2020.08.28

美術館に乾杯! 横浜美術館 その六

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    イサム・ノグチの‘真夜中の太陽’(1970~89年)

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    藤田喬平の‘飾筥 紅白梅’(1993年)

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    ナイクサタムの‘高地の早春’(1993年)

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    ラムの‘アダムとイブ’(1969年)

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    奈良美智の‘ひよこ大使’(1993年)

横浜美に足を運んでもっとも目に焼きつけられる作品はいつも展示されてい
るイサム・ノグチ(1904~1988)の‘真夜中の太陽’かもしれない。
これは御影石を使ったオブジェ。原油探索のため海底に打ち込むポールの
一部をぐるっと丸めて輪にしたような感じだが、これから連想するのは海蛇。
かなりひねったタイトルは忘れてこのイメージでいつも眺めている。

ガラス作家の藤田喬平(1921~2004)の華麗な飾筥に魅了され続け
ている。ガラスで琳派の装飾美を表現するとこういうものができあがる。
でも、ガラスと琳派をくっつけるというのは誰もが思いつくことではない。
‘紅白梅’と名づけられたものは東近美や京近美にもありこれまで6点お目に
かかった。琳派狂いだから心がワクワクする。

インド出身で日本に住んでいるのテキスタイルデザイナー、ナイクサタム
(1929~)のゴブラン織りのタピストリーに遭遇したのは大きな収穫だ
った。全部で5点あり、使われている美しい模様に思わず唸った。すぐ頭を
よぎったのはカンディンスキーの抽象画。この色彩と躍動する柔らかいフォ
ルムをカンディンスキーがみたら裸足で逃げるにちがいない。

ラム(1902~1982)の‘アダムとイブ’と奈良美智(1959~)は
ともに一見すると子どものお絵かきのよう。奈良ともはもう60歳になった。
2006年出身地の弘前で開催された‘AtoZ’をみるためクルマを走らせた。
また、大回顧展があれば喜び勇んででかけるのだが、果たして。

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2020.08.27

美術館に乾杯! 横浜美術館 その五

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  ダリの‘幻想的風景 英雄的昼(右) 暁(左)’(1942年)

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        ミロの‘花と蝶’(1923年)

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     エルンストの‘少女が見た湖の夢’(1940年)

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       マグリットの‘王様の美術館’(1966年)

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       デルヴォーの‘階段’(1948年)

横浜美が所蔵する西洋絵画でびっくりするほど充実しているのがシュルレア
リスム絵画。国内の美術館でシュールな絵で観客にアピールしている美術館
はほかにもあるが、ビッグネームがずらっと並ぶのはここだけ。だから、
平常展示のコーナーがとても楽しい。

ダリ(1904~1989)は絵画が2点とオブジェが2点ある。とくに見
ごたえがあるのが3点で構成される大作の‘幻想的風景’、右から‘夕暮、
‘英雄的昼’、‘暁’。これほど大きなダリがあるのだから日本は美術大国。ダリ
をたくさんもっている諸橋近美にある‘テトゥアンの大会戦’同様、2016年
に開催されたダリ展(国立新美)に出品され多くのダリファンの目を釘付け
にした。

ミロ(1893~1983)の‘花と蝶’はヨーロッパの画家が描くモチーフと
しては極めて異例。これは日本の花鳥画の世界である。花札には‘猪鹿蝶’とい
うのがあるし、中国美人の放つ香りに誘われて蝶が舞う絵もある。西洋画を
いろいろみたが蝶々がでてくる絵はほかに思いつかない。シュール仕立てで
日本の花鳥の心が装うところがミロの真骨頂。

シュルレアリストに対する好みの序列では第2列に位置づけているエルンスト
(1891~1976)。‘少女が見た湖の夢’は沼や川に棲みつくヘドロお化け
をイメージする。濁った水面をゆらゆら動くのを長くみていると気持ちが悪く
なる。

ベルギーが生んだ偉大な芸術家マグリット(1898~1967)とデルヴ
ォー(1897~1994)を一緒にみられるのだからたまらない。マグリッ
トのトレードマークになっている山高帽を被った男性がパントマイムを演じる
役者が着るような衣裳で真ん中にすっと立っている。意表を突かれるのはその
人体に描かれた山中のお城。このアイデアはなかなかでてこない。

‘階段’は開放的な建物と床板に映る階段やマネキンの影がどこかデ・キリコの
作品を連想させる。日本の美術館にあるデルヴォーをみたのはここと福岡市美、
姫路市美、愛知県美、埼玉県近美。

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2020.08.26

美術館に乾杯! 横浜美術館 その四

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     東山魁夷の‘樹’(1984年)

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        小倉遊亀の‘良夜’(1957年)

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  高橋由一の‘愛宕山より品川沖を望む’(1877年)

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     岸田劉生の‘椿君之肖像’(1915年)

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     岡鹿之助の‘橋’(1948年)

画家の回顧展を見終わるとミュージアムショップで図録を購入するのがお決
まりのルーティン。図録の最初にある論考はほとんど読まず、必要に応じて
みているのが最後の頁にでてくる略年譜。これにより画家がいつ生まれて
いつ亡くなったかがわかるのでメモし画家の名前のあとの( )にそれを書
きこんでいる。また、ここの情報から生まれた場所や、創作活動の主要拠点
なども少しずつインプットされていく。

東山魁夷(1908~1999)は横浜の生まれ。だが、3歳のとき父親の
仕事の関係で神戸に転居しており、そのあとまた横浜に住むこともなかった。
魁夷が45歳のとき居を構えたのは千葉県の市川市。青のグラデーションが
印象的な‘樹’は横浜と縁があったことから魁夷より美術館に寄贈された。

105歳まで生きた小倉遊亀(1895~2000)は日本画家ということ
になっているが、その人物描写にはマティスの影響が強くでている。‘良夜’は
マティスの素描の肖像画をみているよう。マティスが200%好きだったに
ちがいない。

洋画家の父的な存在である高橋由一(1828~1978)の‘愛宕山より
品川沖を望む’は手前右にどんと描かれた木の太い幹が視線を独占する。これ
は広重の東都名所絵を連想させるし、ドラクロアやデ・キリコの画風にも重
なる。こうしてみると日本画だ洋画だ西洋画だ、というように枠にはめてみ
ないほうがいいのかもしれない。

この美術館のコレクションがスゴイのはいろんな画家の作品を集めていると
ころ。岸田劉生の‘椿君之肖像’、岡鹿之助(1898~1978)の‘橋’まで
そろえている。どこの美術館も欲しがる作品を集めてくる情熱はブランド
美術館の証。

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2020.08.25

美術館に乾杯! 横浜美術館 その三

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          安田靫彦の‘窓’(1951年)

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     中村岳陵の‘砂浜’(1937年)

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     速水御舟の‘水仙図’(1924年)

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     工藤甲人の‘地の手と目’(20世紀)

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     近藤弘明の‘寂夜’(1966年)

どの社会でもそこに属する人たちはいろんな基準でグルーピングされる。
日本画家も同じで活躍した時期、作風、表現する画題などによってまとめら
れる。大観や春草、観山のあと画壇の中核を担ったのが安田靫彦(1884
~1978)、小林古径(1883~1957)、前田青邨(1885~
1977)の3人。横浜美はこのビッグネームの作品をしっかり蒐集して
いる。

安田靫彦の描く花の絵は色彩が柔らかく花の優しさが心地よく感じられる。
‘窓’は壺や筆立ての置かれた板の木目が強調されているところがおもしろい。
ぱっとみると平板的なのだが、この木目の描写によって立体感がでている。

下田生まれの中村岳陵(1894~1935)は画風の幅が広く、びっくり
するほど上手い古典画もあれば琳派風の装飾美でみる人をあっと言わせる。
そして、都会の人々のモダンな生活を風俗画タッチで表現するのも得意。
風景画の‘砂浜’はそのままポスターに使えそうなスッキリした画面構成と色彩
の美しさにみとれてしまう。

安田の紫陽花にくらべるとかなり濃密で圧が強いのが速水御舟(1894~
1935)の‘水仙図’。虫メガネで拡大された花の細部がそのまま描かれて
いる感じ。とにかく御舟と小茂田青樹の細密描写は長く見ていると疲れてく
るほど強力。

青森出身の工藤甲人(1915~2011)の‘地の手と目’はシュルレアリ
スムに関心の高い人はすぐピントくるかもしれない。そう、この絵はマック
ス・エルンストの絵を彷彿とさせる。また、ドキッとさせられる靉光の‘目’が
思い浮かぶ。5年前、90歳で亡くなった近藤弘明(1924~2015)
は横浜美以外ではみたことがない画家。幻想的なイメージの強い‘寂夜’は御舟
や青樹の細密な表現と甲人のシュール感覚に加え近藤独特の神秘的な宗教的
世界が表現されている。

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2020.08.24

美術館に乾杯! 横浜美術館 その二

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          上村松園の‘楚蓮香之図’(1924年)

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     鏑木清方の‘遊女’(1918年)

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         伊東深水の‘髪’(1953年)

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     小林古径の‘竹取物語昇天図’(1917年)

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     森田曠平の‘渡来図’(1978年)

歴史の話にでてくる美人というと日本では小野小町、中国では楊貴妃。
もし絵画が趣味でなかったら情報はこれだけにとどまっただろうが、日本
画に首を突っ込んだおかげで中国にまだ美女がいることを知った。楚蓮香
は楊貴妃と同じ唐の玄宗の時代に登場する美人。あまりにいい香りを放つ
ので蝶がつきまとったという。上村松園(1875~1949)はこの
美人を数点描いており、そのひとつが横浜美にある。

鏑木清方(18781972)の‘遊女’はお気に入りの一枚。清方の絵は
何度もとりあげているのでお気づきと思うが、美人に2つのタイプがあ
る。目が細く顔が縦に長い女性とまるポチャ顔で目も大きい、例えて言う
とフィギュアスケートの真央ちゃんタイプ。大半は前者だが、2割くらい
は後者。‘遊女’はじっとみていると心がザワザワしてくる。

伊東深水(1898~1972)は1916年から彫師、摺師とコラボし
た新版画に挑戦し版元が没する1962年までに147点を制作した。
画面いっぱいに女性を描く特徴は新版画でも同じで一点々にぐっと惹きこ
まれる。構図が憎いほど上手い‘髪’に200%KOされている。

小林古径(1883~1957)が描いた竹取物語は3点ある。6つの
場面で構成されているのが京近美にあるもので、横浜美のものはかぐや姫
が昇天するところだけのワンカット。細部はすこし違うが全体の構図は
京近美とほぼ同じ。小さい頃から親しんだ竹取物語をこうやって歳をとっ
ても楽しめるのだからいい人生かもしれない。

森田曠平(1916~1994)は歴史画をたくさん描いた安田靫彦に
師事した。南蛮への想いが強くあり‘渡来図’を描くために渡来人の母国
ポルトガルにまで足を運んでいる。南蛮図を三面組にするアイデアがとて
もいい。

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2020.08.23

美術館に乾杯! 横浜美術館 その一

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    横山大観の‘霊峰不二’(1919年)

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          菱田春草の‘夏汀’(1902年)

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     下村観山の‘闍維’(1898年)

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          今村紫紅の‘潮見坂’(1915年)

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     小茂田青樹の‘ポンポンダリア’(1922年)

横浜美術館が実施する企画展は相性が良く、西洋絵画と日本画を上手く組
み合わせて来場者の関心を集めている。ここ十年のスパンでみると下村観山
展(2013年)、ホイッスラー展(2014年)、カサット展(2016
年)が二重丸に値するすばらしい内容だった。

特別展を見終わったあとはいつも導線のままに進み平常展示されているダリ
などの近現代絵画、明治以降の日本画、そしてイサム・ノグチの海蛇が円棒
をつくっているように思えるオブジェも楽しんでいる。ほかにも写真の展示
室があるが、写真は関心が薄いので入ったことがない。

横山大観(1868~1958)のお馴染みの富士を描いた‘霊峰不二’や菱田
春草(1874~1911)の‘夏汀’はもちろん美術館自慢のお宝だが、これ
以上にコレクションの価値が高いのが横浜にアトリエを構えていた下村観山
(1873~1930)の‘闍維(じゃい)’と六曲一双の屏風‘小倉山’
(1909年)。‘闍維’は亡くなった釈迦の火葬の場面が描かれている。涅槃
図は数多く描かれているが光を放つ金棺から白煙が立ちあがるところを表現し
たのはこれだけ。だから、息を呑んでみてしまう。

原三渓は下村観山を支援したが、今村紫紅(1880~1916)の才能も
高く評価していた。ここには三渓が所蔵していた紫紅が数点あり、その一枚が
‘潮見坂’。縦長の画面いっぱいに広がる南画風の明るい色合いが目に心地いい。
そして、小茂田青樹(1891~1933)の特徴である超リアルな描写と
最初に遭遇したのが‘ポンポンダリア’。この絵によりこの画家の存在を知った。

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2020.08.22

美術館に乾杯! 神奈川県立歴史博物館

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        ‘十六羅漢図’(南北朝時代・14世紀)

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       雪村の‘芙蓉に小禽’(16世紀)

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     狩野探幽の‘四季耕作図屏風’(17世紀)

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        喜多川歌麿の‘料理をする母娘’(1789~1801)

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     五性田義松の‘山の宿’(19世紀)

神奈川県立歴史博物館へのアクセスは比較的良く、JR桜木町駅から徒歩8
分くらいで到着する。ここではバラエティにとんだ企画展が行われており、
ときどきHPで展覧会スケジュールをみている。

これまで5回くらい出かけたが、東博級の充実した内容のため感心したのが
2007年に開館40周年を記念して行われた‘宋元仏画’展。目玉は京都の
清凉寺が所蔵する国宝の‘十六羅漢図’(北宋時代)。十六幅のうち六幅が
披露された。これは忘れられない鑑賞体験。この‘十六羅漢図’はほかにも全
部揃った歴博蔵など7つのお寺や美術館から集結したので一気に尊者に詳し
くなった。

他の美術館でみた所蔵品で記憶にとどまっているのは雪村の‘芙蓉に小禽’。
円の形をした画面のなかに芙蓉と小さな鳥をバランスよく並べる構図に思
わず足がとまる。狩野探幽(1602~1674)の‘四季耕作図屏風’は愛
すべき風俗画で農民たちが息を合わせておこなう農作業の様子が生き生き
と表現されている。

2度目の訪問のとき楽しんだのが歌川広重展。ここは浮世絵コレクション
が充実していることで知られており、広重のほかにも喜多川歌麿(1753
~1806)の‘料理をする母娘’にも惹きつけられる。5年前にあった
五性田義松(1855~1915)の回顧展も忘れられない。洋画家として
目が慣れているのは高橋由一くらいなものだから、五性田義松の絵がたくさ
ん並ぶと大変刺激される。くつろいだ雰囲気がただよう‘山の宿’を長くみて
いた。

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2020.08.21

美術館に乾杯! 三渓園

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Img_0001_20200821223101           横山大観の‘霊峰日月’(1915年)

Img_0006_20200821223101           下村観山の‘雪の朝帰り’(1911年)

Img_0003_20200821223101           今村紫紅の‘山村夕暮’(1913年)

Img_0004_20200821223101           速水御舟の‘寺の径’(1918年)

Img_0002_20200821223101           小茂田青樹の‘薊’(1914年)

横浜市民に親しまれている三渓園(本牧三之谷)にはじめて出かけたのは10
年以上前になるが、直接の目的は国指定の名勝となっている日本庭園を鑑賞す
るためではなくここにある記念館で‘下村観山展ー観山と三渓’(2006年)
が開催されたから。次にでかけたのは2009年の‘原三渓と美術ー蒐集家三渓
の旧蔵品’。そして、2013年にも待望の‘今村紫紅展’にめぐりあったので喜
び勇んで足を運んだ。

電車を利用するときはJR京浜東北線・根岸線の根岸駅で下車、そこからは
三渓園行きのバスに乗ると10分くらいで到着する。庭園に入って広い池に
そって進むと有名な三重塔がみえてくる。一瞬ここは京都?奈良?なの、と
錯覚する。横浜でこういう光景に遭遇するというのは本当に幸せなことである。

美術蒐集家、原三渓(1868~1939)の名前は以前から知っていたが、
そのコレクションの全貌は2009年の展覧会で明らかになった。へえー、あ
の美術館にある国宝はもとは三渓が所蔵していたのか!がいくつもあった。
例えば、奈良の大和文華館にある国宝 ‘寝覚物語絵巻’。三渓はまた古美術の
蒐集だけでなく日本画家の創作活動を支援したのでその作品が記念館にある。

画家の回顧展などによく出品されるビッグネームの作品で目にとまっているのは
月の輝きが印象的な横山大観(1868~1958)の‘霊峰日月’、下村観山
(1873~1930)の‘雪の朝帰り’は雪で折れ曲がった笹に群がる雀がじつに可愛い。

速水御舟(1894~1935)の兄貴分にあたる今村紫紅(1880~
1916)の描いた‘山村夕暮’はほんわかした風景画。ほかには秀吉の絵もある。画面の大半が緑と青で埋め尽くされている御舟の‘寺の径’は草や松の木の細密描写が目に焼きついている。そして、小茂田青樹(1880~1916)の‘薊(あざみ)’のリアルさにも目が点になる。アザミというと小さな刺のイメージ。その痛々しさがストレートに伝わってくる。

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2020.08.20

美術館に乾杯! 金沢文庫

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      称名寺庭園

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    国宝‘北条実時像’(鎌倉時代・14世紀)

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     運慶の‘大威徳明王坐像’(重文 鎌倉時代1216年)

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     ‘十二神将像・寅神’(重文 鎌倉時代)

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      ‘青磁壺’(重文 元時代・14世紀)

神奈川県立金沢文庫は京急線の金沢文庫駅から20分くらい歩くと到着する。
隣が金沢北条氏の菩提寺である称名寺。国宝などの寺の宝は金沢文庫で保管
されている。定期的に公開されている寺宝をみるため4,5回訪問した。

最初のお目当てだったのが国宝に指定されている金沢北条氏四代にわたる
肖像画。実時、顕時、貞顕、貞将。なかでもぐっとくるのが北条実時
(1224~1276)。剃髪姿で斜め右向きに座っている。威厳の感じら
れる眼差しはリアリテイがあるのでつい見入ってしまう。

金沢文庫の企画展として忘れられないのが2回あった運慶展。なぜここで
運慶展かというと称名寺の塔頭光明院が運慶最晩年の作品‘大威徳明王坐像’を
所蔵しているから。現在は左肩以下や脚部などが失われているが、当初は
六面六手六足がそろっていて水牛にまたがっていたにちがいない。

絵画は金沢四将像のほかにも仏画ではお馴染みの弘法大師像、菩薩像、十二
天像などはいくつもある。これらが開館80年の節目となる2010年に
ずらっと公開された。そのなかでサプライズの出会いだったのが‘十二神将像
 寅神’、ありゃー、顔も手も緑色!こんなド派手な十二神将像はみたことが
ない。

中国との交易によってもたらされた元時代の青磁壺。重文に指定されており
長いこと対面を願っているが、まだ縁がない。じつは国宝、重文の青磁は
これ以外はコンプリートした。だから、あと一息なのだが、予想外に時間が
かかっている。

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2020.08.19

美術館に乾杯! 横須賀美術館 その三

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      中村つねの‘少女’(1913年)

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      村山槐多の‘のらくら者’(1916年)

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      松本竣介の‘お濠端’(1940年)

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      堂本尚郎の‘連続の溶解16’(1966年)

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      リ・ウファンの‘線より’(1977年)

新宿中村屋は名の知れた菓子家だが、創業者が芸術好きのパトロンだったこ
とを知ったのは彫刻家の萩原守衛や洋画家の中村つねらに関心がいくように
なってからのこと。何年か前に建物が改築されたという話はインプットされ
ているが新宿は年に数回くらいしか出かけないので建物のなかにつくられ
ている所蔵品の展示ギャラリーはまだ縁がない。

水戸市出身の中村つね(1887~1924)が1913年に描いた‘少女’は
創業者の相馬氏の娘がモデル。片方の胸をはだけじっと前を見る目のインパ
クトがとても強い。ルノワールの描き方を思いおこさせるが、このほどの目
力の強さはルノワールの描く女性にはみあたらず中村独自の裸婦図になって
いる。

最近は東近美へ足が遠ざかっているので村山槐多(1896~1919)の
代表作‘バラと少女’をもう何年もみていない。幸い、2009年の暮れに渋谷
区立松濤美で行われた回顧展の遭遇したのでそのとき手に入れた図録をとき
どきながめ槐多の豊かな才能に感じ入っている。横須賀美にある‘のらくら者’
は煙草をふかす着流しの男の強い存在感が忘れられない。木炭でざざっと描
いてだけで人物の内面まで深くとらえられるのだから恐れ入る。

なかなかのイケメンである松本竣介(1912~1948)の‘お濠端’はほぼ
青一色の風景画。都会の一角を描いた作品はモチーフが角々し水平な線と垂
直な線が交錯する特徴をもっているが、この絵に描かれた皇居のお濠端はまる
でちがうイメージで木々は丸くなり画面全体にまるい塊が連続している。

神奈川県近美同様、堂本尚郎(1928~2013)の‘連続の溶解16’と
リ・ウファン(1936~)の‘線より’がセットでおさまっている。堂本の
抽象画がすっきりした現代感覚のモザイク模様に吸いこまれるのに対し、リ・
ウファンの創作は見る者に感じる余裕を与えてくれる。浅い海の底に根をは
りゆらゆら動いている海中生物を連想した。

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2020.08.18

美術館に乾杯! 横須賀美術館 その二

Img_0002_20200818215801     杉山寧の‘翠蔭’(1933年)

Img_0003_20200818215901      谷内六郎の‘ラッシュアワー’(1978年)

Img_0001_20200818215901       藤島武二の‘夢想’(1904年)

Img_20200818215901     藤田嗣治の‘ル・ア―ヴルの海’(1917年)

Img_0005_20200818215901     岡鹿之助の‘魚’(1939年)

鏑木清方の‘江ノ島 箱根’同様、画面の大きさで目を惹く絵がある。杉山寧
(1909~1993)の‘翠蔭’。夏の暑さのなか水車で水遊びをする少年たち
が描かれている。24歳の杉山は後年の深い色使いで神秘的ともいえる作品と
はまったく異なる作風で子ども絵をてがけていた。真っ黒に日焼けした少年た
ちの元気な姿と水しぶきや葉の精緻な描写が目に焼きついている。

横須賀美は本館とは別に谷内六郎館がある。週刊新潮の表紙絵で名が知られる
谷内六郎(1921~1981)は横須賀市鴨居にアトリエを構えていたこと
が縁で市に表紙絵や資料が夫人によって寄贈された。それらの作品が竹内六郎館
で常時展示されている。週刊新潮の表紙を飾ったのは子どもを主役にして描かれ
たどこか懐かしい日本の風景。ありふれた日常の光景にスポットをあてているが、ときどきドキッとするシュールな内容も登場する。‘ラッシュアワー’は蟻と遊ぶ子どもを真上からとらえる構図が意表をつく。タイトルも含めてつい唸ってしまった。

絵画が好きなのは女性画の魅力にとりつかれているためと言っても過言でない。
西洋絵画ではマネとルノワール、浮世絵の喜多川歌麿と勝川春章、日本画の美人
画なら上村松園と鏑木清方。では、洋画は誰の絵か、ズバリ岸田劉生の麗子像と
藤島武二(1867~1943)。ここには藤島武二の‘夢想’がしっかりコレク
ションされている。この絵は2017年練馬区立美で開催された生誕150年
記念の回顧展に出品された。

ここは作品を蒐集する際‘海’を描いた作品をひとつの方針にしている。その方針
に沿って選ばれた作品に藤田嗣治(1886~1968)の‘ル・ア―ヴルの海’も含まれている。これは藤田の初期に作品として欠かせないワンピースであり、回顧展にはだいたいでてくる。暗い画面なのですぐには気づかないが、1913年にパリに渡った藤田がピカソと同じようにアンリ・ルソーから影響を受けたことをうかがわせる。

岡鹿之助(1898~1998)の‘魚’も‘海’と関連する作品。ぺたっとした机
の上に並べられているのはカナガシラ、カレイ、蟹、貝。背後の壁にも魚の絵が
飾ってある。使われているのはスーラオリジナルではない鹿之助流の点描法。
根気のいる描き方だから完成するまでは緊張感を強いられる。でも、鹿之助は
ゴッホと違ってこれに嵌ったのであろう。

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2020.08.17

美術館に乾杯! 横須賀美術館 その一

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         橋本雅邦の‘雷神図’(1903年)

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        横山大観の‘陶靖節’(1919年)

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        鏑木清方の‘江の島 箱根’(1916年)

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       伊東深水の‘祗王寺の秋’(1960年)

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     中村岳陵の‘白狗’(1929年)

美術館からながめる東京湾の光景がすばらしいことで人気のある横須賀美術
館は2007年に開館した。これまで企画展をみるため3,4回訪問した。
その一回は所蔵作品展。日本画、洋画のビッグネームが予想以上に揃ってい
る。橋本雅邦(1835~1908)の‘雷神図’は俵屋宗達の風神雷神以来、
日本美術にはお馴染みの画題。雷神だけなのでものたりないところがあるが、
雷神の迫力は存分に出ている。

横山大観(1868~1958)の‘陶靖節’は回顧展にはよくお呼びのかかる
作品。陶靖節は中国東晋時代の詩人・陶淵明のこと。竹林の中を琴をもつ童子
と一緒に背筋をしゃんとのばして進む姿が印象深い。縦に長い画面だと空間
が狭くなりがちだが、二人に動きがありまわりが広く感じられる。

この美術館のコレクションでもっとも心を打たれるのは鏑木清方(1878
~1972)の‘江の島 箱根’。大きな絵で縦は2.3mもあるので清方の
美人画にどーんと対面する思い。右の笠を被っている女性が描かれているのが
江の島。左が箱根、この女性は籠から降りてきたところ。

清方に師事した伊東深水(1898~1972)は亡くなるのも師匠と同じ年
だった。過去2度回顧展に遭遇したので主要作品はだいたい目の中に入った。
この存在感のある隠遁した尼を描いた‘祗王寺の秋’は2011年平塚美で開催
された回顧展でお目にかかった。深水の美人画は女性を背景無しで大きく描く
ことが多いのに対し、ここでは寺のまわりの秋の気配が描きこまれている。

伊豆半島の先、下田出身の中村岳陵(1890~1969)の回顧展が
2008年、ここで行われた。関心の高かった画家なので喜び勇んでクルマを
走らせた。‘白狗’は忘れられない一枚。左右からのびる緑の土坡にはさまれる
ようにして白い犬が横たわっている。犬を装飾的に浮かび上がらせる緑の効果
は並みの画家からは生まれてこない。

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2020.08.16

美術館に乾杯! 鎌倉国宝館

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      鶴岡八幡宮 下拝殿(手前)と本宮

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    国宝‘籬菊螺鈿蒔絵硯箱’(鎌倉時代・13世紀)

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 国宝‘古神宝類 表着 白地小葵鳳凰模様二陪織物’(14世紀)

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      国宝‘当麻曼荼羅縁起’(13世紀中頃)

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   葛飾北斎の‘酔余美人図’(1807年)

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   勝川春章の‘活花美人図’(1792年)

京都の大きなお寺へ行くとだいたい国宝館があるが、鶴岡八幡宮にも
鎌倉国宝館がある。鎌倉という名がついているのは八幡宮の古神宝類に加え、
逗子市の手前にある光明寺が所蔵する国宝の‘当麻曼荼羅縁起’や昨日とりあげ
た建長寺の蘭渓道隆の頂相や北条時頼の肖像彫刻なども収められているから。
そして、もうひとつ氏家浮世絵コレクションもここにある。

古神宝類の数々は定期的に公開されているが、いつも熱心にみているのが
‘籬菊螺鈿蒔絵硯箱’。蓋表に螺鈿を使って描かれているのは咲き乱れる菊と
小鳥の群れ。夜光貝の放つ緑や淡紅の光を角度を変え視線を上下に動かし
てみると本当にいい気持になる。また、宮廷女性の服の表着に浮き上がる
鳳凰の模様も心をとらえて離さない。

東博や京博で行われる国宝展や絵巻物展の定番として度々登場する‘当麻曼
荼羅縁起’は描かれた場面の物語をすぐ思い出すようになるとみている時間が
だんだん長くなっていく。この場面は極樂往生をひたすら願い蓮糸で曼荼羅
を織り上げた姫を阿弥陀如来が迎えに来て極楽へと旅立つところ。雲に乗っ
やって来た阿弥陀如来と大勢の菩薩の群像描写がすばらしい。

氏家浮世絵コレクションは一度みたことがある。お気に入りは葛飾北斎
(1760~1849)の‘酔余美人図’と北斎が若い頃師事してした勝川
春章(1726~1792)の肉筆画‘活花美人図’。ほかにも3点ある喜多
川歌麿にも魅了されている。

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2020.08.15

美術館に乾杯! 鎌倉大仏 建長寺 円覚寺

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Img_20200815222301      国宝‘阿弥陀如来坐像(鎌倉大仏)’(13世紀)

Img_0003_20200815222301      ‘建長寺総門’(鎌倉時代・1253年)

Img_0004_20200815222301           国宝‘蘭渓道隆像’(鎌倉時代・1271年)

Img_0005_20200815222401       ‘北条時頼坐像’(重文 鎌倉時代・13世紀)

Img_0006_20200815222401国宝‘円覚寺舎利殿’(室町時代・15世紀)

鎌倉大仏を見に出かけるのは知人が遊びにきて来て案内するときぐらいだが、
以前よく通った棟方板画館(今は閉館)がこの大仏の先にあったので見慣れ
た存在だった。高さは12m。奈良の東大寺の大仏とはちがい露坐なので遠
くからでもその姿がみられ開放的な気分で阿弥陀如来さまを拝める。だから、
実寸以上に大きくみえる。

クルマで鎌倉へ行くとき鎌倉五山のうちまず目に入るのはJRの北鎌倉駅の
ところにある円覚寺、そしてちょっと走ると建長寺がみえてくる。ここまで
くると鶴岡八幡宮はすぐそこ。駐車場をみつけて鏑木清方記念美の玄関をく
ぐるというのがいつものルーチン。ここへは何度も出かけたのでその途中に
ある二つの寺にも愛着を覚える。

鎌倉五山の第一位を占めた建長寺が中国で発展した禅が日本で本格的に根付
くようになった原点。鎌倉幕府五代執権北条時頼(1227~1263)に
よって建長五年(1253)に創建され中国の禅僧蘭渓道隆(1213~
1278)を住職に迎え入れた。国宝に指定されている蘭渓道隆の頂相をは
じめてみたときは狐顔という印象。こんな顔をした坊さんだったのだろうが、
北条時頼の肖像彫刻のほうはリアルな姿を伝えているかはわからない。

円覚寺を建てたのは時頼の息子の八代執権北条時宗(1251~1284
)。弘安五年(1282)の開創で中国からやって来た高僧は無学祖元
(1226~1286)。15世紀のはじめの頃できた‘円覚寺舎利殿’は中国
南宋時代の建築様式に学んだ代表的な禅宗様式の遺構。強く反った軒の形に
魅了され続けている。

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2020.08.14

美術館に乾杯! 神奈川県立近代美術館 その三

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     古賀春江の‘窓外の化粧’(1930年)

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     福沢一郎の‘よき料理人’(1930年)

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     藤田嗣治の‘ちんどんや 職人と女中’(1934年)

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    堂本尚郎の‘連続の溶解No.5’(1964年)

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    リ・ウファンの‘風と共に’(1991年)

古賀春江(1895~1933)の‘窓外の化粧’をはじめてみたとき2つの疑
問があった。まず、画家の名前、春江とあるからてっきり女性画家と思った。
じつはそれは間違いで福岡県の久留米で浄土真宗のお寺の長男として生まれ
た男性だった。次に不思議なことは右端のビルの屋上で体を動かしている
女性、どうしてここにいるのか?タイトルの‘窓外の化粧’を強引に解釈すると
ちょっと落ちつく。絵全体の印象はデ・キリコの形而上絵画から静けさと暗
さをとりのぞいた感じ。

群馬の富岡町出身の福沢一郎(1898~1992)は早死にした古賀とち
がい94歳まで生きた。‘窓外の化粧’と同じ年に描かれた‘よき料理人’はおもし
ろい絵。白い布の敷かれたテーブルの上におかれた椅子が一番のサプライズ、
普通はテーブルの横に並べられる椅子がよき料理人以上に目立っている。

古賀や福沢よりひとまわり歳をとっている藤田嗣治(1886~1968)の
作品は2点ある。水彩の‘ちんどんや 職人と女中’と油彩の‘二人裸婦’。‘職人
と女中’は藤田が中南米旅行を終えて日本に帰って来た翌年に描かれた。この
とき藤田は48歳。気になるのは女中の顔の大きさ。横にいる神経質そうな
職人とくらべると1.5倍はある。だから、しっかりもんの姉さんとまだ職人
の修行が足りない弟のようにみえてしまう。

贔屓にしている堂本尚郎(1928~2013)の‘連続の溶解No.5’は
2005年世田谷美で行われた回顧展でお目にかかった。ざらざらした白の
質感は学校の廊下を連想する。そこにピアノの鍵盤のように赤と黒の短い帯を
連続し手並べていく。そのスッキリ感が強く印象に残る。

本籍韓国、現住所日本の作家リ・ウファン(1936~)の‘風と共に’は抽象
画モード全開といった作品だが、鋲のようにみえる黒の塊が脳裏にこびりつく
だけで難解さはない。陶芸家の河井寛次郎に土管をモチーフにしたやきものが
あるが、これが鋲と重なる。

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2020.08.13

美術館に乾杯! 神奈川県立近代美術館 その二

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     高橋由一の‘江の島図’(1877年)

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       関根正二の‘少年’(1918年)

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       松本竣介の‘立てる像’(1942年)

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       岸田劉生の‘童女図(麗子立像)’(1923年)

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       萬鉄五郎の‘日傘の裸婦’(1913年)

神奈川県の美術館で一度は足を運んでおきたいのは箱根の美術館群は横に置
くと横浜美術館、神奈川県近美、横須賀美の3館。夫々にコレクションの
特徴があるが、神奈川県近美はこの絵をみるためだけでも出かける価値のあ
る洋画を所蔵している。洋画の父的な存在である高橋由一(1828~
1894)の‘江の島図’、今年回顧展を見逃した関根正二(1899~
1919)の‘少年’、松本竣介(1912~1948)の‘立てる像’。

洋画でも日本画でも風景画は描かれた場所へ行ったことがあると親しみが沸
く。コロナ禍でなければ大勢の人で賑わう江の島。潮がひき陸つながり
になった江の島を由一が描いたのは明治19年頃。こういう絵をみると
細部はちがっていても島や海岸の光景というのは時代は変わっても同じ形を
保ち続けるものだということがよくわかる。

20歳で亡くなった関根正二の描いた横向きの少年に大変魅了されている。
真っ赤な頬と少年にしては厳しい目つきは強いインパクトをもっている。
この‘少年’にしろ、アーチゾン美にある目の覚める朱(バーミリオン)にガツ
ンとやられる‘子供’にしろ、海外のブランド美術館で展示されれば多くの人の
心をとらえることはまちがいない。それくらいの名画である。

松本竣介の‘立てる像’はアンリ・ルソーの‘私自身、肖像=風景’を意識している。
また橋がよく描かれるがこれもルソーの影響。画面が全体として明るいか暗い
かで絵をみる気分はがらっと変わる。だから、モチーフの構成は竣介とルソー
は似ているが竣介の画面は暗いのでそこにはルソーのポエチックなイメージは
なく都市のもつ影や切ない空気を強く感じてしまう。

岸田劉生(1891~1927)の‘童女図(麗子立像)’と萬鉄五郎(1885
~1927)の‘日傘の裸婦(エチュード)’は一度見ると忘れられない作品。
見る者を驚かせる劉生のリアルな質感描写、緻密に描かれた赤の着物の柄に
油絵の重厚なテクスチャーはうかがわれる。裸婦が日傘をもって画家の前にい
るのだから、鉄五郎もモデルの夏の暑さのなかで絵の制作にあったいたことに
なる。芸術ごとは好きでないとできない。

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2020.08.12

美術館に乾杯! 神奈川県立近代美術館 その一

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      片岡球子の‘面構 葛飾北斎’(1971年)

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      片岡球子の‘面構 足利尊氏’(1966年)

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     鏑木清方の‘お夏清十郎物語’(1939年)

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     山口蓬春の‘宴’(1960年)

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    横山大観の‘日本心神(富士山)’1940年)

神奈川県近美(鎌倉別館)は鶴岡八幡宮から北鎌倉のほうに徒歩で10分く
らいのところにある。山口蓬春記念館のすぐ前にある葉山館は企画展だけを
行い所蔵作品も企画展もみれるのは鎌倉別館のほう。今年は鎌倉別館で残念
なことがあった。2月からはじまった関根正二展に出かけることを決めてい
たが日程調整していたら、新型コロナウイルスの感染で会期途中で打ち切
りになってしまった。これは悔いが残る。開幕した直後に行っておけばよか
った。

北海道の出身で103歳まで生きた片岡球子(1905~2008)という
女流日本画家の名前は‘面構 葛飾北斎’によってインプットされた。歴史上
の人物をとりあげ‘面構シリーズ’としてトランプの王様カードのように描い
ていくという発想がおもしろい。この美術館は最初に描いた‘足利尊氏’などを
含めて18点所蔵している。運よく2度回顧展にめぐりあったので浮世絵師
や足利将軍を存分に楽しんだ。

鏑木清方(1878~1972)の家が鎌倉別館からそう遠く離れていない
ところにあるから‘お夏清十郎物語’(全六面)を所蔵しているのはすぐ腹に
落ちる。そして、山口蓬春(1893~1971)の埴輪が登場する‘宴’も
美術館と相性がいい。はじめてこの絵をみたとき蓬春のアイデアに感心した。
古代日本の風景を埴輪の宴で表現するのだから恐れ入る。

横山大観(1868~1958)は富士山を数多く描いた。‘日本心神(富士
山)’は雲海に頂だけをだす富士が手前の絶妙に並べられた松の木と浜辺に
打ち寄せる青い波に食われそうな感じ。

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2020.08.11

美術館に乾杯! 山口蓬春記念館

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  ‘十二ヶ月風俗図 十一月御火焚(左)十二月雪転(右)’(16世紀)

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         尾形光琳の‘飛鴨図’(18世紀)

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     山口蓬春の‘燈籠大臣’(1920年)

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     山口蓬春の‘扇面流し’(1930年)

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     山口蓬春の‘紫陽花’(1959年)

葉山のマリーナを右手にみながらどんどん進んでいくと神奈川県近美の葉山
館に着く。山口蓬春記念館はここから歩いて5分のところにある。10年
くらい前、鎌倉の鏑木清方記念美や棟方志功板画館(現在は閉館)へでかけ
ていたときは日本画家山口蓬春(1893~1971)が住んでいた記念館
にまで足をのばし何度も訪問した。

ここには蓬春が蒐集した日本画の名品がある。16世紀の土佐派によって描
かれた‘十二ヶ月風俗画’(重文指定)。色紙形の画面に正月から歳末の十二月
までの京洛の人々の暮らし、子どもの遊びや行事などが細密に描写されてい
る。元来風俗画をみるのを大きな楽しみにしているので、自然と目に力が入
る。左が十一月の火の粉にあたって無病息災をねがう御火焚、右の十二月は
子どもたちの雪だるま遊び。子どもたちの元気な姿におもわず頬がゆるむ。

尾形光琳(1658~1716)の‘飛鴨図’も嬉しい一枚。ここで光琳の鴨の
絵に遭遇するとは想像もしてなかった。でも、蓬春が琳派の装飾性にのめり
こんでいったことを考えるとこの絵を手に入れたことも納得がいく。

最初に傾倒した大和絵から生まれた‘燈籠大臣’は師匠の松岡映丘の作風からの
影響が強く感じられる作品。画家の作風は長い画業のなかでいろいろ変わる。
蓬春のサプライズはとびっきりの琳派様式を生み出したこと。それが‘扇面流
し’。傑作である。琳派のDNAは蓬春にも引き継がれていた。この絵は
2015年ワシントンのフリーア美で開催された‘宗達展’に加山又造の‘千羽
鶴’などと一緒に展示された。

蓬春の描く静物画でもっとも有名なのは‘紫陽花’。東近美、山種美が所蔵する
紫陽花同様大変魅了されている。絵描きのスタートは西洋画だったから静物
画は得意、ゴッホを思わせる向日葵にも感動する。

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2020.08.10

美術館に乾杯! 吉兆庵美術館

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       北大路魯山人コレクションの吉兆庵美術館

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      ‘雲錦大鉢’(20世紀)

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      ‘乾山風椿絵鉢’(20世紀)

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      ‘織部マナ板皿’(20世紀)

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      ‘色絵福字平向付五人’(20世紀)

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      ‘色絵糸巻文角平向付五人’(20世紀)

今年出かけた展覧会はわずか6回。2/15に日本橋三越で開催された
‘北大路魯山人展’をみたあとは新型コロナ感染拡大防止のためすべてのイベ
ントがとまったので美術館めぐりどころではなくなった。だから、緊急
事態宣言が解除されてからも心が動かずBunkamuraの‘超写実絵画展’を
さらっとのぞいただけ。

三越でお目にかかったのは京都の何必館が所蔵する北大路魯山人
(1883~1959)。ここのコレクションに遭遇したのは大きな収穫
だった。これまで魯山人のやきものをまとまった形でみたのは島根の安来
市にある足立美、倉敷の大原、世田谷美、そして鎌倉の吉兆庵美。

鎌倉の人気の観光スポット小町通りの真ん中あたりに老舗の和菓子屋‘吉兆
庵’があり店の奥の方に和菓子の器として蒐集した魯山人の作品を展示する
部屋がつくられている。ここが吉兆庵美。海外の美術館でいうとこじんま
りした邸宅美術館みたいなもの。2001年に開館した。

店で買った和菓子がどんなだったか忘れたが、魅了された魯山人のやきも
のはすぐ思い浮かぶ。魯山人の象徴のような‘雲錦大鉢’と‘乾山風椿絵鉢’、
志野と織部にいいのがあるがとくにぐっとくるのが緑と茶褐色のコントラ
ストが目に焼きつく‘織部マナ板皿’。鮮やかな赤や黄色などの糸巻文が印象
深い角平向付にみられるデザインセンスの良さは京焼の野々村仁清を連想
させる。五色を使って書かれた‘福’の文字が浮き上がる平向付も縁起のよい
ものだからしっかりみておきたい。

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2020.08.09

美術館に乾杯! 鏑木清方記念美術館

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           ‘朝涼’(1925年)

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           ‘ためさるゝ日’(1918年)

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           ‘虫の音’(1947年)

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           ‘深沙大王’(1904年)

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      ‘朝夕安居・夕’(1948年)

わが家の本棚に並んでいる展覧会の図録のなかで横山大観や東山魁夷ととも
に数が多いのが上村松園と鏑木清方(1878~1972)。そのなかに
鎌倉にある鏑木清方記念美のものが3冊ある。清方の美人画にのめりこむよ
うになったのは広島から帰ってきて記念美へ頻繁に足を運んだことが大きく
影響している。

ここでは年に3回くらいミニ清方展があり、所蔵作品に加えほかの美術館の
ものが展示される。展示室はひとつだけなので一度にみれるのは10点前後
。だから、10分もあれば今回は終わりとなるのだが、東近美蔵の‘明治風俗
十二ヶ月’といった主要作品が登場し鏑木ワールドをどんとみせてくれるので
充実した鑑賞となる。おかげで、綺麗な女性との出会いがどんどん増えてい
った。

所蔵作品はほとんど目に入っており、お気に入りはだいたい固まっている。
ビッグスリーは清方の娘をモデルにした‘朝涼’、フィギュアスケートの浅田
真央ちゃんを連想させる卵型の顔が心を揺すぶる‘ためさるゝ日’、そして清方
が描く女性の大半を占める切れ長の目としっとりした美しさが目を釘づけに
する‘虫の音’。

初期の作品で忘れられないのは泉鏡花の戯曲を絵画化した‘深沙大王’。思い
つめたような男女の後ろに人間に扮した猿や狐を描くという幻想的な表現が
意表を突く。そして、晩年にとりくんだ風俗画‘朝夕安居’がとてもいい。清方
が10歳の頃みた明治の東京下町の夏の光景が生き生きととらえられている。
描かれているのは夕方の場面。大きな建行燈に‘むぎゆ’と書かれた辻の茶店の
前で二人の老人が世間話をしている。BSチャンネルでよく放映される寅さ
んの映画をみているときにわきあがってくる郷愁と似た感情が生まれてくる。

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2020.08.07

美術館に乾杯! 川端康成記念会

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      池大雅の国宝‘十便図 釣便図’(1771年)

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      与謝蕪村の国宝‘十宜図 宜暁図’(1771年)

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         浦上玉堂の国宝‘東雲̪篩雪図’(19世紀初頭)

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    東山魁夷の‘フレデリク城を望む’(1963年)

鎌倉の大仏から海にむかって少し下ったところにある川端康成記念会の存在
が頭の中に入ったのは二つの日本絵画(ともに国宝)との出会いがきっかけ。
ひとつは池大雅(1723~1776)と与謝蕪村(1716~1783)
の合作‘十便十宜図’でもう一枚は浦上玉堂(1745~1820)の最高傑作
‘東雲篩雪図’。

‘踊り子’で有名な小説家川端康成のことは学校で習うから早い時期からインプ
ットされている。でも、この小説家が絵画など日本の美術品の蒐集にも相当
なエネルギーを注いでいたことを知ったのは日本絵画の国宝を追っかけるよ
とになってからのこと。サントリー美がホテルニューオータニの近くにあっ
たころ、川端康成記念会蔵の名品展と銘打った特別展が開催され長年の思い
の丈が叶った。

このとき困ったことがあった。さあ、念願の‘東雲篩雪図’との対面と意気込ん
で絵の前に進んだのだが、一人の男性がみている場所から全然動いてくれな
い。そのため、いいアングルから絵をみることができない。これには閉口し
た。この絵によほど嵌ったのだろう。それはわかるが、、、美術館とのつき
あいが長くなるとこんな‘小事件’にも遭遇する。

大雅が描いた山中での暮らしは都会よりも便利だとうたう‘十便’でお気に入り
は‘釣便図’。家のそばに川が流れているので軒先に座ったままで釣りができる
のだから、便利なんだワと小太りの文人はのんびりと釣りを楽しんでいる。
蕪村が担当したのは四季折々変化する自然のすばらしさ(=宜しきこと)を
うたう‘十宜’。こちらの10枚のなかでは朝日が池に反射しその波紋が白壁に
ゆらゆらする‘宜暁図’に魅了されている。

川端康成は東山魁夷(1908~1999)の作品も集めており、これまで
5,6点お目にかかった。とくに印象深いのは北欧旅行でみたフレデリク城
を中心にして描いたもの。

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2020.08.06

美術館に乾杯! 平塚市美術館 その二

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        岸田劉生の‘Aの肖像’(1913年)

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      岸田劉生の‘石垣のある道’(1921年)

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      萬鉄五郎の‘宙腰の人’(1924年)

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      工藤甲人の‘愉しき仲間(一)’(1951年)

さっぱり意気の上がらない今年の展覧会シーンにくらべて昨年足を運んだ
美術館では質の高い作品を並べた展覧会が多くあった。東京ステーション
ギャラリーで開かれた岸田劉生(1891~1929)の大回顧展もその
ひとつ。そこに出品されていたのが平塚市蔵の‘Aの肖像’。娘の麗子像以外
の肖像画はほとんどが男性を描いたもの。そのうち半分くらいは自画像で
残りが友人や知人。

‘Aの肖像’をじっとみているとある人物が重なってくる。若い頃のたけし。
似てない!?じつはたけしとは偶然東京のとあるところで会いちょっと
話をしたことがある。2度目の出会いは半年前、なんと大手町の丸善。
あら、こんなところにたけしがいた!という感じ。はじめて居酒屋で会っ
たときもそうだったが、この人はTVでみるのとはまったく印象が違いと
ても静かな男。しゃべり方も芸能人の匂いがせず普通の人と同じ。

劉生の描く風景画は道が多くでてくるが‘石垣のある道’は路面がなめらかで
はなくごつごつした感じが写実的に表現されている。そして、その路は
少し傾斜になっている。小さい頃こんな道を実感したという思いが強くよ
みがえってくる。

萬鉄五郎(1885~1927)の‘宙腰の人’はムンクの‘叫び’風でもあり、
ピカソのキュビスム的な人物描写もうかがえる。萬鉄五郎も岸田劉生も
黒田清輝や藤島武二のようにパリに渡らず日本にいて西洋画の画法を吸収
し独自の表現にたどりつくのだから肝っ玉が座っている。だから、はっと
するほどのインパクトがある。

青森県出身の工藤甲人(1915~2011)は日本のアンリ・ルソーを
思わせる画風が特徴。’愉しき仲間(一)’は真ん中にいる裸の人物はまわり
の狐や鳥、木々と自然に交流している。日本画という枠組みのなかには入
りきらない豊かな感性がスゴイ。

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2020.08.05

美術館に乾杯! 平塚市美術館 その一

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        横山大観の‘不盡之高嶺’(1914年)
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        今村紫紅の‘水汲む女・牛飼う男’(1915年)

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        安田靫彦の‘宮本二天像’(1933年)

熱海のMOAや箱根の岡田美は自宅からだと小ドライブの感覚なので、その
気になればクルマのハンドルを握るのはわけないこと。でも、今はコロナウ
イルス感染がその行動に大きくブレーキをかけている。これは距離的には
この二つの美術館の半分程度の平塚市美でも同じこと。以前は気になる回顧展
がありよく訪問したが、しばらくは足が遠ざかりそう。

平塚市美で行われた日本画家の回顧展には横山大観(1868~1958)
が含まれており、所蔵する‘不盡之高嶺’が強く印象に残っている。それは胡粉
で描かれた雲海から姿を現した富士の頂が目に焼きついているからである。
使われているのは鮮やかな群青。水墨画の富士も魅了されるが、このように
胡粉の白と強烈なコントラストをみせる青にも心が踊る。

今村紫紅(1880~1916)の‘水汲む女・牛飼う男’は前年のインド旅行
をもとにした作品。その最高傑作が東博にある‘熱国之巻’(重文)だが、水を
入れる甕を頭にのせた女性の美形ぶりが目をひくこの風俗画も忘れられない。

ここでは平常展でみるために時間をさくことはないので日本画にお目にかかる
のはほかの美術館で開催された展覧会。とくに数が多いのが安田靫彦(1884
~1978)。‘宮本二天像’などの歴史画、靫彦の母親の肖像、静物画に運よく
5,6点遭遇した。いい絵が揃っているのでミニ回顧展が開ける。

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