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2020.06.07

美術館に乾杯! 名古屋城・犬山城

Img_0004_20200607223901        名古屋城

Img_0005_20200607223901     名古屋のシンボル ‘金の鯱’

Img_0002_20200607223901    狩野探幽の‘雪中梅竹遊禽図襖’(重文 1634年 名古屋城)

Img_0003_20200607223901    狩野探幽の‘琴棋書画図襖’(重文 1634年 名古屋城)

Img_0001_20200607224001    国宝‘犬山城’(桃山時代・16世紀)

名古屋に2年弱住んでいたので大阪城にくらべると名古屋城に親しみを覚える。
そして、名古屋城というとすぐ‘金の鯱(しゃちほこ)’をイメージする。
天守がこれほど金ピカの鯱で輝いていれば尾張人は‘尾張名古屋は城でもつ’と
いいたくなるだろう。熊本城、姫路城、大阪城、名古屋城が日本の城のビッグ
フォー。どこも堂々とした見事な城である。

1945年の空襲で焼失した本丸御殿の復元が2018年完了した。まだ一度
しか中に入ってないのでまた徳川美の企画展に足を運ぶことがあったら出かけ
てみたい。狩野探幽(1602~1674)の‘雪中梅竹遊禽図’や‘琴棋書画図’
などがあるのは将軍家光が上洛する際、御成御殿として造営された上洛殿。

‘雪中梅竹遊禽図’は狩野永徳の‘檜図’とよーく較べてみると木の枝ぶりはともに
三角形構図となっている。二人のちがいは明白で探幽のほうが画面の余白が多
くすっきりと梅と竹をみせている。こういう深い情趣をこめた描写が探幽の
魅力となっている。‘琴将書画図’は武家の好んだ画題を広々とした景観をつくり
そのなかで高士たちに自由に棋を楽しませている。

犬山市にある国宝の犬山城を訪問したことは生涯の思い出。木曽川の左岸の
丘陵地に建つこの美しい平山城は李白の詩‘早く白帝城を発つ’にちなみ‘白帝城’
と呼ばれている。

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