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2020.05.31

美術館に乾杯! 名古屋市美術館

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   モディリアーニの‘おさげ髪の少女’(1918年)

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  キスリングの‘マルセル・シャルタンの肖像’(1935年)

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  キスリングの‘ルネ・キスリング夫人の肖像’(1920年)

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    シャガールの‘二重肖像’(1924年)

シャガールは別格としてエコール・ド・パリの画家で最も人気が高いのが
モディリアーニ(1884~1920)。2008年、名古屋市美で待望の
回顧展が行われた。2年住み多少は勝手知る名古屋での開催だったので、
喜び勇んで新幹線に飛び乗った。名古屋市美がモディリアーニ展を開けるの
は自分のところにもとてもいい絵があるから。その有名な絵が‘おさげ髪の
少女’。

この少女に親しみが沸くのは首がそれほど長くもなく目に瞳がはいってい
ることが大きい。もし日本にある印象派やポスト印象派より後に描かれた
西洋絵画を対象にしてオールスターを選ぶとしたら、この絵はまちがい
なく選出される。だから、大げさに言うと名古屋市は世界に誇れる文化遺産
を所有していることになる。すばらしい!

また、ここにはぐっとくるキスリング(1891~1953)が2点もある。
‘マルセル・シャルタンの肖像’と‘ルネ・キスリング夫人の肖像’。キスリング
の描く女性はちょっとマネキン人形的なイメージがただようが、この2人に
はしっかり冷たい血が流れていると思わせるほど内面のリアリティがでて
いる。

シャガール(1887~1985)が自身と最愛の妻ベラ描いた‘二重肖像’
にはいろいろなヴァージョンがある。ここが所蔵しているのは白い服を着た
ベラばかりが目立つもの。ベラの横顔が本当に綺麗。

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2020.05.30

美術館に乾杯! 愛知県立美術館 その五

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     クレーの‘回心した女の堕落’(1939年)

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  ファイニンガーの‘夕暮れの海Ⅰ’(1927年)

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    クプカの‘灰色と金色の展開’(1919年)

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     堂本尚郎の‘絵画1962-25’(1962年)

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  ステラの‘リヴァー・オブ・ポンズⅣ’(1969年)

近現代アートの作品と一緒に思い浮かんでくるのがパリのポンピドーセンタ
ー、NYのMoMA、グッゲンハイム。日本は美術大国だからこうした新しい
アートの殿堂のコレクションもどかっと披露される。美術の教科書に載
っている名作が海外へ出かけなくとも楽しめるのだからこれ以上の幸せは
ない。では、日本ではどこへいけばシュールな絵や抽象画がみれるのか。
残念ながら、件の美術館のようなところはない。でも、数は限定されるが国内
の美術館にもいい絵があり、分散された形で存在している。愛知県美にもぐっ
とくるのがある。

クレー(1879~1940)の最晩年の作品‘回心した女の堕落’は無理やり
タイトルを飲みこまされる感じだが、堕落した女なら体のあちこちがこんな
風に乱れるのかなと妙に納得してしまう。こういう前衛的な人物描写に対し
てファイニンガー(1871~1956)の絵にでてくる人間は半具象の
イメージ、こういう抽象風景画では広がる風景のなかによく溶け込んでいる。

クプカ(1871~1957)は名古屋で運命的な出会いが生まれた画家。
1994年ここで回顧展がありその色彩豊かで宇宙の神秘を連想させる抽象
絵画に200%心を奪れた。この‘灰色と金色の展開’は超新星爆発により発生
した強い衝撃波が宇宙空間に伝わっていくようにみえてくる。

堂本尚郎(1928~2013)は2005年世田谷美で開催された回顧展の
初日にちょっとお話をしたので、すごく親しみを覚える。気さくでカッコいい
老人で若い頃はモテただろうなと勝手に想像した。‘絵画1962ー25’は出品
作のひとつで漆黒の画面に白い帯が縦2段になり鋭角的に切り込みところが強
く印象に残っている。

ステラ(1936~)はお気に入りの画家。今年84歳になる。‘リヴァー・
オブ・ポンズⅣ’は一見すると平面的な正方形の幾何学模様なのだが、じっとみ
ると半円が重なって奥行きをつくっている。わかりやすい大胆なフォルムを明
るい色彩で表現した大きなキャンバスが目の前に現れるとすぐ足がとまる。

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2020.05.29

美術館に乾杯! 愛知県立美術館 その四

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    クリムトの‘人生は戦いなり’(1903年)

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   エルンストの‘ポーランドの騎士’(1954年)

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    デルヴォーの‘こだま’(1943年)

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    藤田嗣治の‘青衣の女’(1925年)

来週の頭から東京では美術館がもとの姿を徐々に取り戻していきそうなので
どんな企画展が再調整されるか情報をチェックするつもり。どこの美術館も
予定の展覧会をどう実現させるか仕事が山積みだろう。期待の大きかった
聖林寺の十一面観音像の展示(東博)は中止を免れ延期となるようなので
一安心。これをみれればだんだんいつもの展覧会通いの生活にもどれるの
だが。

今年は新型コロナウイルスの影響で美術鑑賞どころではなくなっているが、
昨年の今頃を思い出すと東京都美では待望のクリムト展(4/23~7/10)
が多くのファンを集めていた。出品作のなかに一際目立つ作品があった。
海外の美術館や個人コレクターがもっているものではなく日本の愛知県美が
所蔵している‘人生は戦いなり(黄金の騎士)’。日本にあるクリムトでもう
一枚いいのがある。‘オイゲニア・フリマフェージの肖像’。所蔵しているのは
またしても愛知県の豐田市美。

個性の強いシュルレアリストたちには好みのランキングがついている。
第一列がミロ、ダリ、マグリッド、デルヴォー。エルンスト(1891~
196)は次の第2列。イヴ・タンギーもここ。エルンストの‘ポーランド
の騎士’はとても不思議な絵。クリムトの黄金の騎士とはちがって、馬がわか
るが一体騎士はどこに描かれているの?

デルヴォー(1897~1994)の‘こだま’は錯視のテキストに出てくるよ
うな作品。真ん中の裸婦のコピーをとって手前の裸婦の横に張り付けると
すごく小さく見えるはず。お試しあれ!

わが家ではコロナ感染のリスクがだいぶ低下したころ秋田へ旅行しようとい
うことが決まった。目的は秋田県近美にある藤田嗣治(1886~1968)
の巨大絵巻‘秋田の行事!’気になっている絵だったが、ようやくみれそう。
‘青衣の女’は藤田の肖像画にしてはとても大人しい。それが影響してか数度
体験した回顧展では一度もお目にかかってない。

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2020.05.28

美術館に乾杯! 愛知県立美術館 その三

Img_0001_20200528220101     高橋由一の‘不忍池’(1880年)

Img_20200528220201     安井曾太郎の‘承徳喇嘛廟’(1938年)

Img_0002_20200528220201      岡鹿之助の‘窓’(1949年)

Img_0003_20200528220201     林武の‘ノートルダム’(1960年)

高橋由一(1828~1894)というと美術の教科書に載っていた縄で吊
るされた鮭の絵が条件反射的にでてくる。これが絵画鑑賞が趣味のひとつに
加わると由一の作品の数も徐々に増えていきほかのジャンル、例えば風景画
にも足がとまるようになる。東博の常設展示に登場する‘酢川にかかる常盤橋’
を何度もみているうちにすっかり由一の風景画に目が離せなくなった。愛知
県美にある遠くから眺めた‘不忍池’もなかなかいい。

安井曾太郎(1888~1955)は1937年の第1回満州国美術展の
審査を依頼され藤島武二ともに中国にでかけている。その仕事がすんで帰国
する途中河北省承徳に立ち寄った際、ラマ教の寺院に目を奪われ写生をした。
それをもとに描いたのが‘承徳喇嘛廟’。ピンクがかった寺院が印象深い。

洋画家で回顧展に運よく遭遇したのは日本画家にくらべるととても少ない。
高橋由一は2012年に東芸大美がすばらしいものをやってくれたので言う
ことなし。ほかのビッグネームでは黒田清輝、藤島武二、青木繁、岸田劉生、
岡鹿之助も大きな満足レベル。でも、安井曾太郎と梅原龍三郎はまだ満足し
てない。なかなか大回顧展に遭遇しないのである。残念!
岡鹿之助(1898~1978)の‘窓’は2008年ブリジストンでお目にか
かった。窓の枠組みをマティスも使っているが、由一の‘不忍池’の構図のとり
方も窓的だし、浮世絵を見ている日本の画家はこういう絵は得意だから描か
れた風景をゆったりと楽しめる。

絵に感じるイメージは人それぞれだが、みるたびにその筆使いが油絵そのも
のだなと思わせるのが林武(1896~1955)の‘ノートルダム’。銀座の
画廊をまわるとこんな絵にでくわす気がする。

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2020.05.27

美術館に乾杯! 愛知県立美術館 その二

Img_0002_20200527222001     竹内栖鳳の‘炎暑’(1930年)

Img_0003_20200527222001      村上華岳の‘散華’(1939年)

Img_20200527222001     小茂田青樹の‘漁村早春’(1921年)

Img_0001_20200527222001       池田遙邨の‘稲掛け’(1981年)

一人の画家に光をあて作品をどどっと集めてくる回顧展、美術の楽しみはこ
の積み重ねといっていい。そして、この展覧会ではこれまでみえなかった
画家の才能にふれることもできる。竹内栖鳳(1864~1942)の‘炎暑’
は2013年東近美で開かれた大回顧展で目が釘付けになった作品。描かれ
ているのは無造作にころがったじょうろとそこにとまった蜂。蜂はいいとし
て問題はじょうろ。まるでじょうろが宙に浮いているよう。

日本画の静物画はこのようにモチーフがおかれた背景は描かない。すると
見方によってはかなり前衛的になる。そう思うのはふつうはじょうろをこん
な形でイメージしないから。ふとみたらじょうろはこんなになっていてそこ
に蜂がいた。何かが閃きこの作品になった。栖鳳、スゴイじゃないか!

仏画が手頃な値段で買えれば手に入れて部屋に飾っておきたい。価格の話は
横に置くとして村上華岳(1888~1939)の描く菩薩や観音様はその
願いにピッタリくる作品。愛知県美には相変わらず切れ長の眼がぐっとくる
‘散華’がある。ほかに木村定三コレクションの静物画2点を含めて4点所蔵し
ている。

小茂田青樹(1891~1933)の‘漁村早春’で目が点になるのは茅葺の
屋根のリアルな質感描写。細い線をつかってこういう屋根とか畳を緻密に描
くのは小茂田青樹と速水御舟の得意技。相当な集中力がないとこんなに惹き
つけられる作品は生まれてこない。なんどみてもため息がでる。

倉敷の市立美術館と縁があり池田遙邨(1895~1988)の回顧展を
2回みた。図録も2冊手に入れたが、一冊のほうの表紙を飾っているのが
‘稲掛け’。くの地に曲がる稲掛けからチラッと姿をみせているのはタヌキ。
ここしかないという位置にひょうきんなタヌキがいる。このゆるさが遙邨の
魅力。

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2020.05.26

美術館に乾杯! 愛知県立美術館 その一

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    与謝蕪村の‘富嶽列松図’(重文 18世紀)

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    浦上玉堂の‘酔雲醒月図’(重文 1818年)

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    英一蝶の‘旭日鶴図’(18世紀前半)

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    鈴木其一の‘林檎花図’(1855年)

2年くらい名古屋に住んでいたので愛知県美や徳川美、そして名古屋ボスト
ン美(今は閉館)は愛着のある美術館だった。まずは愛知県美から。ここは
西洋画はクリムトなどがあり充実しているが、日本画は木村定三コレクショ
ンが鑑賞の目玉になっている。でも、常時展示されてないのでほかの美術館
でおこなわれる企画展でお目にかかることが多い。

与謝蕪村(1716~1783)の‘富嶽列松図’は回顧展には欠かせない
ピースのひとつ。縦長の掛け軸を横にたおしその狭い帯のよう画面に雪化粧
の富士をどんとおいて下半分を簡略化した松の木を並べ富士の雄大な姿を引
き立てている。富士と松の組み合わせがとてもいい。

蕪村の富士山とともに木村定三コレクションで有名なのが浦上玉堂(1745
~1820)。10点くらいありそのうち4点が重文に指定されいる。‘酔雲
醒月図’もその一枚。出光美にも玉堂がたくさんあるため以前はすごく近い
存在だったが、最近は足が遠のいており玉堂独特のかすれた水墨山水画は図録
であじわいばかりになった。

英一蝶(1652~1724)の‘旭日鶴図’は結婚式でいただく紅白饅頭の
絵柄のような感じ。鶴の体をこういう風に曲げて太陽と絡ませるのが一蝶流。
描けそうで描けない。鈴木其一(1796~1858)の‘林檎花図’は最晩年
の作品。赤いリンゴに視線が集中するが、右にちらっとみせている幹は江戸
琳派らしくたらしこみで描かれている。

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2020.05.25

美術館に乾杯! 三重県立美術館 その二

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   シャガールの‘枝’(1956~62年)

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  ダリの‘パッラーディオのタリア柱廊’(1938年)

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  村山槐多の‘自画像’(1916年)

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   佐伯祐三の‘サン・タンヌ教会’(1928年)

三重県の津市にある県立美へでかけたのは1993年ここで開かれたシャガ
ール展をみるためだった。最近シャガール(1887~1985)の回顧展
に遭遇することはとんとないが、この頃はよく行われていた。シャガールは
ピカソ、ミロ、ダリ同様、大変気になる画家なので作品がたくさん集まって
くることがあれば見逃さないようにしていた。そのため、図録は何冊もある。
この‘枝’は美術館自慢の西洋画で図録の表紙に使われている。

ここにはダリ(1904~1989)のシュール画もある。‘パッラーディオ
のタリア柱廊’はシュルレアリスム展ではよくお声がかかる作品。4年前
国立新美で開催されたダリ展には横浜美や諸橋近代美、福岡市美から出品さ
れた定番の作品と一緒に展示され日本のダリコレクションの質の高さをみせ
つけた。

以前は定期的に通っていた東近美では村山槐多(1896~1919)の
代表作‘バラと少女’とは頻繁に会っていた。自画像は19歳の時の作品。才能
のある画家というのは往々にして短い命でおわる。槐多は22歳で生涯を閉じ
た。1919年に流行したスペイン風邪に命を奪われたのである。関根正二
もこのウイルスにやられ20歳の若さで亡くなった。

大阪出身の佐伯祐三(1898~1928)の‘サン・タンヌ教会’はユトリロ
のパリの絵を連想させる画面構成だが、垂直にのびる建物の輪郭線は微妙に
傾いており、パリの下町特有の匂いともの悲しさが伝わってくる。

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2020.05.24

美術館に乾杯! 三重県立美術館 その一

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   曽我蕭白の‘林和靖図屏風’(1760年)

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   曽我蕭白の‘波濤群禽図襖’(重文 1760年)

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   宇田荻邨の‘祇園の雨’(1953年)

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   横山操の‘富士雷鳴’(1961年)

名古屋に住んでいた頃は東名阪道や伊勢自動車道はよく走ったが、今はまた
伊勢神宮へ出かけようということにはならない。でも、三重県は食べる楽し
みがたくさんあることはわかっている。食べ応えのある桑名の大きな蛤、
松坂牛、伊勢神宮の定番土産、赤福、そして的矢牡蠣。なにかきっかけがあ
ると心がむかうのだが。

曽我蕭白(1730~1781)は29,30歳ごろ伊勢で活動していたこ
ともあり伊勢地方には蕭白の作品が数多く存在する。だから、蕭白に最接近
するためには三重県美は重要な美術館。これまで回顧展でお目にかかったの
は14点、全部で20点くらいもっているかもしれない。

出品回数が多いのは北宋の隠遁詩人、林和靖を描いた屏風。背景の巨大な梅
が左右にうねっていることが林和靖に緊張感に与え顔の表情は陰気くさく
不気味な印象が残る。隣にいる二人の童子は怖がっているようにみえる。
あまりみない画題にとりくんだのは‘波濤群禽図襖’。波が高く舞い上がり渦巻
きがいっぱい発生している横で鶴が呼応するように体をかがめ赤い頭を上下
に動かしている。

京都を本拠地をして画業に励んだ宇田荻邨(うだてきそん 1896~
1980)は松坂の出身。絵のタイトルからして惹かれる‘祇園の雨’は
1989年にあった‘昭和の日本画100選’に選出された作品。京都観光はす
こし動き出したようだが、祇園に人が集まるのはだいぶ先になりそう。

横山大観と同じく横山操(1920~1973)も富士山に強く向かい合っ
たが、できあがった富士の風景は激しく前衛的。天から轟く雷鳴は帯となっ
た黄金の鋭い光線として表現されている。こんな富士を描いた画家はほかに
いない。  

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2020.05.23

美術館に乾杯! MIHO MUSEUM その二

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   尾形光琳の‘大黒図’(1705年)

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  光琳・乾山の‘銹絵牡丹図角皿’(18世紀)

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   尾形乾山の‘色絵竜田川文向付’(18世紀)

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   尾形乾山の‘紅葉山水図’(18世紀)

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   酒井抱一の‘波図屏風’(19世紀)

江戸絵画以上に多くのブランド美術館が蒐集に熱をあげてきたのが琳派の作
品。思いつくままにあげてみると東博、京博、MOA美、,根津美、出光美、
畠山記念館、大和文華館、細見美、岡田美、、MIHO MUSEUMも尾形乾山
(1761~1828)のやきものをかなり揃えている。

尾形光琳(1658~1716)の描く大黒さんは大変優しい。いろんな
ヴァージョンで登場し、米俵に乗ったり、この米俵を船で運ぶ姿もある。
また、頭のデカい寿老人も同じような顔立ちで描かれている。

琳派展のなかで弟の乾山が軸になるとMIHO MUSEUMが所蔵しているやき
ものによくお呼びがかかる。光琳・乾山合作の角皿を1点でも多くみたいと
願っているがMIHOにあるのは‘銹絵牡丹図’、大きな牡丹が気持ちいいくらい
ドーンと描かれている。この合作角皿を一番たくさんもっているのが大阪
の藤田美。梅や鶴、布袋さんなど全部で10皿。2015年サントリー美
でお目にかかったときは天にも昇る気分だった。

乾山がつくった向付はいろいろありいずれも目を楽しませてくれるが、
とくに心がハイになるのが‘色絵竜田川’。モチーフの紅葉と向付の形をあわ
せているのがモダンな雰囲気を醸し出す。そして、うねるような川の流れ
がこの静かな秋の気配とうまくからむところがすばらしい。乾山は晩年絵画
にも精を出しており‘紅葉山水図’もその一枚。和歌と絵のコラボがとても
いい感じ。

乾山の竜田川にも描かれている波の形は光琳がつくったいわゆる‘光琳模様’、
酒井抱一(1663~1743)の波は渦巻きの数が多く複雑で荒々しいイ
メージ。抱一流の表現も波だけは激しくなる。

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2020.05.22

美術館に乾杯! MIHO MUSEUM その一

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Img_20200522223901   伊藤若冲の‘象と鯨図屏風’(1797年)

Img_0002_20200522224001   伊藤若冲の‘達磨図’(18世紀)

Img_0004_20200522224001    与謝蕪村の‘山水図屏風’(1782年)

Img_0003_20200522224001    長澤芦雪の‘旭日大亀図’(18世紀)

滋賀県甲賀市にあるMIHO MUSEUMは思い出の多い美術館。ここは交通
アクセスはいいほうではないのでクルマでないとしんどいが、それをも
のともせず新名神の信楽インターまで7回往復した。訪問のはじまりは
2008年の与謝蕪村展。そして翌年新発見された伊藤若冲(1716
~1800)の‘象と鯨図屏風’が目玉の絵として展示された大回顧展が
あった。展示替えがあったので全部の作品をみるため4回もクルマを走
らせた。

信楽通いはまだ続く。2011年にはまたまた嬉しい長澤芦雪展、これも
思い入れが強く2回でかけた。今からふりかえるとこの頃は江戸絵画展で
熱く盛り上がっていた。3人の絵師の作品をこれほど集中してみたので
大仕事をしたような気分だった。

2008年北陸の旧家でみつかった‘象と鯨図屏風’はMIHOの所蔵となり、
ここでの公開のあと東京と千葉で開かれた若冲展でも展示されたので多く
の若冲ファンの目を楽しませたはず。なんどみてもこの象と鯨には癒され
る。MIHOには若冲が4,5点あるが、真っ赤な衣裳が目に焼きつく‘達磨
図’にも思わず足がとまる。

銀箔を貼った屏風に描かれた‘山水図’は与謝蕪村(1716~1783)
が亡くなる1年前の作品。最晩年こんな絵に到達するのだから蕪村の
創作エネルギーは半端でない。長澤芦雪(1754~1799)の一番の
魅力は意表を突く構図とモチーフの形態をざっくりとらえる思い切りの
よさ。‘旭日大亀図’は首をちょこっと出す亀のイメージがよく表現されて
いる。

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2020.05.21

美術館に乾杯! 岐阜県立美術館 その二

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    ルノワールの‘泉’(1910年)

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  ベルナールの‘ポン=タヴェンの市場’(1888年)

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 ルドンの‘沼の花、悲しげな人間の顔’(1885年)

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  ルドンの‘宙に浮かぶ眼球’(1882年)

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   ルドンの‘目を閉じて’(1900年)

ルノワール(1841~1919)の回顧展が日本で開催されるときは見逃さ
ないようにしている。美術館で印象派およびポスト印象派の画家がとりあげ
られる場合、どうしても特定の画家に集中する。そのビッグ3がゴッホ、モネ、
ルノワール。

そこで披露される作品はオルセー、ゴッホ美といった海外の美術館が所蔵する
ものが中心となるが、モネとルノワールについては国内の美術館からも出品さ
れる。何度もルノワール展に足を運んだので、どこの美術館にいいルノワール
があるかだいたいわかっている。‘泉’は大原美にもあるが、ここのものに軍配が
上がる。

ゴーギャンとともに‘ポン=タヴェン派’をつくって新しい絵画の創作に挑んだ
ベルナール(1868~1941)は浮世絵の平面的な描き方から大きな影響
を受けた。その平面を重ねていき画面に奥行きをだすという特徴は1888年
に描かれた‘ポン=タヴェンの市場’にもみられる。ぺたっとした人物をびっしり
配置することにより市場の賑やかな様子が表現されているが、その斬新さはリ
ズミカルで装飾的な描写から生まれている。手前は顔が横向きの男女を並べ、
色彩が鮮やかな果物をはさんでそのむこうにはこちら向きの女性を二人配置
する。そして、その後ろは体を小さくしてたくさんの人物をみせる。この絵は
一度みたら忘れられない。

岐阜県美のコレクションのなかで世界的に有名なのがルドン(1840~
1916)のリトグラフ。ギョッとするのはその黒一色の世界に住んでいる
怪物や不思議な物体。まず最初は心拍数がそれほど上がらない作品から。ゴヤ
の版画に共感してルドンがうみだしたのが‘沼の花、悲しげな人間な顔’。この
お婆さんの顔に対してすぐ思い浮かべたのはグリンピース豆の木。

エドガー・アラン・ポーに捧げられた‘眼は奇妙な気球のように無限に向かう’は
眼球の怪人。眼球は気球に見立てられ下にのびた綱には人間の首をまきついて
いる。あまり長くみていると夢でうなされそう。ルドンという画家はとてもお
もしろく、画業の後半はすぱっと黒から手をひき色彩の美にとりつかれる。
‘目を閉じて’はいろいろあるヴァージョンのひとつで母性を感じさせる女性がき
れいな花々にとり囲まれている。

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2020.05.20

美術館に乾杯! 岐阜県立美術館 その一

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   山本芳翠の‘浦島図’(1893~95年)

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   山本芳翠の‘裸婦’(1882年)

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   前田青邨の‘ラ・プランセス’(1957年)

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   川合玉堂の‘深林宿雪’(1936年)

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   川合玉堂の‘日光裏見滝’(1903年)

岐阜県美はこれまで2回訪問する機会があった。最初は名古屋に仕事で2年
ほど住んでいた頃で27年前。そして、2006年ここで待望の前田青邨展が
行われたのでわざわざ新幹線ででかけた。でも、岐阜市のどのあたりに美術
館があったかは覚えていない。

浦島太郎の話は桃太郎とともに子供のころにインフットされた童話の定番。
竜宮城で美女と美味しい食べ物に囲まれるのだから誰だってそんな体験をし
てみたいと思う。それがもし実現したらどんな光景になるのか、山本芳翠
(1880~1901)の描いた絵をみると楽しさが倍増する。ところが、
この浦島太郎はぱっとみると女性にみえる。亀の甲羅にのせた足はたしかに
男の足だが、風でながれる長い髪と綺麗な顔立ちはどうみても女性。
不思議な浦島像の狙いは何だったのか。芳翠は美形の女性を描くのがとても
上手い。パリに留学していたときの作品‘裸婦’にも大変魅了される。

日本画のビッグネーム前田青邨(1885~1977)は岐阜県中津川市の
出身。東京での回顧展をずっと願っていたが、想定外の岐阜県美と浜松市美
での開催。全点みたいので大半がダブルのは目をつぶって浜松にも足をのば
した。‘ラ・プランセス’は高松宮妃の肖像。青邨は‘夜会服姿の妃殿下の華や
かで気品のある風格と雰囲気を描きたかった’と語っている。

愛知県に生まれ、岐阜で育った川合玉堂(1873~1957)の2点もこ
このお宝絵画。画面の右半分で樹木を傾かせて俯瞰の視点をつくる構図と
長谷川等伯の‘松林図’を彷彿とさせる静寂さが心に響く‘深林宿雪’はお気に入
りの一枚。そして、紅葉の赤が印象深い‘日光裏見滝’もぐっと惹きこまれる。

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2020.05.19

美術館に乾杯! 瑞龍寺・永平寺

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   瑞龍寺伽藍(手前から総門、山門、仏殿、法堂)

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   仏殿(国宝 1659年)

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   法堂(国宝 1655年)

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  久隅守景の‘四季山水図襖’(1655~58年)

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   永平寺伽藍(中央の大屋根は法堂)

富山県の好感度は今とてもいい。それは大関に昇進した朝乃山と全米プロバ
スケットの八村(ともに富山市出身)の登場が大きく貢献している。八村の
プレーは見る機会がほとんどないがときどき流れるスポーツニュースで俊敏
な動きをみると能力の高い選手であることはよくわかる。一方、朝乃山の
ことなら途端に饒舌になる。この力士は‘もっている’のである。ここ一番で
勝つのはその証。大関としての場所は7月までのばされたが、一気に横綱ま
で駆け上るような気がする。

二人を輩出した富山市にはまだ足を踏み入れていない。少ない情報をもとに
できているこの街のイメージはなんといっても富山の薬売り、そして魚が
美味しそうなこと(北陸地方はどこもだろうが)。実際にでかけたところで
大きな感動をあじわったのは高岡市にある曹洞宗の名刹、高岡山瑞龍寺。
‘ずいりゅうじ‘という名前もすごくインパクトがある。

びっくりするほど壮大な伽藍で総門、山門、仏殿、法堂が一直線に並んで
いる。総門は重文だが、ほかの3つは全部国宝に指定されている。この立派
な禅宗建築を指揮したのは加賀藩第三代藩主前田利常で二代藩主の利長の冥
福を願ってのものだった。だから、腕のいい加賀藩お抱えの大工が総出で
建立した。法堂内陣の仏間には利長の位牌がある。利常は瑞龍寺に書跡、
絵画、工芸品などの宝物を数多く寄進しており、そのひとつが久隅守景の
‘四季山水図襖'。

北陸でもうひとつ忘れられないお寺は道元を開山とする永平寺。かなり前の
ことなので記憶がだいぶ薄れているが、ここには厳しい修業をしている僧侶
がたくさんいるというので静かに々が伽藍をまわったということはよく覚え
ている。

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2020.05.18

美術館に乾杯! 福井県立美術館 その二

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   横山大観の‘老君出関’(部分 1910年)

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   下村観山の‘寿星’(1915年)

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   冨田渓仙の‘越前紙漉’(1926年)

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   川端龍子の‘花下行人’(1940年)

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   横山操の‘川’(1956年)

諺の‘類は友を呼ぶ’がそのまま絵画コレクションのスタイルになっているの
が福井県美。菱田春草(1874~1911)があるなら当然仲間の横山
大観(1868~1958)や下村観山(1873~1930)もみたい。
大観は4,5点あるがお気に入りは‘老君出関’。左の牛に跨った老人が道家
の祖とされる老子。周の役人だった老子は国が衰退するのを憂いこの地を
去り仙人になる。この場面は右幅の国境の函谷関を越えてきたところ。

観山の‘寿星’は見ごたえのある名品。寿星は寿命を支配する南極老人星
(カノープス)のことでその化身が七福神の一人である寿老人。こういう
絵にお目にかかると長生きができそうなので熱心にながめている。5年前
だったら天文学に関心がなくカノープスに反応しなかったが、今は星々の
ことがBS2の‘コズミックフロント’を見ているおかげでだんだんわかるよ
うになりもっと深く知りたいと思うようになった。人生何がおこるかわか
らない。

大観と馬があった冨田渓仙(1879~1936)は福井のイメージと
強く結びつく越前和紙の紙漉きの様子を絵にしている。渓仙の画風はちょ
っと漫画チックなところと子どものお絵かきのように奥行き感がなくペタ
ッとしているのが特徴。優しい感じのする女性の仕事ぶりをみていると
なにか心が和む。

大田区にある川端龍子記念館に10年くらい前よく通った。ここにどどっ
と収蔵されている川端龍子(1885~1966)の大作の数々を全部み
たかったから。その願いが叶えられたので最近は足が遠ざかっているが、
回顧展の図録をひっぱりだすと無性にみたくなることがある。コロナ自粛
が落ち着いたらでかけるかもしれない。‘花下行人’が描かれたのは第二次
世界大戦開戦の翌年、そのため桜を楽しむ人々のなかに国民服を着た人物
が描かれている。

近代日本画のなかで横山操(1920~1973)ほど前衛的な表現をも
ちこんだ画家はいない。画面全体が漆黒の世界になっている‘川’をはじめ
て見た人はこれが日本画?現代アートの範疇ではないの、と思うにちがい
ない。普段の生活のなかで目にする光景を光を消して表現するとこんな感
じになる。では、これで気が滅入るか、じっとみれるかは見る人の世界観
次第。暗くたって心を澄ませば明りがみえてくることだってある。

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2020.05.17

美術館に乾杯! 福井県立美術館 その一

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  岩佐又兵衛の‘龐居士'(17世紀)

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  岩佐又兵衛の‘弁慶安宅の関図'(17世紀)

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  狩野芳崖の‘伏龍羅漢図'(1885年)

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  菱田春草の‘落葉'(部分 1910年)

福井県美の名前が強くインプットされたのは2人の画家とかかわりがある。
福井に20年くらい住んでいた岩佐又兵衛(1578~1650)と明治
以降に活躍した日本画家のビッグネーム菱田春草(1874~1911)。
2004年に千葉市美で待望の岩佐又兵衛展が開かれMOAが所蔵する‘山中
常盤物語絵巻'をはじめとする主要作品がずらっと並んだ。関心の高かった
又兵衛なので天にも昇るような気持だった。

そこに福井県美から出品されたのが‘通称旧金谷屏風 龐居士(ほうこじ)'、
これは又兵衛の福井時代前期(1616年ごろ移住)の作品で福井の豪商、
金谷家に伝来した。もともとは六曲一双の押絵貼屏風だったが、一扇ごと
にばらされ今は軸装された10点が別々に所蔵されている。そのうち‘虎図’
など4点が東博にあり、出光美も1点もっている。運よく全部目のなかに入
った。

‘弁慶安宅の関図’は福井時代後期に描かれた‘和漢故事説話図’(全12点)の
ひとつ。岩佐ワールドを存分に楽しめる作品で中央が義経を匿うため大芝居
を打っている弁慶。弁慶をガリバーのように大男に仕立てる戯画チックな
描写が又兵衛の魅力。ほかには布袋と寿老が酒宴でいい気持になっている
場面を描いたものもある。

狩野芳崖(1828~1888)の‘伏龍羅漢図’はフェノロサ・コレクショ
ンとしての一度はアメリカに渡ったが、何年か後に里帰りしたが長らく行方
不明だった。ところが、いいめぐり合わせで1994年所在がわかり福井県
美におさまった。なかなかいい絵。

菱田春草の‘落葉’は2014年東近美であった大回顧展に登場した落葉ヴァー
ジョンの主役として展示された。永青文庫のものと同様心が洗われる傑作で
ある。この静寂につつつまれた落葉をみるときの気分は長谷川等伯の‘松林図’
をながめているときと似ている。等伯のDNAは春草に引き継がれたようだ。

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2020.05.16

美術館に乾杯! 石川県立美術館 その二

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     松田権六の‘蓬莱之棚'(1944年)

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   大場松魚の‘平文輪彩箱'(1984年)

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   柴田是真の‘漆絵画帖'(1882年)

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   安田靫彦の‘飛鳥をとめ'(1958年)

金沢は京都、松江とともに日本の‘三大和菓子街'といわれている。以前TVで
金沢の人たちは和菓子を家や街のお店で日常的に食べているところが紹介
されていた。京都なら生八橋をお土産によく買うし、松江についても彩雲
堂の‘伯耆坊'を美味しくいただいている。でも、金沢の銘菓にはまったく縁
がない。誰もが知っている銘菓は何というのだろう?

お菓子の情報はないが、金箔や蒔絵のことは美術番組をみたり人間国宝展
などへ足を運んでいるのでかなり目が慣れてきた。石川県美にはこうした
工芸品の傑作がたくさん展示されている。体が吸い寄せられるのが漆芸界
の神様のような存在である松田権六(1896~1986)の‘蓬莱之棚'。

日本美術におけるMy‘鶴ベスト3'は宗達・光悦の‘鶴下絵三十六歌仙和歌巻'、
加山又造の‘千羽鶴'、そして松田権六の蒔絵。宗達、又造が飛翔する鶴の
集団を描いたのに対し、権六の鶴たちは川のなかで羽を休めている。琳派
風の美しい流水文が立ち姿の鶴を引き立てているが、ぱっとみると鶴群
が意匠化され装飾的な表現になっているようにみえるが、棚を横に視線を動
かすと一羽々の姿にはバラエティがあり、方向性も一様ではない。このあた
りがとても上手い。

松田権六に師事した大場松魚(1916~2012 人間国宝)の‘平文輪
彩箱'は6年前開催された日本伝統工芸展の特別展に出品された。繊細に細工
された輪が幾重にも重なる文様はモダンな香りがしてまるでホテルのVIPル
ームに置いてある装飾品のよう。

柴田是真(1807~1891)の‘漆絵画帖'は工芸品ハンターの心を揺す
ぶる一品かもしれない。全部で10図あり、魚や蝶々のほかに二見浦、月に
兎、亀にも目が寄っていく。安田靫彦(1884~1978)の‘飛鳥をと
め'は蓮の花をもった乙女の配置がとてもいい。後ろの仏像をふくめて画面に
広がりが感じられる。簡単に描けそうだが、こういう構図におさまるのは
画家のもっている空間感覚のなせる技。

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2020.05.15

美術館に乾杯! 石川県立美術館 その一

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  野々村仁清の国宝‘色絵雉香炉'(17世紀後半)

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   ‘古九谷 色絵鳳凰図平鉢'(17世紀)

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   ‘古九谷 青手樹木図平鉢'(17世紀)

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    俵屋宗達の‘槇檜図屏風'(17世紀前半)

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   久隅守景の‘四季耕作図屏風'(重文 17世紀後半)

かなり前出かけた北陸の人気観光地石川県金沢は苦い思い出がある。高速道
路を順調に進みあと1時間くらいで金沢に到着するあたりで前のクルマの
速度がやけに遅い。それに合わせているとかったるいのでアクセルをふかし
てスピードをあげたら運悪く検問にひっかかりスピードオーバーでアウト。
県外の者は知らないだけで地元の人はここが検問ゾーンだということをよく
承知しているのでゆっくり走っていたのである。罰金はとられるわ免停にな
るわでえらい目にあった。

金沢市内にある石川県立美で一番のお目当てはなんといっても野々村仁清の
‘色絵雉香炉'。これは国宝に指定されている。国産のやきもので国宝はこれ
を含めてわずか5点しかないのでどうしてもみたかった。香炉といっても雉
をかたどった置物のようなものだから親しみが沸く。仁清はほかにも鶴や鶏
の香合もつくっている。また、意表を突く法螺貝の香炉にも惹かれる。

いろいろなやきものがある中で色の強い圧でふっとばされそうになるのが
古九谷。ここには傑作が揃っている。大変魅了されるのが片足立ちした鳳凰。
横向きの姿をすっきりみせる造形美に言葉を失ってしまう。もう一点、いい
のがある。赤を使わない青手の‘樹木図平鉢'、黄色の青海波をバックにして
葉は深い緑、幹は紫で表現された樹木が浮き上がっている。そして縁は緑一
色。これほどインパクトのある青手はそうない。一生の思い出となった。

絵画では琳派展になると欠かせないピースとして展示される俵屋宗達の‘槇檜
図屏風'と久隅守景の‘四季耕作図屏風'が見逃せない。宗達の絵はここではみた
記憶がないが、四季耕作図のほうは農村における仕事の光景が興味深くなが
くみていた。

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2020.05.14

Anytime アート・パラダイス! 七変化の画家 カイユボット

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  ‘雨のヨーロッパ広場'(1877年 シカゴ美)

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  ‘ヨーロッパ橋'(1876年 ジュネーブ プティ・パレ美)

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  ‘床のかんなかけ'(1875年 オルセー美)

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  ‘ペリソワール'(1877年 ワシントンナショナルギャラリー)

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  ‘スタンドに並べられた果物'(1882年 ボストン美)

2008年に訪問したシカゴ美にはお宝中のお宝ともいえる絵が3点ある。
スーラの‘グランド・ジャット島の日曜日の午後'、ホッパーの‘夜ふかしをする
人たち'。さて、もう一枚の絵はどれか、それは印象派の画家カイユボット
(1848~1903)の‘雨のヨーロッパ広場'。カイユボットはあまりみた
ことないけど、そんないい絵がシカゴにあるの?と思われた方が多いかもしれ
ない。

ところが々、ここには仰天するほどすばらしいカイユボットがどーんと展示さ
れているのである。縦2.1m、横2.8メートルの大作で人々が行きかう
街路の様子が巧みな構図でとらえられており、見ているわれわれも向こう側に
むかって歩いているよう。そして目が点になるのが雨で濡れた路面の描き方。
その湿潤な感じがよくでており滑らないようにゆっくり歩こうという気になる。

この絵と似た雰囲気をもつのが2013年にブリジストン美で開催された‘カイ
ユボット展'に出品された‘ヨーロッパ橋'。ここで印象深いのは橋の鋼鉄製の橋桁
や真ん中の男女、そして犬の路に映る影、日差しが強いときみられる光景だか
ら絵の中にすっと入っていける。

タイトルの‘七変化の画家'はこの回顧展の副産物。有り難いことにブリジストン
の奮闘によって海外からいい絵画たくさん集まってきた。それらを一点々じっ
くりみながらほかのどの画家と描き方が似ているかいろいろ思い浮かべてみた。
すると、お馴染みの画家たちがでてくる。カイユボットはゴーギャンと同い年
だが、先達の画家たちの技法を吸収し独自の作風をつくっていったことがよく
わかる。例えば肖像画はドガ的なところがあり、オルセーにある‘床のかんなか
け'はどこかマネの絵に通じる。

ひとり乗りのカヌー(ペリソワール)を漕ぐ男たちを描いた作品はモネを彷彿
とさせるが、こちらにぐいぐい進んでくるカヌーを画面の真ん中にすえアッ
プで描くところはカイユボットならではの表現。川の水面に光がきらめきカヌ
ーを速いスピードで乗りこなす若い男がどんどん迫ってくる。これは映画の撮
り方でもある。本当にいい絵と出会った。

ボストン美で遭遇した‘スタンドに並べられた果物'はMy‘静物画ベスト5'に入れ
ている作品。果物の量感と赤や黄色の力に200%KOされた。マネもセザンヌ
もこの果物をみたら裸足で逃げたにちがいない。

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2020.05.13

Anytime アート・パラダイス! ロートレックの陽と陰

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   ‘寝台'(1892年 オルセー美)

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   ‘個室の中'(1899年 コートールド美)

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   ‘カフェ・ミー'(1891年 ボストン美)

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 ‘シミーズをまくる女'(1901年 オルブライト=ノックス美)

絵描きの創作意欲が画家の常日頃の感情の持ちようによって支配されている
のは間違いないが、陽気なときと精神が不安定なときの振れ幅がどれくらい
あるかは画家それぞれ。ロートレックは後年モンマルトルに入り浸って馴染
みの娼婦と会話を交わし酒をあおるという生活だったから、作品には娼婦が
たくさん登場する。

でも、こういう都会の底辺に生きる人々の陰の部分だけがロートレックの
表現のすべてではない。見る者に無邪気で底抜けに明るい気分をよびおこす
絵も描いている。その極めつきがオルセーにある‘寝台'と昨年のコートールド
美展に出品された‘個室の中'。‘寝台'はベッドで寝ている人はすごく親しみを
覚えるにちがいない。恋愛映画にはこういうシーンは必ずでてくる。
そして、‘個室の中'は真っ赤な口紅が印象的な高級娼婦のはじける笑顔がなん
ともいい。お客がひっきりなしにつくから余裕で気分は自然とおおらかにな
るのだろう。

ドガの‘アプサント'を意識して描いたのが‘カフェ・ミー'、ドガの絵と同様、
二人は心が通い合っていないことはすぐ察しがつくが、この状況は典型的な
中年離婚の症状。ぷいと横を向く女の心の中は‘もうあんたなんかの顔もみた
くないわ、ほとほと愛想がつきたよ。大人しくお前のいうことをきくよ、
なんて言ったってよりを戻す気はないからね'ということかもしれない。

‘シミーズをまくる女'は日本で30年くらい前開かれたアメリカのバッファ
ローにあるオルブライト=ノックス美の所蔵名品展でお目にかかった。当時
はまだロートレックのイメージがポスターで固まっていたから、リアルな
人物描写にドキッとした。

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2020.05.12

Anytime アート・パラダイス! ロートレックに乾杯

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  ‘ムーラン・ルージュにて'(1892年 シカゴ美)

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  ‘マルセル・ランデ'(1896年 ワシントンナショナルギャラリー)

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  ‘ムーラン・ルージュにて:踊り'(1890年 フィラデルフィア美)

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 ‘ムーラン・ルージュにて 踊る二人の女たち'(1892年 プラハ国立美)

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  ‘赤毛の女(化粧)'(1889年 オルセー美)

日本でロートレック(1864~1901)の回顧展が開かれた場合、展示
の中心は歓楽の街モンマルトルにある劇場の宣伝ポスターや踊り子たちを描
いた版画になることが多い。だから、ロートレックはインパクトのあるポス
ターを得意とした画家というイメージができあがってしまう。こういう作品
一度はみておきたいが、そのあとはパスでもいいかなという気になる。

これまでロートレックをとりあげるときはいつも述べているようにこの画家
の真骨頂は油絵のほう。ではその作品はどこに行けばみれるか。もちろん
パリのオルセーは外せないしいい絵画があるが、もっと楽しもうと思えば
アメリカの美術館をまわるのがいい。もっとも魅了されているのが2008年
に訪れたシカゴ美で遭遇した‘ムーラン・ルージュにて'。右端にアップで描か
れた女性の顔に度肝をぬかれた。額と目と鼻が薄青緑でほかの光があたった
ところは白の化粧を塗りたぐったようにみえる。この女性からのびる対角線
上に男性の客が並び向こうから2番目にいるのがロートレック自身。このは
っとさせる構図は明らかに浮世絵の描き方を意識している。

ワシントンのナショナルギャラリーにある‘シルぺリック劇場でボレロを踊る
マルセル・ランデ'は浮き浮きさせる絵。TASCHENのロートレック本の表紙
を飾っているのがこの絵。見たくてしょうがなかったが2008年のときは
なぜか姿をみせてくれなかった、思いの丈が叶ったのはその5年後。この美術
館にはロートレックはほかにも4,5点あるがこの絵が一番輝いていた。
踊りが入った絵はムーラン・ルージュのものがフィラデルフィア美とプラハ
国立美にある。こちらはマルセル・ランデと比べると踊りが派手でなく静か
な感じにみえ、手前の人物を大きく描きその向こう側に奥行き感をつくって
店の賑わいを表現している。

女性の絵にどっぷりはまっているのには後ろ向きで顔をみせないものはまった
く心が動かされない。でも、例外が一枚ある。それはロートレックの‘赤毛の女
(化粧)'。背中がこの娼婦の心情を語っているようで惹かれる。床に座ってい
るのがいいのかもしれない。

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2020.05.11

Anytime アート・パラダイス! パリのエンターテイメント

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  ドガの‘バレエの授業'(1876年 オルセー美)

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  ‘競馬場:アマチュア騎手たち'(1887年 オルセー美)

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  ‘田舎の競馬場で'(1869年 ボストン美)

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 ‘フェルナンド・サーカスのララ嬢'(1879年 ロンドン・ナショナルギャラリー)

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   ‘カフェ・コンセール'(1877年 リヨン美)

ドガはバレエがよほど好きだったのか踊り子の姿をスポットライトを浴びる
舞台、開演前のリハーサル、厳しい稽古場などいろいろな場面で描いた。
普通に発想すると観客の視線を一心にあつめる踊り子の晴れ姿を描けばそれ
で終わりとなる。ところが、ドガは舞台の裏側をなぜかこまごまとみせてく
れる。‘バレエの授業'はよくあるTVの芸能ドキュメント番組‘オペラ座踊り子
物語'をみているよう。

芸事に厳しい稽古は当たり前、一流になるためには足の曲げ方、手の動かし
方など体におぼえさせることはたくさんある。真ん中で杖を支えにして立っ
ている老教師の鋭い視線からはレッスンの厳しさが伝わってくる。指導がす
でに終わった子や順番を待っている子のなかには背中を掻いたり耳をさわっ
ている子もいる。ドガの目がいろんなところをみているのがおもしろい。

踊り子同様、ドガの競馬場の絵にはレースがはじまる前の光景がたくさんで
てくる。注目は馬の描き方。‘競馬場:アマチュア騎手たち'では左の1頭だけ
は緊張のためパワーが発散するのか入れ込んでいる。それを御するのが騎手
の手綱さばき。スタート前にはよくみられる光景だが、ドガはよくとらえて
いる。‘田舎の競馬場'は一家で競馬見物にでかけた情景が描かれている。
中景の左にレース中の2頭が疾走しているところがみえ。でもそこはちらっ
とみるだけで視線は手前の右隅に大きく描かれた量感たっぷりの馬車のほう
に長くとどまる。

小さい頃はサーカスへ連れていってもらうと嬉しくてたまらなかった。あの
木下サーカスを何度もみた。ところで、このサーカス団はまだ存在している?
ドガにはサーカスの舞台を描いた作品がある。‘フェルナンド・サーカスの
ララ嬢'。ララ嬢が口に食わえているのは一本のロープとつながった金属製の
もの。歯でくわえる力が少しでも弱くなると下へ落下する。いつも緊張して
みている。

‘カフェ・コンセール'はまだ縁がない。若い頃ジュネーブに住んでいたとき、
隣の方は日本人家族の奥さんたちと連れだってリヨンへでかけた。パステル
で描かれたダンサーの赤の衣装が印象深く目に焼きつくこの絵をなんとして
もみたい。ドガはこの絵をみるまでは済みマークがつけられない。リヨン美
は一級の美術館でほかにもいい絵は揃っていることはわかっている。リヨン
行きの夢は果たして叶うだろうか。

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2020.05.10

Anytime アート・パラダイス! 風俗画家ドガ

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  ‘アイロンをかける女たち'(1886年 オルセー美)

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 ‘アイロンをかける女性'(1887年 ワシントン・ナショナルギャラリー)

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  ‘婦人帽子店'(1882年 シカゴ美)

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  ‘アプサント'(1876年 オルセー美)

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  ‘菊のある婦人像'(1865年 メトロポリタン美)

画家の好き嫌いにはいろんなことが絡む。絵に対する先入観をあまりもたず
幅広くみることを心掛けているが、それでもはじめから心が向かわない画家
もいる。例えば、ルネサンスのあとに登場したマニエリスムとか幽霊を連想
させる描き方をするイギリスのビッグネーム、フランシス・ベーコン。
また、ある時期まで関心が薄かったが、なにかもめぐりあわせでグッとくる
作品に遭遇して気持ちが大きく傾く画家もいる。ドガ(1834~1917)
は後者。

ドガが最初ひっくりこなかったのはバレリーナの絵に心が動かなかったから。
絵にまだ熱心でないころはドガというとどうしてもステレオタイプ的に踊り
子の画家ととらえてしまう。このイメージが海外の美術館をまわって踊り子
ではない作品に接するようになってからだんだんほぐれてきた。その絵が
パリのカフェの光景やいろいろな店で働く人たちを描いたもの。

ブリューゲルが農村における人々の生活をおおらかに描いたのに対し、ドガ
は近代化を突き進む大都市パリの光と影をすごい観察力できりっと表現して
みせた。オルセーにある‘アイロンをかける女たち'をみたときはあくびをして
いる女に親しみを覚えた。どんなときにあくびがでるかわかっているから
アイロンがけに疲れた様子につい感情移入してしまう。一方、ワシントンに
ある同じアイロンがけの絵は山ほどある仕事をテキパキこなしている感じ。
忙しすぎてあくびもでないだろう。

シカゴ美でお目にかかった‘婦人帽子店'に大変魅了されている。売り物の帽子
をじっくりみている店員のさりげない一瞬のポーズがじつに上手い具合にと
らえられている。女の頭を並べた帽子であえて隠すところが憎い。ドガは
浮世絵にも興味をもっていたから真ん中、左右に帽子をどんともってくる
構図はその影響かもしれない。

‘アプサント'と‘菊のある婦人像'は近代化していくパリの影の部分が垣間見ら
れる作品。カフェでぼーっとしている女もエゾギクの横で晴れない顔してい
る婦人もどこか寂し気で不安を感じている様子。ドガの鋭い観察眼にはほと
ほと感心させられる。

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2020.05.09

Anytime アート・パラダイス! セザンヌ物語

Img_0001_20200509220601   ‘赤いチョッキの少年'(1890年 ビュールレ・コレクション)

 

Img_20200509220701    ‘りんごとオレンジ'(1899年 オルセー美)

 

Img_0003_20200509220701   ‘トランプをする人々'(1890~92年 オルセー美)

 

Img_0004_20200509220701  ‘大きな松のあるサント=ヴィクトワール山'(1887年 コートールド美)

 

Img_0002_20200509220701   ‘大水浴図'(1900~05年 フィラデルフィア美)

西洋絵画とのつきあいがはじまったのは成人になってからで、国内外の美術
館へ足を運ぶのがだんだん楽しくなりでかける回数が増えていった。だから、
大学生の頃までは中学・高校の頃の教科書やなにかの機会で目に入った美術
本に載っていた作品が画家が描いた絵のイメージのもとになっている。
セザンヌ(1839~1906)については最初にインプットされたのは
‘赤いチョッキの少年'、‘りんごとオレンジ'、そして‘トランプをする人々'。

おもしろいことにセザンヌに関しては、このころの印象がそのまま愛着度の
強さになっている。印象派の殿堂オルセーに訪れたとき、セザンヌのコーナ
ーで気持ちが高ぶったのはやはり‘りんごとオレンジ'。静物画はこの絵によっ
てうえつけられたから、もう最高に嬉しかった。これをみるたびに思い出す
のがある有名な絵画愛好家の言葉、‘この絵はモチーフが多視点から描かれて
いてこれがピカソやブラックのキュビスムに大きな影響を与えた。だから、
セザンヌはモネやルノワールより上なんですよ'。セザンヌ好きには理屈っぽ
い人が多くこういうつまらないことを平気で言う。新鮮でビビッドに表現さ
れたりんごやオレンジの楽しみ方がまるでわかってない。

昨年コートールド美が所蔵する‘トランプをする人々'が目を楽しませてくれ
た。これとオルセーにある別ヴァージョンを一緒に並べたミニセザンヌ展が
オルセーが大改修をしているときロンドンのコートールドで開催された。
運よくこれとめぐりあったが、ひとつひとつのの絵をみているとどちらも
グッとくるのに、二つが並んでいると画面のサイズに対して2人の男がより
大きく描かれているオルセーのものにどうしても目が寄っていく。貴重な
体験だった。

‘赤いチョッキの少年'と遭遇するのに長い時間がかかった。本物が姿を現し
たのは2年前の春、この絵を知ったころは少年の右手が異常に長いことなど
考えもしないから違和感などあろうはずがない。ふしぎなことに長い時を経
てみても昔同様、すっと絵の中に入っていける。これがセザンヌのマジック。
そして、永遠に目に焼きつけられる。

‘大きな松のあるサント=ヴィクトワール山'はセザンヌの風景画で一番心地
よく楽しめる作品。手前に松の枝で窓枠をつくるようにする構図は明らかに
浮世絵の描き方を意識している。でも、セザンヌはその事には一切触れない。
浮世絵の力を借りて創作したのではないと思っていたのだろう。

最後にたどり着いたビッグな作品が2度目のフィラデルフィア美訪問でお目に
かかれた‘大水浴図'。5年前のことだが、縦2m、横2.5メートルの大画面
に描かれた三角形構図に強い感銘をうけたことを今でも昨日のことのように
覚えている。そして、思った。この傑作をみたらロンドンナショナルギャラ
―、オルセー、そしてバーンズコレクションにある水浴図はみれないなと。

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2020.05.08

Anytime アート・パラダイス! ゴーギャンの悪魔的世界

Img_20200508222901   ‘死霊が見ている'(1892年 オルブライト=ノックス美)

 

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‘オヴィリ(野生)'(1894年 オルセー美)

 

Img_0003_20200508222901   ‘ぶどうの収穫(人間の悲劇)'(1888年 オードロップガード美)

 

Img_0002_20200508223001  ‘肘掛け椅子のひまわり'(1901年 ビュールレ・コレクション)

1891年タヒチに渡ったゴーギャンは西洋とは全く異なる野生の世界と真摯
に向き合った。そこからでてくる表現にはエキゾチックすぎて悪魔的な怖さを
感じてしまうほど力がある。‘死霊がみている'はそんな極めつきの一枚。いっ
しょに生活していた少女がおびえた顔をしてベッドに横たわっているのは左奥
に死霊がいるから。自然とともに生きるタヒチの原住人が一番恐れたのが死霊。
ゴーギャンも一度みたことがあると言っている。

オルセーにある女性彫像‘オヴィリ'は不気味なイメージがとても強い。オヴィリ
はタヒチ語で‘野生・未開‘を意味し、ゴーギャンは文献を読んで月の女神ヒナと
地の神ファトウを再生させた。彫刻はほかに自分を描いた壺が有名だが、女神
像の影が重なり緊張を強いられる。

ゴーギャンはタヒチに行く前から相当ワイルドライフにのめりこんでいたから、
‘ぶどうの収穫(人間の悲劇)'のようにかなり違和感のする女性が登場する。
異様につりあがった目はどこか小悪魔の姿を彷彿とさせる。このつりあがった目
の人物はよく登場し、プーシキンにある‘浅瀬'にでてくる馬に乗った死霊の目も
忘れられない。

複数のヴァージョンがある‘肘掛け椅子のひまわり'はじっとみるとドキッとさせ
られる。肘掛け椅子の上におかれたひまわりはゴッホとのかかわりを意識した
ことをうかがわせるが、関心の的はこのひまわりよりも椅子の背もたれにかけられた白い布の向こう。そこにルドンの眼球を連想させる花が浮かんでいる。これもタヒチの死霊や悪魔の存在を意味している?

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2020.05.07

Anytime アート・パラダイス! ゴーギャン ベスト5

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  ‘説教のあとの幻影'(1888年 スコットランド・ナショナルギャラリー)

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   ‘浜辺の二人の女'(1891年 オルセー美)

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   ‘アベマリア'(1891年 メトロポリタン美)

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   ‘果物を持つ女'(1893年 エルミタージュ美)

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  ‘我々は何処から来たのか、'(1897年 ボストン美)

好きな画家への思い入れが強くなればなるほど、究極の傑作を選んでみたく
なる。ゴーギャン(1848~1903)の場合、ここにあげたのがベスト
5。描かれた順番に並べてみた。

タヒチに行く前に滞在したブルターニュ地方のポン=タヴェンで描いた
‘説教のあとの幻影'は北斎漫画の影響が見られる作品としてよく紹介される
ので本物をみたくてしょうがなかった。でも、この絵があるのは遥か離れた
スコットランド・ナショナルギャラリーだからそう簡単にはみれない。
運がめぐって来たのは2010年、ロンドンのテート・モダンで大ゴー
ギャン展が開催されたので、これにあわせてパリ・ロンドン旅行を組み長年
の思いの丈を叶えた。

はじめてのオルセーでは美術の教科書に載っていた画家の代表作が次々目の
前に現れるのでテンションが上がりっぱなしだった。ゴーギャンは5,6点
あったがもっともインパクトがあったのは太い腕や足などが強い存在感を生
み出している‘浜辺の二人の女'。この絵によってタヒチのゴーギャンの
イメージができあがった。同じ年に描かれた‘アベマリア'にも大変魅了され
ている。アメリカの大きな美術館はどこもいいゴーギャンをもっているが、
数が多いのがメトロポリタンとワシントンナショナルギャラリー。METの
‘アベマリア'はまるで西洋の宗教画のよう。立ち尽くしてみていた。

20年前、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美を訪問したのは生涯の
思い出である。モスクワのプーシキン同様、ゴーギャンが印象派・ポスト
印象派コレクションの目玉で15点ある。そのなかで200%心を奪われた
のが‘アベマリア'の2年後に制作された‘果物を持つ女'。どーんと大きく描か
れた美形のタヒチ女に呆然としてしまった。

絵のタイトルが哲学者や思想家が発する言葉のようになっているため小説や
演劇、映画など絵画以外でもよく使われる‘我々は何処から来たのか、我々は
何者か、我々は何処へいくのか'は2009年東近美で公開された。ボストン
美との相性の良さから実現したとはいえ、一生に一度の‘大事件'だった。
この大作にはゴーギャンの画家人生が全部つまっている。ゴーギャンに乾杯!

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2020.05.06

Anytime アート・パラダイス! もっとみたいゴーギャン

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  ‘神の子の誕生'(1896年 ノイエ・ピナコテーク)

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   ‘市場'(1892年 バーゼル美)

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   ‘アルルのカフェ'(1888年 プーシキン美)

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  ‘マンゴーとタヒチの女'(1896年 プーシキン美)

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  ‘マンゴーを持つ女'(1892年 ボルチモア美)

西洋美にやってくることになっていたゴッホの‘ひまわり'(ロンドンナショナ
ルギャラリー蔵)は新型コロナウイルスの感染の影響でロンドンナショナル
ギャラリー展自体が実現しそうにないので‘幻の展示'に終わりそう。ゴッホの
回顧展は昨年の秋から今年の1月まで上野の森美で開かれたように日本では
その人気の高さを反映して定期的に開催されることが多いので、なんらかの
リカバリーがあることを期待したい。

ゴッホとくればゴーギャン(1848~1903)のことも一緒に思い浮か
ぶ。でも、ゴーギャン展はゴッホの5分の一くらいの頻度でしか遭遇しない。
そのため、お目当ての絵をみるためにはどうしても海外へ出かけて行く必要
がある。ところが、今は海外旅行どころではない状況。アバウトな美術館巡
り計画にもうひとつアバウトがつきそうだが、まだあきらめてない。

2018年デンマークのコペンハーゲンにあるニューカールスベア美術館で
質の高いゴーギャンコレクションをみた。これでコンプリートの階段を1段も
2段も上がった感じ。そして、次にターゲットはミュンヘンのノイエ・ピナコ
テーク、バーゼル美、モスクワのプーシキンにある作品。

この3館にはほかの画家のいい絵がたくさん揃っているが、ゴーギャンは
所蔵品のなかでも自慢のひとつであることは間違いない。みる順番はどうな
るかわからないが、画集に必ず載っている‘神の子の誕生'、‘市場'の場合、
どうしても個人旅行になりそう。プーシキン美はアメリカのアンテロープ
キャニオン行の後に予定を組んでいるので、コロナウイルス次第だが数年の
うちに‘アルルのカフェ(ジヌー夫人)'と‘マンゴーとタヒチの女'とは対面で
きるかもしれない。

可能性が低いのがボルチモア美にある‘マンゴーを持つ女'。インパクトの強い
愛紫の衣装とタヒチ美人の顔立ちに心を奪われ続けているが、本物の鑑賞と
なると荷が重い。どうやってボルチモアまでたどり着くのか。NYに1週間
くらい滞在する個人旅行を組んで実現させるというエネルギーだあるかどう
か。でも、みたくてしょうがない。

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2020.05.05

Anytime アート・パラダイス! 目に心地いい点描風景画

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 スーラの‘ポール=アン=ベッサンの外港、満潮'(1888年 オルセー美)

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  シニャックの‘微風、コンカルノー'(1891年)

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  シニャックの‘マルセイユ港の入り口'(1911年 オルセー美)

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  ドランの‘ウォータールー橋'(1906年 テイッセン=ボルネミッサ美)

イギリスの著名な美術史家ケネス・クラークの著作のひとつに‘風景画論'
(1949年)というのがある。西洋画における風景画の位置づけを知るに
は丁度いいだろうと思って読んだのだが、気になることが書かれていた。
クラーク大先生は‘風景を絵にするのはおもしろくない'とおっしゃる。われ
われ日本人は水墨画や浮世絵があるので風景画を絵のジャンルとしては高い
ところにおいている。だから、この発言はちょっとショックだった。

この本を読んだ後、家のまわりの風景をじっくりながめてみた。たしかに
クラークのいうことがあたっているといえなくもない。いつもの見慣れた
光景に激しく心が揺すぶられることはない。立ち止まって感じ入る風景と
いうのは目を奪われるほど美しい街のなかを流れる川とか雄大な山々、
広々とした海の光景といったものに限られる。そのため、感情が深く入っ
ていく風景画に遭遇することは少ないし、人物が描かれていないものはなお
さらそうなる。

こうした目の前の光景をリアルにとらえて画面をつくっていくものと比べる
と、スーラ(1859~1891)やシニャック(1863~1935)が
はじめた点描を用いた風景画は色彩の力が強くなり装飾性があり意匠的な
表現がみられるようになる。スーラは人物のいない静謐なイメージの海景画
をいくつも描いている。お気にいりのひとつがノルマンディーのポール=
アン=ベッサン。目を細めてみると小説が書けそうな風景にみえてくる。

色の点々の大きさがスーラより少し大きいシニャックの点描風景画。最も魅
了されているのが‘微風、コンカルノー'、風が相当強く吹いているためたくさん
いるヨットの帆が大きく傾いている。なんだか海のポスターをみているよう。
‘マルセイユ港の入り口'とドラン(1880~1954)の‘ウォータール―橋'
は斑点の効果で色彩がいっそう浮きたち強烈な陽の光が目に突き刺さってくる。

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2020.05.04

Anytime アート・パラダイス! 点描画の共演

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  シニャックの‘ダイニングルーム作品152'(1887年 クレラー=ミュラー美)

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  トーロップの‘版画愛好家'(1900年 クレラー=ミュラー美)

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 ピサロの‘白い霜、焚き火をする若い農婦'(1888年 オルセー美)

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  レイセルベルへの‘舵を取る男'(1892年 オルセー美)

点描画で一世を風靡したスーラ(1859~1891)の相棒は4歳年下の
ポール・シニャック(1863~1935)。スーラは31歳の若さで亡くな
ったが、点描画の後を継いだポールはスーラの倍以上生きた。オランダの
クレラー=ミュラー美にシニャックの最高傑作がある。スーラの‘グランド・
ジャット島の日曜日の午後'の1年後に仕上げた‘ダイニングルーム作品
152'。この絵の情報はまったくなかったので現地では跳びあがるほどびっ
くりした。強い光がきらきら輝く港の光景だけでなくこんなすばらしい人物
画を描いていたとは。スーラ同様、ここでは音は聞こえてこない。

クレラー=ミュラーにはもうひとつとても魅了される点描人物画があった。
それはジャワ生まれのオランダ人画家、ヤン・トーロップ(1858~
1929)が描いた‘版画愛好家(ティンメルマン博士)' こういう風に後
ろ側からモデルをとらえる肖像画はみたことがないのですごく惹かれた。
博士がじっとみているのはロートレックのリトグラフ、絵が好きな様子が
よく伝わってくる。

上の2点がスーラとも通底する静けさを感じさせる点描画なのに対し、画業
の後半スーラに刺激をうけて点描法を学んだピサロ(1830~1903)
の‘白い霜、焚き火をする若い農婦'とベルギーのヘント出身のレイセルベル
へ(1858~1929)の‘舵を取る男'は小さな斑点を積み重ねた点描に
よって動きのある表現も十分できることを示している。

焚き火の絵では強い風が吹いているので若い農婦は火の勢いをますた
めどんどん木を折って投げ込んでいる。火がパチパチ音を立てている感じ
がよくでている。手が温まりそう。‘舵を取る男'のハッとする大胆な構図は
明らかに浮世絵の描き方を意識している。レイセルベルへとシニャックは
馬が合ったようで二人はブルターニュの海を船旅した。レイセルベルへは
ヨットに招待してくれたシニャックにお礼としてこの海洋画の傑作をプレ
ゼントしている。

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2020.05.03

Anytime アート・パラダイス! スーラ物語

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    ‘サーカスの客寄せ'(1888年 メトロポリタン美)

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 ‘アニエールの水浴'(1884年 ロンドンナショナルギャラリー)

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 ‘ポーズする女性たち'(1888年 フィラデルフィア  バーンズ・コレクション)

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  ‘グランド・ジャット島の日曜日の午後'(1886年 シカゴ美)

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  ‘シャユ踊り'(1890年 オッテルロー クレラー=ミュラー美)

絵画とのつきあいが長くなってくるとどういうわけかルーティンのようなこ
ともできてくる。そのひとつが‘西洋美術史'といったような全体の流れがわ
かる本を定期的にみること。これには展覧会でみた名画がこうした美術本に
載っているとその鑑賞体験が特別なものだったとわかり感激がさらに増すと
いう効果がある。

手元にあるスーラ(1859~1891)の本をみるたびに満足感が高まっ
ていく。運よく主要作品をだいたいみたからである。はじめてスーラの点描
画をみたのは1990年海外出張でNYとロンドンに行ったとき。メトロポ
リタンでは‘サーカスの客寄せ'をこれがあのスーラの点描画かと、息を呑ん
でみた。そのあと出かけたロンドンのナショナルギャラリーで遭遇した‘アニ
エールの水浴'はまず絵の大きさに驚かされた。縦2m、横3mの大きな画面
に河岸でくつろぐ人物たちにフォーカスした風俗風景画がどんと飾ってあっ
た。でも、じっくりみたら点描画全開ではなく点描になっているのは部分的
にとどまっている。なにかはぐらかされた感じだった。

その4年後、東京の西洋美でバーンズ・コレクションが公開されスーラの
‘ポーズをとる女たち'がマティスの‘生きる喜び'とともに目玉作品として人気
を集めた。質の高いすばらしいコレクションと縁があったのだからスーラの
コンプリートを目指してみようと思った。その大きなターゲットが‘ポーズを
とる女たち'のなかに画中画として描かれているあの有名な‘グランド・ジャッ
ト島の日曜日の午後'。

その夢が叶ったのは2008年、この絵はコレクターの遺言により門外不出
となっているためシカゴ美に足を運ばなくてはみれない。当時シカゴを含む
アメリカ大都市ツアーはほとんどなかったが、A社が企画してくれしかも
シカゴ美に入館するという理想的な行程が組まれていた。絵の前では最高の
気分だった。シカゴ美でスーラの最高傑作を見ているのだ!ミューズに感謝。
点描画はあまり近づくと多くの色の斑点がビジーになるので適当に離れてみ
るのが一番。音が消え光と静けさにつつまれた行楽地。目に焼きつけた。

2011年に訪問したオランダ、オッテルローにあるクレラー=ミュラー美。
ここはゴッホの一大コレクションが楽しめるが、スーラも見逃せない。みた
くてしょうがなかったのが‘シャユ踊り'。スーラは静謐な絵というイメージが
この踊りで破られた。スーラちゃん、ロートレックのポスターを連想させる
ナイトクラブの乱痴気騒ぎ踊りだって描けるじゃない、スゴイよ。

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2020.05.02

Anytime アート・パラダイス! ‘ヘントの祭壇画'

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Img_0001_20200502221801    聖バーフ大聖堂とファン・エイクの兄弟の記念碑

 

Img_0003_20200502221801  ヤン・ファン・エイクの‘ヘントの祭壇画 神秘の子羊の礼拝'(1432年)

 

Img_0002_20200502221801   子羊の比較(NHK日曜美術館2020年2月より)

 

Img_0004_20200502221801       ‘聖母マリア'(部分)

画家の評判にはいろいろある。ゴッホのように世界中に愛好家がいるような
画家もいれば、よその国の人間は知らなくとも国民画家として愛される画家
もいる。日本でいえば東山魁夷はフランスの美術本には載ってないが回顧展
が開かれればいつも大勢のファンが押し寄せる。同じような画家がほかの国
でもいるだろう。

また、人気の高い天才画家を較べてみても国によって熱狂ぶりが異なる。
イタリアではカラヴァッジョに多くの人が魅了されていてフェルメールは分
が悪い。そのフェルメールはオランダだけでなく日本にも熱心なファンが
たくさんいる。そして、フランスではカラヴァッジョやフェルメールより
ラ・トゥールのほうが断然愛されている。

さて、ベルギーの画家の話。ここにはスゴイ画家がいる。聖バーフ大聖堂に
飾られている‘ヘントの祭壇画 神秘の子羊の礼拝'を描いたヤン・ファン・
エイク(1390~1441)。高くそびえる大画家である。この最高傑作
をみたのは2005年オランダ・ベルギーを団体ツアーでまわったときで
一生の思い出となった。今年2月、日曜美術館にこの絵が登場したのでベル
ギーでファン・エイクの回顧展でも開かれているのかなと思ったが、8年前
にはじまった修復プロジェクトの成果にスポットをあてたものだった。

絵が描かれた後の時代に多くの修正や加筆が行われオリジナルの7割が変わ
っていたという。びっくりしたのは神秘の子羊の顔。以前は目と目の間がか
なりあいていたがもとは目が大きくまさに羊という感じ。俄然見たくなった。
ファン・エイクの絵の前に立つと夢中にさせるのが冠や衣裳につけられた
宝石のリアルな質感描写。アップで映していた聖母マリアの装飾飾りを声を
失ってながめていた。

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2020.05.01

ベートーベン&ブラームスに乾杯!

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1ヶ月前、ブラウザーをグーグルクロームに変更した。これにより
YouTubeがより楽しめるようになった。画面が大きくなったことと前
のインターネットエクスプローラーではでてこなかったものに出くわすこと
が多くなった。その効果のひとつがクラシック音楽。つい1週間前、バイオ
リニストのパールマンが演奏するブルッフ作曲の‘スコットランド幻想協奏曲
'がひょいと現れた。こんなことならもっと早くグーグルクロームにチェンジ
しとけばよかった。

このところドイツ人のことが気になっている。刺激はいくつかある。BSプレ
ミアムシアターでスピルバーグ監督の‘シンドラーのリスト'は久しぶりにみた
こと。今注目されている気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルが出演したNHK
Eテレ‘欲望の時代の哲学'(2020年3月放送)でも考えさせられることが
あった。そして、もう一つYouTubeで頻繁に聴いているベートーベン
の‘交響曲5番運命'とブラームスの‘交響曲2番'・‘4番'。

クラシック音楽については音楽の知識が体系的に蓄積されてなく、作曲家物語
に美術家物語ほど通じてない。でも、クラシック全体およびオペラにどんな
名曲があるかはおおよそ知っている。そして、今はその長年のクラシック体験
をもとにして絞り込んだ名曲に耳を傾けている。では、なぜ‘5番'、‘2番'・
‘4番'なのか。

ベートーベン(1770~1827)が生きた時代は画家の世界では誰がいる
かというとイギリスのターナー(1775~1851)やコンスタブル
(1776~1837)が近い。ある時期まで‘5番'を聴いてなかった。あの
♪♪ダダダダーン!の曲想が耳に馴染めなかったのである。お好みはピアノ協
奏曲皇帝のほうだった。ところが、ラトル指揮ベルリンフィルの演奏を聴いて
その気持ちが吹っ飛んだ。これまでの感覚は2楽章以降をじっくり聴いてなか
ったからだとわかった。元気強くそして優しい、本当に琴線にふれるメロディ
が終わりまで続く。これはやはり交響曲中の交響曲、腹にストンと落ちた。

一方、ブラームス(1833~1897)はマネ(1832~1883)の
1年後に生まれている。こういうペアリングはおもしろいので少し広げると、

モーツァルト(1756~1791)とイギリスのブレイク(1757~1827)
ショパン(1810~1849)、ワーグナー(1813~1883)
ヴェルデイ(1813~1901)とミレー(1814~1875)クールベ(1819~1877)
チャイコフスキー(1840~1893)とモネ(1840~1926)ルノワール(1841~1919)
プッチーニ(1858~1924)とスーラ(1859~1891)
マーラー(1860~1911)とカンディンスキー(1866~1944)
ラフマニノフ(1873~1943)とバッラ(1871~1958)

YouTubeで再生回数の多いベームの‘2番'と‘4番'。ドイツ人画家はルネ
サンス以来圧倒的な本流をいくイタリア人たちに較べその存在感は弱くどこ
か硬くて尖っている。でも、音楽となるとドイツやオーストリアは200%
スゴイ。その中軸にいるブラームスはどうしてこんなに心を揺すぶるいい音楽
をつくれるのか。観念論の大元締めでルールに厳格で硬いドイツ人というイメ
ージが消え、ブラームスの心は渋さ、柔らかさ、高潔的な激しさがほどよく
ブレンドされている。この落差は何なのだろう。日本に多くいるブラームス
好き同様、ますます嵌っていく。

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