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2020.04.10

美術館に乾杯! 銀閣寺

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    慈照寺銀閣(国宝 室町時代・1489年)

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  伊藤若冲の‘牡丹・百合図'(1747~1751年)

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  与謝蕪村の‘棕櫚叭々鳥図'(18世紀)

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  奥田元宋の‘山霊重畳図'(1996年)

修学旅行で訪問しなかった銀閣寺へでかけたのがいつだっかは記憶がまった
く残っていない。でも、よくおぼえているところが二つある。最初が中門に
むかう参道の両サイドにできた銀閣寺垣。ずっと続く背丈の倍以上もある
高い垣はエントランスの仕掛けとしてはよくできた演出。これでぐっと落ち
着く。

あの茶色の柿葺きの屋根をもつ銀閣寺(観音殿)の後ろ姿をみながら導線を
どんどん進んで行くとちょうど東求堂あたりでとても渋い銀閣寺の全体が
とらえられるようになる。前にあるのはちょっと古墳を連想させるが抽象的
な造形物のようにもみえる向月台と砂の庭、銀沙灘(ぎんさだん)。なんだ
かモダンアートと東山文化の粋とたたえられた銀閣が息をあわせてコラボし
ているよう。

金閣寺に伊藤若冲(1716~1800)の水墨画の傑作がたくさんあるの
に対し、銀閣寺が所蔵するのは着彩画の‘牡丹・百合図'。岩の描き方は清の
画家、沈南蘋が日本にもたらした花鳥画の細密描法の影響がみられるが明る
くて生き生きとした牡丹や百合の姿は若冲流の表現になっている。

若冲と同じ年に生まれた与謝蕪村(1716~1783)の‘棕櫚叭々鳥図'
や‘飲中八仙図'とはまだ縁がない。美術書でみてからずいぶん時が経つのに
その思いがなかなか実現しない。そもそも蕪村の絵が一般に公開されること
があるのかもまだ確認していない。でも、鑑賞欲は衰えていない。

奥田元宋(1912~2003)が大玄関の障壁画として1996年に完成
させた‘山霊重畳図'は運よく日本橋高島屋であった元宋の回顧展で遭遇した。
ほかにも‘流水無限'や‘湖畔秋耀'があることがわかっているのでいつかこの目
でと思っている。

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