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2020.03.31

美術館に乾杯! 大徳寺 その三

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  李唐の国宝‘山水図'(南宋時代・12世紀 高桐院)

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 国宝‘大井戸茶碗 銘 喜左衛門'(朝鮮時代・16世紀 孤篷庵)

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 国宝‘曜変天目茶碗'(南宋時代・12~13世紀 龍光院)

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  ‘一休宗純墨蹟'(重文 室町時代・15世紀 真珠庵)

高桐院は中に入れる塔頭のひとつだが、ここにある中国絵画の名品‘山水図'
はこれまで美術館で開かれる南宋絵画展とか大きな国宝展のようなイベント
的な特別展でお目にかかった。こういう中国絵画における山水画の楽しみは
自然の大画面になかに描かれた人物描写。右は瓢箪をもった男の子、左では
瀑布を仰ぎ見る二人の高士に目がとまる。

茶の湯展では欠かせないピースが大井戸茶碗、数ある名碗のなかでとくに
評価が高いのが孤篷庵が所蔵する国宝の‘銘 喜左衛門'、日用生活で使う
茶碗とそう変わりないというこの‘普通さ'がこの茶碗の魅力。そして、ちが
うところは高台にみられる白釉の大きな粒。一見雑な感じだが、これが渋い
枇杷色といい取り合わせになっている。

龍光院にある‘曜変天目茶碗'をみる機会がなかなか訪れなかったが、2017
年の秋ようやく夢が実現した。率直な印象は静嘉堂文庫の稲葉天目の星の輝
きもすばらしいが、龍光院の天目も美しいじゃないか、という感じ。
時間がたっぷりあるので3回もまわった。お陰で藤田美のものも含めて日本
にある天下の三碗がすべて目の中に入った。

達筆な字にほど遠い者にとってはいい書の価値がなかなか実感できない。
でも、ときどき強く惹かれるものに出くわすことがある。一休宗純
(1394~1481)の墨蹟もそのひとつ。‘諸悪莫作 衆善奉行'(もろも
ろの悪をなさず、もろもろの善を行う)。結構ハチャメチャなところがあっ
た一休だから、‘そうですか、でも、和尚さんは平気でその逆をしてますよ
ね'とツッコミを入れたくなる。

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2020.03.30

美術館に乾杯! 大徳寺 その二

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   大仙院庭園 枯山水石組

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 狩野元信の‘四季花鳥図'(重文 室町時代・16世紀 大仙院)

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  狩野永徳の国宝‘花鳥図'(室町時代・1566年 聚光院)

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  狩野永徳の国宝‘花鳥図'(室町時代・1566年 聚光院)

大徳寺山内にある24の塔頭のうち常時拝観が可能なのは大仙院、高桐院、
瑞峰院、龍源院の4つだけ。これまで足を運んだのは大仙院のみ。訪問し
たときはまだ日本画へ前のめり状態ではなかったので枯山水の庭園のほうが
強く印象に残った。枯山水庭園をすぐイメージする竜安寺とちがって、ここ
では部屋のすぐそばにこじんまりと庭園が造られているので石組の形で表現
された険しい山岳や砂の大海に浮かぶ舟をじっくりと感じることができる。

狩野派の礎をつくった狩野元信(1477?~1559)の絵をはじめてみ
たのはここに飾ってあった‘四季花鳥図'。これは八幅の障壁画だが、画像は
美術本によく載っている場面。ところが、じっさいにみたのはこれではなく
てもう半分のほう。だから、S字のように曲がる松の太い幹の後ろにどどっ
と流れ落ちている滝や鮮やかな赤い羽が印象的な鳥にいつかお目にかかりた
いと強く願ってきた。それがようやく実現したのは3年前サントリー美で開
催された狩野元信展。天にも昇るような気持でみていた。

聚光院方丈にもすばらしい障壁画がある。描いたのは狩野松栄(1519~
1590)と永徳(1543~1590)の父子。でも、これらは非公開。
だから、専門家でないと見る機会がない。ところがいいめぐりあわせが
2003年におきた。東博が襖絵を全部公開する特別展を開催してくれたの
である。

お気に入りはMr.狩野派の永徳が描いた‘花鳥図'。松を思わせるような巨大な
梅の木。その細い枝が左のほうへどんどんのびていくフォルムには躍動感を
ためた安定感がある。梅を主役に引きたてているのは幹にとまる鳥や鶯、
流石永徳、ものが違うという感じ。この梅の木の反対側に描かれている体を
ねじった鶴と松の関係がおもしろい。松がぐっと幹を傾けているので鶴は
それに呼応するように首を松のほうへむけている。

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2020.03.29

美術館に乾杯! 大徳寺 その一

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    大徳寺山門

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  牧谿の国宝‘観音猿鶴図'(南宋・13世紀)

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  牧谿の‘龍虎図'(重文 13世紀)

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   ‘五百羅漢図'(重文 南宋・1178年頃)

京都の街を移動するのはとても楽。縦と横の通りを頭に入れるとそう迷うこ
となく目的地にたどり着く。美術品の宝庫である大徳寺へ行くには一番北の
北大路通をめざせばいい。昔1年ほど京都に住んでいたのでこのあたりの感
じはよくつかめる。

大徳寺の本坊と塔頭の多くが非公開になっているためここにあるお宝をじか
に見る機会はごく限られている。そのため、中国絵画の最高傑作のひとつと
称される牧谿の‘観音猿鶴図'にお目にかかれたのは美術館で開かれる特別展
でのこと。これまで運よく2度見る機会があった。真ん中の慈愛あふれたま
なざしの観音をはさんで鶴と子どもを抱く手長猿が対角線で結ばれている。
ぱっとみてこれはいい!と感じるのだからスゴイ水墨画である。

‘龍虎図も'牧谿の絵で正面向きの虎はあまりみない構図。俵屋宗達がたぶん
これを真似て描いたちょっとユーモラスな顔つきに変えて描いた虎が出光美
にある。宗達流の猫のような虎のもとが牧谿だったとは。

12世紀に制作された‘五百羅漢図'(100幅のうち現存82幅)も大徳寺
のお宝になっている中国絵画の大作だが、12幅が明治の頃アメリカに流出
した。現在、ボストン美とワシントンのフリーア美が分蔵しているが、幸いな
ことにフリーアでみることができた。

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2020.03.28

美術館に乾杯! 妙心寺 その二

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   如拙の国宝‘瓢鮎図'(室町時代・1413年頃 退蔵院)

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  狩野元信の‘瀟湘八景図'(重文 16世紀 東海庵)

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  海北友松の‘花卉図屏風'(重文 17世紀)

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  海北友松の‘寒山拾得図屏風'(重文 17世紀)

妙心寺の三門の西側にある退蔵院に室町時代に描かれた記念碑的な水墨画
がある。描いたのは禅好きの足利四代将軍・義持と密接な関係をもってい
た相国寺の画僧如拙。角ばった顔の男が瓢箪を持って立っており、その先
の川には大きな鯰は泳いでいる。この風采のあがらない男は一体何をしよ
うとしているのか。

如拙が義持から与えられたテーマは‘すべすべした瓢箪でぬるぬるした鯰を
おさえとれるか?'。まず不可能なことはわかっているが、禅の極意を得よ
うとする僧たちは答えがあるようないような禅問答をくりかえす。それら
が絵の上のほうにびっしり記されている。

狩野元信(1477?~1559)の行体で表現されたお馴染みの画題
‘瀟湘八景図'は牧谿の幻想的な絵とくらべると山々の輪郭が見やすいため、
描かれているがかれている場所のイメージがよくのみこめる。墨の濃淡で奥
行き感をだし霧や霞の感じさせるところがなかなかいい。

妙心寺には狩野山楽だけでなくこれまたビッグネームの海北友松(1533
~1615)が最晩年に仕上げた3つの屏風がある。もっとも魅了される
のが‘花卉図'、大覚寺にある山楽の牡丹もすばらしいが、友松の牡丹もぐっ
とくる。牡丹はボリュームがあるのでこれくらいどーんと登場すると思わず
息を呑んでみてしまう。

不気味な笑いが気になる‘寒山拾得図'、経巻を思いっきりひろげているのが
寒山で後ろで箒をもっているのが拾得。金碧画で寒山拾得をみることはほか
にないが、地の金が二人の笑いの違和感を消しているのがおもしろい。

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2020.03.27

美術館に乾杯! 妙心寺 その一

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   狩野山楽の‘龍虎図屏風'(重文 17世紀初)

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  狩野山楽の‘商山四皓図屏風'(重文 17世紀初)

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 狩野山楽・山雪の‘梅花遊禽図襖'(重文 1631年 天球院)

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  長谷川等伯の‘枯木猿猴図'(重文 16世紀 龍泉菴)

仁和寺から南へちょっと歩くと禅寺の妙心寺がある。京都の寺や神社は全
部が全部いつ行っても中に入れるというわけではない。だが、こうした
非公開になっている文化財が年に2回特別にみれる機会がある。妙心寺は
普段みれるところとこの特別な公開を利用して2回訪問した。

ここにある日本絵画で最も印象深いのは狩野山楽(1559~1635)
の‘龍虎図'。龍と虎が戦うとどっちが勝つか?この絵に限っていえば、虎
に軍配が上がる。虎の絵は数多くあるが、獰猛度No.1はこの虎。口を開け
て龍を威嚇する姿には大きなパワーが秘められている。うかつに近づくと
大怪我をしそう。

‘商山四皓図'は色彩の力が全面にでている屏風。描かれている人物は中国
秦時代の隠士。いずれも髭や眉毛は白かったため四皓と呼ばれていた。
視線が向かうのはその白く光る髭ではなく、一癖ありそうな目。とくに
中央にいる人物のグロテスクな目つきが忘れられない。

天球院は境内にある塔頭のひとつ。ここに見ごたえのある花鳥画がある。
山楽・山雪(1590~1651)親子の合作による‘梅花遊禽図'。これ
を主として描いたのは山雪、このとき42歳で山楽は73歳だった。はっ
とするのは老梅の樹が垂直に角々と曲がる前衛的な表現。このフォルムに
度肝を抜かれる。そして岩の上にいる山鳥と枝のてっぺんにとまる小禽。
この二羽がつくる斜めのラインと樹のつくる垂直線が画面に動きを与え
ている。

龍泉菴にある長谷川等伯(1539~1610)の‘枯木猿猴図'も妙心寺
のお宝。数点描いた猿の絵は牧谿の手長猿がお手本になっている。左が
父猿で右は母子猿。心が和む水墨画に乾杯!

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2020.03.26

美術館に乾杯! 大覚寺

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  狩野山楽の‘紅梅図襖'(重文 桃山時代・17世紀初)

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  狩野山楽の‘牡丹図襖'(重文 17世紀初)

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  狩野山楽の‘松鷹図襖'(重文 17世紀初)

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  渡辺始興の‘野兎図'(重文 1734年)

京都嵯峨野にある大覚寺は狩野山楽(1559~1635)の障壁画の宝庫。
だから、嵯峨野をめざすのはお目当ての絵画をみるため美術館に足を運ぶの
と同じ感覚。桃山時代を象徴する絵画というと金碧画をすぐ思い浮かべるが、
山楽の描いた金碧画の最高傑作が宸殿の間を飾る襖絵‘紅梅図'と‘牡丹図'。

この絵の前にたつのは大きな鑑賞体験。永徳の金碧画が金地にうねる太い松
の幹が浮き上がっているのに対し、山楽のモチーフにはもちろん力強さはあ
るがそれに柔らかさとエレガントさが加わる。形のいい梅樹の枝ぶりに呼応
するように紅梅を鳥たちが楽しんでいる姿が心を打つ。一方、牡丹図のほう
は大きな牡丹の花と垂直にのびる岩の塊の組み合わせがとても新鮮。なんだ
か大宮の盆栽美術館にいるような気分になる。

水墨画の‘松鷹図'は松の巨木の存在感に視線が釘づけになる。そして鋭い目
をした鷹が枝にとまり獲物をうかがう様子にも惹きつけられる。こういう松
がうねる豪快な造形をみると武士たちはドバっとアドレナリンが出たにちが
いない。

渡辺始興(1683~1755)の障子の腰板に描かれた‘野兎図'は肩の力
がすっとぬける絵。素早い動きをする兎だということがこの描写ですぐイ
メージできる。琳派色の強い‘吉野山図'(東博)同様、始興の才能の高さが
うかがわれる作品。

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2020.03.25

美術館に乾杯! 南禅寺

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Img_20200325222601     南禅寺三門

 

Img_0003_20200325222601   徽宗の国宝‘冬景山水図’(南宋時代・12世紀 金地院)

 

Img_0002_20200325222601   長谷川等伯の‘禅宗祖師図’(重文 桃山時代・1602年 天授庵)

 

Img_0001_20200325222601   狩野探幽の‘群虎図’(重文 江戸時代・17世紀)

 

東山の山麓に展開する南禅寺でもっとも印象深いのは三門。石川五右衛門が
‘絶景かな’と唸ったというのもよくわかる。覚えているのはこの三門と方丈
の隣に流れる水道橋くらいで境内にはほかの塔頭がどう配置されていたかは
記憶がかなり薄れている。

塔頭のひとつ金地院にある風流天子、徽宗(1082~1135)が描い
たとされる国宝の‘冬景山水図’は大きな南宋絵画展や国宝展が開かれるときは
よく声がかかる中国絵画の傑作。こちらに背中をみせる高士の横からどっと
迫る大きな岩の塊や向こう側で鋭角的な形をして上にのびる岩の面に圧倒的
な存在感があり、勢いのある筆さばきが目に強い刺激となる。

天授庵方丈の障壁画に描かれた長谷川等伯(1539~1610)の‘禅宗祖
師図’は回顧展には欠かせない重要な作品。猫を左手で捕まえているのは中国
唐代の名僧。このあと猫はあわれにも切断されるのだが、この猫にはそんな
悲壮感はどこにもないからむしろこの場面をユーモラスにとらえてしまう。

狩野探幽(1602~1675)の‘群虎図’は本坊小方丈の障壁画。竹に虎と
いうお決まりの描き方でダイナミックに飛びまくる虎や水を呑む虎が描かれ
ている。探幽の虎はなかなか魅力的。

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2020.03.24

美術館に乾杯! 醍醐寺 その二

Img_0002_20200324221001     国宝‘閻魔天像’(平安時代後期・12世紀)

 

Img_0003_20200324221001    国宝‘訶梨帝母像’(鎌倉時代・13世紀)

 

Img_20200324221001  俵屋宗達の‘舞楽図屏風’(重文 江戸時代・17世紀)

 

Img_0001_20200324221001  俵屋宗達の‘田家早春図’(重文 江戸時代・17世紀)

 

醍醐寺の仏画はバラエティにとんでおり、‘閻魔天像’と‘訶梨帝母像’にも魅了される。菩薩の形で描かれる密教の閻魔天は鎌倉時代以降にでてくる忿怒の形相をした地獄の王とはうって変わって優しいイメージ。ぷくっとした丸顔で水牛にまたがる姿は安心してみられる。

閻魔天同様、画面いっぱいに描かれている訶梨帝母(かりていも)はもともと
は幼児を食らう悪鬼女の鬼子母神。マグダラのマリアがキリストと会って改心
したように鬼子母神も釈迦と出会ったことで幼児を庇護する善神に変身する。
ここでは右手に多産を象徴する柘榴を持ち、左手に裸の赤子を抱いている。頬
がゆるむのが訶梨帝母の前にいる童子が帯を引っ張って柘榴をねだるところ。

琳派好きの人にとってここ醍醐寺は一度は訪問すべき場所かもしれない。それ
は足を運ぶ価値のある美術品の中に俵屋宗達の絵画が3点も含まれているから
である。‘舞楽図屏風’、‘扇面散貼付屏風’、そして‘芦鴨図衝立’(いずれも重文)。また、現在は静嘉堂文庫にある国宝の‘源氏物語関屋澪標図屏風’も明治期までは醍醐寺にあった。

舞楽を演じる舞人が金地に鮮やかに映える緑や赤の衣装を身に着けている。
カラフルな色彩の力と意匠性豊かな装飾性がまさに琳派の真髄。そして、空間
のつくりかたにも非凡な才能がうかがわれる。左の上隅に松と桜を添えている
が、憎いのが全部をみせないで上部をカットしていること。これにより想像が
ふくらみ目の前の空間がぐっと広がる。

‘田家早春図’は‘扇面散貼付屏風’の一枚で茅葺屋根の家が二軒うまいことおさまっている。扇面は宗達が営む絵屋の主力商品だからその構図はさらさらっといいものが出来上がる。宗達はこの扇面でデザインの腕をあげ、光琳は小さい頃から親しんでいた着物の柄で自然に装飾の極意を身につけた。

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2020.03.23

美術館に乾杯! 醍醐寺 その一

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    醍醐寺 五重塔(国宝 平安時代951年)

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  国宝‘文殊渡海図’(鎌倉時代・13世紀)

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   国宝‘絵因果経’(奈良時代・8世紀)

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   国宝‘五大尊像’(鎌倉時代・12~13世紀)

今年は新型コロナウイルスの感染の影響で桜の下での宴会ができず歩いて楽し
むだけになっている。京都で桜の名所となっている醍醐寺の花見はどうなって
いるのだろうか。こういう桜や紅葉が真っ盛りのとき京都へ入ると大混雑する
のはわかっているので、あのすばらしい光景を一度は目にしたいという思いは
あるもののこのタイミングでの旅行は避けている。

醍醐寺へは2回行ったので着くまでの交通アクセスは覚えている。地下鉄で
醍醐寺駅まで行きそのあとは巡回バスに乗りこめば寺のすぐ近くに到着する。
醍醐寺の見どころはなんといっても美しい姿の五重塔。国宝の五重塔あるい
は三重塔はほかにもあるが、これが一番印象深い。

仏画のなかでは物語性のある‘文殊渡海図’に大変魅了されている。寺のお宝を
展示する霊宝館でいつもみられるわけではないため、この絵にはじめて遭遇
したのは奈良博でおこなわれた‘日本仏教美術名宝展’(1995年)。描かれ
ているのは獅子に乗った文殊菩薩が眷属を従えて大海の上を進んでいる場面。
先頭にいる善財童子、目を奪られる獅子をはじめみんな雲の絨毯に乗って進
むところは冒険映画のワンシーンをみているようでちょっとワクワクする。

‘絵因果経’は時間があればずっとみたくなる釈迦の物語。長さは15m36㎝
もあるこの絵巻は2014年渋谷松濤美で全場面展示された。画像は魔王が
軍衆を率いて悉達太子(出家前の釈迦)を妨害するが、これを太子が慈悲力
で防ぐ場面。

鎌倉時代の初期に描かれた‘五大尊像 不動明王像’は体が熱くなるほど忘れら
れない仏画。とくに中心にいる不動明王像は圧倒的な存在感をみせている。
目をかっと見開き上の歯で下唇を噛む姿には凄みがあり周りの炎がそのパワ
ーを倍増させる。怖い顔でにらまれたら体がすぐちじこまってしまう。

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2020.03.22

美術館に乾杯! 仁和寺 その二

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   空海の国宝‘三十帖冊子’(平安時代・9世紀)

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 国宝‘宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱’(平安時代・10世紀)

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  国宝‘宝相華蒔絵宝珠箱’(平安時代・10世紀)

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  野々村仁清の‘色絵瓔珞文花生’(重文 17世紀)

2年前のちょうど今頃東博で‘仁和寺と御室派のみほとけ’が開催され、
仁和寺のお宝がどっと披露された。おかげで春秋の特別展示では一度にみれ
ないものまでお目にかかれることになった。804年に入唐した空海が長安
の恵果阿闍梨から密教の秘法を修得した。そのとき、現地で書き写した経典
類の記録が‘三十帖冊子’。何が書いてあるか読めないが、空海の筆となると
真剣にみてしまう。

その冊子を収納する箱が仏教関連の特別展や国宝展の定番美術品となって
いる‘宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱’。金銀の研出蒔絵で描かれているのは宝相
華唐草、迦陵頻伽(かりょうびんが、極楽浄土に棲むという想像上の鳥で
人面鳥身の姿をしている)、蝶、鳥、雲気など。これらの文様がぐるっと回
るような形で配置されている。柔らかく流麗な表現にいつも夢中にさせら
れる。

もうひとつの蒔絵のお宝‘宝相華蒔絵宝珠箱’も蓋の表や側面にびっしりリズ
ミカルに描かれている宝相華唐草や鴛鴦、尾長の瑞鳥などが目を楽しませて
くれる。平安時代の蒔絵の遺品はわずかしか残っていないので仁和寺の箱
は長く記憶にとどまる。

江戸時代に仁和寺の門前に窯を開いていた野々村仁清の‘色絵瓔珞文花生’は
胴の中ほどが膨らんだ中蕪型の造形が印象的。ここに描かれている卍形を含
む瓔珞(ようらく、宝玉・貴金属を連ねた飾り)が目を楽しませてくれる。
これは仁清が仁和寺に寄進したもの。

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2020.03.21

美術館に乾杯! 仁和寺 その一

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    仁和寺二王門(重文)

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   国宝‘孔雀明王像’(北宋時代 11世紀)

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   国宝‘阿弥陀三尊像’(平安時代 9世紀)

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   国宝‘薬師如来坐像’(平安時代 1103年)

わが家の行きつけの歯科医院の院長が実家の京都に帰ったとき街は観光客が
ぐっと減ってがらがらだったと言っていた。新型コロナウイルスの影響で
遠のいた海外からの観光客が戻って来るのは何時になるのだろうか。2年前
の京都旅行では京博行きのバスのなかはキャリーバッグをもちこむ外人が多
いので降りるのにずいぶん時間がかかったが、今は普通のバスの乗り降りに
なっているだろう。

京都のなかを動くときはバスに乗るのが一番。仁和寺へは京都駅から路線の
番号を確認して乗り込んだ。まず圧倒されるのが立派な二王門、知恩院三門、
南禅寺山門と並び、京都三大山門の一つになっている。ほかの五重塔などの
建物のレイアウトについては記憶がうすれている。

仁和寺には寺のお宝が飾ってある霊宝館がありここでたしか春と秋に特別
公開される。この時期と京都参りのタイミングが上手くあうとお目当ての美
術品と遭遇することができるが、ずっと追っかけていた‘孔雀明王像’とは縁が
なく結局、2014年東博であった国宝展でようやく思いの丈を叶えること
ができた。この北宋仏画の最高峰をみれた喜びを噛みしめながらみていた。

特別展示に並んだともに国宝の‘阿弥陀三尊像’と‘薬師如来坐像’は顔が丸っこ
いところがよく似ている。大きさからくる圧の強さは感じることがなくすご
く安心してみられるのがいい。

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2020.03.20

美術館に乾杯! 京都国立博物館 その八

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Img_0003_20200320220201    牧谿の‘遠浦帰帆図’(重文 南宋時代13世紀)

 

Img_0001_20200320220201    渡辺崋山の‘市河米庵像’(重文 1837年)

 

Img_20200320221201     久隅守景の‘海棠に山鵲図’(17世紀)

 

Img_0002_20200320221201     原在中の‘伊勢湾真景図’(18世紀)

 

中国絵画に興味がわくきっかけとなったが南宋の画家牧谿の描いた‘瀟湘八
景図’。京博にある‘遠浦帰帆図’は右から左へとたなびく強風にのって岸辺
にむかう小さな帆舟とこれと呼応するように今にも枝が折れそうなほど曲
がった木々が描かれている。墨の濃淡で光や大気の調子を表現する牧谿の
描き方が室町時代の足利家におおいにもてはやされた。

二年前、府中市美で渡辺崋山(1793~1841)の‘市河米庵像’をやっ
とみることができた。東博にある国宝の‘鷹見泉石像’とともに人物肖像画の
傑作として早くからインプットされていたが、頬のこぶが印象的な書家
との対面は予想以上に時間がかかった。鷹見泉石のほうは斜めを向くポーズ
で描かれているのに対し、こちらは正面向き。今本人の前にいるような気が
してくる。

いつか渡辺崋山の回顧展に遭遇したいと願っているが、まだその気配がない。
日曜美術館でとりあげられた崋山については今度の日曜日にみることにして
いるが、なにか特別な理由があるのだろうか。待ち望んだ久隅守景
(1614?~1703?)の回顧展は五年前サントリーがやってくれた。
そのときここから出品されたのが‘海棠に山鵲図’。山鵲(さんじゃく)はかさ
さぎのこと。そのサントリーは今休館中。秋?それとも来年再オープン?

原在中(1750~1837)は18世紀から19世紀にかけて京で活躍し
た絵師、広々とした海の風景画が特徴で三保の松原からみた富士山などもあ
る。この絵は伊勢の朝熊山の山上から伊勢湾をみた光景が描かれている。
こういう遠方まで広がる絵はヘリコプターに乗ってリポーターをやっている
ようで気持ちがいい。

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2020.03.19

美術館に乾杯! 京都国立博物館 その七

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     ‘柿本人麻呂像’(鎌倉時代 13世紀)

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  ‘阿国歌舞伎図屏風’(重文 桃山時代 17世紀)

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 式部輝忠の‘厳樹遊猿図屏風’(重文 室町時代16世紀)

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  呉春の‘柳鷺群禽図屏風’(重文 18世紀後半)

雪舟が画聖なら和歌の世界で神様のように称えられたのが万葉の歌人、柿本
人麻呂。その歌仙絵はいろいろなヴァージョンがあるが、京博にあるのがも
っとも歌聖のイメージが湧く。肘掛けにもたれ眉をハの字にしかめる姿がな
かなかいい。さて、こんな顔をしていたのだろうか。

風俗画は西洋絵画で日本画でもみるのはとても楽しい。‘阿国歌舞伎図屏
風’は長いことお気に入りの第一列に陣取ってる。出雲の阿国が京で歌舞伎
踊りをはじめたのは慶長8年(1603)頃でたちまち一世を風靡した。
中央で太刀を肩に担ぐ男装の歌舞伎役者に扮しているのが阿国。芝居や歌舞
伎を劇場でみる習慣がないのでこうした華やかな舞台を実感できないが、
一度東銀座の歌舞伎座に足を運ぶといっぺんに嵌るかもしれない。

猿の絵というとすぐ円山派の森徹山を思い浮かべるが、室町時代に活躍し
た式部輝忠にもあっと驚く猿の群像図がある。‘厳樹遊猿図’は六曲一双の屏風
になんと35匹の猿が登場する。この猿は‘牧谿猿’と呼ばれる手長猿。猿は
騒々しいイメージのする動物だが、この手長猿たちは木の枝や岩の上でもの
静かにリラックスしている感じ。

呉春(1752~1811)ははじめは与謝蕪村に師事しのちに円山応挙に
も習った絵師。‘柳鷺群禽図屏風’は蕪村門下時代の作品。淡い色彩をベースに
墨を重ねて柳の若葉や下草を表現している。柔らかな春の情趣が心をやす
らかにしてくれる。

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2020.03.18

美術館に乾杯! 京都国立博物館 その六

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    尾形光琳の‘竹に虎図’(18世紀前半)

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  尾形光琳の‘太公望図屏風’(重文 18世紀前半)

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  尾形乾山の‘色絵氷裂文角皿’(17~18世紀)

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    俵屋宗雪の‘菊花簾屏風’(17世紀)

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    酒井抱一の‘柿本人麻呂像’(19世紀)

東京オリンピックの開催が新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により脅
かされている。もし延期あるいは中止になると一部の展覧会関係者の努力
も水の泡となる。今年は外国人客の増大を見込んで浮世絵展が森アーツセン
ターと東京都美でおこなわれるが、もし残念なことになると盛り上がりが
そがれることになりそう。

浮世絵の話をしているが浮世絵でなく海外でも知られている琳派展が企画さ
れても同じように心が沈む。装飾性豊かな琳派の美をアピールする特別展を
期待していたので、仮にどこかの美術館が琳派に力を入れていたとしたらそ
この学芸員は落ち込むだろうなと勝手に想像している。

外国人がニヤッとすることまちがいないのが尾形光琳(1658~1716)
の‘竹に虎図’、この虎は獰猛さはみじんもなく愛嬌たっぷりにやぶにらみの
表情をみせている。ゆるキャラ専属の芸能プロダクションから光琳のもとに
出演依頼が殺到しているにちがいない。京博にはもう一点光琳のいいのがあ
る。重文に指定されている‘太公望図’、釣り糸をたれている太公望は眠りなが
ら瞑想している様子。そのとぼけた顔がおもしろいだけでなく、この絵の
魅力は緑と金色の大胆な色彩の組み合わせ。光琳は映える色彩が直感的にわ
かるらしい。そんなことを感じさせる一枚である。

光琳の弟の尾形乾山(1663~1743)の‘色絵氷裂文角皿’にも200
%KOされる。はじめてみたとき跳びあがるほどびっくりした。これは中国
の明末の氷裂文をヒントにしたものだが、この色彩感覚はスゴイ!現代の
グラフィックア―ティストがみたら裸足で逃げるにちがいない。

俵屋宗達の後継者で師匠と同様法橋位に叙位せられた宗雪の‘菊花簾屏風’で
目が点になったのは干菓子のように盛り上がっている菊の花。こうなると
だまし絵と変わらない。おまけに縁が表装のようにもみえている。宗雪は
京博ではこの菊花、東博では龍の絵が目を楽しませてくれる。

光琳が三十六歌仙絵を描いたので酒井抱一(1761~1828)も敬愛
する光琳の絵を何点か模写した。そのひとつをワシントンのフリーア美で
みた。単独では‘柿本人麻呂像’を描いている。

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2020.03.17

美術館に乾杯! 京都国立博物館 その五

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   雪村の‘琴高・群仙図’(重文 16世紀)

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   池大雅の‘洞庭赤壁図巻’(重文 1771年)

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   与謝蕪村の‘野馬図屏風’(1763年)

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    伊藤若冲の‘石燈籠図屏風’(18世紀)

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   曽我蕭白の‘山水図押絵貼屏風’(18世紀)

日本絵画とのつきあいが長くなると描かれた画題をとおして日本の歴史や文
化風俗の知識が増すだけでなく、中国の歴史に登場する人物や絶世の美女
たちの話も数多く入ってくる。雪村が描いた‘琴高・群仙図’で視線を釘づけに
するのは中央の鯉に乗った中国の琴高仙人。湖水にもぐって龍の子をとって
くると宣言し、弟子たちに待つように言う。するとしばらくたって赤い鯉
に乗って帰って来た。カウボーイが暴れ馬を乗りこなすように鯉と一緒に飛
んでいく姿がなんとも勇ましい。

池大雅(1723~1776)のカラリストぶりが存分に発揮された‘洞庭
赤壁図巻’に200%魅了されている。この絵をはじめてニューオータニ美で
2011年にみたときは大谷コレクションだったが、2018年京博で開か
れた池大雅展のときは京博の所蔵になっていた。いろんな情報を総合すると
正確ではないが大谷コレクションはどうやら売却されたようだ。全部なのか
一部残しているのかわからないが、一点気になる絵がある。それは鎌倉大谷
美にあった鏑木清方の美人画。どこかにわかったのだろうか。

10年くらい前京博の平常展で遭遇した与謝蕪村(1716~1783)の
‘野馬図屏風’もなかなかいい。馬が木の太い幹に体をまげるようにしてくっつ
けて背中を掻いているのはほかの動物でもみたことがある。こういうところ
を蕪村はよく観察している。これだけですぐこの絵には○がつく。

江戸京都絵画のなかで高い人気を誇る伊藤若冲(1716~1800)のと
てもいい絵がここには2点ある。点描で描いた‘石燈籠図屏風’と釈迦の入滅を
野菜と果物によって見立てた‘果蔬涅槃図’。点描の石燈籠は衝撃的だった。
おいおい、若冲は日本のスーラかいな!という感じ。大雅にも点描画がある
が、若冲のスーラ的な静けさと違って軽さや明るさを表現している。

曽我蕭白(1730~1781)の‘山水図押絵貼屏風’は蕭白の水墨画の傑作。
しゃきっとした空気感と気を引く大胆な岩のフォルムがうまくとけあって蕭白
流の瀟湘八景が連続して登場する。2005年ここで開催された曽我蕭白展
で味わった感動がよみがえってくる。

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2020.03.16

美術館に乾杯! 京都国立博物館 その四

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    狩野元信の‘布袋図’(16世紀)

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   長谷川等伯の‘恵比寿大黒・花鳥図’(16世紀)

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  海北友松の‘飲中八仙図屏風’(重文 1602年)

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   狩野山楽の‘狩猟図’(部分 1618年)

狩野派の豪華絢爛な絵画は日本美術のど真ん中に位置づけられるため、画集
にでてくる有名な絵師たちの回顧展に遭遇するのを望んでいた。その思いが
叶ったのを順番にいうと狩野探幽、狩野永徳、狩野山楽・山雪、狩野元信。
京博が所蔵しているものでぐっとくるのは元信(1477~1559)の
‘布袋図’や‘松下渡唐天神像’、山楽(1559~1635)の大作‘狩猟図’。

元信展がサントリーで開かれたのは3年前の2017年。これはサントリー
が放った大ホームラン。狩野派のもとをつくった元信(永徳の祖父)の絵が
どどっと並んだのは圧巻だった。京博であったのは山楽・山雪展は2013
年の開催。海外からの里帰りがありこれ以上のラインナップはないという
ほど充実していた。

長谷川等伯(1539~1610)の待ち望んだ回顧展は2010年東博で
楽しんだ。そのあと京博でも行われた。このとき出品されたのが等伯が信春
と名乗っていた若い頃描いた‘恵比寿大黒・花鳥図’と‘’春耕図。ひょうきんな
人物表現画が強く記憶に残っている。あれから10年経った。このところ
東博の‘松林図’と疎遠になっているので、またじっくりみてみたい。

海北友松(かいほうゆうしょう 1533~1615)の作品が京博にアメ
リカにあるものも含めて数多く集まったのは3年前。たくさん並んだ龍の絵
だけでなく目を楽しませてくれたのが酒のみの仙人のユーモラスな姿を描い
た‘飲中八仙図屏風’。海北友松の評価がワンランクもツーランクも上がった
のはこの回顧展のおかげ。これからは同時代に活躍したビッグな絵師は永徳、
等伯だけでなく友松もあげなくてはいけなくなった。

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2020.03.15

美術館に乾杯! 京都国立博物館 その三

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    雪舟の国宝‘天橋立図’(室町時代 16世紀初)

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   国宝‘古今和歌集(本阿弥切本)’(平安時代 11世紀)

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 光悦・宗達の‘鶴下絵三十六歌仙和歌巻’(重文 17世紀前半)

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   俵屋宗達の国宝‘蓮池水禽図’(17世紀前半)

京博で開催された展覧会で最も強く印象に残っているのは2002年の雪舟
展。当時広島にいたが、万難を排して出かけた。まさに50年に一度クラス
の大回顧展、雪舟(1420~1506)の絵を全部見せますという感じで
海外からの里帰りも含めて画集載っている主要作品はほとんど結集していた
。京博所蔵の雪舟はご存知‘天橋立図’。雪舟が82歳のころの作品といわれ
ている。天橋立へは行ったことがあるから、この風景にすっと入っていけ
る。じつに絵になる水墨画であり興奮してみていた。

唐紙に夾竹桃の文様が雲母で刷りだされている‘古今和歌集 巻第十二残巻
(本阿弥切本)’は花が比較的大きく描かれているので和歌よりも下絵のほう
を目で追っかけてしまう。もし書かれた和歌の文字が読み取れればイメー
ジがふくらむだろうが、それが無理なのでいつもこういう楽しみ方になって
しまう。

琳派狂だから本阿弥光悦(1558~1637)と俵屋宗達がコラボした
‘鶴下絵三十六歌仙和歌巻’に魅了され続けている。いちど鶴の群れが海の上を
飛ぶ姿を右から左へとじっくりみたことがある。まるで本物の鶴が飛翔する
ところを撮影した観光案内用の映像をみているよう。数えきれないほど多く
の鶴が水平飛行や上昇と下降を繰り返し、ときどき鳴き声も聞こえてくる。
書の達人光悦と宗達の類まれな感性によりこんなすばらしい絵巻が生まれた。

宗達の‘蓮池水禽図’は水墨画の傑作。構図がとてもいい。下半分にいる二羽
のかいつぶりが蓮の池ですーっと泳いでいる感じがよくでている。そして上
に描かれた蓮の葉や茎の大きいこと。だから、蓮と水鳥両方に視線がむかい
なにかゆったりした気分になる。これを墨の濃淡だけで表現できるのだから
宗達の技と絵心は神業的。

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2020.03.14

美術館に乾杯! 京都国立博物館 その二

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    国宝‘餓鬼草子絵巻’(平安時代 12世紀)

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  国宝‘病草子絵巻 眼病の治療’(平安時代 12世紀)

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  国宝‘芦手絵和漢朗詠抄’(平安時代 1160年)

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  国宝‘古神宝類 彩絵檜扇’(14世紀)

いろいろな話が絵画化された絵巻のなかで緊張を強いられるのが地獄絵や
餓鬼の姿を描いた餓鬼草子。京博にある餓鬼草子は先祖供養に集まる食水餓
鬼の場面が一番印象深い。ここは墓場で人々が塔婆に水をかけて死者を供養
している。誰もそばにいる餓鬼に気づかない。集まって来た餓鬼たちの
お目当ては水。腹の突き出た痩せこけた体を丸めこぼれた水をピチャピチャ
となめている。

‘病草子’をみると今も遠い昔も人間は同じように病や奇形に苦しめられたの
だなと思う。ここには9つ病気がでてくる。‘眼病の治療’は目が見えにくく
なった男が治療してもらっているところだが、ニセ医者にお願いしたため目
に鍼をうたれひどい目にあう。可哀想に血がたらたら流れている。ほかには
‘歯の揺らぐ男’、‘息の臭い女’、ちょっときわどい‘二形(ふたなり、両性器を
もっている男のこと)’などがある。

友人、知人に字が上手いのが3人いる。年賀はがきが来るたびに感心してな
がめている。美しい書にかぎりなく愛着を覚えるが、世の中にいる書の達人
にはとてもとても叶わない。‘芦手絵和漢朗詠抄’はこれまで日本美術の大き
な展覧会で数回遭遇した。装飾料紙に描かれた水辺の景色に文字を隠しその
謎解きを楽しむ貴族たちの風流気分はハイレベル。

広島の厳島神社に平安時代の彩絵の扇があり、檜の薄板を重ねて作られた扇
は古神宝類の欠かせないアイテムであることを知った。以来、これに魅了さ
れている。新宮市の阿須賀神社に伝来したこの檜扇には平安時代の形式を
まねて浜松図が描かれている。

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2020.03.13

美術館に乾杯! 京都国立博物館 その一

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    国宝‘釈迦金棺出現図’(平安時代 11世紀後半)

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   国宝‘山越阿弥陀図’(鎌倉時代 13世紀)

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   国宝十二天像 水天’(平安時代 1127年)

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   国宝‘山水屏風’(平安時代 11世紀後半)

東の日本美術の殿堂、東博に対し、西の殿堂は京博。今年は訪問の予定がな
いが、ここ数年はよく足を運んでいる。2017年:海北友松展、国宝展、
2018年:池大雅展、2019年:佐竹本三十六歌仙絵展。来年以降どん
な企画展で驚かせてくれるか、楽しみ。京博にはずっと期待し続けており、
そしてその期待に応えてもらっている。だから好感度はいつも最高得点。

京博にある仏画で印象深いものはすぐでてくる。筆頭が大画面に描かれた
‘釈迦金棺出現図’、中央に特別大きく描かれた釈迦は涅槃に入ろうと金棺に
横たわっていたのに天界にいたおっ母さん(右下の顔の大きい摩耶夫人)
が降下しきたものだから、急遽しゃんとして摩耶の夫人の嘆きを鎮め説法
している。とてもいい場面。

来迎図といえば知恩院にある‘阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)’と‘山越
阿弥陀図’。旧京博のときは今の新館は平常展示の場所だった。メインの
企画展をみた後時間があるときは平常展示もじっくりみていた。そんな
ときこの‘山越阿弥陀図’に出会い大変感動した。この絵をみたのだから気持
ちよくあちらの世界へいけそう。

‘十二天像’のなかで心が洗われるのが水の神様‘水天’、清々しいお顔に200
%吸いこまれる。もう一点きりっとした目が魅力的な‘帝釈天’にもぐっとき
ている。仏さんだって綺麗なほうが説法を聞く耳に力が入るというもの。

平安時代に描かれた屏風絵で現在唯一残っているのが‘山水屏風’、山水を
‘せんずい’と読むのに時間がかかった。中国風の画題で描かれており中央で
は若者を従えた老隠士が高くのびる木の横に立ち、前の庵室にいる人物を
ながめている。

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2020.03.12

Anytime アート・パラダイス! オーヴェールのゴッホ

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    ‘自画像’(1889年9月 オルセー美)

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  ‘パイプをくわえた包帯の自画像’(1889年1月)

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   ‘オーヴェールの教会’(1890年6月 オルセー美)

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  ‘ドービニーの庭’(1890年7月 バーゼル美)

数多く描かれたゴッホ(1853~1890)の自画像のなかで気に入って
いるのはオルセーにあるもの。薄青で塗られた背景には渦巻きまじりの曲線
がありその流れが上着の皺にも連動しているが、顔の描き方はとても写実的
でゴッホは当時こんな顔をしていたのかとついじっとみてしまう。

耳切り事件のあと、右の耳に包帯をした姿で描いた作品は2点ありひとつは
質の高い印象派のコレクションが昨年日本で公開されたコートールド美にあ
るが、展覧会には残念ながら含まれてなかった。もう一点は個人コレクター
が所蔵している‘パイプをくわえた包帯の自画像’。ゴッホ全集ではよくながめ
ているけれども本物との対面は実現しそうにない。でも、みたい、とっても
みたい!

ゴッホの絵を最初まとまった形でみたのはアムステルダムのゴッホ美とパリ
のオルセー。どちらでも絵の前では大興奮。ここからゴッホとの長いつきあ
いがはじまった。オルセーで大変魅了されたのはゴッホがサン・レミから
移ってきたパリ郊外のオーヴェール・シュル・オワーズで描いた‘医師ガシ
ェの肖像’と‘オーヴェールの教会’。オーヴェールにある小さな教会が人物の
ような感じで深い青に浮かび上がるようにどーんと建っている。手前に
オランダの女性を描きこんだのは故郷にいるころよくモチーフにした教会を
この教会と重ね合わせたかったのかもしれない。

バーゼル美にある‘ドービニーの庭’はゴッホの追っかけリストの第一列にあげ
ている作品。ひろしま美が所蔵する2作目の別ヴァージョンでバーゼルの絵に
は描かれている猫が消されていることを確認しているので、この猫をみない
わけにはいかない。ところで、ゴッホはどうして猫を描いたのか?同じ頃描
いた麦畑には鴉を何羽も飛ばしているので、死の間際になり急に生き物づい
たのだろうか。

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2020.03.11

Anytime アート・パラダイス! ゴッホの部屋へのこだわり

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  ‘じゃがいもを食べる人たち’(1885年4月 ゴッホ美)

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  ‘レストランの内部’(1887年7月 クレラー=ミュラー美)

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  ‘夜のカフェ’(1888年9月 イェール大美)

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  ‘寝室’(1888年10月 ゴッホ美)

建物を風景のなかにひとつの構成要素として描くのはごく自然な表現行為で
あるが、建物の内部をとらえるとなるとそこに人物にいないとどこか殺風景
な感じがするのはいなめない。だから、肖像画ではなく風俗画の色合いを
こめて室内を描くときはそこにいる人物の数は多くなる。ゴッホ(1853
~1890)にはオランダにいたときに描いた‘じゃがいもを食べる人たち’
という白黒絵画の傑作がある。

ゴッホはパリに住んでいたときスーラ(1859~1891)と交流があり、
その影響を受けて‘レストランの内部’を点描法で描いた。客がいないので部屋
のなかは静かなイメージだが、ゴッホの点描画はスーラとちがって元気がい
いので明るく客を誘い込むような華やかさだ漂っている。

これに対し‘夜のカフェ’はどこか寂し気な雰囲気につつまれ、ドガの描いた
カフェのイメージが重なる。真ん中に置かれたビリヤードは客に遊ばれるこ
となくランプの光により床にできた大きな影を広げている。そのまわりをよ
くみると数組の客が一日の疲れを癒すかのように静かに座っている。

3点制作された‘寝室’はゴッホ美にあるこの絵が最初に描かれたもので、もう
2点(オルセーとシカゴ美)はサン・レミで描かれたレプリカ。この絵の
ベッド、椅子、物置は静物画で描かれる花や果物と何ら変わりない。だから、
セザンヌのリンゴやオレンジの絵をみる感覚と同じ。そして、床の上でベッ
ドや椅子がなにか主張しているように思えてくる。

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2020.03.10

Anytime アート・パラダイス! ミレーを敬愛したゴッホ

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   ‘真昼の休息’(1889年1月 オルセー美)

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  ‘種まく人’(1888年6月 クレラー=ミュラー美)

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   ‘種まく人’(1888年11月 ゴッホ美)

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   ‘麦を束ねる人’(1889年9月 ゴッホ美)

ゴッホ(1853~1890)はどの国でも多くのファンがいる絵画界の大ス
ターだが、日本ではその人気に拍車をかけていることが二つある。それはゴッ
ホが農民画家のミレー(1814~1875)を敬愛しミレーのモチーフを
模写していること。日本には有名な‘種まく人’(山梨県美)にあり、ミレーが
好きな人たちが多くいる。さらにゴッホが浮世絵から強く刺激を受けたことも
日本人の心をくすぐる一因になっている。

ミレーの作品をベースに描いた農民画のなかでもっとも惹かれているのは
‘真昼の休息’。はじめてオルセーでみたときすごく幸せな気持ちになった。
ミレーの静かな光景とはちがいここには働く農民たちの力強さが感じられる。
また、ゴッホ美にもミレーの連作‘畑仕事’を自分流にアレンジした‘麦を束ねる
人’などが7点ある。

日本に何度もやって来たクレラー=ミュラー美蔵の‘種まく人’はもうミレーを
離れまったくゴッホ流。背景に描かれた大きな太陽の眩しいほどの日ざしが
強く印象に残る。普段の生活で太陽をこんな姿でみることはないが、最近は
天文学に関心がむかっているので以前とはこの絵をみる目が変わってきた。
ゴッホに太陽の崇高さを教えてもらっている。

2作目の‘種まく人’は浮世絵好きにはたまらない絵。木を大胆に画面の真ん中
に置くのは従来の西洋絵画ではNGとなる構図。ところが、モネやゴッホは
このようにどーんと木を配置して横にいる種まく人や後ろの大きな太陽を引
き立てる。2018年、チューリヒのビューレ―コレクションが披露された
ときこの絵の別ヴァージョンが登場した。2点ともみれたのは幸運だった。

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2020.03.09

Anytime アート・パラダイス! アルルのゴッホ

Img_20200309221001    ‘アルルの跳ね橋’(1888年3月 クレラー=ミュラー美)

 

Img_0001_20200309221001   ‘夜のカフェテラス’(1888年9月 クレラー=ミュラー美)

 

Img_0002_20200309221001     ‘収穫’(1888年6月 ゴッホ美)

 

Img_0003_20200309221001     ‘黄色い家’(1888年9月 ゴッホ美)

 

Img_0004_20200309221001   ‘ローヌ川の星月夜’(1888年9月 オルセー美)

ゴッホ(1853~1890)が南仏のアルルに住んでいた頃描いた作品には
傑作が多い。ゴッホに関心向くようになったのはいつごろだったかはっきりし
ない。ゴッホの絵は中学生のころ刷り込まれたと思う。でも、この頃はバレ
ーボールに夢中になっていたので絵画への興味はごく普通のレベル。だから、
美術の教科書に載った作品が唯一の絵画の窓。ゴッホで覚えているのは‘ひま
わり’と‘アルルの跳ね橋’、この二つによってゴッホのイメージができあがっ
た。

‘アルルの跳ね橋’をオッテルローのクレラー=ミュラー美でみたのは2011年12月。絵の前に立ったときはこれが少年の頃みたゴッホの絵かと、感慨深かった。この絵はクレラー=ミュラーのお宝中のお宝。いつも言っているが美術館は所蔵の美術品にランクをつけていてほかから貸し出しの依頼があったらランク1位の作品はまず出さない。内規で貸し出さないと決めていることもある。クレラー=ミュラーから何度も所蔵品が日本にやって来たが、これはまだ実現していない。たぶん、何年待ってもダメのような気がする。2番のランクがついているのが‘夜のカフェテラス’。こちらは嬉しいことに2005年のゴッホ展(東近美)に出品された。この絵画みれて本当に幸せだった。

アムステルダムのゴッホ美にある作品で心を打つのは‘収穫’と‘黄色い家’。ゴッホの‘イエローパワー’を200%実感させてもらった。ゴッホは‘収穫’についてテオへの手紙で‘この絵に比べると、ほかの絵はみんな負けてしまう’と言っている。自分が住んでいた家を描いた‘黄色い家’もじっとみてしまう。この場所に行ってみたいとずっと思っているが、その機会がめぐってくるだろうか。

‘ローヌ川の星月夜’はとてもロマンチックな風景画。星の光が川の水面にたくさん映る光景が心を揺すぶる。昼間は太陽の光を存分に表現し、夜になると満天の星をネオンサインがちらつくように描いてみせる。絵画の力が星をさらに輝やかせ人々に幸福をもたらす。ゴッホに乾杯!

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2020.03.08

Anytime アート・パラダイス! ゴッホの肖像画ベスト5

Img_0003_20200308220901    ‘ルーラン夫人’(1889年1月 シカゴ美)

 

Img_0001_20200308220901    ‘郵便配達夫ルーラン’(1888年8月 ボストン美)

 

Img_0002_20200308220901    ‘医師ガシェの肖像’(1890年6月 オルセー美)

 

Img_0004_20200308220901    ‘タンギー爺さん’(1887年秋 ロダン美)

 

Img_20200308220901   ‘本のあるジヌー夫人’(1888年11月 メトロポリタン美)

ゴッホ(1853~1890)の絵がつくづくいいなと思うのは静物画、肖像画、そして風景画のどれをとっても心を揺さぶる作品があるから。ひまわり、アイリスときたので次は肖像画のお気に入りを。これまでみた作品のなかであえて順位をつけベスト5を選んでみた。

1位 ルーラン夫人
2位 郵便配達夫ルーラン
3位 医師ガシェの肖像
4位 タンギー爺さん
5位 本のあるジヌー夫人

ゴッホ好きの人とこのランキングがどのくらい共有できるだろうか。1位と2位に入ったのがゴッホがアルルでうまのあった郵便配達夫ルーランとその夫人。シカゴ美が所蔵するルーラン夫人はじつは最初に描かれた原画のレプリカ(模写)、その原画はボストン美にあり数年前開かれたボストン美展に夫と一緒に来日した。ゴッホはレプリカを4点制作しシカゴにあるのは1作目。

ゴッホには原画とレプリカのあるモチーフがいくつもあるが、原画とレプリカを較べてどっちがいいか。これは原画に軍配があがるケースもあれば逆の場合もある。5点描かれたルーラン夫人についてはシカゴにあるものがとってもいい。運よく全部みたが、美人度でいうと目がきりっとしたこれが一番。手元にあるTASCHENのゴッホの油彩画全集(2冊)でも、これだけ大きな図版を載せている。

旦那のルーランをはじめてボストン美でみたとき息を呑んでみていた。これが
一番好きだという人が多いかもしれない。制服の青がどんと目に広がる感じで
ルーランの表情がしゃんとした堂々たる肖像画。ボストン美は日本で何回も
名品展を開催しているのになかなかこの絵を貸し出してくれなかった。ようやく数年前登場したのでゴッホ狂にとっては最高の展覧会だった。

ルーラン同様、1回目のオルセー訪問で視線を釘づけにしたのが医師ガシェの
肖像画。ここでもガシェの着ている衣服と背景の青が強いインパクトをもって
おり、斜めに切られたテーブルの赤により一層引き立っている。4位はゴッホがパリにいる頃いろいろ世話になった絵具商人タンギー爺さん。これを所蔵しているのはロダン美。タンギーの背景に浮世絵がいっぱい描かれているので日本人には親しみやすく頬がつい緩む。

5位は糸杉などをもっているメトロポリタンにある‘アルルの女、本のあるジヌー夫人’。女性の肖像画は何点もあるが、ルーラン夫人の次にあげたいのがこのジヌー夫人。この女性はカフェの所有者でゴッホとゴーギャンは気乗りしない彼女をおだててポーズをとらせた。背景の黄色がすごく効果的で強く印象に残る。

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2020.03.07

Anytime アート・パラダイス! ゴッホのアイリス

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    ‘アイリス’(1889年5月 ポール・ゲッティ美)

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    ‘アイリス’(1890年5月 ゴッホ美)

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   ‘薔薇’(1890年5月 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

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   ‘西洋夾竹桃’(1888年8月 メトロポリタン美)

‘耳切り事件’(1888年12月23日)のあとゴッホは翌年の5月8日、
病気療養のためアルルの近くのサン・レミに移った。そして、最初に描いた
作品のひとつが‘アイリス’。このすばらしい絵をもっているのはLAのポール
・ゲッティ美。じつはまだLAに行ったことがなく、この街で美術館めぐりを
するのが当面の大きな目標になっている。そのとき真っ先に駆けつけたい
のが‘アイリス’と出会えるゲッティ。絵の前に立ったら体が震えそう。

サン・レミに滞在して1年が経ち病気が落ち着いたため療養所からでること
になった1890年5月、ゴッホは最後の作品を仕上げた。それがゴッホ美
とメトロポリタンにある花瓶に入った‘アイリス’とワシントン・ナショナル
・ギャラリー蔵の‘薔薇’。ゴッホ美のアイリスは10年前日本にやって来た。
光琳の燕子花を見慣れているのでよく似たアイリスにもぐっと惹きこまれ
る。花瓶におさまった見事な静物画に乾杯!

1月の上野の森美の回顧展に展示された‘薔薇’も見栄えのする作品。おもし
ろいのは緑の背景に咲き誇る白の薔薇に調子をあわせるように白の曲線が
リズミカルには描かれていること。病気が治ったからゴッホは気分がハイに
なっていたのかもしれない。‘星月夜’では空の雲の激しい渦巻き模様に尋常
ではない心の動きがあらわれていたのに対し、この表現は軽やかな感じ。

メトロポリタンにある‘マジョルカ壺の西洋夾竹桃’もお気に入り。METの
ゴッホコレクションは質が高く、糸杉、アイリス、夾竹桃といいのが揃っ
ている。

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2020.03.06

Anytime アート・パラダイス! ゴッホのひまわり

Img_20200306221001     ‘ひまわり’(1888年8月 ロンドン・ナショナル・ギャラリー)

 

Img_0001_20200306221101     ‘ひまわり’(1889年1月 損保ジャパン美)

 

Img_0002_20200306221101     ‘ひまわり’(1889年1月 ゴッホ美)

 

Img_0003_20200306221101     ‘ひまわり’(1889年1月 フィラデルフィア美)

西洋美で3/3から開幕するはずだった‘ロンドン・ナショナル・ギャラリー展’は新型コロナウイルス感染拡大の防止のため3/16まで延期されている。まだ再延期の情報がないのでもうしばらくするとナショナル・ギャラリーが誇る名画の数々が姿をあらわす。

今回の出品作は古典絵画からゴヤあたりまでを中心に選別されているが、嬉し
いことに印象派のルノワールとゴッホも含まれている。ゴッホ(1853~
1890)はあの‘ひまわり’が展覧会の目玉として登場する!そこで、多くの
ゴッホファンが待ち望んでいるひまわりの絵をほかの美術館にあるものと一緒
に並べてみた。

ゴッホがアルルにやって来たのは1888年の2月。そして、日差しの強い夏
の8月に4点の‘ひまわり’を描きあげる。その1点がナショナル・ギャラリーにあるもの。ほかの3点のうち1点は1945年消失し、2点は個人とミュンヘンのノイエ・ピナコテークが所蔵している。この2点は背景が黄色と補色をなす青であるのに対し、ナショナル・ギャラリーのものは地も黄色。明色の上に明色が重なり、まさにゴッホの真骨頂である‘イエローパワー’が黄色のグラデーションとなって炸裂している。

この4点を描いたところでひまわりの季節は終わってしまった。秋に入り10
月23日に待ち望んだゴーギャンがアルルに到着する。ところが、ゴッホの思
惑とは違って2人はうまくやっていけない。そして、12月23日あの耳切り
事件がおきる。年が変わった1889年1月、パリに戻ったゴーギャンから
ひまわりの絵が欲しいという手紙がきたことなどから、ゴッホは1月中に3点
のひまわりを仕上げる。

ナショナル・ギャラリーの原画を模写した(レプリカ)のが損保ジャパン美と
アムステルダムのゴッホ美にあるもの。最後に描いたフィラデルフィア美蔵の
ひまわりは背景が青のノイエ・ピナコテークのレプリカ。7年前運よく現地で
お目にかかった。これをみたのだから、まだ縁のないノイエのものをなんとし
ても目のなかに入れようと思った。

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2020.03.05

Anytime アート・パラダイス! ゴッホの糸杉(2)

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   ‘糸杉のある緑の麦畑’(1889年6月 プラハ国立美)

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   ‘糸杉のある麦畑’(1889年6月)

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   ‘糸杉のある麦畑’(1889年9月 ロンドン・ナショナル・ギャラリー)

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  ‘ヌエネンの古い教会の塔’(1884年 クレラー=ミュラー美)

ゴッホ(1853~1890)がサン・レミで描いた糸杉はもう3点ある。
いずれも小麦畑との組み合わせで描かれている。最初がプラハでお目に
かかった‘糸杉のある緑の麦畑’。6月の中頃仕上げたあと次にとりかかったの
がチューリヒの個人コレクターが所蔵する‘糸杉のある麦畑’。そして、この
絵のレプリカが3ヶ月後に誕生した。

プラハにある糸杉は存在感がちょっと弱い。麦畑を手前の草木と向こう側の
糸杉に挟まれた川の流れのようにどんと表現しているため、このイエロー
パワーにまわりの家などと同様糸杉も負けている。一方、糸杉が右側に移動
した2点はまとまった糸杉の形をしているため、視線がすっと向かっていく
。さらに大きく描かれた空の白い雲はうねるように流れており、‘星月夜’の
前触れを感じさせる。

ゴッホは弟テオに宛てた手紙で糸杉のことをこんな風に語っている。
‘糸杉のことを私はいつも考えている。ひまわりの絵のような何かを描きた
い。私が糸杉をみたとき誰もまだその絵を描いていないことに驚いた。線と
いい、形といい、エジプトのオベリスクのように美しい。そして緑がなんと
も特別なすばらしい色である。糸杉は太陽がいっぱいの景観のなかでは黒い
印象があるが、それはもっともおもしろい黒色のひとつであるし、とらえる
のが大変だったので、ほかのどんな色も考えられない。青にむかって、正確
に言うなら青のなかで糸杉はみられなくてはならない’

日曜美術館に出演していた美術史家がゴッホは糸杉のイメージを教会の尖塔
にも重ねていたと指摘していた。とりあげられた‘ヌエネンの古い教会の塔’は
クレラー=ミュラー美でみたが、細い尖塔と糸杉は結びつかなかった。

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2020.03.04

Anytime アート・パラダイス! ゴッホの糸杉(1)

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     ‘糸杉’(1889年6月 メトロポリタン美)

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      ‘星月夜’(1889年6月 MoMA)

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 ‘二人の女性のいる糸杉’(1889年6月~90年2月 クレラー=ミュラー美)

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  ‘星月夜と糸杉のある道’(1890年5月 クレラー=ミュラー美)

NHKの‘日曜美術館’は2週連続で好きな画家が続いた。ヤン・ファン・エイク
(1390~1441)とゴッホ(1853~1890)。今どうしてこの
二人?だったが、ゴッホについては今年1月上野の森美でみた回顧展が現在、
神戸の兵庫県美に巡回していることを知り即納得。

日本のみならずゴッホはどの国でも人気の画家。兵庫県美でも大勢のファン
が集まっているにちがいない。番組の後半はゴッホがサン・レミの療養所で
描いた糸杉を深堀りしていた。ゴッホの絵で見慣れている気分になっている
が、ヨーロッパを旅行していて糸杉をみたという実感がない。南フランス以
外ではどのあたりに行けばみれるのだろうか。スペインには糸杉がある?

1889年の6月頃描かれたのが今回やって来たメトロポリタン美蔵の‘糸杉’
とMoMAにある有名な‘星月夜’、そのあと‘二人の女性のいる糸杉’が続き、
最後に‘星月夜と糸杉のある道’を描き上げた(人物入りの糸杉はともにクレラ
ー=ミュラー美の所蔵)。そして、2ヶ月後にオーヴェル・シュル・オワー
ズでピストル自殺する。

ゴッホの激しい感情のありようが糸杉の揺れ動く描写や背景の空の雲の渦巻
きに強くでているのがMETとMoMAの絵。ここから出ている磁力は強力。こ
れに対し、クレラー=ミュラーにある糸杉は女性や男性が一緒に描かれてい
るので風景の写実的な表現のなかにおさまっている感じがする。そのため、
落ち着いてこの糸杉がみられる。

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2020.03.03

ビッグニュース! 聖林寺の‘十一面観音立像’が東博に

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        国宝‘十一面観音立像’(8世紀 聖林寺)

2日前、ネットをみていたらとても嬉しい展覧会情報にぶちあたった。今年
訪問することを予定にしていた奈良桜井市にある聖林寺の国宝‘十一面観音
立像’がなんと東博で展示されるというのである。うかつにも東博の特別展を
見落としていた。会期は6/16~8/31。

まだ縁のない国宝の仏像で追っかけの第一列にあげているのは聖林寺の
‘十一面観音立像’、法華寺の‘十一面観音立像’、大阪の観心寺の‘如意輪観音
坐像’。3体のうち、聖林寺の十一面はいつ出かけてもみられるので今年は
クルマを走らせようという気になっていた。これに対し、法華寺の十一面
は春、初夏、秋の特別開扉のときしかみられず、観心寺の如意輪観音は
4/17・18とわずか2日だけの公開。そのため、訪問の日程調整が億劫
で旅行の実行計画がなかなか進まないというのが実情。

でも、念願の聖林寺の十一面をみたら気分が乗ってきて残りの2つも間をお
かずみてしまおうとなるかもしれない。そうすると国宝仏像の追っかけは
ひと段落つく。さてどうなるか。 

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2020.03.02

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(17)

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  デ・キリコの‘通りの神秘と憂愁’(1914年)

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  ダリの‘病める子供’(1923年 サルバドール・ダリ美)

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  コールの‘無題(べベ・マリア)’(1940年代初め MoMA)

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  クレーの‘玄関先の階段に立つ少年’(1923年)

非常事態宣言が出された北海道では街から人の姿が消えた。閑散とした札幌
の光景をみてある絵が重なった。それは形而上派のデ・キリコ(1888~
1978)が1914年に描いた‘通りの神秘と憂愁’。音が消えた街角で目
につくのは建物と銅像の長い影。そして、強い陽がさしているところの左下
に目をやると輪回しをして走っている少女がいる。この少女も影のように
みえる。見慣れた街の光景なのにどこか不安で落ち着かない気分になって
くる。どうも現実とは違う夢の世界に迷いこんだみたい。

ダリ(1904~1989)の初期の作品‘病める子供’はダリの自画像。
卵形の顔と大きな目はダリのイメージとすぐにはむすびつかないが、いいと
この坊ちゃんだったことはわかる。ダリは小さい頃、仮病をつかって両親を
驚かせ自分に注意を向かせていた。これは精神的な病。

NYのMoMAには近現代アートの傑作が数多く飾られているが、ジョセフ・
コーネル(1903~1972)の‘無題(べベ・マリア)’のところにくる
と一瞬ドールハウスに紛れ込んだのかと錯覚する。これは玩具の立体コラー
ジュ。小さな箱のなかに女の子の人形がたくさんの小さな木に囲まられる
ようにおさまっている。お好みの少女をとじこめる空間をつくりノスタルジ
ックで幻想的な気分にひたるのはオタク族のフィギュア集めと変わらない。

小学生低学年の子どもたちがお絵かきで描いたような印象を与えるのが
クレー(1879~1940)の‘玄関先の階段に立つ少年’。子どもは立体
感覚を表現することがまだできないのでモチーフはペタッと平板な形になる
。玄関の前の階段を少年はこれから上がるところ。大きな頭が重たいのか
体が横に傾いている。

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2020.03.01

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(16)

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  ブリューゲルの‘子供の遊び’(1560年 ウィーン美術史美)

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  レジェの‘余暇’(1949年 ポンピドーセンター)

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  ブレイクの‘ABCマイナーズ’(1955年 ルートヴィヒ美)

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  ローゼンクイストの‘成長計画’(1966年 いわき市美)

明日から全国の小中学校などが新型コロナウイルスの感染拡大防止のため一
斉に臨時休校になる。保護者の中で最も大変なのが小学校の子どもがおられ
る方々。共稼ぎの家庭が多いから子どもの面倒を母親と父親でどう分担する
か頭が痛いだろう。また、子どもだってみんなと遊べなくなり家にばかり
いてはストレスがたまり元気がなくなるかもしれない。

ウイーン美術史美の名画は日本には度々やって来る。昨年もベラスケスの
‘青衣の王女マルガリータ’が公開された。このようにこの美術館との相性は
とてもいいのだが、どうしても貸し出してくれない絵がある。お気づきのよ
うにブリューゲル(1525~1569)の作品。ここは現在‘バベルの塔’
や‘雪中の狩人’など12点を所蔵している。このなかで楽しくみれるのが
‘子供の遊び’。

輪回し、木登りや、水泳、ボール遊びなど(森洋子先生によると全部で
91ある)16世紀フランドルの子どもたちが楽しんでいた遊びが生き生
きと描かれている。昔も今も子どもは食べることと遊ぶことが大好き。とは
いえ現在は遊びの形が大きく変わり小学生はこんな体を動かす遊びよりゲー
ムに夢中だろう。

レジェ(1881~1955)の‘余暇’はポンピドーのお宝作品のひとつ。
じつに大衆的な絵画でサイクリングとサーカスのパレードを楽しむ人々が
描かれている。中央で帽子を被った男性は女の子を抱きかかえ、この子は大
きな花を手にもっている。そして、右端の自転車にまたがっている男の子も
花をもっている。

ピーター・ブレイク(1932~)はイギリス初期ポップ・ア―トの重要な
作家として高く評価されている。‘ABCマイナーズ’は半ズボンのポケットに
手を突っ込んで立っている二人の少年が強い存在感を発揮している。タイ
トルは画家が第二次大戦中に所属していた絵画クラブの名前。小さい頃服や
帽子になにかとバッジをつけたが、少年たちがジャケットにつけているバッ
ジはこのクラブのもの。

健康優良児の集団肖像のように映るのはローゼンクイスト(1933~
2017)の‘成長計画’。これをみると夏、公園や学校で子どもたちが上半
身裸で体操を元気いっぱい行うシーンがでてくる昔の映画を思い出す。

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