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2020.02.29

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(15)

Img_20200229221801     シーレの‘ライナー坊や’(1910年 ベルヴェデーレ宮)

 

Img_0001_20200229221801  ヤウㇾンスキーの‘灰色のエプロンをした少女’(1909年 メルツバツハーコレクション)

 

Img_0003_20200229221801   マレーヴィチの‘桶を担ぐ女と子供’(1911年 アムステルダム市美)

 

Img_0004_20200229221801   シャガールの‘イカルスの墜落’(1977年 ポンピドーセンター)

 

画家のなかにはみててとても疲れる人物画を描くものがいる。その筆頭にあ
げられそうなのがわずか28年しか生きられずスペイン風邪に倒れたエゴン
・シーレ(1890~1918)。‘ライナー坊や’は例外的に心がザワザワ
しないでみれる作品。顔は笑っているようにもみえ明るい印象を与える坊や
だが、皮膚の部分が少なく骨がごつごつしている手をみると衣服の下はあの
痩せこけた体かなとつい想像してしまう。

カンディンスキーらと一緒に‘青騎士’グループを立ち上げたヤウレンスキー
(1864~1941)はモスクワにいるときはㇾーピンに絵を習った。
太い輪郭線を用いて人物を描きフォーヴィスムを連想させる強烈な色の組
み合わせで感情の動きを表現した。‘灰色のエプロンをした少女’はこの画家
を知るきっかけとなった作品で図録で確認するまでは20代の若い女性と
思ってながめていた。とても少女には思えない。

若い頃のマレーヴィチ(1878~1935)は後に創作した絶品の抽象画
とは似ても似つかぬモチーフの農民たちを描いていた。その体形は極端に
単純化されており‘桶を担ぐ女と子供’は木彫り彫刻をみるような顔立ちをし
ている。こうしたプリミティブな描き方から徐々に円筒のような立体な造形
へと変容しさらに抽象度の高い平板な幾何学模様へと進化していく。

シャガール(1887~1985)の‘イカロスの墜落’は日本で2回くらい
みた記憶がある。ギリシャ神話にでてくるイカロスの話はおもしろい。名工
の父親と息子のイカロスは幽閉されていた迷宮を上手く脱出する。どうや
って?ロウと羽で翼をつくり空を飛ぶのである。飛ぶ前に父親はイカロスに
太陽に近づきすぎるのはNGだよときつく言う。ところが、イカロスはそれ
を忘れどんどん上昇、するとロウがとけイカロスは海に墜落してしまう。
今ならチコちゃんに‘ぼーっと飛んでんじゃねえよ’と怒られそう。

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2020.02.28

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(14)

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 クリムトの‘メーダ・プリマフェージの肖像’(1912年 メトロポリタン美)

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  マティスの‘画家の家族’(1911年 エルミタージュ美)

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 ピカソの‘アルルカン姿のパウロ’(1924年 パリ ピカソ美)

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 レンピッカの‘ピンクの服を着たキゼット’(1926年 ナント美)

クリムト(1862~1918)に嵌ってしまったら作品を追っかけてあち
こち出かけたくなる。団体ツアーに参加して海外旅行を楽しむ場合、クリム
ト仕様の街として押さえておきたいのはウィーンとニューヨーク。ウィーン
のベルヴェデーレ宮殿はクリムトの聖地といっていい美術館で代表作の‘接吻’
などがずらっとみれる。

一方、NYも結構な数のクリムトが待ってくれている。メトロポリタンで心が
踊るのは‘メーダ・プリマフェージの肖像’。黄金に装飾された女性のイメージ
とは打って変わり明るい雰囲気の少女がどーんと正面向きで立っている。
METから北へむかって10分も歩くと着くノイエ・ギャラリーでもびっくり
するほどいい絵が目を楽しませてくれる。6点あるなかでピカ一は黄金の
衣装につつまれた‘アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像’。さらに、MoMAま
で足をのばすともう一点みられる。METには未見の1枚があるのでトータル
で9点。NYへ毎年でも行きたくなる。

マティス(1869~1954)ですぐ思い浮かぶ子どもの絵はエルミター
ジュにある‘家族の肖像’だけ。2人の息子はサーカスの団員みたいに赤い服を
着てチェスに興じており、その横にいる異様に背の高い娘は右手に読んでい
る本を持ち小休止。ペタッと描かれた3人のいる部屋の床はよくみると上に
むかって角度がつき傾いている感じで椅子やチェス台とともにこちら側にず
り落ちてきそう。

読書のモチーフは女流画家タマラ・レンピッカ(1898~1980)の
少女の肖像にも使われている。もうこれ以上近くにはいけないぐらい接近
して少女は描かれているため、強烈な圧を感じてしまう。女性でも男性でも
レンピッカの肖像画はいずれもモデルが画面に余白がほとんどない状態で
おさまっている。前衛的でまさに存在する肖像画である。

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2020.02.27

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(13)

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  モディリアーニの‘おさげ髪の少女’(1918年 名古屋市美)

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  スーティンの‘ドアボーイ’(1928年 ポンピドーセンター)

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  キスリングの‘ブロンドの少年’(1937年 ジュネーブ プテイ・パレ美)

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     藤田嗣治の‘朝の買物’(1962年)

フランスのパリはルーヴルやオルセーがすぐ近くにあるため美術館巡りがし
やすい。そのため、この一角の建物や道路にも目が慣れてきた。その一方
でエコールドパリ派の画家たちが住んでいたモンパルナスへはまだ足を踏み
入れてない。このグループのなかで仲が良かったのがモディリアーニ
(1884~1920)とスーティン(1893~1943)。

モディのいい絵が名古屋市美にある。‘おさげ髪の少女’は目の瞳がしっかり
描かれている数少ない女性の肖像画。アーモンドの形をして中が青く塗ら
れているよりこの少女のほうが安心してみられることは確か。リトアニア
の貧農の家に生まれたスーティンは画面を赤でうめるのが特徴。ドアボーイ
にも赤い制服を着させている。老人のように見える顔をした少年だが、その
仕事ぶりはテキパキしているにちがいない。

ポーランド人のキスリング(1891~1953)の回顧展を運よく2回
体験した。‘ブロンドの少年’の前では思わずうわと声がでた。海外を旅行し
ていると時々こういう女性のような美少年にでくわすことがある。モデルに
すぐ勧誘されそうな感じ。

藤田嗣治(1886~1968)は第二次世界大戦が終わった後、日本に
嫌気をさしふたたびパリへ旅立った。晩年よく描いたのが子ども。これがじ
つにいい。お気に入りは長いフランスパンを手に持った‘朝の買物’、以前TV
で‘子どものお使い’という番組があったが、この絵はそのフランス版。バケ
ットの質感描写がすばらしい。美味しそう。

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2020.02.26

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(12)

Img_20200226223101   レーピンの‘ユーリー・レーピンの肖像’(1882年 トレチャコフ美)

 

Img_0003_20200226223101    ワイエスの‘遥か彼方に’(1952年)

 

Img_0001_20200226223201   ソローリャの‘浜辺の子どもたち’(1910年 プラド美)

 

Img_0002_20200226223201   バルテュスの‘目を覚ましたテレーズ’(1938年 メトロポリタン美)

 

海外の美術館を訪問したからといってそこに飾られている絵画を丸ごと堪能
できるわけではない。出かけた時点でこちらの鑑賞力がついてなければ、
せっかくの名画がふつうの絵にとどまる。1999年モスクワを旅行し国立
トレチャコフ美に入館した。当時はロシアの画家の知識がなく、ここにある
レーピン(1844~1930)の肖像画は目にとまらなかった。

この画家に開眼したのは2012年Bunkamuraであったレーピン展に遭遇し
たから。このとき印象深かったのが妻と息子のユーリーを描いた作品。赤い
絨毯で覆われたソファーに座ってるユーリーの可愛いこと。坊やはこのとき
5歳。成人すると父に師事し画家になった。

アメリカで絶大な人気を誇るワイエス(1917~2009)の回顧展に
2016年ボスの大回顧展をみるためマドリードへ行ったとき遭遇した。
展覧会情報がなかったテイッセン・ボルネミッサ美でなんとワイエスの作品
がたくさん現れた。待ち望んでいたので天にも昇る気持ち。高揚してみたな
かでグッときたのが次男のジェイムズを描いた‘遥か彼方に’。これはあの代表
作‘クリスティ―ナの世界’(NY MoMA)の4年後の作品。大収穫だった。

印象派以上に明るい日差しを人物や海の情景にとりこんだスペインの
ソローリャ(1863~1923)。‘浜辺の子どもたち’は気がぱっと晴れ
る作品。ところが、これをプラドでみたという実感がなく、お目にかかった
のは日本で開催されたプラド美展。たしか2回みた。プラドのどこの展示室
に飾ってあったのだろう。またマドリードへ行く機会があったら、ガイドブ
ックに載っているソローリャ美に足をのばしたい。

日本でバルテュス(1908~2001)の絵に出会うことはないが、メト
ロポリタンは4、5点もっている。‘目を覚ましたテレーズ’はきらっとしたま
なざしに一瞬たじろぐ。まだ少女なのに大人のような表情が垣間見えるのはこ
の女性が生まれたときからもっている存在感の強さかもしれない。

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2020.02.25

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(11)

Img_0002_20200225222001   ゴッホの‘ムスメの肖像’(1888年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

 

Img_0003_20200225222001     ムンクの‘思春期’(1894年 オスロ国立美)

 

Img_20200225222001    ドニの‘家族の肖像’(1902年)

 

Img_0001_20200225222001    ヴァロットンの‘ボール’(1899年 オルセー美)

 

3月3日から西洋美で‘ロンドン・ナショナル・ギャラリー展’が開催される。
やっとその素晴らしい絵画コレクションがみられるが、今回出品されるの
は古典絵画からゴヤあたりまでが中心で印象派以降はルノワールとゴッホ
の2点?のみ。ゴッホ(1853~1890)が最初に描いた‘ひまわり’
は久しぶりの対面となりそうだが、おそらく損保ジャパンにある‘ひまわり’
も横に飾られるはず。とても楽しみ。だが、問題は何時出動するか、新型
コロナウイルスのリスクがあるのでしばらくは様子を見ざるを得ない。

ゴッホの子ども絵は赤ちゃん、男の子、女の子をモデルにしたものがあり、
赤ちゃんは今三菱一号館美にやってきている。‘ムスメの肖像’はワシントン
のナショナル・ギャラリーが所蔵している。この少女はアルルに住んでい
る子だが、ゴッホは日本の事を書いた異国趣味の小説‘お菊さん’(ピエール
・ロチ著)を読んだのでこの子を日本の女性に見立てて描いた。日本を愛
したゴッホだから嬉しい気持ちがしないでもないが、この見立てはうま
くいっていない。

ムンク(1863~1944)の‘思春期’は‘叫び’とともに気になる作品だっ
たが、2018年ようやくオスロの国立美で見ることができた。ベッドの端
に腰かけた裸の女の子はかなり緊張している。そして、不思議なのが後ろの
大きな黒いかたまり。不気味な存在をあえてここに描くのは大人へ一歩踏み
出した少女の不安な心の象徴的な表現。

ナビ派のドニ(1870~1943)のイメージはオルセーでみた作品に
もとづいてできあがっている。その装飾性の強い描像が一転して変わった
のが2011年損保ジャパン美であったドニの回顧展。そこに展示してあ
ったのは子どもや妻が登場する風俗画風の肖像画。いずれも心が安まるい
い絵が並んでいた。そのなかで思わず足がとまったのが‘家族の肖像’。母親
(ドニの妻)の優しい表情と左の女の子のこぼれる笑顔が目に焼きついて
いる。

スイスのローザンヌ出身のヴァロットン(1865~1925)の‘ボール’
をはじめて出かけたオルセーでみたという実感がなかった。なにしろ、
マネ、モネやルノワールらに心を奪われてナビ派まで鑑賞のエネルギーは
まわらない。だから、図録に載っているこの絵についてはその後絵画をみ
るレベルがあがれば関心がむかうことになるという軽い気持ちで済ますこ
とになった。

そして、時が流れヴァロットンに美術ファンの目がむきだした。2013
年パリのグラン・パレで行われた回顧展は多くの人が駆けつけ大きな話題
となった。そして、翌年三菱一号館にも巡回した。勿論、俯瞰の視点から
麦わら帽子の女の子をとらえた‘ボール’も出品された。ヴァロットンが浮世
絵から強く影響を受けていたことを知り、俯瞰の構図に合点がいった。

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2020.02.24

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(10)

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  シャルダンの‘トランプの家’(1735年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

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  セザンヌの‘赤いチョッキの少年’(1890年 ビューレー・コレクション)

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   ホドラーの‘春Ⅰ’(1901年 フォルクヴァング美)

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  スーラの‘アニエールの水浴’(1884年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー)

トランプ遊びをモチーフにした絵が最初に胸に刻まれたのは美術の本に載っ
ているセザンヌ(1839~1906)の有名な絵‘トランプをする人々’。
そのあと200%のめりこんだのはカラヴァッジョの‘いかさま師’。ふつう
はこの2点で終わりだが、美術館の図録をパラパラめくっているとこれを
忘れてはいけないというのがでてくる。それはフランスのシャルダン
(1699~1779)の描いた‘トランプの家’。少年が一人でトランプを
1枚々並べて半円形のブロックを作っている。フランスにはこんなトランプ
遊びがあったとは。

セザンヌの肖像画のなかで最も魅了されているのが‘赤いチョッキの少年’。
美術の教科書に載っているこの絵にお目にかかれることを夢見てきたが、
2年前のちょうど今頃望みが叶えられた。不思議なのが異様に長い右手に
違和感を感じないこと。脳はこの少年のポーズを心地よく受けとめている。
手と小さな頭の間隔がほどよい安定感をもたらしているのかもしれない。

スイスの国民的画家、ホドラー(1853~1918)の回顧展に運よく
2度遭遇した。スッキリしたさわやかな感じが強く残る風景画とともに存在
感のある人物描写も心をとらえてはなさない。お気に入りは少年と少女を
描いた‘春Ⅰ’。ロダンの‘考える人’のポーズを連想さす少年が正面をむき、
少女は真横の姿で目を閉じている。季節は花開く春とくれば二人にははじら
いの恋がめばえる。はたして、、

ロンドンのナショナル・ギャラリー展が来週から西洋美ではじまるが、
スーラ(1859~1891)の大作‘アニエールの水浴’は残念ながら特別
出張はなし。でも、これからこの美術館は何度も名作展を開いてくれそうだ
から、じっと待っていると出くわす可能性は十分ある。さまざまな恰好の
大人や子どもたちがセーヌ河畔でくつろいでいる。スーラの点描風景画は
とても静かなのが特徴。だから、右の赤い帽子の少年が手を口にあててなに
か声をだしているが、その音は聞こえてこない。

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2020.02.23

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(9)

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 フラゴナールの‘読書する少女’(1776年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

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  ルノワールの‘可愛いイレーヌ’(1880年 ビューレー・コレクション)

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  ゴーギャンの‘2人の子ども’(1889年 ニュー・カールスベア美)

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  モネの‘庭のカミーユ・モネと子ども’(1875年 ボストン美)

ロココ絵画の寵児となったフラゴナール(1732~1770)の‘読書する
少女’と印象派のルノワール(1841~1919)の‘可愛いイレーヌ’を並
べてみると、ここには二人の画家のすばらしいコラボが生まれていることが
わかる。フラゴナールが黄色に輝く衣服を着た少女を描いたのはルノワール
のほぼ100年前。でも、この絵はルノワールの生きた19世紀の後半の
作品のように思える。それだけ、フラゴナールは人物描写において時代を突
き抜ける近代的な感性をもっていたということである。これは驚き!

‘可愛いイレーヌ’のほうは嬉しいことに2回縁があった。最初は10年前、
わざわざ大阪まで遠征して対面した。金髪1本々のリアルな描写を目に焼き
つけたが、2018年またこの少女は日本にやって来た。あらためてみると
やはり長い金髪にKOされた。今のところこれが少女像のMyベスト。

ゴーギャン(1848~1903)の画面いっぱいに描かれた‘2人の子ど
も’もお気に入りの一枚。ゴーギャンの色使いで嬉しいのはほかに画家では
あまり見られない紫が多用されているところ。この薄紫と女の子の青い服
はよく合い色彩の力を強く印象づけている。2年前、コペンハーゲンのニュ
ーカールスベア美でゴーギャンを堪能したときこの絵と再会した。

ボストン美の自慢の印象派コレクションが日本で披露されるとき、モネ
(1840~1926)の作品に必ず含まれているのが‘庭のカミーユ・
モネと子ども’。まず目を奪われるのが妻カミーユの後ろで咲き乱れる色と
りどりの花々。そして、カミーユの横で遊んでいる愛らしい子ども。なんど
みても飽きない。

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2020.02.22

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(8)

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 ホイッスラーの‘シシリー・アレキサンダー嬢’(1874年 テート・ブリテン)

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  ミレーの‘羊飼いの少女’(1864年 オルセー美)

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 ルパージュの‘ロンドンの靴みがきの少年’(1882年 パリ装飾美)

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 フレディリックの‘農民の子’(1888年 アントワープ王立美)

気になる画家だとぐっときた作品をどこでみたかはだいたい覚えている。
例えば、パリとロンドンを拠点にして活躍したアメリカ人画家、ホイッスラ
ー(1834~1903)の場合、東京都美であったテート・ブリテン美に
出品された‘シシリー・アレキサンダー嬢’がつきあいのはじまり。その後の
ハイライトはワシントンにあるフリーア美のジャポニスム絵画‘磁器国の
プリンス バラ色と銀’、そして2014年に横浜美であったホイッスラー
展も忘れられないイベントだった。

シシリーお嬢ちゃんはこのとき8歳。ホイッスラーはディテールにこだわっ
たため、シシリーはなんと70回以上もポーズをとらされた。だから、顔が
ふくれ面になっている。後で絵の解説文を呼んであらためてお嬢ちゃんを
みるとたしかにふてくされている感じ。これはおもしろい!あの‘別に’の
沢尻エリカがちらっと頭をよぎる。

オルセーへ行くことが途絶えているため農民画家ミレー(1814~
1875)のことが薄くなっている。また、以前はよく披露されたボストン
美のミレーコレクションにも出会わなくなった。今ミレーの人気はどうだろ
うか? ‘羊飼いの少女’は‘落穂拾い’、‘晩鐘’とともにミレーを代表する作品。
じっとみているとこの少女が愛おしくなる。

スペインのムリーリョに貧しい子どもたちが明るく生きる姿を描いた絵があ
るが、これを横に並べたくなるのがルパージュ(1848~1884)の
‘ロンドンの靴みがきの少年’。ポールを背にして一休みしている少年の圧倒的
な存在感。肖像画は貴族や上流階級だけのものではないということを思い知
らされる。

ルパージュの自然主義の影響を受けたベルギーの画家フレディレック
(1856~1940)の‘農民の子’はぱっとみるとリアリズム写真をみてい
るよう。じっとこちらをみる顔がからだにつきささってくる。

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2020.02.21

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(7)

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  サージェントの‘エドワード・D・ボイトの娘たち’(1882年 ボストン美)

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   ミレイの‘初めての説教’(1863年)

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   カサットの‘母の愛撫’(1896年 フィラデルフィア美)

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  アメリンダの‘リヒテンシュタイン侯女2歳の肖像’(1836年)

イギリスの画家で回顧展を待ち望んでいるのがコンスタブルなら、アメリカ
人は筆頭がサージェント(1856~1925)で次が女流画家のオキーフ。
サージェントに強い思い入れがあるのはボストン美で女の子の群像画をみた
から。‘エドワード・D・ボイトの娘たち’はサージェントが26歳のとき描い
たもの。真ん中に座っている子をみるとある有名な絵がだぶってくる。
そう、構図はベラスケスの‘ラス・メニーナス’を意識している。そして、注目
は左に立っている少女。その綺麗な顔立ちは将来の女優を予感させる。

ラファエロ前派の旗手ミレイ(1829~1896)は子どもの絵の名人。
国立西洋美には‘あひるの子’があり、ときどき常設展示でお目にかかる。
2008年Bunkamuraで遭遇したミレイ展で心を和ましてくれたのが‘初めて
の説教’、赤いマントを着たとても可愛い女の子はじつはミレイの5歳の娘。
この一枚と出会ったのは生涯の思い出である。

アメリカの美術館をまわっているとよくメアリー・カサット(1844~
1926)の絵にでくわす。定番のモチーフは母親と子ども。フィラデルフ
ィア美で思わず足がとまったのが‘母の愛撫’。小品なのに母子の会話が聞こえ
てくるようだった。ヨーロッパの美術館だけで印象派の作品を楽しんでいる
とこのカサットの存在感は薄い。ところが、場所をアメリカに移すとカサッ
トが聖母子を彷彿とさせる母と幼子を得意とした印象派の画家であり多くの
人々に愛されていることに気づく。

8年前国立新美で開催された‘リヒテンシュタイン侯爵家コレクション展’で
忘れられない子どもの絵に出会った。それはアメリンダという抱え画家に描
いてもらったリヒテンシュタイン侯爵の2歳の娘。言葉はいらない。いつま
でもこの愛らしい寝姿をみてられる。

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2020.02.20

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(6)

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  ヴァン・ダイクの‘プファルツ選帝公子ルプレヒト’(1632年 ウイーン美術史美)

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 ゲインズバラの‘ブルー・ボーイの肖像’(1770年 ハンテイントン美)

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  コンスタブルの‘フラットフォードの製粉場’(1817年 テート・ブリテン)

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  ミレイの‘両親の家のキリスト’(1850年 テート・ブリテン)

バロックの肖像画の巨匠、ヴァン・ダイク(1599~1641)はモデル
の実際の姿以上に上手に描いたことで知られている。これは宮廷画家の宿命。
とくに女性は綺麗に仕上げいい気分にさせることに腐心した。ボヘミア王
フリードリヒ5世の息子ルプレヒトは女性の顔のような印象でなかなかの
美少年。女性の描き方の影響が出ている。

これに対してイギリスの画家ゲインズバラ(1727~1788)の描いた
王族や貴族の肖像画をみるとモデルに脚色を加えていない感じ。個性がうま
くひきだせるよういろいろ工夫をしたのは衣装や背景のつくり方。見栄えの
する青い衣装が少年をぐっとひきたてている‘ブルー・ボーイ ジョナサン
・バトールの肖像’はつい見入ってしまうほどの出来映え。

コンスタブル(1776~1837)の回顧展に遭遇することを強く願って
いるが、まだ実現しない。ターナー展があったのだからコンスタブルもお願
いしたいところ。国立新美か東京都美に期待したいが、学芸員はほかの画家
に夢中なのだろう。テート・ブリテンが所蔵する‘フラットフォードの製粉場’
は馬にまたがった少年とその後ろで作業をしている少年のところにすっと目
が寄っていく。絵の印象はコローの風景の中に少年を入れた‘ティヴォリ、
ヴィラ・デステ庭園’とよく似た感覚が生じる。

ラファエロ前派の旗手ミレイ(1829~1896)の‘両親の家のキリスト
(大工の仕事場)’に大変魅了されている。視線が向かうのは中央の弱々しい
キリストではなく、右端の水をもってきた幼子洗礼者ヨハネのほう。横目で
をみるところがじつにいい。このまなざしで主役をいっぺんに食ってしまっ
た。 

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2020.02.19

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(5)

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    ドラクロアの‘民衆を率いる女神’(1830年 ルーヴル美)

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   コローの‘テイヴォリ、ヴィラ・デステ庭園’(1834年 ルーヴル美)

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  クールベの‘窓辺の3人のイギリス娘’(1865年 ニュー・カールスベア美)

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  マネの‘アトリエの昼食’(1868年 ノイエ・ピナコテーク)

美術の教科書に載っている名画と対面したときの心の昂ぶりは特別のものが
ある。はじめてルーヴルへ行ったときみたドラクロア(1798~1863)
の‘民衆を率いる自由の女神’もそうした絵のひとつ。自由の女神がギリシャ
彫刻から飛び出してきた印象があり合成写真のような感じがするのに対し、
前を行く少年の姿は革命のエネルギーの熱気をそのまま表しておりぼやっと
しているとひっくり返されてしまいそう。小さい頃、遊び友達に向かってこ
ういう風に二丁拳銃でバンバン打ちまくった。

コロー(1796~1875)とのつきあいは普通は絵画への興味が深まっ
たころはじまる。ルーヴルにある‘ティヴォリ、ヴィラ・デステ庭園’はコロ
ーという画家をはっきりと認識するきっかけになった作品といえるかもしれ
ない。ここで視線が集中するのはどうしても欄干に腰をかけている少年。
もしこの少年がいなくて風景だけが描かれていたら、ありきたりの風景画。
逆光と男の子を結びつけて描くところがなかなかいい。

2年前、デンマークのコペンハーゲンで楽しい美術館巡りをした。目玉の
美術館がニュー・カールスベアでお目当てのゴーギャンの作品をたくさんみ
た。そして、必見リストにしっかり載せていたのがクールベ(1819~
1877)の‘窓辺の3人のイギリス娘’。クールベの肖像画は人物をぐっと
アップして描くのが特徴。強い磁力を発していたのは3人の娘の髪の毛。
とくに真ん中の子の金髪の輝きが目に焼きついている。

ミュンヘンにあるノイエ・ピナコテークはまだ訪問していないが、追っか
ける絵はずっと前からきめてある。マネ(1832~1883)の‘アトリ
エの昼食’もその一枚。中央の少年はマネの隠し子。この子をみないとマネに
済み印はつけられない。

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2020.02.18

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(4)

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    ラ・トゥールの‘大工の聖ヨセフ’(1642年 ルーヴル美)

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  レンブラントの‘ガニュメデスの略奪’(1635年 ドレスデン国立絵画館)

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 ルーベンスの‘クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像’(1616年 リヒテンシュタイン家)

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   ハルスの‘笑う少年’(1625年 マウリッツハィス美)

どこの国民も自分の国の画家が大好き。フランスだとラ・トゥール
(1593~1652)の人気が群を抜いている。専属の部屋が設けられた
ルーヴルでは‘夜の情景’の代表作‘大工の聖ヨセフ’などいい絵ずらっと並ぶ。
この部屋をじっくりみたのはルーヴル訪問歴でいうと後半。最初の頃はラ・
トゥールまで見る余裕がなかった。

カラヴァッジョの明暗の強いコントラスト表現に影響を受けこれをを独自に
消化した傑作が少年時代のキリストと大工のヨセフを描いた作品。目が
点になるのがヨセフの手元を照らすためキリストが持っている蝋燭の炎が
キリストの手も透かしているところ。このリアルさに200%KOされた。

レンブラント(1606~1669)にはライブ感の強い感情表現のみられ
る作品が数点ある。そのひとつが‘ガニュメデスの略奪’。幼子がおもらしし
ながらわんわん泣いているのは大きな鷲が怖いから。ドレスデン美でこれ
をみたときレンブラントは本当にすごい画家だなと思った。ギリシャ神話の
話がすっとんで街で大泣きする子どもにでくわしたことを連想しどうやって
なだめてあげようかと真剣に思案する。

ルーベンス(1577~1640)とハルス(1582~1666)の子ど
もの絵が強く印象に残っているのはどどちらも顔が画面いっぱいに描かれて
いるから。女性のアップはどういうわけかぐっとこないが、子どもだと違和
感がない。女の子や男の子の無邪気さが全身でうけとめられるからかもしれ
ない。

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2020.02.17

やっぱりおもしろい‘出雲と大和’展!

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    ‘宇豆柱’(重文 1248年 出雲大社)

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    国宝‘銅鐸’(弥生時代 前2~前1世紀)

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  国宝‘秋野鹿蒔絵手箱’(鎌倉時代 13世紀 出雲大社)

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  国宝‘金銅装鞍金具(前輪)’(古墳時代 6世紀)

現在、東博で開催中の‘日本書紀成立1300年 出雲と大和’(1/15
~3/8)は2012年にあった‘出雲ー聖地の至宝’の続編。前回のサブタイ
トルは‘古事記1300年’。今回は大和とのコラボが新機軸だが、出雲大社
のお宝は再登場のものがいくつかある。入館してすぐ度肝を抜かれる出雲
大社本殿の柱材‘宇豆柱’もそのひとつ。こんな大きな杉の木がどんと塊にな
っていると木の持っているパワーが深く感じられその圧で押し出されそう。

加茂岩倉遺跡(島根県雲南市)と荒神谷遺跡(出雲市)から出土した国宝
の‘銅鐸’が一緒にずらっと並ぶ光景は圧巻!これに香川県で発見された銅鐸
が加わるのだから、考古学好きや銅鐸愛好家にはたまらない展示にちがい
ない。興味深いのが銅鐸の表面に描かれた文様のヴァリエーション。四足
獣、トンボ、ウミガメ、鹿、流水、狩人、ラスコーの壁画が頭をよぎった。

お目当ての一番は国宝‘秋野鹿蒔絵手箱’。かなり前みたことがあるが、昨年
秋にみた正倉院にある蒔絵のお宝の流れでこういう螺鈿細工がキラキラ輝
くものは特別魅了される。二周し存分に楽しんだ。また、古代のロマンを
感じさせる勾玉にもぐっと引きつけられる。

事前の出品情報がゼロだったのが大和の藤ノ木古墳から出土した‘金銅装
鞍金具’。前輪と後輪の施されたリズミカルな模様表現が目を見張らせる。
6世紀の古墳時代にもうこんな高い金工技術のレベルに達していたという
のが驚き。

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2020.02.16

久しぶりの‘北大路魯山人’!

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     ‘つばき鉢’(1938年)

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     ‘雲錦鉢’(1938年)

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     ‘織部蟹絵平鉢’(1959年)

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     ‘備前旅枕花入’(1958年)

日本橋三越で明日(17日)まで行われている‘北大路魯山人展’を滑り込みで
みてきた。今回ででているのは京都の何必館が所蔵しているコレクション。
魯山人のやきものはこれまで世田谷美、鎌倉の吉兆庵美、島根県の安来市に
ある足立美で目を楽しませてもらっったが、何必館(かひつかん)のものは
縁がなかった。

北大路魯山人(1883~1959)というと見栄えのする絵柄が気を引く
大鉢がまず思い浮かぶ。これまで別ヴァージョンでお目にかかったことのあ
る‘つばき鉢’と‘雲錦鉢’がどんと展示してあった。‘雲錦鉢’の装飾的に描かれた
桜満開の模様は尾形乾山とのコラボが連想されるが、椿のほうは魯山人のほ
かにはすぐでてこない。どんどんと大きく咲く赤、白、黄色の花びらを緑の
葉が引き立てている。この椿は大収穫。

何必館は魯山人の大鉢、織部や書など300点くらい所蔵しているが、演出
された空間に展示されているのは70点ほど。だから、予想とは作品の数が
ちがっていたが、いずれもじっとみてしまうほどいい作品が揃っているので
満足度は高い。これまで体験した作品がずらっと並ぶやきもの展とはひと味
ちがう展示の仕方が新鮮だった。

最晩年の作品‘織部蟹絵平鉢’(絶作)と‘備前旅枕花入’の前に長くいた。日本
絵画でもやきものなどの工芸でも蟹をモチーフにしたものは珍しい。おも
しろいのはこの蟹はじっとみていると横に動いているのかと錯覚すること。
動きの描写はとても難しい。魯山人の創作の感性は流石でしゃきっとしてい
る。備前焼は数点でておりどれも魅了されるが、この‘旅枕花入’は心を強く
揺すぶる。

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2020.02.15

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(3)

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  ゴヤの‘マヌエル・オソーリオ・デ・スーニガ’(1788年 メトロポリタン美)

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  ゴヤの‘オスーナ公爵夫妻と子どもたち’(1788年 プラド美)

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  スルバランの‘聖母の幼年時代’(1660年 エルミタージュ美)

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 メッシーナの‘天使に支えられる死せるキリスト’(1476年 プラド美)

NYのメトロポリタン美は日本で言うと東博のようなところだが、再訪する
たびにこの街に住んでいたら‘Anytime アート・パラダイス!’だなと思う。
サプライズの絵画は山ほどありゴヤ(1746~1828)が描いた4歳
の坊や、マヌエル・オソーリオもその一枚。今のところ、女の子ではベラ
スケスの‘3歳の王女マルガリータ’が好きな絵の筆頭で、男の子はこのマヌ
エル坊やが断トツのベストワン。

可愛い坊やの顔ととても映える赤の衣服ばかりに目がいくが、ひもでつな
がれたカササギとそばにいる3匹の猫はちょっと不気味。ここだけみてい
るとゴヤの‘黒い絵’のイメージがちらっとよぎる。

ゴヤにはもう一枚すごく魅せられる子どもの肖像画がある。‘オス―ナ公爵
夫妻と子どもたち’はハイドンのような頭をした公爵と優しそうな母親、4
人の子どもたちが描かれている。女の子も男の子も色白で目がくりくりっ
としており子どものファッション雑誌を飾る子役モデルのよう。

スルバラン(1598~1664)とベラスケス(1599~1660)
はともにセビリア出身でほぼ同時時代を生きた。マドリードへでて宮廷画
家になったベラスケスとはちがい、スルバランはムリーリョ(1618~
1682)同様、セビリアに居続けて活躍した。プラドやテイッセン・
ボルネミッサでみた優雅に着飾った若い女性像が強く目に焼きついている。
エルミタージュにある‘聖母の幼年時代’は宗教臭くない風俗画仕立てだが、
それでも小さくても聖母の気品が伺えるように描くところがスルバラン流。

シチリア生まれのメッシーナ(1430~1479)の‘天使に支えられ
る死せるキリスト’は幼い天使が流す涙がしみじみ切ないためあまり長くは
みれない。天使はたくさん出会ったが、眉毛を八の字にして悲しむ天使は
この絵のほかにはみたことがない。

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2020.02.14

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(2)

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 ベラスケスの‘王女マルガリータ(3歳)’(1654年 ウィーン美術史美)

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  ベラスケスの‘皇太子バルタサール・カルロス騎馬像’(1635年 プラド美)

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    ムリーリョの‘善き羊飼い’(1655~60年 プラド美)

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    ムリーリョの‘犬と少年’(1650年代 エルミタージュ美)

子どもの絵を描いて最も有名な画家は誰か?もちろん、スペインのベラスケ
ス(1599~1660)。大作‘ラス・メニーナス’が描かれたとき王女マル
ガリータは5歳。ベラスケスはマルガリータが3歳のときはじめて肖像画を
描いた。この絵を所蔵しているのはウィーン美術史美。日本にも一度やって
来たことがある。

以前にも書いたがこのふっくらした頬がびっくりすりほど可愛いので‘ラス
・メニーナス’より軍配をあげたくなる。美術館の図録にはこの絵が大きく載
っており、日本出張の定番となっていて昨年も披露された‘青衣の王女マルガ
リータ’は割愛されている。

数年前開かれたプラド美展(西洋美)に展示された‘皇太子バルタサール・
カルロス騎馬像’も‘オールスター子ども絵’には欠かせないピース。この絵が
制作されたのは3~5歳のマルガリータの肖像画の20年前。ベラスケス
はこの頃から子ども絵は抜群に上手かった。皇太子はこのとき5歳、10歳
頃の皇太子の絵がウイーン美術史美にあるが凛々しい立ち姿がなかなかいい。

スペインの画家はベラスケスに影響されたのか心を和ます子どもの絵を数多
く残した。ムリーリョ(1617~1682)はラファエロを彷彿とさせ
る聖母子を描き人々に愛されたが、‘善き羊飼い’は愛らしい幼子が強い存在
感をみせている。また、ムリーリョには子どもたちを描いたすばらしい風俗
画がある。貧しい生活なのに明るく生きる姿が心を打つ‘犬と少年’は一生忘れ
られない。

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2020.02.13

Anytime アート・パラダイス! 子ども絵(1)

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    ラファエロの‘椅子の聖母’(1513~14年 ピッテイ美)

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  ラファエロの‘サン・シストの聖母’(1513年 ドレスデン国立絵画館)

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  ダ・フォッリの‘音楽を奏でる天使’(1480年 ヴァチカン美)

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   パルミジャニーノの‘弓を削るアモル’(1534年 ウィーン美術史美)

絵画とのつきあいが長くなると作品に向き合う気持ちが少しずつ変わって
くる。それは新しい絵に注ぐエネルギーが弱くなりこれまでみた名画へのこ
だわりが増していくこと。女性画をみる時間が長くなり、画家の代表作への
思い入れが以前にも増して強くなっていく。そして、好きな女性画にくらべ
ると数ではかなわないが子ども絵への愛着も深まる。

子ども絵のオールスターを選ぶ場合、今は十分絞り込まれ第一列に入るグル
ープは固定されている。まずあげなくてはならないのはルネサンスのラファ
エロ(1483~1520)が描いた‘椅子の聖母’。この可愛い幼子キリスト
に魅了され続けている。小さい頃この絵を美術本でみていつか本物に会いた
いと強く思った。だから、フィレンツェのピッティ宮殿で絵の前に立ったと
きは大感激だった。聖母子の画家の代表作をやっとみたぞ!人生における最
も幸せな瞬間、心理学者マズローのいう‘最高の瞬間’をつかみとることがで
きた。

ドイツのドレスデン国立絵画館にある‘サン・シストの聖母’も忘れられない
一枚。視線が向かうのは中央に描かれた聖母子ではなく、下にいる二人の天
使。左の天使の頬杖をつく仕草がなんとも愛らしい。ラファエロはこんな
茶目っ気がありだまし絵的な宗教画をどこで思いついたのだろうか。

秋にやって来るカラヴァッジョの‘キリストの埋葬’が展示されているヴァチ
カン美にも輝く天使がいる。ダ・フォッリの‘音楽を奏でる天使’。これは
フレスコ画の断片のひとつで、この綺麗な金髪がフランス人形を連想させる
天使のほかにリュートを弾く若い女性の天使も描かれている。

マニエリスムの画家のなかでは別格扱いにしているパルミジャニーノ
(1503~1540)のとてもいい絵にウィーン美術史美でお目にかか
った。そのときから17年もたっているが、‘弓を削るアモル’が強く印象に
残っている。おもしろいのがアモルの両足の間におさまっている二人のプ
ットー。女の子は愛の神アモルに触れようとするが炎をおそれ慌てて手を
引っこめる。そのしかめつらの顔がじつにいい。

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2020.02.12

Anytime アート・パラダイス! 比類ない瞬間描写

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   カラヴァッジョの‘いかさま師’(1595年 キンベル美)

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   ‘聖トマスの不信’(1601年 サンスーシ宮殿)

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   ‘キリストの笞打ち’(1607年 カポディモンテ美)

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   ‘ダヴィデとゴリアテ’(1610年 ボルゲーゼ美)

絵画は静止画だが映画のように動く場面をイメージさせる作品がある。カラ
ヴァッジョが心をとらえて離さないのは人物の身振りや内面の動きを瞬間的
に切るとるのがとびぬけて上手いところ。もっとも気に入っているのがアメ
リカのフォートワース(テキサス州)にあるキンベル美が所蔵する‘いかさま
師’。

憎いほど上手く描かれているのはカード遊びをしている左の甘ちゃん若者の
カードを覗きこみ右の男に教えている中央の男。目をカット開いてみる表情
がじつにリアル。この若者はグルになっている二人にいいようにカネを巻き
上げられる。ワルの大胆な行動と能天気な甘ちゃんの差を浮き彫りにする
人物描写にほとほと感心させられる。

‘聖トマスの不信’でトマスのやっていることは例えば手術で執刀中の医師を
すぐ連想するし、遺跡から出ていた化石を泥を払いのけながら調査している
考古学者の真剣なまなざしのようでもある。宗教画を離れてもいろいろ想像
がふくらむのはカラヴァッジョの人々を観察する能力が高く、それを写実的
に表現する技術をもっているから。

冷静さを失い感情のおもむくまま激しく他者と向き合う人間はずっと々昔か
ら存在する。時代が今と大きく隔たった過去の出来事でも悪党の残虐さは変
わらないことをつくづく思わせる絵が‘キリストの笞(むち)打ち’。刑吏の
残忍性丸出しの顔つきが衝撃的。これほどキリストに対する暴力性きわまる
懲らしめを表した作品があっただろうか。

ゴリアテの首がカラヴァッジョの自画像ともいわれる‘ダヴィデとゴリアテ’は
ダヴィデの心の揺れがよくでている。勝つには勝ったがまだ恐怖心から解放
されてなく、無理やり呼吸を整えながら心を落ち着かせている感じ。首をも
つ手は小刻みに震えているにちがいない。

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2020.02.11

Anytime アート・パラダイス! 子どもが主役

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 カラヴァッジョの‘聖マタイの殉教’(1600年 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂)

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  カラヴァッジョの‘イサクの犠牲’(1601年 ウフィツィ美)

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  カラヴァッジョの‘勝ち誇るアモール’(1601年 ベルリン絵画館)

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  カラヴァッジョの‘アロフ・ド・ヴィニャクールの肖像’(1608年 ルーヴル美)

名作映画には子どもの演技に感動するものも多い。昨年10月BSプレミアム
シアターでみたイタリア映画の‘鉄道員’がなかなか良かった。そして、イタリ
ア国内で絶大な人気を誇るカラヴァッジョの絵にも描かれた子どものしぐさ
や表情が頭にこびりついているものがある。

‘聖マタイの殉教’では絵のハイライトは中央に描かれたマタイに刺客が襲い
かかっている場面だが、口をあけてわめいている若い男と同じくらい視線を
集めるのがマタイの傍で手を大きく右のほうにまわしている男の子。‘わー、
大変!マタイのおじさんが殺されちゃう!’と動転しているのだろう。まわり
にいる人たちの驚く姿よりこの子の身振りのほうが数倍インパクトがある。

顔の表情が強く目に焼きついている一枚が‘イサクの犠牲’、父アブラハムに
顔を押さえつけられ恐怖におののくイサク。まさに怖いことが起こる寸前。
この少年の姿は胸が痛くなる。一方、明るい笑顔が心をなごますのが‘勝ち誇
るアモール’。笑いにくわえて驚愕することがもうひとつある。それは肌の
描写。本当に目の前に裸の子どもがいるよう。

‘アロフ・ド・ヴィニャクールの肖像’では騎士団長の横で兜をもっている小姓
のきりっとした視線がとても気になる。緊張した様子が穏やかな表情をした
騎士の立ち姿をひきたてているのがスゴイ。やはり肖像画は目の描き方によ
って人物への肩入れが違ってくる。

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2020.02.10

Anytime アート・パラダイス! 老人は表情で語る

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 カラヴァッジョの‘ユディトとホロフェルネス’(1599年 バルベリーニ宮)

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  カラヴァッジョの‘蛇の聖母’(1605~06年 ボルゲーゼ美)

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 カラヴァッジョの‘聖ペテロの磔刑’(1601年 サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂)

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カラヴァッジョの‘執筆する聖ヒエロニムス’(1608年 サン・ジョヴァンニ大聖堂)

カラヴァッジョ(1571~1610)の宗教画は風俗画仕立てになってお
り、登場人物は気を引く可愛い少年、若い男女だけでなく、コアな働き手、
老人まで含まれその生感覚に満ちたリアリズム描写はバロックへとつな
がる新たな絵画の地平を切り開いた。なかでも興味深いのが老人の強い
存在感を表した作品。

あべのハルカス美への出品が叶わなかった‘ユディトとホロフェルネス’には
主役のユディトを食ってしまいかねない老婆が横向きで描かれている。断末
魔の苦しみを味わされているホロフェルネスをこの老人はじっとみている。
顔をしかめ大仕事をしているユディとは対照的に表情を変えないところにか
えってスゴ味がある。このあと切り落とされた首を淡々と袋にくるむ姿が目
に浮かぶ。

ローマのボルゲーゼ美が所蔵する‘蛇の聖母’は日本にはなかなかやって来な
い。ここに描かれた聖アンナはダ・ヴィンチの‘聖アンナと聖母子’(ルーヴ
ル)とは天と地ほどの差がある。背が高いのでしゅんとしたところはでてい
るが顔はもうだいぶくたびれている。だから、蛇を踏みつけている聖母と
幼子キリストをただ引き立てているだけ。でも、そこにいるだけで画面に
緊張感が生まれる。

逆さ十字架にかけられたペテロのモデルをつとめる爺さんの表情がじつに
いい。この‘聖ペテロの磔刑’をローマのポポロ聖堂でみたときはこの老人
の立派な演技ぶりにあっけにとられた。うめき声もなく覚悟をきめて身を
まかせている。この絵に動きがあるのは4人がXの字を作るように配置さ
れているから。傑作である。

‘執筆する聖ヒエロニムス’に描かれている聖人はごく普通の年老いた男性。
ぱっとみた印象は大学の先生。学問に生涯をささげると歳を重ねても老い
の疲れや醜さが表に現れてこないようにみえる。脳が活性しつづけている
のがいいのだろう。

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2020.02.09

Anytime アート・パラダイス! イケメンのキリスト

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 カラヴァッジョの‘聖マタイの召命’(1600年 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂)

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  キリストの拡大

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  カラヴァッジョの‘エマオの晩餐’(1606年 ブレラ美)

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 カラヴァッジョの‘エッケ・ホモ’(1605年 ストラーダ・ヌオーヴァ美)

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  ベラスケスの‘十字架上のキリスト’(1632年 プラド美)

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  ゴヤの‘十字架上のキリスト’(1780年 プラド美)

カラヴァッジョ(1571~1610)が描いた宗教画に大変魅了されるの
は全体の印象が宗教臭くなく風俗画のようなライブ感があるから。とくに
注目したいのはキリストのイケメンぶり。それが伺われる絵が3点ある。
出世作となった‘聖マタイの召命’、‘エマオの晩餐’、そして‘エッケ・ホモ’。
今なら映画俳優やモデルがつとめられる夫々の男性をカラヴァッジョはみつ
けキリストに仕立て上げた。

デビュー作からいきなりキリストをこんないい男にして登場させるのだから、
この絵をみた人たちは‘おいおいみろよ、マタイを指さしているキリストは角
の酒場に来ている男じゃないか、あのイケメンに間違いない’とかなんとか噂
していたかもしれない。そして、極めつきのいい男は‘エマオの晩餐’に描か
れた正面向きのキリスト。横にいる土や汗の匂いがする男や老婆の容姿とく
らべて光のあたるキリストが神々しいこと!神が崇高な存在であるためには
ぶ男よりは女性のような美しさが感じられる男のほうがいい。

2016年、西洋美であったカラヴァッジョ展に出品された‘エッケ・ホモ’に
描かれたキリストも芸能プロダクションにテレビ局からドラマ出演のオファ
ーが来るのは請け合い。名前は覚えられないが今人気のあるイケメン俳優の
なかにも似てるのがいそうだが、はじめてこの絵をみたときイメージしたの
は以前NHKの朝ドラで漫画家の水木しげるを演じた俳優(名前が思い出せな
い!)。

キリストを整った容姿で描いた画家はカラヴァッジョのほかにもいる。その
絵はマドリードのプラド美にある。まずベラスケス(1599~1660)
が‘十字架上のキリスト’を描き、同じタイトルで150年後ゴヤ(1746
~1828)が見事に描き上げた。カラヴァッジョのDNAがベラスケス、
ゴヤに受け継がれた。ベラスケスはカラヴァッジョの描いたキリストをみて
強い衝撃を受けたのかもしれない。

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2020.02.08

Anytime アート・パラダイス! ガラス描きの名手

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 カラヴァッジョの‘トカゲに噛まれた少年’(1593年 ナショナルギャラリー)

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 カラヴァッジョの‘トカゲに噛まれた少年’(1596~97年)

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   カラヴァッジョの‘バッカス’(1597~98年 ウフィツィ美)

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   ホルバインの‘商人ゲオルク・ギーゼ’(1532年 ベルリン絵画館)

目の前にあるものを本物そっくりに描いてみせるというのは並みに技量しか
もってない画家にはとうていできない。だから、カラヴァッジョ
(1571~1610)が‘果物籠’でみせたリンゴやブドウの見事な質感描
写に遭遇すると腹の底から嬉しくなる。感激極まり目が点になるのは果物の
ほかにもうひとつある。それはワイングラスや花瓶などのガラス器。

3月から所蔵品が日本で初めて公開されるロンドン・ナショナル・ギャラ
リーはカラヴァッジョを3点もっている。‘トカゲに噛まれた少年’、‘エマ
オの晩餐’、‘サロメ’。ここは4回訪問したが、‘トカゲに噛まれた少年’の前で
驚愕したのは最初の頃ではなく後のほう。これはまだ日本に来てないが、
この青紫がかったガラスの花瓶をみたらその透明感に度肝をぬかれるにち
がいない。その横にタイトルになっている少年の手を噛んだトカゲがいる
が、暗くてよく見えないからガラスの質感描写の印象ばかりが目に焼き
つく。

2016年に西洋美であったカラヴァッジョ展に別ヴァージョンが登場し
た。3,4年後に描かれたもので所蔵しているのはフィレンツェの
ロベルト・ロンギ美術史財団。こちらは少年の顔を照らす光が強くその分
白の透明感で表現したガラスの存在感が弱くなっている。

‘バッカス’にもワインのデカンタが左下に描かれている。高い写実性がみら
れるが、カラヴァッジョファンの関心はここに映っているといわれるたカラ
ヴァッジョの自画像にむかっているから十分にみる者を驚かすガラス
表現まで気が回らないだろう。でも、いくらみても自画像は確認できない。
高性能のカメラでないととらえられないので、このガラスをみてカラヴァ
ッジョの技量の高さを感じたほうがいい。

ロンドンの‘トカゲに噛まれた少年’に描かれたガラスと似たような質感が感
じられる絵が1点ある。ベルリン絵画館が所蔵するホルバイン(1497~
1543)の‘商人ゲオルク・ギーゼ’。この美しいガラスの花瓶はまだ縁が
ない。2度目のベルリン旅行が実現したら、いの一番にでかけようと思う。

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2020.02.07

Anytime アート・パラダイス! カラヴァッジョの静物画

Img_20200207221201    ‘果物籠’(1597年 ミラノ アンブロジアーナ絵画館)

 

Img_0002_20200207221201    ‘果物籠’(拡大)

 

Img_0001_20200207221201     ‘バッカス’(1597~98年 ウフィツィ美)

 

Img_0004_20200207221201     ‘果物籠を持つ少年’(1593~1594年 ボルゲーゼ美)

今年開かれる西洋美術関連の展覧会で最も期待している‘ロンドン・ナショナ
ル・ギャラリー展’がまもなく西洋美(3/3~6/14)ではじまる。このと
ころ、‘美術館に乾杯!’の日本の美術館シリーズに精力的に取り組んでいる
ため、西洋美術の話が薄くなっている。料理で例えると日本美術は‘お吸い物’
で西洋絵画は‘スープ’。イタリア旅行で味わった野菜スープの美味しさを思
い浮かべるとまたヴェネツィアへ行きたくなる。ナショナルギャラリー展に
むけて西洋絵画へのテンションをあげるため、新シリーズ‘Anytime アート・
パラダイス!’を立ちあげることにした。日本美術とのバランスをとりながら、好きな画家や彫刻家たちの天才ぶりや彼らが生み出した傑作の数々について目いっぱいとりあげてみたい。

まずはカラヴァッジョ(1571~1610)から。今月の16日まで大阪
のあべのハルカス美で行われている‘カラヴァッジョ展’は当初出かけることに
していたが、途中から出品作について雲行きが暗くなり目玉の作品としてPR
されていた‘ユデイットとホロフェルネス’(ローマ、バルベリーニ宮)は来な
いことが判明したので今回はパスにした。現地で一度みているから落胆度は
軽い。秋には‘キリストの埋葬’(ヴァチカン美)が登場するのでこの絵のほう
に頭は切り替わっている。

2010年、ローマであった大カラヴァッジョ展をみてから10年がたった。
こんなスゴイ回顧展にめぐりあったのは生涯の思い出である。カラヴァッジ
ョ展は日本では2001年と4年前の2016年、そして昨年と3回開かれ
た。そして、今年も1点だけだがヴァチカンからやって来る。だから、カラ
ヴァッジョ人気の高まりは本物とみていいかもしれない。とすると、数年の
うちに新規の作品が公開されることも十分予想される。

そこで期待したい絵画がある。それはミラノのアンブロジアーナ絵画館にあ
る静物画の傑作‘果物籠’。現地でお目にかかったときは時間がなくて細部まで
じっくりみれずご挨拶程度だった。でも、2010年の大回顧展では単眼
鏡を使って長いことみた。サプライズは梨や緑の葉についた水滴の表現。
飛び散っている感じ。これは単眼鏡でないととらえられないから夢中になっ
てみた。

この驚異のリアリズム描写は同じころ描かれた‘バッカス’でもみられる。右下
の緑の葉とバッカスの頭にのっている葡萄の葉にも水滴がついている。これ
に対し、4年前西洋美にこの絵の横に並んでいた‘果物籠を持つ少年’に描かれ
たりんごやサクランボ、梨、ざくろにはどこにも水滴はなかった。

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2020.02.06

美術館に乾杯! 京都国立近代美術館 その六

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    安井曾太郎の‘婦人像’(1930年)

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       梅原龍三郎の‘雲中天壇’(1939年)

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    岡鹿之助の‘山麓’(1957年)

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 ザオ・ウ―キーの‘夜明け、夜でもなく朝でもなく’(1957年)

安井曾太郎(1888~1955)と梅原龍三郎(1888~1986)の
大規模な回顧展に遭遇するのを心待ちにしているが、なかなか実現しない。
昨年は充実した内容の岸田劉生展が東京ステーションギャラリーがあったの
でそろそろ安井と梅原に出番が回ってくる?期待したいのは二人のいい絵を
所蔵している東近美と東京都美。また、国立新美は動いてくれるだろうか?

肖像画の名手、安井の作品のなかで群を抜いていいのはチャイナドレスが目
に焼きつく‘金蓉’(東近美)と‘婦人像’。2枚のタイトルから受け取るイメー
ジは同じだが,じっさいは大きく違う。‘婦人像’のモデルをつとめた着物姿
の若い女性はバリバリの映画女優とか宝塚歌劇団の男役をすぐ連想する。

1月末、BSプレミアムシアターで放送された映画‘ラストエンペラー’
(1987年)をみた。ジョンローの演技と坂本龍一の音楽がTVで蘇ったの
は嬉しいかぎり。あらためて認識したのが舞台となった紫禁城の広さ。今
中国は新型コロナウイルスで国中が大変なことになっており、紫禁城観光は
閑散としている。また、梅原が描いた天壇にも人はいないだろう。1994
年北京の観光を楽しんだとき、この天壇は予定になかったのに時間をやりく
りして連れていってもらったので感慨深い。

岡鹿之助(1898~1978)の代名詞となった発電所シリーズ。その一
枚が長野県にある中部電力の発電所を描いた‘山麓’。特別気にかかる建物で
もない発電所が鹿之助の緻密な点描によって貴族の館あるいは王族の城のよ
うに変容する。これが絵画の力。描かれた風景は実景の再現ではなくここ
にはより静寂で神秘的な世界がある。

1/18にオープンした八重洲のアーチゾン美(旧ブリジストン美)へでか
けるタイミングをはかっているが、事前予約制がしっかり適用されるのか美
術館にふらっといっても入れるのか、まだ確認していない。コレクション展
にはたぶん展示されているザオ・ウ―キー(1921~2013)の抽象画
を京近美も所蔵している。赤外線写真を見ているようにも映る‘夜明け、夜
でもなく朝でもなく’、縦2m、横3mの大きな画面に何か小さな生き物がう
ごめいているよう。

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2020.02.05

美術館に乾杯! 京都国立近代美術館 その五

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    小野竹喬の‘奥の細道句抄絵’(1976年)

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    池田遙邨の‘山頭火シリーズ’(1984年)

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    加山又造の‘黄山霧雨’(1982年)

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    須田国太郎の‘校倉(乙)’(1943年)

日本画家の小野竹喬(1889~1979)に出会ったのは岡山県の笠岡市
にある竹喬美術館。ここで開催された回顧展をみていっぺんにファンにな
った。とくに魅了されたのが竹喬が晩年に描いた‘奥の細道句抄絵シリーズ’。
松尾芭蕉の俳句を絵画化した作品は10点あり全部京近美が所蔵している。
そのなかで一番のお気に入りが‘あかあかと日は難面もあきの風’。すすきの
穂の上に濁りのない青や橙色の色面が並行的に並べられ、意匠化されたポス
ターのような風景画に仕上げている。87歳でこんなすばらしい作品を描く
のだから本当にスゴイ。

同じ岡山県出身の池田遙邨(1895~1988)がのめりこんだのは若い
頃出会った漂泊の俳人種田山頭火。89歳から亡くなる93歳までの4年間に
‘うしろ姿のしぐれてゆくか 山頭火’をはじめ28点制作した。この絵は‘昭和
の日本画100選’(1989年)にも選ばれた代表作。強い風に折れ曲がる
すすきで埋まった野原のなかを風に背中を押されるように山頭火が歩いて
いる。

大観や春草らと同様、一生つき付合っていくことにしている加山又造
(1927~2004)。驚かされるのはその画風の広さ。琳派の画風を受
け継ぐ装飾性にとんだ作品だけでなく水墨画にも挑戦した。‘黄山霧雨’は北宋
山水画を意識した大作。以前は描かれた中国の黄山を訪問することに思いを
馳せることもあったが、今はここを登っていく元気はない。

加山も洋画家の須田国太郎(1891~1961)も京都市の生まれ。やは
り京都は文化芸術の中心地、才能豊かな画家がたくさんいる。1943年に
描かれた‘校倉(乙)’は東近美にある‘法観寺塔婆’とともに須田のイメージが
できあがった作品。天平の時代の空気がつまっている感じ。

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2020.02.04

美術館に乾杯! 京都国立近代美術館 その四

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    上村松篁の‘孔雀’(1983年)

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    川端龍子の‘佳人好在’(1925年)

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       安田靫彦の‘菖蒲’(1931年)

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       河井寛次郎の‘白地草花絵扁壺’(1939年)

花鳥画を得意とする日本画家にとってどの花や鳥を描くかは簡単に決まるよ
うで決まらないかもしれない。とくに見栄えが派手な鳥の場合は見る者を唸
らせるように描かないとあとでやっぱりやめたほうがよかっということにな
る。でも、上村松篁(1902~2001)ほどの腕前があると豪華な羽を
みせつける孔雀が画面いっぱいに姿を現す。ずっとみていてもこの孔雀は飽
きない。

大田区にある川端龍子(1885~1966)の記念館は長いこと出かけ
てない。以前はここが所蔵する大作の数々を全部みようと頻繁に通った。
そして、回顧展を2回体験したため画集に載っている主要な作品はおおよそ
目のなかに入った。京近美には2点いい絵がある。鯉の群れを描いた‘曲水図’
は縁がないままだが、濃密な雰囲気が漂う‘佳人好在’のほうは心を鎮めてじっ
くりみた。描かれているのは南禅寺の近くにある老舗料亭の茶室。お膳にの
った海老や小魚にすっと視線がむく。

安田靫彦(1884~1978)の花鳥画は小林古径に較べると少ない。
そのなかでよく描いた梅はどことなく琳派の香りがする。それは燕子花と
同類の‘菖蒲’でも感じられ、青と白の花にも下のグレーのところにも宗達風の
たらしこみがみられる。靫彦は宗達や光琳の花鳥画に魅了されたにちがい
ない。

京近美の通常展示で河井寛次郎(1890~1966)の傑作‘白地草花絵
扁壺’をみたかどうかは記憶があやふや。角々した形が目に心地いいこの扁壺
は作られてから18年後の1957年、ミラノのトリエンナーレ展で見事
グランプリに輝いた。本人は出品が友人のコレクターの計らいであったこと
を知らなかったらしい。

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2020.02.02

美術館に乾杯! 京都国立近代美術館 その三

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      土田麦僊の‘大原女’(1927年)

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       菊池契月の‘朱唇’(1931年)

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       岸田劉生の‘麗子弾絃図’(1923年)

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    入江波光の‘振袖火事’(1913年)

明治時代になり新しい国のかたちをもとめて西洋の政治制度や文化がどんど
ん入ってきた。絵画の世界でも日本画家、洋画家を問わず印象派やゴッホな
どから大きな影響をうけ、新機軸の画風の生みだすためそうした要素を貪欲
に吸収した。安井曾太郎はセザンヌに傾倒し、梅原龍三郎はルノワールに
師事した。日本画では使う画材はちがうものの西洋画からモチーフの表現や
構図のアイデアをしっかりもらった作品もある。

そのわかりやすい絵が土田麦僊(1887~1936)の大作‘大原女’、
印象派が好きな人ならすぐ座る大原女たちの姿をみてマネの‘草上の昼食’を
連想するにちがいない。普通ならお馴染みの大原女はパリの画壇で騒動をお
こしたあの裸婦と男たちとつながらない。でも、豊かな構想力をもった麦僊
はまるで違和感のないすばらしい風俗画をつくりあげた。たいした才能で
ある。

菊池契月(1879~1955)の‘朱唇’に大変魅了されている。丸ぽちゃ
顔で大きな目をきらきらさせている女性は戦国時代から江戸の初期を生きた
のだろうが、この明るいキャラクターならすぐ朝ドラのヒロインになれそう。
契月は女性がもっている魅力をひきだすのが本当に上手い。

モディリアーニが愛するジャンヌを何点も描いたように岸田劉生(1891
~1929)も宝のような娘麗子を描き続けた。モディとの違いは麗子ヴァ
ージョンが年齢とともに変わり、芝居仕立ての演出があるところ。‘麗子弾絃
図’は劉生の趣味が反映されている。歌舞伎や長唄にのめりこんだため麗子は
なんと三味線まで弾きだした。‘二人麗子図’といいこの絵といい劉生は自由
に麗子と遊んでいる。

村上華岳の‘夜桜図’とのコラボをイメージさせる入江波光(1887~
1948)の‘振袖火事’も絵の隅から隅までみてしまう。江戸の街では頻繁に
火事に見舞われたが、燃え上がる炎の恐怖は昔も今も変わらない。

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2020.02.01

美術館に乾杯! 京都国立近代美術館 その二

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       福田平八郎の‘花菖蒲’(1934年)

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     徳岡神泉の‘池’(1952年)

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       速水御舟の‘草花図’(1932年)

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       小茂田青樹の‘双鳩図’(1920年)

今年は東京五輪イヤーのため、海外からの観光客を意識し美術館では浮世絵
展がいくつか行われる。例えば、森アーツセンター(4/17~6/7)と
東京都美(7/23~9/13)。日本絵画なら琳派展にも期待したいが、こち
らのほうは大きな動きはない。

展覧会に取り上げられるテーマが人気のサイクルや時代の気分の変化に左右
されるのはいたしかたないが、琳派狂いとしてはあまり間隔を開けないで光
をあて続けて欲しいと思う。また琳派がブレイクしたとき、現代ヴァージョン
の琳派出品に欠かせないのが福田平八郎(1892~1974)の‘花菖蒲’。
あの‘燕子花図屏風’を描いた尾形光琳がこの絵をみたら裸足で逃げるだろう。

徳岡神泉(1896~1972)の回顧展を長く待っているが、どこの美術
館もとりあげてくれない。画集をもってないため作品の全貌がつかめずどう
いう回顧展になるのかイメージできないが、作品の少なさがネックとなって
いる?東近美には‘仔鹿’などがあり京近美も‘池’や‘蕪’のようないい絵を所蔵し
ているのだから、2館を巡回するかたちにすれば観客動員も期待できる。
はたして、、

平八郎と神泉の花鳥画は多分に西洋の抽象画的な感覚が喚起されるのに対し、
速水御舟(1894~1934)の‘草花図’や小茂田青樹(1891~
1933)の‘双鳩図’は徹底した細密描写が売りにした作品。じっくりみると
その凄さがわかる。モチーフのもつリアリティが半端なく描写されるのは
画家の深い集中力と高い技のたまもの。

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