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2020.01.30

美術館に乾杯! 京都市京セラ美術館 その四

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    小野竹喬の‘夕雲’(1965年)

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    池田遙邨の‘雨の大阪’(1935年)

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    須田国太郎の‘村’(1937年)

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    堂本尚郎の‘作品60-1’(1960年)

名の知られた画家とのつきあいが長くなると一度は回顧展に遭遇したい。
理想をいえば2回まわってくるといいが、定期的に回顧展が開かれる画家は
限られている。例えば京都にアトリエを構えた日本画家で2回以上幸運に
恵まれたのは上村松園、上村松篁、小野竹喬、福田平八郎の4人。あとの
竹内栖鳳、村上華岳、土田麦僊といったビッグネームでも1回だけ。

2回組の小野竹喬(1889~1979)は夕焼けの茜色の情景に魅せら
れた画家。ここには76歳のとき描いた‘夕雲’がある。竹喬のすごいところ
は晩年になるほど余計なものをはぶき濁りのない色と意匠化したモチーフを
融合させとてもスッキリした風景画を生み出したこと。西洋の画家ではマテ
ィスと同じような道を歩んでいる。

池田遙邨(1895~1988)の‘雨の大阪’はぐるっとまわる道路の画面
構成がなかなかいい。大阪の街に馴染みがないのでここがどこなのか実感が
ないとはいえ、近代的な都市の雰囲気は十分伝わってくる。そして、雨を
斜めの線で表現するのは浮世絵的で親しみやすい。遙邨は浮世絵が好きだか
ら、すぐ広重の絵を思い浮かべたのだろう。

京都生まれの二人の洋画家、須田国太郎(1891~1961)と堂本尚郎
(1928~2013)は運よく回顧展にめぐりあえた。ともに文化勲章
受章に値するほどの輝く創作活動をしたのにそうならなかったのは選ぶ側の
アート心がなかったためと割り切るほかない。

‘村’は暗い画面に描かれた家々のなかで光があたっているところが浮き上が
ってみえるのは印象的。ア―ティゾン美(1/18オープン、旧ブリジスト
ン美)にあるザオ・ウーキーの作品とシンクロするイメージが強く沸き立つ
堂本の‘作品60-1’は気品にみちた抽象画である。

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