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2019.09.30

美術館に乾杯! 島根県立美術館 その二

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   藤田嗣治の‘サーカスの人気者’(1939年)

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    青木繁の‘犬’(1910年)

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    岸田劉生の‘自画像’(1914年)

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    岡鹿之助の‘古港’(1928年)

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    松本竣介の‘鉄橋付近’(1943年)

昨年東京都美で藤田嗣治(1886~1968)の大規模な回顧展があった。
海外からはパリの市立美などから多くの作品がやって来たが、国内の美術館
や個人コレクターが所蔵しているものもどっとでた。ビッグネームの‘フジタ’
となると、日本のどこの美術館に作品がおさまっているのか詳しく知りたく
なる。

東近美、京近美、大原、ブリジストン、ポーラ、平野政吉美術財団、、、、
そして島根県美もそのなかに入っている。所蔵する作品は‘サーカスの人気者’。
藤田は猫だけでなく犬にも愛情を注いでいた。ここには争いはなく犬たちは
皆マイペースという感じ。この作品の翌年、今度は猫たちの大喧嘩、‘争闘’が
描かれた。

来年1月、ブリジストンが名前をアーティゾン美と変えて新たに開館する。
どんな企画展が登場するのだろうか。勝手な予想だが、2021年は青木繁
(1882~1911)の没後110年にあたるのでまた回顧展に遭遇する
気がする。そのときは‘犬’にもお呼びがかかるかもしれない。

現在、東京ステーションギャラリーで開催中の‘岸田劉生展’は29日放送の
日曜美術館でとりあげられたので、来場者の増加に拍車がかかるにちがいな
い。今回、島根県美の自画像は出品されないが、これは感想記で紹介した
豊田市美のものとよく似ている。

岡鹿之助(1898~1978)の‘古港’と松本竣介の‘鉄橋付近’は画風の違
いはあるものの、音のない風景という点では同じイメージに映る。鹿之助は
スーラを連想するのに対し、竣介は色を明るめに塗り替えるとアンリ・ルソ
ーがダブってくる。静かな絵と動きのある絵、好みは夫々だが自分の置かれ
た状況次第では逆のほうがぐっとくることもあるから、先入観にとらわれる
ことはない。

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2019.09.29

美術館に乾杯! 島根県立美術館 その一

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  シャヴァンヌの‘聖ジュヌヴィエ―ヴの幼少期’(1875年)

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  モネの‘ポルト・ダヴァルと針岩’(1886年)

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    ゴーギャンの‘水飼い場’(1886年)

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   シニャックの‘ロッテルダム、蒸気’(1906年)

2015年にひとつの‘事件’ともいえるような展覧会がBunkamuraであ
った。それは日本での知名度は決して高くないフランスのシャヴァンヌ
(1824~1898)の回顧展。見終わったあと手に入れた図録をみると、
東京展が終わると島根県立美に巡回するとある。それで合点がいく。会場に
島根県美が所蔵する‘聖ジュヌヴィエーヴの幼少期’が展示してあったのはそ
のためかと。

シャヴァンヌの作品を最初に見たのはオルセー、日本にもやって来た‘貧し
き漁師’などと対面したが、この絵の凄さがわかったくるのはここをまた訪
れたあとのこと。オルセー以外の美術館では運がいいことにワシントン
ナショナルギャラリーやフィラデルフィア美、メトロポリタンでもお目に
かかることができた。

回顧展にもワシントンナショナルギャラリーでみたものが出品されていた。
そうした作品と一緒に島根県美がもっているパリの女性守護聖人ジュヌヴ
ィエーヴの物語の一枚を描いた壁画用の絵が並んでいるのだから、ちょっ
と誇らしい気分になる。

モネ(1840~1926)の‘ポルト・ダヴァルと針岩’はノルマンディー
地方のエトルタで観光名所になっている奇岩をよく描かれる場所とは反対
側からとらえたもの。モネ展が行われるときはこの絵は定番の一枚として
召集される。いつかここを訪問することを夢見ている。

日本にあるゴーギャン(1848~1903)は大原の‘かぐわしき大地’が
すぐ思い浮かぶが、ここの‘水飼い場’はほかにも数点あるゴーギャンの一枚。
もとは松方コレクションだったもので中央の大きく描かれた2頭の牛が強
く印象に残る。

シニャック(1863~1935)の‘ロッテㇽダム、蒸気’はお得意の点描
で表現した海景画。蒸気船が港にたくさんおり、白い蒸気が風に吹かれて
一面に漂っている。港の活気がそのまま伝わってくる。

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2019.09.28

美術館に乾杯! 香月美術館

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    三隅町立香月美術館

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     ‘新聞’(1955年)

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     ‘ペンキ職人’(1953年)

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      ‘業火’(1969年)

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      ‘雪の海’(1974年)

広島に住んでいたとき、島根県の浜田から益田へとクルマを走らせそのあと
山口県に入り萩の観光地をまわったことがある。そして次に向かったのが萩
と長門の間にある三隅町立香月美術館。これがいつのことだっかしっかり
覚えてないが、2004年山口県美であった香月泰男展をみる前だから、
2000年前後だったかもしれない。

三隅町は香月泰男(1911~1974)が生まれたところ。美術館は
1993年に町立の美術館として開館した。外壁に‘シベリアシリーズ’のひと
つ‘避難民’(1960年)の大きなレリーフが飾られているのでここがお目当
ての場所であることはすぐわかった。

東近美に香月の初期のいい絵‘水鏡’があるが、これの延長線上のイメージを感
じる‘新聞’に惹きこまれる。少年がモデルとなった‘水鏡’や同じく東近美が所蔵
する‘釣り床’では少年の顔はこちらにはみえないように描いているのに対し、
この絵では手と組んでいる足が異様に大きな男が顔をちらっとみせ新聞を読ん
でいる。

‘ペンキ職人’はピカソ的であることに加えシュールな味付けもたっぷり効いて
いる。台に乗った足をみると今ペンキ職人は仕事の真っ最中であることがわ
かる。その職人の頭が台の横に置かれている?本来なら頭は足のはるか上にあ
るはずなのに。香月はシャガールのように人体を分離している。ホラー映画を
見る感覚だとゾクッとするほど怖いが、画面に白や赤を使ってカラッと仕上
げているのでシュールな描写をおもしろがるほうに気分は傾く。

香月の代名詞となっている‘シベリア・シリーズ’とのつながりでみてしまうの
が‘業火’と‘雪の海’。闇のなかに吸い込まれていきそうな漆黒がめらめらと燃え
上がる赤い炎を浮き立てている‘業火’のインパクトが強烈。息を呑んでみて
いた。

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2019.09.27

美術館に乾杯! 吉川資料館

Img_0005_20190927222101     吉川資料館

 

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Img_0002_20190927222101     国宝‘太刀 狐ヶ崎’(鎌倉時代初期)

 

Img_0001_20190927222201     雪舟の‘湖亭春望図’(室町時代)

 

Img_20190927222201    雲谷等顔の‘鹿図屏風’(桃山時代)

 

Img_0003_20190927222201    狩野秀頼の‘馬上鍾馗図’(安土桃山時代)

 

周防国岩国藩の藩主だった吉川家に伝来した美術工芸品や歴史資料を収蔵す
る吉川資料館は奇橋のひとつとして有名な山口県岩国市の錦帯橋の近くに
ある。広島からは近いので厳島神社と錦帯橋は旅行会社の観光ツアーでは
セットでなっていることが多い。錦帯橋は思い出に残る橋だからシーズンに
は大勢の人がやって来る。だが、自由時間を使って吉川資料館まで足を運ぶ
人は美術館巡りを趣味にしている人以外はあまりいないかもしれない。

ここのお目当ては国宝の‘太刀 狐ヶ崎’。どこの藩主も名刀や茶陶などのい
いやきものの蒐集に熱心。そういう価値のある美術品を所蔵していると
その藩は一目置かれるからである。この太刀は鎌倉時代初期に備中でつくら
れたもの。惹きつけられる刃文を目をこらしてみた。

山口市に雲谷庵というアトリエをもっていた雪舟(1420~1506)の
水墨画がここにもある。‘湖亭春望図’は2002年、京博で開催された大雪舟
展に出品されたが、横にはシカゴ美から里帰りした同名で構図がほとんど同
じものが並んでいた。そして、8年後に資料館で再会した。

雲谷等顔(うんこくとうがん 1574~1618)は雪舟の画風を継承し
た雲谷派の祖。毛利博物館に雪舟の山水長巻の模写がありこれも国宝指定に
なっている。一緒にみれるので模写でも国宝か!と驚いた。画家の名前は
雲谷等顔? でも、今では等顔の次男、等益(1591~1644)の模写
によるものという説が有力になっている。等顔が一度インプットされている
ので‘鹿図屏風’にもすぐ反応した。

狩野秀頼の戯画チックな‘馬上鍾馗図’に思わず足がとまった。狩野元信の
次男の秀頼の作品をみる機会がとても少ないので、じっくりみた。馬がな
んだか嫌がっているようにみえるのがおもしろい。

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2019.09.26

美術館に乾杯! 毛利博物館

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     毛利博物館正面

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    雪舟の国宝‘四季山水図(山水長巻)’(1486年)

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    円山応挙の‘鯉魚図’(江戸時代中期18世紀)

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    狩野芳崖の‘福禄寿図’(明治時代19世紀)

山口県防府市にある毛利博物館で雪舟(1420~1506)の最高傑作で
ある国宝‘四季山水図(山水長巻)’みるのは水墨画好きにとっては大きな夢。
転勤で広島に住むことになり雪舟がぐんと近くなった。実物が公開されるの
は特別展(11/1~11/23)が開催されるときだけ。喜び勇んでクルマ
を走らせた。

毛利邸が博物館となり周りのすばらしい庭園をみながら雪舟の水墨画もみれ
るのだから贅沢な芸術鑑賞である。土日に出かけても展示室は大勢の人で混
み合っているということはなく、ガラス越しに16mもある‘山水長巻’をじ
っくり自分のペースでみることができた。これは23年くらい前の話だが、
現在はどうだろうか。

描かれているのは春夏秋冬と四季の移り変わりとともに情趣が変わっていく
中国の山水の風景。これは雪舟が67歳のときの作品。上は春の頃で高士と
童子が石橋の上を歩いている。まわりの岩は鉈でざくざくっと削ったような
感じで力強い表情が印象に残る。真ん中は全体の中間あたりで右には洞窟の
なかで座りこむ二人の人物がみえ、その左には七重塔が現れる。下は山のな
かの村の賑わいの光景、季節は秋。たくさんの大人や子どもがおり、驢馬に
乗っている人物もいる。この絵のなかではもっともカラフルで赤や青、緑が
着物や岩、木々に使われている。墨の美だけでなく綺麗な色まで一緒に楽し
めるのだから最高の気分。

ここは円山応挙(1733~1795)の晩年の作‘鯉魚図’と狩野芳崖
(1828~1888)の‘福禄寿’も所蔵している。実際にみたのは特別展の
ときではなく、東京であった展覧会。ともに大変魅了された。
    

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2019.09.25

美術館に乾杯! 山口県立美術館 その二

Img_0001_20190925221501     高橋由一の‘鴨図’(1878年)

 

Img_0004_20190925221501     北野恒富の‘盆踊り’(1918年)

 

Img_20190925221601     小野竹喬の‘紺糸を干す’(1911年)

 

Img_0002_20190925221601     香月泰男の‘北へ西へ’(1959年)

 

Img_0003_20190925221601     香月泰男の‘デモ’(1973年)

 

美術品が美術館や博物館におさまる物語は美術館での内輪の話なので普通の
美術ファンにはあずかり知らぬところ。だから、どんな絵が美術館に飾って
あったとしても不思議ではなくいいものには素直に感動する。そういうこと
を強く感じるのは知名度の高い画家の回顧展があったとき。通常皆の心を
とらえるいい絵は有名な美術館にあったりその画家の出身地の美術館が多く
所蔵していることが多い。ところが、その二つに属さない美術館がもって
いると、なかなかいい絵を持ってるじゃない!となる。

高橋由一(1828~1894)の写実性を極めた‘鴨図’を東芸大美の大回
顧展でみたとき、山口県美の底力にびっくりした。こういう静物画は香川の
金刀比羅宮にごっそりあるとばかり思っていたので、よくぞ手に入ったなと
いう感じ。すばらしい!

この絵と同じようなことがおきたのが北野恒富(1880~1947)の
‘盆踊り’。日本画は常時展示されてないので、みる機会があるのはほかの
美術館で行われる回顧展とかテーマによって作品を集める企画展。
2年前、贔屓の千葉市美で明治から昭和にかけて活躍した大阪出身の美人画
家、北野恒富展があった。初期に描かれた作品で思わず足がとまったのがこ
の作品。踊り手の体を斜めに倒して描くことにより盆踊りの活気を表現して
いる。

岡山県の笠岡出身の小野竹喬(1889~1979)の‘紺糸を干す’は広重
らの浮世絵が重なってくる風俗画。縦長の画面に描かれている風景の広がり
をみせるのは容易ではないが、干された紺糸をリズミカルに上下、斜めに並
べ視線が横に広がるように工夫している。竹喬は本当に絵が上手い。

この美術館の自慢のコレクションが山口県の日本海側の町、三隅町に生ま
れた香月泰男(1911~1974)。2004年、ここであった回顧展を
みてこの画家に開眼した。とくに言葉を失うほど衝撃を受けたのが香月が
敗戦のあとシベリアの収容所で体験したことを描いた‘シベリア・シリーズ’。

‘北へ西へ’にそえられた香月自身の言葉、‘1945年9月、奉天を発った
虜囚の貨車は行く先も告げられぬまま北上する。人いきれにむれる貨車のわ
ずかな窓にむらがり、なお捨て切れぬ帰国への希いにさいなまれながら、行
き先を知ろうと懸命であった’。

‘デモ’にはこんなことが書かれている。‘ナホトカで初めて私はインターナシ
ョナルを歌わされた。スクラムを組んでラ―ゲリの中を早暁からねり歩いた。
そうすれば早く日本に帰してくれるということだったースクラムを組んで
デモるなど、ソ連邦にはない。それはソ連の指導者にとって外敵よりも恐る
べき力になるからだ’。こういう絵をみると胸が痛い。

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2019.09.24

美術館に乾杯! 山口県立美術館 その一

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     復元された山口の雲谷庵

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    雪舟の‘倣高克恭山水図’(重文 1474年)

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    雪舟の‘倣季唐放牛図’(重文 15世紀)

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    狩野芳崖の‘羅漢図’(19世紀)

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   狩野芳崖の‘懸崖飛沫図’(19世紀)

広島にいたときクルマで山口市にある山口県美や萩の浦上記念美へよくでか
けた。山口県美は県庁のすぐ近くにありアクセスはとても楽。とくに印象深
い展覧会は雪村展(2002年)と香月康男展(2004年)、いい回顧展
に遭遇できたのは生涯の思い出。

山口県では嬉しいことに画聖と呼ばれた雪舟(1420~1506)の絵を
山口県美や毛利博物館(防府市)でみることができる。雪舟が京都から大内
氏の居所、山口に下ったのは35歳のころ。ここに雲谷庵というアトリエを
構えて絵筆をふるっていた。

中国の二人の画家のスタイルにならった‘倣高克恭山水図’と‘倣季唐放牛図’は
ともに重文指定。雪舟は中国にでかけて山水画をならったが、前のめりにな
ることはなく自分の画風で十分と思ったくらいだから、こうした絵は高い
レベルの山水画を描くための筆馴らしだったのかもしれない。

下関市美同様、ここにも狩野芳崖(1828~1888)の絵がある。
2008年東芸大美で開催された回顧展には4点出品された。お気に入りは
ダイナミックに飛び回る龍や虎とそれに呼応するような荒々しい形の波濤や
雲の動きが印象的な‘羅漢図’と芳崖お得意の先が鋭くとがった岩々が空間に
緊張感を与えている‘懸崖飛沫図’。

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2019.09.23

大盛況の‘岸田劉生展’!

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    ‘麗子八歳洋装之図’(1921年)

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     ‘自画像’(1913年 豐田市美)

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   ‘静物(手を描き入れし静物)’(1918年)

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    ‘ギヤマンのある静物’(1929年 岡山県美)

現在、東京ステーションギャラリーで‘岸田劉生展’(8/31~10/20)
が行われている。日本の洋画家のなかで回顧展に出くわす回数が一番多いの
が岸田劉生(1891~1929)。今回は没後90年を記念したものだが
、2009年没後80年ということで損保ジャパン東郷青児美で肖像画だけ
を集めた劉生展があった。

作品数は160点もありこれまで体験したもののなかでは最大規模。立派
な図録がつくられており、主要な作品は全部載っているといっても過言でな
い。というのも、この展覧会はほかの美術館にも巡回するので地域限定で展
示される作品も一緒に載っているのである。例えば、代表作の‘麗子微笑’
(重文 東博)は残念ながら東京ではみられず、東近美にある‘麗子五歳之像’
と‘道路と土手と堀’(重文)が目玉になっている。

岸田劉生の代名詞となってる麗子像は再会した‘麗子八歳洋装之図’を長くみ
ていた。描かれたのは‘麗子微笑’の2週間位前、だから顔の表情はあまり変
わらない。ちがうのは口元がゆるんでないのと洋服を着ていること。
そして、赤と黄色の縮緬絞りの細密描写が強く印象に残る‘麗子坐像’(ポー
ラ美蔵)にも魅了された。

自画像の多い画家というとすぐ思い浮かぶのはデューラー、レンブラント、
ゴッホ。劉生はデュラーに影響をうけたのか多くの自画像を描いている。
本人と対面しているような錯覚を覚えるほどリアルなのが豊田市美が所蔵す
るもの。劉生22歳のころだが、我の強そうな顔立ちは30代の男にみえる。

出品数がこれほど多いと初見の作品もぞろぞろ現れる。収穫だったのが画集
によく載っている‘静物(手を描き入れし静物)’。カーテンが左右に並べら
れた演劇の舞台にリンゴが役者として登場したような感じ。随分凝った演出
が施された静物画である。

サプライズの絵画があった。それは劉生が亡くなった1929年に描かれた
2点の静物画と1点の花鳥画。どうして急に色彩が輝き出したの?というく
らい赤、黄色、緑、紫、白は濃密で明るい。‘ギヤマンのある静物’を呆然と
してみていた。劉生にこんな色彩パワーがあったとは!

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2019.09.22

コートールド自慢のセザンヌ・コレクション!

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   セザンヌの‘カード遊びをする人々’(1892~96年)

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    ロートレックの‘ジャヌ・アヴリル’(1892年)

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    モディリアーニの‘裸婦’(1916年)

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    アンリ・ルソーの‘税関’(1890年)

セザンヌ(1839~1906)には風景画、静物画、そして妻をはじめと
した肖像画の3つのタイプの絵がある。今回出品された10点には肖像画と
いうよりは風俗画という分け方をしたほうがいい絵画が2点含まれている。
‘カード遊びをする人たち’と‘パイプをくわえた男’。

正面向きで描かれているパイプをくわえた男はカードを楽しんでいる左の男
でもある。この2点には強い思い入れがある。2010年秋にロンドンを訪
れたとき、足を運んだコートールド美で通常展示のほかに‘カード遊びを
する人々’にスポットをあてたミニセザンヌ展に遭遇した。当時はオルセーが
改修のため所蔵作品が海外の美術館から引っ張りだこだった頃でこの企画展
にもオルセーの同じ名前の作品が出品されていた。

コートールドのカードプレイヤーはオルセーとくらべると少し大きな画面に
向き合う二人の姿が余裕をもって描かれている。そのため、画面いっぱいを
使って男の頭から腰までが描かれているオルセーのほうがインパクトの強い
人物描写になっている。単独でみるとこういうことがわからない。貴重な
鑑賞体験になった。

日本でロートレック(1864~1901)の回顧展が開かれると作品の
大半がパリの歓楽街ムーラン・ルージュのポスターとか踊り子の版画となる
ことが多い。だから、ロートレックの油彩画‘ジャヌ・アヴリル、ムーラン・
ルージュの入口にて’と‘個室の中’がみれるのは幸運この上ない。しかもこの
2点、とてもいい出来。陰気くさい表情が意外な印象を与えるダンサー、
ジャヌの‘静’と無邪気な笑いが心を揺すぶる娼婦の‘動’を対比させて並べる
演出が洒落ている。

最後の展示室で目を惹くのがモディリアーニ(1884~1920)の‘裸婦’。
よくみるとこの裸婦はモディの代名詞となっているうりざね顔のイメージが
薄くなっていることに気づく。目をつむっていてくれるのは好都合。長くみ
ていた。

アンリ・ルソー(1844~1910)はスーラの点描画同様、展覧会でみ
る機会が少ないので1点でも登場するとどうしても画面の隅から隅までみて
しまう。絵全体の印象がどこかスーラの風景画と似ている。木々や工場の
煙突のまっすぐのびる垂直線が目に焼きつき、音が消えたような空間により
熱い思いが徐々にクールダウンさせられる。

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2019.09.21

印象派オールスターの風景画!

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   ゴッホの‘花咲く桃の木々’(1885年)

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    モネの‘アンティーブ’(1888年)

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   セザンヌの‘大きな松のあるサント=ヴィクトワール山’(1887年)

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  ピサロの‘ロードシップ・レーン駅、ダリッジ’(1871年)

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   スーラの‘クールブヴォワの橋’(1887年)

来月11日から上野の森美で‘ゴッホ展’が開催されるが、その前に東京都美に
でかけるとコートールド・コレクションの大事なピースとなっている‘花咲く
桃の木々が楽しめる。ゴッホ(1853~1890)が描いた風景画のなか
でこれは広々とした農村の光景のせいでゆったりとした気分でみられる。強
く印象に残るのは横にのびる果樹園に咲き誇る桃の白い花と農村全体に覆い
かぶさる点描風に描かれた雲。この絵を上回るのが上野の森美に登場するだ
ろうか。

明るい太陽の光が眩しく感じられるモネ(1840~1926)の‘アンティ
ーブ’は2011年、パリのグランパレで行われた大モネ展にも出品された。
真ん中で画面を分断するように斜めに描かれた松の木は当時の人たちには違
和感があったかもしれないが、われわれは広重や北斎の浮世絵風景画を見慣
れているのでいい構図に仕上がったなと感心してみてしまう。

コートールド・コレクションにはセザンヌ(1839~1906)が11点あ
る。5点の風景画で人気が高いのが‘大きな松のあるサント=ヴィクトワール
山’。これまで日本にやって来た回数は最も多い。ワシントンのフィリップス
コレクションにもよく似た構図の作品がある。左の松の枝がサント=ヴィク
トワール山の稜線を指し示すように長くのびている。こういう構図は趣味で
描く日曜画家の好むスタイルだが、枝にこうした役割をさせることまでは考
えつかない。そこがセザンヌの偉大なところ。

印象派の仲間うちでは兄貴格の存在だったピサロ(1830~1903)の
‘ロードシップ・レーン駅、ダリッジ’はお気に入りの一枚。駅を出たばかりの
汽車を正面からとらえたのはターナーの有名な絵、‘雨、蒸気、スピードーグ
レート・ウェスタン鉄道’を意識したのだろう。よく目にする汽車の絵とは違
い、汽車がこちらに力強く向かってくる姿は産業近代化の象徴そのもののよ
うに映る。

ゴッホにも影響を与えたスーラ(1859~1891)の点描技法。コート
ールドには風景を点描で描いた‘クールブヴォワの橋’と人物画‘化粧する若い
女’の2点あるが、今回は‘若い女’のほうはロンドンで留守番。右手前の太い
幹の木やヨットの帆、川沿いに立っている人物、さらには遠くにみえる工場
の煙突、どれも計算された垂直線が斜めの方向につらなっていく。空間は歪
むことなくきちっと縦や横の直線で区画される感じ。

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2019.09.20

予想通りに凄い‘コートールド美展’!

Img_0001_20190920223901     ルノワールの‘桟敷席’(1874年)

 

Img_0003_20190920220501    ドガの‘舞台上の二人の踊り子’(1874年)

 

Img_20190920220501    マネの‘フォリー=ベルジェールのバー’(1882年)

 

Img_0002_20190920220501     ゴーギャンの‘ネヴァーモア’(1897年)

 

今年開かれる西洋美術の展覧会では期待値が断トツに高かったのがこの
‘コートールド美展 魅惑の印象派’(9/10~12/15)。印象派やポスト
印象派のコレクションの質の高さは世界中に知れ渡っているので印象派が好
きな人には心躍る特別展にちがいない。日本での公開は3度目。運よく
1984年と1997年(ともに日本橋高島屋で開催)のときめぐり会い、
また縁があったのは幸運というほかない。

今回ロンドンにある邸宅美術館からからやってきたのは60点。前の2回と
較べるとゴッホの‘耳に包帯をした自画像’とスーラの‘化粧する若い女’の2点
が欠けるだけでほかのいい絵は全部出品されている。これは圧巻のライン
ナップ。1点々の作品が放つ磁力が強いので数が60点に絞り込まれていて
も満足感は入館してからずっとプラトー状態のまま。やはり凄いコレクショ
ンである!

再会したルノワール(1841~1919)の‘桟敷席’を長くみていた。
3年前やって来た代表作‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’同様、この太い黒
の線が下に流れる衣装をまとった美しい女性にも魅了され続けている。目が
点になるのがネックレスが発する白の点々の輝きと手にしている黄金のオペ
ラグラスの質感描写。黒と装飾性の豪華さが見事に融合し色白の女性を引き
立ている。

ドガ(1834~1917)の‘舞台上の二人の踊り子’にはオルセーにある
‘エトワール’以上の魅力を感じている。ドガは人物に動きをつくるのが天才
的に上手い。中央で両手を横にあげる踊り子の姿をみると次にどんな動きへ
移行するのかなんとく想像できるから不思議。

最大の目玉の絵はマネ(1832~1883)の‘フォリー=ベルジェール
のバー’。真ん中に描かれているのがフランス人形のような可愛い顔をして
いるがどこか寂しげなバーメイド。その横にはこちらに背をむけた同僚の
女の子がお客に対応している。普通はこうみる。カウンターがぐるっと回っ
ていると思う。

ところがそうではなく、後ろの女は中央の女の鏡に映った姿。ありゃー、
それは違うでしょう!これがマネ流の描き方。騙されたと思わないで二人
は別人とみて楽しむほうがいい。そして、カウンターのガラスの皿に載っ
ているオレンジの質感に目をこらす。はじめてみたとき秋の柿をイメージ
した。つるつるした柿の皮にそっくり。

ゴーギャン(1848~1903)は並んで飾られている‘ネヴァーモア’と
‘テ・レリオア’が絶品。‘ネヴァーモア’で目に焼きつくのは横たわる裸婦の足
もとにみえる赤い布と枕の黄色の輝き。赤は大原にある傑作‘かぐわしき
大地’にでてくるトカゲの羽の赤の強さをすぐ連想した。こんないいゴーギ
ャンが2点もみれるのだからたまらない。ミューズに感謝!

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2019.09.18

美術館に乾杯! 下関市美術館

Img_0002_20190918221701     狩野芳崖の‘懸崖山水図’(19世紀)

 

Img_0004_20190918221701     上村松園の‘楚蓮香’(1924年)

 

Img_20190918221701     藤田嗣治の‘パリの小学校’(1931年)

 

Img_0001_20190918221701    岸田劉生の‘花持つ裸の麗子’(1922年)

 

Img_0003_20190918221801     松本竣介の‘街にて’(1940年)

 

東芸大美では数あるコレクションが定期的に公開される。今は足を運ぶこと
がなくなったが、追っかけ作品があるためできるだけHPで出品作をチェック
している。ここには近代日本画の歩みを概観できる名画がずらっと揃う。
そのひとつが狩野芳崖(1828~1888)の‘悲母観音’。アバウトだが
3~4年?に一度くらいのペースでお披露目されている。

これを描いた芳崖の出身地が山口県の下関市。そのため下関市美は芳崖の絵
をたくさん所蔵している。2008年東芸大美と下関市美のコラボで待望の
狩野芳崖展が実現し、画集に載っている代表作がほとんどでてきた。橋本
雅邦とともに近代日本画の基礎をつくった芳崖の回顧展を待ち望んでいたの
で天にも昇るような気持だった。‘懸崖山水図’は山間の谷間から割れたガラス
の細長い破片が飛び出してきたようなイメージ。この角々した鋭い崖を連ね
るのが芳崖流の山水画。

上村松園(1875~1949)の‘楚蓮香’は伝説の中国美人を題材にしてい
る。まわりに蝶を呼び込むほどの美貌の持ち主は唐の玄宗皇帝の頃、長安一
の美女とうたわれた楚蓮香。松園は4,5点描いており、これはその一枚。
蝶が誘われて舞うというのがとてもいい感じ。西洋画には一角獣の話がある
が、蝶のほうが女性の美しさとすぐ結びつく。

ここには藤田嗣治(1886~1929)の‘パリの小学校’がある。昨年の
藤田嗣治展(東京都美)に登場した。現地ではみた覚えがないので収穫の一枚
だった。そして、岸田劉生(1891~1929)の‘花持ち裸の麗子’も頬が
緩む作品。デューラーばりの超写実的に描かれた麗子像とは作風がガラッと
変わり漫画チックな麗子。劉生は愛する麗子をいろんなヴァリエーションで描
いた。そのどれもが心を打つ。

36歳の若さで亡くなった松本竣介(1912~1948)の‘街にて’はよーく
みるとシャガールの絵を彷彿とさせる。例えば、中央の女性が手が触れている
自転車。上のほうにあるもう一台には男が乗っている。ここに登場する人物は
みな違う方向に進んでおり、まさに街の通りの光景。竣介の感性と想像力は
やはりスゴイ。

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2019.09.17

美術館に乾杯! 福岡市美術館 その四

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    牧谿の‘韋駄天・猿猴図’(南宋~元時代 13~14世紀)

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    横山大観の‘寒山拾得’(1915年)

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    冨田渓仙の‘御室の桜’(1933年)

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    高島野十郎の‘早春池畔’(1953年)

日本では人気の高い牧谿は南宋から元初にかけて活躍した禅林の画僧。どこ
かの美術館が‘牧谿展’を企画するのを夢見ているがまだその気配がない。これ
まで例えば南宋画展(根津美)などで目玉の作品‘瀟湘八景図’をみる機会が
あった。‘韋駄天・猿猴図’は2008年徳川美で行われた‘室町将軍家の至宝
を探る’でお目にかかった。真ん中の韋駄天がブ男すぎるので左右の猿の姿に
視線が集中する。

横山大観(1868~1958)は西洋画でいうとルーベンスのような存在。
どこの美術館を訪れてもひょいと顔を出す。九州では熊本県美に‘老子’などい
いのがごそっとあるが、福岡には‘寒山拾得’がある。古来しばしばとりあげら
れた画題を戯画っぽく描くのが大観流。余白が広い分寒山拾得の個性の読み解
きが自在になる。

博多の商家に生まれた冨田渓仙(1879~1936)が京都の仁和寺にある
八重桜を描いた‘御室の桜’に大変魅了されている。この絵が渓仙の代表作で
‘昭和の日本画100選’(1989年)に選ばれた。絵の存在を知ってから
本物に出会うまで長い時間がかかった。ちょうど10年前茨城県近美で待望
の回顧展があり、望みが叶った。

びっくりするほど精緻な写実表現により絵画ファンの関心が徐々に高まってい
る高島野十郎(1890~1975)は久留米の出身。この洋画家を世に出す
きっかけをつくった福岡県美に作品がたくさんあり、それらが2016年目黒
区美で開かれた高島野十郎展に展示された。それらに混じって福岡市美が所蔵
する‘早春池畔’も出品された。半端でない木々のリアルな描写にくわえて巧み
な構図が深い味わいをもたらす。何時間でもみていたい風景画はそうない。

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2019.09.16

美術館に乾杯! 福岡市美術館 その三

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   野々村仁清の‘色絵吉野山図茶壺’(重文 17世紀)

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    ‘病草紙 肥満の女’(重文 12世紀後半)

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    ‘泰西風俗図屏風’(重文 17世紀初)

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    尾形乾山の‘花籠図’(重文 18世紀後半)

福岡市美の所蔵する作品の幅は広く、日本美術の名品も数多くある。作品の
インパクトが強ければ強いほどそれをもっている美術館の名前も胸に刻まれ
る。その美術品は野々村仁清の‘色絵吉野山図茶壺’。色絵の茶壺はMOAの
国宝‘藤花文’など仁清の代名詞となっているが、そのなかで最も魅せられてい
るのがこの吉野山の絵柄。桜満開の吉野山をきらびやかな金の装飾と茶壺の
丸い形と親和性のあるもこもこ山の重なりによって見事に表現している。

平安時代の終わりごろ、‘餓鬼草紙’や‘地獄草紙’と一緒に描かれた‘病草紙’の
なかに思わず吹き出してしまうユーモラスな絵がある。美味しいものを食べ
過ぎて歩くこともままならなくなった超肥満の女。この女を両サイドから支
えている付き人の表情がじつにおもしろい。‘欲望のままに食べるからこんな
ざまになるんですよ。こっちだって手がしびれるくらい痛んだからね。いい
加減にしてよ!’

‘泰西風俗図屏風’は筑前黒田家に伝来した初期の洋風画。これは右隻で春夏の
風俗が描かれている。リュートやハープを演奏する場面はルネサンス絵画を
みているよう。イエズス会が開設したセミナリオにいた日本人絵師は確かな
腕をもっており、模写の繰り返しにより遠景の描き方も十分にマスターして
いる。

尾形乾山(1663~1743)はやきものだけでなく、絵でも才能を発揮
した。太い黒の線で強く印象づけられる花籠には秋の野草がざざっと入れら
れている。注目は下の籠。わざと斜めにして動きを出している。こういう
感性は並の絵師からは生まれてこない。

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2019.09.15

美術館に乾杯! 福岡市美術館 その二

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    デルヴォーの‘夜の通り’(1947年)

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   ド・スタールの‘黄と緑の長方形’(1951年)

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     ロスコの‘無題’(1961年)

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    ステラの‘バスラ門Ⅱ’(1968年)

いろいろ出かけた海外の美術館のなかで画家のホームグラウンドとして主要
作品が展示されている美術館を思い返すとそこには大きな喜びがふわふわと
浮かんでいる。ベルギーのブリュッセルにあるベルギー王立美ではシュルレ
アリスム絵画のマグリット(1898~1967)とデルヴォー(1897
~1994)が存分に楽しめる。

そのデルヴォーの展示室に舞い戻ったような錯覚を覚えるのが大作‘夜の通り
(散歩する女たちと学者)’。デルヴォーの場面設定は夜が多い。デ・キリコ
と同様に汽車が登場するが音がせず、斜めにのびる通りには無表情なマネキ
ン人形を連想させる裸婦たちが歩いている。そんな外のシュールな世界とは
対照的に家のなかでは学者がアンモナイトの化石の研究に没頭。この二つに
はどんな関係があるのか。

人気のシュルレアリスムのほかにも質の高い抽象画が揃っている。その
一つがパリのポンピドー以外ではみた記憶のないド・スタール(1914~
1955)の‘黄と緑の長方形’。格子状の矩形は重厚なイメージだが緑と黄の
グラデーション効果により下から上にかけて光がキラキラと揺れ動くように
映る。

今、ロスコ(1903~1970)の追っかけが漠然とだが頭のなかにある。
出かけるのはまだ足を踏み入れてないロサンゼルス。名所観光を軽く済ませ
あとはお目当ての美術館巡り。そのひとつがロサンゼルス現代美。ここに
明るい青が心をとらえて離さないロスコがある。

そんなことを思うようになったのはワシントンのフィリップスコレクション
で体験したロスコルールや川村記念美とか福岡市美の‘無題’などにお目にかか
りロスコの輪郭がぼやっとした四角形の色面の神秘にだんだん魅せられてき
たから。

ステラ(1936~)の‘バスラ門Ⅱ(分度器シリーズ)’はサプライズの大き
さ(縦1.53、横3.06m)。しかも赤や緑などの原色で彩られた半円
形が錯視画のようにリズミカルに動く。川村にあるステラと遜色のない一級
の作品。

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2019.09.14

美術館に乾杯! 福岡市美術館 その一

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   シャガールの‘空飛ぶアトラ―ジュ’(1945年)

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    ダリの‘ポルト・リガトの聖母’(1950年)

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  ミロの‘オルガンを聴いている踊り子’(1945年)

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    三岸好太郎の‘海と射光’(1934年)

近現代アートならパリのポンピドーやNYのMoMA、グッゲンハイムへ足
をのばすのが手っ取り早いが、一部の日本の美術館にもアッと驚くほど
質の高い作品が存在する。では、その美術館がフランスやアメリカのよ
うに大都市東京にあるかというとそうでもなく、中央から遠く離れたと
ころの美術館に収まっていたりする。そのひとつが福岡市美。

このところシャガール展をみる機会がほとんどない。単独の回顧展は
もう10年くらい遭遇してないような気がする。シャガール(1887
~1985)はお気に入りの画家なので熱心にでかけていたときは福岡
市美にある‘空飛ぶアトラ―ジュ’が定番の出品作としてしばしば登場した。
アトラ―ジュとはそりのこと。そりを引いているのは頭が鶏で胴体が馬
の変種。でも、その姿に不気味さはなく赤ちゃんを抱いた赤ずくめの女
性と男を軽快に運んでいる様子が天使の使いを思わせる。

3年前、国立新美で開催されたダリ展に国内にある傑作ビッグスリーが
集結した。‘ポルト・リガトの聖母’、連作壁画‘幻想的風景’(横浜美)
、そして大作‘テトゥアンの大会戦’(諸橋近美)。ダリは古典絵画の造詣
が深く高い描写力があるためシュール感覚の味付けで見栄えのする見立
聖母像を生み出した。こんないいダリがみれる福岡市民が羨ましい。

ミロ(1893~1983)の‘ゴシック教会でオルガンを聴いている踊
り子’も美術館自慢の一枚。この絵が日本にあるミロのベストワン。縦2m
近くのもある大きなキャンバスに描かれているのはゆるキャラをさらに
くずした感じの丸や曲線のフォルム。その無意識にからまった組み合わ
せがすぐにはタイトルの内容と結びつかないが、それを横においても十分
に楽しめる。

三岸好太郎(1903~1934)の‘海と射光’はあえてヨーロッパのシ
ュルレアリストとくっつけるなら、イブ・タンギーの静かな深海のイメ
ージがたくさん置かれている貝殻とシンクロするかもしれない。

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2019.09.13

期待値以上の‘美濃の茶陶’展!

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     ‘志野山水文鉢’(16~17世紀 愛知県陶磁美)

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     ‘鼠志野茶碗 銘横雲’(16~17世紀 野村美)

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   ‘黄瀬戸大根文輪花鉢’(重文 16~17世紀 相国寺)

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    ‘織部扇面形蓋物’(17世紀)

昨年秋に根津美で開催された‘新・桃山の茶陶’をリレーするように現在、サン
トリー美では‘美濃の茶陶’(9/4~11/10)が行われている。やきもの展
を開催して愛好家の注目を集めるのは根津、五島、出光、サントリー。自分
のところに名品を数多く持っているのでよそからもいいものが集まってくる。

今回サントリーが焦点をあてているのは桃山時代の16~17世紀、岐阜の
美濃で焼かれた‘黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部’。根津のときと同様に定番の
名品がずらっと並んでいる。これは圧巻!まず出迎えてくれるのが国宝の
‘志野茶碗 銘卯花墻’(三井記念美)。そして、ともに重文の‘鼠志野茶碗 
銘峯紅葉’(五島美)と‘鼠志野茶碗 銘山の端’(根津美)もある。

はじめてみるものもたくさんでてくる。やきものは奥が深いから展覧会に顔
を出すたびにあらたな名品と遭遇する。思わず足がとまったのが‘志野山水文
鉢’、こういう絵柄は染付によく登場するが志野との相性も悪くない。鼠志野
の魅力は抗しがたいものがある。そのため、再会した‘銘横雲’に吸いこまれる。

一番の収穫は相国寺が所蔵する‘黄瀬戸大根文花鉢’、大根がこれほどインパ
クトのある文様になるとは。これからは大根を軽くみれなくなった。
織部の緑に魅せられ続けている。扇面形蓋物、四方鉢、手鉢、耳付花入、沓
茶碗、向付、軽やかで新感覚の文様と緑の釉薬が目を楽しませてくれる。
造形的にカッコよく映る扇面型蓋物を長くみていた。

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2019.09.12

待望の‘歌川豊国展’!

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   ‘役者舞台之姿絵 まさつや’(1794年 太田記念美)

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    ‘子どもの戯れ’(1798~1800年 太田記念美)

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     ‘三福神’(1801年 日本浮世絵博)

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     ‘座頭の行列’(1801年 東博)

歌川豊国(1769~1825)は浮世絵展が開催されるときには必ず登場
する人気の浮世絵師。ところが、なぜかこれまで回顧展に遭遇しなかった。
この絵師の作品がたくさん載った図録がないというのはどうもしっくりこな
い。それがようやく解消された。太田記念美で今、‘写楽を超えた男 歌川
豊国’(9/3~9/29)が行われている。

作品の数は140点弱、前期と後期に分けそっくり入れ替える展示をすると
推測していたが、今回はそうではなく部分的に替わるだけ。だから一回出動
すれば豊国を存分に楽しめる。豊国の出世作はなんといっても‘役者舞台之姿
絵’、そのなかで多くの浮世絵ファンを熱狂させたのが‘まさつや’、足と手を
大きく広げる姿がいかにも歌舞伎の舞台を思わせる。写楽の‘三代目大谷鬼次
の江戸兵衛’とかぶるので鬼次の悪役ぶりがいっそう目に焼きつく。

同じく太田記念美が所蔵している‘子どもの戯れ’にも惹きこまれる。3人の
子どもが障子の腰板に映る自分の表情を無邪気に楽しんでいる。こういう日
常のひとこまを生き生きと描くのが浮世絵のおもしろいところ。西洋絵画で
も風俗画はあるがこうした素の笑いがとりあげられるのはごく一部の絵だけ。

いくつもあった収穫のなかでじっくりみたのが‘三福神’。ここではめでたい
七福神に女がなっている。真ん中の打ち出の小槌を持っているのが大黒天、
右手に白い鼠をのせている。その右で鯛を釣りあげるのは恵比寿さん。さて、
残るは左の女性、ちょっとわかりにくいが布で琵琶をつつんでいる弁財天。
船首の大きな鶏が強く印象に残る。

もっとも興味深かったのが‘座頭の行列’、東博の浮世絵が飾ってある部屋へは
これまで何度も足を運んだが、この座頭の絵はお目にかからなかった。豊国
にもこんな戯画があったのか!目が悪いため座頭たちはお互いに協力して
丸木の橋を渡っている。これは忘れられない。

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2019.09.11

美術館に乾杯! 鹿児島 尚古集成館

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    ‘紅色切子椀’(19世紀中頃)

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    ‘紅色切子三段重’(19世紀中頃)

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    ‘藍色切子脚付蓋物’(19世紀中頃)

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    ‘藍色切子脚付杯’(19世紀中頃)

関心を寄せているやきものが登場する展覧会は見逃さないようにしているが、
ガラス工芸についても熱くチェックしている。海外のものではなんといって
もガレやドーム兄弟らのフランスアールヌーヴォー様式でつくられたもの。
そして、日本のものでは薩摩切子に強い思い入れがある。本物をみたのは
20数年前九州大旅行をしたとき。食の収穫が本場の長崎ちゃんぽんと松翁
軒のカステラなら、芸術の感動は透明ガラスに色ガラスを被せられ美しく輝
く薩摩切子。

尚古集成館があるのは邸の向こうに桜島と錦江湾のすばらしい眺めがひろが
っている‘礒御殿’の隣。ここは薩摩藩主島津斉彬(1809~1858)が
殖産興業を進めるためにつくった集成館(工業団地)だったところ。現存し
ている機械工場が1923年以来尚古集成館と名づけられ博物館になって
いる。

1851年反射炉や溶鉱炉と一緒につくられたガラス工場で生まれたのが
絶品の薩摩切子。だが、つくられたのはわずか10数年のこと。館内には
いろんなものがあったのに覚えているのは薩摩切子だけ。1988年に作成
された薩摩切子に関する論考によるとその時点で残っているのは112点。
そのうち32点が尚古集成館、色の内訳は紅色が14点、藍色が15点、紫、
緑、無色が1点づつ。

その全部が飾られていなかったが、目を奪われるものがどどっと並んでいた。
これが‘薩摩切子か!’という感じ。どれもカットの技術が神業的で色ガラスと
透明ガラスとの境を微妙にぼかす繊細な美しさに魅了される。とくに難しそ
うなのが紅色の三段重や藍色の脚付蓋物。ここでも鑑賞体験は生涯の喜び。

薩摩切子との縁ができてから10年くらいたった後、サントリー美で‘まぼろ
しの薩摩切子展’(2009年)に遭遇した。待ち望んだ展覧会なので天にも
昇る気持ちだった。そこに件の解説文にでていたアメリカのコーニング・
ガラス美(NY)が所蔵している藍色の栓付瓶が堂々と飾られていた。こうい
う名品の里帰りは本当に嬉しい。

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2019.09.10

美術館に乾杯! 鹿児島 長島美術館 その二

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    ドガの‘水浴’(1894年)

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    マイヨールの‘地中海’(1902~05年)

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    ‘錦手群猿図双耳花瓶’(19世紀後半)

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    ‘金襴手竹藤絵扁壺’(19世紀後半)

日本では印象派の人気が高いので例年のように展覧会が開催される。そのた
め、印象派およびポスト印象派のオールスター画家だとスーラを除いてほと
んど回顧展に遭遇した。回数の多いグループがモネ、ゴッホ、ルノワール、
ロートレック、そう頻繁にはないのがマネ、セザンヌ、ドガ、ゴーギャン。

ドガ(1834~1917)は2010年横浜美で行われた1回だけ。その
とき長島美から出品されていたのが‘水浴’。ドガの描く裸婦は動きがあるの
が特徴。この絵ではタオルで首筋を拭く仕草によって一瞬の動きをとらえて
いる。これは裸婦図というよりは風俗画、ドガの日常風景をみる眼はとても
鋭い。

彫刻はどの美術館でも記憶に残ることが多い。どんと置いてあったのはマイ
ヨール(1861~1944)の代表作‘地中海’。裸婦の立体的な形が目の
前に現れるとつい記念写真でも撮りたくなる。昨年でかけたオスロの国立美
ではムンクの‘叫び’の前で皆写真を撮ってもらっていた。でも、こういう光景
は絵画の場合、あまり一般的ではなく名画を一心不乱にみている人が多い。

2室にどどっと展示してあった薩摩焼が目に焼きついている。白薩摩と黒物
があり、惹きこまれるのは貫入の入った象牙色の素地に錦手や金襴手などの
絵付けを施した白薩摩。モチーフになっている猿の群れは絵画をみているよ
う。また、金襴手の扁壺に描かれた流水の上に垂れる藤のきれいなこと!

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2019.09.09

美術館に乾杯! 鹿児島 長島美術館 その一

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     長島美術館の外観

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    シャガールの‘緑のバイオリン弾き’(1923年)

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    キスリングの‘若い男の肖像’(1939年)

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    ポロックの‘コンポジション’(1938~41年)

広島に住んでいたとき5日くらいかけて九州をぐるっと回ったことがある。
長崎でちゃんぽんと松翁軒のカステラを美味しくいただき、そのあと雲仙
の地獄めぐり。長崎県からはまた九州自動車道に戻り次の目的地、鹿児島
市をめざし一気にクルマを走らせた。長島美はJRの西鹿児島駅の近くにあ
るのだが、どういいう風に走ってここにたどり着いたかはもう記憶にない。

ここにサプライズの絵があった。シャガール(1887~1985)の
‘緑のヴァイオリン弾き’。この絵はどこかでみたことがある、すぐNYの
グッゲンハイムが所蔵しているものだとわかった。2点は構図も色使いも
ほとんど同じ。シャガールは2点描いていた。こんないい絵が九州アイラン
ドの南の端に建つ美術館に飾られているのである。バイオリン弾きの顔と
右手は大胆にも緑色。この発想はフォーヴィスムのマティスが女性の顔に
太い緑の線を入れるのと同じ。この濃い緑と衣服の紫とのコントラストは
一度みたら忘れられない。

気になる画家は一枚でも多くしたい。となると回顧展は理想的には2回
体験したい。キスリング(1891~1953)は幸運なことに今年東京
都庭園美でそれが実現した。驚いたのは日本にキスリングの肖像画、静物
画は予想以上にあること。回顧展には2回とも出品されなかったが、長島
美も‘若い男の肖像’をもっている。キスリングの肖像画は顔がフランス人形
のように目鼻立ちがくっきりしているのが特徴。若い男の雰囲気が存分に
出ているのがすごくいい。

ポロック(1912~1956)の‘コンポジション’を館内でみたという
実感がまったくない。このころポロックは縁の遠い作家だったので‘見れど
見ず’の状態だったのかもしれない。実際にお目にかかったのは東近美であ
った回顧展(2012年)。モチーフの形が角々とし槍の刃先が並んでい
るように映るのは全体の印象がピカソの画風を連想させるから。

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2019.09.08

美術館に乾杯! ふくやま美術館 その二

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    国宝‘短刀 銘 左 筑州住’(南北朝時代 14世紀)

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    ポモドーロの‘球体をもった球体’(1978~80年)

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  デ・キリコの‘広場での二人の哲学者の遭遇’(1972年)

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    須田国太郎の‘冬の漁村’(1937年)

美術館はお宝があると何度も足を運びたくなる。例えば、国宝が1点どん
と飾られていれば規模が大きくなくても美術館のイメージはぐっと上がる。
ここには国宝の短刀がある。南北朝時代に正宗の門人がつくった‘銘 左 
筑州住’。これは豊臣秀吉の愛刀だったもの。2011年根津美で開かれ
た‘名物刀剣ー宝物の日本刀ー’にも出品された。地刃の明るさが目に焼き
つくこの短刀と出会ったことは生涯の思い出。

現代性を強く感じさせるアート作品が大都市にいつも集中しているわけで
はない。美術館を運営する人たちの感性が豊かであればどこにたって存在
する。美術館のロビーに飾ってある‘球体をもつ球体’は得体の知れない金属
のお化けのようなもの。作者はイタリアの現代彫刻家アレナルド・
ポモドーロ(1926~)。光沢のあるゴールドの球体の表面に裂け目を
つくり中の機械の構造体をみせている。ローマのヴァチカン美の中庭に
設置してあったものがここにもあった。やるじゃない!

デ・キリコ(1888~1978)が生み出した形而上絵画に関心を持ち
続けている。デ・キリコにしろマグリットにしろ意表を突くモチーフの組
み合わせをどんなことがきっかけとなって思いつくのだろうか。‘広場での
二人の哲学者の遭遇’はいつものように長くのびる建物の影がデ・キリコ
劇場へ誘い込む。体のパーツが寄木細工にようにつくられた二人の哲学者
が広場の中央で深く思索している。

須田国太郎(1891~1961)は洋画界の大きさ存在であり文化勲章
を受章してもおかしくなかったが、70歳で亡くなったためもらいそこね
た。2005年東近美で大きな回顧展があり、‘冬の漁村’が出品された。
暗い画面に目が慣れてくると、厳しい冬のなかいつもと変わりない漁村の
姿が感じられてくる。

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2019.09.07

美術館に乾杯! ふくやま美術館 その一

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   岸田劉生の‘麗子十六歳之像’(1929年)

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    岸田劉生の‘静物’(1917年)

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    奥田元宋の‘若葉の頃’(1946年)

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    池田遙邨の‘みなとの曇り日’(1914年)

JR福山駅のすぐ近くにあるふくやま美で忘れられないのは2003年に
開館15周年を記念して行なわれた‘岸田劉生・麗子展’。蘭島閣の福田平
八郎展同様、この回顧展にもびっくりするほどいい絵が集まった。その
目玉がなんと岸田劉生(1891~1929)の最高傑作であると同時
に日本美術の誇りでもある‘麗子微笑’(1921年 東博)。さらに東近
美にある‘麗子肖像(麗子五歳之像)’も出品された。

10年前の2009年に損保ジャパン美で行われ、そして東京ステーシ
ョンギャラリーで開幕した岸田劉生展でも麗子像の目玉は東近美のもの
だけ。だから、ふくやま美で2点同時に展示されたのはすごいことだっ
た。そのため、多くの美術ファンが駆けつけ大盛況。こういう奇跡的な
展覧会が開けたのはふくやま美が麗子像のひとつを所蔵していたから。

‘麗子十六歳之像’は最後の麗子像で同寸の一枚(笠間日動美)と向かい合
う形で描かれている。16歳になった麗子が正月の羽子板飾りに仕立てら
れているところが劉生流。描かれたのは1929年の6月。この半年後に
劉生は2ヶ月ほど滞在した中国から帰ってきた後山口県の徳山市で急死し
た。享年38。ここには静物画のいいのもある。赤いリンゴやガラス瓶
の質感描写のリアルなこと!目が点になった。

広島県出身の奥田元宋(1912~2003)の‘若葉の頃’は34歳のと
きの作品。お河童髪の女の子とどんと描かれた大きな牛と子牛。どこか
小倉遊亀の絵をみているよう。そして、池田遙邨(1895~1988)
の‘みなとの曇り日’は海のすぐ近くに建つ家々の屋根の光景が心を和ませ
る。

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2019.09.06

美術館に乾杯! 蘭島閣美術館 その二

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    梅原龍三郎の‘少女’(1973年)

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    石本正の‘香’(1994年)

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    杉山寧の‘蕩(とう)’

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    須田国太郎の‘黄豹’(1944年)

美術館が芸術家の回顧展を主催するときは生誕○○年とか没後○○年とかに
絡めて企画することが多い。梅原龍三郎(1888~1986)は昨年が
生誕130年で2016年だと没後30年にあたっていた。だが、どこの
美術館でも梅原龍三郎展は行われなかった。何事も思い通りにはいかなも
の。粘り強く待つしかない。

‘少女’はぱっとみると10人いれば10人とも少年の肖像画と思うにちがい
ない。でも、このモデルは梅原の孫娘。解説文を読むとじわじわ少女にみ
えてくるが、頭の切り替えは難しい。以前プーシキン美が所蔵するゴーギ
ャンの絵で描かれた人物をずっとタヒチの男と勘違いしていた。肖像画で
はときどきそういうことがある。

島根県の三隅町に生まれた石本正(いしもとしょう 1920~2015)
の‘香’は画家の横でモデルをつとめる裸婦をながめているような気分になる。
同じようなリアリティの強い裸婦像を描く画家というと杉山寧と加山又造が
いる。興味深いのは洋画家より日本画家のほうが大胆で生々しい表現をす
ること。ほかの風景画などとの落差が大きいのではじめはドギマギする。

ここにはウッドワンにあるのと同じような白鳥の絵がある。これは杉山寧
(1891~1961)の漢字一字シリーズの一枚。‘蕩(とう)’という
タイトルがついている。こういう絵を毎日みれたら言うことないが。
福田平八郎と同じく須田国太郎(1909~1993)の絵が多くある。
10点くらいもっている。そのなかで忘れられないのが怖い怖い‘黄豹’、
もしこの豹に遭遇したら生きた心地がしないだろう。

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2019.09.05

美術館に乾杯! 蘭島閣美術館 その一

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      総檜造りの蘭島閣美

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    福田平八郎の‘雪庭’(1936年)

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   福田平八郎の‘花の習作(春日)’(1962年)

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    小野竹喬の‘春日野’(1930年)

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    池田遙邨の‘嵐山渡月橋’(1985年)

2004年、瀬戸内海に浮かぶ島、下蒲刈町(2003年呉市と合併)に
ある蘭島閣美で開催された福田平八郎展にめぐりあった。この美術館につい
てはまったく知らず、どうしてここでカラリストの福田平八郎(1892
~1974)の回顧展が行われるの?という感じだった。ところが、総檜造
りの美術館に入ってみると、福田の代表作がずらずらっと並んでいる。東近
美や京近美が主催する特別展と質的にはなんら遜色のないほどの充実ぶり。
すごいことがおこっていた。

蘭島閣美はなんと福田のいい絵を4点も所蔵している。もっこり積もった雪
の白がとても美しい‘雪庭’、琳派風の意匠性が心を打つ‘花の習作(春日)’、
量感たっぷりに描かれた‘鯉(春水)’、そして水の流れが抽象画を連想させる
‘春雨’、いずれも京近美であった回顧展(2007年)にも出品された。
日本のどこにでも絵画を愛するコレクターがいる。

小野竹喬(1889~1979)の‘春日野’は40歳のころの作品。若木を
垂直に林立させた構図が印象深く、多用される緑はアンリ・ルソーの影響が
みられる。こうした作風から後年に花開いたシンプルな造形感覚と色彩の力
が目をなごませる竹喬独自の表現へと発展していく。

倉敷出身の池田遙邨(1895~1988)の‘嵐山渡月橋’は一見すると洋画
家が描いた風景画を思わせるところがある。例えば、安井曾太郎とか梅原龍
三郎とか。遙邨は最初は西洋画を描いており、途中から日本画に転向する。
この渡月橋は見栄えのする構図がすばらしい。

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2019.09.04

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その八

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    ガレの‘蜻蛉文花瓶’(1889年)

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    ガレの‘藤文ランプ’(1920年)

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    ドーム兄弟の‘あざみ文花瓶’(1897年)

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    バカラ製‘象の時計’(1993年)

愛好家の多いエミール・ガレ(1846~1906)のガラス工芸品に心を
奪われた人はそのどれかひとつでも自分の家に飾りたいと思うかもしれない。
そして、財力に恵まれたコレクターはこの新しい美の様式、アールヌーヴォ
ーをガラスで表現したガレにとことんのめりこんでいく。そうしたコレクシ
ョンで世の中に知られているのが関東では諏訪湖のほとりにある北澤美や
箱根のポーラ美。

ウッドワンが所蔵する美術品は近代日本画や洋画だけでなく、ガレやドーム
兄弟(兄1853~1909、弟1864~1931)のガラス作品もなか
なか充実している。広島にいてあのガレの作品をみれたというのは幸運だっ
た。これで多少目が慣れたので横浜に戻って来たとき、北澤美への鑑賞旅行
にすっとドライブがかかった。

20年くらい前ここのガラスコレクションは専用の図録に52点載っていた。
それからだいぶたっているので今はもっとあるかもしれない。最も多いガレ
は35点。そのなかでお気に入りはお馴染みのモチーフを描いた‘蜻蛉文花瓶’
と藤の紫がとても魅惑的に映る‘藤文ランプ’。ドーム兄弟は‘あざみ文花瓶’が
強く印象に残っている。ドームの名前はここではじめて知った。このときは
興味の大半はガレに向かっていたが、後に北澤やポーラでドームの風景文の
花瓶などをみてこの兄弟の豊かな才能に魅了されるようになった。

オマケのようなお宝がバカラ社が製作した象の置物。2点ありひとつが‘時計’
でもうひとつは‘リキュールセット’。同じようなものが根津美で常設展示され
ていたような気がするが、さてどうだったか。このところ根津はご無沙汰し
ているので記憶があやふやになっている。

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2019.09.03

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その七

Img_20190903220901     ゴッホの‘農婦’(1885年)

 

Img_0001_20190903220901     藤田嗣治の‘イヴ’(1959年)

 

Img_0002_20190903220901     前田寛治の‘少年の像’(1928年)

 

Img_0004_20190903220901     林武の‘赤富士’(1967年)

 

Img_0003_20190903221001     香月泰男の‘桐花’(1970年)

 

ゴッホ(1853~1890)の‘農婦’は2003年話題になった絵。当初
1万円の予想額でしかなかったのに競売直前にゴッホの真作とわかりウッド
ワンは6600万円で落札した。日本にはゴッホは片手くらいしかないが、
その一枚がここで飾られることになった。いい作品を手に入れるコレクター
にはセレンディピティ(思わぬ幸運に偶然出会う能力)があるらしい。

藤田嗣治(1886~1968)の‘イヴ’に会ったときウッドワンがこんな
いい藤田をもっていたのか、と感心した。さらに、ここにはもっと大きな
サプライズがある。それは1933年11月2度目の帰国を果たした藤田が
銀座のブラジルコーヒー、ブラジル大使館に依頼されて描いた大壁画‘大地’。
描かれているのはコーヒー農園で働く人たち。オリジナル(縦3.6m、
横18m)そのものではなく現存するのはその右半分のみ。これをウッド
ワンが所有しているのである。

この壁画をみたのは美術館ではなく福岡であった展覧会。度肝をぬかれた
が、そのころは図録に藤田の絵を載せることがNGだったので今でも色付き
の画像が手元にない。それからしばらくたって回顧展がよく開かれるよう
になったが、なにしろこれは特大サイズの絵なので一度も出品されてない。
再会を願っている。

鳥取県の倉吉出身の前田寛治(1896~1930)の絵をみたのは数少
ない。しっかり記憶されているのは‘少年の像’と彫刻がそのまま絵になった
ようなふっくらした女性画。広島にいたとき山陰へ出張でよくでかけてい
たが、倉吉の街はいいイメージがあるので前田にも親しみを覚えている。

富士山の絵で腕くらべをしたら、誰の人気が高いだろうか。横山大観、
横山操、梅原龍三郎、林武、片岡球子、福王寺法林、、、林武(1896
~1975)の‘赤富士’はインパクトの強い富士。色彩の力が富士山の壮麗
さを強く印象づけている。

地方にある美術館は当然のことだが地元の画家を多く集める。香月泰男
(1911~1974)は山口県の出身だがお隣さんで有名な画家だから
収集に力が入ってもおかしくない。数点あり、抽象と具象が入り混じった
‘桐花’が目を惹く。

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2019.09.02

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その六

Img_0001_20190902221601    岸田劉生の‘毛糸肩掛せる麗子肖像’(1920年)

 

Img_0003_20190902221601     竹久夢二の‘平戸懐古’(1919年)

 

Img_20190902221601    安井曾太郎の‘赤衣婦人立像’(1914年)

 

Img_0002_20190902221701     梅原龍三郎の‘富士山図’(1953年)

 

東京ステーションギャラリーで‘岸田劉生展’(8/31~10/20)がはじ
まった。来週出かけることになっているが、チラシなどが手元にないため
どんな作品がでてくるかわからない。未見の絵が何点かみれるかもしれ
ないという漠然とした期待をもって入館するつもり。

岸田劉生(1891~1929)とくればお楽しみは麗子像。東博にある
‘麗子微笑’に魅了され続けている。これまで麗子像を画集を手掛かりにして
全点みようと意気込み1点々追っかけてきた。幸いにも残すは‘麗子住吉詣
之立像’のみとなった。これは個人蔵なので何年待ってもダメかもしれない
が、諦めてはいない。ウッドワンにもあります、あります!麗子像が。
‘麗子微笑’の1年前に描かれた‘毛糸肩掛せる麗子肖像’。この毛糸の肩掛け
はまった同じ。2000年、ウッドワンはこの絵を3億6千万円で落札
した。

岸田劉生同様、強い関心を寄せている竹久夢二(1884~1934)。
回顧展があると見逃さないようにしているが、ここ数年はご無沙汰。来年
あたりは再会できると勝手に思い込んでいる。縦長の‘平戸懐古’は情緒あふ
れる一枚。青い海を背にして立つ遊女は赤い着物を着て洒落た洋傘を手に
持っている。とろっとした目が心をザワザワさせる。

肖像画を取り上げるときはご承知のように女性が圧倒的に多い。ときどき
紹介する男性の肖像画もいいなと思うきっかけをつくってくれたのが安井
曾太郎(1888~1955)。お気に入りは‘安倍能成君像’(ブリジス
トン美)。男性でも女性でもすっとモデルにはいっていけるところがいい。
‘赤衣婦人立像’は笑顔が印象的な若い女性。着ている赤の衣服をみてどう
いうわけかサーカスのピエロを連想した。

梅原龍三郎(1888~1986)の‘富士山図’は似たような構図の作品を
いくつかみた覚えがある。その1点はいつだったか忘れたがホテルオーク
ラで開催される恒例のチヤリティ展に出品されていた。所有しているのは
美術館ではなく個人。梅原の富士山や花の絵は絵画好きの個人がもってい
るものが相当ありそう。

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2019.09.01

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その五

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  高橋由一の‘官軍が火を人吉に放つ図’(1877年)

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    黒田清輝の‘木かげ’(1898年)

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    藤島武二の‘屋島’

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    青木繁の‘漁夫晩帰’(1908年)

美術館で開催される展覧会へ長く通っていると、美術の教科書にでてくる絵
と遭遇し大きな感動をおぼえることがある。2012年東芸大美で開かれた
高橋由一展に出品された‘鮭’はそんな一枚。おおげさにいうと、NYのMoMA
でピカソの‘アヴィニョンの娘たち’をみたときと同じような高揚感が味わえ
る。

これほど有名な絵を描いた高橋由一(1828~1894)なのに回顧展を
みたのはたったの一回。そして、2度目はたぶんない。日本画家に較べて洋
画家の回顧展は圧倒的に少なく、複数回縁があったのは黒田清輝(1866
~1964)だけ。ビッグネームの梅原龍三郎だって東近美でとりあげて
くれない。安井曾太郎展は随分前茨城県近美で行われたが、心理的に遠い
ので行きそびれた。

こんな風潮が美術界にあるので高橋由一展は大変ありがたい展覧会だった。
このとき印象深かった作品が西南戦争を描いた‘官軍が火を人吉に放つ図’。
火事というのは実際の現場でも絵でも目をかっと見開いてみてしまう。これ
は歴史画の範疇にはいるかもしれないが激しい戦闘の場面ではないので、
普通の民家に火が広がっている様子をとらえた風俗画のイメージ。

黒田清輝(1866~1964)の‘木かげ’と印象派のルノワールが描いた
木漏れ日を一緒に並べてみると二人の光の描写のちがいがわかる。黒田の
描く光のほうがかなり強い。だから、日本の風景のなかでこの木漏れ日は
ちょっと強すぎないかという思いが頭をもたげてくる。差し込む日射しに
もっと柔らかさがあると見方が変わってくるのだが。

黒田清輝とくれば藤島武二(1867~1943)。2年前練馬区美で念願
の回顧展に遭遇した。そこで嬉しい出会いがあった。長年追っかけていた
‘チョチャラ’。八重洲のブリジストンに通っているとすぐにでも会えそうな
ものだが、意外にも姿をみせてくれなかった。女性の肖像画のほかにも風景
画の傑作がいくつもでていたが、そのなかに高松の屋島を描いた作品もあっ
た。若い頃、仕事の関係で1年高松に住んでいたのでこの屋島にはすぐ反応
する。

藤島武二同様、青木繁(1882~1911)はブリジストン・コレクショ
ンのお宝中にお宝。代表作の多くがここにあるが、ウッドワンにもいいのが
ある。有名な‘海の幸’を彷彿とさせる‘漁夫晩帰’。流石である。

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