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2019.08.30

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その三

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    小野竹喬の‘夕空’(1953年)

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    山本丘人の‘高原’(1957年)

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    福田平八郎の‘鯉’(1954年)

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   片岡球子の‘面構葛飾北斎’(1987年)

8月もあと一日、残暑は残るだろうが徐々に秋モードに入っていく。秋に
相応しい果物というと柿があるが、世代間で柿に対する親しみの度合いが
ちがうかもしれない。若い人は柿を食べるのだろうか。適当な硬さで甘み
があり歯ごたえのある柿を小さい頃はよく食べたが、今はスーパーで柿を
買うことはほどんどなくなった。柿よりはどうしても梨、葡萄になる。

小野竹喬(1889~1979)の‘夕空’はお気に入りの一枚。茜空は竹喬
の代名詞。その美しい夕焼けの空をバックに多くの枝をつけた柿の木が
見事な造形で描かれている。竹喬は岡山県笠間市の出身だから、同じ中国
地方にあるウッドワンはなんとしてもいい出来映えの竹喬の絵が欲しかっ
たのかもしれない。夕焼けと柿によって深まる田舎の詩情を息をとめて感
じたくなる。

山本丘人(1900~1986)の絵をこのところみる機会がない。これま
で2度回顧展を体験したが、9年前の生誕110周年記念展のあとご無沙汰
が続いている。来年は120年になるからどこかの美術館がスポットを当て
てくれると嬉しいのだが。そのときは茶色のグラデーションをきかせて山、
野原、木々が描写された高原’との再会があることを想定しておきたい。

大分市に生まれた福田平八郎(1892~1974)は鯉の絵の名手。外国
人はこういう具体的な背景のないところにモチーフが描かれるとその絵は
抽象画のように感じるらしい。確かに水が描かれてないのでこの鯉は空を飛
んでいてもいいことになる。すると、マグリットのシュール画と同じになっ
てしまう。われわれ日本人はそんな余計なことは考えず、大きな鯉がゆっく
り泳いでいうところをイメージする。でも、時間がとまったような静寂のな
かに鯉が浮き上がっているので不思議な感覚が生まれることもある。

鎌倉の神奈川県近美にある片岡球子(1905~2008)の‘面構葛飾北斎’
は‘面構’シリーズを代表する作品。この絵の16年後に描かれたのがウッド
ワンにある別ヴァージョンの北斎。富士山が赤から深い褐色が変わっている
が、北斎が画面に大きくドーンと描かれているのは同じ。富士山と北斎を
一緒に描くという発想がいい。


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