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2019.08.31

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その四

Img_0003_20190831220101     杉山寧の‘しゅく’(1992年)

 

Img_0002_20190831220101     山口蓬春の‘月明’(1967年)

 

Img_20190831220101    東山魁夷の‘フレーデンスボーの森’(1963年)

 

Img_0001_20190831220101     高山辰雄の‘朝の気’(1994年)

 

戦後の日展の三山といわれた杉山寧(1909~1993)、東山魁夷
(1909~1999)、高山辰雄(1912~2007)のなかで作品
を見る機会が多いのは東山魁夷。これまでに5回くらい回顧展に遭遇した。
だから、作品には目が馴染んでいる。それに対し、杉山寧については東近
美のスフィンクスなどを単発的に展覧会でみることはあったが、画業全体
をつかまえるのはかなり遅れた。

ようやく回顧展に遭遇したのは2013年(日本橋高島屋)。高山辰雄展
(2008年 練馬区美)から5年も後だった。ウッドワンの‘しゅく’と
タイトルがついた白鳥の絵を息を呑んでみたのはこの回顧展よりはだいぶ
前。お目にかかった作品は多くはなかったが、どれもモチーフが独特の
緻密さで表現されておりなにか別格扱いにしたいような完成度の高さを感
じさせるものばかり。鳥は白鳥のほかに鶴、孔雀の絵にも魅了される。

山口蓬春(1893~1971)の‘月明’はインパクトのある鳥の絵。鴨が
一羽で飛翔する姿を描く画家というと琳派の宗達、蓬春は光琳の絵に刺激
を受けてこの鴨を描いた。1997年渋谷の松濤美であった回顧展にこの
‘月明’が出品され、強い磁力は放っていた。急角度で上昇する鴨の姿がカッ
コいいのでついみとれてしまう。

魁夷の‘ブレーデンスボーの森’はデンマークの風景、1962年54歳の
東山はデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドをめぐる
写生旅行を行い目にした北欧の風景を作品にした。これはその一枚。昨年、
北欧をまわったのでこうした木々が厳しい気象環境を生き抜いている様子
はよくわかる。

高山辰雄の画風は色あいが山本丘人とちょっと似ている。‘朝の気’では農村
全体がもやっとしていてピンぼけした写真をみているよう。茅葺屋根の家のま
わりに立つ太い幹の木がどこか神秘的に世界を生み出している。

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2019.08.30

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その三

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    小野竹喬の‘夕空’(1953年)

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    山本丘人の‘高原’(1957年)

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    福田平八郎の‘鯉’(1954年)

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   片岡球子の‘面構葛飾北斎’(1987年)

8月もあと一日、残暑は残るだろうが徐々に秋モードに入っていく。秋に
相応しい果物というと柿があるが、世代間で柿に対する親しみの度合いが
ちがうかもしれない。若い人は柿を食べるのだろうか。適当な硬さで甘み
があり歯ごたえのある柿を小さい頃はよく食べたが、今はスーパーで柿を
買うことはほどんどなくなった。柿よりはどうしても梨、葡萄になる。

小野竹喬(1889~1979)の‘夕空’はお気に入りの一枚。茜空は竹喬
の代名詞。その美しい夕焼けの空をバックに多くの枝をつけた柿の木が
見事な造形で描かれている。竹喬は岡山県笠間市の出身だから、同じ中国
地方にあるウッドワンはなんとしてもいい出来映えの竹喬の絵が欲しかっ
たのかもしれない。夕焼けと柿によって深まる田舎の詩情を息をとめて感
じたくなる。

山本丘人(1900~1986)の絵をこのところみる機会がない。これま
で2度回顧展を体験したが、9年前の生誕110周年記念展のあとご無沙汰
が続いている。来年は120年になるからどこかの美術館がスポットを当て
てくれると嬉しいのだが。そのときは茶色のグラデーションをきかせて山、
野原、木々が描写された高原’との再会があることを想定しておきたい。

大分市に生まれた福田平八郎(1892~1974)は鯉の絵の名手。外国
人はこういう具体的な背景のないところにモチーフが描かれるとその絵は
抽象画のように感じるらしい。確かに水が描かれてないのでこの鯉は空を飛
んでいてもいいことになる。すると、マグリットのシュール画と同じになっ
てしまう。われわれ日本人はそんな余計なことは考えず、大きな鯉がゆっく
り泳いでいうところをイメージする。でも、時間がとまったような静寂のな
かに鯉が浮き上がっているので不思議な感覚が生まれることもある。

鎌倉の神奈川県近美にある片岡球子(1905~2008)の‘面構葛飾北斎’
は‘面構’シリーズを代表する作品。この絵の16年後に描かれたのがウッド
ワンにある別ヴァージョンの北斎。富士山が赤から深い褐色が変わっている
が、北斎が画面に大きくドーンと描かれているのは同じ。富士山と北斎を
一緒に描くという発想がいい。


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2019.08.29

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その二

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    速水御舟の‘晩秋の桜’(1928年)

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    安田靫彦の‘森蘭丸’(1969年)

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    小林古径の‘尾長鳥’(1946年)

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    山口華楊の‘望郷’(1980年)

日本画のいい絵を手に入れるには資金力がなくては話にならないが、作品の
情報がタイムリーに入ってこなければそのお金を使いようがない。だから、
いいコレクションをもっている美術好きは複数の目利きの画商と太いパイプ
をつくり作品の幅をひろげる努力を重ねている。そうでなければ緑豊かな
中国山地の山間にある美術館にこれほど質の高い日本画はあつまってこない。

2008年に平塚市美で速水御舟(1894~1935)の回顧展があり、
ここから‘晩秋の桜’と‘荒海’(1915年)が出品された。島根県の安来にあ
る足立美にも御舟があるが、ウッドワンもこういういい御舟をしっかりもっ
ているのだから流石。さらにびっくりするのが安田靫彦(1884~
1978)の‘森蘭丸’。これは東近美が3年前に開催した安田靫彦展に出品さ
れ織田信長を描いた‘出陣の舞’(1970年)の横に展示された。本当にいい
絵をもっている。

安田靫彦があるなら小林古径(1883~1957)や前田青邨(1885
~1977)も期待したくなるが、残念ながら青邨にはお目にかかってない。
古径の‘尾長鳥’は体を寄せ合う番の羽の青が目に焼きついている。こういう
濁りのない色彩をみると日本画の魅力を再認識する。

昨年、ホテルオークラでおこなわれた恒例のチャリテイ展覧会で山口華楊
(1899~1984)の動物画を3,4点みた。黒豹、仔馬、そして晩年
に描かれた駱駝。これまで、狐や馬はみたことがあるが華楊はなんと駱駝に
も愛情を注いでいた。怖い黒豹とは対照的に肩の力にすっとぬけるゆるキャ
ラ風の駱駝には自然と愛着を覚える。

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2019.08.28

美術館に乾杯! ウッドワン美術館 その一

Img_0001_20190828221701    広島県廿日市市にあるウッドワン美

 

Img_0002_20190828221801    橋本雅邦の‘紅葉白水図’(1900年)

 

Img_20190828221701    横山大観の‘霊峰不二’(1950年)

 

Img_0004_20190828221801    竹内栖鳳の‘秋圃’(1921年)

 

Img_0003_20190828221801    上村松園の‘雪吹美人図’(1911年)

 

近代日本画の展覧会によく出かけられる方ならウッドワン美はよくご存知か
もしれない。ずいぶん前に訪問したのでクルマをどう走らせて美術館のある
廿日市市の吉和に到着したか記憶が薄れてる。広島市内からだと中国山地の
奥深いところまで行くには1時間半くらいかかったような気がする。総合
建材メーカーを経営する事業家がこの美術館を開館したのは1996年、
広島へ移って1年後のこと。当時は住建美といっていた。

集めた美術品は日本画、陶磁器、ガレなどのガラス工芸。なかでも明治以降
に活躍した日本画家の作品はオールスターが勢揃いするほど充実している。
紅葉の赤と黄色がまるで後光が射したように映るのが橋本雅邦(1835~
1908)の‘紅葉白水図’、中国画の伝統を吸収した日本の水墨画と近代感覚
から生まれた色彩の力が見事に融合した傑作。

横山大観(1868~1958)は数点あるが回顧展には欠かせないピース
のひとつになっているのが‘霊峰不二’、雲海のなかからぐっと頭をだした富士
山は雪の白が目にまばゆいほど輝いている。ドアップの富士なので神々しさ
を一層感じてしまう。

鳥や鹿、魚といった生き物を描くのを得意とした竹内栖鳳(1864~
1942)の‘秋圃’に登場する雀には思わず頬が緩む。雀を描かせたら長澤
芦雪、菱田春草、そして栖鳳の右に出るものはいない。上村松園
(1875~1941)の初期の美人図は雪の降る勢いに押されないように
2人の女性が体を曲げて進む姿が印象深い。

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2019.08.27

美術館に乾杯! 厳島神社 その二

Img_20190827222501    国宝 ‘雲龍文経箱’(平安時代 1164年)

 

Img_0001_20190827222601    国宝 ‘松喰鶴蒔絵小唐櫃’(平安時代 1183年)

 

Img_0004_20190827222601    国宝 ‘彩絵檜扇’(平安時代 12世紀)

 

Img_0003_20190827222601    国宝 ‘小桜黄返威鎧’(平安時代 12世紀)

 

Img_0002_20190827222601    国宝 ‘金銅密教法具’(鎌倉時代 13世紀)

 

国宝展に出品されるものはどれも目を奪われるお宝ばかりだが、サプライズ
の技がみられるのが漆工や彫金細工などの豪華な工芸品。厳島神社にもすば
らしいものがいくつもある。国宝の‘雲龍文経箱’は‘平家納経’33巻を収納す
る経箱。見事な彫金細工で装飾された三段重ねになっており、蓋や側面の
金具の模様が目を惹く。側面は横にたなびく雲と龍と宝珠が交互に描かれて
いる。装飾経もそれを入れる箱も究極の美を追求しているのがスゴイ。

厳島神社は海の女神三柱を祀っている。2013年に東博で‘国宝大神社展’
が開催されたとき、各地の神社にある古神宝がたくさん飾られた。
‘松喰鶴蒔絵小唐櫃’で楽しませてくれるのは優雅に空を飛ぶ鶴、くちばしに
くわえているのは松の枝。この文様の原案は中国で好まれたリボンや花枝を
くわえる鳥、これが平安時代の和様化の流れのなかで松の枝に変化した。

思わず息を呑んでみてしまうのが‘彩絵檜扇’、緑で描かれた州浜や野辺の
光景が同心円をつくるように檜の板で作られた扇全体に広がり、所々に詠歌
に興じる貴族たちや往来する牛車や馬に乗った人物がみられる。こんな扇が
家にあったら心が清々しくなる。

神社がもっているお宝のなかでとくに見ごたえがあるのが鎧。2年前、春日
大社展で天にも昇るような気持にさせる鎧に2つも出会ったが、厳島神社の
‘小桜黄返威鎧’もその豪華な姿が目に焼きついている。また、‘金剛密教法具’
でお気に入りはクワガタムシの角を連想させる金剛杵。これも檜の扇同様、
いつも手にもっていたい気がする。

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2019.08.26

美術館に乾杯! 厳島神社 その一

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    厳島神社の大鳥居

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   国宝‘平家納経 厳王品’(1164年)

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  俵屋宗達の‘平家納経・願文見返し 鹿図’(1602年)

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   長澤芦雪の‘山姥図’(重文 1797年)

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   横山大観の‘屈原’(1898年)

広島にでかけて誰もが目に焼きつけるのは原爆ドームと厳島神社ではなかろ
うか。厳島神社に船でむかうときわけもなく感激するのが海面からドーンと
立っている大きな鳥居。潮が引くと海のなかに浸かっていたところがみえて
くるので鳥居全体がより一層大きくみえる。上陸すると鹿の歓迎を受け、海
の上に浮かぶように作られた神社に進む。コの字のような通路を歩き雅楽の
舞台のところへ来るとだんだん平安時代にワープしたような気になる。

美しい‘平家納経’(国宝)は普段はみれない。これまでこの装飾経にお目に
かかったのは国宝展とか絵巻展、ズバリ厳島神社名宝展といった特別な展覧
会が開かれたときだけ。見返し絵と本紙に施された華美な装飾を前にすると
言葉を失う。まさにこれぞ国宝!という感じ。こういうすばらしいお宝が毎
年みれたらいうことないのだが、、この先の対面はいつになるのだろう。

‘厳王品’に登場する二人の女性のうち二条の光が射し込む先の女性の顔はと
ても可愛く源氏物語絵巻をみているよう。宗達の鹿図は‘平家納経’の補修の
際に描かれたもの。体を円のようにまるめる鹿の姿が忘れられない。

長澤芦雪(1754~1799)の回顧展には必ず出品されるのが芦雪が
広島に滞在していたときに描いた‘山姥図’。大絵馬として厳島神社に奉掲さ
れた。グロテスクな顔をした山姥(やまんば)が熊のような金太郎と手を
つないでいる。この組み合わせは一体何?一瞬ドキッとする。これは怖い
ものみたさ的なところがある芦雪の異色の絵。

もう一点すぐ頭に浮かぶのが横山大観(1868~1958)の‘屈原’。
この絵も大観展の定番。讒言によって都から追放された中国・戦国時代の
詩人、屈原に東京美術学校を追われた師匠の岡倉天心をダブらせている。

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2019.08.24

ギャルリーためながの‘ベルナール・ビュッフェ展’!

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    ‘青いバックの静物’

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     ‘暫’

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   ‘サンジェルマン・ロクセロワ教会’

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     ‘サクレクール’

今月のはじめころ新聞の広告欄に載った銀座のギャルリーためながで行なわ
れている‘ベルナール・ビュッフェ展’(7/10~8/31)が目にとまった。
これまでビュッフェ(1928~1999)の個展は何度か足を運んだ。
その最後が2010年目黒区美であったもの。久しぶりなので銀座に寄り道
することにした。

とはいえ、ギャルリーためなががどこにあるのか知らない。案内には地下鉄
銀座線の銀座駅のB9出口から数分で着くとあるが、これでは右に行けばい
いのか左にいけばいいのかわからないので日動画廊の人に教えてもらった。
旧ソニービルの前の歩道を新橋に向かって進み二つ目の交差点を左に曲がる
とすぐみつかった。

このギャラリーの名前を覚えたのは目黒区美に出品された2点の大きな絵に
遭遇したから。日本でみられるビュッフェはてっきり静岡県の長泉町にある
ビュッフェ美に集中していると思っていた。ところが、ほかのコレクターも
こんないいビュッフェの作品を所蔵していることがわかった。コレクターの
世界は広い。最近では5月東京都庭園美でみたキスリング展にためながから
6点出品されていた。これまたビックリ。一体このコレクターは西洋絵画
をどれくらいもっているのだろうか。

今回のビュッフェ展はギャルリーためながの開廊50周年を記念するもの
(無料)。全部で40点くらいでている。以前見た‘サーカス’と‘赤い鳥’と
再会するかなと期待したが、それはなくはじめてお目にかかるものばかりだ
った。ビュッフェというとすぐイメージするのが‘青いバックの静物’のよう
な手前に滑り落ちてきそうなテーブルや不安定に傾いた部屋の板の床。

人物画は愛する妻アナベルの肖像がとてもいい。また、ルオーと同様、サー
カスの芸人やピエロにもつい感情移入してしまう。サプライズの絵は浮世絵
風の隈取した歌舞伎役者。上手い!日本には7回も来ているから日本の伝統
文化に愛着があるのかもしれない。

ビュッフェの絵のなかでもっとも魅了されているのは風景画。描かれたフラ
ンスの名所やヨーロッパ各地の人気のスポットなどをながめていると過去の
楽しい思い出がわきあがってくる。安心してみられる風景画は一服の清涼剤
みたいなもの。‘サンジェルマン・ロクセロワ教会’とお馴染みの‘サクレクー
ル’は大きな収穫。これからこの画廊とは縁がありそう。

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2019.08.23

写真とライトでいっぱいの‘ボルタンスキー展’!

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    ‘合間に’(2010年)

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    ‘モニュメント’(1986年)

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     ‘発言する’(2005年)

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    ‘保存室’(1988年)

フランスの現代ア―ティスト、クリスチャン・ボルタンスキー
(1944~)の作品はパリのポンピドーでみたというしっかりしたイメ
ージが残っていない。MoMAの展覧会が日本であったとき1点、女の子の
顔写真を前からライトで照らしているインスタレーションンにお目にかか
った。この作品を唯一の手がかりにして今、国立新美で開催中の‘ボルタ
ンスキー展’(6/12~9/2)に侵入した。

全体を見終わったときの印象を先走っていってしまうと、照明を暗くした
部屋でみた白黒の顔写真と豆電球と電気の配線が頭のなかにいっぱいつめ
こまれたという感じ。2番目の画像のように子どものや女性の写真を小さ
な缶のようなもので積み重なったところに置きを電灯で浮かび上がらせる
作品をボルタンスキーは‘モニュメント’と名づけている。この連作が12点
でている。

‘合間に’は縦に細かく切断されたカーテンにボルタンスキーの7歳から65
歳までの顔が映しだされている。みたあとはこのカーテンを開けて次の
部屋に進む。瞬間的にポンピドーの一階ホールの上の部分に飾ってあった
‘ポンピドー大統領の顔’(今もある?)を思い出した。蛇腹の素材が動くと
顔の白黒の濃淡が変わるこのヴァサレリーの作品から刺激を受けたのかも
しれない。

今回収穫だったのが‘アニタス(白)’というタイトルのついた映像の前に
4,5点立たされていた人間のオブジェ。これは‘発言する’という作品。
映像をみているとどこかで誰かがしゃべっている。きょろきょろしたが、
しゃべっているのはこのオブジェだった。3か国語?でしゃべっており、
日本語も流れる。‘びっくりした?’なんて言ってくる。この発想はすごく
おもしろい。参りました!

様々な衣服がどどっと吊り下げられている‘保存室’をみていると同じフラ
ンスの女性ア―ティスト、アネット・メサジュがつくったぬいぐるみの
人形などを数多く集め壁にピンでとめた作品が目の前をよぎった。似た
ようなアイデアが無意識にでてくることはよくある。

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2019.08.22

すっきりアート ‘ジュリアン・オピー展’!

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   ‘ニューヨークで歩く人たち’(2019年)

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   ‘動画 歩く人たち’(2018年)

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    ‘テレフォン’(2018年)

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    ‘川3’(2019年)

新宿の初台へ出かけ‘ジュリアン・オピー展’(7/10~9/23)をみてき
た。この個展が開かれているのは東京オペラシティにあるアート
・ギャラリー。ここへは2回くらい来た覚えがあるが、かなり前のことだ
から‘初台駅’がてっきり京王線にあるものだと勘違いしてしまった。その
ため長く歩くことになりようやく京王新線のホームに移動。駅に着きガイ
ダンスに従って進んでいると見覚えのある東京オペラシティがみえてきた。

アート・ギャラリーには11時の開館の2分前に着いた。てっきり10時の
開館だと思っていたが、どういうわけかここは11時開館。2つ目の間違
いだが、こっちのほうはタイミングからいうと好都合のミスだった。さて、
気になるジュリアン・オピー(1958~)、今年60歳だそうだ。名前
は知っているが作品をみたのは1点しかない。かなり前にあったMoMA展で
お目にかかったような気がする。色がスッキリしていたような記憶が残
っているが、どんな作品だったかまったく忘れている。

展示室に入るといきなり大画面が現れた。描かれているのは街を歩く人
たち。真横から見た体の輪郭は黒の太い線でとられ、衣服はすっきりした
色合いが横に並んでいる。顔には目も口もなく、手の指も靴もないが、皆
リズミカルに進んでいる感じ。そのシンプルさとすっきり感によって生み
出されたリアリズムがとても新鮮に映る。いっぺんに嵌った!

多くの作品は歩く人たち。画面の断面を横に立ってみると色彩の積み重ね
がレリーフ状になっている。浮世絵の多色摺りをキャンパス上でやってい
るようなもの。絵画のほかに動画にも通行人は現れる。スピードがあり
映画をみているようで、いろんな個性をもった人たちが目の前を動いて
いく。さらに、青銅の板で作られた‘テレフォン’にも足がとまる。近づい
てみると足や手、顔、そしてバッグ、アイフォンは中がくり抜かれている。
ただの穴の開いたオブジェなのだが、離れてみると命が吹きこまれ生き生
きしてくる。それは背後にある部屋の壁の色が腕や足につくから。これは
おもしろい!

3点あった風景画にも吸いこまれた。例えば‘川3’、これほどスキッとした
風景画は見たことがない。もうひとつの風景では空の鳥が画面に穴を開け
たり鳥の形をした小さな作り物をぺたっと張ることによって表現されて
いる。ほかの作品をもっとみたくなった。

ジュリアン・オピー、やるじゃない!これからつきあっていくことにした。

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2019.08.21

マドリードで石田徹也展!

Img_0001_20190821215701     ‘囚人’(1999年)

 

Img_20190821215701     ‘燃料補給のような食事’(1996年)

 

昨日の朝日新聞に興味深い記事が載っていた。今年の4月からスペインの
マドリードにある国立ソフィア王妃芸術センターで31歳の若さで亡くな
った石田徹也(1973~2005)の個展が開かれているようだ。開幕
から7月の下旬までに31万3千人がみたというからすごい。関心を寄せ
ている石田徹也が海外で注目を集めていることを耳にすると嬉しくなる。

記事には出品された70点のなかから‘囚人’と‘回収’が紹介されていたが、
美術教師と一緒に‘囚人’をみた17歳の女子生徒は‘自分と同じ感情だ’と語
っている。2007年この絵を所蔵するCBコレクションがおこなったミニ
回顧展(16点)でみたとき、あっけにとられてみていた。男の生徒が
校舎に体をがんじがらめにされて横たわっている。極端でかなり過激な
表現だが、子どもたちを囚人に見立てるのはなるほどと思わせるところが
ある。スペインの女の子はわが意を得たりだったのかもしれない。

2010年に画家の没後5年に合わせて全作品集が出版された。喜び勇ん
で銀座の小さなギャラリーにでかけ購入した。石田は10年間で217点
の作品を生み出している。なかにはあまり長くみたくないものもあるが、
関心の強さはずっと維持されたまま。本物をみたのはこのときが最後だが、
こうして海外から石田徹也のホットなニュースが飛び込んでくると日本で
の回顧展を期待したくなる。

最初の出会いで石田徹也は‘日本のマグリット’だと思った。それを200%
実感させるのが‘燃料補給のような食事’。これは日本の現代美術に燦然と輝く
傑作。マドリードで出品されてるはずだが、みた人は同じ印象をもつにち
がいない。マグリットが生き返ってこれに遭遇したら裸足で逃げ
るだろう。

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2019.08.20

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その六

Img_0001_20190820220701     松田権六の‘鷺蒔絵棚’(1938年)

 

Img_20190820220701   六角紫水の‘理想界の図蒔絵手箱’(1929年)

 

Img_0002_20190820220701    八木一夫の‘発芽の様相’(1977年)

 

 

Img_0003_20190820220701    靉光の‘帽子をかむる自画像’(1943年)

工芸の楽しみのひとつが蒔絵。TVの美術番組、例えばBS2の‘美の壺’
や‘イッピン’のおかげで蒔絵がどのようにしてつくられるかわかってきた。
その漆芸界の神様といわれる松田権六(1896~1986)のすばら
しい作品がここに飾ってある。とても見栄えのする‘鷺蒔絵棚’、蒔絵に
あまり馴染みがないころに遭遇したといってもいいものはやはり印象に強
く残る。

そして、時が流れて2007年に東近美工芸館で大規模な松田権六展が開
かれた。そこにでていた作品のなかでこの鷺は石川県美蔵の最高傑作‘蓬莱
之棚’に描かれた鶴とともに圧倒的な存在感をみせていた。12年前広島県
美でとびきりいい権六の蒔絵をみていたのだ!どういう経緯でコレクショ
ン入りしたか知らないが、松田の師匠である六角紫水(1867~
1960)が広島の出身であることが関係しているのかもしれない。紫水
は専用の部屋があり3,4点展示されている。そのなかで古典的な味わい
をだしているのが‘理想界の図蒔絵手箱’。花や鳥の精緻な描写に思わず足が
とまる。

司馬遼太郎が贔屓にしていた八木一夫(1918~1979)の抽象彫刻
と向き合ったことも忘れられない。‘発芽の様相’はタイトルが作品がうみだ
すイメージとピタッと一致する。ビールのつまみで食べるそら豆はこんな
感じで目が出てくる。TVの科学番組に発芽の映像が流れていた。ところが、
この作品と代表作の‘ザムザ氏の散歩’(1954年)との間にはアヴァン
ギャルド度に大きさ違いがある。歳をとった分フォルムがシンプルでシャ
ープになったのがおもしろい。

広島県出身の洋画家、靉光(あいみつ 1907~1946)の自画像は
反骨画家のイメージ。この面構えをみると一つ目の怪物がうごめく‘眼のあ
る風景’のシュール画とつながってくる。靉光の作品でお目にかかったのは
この自画像と一つ目の2点だけ。ほかにはどんな絵があるのだろう。

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2019.08.19

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その五

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   藤田嗣治の‘婦人像(リオ)’(1932年)

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   ベン・シャーンの‘強制収容所’(1944年)

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   ファイニンガーの‘海辺の夕暮’(1927年)

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   ニコルソンの‘1933(絵画)’(1933年)

寒くない季節に秋田の美術館へ出かけ藤田嗣治(1886~1968)の
大壁画‘秋田の行事’をみることを隣の方と何年も前から話題にしている
が、なかなか実現しない。藤田の回顧展が開かれるたびにこの壁画を依頼
した富豪平野政吉のコレクションがどっと出品される。昨年の回顧展
(東京都美)には南米旅行のスタートとなったブラジルのリオデジャネイ
ロでみたカーニバルの光景が描かれた2点の油彩が登場した。広島県美に
ある‘婦人像(リオ)’も一緒に描かれたもの。乳白色の裸婦とは画風がガラ
ッと変わり現地の人物の生の感覚が漂う圧の強い風俗画があらたに誕生
した。

ダリの‘ヴィーナスの夢’と同じく衝撃度の大きかったのがベン・シャーン
(1898~1969)の‘強制収容所’。自由を奪われた受刑者の絵として
思い浮かぶのはゴッホがドレの白黒の原画をもとにして描いた‘監獄の中庭’
がある。シャーンの絵はゴッホよりもリアリテイが強い。緊張感を強いら
えるのは二人の男を囲っている刺のついた鉄線。小さい頃、入ってはいけ
ない場所はだいたいこんな鉄線が張られていた。これを広げて刺に引っか
からないように背中をまるめて侵入。このスリルがなんとも爽快だった。

ファイニンガー(1871~1956)はドイツ系移民の子としてニュー
ヨークに生まれた。16歳のときドイツに渡りヨーロッパで画家人生の
大半をすごしたが、ナチズムの台頭により退廃芸術家と刻印されたりした
ので1937年にNYに戻った。‘海辺の夕暮れ’が描かれたのはバルト海
沿岸。普通の海景画ではなく対象の形を水平線と縦の線でキュビスム風に
再構成し透明感のある夕暮れを表現している。1927年にこういう海の
絵を25点も制作した。

抽象画の作品をみた後では自分でも描るのではと勝手な妄想をよびこむ。
イギリス人のベン・ニコルソン(1894~1982)の作品はこういう
後知恵がおきてもおかしくないほどシンプルな線で構成されている。赤い
三角は魚の尻尾のイメージ。その横の丸い膨らみが頭。黒地のなかの白丸
は目ん玉。具象的な描き方でない分想像はいろいろ生まれる。

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2019.08.18

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その四

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   ダリの‘ヴィーナスの夢’(1939年)

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   ピカビアの‘アンピトリア’(1935年)

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 エルンストの‘オイディプスⅠ(左)、Ⅱ(右)’(1934年)

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   マグリットの‘人間嫌いたち’(1942年)

ダリ(1904~1989)が大好きな人がこの‘ヴィーナスの夢’をみた
ら仰天すると思う。日本にこんないいダリがあったのかと。サイズは縦
2.44m、横4.88mのサプライズ大画面。描かれているモチーフ
は左半分は1931年に描かれた‘記憶の固執’とほぼ同じでお馴染みのぐ
にゃっと曲がった時計、そして右に目をやると背中が燃えているキリンが
2頭、また手前には目や胸が引き出しに変容した裸婦も登場する。
一体ヴィーナスはどこにいるの。白いドレスを着た腰がきゅっとしまった
2人の女性?その夢がチーズでできた時計と燃えるキリン?

怪しげな裸の女がいるピカビア(1879~1953)の‘アンピトリア’
はみた瞬間ドキッとさせられた。右をよくみると上には大きな男の手がで
ており、その下は口からなにかビニールの線ようなものを吐き出してい
る男の横顔が黒で描かれている。女が誘惑されているのか、暗闇に潜む男
が誘惑されているのか。この絵によってダダとシュルレアリスムをむすぶ
ピカビアという画家の存在を知った。

エルンスト(1891~1976)は1934年から人や生き物の姿をし
た彫刻、‘フィギュア’をつくりはじめる。‘オイディプスⅠ、Ⅱ’ははじめ
石膏で制作され、1992年にブロンズで鋳造された。型として使われて
いるのは植木鉢、右のⅠはオイディㇷ゚ストと殺した父親の関係を表現し下
の父親がオイディプスを頭の上に乗せている。でも、二人の顔は別の方向
を向いている。Ⅱは母親とオイディプスとの安定した結びつきを表し、同
じ向きになっている。

意表を突くシュールさがおもしろいのがマグリット(1898~1967)
の‘人間嫌いたち’。マグリットの作品についているタイトルは描かれた
内容とあまり関係ないのでこれは忘れたほうがいい。ここでの主役はひも
で縛られたカーテン。すぐ連想するのはイギリスの‘ストーンヘンジ’をは
じめとする巨石サークルの遺跡。役者と入れ替わった大きな幕が舞台に立
っているとみることもできる。

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2019.08.17

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その三

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   平山郁夫の‘広島生変図’(1979年)

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   平山郁夫の‘受胎霊夢’(1962年)

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   奥田元宋の‘秋巒真如’(1977年)

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   北野恒富の‘風’(1917年)

広島県出身の平山郁夫(1930~2009)が亡くなって10年が経つ。
回顧展がよく行われる日本画家は横山大観、上村松園、東山魁夷、そして
平山郁夫。だから、没後10年の回顧展がどこかの美術館であってもよさ
そうだが、まだ情報は入ってない。これまで平山郁夫展をやるというと必
ず出かけてきたのはこの広島の街に9年住んだことが関係している。

広島県美には平山の衝撃的な絵が飾ってある。‘広島生変図’、1945年の
夏、中学生だった平山は学徒勤労動員の作業中に原爆投下に遭遇し、被爆
した。炎で焼き尽くされる街をみつめる忿怒形の不動明王が赤く染まった
空に描かれている。その視線の先は原爆ドーム。これをみるといつも胸が
つまる。

‘受胎霊夢’は釈迦や三蔵法師の物語を絵画化したシリーズのプロローグのよ
うな作品。釈迦の母、摩耶夫人は釈迦を身ごもったとき夢に白象が現れた
といわれる。黒みがかった群青の地に金色の色を放つ白象を浮かび上がら
せることで幻夢的なイメージを生み出している。

広島県はもうひとりビッグな日本画家を輩出している。‘赤の画家’で知られ
る奥田元宋(1912~2003)、名古屋から広島に移って2年後の
1997年にここで奥田元宋展があり60点くらいみることができた。
そのなかでもっとも心を震わしたのが‘秋巒真如’、もやっとした月明かりが
湖面に映る紅葉全体を照らす神秘的な光景が目に沁みる。

千葉市美で開催された北野恒富(1880~1947)の回顧展
(2017年)に足を運んだときに遭遇した‘風’。鈴木春信にも風が強く吹
く絵があるが、それを意識したのかもしれない。風の動きを見事に表現し
たこの絵を展示室でみたという実感がない。日本画はいつも展示されてな
いので千葉でお目にかかれたのは幸運だった。

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2019.08.16

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その二

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    竹内栖鳳の‘城址’(1924年)

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    上村松園の‘観書’(1940年)

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    村上華岳の‘菩薩図’(1924年)

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    速水御舟の‘隠岐の海’(1914年)

2013年に東近美で竹内栖鳳(1864~1942)の大規模な回顧展を
みて以降、この画家の絵との接触は1度あったくらい。以前はMOAで鯛の絵
などに大変感激したが、今はMOAが済マークの美術館となったので熱海
が遠くなっている。展覧会に頻繁に登場する大観と違って栖鳳の絵はどこの
美術館へ行ってもみられるというわけではない。だから、‘城址’が広島県美
にあるというのは貴重な鑑賞体験となる。墨の濃淡と深い青を重ねて武士の
盛衰のシンボルともいえる城跡を静かに描写している。

大観同様、回顧展が何度も開かれる上村松園(1875~1949)。図録
がいくつもあるほど足を運んでいるから、次の回顧展は普通の日本画家なら
もうパスになる。でも、松園はそうはならない。理由は松園の美人画は1点
々が特別の絵として存在するから。西洋絵画ではラファエロのような扱い。
ラファエロの聖母子を何度見ても飽きないように松園の描いた女性はみるた
びに新鮮にうつる。そこが松園の高い画力の証。‘観書’はこの美術館で開催
された松園展に展示された。女性のリラックスした姿に魅了される。

村上華岳(1888~1939)は菩薩像の名手、生涯に数多くの菩薩を描
いた。立像もあれば座像もある。心をとらえて離さないのがそのふっくらし
たお顔。そして、目に力があるのが特徴。肖像画では目が一番大事だが、
菩薩の目がきりっとしているのでつい見惚れてしまう。こんな菩薩像は生半
可な画家ではとうてい描けない。ここにある菩薩座像の目は切れ長風。その
鋭さは真ん丸の顔で少し中和されている。強く印象に残る一枚。

速水御舟(1894~1935)の‘隠岐の海’は兄貴分の今村紫紅(1880
~1916)の影響がみられる絵。縦長の画面に海の波の動きを表現する
のは難しいのに下半分に波をたくさん連続させ日本海の荒海の様子を見事に
とらえている。そして上半分のモザイク画のように明るい色彩にも惹きこ
まれる。

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2019.08.15

美術館に乾杯! 広島県立美術館 その一

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   橋本雅邦の‘風神雷神’(1895年)
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   横山大観の‘井筒’(1897年)

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   川合玉堂の‘渓村春麓’(1907年)

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   菱田春草の‘高士望岳(荘重)’(1902年)

仕事の関係で9年広島に住んでいたので、広島県内および中国地方の美術
館へはよく足を運んだ。広島市内でお馴染みの美術館はゴッホなど西洋
絵画を中心としたひろしま美と日本画や内外の現代美術をコレクションし
ている広島県美。出かける回数が多いのは広島県美のほう。企画展が頻繁
に開催されるため関心のあるものは見逃さないようにしていた。そのおり
常設展示の部屋もまわるのでいい絵や漆器は目に焼きついている。

橋本雅邦(1835~1908)は2008年に川越市美であった回顧展
に遭遇したことと長く追っかけていた最高傑作龍虎図屏風’(1895年 
静嘉堂文庫美)との対面が叶ったので今は済マークつき画家となっている。
‘風神雷神’と出会ったときまず思ったのは宗達の風神雷神とはちがうユーモ
ラスなスタイルもありなんだと。左の風神の戯画チックな姿に親しみを覚
える。

横山大観(1868~1958)の‘井筒’も忘れられない一枚。この古典的
な名前を苗字にしているのでびっくりするやら嬉しいやら。‘井筒’は井戸の
まわりの囲いのことだが、幼き恋の話にもなる。手前のうつむきかげんで
照れてるのは男の子。でも、ぱっとみると女の子が二人いるのかと思ってし
まう。なんかいい感じ。

橋本雅邦に学んだ川合玉堂(1873~1957)はお気に入りの画家。
ときどき玉堂の農村の絵や鵜飼を無性にみたくなることがある。ここにあ
る‘渓村春麓’は勢いよく流れ落ちる渓水の白とその前の青のコントラストに
目を見張らされた。山の奥にどんどん進んで行くと川の色がこんな深い青
になってくる。このリアリティにぐっと惹きこまれる。

広島県美が所蔵する日本画はびっくりするほど質が高い。明治以降に活躍
した日本画家のオールスターたちが続々登場するのだからたまらない。
菱田春草(1874~1911)の‘高士望岳(荘重)’は2014年に
東近美で行われた大回顧展にお呼びがかかった。この高士のように無の
境地になって目の前に屹立する巨大な岩山の光景をいつまでもながめてい
たい。

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2019.08.14

美術館に乾杯! ひろしま美術館 その四

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   ルノワールの‘トリニテ広場、パリ’(1893年)

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    岡鹿之助の‘積雪’(1935年)

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   横山大観の‘春光る(樹海)’(1946年)

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   奥田元宋の‘雪晨’(1950年)

画家の回顧展へ出かける回数が増えてくると、その画家にふだん抱くイメー
ジとは違った作品と遭遇することがある。女性の絵を描かせたら天下一品の
腕前を披露したルノワール(1841~1919)には風景画や静物画も
ある。でも、心を惹きつけてやまないのは女性画。そのため、ルノワールの
風景画はちょっと軽く見てしまうところがある。そうした気持ちで‘トリニテ
広場、パリ’の前に立つと面食らう。これ、構図がいいじゃない!パリの感じ
がよくでているよ、と感心させられる。これはルノワールが堂々たる巨匠の
地位を獲得した頃の作品。またパリの風景を描いてみたくなったのかもしれ
ない。

洋画家のなかでは好きな人が多い岡鹿之助(1898~1978)。日本画
の東山魁夷のように別格的な存在というイメージをもっている。とにかく
手抜きがないので、画面のどこをとっても密度が高く完璧な作品に仕上がっ
ている。これにいつも驚く。新印象派のスーラの点描画をみるときの感情と
よく似ている。‘積雪’は人の姿はなく音が消えた感じ。雪の積もった日の光景
にピッタリ。

ひろしま美術館は西洋絵画を売りとする美術館だが、日本画もある。どのく
らいの数を所蔵しているのか知らないが、みたことのあるのは横山大観
(1868~1958)の富士山をモチーフにした‘春光る(樹海)’と広島県
出身の奥田元宋(1911~2003)の‘雪晨’。普段は展示されたないから、
回顧展のとき運良くめぐりあったのは優しいミューズのお計らいだったのだ
ろう。

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2019.08.13

美術館に乾杯! ひろしま美術館 その三

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 藤田嗣治の‘受胎告知、十字架降下、三王礼拝’(1927年)

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   藤田嗣治の‘裸婦と猫’(1923年)

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   マティスの‘ラ・フランス’(1939年)

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  岸田劉生の‘支那服着たる妹照子之像’(1921年)

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    安井曾太郎の‘画室’(1926年)

美術館で名画に遭遇するときはすでにその情報を得ている場合とまったく
情報がなく突然目に前に現れて立ち尽くすことがある。ひろしま美での体験
はゴッホの‘ドービニーの庭’が前者で藤田嗣治(1886~1944)の
三連祭壇画‘受胎告知、十字架降下、三王礼拝’が後者。当時は今と違って藤田
嗣治の絵をみる機会がほとんどなかった。そのため、ここであの藤田の絵を
みたというのは大変な収穫だった。

藤田のスゴイところは伝統的な古典画をふくめた西洋絵画という相手の土俵
で独自の描き方を追及したこと。この三連祭壇画を思わせる作品はウフィツ
ィやルーヴルで目にするものとなんら変わりなく背景の金箔の地に描かれた
キリスト教物語は違和感なくすっと入っていける。この絵の衝撃は本当に
大きかった。藤田がこんな本格的な宗教画を描いていたとは!

乳白色の裸婦図は日本にもグッとくるのが数点ある。一番のお気に入りは
秋田にある‘眠れる女’だが、ここの‘裸婦と猫’にも大変魅了されている。正面
向きでじっとこちらをみられたらタジタジになりそう。足元にいる猫まで同
じ目線。ダブルでみられると長く絵の前に立っているのがしんどくなる。

マティス(1869~1954)の‘ラ・フランス’は小品の肖像画だが、赤
をベースにしたはつらつとした色彩表現は強く心に残る。マティスは
1939~40年にかけて同じような描き方の人物画を残している。例えば
アメリカのオルブライト・ノックス・アートギャラリーにある‘音楽’とか
クリーブランド美蔵の‘エトルリアの花瓶のある室内’、これに‘ラ・フラン
ス’を加えた3部作はとてもリラックスしてみられるのが特徴。こういうの
が名画の証。

日本の洋画家では岸田劉生の‘支那服着たる妹照子之像’と安井曾太郎の
‘画室’に足がとまる。劉生というと麗子像ばかりが思い出されるが、五歳違
いの妹の肖像を描いていた。支那服の青の生地に施された模様を丁寧に描く
のが劉生流。‘画室’は裸婦のモデルと家族が一緒に描かれるという異色の絵。
モデルはポーズをとりにくかったにちがいない。

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2019.08.12

美術館に乾杯! ひろしま美術館 その二

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   マネの‘灰色の羽根帽子の婦人’(1882年)

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   ドガの‘浴槽の女’(1891年)

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   キスリングの‘ルーマニアの女’(1929年)

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   モディリアーニの‘ある男の肖像’(1919年)

昨年5月、デンマークの首都コペンハーゲンをはじめて訪問し自由行動の時
間を美術館巡りにあてた。一番のお目当てはゴーギャンのコレクションが
充実しているニューカールスベア美。念願の‘花をもつ女’と対面するとテンシ
ョンが一気に上がり、そのあとは高揚感が持続したままだった。こういうと
きはほかの画家の作品も輝いてみえてくる。

そのなかにマネがあった。ひとつは必見リストに載せていた‘アブサンを飲む
男’、もう1点オマケがありいい感じの夫人の肖像も現れた。ルノワール同様、
あらためてマネの女性の肖像画をみる楽しさを実感した。では、日本の美術
館にマネの女性画がどのくらいあるのか。その数のカウントはあまり狂って
いないと思うが5点。その一枚がひろしま美にある‘灰色の羽根帽子の婦人’。
フランス人形のような雰囲気を持つ女性なのでついみつめてしまう。

ドガ(1834~1917)の‘浴槽の女’はオルセーやアメリカ東海岸のヒル
ステッド美が所蔵する絵とよくまちがえることがある。いずれも女性は顔を
みせてくれない。まだ縁のないヒルステッドの絵に強い関心をもっているが、
これを追っかけるのは段取りが大変。だから、同じような2点をみたので
よしとしている。

庭園美で4~7月までキスリング(1891~1953)の回顧展が行われ
た。12年前横浜そごうでたくさんみたので今回はいいかなとも思ったが、
勝手に足が美術館に向かっていた。プラスαの作品が予想以上に多かったので
収穫は多かった。今回は日本の美術館からもかなりの出品があり、ここの
‘ルーマニアの女’も登場した。久しぶりの対面だったので長くみていた。

キスリングとくればモディリアーニもみれるのかい、となるが、ご安心を。
しっかりコレクションされている。男性もうりざね顔で描かれた‘ある男の
肖像’、目にはやはり瞳がない。2008年名古屋市美で開催されたモディリ
アーニ展に展示された。これは過去に開かれた回顧展ではもっともよかった
ものだが、この絵も欠かせないワンピースとして存在感を発揮していた。

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2019.08.11

美術館に乾杯! ひろしま美術館 その一

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   ゴッホの‘ドービニーの庭’(1890年)

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   モネの‘セーヌ河の朝、曙’(1897年)

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   セザンヌの‘坐る農夫’(1897年)

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  ゴーギャンの‘愛の森の水車小屋の水浴’(1886年)

美術館の名前がすぐ覚えられるのは所蔵する作品のなかにとびっきり有名な
作品が含まれているとき。倉敷の大原ではゴーギャン(1848~1903)
の‘かぐわしき大地’が輝いている。これと同様に広島の大きなデパートや
ホテルなどがある中心部に位置するひろしま美にもすごい絵が飾ってある。
それはゴッホ(1853~1890)の画集に必ず載っている‘ドービニー
の庭’。

日本ではゴッホの人気が高いからこの絵の物語をご存知の方も多いと思われ
るが、少しおさらいすると、‘ドービニーの庭’はかつてはベルリンのナショ
ナルギャラリーにあった。ところがヒトラーの退廃芸術政策により没収され
た。その後絵はいろいろなコレクターの手をへてこの美術館に入った。
ゴッホは同じ構図の絵を2点描いた。一作目は現在スイスのバーゼル美にあ
り、ここにあるのは第二作。

よく指摘されるのは最初の絵に描かれていた黒猫が消えていること。実際に
は二作目でも猫は描かれていたが、後に誰かが加筆して塗りつぶしてしまっ
た。たしかに手前左のところに不自然な赤の筆致が残されている。この絵が
描かれた舞台はオーヴェールの村にあった敬愛する先輩画家ドービニーの家
の庭。画面の真ん中あたりに置かれた椅子のわきにドービニー夫人が立って
いる。ピストル自殺をした1890年7月末の2、3週間前に仕上げられた。

ひろしま美にはゴッホ以外にも印象派と後期印象派の絵がひととおり揃って
いる。これがここのコレクションのスゴイところ。モネ(1840~
1926)の‘セーヌ河の朝、曙’は海外の美術館でもお目にかかった。
1990年の秋、ロンドンのロイヤル・アカデミーでモネの連作に焦点を当
てた大回顧展が開催された。大変な人気で2時間も並んでみたのだが、日本
の美術館からも4点くらい出品されており、その一つがこのひろしま美に
あるセーヌ河の連作。全部で9点でていたが、ボストン美やシカゴ美蔵の隣
に並んでいるのだからたいしたもの。

セザンヌ(1839~1906)の実直な肖像画のイメージが強い‘坐る農夫’
とゴーギャン(1848~1903)がブルターニュ地方のポン=タヴェン
に滞在しているときに描いた‘愛の森の水車小屋の水浴’は夫々日本で開催され
たセザンヌ展(2012年 国立新美)、ゴーギャン展(2009年 東近
美)にお呼びがかかった。

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2019.08.10

美術館に乾杯! 大原美術館 その八

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  棟方志功の‘二菩薩釈迦十大弟子板画柵’(部分 1939年)

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   棟方志功の‘御群鯉図’(1940年)

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   芹沢銈介の‘沖縄絵図’(1939年)

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   芹沢銈介の‘団扇散らし文二曲屏風’(1960年)

大原では民藝派のやきもののほかに柳宗悦や河井寛次郎と交流のあった
棟方志功(1903~1975)の板画が館内にある専用の版画館で楽しめ
る。大原孫三郎とその息子の總一郎は日本民藝運動の支援者だったので、
棟方は大原家のために版画や大原邸を彩った肉筆障屏画を描いている。

‘二菩薩十大弟子板画柵’は1955年のサンパウロ・ビエンナーレで大賞を
受賞し一躍棟方の名を世界に知らしめた。縦長の画面に力強い太線で表現
された弟子たちがそのキャラのままで並んでいる。そして、両端にはふく
よかな顔立ちが印象的な文殊菩薩(右)と普賢菩薩(左)が立つ。

倉敷の大原邸を飾った六曲一双の屏風に描かれた‘御群鯉図’は普段はみれな
いが、2003年に行われた棟方志功展で初公開された。棟方は鯉の絵が
特別上手く、この赤の鯉は絶品の肉筆画。本物の鯉のように元気よく泳ぐ
姿に目が釘づけになった。

1963年に完成した棟方志功版画館の設計・デザインを手がけたのが染色
家の芹沢銈介(1895~1984)。芹沢の作品はやきものなどと一緒の
部屋に展示されている。代表作のひとつ‘沖縄絵図’は柳や河井、濱田たちと
沖縄を訪問したことで生まれた作品。沖縄の島が型染めで力強く表現されて
いる。目に飛び込んでくる海の青と島の赤のコントラストがなんといっても
気を引く。おもしろいのは集落ごとに図柄の模様や色彩が描き分けられてい
ること。

芹沢が65歳にときに制作した‘団扇散らし文二曲屏風’はデザイナーとして
のセンスの良さが発揮されている。こんなモダン感覚な団扇の手にし浴衣姿
で街を歩いたら気分がハイになりそう。芹沢は晩年になるほどデザインの
きれがよくなる。‘風’とか‘寿’といった文字をデザインしたのれんをみると
本当にいいなと思う。

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2019.08.09

美術館に乾杯! 大原美術館 その七

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   河井寛次郎の‘緑釉六方鉢’(1937年)

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   濱田庄司の‘青釉黒流描大皿’(1956年)

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   富本健吉の‘色絵黍模様菓子皿’(1937年)

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  リーチの‘ガレナ釉筒描人魚文大皿’(1925年)

民藝派の河井寛次郎(1883~1959)や濱田庄司(1894~
1978)の回顧展を欠かさずみるようにしているが、今年はまだ遭遇し
ていない。以前はよく出かけていた日本民藝館へは所蔵作品をほとんどみ
たので、ご無沙汰が続いている。ここで柳宗悦(1889~1961)か
らやきものをはじめとして素朴な工芸品から美を感じとることを教えてもら
った。お陰でやきものをより深く味わえるようになったが、河井や濱田の
作品に接したのはここより大原のほうが先だった。

やきものは絵画や彫刻などが飾られている本館の建物とは別のところに並ん
でいる。当時はまだ美術への関心は普通のレベルだったので今ほど熱い思
いに駆られてはいなかった。作者の名前がしっかりインプットされたかは
曖昧。印象深かったのは寛次郎の目の覚めるような青がぐっとくる‘緑釉六方
鉢’、こんな色鮮やかなやきものがどうやって生まれてくるのか。陶磁器に
興味をもつきっかけになった作品のひとつだったかもしれない。美術品との
出会いは突然やってくる。

一方、濱田は大皿の絵付けがダイナミックな‘青釉黒流描大皿’に度肝をぬか
れた。これまでみたやきものとはまったくイメージが違った。バネを思わせ
る太い黒の流れが上下ペアとなり模様をつくっている。まるで抽象画をみ
ているよう。後で知ることになるポロックのドリッピングと同じことを濱田
はやきもので行っていた。やきものはろくろを回したりするから古くからの
伝統をひきついでいることは確かだが、アイデアは現代アーティストの頭の
なかと同じ。これがスゴイ!

富本健吉(1886~1963)とイギリス人のバーナード・リーチ
(1887~1979)は若頃からうまがあったようだ。大原にある富本は
白磁の丸壺などいいのが揃っているが、古九谷風の色彩が目をひく‘色絵黍模
様菓子皿’がすばらしい。河井も濱田も作陶の精神としていいことを述べて
いるが、富本は‘模様から模様を作らない’と言い続け、人の作品の真似をせ
ず独創的で緻密な模様を創作し見る者を感嘆させた。

リーチの黄橙色の大皿に描かれた人魚は一度見たら忘れられない。7年前
日本橋高島屋で開かれたリーチ展で再会し、当時の感動を思い出した。また、
陶板に登場した荒ぶる獅子もよみがえった。リーチは日本語も達者だから
イギリスの陶芸家という気がしない印象。

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2019.08.08

美術館に乾杯! 大原美術館 その六

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  デ・キリコの‘ヘクト―ルとアンドロマケーの別れ’(1918年)

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      フォートリエの‘人質’(1944年)

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      フォンタナの‘空間概念’(1961年)

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    ポロックの‘カットアウト’(1848~58年)

印象派やポスト印象派のあとでてきた現代絵画の真髄にふれるにはパリの
ポンピドーやNYのMoMAやグッゲンハイムへ出かけて本物と直に接するのが
一番手っ取りばやい。しかし、仕事をやりながら趣味で楽しむ絵画となると
そうもめりこめないのが実情、とくに若い頃はお金もなく時間もないからふ
らっとポンピドーへ行ってみようなんてことはおこらない。だから、現代
アートとのかかわりで目が慣れるのは日本の美術館で定期的におこなわれる
ピカソ展によって感じることのできるキュビスムくらい。

でも、キュビスムだけではバラエティに富む現代アート全体の動きやいろい
ろある画法のおもしろさのほんの一部にふれただけにとどまる。この世界は
フォーヴィスム、シュルレアリスム、抽象絵画、レディ・メイド、アクショ
ンペインテイング、ポップアート、、など様々な流派が入り乱れている。
10人の個性豊かなア―ティストがいれば10のアートが生まれるといって
いい。

はじめて大原を訪問したとき、強く印象に残った現代アートは3点あった。
まず、すっと入っていけたデ・キリコ(1888~1978)の‘ヘクト―ル
とアンドロマケーの別れ’。2つのマネキン人形は男性のバレリーナにみえ
これからバレエを踊るイメージ。どうしてマネキンなのか?デ・キリコは
一体何を表現したいのか?謎につつまれた画家のひとりになった。

ジャン・フォートリエ(1898~1964)の‘人質’もまあ人の横顔だとわ
かる。興味をひくのは厚く塗られた絵の具、コンクリートがかたまるときの
質感に似ている。生々しいナチスの脅威がこんな表現になった。重い具象的
抽象画としてすぐ思い浮かぶ作品になった

もっとも衝撃的だったのがルーチョ・フォンタナ(1899~1968)の
‘空間概念’、なんどキャンバスが3ヶ所切り裂かれている。こんな絵があった
の!? 誰が描いたの?赤一色でも強烈なイメージなのに大胆にもフラット
な平面がカットされそこだけが短冊のように立体的になっている。いっぺん
にフォンタナの名前を覚えた。

ポロック(1912~1956)の‘カットアウト’は当時みたという実感が
ない。これはエル・グレコやゴーギャン、モネに気をとられ鑑賞のエネルギ
ーはアクションペインティングのポロックまでそそがれなかったから。落ち
着いて見れるようになったのはだいぶたってから。2011年、西洋美で
開催されたポロック展にも出品されたが、まんなかの白い人物の動きがおも
しろく感じられた。

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2019.08.07

美術館に乾杯! 大原美術館 その五

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   ホドラーの‘木を伐る人’(1910年)

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   青木繁の‘男の顔(自画像)’(1904年)

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   岸田劉生の‘童女舞姿’(1924年)

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   関根正二の‘信仰の悲しみ’(1918年)

2008年は2度海外旅行をしたが、事前の展覧会情報はまったくなかった
のに出かけた先で嬉しい回顧展に4回も遭遇した。パリではクールベ展
(グランパレ)とホドラー展(オルセー)、そしてアメリカではホッパー展
&ホーマー展(シカゴ美)、プッサン展(メトロポリタン美)。美術館巡り
をしているとよくこういう幸運に恵まれるので自分には‘セレンディピティ’
(思わぬ幸運に偶然出会う能力)があるのかもしれないと思うようになった。

オルセーでスイス人画家のホドラーの作品をたくさんみたときあっと驚く絵
が現れた。それはスイスの中央銀行から紙幣の絵柄を依頼されて描いた‘木を
伐る人’、これは大原でみたことがあるぞ!隣の方も頷いている。ホドラーは
このモチーフを10数点描いており、2014年西洋美で行われた回顧展に
も別ヴァージョンが1点でていた。斧を大きく振り回す木樵の力感あふれる
姿に視線が釘づけになる。

ブリジストン美に出かけると青木繁(1882~1911)の作品があれも
これもお目にかかれるが、大原にもグッとくる自画像の‘男の顔’がある。この
自画像をみると青木繁が‘俺は絵画の革命をおこす’という強い気概をもって生
きていたことがよくみてとれる。その才能には洋画界の大御所、黒田清輝が
ぶっとばすほどの大きな力があった。

青木も岸田劉生(1891~1929)も絵の修行のため西洋へ出かけなか
った。でも、二人ともスゴイ絵を描いた。大原にある劉生の麗子像は東博に
ある最高傑作‘麗子微笑’とは趣が異なり、女の子の可愛いらしさはなく能役者
の立ち振る舞いを連想させるものがある。麗子はこのとき11歳になっていて
一生懸命モデルをつとめている。

最近、関根正二(1899~1919)の絵が見つかったというニュースが
入ってきた。‘少女’というタイトルがついたパステル画だそうだが、いずれ
神奈川県近美・鎌倉別館に巡回するようなので出かけるつもり。‘信仰の悲み’
はみててジーンとくる一枚。ここには本当にいい絵がある。

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2019.08.06

美術館に乾杯! 大原美術館 その四

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    クールベの‘秋の海’(1867年)

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   藤田嗣治の‘舞踏会の前’(1925年)

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   安井曾太郎の‘外房風景’(1931年)

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   梅原龍三郎の‘竹窓裸婦’(1937年)

海外にある美術館で画家の大規模な回顧展に遭遇することほど嬉しいことは
ない。2007年秋パリを訪れたときグラン・パレでクールベ(1819
~1877)の作品をたくさん見ることができた。手に入れた分厚い図録
(フランス語版)はお宝図録のひとつになりよくながめている。クールベ
は海景画の名手で回顧展には大きな波をリアルに描いた作品が全部で5点
登場した。日本からの出品はなかったが、この会場にあっても全く見劣りし
ないのが4点くらいある。大原の‘秋の海’もそのひとつで浜辺の岩に向かっ
て大きく波打つ様子が見る者の気持ちをぐっと引き締める。

昨年の今頃、東京都美は没後50年を記念した藤田嗣治展で大賑わいだった。
藤田のいい絵みんな見せますという感じで日本の美術館が所蔵する藤田の
乳白色の裸婦図がどどっと集まった。そのなかで別格扱いの存在だったのが
群像裸婦図‘舞踏会の前’。仮面はアンソールの専売特許ではなく、藤田は大の
宴会好きだから仮面舞踏会はお手の物。黒やピンクの仮面が裸婦の肌の美し
さを浮き上がらせている。

洋画界のビッグコンビ、安井曾太郎(1888~1955)と梅原龍三郎
(1888~1986)の大規模な回顧展をずっと待っているがなかなか
実現しない。二人は同じ年にしかも同じ京都で生まれた。生まれる前から
一緒に絵画を切磋琢磨することが運命づけられていたのかもしれない。安井
はセザンヌから、梅原はルノワールから強い影響を受けた。

安井曾太郎に開眼したのは大原で‘外房風景’に出会い、そして東近美で‘金蓉’
をみたから。大原にはもう一点孫の女の子を描いたとてもいい肖像画がある。
梅原の‘竹窓裸婦’は体の描き方はルノワール風だが、色使いはフォーヴィスム
のマティスを思わせる。この緑色のインパクトをみたらマティスも裸足で逃
げたにちがいない。

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2019.08.05

美術館に乾杯! 大原美術館 その三

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   シャヴァンヌの‘幻想’(1866年)

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   ピサロの‘りんご採り’(1886年)

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  ロートレックの‘マルトX夫人の肖像’(1900年)

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  モディリアーニの‘ジャンヌ・エビュテルヌの肖像’(1918年)

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 フレディリックの‘万有は死に帰す’(1893~1918年)

大原のスゴイところは近代以降の画壇で名を成した画家の作品を十分に揃え
ていること。ほかの美術館でオルセーやポンピドーに居るような気分になる
のは西洋美やブリジストン美など数館しかない。日本での知名度はあまり高
くないがフランス人なら誰もが知っているシャバンヌ(1824~1898)
まで児島虎二郎は購入していた。‘幻想’は2014年Bunkamuraで開催され
た‘シャヴァンヌ展’に‘漁夫’とともにどーんと展示された。隣にはオルセーや
ワシントン・ナショナルギャラリーからやって来たものが並んでいるのだか
ら、大原コレクションの質の高さがうかがえる。

印象派の美術本ではピサロ(1830~1903)の頁に大原が所蔵する
点描画風の‘りんご採り’がよく載っている。日が強く当たっている場所と
女性たちがりんごを採っている日陰がうまく描き分けられている。新しい
画法に果敢にチャレンジするのがピサロの真骨頂。偉大な画家である。

以前ロートレック(1864~1901)の回顧展によく遭遇したが、最近
は縁がない。何度も書いているがロートレックの油彩をずっと追っかけてい
る。昨年はコペンハーゲンのニュー・カールスベア美でいい男性の肖像画と
シュザンヌ・バラドンを描いたものをみた。日本にもお気に入りの‘マルトX
夫人の肖像’がある。

ロートレック同様、ファンの多いモディリアーニ(1884~1920)。
だが、日本にある油彩の数は圧倒的にモディリアーニのほうが多い。名古屋
市美には‘おさげ髪の少女’があるし東京富士美は‘アレクサンドル博士’を所有
している。大原の‘ジャンヌ・エビュテルヌの肖像’もとても強い磁力を放つ
作品。首を横に傾けた細長いプロポーションはまさにモディのイメージ。

ベルギーの画家レオン・フレディリック(1856~1940)が25年の
歳月をかけて制作した7枚にわたる‘万有は死に帰す、されど神の愛は万有を
して蘇らしめん’を大原でみたことは生涯の思い出。描かれているのはキリス
ト教の物語。画像は6枚目の復活の場面でたくさんの子ども、大人たちが
びっしり描かれている。このサプライズの群像描写に200%圧倒された。


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2019.08.04

美術館に乾杯! 大原美術館 その二

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   ゴーギャンの‘かぐわしき大地’(1892年)

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     モローの‘雅歌’(1893年)

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  マネの‘薄布のある帽子をかぶる女’(1881年)

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   セザンヌの‘風景’(1888~90年)

大原には古典絵画のお宝エル・グレコの‘受胎告知’に加えもう1点スゴイ絵が
ある。ゴーギャン(1848~1903)の傑作‘かぐわしき大地’、ゴーギ
ャンの画集には欠かせない作品であり、2010年の10月から翌年の春に
かけてロンドンのテート・モダンとワシントン・ナショナル・ギャラリーで
開催された大ゴーギャン展にも出品された。

タヒチモード全開のこの絵の前に立ったとき、ドキッとしたのが赤い翼をし
たトカゲ。どうしてトカゲに翼があるの?この発想にまず驚いた。そして、
タヒチ女が手にしている花の薄紫の花びらの軽やかさにも視線が釘づけ
になった。こんないいゴーギャンが日本でみれるのだから幸せというほか
ない。

今年は春にパナソニック汐留美でパリのモロー美が所蔵する代表作‘出現’
が公開されたので、モロー(1826~1898)の作品を美術本でよくな
がめている。そこにでてくるのが大原の‘雅歌’。これは小品の水彩画なのに、
アラビア風の衣装をまとった女性が刺激的な鋭い目をしているため出現の
サロメ同様、心がザワザワしてくる。

マネ(1832~1883)の‘薄布のある帽子をかぶる女’は最晩年に描か
れたパステル画。ざざっとした荒々しい筆致だが、絵からちょっと離れてみ
ると女性の印象をよくとらえていることがわかる。セザンヌ(1839~
1906)の‘風景画’には角々した家がモザイク画の模様のように表される
ことが多い。屋根の赤が点在する風景は小気味がよく穏やかな気分になる。

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2019.08.03

美術館に乾杯! 大原美術館 その一

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Img_0004_20190803221801    エル・グレコの‘受胎告知’(1600年)

Img_0003_20190803221801   セガンティーニの‘アルプスの真昼’(1892年)

Img_0001_20190803221801      モネの‘積み藁’(1885年)

Img_20190803221801       モネの‘睡蓮’(1906年)

 

シリーズ‘美術館に乾杯!’は海外にある美術館は昨日の大英博をもって
終了したので、パートⅡの日本の美術館にシフト。まずは西日本にある
美術館から。トップバッターは広島にいるときよくでかけた倉敷の
大原美術館。

美術館へはJR倉敷駅から徒歩で15分くらいで到着する。日本で最初に
できた西洋絵画を展示する美術館だから建物全体に風格がある。ここに
飾ってある作品でとびっきり有名なのがエル・グレコ(1541~
1614)の‘受胎告知’。エル・グレコの緑に魅せられてMyカラーが
緑&黄色になったというほどグレコにのめりこんでいる。黄色はゴッホ
のイエロー・パワーの影響。

画家との相性が強くなるきっかけは回顧展との遭遇。1986年、西洋
美で大規模な‘エル・グレコ展’が開催された。ここに大原の‘受胎告知’と
同じ構図の別ヴァージョンの作品(ブダベスト美蔵)が一緒に並んで
展示された。そのときの印象はひいき目の評価がはいっているが大原の
ほうに軍配が上がった。そのため、あらためてこの絵の価値を知り日本
にあることを誇らしく思った。

セガンティーニ(1858~1899)の‘アルプスの真昼’ははじめて
お目にかかったときはセガンティー二という画家のことが十分にわかっ
ていなかったので、前のめり状態でみたというのではなかった。この
絵が傑作だなと感じるようになったのは鑑賞した作品の数が増えたころ。
そして、セガンティー二との距離がぐっと縮まったのが新宿の損保ジャ
パン美で開かれた回顧展(2011年)。なんと‘アルプスの真昼’が2点
並んだ。大原のものとセガンティー二美(スイス、サンモリッツ)が
所蔵する最初に描かれたヴァージョン。これは楽しい!

大原にあるモネもよく印象派展やモネ展に出品される。9/23まで
開催される西洋美の‘松方コレクション展’に‘積み藁’がどんと飾ってある。
もう一点、‘睡蓮’も傑作。これがコレクションをつくりあげるのに奮闘し
た児島虎二郎の審美眼のスゴイところ。

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2019.08.02

美術館に乾杯! 大英博物館 その七

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  ‘白磁牡丹唐草文鳳首瓶’(広東窯 北宋時代・11世紀)

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   ‘青磁輪花盤’(汝窯 11世紀末~12世紀初)

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  ‘白磁花蓮弁文瓢形水注’(定窯 10~11世紀)

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  ‘白地黒掻落し熊文枕’(磁州窯 12世紀)

大英博のイメージにはいろんな美術が重なる。大きな遺物としては古代エジ
プトやアッシリアの王たちの肖像彫刻、そしてギリシャのパルテノン神殿を
飾っていた大理石彫刻などが印象深い。館内でこうしたものをまず目を焼き
付けるのがファーストステップ。そのあとはだんだん作品のサイズは小さ
くなり、やきもの、工芸品、宝飾品、武具にも時間がさけるようになる。

やきものでは中国の窯でつくられた優品が印象に強く残っている。といっ
ても、一部を除いてお目にかかったのは日本で開催されたやきもの特別展。
1999年に‘宋磁展’があり、国内の美術館や海外の美術館から宋代(北宋
960~1126年、南宋1127~1279年)の陶磁器の名品が結集
した。

ここに大英博の自慢のコレクションが全部で8点出品された。そのなかで最
も印象深かったのが大英博の中国陶磁を代表する作品、‘白磁牡丹唐草文鳳
首瓶’。視線が集中するのが鳳凰の首、尖った口先と鷲のような鋭い目。この
造形のインパクトが強すぎて量感のある胴に描かれた唐草文は注意が散漫
になる。

そして、これまた心を奪われるのが北宋の宮廷のために焼かれた汝窯の‘青磁
輪花盤’、伝世品が極めて少ないのでこれをみれたのは生涯の思い出。透明
感のある澄んだ水色の気品にみちた輝きが忘れられない。

蓮の花びら模様が見事に表された白磁の水注は出来のいいレリーフをみたと
きの楽しみと似ている。また、熊のユーモラスな姿が和ませる枕にも魅了さ
れる。何年か先、大英博を訪れる機会にめぐまれたら、絶品の鳳凰やこの熊
と再会したい。

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