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2019.06.30

美術館に乾杯! オルセー美 その十

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    ブーダンの‘トルーヴィルの浜辺’(1864年)

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 ヨンキントの‘セーヌ川とノートルダム大聖堂’(1864年)

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     ピサロの‘霜’(1873年)

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    カイユボットの‘床のかんなかけ’(1875年)

絵画でも彫刻でも芸術家の価値はそのオリジナリティで決まる。オリジナリ
ティの発揮され方はいろいろ、色彩で勝負したり、構図にこだわったり、
描く対象を人物にするか風景にするか。モネたちがはじめた印象派は風景画
の描き方に革新をもちこんだ。その前にも風景画の名手たちはいた。イギリ
スのターナーやコンスタブル、フランスではコロー、クールベ、バルビゾン
派、そしてモネに野外で風景を描くことをすすめたブーダン。

日本で行われるモネ展は欠かさずみているのでブーダン(1824~
1898)やヨンキント(1819~1891)の作品にも目が慣れている
。どこの美術館の所蔵かすぐ思い浮かぶのはオルセーとマルモッタン。フラ
ンス以外の国の美術館となるとぐっとせばまってくる。ボストン美とかワシ
ントンナショナルギャラリーでブーダンの海の絵はみたが、ヨンキントは
記憶がない。

‘トルーヴィㇽの浜辺’をはじめてみた頃はトルーヴィルはどこ?具体的な海
のイメージはなかったが、今ではフランスのノルマンディ海岸にある街とい
わかっている。画面の多くを空の描写に使い浜辺で多くの人々が海の景色を
楽しんでいる様子描くのがブーダンの特徴。どの絵もだいたいこのパターン
だから数点いいのをみてしまえばあとはそう前のめりにならない。

ヨンキントはオランダ人だがフランスが第二の故郷になった。彼もノルマ
ンディの風景を数多く描いた。そして、パリの光景もしっかりとらえ
ている。‘セーヌ川とノートルダム大聖堂’はなかなかいい出来映え。ノート
ルダム大聖堂が火災に見舞われるというショッキングな出来事があったの
でこの絵の角度からだと真んなかの高い塔はもうみられない。早期の再建
を願っているがかなりの時間がかかりそう。

ピサロ(1830~1903)は印象派では兄貴格の存在。オルセーでは
4、5点みたが‘寒々しい感じがよくでている‘霜’がお気に入り。この画家は
チャレンジ精神が旺盛でスーラが点描で話題になるとすぐこれを真似た作品
を描く。だから、絵描きとしての才能はたっぷりもっていたことはまちが
いない。

6年前、ブリジストン美でカイユボット(1848~1894)の回顧展が
行われた。‘床のかんなかけ’は残念ながら出品されなかったがいろんな美術
館から主要作品が結集しており忘れられない展覧会となった。カイユボット
は‘床のかんなかけ’を描いた画家というイメージが長く続いた。でも、この
風俗画に大変魅了されたので名前は深く胸に刻まれた。

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2019.06.29

美術館に乾杯! オルセー美 その九

Img_20190629222101     マネの‘草上の昼食’(1863年)

 

Img_0001_20190629222101     マネの‘笛を吹く少年’(1866年)

 

Img_0003_20190629222101  ファンタン=ラトゥ―ルの‘バティニョールのアトリエ’(1870年)

 

Img_0002_20190629222101     バジールの‘家族の集い’(1867年)

 

オルセーが印象派の殿堂ということを強く感じだすのはマネ
(1832~1883)の絵あたりから。‘印象派をみるぞ!’モードのスイ
ッチが入り、体も心もがだんだん熱くなってくる。はじめてこの美術館に来
たときは美術本から得た必見の名画がしっかり頭のなかに入っていた。
その筆頭がマネの‘草上の昼食’。結構、大きな絵なので森の一角でくつろぐ3
人の男女の憩いの席をちょっと離れたところから眺めているような気分に
なる。そして、こっちをじっとみている裸婦モデルと目があってしまった。
こうなったら絵に密着するしかない。

裸婦のむこうにいる男性の顔をじっくりみると、おもしろいことに裸婦の顔
の角度とまったく同じで目、鼻、口も瓜二つ。この二人の印象にくらべると
右側にいる男性の生感覚は強くない。でも、この男の顎ひげ、帽子、上着の
黒尽くしがこの画面をぐっと引き締めている。そして、男たちの間に入る
ように水浴中の女性が配置され三角形の構図ができる。インパクトのある黒
の使い方と古典画のモチーフである水浴をもちこむ発想の斬新さにマネの
卓越した力量が発揮されている。やっぱりマネは天才!

3年前、国立新美でオルセー&オランジュリーの所蔵品を軸とするルノワー
ル展が開かれた。代表作の‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’が日本にやって来
たのはひとつの‘事件’といっていい。となると、次の‘事件’を期待したくなる。
そう、この‘草上の昼食’を目玉としたマネ展。そのときはまたまた‘笛を吹く
少年’が横に並ぶことは今から決まっている。東京都美、アゲイン国立新美、
西洋美、三菱一号館美に手をあわせておきたい。

ファンタン=ラトゥール(1836~1904)の‘バティニョールのアト
リエ’は当時新しい絵画の流れのど真ん中にマネがいたことを如実に物語って
いる。中央でキャンバスに筆を入れているのが38歳のマネ、その後ろで
帽子を被っているのがルノワール(30歳)、そして右端の背の高い人物が
バジール(29歳)、そのバジールの後ろで顔だけみせるモネ(30歳)。

裕福な家庭に生まれたバジール(1841~1870)の‘家族の集い’は見事
な群像肖像画。人々の表情が硬いのはいなめないが、なんといっても南仏の
明るい日差しがいい感じ。空は目の覚めるような青で皆がくつろぐところ
には木漏れ日が。モネやルノワールと仲の良かったバジールは陸軍の志願兵
として普仏戦争に従軍し1870年戦死した。若死にが悔やまれる。

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2019.06.28

美術館に乾杯! オルセー美 その八

Img_0001_20190629003601     アンリ・ルソーの‘蛇使いの女’(1907年)

 

Img_0002_20190629003701     ルソーの‘戦争’(1894年)

 

Img_0003_20190629003801    ムンクの‘オースゴールストラントの夏の夜’(1904年)

Img_0004_20190628221401     ドランの‘チャリングクロスの橋’(1906年)

 

2013年、NYを旅行し久しぶりにMoMAを訪問した。20年前とくら
べて展示作品がかなり変わっていたが、ショックだったのが再会を楽し
みにしていたシャガールのあの有名な‘私と村’がなかったこと。これにか
わって大勢の人がみていたのがアンリ・ルソー(1844~1910)
の‘夢’。時代が変わりルソーが好きな若い人たちがどんどん増えている
ことを実感した。

‘夢’の3年前に制作されたのが‘蛇使いの女’。このジャングル画2点が
ルソーの最高傑作。ともに大作なので見ごたえがある。多彩な緑のグラ
デーションを使って描かれた熱帯の神秘的な森のなかに片や裸婦がソフ
ァーに横たわり、片や不気味な姿をした蛇使いの女が笛を吹き蛇を踊ら
せている。これほど完成度の高い絵に到達したルソーに対し、遠近法が
描けない画家と軽く扱うのはまったく相応しくない。この‘蛇使いの女’
はスーパー画家の証。

1894年に描かれた‘戦争’はルソーにしては異色の作品。インパクト
の強い作品で白い服を着た少女が乗る馬のおもいっきりのばされた胴体
にハッとするだけでなく、くちばしに赤い血を染めた黒い鴉の集団に
も背筋が寒くなる。場面の下に無造作に置かれた上半身あるいは全身
裸の男女の死体が戦争の悲惨さ怖さを物語っている。

昨年わが家はムンクイヤー、ノルウェーのオスロ国立美と東京都美で
ダブル‘叫び’に遭遇するという幸運に恵まれた。ムンクが滞在したパリ
で1904年に開かれた独立展に出品された‘オースゴールストラント
の夏の夜’はノルウェーのフィヨルドをみたのでより関心が深まった。
オースゴールストラントはオスロから南へ60㎞のところにある小さ
な漁村。ムンクにとってお気に入りの避暑地だった。‘夏の夜’に描か
れた木々を表す大きな緑のかたまりは国立美で魅了された‘橋の上の
少女たち’にもでてくる。

表現主義のムンクとフォーヴィスムは色彩を強く前面にだすという点
で結ばれている。アンドレ・ドラン(1880~1954)の‘チャ
リングクロスの橋’は目に心地いい明るい黄色と青の色使いと道路を
ぐっと曲げて動きを表現する構成にほとほと感心させられる。ドラン
もムンク同様、色彩の力が絵画に命を吹き込むことを教えてくれる。

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2019.06.27

美術館に乾杯! オルセー美 その七

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    ルドンの‘目をとじて’(1890年)

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     ルドンの‘長首の壺の草花’(1912年)

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    トーロップの‘欲望と充足’(1893年)

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    クリムトの‘樹木のなかのバラ’(1905年)

マドリードのプラドへ行けばエル・グレコやベラスケス、ゴヤといった
スペインの画家の作品がたっぷりみれるように、オルセーでは日本では
ほとんど縁がないフランス人画家に出会える。シャヴァンヌ、モローが
そうであり、ルドン(1840~1916)とも対面できる。

今でこそ、三菱一号館美が購入したルドンの大作が楽しめるが、はじめ
てオルセーを訪問したときは名前にまったく馴染みがなかった。5,6点
展示してあったなかで思わず足がとまったのがそれまでの‘黒’の絵画から
色彩に転じた‘目をとじて’。小品なのに目をとじた女性の内面性が感じら
れ強く印象に残っている。

そして、心はがはじけるほど夢中にさせる‘長首の壺の草花’にも200%
参っている。パステルの魅力が赤や黄色が輝く花びらから感じられ時間
を忘れてみてしまう。小さい頃から孤独な生活を送っていたルドンがどこ
で色に目覚めたのだろうか。結婚を機に脱抑制状態になり持ち前のカラリ
ストの天分が解放されたのかもしれない。不思議な画家である。

ヤン・トーロップ(1858~1928)はインドネシアのジャワで生ま
れたオランダの画家。これまで、その作品をまとまったかたちでみたのは
クレラー=ミュラー美くらいしかない。‘欲望と充足’はグラフィカルな作品
で平板な人物表現や柔らかな細い曲線をみると現在東京都美に再現されて
いるクリムトの‘ベートベン・フリーズ’を連想する。

そのクリムトの‘樹木の中のバラ’がみれるのもオルセーのすごいところ。
これは1905年から1910年の間に描かれた10点の風景画のひとつ。
正方形の画面は点描画風に緑でうめつくされている。少し離れてみると豊
かな色彩をたたえたバラの美しさが浮き上がってくる。クリムト展
(~7/10)にでている風景画がまたみたくなってきた。

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2019.06.26

美術館に乾杯! オルセー美 その六

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   バーン=ジョーンズの‘運命の女神の車輪’(1883年)

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    クノップフの‘マリア・モノン’(1887年)

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       ティソの‘舞踏会’(1885年)

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    サージェントの‘ラ・カルメンシータ’(1890年)

オルセーをまわっていると予想外の絵に出くわすことがある。それが関心を
寄せている画家のものだと足が思わずとまりいい気分になる。ラファエロ
前派のバーン=ジョーンズ(1833~1898)の‘運命の女神の車輪’は
そんな作品。これは画家のトップ5に入る傑作。短冊のような縦長の画面に
は中央に短縮法で描かれた大きな車輪がおかれ左に運命の女神、そして右
には裸の男性が3人車輪を背にしてまわっている。この人物配置がとても
ユニークなので強く印象に残る。

ベルギー象徴派のクノップフ(1858~1921)の作品はベルギー以外
ではなかなかみる機会がない。アメリカの美術館やロンドンのナショナル
ギャラリーでお目にかかった記憶がない。でも、オルセーにはこの‘マリア・
モノン’がある。クノップフ独特のとても静かでどこか沈んだ感情がただよ
う肖像画だがじわじわ惹かれていく。

社交界で一際目立つ美貌の女性にスポットをあてた‘舞踏会’を描いたジェー
ムズ・ティソ(1836~1902)はフランス西部の街ナントの出身。
両親が高級婦人服の仕立屋を営んでいたので幼いころからいいドレスを見慣
れていた。だから、このモデルを華やかな装いで輝かせるのはお手のもの。
シルクのサテンのドレスだけでなく髪飾りや手にする扇まで黄色尽くし、
これほど黄色の力に幻惑される女性画はほかにない。

ボストン生まれのサージェント(1856~1925)は一生つきあってい
こうと決めている画家のひとり。日本で回顧展が開かれることを強く願って
いるが、まだ実現していない。同じくアメリカ人のホイッスラー(1834
~1903)がロンドンを中心に活躍したのに対して、サージェントはパリ
で上流階級の女性の肖像画を描いて一世を風靡した。このスペインのバレ
リーナ、カルメン・ドセの肖像もすばらしい出来映え。堂々とした姿が圧倒
される。

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2019.06.25

ビッグニュース! 鏑木清方の‘築地明石町’がでてきた

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     鏑木清方の‘築地明石町’(1927年)

今日の朝日の夕刊に嬉しい記事が載った。なんと、長らく所在不明だった
鏑木清方(1878~1972)の‘築地明石町’がでてきた!東近美はこの
清方の代表作をほかの2点‘新富町’、‘浜町河岸’(ともに1930年)と
一緒に個人から購入したという。そして、今年の11/1~12/15まで
特別公開されるとのこと。東近美、エライ!拍手々。

鏑木清方と上村松園(1875~1949)は女性画の名手として特別の
存在。これまで二人の回顧展が開かれるときはすべて足を運んできた。
だから、画集に載っている名画はおおよそ目のなかに入った。ところが、
1点どうしても会えなかった作品がある。それが今回姿を現してくれた
‘築地明石町’。

絵の存在を知ったのは1989年、日本橋三越で開かれた‘昭和の日本画
100選’展(朝日新聞主催)。本物をみたのではなく図録に載った図版。
この絵は1975年の展覧会に出品されたあと所在がわからなくなった
のでこの‘100選’展でも展示はなし。その後清方の展覧会があるたびに
ひょっとして登場するかなと期待し続けてきたが、出展の気配はまった
くなし。そのため、今はもうでてこないのではないかと90%諦めモード
だった。

じつはこのとき選ばれた100の日本画をずっと追っかけてきた。現在
まで運良くお目にかかれたのは88点。これだけ多くのいい絵と対面で
きたので満足度はかなり高い。でも、まだ12点残っており、そのなか
にずっと々みたくてしょうがない‘築地明石町’が含まれている。でも、
あと4ヶ月もすればこの美しい夫人とも会える。公開が待ち遠しい。

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2019.06.24

美術館に乾杯! オルセー美 その五

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    クールベの‘オルナンの埋葬’(1850年)

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    クールベの‘雷雨のあとのエトルタの断崖’(1870年)

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    ホーマーの‘夏の夜’(1890年)

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    ホイッスラーの‘画家の母親’(1883年)

画家が描いた作品をどっと集めた回顧展を一度体験するとその画家との距離
が一気に縮まる。遭遇する回顧展は国内でも海外でもいいのだが、海外の
ブランド美術館で開かれたものだとやはりラインナップの質量がぐんとハイ
レベルになるので大きな感動が得られる。2008年パリ旅行で偶然お目に
かかった大クールベ展(グラン・パレ)には大勢の人が押し寄せ入館するの
に2時間もかかった。

目と鼻の先のオルセーからも自慢のクールベ(1819~1877)のコレ
クションがどどーんと出品され、目玉作品である大作‘オルナンの埋葬’と
‘画家のアトリエ’の前では大きなひとだかりができじっくり見れないほど。
クールベは力強いリアリズムを感じさせる肖像画、風俗画、風景画をたくさ
ん描いた。また、静物画や動物画にも魅了されるのがいくつもある。

そのなかから2点に絞るのは苦労するが、横6mもある‘オルナンの埋葬’はど
うしても外せない。埋葬の参列する人たちはクールベの故郷オルナンの住民
で黒い衣装に身をつつみ画面に隙間ができないほど体を寄せ合うように埋葬
に立ち会っている。いろんな風俗画をみてきたが、葬儀をモチーフにした
ものはこの絵しか思い出せない。珍しい絵なので参列者をついひとり々じっ
くりみてしまう。

風景画のお気に入りは‘雷雨のあとのエトルタの断崖’。印象派のモネはエト
ルタの風景を数多く描いたので、奇岩のイメージはモネとくっつくがどっ
こいクールベのエトルタもすばらしい。この白い断崖は石灰岩の一種である
チョークでできている。モネのファンでもありクールベにも執着している
のでこの奇岩をなんとしても目のなかにいれたい。

2015年、ボストン美を久しぶりに訪問しアメリカ人画家、ホーマー
(1836~1910)の‘見張り’をみた。長く追っかけておりようやく
願いが叶った。荒々しい海景画を得意としたホーマーという画家を知ったの
はオルセーで‘夏の夜’をみたのがきっかけ。激しい波が打ち寄せる浜辺で
2人の女性が手をとりあい気持ちよさそうに踊っている。大きくゆれる波に
映る明るい月の光がじつに美しい。この絵がトリガーになり後にアメリカの
美術館で楽しいホーマー巡りが実現した。

ホイッスラー(1834~1903)は本籍地アメリカ、現住所イギリス
・ロンドンの画家。そして、日本の浮世絵からも大きな影響を受けている。
‘画家の母親’は2014年日本にやって来た。この絵がとくべつ印象深いの
はイギリスの喜劇俳優が扮するミスター・ビーンの映画にでてくるから。
そのため、ホイッスラー、椅子に座った横向きの母親、ミスター・ビーン
のトライアングルの結びつきが脳のなかにできあがっている。絵画とは
いろんな関係の仕方がある。

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2019.06.22

美術館に乾杯! オルセー美 その四

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    ルパージュの‘干し草’(1877年)

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    ボヌールの‘ニヴェルネ地方の耕作’(1849年)

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    ブルトンの‘落穂拾いの召集’(1859年)

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    カザンの‘一日の仕事の終わり’

オルセーへ何度か足を運んでいると、フランスの農民画家はバルビゾン派の
ミレー(1814~1875)だけではないとわかってくる。自然主義の
ルパージュ(1848~1884)の‘干し草’は絵の前に立つ回数が増えるに
つれ長くみるようになった。農村では仕事のあいまの休憩はそこいらの地べ
たときまっている。手と足をだらんと前にのばしほっとするような表情をみ
せる若い女性が目に焼きついている。昨年5月コペンハーゲンのニューカー
ルスベア美でルパージュの‘乞食’という大きな絵をみた。たいした画家だと
いう認識が強くなっている。

ローザ・ボヌール(1822~1899)は動物画を得意とした女性画家。
重量感のある牛たちが農地を耕す様子が生き生きと描かれている‘二ヴェルネ
地方の耕作’に大変魅了されている。昔は日本の農村でもこんな光景がみら
れたが、今はもうみれないだろう。このボヌールという画家の作品はオルセ
ー以外でみたことがない。ほかに描かれた動物は?やはり牛とくれば馬か。

ブルトン(1827~1906)の‘落穂拾いの召集’は2003年、
Bunkamuraで開催されたミレー展に出品された。ミレーの同名の絵とちがっ
て、ここには大勢の農婦たちが集まっている。そのなかには若い娘もいる。
そのなかで視線が集中するのは中央の3人。なんだかオペラの舞台で人々が
静々と行進する場面をみているような感じ。ちょっと硬い雰囲気なので落穂
拾いをつい構えてみてしまう。当時サロンではこういう画風が高く評価さ
れた。

シャヴァンヌ(1824~1898)の‘貧しい漁夫’とイメージがかぶるの
がカザン(1841~1901)の‘一日の仕事の終わり’。赤子に乳をやる
妻を無言でいたわる農夫の姿が心を打つ。1回目のオルセーではまったく
みたという実感がなかったが、日本で立ち尽くしてみていた。この寡黙な
夫婦の立ち姿は農民の厳しい暮らしを如実に物語っている。

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2019.06.21

美術館に乾杯! オルセー美 その三

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    ミレーの‘晩鐘’(1857~59年)

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    ミレーの‘落穂拾い’(1857年)

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    コローの‘朝、ニンフの踊り’(1850年)

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    ドービニーの‘収穫’(1851年)

西洋絵画に関心がいくと知ってる画家の数がだんだん増えていくが、とく
に日本で人気の高い画家については思い入れが深くなる。ミレー
(1814~1875)はそのひとり。幸いなことに山梨県美に傑作‘種を
まく人’(1850年)にあることも多くの人がミレーを愛する理由になっ
ている。そして、オルセーに足を運ぶと美術の教科書に載っているあの
有名な‘晩鐘’と‘落穂拾い’に対面できる。

これほど心が癒される農民画はほかにない。ミレーのこの2点をみるたび
につくづくいい絵を残してくれたなと思う。‘晩鐘’はどういうわけかドヴ
ォルザークの♪♪‘家路’のメロディーは聴こえてくる。当時の農民たちは
貧しかっただろうが、一日の仕事を終え感謝の祈りを捧げる夫婦の姿には
暗いイメージはなくとても気高くみえる。まるで宗教画をみているよう。

‘落穂拾い’に魅せられるのは構図がすばらしいから。手前で腰をまげて
落穂を拾う3人の農婦と背後にみえる大きな積み藁が呼応している。農婦
と積み藁の並びが斜めの線となる画面に動きをもたらし、水平の地平線の
安定感と柔和に融合している。こういう農民画が誰にも描けそうだが、
これほど上手い構図はそう簡単にはつくれない。

‘朝、ニンフの踊り’はコロー(1796~1875)の出世作。霧がけむ
る北フランスの風景にインスパイアーされ銀灰色の光につつまれた抒情的
な風景画が誕生した。古典画でもギリシャ神話に登場するニンフが描かれ
ることは多いが、コローのように森という風景を大きな舞台にしてニンフ
たちが優雅な姿をみせることはない。風景が主役となっている近代的な
神話画は人々の心を鷲づかみにした。

ドービニー(1817~1878)の‘収穫’も出来のいい農民画。ミレー
のように広々とした農地に実った作物をこれから収穫する。作業をしてい
のは女性一人だが、種をまくときと違ってうまく育ったものを刈り入れる
のだから精がでるだろう。

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2019.06.20

美術館に乾杯! オルセー美 その二

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     モローの‘オルフェウス’(1865年)

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    シャヴァンヌの‘海辺の娘たち’(1879年)

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    シャヴァンヌの‘貧しい漁夫’(1881年)

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    ドーミエの‘洗濯女’(1863年)

今度の日曜(23日)までパナソニック汐留美で行われている‘モロー展’には
モロー(1826~1898)の代表作‘出現’が展示されている。この絵をみ
て画家に嵌った人はオペラ座の近くにある邸宅に足を運びもっとたくさんの
作品と遭遇し感動の袋を膨らませるかもしれない。では、パリ観光にでかけ
た普通の絵画ファンの場合、モローのどの絵が印象に残るだろうか。

多くの観光客が押し寄せるオルセーでもしっかりモローが展示してある。
そのなかでとびぬけていいのが‘オルフェウス’、まずドッキリするのが美しい
女性が無表情でみつめているオルフェウスの首、ギリシャ神話の話がこんな
じっとみずにはおれない大胆な絵画表現に変容したことがスゴイ。

モローのインパクトに較べるとシャヴァンヌ(1824~1898)は分が
悪い。1回目の訪問では確かにこの画家の存在は薄かった。‘海辺の娘たち’は
弱い色調のせいでさらっとみてしまうところがある。音が消えたような世界
を感じさせる‘貧しい漁夫’も同様であまり長くみず次の展示室へ進んだ記憶が
ある。だから、フランス人なら誰もが知っているシャヴァンヌに接近するの
に時間がかかった。

ドーミエ(1808~1879)はオルセーで強く印象に残っている画家の
ひとり。目を奪われるのは粘土でつくった政治家たちの小さな胸像。個性の
ある36人が社会風刺画的に毒々しく表現されている。ドーミエはまさに
人間観察の達人。風俗画でお気に入りは小さな子どもが石段をヨイショと上
がる様がとても可愛い‘洗濯女’。

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2019.06.19

美術館に乾杯! オルセー美 その一

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     オルセー美

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     館内

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    アングルの‘泉’(1856年)

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    カバネルの‘ヴィーナスの誕生’(1863年)

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    ブーグローの‘ヴィーナスの誕生’(1879年)

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  シャセリオーの‘ローマの浴室(テピダリウム)’(1853年)

海外のブランド美術館で日本と相性がいい美術館がいくつかある。例えば、
アメリカのボストン美やロシアのエルミタージュ美は何度も名画展が開か
れている。そして、パリのオルセー美やルーヴル美も名品を気前よく貸し
出してくれる。オルセーは大規模改装工事があったため2010年に4回
目の展覧会が国立新美で行われた。

わが家は2010年以降パリ旅行が途絶えているため、新オルセーの展示
スタイルがどう変わったのかはTVの美術番組で流れた断片的な情報を知る
のみ。早く新オルセーを把握しようと思いつつ、予定の旅行オプションが
しっかりできているためパリがちょっと遠い。今は作品を十分みたので
そのうちにという気分になっている。

印象派以前の絵画で強く印象に残る作品というとやはりアングル
(1780~1867)の‘泉’、美術の教科書でみたこの裸婦が強烈に胸
に刻まれているのではじめて会ったときは感慨深かった。アングルのイメ
ージはルーヴルにある‘グランド・オダリスク’よりもこの絵によってつく
られている。

2010年の展覧会のときやって来たカバネル(1823~1889)
の‘ヴィーナスの誕生’ははじめのころは横たわるヴィーナスと海の波の
融和がいまひとつしっくりこなかったが、だんだんそれには目をつぶり
肌の白さや可愛い天使を楽しむようになっている。

同じテーマを描いたブーグロー(1825~1905)の大きな絵は
ローマのヴィッラ・ファルネージにあるラファエロの‘ガラテアの勝利’が
すぐ頭に浮かぶ。また、このヴィーナスがアングルの‘泉’を意識している
のも明らか。カバネルにしろブーグローにしろオルセー以外の美術館で
お目にかかることはないので、目を惹く作品はずっと記憶に残る。

アングルの弟子なのに途中からドラクロワの色彩にのめりこんでいった
シャセリオー(1819~1856)の‘’ローマの浴室(テピダリウム)
はとても賑やかな一枚。絵の題材は古代ローマの風俗をとりあげている
が、ここにいる女性たちはオリエンタリズムの雰囲気を漂わせている。


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2019.06.18

ダ・ヴィンチの自画像!

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     ‘ルカーニアの肖像画’(NHK・BS1ダヴィンチ 幻の肖像画より)

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    肖像画が発見された南イタリアのサレルノ

先月、NHK・BS1で‘ダ・ヴィンチ 幻の肖像画’という美術番組
(1時間43分)が放送された。BS1はときどきこういう美術ドキュメ
ントものをするが、今回は運良くアンテナに引っかかった。2018
年フランスのTV局の制作でNHKやドイツも参画している。

2008年にイタリアの美術史家はこの古い肖像画を発見した。すぐ
ダ・ヴィンチと直感したという。これを所蔵していたのはサレルノに
住むコレクターで‘ガリレオの絵’と思っていたようだ。こういう情報は
まったく入ってこなかったが、この美術史家は修復士らとプロジェク
トつくってこれがダ・ヴィンチ(1452~1519)が描いた自画
像かどうか科学的な調査を入念にしていた。

確認することはいろいろある。使われた顔料、絵の土台であるパネル
板の材質の特定(ポプラと判明)、木が存在した時期(炭素14法に
よる年代測定)、弟子のメルツィが1515年頃描いたダ・ヴィンチ
の肖像画との比較、‘モナ・リザ’で使われたスフマートの技法との
関連性、そして画面に残された指紋の分析。

‘ルカーニアの肖像画’と名付けられたこの絵はこうした分析によって
ダ・ヴィンチが15世紀の末から16世紀の初頭にかけて描いた自画
像という可能性が高くなってきた。ダ・ヴィンチがちょうど50歳の
頃である。現在、修復されて‘古代ルカーニア博物館’におさまっている。
ルカ―ニアはサレルノの古い呼び名、俄然みたくなった。どこかの
美術館が動いてくれるとありがたいのだが、、果たして。

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2019.06.17

美術館に乾杯! ルーヴル美 その二十五

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     カノーヴァの‘アモルとプシュケ’(1793年)

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   ピュジェの‘クロトーナのミロン’(1671~82年)

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   クストゥー1世の‘マルリーの馬’(1739~45年)

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     ‘シュジェールの鷲’(1147年以前)

ドゥノン翼1階に展示されているイタリア彫刻にミケランジェロの‘瀕死の
奴隷’・‘囚われの身’同様、大きな感動を覚える作品がある。新古典主義の
カノーヴァ(1757~1822)の‘アモルとプシュケ’。目を惹くのは
アモルの翼、体、そして下のプシュケの裸体がX字のように絡む斬新な
造形。これまでカノーヴァはローマのヴァチカン博や現在、クリムト展
(東京都美)に出品されている‘女の生の三段階’を所蔵している国立近代
美でもお目にかかったが、見栄えのする作品ならこれが一押し!

ヘレニズム期につくられた‘ラオコーン’を連想するピュジェ(1620
~1694)の‘クロトーナのミロン’はフランスのバロック彫刻の傑作。
これはルイ14世の依頼で制作されヴェルサイユ庭園に飾られた。宮廷人
たちは度肝を抜かれたにちがいない。ミロンは古代ギリシャのオリンピッ
クのレスリング競技で6回も優勝した強者。老いたとはいえライオンに
敗けられるかと戦ったが手を噛まれ形勢不利。苦痛にゆがむリアルな表情
と切迫感をます動的表現に目が釘づけになる。

クストゥー1世の‘マルリーの馬’も一度見たら忘れられない作品。いきり
立つ野生馬をなんとか制する馬丁の姿がカッコいい。神話などを題材に
とるのとちがい、庶民の生活になかでお目にかかる光景を彫刻にすると
ころが革新的。ピュジェの作品とこれはリシュリュウ翼の半地階の目玉と
して観客の注目を集めている。

フランスの美術工芸品でピカ一なのが‘シュジェールの鷲’。これはサン・
ドニ修道院の院長シュジェールがつくった豪華な典礼用の水差し。赤紫
斑岩でできた壺に金銀細工を施し威厳のある鷲の姿に変容させている。
赤紫と黄金のコンビネーションがすばらしい。

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2019.06.16

美術館に乾杯! ルーヴル美 その二十四

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     ‘ミロのヴィーナス’(前130~前100年)

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     ‘サモトラケの二ケ’(前190年)

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     ‘ランパンの騎士’(前550年)

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     ‘夫婦の棺’(前520~前510年)

ルーヴルの2大看板は絵画の‘モナ・リザ’と彫刻の‘ミロのヴィーナス’。
西洋でつくられた彫刻のなかで知名度は‘ミロのヴィーナス’が一番有名かも
しれない。両腕が無い彫刻なのにそれがまったく気にならないのは愛と美
の女神ヴィーナスとしては完璧に美しい形をしているから。小さな頭と
S字を描くような均整の取れた理想的なプロポーション、このヴィーナス
を目に焼きつけたらほかの女性の彫像がみれなくなる。

ドゥノン翼2階への階段をのぼりきったところに飾られている‘サモトラケ
の二ケ’は船の舳先に降り立つ勝利の女神ニケを表現したもの。翼の動感
描写や風に吹かれて衣装が体に巻きつくさまは力強く躍動感に満ちたヘレ
ニズム期の彫刻の特徴。これをみると映画‘タイタニック’のあの有名な
シーンが目に浮かび歌姫が歌う名曲が聞こえてくる。

アテネのアクロポリス博にたくさん展示されているアルカイックスマイル
の彫像がルーヴルでも楽しめる。頭の部分だけが本物の‘ランパンの騎士’、
アーモンド形の瞳と微笑みの表情がつくる典型的なアルカイックスマイル
は心をぐっと和らげてくれる。女性だけでなく男性もこんな笑う姿で描く
ことが流行った理由は何だったのだろう。

古代エトルリアでつくられた陶棺でも宴会用の寝椅子に横たわる夫婦は
アルカイックスマイルをみせている。ローマの博物館でも同じ姿をした
夫婦の棺をみたが、ルーヴルにも質の高いエトルリア・コレクションが
ある。流石、世界のブランド美術館。

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2019.06.15

美術館に乾杯! ルーヴル美 その二十三

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   ルーヴルへの入場口になっているガラスのピラミッド

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    ‘書記坐像’(前2600~前2350年)

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    ‘アメンヘテプ4世’(前1365~49年)

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   ‘監督官エビ・イルの像’(前2400年)

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   ‘バビロン王ハンムラビの法典碑’(前1792~前1750年)

ルーヴルには何度か訪れているが、古代文明の彫刻や美術工芸を一通りみた
のは最初と二度目のときだけ。そのあとは絵画の追っかけに専念したので、
今では美術品が展示されている場所や導線の流れがどうなっていたかは記憶
があやふや。

とはいっても、‘ミロのヴィーナス’や‘サモトラケのニケ’のような美術館の
至宝中の至宝などは忘れようがないし、それぞれの古代文明の発掘品のなか
で強い磁力を放っていたものは胸に深く刻まれている。古代エジプトでは目
の前に本人が座っているような感じの‘書記坐像’が強く印象に残っている。
顔がとても写実的なので4500年前のエジプト人は現在の人々とまったく
変わらないなと思ってしまう。一方、唇が厚く馬面の‘アメンヘテプ4世’は
本人をかなりいじくって神格化した姿にうつる。顔だけでなく女性のような
大きな腰にも違和感を覚える。

メソポタミア文明の展示室で思わず足がとまるのは石膏でつくられた‘監督官
エビ・イルの像’。フランス人形を連想させる大きな目が印象的。柔らかく
細工のしやすい石膏に施された綺麗なあご髭や腰から下の衣装の葉のような
模様に視線が釘づけになる。また、分厚い円筒帽を被った石像‘祈る王グデア
の像’にも魅了される。

そして、最大の見どころはメソポタミアを統一したバビロン王ハンムラビが
つくらせた‘ハンムラビの法典碑’。硬い玄武岩の表面に楔形文字がびっしり刻
まれた石柱の上部にはハンムラビ王(左)と神の姿が描かれている。歴史の
教科書にでてくる法典の碑を目の前にするとちょっと歴史力があがったよう
な気がしてくる。


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2019.06.14

美術館に乾杯! ルーヴル美 その二十二

Img_0001_82   コローの‘モントフォンテーヌの想い出’(1864年)

 

Img_0002_76     ドービニーの‘沼、ロンプレの近く’(1870年)

 

Img_0003_75      ミシャロンの‘滝、ティヴォリ’(19世紀初頭)

 

Img_86     フリードリヒの‘カラスの木’(1822年)

 

ルーヴルで絵画を見る場合、限られた鑑賞時間をドゥノン翼、リシュリュ
ウ翼、シェリー翼にどう割り振るかはあらかじめ決めておく必要がある。
そうしないと、作品の数が多いため一点々の見方が散漫になり感激度が薄
れる。ルネサンス絵画を中心にみるならメインストリートのドゥノン翼の
2階に居座るのが無難。団体ツアーで入館するときはだいだいこのコース
が多い。

フランスの画家が描いた作品を堪能するオプションを選択した方は動きま
わる範囲が広くなる。ドラクロワの‘民衆を率いる自由の女神’やダヴィッ
ドの‘ナポレオンの戴冠式’などをドゥノン翼の大展示室でみたあとはすぐ
シェリー翼の3階に移動し正方形の建物をぐるっと一周すると人気の
ラ・トゥール、華やかなロココ絵画やシャルダン、アングル、ドラクロワ、
ジェリコーのパート2が楽しめる。

コロー(1796~1875)の風景画がみれるのはピラミッドの入口の
前方にあたる部屋。2008年と2010年、ここをまわったはずなのに
詩情あふれる光景に心を癒される‘モントフォンテーヌの想い出’をみたと
いう実感がない。この絵をじっさいにみたのは2008年にあったコロー
展(西洋美)でのこと。ルーヴルではラ・トゥールの部屋からスタートし
たので、コローにたどり着いたころは鑑賞エネルギーが無くなっていた
のかもしれない。そうでなければ霞がかかる池の手前に描かれた枝ぶりが
しっかりした大きな木と幸せそうな母子を見逃すはずがないのだが、、

今月のはじめ、新宿でみたドービニー(1817~1878)の‘沼、ロン
プレの近く’は日本で開催された展覧会でお目にかかった。こうして師匠の
コローの絵と並べてみると画風がよく似ている。川の光景をとらえるの
はこういう横に長い画面がもってこい。なんだか川に沿って歩いているよ
うな気がする。

ミシャロン(1796~1822)の‘滝、ティヴォリ’は3年間ローマに
滞在しイタリアの自然を写実的に描く技術をみがいた成果がよく出てい
る作品。滝が勢いよく岩を流れ落ちる様子がダイナミックに描写されて
いる。海上の波の動きや川の水を描くのは大変難しいが、才能に恵
まれたミシャロンは水しぶきから立ち上る蒸気まで描いて驚かす。

ドイツ・ロマン派のフリードリヒ(1774~1840)の絵はドイツ
以外の美術館ではほとんどみることがないので、ルーヴルで遭遇した
‘カラスの木’は貴重な体験。退廃的な面と静寂をきわめる神秘的な雰囲気
が入り混じる画面はどこか気になる。フリードリヒ展にめぐりあうことを
密かに願っているが、今のところその気配はまったくない。

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2019.06.13

美術館に乾杯! ルーヴル美 その二十一

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     アングルの‘グランド・オダリスク’(1814年)

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   シャセリオーの‘風呂から上がるムーア人の女’(1854年)

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    ゴヤの‘ラ・ソラーナ女侯爵’(1795年)

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    コローの‘青い服の婦人’(1874年

‘動’のドラクロワ(1798~1863)に対する‘静’のアングル
(1780~1867)、ともにフランスを代表する画家として美術本に
は必ず登場する。アングルのもっとも有名な絵は‘グランド・オダリスク’。
はじめてルーヴルにやって来たときこの絵は‘モナ・リザ’や‘民衆を導く
自由の女神’とともに二重丸がつく必見名画だった。ルーヴルのような大き
な美術館で画家の代表作がみれるというのは特別な鑑賞体験である。

ぱっとみて振り向いた女性の胴が異常に長いという印象はなかった。それ
はベッドに横たえた体が大きな円におさまるように滑らかに曲がっている
から。解説文を読むと確かにそうだなとなるが、絵の前では興奮していた
こともあり、背骨の長さより女性の強い目力のほうが気になった。
そして、期待の絵の前では絹地のカーテンの精緻な描写をじっくりみる
余裕がなく視線はひたすら柔らかそうな裸体に張りついている。

16歳でパリの画壇にデビューしたシャセリオー(1819~1856)
のはじめての回顧展が2年前西洋美で開催された。これまでルーヴル所蔵
のものしかみてないので画業全体を知るにはいい機会だった。‘風呂から
上がるムーア人の女’は1846年に滞在したアルジェリアの体験がもとに
なっている。中央のムーア人の女の長い髪ときりっとしたまなざしが目に
焼きつく。シャセリオーが尊敬したドラクロワにも‘ハーレムのアルジェの
女たち’(1834年)があるが、なぜか風呂上がりのムーア人の女のほう
に惹かれる。

スペイン絵画が飾ってあるコーナーで立ち尽くしてみるのがゴヤ
(1746~1828)の‘ラ・ソラ―ナ女侯爵’、頭につけたピンクのリボ
ンが強く印象に残る。だが、どこか元気がない。彼女は絵ができあがった
あと38歳で病死した。美人薄命のとおりになった。

コロー(1796~1875)に開眼したのは2008年西洋美でおこな
われた大回顧展のおかげ。魅了される風景画にたくさんお目にかかったが、
もうひとつ心を揺すぶる女性の肖像画のことも忘れられない。その筆頭が
‘青い服の婦人’、現地でみた実感がなく日本で楽しむというのもおかしなこ
とだが、運良く回顧展にめぐりあいMy好きな女性画がまたひとつ増えた。

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2019.06.12

美術館に乾杯! ルーヴル美 その二十

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   ドラクロワの‘民衆を率いる自由の女神’(1830年)

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      ドラクロワの‘ダンテの小舟’(1822年)

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   ジェリコーの‘メデュース号の筏’(1819年)

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    ジェリコーの‘エプソンの競馬’(1821年)

フランス絵画の大作がずらっと展示されているドゥノン翼の2階へ足を運ん
でもっとも感激するのはロマン派のドラクロワ(1798~1863)が
7月革命を描いた‘民衆を率いる自由の女神’。三色旗を振りかざす女神が勢い
のある姿で力強く表現され、脇で短銃を上にあげる少年と左にいる銃をもつ
黒い帽子の男(ドラクロワの自画像)が女神と一緒につき進む。革命の熱気
をこの三角形の構図に凝縮させる構成力が見事。この絵をみるたびに自由
を勝ちとるフランスの民衆のパワーは本当にスゴイなと思う。

1822年ドラクロワがサロンにはじめて出品した‘ダンテの小舟’もお気に
入りの作品。小舟に乗るダンテとウェルギリウスは地獄に落とされ奇怪な
風貌をした亡者たちに囲まれ恐怖心がつのる。ダンテだけでなく見てるわれ
われもこんなおぞましい光景に何度も遭遇しないようウエルギリウスに手を
あわせてしまう。

フランスのロマン主義絵画はドラクロアより7歳年上のジェリコー(1791
~1824)からはじまった。心を打つのは傑作‘メデュース号の筏’。‘ダン
テの小舟’はこの絵の構図や色調から影響をうけている。画面は縦4.9m、
横7.1mの大きさ。ご承知のように1816年実際におこったフランス
海軍の海難事故にもとずいて漂流を余儀なくされた筏の乗組員の情景が描か
れている。筏の上にいるのは死体を含めて20人。はじめは147人いたが、
救助されたときは15人しか生存してなかった。こういう時事ネタを絵に
するというのはジェリコーの画家としての感性。まさに腹にしみる絵とは
このこと。

競馬の光景を絵にした画家というとすぐドガやマネが思い浮かぶがジェリコ
ーの‘エプソンの競馬(1821年のダービー)’も忘れられない。前足と後
足が水平にのびるほど疾走する馬の躍動美がすばらしい。幼少のころから馬
が好きだったジェリコーはなんと落馬して32歳で亡くなった。惜しい!

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2019.06.11

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十九

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    ダヴィッドの‘ナポレオン1世の戴冠式’(1807年)

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    ダヴィッドの‘レカミエ夫人の肖像’(1800年)

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     ダヴィッドの‘ホラティウス兄弟の誓い’(1785年)

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  グロの‘ペスト患者を見舞うナポレオン’(1804年)

ドゥノン翼の2階がルーヴルのなかでは人気のフロア。お目当てのダ・ヴィ
ンチの‘モナ・リザ’をみたあと圧倒的な大画面に息を呑むのがダヴィッド
(1748~1825)の代表作‘ナポレオン1世の戴冠式’。縦6.9m、
横9.3mの巨大なキャンバスに描かれているのは1804年、ノートル
ダム寺院で行われた実際の戴冠式の様子。といっても、ナポレオン
(1769~1821)が妻のジョセフィーヌに冠を授ける場面。これは
ナポレオンが教皇から冠をかぶせられるのを嫌ったため。そのため、権力
をみせつける構成になった。後ろにいる教皇は右手をあげ祝福のポーズを
とっている。

ダヴィッドの肖像画で200%魅了されるのが‘レカミエ夫人の肖像’。
彼女の美貌は多くの男たちを虜にし社交界の花形だった。皇帝ナポレオ
ンもいい寄ったが彼女の答えは‘ノン’。そのことで後に‘危険思想の持ち主’
として一時パリから追放される。権力者の報復は容赦ない。

プッサン同様ダヴィッドは歴史画の名手。古代ローマを題材にした‘サビニ
の女たちの略奪’と‘ホラティウス兄弟の誓い’が目を惹く。日本には毛利
元就が3人の息子にいいきかせた‘3本の矢’という話があるが、‘ホラティ
ウス’はこれと似たような感じ。3兄弟は剣をもつ父親に敵国の兄弟に打ち
勝つことを誓う。男たちはこんなに勇ましいのに、母親や姉妹たちは別れ
を嘆き悲しんでいる。いつの世でも戦争は女性たちをつらいめにあわせる。

アントワーヌ=ジャン・グロもナポレオンを多く描いた。‘ヤッファのペス
ト患者を見舞うナポレオン’、‘アイラウのナポレオン’が印象深い。いずれ
も病気にかかった人々や戦い傷つき死に至った兵士の痛ましい姿がドラク
ロワ風に重っ苦しく描かれている。


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2019.06.10

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十八

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     ブーシェの‘ディアナの水浴’(1742年)

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     フラゴナールの‘かんぬき’(1780年)

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     シャルダンの‘食前の祈り’(1740年)

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     シャルダンの‘桃の籠’(1768年)

フランスのベルサイユ宮殿物語からすぐ思い浮かぶ人物は太陽王のルイ14
世、ルイ15世の籠姫ポンパドゥール夫人、そして首を刎ねられたマリー・
アントワネット。18世紀、宮廷文化に花開いたロコロ絵画の寵児となった
ブーシェ(1703~1806)のパトロンだったのがポンパドゥール夫人。
もちろんルーヴルにも夫人の肖像画が飾られているが、ブーシェの作品で
最も惹かれるのは‘ディアナの水浴’。

裸婦図や女性画の鑑賞には大きなエネルギーを割いてきたが、このディアナ
は眩しいくらい甘美で優しい。ブーシェの描く女性はとてもピュアな感じで
天真爛漫な感情に満ち溢れている。官能的なイメ―ジではない。ギリシャ
神話にでてくる狩人の女神ディアナは本来怖い存在。水浴の場面を王子アク
タイオンに見られたのに逆上し、王子を牡鹿に変えてしまう。でも、この絵
からはそんな激しいリアクションがおこることは想像もできない。だから、
左足を右の太ももにのせて従者をみつめるディアナをじっとみてしまう。

ブーシェの30年後に生まれたフラゴナール(1732~1806)はロン
ドンのウォレス・コレクションでみた代表作‘ブランコ’(1767年)が
一生の思い出。この画家は愛に燃える男女を芝居の一場面を演じている役者
のように描くのが得意。若い貴族がブランコを揺すぶっている美女に下から
求愛のポーズをみせたり、‘かんぬき’ではベッドの前で寄りかかる女性を左手
でぐっとかかえながら右手はぬかりなくドアにかんぬきをかけている。
これほど芝居がかっているとつい心がザワザワしてしまう。絵画にはいろん
楽しみ方がある。

9年前三菱一号館美でワールドクラスのシャルダン(1699~1779)
の回顧展が開かれた。このときルーヴルからも出品された。お気に入りは
‘食前の祈り’。立ち姿のお母さんが2人の娘をみつめるやさしいまなざしが
じつにいい。同世代のブーシェが‘ディアナの水浴’やポンパドール夫人の
肖像を描いていた頃、シャルダンはこんな庶民の生活のひとこまに筆を走
らせていた。

静物画でぞっこん参っているのはカラヴァッジョとシャルダンとセザンヌ。
シャルダンの‘桃の籠’も大変魅了される。コップの水とテーブルの端から下
に落ちそうにみえるナイフの質感描写がどこかカラヴァッジョを連想させる。

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2019.06.09

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十七

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     リゴーの‘ルイ14世の肖像’(1701年)

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     ヴァトーの‘シテール島の巡礼’(1717年)

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     ジェラールの‘プシュケとアモル’(1798年)

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     ピコの‘アモルとプシュケ’(1817年)

肖像画はときにその人物の権力そのものになる。それを実感させるのが
リゴー(1659~1743)が描いた‘ルイ14世の肖像’。こういう絵は
たいてい馬鹿デカく、画面の高さは2.77mある。だから、すっと通り
過ぎるわけにはいかず、足の先から頭のてっぺんまでしげしげとみてしま
う。太陽王はバレエを習っていたので若者のようにきれいな足に描かれて
いる。そして、王は人と会うときはいつも頭には15センチあるカツラを
かぶり11センチの靴を履いていた。

ヴァトー(1684~1721)はフランス絵画のなかでは二重丸がつく
画家。新しいジャンル‘雅宴画’の象徴ともいえるのが‘シテール島の巡礼’。
‘西洋絵画名画シリーズ’には欠かせないピースだから、はじめてのルーヴル
では夢中になってみた。シテール島は恋人さがしで若者たちが巡礼すると
ころ。よくみるとすでにカップルはだいぶできている。この絵だけでな
ヴァトーの絵ではどういうわけか宴を楽しむ男女たちの半数が後ろ向きに
描かれている。そのため、皆がいる森などの空間が広くみえる。うまいこ
とを考えた!

新古典主義のジェラール(1770~1837)の‘プシュケとアモル’は
小学6年の子どもが演劇会の舞台でポーズをとっている感じ。目がむかう
のがアモルのリアルに描写された翼と美貌が際立つプシュケの頭の上に
飛んでいる蝶々。これをそのまま大理石彫刻にすると注文が殺到するのは
まちがいない。

これに対し、同じモチーフで描いたピコ(1786~1868)の絵は
プシュケ物語をよりイメージできる構成になっている。ここではアモルは
眠っているプシュケの寝床を気付かれないように離れるという設定。ジェ
ラールの描いたプシュケに較べるとピコは官能性を強めている。これでは
少年ぽいアモルとのあいだには愛が生まれようがない。バランスが悪す
ぎる。


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2019.06.08

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十六

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     レンブラントの‘バテシバの水浴’(1654年)

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     レンブラントの‘皮を剥がれた牛’(1655年)

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     フェルメールの‘レースを編む女’(1670年)

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    ハルスの‘リュートを弾く道化者’(1626年以前)

ヨーロッパやアメリカの名の知れた美術館を訪ねるとレンブラント
(1606~1669)に出会うことが多い。だから、美術本に載って
い主要作品はかなりみることができた。ボス、ブリューゲル、カラヴァッ
ジョほどコンプリートにこだわっていないが、今はあと3点くらいで済
マークがつくところまできている。

ルーブルには7点くらいあるが、強く印象に残っているのは‘バテシバの
水浴’、レンブラントが描く裸婦は光が部分的にあたった暗い空間にその肢
体を浮き上がらせるという演出によって物語性を深めている。ダヴィデ王
にみそめられたバテシバの姿はどこか運命の流れに身をまかすしかないと
いう諦めの境地。この感情表現がすばらしい。

‘皮を剥がれた牛’はレンブラントの作品のなかでは異色の一枚で、強い衝撃
波が体にむかってくる。レストランの厨房を連想させる解体された牛に目
が向いたのは何がきっかけだったのだろうか。この絵とすぐ重なる絵があ
る。それはエコール・ド・パリのスーチンが描いた‘皮を剥がれた野うさ
ぎ’や同じように棒につるされた‘牛肉と子牛の頭’、スーチンはレンブラント
の絵をみたにちがいない。

昨年12月から今年1月にかけて上野の森美で開催されたフェルメール展
には大勢のファンが押し寄せた。今回はルーブルの2点はお呼びがかから
なかった。小品の‘レースを編む女’と‘天文学者’が飾られているのは館内で
はあまり混んでないリシュリュウ翼の3階のオランダ絵画のところ。静か
にじっくりみれるのでフェルメール(1632~1675)の名画をみる
にはうってつけの鑑賞空間である。‘レース編みの女’で目が点になるのは
クッションからでている糸の色彩。粘り気をおびた白と赤が異様に輝いて
いる。

古典絵画では悲しんだり苦痛に顔をゆがめる人物はでてきても笑っている者
はまず描かれない。このスタイルに変化がおとずれるのはカラヴァッジョが
笑う少年をアモールに見立てて描いた‘勝ち誇るアモール’あたりから。これに
続いたのはオランダのフェルネールやフランス・ハルス(1580~
1666)たち。‘リュートを弾く道化者’ははじける笑顔がミラーニューロン
を刺激する。

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2019.06.07

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十五

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    エル・グレコの‘キリストの磔刑’(1579年)

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   ベラスケスの‘王女マルガリータの肖像’(1654年)

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     リベラの‘羊飼いの礼拝’(1650年)

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     ムリリョの‘乞食の少年’(1650年)

マドリードのプラドへ行きエル・グレコやベラスケス、ゴヤらを存分にみる
とほかの国の美術館でスペイン絵画はスルーしてもいいかなという気になる。
でも、天才画家たちの作品は貪欲にみたほうがいい。とくに、ルーヴル、
メトロポリタン、ロンドンおよびワシントンのナショナル・ギャラリーのコ
レクションは数ではプラドには叶わないがとてもいい作品が目を楽しませて
くれる。

ルーヴルのエル・グレコ(1541~1614)は2点、大作の‘キリストの
磔刑と2人の寄進者’はプラドにいるような感じ。エル・グレコの58年後に
生まれたベラスケス(1599~1660)はお得意の‘王女マルガリータの
肖像’に大変魅了される。マルガリータはご存知のように代表作の‘ラス・メニ
ーナス’をはじめとして何枚も描かれた。‘ラス・メニーナス’は5歳のときの
ものだが、これは3歳のマルガリータ。この頃が一番かわいい。ウィーン
美術史美には同じく3歳の肖像画があるが海外にはなかなか貸し出さない。
日本に来たのは一度だけ。何度も出品されるのは8歳の‘青衣の王女マルガリ
ータ’のほう。今秋また登場する。

バレンシア生まれのリベラ(1591~1652)は17世紀初頭にイタリア
に渡りカラヴァッジョの影響を強くうけたあとナポリを拠点にして宗教画を
描いた。とくに惹かれるのはとびっきりの美女が扮した聖母マリアと幼子
キリストが描かれた‘羊飼いの礼拝’。プラドにある‘マグダラのマリア’同様、
その美しさに200%KOされる。

ラファエロとともに‘聖母子の画家’と呼ばれるムリリョ(1617~
1682)はベラスケスと同じセビリアの出身。プラドにあるすばらしい
‘無原罪のお宿り’や聖母子の絵に心を奪われ続けているが、セビリアの貧し
い子どもたちを描いた風俗画にもぐっとくる。その最高傑作が左から差し込
む強い光が腰を下ろした丸坊主の少年にあたる‘乞食の少年’。この絵をみて
ムリリョが心根の優しい人物であることがいっぺんにわかった。

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2019.06.06

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十四

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   ルーベンスの‘マリー・ド・メデイシスのマルセイユ上陸’(1625年)

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    ルーベンスの‘フランドルの村祭り’(1638年)

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     ヴァン・ダイクの‘チャールズ1世’(1635年)

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     ヴァン・ダイクの‘若い貴族の肖像’(1637年)

ルーヴルの絵画を展示している部屋で最も人が集まっているのはダ・ヴィン
チの‘モナ・リザ’などがあるドゥノン翼の2階。ここの賑わいに較べると
ピラミッドの入口の向こう側にあるリシュリュウ翼の混雑度はぐんと落ちる。
そのため、マイペースでじっくり作品と対面できる。ルーベンス(1577
~1640)の24枚の連作‘マリー・ド・メディシスの生涯’はこのリシュリ
ュウ翼の3階にドドーンと展示されている。

バロックの王、ルーベンスの場合、大きな画面の絵を見ないとルーベンスの
絵を見たという気がしない。その点、この連作はどれも申し分ない大きさな
ので気分は否が応でも昂ぶる。‘マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸’は
有名な一枚。アンリ4世に嫁ぐためフィレンツェから到着した場面が描かれ
ている。視線が向かうのは青いマントの人物(擬人化されたフランス)に
迎えられるマリーよりも祝典に集まり躍動する海神やニンフたちのほう。
とびちる波の間にいる豊満な肉体の裸婦と逞しい筋肉をもつ男たちの競演は
まさにルーベンスの人体描写。

ルーベンスが晩年力をいれて描いたのが農民画。これは敬愛していた故郷の
先輩ブリューゲルの影響。多くの農民が登場する‘フランドルの村祭り’はお酒
も入り男も女もだいぶはめをはずし祭りを楽しんでいる。画題がギリシャ
神話やキリストの物語から素朴な農村の光景に移っても踊りなど人の動きを
描写するのはお手のもの。その描写にはいつものように激しさと躍動感がみ
なぎっている。

ヴァン・ダイク(1599~1641)のみどころはなんといっても‘チャー
ルズ1世’。狩りの途中一休みした国王の決まったポーズが印象的。これほど
優雅に描いてくれると王も気分が悪かろうはずがない。そして、若い貴族
だってヴァン・ダイクの前では安心して立ち続けられる。完璧な肖像画に仕
上げるヴァン・ダイクには依頼が殺到するので大忙し。そして、女性の期待
に応えるためには脚色も必要で実際の容姿をだいぶ盛って描くことはもう当
たり前になった。

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2019.06.05

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十三

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     プッサンの‘アルカディアの牧人’(1639年)

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     プッサンの‘ソロモンの審判’(1649年)

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    ロランの‘オデュッセウスのいる港の風景’(1648年)

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   ロベールの‘ポン・デュ・ガール’(1786年)

気になる画家がいるとき、その回顧展に遭遇すると画家との距離が一気に
縮まり作品への思い込みがいっそう強くなる。本籍フランス・ノルマン
ディー、現住所イタリア・ローマの画家プッサン(1594~1665)
は2008年NYへでかけたら運良くメトロポリタンで開かれていた大回
顧展に出くわした。世界中の美術館から39点が集結、プッサンがスゴイ
画家であることに思い知った。

ルーヴルでプッサンは3つくらいの部屋に飾られている。みたのは21点、
まだ倉庫にあるかもしれないが群を抜く多さ。最初の訪問でしっかりみたの
は代表作の‘アルカディアの牧人’、美術全集に載っていたからどうしても
見逃すわけにはいかない。大きな墓石に刻まれた文字はラテン語で‘アルカ
ディアにも我はあり’、我は死神で理想郷のアルカディアにもいる、という
意味。死をテーマにした絵なのに右にいる美女のせいで憂鬱な感情を忘れ
させる。

‘ソロモンの審判’には強い衝撃を受ける。赤ん坊をめぐって争う2人の母親
にむかってソロモンは‘子どもを半分に裂いて分けよう’と言う。本当の母親
(左側)は‘それだけはやめてください、この子をあの女(右側)にやって
いいですから’と懇願する。するとソロモンは‘わかった、お前が母親だなと’
頷く。夢のなかで神から授かった知恵を使ってソロモンは問題をすぐ解決
する。

プッサンと同じく生涯のほとんどをイタリアで過ごしたクロード・ロラン
(1602~1682)もフランス人画家だけにいいのが揃っている。
金色の光が港湾の情景を一際美しくみせる‘クリュセイスを父親のもとに返
すオデュッセウスのいる港の風景’は印象深い一枚。日本にもやって来た。

ユベール・ロベール(1733~1808)は18世紀の新古典主義の
風景画を得意とした画家。廃墟や古代建築物のある風景をたくさん描いた。
‘ポン・デュ・ガール’は古代ローマ時代につくられた三重のアーチの水道
橋。場所はアヴィニョンから20㎞のところ。TVのフランス紀行でその
存在を知りいつかみたいと強く願っている。

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2019.06.04

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十二

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     ラ・トゥールの‘マグダラのマリア’(1644年)

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     ラ・トゥールの‘大工の聖ヨセフ’(1642年)

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     ル・ナン兄弟の‘農民の家族’(1645年)

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     シャンパーニュの‘男の肖像’(1650年)

3年前、マドリードのプラド美で念願の‘ラ・トゥール展’をみた。美術本に
載っている主要作品はほとんど登場したので天にも昇る気持ちだった。
もちろんルーヴルからも出品されており、‘大工の聖ヨセフ’、‘羊飼いの礼拝’、
日本にもやって来た‘ダイヤのエースを持ついかさま師’が目を楽しませて
くれた。

ルーヴルはさらにもう3点、‘マグダラのマリア’と‘槍を持つ聖トマス’、‘松明
のある聖セバスティアヌス’を所蔵している。ラ・トゥール(1593~
1652)はフランス人だからここに6点あってもおかしくはないが、ルー
ヴルだからこその大コレクションといっていい。フランスの人はラ・トゥー
ルが大好き。だから、ここではカラヴァッジョ、フェルメールも旗色が悪い。

そのなかでもとくに人気があるのがカラヴァッジョから学んだ光と影のコン
トラストをきかせて描いた‘夜の情景’の代表作、‘マグダラのマリア’と‘大工の
聖ヨセフ’。蝋燭の光で上半身を照らされたマグダラのマリアの内省を浮き彫
りにした描写が心を揺すぶる。

5,6年前に開かれたルーヴル展に出品されたル・ナン兄弟(1600/10
~1648)の‘農民の家族’はとてもいい風俗画。ミレーが数多く描いた広い
農地を舞台にした農民画とは異なり、静寂さのなか精神的に強い絆で結ばれ
た家族の姿が外から差し込む弱い光によって映しだされている。

シャンパーニュ(1602~1674)は3人のル・ナン兄弟と同じ時代を
生きたフランスの画家。‘男の肖像’はじっとみていると画家のおもしろい描
き方に気づく。画面が開いた窓となっており、縁石におかれた男性の手がこ
ちらに飛び出してくる感じがする。これは北方の画家たちが得意とした
だまし絵の一種。


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2019.06.03

初お目見えの‘ドービニー展’!

Img_74      コローの‘地中海沿岸の思い出’(1873年 ランス美)

 

Img_0002_68      ドービニーの‘オワーズ河畔’(1865年 ランス美)

 

Img_0001_71      ドービニーの‘ボッタン号’(1869年)

 

Img_0003_64     ドービニーの‘ブドウの収穫’(1863年)

 

展覧会の一番の楽しみが画家の回顧展。現在、新宿の損保ジャパン日本興亜
美では国内初となる‘ドービニー展’(4/20~6/30)が開かれている。
とくに前のめりになっているわけではないが、ドービニー(1817~
1878)はバルビゾン派のミレーやテオドール・ルソーらの風景画と一緒
に展示されることが多いのでその作品は昔から心に刻まれている。

前菜として最初の部屋にはドービニーの師匠であるコロー(1796~
1875)の‘地中海沿岸の思い出’やルソー、クールベがあったが、これらは
軽く見てメインディッシュのドービニーをチラシに載っている作品に注目し
てみてまわった。

足がとまったのは構図がコローと似ている‘オワーズ河畔’。左にみえる2頭の牛の配置がびしっと決まっている。大きな絵ではないからうっかりすると見逃すが、完成度からいうとこれがいいかなという感じ。ドービニーは1856年からオワーズ川の風景を描くため宿泊可能なボートをアトリエとして利用しこの絵を制作した。

そのボートが‘ボッタン号’でそのアトリエ風景を題材にしている。光輝く川面
と空の白い雲が目に心地がよく縦長の大画面にボートをおさめる見事な構成に
大変魅了された。ドービニーのこういうモチーフを最接近してドーンと描く
作品ははじめてお目にかかったので敏感に反応した。これが回顧展ならではの
醍醐味。

明るい色調と農民たちの生き生きした仕事ぶりが印象深い‘ブドウの収穫’も記憶に定着しそうな一枚。ミレー同様、農民画には限りない愛着がある。ドービニーは1860年からオーヴェール・シュル・オワーズに居を構えており、一家総出で行うブドウの収穫を熱い共感をこめて描写している。

 

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2019.06.02

2度目の‘キスリング展’!

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    ‘サント=ロペでの昼寝’(1916年 プティ・パレ美)

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     ‘ベル・ガズー’(1933年 カンティー二美)

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     ‘長椅子の裸婦’(1938年)

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     ‘マルセイユ’(1940年 プティ・パレ美)

久しぶりに東京都庭園美を訪問し、現在開催されている‘キスリング展’
(4/20~7/7)をみてきた。モディリアーニや藤田嗣治らとともに
エコール・ド・パリの画家として活躍したキスリング(1891~
1953)の回顧展は運よく2007年に横浜そごうで体験したので、
画業全体のイメージがおおよそできあがっている。といっても描かれた
肖像画や裸婦図、静物画などは数多くあるため、プラスαへの期待を込
めて庭園美へ向かった。

3つ目の部屋がこの展覧会のハイライトかもしれない。そごう美でもみ
た‘サント=ロペの昼寝’と‘ベル・ガズー’が目を楽しませてくれる。とも
に色彩の力がとても強く、とくに‘サント=ロペ’はフォーヴィスムを連
想させる。そして、女性が顔を載せている丸テーブルの平板な描き方は
マティスの室内画にもよくみられる。

一方、女性の肖像画は黄色と赤と黒のチェック柄のワンピースが視線を
釘づけにする。また、じっとみていると背景の花びらや木々の緑の強い
筆使いがどうにも気になる。そう、アンリ・ルソーのジャングル画がか
ぶってくる。キスリングとルソーとの間に接点があったとは!この絵は
大収穫だった。

‘長椅子の裸婦’もつい惹きこまれた一枚。裸婦図はパリ市近美蔵の‘赤い
長椅子の裸婦’も再来日していたが、今回は‘長椅子’のほうを長くみて
いた。モディリアーニの裸婦をみているような感じだが、モデルはひょ
っとしてモンパルナスのキキ?

今回出品されている風景画は全部で8点、お気に入りは‘マルセイユ’、
いかにも日曜画家が好んで描きそうな構図にほっとする。中央の安定
感のある建物が横に並び、空には白い雲、そして手前の海には係留する
たくさんのヨットに加え白い帆をたてた小舟が軽快に波の間を進んで
いる。

裸婦図と同様にたくさん描いた花の絵は花びらの輝きにハットさせられ
るものがいくつも登場する。みてのお楽しみ!静物画のなかにサトエ記
念21世紀美がもっている作品はけっこうでてくる。先般、友人とクリ
ムト展をみたとき、この美術館が話題になった。キスリングの静物画を
これほどコレクションしているとは思ってもみなかった。この調子だと
ほかにもいい絵がありそう。

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